私は、1月31日、
ただ血液検査を受けに病院へ行っただけでした。
それが、その後の私の心と体を、
大きく揺さぶる出来事になるとは、
その時は思ってもいませんでした。
「死ぬかもしれない」「今すぐ救急車」「余命は短い」
検査結果を見た医師から、
私は次のような言葉を、立て続けに告げられました。
医学的な説明として語られた言葉たちでした。
私はこのやり取りを、旦那氏にも伝えたいと思い
医師にokの確認を取って最初から話して頂く様に
お願いして録音していました。
今振り返ると、
録音しておいて本当によかったと思っています。
その夜、私の心と体は壊れた
家に帰ってから、私は一睡もできませんでした。
恐怖で頭がいっぱいになり、
体は強く緊張し、やがて痙攣が起きました。
「もう来年の桜は見られないかもしれない」
そんな思いが、何度も何度も頭をよぎりました。
今思えば、
私は病んでいたのではなく、
信じすぎた言葉に、体が正直に反応していただけ
だったのだと思います。

それでも、私は伊豆へ行った
翌日、私は伊豆の旅に出ました。
夫・裕二が、心から楽しみにしていた旅でした。
前日の診察で医師には「それでも旅行に行くんですか?」
そう聞かれました。
私はキッパリ答えました。
「行きます」
医師
「いつお迎えが来るか分からないので宛名のない紹介状を書きます」
下田の近くの救急病院は伊東なので救急車で1時間掛かると
親切に教えてくれましたが・・・
私に取っては恐怖の一言でした。
絶対にこのまま医師の脅かしに乗って救急車に乗って
輸血したら、そのまま退院出来ない・・・
直感でそう思いました。
私は、がんになる前から、
十分すぎるほど楽しく、豊かな人生を生きてきました。
今日死んでも、明日死んでもいいと思えるほどに。
だから、入院はせず、
翌日の旅に行くことを選びました。
桜の下で、体が変わっていった
YouTubeにアップしました。
伊豆で見た桜は、満開でした。
真冬とは思えない、ぽかぽかとした陽射し。
人も少なく、1時間半、
桜の下に座って、裕二と話をしました。
「もう来年は見られないね」
「私がいなくなっても、一人でここに来る?」
その時の私は、
死ぬことを前提に話していました。
けれど不思議なことに、
あれほど続いていた痙攣が、
その桜の下では、消えていました。
下田プリンスの夜 ― 月の光の中で
2月1日、我々の常宿の下田プリンスホテルに泊まりました。
夜、私たちは海に浮かぶムーンロードを眺めました。
月の光が、海の上にまっすぐな道をつくり、
その光が、静かにこちらに届いていました。
ソファーベッドに二人で並んで横になり、
ただ黙って、
お月さまの光を、たくさん、たくさん浴びました。
「今、パワーを注入してるね」
そんなふうに話しながら。
“死ぬかもしれない”と言われた人間が、
その夜、
こんなにも静かで、満ち足りた時間を過ごしていました。
毎晩襲われる痙攣も全く起きずに満月の光のシャワーを浴びて
抱かれて眠りました。
容量オーバーのため後半へ続きます。
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