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今日は、6月最後の出勤の日。次の職場への移動の為に、今日で今の職場とお別れ。終業間際に、はなむけ(餞)として、お花をいただきました。餞(ハナムケ)は、まさに、花向け。お花をあげるって事なんですね。さらに、商品券を餞別としていただきました。餞=セン=銭、なので、銭別かも・・・。お花もお金(銭)も、共にエネルギーそのもの。それを、あげるとは、エネルギーをあげる、元気パワーをあげるので、これからも頑張ってネ、のエール(応援)だと言う事なんでしょうね。銭=セン=宣 と変換すれば、餞別とは、新たな場への宣言として、別れると言うことかも。意識的には、今までありがとう、こらからによろしく。新しき挑戦の場への、魂からの宣言なんでしょうね。はなむけ・せんべつをいただいて、そのエネルギーで、7月の新たな扉を開いていきましょう。いろんな事のあった6月に感謝して、次なる次元の7月を喜ぼう!
2007年06月30日
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今日の日を、Wikipediaで調べてみた。6月29日は、グレゴリオ暦で年始から180日目(閏年では181日目)にあたり、年末まであと185日ある。年始から180日目とは、まさに18数理で、十八番(オハコ)。十八番は、番=対=2なる意味なので、その数理には、36(=18X2)=ミロクを持っている。まるごとが宇宙で、まるごとが現実。全方位の360°世界は、実は弥勒世界なのかも。無(6)にして、福(29)となす6.29夢(6)への時空(29)へ飛翔する6・29自らの魂が本来持っている十八番がでるのかも。個性という名の箱の出番なんだろうと思う。いろんな花(ノンノ)が咲く。7月からは、さらに箱(ハコ)が開かれる。自らのパンドラの箱を開ける時。今年の折り返しも間近。華麗にターンして、さらなる飛翔を続けましょう。
2007年06月29日
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「シュレメンクル」なる言葉を聞いた事がありますか?間宮林蔵(江戸時代後期の日本人冒険家)が、船で海峡(後の間宮海峡)を渡って、北海道へ調査に入った際に、現地のアイヌ人と遭遇し、「あなたは、何人ですか?」とたずねた所、「私は、シュレメンクルだ」と答えとそうです。シュレメンクルとは、シュメールの人との意味だそうです。自らをシュメール人であると言うアイヌ民族。シュメール人とは、かつてのメソポタミア文明を築いた人。古代ユダヤの源流に位置する人。旧約聖書での消えたシュメール人とは、ユダヤ人のこと。だとしたら、自らがシュメール人だと言ったアイヌ民族は、どこの出身なのかが明白。アイヌ民族と古代ユダヤ人の共通性は、深いのであろう。音に返して観ると、さらに理解が深まる。シュメール=シュメル=主メル=スメル=スメラ=天皇天津日嗣皇命(あまつひつぎすめらみこと)シュレメンクル=主連Menグル主つまり、天に連なる人(men)の一味(グル)、との意味にも解釈できる。天皇(すめらみこと)に通じる民族であると、間宮林蔵に会った際のアイヌ人は、言いたかったのかも・・・。いずれにしても、今後の謎解きが面白くなってきた。
2007年06月28日
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人生の歩みは、登山に例えられる。登山は、何のためにするのか?頂上での景色や達成感を味わう為に、途中が苦しくても、登ろうとする。山登りには、登頂がつきもの。意識も登山と同じで、高き位置へ登ろうとする。でも、心は登ることがつらく感じて、登山をやめようとする。心の位置で登るのか?意識の位置で登るのか?登ろうとする意志は、意識となり、行動に移ると思う。心は、コロコロで、苦しんだり、花を見て美しいと思ったりする。意識の位置は、魂の位置だと思う。心も大切だが、影響されては、魂の使命が果たせない。登山=トザン=十Sun=天Sun・・・お天道さん天高くある位置の太陽(Sun)の光を持てめて、登山を楽しんでるのかもしれない。光ある方向は、魂が喜ぶ方向。登山は、いつかは、下山するが、また、次の高い山に登りたがる。次から次と、意識の峰なる山を登り続けよう。魂をもっと、もっと成長させたいから・・・。
