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映画「東京タワー」のコピー、「恋はするものじゃなくて、落ちるものだ」。日本人はとにかく、この手の「~は~~じゃなくて~~するものだ」的な言葉が大好きだ。「愛はきっと奪うでも与えるでもなくて気が付けばそこにあるもの」(ミスチル「名もなき詩」)も然り。よく覚えてないが、杉田かおるの結婚に際して、武田鉄矢もこの手の言葉を贈ったらしい。たとえば、「掃除したの?」とか「ちゃんと電話したの?」などとお小言を言われた時、「電話はするものじゃなくて、距離が寄り添い合うものだ」などと適当にこの手の言葉を作ってお茶を濁せば、わりと有効かもしれない。
2005.03.31
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レントゲン技師の試験を受けて就職活動をしている友人がいる。しかし、なかなか東京近辺での募集がないらしく、現段階では高知県あたりにしか就職口がないという。「エスカルゴは巻き貝の一種である」と説明されると食べ易くなるように、「高知なんて全然どんな所かイメージできないし出来れば東京近辺の方が・・・」と悩みを抱える友人に、私は「“高知”はブランドの“coach”と同じ響きだよ」と言い聞かせて励ましてあげたいと思う。人間の心理というものは、とっても単純なものである。
2005.03.30
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ピアノの店でジョージ・ウィンストンの「Longing/Love」を弾く時、途中でエンディングっぽい部分があるので、そこで誤って拍手をしてしまうお客さんが多い。ピアニストによっては、そうなるとその先弾き辛くなるので怪訝な顔をする人もいるかもしれないが、私はそんなことはない。むしろ、引退宣言をして紅白の大トリで都はるみが「夫婦坂」を歌った時に1番の途中で拍手が起こったが、そんなような出来事として私はとらえている。どこで拍手が起こっても、私はいつも、都はるみのように「♪いいの いいのよ」と観客に語りかけるのである。
2005.03.29
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「キシリCのど飴」のCMに出ている女の子を安倍麻美だと思い、「桜前線、関東地方に接近中。安倍麻美と栗原はるみも接近中。」という日記の下に2人の画像を並べようと考えていた。しかし、調べてみたら、女の子は「森貴美子」というモデルさんだったし、栗原はるみの画像は昔のジェニファー・ビールス風髪型のものばかりでショートのいい画像がなく、また、桜前線が関東地方に来るのもまだまだ先のようだ。私は「桜前線、今日はどこですか」と呟きながら、千葉まなみのような物悲しげな一重で、窓の外を見つめた。
2005.03.28
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日テレの「モナリザはもう一枚あった」というモナリザ謎解き番組を見た。似た内容のフジの特番も見ていなかったし「ダ・ヴィンチ・コード」も読んでいなかったので、大変惹き込まれて見たのだが、結論的には、数々の疑問点が残ったままそれらの説明無しに終わってしまった印象が強く、なんとも後味の悪いものだった。たまらず「2ちゃんねる」で検索してみたが、やはり同様の疑問を投げかける書き込みが多かった。番組のエンディングでは、世界遺産のテーマ的な壮大な音楽が流れていたのかもしれないが、私の頭の中に鳴っていたのは、吉沢秋絵の「なぜ?の嵐」だけだった。
2005.03.27
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NHK大河ドラマ「花の乱」のテーマ曲に歌詞をつけて都はるみが歌ったり、NHK「小さな旅」のテーマ曲に歌詞をつけて岩崎宏美が歌ったりと、耳馴染みのインスト曲に歌詞をつけて「歌」にする企画が時々見られるが、結果的にはどうもしっくり来ないというか、むしろ滑稽になってしまうものが大半である。インスト曲で広がったイメージが歌詞によって小さく狭まってしまうということなのだろうか。かつて、さだまさしも「北の国から」のテーマ曲に歌詞をつけて紅白で歌おうとして断念したということもある。そこで、この「しっくり来ない滑稽感」を逆手にとって、たとえば坂本龍一の「エナジー・フロー」を歌入りでカラオケで歌ったら結構ウケるかなと思い、作詞に取り組んでみたりしたことがあった。「エナジー・フロー」がカラオケに無いことに気付くのに、そう長い時間を要することはなかった。
