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天気予報とおり、朝3時ころから雪が降り始めた。街灯に照らされたところを見ると、かなりの降りである。今日は、朝から出かける用事があるので、少々気が重かったが、ま、しかたがない。充分以上に40分の時間の余裕を見て家を出たのに、新宿につくまでに、YAHOOの路線図による計画よりも、30分も余計にかかってしまった。新宿から中央線に乗ったら、四谷をすぎたあたりでとまってしまい、「雪のための渋滞で、御茶ノ水までの間に電車が五台とまっている」という情けないアナウンス。その後も、同じような状況が続いたけれど、カナダにいる時とちがって、自分で車を運転しないですむだけでも気楽なのだから、文句はない。帰りは6時過ぎていて、すでに止んだ雪は、もう路面には残っていなかったが、浜田山駅前の商店街を通ったら、何軒かの店の前に小さな雪だるまを作られていて、ほのぼのとした感じだった。大雪でなかったからできたゆとりだったのかもしれないが、街灯の下に雪だるまが行列しているというのは、初めてみた楽しい光景だった。
February 29, 2012
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折り紙で作った箱をいただいたので、壊しそうになりながら開けてみたら、中に、2センチにも満たない小さなお内裏様が入っていた。かわいらしくて楽しい。
February 28, 2012
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今回は、いろいろ用事を抱えてきたので、朝の通勤時間の電車に乗ることも多い。今日も、そういうことで、混んだ電車に乗り、渋谷について改札口を出ると、そこに、数人の駅員さん達が、「遅延証明書が必要な方は・・・」と呼びかけて配布していた。なんでも3分の遅延だそうだ。私が会社の上司だったとしたら、電車が3分遅れたくらいで遅刻になる程度の滑り込みなどは、遅延証明証があっても、許さないけれども、次々と受け取っていくところを見ると、そういうことでもないらしい。
February 27, 2012
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娘夫婦に付き合ってもらって、墓参。風が冷たかったけれども、蝋梅、しだれ梅など、咲き始め、「春遠からじ」というところだろう。先に墓地について娘たちを待っていたら、私達くらいの年齢の方々が30名くらい、ほとんどの方が小さいリュックを背負い、デジカメを持ち、ウオーキングシューズをはいて、行列で墓地に入ってきた。ま、いいけど・・・・まだ新仏さまにおまいりしている場合だったら、ちょっと気持ちが乱されたかもしれない。くわしいと思われるおじいさまが先達さんらしい。いろいろ説明をしながらずずずーっと一番奥の高島秋帆の墓の前に集合。一角を囲ってあって、古い立派なお墓だが、そのすぐ向こうは一般家庭で、カーテンのかかった縁側になっている。なんだか、ちょっとなあ・・・と思わなくもないが・・・。人々は、墓地に向き(実質的には、よそ様の縁側に向き)、次々とシャッターを切って、さっさと回れ右で帰っていかれた。ふだん、そんなに人に出会わないお寺の墓地だけに、ちょっとあっけにとられた感じだったが、次の予定があるのだろう。おりしも、街は東京マラソンの日。交通規制があるせいか、普段はあまりこんでいない道に車が増えている感じがした。
February 26, 2012
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朝から雨。渋谷駅の井の頭線から地下鉄銀座線に乗り換える、かなり高い通路から、ふとスクランブル交差点を見下ろす。ちょうど信号が緑になったらしく、各方向から一斉に、さまざまな色の多角形の傘が動きだし、直進したり少し迂回したりしながら、車道に一定のリズムを持って広がっていく。傘の色はとりどりでも、半分くらいは黒傘があるのでその仲介でか、美しく調和のとれた色合いになり、その華やかなこと! 俯瞰スクランブル交差点での傘の動きが、こんなに美しいものだとははじめて気が付いた。信号が橙にかわったら、きっとこの動きが収束していくだろうと、本当はそのあたりも見たかったのだが、私自身も通路にいたので、立ち止まるわけにもいかず・・・残念。オセロゲームの、白いチップに彩色を施しているような・・・ しかもそれが入り混じって動くような・・・朝の始業前の時間だったので、歩く速度が一定しているところも、一役かったのかもしれないこの情景短歌にできるとよいのだけれども・・・。
