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今年最後の日記になると思います。1週間も前の新聞記事なのですが気になっていたのでメモしていたものがあります。 読売新聞の今月24日(土曜日)の「潮流2005」なる解説記事。今年の大きな話題でもあったが、有識者会議が女性・女系天皇の容認を打ち出したことについての解説。 どういうわけか、記事の冒頭で今月の宮城県議会における慎重な検討を求める意見書の採択の問題が、「政府関係者が注目した地方議会の採決だった」として紹介。宮城県民としては、県民レベルはおろか、同様の動きのあった仙台市議会や当の県議会においてさえ、そんなに議論が深められたという印象はないから、格調高く取り上げられるのは、ちょっと意外。 さて、この解説記事の論旨は以下のとおり(ODAZUMA Journal要約)。------------○ 宮城県議会の意見書の動き、東京での超党派国会議員勉強会の動きなど、政府の動きを拙速だとする根強い批判がある。○ しかし関係者は動じない。宮内庁は8年前からひそかに専門家を招き勉強、その蓄積を踏まえて有識者会議の判断を得た。拙速の非難は当たらない、と。○ 背景には皇位継承者がいなくなるという強い危機感。○ 2年前からは官邸とも定期的に情報共有。現行の典範によって秋篠宮家の内親王がやがて皇籍離脱を決意してから女性天皇を容認しても安定を欠く、との「タイムリミット」論が認識され作業を急いだ。○ 平成の皇室の特徴は国民とのふれあいを大切にする姿勢。読売新聞の世論調査(12月)では、女性天皇賛成73%、女系天皇容認60%、さらに皇室に好感を持ち、存続を支持する意見が多数であることから、男女や血統よりも活動ぶりが支持されている。○ 皇室の伝統も国民の総意で変わりうる。来年国会審議に入る皇室典範改正の論議は、男系か女系かの議論にとどめず、皇室のあり方を考える契機にもしたい。------------ アレアレ、読売さん、本当にそれでいいのですか。女系天皇容認に慎重の姿勢だった読売が、国民の皇室支持が多いことをエクスキュースに、形勢不利になったからか、議論の本丸にはフタをする準備があることを示した、と見える。編集委員の名とはいえ、わざわざ天皇誕生日後の連休中日の土曜の紙面にこういう記事を出すとは、今後の論陣変更の素地づくりと思われる。うがった私見か。 私自身は、この問題に自分の主張というのを持っていない。 敢えて言えば、現憲法の天皇制自体が人権保障の一大例外であって、その具体的態様である男系男子主義も、そもそも男女平等などという憲法の普遍的(とされている)価値からは説明できるものではない。いわば制度の決めようである。それこそ国民の総意(憲法1条)で如何にでも、と。極言すれば憲法改正により天皇制を廃止することにも、体を張って反対するほどの抵抗もない。みんなが、女性・女系というなら、それでいいんじゃないか、というところである。 ただ、他方で、次のようなことも感じて来た。 私のような、無色透明の価値相対主義の立場(「立場」とさえ言えないかも。無関心というのが近い。)ではなく、1つの極には男女共同参画という政策的象徴として女性天皇を積極的に推進する意見があり(女性と女系の違いが深く議論されていないように見えるが)、反対の極に、男系天皇という万世一系の日本の誇るべきアイデンティティを守れ、という意見も強い。前者は、国民の総意として天皇制の態様をデザインしようと言うことだろうし、後者は総意もヘッタクレもない、それこそが前憲法的で普遍的な日本の価値だというのだから、これらはもともと議論の平面が異なる。かみ合わない。 読売と関係の深い「中央公論」は、去年当たりから「男系」維持の論陣を相当強く打ち出している。つい最近の「1月号」でも、「国民の100%が反対しても存続させなければならない、それが伝統というものだ」という旨の有識者の意見を対談の形で載せていたばかり。 たしかに日本人の伝統あるいは価値観が揺らいでいるようにも思う。 私は、さきほど無色透明の価値相対主義と自分を評したが、天皇制のあり方のみならず、日本や日本人たる伝統や社会の規律、あるいは「日本」という属性を強調するまでもなく社会に生きる人間としてのマナーや礼儀が、混乱して、誰もが同意する規準が見失われてきてきているという感じがある。 戦後の教育(家庭も学校も社会も)の影響があるのだと思う。象徴的に言えば、朝日・岩波・日教組の三点セットに代表されるような知識人の態度に先導され、社会主義へのアフェクションが現状への不満と相まって、伝統的なるものを無視あるいは敵視してきた。 私の小学校時代も、価値相対主義、多数決主義、欧米文化の合理性、精神主義日本の劣後性、押しつけ教育の排除、などの流れに明らかにあった。先生たちもある意味で理想に燃えていたのだろうが、ストを決行し、君が代は歌うなと言った。 でも、その先生たちも授業以外の時間にいろんな事を教えてくれた。それは、親や年寄りを大事にしろ、地元に誇りを持て、などという絶対的な価値観だったように思う。先生たちも、悩みがあったのかも知れない。いや、あったはずだ。あの先生なら、教壇で(それも今は消滅したが)、子どもたちをどう導くだろうか... そんなわけで、相対主義ではなく、絶対的に「誰が何と言ってもかくあるべし」という規準は何だったのか、それをめぐる議論に、一定の、というより大いに、期待しているのである。 世の中の荒廃もこれと無縁ではなく、教育が相対化してしまっている。「つべこべ言わずにこうしろ」と確信をもって言える親がどれだけ残っているか。(また言うが、ここで教育とは学校だけでなく、家庭も社会も含めてのこと。主体的な知的活動たるeducationのことでないから、この文脈ではむしろ「しつけ」というべきか。) 