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6月30日は、6(=無)の月の終わり。無が閉じるということなので、次は有が開くかも。7月は、文月(フミヅキ)。文は、アヤとも読む。何か有が開くには、鍵を開ける、綾(アヤ=文)を解くのかも。無から有への創造は、面白さが広がる。7月=シチガツ=質月質が問われる月とも読める。質とは、本質であり、質度を高め、気質をシフトするときかも。6月を綺麗に閉じて、新しい後半戦をスタートさせましょう。上期半年分の総決算。閉めて開くは、日本の文化。飲み会でも、終わりの最後は、閉めをして、それで、会は、お開きとなるわけなので。飲み会で終了の事、閉めの事をお開きとは、実に奥深い文化なんでしょうか?終わり(オメガ)と始め(アルパ)が一致してるってこと。6から7への繋ぎは、6+7=13=金輝きの黄金リレーかもしれない。きちっと、バトンをリレーして、意識をさらに輝かせましょう。
2009年06月30日
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心を豊かにし、魂を進化させる。成長できる進化できるは、喜び。進化の楽しみを極めていこう。春夏秋冬で四季を楽しむがごとく、進化浸透で成長を楽しもう。進んで化けるだけが、進化ではなく、新しく化けるも新化であり、真に化すの真化でもあり、深い深耕で果実をとる意味での深果かもしれない。いろんな「シンカ」があるし、いろんな楽しみがある。シンカ=シンカー=SinkerSinkerは、英語で「沈むもの」「錘」の意味だそうです。進化させていくには、心や魂の深い部分へ何かを沈めていく、即ち、鎮めていく作業なのかもしれない。さらに、シンカ=シンガー=singersingerは、歌手ですし、音を発声して、歌う役目がある。進化するには、自ら発声(=発生)させて、歌いあげる、即ち、声を台にしての自己アピールも時には、必要なのかも。喜びを表現したり、伝えたりする。自らの楽しさを伝えることが、進化の第一歩かもネ。日々進化を楽しもう!
2009年06月29日
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無意識に固定観念の鎧を身に着けていることがある。着ていることすら忘れてしまっている。囚われの鎧を着ているので、外すのが容易でない。観念=ビリーフ=Beleaf「ねばならない」「すべきだ」「こうあるべきだ」などのその人の持つ意識の考え方や価値観。常識ととらえているところも観念であろう。その見えない箱の枠に閉じ込めて、囚われてしまっているとも言える。口の中に人が入っているので、枠から出られない。囚われを外すには、枠なる口から出る必要ある。理屈では簡単だが、中々簡単には出られない。ちょうど、ヤドカリのようなもので、殻から出てしまうと、丸裸で外に出るようなもので、不安かつ危険で、簡単に出ようとはしないし、出来ないのである。では、どうすれば、枠から出られるかは、枠を広げて大きくすれば、枠はあるが出た感じになれる。勇気を持って枠から出て、裸でいる勇気と覚悟を持つ。もともと、口の中の人は、存在しておらず、一切の無なんだとわかることで、枠を消す。いずれも、囚われかを外せるやり方だと思う。囚人=シュウジン=就寝寝ることは、囚われから解放される方法かもしれない。寝てることで、癒され、意識の整理もされてもらっているのかも。囚われを外すことは、新しき意識の拡張にもなる。常識、あたり前だと思っていることを疑ってみる。そうでないかもしれないとの視点を持つ。自らの成長で拡大することで、枠を壊して、枠から解放されるように、意識を豊かさ成長させていこう。呼吸を整え、深呼吸をし、体を動かし、美味しいものを食べ、楽しく話し、楽しく寝る。囚われの発見は、飛翔すべき箇所を教えてくれてるコーチャー。そのコーチングができれば、口から人を出せるかも。囚=トラ=寅=イン=陰=カゲ=影囚われているって事は、影を追いかけていることかもしれない。実体は、影の方にあるのではなく、光りの方向に意識を向ければ、影は気にならないし、囚われは外せるかも。光りの方向とは、明るく楽しく面白い豊かさの方向。どんどん枠を外して、囚人解放運動を進めましょう。ビリーフの枠よ、さようなら。
2009年06月28日
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心のコントロールは課題と捉えがちである。とかく、感情が揺れると、安定しなくなる。感情制御がしにくくなる。何とかしようと思えば思うほど、制御不能になる。感情を制御しているのは、魂なのかも。御者と馬の関係で言えば、乗り手の御者がしっかり、馬の手綱を裁いて乗っているのが、心をコントロールしている状態なのかも。馬が暴れると、心に関わる感情が揺れる。ロディオの名手のように、暴れても馬から落ちないことが、乗り手の第一条件。手綱を絶対に離さないし、緩めてはならない。感情が揺れるのは、馬が少し暴れて、ちょっと元気がいいな、面白い乗り方を創造するチャンスだと、捉えることできれば、感情の揺れの位置から外れたことになる。意識を少し遠くへ飛ばす。あまり、馬にかばいすぎると、馬の御用聞きになってしまう。感情=カンジョウ=勧請大辞林で「勧請」を調べてみると、 神仏の来臨や神託を祈り願うこと。また、高僧などを懇請して迎えること。なる意味がある。感情が揺れることで、見えぬ存在を呼び寄せているのかも。勧請することで、少し心から離れられるのかも。常に御者の位置を確認しながら、前進をしていこう。
2009年06月27日
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言葉に数理を持つ五十音(ことたま)は、 こじつけが可能で 実に優れた表現手段だ。 こじつけは、関係ない事を 無理矢理に理由をつけて関係性を表現しているといわれる。 本当に関係ない事を理由づけしているのだろうか? 我々人間が、いや人類がその関係性を見出だしきれていないだけなのではないだろうか? 本当は、見えない世界で全てが関係しており、 小さな小さな領域だけしか見ていない、 知っていないって事なのではないか? ことたま的解釈は、 数理をもっての宇宙旋回法則的解釈が可能なので、 ある意味ではこじつけに見えてくる。 こじつけできるって事は、 そこには今まで見えていない領域に 光りを射しているのかも。 ある種、人間以外の神様のみが知る領域を教えてくれているかも知れない。 こじつけ=コージツケ=光次=高次 こじつけは、光りの次元則ち高次元へ付ける、繋ぐ意味があるのかも。 こじつけは、何通りもの説明が可能。 それによって、見えてない領域や見えない領域のどれが真実かがわからなくなる事もある。 本当は、真実など無いかも知れないし、全てが真実かも知れない。 自らが映す世界のみが唯一の世界なので、 自己の魂レベルに堕ちる、 腑に落ちた範囲のこじつけを使って、 意識を豊かにしていきましょう!
