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台風12号が南の海に発生したころ私たちの町は美しい夕焼け空におおわれていました。 余りの美しさにただ呆然と見入っていて10分ほどしてからあわててカメラを取りに戻りましたので、宴の後の光景となってしまいましたが、その片鱗は伝えられると思います。 さて、いよいよ8月。今夜は火星が大接近のピークと伝えられています。 この8月は、私にとっても正念場。ねじり鉢巻で奮闘すべく書きなぐってきたノートとにらめっこの日々が始まります。 8月7日は立秋。もう季節はなのですね。
2018年07月30日
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何もできず先々週、長岡京で出会った風雨を避けて嵐の去るのを待っていたムラサキヤマドリタケ同様、ひたすら耐えて見守るほかない私たちですが、広島、山口、長崎、北九州など「月のしずく」の会員さんのことが心配です。
2018年07月29日
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豪雨のあと2週間日照りが続き、カラッカラに乾いた妙見山から本滝道を下り、野間の大ケヤキの青葉木菟を見つける旅。 ウマノスズクサ Aristolochia debilis 多年生のつる草で、ラッパ状の花には花弁がなく、ガク片が筒状に合着したもので胎児を思わせることが学名の由来。Aristos(=最良の)、lochia(=出産)、debilisは弱小の。そして独特の香りを放ち、虫を誘う。ノカンゾウ Hemerocallis fulva var.longituba 朱色のユリ科の植物。花弁が八重なのがヤブカンゾウ。こちらの一重咲きのものがノカンゾウだ。学名も、1日花で昼間咲いて夕方には閉じてしまうことから、茶褐色の(=fulva)、一日の(=hemelos)、美しい(=calos)という意味合いの花。longitubaは花の形をあらわす長い筒の意。妙見ケーブル。沿線途中で小鹿が草を食む姿が認められた。 妙見山上駅から広場へ登る道の脇には数株のウバユリが。 ウバユリ Lilium cordatum ユリ属でcordatumは葉の形が心臓形をしてることから。 普通、ウバユリを探すには春先に特徴のある大きな葉を出すので、覚えておいて真夏の頃に訪ねるのだが、ここではこれ見よがしに閲兵式さながらに並んで数株が出ていた。うす緑の花で花びらが割れたようにみえるので余り注目されない。花が咲くころには通常葉がなくなるので、その名も葉がない=歯がないときて姥百合なんてかわいそうな名前をつけられてしまったそうだ。 妙見宮の手水場わきには、ひっそりと水辺に涼を求めるモスラくんの姿が。 フトフタオビエダシャク Ectropis crepuscularia 変異が多く黒化した種もいるという忍者もどきのモスラくん。幼虫は広食性だというので樹種を選ばないで取りつくようだ。 風雨でダメージを受け運休中らしい妙見リフトの番をしている可愛いおねえさんを見つけたので、さっそく近づいて避暑がてらしばし立ち話をしたあと、脇の社のそばでみつけましたカメムシくん。 トホシカメムシ Lelia decempunctata 黄褐色のみるからにがっちりしたカメムシで、名前は背中に10の黒点(ほし)があることに由来するが、なによりも前胸の両側が著しく突出することが特徴的である。山地の樹上に生息しており、足元の朽木で見つけたのはラッキーだと思った。 木製のベンチやチップ材を敷き詰めた地上にゲロのように固まっていました。 変形菌のマンジュウドロホコリ のようです。 摂津と大阪の県境指標でもある妙見宮の山門。 妙見宮本堂。社務所近くの売店では桜川サイダーの新製品。マロン風味のサイダーが売られていて、みんなで分けて飲みましたがとても美味でした。僕は持参のバランタインのソーダ割りにしていただきました。 大地が芯まで干上がったこの日、それでも予想していた通りに成人式直後くらいの若々しい素敵なコテングタケモドキが待ってくれていました。コテングタケモドキ Amanita pseudoporphyriaこのポピュラーなテングタケの食毒が不明というのはどうも納得がいきません。