February 23, 2012
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ご近所のコスモスの先輩、Mさんのお宅に伺った。足の具合が悪くていらしたのだが、先月お別れしたときにくらべて、随分、しっかりと歩いていらしたのがうれしい。「痛みは、とれていなくて痛いのだけれど、歩かなくてはいけないと思って、頑張ってあるいて」いらっしゃるそうだ。私も、三年ほど前に、坐骨神経痛にかかり、ドクターに「歩かなくては歩けなくなる」と脅かされても、あまりにも痛くて足が動かせなかった覚えがあるので、「頑張って歩く」Mさんには、とても感動した。ご主人が床についていらっしゃるので、奥様としての緊張感が、その努力をさせているのかもしれない。ご主人にも、奥様にもお元気になっていただきたいのだけれども・・・・そんな中で、Mさんは、コスモス3月号で特選。月集の特選は、特選中の特選だからすごい。掲載五首の中で、私が一番好きだったのは、目をつむり深夜便きく行くことのなきイグアスの滝のとどろき(M)私も、深夜便のファンになりそう。
February 22, 2012
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夜、9時近くになって、東京についた。機中も、リムジンバスの中も、わりとよく眠れたので、意外につかれていない。主人が三時間ほど先着して、温かいものが食べられるようにしておいてくれる約束なので、気楽。マンションの玄関ホールで、ふと掲示板をみたら、何枚かの「お知らせ」の中に、「振り込め詐欺にご用心ください」という一枚があった。「それはそうだけど・・今さら?」と思ったが一応読んだら、マンションの管理会社の名前で、「マンションの管理費の振り込み先が変更になったので、以下の口座への変更手続きをしてください」と、振り込み先を連絡してくる手紙が届く事例が、都内で何件も起きているが、それは振り込め詐欺なので、相手にしないようにしてください。管理会社では、そのような方法では口座変更のお知らせはしません。という趣旨の「お知らせ」であった。なるほど・・・。真面目で、テキパキした人ほどひっかかりやすそうな手口だ。よく不動産会社から、「売却物件の募集」のはがきが、正しい宛名で届くことがあるから、そういう情報を得ることは、簡単であるに違いない。しかし、本当に振り込み口座が変更になることもあるかもしれないから、そういう場合は、どういう方法で通知が届くのか、管理会社の担当者に、一度、訊ねておかなくてはならないと思った。年寄だからと言って、安心してぼけてもいられない世の中である。
February 21, 2012
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前回の一時帰国が、かなり長い期間だったし、そのあとも忙しかったし。。。で、ちょっと腰が重かったが、思い切って予定通り、本日の飛行機で再度の一時帰国。ひとさまには笑われるのだけれども、本日、9時に家を出て、同じく一時帰国の夫がJALに乗れるように空港に送り、帰りに市役所により、最後まで残ってしまった用事を片付けいったん帰宅。片付けものやら、掃除の仕上げなどをして、11時半に再度、仕事をちょっと都合してきてくれた息子の車で空港へ。午後のACに乗り、成田へ。 まったく、何をやってるんだか。
February 20, 2012
