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7月の最終日なので、七を納める日。七=ナナ であって、ナナとは、母の意味。七色と言えば、虹。虫の巧みの成せる技の虹の納めかも。虹=ニジ=ニシ=西=四=死西方浄土は、西の位置であるので、西は、死であるから、そこを納めるとは、日沈んで、再び甦り、太陽御来光で、発光の東へと、復活する八月なのかも知れない。七から八への移行とは、七転び八起き。八起=ハッキ=発揮自らの光り、即ち、才能を発揮する時なのかも。意識を納めの位置にて、しっかり整理まとめ、次なる発展をさらに拡げ、意識も次への光りへと創造枠を拡大していこう。
2009年07月31日
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「智慧( ちえ)は茲(ここ)にあり、心(こころ)ある者(もの)は獸(けもの)の數字(すうじ)を算(かぞ)へよ。獸(けもの)の數字(すうじ)は人(ひと)の數字(すうじ)にして、その數字(すうじ)は六百六十六(ろっぴゃくろくじゅうろく)なり」新約聖書 ヨハネ黙示録13章18節ここに数理がある。13は、金であり神である。18は、十八番(オハコ)であるが故に弥勒でオールマイティ。加えて31(=13+18)の数理は、三十(ミソ)一文字(ヒトモジ)の和歌の五七五七七の数理。この31文字(プラス字余り1文字入れての32文字)の和歌こそが、日本の国名「敷島」そのものであり、和歌を敷島の道と呼ぶ理由でもある。だから、13の金・神を示す、18の十八番のオールマイティで、日本を示す31に秘められた「666」の謎解きは、言霊(ことたま=五十音)でしか解くことができない。獣の数字を人の数字にするのが、ことたまである。高根学説においては、この聖書の存在そのものが、日本で書かれているものであることの前提であるが故、日本語(五十音のことたま)でしか解くことができないようにつくられているのだそうです。音に返す基本を持って、なおかつ、言葉に数理を持っていることの理解なくしては、解明できないのかもしれない。ローマ法王ですら何千年を経ってもヨハネ黙示録の謎が解けない。謎を解く鍵の言語を持ち備えていないから解けない。ことたまは、鍵の言語なので、解けるのかもしれない。ヨハネとは、夜がはねる(終る)って事で、真の夜明けが来たのかもしれない。意識の開き方は、鍵を自らが持っていたって事に気づくことにポイントがあり、意識の封印かけたのも自らの意識。夜明けを迎えるのは、自らでしか方法がない。新しく視点を変えて、意識の場所をずらして観てみよう。
2009年07月30日
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発展するって何だろう。 展じて発するのだから、 ハッスル(=発する)が、 展じる、則ち転じる事かも。 発するものと言えば、 光りであり、明るい方向そのものであり、 喜びや嬉しさや楽しさが広がる事。 発展=ハッテン=八点 だから十点にしたいよネ。 十点は満点なので、 十点=ジュウテン=充填 光りで満ち溢れた充填の世界を 発展の先の世界として どんどん創造して行こう。 発展の先にある世界 どんな世界だろうか? 自らの意識で創るだけ。 光りの方向はきちんと合わせていきましょう。
2009年07月29日
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数字のZERO(0)は、不思議な力がある。数式において、加算式では、0を加えても、答えは変化しない。A+0=A 0の存在は無いがごとく、Aは、結果としてAになる。乗算式では、0を掛けると、答えは0に戻ってしまう。A X 0=00の掛け算は、全てを無の0に戻してしまう。除算式では、0で割ると、答えは無限になってしまう。A ÷ 0=∞(無限)0で割ることは、答えを無限にしてしまう。0(ゼロ)=零=霊=エネルギー と観ても良いかも。エネルギーの使い方で0にも無限にもなるのかも。0(ゼロ)=O(オー)=〇(マル)=球(9)=満月0(ゼロ)は、無にて空なのだが、実は充満の完なのかも。満ちたるエネルギーを秘めているのかもネ。球にて満ちてる観点では、0=9でもある。ZEROの力を引き出し、意識の面でも活用できるかも。意の掛け方次第で、意識で創る場面が変る。特に0(ZERO)で割るを、エネルギーで割ると捉えて、分母の意識を0にすることを創造していくと、結果が無限になってくる。分母を0にすることは、自我を無にすることなのかも。自分を外して、透明になっていくことできれば、空間は輝き豊かになっていける。逆に自我が強くなっていくと、どんどん、答えは小さくなってしまう。無限の可能性を引き出すには、割り算での分母を0(ZERO)にする意識創りが重要だと思う。自我を無に空にしていく力を養っていこう。無限=ムゲン=夢現夢を現実に変えながら・・・・。
2009年07月28日