子どもに「それやったら何か得になるの」と聞かれて、「ウ~ン」と詰まってしまう親や先生も少なくないだろう。損得勘定や商取引ではなく、「世の中こういうものなのだ」「人間はこう生きるのだ」という「押しつけ」が通用しない風潮になっているようだ。 これは天皇制とは直接関係がないかも知れないが、天皇制こそが日本社会の柱、日本的精神の中核だという考えの論者からすれば、こうした社会の乱れや価値観の混乱を是正するためにも、万世一系としての天皇制の維持存続は、少なくとも必要条件ではあるということになろう。 天皇制中心の社会観・日本人観は、私には、たとえ言葉で理解しても体に染み付いた精神文化としての感覚は理解できないと思う。あるいは、私が農村社会のさもない農家の出身で、せいぜい祖父が南方戦線で戦ったと聞いたくらい、あとは戦前と戦後を断絶する史観を教わったからそうなのか。私と同世代の人たちでも、戦前から大企業に勤めたり商売したり役人だったりという社会システムに主体的に関与した家系ならば、戦前から続く考え方やその批評など家庭内でも話題とされ、ある程度体で触れて「文化」として理解できるのかも知れない。このへんクドクド考え過ぎか。 われわれが長くはぐくんできた美俗、誰が何と言っても守るべきものは何か。私としては、昭和前期までの日本その辺をもう少し知りたい、と思っている。祖父母やその父母、祖父母たちの時代を知りたいという、ごく自然な発想だ。そして、その上で、現代の日本と日本人が、つまり個人として親として社会人としての私たちが失っているものを、もっと知りたい。 言い方を変えれば、「体を張っても守るべきもの」を自信を持って言えない情けなさを脱したい、という思いだ。また、同義だが別言すれば、「親として子どもに絶対的規準として何を示しうるか」とも。 もっと言い方を変えれば、俺はこのまま死ぬまで相対性の海を泳いで終わるのか。それとも不動の規準を身にまとえるか。徹底した価値相対主義を教わってきた気がするが、それで終わるのは淋しい。自身を持って、われわれはかくあるべし、と言いたい。その中身はなんだろう。 そのために、万世一系の天皇制に基づく社会システム・精神文化が日本の柱だったというのなら、そこを理解したい。しなければならない。でも、そうではないのかも知れない。論者はあまりに天皇制に多くを帰一させる嫌いがあるとは感じる。 いずれにしても、私の頭の中には、特定の史観であえて遮断されてしまって情報がないのが基本だ。東京裁判史観やそれへの反感という両極を乗り越えて、本当の日本の守るべき姿は何だというべきなのか、知りたい。 そんなわけで、とりあえず積極的に女帝や女系という問題自体を議論する意図はないけれど、以上のような意味で、大きな関心を持って議論を見守りたかったのだ。 冗漫になってしまいました。年が明けてしまう。最初に戻ります。 このような私の、漠然としながらも切迫感のある不安定感からすると、冒頭の24日の読売の解説記事は、とても残念に感じる。 読売の男系尊重の論陣には、もっと頑張って欲しかった。その主張に賛成するからというのではない。そのような日本と日本人の絶対的価値観は何かという議論を深めて欲しい、と思うからである。 読売は、過敏な個人情報保護の論調に異議を唱え、また改憲の世論をリードしようとするなど、戦後の歪んだ日本社会を正面から見据えて一定の発信力を発揮しようとしているように思う。その内容はさまざまな意見があろうけれど、伝統や社会の規律を重んじ、国民的に議論を呼び起こそうという姿勢には、ある種の期待を持つ人が、各界各層に少なからずいると思う。 だからこそ、読売のこの解説記事。アレレッと思わせるのだ。 アッサリ「大衆迎合」なのですか。
2005.12.31
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いろんなことがあった一年でした。一言で言えば「前代未聞」の一年。○ 小泉地滑り勝利に郵政如きでムード選挙との批判もあれど、旧来の自民党政治をさまざまな局面で代えてきたのは事実。族議員と官僚主導の改革を不可逆的に前進できれば本物。○ JR西日本の脱線事故で驚いたら、羽越線の特急転覆事故。○ すまいと市民の夢を食い物にした耐震強度偽装問題。公共事業沈滞の中、マンション増加政策で、中小企業も入れるマンション分野が、新たに癒着と練金の土壌となったようだが、政財官の責任は如何。小嶋氏の豪遊に連なる脈を明らかにせよ。○ 知事の突然の四戦不出馬表明と不可解な「民主主義文化論」での選挙関与。前代未聞の選挙戦だった。不可解な構図を描こうとした陣営は敗北したが、実はその候補も迷惑だったろう。○ 新市長は自由闊達タイプのよう。長らく続いたボトムアップ型で安泰の市役所一家の延長では、実はなかったのかも。役所内の事情はともかくとして、土着殿様商人中心の閉鎖的な仙台経済界をいい意味で活性化してくれるのならば、前代未聞と期待。市民にとって利益があれば。○ 海外で1つ。韓国のES細胞の歴史的スキャンダル。国民に挫折感・敗北感を与え、イメージ低下。隣国として残念に思う。○ 唯一明るい「前代未聞」は、楽天イーグルスの登場だ。地元にあるってのは初めての感覚で、とてもすばらしい。 というわけで、今年も終わります。私も、今日(30日)には、泉区内の「汗蒸幕の湯」でアカスリをやってもらい(7年ぶりくらい)、生まれ変わりました。帰りには雪でした。今は夜の零時です。外を見ると、私の家のあたりはほとんど止みかけていますが、一面銀世界。 当 ODAZUMA Journal をご訪問いただいた皆様、今年はありがとうございました。来年もよろしくお願いします。 残された一日、31日は利府高校のサッカーをTV応援です!