テングタケの成菌の傘のへりに溝線の入るものには致命的な毒性はないと亡き本郷先生は語っていましたが、このきのこにはへりに溝線が入っていません。おそらく猛毒きのこなのでしょう。しかし、僕の友人は間違って食べたが何ともなかったと言っていました。そんな話を聞くにつけ、「触らぬ神に祟りなし」という諺言が思い出されます。間違っても食べないようにしましょう。 また、「殺しの天使」(キラーズ・エンジェル)の異名をもつドクツルタケが「娘十八、番茶も出花」状態でお出迎え。今年は、初めてののデートです。先週の長岡では、僕たちの期待は裏切られテングタケの類には一切出会えなかったのでことのほか嬉しく感じました。 ドクツルタケ Amanita virosa 典型的な毒きのこで食べて半日ほどでコレラに似た症状を呈し、毒性は強く1本以上食すると数日以内に死亡するといわれている。しかし、緑深い森の中で出会うと雪女郎に遭遇したような不思議な誘惑を感じてしまうほど美しい。30年近く前に富士山ろくの深い森の中で私はとりわけ美しいドクツルタケに出会ったことがありましたが、後ろ髪を引かれる思いでその場を離れたのを鮮明に覚えています。コガネネバリコウヤ クタケかと思いましたが、まだ新しい個体なので種名は定かではありません。サルノコシカケ類は硬質菌なので同定が簡単だろうと思うのは間違いで、彼らは成長しながら、それぞれの細胞が役割分担を決めていくのである意味、マツタケ型のきのこより同定がむずかしい。2週間前の豪雨禍で本滝道も荒れに荒れていました。本滝寺への長い急な石段の参道を下り本滝寺へ向かう。本滝寺 ここでは修験のみなさまが瀧打ちの行をおさめるらしいのですが、こちらも行場が土砂で埋まってしまったようです。 野間の大ケヤキでは巣立ち間近の青葉木菟の子供2羽と両親鳥の計4羽を見つけることができました。 野間の六地蔵板碑(いたび) この地は猪名川の上流部にあたり、安徳天皇の墓があったり船づくりにたけた秦氏の木場にゆかりある土地柄で、妙見山の奥に広がる広大な台地を成していて、歴史的にとても面白いところだ。 この暑い一日、さすがに参加者は少なかったものの、それでも元気はつらつのきのこクラブの人達。かやぶき屋根のオシャレなバス停で記念撮影。バスで妙見口までもどり、能勢電鉄妙見口駅前の津の国屋さんで道中の無事を祝いビールで乾杯。 本日の山旅で出会った野山の仲間たちの話に始まり、同行の日露交渉史研究家のHさんからは日露戦争の捕虜が姫路でなめし革の技術を伝えたポーランド人捕虜にまつわる秘話を聴くことができ、大いに盛り上がりました。 ハイキングのあとのこうしたサロンこそが私たちの旅の最もかけがえのない時間。「いつもこれくらいのメンバーならいいのにね」と語り合って別れたことでした。
2018年07月28日
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さて、長岡京の旅でのきのこたちもいよいよ大詰めに近づいてきた。 今年は私たち人生の大半を異世界のいのちのいとなみに関心を持ち続けてきた生き物愛好家にとってあらゆる意味で振り出しにもどる年と感じている。生き物を愛する人たちというのは本当は誰よりも地球規模の目に見えない巨きな力の暴走に敏感でなければならないのだが、我が国のナチュラリストと呼ばれ有頂天になっている人たちにその意識はない。これは実に悲しむべきことである。私が「月のしずく」を思い立ったのは、目の黒いうちに生物ファンとグローバルな世界との間の隔壁を溶かしてつなげるひとつのモデルをつくるためである。気の遠くなる作業ではあっても短絡は許されない。右も左も分からぬ庶民の立場に立ちながら他者との対話を続け、それに少しずつ新しい思想的な織物に紡いでいかなければならない。その手がかりを残すことが「月のしずく」の唯一つの目的である。 近畿では初夏に見られ盛夏には影をひそめてしまうきのこが酷暑の時期に顔をのぞかせていた。ヤナギマツタケくんだ。 ヤナギマツタケ Agrocybe cylindracea ポプラ、ヤナギ、トウカエデなど、街路樹に発生することでおなじみのきのこだが、クライマーズ・マッシュルームと僕は受け止めてきた。街路樹の根元に発生し、初年度は散歩中の犬が小便をかけることを配慮して採らずに置くと年を重ねるにつれて街路樹の上方へ登りながらきのこをつくり続けるのだ。