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ここのところ、急に暑くなって、夏が来た感じ。夏=暑い は、あたりまえの常識。常識とわかっていても、暑くなると夏を実感する。夏=ナツ=72今日は、27日だから、逆さになれば、72。7月27日だから、727=ナツナ=夏な!上から読んでも、下から読んでも「ナツナ」暑さは、熱さでもあり、圧さでもあり、厚さでもある。気象的な暑さだけではなく、夏は火がつきやすい、即ち燃え上がることが多くなる。熱き思いや、熱い戦い、厚い手助け、有言無言の圧力・・・・。いろんな「アツさ」が連係する季節なのかも。自らの中に静かな「アツさ」感じながら、高き位置へと前進していこう。汗をかきながら・・・・・。
2009年07月27日
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マヤ暦新年の開始ですネ。726が何故に新年なのかわからないですが・・・。節目は、至るところにあった方が意識かけれて、新たなる気持ちがモチベートしやすいので、いいのかもしれない。今日から、また、1年が始まると思う意識で、何か違ったことの意識や心が創られるようである。新年をシンネンの音に返して観ると、シンネン=信念=心念=真粘・・・・。信じる位置を確認して、心に念じる夢を、真として粘ってみる。様々なシンネンを確認してみる機会なのかも。726=ナジム=馴染む馴染ませることは、事柄の移行の際に有効。いきなりの移行よりは、少しづつの馴染ませで、スムーズにシフトできるかも。馴染むの意味は、調和することの意味。自らの意識を空間に調和させ、馴染ませるは、豊かさ波動が広がるチャンスかも。そんな1年を祈願して、また一歩を進めていこう。
2009年07月26日
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22日の皆既日食が終わり、25日は時を外した日をむかえた。皆既日食は、岩戸開きだったのだとすれば、夜が明けるは、世が開けることにもつながり、夜明けには、時告げ鳥が鳴く。時を告げる鳥とは、鶏で、ルーツははるかエジプト時代。トキつながりでは、古代エジプト神は、トート神であって、頭がトキ(鳥)で体が人間の神。新時代の時を告げるには、時を外す必要あるのかも。時が必要だったのかもしれない。時がつく言葉では、「時つ風」なる言葉もある。ちょうどいい時に吹く風のことで、これから風がテーマかも。時を告げ、時を外し、風を起こす。その風は、日本発。トキの学術名は、Nipponia nippon(ニッポニア・ニッポン)。7月25日は、32数理を持っている。7+25=3232も日本に繋がり、命に繋がる数理。日本は、「敷島(シキシマ)の道」と呼ばれており、和歌を示す言葉として、五七五七七は、5+7+5+7+7=31この三十一文字こそ、ミソヒトモジの和歌であり、字余りを1つ許しての32数理をもつ。32は、歯の総本数であり、脊椎本数でもあり、命に直結している数理。日本発である意味と、命の活性が、トキに関係するつながりで、関係性がクローズズアップしてきている。時間は、意識の持ちようでいくらでも自在かも。意識を創る為に自らが時間認識を設定しただけ。次なる風を起こして、高く高く上昇する気流を創造しましょう。ドキドキ、ワクワクを楽しみながら・・・・。
2009年07月25日
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先を読む力は、持ちたい能力の一つ。先読みは、杖のような安全装置なのかも。転ばぬ先の杖。先=サキ=サキン=砂金先読みは、目に見えないい宝(即ち砂金)を捜すようなもの。臭いを感じたり、符号を拾ったりしてるに過ぎない。
2009年07月24日
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皆既日食が終わり、夜明けが来た。回帰日食だったのかも・・・・。回帰する時こそが、夜明けなのかも。情にまつわる様々な解除をするときだと思った。感情、温情、情熱、情け・・・・。情け=ナサケ=なさげ=なさそう=無い情を解除するって事は、情けの部屋の錠(鍵)を開錠することかも。情けは、無なんだから、かけても意味がないのかも。情を超えた意識の層への移行。神話の岩戸開きは、笑いの鍵で錠が開いた。笑って飛ばすは、実力がいる。何かと情がからんでいると、笑っていられない。軽く笑いで笑化(=昇華)できるには、意識の高さが必要。情の解除をして、新しき光りを入れて、更なる面白い空間を創っていきましょう。情=ジョー=JOY=喜び情なる錠を解除して、喜びの光りを取り込もう。
2009年07月23日
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解散と重なる新月の日の皆既日食。どうやら天気は悪そうだが・・・。いろんなことやものが重なってくる。重ねて強くなるものもあれば、重ねて見えなくなるものもある。希な重ねは、大事にした方がいい。解散=カイサン=χSunχ(カイ)は、ギリシャ語で22番目文字。日付の数理とも重なる。χの発音は、カイとかキーの音。だから、χSunとは、太陽のカイ(解)(=答え)かも。解散する事自体が、太陽の答えで出されたものだとすると、太陽がお隠れになる意味なのかもしれない。回帰=χχ=(カイ)(キイ)なのかもしれない。2次方程式の答え求めて、魂を回帰させて、豊かに環境を創って行こう。