2007年06月27日
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現代は、デジタル時代。コンピューターを始めとするあらゆる器機は、「1と0」を用いるデジタル信号処理のものばかり。でも、ちょっと昔は、アナログ時代。アナログ人間なる言葉も生まれた。Wikipediaによると、二値的なものをデジタルとし、これに対して多値的なものがアナログとみなされる場合もある。 例えば比喩的に、物事を割り切らず、曖昧さを残しつつ理解する人のことを「アナログ人間」と呼ぶことがある。 割り切らず、曖昧さを持てるは、器の大きさ。アナログの情報量は、デジタルよりもはるかに大きい。人間の感覚・感性そのもがアナログなので、デジタル的に数値化したり、表現形式にする事が難しい。意識は、電気信号処理的には、デジタルかもしれないが、その動き方は、アナログ的だと思う。意識のアナログ感を発揮するには、かなり高速なデジタル処理演算装置が必要で、脳細胞は、フル回転してるのだと思う。アナログ人間であることは、脳細胞の高速演算が可能で、意識をアナログ的に使える人だと思う。コンピュータでアナログコンピュータなるものがある。アナログ信号を使っての演算だが、ノイズに弱いという、欠点がある。ノイズとは、ちょうど、脳での外乱や、意識の外乱かもしれない。周囲の意見や、周囲の状況で影響されることは、脳細胞の信号処理が、一昔前のアナロジーなのかも。自らに自信と誇りをもって、信念ある人は、影響を受けにくく、ノイズに強いので、脳細胞の信号処理が、デジタル的なのかもしれない。本当の意味でのアナログ人間とは、外乱信号(ノイズ)に強く、感覚・感性が優れ、鷹揚でいれる器の大きい人だと思う。次の時代は、また、進化したアナログを必要とするかも・・・。
2007年06月26日
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「淡い」色って使うが、どんな色なんだろう。単に薄い色と言う意味だけではなさそう。情緒がある色で、あいまいさを感じる。ことたま的に見てみた。淡=アワ・・・ア~ワつまり、五十音の頭10文字のアからワを示すと捉えると、ことばの領域全てを含むのが、淡いなのかも。特定の色とか、濃さとか、明るさに限定するのではなく、ちょうど、五十音がオールマイティーな神なる言葉であるように、淡いの中にも神聖な領域があるのだと思う。淡く生きるとは、強さを持たず、限定さをもたず、神聖な生き方をすることを言うのではないかと思う。心で言えば、純粋でピュアで生きるってことかも。淡々と生きるは、力が必要で、器の成長なくしてはできない。淡々と毎瞬・毎瞬をしっかりと・・・・。淡=アワ=泡 に通じる音なので、泡は、はかないもので直ぐ消えるが、風に舞って空を自在に駆け巡る。淡く生きると、この泡が大きくなり、天からの浮力をいただけるのかも・・・。浮力=フリョク=負力なので、たとえ、沈むようなマイナス(負)の力がかかったとしても、それを浮く力に変換できるからこそ、与えていただいてるのかもしれない。意識、心の持ち方で、泡は大きくなり、浮上できる。淡く生きるは、泡く生きることかもしれないなぁ・・・・。
2007年06月25日
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今日、聞いた話し。「トナカイ」と言う言葉は、アイヌ語なんです。と早速、Wikipediaで調べたら、他にもあった。日本語に溶け込んだアイヌ語に以下の言葉があるそうです。・トナカイ(トゥナカイ、tunakkay)・ラッコ(rakko) ・オットセイ・シシャモ(susam) ・ホッキ貝(poksey)・ルイベ(ruipe 溶ける食べ物) ・ノンノ(有名ファッション雑誌・花の意) 結構あるが、その語源ルーツを知らない事だらけ。アイヌの人々の言葉は、全てが口伝であるそうです。文字を持たなかったそうです。音の世界だけでの伝承には、純粋さが必要だと思う。文字が無い分、しっかりと伝えていく意志があるのかも。純粋な心は、しっかりと学んでいきましょう。人間の心(アイヌとは、人間との意味)をしっかりと持ちながら。
2007年06月24日