2005.03.26
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TSUTAYAのマークとか、四谷学院のダブル教育のキャラクターなどは、くっ付いていて一見猟奇的なのに可愛い。それにひきかえ、NHK「生活ほっとモーニング」で見かける双子は、離れているのになぜ猟奇的なのだろうか。
2005.03.25
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上海冷茶のポスターで、大地真央と並んでいる女の子を「加藤ローサ」と知らずに「知念里奈」だと思い、「久々にいい仕事もらったな」と思っていたら、知念里奈の名前が出てこなくなり、思い出そうとして10年前くらいの脳細胞に必死に血液を送り込んでいたら、ふと、「八反安未果」という名前が思い浮かんだ。こういった二重三重の紆余曲折がない限り、この時代にそう簡単には「八反安未果」の名前にお目にかかることはできない。
2005.03.24
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「子供の頃、コピットゲームっていうのがあってね、赤とか緑とか黄色の三角帽のコマをすごろくみたいに進めていくの。最初にこの景色(苗場のゲレンデ)を見た時に『コピットゲームだ』と思った印象が今でも残ってる。苗場でしか思い出さない言葉だし、たぶん私にしか分からない感覚。遠めで見るゲレンデに、いろんな色が行き交うのを飽きずに眺める。」(ユーミンNaebaパンフより)。この感覚、実は私にも痛いほどよく分かる。でもたぶん、ユーミンと私にしか分からない感覚。こんなに感性をシェアし合える私にこそ、ユーミンは自分のステージを観てもらいたいと思っているに違いない。そんなユーミンのためにも、そんな私のためにも、ホワイトナイトよ、ステラボール柿落としライブのチケットを持って、私の前に現れてくれ。
2005.03.23
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緑茶「一(はじめ)」のペットボトルは、「キレンジャー」の顔に見える。
2005.03.22
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あるカウンターバーでバーテンダーと話をしていたら、バーテンダーが、「私はこういう仕事をしていると、お客さんからいろんな話を聞けるのが愉しいんですよね。先日もね・・・」と話し始めて、結局、延々と1時間くらい1人で喋っていた。このバーテンダーが期待していた本当の愉しみとは、実は、つっこんでもらうことだったのだろうか。
2005.03.21
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ユーミンにはかつて、「街に指紋を残さない女」という伝説があったという。これは、ショッピング中に手に取った商品はすべて買ってしまうので、店の商品に指紋が残らないということらしい。この伝説と、「私は脂性だが、あぶらとり紙は持ち歩かない。なぜなら、あぶらとり紙なんかでは何枚使っても間に合わないくらい極度の脂性だから。」という私のエピソードと、どこか似ているような似ていないような、でもやっぱり何となく似ているような気がして、ちょっと嬉しい。
2005.03.20
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ピアノの店のお客様(熟女)と喋っていて、自分がひどい花粉症だという話をすると、「いいマスクがあるからあげる」ということになり、鞄の中からゴソゴソと一枚のマスクを取り出してくれた。「新品だから大丈夫よ」という言葉に何の疑いも持たずに試しに装着してみて、「あっ、いい感じですね」などと通り一編の感想を述べながら、外し際に何気なくマスクの内側を見たら、なんと口紅の跡がしっかり付いていたのだ。思いっきり使用済みではないか。翻って考えてみたら、たしかに紐の部分に若干のくたびれ感が認められたものの、その時は「疑う」という回路が完全にオフになっていたのだ。この春咲いたばかりの私の「くちびるヌード」は、あっけなく熟女に奪われてしまった。
2005.03.19