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昨日&今日のニュースでは、「カナダで売っている車で、信頼がおけて、値段と引きあう車のトップ13の中に、日本車(トヨタ、レクサス、スバル、ホンダなど)が上位に入っていて、その品質の高さが買われている。」と言っているので、なんとなく、いい気分。私も、カナダに来たばかりの頃は、経済的に楽でなかったので、とても日本車(つまり、ここでは「外車」ということになる。)は買うことができなかったけれども、10年くらいして生活がある程度安定してからは、ずっと、トヨタに乗っている。(バンクーバーのサービス部門の人も、親切だし)ちなみに、私の父は、「車を買うときは、その土地のタクシーに一番多く使われている車種を買いなさい」とアドバイスしてくれた。予算の都合もあり、現実にはなかなかそうはいかなかったが、たしかに、多くの車を持っているタクシー会社が、営業になると判断した車を信頼するのは筋が通っている。長い目でみたら、そういうことになるのだろう。
February 16, 2012
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バンクーバーのBOOK OFF に入ったら、キャッシャーのカウンターに 芥川賞の作品の載っている文芸春秋が、3冊ほど積んであって、5ドルの定価がついていた。この位読んでおくのが常識かなと思って、手にとってみたかったが、ラップで包んであって、立ち読みはできないことになっていたし、もうすぐ日本に行くので、図書館に行けばよいと思って、買うのは思いとどまった。読んでも、もうわからなくなっているような気もして、また、自分の老化をあらたに認めるのが怖かったせいもあるかもしれない。
February 15, 2012
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「短歌」1月号の 超世代対談 この人に聞く を読んだ。この回は、宮英子 VS 永田紅お二人の写真と、「うすむらさきの人」と題された、永田紅さんの、しみじみとしたエッセイが載っていた。写真に添えられた一首玉の緒の絶ゆべくあらずなつかしきそのおん母を偲ばすをとめは(宮英子)も感慨ふかい。超世代と言っても、その間の世代の河野裕子さんが中に入って、「超」の部分を、しっとりと埋めておいでだと思った。
February 11, 2012
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バンクーバー短歌会員作品冬のあさ床から伸ばす手の先に触れる眼鏡のつるの冷たさ(沙羅)いつの間にかひとりふたりと友は逝き残れるわれは九十三歳(すみえ)公孫樹の葉色鮮やかに枯れてゆく ああこのやうにわれも生きたし(とみこ)切花の束の枯れしを捨てるとき溜めたる手紙捨てるがに似る(虹) 草栞十八頁にはさまれて〈紫野〉に菅原さんの歌あり(のぼる)女銀杏は男木よりはやく葉をおとし八幡様の門前に立つ(のりこ)浮世絵の押絵羽子板凹みゐて追い羽根つきし昭和なつかし(ふみ)西空にひとすぢの紅のこりゐて森はいつしか闇に沈めり(みき)受話器より空腹に泣くみどり児の張りある声の力強さよ(よしこ)君子蘭咲き終へし茎切りやれば痛みのごとき液のあふるる(希)預かりし犬はなじみて本を読むわれに身を寄せ鼾をたつる(あき)一穂の灯火に浮かぶ天井の木目まさしき赤杉の板(粟)鮭缶は生産停止葬るがに廃止ラインを取り崩したり(唐)
February 9, 2012
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野菜を刻んでいて、包丁がずいぶん切れなくなっているのに気付いた。そういえば、前回研いだのはいつだったか・・・・。とはいえ、包丁を研ぐのはなかなか難しいので、雨でゴルフに行けずに退屈しているような気配の主人に、たのんでみた。(多分、親から習っているのではないかと、見当をつけたので)「よし」とキッチンの床に座り込んで、研ぎにかかってくれたが・・・なんだか、サマになっている・・・ように見える。 「指先に力が入るから、痛くなりそうだ」とのたまいつつ、背中のかがめ具合が、どことなく貫禄。 「さて、切れ味は?」と試しながらも、楽しそうだ。それにしても、暢気に写真を撮っているうちに、包丁が研ぎ上がるなんて、老妻というのは、楽な役回りではある。感謝、感謝!