3年目頃からは安心して食べられる位置にきのこをつくってくれる。そんな「せいくらべ」の出来るきのこちゃんなのだ。中から大型の肉厚のきのこで全身淡黄土色~ベージュ色。とりわけ柄が充実して木の枝ほどに硬いのが特徴だ。写真にみられるように胞子が成熟するとココア色になりツバを染めるのがきわめて特徴的である。きのこ鍋などにいれると鍋の底にチョコレート色の胞子が沈殿するほど大量に胞子を放出する。きわめて美味なきのこで京大の今は亡き数学者・森毅が愛したきのことしても有名だ。 同行のきのこライターの堀博美さんがたのしみにしていたアリノタイマツ Multiclavula clara かと思いきやキソウメンタケでした。 このきのこと次のアンズタケは旧分類体系ではヒダナシタケのグループに収められていたものだ。アンズタケはそのグループの中では比較的端正なしわ状のヒダを持つ。 キソウメンタケ Clavulinopsis belvola 地上生のClavaria の仲間で無性の1cmほどの中空の柄が認められる。肉は淡黄色。先端は通常尖らない。この写真は尖っているので別種と思うのは早計である。「きのこは人をあざむく」ことを熟知している私たちには通用しない。 アンズタケ Cantharellus cibarius 初学の頃、ずいぶんとお気張りになってヒダつけてまんな。と学名のキバリウスを覚えたものだ。そしてヒダとともにときおりヒダとヒダをつなぐ連結脈を持つということで、それが見たさに探し求めたものである。アンズ様の香りをもつのでそれをかぐのがたのしみでもあった。アンズタケモドキ C. lateritusとはヒダの明瞭、不明瞭で区別してきた。この写真のように卒塔婆小町の年齢に達しているアンズタケは、それでも老いてもなお凛とした風格を保っていて色香の香はすでに失せてはいるがまぎれもなくアンズタケだ。しかし、近年この仲間は数種あることが報告されており、時に中毒もしているので要注意のきのこだ。 かってはタバコウロコタケ科に収められていたこのきのこ。切通しや山道の路肩にしばしばみとめられ、ちょっと意識すれば誰もが山旅の途次に出会っているはずのきのこだ。 ニッケイタケ Coltricia cinnamomea シナモンのようなきのこで全体革質の可憐なきのこ。しっかりした革紐のような柄をもつ。ビロード状の傘の表面の感触から僕はラッコの毛皮を想像してラッコタケと呼び習わしてきたので、観察会などで、正式和名が出てこずに困ったこともしばしばだ。人間どもに食用きのこという期待を抱かせることなく絹糸状の光沢を放つことも大好きな理由のひとつである。砂地や焼け跡などに発生するオツネンタケ C. perennis に酷似するが、近畿ではこの手のきのこはほぼ間違いなくラッコタケ、いやちがったニッケイタケだ。
2018年07月27日
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キイロイグチ Pulveroboletus ravenelii夏から秋、マツまじりの広葉樹林地上に発生。湿時、多少粘性を帯びる。全身黄色の粉質を浴び、触ると手に付着する。また肉に青変性があり、イグチの窯では一目瞭然のきのこである。これはまだ傘が開いていない状態ですが、傘がひらくと管孔で成熟する胞子を保護していた内皮膜が裂けて柄の上部につばとなって残る。つばは胞子の色を反映して暗褐色を呈する。ニセアシベニイグチ Boletus pseudocalopus広葉林地上に発生。中から大型きのこ。肉眼でのアシベニイグチ Boletus calopusと比べての相違点は、柄に赤みが少なく網目模様がほとんどみられないこと。そしてアシベニイグチとの顕著な差異は傘を縦に割ってみると、チーズに似た匂いを持ち、その巨大な図体に比べて管孔部分が著しく短かいことで区別できる。その胞子の伝搬能力を疑うほどである。成熟すると傘にひび割れが入ることもしばしばある。いずれも苦味があり、アシベニイグチにはムスカリン類を含み、ニセアシベニイグチは毒成分は不明だが、胃腸系の傷害をもたらす。コオニイグチ Strobilomyces seminudus小型のきのこで広葉林に暑さのさなかに顔をのぞかせる。夏のイグチの代表格である。触れると赤変するのでただでさえ蜘蛛のようないでたちなのに血がにじむようでグロテスク。だが食用きのこである。しかし、見てくれ同様、ためしに食べてみたがそうおいしくはない。変色性に特徴がみられ、これより大型のオニイグチ S. strobilaceus 、あるいはオニイグチモドキ S. confusus (傘の鱗片が尖っている)ではまず赤変し、そののちゆっくりと黒変する。クリイロイグチ Gyroporus castaneusこちらもイグチの仲間の中では見分けのつきやすいきのこで、柄とビロード状の傘が同色の栗色であることからその名がある。管孔は白色、のち淡い黄色を呈する。こちらも毒性はない。