2009年07月22日
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座標は位置を定めるのに使う。2次元の平面で狙いを定めるのに、X軸とY軸の位置を使う。X軸座標とY軸座標の交点をしっかり合わせる。座標点を合わせると意識がはっきりする。XY座標の持つ数理から、何故に座標点を合わせる事が重要なのかを説明してみる。AlphabetでXは24番目でYが25番目。故にX+Y=24+25=4949とはイロハ48を越えた所。48の位置(1)越える所が49。イロハとは、五臓六腑である生命波動エネルギー(イロハ=五六波)座標軸を定めるは、五六波の作用則ち生命活動の働きそのもの位置を越えた所。座標点定める事は、命活性化位置越えた所。どの点に合わせるかの位置が重要。自らの命が最も輝く座標点を捜しているのかもしれない。心の位置での座標軸なのか、魂の位置での座標軸なのか、常に最高値である事を感じて、さらに違う場面を創っていこう。
2009年07月21日
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海の日 海=ウミ=産み 産=サン=Sun 日食まであと3日 太陽が隠れ再び現れる。 産まれは夜明け 新しい意識を産んでいくは、 夜明けの創造かも。 皆既=カイキ=回帰 どんどん回帰していきましょう。
2009年07月20日
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認識が変れば、常識も変る。常識変るは、人の器も変わる。見方・考え方・思考の視点の尺度が変る。尺度とは、スケール。目盛りがあわなくなる。単位系の変更。器が大きくなるは、メモリ容量の増大かも。脳は明らかに進化してるはず。メモリと目盛り、どこか関係あるのかも。尺度なるスケールとは、透けていく具合なのかも。相手はいない位置とは、自らもいない位置。透けて透明人間たるは、自も他もない。透ける具合、自らの透明度が、スケールなのかも。スケールの大きな人って、透明だってことかも。透明感、透明度、純度を上げるように、日々の尺度を変えていこう。豊かさの目盛りにおいて。
2009年07月19日
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7月17日は、京都の祇園祭りの日。京都では、祇園さんの愛称で親しまれている八坂神社の年1回の大祭が祇園祭り。八坂は、古代ヘブライ語のヤーサカなのではないか?謎解きは、2009.03.08のブログ『「菊」「菊花紋章」とは何なのか?』を参考にして欲しいが、注目すべき点は、この神社が牛頭天王を祭っている点である。実在の歴代天皇の中には、牛頭天王(天皇)は実在しない。実在しない天皇を祭っている点に深い意味がありそうである。そもそも、八坂とは、八がひるがえった甦った位置かも。牛と言えば、旧約聖書の中でも書かれているように、ユダヤの民をエジプトから救った神・モーゼの象徴。牛=モーゼ祇園=ギオン=GION=ジオン=シオンシオンの祭りでもある。そして、八坂神社が持つ数理が、十六で、菊花紋章とも繋がっている。アララト山にノアの箱舟が漂着した日であり、人類誕生の日とも言われる日なので、新しき出発が今日なのかもしれない。意識の中で、新たなる聖地(シオン即ちエルサレム)が、再び開いて、今までにない領域へと突入したかも。1日1日を集中して、聖地を整地しながら、たくさんの花を咲かせていきましょう。
2009年07月18日
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今日7月17日は、旧約聖書によれば、ノアの箱舟がアララト山に漂着したと言われる日で、人類が誕生した日として、ユダヤ人は神聖なる特別な日として扱っている日であります。この日は、京都の祇園祭りの日でもあり、古代ユダヤとの繋がりを示す祭りと言われ出してきています。祇園=ギオン=Gion=ジオン=シオン=Sion祇園=ギオン=Zion=ザイオンシオンとは、かつての古代の聖地。シオン=シ+オン=死ON死なる状態をONするって事は、死から生への甦りを象徴しているのかも。死人に口なしは、黙示でありサイレント。故に、死国=シコク=四国でもあるわけで、四国に眠るといわれるアークがあるのが、剣山であって、ここの剣山神社こそが、毎年、7月17日に大祭を行っているのは、単なる偶然ではないはず。聖なる特別な日だからこそ、意識の合わせる位置で、映す現実も変るであろう。人類が誕生したってことは、そもそも、人類がなかった世界から、突然、人類のある世界へと劇的にシフトした日とも言える。無からいきなり有が出てくるような、相当なるエネルギーがシフトしたであろう。この変革エネルギーの力を使って、一気に我なる意識もシフトさせていきましょう。意識次第で世界が変るかもしれないので、人類始まりの位置に戻して、今後に思いを馳せてみよう。