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よくある「韓国語でハムサンドを何というか知ってる?答えは“パンニハムハサムニダ”」的な冗談で、「韓国語の乾杯の音頭=ノミホセヨ」というネタをある場所で立ち聞きした。それからというもの、いろいろなパーティーや呑みの席で、この「ノミホセヨ」を使わせてもらっているのだが、意外に好評で予想以上の反響を得ている。自分の編み出したギャグはほとんど流されるだけなのに、人のネタでこれだけ反響があると、使う度に満面の笑みを浮かべつつも心中穏やかならざるものがある。オリジナルでは見向きもされなかったのに、「THE END OF THE WORLD」のカバーでかつてアウディのCMに起用された鈴木トオルや、「夢で逢えたら」のカバーでダイハツのCMに起用されているキンモクセイの気持ちって、こんな感じなのかもしれない。
2005.03.18
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ピアノの店で、ホイットニー・ヒューストンの「Greatest Love Of All」のイントロを弾き始めたら、ピアノ周りのカウンターの男性客が、「あっ、俺これ大好きなんだよ!」と同伴女性に語り始めた。女性が「何ていう曲?」と尋ねると、男性は「ボズ・スキャッグスの“We're All Alone”」と得意顔で返答。たしかに「Greatest~」のイントロは「We're~」のフレーズの一部と似ているので無理もないが、その後もボズ・スキャッグス蘊蓄を並べ立てて、女性から尊敬の眼差しを受けているこの男性が、さびに来てどんな表情に変わるのか、私は胸が痛くて見ていられなくなり、曲が終わるまで下を向いて演奏だけに没頭し続けた。このエピソードを店のスタッフに話したら、「曲を途中から強引に“We're All Alone”に変えてあげるのがプロとしての優しさというものだよ」と冗談半分に言われた。でも、たしかにそうかもしれない。今後、たとえばクリストファー・クロスの「ニューヨーク・シティ・セレナーデ」を弾く時も、イントロの段階で、誰か間違えてラグビーの話を始めていないかどうか確認してからAメロに入ろうと思う。
2005.03.17
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「おしゃべりクッキング」における上沼恵美子の「CMの後は、本日のおさらいです」や、「ミュージックフェア」での恵俊明の「2曲続けて、どうぞ」など、芸人が「ここは笑いをとらないぞ」と決めて、何か勘違いしたように上品ぶって真面目にやるコーナーというものは、とっても癇に障る。
2005.03.16
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十数年間、私の心の「TO DO LIST」にいつもあった「キース・ジャレットのケルン・コンサートのCDを借りて聴く」という項目を、先日ようやく実行に移し、レンタルで借りて来てMDに録った。しかし、友人のノートのコピーを手に入れて安心して勉強しない大学生のように、私もほっとしてしまい、このMDをじっくり聴くのがまた何年先のことになるやら、気が気でない。
2005.03.15
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3大「I超えII」といえば、今や「プレイバックPart2」「未来予想図II」「マツケンサンバII」の3つで誰もが納得するだろう。「マツケンサンバII」のブレイクがなければ、もしかしてランクインしていたかもしれない「もしかしてPartII」の美樹克彦の、大きな顔で下から見上げるように唇をかみしめる表情が目に浮かぶ。
2005.03.14
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TV通販番組に出ている土田晃之の、「ただ凄い凄いとだけ言っているアホタレントとは違い、自分はこういう商品については批判的というか懐疑的な立場をとる人間なのだけれども、そんな自分からしてもこの商品ばかりは凄いと思いました」的なというか、または、「自分はこの分野については結構マニアックに研究していて、それなりにいいものを見分ける目は持っているのだけれども、そんな自分からしてもこれは凄いと思いました」的なコメントで、「いいコメントをするタレントぶり」をアピールしてプロデューサーに取り入ろうとする必死な姿に、相方のようにUターンは出来ないという芸能界への並々ならぬ執着ぶりが伺われ、とっても痛々しい。
2005.03.13