2018年07月25日
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長岡京から粟生の光明寺まで炎天下とぼとぼと歩いた甲斐あって盛夏のきのこたちと面談できたことは感謝あるのみ。昨日はシロハツモドキを紹介しましたので、今日はそのついでと言うことでベニタケ(Russula=ルッスラ)の仲間たちをご紹介。クサイロハツ Russula aeruginea極めてまれな緑色のベニタケで、パッと見にはアイタケ R.virescens かと思いましたが、傘がいささかもひび割れていないことで、しばらく悩みましたが、クサイロくんだと思い出しました。私たちはこのきのこと3年ほど前に台風直撃した奈良の宇陀に近い奥三輪の額井岳で20数年ぶりに出会ったきりで、今回で3度目となります。長岡で出会うとは思ってもみませんでしたのでなんとも言えずうれしかったです。ドクベニタケ Russula emetica6月の高槻で出会った見事な紅色のドクベニタケとはことなり、淡い紅色を呈しているが同種である。紅色のベニタケはひんぱんに出会う種にかぎっても20種近くある。それらの肉眼での同定では、まず全体の印象把握が大切で、あらかじめどのグループに属するかを第一印象で決めつける。ついで傘のへりに溝線があること。柄はどんな場合でも白色でベニをさすことがないこと。次に肉をかじってみて emetica=エメチカ=吐き気を催すような辛さ、とある通り強い辛味があること。さらに傘の表皮が中央に向かってはがしやすいことなどで同定します。ヒピワレシロハツ Russula alboareolata広葉林地上に発生。シロハツモドキほど大きくはならず小型から中型どまりである。傘の中央部がやや黄色みを帯びるほかつやもなく粉々した微粉状の白いきのこだ。
2018年07月22日
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きのこの山に足しげく訪れるようになった30年ほど昔はこのベニタケの白色種ではシロハツが主勢でした。傘と柄の付け根がうっすら青いシロハツはヒダやや密で老成すると朝顔形になり、全体が白からうっすら黄土色に変わります。ところがその頃からヒダが極めて密なほかはシロハツと寸分違わないが青みを帯びない種類がちらほら出始め、やがて夏のシイ・カシ林での主役を果たすようになったのがこのシロハツに似て非なるシロハツモドキです。暑いさなかに菌輪を成してどっと出現するのでいやでもお付き合いする羽目になってしまう。粘性もなくつやもないシロハツもさして食用価値はないきのこだが、このシロハツモドキは本郷図鑑では「人によって中毒する」という限りなくグレーな毒きのこにされた。 私たちは仲間の神戸の山菜料理店で亭主がこんなのを持ち込んできたお客さんがいましたのでと出されたシロハツモドキを男3人、女1人で食べて女性一人だけが当たった。食べて数分後にむかつきを覚え、30分後には戻しはじめたらしく、一晩中それは続いたという。トイレに立ってしばらく戻ってこないのでようやくわかったのだが、胃腸系統の中毒症状で致命的ではない。同席した私たち3人の男たちは何ともなくいつものように飲んで食べて大いに盛り上がったものだ。さらに後日譚となるが、この話を東京の会員さんに話したところ、まさに同日、女2人、男2人でたまたまこのシロハツモドキを食べて、やはり女性2人だけが当たったというのだ。きのこの講師をはじめた頃の思い出だ。シロハツモドキ Russula japonica このきのこは、種小名にジャポニカがつく日本固有種とされてきた。シロハツ、シロハツモドキ、いずれのきのこも少しにがからい味わいのきのこで、無毒の方のシロハツもさしておいしくないが、その白ずくめの優美で繊細ないでたちから(=デリカ) R.delica と名付けられている。ヒダの密なことが繊細さを連想したのかもしれない。 この女性だけを中毒させたシロハツモドキの毒性はいまだに不明のままである。これだけ科学が発達した現代でもきのこの毒はなかなか特定できないのも事実である。地球最後の野生生物であるゆえんだ。そんなこともあって私にとっては忘れがたいきのこの思い出となった。