2009年06月26日
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合言葉って何かと思うのです。相手の存在が敵か味方かの識別に使ったり、旗印や象徴やシンボルの意味で使ったりしている。「山」と言えば「川」「鶴」と言えば「亀」まるで、鍵と鍵穴のように、一対の組み合わせで、扉が開いて、次の場面へ行くことできる。合言葉が存在する。合図の言葉でもあるし、愛(=目)で確認する言葉かも。そして、今、剣山に注目が集まっているので、その合言葉が、これだ。「開け」と言えば「ゴマ」剣山の山頂は、地元では「平家(ヘイケ)の馬場(ババ)」と呼ばれている。その昔、平家伝説があるらしく、山頂で馬を飼育したとか、言われてその名が付いたと聞いたことありますが、剣山の山頂は、とても馬は登れません。山頂は、広い平坦部の地形ですが、ここを「平家の馬場」と呼ばせてるのには、ことたま的解釈で以下の意味を封印させる為かも。平家=ヒラケ=開け馬=ウマ=駒=コマつまり、「平家の馬場」は、「開けゴマ」剣山の山頂を開けないってことの、合言葉が、地名として残っているのかも・・・・。意識の面でも気になる言葉や数字が合言葉にもなり、違う意識が開かれていくかも。気になるものに秘められて合言葉を見つけて、鍵を開けていくは、自らの意識の拡張をしていくことかも。未知の部屋の扉をどんどん、開けていこう!
2009年06月25日
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今日6月24日は、聖書の中のヨハネの誕生日なのだそうです。Wikipediaによれば、グレゴリオ暦・修正ユリウス暦使用教会で6月24日が誕生の日としている。(ユリウス暦使用教会で7月7日としている。)ことたま的には、ヨハネとは、夜明けの意味。ヨとは、夜のこと。ハネとは、芝居が終ることを「はねる」ということから、わかるように、終ることの意。つまり、ヨハネ=夜がはねる(終る)=夜の終わり=夜明け夏至も過ぎ、新月も過ぎ、ヨハネの誕生を持ってして、エネルギー的にも全開になったのでしょうネ。夜が今までの沈黙のエネルギー象徴であれば、夜が終ることで、いよいよ太陽のお出ましで、沈黙から発信・発言へとエネルギーシフトするのかもネ。はねるのは、兎が有名ですが、兎の数え方は、一羽二羽と、羽で数えます。(鳥でないが・・・)兎の口は、三つに避けていて、兎の別名は、三つ口(三口)と呼ばれています。その意味でも、兎=三口=密口=蜜口秘密なる口でもあり、甘い蜜の口でもあり、蜂蜜=ハニー なので、蜜=ハニー=Honey=羽 に繋がってきます。ちなみに、ハネムーンは、蜜月ともよばれています。辞書でハニー(Honey)を調べると、蜂蜜とか、甘美なもの以外に、「すばらしいもの[人];一流のもの, 一級品;大当たり」なる意味があります。だとすると、ヨハネ=世Honey と解釈すれば、夜が明けることは、世の中がすばらしいものになる、という意味にもとることができるので、この日以降のすばらしさが満つ(=蜜)ることでしょう。意識も夜明けを向かえ、さらに次元を変えて、新しい場面意識を創造して、日の明るさを増していきましょう。もう、朝で~す。
2009年06月24日
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本屋さんでの立ち読みで、Newton別冊で、光りの特集記事があって、その中で、人類は、ついに秒速17mの光りを創り出すことに成功したと、書いてあった。一般的には、光りは、1秒間で地球を7.5周すると聞いています。その常識からすると、秒速17mとは、極端に遅い光りで、自転車で十分に追いつく速度なんだそうです。昔、アニメで見たエイトマンは、新幹線の「ひかり号」より速いと、歌の中で歌われていましたが・・・。人類の技術進歩は、遅い光りをつくれる、光りの速度を自在に制御できる技術を手に入れたことは、何か凄い時代へと突入しているんだと思った。17mという数理も気に入った。17とは、1+7=8で、1X7=7で、共に8も7も、光りを現す数理。また、8+7=15で、8X7=5615は、満月で〇にてオールマイティ(全能=神)56は、五臓六腑につながる生命活動エネルギー。いずれも、光り、即ち、太陽の特質につながる数理である。もちろん、偶然の結果として、秒速17mを実現できたのであろうが、偶然など何ひとつなく、必然でそうさせられてのかもしれない。光りは、現在のコンピュータ社会を支える重要インフラで、インターネットの光りファイバーの中を足っているものである。この世界を駆け巡る光り(速い光り)に対して、遅い光りを操れるって事は、ちょうど、高性能のエンジンを持つF1マシンが、その性能を100%発揮できるのは、高性能なブレーキ技術、即ち、きちんと車を止める制御力を持っていることと、何か関係あるような気がする。速く走れるのには、止める技術を持っているからで、今後のコンピューター社会では、ますます高速化して、大容量データを扱うことにならばなるほど、遅い光りを扱える、制御できる力が重要になってくるかも。ある種の落差を持つことで、技術の幅と可能性が広がる。人の意識も落差が必要で、考え方や思考が片寄っていては、幅の広い柔軟な人間性、高い精神性は発揮できないかも。光りが一番速いとは限らないとの視点を常に持ち続けるは、常に常識枠の崩壊を続け、新鮮な斬新な視点を持ち続けること。常に脳を刺激して、喜ばせ、緩ませ、遊ばせることは、幅を持たせて、柔軟さを持ち続けられるかも。常に今を良しとしない視点を持って、秒速17mの光りの視点のごとく、できないとあきらめず、創造をし続ける、遊び続けるを進めよう。遅い光りの存在で、脳が活性化でき、面白さを手にいれられた。感謝です。
2009年06月23日