2005.12.30
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東北を考える当ジャーナルとしては大変恥ずかしいのですが、私、今年のNHKの「義経」は全然見ておりませんでした。そこで、週末の総集編(全3回)を録画しておき、夜中にちょっとづつ見ておりました。本日(30日)の早朝に、やっと完読じゃない完鑑?できました。この義経についてもいろいろ書きたいのですが、まとまらないので、全く別のことを。総集編の最終回の最後の頃の臨時ニュースのテロップ。羽越線で「脱線」して「けが人」との情報です。そうでした。この時間、私は実際には娘とフィギュアスケートを見ていたはずですが、とにかく25日の夜の時点では、まだこういう情報だったのです。それが、明け方には死者が報じられ始めました。事故の表現も「脱線事故」から「転覆事故」に変わりました。昨日までは、「不明の母子」の懸命の捜索が報じられました。今朝の報道では、由利本荘市の女性が自分ではないかと名乗り出た(昨日)そうで、目撃証言と一致していれば無事ということで、この点は安心です。誰が乗っているとも知らない列車の乗客同士、しかも大事故で情報の混乱、それに可能性がある以上懸命に捜索を続けるはずの関係者、こうしたことを思うと本当に惨事なのだと思わずにいられません。
2005.12.30
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私がブログを始めたばかりの頃、尊敬すべきイタリア料理シェフのSさんのことを記しました。そして、45号線沿い中野栄駅前の、あの店が閉店してしまったことも。■以前の日記 トラットリア・ポモドリーノを礼賛する(8月31日)ところが、です。昨日(28日)仕事にて『仙台経済界』を読んでいたら、あのSさん(齋藤さんです。)の顔写真が目に飛び込んできました(2006年1・2月号p.84)。先月下旬に国分町に開店した店の紹介、その店長ということで。ヤッタ~! 小躍りして喜び、早速かつて一緒に齋藤さんと懇談した仲間にも連絡しました。その人も、仕事上で齋藤さんと話したがっていたから、大喜び。本当に良かった、良かった。記事(ちなみに「せんだい味浪漫~接待に使える店~」という名のコーナーにあるのが面白い。)によると、鳥小屋をイメージした店。料理はイタリアンをベースに、旬の食材を使った創作料理。大河原や志津川など宮城県の新鮮な食材も使っているようです。「すべての料理はオーダーを受けてから手作りします」とのコメントが載っています。さすがは齋藤さんだ。ああ、本当に良かった。■店の紹介→ぐるなび→HP
2005.12.29
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仙台で越路(こえじ)といえば、今は市内から愛宕橋を渡ったところの町名ですが、元来は、そこから霊屋下に至る街道、つまり今でいう向山のバス通りを指したのだそうです。 昨夜、以前住んでいた宮城野区五輪のことを考えながら寝ましたら、今朝の夢で、向山のバス通りが浮かんで、昔を思い出していました。 越路は、古くは東街道と呼ばれた江戸と奥州を結ぶ街道筋として活用されたそうで、長町からこの向山バス通りを通って鹿落を経由して広瀬川を渡るというルートだったのだそうです。仙台開府の後に、清水小路などのルートが主流になったそうです。 また、八木山は八木久兵衛さんの山だったからですが、八木家の所有となる前は、八木山一帯は仙台藩士の共有財産で、「越路山」と呼ばれていたそうです。 あの辺一帯は、旧町名も「長町越路」ですね。昭和40年代の住居表示導入前に建てたと思われる家の表札に長町越路の住所を記した家を何軒か見かけました。 実は私、学生時代は向山三丁目に住んでいました。 その「越路」(向山バス通り)は、私の新聞配達ルートでもありました。 あの年の12月は例年になく寒い冬だったと記憶していますが、コートにくるまって電気コタツで寝て、朝4時に起きたら、向山高校下のアパートから、八木山入口の新聞販売店まで、暗い中、坂を走って下りるのです。K新聞のようにメジャーじゃない、M新聞なものですから、配達軒数の割には配達区域が広く、上は八木山香澄町の県警住宅から、下は霊屋・米ヶ袋まで、という具合です。6時過ぎに配達を一通り終えて、鹿落の坂をスパイクタイヤのバイクでグィーンと登ってくる頃には、東の空がほのかな紫に明けてきて、販売店から今度はトボトボ歩いてアパートへ。ゴソゴソと石油ストーブをつけて... 咳がなかなか抜けなくて辛い冬でした。1月2日(新聞休刊日)の朝はものすご~く安楽な気分に浸った記憶がある。 八木山入口の角のF酒店でよく酒やツマミを買い、また灯油も配達してもらいましたが、ある時、おばさんが「あんだもガンバらいよ」といって、梅干しの詰まった太いビンをくれました。朝起きたら、1粒口に入れて、しばらくは噛むのを我慢、坂を下ってちょうど酒店のあたり、販売店の直前で噛みつぶしたものでした。すっぱ~い。 ありがとう、おばさん。なぜか南高校の新任の先生だネと間違われていたけど。 酒や灯油代のツケも完済していたかな。ちょっと大げさかも知れないが、あの梅干しで頑張れたような気もする。 「越路」には本当にたくさんの思い出があります。(編集部注:今回も『忘れかけの街・仙台』(河北新報出版センター)を一部に参考にしました。)