2018年07月21日
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ムックきのこクラブの7月の探訪会は炎天下、長岡天満宮から粟生の光明寺。この日最初に出会ったきのこは、豪雨の様子を忍ばせるかのように洞の中で傘を開いた雨宿りムラサキヤマドリタケだった。ムラサキヤマドリタケ Boletus violaceofuscus マツまじりのブナ科の森に夏から秋発生し、類似の毒きのこがないため、安心して採集されてきた。豪雨のあと日照りが続き過乾燥のため、傘はひび割れ、柄はささくれ立って痛々しいが、本来は柄のほぼ全面傘と同色の見事な紫色に白色の網目紋が覆う見事な美脚を呈する。傘は深い紫色だが、老成すると黄斑が見られる。肉は白色で変色性のないことも好まれる理由のひとつである。傘の裏の管孔部は白色または淡い黄褐色。
2018年07月18日
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かっては、この参道だけできのこ初心者なら堪能するくらいきのこがみられましたが、私たちは採集しないにもかかわらず、年年歳歳きのこの種類、個体数は減ってきています。それは存在自体が胡散臭い僕のせいだと言われています。わからないでもないので、言われるままにしています。きのこの旅をはじめて、光明寺はそれこそ機会ある毎に訪ねてきて30年経ちました今日の参加者と出産後はじめて5ケ月の赤ちゃん連れで駆けつけてくれたアリンコちゃんのために、神仏に遠く不信心きわまりない僕が珍しくお焼香しちゃいました。そもそも光明寺は、浄土宗の開祖・法然が、善導大師の中国浄土教に出会い、南都六宗の高僧たちにその是非をただすべく比叡山を降りた時、2度目は、専修念仏の発心のはじめにまず布教の拠点としたところ。 ここには、比叡山時代から何かと法然を支えてきた秦氏につらなる非農耕民たちのネットワーク拠点の広谷の別所があり、まずそれを頼ったことがしのばれます。そして、3度目は没後、まもなくの法難のために僧兵たちが法然の遺体を掘り起こして捨てようとしたとき、ひそかにこの地へ運び荼毘に付したいわれが伝えられており、写真がその火葬跡と比定される場所。可憐なお姿の勢至菩薩像がありました。脇の灯篭にはナナフシがブランコを漕いでおり、しばし暑さを忘れました。ナナフシ Baculum irregulariterdentatum別名ナナフシモドキ 大きさ色・形がよく似ているエダナナフシとは触角が短いことで区別できる。春先つまようじ大の大きさの子供がまたたくま10cm以上に成長するのにはびっくりさせられる。サクラ、カシ、コナラなど、いろいろな葉を食べて育つ。今のところ、北海道では発見されていないようです。すさまじい成長ぶりといえば・・・。さて、♪~この子はだぁれ、誰でしょね?。なんなん夏目の花の下~♪ピンポン!!。これがアリンコちゃんそっくり生後5ケ月の知広くんでっせ。キヌガサタケ探しの竹林へ向かう間、しばし並んで歩きましたら、僕をみてきのこと思ったのか、しきりにアワアワ・ゴロゴロ、きのこ語でお喋りしてくれました。なんとも不思議なひとときでした。
2018年07月16日
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キイロカワカゲロウ Potamanthus formosus 近くの池から飛んできたものか。前翅の前線の横並びの三角文様に特徴がある。お尻を振っているので定かにはみえないが、尾っぽは3本だ。1~1.5cmの小型のカゲロウ。
2018年07月14日
