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ご縁があって、世田谷区にある明古堂工房の見学をさせていただいた。連れていってくださったのは、短歌のお仲間のNさんで、明古堂ご主人の従妹さんにあたられ、また、明古堂ご主人は、私が世田谷区立梅丘中学の生徒だったころ、美術の先生をしていらしたM先生。しかも奥様は、同じ中学の体育の先生だったがというご縁があるということが偶然にわかり、今日の工房見学が実現した。明古堂では、仏像の修理・維持 および制作がされていた。うちの主人の父も、仏像の製作をしていたので、木のよい香りに満ちた工房のドアをあけたとたんに、とても懐かしいものに出会った感じがした。主人の父は、弟子をとらず、助手も使わず、一人きりでこつこつと仕事をしていて、その息子である主人も違う道に進んだので、一代で終わってしまったが、M先生は、お父上の仕事を継がれ、また、息子さんもM先生のあとを継がれ・・今は、三代目。今は、その息子さんが中心になって作業を進めていらっしゃるのが、また、すばらしい。工房を案内・説明してくださったのも、その息子さんで、仕事場には、若い男女、6人ほどが、それぞれの場所に陣取って、細かい仕事をこつこつとこなしている。修理のために搬入された仏像を解体し、部分補強をしている人、反ってはげかけている塗料を抑えている人、片腕をかかえこんで、筆と布とで丁寧に丁寧に埃を落としている人、漆塗りの作業をしている人などなど。仏像の保存状態のよいお寺でも、仁王様のように堂外にあるものは、どうしてもて、損傷があるらしい。舅のアトリエでは、まず、粘土で原型をつくり、それをもとに、石膏像をつくり、さらにそれをもとに、木を彫っていて、床下に粘土を保存する場所があったり、製作中の木像の隣におなじ形の石膏像がならんでいたりしたのを、見ていたことなど、なつかしく思い出した。明古堂では、解体されて部分部分にわかれておかれてあるのが、舅のアトリエで、製作中の部分部分がおかれていたのと、オーバーラップする。たまたま、今、明古堂では、平安時代の観音像の修繕がされていたが、こうやって修理されて、また命が吹き込まれていくのを見たら、当時の作者は、さぞうれしいだろうと思った。舅の作った仏像は、まだまだ修理が必要な段階にはなっていないだろうが、いつの世にか、だれかにこのように、修理保全されて、生き続けていけますように・・・。舅が、「自分の作品の評価は、後世の人がするのだから、一生懸命作るだけ」と言っていたのを思い出す。お土産に、ヒノキの木屑をいただいてきたので、さっそく一句、書いてみた。平面でないのは難しいが、楽しい。ヒノキは、湯船に浮かべて入ると、たとえタイルのお風呂でもよい香りになるので、書いて遊んだあとは、「入浴の友」としている。
October 30, 2012
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海外日系人大会の懇親会に出る。ロビーで、陸前高田の子供たちの書の展覧会をやっていた。「好きな字を、思いを込めて、自分の思うように書く」という、習字から一歩踏み出して「書」。筆も紙も、専門の方々から寄贈されて、それぞれが好きなものを選んで書いたと、主催者の城南信用金庫の方に、教えていただいた。9月2日(日)に終了した、調布市仙川の東京アートミュージアムで行われていた子どもたちの「書」の展示会「子どもたちの心の音―被災地 陸前高田・石巻より―」に出品された作品だったそうで、以下はそのプログラムの表紙。元気な表情の子供たちが、自分の作品を持って、並んでいる。たとえば、駿君が書いたのは、自分の名前。震災で亡くなったお父さんがつけてくれた名前だ。現代書としても、立派に通じるような作品だ。駿君の親友は、「君はひとりじゃない」と大きく書いた。心のこもった字だ。後ろでふざけているのは、駿君だ。他の字も、それぞれなかなかよい字だと思ったので、書道の先生と仲間の分も、パンフレットをいただいてきて、後で書道の先生に見せたら、先生は「いい字だなあ。もうオレにはこういう字はかけない。」という、感想だった。やっぱり、大人はうまく書きたいとか、よく見せたいとかいう邪心が入るから、こういう字は書けないのだ。・・・・短歌も同じだけれども。
October 30, 2012
