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今月3回目の茶道のお稽古気がつけば単の季節も終わり、来週はもう7月ですね~今回もまたまた新しいことにチャレンジでした(^_^;)お濃茶のお点前では、“長緒”と“大海”が登場茶入れ&仕覆の組み合わせにおいて、“大海”の茶入れに“長緒”の仕覆はお約束なのだとか“長緒”は、その名の通り、緒が長~いその扱いも独特通常の仕覆より手順が多く、さすがに手間取りました“大海”は、茶入れの平ナツメ版って感じで、口が広くて平たい扱いも平棗に似ているお濃茶は、運び点前でお薄は、棚(桑小卓)を使って薄茶のお点前では、“洗い茶巾”なるお点前にチャレンジお客様の前で水を張った茶碗の上で茶巾を絞って見せる見た目といい音といい、何とも涼しげな夏らしいお点前なのだけれど、う・・・・(-_-;)、茶巾を使ったお点前って、ニガテだって、水屋仕事の手抜きのボロが出る(笑)普段、テキトーにやってるとこういう時に正しく扱えない(>_
2012.06.26
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台風の影響が徐々に出始めた夕方、帰宅困難になるのを恐れて皆が帰宅を急ぐ頃、いつも通りお稽古へ・・・・(^_^;)・・・・結局、いつもより早めに切り上げたおかげで、電車は大幅遅れながらも、動いていたので無事帰宅(^^)その後、JRが運転見合わせとなったので、早めに帰って正解でしたでも、暴風雨でビショ濡れでした(T_T)さて、今回も、桑小卓(くわこじょく)を使って、“続き薄茶”のお点前を稽古しました桑小卓:裏千家第4代家元仙叟のお好み(桑木地の4本柱の二重棚)“続き薄茶”って、前に一度、炉の時にやったなぁ・・・・・確か、亭主と正客との問答というか、掛け合いがあったね・・・・でも、記憶はほとんどない(;一_一)ここで、解説*****************************************************************続き薄茶とは、通常、茶事では「濃茶」→「後炭」→「薄茶」という順序で茶が呈されますが、連客に帰りを急ぐ人がいたりと時間短縮をしたい場合などに、「後炭」を省略して、「濃茶」からすぐに「薄茶」点前に入ること“朝茶事”や“夜咄”などでは、“続き薄茶”がお約束*****************************************************************今回は、台風の影響で帰れなくなっても困るので、帰りを急ぐということで“続き薄茶”となりましたお点前はほとんど基本通りなのですが、主客のやりとりがあったり、濃茶用と薄茶用のお道具の拝見が一度に行なわれることなど、やはり、慣れない手順に多少戸惑いましたお楽しみの主菓子は、「とらや」の“藤の棚”<参考イメージ“藤の棚”とらやHPより>ツルがからまる藤棚や、房をなして咲き誇る藤の花を思い起こさせる美しいお菓子でした羊羹でも、そんなに甘くなく上品なお味でした
2012.06.19
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今週のNHK大河ドラマ「平清盛」を見ていたら、思わぬところで“茶の湯”とのつながりを発見平清盛が大宰府で、初めて宋の国の茶を体験するその茶をたいそう気に入った清盛は、相撲の節会の宴で、後白河天皇にもそれを振る舞い、帝もいたく気にった様子・・・・・黒塗りの立派な天目台(貴人台)に乗った天目茶碗が運ばれてきて、給仕の女官が茶碗に湯(茶?)を注ぎ、大きな茶筅で茶を点て、それを喫するというシーン清盛が茶碗を手に持って飲もうとすると大宰府の長官が、いやいやそう飲むのではないと天目台(貴人台)ごと持ち上げて飲むように教えるいやぁ、見た瞬間、マジ!?と思いました(笑)<NHK大河ドラマ「平清盛」第24回写真集より参照>一般的には、茶は、鎌倉時代に栄西により宋から日本に伝えられたとされていますが、既に平安時代に茶が飲まれていたという記録もあり、宋との貿易が盛んに行われていた大宰府ならば、宋の茶が伝わっていて、飲んでいた可能性はある!との解釈らしい・・・・・確かに、曜変天目は南宋の時代のものだけれど・・・・・そうタイムリーに日本に天目茶碗と天目台(貴人台)が伝わったのか???それにあの茶筅、大きさは大き目だったけど、形が今の茶筅とほとんど同じ・・・・って何か不自然(まぁドラマだし時代考証にも限界があるから仕方ないか)日宋貿易は平清盛の時代に隆盛を極め、多大な銅銭、書物、文化財が海を渡ったことを考えると、天目茶碗もこのとき渡来したという説も合点がいく・・・・でも、茶碗は宋からの渡来品として伝わっていたにしても、喫茶の方法まで、あのようにして伝わっていたのか???ましてや、都の帝のもとにまで???ちょっと飛躍しすぎじゃあ・・・・(;一_一)でも、そういうことを考えながら見ているのはとても楽しかった本当にこのようにして平清盛が宋の茶を飲んでいたのだとしたら夢があるなぁ~ってそして、それを、いまの自分が習っているのだと思うと感慨深いものがありましたそういう意味でも、今週の大河ドラマは見応えがありました