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「恨み辛み(ウラミ・ツラミ)」を大辞林で調べてみた。「うらみ」に合わせて、「つらい」を「つらみ」として重ねた語うらめしいことや苦しいこと。ことたま的に観ると・・・。恨み=ウラミ=裏見辛み=ツラミ=面見=表見要するに、裏から見て、表からも見る。回り全部を見ること、見渡すことかも。嫌な所ほど、見られたくないのに・・・。そんな思いから、恨み辛みモードになるのかも・・。頭文字を取ると、ウ(ラ)+ツ(ラ)=ウツ=鬱恨み辛みモードに入ると、鬱になりやすいのかも。ことたま的に溶かし方を閃いた。一つ上の音にしてみる。ウの一つ上は、イ。(アイウエオの順での上)ツの一つ上は、チ。(タチツテトの順での上)ウツ→イチ=位置音程を一つ上げるようなもので、位置が変わる。ウラミ・ツラミ→イラミ・チラミ恨み辛みは、捨てて、もうイラない身。恨み辛みは、チラつかせないMe。軽さ・明るさ・面白さに変換すると瞬時に溶ける。溶解するってことは、エネルギーあるって事。意識も常に一つ上の位置へ上げるが鍵で、高くなれば、熱エネルギーも高くなり、瞬時に溶解。問題あっても、それが、いったい、何のヨウカイ?って聞いたりできる軽さかも。ゆとりと言うか、圧倒的高さ。人類の持つ「恨み・辛み」も瞬時に溶解する時かも。まずは、自らの意識からでしょうね。
2007年06月23日
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日本語では、韻を踏むことで、語呂あわせや、同じ響きをくり返して、印象付けることができます。母音が同じ繰り返しは、駄洒落のように、語呂合わせのように、印象的には、同じ音として聞こえます。例えば、アスカとナスカアスカ=ASUKAナスカ=NASUKA五十音のア行の言葉は、どれを持って来ても、同じように聞こえてきます。カ行でも・・・カスカ=KASUKAこの、一見、駄洒落でおやじギャグ的要素の中に、ある種の本質が隠されてる場合があります。おやじギャグで笑い飛ばせてしまう所に、その本質性をカモフラージュできるのです。ナスカの地上絵=アスカ(飛鳥)の地上絵実は、深いつながりが見出せるのかもしれません。こんな事ができるのは、「ことたま(五十音)」だけです。韻とは、陰でもあるわけです。見えざるもの聞こえざるもの言わざるものの陰(カゲ)に、全てがつながっているものかも。お陰様というものに意識を向ける日本人の感性。今や時代は、グローバル化、インターナショナルで、インターネットの時代。このインも実は、韻でもあり、陰なのかも。大辞林によれば、「韻を踏む」とは、詩句の一定の所に同韻の字をおく。韻を押す。押韻(おういん)する。つまり、判子を押すようもので、印をおくことに通じる。意識の中に印(シルシ)=マークを置くことは、意識の封印解きのヒント(鍵)となるのかも。韻なる音でさらに、遊んで高めていきましょう。・・・・そう、そう、それで、「韻(い~ん)」です。なんて。
2007年06月22日
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アークと言えば、「失われたアーク」が連想される。出エジプト記にある「契約の柩」の事である。モーゼの十戒の書かれて石板を納めたもので、ユダヤ秘宝のことである。このアークをことたま的に観てみた。アーク=アク=空く=開く=悪=灰汁=明く=アークの中味は、本当は、空なのかも・・・。アークは、いつか開くためのものかも・・・。アークは、悪へとつながるものかも・・・。アークは、灰汁(アク)のように、渋み・苦味を取るものかも・・・。アークは、明るさへと導かれるものかも・・・。アーク放電とかアーク溶接なる技術がある。高電圧の放電によるエネルギーは、落差が大きい。アークが見つかる、開かれることは、空間スパークで、そのエネルギー落差で、次元が開かれるものかも・・・。また、ノアの方舟(はこぶね)は、英語では、Noah's Ark。アーク=Ark=方舟=箱船 の意味になるらしい。意識の中にも、このアークがあるかもしれない。いつか、その封印が開かれるところが意識にあるのだろう。まったく、次元の違う世界が出現しているのが現代だと思う。意識のアーク放電をして、古い常識や概念を溶かし、消滅させて、新時代を築いていきませんか?時代がアーク(開く)する時。開けるのは、自らの意識を開くだけ。こびりついた、さびついた、渋い意識は、灰汁で、中和して消しておきましょう。お掃除して、浄化するは、ネクストステージへの準備かも・・。
