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今日は、緑の日。緑波形から連想を広げる。 ★緑=ミドリ=三鶏=サンケイ=参詣昔から緑の山は、鎮守さま。山は、神と信仰してたわけで、緑は、参詣に繋がる。★緑=ミドリ=ミトリ=見取り自然の美しき風景を見取ることは、心が安らぐ。緑の日に地球のことを思い出す。美しき地球は、緑の地球。緑=リョク=力緑とは、力なりパワーなり。緑の地球は、パワーアース。自らの中のパワーアースは何か?マグマの噴出とは、何か?燃える赤と沈める緑。内なるエネルギーを赤く燃やし(夢)、安らぎの波動の緑を創り出して行こう!
2006年04月29日
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トンボを英語では、Dragonflyと言う。何故、ドラゴンフライなのか?Dragonは、もちろん竜で、flyは飛ぶ。空飛ぶ竜って事なのか?たしかに、トンボを竜に見立てて、そういう名がついたのか?Dragonには、宝物の番人との意味があるそうです。トンボを日本語では、「蜻蛉」と書くが、そうは読めない。日本の別名を「蜻蛉島」と書いて、アキツシマと読む。これも、そうとは読めない。Dragonflyとは、日本そのものの呼び名でもあるわけだ。「蜻蛉」は、音に返すと、セイレイ=精霊また、蜻蛉=トンボ=Tombで、Tombとは、墓の事。舞台などでは、宙返りのことを「トンボを切る」と言う。これらの事から、日本とは、死んだ霊(お盆では、お精霊さま)が、あの世から返り、再び、蘇ったことの意味を持たせ、宝物をも有している国である、という事がわかる。単なる竜が飛ぶって意味でのDragonflyではない。日本(アキツシマ)の意味を深く感じてみたい気がする。Dragonなる表現は、エネルギーを竜と表現してるものでもあるので、我が内なるエネルギーの竜を呼び起こし、再び蘇らせること、つまり各自の覚醒・自覚が蘇ることを意味してるのだろう。そうすることで、自らの内側にある宝を発見でき、その宝を使って行けるのでしょう。八犬伝ではないが、内なる玉を見つけ、磨き、使う、そんな時代が来たのかも。本当の意味での飛翔すべきDragonflyの時代、即ち、自らの中の日本の時代が来ているのでしょう。玉を見つけて、磨いていきましょう。そう、玉とは、魂のこと、音のこと・・・・・。
2006年04月27日
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一は、ピン九は、キリピンからキリまでとは、1~9まで。1~9の総和数は、4545⇒4+5=9・・・キュウ=球=宮=○全てを含むオールマイティーの○に戻る。一九=イッキュウ=一級 一級とは、天下一品の事で、1+9=10=天と繋がってるかも。一九=ピンク=桃色=百色=白色・・・白は、無地でナッシング。オールマイティーの○へも繋がる。かつての女性忍者を「九の一」と呼んでいた。全てを知り尽くした忍者は、オールマイティーなのかも。霊=零=レイ=0が1番札所音の世界では、9=0、何故ならば、9=キュウ=球=○(マル)=0(ゼロ)=零=霊始めと終わりが同じこと。いつも、初めから終わりまでの想定、ピンキリの想定をしておくと、全てを含んでいるが故に安心して対応ができると思う。
2006年04月27日
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大いなる志しを立てよ。大志なる夢を持て。夢こそが全て。タイシた事ないと思う無かれ。大志は、大師にして大使なり。かの空海(お大師さま)も大きな志しを持って、大使として海を渡ったのである。志しは、士の心。士とは、サムライ、11数理。(士=十 + 一 =11)11数理は、開く意味。大きく心を開くことこそが、大志なのかも・・・。大志=太意思太い意思、固い決意こそが、大志なのかも・・・。いつも大志を持って生きて意向(行こう!)
2006年04月25日
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この世の中は、幻とも言われてます。幻世なのかも・・。そう、現世つまり、今生きてる世界そのものは、幻の世。幻世=ゲンセだからこそ、元世にもなり、源世にもなる。元気あふれる世の中に、エネルギー源なる世の中に。ンは、省くことも可の「ことたま」では、ゲンセ=ゲセ=ケセ=消せそう、幻の世たる現世は、消せと言うことなのかも・・・。消えていく世。さらには、ゲンセ=ゲセ=解せそう、幻の世たる現世は、謎だらけで、それの紐解きなのかも・・・。いずれにしても、幻なれば、自在に振舞える。(観自在)歌の文句じゃないけれど、「幸せなら、手をたたこう!、幸せなら、態度で示そうよ!」「幻なら、絵を描こう!、幻なら、自在で遊ぼうよ!」あなたは、どんな現世=幻世を楽しんで生きていますか?