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昨日は、100万人キャンドルのムーブメントのキャンペーンだった。NHKも環境問題意識の番組特集をしていて、「セーブ・ザ・フューチャー」と唱っていた。未来の地球環境を救っていこうとの意味で、このタイトルがついているのだが、異論あり!1.未来を救うって事の意味がわからない。2.セーブは、節約とか抑えるとかの意味もあるので、 未来を節約する、未来を抑えるって何か変?セーブ=Save の意味は、多岐に渡っているので、単純に未来を救え!的な使い方でないような気もするが、未来を救え!ならば、セーブよりもレスキューの意味なんだろうが・・。そして、未来を節約するって意味合いも何かおかしな気がする。そもそも、未来は、現在の延長でしかなく、確定もしていないと思う。そのようになっては困る(環境悪化となった未来は困る)という、考え方・意識があるだけで、未来はそうなってるとは限らない。今現在の意識を変える為の方便として、困る未来を持ち出してるだけ。そもそも、地球環境は、悪化していると学者さんはおっしゃているが、地球もひとつの生命体なわけで、人間に比べたら、そんなにひ弱に、ヤワにできていないのではないだろうか?人間が気にしてあげている程度は、全然問題ないのでは?「地球は、そんなにヤワではない」と思うのだが・・・・。少し、悪化のそぶりを見せて、人類を奮起させてるだけなのかも。だから、未来を憂いる必要は無いと思う。セーブすべきは、未来ではなく、今、現在なのであって、その意味で、今を救う、今を節約するので、「Save」を使うのならば、合点がいく。むしろ、Save The Present 今を救え!、今を節約せよ!の意味なんだと思う。Save The Future は、地球に対して大変に失礼な言葉なのではないか?環境配慮で「エコ(eco)」なる言葉が、定着してきている。音に返して、ことたま的にエコを観てみると、eco=エコ=エコー=回向回向することの意味は、大辞泉によれば、自分の修めた功徳(くどく)を他にも差し向け、自他ともに悟りを得るための助けとすること。エコ活動の本質は、未来を救うことではなく、今を救うことで、大いなる生命体の地球に回向(エコー)して、高い意識を差し向けることではないだろうか?未来を視野に入れてこその今がある。近きポイントを集中して、高き意識を目指して、地球に恩返しをしていこう!地球は、大丈夫、我が意識を高めましょう。
2009年06月22日
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昨日は、本屋で「Newton別冊 次元とは何か」を手にする事ができた。最近の科学での次元解釈をわかりやすく説明してあった。難しい内容もあるが、所々で面白いところがあった。2次元の説明の箇所の中で、プラトンの「洞窟の比喩」を例にして、わかりやすく解説してあった。読んでいて、納得するところがあった。一部、本文の内容を掲載する。(「Newton サイエンステキストシリーズ別冊 次元とは何か」より)プラトンいわく「私たちが見ている世界は”影”なのかもしれない」プラトンの「洞窟の比喩」 プラトンの著書「国家」に述べられた「洞窟の比喩」は 以下のようなあらすじである。 『子供のころから洞窟の壁しか見られないように 拘束されている囚人たちがいる。 囚人たちは、壁に映し出される影が世界のすべてであり、 影こそが本物であると信じるだろう。 拘束をとかれ、洞窟の外へ目を向ければ、 真実の知(イデア)に近づくことができるであろう。』プラトンは、「私たちは影しか見ていない」この言葉を通じて、壁から洞窟の外へと視線を転じ、「真実の知(イデア)」を求めよと説いた。そしてプラトンの言葉は、このあと見ていくように、「この宇宙が本当は何次元なのか」という壮大ななぞにいどむうえでも、きわめて重要な意味をもつのである。実に示唆ある言葉だと感激し、納得した。我々が映している現実だと思っている事は、実は”影”かもしれないと、プラトンは説いている。拘束されている囚人とは、我そのものではないか。壁に映っている、影絵のような存在を現実だと思っているだけ。真実の知は、壁の外へ目を向けないとならない。壁の幻影を捉えることができるか?そして、気づいて、自ら視点を変えて、壁以外のところを観ることができるか?実に難しい問題でもあるが、最も簡単な原理でもある。幻影なんだと、知ればいいだけで、理屈・からくり・構造がわかれば、それを応用していけばいいだけ。イデアとは、壁の幻影以外の、真実の知である。拘束から出ない限りは、知ることができない。自らの無意識の認識・常識・知識から出でるしかない。自ら出でよ!って事は、このイデアの出会うって事。ことたま的には、イデア=出であ って事かもしれない。どんどん、殻から出て、拘束を外し、枠を無くすと、壁以外の景色が360度パノラマでみえてくるかも。夏至の今日は、太陽エネルギーが最大値になるパワーの日。最大パワーで影の存在が揺らぐかも。”影”かもしれない、の視点を入れて、意識をさらに拡張して、豊かさ空間の次元を広げていこう。
2009年06月21日