2009年07月17日
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自らの心のコントロールできるは、夢の位置でもある。心に振り回されることも多いけれど、しっかりと制御できるは、人間力でもある。人間性、精神性、器の大きさに関係する制御力。制御の「御」とは、ゴの音にして数理5を現す。5とは、センター中心の意味であることから、制御とは、心の中心を制する能力と解釈できる。制する力とは、車でいうところのブレーキ能力。良いブレーキがあってこそ、エンジン性能が引き出せる。ブレーキは、止めであるわけで、富める能力は、制御能力次第だともいえる。通常は、閉ループの制御系であって、フィードバック制御が一般的である。心をコントロールできるのは、フィードバック機能があるからなのかもしれない。反省にあらずにて、フィードバック機能とは、次の場面への創造に使っていく能力かもしれない。反省からは、生まれないものもある。先を創っていく力が、結局は、心もコントロールできるかも。前を進むことで、船の舵をとっていけるのかも。ある意味、捉え方では、失敗は、ない世界でもある。どこまでも成功へいく道として用意されているだけ。失敗なのではなく、次への創造の為の種なのかも。種は、英語でシード。失敗は、戦いでのシード権のようなものかも。1回戦いを飛ばせて、次へ進めるカード。種とは、ヒントだらけで、植え方育て方では、いろんな花が咲き、実が成るかもネ。自らの中の「御」に意識を合わせて、制御能力をさらにアップしていこう。
2009年07月16日
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7月22日の皆既日食(東京では部分日食)まで、後1週間までとなってきています。同じ「カイキ」でも国会会期は、解散ムード。エネルギーチェンジのタイミングで政治も変わるのか。皆既日食は、昼間が夜になって、再び昼になる。ヨハネ黙示録ではないかとの意見もいただきました。そもそも、ヨハネとは、夜がハネる=夜が終る=夜明け皆既日食は、夜が終わり、夜が明けるセレモニーなのかも。日本の夜明けは、明らかに来ているのかもしれない。普段のなにげにふと浮かぶこと、思うことが、何もなかったがごとく、すうっと叶っていたり、瞬間で叶うことが多くなった気がする。自らの意識で映す幻しの空間ではあるが、自らの意識の位置で投影されてるので、投影するフィルム高さが変化してるし、フィルムのコンテンツも充実して来ている。ゆっくりと時間の流れを感じながら、どこまでもどこまでも高見を取りに行こう。富士山の高さを超えエベレストの高さまでは、意識の峰を登って行こう。
2009年07月15日
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ある予感がある時 直感がある時 実は脳が創造行為をしていて、 そうなるように空間を創っているのかもしれない。 予感=ヨカン=ヨカ=余暇 余った暇と書く余暇とは、 脳のある部分に余白とかゆとりとか隙間ができた状態かも。 頭が詰まった状態では良い考えが出て来ない。 逆に考える事を止めてリラックスしてると、 脳に余暇なる隙間空間出来るので、 その時に脳は創造性を発揮する。 それらの行為の事を予感というのかもしれない。 感が冴え予感を感じるは、 脳に隙間を与えてやり、 創造することができる状態なのかも知れない。 淡く緩い弱い感じの時は叶いやすい。 予感は創るものでシミュレーションするものかも。 何も考えてないから予感が冴える。 意識的にホッとさせて、 余暇なる隙間を創り、 創造をしてみよう。 偉大なる脳の働きに驚くかもネ。 安心と信頼を守っていきましょう。 信じる旅の主人公は我が魂。
2009年07月14日
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脳は、否定を喜ばないようですが、長年の癖で、ついついもの事を否定から観てしまうことある。「比較」という心理作用が働いているようだ。自らの中にある基準(=価値観、常識、知識など)センサーが、急に動き出して比較をしてしまい、否定を生んでしまいます。この基準は、長年の経験でレベル値が確定されているみたいで、なかなか基準値を変えること、シフトすることが自分ではできにくいようです。否定を音に返して観るとわかるように、否定=ヒテイ=ヒデイ=ヒドイ=酷い否定からの世界は、決して豊かな世界にならず、この酷い世界になりがちである。言葉の使い方は、その世界を創り出すので、否定語を使わない努力は重要だと思うのです。思ったことをそのまま口にするのではなく、一度、止める、車でいうと一旦停止して、富める言葉を使うようにしたいものです。意識を豊かに明るく軽い方へとどんどん進めさせていきましょう。(太初に言あり、言は神と偕にあり、言は神なりき。)
2009年07月13日