2012.06.17
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冷たい雨の降りしきる土曜日、青山の根津美術館へ「中世人の花会と茶会」展を見に行ってきました根津美術館のエントランスは、とっても情緒がある!特に正門からのアプローチは(写真はありません(T_T))、竹を使った壁面と黒い床の敷石が何ともモダンで外とを隔てる竹林との見事な調和はこれぞまさに、“日本の美”といった感じで美術館に入る前から、期待でテンションがあがる感じですコレクション展「中世人の花会と茶会」(ちゅうせいびとのはなのえとちゃかい)会期:2012年6月2日(土)~2012年7月16日(月祝)中世の人々の社交の場でもあった花会(はなのえ)や茶の湯の会その時代に用いられた優れた茶道具などが展示され、千利休の意によってつくられた、長次郎作「赤楽茶碗/銘:無一物」も出品しているとのことでこれは、茶道を学ぶ者として、実際にこの目で見てみなくては!と仲間を誘って出向いた次第まだ、利休の茶の湯が確立する前の時代の茶道具は、今の時代のものとだいぶ様相や趣が異なっていましたね~茶の湯が執り行われた場所も、今のような小間の茶室ではなく会所など、書院造りの広間だからこそのこの道具・・・・と思われる茶道具の数々でした展示の最後は、重要文化財に指定されている、初代長次郎作の赤楽茶碗「無一物」我が国における最高峰の茶碗のその姿は、普段、我々がよく見知っている楽茶碗とは少し趣を異にしていたように感じましたこれが、利休の赤楽かぁ・・・・思っていたよりずっと、素朴な感じだなぁ・・・・写真で見ていたのとも雰囲気がちょっと違うように思うし・・・・個人的には、黒楽茶碗の方が抹茶の緑も映えて好みだと思いましたでも、百聞は一見にしかず、ではないけれど、“本物を実際にこの目で見ておく”というのは大事だなぁと思いましたミュージアムショップで、茶入れ(仕覆付き)のデザインのミニクリアファイルを発見!これ、欲しい欲を言うなら、茶入れと仕覆(名物裂)の名前が書いてあったらもっとよかった・・・・いい勉強になるのに・・・・でも、買っちゃいました(*^^)v根津美術館といえば、広大な庭園とそこに点在する茶室の数々雨模様ではありましたが、お庭を散策しました庭園内のNEZUカフェで、名物のミートパイもいただき大満足の美術館散策でした
2012.06.16
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気温は4月並みという梅雨寒の中、茶道のお稽古へ・・・・6月最初のお稽古は、またまた新しいことにチャレンジ!となりました風炉の棚点前で用意されていたのは、“桑小卓”(くわこじょく)桑木地できた4本柱の棚で、一見とてもシンプルが、しかし!それに合わせて用意されていたのが、茶巾盥!?と間違うほど平たく口の広い、“卓下建水”(“平建水”とも)金属製であることに加え、建水の口が広く浅いので、上手に平行に持たないと、中に置いた蓋置きは滑るし、柄杓は落ちそうになるし、何より“水をこぼしそうになる”(>_
2012.06.12
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音羽護国寺の茶会を途中で抜け出し、裏千家淡交会支部総会へこの日は、龍村美術織物の白井進氏による“茶の湯の裂”についての講演があるということで先生から入場券をいただき、聴きに行ってきましたお点前でお濃茶をするようになると、仕覆や古帛紗など、いやが応でも“名物裂”と接することとなります名物裂の文様は、茶道具の世界だけでなく着物や帯の文様としても用いられることが多いため私にとっては、とても興味深い講演でした数百年前の染織品が今日まで伝承されて文化として残っているという、世界に類のないこの染織の技術と文化を、将来に伝え残していきたいと強く感じました!