2007年06月21日
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何事にも切り替えって大事ですよね。過去を引きずったり、人を引きずったりと、前のことから離れられないときには、特に大事だと思う。切り替えしで、場面を変え、登場人物を変えると、見える位置のステージも変わる。切り替え=錐替え穴を開ける道具に「錐=キリ」がある。三つ目錐とか四つ目錐などの種類があり、回転させながら、穴を開けていく。意識の切り替えも、この道具の錐(キリ)と同じだと思う。穴を開ける目的は、糸や紐を通すための穴開けだったり、空気を通すための空気穴だったりす。錐の種類を替えると言う事(切り替え)は、目的用途によって、穴を替えて、場面を替えることに通じる。雰囲気をがらっと替えることで、空気の流れは変わるし、ちょっとした切り替えは、目に見えぬ空間に穴が開き、目に見えぬ糸、つまり、意図を通すことができるのかも。切り替え(=錐替え)をすると事で、思いがけない利益という名の「奇利」を得られるのかも。そうする事で、芝居の最終幕である「大喜利」へ移行できるのかも。常に切り替え、錐替えで、意識に刺激を与えて行こう。脳は、キリキリ舞でもその刺激を欲しているかもしれないし。
2007年06月20日
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お米が地球を救う!バイオエネルギーってご存知?正確には、バイオエタノールによるエネルギーで、バイオテクノロジーを使って植物からエタノールを抽出。環境に優しいエネルギーなのである。植物の中では、とうもろこしが有名であるが、最近は、「お米」からエタノールが採れるそうだ。食べないお米を栽培して、エタノールを作る。米ってすごいな。TVで放映していたのだが、農家の方が言っていた。「外国から輸入して、燃やしてCO2出すよりは、国産の米を燃やしてCO2出す方が、ずっと環境にいい」米を燃やすこととなる、バイオエタノールは、注目!!八十八と書いて「米」なる字となるが、ことたま的に観ても、理にかなったエネルギーかも。バイオ=倍O=2X8=16バイ=倍なので、X2って事。オ=Oなので、オクターブ(octave)は、8音また、光学=オプティス(optics)光とは、白光=発光=八光で、オプトのOも8の事。一方、米=八 + 八=16共に、菊花紋章の16となりて、国家中心になる。この、お米のバイオエタノールは、国家エネルギーを救うのかも。米=篭め の音に返すと、地球を救う使命を篭めているのかも。お米文化が世界に届くのが、楽しみです。
2007年06月19日
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夕焼け景色に見惚れてた。赤い絵の具が、水面に映る。赤い色は、大地の色。ダビンチ展(受胎告知)の帰りでの一こま風景。
2007年06月18日
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久しぶりにメルマガ「アイウエオの秘密」を発行しました。今号は、44号。シとシが合さった、シアワセ(幸)号。こちらから、どうぞ。http://www.mag2.com/m/0000114118.htm▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽ 本号のメニュー 1.気づき進化コラム (新登場) 2.お知らせ編(書籍紹介) ※復刻版「ソロモンの秘宝」蘇える▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽読んでお楽しみに。・・・・・・おまけ 44数理について 4+4=8・・・八光=発光=白光、Happy 4X4=16・・・菊花紋章、国家中心 44=シシ=獅子=ライオン=雷音・・・電子の衝突 シ(4)とシ(4)が合さる、シ(4)合わせ=シアワセ=幸せにて、 Happyへと導いてくれる数かもネ。
2007年06月18日