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旧暦の皐月が何事もなかったかのように静かに幕を降ろし始めています。明日はいよいよ水無月の朔。大好きな夏もすでに晩節。 JR尼崎駅頭では7月2日にようやくセミを聴きました。六甲の裏ではまだ聴き取れていません。 豪雨禍のさめやらぬ列島各地から次々に報道が届きます。 いとせめて、眠れぬ夜は晦日月のかわりに海月の海を思いつつ眠りに就きましょう。
2018年07月13日
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豪雨禍のさめやらぬ列島弧ですが、七夕を境に季節は一挙に晩夏に傾き始めます。ツバメたちも2度目の子育てを終え、そろそろ南を目指す長旅の準備にかかり始めます。 さて、今年は自然界も度重なる異変でひっくり返っておりますが、やはり夏の風物詩のきのこたちとの逢瀬はぜひ果たしたいもの。そこで画伯と相談してオプショナルツァーを組むことにいたしました。★7月15日(日)午前10時 阪急長岡天神駅改札付近集合。 長岡天神から粟生の光明寺まで、寄り道・回り道・道草を食いながらとぼとぼあるく旅を実施いたします。 ただし、絶対に無理はしないでくださいませ。しかし、これくらいの無理なら可能だという向きには、どうぞお出ましくださいませ。夏の名残りのきのこたちとしばし対話のひとときを持ちましょう。 おまけ 6月は梅雨の最中なのになぜ水無月というのでしょう?。 新旧の暦は目下1ケ月余りのずれで新暦の5月5日(旧4月節の立夏)から8月7日(旧の7月節の立秋)の前日までの3ケ月が旧暦の夏。七夕の7月7日は旧暦6月の小暑に当たり、まもなく迎える7月23日の(旧6月の大暑)が、旧暦6月の文字通り大地の水気が枯渇する水無月の中気に当たります。なんだかこんがらがってきますが、自然界はこの太陽の黄道上の位置によって推移しているのです。したがって7月10日は旧暦の6月・水無月のど真ん中あたり、夏の終わりの季節です。
2018年07月10日
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ずっと気がかりだった墓探しに行ってきました。遺族から場所だけ聞いていましたので、街中の小さな場所に千基ほどの墓がひしめく墓所。稀な名前なので、行けばすぐわかるとたかをくくっていましたが、駐車場もなく、仕事の途中に車を近くに止めて駐車違反の心配をしながら探すのでなかなか骨が折れる仕事でした。ひとつひとつつぶさに見て回り、30分以上探してようやく全く予期せぬ場所でみつけました。花托に名前が刻まれているだけなので余計に分かりませんでした。 私の母親の妹なので、私のおばになります。7年前に亡くなるまで本当にお世話になりました。そしてこの道枝さんの伴侶が毛房四朗さん。このおじさんから僕は子供の頃、天体望遠鏡のつくり方から鉱石ラジオのつくりかた、銅線を巻いてつくる手製のモーター、そして魚釣り、カブトやクワガタ採集。やや長じてからは山登りの魅力も教えてもらいました。僕が成人してからは僕が誘う立場になり、登山や魚釣りはもちろん、写真を撮り始めると一緒に方々に撮影旅行をし、撮影術を習得する高島屋のカルチャーにも誘って一緒に通いました。愛犬のクロちゃんともども、本当の意味での僕の先生でした。そうそう、機械いじりが得意なので僕がはじめた印刷の仕事も手伝ってもらいました。花屋さんが近くに見あたらなかったので、今日は線香だけ。しかし、これからはしばしば会いにいけるのでとてもうれしいことです。
2018年07月09日
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温帯モンスーンの細長い列島に生息する私たちは、長雨や五月雨、梅雨の豪雨といった雨模様の日々に比較的なじんできていましたが、今回の豪雨は私にとっては阪神大地震に次いで激しい自然の猛威であると感じ、いつもならルンルン気分ではしゃぎまわるのを自重。ムックきのこクラブも天候の回復如何にかかわらず、取りやめにしました。 ようやく峠は越しましたが、やはり豪雨禍の爪痕は痛々しく、被害に遭われた多くの人達のご冥福をお祈り申し上げます。 軽微に終わった人たちもこれからが禍のはじまりと心してゆっくりと日常に舞い戻っていってくださいますよう。 また、雨にも風にも負けないムックきのこクラブの集まりには、メールやこのブログでも告知しましたが、やはりそんなはずはないと考えて集合場所で待ち続けていた人が若干名いたことが判明。