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何をするにも意識次第だなあと感じる。 ちょっとした意識の変化は大きな差を生む。 意を入れる事や意を汲み取る事が大切。 意のままで進む。 意=イ=五 5はセンター中心の数理 意は中心そのものかも。 次第(シダイ)からの音連携で、 式や祭典などの手順や流れを示す式次第(シキシダイ)を思い出した。 手順や流れや工程を示す意味とはプログラムだという事。 だから意識次第とは、意識プログラムだともいえる。 コンピュータはプログラムによって動いてる。 意識もプログラムなんだと思う。 意識次第で映す世界が変わるのは、 プログラムで決めているって事かも。 病気や怪我の回復を表現する時に、 次第に良くなると表現するが、 プログラムが起動して良くなるんですと言ってるような気がする。 意識次第を中心に置いて、 さらに面白い楽しい明るいプログラムを実行し続けよう。
2009年07月12日
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どんな所でもどんな場面でもどんな時でも、面白さを見つけることってできるよネ。認識、捉え方、視点を変えれば、全てが面白い。面白=オモシロ=オモ・シロ=主・知ろ主とは、天に繋がる意識、神への道なのかも。面白さを見出す、発見した時には、どこか意識は抜けて、突き抜けて、集中してるかも。それって、主(メイン)に繋がっているってことかも。主あることを知る、見つける、見出すことが、面白さの本質なのかも。自らが映す映像の方に面白さがあるのではなく、観ている側、見せられている側の意識の方に主体があって、つまんないなあと思う観点を、これは面白いと見出す時、脳からはドーパミンが出て、楽しく、明るい方向(光りの方向)へ行く。いかに、主たるに繋げるかの訓練だけかも。面=めん=Men=人面白いとは、人なるが白くなる、つまり気にならなくなる、白紙画像になる、姿見えない状態になるってことかも。面白くない時は、やたら背景画像が気になってしまうが、白くなってしまえば、周囲はまったく気にならないし、そもそも白い映像だけだから、無い所(無地でナッシング)に、自由自在でオールマイティに絵を描けるので、ますます面白くなるってことなのかも。面白さをみつける天才は、遊びの天才。ささいな事でも瞬時に変換をしてみよう。主とは、柱でもあり、神様の数は、この柱で数える。主白く(=オモシロク)は、柱の喜ばせ方かも。柱は家の構造体。自らの体を柱構造だとすれば、肉体構造体の喜びは、面白さを見出しやすくしてくれるかも。ささいな事からやってみよう。視点を変えてみる、主天の変更をしてみる。面白さ発見ゲームの開始です。
2009年07月11日
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今日は、納豆の日なんだそうです。7(ナッ)10(トウ)=ナットウ=納豆豆がワラの中での偶然の醗酵が納豆のルーツ。醗酵は、別な表現では、腐るともいう。腐らずに豆が醗酵できたのは、菌(納豆菌)のおかげ。精神や意識の構造と納豆の仕組みは似ているかも。腐り方のパターン(菌の種類)が違うので、食べられる有益なものになるのと、食べられない有害がものとに分かれてします。菌の良し悪しは、意識世界でも同じかも。納豆菌の種を入れて醗酵させるわけなので、菌の種(シード)が重要。意識も種が重要で、種というもので、腐ったりもする。精神が腐ったり、意識が腐ったりするのは、種が悪いのかも。醗酵できない菌種だったのかもしれない。醗酵=ハッコウ=発光=白光光りに向う方向は、嬉しく楽しく明るく軽くワクワクの方向なので、醗酵するってことは、この要素の方向性を持っていること。つまり、腐った菌種は、この方向性と逆になってしまう。光りの方向に行かないが腐りで、光りの方向に行くのが醗酵かもしれない。だから、正確には、納豆は、美味しく、健康に元気にする方向なので、腐りではなく、醗酵なんでしょうネ。意識の高見を目指していくには、精神の豊かさが必要。腐るな!納豆のごとく、粘りを出せ!なんだと思う。菌は、キン=金となるので、自らの黄金色に輝く魂を、腐らせることなく、粘らせることを進めていこう。粘りとは、粘=ネバ=ネバーギブアップ、かも。諦めないで信じて進んで行こう。
2009年07月10日