February 8, 2012
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Vancouver Sun にBoundary Bay の白梟の話が出ていると聞いたので、チェックしたら、”Birder of a feather flock to get a hoot of snowy owl show" という見出しの記事にであった。高校で"Bird of a feather flock together" は、「類は友を呼ぶ」と教わってその時はただ覚えただけだったけれども、カナダで沢山鳥がいる環境に住んでみると、超大群のスノーギ―スを初めとして、ムクドリ、烏、鴎、雁、その他同類が集まっている鳥の多いこと!でも、その割に"Bird of a feather flock together"という言葉を実際に使っているのを聞かないから、死語ならぬ 死ことわざかと思っていたら、こんなところで「もじり」に出会うと思わなかった。とはいえ、まあ、たしかに、同じ鳥を見たがるバードウオッチャ―も、同じところに集まっているので、面白い見出し。(日本の「撮り鉄」の方たちだって、集まるけれども、相手が鳥でなくてはこの言葉が生きない。この見出しを書いた人は、あんまり若い人ではないな・・などと、余計なことを喜んでしまう。)ま、内容的には、私が30日の日記に書いたのと同じようなことを書いてあるのだけれども、梟の首が左右に180度ずつ回るところを、学校の先生にたとえてあるところが、面白かった。そういえば、そんな先生を何人も思い浮かべることができる。中には、 振りむいたついでに、白墨を投げたりする先生もいらしたし、それを下敷きで打ち返した同級生もいたことを思い出した。(もう、どこの学校でも、白墨なんか使っていらっしゃらないのでしょうね・・・)They sat with their backs to us, their faces turned to the sun, with their eyes closed in what appeared to be a look of contentment. Every once in a while, they would swivel their heads around 180 degrees and look at us disapprovingly, as a grade school teacher might at a student talking in class.白梟たちは、顔を太陽の方にむけ、うっとりと目を閉じて、見物の我々には背をむけて(流木に)止まっていた。時々頭を180度回して振り返り、見物人をとがめるように見る様子は、まるで学校の先生が、教室でおしゃべりをしている生徒を見る時のようだ。(grade school というのは、grade 1 から12(日本で言えば、小学一年から高校三年までのこと。 カナダのBC州ではelementary school とhigh school のことだけれども、テキサスで息子の妻に聞いたら、あちらでは、grammer school とmiddle school というそうだ。私が日本にいた頃の高校では、grammer school というのは、イギリスの学校制度だと教わったのも記憶にある。)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・参考までに、以下に記事を引用する。 (写真は省略)Birders of a feather flock to get a hoot out of snowy owl showBy Pete McMartin, Vancouver SunFebruary 7, 2012A snowy owl at rest at Boundary Bay in Delta, where many younger males have come in unprecedented numbers.On a sunny afternoon this week, we walked over to Boundary Bay to look at the snowy owls.The owls had begun to arrive before Christmas in astounding numbers, and close behind them were an astounding number of birders. The birding world is a well-connected one, and when the word got out, people began to arrive from Alberta, from Washington, from Oregon, from California. On the day we went out, over a hundred people were walking the dike path and watching the owls out in the bay's scrubby marsh. (私が行ったときは、1週間前の朝10時頃だったけれども、ほんの10人くらいしかいなかったけれど)They didn't have to look hard. The first owls we saw were a pair sitting on a driftwood log just off the dike path, not 10 metres away. They were profoundly disinterested in us. (本当に、人の足音が近くで聞こえても、まったく無関心に見えた)They sat with their backs to us, their faces turned to the sun, with their eyes closed in what appeared to be a look of