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友近がCMでやっているヨガのガス抜きのポーズをやってみたら、本当に間髪いれずに出た。びっくりした。
2005.03.12
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ユニチャームの「花粉用超立体マスク」を買ってみた。最初、「ふつうサイズ」か「やや大きめサイズ」かどちらにしようか迷ったが、まあ、ゆとりを持った方がいいだろうということで「やや大きめサイズ」を選んだ。家に帰って、試しに装着してみると、なんと、明らかにあと3cmほど耳に届いていないのだ。私の顔はそんなに規格外の大きさではないはずなのだが、どういうことだろうか。先ほどの迷いは一体何だったのか。私は事態を全く飲み込めず、「そんなはずはない、そんなはずはない」と自分に言い聞かせながら、取り憑かれたように、ただただ必死に紐を伸ばして耳に引っ掛けることだけに専念した。こんなに焦ったのは、「アッコにおまかせ」のクイズで、私より先に2問もアッコが正解して「そんなはずはない」とパニックに陥った先週の日曜以来のことだ。
2005.03.11
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今年のユーミン苗場ライブの最終日で、ショッキングな事件が起こった。マナーの悪い客が1人、退場処分になったのだ。ライブ開始時からヤジを飛ばし続けていた男がいたので、ユーミンがステージに上げ、なだめようとしてもユーミンを襲うように接近したりしたので退場命令を受けたという。私はその日、会場にいなかったのだが、見ていた友人は恐怖で涙が出てきたというし、その後ライブは続行されたものの、何とも後味の悪いものとなったようだ。その件については、いろいろファンサイトなどにも書かれていて知っていたのだが、ある友人からその話を聞いた時、重要な事実を耳にした。その退場男、矢沢永吉のTシャツを着ていたというのだ。実は今回の苗場で、私は以前日記でも紹介した矢沢Tシャツをウケ狙いで着る予定だったのだ。直前に友人から「お願いだから止めてくれ」と言われ断念したのだが、次回のライブではリベンジで着て行こうかとも思っていたのだ。もし次回のライブで私が何も知らずに矢沢Tシャツを着て行ったら、あの会場で嫌な思いをしたファンは憤慨するかもしれないし、もしユーミンにPTSDとして残っていて、おちょくるように矢沢Tシャツを着ている私を見つけたら、私も退場どころか出禁になっていたかもしれない。危ない危ない。いくら矢沢Tシャツでも、「よろしく」では済まされないことだった。
2005.03.10
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春の選抜高校野球入場行進曲の話題で、よく松村邦洋が、「“ルビーの指環”の時は選手が歩き難そうでしたね。♪ダッ タララリーラ ダダッ」と言って、「ダダッ」の部分でようやく1歩踏み出す仕草をするが、そんなことはない。
2005.03.09
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私の経験からすると、ある小説が映画化され、その原作の小説を読んだ人とその映画の話をする場合、ほぼ100%、「あ、その映画見たよ。原作を読んだのでね。」と、原作を読んだ事実を必ず口にするものである。この人間の性、黙秘を続ける容疑者に口火を切らせるいいきっかけとして使えると思う。
2005.03.08
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「くるり」の人と話している夢を見た。ユーミンがくるりを絶賛していたので、そのことをくるりの人に一生懸命伝えてあげている夢だったのだが、その夢に登場した人物は、明らかに「おぎやはぎ」の小木だった。くるりの人の顔は知らないし、意識的にどういう顔だろうと想像したこともなかったが、私の中の潜在的無意識的なくるりのイメージというものは、どうやら「おぎやはぎ」の小木らしいということがこれで分かった。
2005.03.07