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今日は、お知らせだけです。~第7回言霊(ことたま)専科のご案内~ ☆主催 Origin Of Japan Academy ☆会場 藤沢産業センター 8Fミーティングルーム3 http://www.cityfujisawa.ne.jp/ JR・小田急藤沢駅から徒歩2分 NDビル(藤沢郵便局の隣のビル) ☆開催日時 2009年7月11日(土)※13時~15時 (いつもの開始時間と異なりますのでご注意願います。) ☆研修費 (参加費用 テキスト代含)5、000円 ☆講師 学長 高根 三教 渋谷 康夫 けんたま<参加者の声>(1)参加者Aさん(メリーさんより) 「ことたま(五十音)専科」楽しい会でした。 高根先生の2代に渡っての研究の成果を生で聞けるの貴重です。 童べ歌や昔話の伝承された中に隠された深い秘密、 そんな謎解きはとても惹かれます。 毎回何か童謡なり取りあげて頂きたいです。 けんたまさん、一言ポエムの益々ひらめき、 さらには、きらめきや冴えをありがとうございます! わかりやすく分解→解説→バイブルみたいに持ち歩いて力を頂いてます。 また、来月にお目にかかれる事、私も楽しみです。(2)参加者Bさん 講座は、とても分かり易くて良かったです。 また、初心者の私でも気軽に質問し易い雰囲気が嬉しかったです。 楽しくて時間が凄く短く感じました。 とても始めての講義とは思えませんでした。 来月も楽しみにしていますので、宜しくお願いします。 追伸、会場も良かったです。(3)参加者Cさん 言 数 音 色 魂 に真相真理があるのですね。 ヒュ-マノイドとして存在する知識になります。 水瓶座の時代は女性のパワーも取り入れていくと、 ますます良くなる気がいたします。 もっと自己主張して完全燃焼型がいいかも。 みんなで意識をUpできるって嬉しいですね。 ますますのご発展お祈り申しあげます。回も重ねて第7回の数理に来ました。7数理の如く、さらにことたま(五十音)と意識の融合の光りを発信・発光させていきたいですネ。
2009年07月09日
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七夕を過ぎた8日は、満月エネルギーも加算して、エネルギー最大値なのかもしれない。それは、7と8の持つ数理から説明も可能。7も8も共に光りに関係する数理。光りは虹の七色で表現できますし、この七つの光りが合算しての八番目の光りが、八光(ハッコウ)であり、音の繋がりから、八光=ハッコウ=発光=白光 となる。白光とは、太陽光そのも。7も8も光りの意味を持つ数理であるが故に、生命のエネルギーに深い関係がある。だから、7X8=56にて、五臓六腑に関係し、五臓六腑の生命波動エネルギーこそが、生命エネルギーそのもので、これこそが、生命を現す「色(シキ)」そのもの。7X8=56=五臓六腑=五六=イロ=色だから、7月8日は、エネルギー最大の日なのかも。また、アルファベットで7番目がGで、8番目がHなので、それぞれ、神のGodの頭文字と、Humanの頭文字にあたる。7=G=God=神8=H=Human=人それ故に、7月8日は、神人合一の意味もあるかも。英語でGHのスペルは、発音しないそうです。Light、Right、Almighty、・・・・。7と8の数理は、神であり、人の数理なので、扱ってはいけないとのタブーの為に封印させて、発音をさせなかったのかも・・・・。God Human=78=神人合一7+8=15=満月=〇=Almighty七夕を過ぎて、皆既日食の22日までのカウントダウンもちょうど15。いろんなところがそろいすぎている計画のようにもみえる。どんどん、上昇の速度、空間の密度が上がっていくのかも。自らの意識のエネルギーも最大値にしていこう。
2009年07月08日
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今日は7月7日の七夕にて、しかも満月が重なる日。七夕の数理は7。満月の数理は15。七夕満月=7+15=22そして今月の22日は、皆既日食の日で新月。7日=七夕=満月22日=皆既日食=新月不思議な関連ありそう。さらに、七夕満月=7X15=105 =トウゴウ=統合=投合何か統合的な意味を持ち、意気投合しあえる日なのかも。また、今日7月7日七夕は7が3つ重なるので、7+7+7=21にもなり、満月と重なると、21+15=36=弥勒 となる日かも。一方、新月の22日は、7+22+0=29=時空=福に繋がる日なのかもしれない。目に見えない繋がりが天と繋がっているのかも・・・・。所で、何故に「星に願い」をかけるのでしょうか?七夕には、短冊に願いを書いて竹に下げて星に願いをかけます。この「星」には数理7と10を含んでいるからかも知れない。アイウエオ(AIUEO)の母音をそれぞれ、12345の数字に置き換えて観る。 アイウエオ=AIUEO=12345そこで「星」を数理でみて観る。星=ホシ=HoShi =OI=52 ⇔5+2=7=七夕 ⇔5×2=10=天七夕の七は、「ナナ」という音を持っている。「なな様」とはお母さんの呼び名でもある。星に願いをかけることを、星願(セイガン)ともいう。七夕に星願(セイガン)するは、生命の源たる母なる無限の宇宙という名の「天」に誓願(セイガン)する事なのかもしれない。大いなる願いを星にかけてみよう。特別な日での誓願(=星願)は、きっと夢の位置を思い出させてくれるかもしれない。高い高い位置の望みを思い出してみよう。
2009年07月07日