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剣(ツルギ)つながりで、四国剣山以外に、この「剣」の名が付く山で「剣岳」があります。この名前の映画が6月20日より公開される。映画「剣岳」は、こちら演歌の世界では、1月21日に「剣山」なる歌が発売された。北島音楽事務所の北山たけしさんが歌っている。あちこちで、剣(ツルギ)が露出し出している。剣とは、音に返すとわかるように、剣=ツルギ=ツルキ=鶴亀 のこと。(亀は、キと発音する)鶴と亀と言えば、カゴメにつながる。さらに、剣岳=ツルギダケ=剣竹竹刀と書いて「シナイ」と読み、この竹は、シナイ山(モーゼが十戒を受取った山)の象徴かも。つまり、剣(鶴亀)は、シナイに関わり深いことを教えてるのかも。さらに、岳=ダケ=のみ=Onlyツルギだけですよ、ツルギ・オンリー(Only)なんですよ、と教えてくれてるのかも。夏至まじかな今日の日に公開する映画のシンクロは面白い。剣の露出は、カゴメ秘話に繋がる鶴亀の謎解きのお知らせかも。さらに、剣=ケン=Cane(ケイン)=杖(ツエ)杖は、道先案内の道具として使うもの。従って、剣(鶴亀)の道案内(=未知の案内)が始まるのかも。映画「剣岳~点の記~」タイトルからも、点=ポイントなので、ポイントを記しているところだと、空間に教えてくれている映画なのかも。剣山=1955m 剣岳=2999m山岳一体で観てみると、剣山+剣岳=1955+2999=4954≒50005000mからは、50数理や5数理が観えてくる。さらには、4954=4+9+5+4=2222数理も観えてくる。言霊(五十音)や日本ルーツに関わる数理が出てくるのは、偶然でないのかもしれない。剣山=ケンザン=見参剣岳=ケンガク=見学どちらも参上して学び見ていくことの意味につながる。夏至で太陽エネルギー最大にして、剣山と剣岳を重ね合わせシンクロさせることは、参じて、学ぶことを意識的にやってみようと思うきかっけなのかも。
2009年06月20日
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言霊(ことたま)と意識の融合を持ってして、より豊かな空間創造を生み出していけるように、毎日ブログをアップしておりますが、その言霊(ことたま)部分に関しては、高根学説をベースに、以下の内容のことを理解してブログを書いております。我々が普段に何気なく使っている日本語、即ち「ことたま(言霊)」(五十音)には、以下の特徴があると高根学説では言われます。 1.言葉に数理があると言う事。 2.音に返すことができると言う事。数理とは、数(カズ)の理(コトワリ)を持っているという事で、広義の意味では、宇宙の法則・自然摂理を有している事をも示している。言葉に数理があると言う事は、言葉に宇宙法則や自然摂理を持っていると言う事なのである。数理を持つ言葉・言語としては、世界で以下の3つしかないと、高根学説ではおっしゃっております。 (1)日本語 五十音 (いろは48文字) (2)古代ヘブライ語 (22文字) (3)ギリシャアルファベット(ギリシャ語24文字、アルファベット26文字)音に返す事ができると言うことは、音の世界では、文字の囚われがないので、その本質が浮き彫りにされてくることがあります。今回は、友人でもあり、四国剣山顕彰学会の会員でもある、石川陽子さんという方が主宰しているNPO・飛躍28のサイトに、高根正教(マサノリ)・三教(カズノリ)の両先生(親子)のプロフィールが、アップされておりますので、ご紹介をさせていただきます。詳細は、以下をご覧いただき、英語版もありますので、海外の知人のご紹介に活用できますネ。(日本語版プロフィール)http://www.hiyaku28.jp/lectures/takaneprofile.html(英語版プロフィール)http://www.hiyaku28.jp/en/lectures/takaneprofilenew.html<参考>NPO・飛躍28http://www.hiyaku28.jp/jtop.html 数理で解けること、音に返すことができること、この2つは、極めて重要な要素であるし、日本人ならではの感覚が必要だと思う。ある種、我が脳の使う部分が通常と異なる感覚があり、馴れてくると、こんなに面白いことはなく、次々と繋がっていき、次々とヒントや閃きが生み出されるような気がする。6月19日は、年始から数えてちょうど170日目にあたる日。17数理は、聖徳太子さんも使っている数理(十七条憲法)であり、また、7月17日の祇園祭りにも繋がる数理。17=ヒナ=雛=日向 なので、雛の誕生から、太陽の日に向って成長を始める第一歩の日かもしれない。どんどん、意識を豊かにさせていきましょう。
2009年06月19日
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最近は、天候不純で雷が鳴ったり、落雷があったり、おたまじゃくしやら鮒やらも落下したりしている。いろんなものが、天と地を結ぼうとしているのかなぁ・・・。所で、Lion(ライオン=獅子)の語源が雷だって知ってましたか?音に返すことたま(五十音)でみて観ると、Lion=ライオン=雷音つまり、雷が鳴る音(ゴロゴロ)は、百獣の王のライオンの吠える音。雷は、雲の中でプラス電子とマイナス電子の衝突する時の音。Lionとは、Lion=L+ion=神+電子Lとは、ローマ数字の50であり、言霊そのもの五十音(コトタマ)。神(GOD)と金(GOLD)は、L(50)の介在をもって、以下の関係性が成り立つ。GOD+L=GOLDそれ故、五十音なる言霊は、神でもあり金でもあることに繋がる。一方、ion(イオン)とは、電子のことでもあるので、このLイオンとは、神なる電子そのものでもあるので、雷(カミナリ)は、神様の鳴る音として、神鳴りなのである。Lion(ライオン)は、獅子ともいうことからわかるように、神社には、一対の獅子像(又は狛犬)があるわけで、阿吽(アウン)を示すものでもあり、この一対の獅子の為す「阿吽」の形態とは、神なる言葉の五十音「ア~ン」の存在を示すものでもあるかも。雷が落ちると、その場には、マイナスイオンが多くなり、浄化された場になるそうで、昔から落雷の多い年は、豊作であると聞いたことがあります。人も時々、雷を落しますが、怒りエネルギーでの落雷(ここでは、漏電がいいかも)ではなく、言葉の持つエネルギーと力をわかった人間として、きっちりとした言霊(コトタマ=五十音)を空間に落していきたい。その場が、浄化され豊かな空間を創造できるようにしよう。見えない存在への崇高なる念を持って、禮恩(ライオン)を心がけよう!