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コスモスの東京歌会に出席する。本日の高点歌は、蔵(しま)ひたることばのやうに廃線のレールしづけく秋草の中(矢澤)言おうと思って、思い直して心にしまってしまった言葉の寂しさを、秋草のにうもれそうになってシーンとしている廃線のレールに例えた比喩が好評。内容でびっくりしたのは、かたつむりの粘液化粧品あるといふその夜の夢の大かたつむり(渡辺)みなさん、だいたいご存じのようで、韓国で買ったというかたもあったのだが、私には初耳。私の歌は部下として我と働くパソコンが時に上司のやうにふるまふパソコンが、時々、ああしろ、こうしろとやかましく言い始めてうるさいということに同感してほめてくださった方もあったが、1 パソコン・我・上司 の位置関係がはっきりしない2 述べ方が平坦という評があり、以下のような添削があった。部下として働く我のパソコンが時にふるまふ上司のやうにたしかに、はっきりシマシタ。やはり、他の人の目を借りると、表現の不備がよくわかってくる。
October 28, 2012
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カナダ西海岸で7.7の大地震と聞いたときには、ギクッとしたが、実際の被害は規模の割にはたいしたことではなかったらしく、人命にかかわることもなかったと聞き、ひと安心。震源地は、天気予報ではよく名前を聞くが、実際には行ったことのない、バンクーバーとは600キロ離れている、むしろアラスカの方に近い島の沖だそうだ。(1130のラジオ局のサイトから、地図を拝借。バンクーバーはこの地図の枠外の南にある。)ツイッターによると、バンクーバーでも揺れを感じた人がかなりいたようだ。
October 28, 2012
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吹上のコスモス畑から、こんなにたくさんコスモスをいただいてきてまず、瓶を取り出して、床の間に小さい花瓶で仏壇にも飾り棚にも、少しおすそ分け。ついでに、一輪だけ、ジャコーランタンのおもちゃを添えて、ハロウイーン協賛モード。外では、ほんの少しに見えたコスモスも、狭いマンションに入れると、盛りだくさんで華やかだった。
October 27, 2012
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朝早く、意見がまとまって、急遽 吹上のコスモスを見に行った。埼玉県の鴻巣の一つ先の駅「吹上」からタクシーで少々。6時に出発して、到着がだいたい8時頃。まだはやいので、人は少ないし、空気はきれいだし・・・・ 黄色、ピンク、赤、白 と条をなしてコスモスが咲いている。ピンクも玉川大学農学部で開発された「イエロー・キャンパス」という名前の黄色もそれぞれに華やか。カナダでチューリップ畑を見にいったことがあったが、それとまさるとも劣らない規模。しかも、もう終りなので、まもなく全部抜いてしまうので、欲しい人はほしいだけ持って行ってよいという「ふとっぱら」なので、花をとる楽しみまであった。色とりどりのコスモスを抱えて、帰りのバスを待つころには、そろそろ人が出始めたりして、にぎやかになりそうな気配だった。
October 27, 2012
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満月には少々早いが、月餅をいただいた。月餅は月餅でも、普通の月餅ではない。私たちが卒業した高校の学校の校章がついている、新宿中村屋の特注品。創立90年のお祝いの月餅のおすそ分けだ。なるほど、紅白のお饅頭だったら、マンネリだから、こういうものを作るのだなあ・・・と感心しながら、食べる前にまず、写真をとった。そういえば、バンクーバーの公立学校には校章も校旗も校歌もない。皆で歌うのは、国歌の「オー、カナダ」だし、学校に立てるのは国旗と州旗。アイスホッケーチームのユニフォームはあるが、制服もない。どちらがよいとかとかではなく、単なる風習の違いだろう。
October 26, 2012
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所用があって、丸の内に行った。東京駅の工事が済んで以来、たいへんな混雑だとは聞いていたが、ビジネス街は平常とおり。カナダではもう黄色くなっていた銀杏が、まだまだ色を変えずに健在。 一年に二度の秋・・・???