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人生の主人公は、自分人生の舞台の監督も自分その脚本家も自分登場人物を決めているのは、もちろん自分。自分だけで見ている、いや、見えてる世界だけなんだから、自分の脳は、映像として映しているだけ。主人とは、主たる人物と書く。主とは、メインでもあり、メシアでもある。自らが主だとの設定は、自主性の認識かも。自主講演の人生だから、豊かに楽しく思うように演じよう。演じよう=エンジョイ=楽しもう!演じるは、縁を知るって事かも。豊かさの脚本を思い出すだけですよネ。
2007年06月17日
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再開した縦書きブログで思う事がある。この『縦』は、何故読みやすく、すうっと脳に入りやすいのだろうか?『縦』を音に返して観てみた。縦=ジュウ=十=Ten=天天に繋がる方向が縦なのかもネ。糸ヘンに従うと書く。この糸とは、天と地を結ぶ見えない糸かも。その見えぬ糸に従う事が縦のような気がする。縦=タテ=立て=建て立つ事や、建設する事は、縦への事柄なんでしょう。縦=ジュウ=柔=従脳の柔軟さと、素直な従順さは、縦系アクセスには必須。縦の凄さを、充分に感じてみよう!
2007年06月16日
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約1年ぶりの「縦書きブログ」の登場です。縦で書いてみると、何かすらすらと書ける気がする。(携帯からの掲示を見やすくする為、横書きも記載する)今の時代を縦と横で表現するならば、縦系の時代と思う。横系とは、インターネットに代表されるように、情報が水平方向に時間概念を超えて広がる事。あらゆる情報が瞬時に時間・場所関係なく手に入る。技術革新の進歩でその広がりは、膨大で、留まるところを知らない。やがて、横系情報の価値は、その意味を失うかも。となれば、次に来るべき時代は、縦系情報社会かも。縦系とは、その昔、古代から日本人は使っている。縦とは、もちろん天と地を結ぶライン。天と地からの情報を得る。直感とか閃きとかインスピレーションとか気がすると言うもの。ダイレクトに入るので、答えも早い。本当に必要な情報は、常に宇宙から来ている。受信の感度を上げるが鍵。高感度とは、好感度かも。もっと、もっと、宇宙と話しをしてみませんか?
2007年06月15日
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頭で考える事は、非常に小さきこと。頭ではなくて、体全体で感じる方が、全体の情報処理量ははるかに多い。デジタルよりもアナログチックさは、処理ボリュームが違う。頭は、頭脳と言われ、コンピュータのCPUに例えられる。しかし、CPUはデジタル処理で、扱うのは、0と1だけ。本当に小さき事にすぎない。頭=豆+頁豆とは、小さい事の例えで使われる。ページ=頁とは、ノートの白地スペースのようなものかも。豆のように小さいノートでは、文章書いたり計算するには、明らかに限界がある。これが、頭で考える限界に相当する事かも。アナログチックな感や閃きは、扱うデータ量が桁違いに多い。感ピューターは、即に答えを導きだす。豆のページに頼りすぎずに、皮膚感覚や感性などを高めて、脳をフル作動させて、意識を向上させていきましょう。頭脳=ズノウ=スノウ=素脳素直な脳は、単純で明快。考えすぎず、感じて観ることを進めてみよう。
2007年06月14日
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今のビジネスは、「笑」がテーマお笑いブーム、免疫力向上・・・・。新しい商売となってる。笑いを売るビジネスとしての笑売笑うと、軽くなるので、元気になる。竹+天 =笑竹コプターで天へ上がるのかも・・・。笑=ショウ=翔、で飛んでいき、富んでいく。笑門来福意識は、笑いにフォーカスして、面白、おかしく創造して、ぶっ飛びましょう。大爆笑とは、笑いが大きく爆発すると書く。爆弾も焼夷弾から、笑意弾へと変換する時がくるかも。
2007年06月13日