2005.12.28
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これまで10回以上引っ越ししました。仙台市内では5カ所ほどに住みました。それぞれに思い出が深いですが、あえて住んでみたい一番を挙げれば、五輪一丁目です。仙石線の宮城野原駅から歩いて帰るのが好きでした。さりげない駅と小さいスーパー、決して新しくない住宅に挟まれた細い路地を通って帰る、という雰囲気が良かったのです。あまり東北にはない風景だし、かといって首都圏の私鉄沿線ともちょっと違って洗練されてもギラつてもいない、さりげない感じ。住まいは高層マンション(古くて狭くて安い賃貸なのですが、一度火災があって、TVで「マンション火災」と報じていたから、堂々と書かせてもらいヤス。)の11階で、部屋から望む風景も好きでした。遠くに太平洋、また仙台駅に滑り込む新幹線も見え、夜には大年寺山のアンテナの天気予報を眺めたり。そう言えば、宮城球場でオールスターが開催され、大魔神佐々木が登板しましたが、熱狂の球場を窓から見ていました。五輪という町名は、東京オリンピックにでもちなんでつけた安易なネーミングだろうと思っていましたが、いやいや由緒があって、地・水・火・風・空の五輪(仏教でいう元素ですね)を示す仏塔が今の育英学園のあたりに有ったのだそうです。旧町名にも、原町南目字五輪、というのがあって、他の小字とともに、統合、地番を整理して、五輪一丁目・二丁目となったというわけです。昭和40年4月に仙台市で初めて住居表示制度を導入したのは、なぜか旭ヶ丘ですが、その次が五輪だったそうです。部屋からは朝夕を問わず仙石線の電車の音と、踏切を通る車がレールの上を渡るガクンという音が聞こえていました。慣れてしまったらしく、転居した泉区では夜が静かすぎて眠れない(静寂が耳を襲う感覚)ほどでした。住んでみたい一番、と書きましたが、今では仙石線も見えなくなりましたね。9月には、家族で宮城野原駅からフルキャストスタジアム宮城にイーグルス応援に行きましたが、もう全然変わっています。あそこがお父さんの住んでいた家だよ、と子供には言ったけど...(編集部注:一部に『忘れかけの街・仙台』(河北新報出版センター)を参考にしました。)
2005.12.27
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25日日曜日に松島のホテル一の坊に家族で行きました。そこでは、某政治家の意見交換会兼忘年会があり、笑顔の村井知事もおられましたが、私はそれとは無縁です。 一の坊のレストラン「詩季亭」で「冬ランチ四季彩職料理コンテスト」最優秀作品のランチを食べに行ったのです。私の好きな「かき」も素材に、まさに地元の食材を堪能するちょっとした贅沢でした。子どもたちは通常ランチですが、煮込みハンバーグが美味しいと言っていました。私は、かきも好きですが、刺身がうまいと思いました。 去年も、同ホテル内の「いたり庵」で、イタリア料理と和風をアレンジしたような、シェフの入賞作品の昼食を食べに行ったことがあります。シェフがテーブルに来て、いろいろと話をした思い出があります。 その後、ゆっくりと5階の展望大浴場にも浸かりました。傾きかけた夕陽に光る島々を眺めながら。 最近は、娘たちもお父さんにくっ着いて男湯に来ることもなくなったな、と思っていたら、マッサージ椅子でくつろぐお父さんめがけて、ドカドカ娘たちが乱入。妻とその母からの、早く出て来なさいとのメッセージであることはすぐわかります。 一日40食限定、事前予約制です。私、決して「一の坊」さんの回し者ではないのですが、「食材王国宮城」の振興と、冬の松島のPRとして、宣伝させていただきます。3月までの企画だそうです。→「一の坊」関係サイト さて、日記の主題は、政治家や食のことではなく、画家の浅井元義さんのことです。 一の坊のラウンジでコーヒーなど飲みながら、そこにあった画集を見ました。浅井さんの自筆と思われるサインもありました。以前にロビーで個展を開いたのかも知れません その画集は、石巻周辺の風景を描いたもの。三陸河北新報社の「石巻かほく」に連載したものという序文がありましたが、石巻周辺の海をテーマにしたスケッチ集で、テーマごとの画集として第5巻という位置付けのようです。発行は、毎年「作文みやぎ」を発刊していることで知られる、仙台の「きた出版」。 各ページの絵を見ますと、オイルパステルという手法だそうですが、何気ない風景なのですが、懐かしさやら、日差しの加減の具合とか、思わず見入ってしまいます。 当編集長も石巻に住んでいたことがあります。個人的な心象風景として最も印象に残るのは、日和山から眺めたなだらかな海原に、細かくきらめく波、その上にぽっかり浮かびゆったりと動く貨物船。私自身人生の向かう先を思い悩んだ頃でもありました。それは初夏の頃だったのですが、それを思い出させるページもありました。 各ページには、作者の簡潔なコメントが付されているのですが、このコメントも端的に対象の由緒なりご自身の思い出なりを示唆するだけで、それがかえって、絵とあわせて見ると深い奥行きを感じます。 画才など全くない上に、ついついダラダラと多言を弄して自滅するパターンの当編集長としては、大いに我が非才を恥じるのですが、それはともかくとして、絵のすばらしさ、ものを「見る」ことに思いを新たにし、また作者の地元についての深い愛着を感じさせられました。 浅井元義さんは、松島町在住。石巻市出身で教職の傍らで個展を開くなどの創作活動をされてきたのだそうです。不勉強の編集長も、お名前は以前何かで見たような気がします。 大変良いものに出会った感じがしました。