October 26, 2012
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映画を二本ほど見て、28日に出席する予定のコスモス東京歌会の予習をして、バンクーバー11月歌会の選歌をして、食事を二度して、少し眠って、気がつく度に通路を歩いてストレッチをして・・と、まあ、あれこれしているうちに、成田に着く。午後2時過ぎの成田は、よく晴れていて、暖かい・・・・というか、暑いほど。杉並の家についたら、先発隊長(=夫)が、私が楽しみにしていた柿を買ってくれてあった。大きくて、艶のよい柿で、ちゃんと個別の袴をはかせてあった。お値段?・・・・ 一個298円!デフレ傾向とはいえ、良いものは高い、
October 25, 2012
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成田行きのフライトは、一般乗客は少なくかったが、高校の修学旅行が何組も一緒で、飛行機に乗るまでのゲートが、かなりにぎやかだった。だいたいは「好感のもてる」にぎやかさだったのだが、一人だけ目に余るみっともない先生がいて、唖然とした。ゲートに早めについて、本を読んでいたら、突然、大きな怒鳴り声。「ばかか! お前は」「なんのために、オリエンテーションうけたのか」「メープルシロップは液体たどいうことも、わからないバカ」「液体は飛行機に持ち込んでいけないといっただろ。」「お前みたいなバカはだれもいないぞ」こういう風に、全人格を否定するような叱り方をする先生は、私が小学生のころまではよくいたけれども、今もいるとは思わなかった。聞くまいとしても聞こえてくるところによると、先生の前で一言も言わずにうつむいている男子学生が、荷物検査が終わったあと、ゲート内でメープルシロップを買い、飛行機に持ち込もうとしたらしい。これは、どこも悪くないし、本人もそうは思っていても、言い返したりせずに、こうして嵐がすぎるのを待つのが、この先生をよく知っている彼の知恵かもしれない。「液体を機内持ち込みできない決まりなのに、メープルシロップが液体なのがわからないのか!」と、大声を出して、叱り続けている先生は、一旦どなりだしてしまうと、収めかたがわからなくなってしまうタイプの人かもしれない。「先生、そんな大きい声を、公共の場で出してはいけません。 それに、ゲート内で買った液体は、機内持ち込みOKなんです。だから、ゲート内で買う水は、市価よりずっと高いのではありませんか!」立ち上がって、その場に歩いて行き、それだけのことを言えたら私も上出来なのだが、元気がでない。見回せば、ついさっきまで、そのあたりにいた他の先生たちも、生徒たちも、いつのまにか二人を残してどこかに消えてしまっている。ずるい!せいぜい、妥協点として、「先生、あちらで呼ばれていますよ」と、カウンターの職員の方をさして声をかけて、終りにしてもらったが、今度は、その自分にたいしてハラが立って、いやな気持になってしまった。うちでは、長男も次男も、その妻たちも教職にある。大丈夫だろうなあ・・・。あんな怒鳴り方をしていなければいいけれども。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・私が小学生のころ、五年・六年の担任だった先生は、「バカヤロウ。死ンジマエ。日本ノ米ガヘルバッカリダ!」という叱り言葉が、口癖だった。他の人が言われているうち、あるいは、クラス全体がこれを言われているうちは、私もさほどに感じなかったが、ある時、跳び箱がどうしてもできなかったときに、私一人にむかって大声でこれを言われた時は、ズシーンと来たのを、いまだに覚えている。・・・・で、奮起して跳び箱ができるようになったかというと・・・・そうではなく、以後、跳び箱を見るのもいやになり、コメを控える方を選んだりしたのは、つくづく、かわいくない子だったなあ、ワタシも。
October 24, 2012
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近所の街路樹の葉が、だいぶ落ちている。私は、明日、日本に向けて出発するが、12月に帰ってくるころまでには、すっかり裸木になって、道路も凍結して、日照時間が少ないくら~い町になっているのだろう。日照時間が短いと、それだけで気分が欝になる人がかなりあるらしく、人工の太陽光にあたれるサロンがあると、テレビで放送されていた。私は、家の中にいても、それなりにやりたいことがあるので、そこまで欝にはならないけれども、確かに夏のように、明るい気分にならないことはたしかだ。
October 23, 2012