contentment. Every once in a while, they would swivel their heads around 180 degrees and look at us disapprovingly, as a grade school teacher might at a student talking in class. Their eyes were bright yellow with big black pupils - a hypnotic flash of colour amid the white-white of their plumage.Linda Stacey, from Coquitlam, was there with her telephoto lens on a tripod. She was a nature photographer, she said, and sold her photos, and she had been out to see the owls five times in the last two months. She said she had talked to a birder who had come up from San Francisco. She had counted as many as 19 owls at Christmas, she said, though another birder she had talked to said he had counted 30. "They're mostly interested in resting, and preening them-selves, and in early morning or just before dusk they like to go hunting. That's what I hope to get, a photo of them taking off."(One did: she missed it while she was talking to us.)Bob Lund had driven up from Indianola, Wash., with his buddy, Doug Parrott, who was from Edmonds, Wash. ("He's for the birds," Lund said of Parrott.)They had telephoto lenses as long as lamp stands. They were both retired and had been birding ever since. Parrott had 323 birds on his life list, and had last come up to B.C. in 2011 to photograph a rarely seen northern hawk owl that had chosen a tree in the front yard of a Westham Island residence to perch on. That owl attracted a small convention of birders. As for Lund, he boasted the rare sighting of a rose-breasted grosbeak in Kitsap County, where he lives. The grosbeak was at his backyard feeder. It was, he said, with some pride, the third such sighting "in the history of the county.""I had people calling me up asking me if they could camp out in my backyard, even after I told them that the bird had left."This year, they said, the snowy owls had come south in unprecedented numbers. They were younger males, mainly, that had been forced out of the Arctic feedings grounds due to a crash in the lemming population. Snowys had been reported in Massachusetts, Arizona, Utah, Texas, Oklahoma, Missouri, Montana, Idaho, California, Washington - one had even been sighted in Hawaii, though it had been shot and killed because it had landed near an airport and posed a threat to planes. Lund and Parrott said the migration had been so large it had attracted the attention of MSNBC, which did a piece on the owls."The numbers have caused a real sensation," Lund said. "A lot of birders go their whole life-times and never get to see this bird."There are other birds here besides the snowy owls to look