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カレンダーどおりの勤務の身には今年のゴールデンウイークはなんとなく中途半端…しかも土曜日は仕事だしそれでも、休みは単純に嬉しいけど毎年、いつもGWの休み明けに超タイトスケジュールのキツイお仕事があるからなんとなくブルー…心置きなく楽しめないっていうかでも今月、GWの最終日にはミスチルが、月の後半には怒髪天が2連続で待っている〜〜その頃には仕事も完了しているはずだし〜〜ところでぴあで確認すると今月あたまに発売になった怒髪天のチケットがまだ○状態なのがちょっと心配…ま、余計なお世話なんだけどファンの心理としては自分が買えたあとのチケットは早めに売り切れてほしい(わがまま?)いつまでも売れ残っているのはちょっと悲しいもうライブまで1ヶ月切ってるしライブハウスの小さなハコでこれだと来年の武道館はどうなの??とか母のような?思いで心配してみたりもする(同世代だけど)でも、仕事のストレスやそれ以外のプレッシャーなんかも一瞬忘れてしまえるあのライブ感を早く味わいたいような過ぎてしまうのがもったいないのでこのまま待っている時間を楽しみたいような新譜「ドリーム・バイキングス」を息子と一緒に予習しつつライブ参戦を楽しみにしている今日この頃なのだった
2013.04.28
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もう前を向いて進んでいるので正直、不祥事を起こして飛ばされた前任者のことはもうどうでもいのだけれど先日書いたことが、どうやらガセだったらしいので訂正と、正しい情報を記しておこうと思う。元担任からは、彼が飛ばされた先でまた支援級を担任しているのだと聞いた。クラスをあんな状態にした教師をまた支援級の担任にするなんて、と呆れたがどうやらそれが誤情報だったことがわかった。私が所属する親の会には、現役の学校の先生もみえて先日の総会で声をかけていただいた。(やっぱり市内の先生たちの間でも かなり大きな話題になっていた模様)「良かったですね、○○先生が戻って来られて」「ありがとうございます。本当に救われました。 でも、××先生がまた異動先で 支援級を担当しているって聞きましたが…」「それはないですよ。支援級からは外されています。」彼女はピシャリと言った。「そこは市の方でも、今回すごく支援級 (うちの中学だけでなく市内全部)に 気を使って先生を配置しましたから。 今年はどこも、手厚い人事になっているはずです。」彼女は、そもそもなんで彼がうちの中学に配属されたのか不思議だったそうだ。始めから無理だろうと思っていたと。10年間支援級を支えた先生が異動し、もう1人の先生も産休でお休みになると分かっているのにあの人事はないと思ったと。私は昨年ずっとそう思い続けてきたがやはり先生たちもそう思っていたのだ。「当然、あんなことがあって 支援級は担任させられないし かといって、あの人には普通級の担任なんて もっと無理だし… 今は生徒と関わることのない仕事に回ってますよ」本当に、なんでそんな人が支援級で担任を持つなんてことになったのだろう。「だから、やっぱり上部の判断が甘かったと思いますよ」そうなんだ…でも、ホッとした。と同時に、自分たちの頑張ったことが無駄ではなかったことがわかり、嬉しかった。市内全域の小中の支援級に対してこれまでになく手厚い配慮がされたということが。それが、法律や建前では本来は当然のことであるとはいえ実際には実態が伴ってはいなかった現状が今回のことで教育委員会でも認識を改めてくれるきっかけになったのだとしたら。それが一時的なものではなく今後活かされ続けることを強く願う。
2013.04.14
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今日は息子の授業選択の件で仕事後、学校に相談に行った。今まで、学校での勉強のこととか相談したくても出来なかったので(どんな支援級かね)こんな当たり前のことでもうれしい。今年は先生方がしっかりしているのでお話を聞いて、先生に全てお任せして安堵して帰ろうとした時3月まで担任だった先生にバッタリ駐車場で会った。彼女は新年度から支援級を外れたがそのことを「とても残念」と言いながらも安堵している様子がありありと伺えてちょっと面白かった。「そうそう、○○先生どうなったか知ってます?」彼女は、去年の主任のことを口にした。生徒に対して暴力をふるい、(暴言の数々も日常的に)支援級を2学期中盤で降ろされた教師のことだ。