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近所の公園で、わりと大きい銀杏の木を見た。日の当たるところにある葉は、もう、しっかりと、黄葉している。昔、小学校の児童たちが、植物園に行ったときに、ライドの提供(車を出せる父兄で、何人かずつ載せていく)をして出かけたことがあったが、その時、植物園の銀杏の木の下で、1)これは ”GINKO TREE”という木で、中国から持ってきた珍しい木であること2)地球にある木の中でも、一番ふるくからある、植物学的にも貴重な木であることなどを説明され、銀杏がたくさんある東京から行ったばかりの私は、すっかりびっくりしてしまったのを思い出す。それから三十年近くたった今、当時よりも随分たくさん、銀杏の木を見かけるようになった。木の方も、いざ移植されれば、それなりに対応して増えていくのだろう。ただ、日本のあちこちで見かけるような大銀杏の立派さを知っていると、今のところ、なにやらヒョロリとした印象を持ってしまうのも事実だ。
October 23, 2012
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毎日、目が疲れたころに散歩する近所の公園のりんごの木。近寄ってみたら、わりと大きな実がたくさんなっていて、すでに色着いていた。うちでも、一戸建てに住んでいたころには、庭に先住者の植えたりんごの木が二本あって、かじると目がショボショボするくらいすっぱいりんごがなったのを思い出す。子供たちのおやつのアップルパイや、アップルケーキに、毎年活躍したものだったが・・・。
October 22, 2012
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冷たい雨の季節に入ったし、今年のゴルフはだいたいもう終りにしようと思って、普段は所属クラブに預けっぱなしになっているゴルフバックを持って帰った。一本ずつ、手入れをしながら、つくずく見ると、一番新しいクラブでも、何時の間にか15年ほどたっているので、ウッドなどほとんど溝がなくなっている。その割にゴルフの歌はないのだけれども、ゴルフ中によそ見をしてできた、鳥だの動物だの木や草は花の歌はたくさんあるので、ま、いいか。ちなみに、本年の実験的一首は母鴨に仔鴨三羽が従ひて母.comのやうに横切る2012年は、2月2日の初ラウンドから、10月11日の最終ラウンドまでで、計68回。これは、多いと思えば多いし、少ないと思えば少ない。カナダのゴルフクラブは何度プレイしても会費は同じなので、メンバーは100回以上プレイする人の方が多いし、主人でも私の倍はやっている。今年はエクセルに記録してみたら、一緒にプレイした人の人数は、77人。そのうち、一緒にプレイした回数が一番多いのは主人で、42回。やはり、同じ家に住んでいると、急に思い立ってプレイするときにも、連絡がとりやすい。ゴルフ場は、家から車で10分もかからないし・・・。次は、毎週土曜日に一緒にプレイする八人の女性仲間で、組み合わせをいろいろ変えるので8~9回というところ。そのほかは、一回だけという人もけっこう多い。これは、人の名前を覚えるのが下手な私が、なんとかしなくてはいけないと考えだした方法で、一度だけしか一緒にならなかった人でも、名前と簡単な情報をエクセルに入れておくだけで、次回、顔を合わせたときに、挨拶に名前が入れられる可能性が高くなるという利点がある。スペリングを一緒に覚えると名前が覚えやすいということもあるのだろう。道具はきれいに洗って、バックの中にも掃除機をかけて・・・さて、来年も元気で遊べるかな?
October 21, 2012
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6週間ばかり、主人と二人で東京に行くことにしていたのだが、それぞれの用事の片付き方が同じように行かないので、主人は本日出発。あとは、いろいろと片付けものなどをしてから、数日後に私が出発することになった。
October 20, 2012
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孫が突然「Sという字を、どちらが上手に描くかコンテストしよう。使う道具は、おばあちゃんはこれとこれ。自分はこれとこれ」と言い、返事も聞かずに私に赤と青の色鉛筆と、画用紙を一枚渡した。「何やら、彼の方が色鉛筆の数が多いようだし、いきなりそんなことを言われても、SはどうかいてもSだのになあ。きっとこの子は何かすでにアイディアがあるんだわ。ずるいなあ。」と思ったが、売られたなにやらは買わねばなるまい。「OK]と言ってとりあえず、赤と青でリボン状に描いているうちに、すこしずつアイディアがわいてきて、リボンに裏表をつけたり、カナダの国旗を持っている女の子と、赤い花とあしらったり・・とか、けっこう楽しんっでいたら、突然 「そこまで!」と言い、鉛筆をおかせる。「時間がきたんだから、もう終り。そこに起きなさい」と言われて、彼の手許をみると、最初、三本の短い縦棒を二組ひいていたのを中心に、ちょっと面白いSができている。「おいおい、自分ができたら、時間終了かいな。おまえさん、ずるいぞ」と思ったが、そこはおばあちゃん。あま~いものだから、思わす、「あらら、これはおばあちゃんの負けだ」などと言ってしまう。