2005.12.26
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山形のJR羽越線特急脱線事故。昨夜の報道では、大破した車両の映像を流していたが、死者は報道されず、せめてもの救いと思っていた。しかし朝刊では死者1名、先ほどの6時のニュースでは、死者3名、なお1名とりのこされているという。今年のJR西日本の事故は空前のとんでもない事故だった。人的側面と社会システムの欠陥が随分社会問題としても取り上げられた。私のようなJR東日本の利用者としては、同じ大鉄道会社だからという不安を感じながらも、他山の石として社内の改善に早急に取り組むだろうから、という一種の安心感のようなものも覚えていた。吹雪の夜の脱線。主原因は突風のようだが、とにかく事故原因の徹底究明と、運行システムや社内体制の問題がなかったか、JR東日本には徹底した情報公開を求めたい。毎日の足の100%の安心のため。それから仙台のアーケード暴走事故も、とんでもない。クリスマスの夜、しかも名掛丁の死傷事故を知って事前にメールまでしているというから、完全に殺人の故意は認められるように思う。痛ましい事故が連発してしまった。
2005.12.26
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私はフィギュアスケートもよくわからないのですが、たまたま昨夜TVで女子SPを見ていて、荒川静香選手の演技には、なにか圧倒される感じを受けました。最近は、ジャンプの回転数や高さという個々の要素よりも、片足でスーッと滑るとき(なんて呼ぶんでしょうか、あれは。)の体の姿勢やバランスとか、全体の表現力に関心が向いています。スポーツ競技である以上、ジャンプの高さや精度も当然評価されるべきなのでしょうが。ひいき目かも知れませんが、荒川さんのは、個々の要素(これも何か専門用語あるのでしょが。)だけでなく、スーッと滑るときの美しさも含めて、全体の滑りで、競技というより演技だな、という感じを受けました。(編集長の語彙力がなくて、これ以上表現できません。)さて、「ひいき目」というのは、荒川さんに会ったことがあるからです。会った、といっても見かけただけなのですが。97年ころ、ですから荒川さんが長野五輪に出る前年くらいです。まだ長女が生まれる前で、夫婦2人で回転寿司やに行ったのですが、そこに入ってきたのが荒川さんとお母さん。小さな店で、いまはとっくにありません。寿司に集中した私は気づかなかったのですが、妻がすぐ気づいたようで小声で教えてくれました。他に客はありませんでした。荒川さんはほっそり色白でした。当時は高校1年くらいだったのでしょうか。世界を目指す若者が、地元仙台にいることに、心の中で応援をしながら、再び寿司に向かった私です。私たちの帰りがけに、オバサン3人が入ってきて、「あれ荒川さんじゃないの」と何故か妻に確認した上で、本人に話しかけていましたが。長野の後、ソルトレークを逃しながら、世界女王にも君臨。トリノには秘めた意志があるのだと思います。私らはただ応援するだけですが。がんばれ荒川さん。
2005.12.25
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実は昨日(23日)の夜に既にやりました。妻方の父母を入れて、総勢6名。娘の企画・司会で進みました。祖父はドジョウすくい、祖母は歌、私はマジック、という感じです。最後に、娘達の作った特大ケーキ。サンタも早めに来たようで、子供達には今年はゲーム(姉)とシールメーカー(妹)でした。欲しがっていたものをもらって、喜んでいました。姉のプレゼンとのゲームとは、電気を使うものではなくて、人生ゲーム。友達の間での話題になっているようで、はやっているようです。早速今日(24日)の日中に家族みんなでやりました。みかんを食いながら。上の娘は最近カレンダーの土曜日か日曜日の欄に「あつまり会」と書き込んでいます。つまり、家族でUNOやカルタをやるのですが、そういうのが楽しみなようです。まあ、私(父親)としても、楽しみではあります。ちょうど、こういうみんなでやるゲームが楽しい年代なのだろうと思います。私からは本を買ってやりました。子供らは今読んでいます。それから、私には何と「菊水」ふなぐちの一升瓶を妻からもらいました。今日も飲みます、オヤジのクリスマス!