「いま○○中学校で、また支援級担任だって! ちょっと信じられないでしょう!」と、ブリブリ怒っている。私も愕然とした。そうか…そういう事になってしまうのか。やっぱり、大騒ぎして表沙汰にしなくてはいけなかったんだ。「本当にね… ××先生(後任の主任で、これもさんざんな人)も 昇格ですよ!教務になったんですよ。 支援級を担当したからだって… なんですかね、全く」彼女にさんざん振り回された元担任は苦々しい顔で文句を言っていた。生徒の親との面談を拒み(文句言われるのが嫌だから)主任なのに懇談会さえ出ようとしなかった人が支援級を担当したから昇格…?私は彼女が主任になってから、1年生が終わるまでただの1度も面と向かって話をしたことすらないのだ。開いた口がふさがらない。でも…私は別に、正義の味方という訳ではない。こんなこと言うと語弊があるかも知れないけど自分の子を守るためには何でもするが学校の理不尽に対して闘おうとは思っていない。支援級の子どもたちにとって何の助けにもならなかった先生が教務になろうと、教頭や校長になろうとそれが息子にとって、何ら影響がないことなら私は気にしない。とても身勝手かも知れないが私は自分の子どものことで精一杯だ。支援級は、むしろ普通級以上にきちんと力量を持った人が持つべきなのに普通級を受け持つ力量のない教師がじゃあ支援級で…なんていう理由で配属される場合もあり去年がまさにそうだった、と思っている。前任の主任は、間違いなく支援級には不適格な人だ。だが、行った先の学校でまた同じことをすれば今度こそ行き場を失うだろう。その子たちの親後さんも自分の子どもたちが困るようなら精一杯戦うだろうし、そうすべきだ。この学校で味わった苦い経験をこれからの教員生活に活かしてくれればと思うばかりだが…、たぶん無理かな。(主任を外れた後、仕事が楽になったとばかりに 毎日ルンルン楽しそうだった、 全然こたえてない顔してるんですよ!と 担任は怒っていたから)
2013.04.09
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先週末に中学2年生の始業式を迎えた息子。今年については、私はすっかり安心しているけれど(これって本当に素晴らしい感覚!)息子はどんなだったかな〜〜〜と思い、学校から帰る頃を見計らって家に息子に電話してみた。「もしもし」「あー、なに?」「今日どうだった?」「なにが?」なにがって…「えーとね… 新しい先生、どうだった?」「ああ、新しい先生ね。強かった。じゃあね」そして電話は切れた。なんのこっちゃ…どうやら、すでに友達が遊びに来ていてそっちで気持ちがいっぱいだったらしい。私もそのまま仕事が忙しくなり聞き直すこともせず放置。その後、仕事が終わって家に着いたとたんに見知らぬ携帯から着信が。誰だろうと思ったら、新しい担任の先生だった。息子の謎の言葉を伝えると(彼は塾で不在)、笑いながら「今日はみんなでアームレスリングをしたんですよ やっぱり最初にきっちり 猿山のボスになっておかないとと思って」どうやら生徒たちが、先生に一目置き「この先生には敵わない」と思わせるためのデモンストレーションだったらしい。去年の主任が、クラスのほとんどの子どもたちから疎まれ軽んじられていたことを考えてもそれは彼らとの信頼関係を作る上でとても重要なことだろうと思う。(去年の日記にも書いたと思うが 私は去年の主任が、入学式後の記念撮影で 子どもたちに向かって「はい、チョンコしてえ〜」と まるで幼児にかけるような声をかけた時点で これはアウトだと確信し、真っ暗になったのだった)そして先生は続けて「○○くんは、他の子が対戦している時に 床で足が滑って安定しないのをみて 自分からしっかり押さえてサポートしてあげたんですよ それを見て、おお、すごいなと思いました ただそれを褒めたら、本人は『それがなんで?』みたいな 顔をしてましたけど」と教えてくれた。そんな…何でもないようなことを褒めてくれるなんて、なんて素敵なんでしょう!正直、私もその場にいたら、きっと普通に見過ごしてしまって褒めるようなこととは思わなかったと思う。(息子はそういうことはごく普通にやってるから)それに、最近では「よくできたね」と褒めても以前のように素直には喜ばず「こんなの、そんな褒めるようなことじゃないのに 褒められるとバカにされてる気がするわ」と怒ることすらあって難しいのだ。でも、今までクラスで叱られたり注意されることはあっても褒められることの少なかった息子にとって、担任からそうやって認めてもらえることが自信になるだろうことは間違いない。