グラフィックデザインとしては、事実、あちらの方がよくできているし私のは、行き当たりばったりなのが見え見えで、たよりない字だ。孫の方は、「こういう描き方を、テレビでやっていたから、やってみたのさ。おばあちゃんは、よく自分で考えたね」とか、一応、褒めてくれたりしながらも、ちょっと得意顔。そういえば、先日も、工作材料用に、トイレットペーパーの芯とか、卵ケースとか、ヨーグルトの容器だのをためてある段ボール箱を前に、「この中のもので、CARを作るコンテストをしよう。使える道具は、はさみと、セロテープと・・・」とか言って、競争させられたっけ。こういう遊びが、はやっているのだろうか。私には断然不利な遊びだが、それでも、ついつい一生懸命考えてしまい、二人で口も利かずに何かしているのは、けっこう楽しい。とはいえ・・・・こんな風なやり方が通ると思っていたら、友達から嫌われるだろうなあ。だから、「おばあちゃんっ子は三文やすい:なんて、昔の人は言ったのだろう。われながら、こまったものだ。
October 19, 2012
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ビニールの傘を一つの円光としていでてゆく氷雨の中を (斎藤史 凍雪『秋天瑠璃』) 私は、透明なビニール傘が好きだ。軽くて持ちやすいし、風向きによって前に傾げてあるかなくてはならない時でも、前がよくみえて安心だし、レンズのように多少ゆがんだ「世界」を見せてくれるのも楽しい。冷たい氷雨の中に出ていくのは、本当は、作者にとって気が進まないことであったかもしれないけれども、この傘を「円光として」、心をはげまして「いでてゆく」のだろうと思った。、
October 19, 2012
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BC州の小学校は、今日は先生方の研究日でお休み。「12歳以下の子供だけで留守番をさせてはいけない」という条例があるので、三年生の孫はウチに来て一日をすごした。狭いアパートなのに文句も言わず、工作をしたり、テレビゲームをしたり、私と一緒に海苔巻きを作ったりして。子供も三年生ともなると、かなり理屈がわかってはくるが、その一方で、まだ多少の飛躍があるので、おしゃべりをしていても面白い。たとえば・・・・孫 「『おばあちゃんはやさしいのに、お母さんはどうしていつも怒ってばかりいるんだろう。』とダディーに言ったら、『おばあちゃんだって、お母さんだったころは怖かった』って言ってたよ。信じられないけど本当?」とくる。まあね。特に、このダディーさんは、ちょうど親はなれをしたい六年生のときに、英語の国に来てしまったから、フラストレーションもひどかったらしく、けっして模範的な子供ではなかったから・・・私も、ガミガミと言っていたなあ、やむを得ず。私「ふふふ、一生懸命だったから、そういうこともあったかもしれないね」孫「ふ~ん・・・・。 だったら、マミーもきっとやさしいオバアチャンになるよね。マミーがやさしくなれるように、ボクは早く結婚するんだ。エイミーにしようかなあ~。ナオミにしようかなあ~」でもね・・・女の子も、けっこう怖いのよ。知ってる?・・・とは言いたかったけれども、言わないでおいた。
October 19, 2012
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ご近所を運転しながら、葉の色がきれいだったのでつい一枚。バンクーバーの秋は、雨の止んだ真昼間でも、この暗さ。たまに陽が差すと、もっと美しい色になるのですが。
October 18, 2012
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テレビをつけていたら、気象予報士さんが、”Yesterday, we didn't have even a peekaboo view of the Sun.”と言っていた。peekaboo は、「いないいないばあ!」だから、「昨日は、太陽がちらっと見えることさえありませんでしたね」という意味で言ったのだろうけれども、面白いと思った。もしかしたら、これまでも何度かそういう表現に接したことがあるのに、聞き流していたのかもしれない。
October 17, 2012
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晴れれば霜がおり、雨がふれば冷たいという10月半ばになったのに、まだ朝顔がベランダで莟をつけていた。かわいそうだけれども、いつまでも寒いところに置くのも、もっとかわいそうなので、整理をして、救えるところは切り花のように活けて楽しませてもらおうと、活けたのが一週間ほど前。以来、毎日、次々とネジを緩めるように莟がふくらみ、家の中で花を咲かせている。開きかけの朝顔は、桔梗を少しだけ大きくしたような感じなので、昔の人が「桔梗」と「朝顔」の両方を「桔梗」と呼んでいた気持ちがよくわかる。
October 16, 2012