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トヨタ自動車系列の企業では、通常のカレンダーとは違う「トヨタカレンダー」なるトヨタ自動車の休日にあわせたカレンダーを使うという。トヨタ自動車では、休日は出勤日であり、その分、お盆休みと年末年始の休暇が長くなっている。下請け企業は原則として、このカレンダーにあわせて、休みをとることになる。少なくとも、豊田市内では、「トヨタカレンダー」という言葉は、一般に認知されているそうだ。と、なぜこんな話をするかというと、私はこの「トヨタカレンダー」という言葉を初めて目にした時、「トヨタレンタカー」と勘違いしてしまった。いわゆる「ラデツキー行進曲→ラッキーデー行進曲」現象である。
2005.03.06
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ピアノの店で、ピアノ近くのカウンターのお客様から「冬ソナの曲を」とリクエストを頂いた。了解すると、そのお連れのお客様が、「冬ソナ弾けるの?ほぉ、そういうのも弾けるんだ。へぇ~・・・」と言って、続けて何かを言いかけようとしていたので、何か褒め言葉をもらえると思って照れながら下を向いていたら、「へぇ~、あなた舞の海に似てるね」と言われた。あまりに唐突な予想外の展開に、死語かもしれないがズッコケてしまった。文章には流れというものがあるだろうが。「あたりまえだの」と来たら「クラッカー」、「贈り物には」と来たら「錦松梅」、「パンにはやっぱり」と来たら「ネオソフト」、「そういうのも弾けるんだ、へぇ~」と来たら褒め言葉ではないか。「へぇ~」は感心したり驚いたりしたときの感嘆詞であろうが。金田一先生にきつく赤を入れてもらいたい。
2005.03.05
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住民投票で、市名どころか合併自体が白紙になった「南セントレア市」論争。「南セントレア市」が誕生した場合の反対派のなだめ方として、「“南戦闘竜市”との決選投票で“南セントレア市”になったと思えばいい」というのを用意していたのだが、それも杞憂に終わったようだ。
2005.03.04
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中華「文琳」の河田シェフを講師に招いたお料理教室に参加してきた。「一流のシェフ=教え上手」という公式は必ずしもあてはまらず、不慣れで朴訥とした教えっぷりに終始緊張感が漂った。講師「あれっ、塩ある?」(スタッフが会場のキッチンの扉を探し、たまたまあった沖縄風のパッケージの塩を味見もせずに使い出すシェフ)生徒「・・・・・。」(塩くらい自分のこだわっているものを持って来いよと誰もが思う)生徒「先生、この油の温度はどれくらいですか?」講師「さあねぇ、計ったことないからねぇ。」生徒「・・・・・。」生徒「あの、この場合の火力はどれくらいですか?」講師「ここのキッチン初めて使うからね、どんなもんだろうねぇ。」生徒「・・・・・。」講師「あんなあった油も、野菜が全部吸い取ってくれるんだよね。」生徒「? いつ、油を入れたんですか?」講師「・・・あ、みんなが来る前にね、仕込みの時ね・・・。」生徒「・・・・・。」生徒「あの、材料に“酒”と書いてありますが、酒は結局入れなかったみたいですが、よろしいんでしょうか?」講師「(一瞬しまったという表情のあと)・・・うん、酒はね、入れなくても大丈夫。うん。」生徒「・・・・・。」わりと高い受講料を払い、料理もとっても美味しかったのだが、結局持ち帰ったものは、料理のノウハウではなく、いつものように日記ネタばかりだった。
2005.03.03
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お花屋さんでピアノを弾いていたら、はなまる女優OKさんが来店してきた。さんざんピアノの周りで花を選んでいた挙句、ぱっと振り向いて、「あ、ピアノだ」と一言。こういう天然竹を割ったような性格、大好きですよ。じきに治さなくていいですからね(獏)。
2005.03.02
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子供の頃、プロのピアニストが鍵盤の隅から隅まで使って踊るように指を動かしている姿をテレビで見て、「上手い人が弾くと鍵盤が狭く見えるな」と思ったものだが、先日、先月やった自分のピアノライブのビデオを見返していたら、鍵盤がというより、ピアノ全体がなぜか小さく見えた。これって、鍵盤が狭く見えるの上を行っているということなのか、あるいは全く別の方向性の話なのか、なかなか判断が難しい。
2005.03.01
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