at, Parrott said. There were northern harriers and short-eared owls in the fields behind the dike."And they buzz each other," he said, "and duke it out like fighter planes over territory."As he said this, we turned and watched a closely bunched trio of harriers kiting low over the field behind us. They were hunting, and they were a beautiful sight, the epitome of a fierce, effortless grace.We were also the only ones looking at them. The big show was on the other side of the dike.
February 7, 2012
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雨の字の四つの点が愛しくてひとしづくづつ丁寧に書く(立石千代女 コスモス二月号)バンクーバー短歌歌会の今月の詠題は「雨」。たくさんの雨の歌を予習しているせいか、「コスモス」を開いても、雨の歌が気になる。中でもこれは、「ああ、私が先に詠みたかったのに、なんで思いつかなかったのだろう」という一首。丁寧に四つの点を書きあげて、二秒ほど手を休めて書きあがりを見ているに違いない・・・などと、この歌の続きの像まで見えてきそうな行き届いた作品。白川「字統」によると、予想通りの「象形」で、「水、雲より落ちる形」の説明がある。最初にこの字を思いついた人は、ずいぶんと達成感があったことだろう。ちなみにバンクーバーは、このところ雨の日が続き、特に今は、この点を六つにしたいほどの降り方である。そういえば、天気予報の雨マークは、上に雲があり、水滴の数で雨の強さを示しているが、象形の起源に戻ったようで面白い。すっかり気に入った一首だけれど、こういう短歌は、英語にしようと思ったら難しいだろうな・・・。翻訳の限界は、このあたりにありそうだ。
February 6, 2012
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才能の有無を自分で決めるなと白秋言へり諦めず詠む(今泉洋子 コスモス1月号)まあ、今泉さんがそんな・・・とか思いつつ読んだ一首。しかしまあ、この例はともかく、自分について、要求水準の低い人だったら、「自分は才能がある」と思うかもしれないのと同じ程度の才能でも、要求水準の高い人は、「才能がない」と思うのだろうから、そういうこともあろうかとは思う。かの宮柊二でも、自分のことを「才うすく・・・」と歌に詠んでいるのだし。 実は、短歌のことではないのだが、そして、才能のことでもないのだが、先日、運転免許証の交付をうけた時に、交通事故死の時の臓器提供を、引き続き承諾するかどうかを訊ねられた。自分が死んでしまって、使うことのできないものを、それがあれば元気になれる人が使うというのだから、提供はしてもいいのだけれども、なにしろ、私の臓器はもう71年働いたものばかり。そんなものを、大手術をして移植しても、じきにブレイクダウンしてしまうと思うし、無駄だなあ・・と思って、そう言ったら、「あなたの臓器が役立つかどうかは、あなたが決めるのではなくて、ドクターが決めることだから、サインだけしておいてくれたら、もしかすると役に立つかもしれませんよ。役に立たたなければ、向こうが使わないから大丈夫」と妙な太鼓判を押されたので、渡された書類にサインをして投函したけれども・・・・ それって、白秋的思考方式かしら?私は、絶対に役に立たないという自信があるけれども、ま、自分の判断を実行しなかったことがよかったのか、悪かったのか・・・
February 4, 2012
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12月16日から1月3日までを、東京のせま~いマンションで一緒にすごした息子一家と、「日本で楽しいことがいろいろあったね」というような話をしていた時に、「今回行ったなかで、どこのレストランでたべた何が一番良かった?」と聞いてみた。息子は、「九段のグランドバレスホテルのバフェ・ランチ」という。さすが、小学六年まで日本にいただけあった、わかっているではないか。主人の弟とその長男家族と一緒に行ったレストランだが、バフェの料理の種類も多いし、おいしい。今回連れていった中でも、一番高級レストランで、まあ、招待した甲斐があったというもの。でも、「外人」たちの反応は予想外だった。まず、日本は三度目で十二年ぶりのママさんは、ためらう気配もなく、ニコニコと「狭山のパーキング・エリアでたべた、200円のカレー丼!」という。カナダにいると、ハイウエイを走っていても、日本のサービスエリアやパーキングエリアのように、レストランやお店がある賑やかな休憩場はなく、コーヒーとマフィンくらいを売っているスタンドと、数室しかないトイレがあるだけだから、珍しいだろうと思って同行したのだが、やっぱり、印象に残ったらしい。 それはそれで嬉しいのだが、そこで食べた「200円のカレー丼」が、日本で一番と言われると、ちょっとがっかりする。たしかに、お茶漬け茶碗程度の小さいどんぶりの御飯の上に、カレーをかけたのは、私もたべたけれども、手ごろの量で、食事の時間が狂っている時差人間には丁度よかったのは認めるし、値段も、200円と言われると、カナダ人でも安くておどろいただろうけど・・・・。一方、日本は初めてだった七歳の孫も、自分の順番を待ちかねて発言。「着いた次の朝、暗いうちにオバアチャンと行ったマクドナルドのハッピーミール。ポケモンおもちゃのおまけつき!」前の晩、飛行機が遅くついたので疲れ切った彼に、「もうねなさい。もし、明日はやく目がさめちゃったら、一緒にマクドナルドのブレイクファスト食べにいこうね」と言って寝かせたら、朝2時半に、「おばあちゃん!」と起こしにきたっけ。「ちょっとはやすぎるかなあ」とか言ってしばらく布団の中でいろいろ話をして時間をつぶしてから、二人で出かけたマックでは、ほかにだれ~もお客さんはいず、若い店員さんが、眠そうな様子もみせずに元気に働いていた。いくら、マクドナルドまで50メートルくらいしかないところに住んでいるとはいえ、普段するようなことではないのが、よほど面白かったのだろう。実は私も面白かったのだけれども、でも、それが「日本で一番」と言われると・・・首をかしげる。おじいちゃんもおばあちゃんも、今回の「もてなし」にはけっこうがんばって、出費に糸目はつけなかったのだけれども、やっぱり、オカネの問題だけではないな・・・・と、「もてなし」のむずかしさを思った。