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「おうよう」なる言葉おうよう=鷹揚大辞林によれば、鷹(たか)が大空をゆうゆうと飛ぶさまからゆったりと振る舞うこと。余裕があって目先の小事にこだわらないこと。心の器の大きさは、鷹揚さ。心の器用さが、応用さなのかも。鷹揚とは、大様とも書くらしい。大きくどっしりした様は、まさに大様(=王様)かも。白く黒付けたがる心ではあるが、中途半端に強くなるには、おうような心がいるのでしょう。あいまいで、どっちつかず、中途半端を遊びきる。決着つけたがる心に声かけてみよう。「お~よう! 大きく成長してるか?」ってネ。あいまいとは、グラデーションで灰色。灰色なときは、素直を拝としてみるも良し。自在でたおやかでしなやかでおうような心。ゆっくりと、確実に登っていきましょう。
2007年06月12日
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物理法則上、地球では重力が存在するので、軽いものは、上昇し、重いものは、下降する。重力に勝って浮上するのか、重力に引っ張られて沈下するのか。心もこれと同じようである。明るい心では、気分も軽やかで、天にも舞い上がる。暗くて重い心では、気分も沈み、地を這う気分となる。虫は、光の明るい方向に集まるので、人間も明るい方向、つまり天の位置の光に、集まるようになっているのだと思う。明るい=あ~軽い明るさは、軽さのバロメーター。軽くなりたければ、明るくすれば良い。明るければ、軽くなれる。服装や照明や部屋の色など、さまざまに工夫がある。思い=重い、となりがちなので、沈みやすい。思いつめる=重いつめる、きっと、重い石でも心の袋に詰め込んで、重力を使って一気に沈ませようとする行為なのかも。浮上させる、明るくするその方向のみが、心を軽く明るくできる。声に出して叫んでみよう!「あ~軽い!」 きっと空気が変わるかもネ。
2007年06月11日
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6月10日の日付から、六十を思った。六十と書いて、その読み方は、幾通りかある。十=ソの音に返して観た。ちなみに、八十は、ヤソ。六十=ムソ=ムソウ=夢想=無双=無想夢想とは、夢の中で想うことで、夢に見ること、さらには、夢の中で神仏が現われて教え示すことの意味があるそうです。無双とは、二つとないことや、並ぶものがないほどすぐれてることを示す意味があるそうです。無想とは、何も考えない無心の想いとの意味あるそうです。6は、数学的には、完全数。60は、6の十倍で、桁が違う。意識的には、6で完全数の意識で歩んでいきたいと想うし、夢にまでみることを思い出す事が、意識飛翔させてくれる気がする。夢中で追い求めるものは、二つとない高い意識で、何も考えずに無想で突き進みたいと想う。完全かる桁を一桁上げるには、もう一度、自らの中での夢の位置を確認することが今必要なんだと想う。6 10・・・・6+10=16=十六夜=イザヨイイザ良しと、進まんと・・・。
2007年06月10日
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今年も6月9日がやって来た。けんたま的には、69の形から「まがたまの日」と呼んでる。年始からちょうど160日目にあたる日。陰陽=69=シックス・ナイン69を音に返すと、「ムク」が観えてきた。69=ムク=無垢=剥く大辞林によると、無垢とは、1.仏 欲望・執着などの煩悩(ぼんのう)がなく、清浄なこと。2.心身が汚れていないこと。 うぶで世間ずれしていないこと。 また、そのさま。3.全く混じりもののないこと。純粋であること。4.和服で、表裏を同色の無地で仕立てた長着。 婚礼衣装の白無垢など。無垢には、清浄、純度とか、クリアーとか、透明などの意味がある。心の状態は、常にこの無垢でありたいと思う。69=ムク=剥く、とは、心の汚れの皮を剥くことなのかも。玉葱の皮のように、一枚づつ皮を剥くと、真の自分が出てくるのでしょう。69=ムキュウ=無給=無休魂を磨き、浄化クリア純化させることに対しては、天からの給与も支払われない、無給の作業だし、その作業には、一日たりとも休むことのない無休なこと。心を透明にして、意識を高めることが、本来の69陰陽合一のマガタマのエネルギーになれるかも。無垢な心を意識してみませんか?