2006年04月24日
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自覚すること自らが覚めること、目覚めを起こすこと。覚醒する自らが、あるか?自覚=ジカク=シカク=視角・・・視る角度・範囲つまり、視点の位置を変える事は、自覚的となる事。自覚的に生きるは、常に視点の位置を変化させること。視点=シテン=始点=支点物事の始まりの点こそ、視点の位置・目の付け所であり、支える点こそ、バランスとる位置での視点でもある。目の付け所の視点を高く、バランス持って、自覚的に生きましょう!!!
2006年04月23日
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達成感この言葉に動かされる。達成=タッセイ=タツセイ=建勢物事を計画つまり建築し、計画通りに物事が運び、勢いにのった時点が達成かも。達成=タツセイ=断静行動を起こさない「静」の状態を断ち切り、「動」なる行動で味わう達成かも。達成=タツセイ=立成達成感を味わうには、自らが立ち、成功を収める必要ある。 青森のねぶた祭りの掛け声ではないが・・・・「らっせッラ~、らっせッラ~・・・・たっせッラ~、たっせッラ~」<達成だ!、達成だ!>にも聞こえてくる。 母音の韻を踏むと、言葉が見えてくる気がする・・・・。
2006年04月20日
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良いナ、好いナ、酔いナ・・・・。春は、良いなぁ・・・。春は、好いなぁ・・・。春は、酔いなぁ・・・。今日は、「ヨイナ」の日かも。4月17日・・・ヨ・イ・ナ17=イナと観ると、否 なのかも・・。すると、ヨ否、ヨ=世=夜=代、に否。「否」とは、打ち消す事の意味らしい。世の中を打ち消し、新しき世創りの始まりかも・・。夜を打ち消し、新たなる昼の登場かも・・・。代(=時代)を打ち消し、新時代の夜明けかも・・。どれもやっぱり、「良いな」だとわかる。良き時代・良き時間・良き空間の現れの証しなのかも。身近に「良いな」を連続して見つけていきましょう!
2006年04月17日
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お水もお湯もH2Oに変わりがないが、その状態(特に温度)でお水と表現したりお湯と表現したりする。お水は、「死」を表現しており、お湯は、「生」を表現している。人が死ぬ時は、「死に水」を人が生まれる時は、「産湯」をそれぞれ使う。人の生き死にとは、生の始まりであり、終わりである。輪廻転生して、また、人間として生を受ける。H2Oである「お水」と「お湯」は、同じであり、終始一元そのものである。始め良ければ、終わり良し。終わりは、次の始まり。「お水」は、死、つまり、あの世の神様の世界と繋がっていく。音に返すと、「水」=ミズ=ミス(清音に戻す)=御簾御簾とは、神様と人間界の仕切りのカーテンで、神社などに使われているように、神様事に関係深いものである。一方、「湯」は、生そのもの創造そのものに繋がっていく。音に返すと、「湯」=ユ=湧湧とは、湧き上がる様でエネルギの創造そのもの。走り湯と走り水なる地名が存在するのも、これらの意味が含まれているのであろう。さらには、終始一元=収支一元と捉えれば、収入と支出が同じで一元化されていることは、エネルギーロスがゼロでバランスが取れているとも解釈できる。終始一元とは、始まりと終わりが、収支取れていることなのかも。人生の収支バランスを大切に、生を楽しみ、生をロスなく、歩みましょう!!