2005.12.24
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私は実はサッカーについては戦術面もあまり知らず、ましてやプレースタイルなどの違いや監督の個性などに基づいたチーム形成方針などは、聞いてうなずく位で、よくわかっていないのが実情です。ただ、ベガルタ仙台について、一言だけ。今日(24日)の河北新報の報道では東北ハンドレッドは、累積債務約17億円、減資による債務解消などの経営改革を進める、という。梅原市長はプロスポーツはビジネスで、公的助成なしに経営が成り立つことが基本、とコメント。サッカーは組織プレーであり、戦術とチーム形成方針に明確な方向なり戦略があるのが望ましいのでしょう。とすれば運営会社の経営方針も、これと同様に戦略性が必要なはず。しかし、これまでの10年間、場当たりだったように感じる。今季は大型補強(完全移籍)に補強費を追加したが、必ず効果は出る、との社長のコメントもあった(一昨日の河北新報記事)。球団経営とはそういうものなのか、ちょっと評価もできないのですが。そして主要株主である仙台市長の「公的助成なしが基本」コメントに至っては、そりゃそうだろうけど、それなら今までの関与は何だったのか、これから「ビジネスとしての」経営成立を考えていくのか(命名権もそれ?)、失礼ながら、場当たりの象徴のように感じる。一番すばらしいのはサポーターではないか。一昨日のシーズン終了報告の新聞広告にJ2全チームのホーム動員数が表で出ていたが、仙台はダントツの1位。集客力が安定経営を支えているというが、客が来るから経営できる、という論理は逆だ。
2005.12.24
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昨日(21日)の朝、小学校低学年の娘が言っていました。「25日のクリスマスの夜に、地震があるんだって。何と震度8だよ~。しかも宮城県沖地震! 確率は99%なんだって」親(私)「それは大変だ。誰が言っていたの。」娘「○○ちゃん(友達)」親「あるかも知れない。日頃から地震来たらどうするか考えなければならないな。」ウワサはともかくとして、今年の宮城県では、8月16日など地震が頻発しましたね。まさに何時来るかわかりません。忘年会で浮かれている最中に来るかも知れないし。その時、どう行動するか。改めて意識しなければなりません。
2005.12.23
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昨日(21日)の朝のラジオで、宮脇磊介さんが語っていたこと。驚いて、やがて、なるほどそうなのか、という感じです。強度偽装問題は、建築分野の問題として捉えられているようですが(法律的に言えば関連行政法規違反や詐欺罪の問題)、別個の新たな視点を鋭く示す解説です。(NHKラジオ第一放送、朝7時台の「ニュース・アップ」)宮脇さんは初代内閣官房広報官で、危機管理の専門家。警察庁時代は組織犯罪に取り組んだそうです。ラジオでの内容は、概ね次のようなことでした。------------○ 地震で崩落し死傷者が出ると認識しており、故意は明らかで、極めて悪質○ 問題の本質は、日本の闇社会すなわち暴力団の関与だ○ 地方の建設業者が東京に出て来たことに暴力団の関与が伺われる○ 暴力団はカネを生み出す錬金術師。バブルの頃は表に出て人脈を作った○ 日本社会に残る暗部である「癒着」が海外から指摘される。人身売買なども○ その核である闇社会を徹底して明らかにすべき------------確かに一部議員への献金などが報道されました。国会での追及では民主党にある程度の迫力と成果を感じたが、反面で与党側は生温いという印象もあった。カネの面で何らかの政治家とのつながりはあるとは思われますが、表面に見えない、もっと組織的で巨額の資金創造の実態があるはずではないか、と恐らく誰もが感じているでしょう。当事者の誰かあるいは全員がウソをついているままだし。まさに隔靴掻痒です。そこに、ズバリ暴力団関与の視点を言われると、なるほどとも思うのです。宮脇さんの、明快で、組織犯罪に決然と対処する意志のあふれる語り口も印象的です。(一応書きますが、刑事責任追及については適正手続の下、最終的に裁判所の判断で行うべきで、頭から悪だと決めつける態度には慎重にならねばなりません。ただし、今回の偽装問題は、刑事罰云々というレベルをはるかに飛び越して、生活の本拠の安全を根底から崩す前代未聞の社会問題でもあるわけです。従って実態解明が一刻も早くなされるべきで、そういう観点から評価しています。)今回の強度偽装問題は、国会での究明?に次いで、やっと捜査の手が入りました(昨日20日から強制捜査)。国権の最高機関の国政調査権発動に敬意を表して、まず国会、ついで司法警察、という順番なのだろうが、何のための最高機関なのか、通過的な儀式でしたか、という感さえする。本当は刑事責任より実態解明と責任ある対処と対応策が必要で、それこそ国政調査権の活躍すべきところなのだろうけれど。警察や検察当局の心ある人たちは思っているに違いない。政治家にできるはずがない、俺たちがやる、と。闇の組織か、政治家か。とにかく早急に徹底解明されるべきである。