February 3, 2012
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今日は、グラウンドホッグ・デイということで、天気予報のたびに、その話題がでる。グラウンドホッグ(groundhog)というのは、もぐらかネズミのような動物・・とだいたい承知してはいたが、ブログに書くので英英辞書を引いてみたら、これは英語で、アメリカでは woodchuck というそうだ。 ・・と言ってもやはり、はっきりしないので、今度は英和でwoodchuck と引いてみたら、「北米産のモルモットのような動物」と出てきた。「あれ、あれ、mormot って英語ではなかったのかしら?」と思ってしらべたら、これはオランダ語だと出ていた。でも、モルモット自身は、ペルー原産だそうで・・・なんだか、ややこしい。で、とにかく、そのもぐらのような動物が、今日、地中からちょっと顔を出したときに、地面に影がうつれば(つまり、晴れていれば)びっくりしてまた地面に潜ってしまうので、あと6週間は春が来ないけれども、地面に影がうつらなければ(つまり、曇りとか雨とか雪だったら)、そのまま穴の外にでてきて、春は間近・・という占いの日。今日のリッチモンドは、くもり時々晴れだったから、いつ顔を出したかによって、ちょっと様子が違うので・・・春がすぐくるのやら、なかなか来ないのやら、なんだか、よくわからない。「長い冬にいいかげん飽きた人々が、気分をもりたてようと、楽しげにやるお祭り騒ぎ」と、私は解釈している。
February 2, 2012
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蛤(はまぐり)の時雨(しぐれ)煮(に)うましさはあれど虫偏(むしへん)なるを少し気にして (題詠「雨」。バンクーバー短歌会2月例会への提出歌) 作者は、今のところわからないことになっているが、「うまし」も気にならないように使ってあるし、おそらくは機知にとんだ「あの人」だろうと、見当がついている。 蛤の時雨煮はおいしい。貝新の蛤の時雨煮なんて、もう、特においしい。それを、「雨」の題詠に使ったとは、さすが! でも、そう言われてみれば、蛤は虫偏。 虫を食べると思うと、多少、気がすすまないところもありそうだ。(もっとも、勧められておそるおそる蜂の子を食べたときは、「おいしい!」と思ったし、イナゴの佃煮は子供の頃から食べていたが・・・) そのあたりの微妙な感じをよく捉えた歌で面白いと思った。 念のため、新漢語林で「蛤」を引くと、解字は、虫+合。音符の合は、「あう」の意味。二枚の貝があわさる、「はまぐり」の意味とあり、虫偏である点には触れていない。 ただ、字義の2 に 「かじか、また かえる」とあるのがヒントになりそう。そういえば、「かえる」も虫という感じはしないけれども、漢字では虫偏である。 とすれば、虫の定義が、私の思っているのと違うかもしれないということで、今度は「虫」を引く。 (一)蟲1 むし。昆虫類の総称。2 動物の総称。 羽虫は、鳥。毛虫は、獣。 甲虫は亀の類。鱗虫(リンチュウ)は魚類、また、うろこのある動物。裸虫は人類。3 虫虫 は、むしあついさま。 (二)(虫) まむし(蝮)。毒蛇の名。 とある。「裸虫」が「人類」のこととは知らなかったし、まあ、たしかに羽毛も獣毛も生えていないことはたしかだけれども、それを裸と言われてもなあ・・・・・とか思ったりして。 ともあれ、貝も、まあ、動物には違いないから、蛤が虫偏でも、納得することにしよう!ただ、「貝偏に合」という字でもあったら、もっとぴったりくるのに・・・と思って、新漢字林を探すがみつからない。諸橋博士の『大漢和』でも、白川博士の三部作の中でもその字を見つけられなかったから、もしかすると、貝偏は経済活動関連の字に取られてしまっているのかもしれないもっとも、「貝」偏に「合」だと、「貝合わせ」みたいで、勘が狂うか?ついでに、白川博士の『字統』で「貝」を引いてみたら、「貝の形、子安貝の象形」までは、他の辞書と同じであったが、 説文に、「(貝は)海の介蟲なり。陸に居るものをへう(犬三つからなる字)と名付け、水に居るものを、かん(虫篇に函)と名づく。象形。古は貝を貨とし、亀と寶とす。衆よりして泉あり。秦に至って貝を廃して銭を行う」」とあるので、貝が、通貨として使われる以前に、蟲の意味を持っていたと察せられ、そうなると、漢字を作った人たちの感性では、海の中の蟲が貝ということになり、なんの抵抗感もないのも理解できる。 また、諸橋博士の『大漢和』では、「玉偏に合」という字がみつかった。これには、(1)はまぐりの殻で飾った器。(2) 門を開閉する の意味が出ていて、時雨煮になる中身ではなく、蛤の殻の方に視点が行くと、玉偏になると思われる。 蛤は、元来の組み合わせ以外の貝とはぴったり合わないそうで、その特徴から、「貝合わせ」に使われたというのも、京都御所の、蛤御門も、「なかなか開かない」ところから付けられた愛称だとかも、この際得たおまけの雑学のである。
February 1, 2012
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