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田辺聖子の短編『猫も杓子も』に、悟の情熱は、まるで天ぷらのあとでぜんざいを食えと強要されるみたいなもので、そんなにくどくいうこと、ないのに、と思った。モーパッサンはそういう恋の情熱のくどさ(くどさに傍点)を「年をとって字を習おうとする老人の情熱」とうまいことと言っている。という文章があった。あらら、私は年をとって字を習っている。 天ぷらのあとでぜんざいを食べているみたいなのだろうか。他人と競争することもなく、展覧会に出そうということもなく、先生と会話するような気持ちで習うのは、なかなか楽悪くない、老人には適した楽しみだと思うのだけれども・・・・。ただ、長い間にいろいろな書に接してきたので、目が肥えてしまうせいか、書きたい字と書ける字の間に、大きなギャップができてしまい、それが自分にフラストレーションになって返ってくることはたしかだ。もしかすると、そのあたりが「くどさ」と判断されるのかもしれない。ある程度の年齢になると、手に震えがきて字がうまくかけなくなる方も多い。もう亡くなられたコスモスの先輩のTさんが、八十代後半になったら、思うように字がかけなくなったと、書道の通信教育を受けようと教材一式を購入していらしたのを思い出した。教材の字よりも、もう少しお若いときのTさんの字の方が、よほどよい字だったので、さぞ情けなくていらっしゃるのだろうと思ったが、私には「くどさ」はまったく感じられなかった。
October 15, 2012
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A銀行のサイトに、ログインしようとしたら、どういうわけかうまくいかない。二度やってみてだめだったので、あまり何度もやるとフリーズされると思い、カスタマーサービスに電話をした。相手は、カードナンバーとか、名前とか聞いて、本人確認をするので、おとなしく答えているうちに、「あなたは、何年前から現在の住所に住んでいますか?」という質問にあたった。実際には、2006年から住んでいるのだが、この銀行に住所変更をとどけたのは、2008年くらいだったか…記憶がはっきりしないので、一応、2008年と答えたが、それがどうも違っていたらしい。次の質問は、ぐっとむずかしく「A銀行とはいつから取引がありますか?」だった。そ、そ、そおんなあ。。覚えてないよ。カナダにきてすぐ口座を持ったのは、主人の給料の振り込まれるB銀行なので、それは1976年だとすぐわかるのだが、A銀行となると・・・あ、そうそう。A銀行の営業時間がながくなって、主人と二人でいかなくてはならないときにも、主人が会社を抜け出さずに行けるから・・ということで、口座を開いたような記憶がある。だとすると・・・「あの・・・お宅の支店が午前8時から午後8時まで開くようになったのはいつでしたっけ。うちで口座を開いたのは、そうなってから次の2月です。」と答えた。先方の女性は「あなたが何時、口座を開いたかを聞いているので、こちらからは何の情報も提供できません」という返事。「じゃあ。。。多分・・・・1980年代の前半・・・かな?」と答えたが、これが先方には非常にあやしく響いたらしい。「あなたの場合、電話ではご相談にのれませんので、最寄りの支店に、IDを二種類持って行ってください。そちらで対応します」と言われてしまった。電話を切って考えてみると、まあ、あやしまれても仕方がないのかなあ・・とも思う。いろいろ、犯罪が多い時代だし。数時間後に銀行に行ったら、1分もかからない手続きでアクセスができるようにしてくれたが、ついでに、窓口の人に聞いてみた。「あの・・・私の口座は、何年に開設されているでしょうか?」答えは、「さあ・・・。 今のA銀行がC銀行と合併する前に開かれた口座なので、ここでは記録をたどれません」だった。あらら。だったら、さっきの質問は、カスタマーサービスのハッタリだったのかな?(自分の記録も調べてみたのだが、15年以前のものは処分してしまったので、結局わからなかった。)
October 13, 2012
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バンクーバー短歌会、例会の日。帰り際に、会員のO氏から、ご自分の農園でとれたという牛蒡を梨をいただいた。お店で買うのと違って、ポキンと折れる新鮮牛蒡。料理に頭を使わない私が、自動的に「きんぴらごぼう」にしようかなと思っていたら、主人が、「こんなにいい牛蒡は、なかなかバンクーバーでは手に入らないので」と料理担当を買ってでた。一品目は、さっとゆがいてポン酢をかけたもの。さわやかな味に仕上がって、胃にもやさしい老人食。さらに、翌日は、牛蒡サラダ。ラッキョウの壜詰めの中からとりだした赤い唐辛子が、アクセント。(翌日の料理がなぜ、本日のブログに出るか・・・・は、ご想像に任せます。)梨の方は、大きさはさまざまだけれども、どれを食べてみても、自然の甘みがおいしい。こんなことなら、もっとO氏の歌をほめればよかった?????