2009年06月18日
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意識はある意味では周波数なので、ラジオ局やTV局と同じように、合わせる周波数で、映す映像現実の内容(番組)が決まってしまう。遊び方もチューニング次第で面白くなったり、つまらなくなったりもする。遊びの目的は、面白く感じること。面白くなかったら遊びにならない。遊び=余裕・ガタ=ゆとり心に少し余裕がないと遊べない。意識の位置を高くすれば、遊び内容も変化してくる。ドロンコ遊びから次第に周波数上げると、意識や心の仕組みや魂の関心ごとに興味を持ち、魂のことや、生きる目的を知る遊びへとシフトする。宇宙のことや見えざる存在のことを知る楽しさは、遊びの位置が違ってくる。車の駆動部には、遊星歯車を使った減速機構が入っている。遊星とは、遊ぶ星と書くわけで、遊びきった位置で、減速=ゲンソク=原則 が見えてくるのかもしれない。遊びの位置を変更するは、質の変更でもある。遊びの質を変えて、豊かさ意識をさらに拡げていこう。「法悦感謝極まりなし」なる言葉がある。宗教的な喜びを法悦(ホウエツ)と呼ぶが、一種の精神的満足感のようなもので、精神領域での遊びの喜びのようなもの。遊びの位置をシフトすることは、魂レベルの喜びに通じる。自らの魂が喜ぶ位置へと遊びをシフトさせていこう。
2009年06月17日
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事柄を進める時は、良く段取りが重要だと言われます。通称、段取り八分と言われています。段取りをしっかりやることで、既に全体の八割が出来上がる。いかに段取りが重要かである。段取りとは、手順とか手はずとか準備などの意味。準備は、意識の創り方と似ている。意識の創り方で、既に結果は創られている。段取ることをいいかげんにすると、結果もいいかげん。でも、しっかりと意識をかえて段取りを済ませば、必然と結果もOK.議論をする前に、まず段取りミーティング。段取りは、意識共有の場とも成り得る。なんで八分で良いのかはわからないが、八の数理に意味あるのかも。ハ=8なので、横にすれば、無限=∞となる。8は、無限で宇宙の広がり(八方)を持つ。光り(八光=白光)を放てる位置の数理なのかも。腹八分目とも言います。八分の段取りに意を入れて、自らの意識あわせも、段取り八分で進めていこう。
2009年06月16日
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今やるべき事をやる。時間軸なるは、人類の発明品とも言われているが、過去・現在・未来は自己認識の世界の中。サンドイッチのようなものだとも聞いたことがある。中身の具が現在で、それを挟んでいるパンが過去と未来。時間軸の概念上でも、過去や未来を変えることはできない。今の瞬間しか実在しないと。サンドイッチの中身が変われば、全体の味が変る。つまり、過去も未来も変わってしまうということ。今の認識を変えることで、過去も変わってしまい、未来も瞬時に変わってしまうという点では、サンドイッチの中身にこだわるべきで、今うやるべき事を今やることが、おいしいサンドイッチができる。挟さみこむ側のパンの部分、つまり、過去や未来をどんなにおいしく飾りたてても、中身の味ですべてが、瞬時に一瞬で変ってしまうので、中身の部分の今は、非常に重要な要素であるはずである。今やるべき事を今やるは、パンをいじるのではなく、パン全体を創造する位置でもある。今=コン=近=キン=金今やるべき事は、近きことに集中することで、魂の光りを黄金色にしていくことなのでしょう。魂を輝かせる視点を第一にすれば、心の領域は、軽く淡く楽に扱っていけることでしょう。今を楽しく創造をしていきましょう。
2009年06月15日
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今日、6月14日は、Flag Day なんだそうです。そもそもFlag Dayとは、アメリカの記念日で、1777年のこの日に星条旗が制定された日なのだそうです。アメリカの記念日で、まさに旗日(ハタビ)なんですネ。旗を出して祝日を祝うことから、祝日のことを旗日と呼ぶのだそうです。旗を出す、旗を立てるとは、象徴・シンボルの旗を明確に示すことで、戦国時代は、旗を揚げて戦いをして、敵味方を区別し、その御旗の元への忠誠心を示すものでもあった。旗揚げするってことは、一人立ち、戦いへと向う決意でもある。自らの意識の御旗をどれにするのか?どこに立てるのか、どんなシンボルなのか? などは、極めて重要であり、自らの行く方向を明確化してくれる。ある種、家の家紋などは、その一例でもあろう。アイデンティティを示す御旗・旗印。アメリカ星条旗には、数理が込められている。星は、州の数を表すが、50個の星がある。ストライプは、13本あって、白が6本で赤が7本。50数理は、ローマ数字でLを示す。Lは、キリスト教義の愛のLoveの頭文字でもある。50は、神(GOD)でもあり金(GOLD)でもある。GOD(神)+L(50)=GOLD(金)13数理も、金(GOLD)でもある。お琴は、十三弦にて、琴の音は、キンにて金。50は、言霊(ことたま)の五十音にも繋がる数理。50は、さらには、50=5+0=5 で、5数理は、センター中心なる意味を持つ。13数理は、アルファベットでは、Mに相当する文字。Mは、聖母マリアの頭文字。星条旗が教えてくれる数理は、神そのもの。この日に意識の旗印を定め、御旗を揚げるは、大きな深い意味があるのかも。Flag Dayをきっかけに、大きく旗を振っていこう。自らの応援旗を!フレー!フレー!フレー=フレ=富霊富める豊かなるエネルギー(霊)へと上げていきましょう。
2009年06月14日