まことに申し訳なくこの場をもちましてお詫び申し上げます。 しかし、今朝は都心から我が町までは始発よりかろうじてJRが復旧していましたので、悩みに悩んだ結果、最終日のART OSAKAへとんぼ帰りして観てきました。やはり、なんとか行く方向で思い直してよかったです。新しいヘテロソフィア・アートを予感させられる作家たちと親交を深めることができました。 「月のしずく」ですでにおなじみの金沢の山本優美さんのセラミック作品。ギャラリー OUT of PLACEのブースを飾っていました。上はシリーズ「うつしみ」2016年よりの1点。こちらはシリーズ「溜息の標本」山本優美 2017年よりの1点。こちらはギャラリー・ノマルのブースの今村源のポリエステル樹脂、ステンレススチールの「あけるヒト」ほか。芦屋画廊 Kyoto では松原正武のバイオフォト作品。目下島原で創作に励んでおり、プリント写真を腐葉土に埋めて微生物の働きに任せた作品で、わが発酵文化に深く抵触するものでした。万(よろず)画廊では吉島信広の立体作品が数多く並べられており、とりわけこのきのこの造形が面白かった。Studio Jでは、波多野由紀夫の「カゼヨミ」に心奪われましたが、作家との話に夢中になり、写真を撮り忘れました。こちらは同じブースでみたタイトルも「キノコタタキザル」だったと思う作品。ギャラリー・風の高田光治の旅人シリーズ。今回は粘菌を網羅したものとなり、果てしなく進化の旅を続けています。大阪芸大のブースはとりわけにぎやかでしたが、そんな中でも陶芸の三島寛也の作品がコンセプトともどもとても印象に残りました。MASATAKA CONTEMPORARYでは、断然この 南 花奈の作品が目を引きました。つけペンやペンシルで描き上げるこうした細密なモノクロ作品は若い作家たちの中で1ジャンルを締め始めているものですが、この作家さんは特別昆虫が好きではないと承りました。 ART OSAKAで展示されるアート作品たちは、画商のパトロネージュをともなうものですが、私は画商の動きとは無縁に創り続けているアーティストたちにも心惹かれています。いずれも、優劣つけがたいものですが、世に出るチャンスという点からみれば、こうしたアート・マルシェの流れの作品にはプロ意識が試される点でやはり面白いものが多々みられるのは否めません。今年のART OSAKAは、一時は断念しようと思ったのですが、やはり無理を押して最終日に駆けつけて良かったと思い返しています。 わたしにとって、ART OSAKAは、次世代アーティストを育てようという画廊の熱気の感じられる催しで、注目してきましたし、今回ここには挙げていませんが京都の神楽坂ギャラリー、東京のみうらじろうギャラリーなどがひときわ異彩を放っていました。大阪芸大に京都芸大のブースも加わり、どんどん求心力を増しており、目の離せないアート展となりつつあります。
2018年07月08日
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今年の七夕はひどい集中豪雨に終始しました。ここ数年来の異常気象が日常化しはじめた感があります。こうした事態にかんがみ、明日のムックきのこクラブの旅は中止いたします。どうぞ、身のまわりの自然のSOSにしっかりと耳傾け、自然界からのメッセージをこれまで以上に正確に受け止める柔軟な心を保って参りましょう。会員の皆様すべてのご無事をお祈りしています。何か異変があれば、ためらわず直ちにご連絡くださいませ。
2018年07月07日
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昨日は「わが近辺は、大したことはないな」と思いつつ断続的に降り続く雨の中、のほほんと仕事をこなして、事務所にもどると「電車がとまっているようなので少しでも早くお帰りください」と事務の女の子たちから口を揃えて言われました。半信半疑で駅につくと、ぎょぎょぎょの魚太郎。またまた足がありません。仕方がないので、東海道線で神戸まで出ると六甲山裏へのバスはすべて不通。絶好の機会なので痛快極まりないと評判の『10人のいかれる教授たち』の映画でも見て帰ろうかなとふと考えましたが、町中の切迫した気配を勘案すると、映画観たばっかりに本当に帰れなくなるかもしれないと考えなおして、神鉄まで行き、駅員に尋ねると「今のところ動いています」との返事。