October 12, 2012
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幸せな家族は、どれも似たりよったりだが、不幸な家族はには、あらゆるタイプがある。(紀子試訳)Happy families are all alike; every unhappy family is unhappy in its own way.トルストイの「アンナ・カレニーナ」の書き出しだ。これは、以前も聞いたことがあったのだが、今回、読んでみて、知人に出会ったような気がした。今回買い換えた電子辞書には、著作権の切れた文学作品がたくさん入っていて、若いころに読んでいたけれども、今とは違う風に理解していた作品などがあって、面白い。もっとも、「アンナ・カレニーナ」は、ロシア語で書かれたに違いないと思うのに、その英語訳を読んでいるというのも、きっと翻訳中にどこかに行ってしまった細かい意味があるのだろうと思うけれども。(そういえば、”Lost in Translation" という映画、面白かったなあ)
October 11, 2012
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うちの長男は、小学生の頃、どうも友達との付き合い方が下手で、自分でもそれを自覚していて、「オレは、将来、テンサイ・カガクシャになるより道はない」と言っていた。当時、彼の読み知っていた天才科学者は、ミケランジェロとかガリレオとかエジソンとかアインシュタインとか、なにやら気難しそうな人ばかりだったから、社会性はあまり必要がないのではないかと、小学生としては思っていたのだろう。しかし、やっぱり、それは誤解だなあ・・・。たとえば、今回、山中教授のニュースを見ていても、天才科学者であっても、人間関係をうまくつくっている人でなくては、研究もすすめられず、実力を発揮できないということが、とてもよくわかる。おまけに、人並みはずれた体力も必要らしいし。ちなみに、うちの長男も、年齢を重ねるにしたがって、天才科学者になるのはあきらめ、子供のころを知っている親から見ると気の毒になるくらい、「我慢」も覚えたりして、「普通科学者」の道を歩いているようだ。
October 11, 2012
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目の前がパッと明るく開けたり万能皮膚が実現するとぞ(コスモス2008年4月号 松山晨子)松山晨子さんは、ながいこと一緒にコスモスで勉強していた、バンクーバーの短歌仲間だった。ある時、なかなか風邪がなおらないと思っていたら、実は、筋肉が不随意になる、はっきりとした治療法のない難病にかかっていたことがわかり、三年ほどの闘病の末、2008年5月亡くなられた。コスモスの4月号掲載の作品は、締め切りが1月22日なので、この歌は、なくなる五カ月前に詠まれたことになる。すでにご自分でペンは持てなくなって、ご家族が代筆していらした時期にあたり、コスモスへの出詠は、これが最後の三首のうちの一首。で、この数日、山中教授のノーベル賞受賞の報道に接するたびに、実に、しばしば、晨子さんと晨子さんのこの歌を思い出す。万能細胞(万能細胞と万能皮膚は違うけれども)の研究について、「これからも頑張ります」という山中教授の言葉に、光を得ている人は、どんなに大勢いることだろうか。
October 10, 2012
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アメリカに住んでいる次男は、私たちがあまり孫に逢えないのに気を使って、たびたび写真を送信してくれたり、スカイプ電話をかけてくれたり、You Tubeに動画を載せてくれたりしてくれる。ある時、これって、もしかしたら「這って」いるのかしら・・・と思うような「這い這い」の画像が届いて・・・・、そのうち、「あ、上手に這いはい」ができるようになった!」という画像が届き、・・・・・・箱につかまって立って、もう達成感あふれる顔をしている画像が届き、・・・・・・・そこからちょっと手を離してうれしそうにしている画像がとどき・・・という具合。大きな病気もせずに、昨日で11カ月目。太っている子にしては、それで上出来だと私は思うのに、親たちは、「友人の10カ月の子供は、そのあたりを歩きまわってあぶなくてしょうがないのに、うちの子はまだまだ。これで大丈夫なのだろうか」などと、少し心配そう。「大丈夫、大丈夫。君は八カ月で歩いたけれども、おにいちゃんは誕生日を三日すぎてやっとあるいたし、妹も一年一カ月くらいかかったよ。それに、私なんか一年半かかったといわれてるし・・・家族の中でもいろいろ違うくらいなんだから、よそのお子さんと違うのは当然。でも、一旦歩くようになったら、もう何十年も歩くのだから、数か月の差なんか、誤差のうちよ」と言ってやっても、「でもねえ・・・」とまだ心配している。これって、昔のことわざにある「這えば立て、立てば歩めの親心」というものなのだろうなあ・・・やっぱり。私の息子も、順調に、親としての道をたどっているということだろう。「もっと大らかな親であれ」と願うのは、これも「立てば歩め」の親心のバリエーションというところか?