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今日は何の日かを調べて見ると、6月13日は、「FMの日」なんだそうです。アルファベット6番目のFと、13番目のMからの由来らしい。FMとは、もちろんFMラジオであるわけで、正式には、Frequency Modulation のこと。周波数を変調させて情報を伝達する方式の一つ。人の意識構造は、周波数で説明しやすい。意識が低いと低い周波数に合ってしまい、高い意識だと高次元周波数に合いやすい。まさに、FMラジオと同じってこと。チャンネルの合わせて方、チューニングの仕方で、映す映像・聞こえる音声は、放送局が変るが如く、違った世界となってくる。物理で習った原理で、「波動共鳴原理」がある。同じ周波数を持つ2つの音叉(Uの字型の器具)を用いて、一方を振動させると、その周波数が伝播して、もう一方の音叉を振動させて、音が鳴る。同じ周波数の波動は、共鳴振動を起こす。これが、ラジオやTVの原理で、人の体の細胞も同じ。体の臓器で周波数(別名では、色)が異なるので、臓器の細胞が活性化(波動共鳴)する周波数(色)は、様々異なるのである。石(クリスタルなど)は、それ自体で固有の周波数を持っているので、クリスタルワークで癒しが可能なのは、原理的には同じ。6月13日がFMの日なので、意識のチューニングをしようと思う。どの周波数に合わせるかを決め、チューニング精度を高めよう。魂レベルで望む周波数は、より高い周波数なので、自らの周波数を上げて、映す映像をシフトしていこう。6数理は、六法全書などの表現でも使われおり、さらにカゴメマークや六芒星やダビテ紋章などにもつながる数理。さらに、原子核は、6個の核子からなる構造を有している。6数理は、広い意味では、宇宙や方(ホウ=法)に深い関係の意味を持つ。一方、13数理は、その音から、13=十三=トミ=富 に繋がり、さらには、神や金の意味をも有する数理。お琴の弦は、13本あるそうで、琴の音は、キン=金(Gold)。琴線に触れるとは、黄金の泉なのかも。西洋人がタブーとする13を日本人は、十三参りとか、十三夜とかで使ったり、つげ櫛屋さんの屋号で「十三や」を使ったりしている。つまり、タブー視で使わないのではなく、使うことを許された民とも解釈ができ、ある意味では、神の選民とも言えるのかもしれない。櫛(クシ)=クシ=九四・・・九+四=十三 なる関係と、髪(カミ)と梳かす道具が櫛であることから、髪=カミ=神へと繋がる数理の13でもある。そんな、6月13日をFMの日と定め、そこで自らのチューニング周波数を上がる状況は、嬉しい限りであり、その深い意味と、そのプログラムを、確実に遂行して、どんどん意識シフトをしていこう。
2009年06月13日
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最近は、何かと迷走している気がする。迷走とは、迷って走ると書いてあるので、走ることを止めると迷走も止まるかも。走りながらでないと、何かとやりにくいが、走らなくてもできる方法があるはず。迷いは、不安から生じると思うので、迷いは、安定へ向けての通りゲートかも。どこまでも安心していていい事をわかるための迷い。迷うからこそ、進化もできると言うもの。迷=メイ=明=命 の音にも返るので、迷いは、明かるい方向へのステップであり、命の活動の証し(=照明)でもあるかもしれない。ある意味、迷わないにこした事がないが、迷いは、明るさと生命活性を呼び起こす点で、それも、そう悪くはないのかもしれない。迷走からの脱出とは、脱出することを意識せず、その状態を面白くとらえ、淡く、ゆるやかに心が解放されてくると、そこは、既に迷いを抜けたところに来ている。脱出や抜けることの意識を抜けること、忘れること。何かに没頭することは、抜ける手助けかも。迷走の迷は、「米」を運んでいる。米=八十八 でもあるし、米=十 + X=10(和数字)+10(ローマ数字)=2020数理は、イースター復活、伊勢神宮の式年遷宮の数理。死んで(十)甦る(生のX)の20を運ぶ、迷走なのかも。脱出はあきらめることなく、その場を楽しんで空間を創っていこう。
2009年06月12日
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良く第三の目が開くとか、 第三の目で感じるとか言いますが、 この第三の目とは何でしょう。 三数理にその意味が込められているのかも。 三の音はサン サンは産なので、 何を産み出す意味での第三の目かも。 サンは参なので、 見えない存在への参詣なる意味での第三の目かも。 サンはSunなので、 古代からの崇拝の太陽へと通じる意味での第三の目かも。 第三の目は、見えない存在たる神への目であり神眼たる心眼なのでしょう。 意識を上げて行くと、 第三の目さらに開く。 開眼たるは意識飛翔かめ。 開眼=カイガン=解願 自らが封印した願いを解除していきましょう。 第三の目は、新たなる芽でもあり、新しき愛でる解き(時)の愛(メ)かもね。
2009年06月11日
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色の中で黒は、熱や光りを吸収しやすい。色のすべてを混ぜ合わせた色が黒。すべてを含んでいるからこそ、吸収できるのかも。プロのことを玄人(クロウト)ともいうように、黒の位置は、専門化の位置で、吸収できるから可能なプロ。方角では、北の位置で、陰極であり、黒は、女性をも意味する。北の政所、北の方、などと表現するは、北=女性を意味するからかも。女性が強いのは、この黒の位置で、北の位置だから。陰極にて吸収できるってことは、すべてを包含できるってこと。女性の持つ特性そのものだと思う。女性の黒髪は、命とも言われているように、黒の持つ特性の位置と、髪が神でもあることと、女性そのものが神様(奥さんのことを山の神、おかみさん)だから。男は、どうあがいても、黒に吸収されるしかない。いろんな事を吸収していく意識だけは、男女関係ない。すべての色を含むとは、すべてのエネルギーを含む。様々な周波数を吸収しながら、意識をさらに上げていこう。
2009年06月10日
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今日は、69の日。陰陽の勾玉の形に似ている69シックスナインは、陰陽合体。6は、Sixでもあり、Sexでもある。陰と陽なる形の向き合う勾玉は、一つの形。それからの解除で始まるのかも。69=ロック=Lock=Rock鍵が掛けられている、即ちロック(Lock)状態からの解除。岩(Rock)を砕くことなのかも。鍵は、自らが封印ロックしてるはず。だから、解除・鍵外せるのは自らのみ。まずは、鍵を持っていることを思い出し、鍵穴を探して、回してみよう。ロックは、54(6X9=54)なので、54は、5+4=9=球=玉 に戻る。故に勾玉になっているのかも。陰陽合一とは、すべての包含でもあり、良いことも、悪いことも、すべてが〇で、玉であることがわかる意識の位置。どんどん、ロック解除をして、いろんな可能扉をOpenしていこう。可能(カノウ)は、叶(カノウ)なので、望み叶う扉かもネ。
2009年06月09日