とりあえず六甲の裏まで行っておこうと飛び乗りました。有馬温泉への線は止まっていましたが、三田方面はなんとか行けそうでしたので、ちょっとした小旅行をして午後8時過ぎ最寄りの駅に帰り着きました。高槻地震の時には帰宅が午後10時近くになりましたので、まだ楽ちんでした。ところが帰ってみると、なんともうれしいことに家内の大ファンで五島・対馬のぬしみたいな海運会社の冨谷くんから採れたての1.6kgの五島の伊勢エビが誕生祝いということで届いたところだったのです。電話で礼を言うと「今日食べなくっちゃ駄目」と念を押されたので、原酒「菊水」で乾杯することに。伊勢エビのつくりなど生まれて初めて。しかも大量。ものも言わずにひたすら、たらふく、食べました。殻は言われるままに少量の身と一緒に味噌汁に。やはりこれが最高の味。いつ死んでも悔いはないと思うくらいうまいものでした。貧乏しているとこのような喜怒哀楽の濃縮ジュースそのままの1日が訪れるものですな。それから深夜まで続く大雨による避難情報に耳傾けながら古代史の天下分け目となった「壬申の乱」のことをノートして過ごしました。今年は春より、人もきのこも大変ですが、「生きてりゃいいさ」の心境で、なんとかだましだまし生き抜きましょうね。
2018年07月06日
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サーシャとお父さんが忙しいスケジュールの合間を縫って泊まりに来るというので、せめてもの日本での思い出に、と台風直撃の日本海へ日帰りのドライブを決行。聖徳太子のお母さんで用命天皇の皇后・間人皇后(はしうど皇后)が退座して隠棲したという間人(たいざ)岬でナホトカを望みながら、ハイ・チーズ。向こうの柱状節理の島は立岩。出発時には激しい雨でしたが、途中からは止んで、昼過ぎには青空がのぞき始めました。間人の海にそそぐ竹野の川尻。川尻には、ジブリの映画にふさわしい廃墟が残っていました。網野町の浅茂川尻の漁港。この漁港を見下ろす町営の温泉「静の湯」と温水プールにて、叶わなかった海水浴の虫おさえに。浦島太郎と亀姫の伝承を伝える浅茂川尻。青空がのぞく昼過ぎ、離れ湖湖畔の「水の屋敷」で海鮮丼を食べ、なつかしいトビウオの干物を買って帰りました。「水の屋敷」採れたての鮮魚と干物を販売している売り場と離れに海を見つめながら食事できる素敵なところでした。帰りにはまた激しい雨。台風の目の中での束の間のひとときでしたが、喜んでくれたようです。
2018年07月05日
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この美しい波型文様はカシワマイマイだろう。俳句でいうところの灯蛾(灯火に飛来する蛾)の代表格だ。幼虫がカシワの樹に育つことからこの名がある。ドクガ科に属するモスラで学名は Lymantria mathuraオスは4~5cm。メスのほうが大きく8~9cmほどもあり、オスと白黒を逆にしたような白地に黒い波型文様があり美しいが、林のヘリでおとなしくしていて私たちのところまでは出てこないので、なかなか出会うことはない。南の海で野分発生の知らせが届くころになるとこうしたモスラたちが足しげく訪ねてはきてくれる。また、今日はJR尼崎の駅頭で、はじめて夏の風物誌のセミの声を聴きつけました。ようやく大好きな夏の到来です。
2018年07月02日
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ようやく待ちに待った夏が来たかと思うと、さっそくモモチョッキリくんが廊下で待ち伏せ。モモチョッキリ Rhynchites heros赤紫色の美しい「落とし文」の仲間で、春先に現れて桃、梨、リンゴ、枇杷などの若い果実に卵を産み付ける。「遅いじゃないか」と声をかけると「そうかな」とブスッと返答。彼らも大変みたいだ。そういえばマグノリアの学名をもつタイサンボクの花もようやく咲き切りました。コブシにはじまりハクモクレン、そして梅雨までに咲きそろうタイサンボク。今年はずいぶんゆっくりです。こちらも夏至を過ぎてようやくようやく盛りを迎えました。
2018年07月01日
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