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落ち込むこともあるよネ。人間だもの。立てないときもあるよネ。人間だもの。悲しくなるときもあるよネ。人間だもの。でも、そんなときでも、どんなときでも、人は息をし続けている。息(=生き)続けている。ふと、止まって観れば、息してたことすら忘れてた。息を意識してみる。息を吹き返してみる。意識的にしてみる、仕掛けてみる。息を意識するは、深呼吸。深くゆっくりと、たくさん吸ってみる。たくさん吐き出してみる。深呼吸は、芯呼吸へと変化して、芯に響く。コア(芯)に響くと、体に響く。体が揺れれば、元気も揺れる。気も回ってくる。気が回れば元気も上がる。元気が上がれば、天へと届く。天に届けば、天かける神様は喜ぶ。神様喜べば、応援もかかる。上下での呼吸が深くなる。上下の呼吸が深まれば、これがほんとの神呼吸。深呼吸を神呼吸までに上げてみよう。息を止めずに、意識で呼吸を深め、意識レベルを高めていきましょう。
2009年07月06日
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「ノウはノウをノウしてる」の『ノウ』とは何か?をふと考えて観た。ノウ=脳、ノウ=No、ノウ=Know(知っている、精通している)つまり、脳は、Noを知っている。又は、脳は、Noを精通している。Noとは、Yesの反対で、感情的には、好まない方であろう。嫌いとか、面倒だとか、いやだとか、悲しいとか・・・・。豊かざる感情の方向をNoとしたがっている。脳は、そんなNoを嫌っているので、その意味で、脳は、Noを知っているとも言える。YesとNoは、心でいうと感情の部分で、好き嫌いのところ。何故好きで何故嫌いなのかは、それなりの理由もあるし、そうでない場合もあるかもしれない。感情を司る脳の仕組みとしては、気持ち良い方向を選ぼうとするのかも。脳は、Yesを知ってるからこそ、Noを認識して、嫌がるのでしょうネ。Noのやり方(How)を溜めていけば、ノウハウ(知見)になって役立つことでしょう。脳を鍛えるは、精神を鍛えることにも繋がる思う。悩もノウなので、悩むことで脳もKnowを溜めていける。だから、悩は、脳をKnowしているのかも。悩みは、脳の特性たるを熟知して、精通しているのでしょう。悩みが脳を悩ませてるのではなく、悩みということが脳を刺激して、脳に知見(ノウハウ)を蓄積させているだけなのかもしれない。一種のデータ蓄積の一種なのかも。脳もNoもKnowも悩も、全て関係性の中で、包含させていきながら、さらに意識を深めて、心を喜ばせていこう。
2009年07月05日
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我が意識の奥底に開けてはならぬ意識があり、それが出ようとしている気がする。何となくパンドラの箱のイメージなのかも。決して開けてはならないものなのだが、いつかは開ける時がくる。パーンと銅鑼(ドラ)が鳴り響くのかもしれない。古く閉じ込められた空気の部屋は、気圧も変わっているし、中の空気も変わっている。下手にこじ開けたり、無理に空けようとすると、ガスが出たり、爆発したりする恐れがあるのかも。良くピラミッドの墓の構造がこのようになっていて、開け方を知らずに開けると、ガスや爆発などが起きやすい。開けてはならないので、無闇に開けられない為の準備なのかも。開けられるには、手順が必要で、パンドラの箱に閉じ込めたこと在る者のみが、開封閲覧が可能である。魂レベルで、閉じ込めたことのある経験値が、知らずと開けさせられるかも。今、時が来て開ける時期になったかも知れない。ゆっくりと慎重にそっと開けて、中を確認していきましょう。パンドラは、開けるときが来た。
2009年07月04日
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執着なる言葉とその意識について考えて観た。もの事を進めたり、達成やゴールを目指したり、夢を実現させたり、意見を通したり、などなど、様々な場面での執着が出てくる。執着することで、粘れることもあり、執着することで、遅れたり達成できなかったりもある。プラス面とマイナス面を含んでいる。執着=シュチャク=終着=祝着音に返して観ると、終着駅なる言葉あるように、執着は、最終到達地点(=終着駅)へ導いてくれるものかもしれないし、終着であるが故に、そこで終わりにて、次へ行くんだよの示唆かもしれない。達成の意味と、次へのスタートの意味だとすれば、それは、どちらも祝うべきところで、祝着なる意味かも。終わり(オメガ)と始まり(アルパ)の同時性が執着かもネ。執着を辞書で調べると、囚われと同義語で、固執とか、固守などの意味が含まれている。固は、固まる意味があり、形を成すという意味で、終わりを示す(オメガの部分)意味合いと、凝り固まって流動性・融通性ができず、終焉を迎えて次の創造の始まりを示す(アルパの部分)意味もあるのかもしれない。固なる文字は、古が口の中に閉じ込められている。古なる字は、右回転させると、叶になう。叶=カノウ=可能執着からの離脱とは、固の中の「古」を自在に動かすことなのかも。古を口から出すは、古い意識を脱ぎ捨てることで、終着駅が始発駅になるのかもしれないし、古を回転させてみる、捉え方、視点を変えて見ることで、可能性の叶を口の中に封じ込めることで、執着の新しき創造ができるのかもしれない。いずれも、精神の自在性・柔軟性が必要で、囚われなき位置で、執着をも創造に使っていけるような、高き意識と心を成長させていきたいです。
