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2003年も後わずかで過ぎ去ろうとしている。このホームページは1月14日に書き込みを始めたのでおおよそ一年になる。今年はどんな年だったか。春には2期目に挑戦した市会議員選挙があり、当選することができた。応援してくださったみなさんのおかげ・・本当に感謝している。秋におかなわれた選挙では貴重な木島日出夫さんの議席を守ることができずに支持してくださった方々に申し訳ない思いでいっぱいだ。その後イラクへの自衛隊派兵、憲法改悪の動き、年金改悪等社会保障の負担増など大きく動いてきている。小泉首相は選挙で国民の支持をもらったと日本を大変危険な方向に進めようとしている。本当に選挙は大事。 来年は新年早々にイラクへの自衛隊派兵。茅野市では諏訪地方の合併問題が重要な段階になり、平和とくらしを守っていく大きな転換点となる年になりそう。新年早々ダッシュで頑張ります。今日は年越しの料理やらお正月の準備をして、紅白歌合戦を聞きながら年賀状を書いている。知らない歌手や歌が多いなか心に響く歌もある。さくら、涙そうそう、長渕剛の歌(題名はよくわからない)など。特に今年ヒットした「世界に一つだけの花」はいつ聞いてもその歌詞に感動して涙が出そうになる。 初めてこの歌を聴いたのは「この街学園」(障害者通所施設)のお祭りの日、仲間たちが体いっぱいにうたっているのを聞いて涙がでてどうしようもなかった。もうじき12時になろうとする時に、村のお寺に二年詣りに出かけた。お寺に着くとまもなく新年を迎えた。除夜の鐘をつかせていただき、みなさんに新年の挨拶をして、少しのおとそと温かいおでんをいただいて帰ってきた。 みなさま あけましておめでとうございます。
2003年12月31日
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我が家恒例の餅つきの日。昔ながらの杵と臼でつくお餅は粘りがあってとてもおいしい。今日と明日の31日で、少しはお掃除もしておせちも作って、年賀状も書かなければ・・・。ああ大忙し。
2003年12月30日
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石坂千穂県議のホームページに、稲荷山養護学校の建設について書かれていた。結婚した頃稲荷山養護学校に勤務していたので、人ごととは思えない。プレハブの校舎で、もう20年以上も前だがそのころからかなり古くぼろぼろであった。木造校舎に建て替えられるという事で本当にうれしく思っていた。県議会で材料の調達についての補正予算が修正され、かなり遅れるとのこと。相変わらずの県議会の様相のようだが、実際に反対した県議たちはどんな状況で勉強しているのか知っているのだろうか。障害を持った子どもたちがいい環境で勉強できるようにするのが行政の役目。それを遅らせる議会。さてさてこの諏訪地域の県議のみなさんはどんな態度をとったのか。しっかり見定めたいと思う。
2003年12月29日
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諏訪6市町村の任意合併協議会が開かれ、先日の住民投票、アンケートの結果を受けて、富士見町と原村が離脱することになり、そのことのニュースが報道されていた。 上伊那南部の宮田村が離脱することを受けて、1市3町村の任意合併協議会が解散したと言うことも同時にニュースで流れた。 諏訪も新たな局面を迎える事になる。私はこの6ひく2は4という引き算みたいな合併が何の疑問も出されないまま、行政の中で本気に論議されていると言うことを見るにつけ、この地の民主主義とはまた住民自治というのはこの程度のものであるのかと思う。 この12月議会で「市民主導行政支援」というキャッチフレーズで、パートナーシップ条例が可決された。その条例の精神が、この市の未来をどうするのかという一番大事な事柄についてないがしろにされている。それこそ行政主導で説得し、押しつけられてすすめられている。この道理のない進め方、国の誘導にのっかった住民自治とは相容れない合併はノー。
2003年12月24日
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年の暮れ、先生も走るという師走のどんづまりにきて毎日いそがしい日を送っている。岡谷でイラク派兵反対”のピースウオークが行われるというので、どうしようか迷ったけれど、やはり「いかねばなるまい。」と参加。岡谷アピタ前の蚕糸公園で集会の後、駅までデモ行進を行った。シュプレヒコールの声を聞いて、家から出てきてくれる人、中学生だろうか・・・一緒にあるきたそうにしていたけど・・恥ずかしそうにいってしまった。何か行動をしなければいてもたってもいられない気分。
2003年12月21日