2007年06月09日
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見た方の多様性は、創造が広がる。観る位置は、意識の位置でもある。良く逆転の発想で・・・、なんて聞くが、逆さの視点は、見える世界がまるで違う。天が地となり、地が天となる。逆さで物事観る癖つけると、やみつきになるかも。逆さは、とかく感情が揺れる。逆なでたり、逆上したりは、大感情の海となる。杯=サカズキ、これって逆さが好きって事?杯=ハイ=拝逆らわずに、素直にハイと拝すると、感情は揺れないかも。逆さをいかに見方にして、好きになれるか?それこそが、その人の器であり、大きな大きな酒を入れる、大杯となるのかも。逆さ視点を意識して、感情的には、逆さに支配されず、遊びきって創造する喜びにこそ、その人の器の大きさがあるのかも。常に拝とせよ。
2007年06月08日
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バランスは、何事でも大事。天秤棒での平衡を保つ「均等」均等=キントウ=金塔均一的に等しいバランスは、脳で言えば、右脳と左脳のバランス。能力が全開で、お金も動き、まさに、塔が建つ。さらに、均等=金島日本は、黄金の国で、まさに金の島。日本人の感性は、感覚のバランスの良さかも。金の数理は、13島=トウ=10故に、均等=金島=13・1013+10=2313X10=130・・・=13(富)23は、天皇に関係深い数理で、日本そのものかも。13は、富なる国の象徴が日本かも。バランスなる均等は、豊かさ意識への近灯かも。近灯を、近き所を照らす灯かりの意味と解釈すれば、豊かさは、身近にありて、灯かりとなってるのでしょう。バランスを意識して、豊かさ灯かりをつけていきましょう。
2007年06月07日
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様々な健康法や心の管理などに「呼吸」の大切さがある。心を落ち着けるのには、『深呼吸』が一番。ことたま的には、深=シン には、意味がある。深=シン=神=芯=真=新=親=信=伸=心=清・・。深呼吸は、神へと通じ、神の気を呼吸するのかも。深呼吸は、自らのコア(芯)に気を入れることかも。深呼吸は、真の自分へと戻る為の調整動作かも。深呼吸は、新しい場面を創造する、場面切り替えの動作かも。深呼吸は、親しみの空気を創りだすためのものかも。深呼吸は、自らを信じきるための確認動作かも。深呼吸は、心を伸長し、成長されるためのものかも。深呼吸は、心のコントロールのための動作かも。深呼吸は、心の浄化・清めのためのクリーニング動作かも。心と体は、一体なので、体の動作(呼吸)を整えるは、心の整えにもなるはず。心=シン=身生身の体こそが、身体であり、心体なのかもしれない。深呼吸に意識を合わせると無地になれる。しばらくは、この「深(シン)」に意識合わせてみよう。
2007年06月06日
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自分自身の中で、さまざまな場面で「揺らぐ」時がある。そん時は、特に心が不安定となり、不安が起きる。この揺らぎは、一種の地震のようなもので、震度によっては、築き上げた自信が消えてしまう。自らに自信を持つことは、基の土台がしっかりしてること。土台よければ結果良し。ど~だい!と胸がはれる土台をつくっていこう。小さな小さな成功を積み上げて、自信を勝ち取ろう。自信をもって、安心して、前に進みましょう。全ては、思う世界を映してるに過ぎないから、どんどんと楽しんでいきましょうネ。揺らぐ地震は少なくし、自信回復をしていきましょう。自信=ジシン・・・シシン=指針自らの考え・思想・哲学あるって事は、この指針を持っていると言う事でもある。ぶれない指針を持ち続けていきましょう。
2007年06月05日