2005.12.22
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現在、秋田県政のトピックとして、16日に起立採決で可決とした一般会計補正予算案について、実は「可否同数」だったという問題があるようです。朝日新聞の報道(なぜか最後に宮城県議会の慣例が紹介されている。)秋田魁新聞の報道では、議会事務局職員も報道の問合せより、その日の忘年会を優先した、などとの記事。思わぬ方向に発展しているようです。教科書的な解答では、議会の自律権の問題である、との一言で終わるはずですが、政治的には済まされないかも知れません。ところで、議長の手違いや今後の政治的動向は別として、そもそもなぜ補正予算案に賛否拮抗するような状況になったのでしょうか。これだけでも十分に異例です。地域と政策を考える立場からは、このことの方が重要でしょう。私が家で購読している河北新報の先週の記事では、補正予算案で、南ヶ丘ニュータウン県営住宅建設用地取得費用が焦点となっており、これは県住宅供給公社の経営支援とも関連しているが、議論の末可決された、という内容だったように思います。秋田の住宅供給公社と言えば、真っ先に御所野ニュータウンが思い浮かぶのですが、さらに、御所野の名を聞くと、東北では先進的に中高一貫教育を実現した御所野学院中学・高校(秋田市立、2000年開校)が連想されます。御所野も秋田自動車道沿いの南の方だったと思います。南が丘ニュータウンは、秋田県住宅供給公社最後の分譲事業という位置付けのようで、これを最後に、既存団地の処分とあわせて、平成19年度中に存廃を含めて公社のあり方を検討するということだそうです(秋田県のHPによる)。まちづくりビジョンをみると「子ども総合支援エリア」構想も盛り込まれており、他の行政施策と調整しながら、地域開発と公社支援策の効果が上がるよう、苦労しているのが伺えます。右肩上がりが崩れ、地価の下落という目にしたくない現実にあえぎながら、過去の無責任な行政トップと政治を恨みつつ、後始末に追われるという、担当者の苦労を察します。このような真剣味が昔もあったのなら、と思っていることでしょう。それにしても、それ行けドンドンとバラ色の開発行政を無定見に進めてきたことは大いに反省しなければなりません。それが果たして今になって、第三セクターの救済が先に立つ、という本末転倒的とも思われる状況に陥ってしまうのです。もちろん過去を批判ばかりしても生産的ではありません。また公社がこれまでに果たした役割は正当に評価すべきです。その上で、当然ながら財務状況は徹底して公開して(青森のアニータ事件みたいなのは論外です)、皆同じレベルに降り立った上で、未来志向で議論すべきです。清算、場合によっては公的資金の処理もあって然るべきでしょう。救済が本末転倒だ、と言いましたが、最低限の救済は、公的施策である以上、元々織り込まれていたはずです。その限度の救済は公明な議論を経た上で、むしろ行うべきかも知れません。問題は、例えば組織を生かすがための追いゼニ、のような発想で、それはまさに本末転倒です。県議会で議論が拮抗するのはもちろん結構だけれど、どこまで問題を正しく捉えて議論してきたのか疑問もあります。秋田県の事情や経緯を十分調べたわけではないので、適切な批判をできるとは言えないのですが、それにしても議会での論戦は表面的なように見えます。賛否拮抗というほどに真剣で中身のある議論がなされた、というようには見受けられません。政治家が今になって開発志向や経営体質を批判するだけという図は、ちょっと滑稽でもあり、また残念でもあります。本当に問題を解決する気があるのか。さも活発な議会論戦だと思いこんで行政の責任を問う姿を示しながら、その超近視眼的な批判気取りが、実は極めて無責任であるのですが。
2005.12.21