塾から帰った息子に詳しく話を聞くと担任の先生は相当に強かったらしくクラスで一番強かった子(元総長の母を持つ)にも圧勝したらしかった。先生の目論見どおり「先生は強い」と息子も一目置いた感じだ。あとは、学校からもらってくるプリントも今までと違い、とてもしっかりした内容のもので読んでいるだけで安堵感でいっぱいになる。(いや、ていうか、これが本来の姿なのだろうけど…)今年は、親の会の方で大きな役を受けてその仕事で今はバタバタしているけど学校の心配がなくなったぶんなんとか1年頑張ろうという気力も湧いてくる。この1年間の息子の成長が、今からとても楽しみだしそう思えることに心から感謝したい。
2013.04.07
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あさっての始業式を控えた今日、新しい支援級の先生方と新学期前に顔合わせをしたいと学校から連絡がありさきほど出かけてきた。「失われた1年」息子の去年の状態を、一言で表すとこうなる。支援級にいながら必要な支援が得られない日々。あまつさえ支援級の主任教師による無理解と暴力、暴言に傷つく子どもたち。クラス全体が教師への反感、不信感で殺伐とし支援級のクラスは崩壊状態だった。そのことで必死になって色々と動いたために一部の心ない教員からはまるでモンスターペアレントのように伝えられもした。でも、事実は曲げられないし応援や協力をしてくれる人も大勢いた。そして今日…決して期待しすぎてはいけないと自分に言い聞かせながら学校に向かった。そこで待っていたのは、2年前6年生だった息子が支援級へ体験入学をしたときにとても楽しく和やかな雰囲気の支援級を見せてくれて息子に支援級進学を決意させてくれた先生だった。彼は長い期間をこの中学に勤め去年の春、他の学校へ異動になったばかりの元の主任だ。「1年で出戻ることになりまして」とニコニコされていた。そして、自分がいた頃とは全然違ってしまった支援クラスの教室に戸惑っているようだった。「僕がいた頃に置いていたものが なんにもなくなっちゃってるんです。 あれもこれも、子どもたちから全部取り上げちゃって… ちょっとびっくりしています」他に、息子の担任になるという新任の男性の先生と、支援の経験が豊かな女性の先生もみえた。話を少し聞いただけでも、この女性教師が息子のことをずいぶん理解してくれていると感じた。こちらの先生は、ずっとこの中学にいたのになぜ支援級に配属されなかったのだろう。主任教師が暴力沙汰を起こして支援級から外されたとき代わりに主任になるべきだったのはこの先生じゃなかったかと思うほどだ。あんな「私も他に仕事がいっぱいなのに 上がやれというからやるけど、期待はしないでほしい。 仕事をやめて楽になった先生と同じ給料しかもらってない」などと、保護者会の席で口にするような先生じゃなく。完全に人選ミスでしょ、校長…。そして、出戻られた主任の先生は率直に「失われた1年になってしまって申し訳ない。 本来なら3年間かけてやるところを 何とか2年間でがんばってやります」と言って下さった。もう、本当にほっとしてしまって胸がいっぱいになった。帰り道には、あまりの安心感につい涙がこぼれたくらい。これは、小学校4年生の時の担任と始業式のあと、数分だけ話をして帰るときの感情にとても似ていた。当時、前年の担任があまりに無理解だったため息子は教室に入ることができなくなりかけていた。(当時の校長先生がそんな彼をフォローしてくれていた)しかし、新しい先生とは少し話をしただけでこの先生なら大丈夫!と確信を得られて小躍りして帰った記憶がある。結果的には、彼女は今までみていただいた先生の中でも今でも忘れがたく思い出す最高の先生だ。今までの経験で分かっているのは最初に受けた印象が、ほぼ間違いないこと。大丈夫?と少しでも感じた先生はやはりダメだしこの先生なら大丈夫!と思えた先生はやっぱり間違いない。(ちなみに途中で支援級を下ろされた主任に対しては 入学式の時点ですでに不安でいっぱいだった)そして今日は「ああ…この先生たちなら、今年は大丈夫!」と素直に思えた。色んな人たちに助けを求めて走り回った昨年だったけれどこれでようやく報われたなあ…と。我ながら、自分にやれるだけのことは精一杯やった…と思う。まだ学校が始まってもいないのにちょっと安心しすぎかなあ。
2013.04.03
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