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『ことたま(五十音)専科』ことたま(言霊)普及の一環として、間近にあるおとぎ話や童話などからの紐解きで初心者向けに講座を開いております。回を重ねて今回で第6回目です。☆主催:Origin Of Japan Academy高根 三教 学長☆会場藤沢産業センターhttp://www.cityfujisawa.ne.jp/JR・小田急藤沢駅から徒歩2分NDビル(藤沢郵便局の隣のビル)☆開催日 2009年6月13日(土)8Fミーティングルーム3※13時~15時(いつもの開始時間と異なりますのでご注意願います。)☆研修費(参加費用 テキスト代含)5、000円(各回)☆講師学長 高根 三教渋谷 康夫けんたま今後ともよろしくお願いいたします。ことたま(五十音)を使い、意識を高め豊かにし、我が空間を創造していきま専科?参加者を募集中です。ご興味ある方、参加希望の方は、私書箱か下記メールでご連絡お願いします。pac60520@jcom.home.ne.jpご質問のある方はも同様です。尚、7月以降予定は、下記参照。7月11日(土)8Fミーティングルーム313時~15時(この回も開始時間変更)8月08日(土)8F特別会議室14時~16時9月12日(土)
2009年06月08日
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満足な日々を送りたいと心で思う。でも魂は、満足だけでは不満なようだ。進化なければ、満足は満たされない。満足は、足が満たされること。足とは、健康にも関係しているし、お金にも関係している。足の裏は全身のツボの集まるところ。足裏を刺激するは、第ニの心臓の働きを良くする。歩くことは健康にいい。また、お金の事をお足とも言うし、お金は足で稼ぐとも言う。足が満たされるとは、健康的な満ちたりと、経済的な満ちたりを得るということかも。でも、魂は、これだけでは、満ちたりないんだと思う。心の成長、魂の進化を求めて、満ちることをしたがっているのかも。足の音は、ソク。ソク=束 の音にも返るので、一束(イッソク)は、百の数を表す。一足、お先にとか、一速端に飛ぶなどは、イッソク=一足=一速=一束=百 と同じ。1と100では、二桁違う。魂さんは、一気に二桁アップの満足を求めたいのかも。二桁変化なので、かなり急激な刺激変化で登場するかも。心の満足だけに満足するのではなく、さらに先にある魂への満足へ一速端に、進化することを喜びとする満足を獲得していこう。大満足も良し、小満足でも良し。マンゾク=万属=萬属ヨロズ(萬)全てに属することを満たすは、心の位置から、魂の位置へと、満足ポイントを移行する必要あるかも。足を使って(=体を動かして)、お金も使って、2桁違いの満足を続々と創造していこう。
2009年06月08日
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歩く 歩む ひとつづつ進む 歩くは、アルクなので、 歩=アル=在る=有る 歩むは、アユムなので、 歩=アユ=AreYou 歩くって事は、 自らの存在や自らの有り様を確認することかも。 歩むって事は、 あなたは○○ですか? Are You ○○? なる事を確認することかも。 同じ歩なるが違いがある。 自らの存在・有り様を知って、 つまり歩く事を知って、 自らが何ものかたるを知る、 つまり歩む事を知る。 歩くから歩む進化。 更なる進化は、 音に返す事で「フ」になる。 歩=フ=富 歩く歩む事で 豊かさなる富を手に入れよう。
2009年06月07日
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こだわり(拘り)って何なんだろうか?そこで、「こだわる」を大辞泉で調べてみた。1 ちょっとしたことを必要以上に気にする。気持ちがとらわれる。拘泥(こうでい)する。2 つかえたりひっかかったりする。3 難癖をつける。けちをつける。◆1は、近年、「一流の材料にこだわって作った料理」のように、妥協しないでとことん追求するような、肯定的な意味でも用いられる。どちらかというと、意味的には否定的意味が強い。でも最近、気にして意識している「こだわり」は、肯定的意味あいが強く、妥協しない、とことん追求の意味あいが含まれている気がする。こだわりを持つということは、一つの妥協しない姿勢、精神の現われでもあるので好ましいことかもしれない。でも、一方では、こだわることで、周囲が見えず、全体観を損ないかねない場合もある。その点では、こだわりは捨てるべきか否か?は、迷いを生じてしまう。でもでも、ことたま的に観ると、答えは一つ。こだわる=拘る=こうだ!悪「こうだ!」と思う心は、悪だといっているのかも。決め付けるな、断言するな、拘束するなってことなのかも。もっと、緩やかに鷹揚に構えることでいいのかも。「こうだ!」という強い自己認識を割ってしまうも、こうだ!割る なのかもしれない。自己認識を外して、ゆるやかさを持つは、しなやかさと強靭さを持つようなものかも。拘りは、柔軟さを持って、竹のようにしなやかになるかも。拘りに囚われず、拘ってみる。この一見矛盾する感覚を持ってみるは、器が違う。拘らずに、拘り、拘って、拘らず。自らの幅の拡張カードとして、拘りを使ってみようと思う。拘束=コウソク=高速=光速拘りのオリに規制してみると、スピードも増して、高速処理で光りを増していくのかも。狭くすることで、新たな広がりを得る。当面、様々に拘り、速度をUpさせていきましょう。
2009年06月06日
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生命の誕生、もの事の創造、事の始まりなど、全ての始まりは、生むからはじまる。生む=ウム=有無有無の意味は、多くあるようだが、承知と不承知の意味もあるそうです。承知することで、生まれることでもあるし、不承知だからこそ、生まれこともある。生むということは、承知・不承知を超えたところで、ただただ、そのようになっている・なっていた事の表現かも。仏教用語的意味での有無とは、存在するものと存在しないもの 又は、存在することと存在しないこと の意味がある。つまり、存在に関わらずと言ってるのだとすれば、それが生むということで、意図・意志はなく、ただ、そうなっている、そうなるだけなのかもしれない。だから、創造という生み出す行為も、意図・意志は、さほど関係なく、そうなっているものを創り出しているだけなんだと思う。無の境地なのかもしれない。熟む 、もウムと読む。期が熟すれば、そうなるように創りだされていく。自然に任せながらも、心の位置が達観した位置であれば、流されることもなく、力むこともなく、淡く軽くふんわりと捉えられることで、生むことでの成果としての生を輝かせていけるのかも。強さを少し緩やかに緩めてみよう!