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12月議会に「イラクへの自衛隊派遣の中止を求める意見書」を、同僚の牛山議員と提出した。牛山議員の所属する総務文教委員会で15日論議され、4対3で否決された。地球村から出されていた陳情も否決した。 その後18日議会最終日午前に総務文教委員会が開かれ、委員会で派遣中止の意見書に反対した議員が、新たな意見書が提案され委員会で採択の上本会議で提案された。その中身は「派遣の時期について慎重に対応するように」というもので、派遣を認めた上での意見書であり、私たちが提案した「自衛隊の派遣を中止すること」という趣旨とは全然違うものだ。慎重になどと言う言葉は小泉首相も使っていることであってたいして意味のないものだ。とうてい認めるわけにはいかないと反対討論したが、少数で否決された。 残念なのは人ごとだと言うことである。息子が、夫が、父親が、また自分が派遣されると想像してみたらどうだろうか。反対討論も“何もしないわけにいかない”“人道支援だから、国際貢献しなければならないから”“憲法に違反していない”と言ったたぐいのもの。茅野市議会も今まで年配の方たちが、憲法や平和の問題が提起される時には、保守も革新もなく、戦争を体験したものとしてとても心に響く発言をされていた。私などが声高に言うよりも本当に説得力があった。議会も若くなって変わってきていると言うことか。実感のない言葉は空虚だ。想像力を働かせていきたいものだ。
2003年12月19日
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19日の書き込みをするのを間違えて、18日に書き込みをしてしまった。せっかく書いた日記を自分宛にメールしておかなかったので消えてしまった。何というドジ!せっかく書いたので思い出しながら簡単に書く。現役の時、不登校の生徒が通ってくる情障学級を受け持っていた。ほんとうにいい経験だった。不登校の生徒にはいろんな居場所があっていいと思う。 茅野市では中学生のための適応指導教室がある。3人の先生たちの指導で、12人の生徒たちが通ってきている。以前はちの地区センターと永明小学校の一室を借りて勉強していたが、会合や授業があるときには他の空いている場所に移らなければならず、決まった居場所が欲しいというのは強い願いだった。議会でも要望し、隣の家庭教育センターの会議室をアコーデオンドアで仕切って使えるようにして移った。 けれど、貸し館になっているので、会合があるたびに場所を移して勉強するという状態はそのまま。何とかならないかと12月議会に「きちんとしたあかるい居場所を」と要望したが、ちの地区センター体育館下(ここは2階で下は駐車場になっている)に増築するという答弁は変わらなかった。ちの地区センター体育館下とはどんなところか・・・・南はコンクリートの壁、西側は地区センター(1階部部分)の壁、東側は中学校の校庭の高い石垣があり、北側は体育館下の駐車場。なんか悲しくなってしまう。困難を抱えた生徒だからこそ「明るい居心地のよい居場所を」と思う。関係者の承諾を得ていると言うが、先生たちも今のジプシーのような状態よりはいいかと思ったに違いないと推察する。(最初の質問については左のぺージ一覧に入れておきました。)
2003年12月18日
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12月5日から、12月定例議会が始まっている。9日議案質疑、10日から12日まで一般質問、合併問題特別委員会が行われた。12月7日下諏訪、富士見の住民投票、原、諏訪、岡谷のアンケートの結果の発表が8日にあり、富士見町と原村は任意合併協議会から離脱する方向となった。茅野市長は8日の記者会見で岡谷市、諏訪市、茅野市、下諏訪町の4市一町での先行合併の方向を明らかにした。6市町村が駄目ならすぐさま4市町村でというのは、あまりにも拙速で安直な決め方ではないだろうか。今までの任意合併協議会で話し合われてきた内容で数値を直して、新市建設計画についてはそのままで行くと言うこと。キャッチフレーズ「八ヶ岳と諏訪湖がひびき合う高原都市」の八ヶ岳は茅野、原、富士見のうち茅野が残っているのでそのままでいくとの答弁。原村、富士見町の2つの町村が入っても入らなくても同じとはどういう事かと思う。また、先行合併というのは4つで先に行くから、原、富士見はあとからきて下さいということで、住民投票やアンケートで合併しない道を選んだ2つの町村の住民にたいしてとても失礼な話だと思う。(一般質問で質問した内容をページに載せたので読んで下さい)「合併の是非は住民投票で・・・」市民のみなさんと議会への陳情署名に取り組んできた。短い期間だったけれど約4200筆の署名が集まった。まだ回収してないのもあるのでもう少し多くなると思う。6市町村合併がなくなって、陳情内容が6市町村合併の是非を住民投票でという内容であったため、議会で審議にあたらないと否決されるのが目に見えているため、議会には署名を提示し、市長へは要請を行って陳情を取り下げとなった。一生懸命署名を集めてくれた人たち、よく声を上げてくれたと願いを託してくれた人たちに申し訳ないが、これからも要求し続けていくことに変わりはない。今週は議案の勉強、一般質問の用意などで3日ばかり寝不足が続き今日は頭に霞がかかったよう。少しぐーたらとしてから、またがんばる!