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「豊かさ」って何だろうか? 追い求めてみると, それは世界観であったり哲学や考え方に行きつくと思う。 解りやすい例えは,宗教である。 豊かさについては,幸福の視点で様々説かれている。 仏教もイスラム教もキリスト教もユダヤ教も。 いずれも「法」を説いている。 法=ホウ=豊 つまり,御法や教典や聖典などは,本来が 豊かさを伝えるためのものだったのかも。 日蓮聖人は,妙(タエ)なる法として妙法を唱えた。 たえなる豊かさ(妙豊)がその本質かも。 宗教や考えや思想は,もともと本来が豊かさかもしれない。 ことたま的にみる視点は,争いもなく本来の質だけがみえる。 法=ホウ=方 四方八方や方角や方位は, 宇宙の仕組みを示す言葉でもある。 方には,宇宙なる意味もる。 豊かさは,宇宙そのもの。 視点を宇宙的でみれば, 争い事の意味を失う。 法と言う宇宙の豊かさに感謝して生きましょう。 本来が豊かさである事を思い出すために。
2007年06月04日
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50音の秘密って何?50と言う数理を持たせる為の仕組み。いろは四十八で表現できるところを、50音にした。50は、ローマ数字でLLは、Loveでもあり、12番目の数でもある。そして、神であり、金であることの証し。GOLD=GOD+L神なるが故に、Lはオールマイティー。5の数理は、センター・中心なる意味。5行10列の表現にて、50音となり、終始一元の表現となっている。ア⇒ワ、イ⇒ヰ、ウ⇒ウ、エ⇒ヱ、オ⇒ヲさらには、ア⇒オに至るは、アルファ⇒オメガ (α⇒ω)と同じ。コトタマとは、五十音の事。言霊=コトタマ=五十音オールマイティーでかつ、中心言語で、神なる言葉。始めに言葉あり、言葉は神とともにある。五十音の秘密を明かすは、自らの意識を明かすこと。自らの中の中心から言葉を発するは、オールマイティーなる我の言葉。言葉に力あるのは、意識があるから。自らの意識の五十音を開いていきましょう。
2007年06月03日
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心は、いろんな感情を持つが、中でも「恐れ」って、その正体は何だろうか?オ~それ!見よ!(決してイタリア民謡ではありません)心に不安を持つから、恐れがあるのだと思う。その不安は、何処から来るかと言えば、自信の無さなのではないか?自信があれば、不安はない。どこまで、自分を信じきれているか。信じる者は、救われる。自分を信じ切る。不安ではなくて、フアン=ファン(FAN)となる。自らのファン、自分 愛好者、自分 マニア。自信があれば、怖いものなし。恐=キョウ=今日=京恐れは、今日と言う瞬時の中で起こる。恐れは、もう、今日でロン(京)して、上がりましょう。不安・心配したら切りがなく無限大となる。豊かな意識への方向で、明るく捉える認識は、ある種の自信やゆとりのなせる業。意識は、常に豊かさの方向に合わせて、自分を信じていきましょう。自分を救えるのは、自分だけですから。人は、いるようで実際は、いない。そのように映像的に映っているだけ。認識の創る世界だからこそ、いろんな映像を描ける。恐れは、装飾の一つだとわかる認識は、高さが違う。意識の高さだけが、勝負で、自信をもって、どんどんと高き峰へとシフトしていきましょう。
2007年06月02日
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季節は、すっかり6月になりました。月日が経つのは、本当に早いですネ。6月1日から61数理を観てみた。語呂から、61=ムイ=無為そもそも、「無為」って何だろうか?大辞泉によると、《(梵)asasktaの訳》仏語。人為的につくられたものでないもの。因果の関係を離れ、生滅変化しない永遠絶対の真実。真理。 と書いてある。この意味は、結構深いものがある。因果の関係を離れているって事は、原因とか結果の関係の思考論理ではなく、生滅変化しないで、永遠の絶対なる真実。因果を離れるって事は、脳としては、不連続。不連続の活断層がある時は、意識面で大きく飛躍の時。無為の位置の意識で常にいられると、不連続を刺激として、遊びきれるかも。6月からは、初夏となっていき、NEXTバージョンへと移行するでしょう。永遠の絶対なる真実をどんどん意識化して、顕著化して無為を遊びきりましょう!
2007年06月01日
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