2009年06月05日
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人って何だろう?人間と人ってどう違うの?人間として生きるって事と、人として生きる事って何か違いありそう。人間よりは、人として生きる方が、魂は喜ぶ方向らしい。人間の命と、人の命、少しニュアンスの差がある。人=ヒト=一十人が逆さまに成りし時に、ヒトが逆さまで、トヒ=十一十一=11なので、観音開き、扉開きの数理。人逆さまに成りし時の意味とは何か?天地逆さまの時なのか?常識が崩れ、非常識も常識も逆さになってくる。自己の強い認識、常識、固定概念のひっくり返し、逆さまの時が、扉が開かれるのかも。人の間にいる状態の人間では、間に挟まっていて、身動きがとれなく、逆さにすらなれない。間を抜けた位置の人と成った時には、間に挟まれていないので、自由に身動きがとれて、容易に逆さになれる。自在に逆さ開きができるので、解放されるのかも。人とは何なのか?早く人間になりたいは、とっくに卒業の位置なのかも。間を抜けていきましょう。そして、人=ヒト=ヒート=Heat=激しさ;熱意;情熱;興奮魂に火を付けてHaet Up いたしましょう。本来の熱きものを思い出しながら。
2009年06月04日
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何か今は、集中するときなのか・・・・。集中なる言葉が浮かんで来たので、ことたま的にみて観た。集中=シュウチュウ=シュチュウ=主柱集中とは、主柱(オモンバシラ)に変換して観た。大辞林によれば、両部鳥居・四脚門などの中心となる柱。中心の柱であるからこそ、重要で集中するものなのかも。集中できるという事は、自己の中に主柱を持っているってことかも。自己を家などの構造物に例えるならば、自己がしっかりしている、自己確立しているとは、自己という家がしっかりしていて、主柱がきちんと建っているという事なのかもしれない。家があるからこそ、風雨もしのげて安心安全の位置で、集中できるのであろう。逆に集中できないってことは、この主柱が自らの中になく、家がないような、不安定な状態ってことなのかもしれない。一点集中なる言葉があるように、一点に集める事でパワーが出せる。一点は、一天にもつながり、位置なる展開へと拡張する。集中力を高めるは、気を集めること。自らの中の柱をしっかり建てるは、気を建てることかも。高き位置への精神性を主軸に、太い御柱をしっかりと建てていきましょう。
2009年06月03日
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6月2日なので、62からムジを創造して観た。6=ム=無で、2=次=ジ=地だから62=ムジ=無地大辞林によれば、無地とは、「全体が一色で模様がないこと。多く布地にいう。」のこと。良く無地の心でありたいとか言いますが・・・・。昨年の今日2008年6月2日も「無地になろう」とブログ書いている。無心で、柄(ガラ)に染まっていない。柄=ガラ=カラー=色つまり、模様などの柄そのものが、色でありカラーである。柄が無いって事が無地なのであろう。柄が悪いとか言いますが、無地でないって事なのでしょう。柄、つまり、カラーが無いってことは、柄の良し悪しもなく、素のままである状態なのだと思う。いつも無地であることは、絵を描くキャンパスがいつもあるって事で、別な表現では、無地であるからこそ、どんな絵も描いていける、創造していけるって事。絵が描いてあるキャンパスに絵を描くのは難しいし、描く事事態が不可能であろう。絵を描けるようにいつも、白い無地のキャンパスでありたい。無地は、やはり白が似合う。ナッシングだからこそ、オールマイティなのだと思う。0(零)は、無の境地、故に〇(マル)にて、完で満ちている。心のキャンパスを自在に創造して、どんどん楽しいワクワクする絵を描いていこう。大作家先生とは、自らであると信じて。
2009年06月02日
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さあ、6月スタートで、衣替えの季節。Wikipediaによれば、衣替え(ころもがえ。衣更え、更衣とも表記)は、季節の推移に応じて衣服を替えること。またそのために衣服の収納場所を変更することをもいう。との記載がある。冬バージョンから夏バージョンへの衣裳換えの時期で、これからの夏本番への準備にはいる頃。衣(コロモ)は、皮膚を覆う大事な役目があり、皮膚感覚は、着ている服によっても、その感覚が異なるらしい。夏は、皮膚の露出が多くなり、直接的に空気に触れる機会多い。皮膚感覚を感じやすい季節なのかもしれない。衣を替えるとは、意識の衣を替えることかも・・・。意識の衣とは、冬仕様の意識、つまり、古い常識とか、認識とか固定概念かもしれない。衣を音に返してみて観た。衣=コロモ=五六裳五六とは、生命エネルギーそのものであり、五臓六腑の波動が生命エネルギーそのもの。裳とは、衣裳であるので、衣は、生命エネルギーの衣裳なのかも。繊維は、高価なものほど、肌触りがよく、エネルギーが高く、絹はその代表的繊維。衣替えは、まさに、生命エネルギー盛んになる夏場に向けての、エネルギー調整の役目があるのかもしれない。意識も衣替えをして、意識Up変換をして、無なる月(6月)を一気に駆け抜け、空間を楽しんでいきましょう。
2009年06月01日
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