October 9, 2012
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最近は、カナダの田舎もだんだんに治安が悪くなってきて、駐車場にとめている車が荒らされたり、ひどいときは、堂々とタイヤを盗まれてしまうことなど、しばしば報道される。自衛策は、いろいろ考えられるのだが、私の場合、「なるべく高価そうな車のそばを選んで駐車すること」を心がけている。「それに比べたら、2000年のトヨタ車なんて、触る気もしない」というような車があれば、まず、迷うことなく、その隣に止める。おまけに、そういう車の運転をする人は、運転が丁寧なことが多く、出入りの際にぶつけられる心配もまずないだろうという作戦だ。ただし、私の行くようなところには、そんなに高価な車はあんまり止まっていないのが、この作戦の難点だ。ところが、今日は、ゴルフ場の駐車場に、ロールスロイスがあった。さすがの貫禄。もちろん、その隣に止めて、安心してゴルフ。終了後、この車の隣に立って、写真を撮ってもらったりもして。しかも、そのあと、スーパーに行ったら、なんと、ピカピかのワゴン型のポルシェがあった。「もっと安い車で来る方がいいですよ」と忠告したくなるような、すごい車。(だいたい、ポルシェにワゴン型があるのも、初めて知ったのだけれども。)もちろんその隣に止めて、安心して買い物。(ただし、同じ高級車でも、ベンツやBMWはダメ。運転手が極端に下手で、出入りに隣の車に傷をつけたりする可能性が高い。)
October 7, 2012
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満月からまだ何日もたっていないのに、今朝、西の空にあった白い月は、もうかなり欠けていた。不思議はないものの、こういう風にして時間が過ぎてしまうのだと、なにやら感慨深い。樹々の向こうに広がっているジョージア海峡沿いの湿地には、次から次へと、大声のスノーギ―スの群れがやってきては、通り過ぎていく。例年なら、もう冷たい雨が降り始める頃だが、今年は晴天ですっきりとした美しい秋が、もう少し楽しめそうだ。
October 4, 2012
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朝、初霜が降りて、ゴルフ場も10時頃まで閉鎖になった。ベランダには、まだ、朝顔が咲いているというのに・・・。(「うた日記」ではなくて、「ゴルフ場日記」みたいですが・・・)
October 3, 2012
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朝、ゴルフ場で車を降りたら、駐車場の上を大声で鳴き交わしながら、スノーギ―スが、ひと群れ、またひと群れと通過していくところだった。私にとっては、この秋一番に見る大群。かなり強い北風が吹いて寒いし、スノーギ―スも飛来するようでは、秋をとびこして、もう冬のよう。昼近くなったら、風も止み、少し暖かくなり、何時の間にか鳥の姿も見えなくなったが、風の置き土産の落ち葉と、鳥の置き土産のXXとで、ちょっと始末に悪い状態。日本だったら、さしずめ「木枯らし一号が吹きました」というとことか?
October 2, 2012
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昨日は十六夜。下の方に雲が広がっていたので、その雲の上に出たあたりから、見事な月が見え始めた。雲ひとつない晴れた夜空の月も美しいけれども、雲の上の月もまた、ひとしおの趣き。・・・・このあたりを、新古今風に詠んだら・・・・だめだろうな、やっぱり、
October 1, 2012
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