そのためにも茶道は続けねば(^_^ゞ 代表的な名物裂の数々が展示されていました講演の後は、龍村美術織物で復元された数々の名物裂を実際に手にとって見ることができとても貴重な体験でした今回の講演で、だいぶ名物裂の名前を覚えました(●^o^●)織り方による分類で、【金襴・銀欄】(きんらん・ぎんらん)【緞子】(どんす)【間道】(かんどう)【錦】(にしき)【印金】(いんきん)【風通】(ふうつう)【紹巴】(しょうは)【更紗】(さらさ)【モール】(もーる)【ビロード】(びろーど)有名なものでは、【金襴】富田金襴(とみたきんらん)同じ連雲(霊芝雲)の金襴に「嵯峨金襴」(さがきんらん)があるが、「古今名物類聚」では、連雲が左上りのものを「嵯峨金襴」、連雲が右上りのものを「富田金襴」と区別しているらしい【金襴】二重蔓大牡丹金襴(ふたえづるおおぼたんきんらん)このツルにも、二重蔓、一重蔓があり、牡丹にも大牡丹、中牡丹、小牡丹があって、似ているが模様が異なる【緞子】笹蔓緞子(ささづるどんす)【錦】有栖川錦馬手(ありすがわにしきうまで)この有栖川錦には、馬の文様の他に鹿、雲龍などがある【錦】鳥入いちご錦(とりいりいちごにしき)向かい合い花輪をくわえた鳥が幾何学的に描かれた文様花文を“いちご”にみたててそう呼ばれるこの文様は数種類あるが、先日買った足袋入れもその一種<前田家伝来の名物裂/通称「菊苺」>【間道】日野間道(ひのかんどう)これは、“よろけ”の横縞であるが、直線の縦縞のものもあり種類は多い【風通】糸屋風通(いとやふうつう)これは実際に手に取って見るとわかるが、地と文様が透けていて、表裏が二重組織になっているまさに“風通”とはよくいったものだ【モール】花唐草段モール(はなからくさだんもーる)モールは、ムガール帝国時代の織物私は結構モールが好き最初に気に入って買った数寄屋袋もモールでした<一つ花長斑モール>【海気】鶴唐草文様海気(つるからくさもんようかいき)それにしても、名物裂って種類が多すぎてとてもとても一朝一夕には覚えきれない(>_
2012.06.11
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前日の梅雨入りの冷たい雨模様から一転、よく晴れた日曜日、護国寺の茶会へ行ってきました 日時:平成24年6月10日(日)午前10時より午後3時半閉会 場所:東京都文京区音羽 護国寺 主催:東京茶道会 会費:5,000円護国寺は、お茶席が多く、各流派から7席(薄茶6席、濃茶1席) ◆楓の間 :大日本茶道学会 ◆牡丹の間:江戸千家 ◆月窓軒 :裏千家 ◆草雷庵 :松尾流 ◆宗澄庵 :裏千家 ◆円成庵 :遠州流 ◆不昧軒 :武者小路千家お茶会は、みな早めに行くのが当たり前みたいだからと、10時からの茶会に向けて、9時半に集合したところ、す、既に長蛇の列・・・・・いったい、皆さん何時に来ているの!?人によっては、開始予定時刻の1時間前には・・・という話もまだ茶会慣れしていない我々は甘かったこの日は尾天気もよかったせいか、1席の待ち時間が平均して1時間~1時間半でした(T_T)お茶会って、ホント待ち時間が長い!ディズニーランドみたいだ・・・・せめて、ディズニーランドみたいに時刻指定のファストパスでも配ってくれたらいいのに・・・・結局、午後からは、裏千家淡交会の支部総会に出る予定があったため2席しか回れませんでした(T_T)まずは、裏千家のお席のある宗澄庵へここは三畳の小間の茶室で、久々の躙口(にじりぐち)からの出入りに緊張しました茶会記を拝見できなかったのと席主の方のお話がよく聞こえなかったのとでうろ覚え程度の記憶ですが、雲龍風炉に雲龍釜、手桶型の水指、主茶碗は黒楽らしき馬盥茶碗、掛物は、当代お家元の筆で“柳陰涼風来”お花は、ハマナス他、香合は、唐傘型の乾漆主菓子は、鶴屋八幡のくずを使った夏らしいお菓子中の餡の色がハマナスと同じピンク色でしたやはり、夏らしい取り合わせでしたでも、あの狭い三畳に12人も入るのだから、お茶会ってスゴイと思いました(^_^;)いい体験でした続いては、江戸千家の牡丹の間へこちらは、広間のお茶席で、一度に24名くらいのお席でした覚えている範囲では・・・棗は、豪華な高台寺蒔絵棚は、水指棚(紹鴎好み?)掛物は、禅語の“明歴々露堂々”香合は、雪輪の文様の塗り物お花は、籠花入れに季節の花数種蓋置は、“虎渓三笑”の故事にちなんだ三つ人形型お茶碗は、やはり馬盥茶碗と平茶碗だったかな一番、印象的だったのが主菓子(笑)青山の菊家さんのお菓子で、つぶ餡をメレンゲか何かで包んだ淡雪のようなお菓子やはり、流派が違うと、お点前やお運びの仕方が全然違ってとても興味深いお席でしたお茶会では、色々な流派のお席を回るのが楽しみでもありますそれでも、朝から1日いても、回れるのはせいぜい3~4席みんなが早め早めに出向くわけがわかった気がします今回のお茶会は、お洋服で失礼したので、とても楽チンでした(^_^;)あのお天気では、さすがに着物の方々は暑そうでした
2012.06.11
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