2003年12月12日
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下諏訪町と富士見町の合併の是非を問う住民投票が行われた。結果は次の通り。 下諏訪町 投票率 55.51% 賛成 57.98% 反対 42.02% 富士見町 投票率67.22% 賛成32.64% 反対67.36%投票率50%以上で開票し、有効投票の3分の2の意志に従うと言う高いハードルであったが、富士見町ではそのハードルを越える反対票で住民は6市町村合併にノーを示したといえる。一方下諏訪町では賛成票は多かったものの3分の2を超えることはできず、これからが注目される。 新聞報道のまちの声は感動的だ。○初めての投票ということで、合併に関する資料を見て自分なりに町の将来を考えてみました。下諏訪生まれ、下諏訪育ちなので、今の下諏訪には愛着があります。合併したらややこしいことが増えそうですし今のまま変わって欲しくないなあと思います。(下諏訪町・高校生)○初めて投票に参加でき住民として合併について考えられ楽しかった。自然の豊かさや、人の優しさなど、この町のよいところを残して欲しと思って投票した。投票前にもっと合併のメリット、デメリットを情報開示して欲しかった。(富士見町 主婦・中国人)○合併してしまうとそれぞれの町のよい部分がなくなってしまう気がしたので反対に一票入れた。二十歳未満の人の考えは大人と違うこともいっぱいあると思うので、投票できてとてもよかった。いい経験にもなった。(富士見町・高校生)○合併は国のためになるだろうけど、国民のためになるとは思わないので、反対に○をつけた。結局その市町村に住む人たちが、頑張っていくわけだから合併する理由はない。合併したらメリットもあるだろうけどデメリットになることが多いと思う。(富士見町・高校生)○(合併特例債という)お金が入って来るのは最初だけ。(富士見町・高校生) 大人も高校生も真剣にこのまちをどうするか考えて投票した様子がうかがえる。 先日の日記にも書いたが、真剣に自分たちの町の将来を考えることは本物の住民参加の一歩になるのではないだろうか。5日から12月議会が始まっており、住民投票を行う陳情も出されており合併が大きな焦点となる。昨日の深夜日本テレビで「大きくなることはいいこと?」という番組が放送されていた。眠い目をこすりながらみていたが、合併しない道を選んだ長野県の泰阜村、栄村が紹介され、また合併したさいたま市、静岡市の紹介があった。箱ものの公共事業ラッシュで古い町が壊されている様子が映し出されていた。また、サービスは高い方に、負担は低い方にという合併時の約束は反故にされているとのこと。合併の本質がよーくわかる。
2003年12月07日
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今日2日、富士見町と下諏訪町の合併の是非を決める住民投票が公示された。賛成反対それぞれが学習会を行ったり、チラシを配布したりしている。自分たちの町がなくなるという重大問題。ひとりひとりの判断が迫られている。先日の新聞に下諏訪町の賛成派が下伊那郡泰阜村の村長を呼んで講演会があったと報道されていた。えっ!賛成派?と目を疑った。泰阜村は自立することを宣言し、福祉の村、村民が住み続けられる村をめざしているとして注目されている。話の内容がのっていた。「泰阜村は過疎の村である。厳しいけれど自立を選ばざるを得ない。しかし諏訪は合併しても良いのではないか・・・・。」他の村の村長が、よその町にきて「合併した方がよい」などと講演するなんて・・・.私は正直がっかりした。自分たちの町の未来はそこに住む住民自身が決めることである。それが住民自治というものである。 茅野市でも住民投票をもとめる陳情が出された。これからは住民参加の時代。住民自身が町の将来を決める主体となることは、これからのまちづくりに意欲的に参加する出発点となるのではないだろうか。お任せ主義はダメと言いながら、一番大事なことは行政主導で市長と議会に任せようと言うのですか?
2003年12月03日
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