2009年07月03日
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困る状況や困った事態は、日常的に起きる。なぜに、そんなに多く困ったことが多いのだろうか?本当に困ったことなのだろうか?その意識の奥底には、困るという事が存在するのではなく、そのように捉える自己の認識があるだけで、そこには、困ったことなど何もないのかもしれない。自らの中の処理結果で、困ったという認識があるだけ。では、この困った、困ると思う認識を超えられるのか?それは、そのような考え方・認識・常識・価値観を外せば、困るという処理回路を通さなくなるはず。困=コン=金(GOLD)木が口の中に閉じ込められるのが、困る状態ならば、そこの自己意識を解除する場所を発見できたとも言えるわけで、その点では、発見して除去できれば、後は輝くだけなので、困るは、お宝山のようなもので、金山なのかもしれない。口の中に人が閉じ込めれると、囚われとなってしまい、その囚われこそが、気づかない癖のようなものかも。困るは、癖発見機かもしれない。自らがシナリオライターで演出家なのであれば、解けない課題は出さないはずだし、解ける力を魂さんは知っているから、困るを出してくるわけなので、どこまでいっても、困るはなく、困る状況があるだけで、瞬時に気づけば、状況は消え、結果、困るが消えてしまっているってことになるのかもしれない。困る=コマる=駒る=独楽る駒とは、馬にあたる心を示しているのかも。馬の感じ方で困るが創られているかもしれない。さらに、独楽は、回転する運動体であり、グルグル回っている。困る状況とは、思考回路が同じところをグルグル回っていて、違う次元へと出られない状況なのかも。自らの意識の位置を常に困るを超えた位置で、困った状況に心も魂も肉体も巻き込まれることなきよう、高さをKeepして遊んでいこう。
2009年07月02日
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いよいよ7月に入りました。7月22日は、皆既日食が日本で46年ぶりに見られる日。日本と言っても、奄美大島北部、屋久島、種子島南部の地域。それ以外の地域は、皆既とはいかないが、部分日食が見られる。東京では、最大で74.9%が隠れるそうです。詳しくはこちらを参考に(http://www.nao.ac.jp/phenomena/20090722/index.html)そもそも、「皆既(カイキ)」とは何を意味するのでしょうネ。ネットで調べてみると、以下の説明が見つかった。(漢字家族BLOG版(漢字の語源)より)(http://blog.goo.ne.jp/kanjikazoku/e/93149c9b525e210bc88e72b2fc8bbff8)「いっぱい」になった状態を既(キ)という。たとえば日食や月食のとき、黒い蝕(ショク)の部分が、太陽や月の表面をいっぱいに食い尽くしたのを「皆既食」という。「し尽くした」のは「すでに終えて余白がない」ことだから、既には「すでに」という副詞の意味も生じてくる。要するに、「既に皆、食べ尽くした」との意味らしいです。ことたま的に皆既を観てみた。皆既=カイキ=回帰=快気回帰には、一回りすること、元に戻ることの意味があるそうです。皆既日食は、太陽が完全に隠れるわけで、太陽と月と地球の一直線関係に戻ることで、最初の位置を創り出すものなのかも。昼間から一瞬の暗闇の創造で、短時間での一回り(昼>夜>昼)が起きる事なのかも。さらに、快気とは、快気祝いの言葉でもつかうように、元気の回復、快い状態、気の流れを意味することから、月が太陽を塞ぐことで、光りは遮断されるが、太陽からの電磁波は影響受けている状態で、光り以外のエネルギーを受けている状態なのかも。単なる夜とは、状況が違うと思う。光りの遮断で、気の流れが変るのでしょうネ。7月は、この天体イベントの他にも、7月7日は七夕もあります。何かと宇宙での動きが忙しいようです。7月の天文現象カレンダーはこちら。(http://www.astroarts.co.jp/phenomena/2009/ph200907-j.shtml)東京でも部分日食が見られるのは、今から楽しみ。ワクワクしています。ちなみに、7月7日の七夕の日は、満月で、7月22日の皆既日食の日は、新月となっている。宇宙の計り事にも意識を合わせながら、自らの夢も快気させていこう。夢の位置を思い出す。7月は、ラッキーセブンでもあり、虹の七色の数理。自らの夢を回帰させて、虹のごとく、意識を輝かせましょう。自らの中の小宇宙でも、天体ショーが始まるのかもネ。
2009年07月01日
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