2006年04月15日
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いろは詩には、謎がある。「いろは」の数理は何か?いろは四十八「ん」を除くと四十七アイウエオ五十音「ン」を入れると五十一音51-48=350-47=3差分に三つ、つまり三音がある。三音とは、イエウの重複。168=イロハ五六波=イロハ=五臓六腑のエネルギー=生命エネルギー1+6+8=15・・・満月十五夜=○=オールマイティーイロハの言葉は、オールマイティー。いろはの始めは、「イ」いろはの終わりは、「ス」イからスへ至る路とは、イスの路=イセ路=伊勢路イス=五十・・・伊勢の五十鈴川(イスズガワ)「いろは」と「アイウエオ」は、神なる数理50にて繋がってる。いろんな「いろは」は、多様性を見せる。色即是、是即色の色とは、「五六波」の「イロ」つまり、生命あるもの・人間の生そのものが「色(シキ)」色=シキ=死生 の事。「いろは」には、エネルギー・波動を持っている。それは、人間の生命あるからこその言葉である。言葉に力があるとは、生きてる証し。証し=明かし⇒照明=ショウメイ言葉は、光でもあり、照明でもあり、様々な証明ともなっている。
2006年04月12日
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夢を持つと元気になれる。夢を持つと花が咲く。夢なる花は、いつ開く?夢は、夜開く?!・・・・昔の歌の歌詞。夢は、いつでも開く。夢を持つと意識した瞬間から、種は育ち、季節になれば花が咲く。夢=ユメ=遊芽遊びの中に芽生える、それが夢。夢=ユメ=裕目余裕やゆとりの目線で、見えてくるのが夢。遊び心、ゆとり、余裕の中だと、夢の種が育つらしい。夢とは、本当は、You愛=ユウメ=ユメ「愛でる」と書いて、「メデル」=芽出るあなたの芽が出るが「You愛」で、愛によって育つ夢。夢は、いつでも開く
2006年04月10日
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√5(ルート五)の解は, 2.3620679 「富士山麓にオーム鳴く」 5とは,五=ゴ=御のことであり, 御とは,御神であり,天,宇宙でもある。 それゆえにルート五とは,ルート御であり,ルートは路であるので,神へ至る路,天へ至る路,宇宙へ至る路と言う事になる。 この神へ至る路である√5の解が富士山麓に繋がっていることは,注目すべき事だと思う。 そして,その富士山麓が意味するものとは何か? それは,数理が教えてくれている。 「富士山麓」=2236 ⇒2+2+3+6=13 この13とは,音に返すと, 13=十三=トミ=富 √5の解は,富へと導かれる。 13なる富は,富士山につながっていると言う事でもある。 肉体的精神的物理的時間的な豊かさが,じつは本当な富であり,富士山はその象徴であり,√5は,さまざまな気付きを与えてくれた。 √5の旅は,いかがでしたか? 本当の豊かさを目指して,√5の山を登っていきたいと思います。
2006年04月08日
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街でもらったチラシ「目覚めよ!」布教用のチラシだった。目覚めとは、覚醒なり。覚醒=カクセイ=拡生生きることを拡大していく、元気に命輝かせるが覚醒なのかも。革聖にもつながるかも。それは、まさに聖なる革命。スピリチャルの聖への革命こそが、精神革命。我が意識を確認させ、刺激してくれたチラシに感謝。全てがありがたいと思う。
2006年04月05日
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春は、桜に限る。ぱっと咲いて、ぱっと散る。サクラの音は、世界が広がる。桜=サクラ=sacrasacraとは、ラテン語らしいのですが、「聖、聖なる」の意味あるとの事。日本の桜は、まさに聖なる花。音の世界では、繋がっている気がする。サクラ=咲く等一斉に等しく咲くのも桜の特性かも。サクラ=39羅39=サンキュウの薄く織った織物なのかも。散った桜の花びらの地面は、まさに感謝の証し。聖なる領域へ誘う桜の季節。桜を花の王とせよ。桜花とは、人生の謳歌かもしれない。はかない一瞬を、瞬間の連続を楽しみなさいと。桜色は、薄い紅色。実に微妙な色相で、繊細な色が日本らしい。淡い色ではあるが、心に強く残る色でもある。聖なる桜に今宵を楽しむ。
2006年04月03日
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「あん」とは、五十音の始まり「あ」~終わり「ん」(正しくは、五十一音)の事であり、言葉の全てを持っていると言う事。五十音では、「あ」~「わ」だから、阿波=安房にも通じる五十一音では、「あ」~「ん」だから、阿吽にも通じる。そもそも、言霊(ことたま)とは、この五十音の事。五十=こと、音=たま(終戦の天皇の放送を玉音放送と言うは、玉=音を示すもの)なので、言霊=ことたま=五十音なのである。この数理は、50=5なので、5とは、中心の数。5=ゴ=御=神。またローマ数字で50=L(アルファベットのL)で表現される。Lとは、50の意味があるわけで、GOLD(金)=GOD(神)+L なる関係性から、神(GOD)=金(GOLD)=L=50=5 に繋がる。それ故、アイウエオ五十音は、世界言語中心であり、神の言葉である。だから、「あん」とは、神そのもの意味も含み、全てなる意味を有する。さらに、50=神でもあり、全能を意味するオールマイティーでもある。「あん」とは、オールマイティーなのである。饅頭の「あんこ」もその意味では、皮に包まれていて、中味全てでもある。安心の「あん」も全ての源に繋がったのもので、オールマイティー=神に繋がるものであろう。安全とは、まさに全て神でもあるってことかも。
2006年04月01日
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