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国勢調査の速報値で宮城県も初めて人口が減少に転じたという報道がありました。アッ、地方交付税が減ってしまう、と思ってしまいましたが、それはともかくとしても、人口減少時代の象徴的なトピックです。人口という数値は、いつくかの要因によって規定されたダイナミックシステムの結果であって、表面的結果の増減よりも、政策的にはその規定要因の分析の方が重要だと思いますが、それにしても結果が初の減少というのは象徴的です。また、当然ながら人口分布や年齢別人口統計が諸計画の基礎となりますので、重要です。出生率の低下が著しいのが大きく寄与したという報道になっていますが、本当に、エポックだなと感じます。ある学者によれば、少子・高齢化社会だからといって、「次世代育成政策」、つまり「子供を産み育てやすい環境作り」をして、出生を増やそうという政策は、おかしい。本末転倒だ、と。たしかに、現在の「次世代育成」論議は、異質のものも混じり合ってごちゃごちゃの感じがあります。現にいる子供の保護なのか、共同参画の点なのか。また、自治体で子供3人目に奨励金支給、なんていうのは、地域間交流を敢えて無視しようとする地域のたこつぼ的な発想で無意味だと思ってしまいます。そもそも「子供を増やそう」という、中核となる政策方向なり一種の価値観(高齢化はダメというのは本当か?)について、皆が合意しているかどうか、という点も議論されていないように思います。
2005.12.20
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朝6時のベルまで寝てしまい、はっとして外を見たら、たいした積雪ではありません。全国的には大変なようですが、我が家周辺はさほどではないようでした。一応、5~10センチほど積もった車の雪を落とし(車たちには屋根がないので)、家の前を雪かきして家に戻ったら、妻が、小学校の連絡網で朝9時15分登校だと電話があった、と言っていました。6時30分には連絡が回るという、早々の決定ですね。でも、この程度の雪で...という感じがします。こうなると、夫婦とも8時前には出勤で家を出る我が家は、誰かが残っていないといけないので。たしかに、先生方が学校に来るのが大変なのはわかりますが。交通渋滞の不安を背景にした、早々の決定なのでしょう。今年は、こういう状態が多くなるのでしょうか。少々、当惑です。
2005.12.19
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1週間ほど前に、子供の遊び歌「光るはオヤジのハゲ頭...」について記しましたが、その際に思い出したことです。上の娘が小一の頃ですから2年ほど前、ジャンケンをするときに、急に立ち上がって、勇ましく「戦争っ!軍艦、軍艦、朝鮮。朝鮮、朝鮮、ハワイ。」とやっていました(それぞれグー、チョキ、パーの意味)。同級生の男子A君がやっていたので覚えたらしいですが、これは私は知りません。初めて聞きました。祖父(妻の父。宮城県出身。昭和10年代半ば生まれ。)は懐かしいと言っていました。A君もおじいさんに教わったのでしょう。当時の時勢を反映した全国的なものかも知れません。ところで、ジャンケンの呼び方やかけ声には、地域による多様性があることを、大学時代に各地から来た友人に聞いて知りました。さらに、世界に目を向けてみても、「三すくみ」状態を何で示すかで、各民族の文化の違いが出たりして、面白いようです。我が家では日曜日の7時前に、毎週、5歳の下の娘がテレビのサザエさんとジャンケンをします。そして、どういう訳か、勝つと私(父親)に「お金ちょうだい」というのです。「紙のお金でいいんだヨ」というので、絵に描いてやればいいんならと安心して「いいよ」と言っています。ところがいつか姉(上の娘)が「お札の事じゃないの」と言ったのでギクッとしてしまい、それ以来、お父さんはこの時間は静か~にしています。なお、まだ請求はございません。最後に、全然関係ないですが、ジャンケンでどうしても思い出すことがあります。学生の頃、学院大近くの五橋通りに面した北目町に、その名も「じゃん軒」というラーメン屋さんに行きました。友人に教えられたのですが、食べた後に、店主とジャンケンをして勝つと50円引きになるという店でした。「はい、お客さん、ジャンケン」、という店のお兄さんの低く渋い声が忘れられません。もう20年も前です。思い立ったら確認したくなる単純なわが編集長、手元のハローページ(掲載内容2004年6月現在)で見ますと、確かにある! また、ネットでチョイと見ますと、国分町「味よし」の分店とのコメントも出ています。あっ、そうそう、昔も友達にそう聞いた覚えがあります。だからうまいんだ、と。今でもジャンケン割引あるのかな...また行きますよ。今度は、ジャンケンに強いわが子を連れて、ね。
2005.12.18
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昨日(土曜日)に「世界・ふしぎ発見!」でアインシュタインの大正11年の訪日について放映されました。これは、仙台とアインシュタインの関わりを研究してきた当「おだずまジャーナル」とTBSの共同企画によるものです。もちろんウソでして、先ほど(午前4時)録画で見ましたが、仙台も松島も一言も出ていませんでした。ああ残念。仙台について言えば、博士の講演は長くなるのでパンを持参されたし、というビラの紹介(これがクエスチョンの答えでした。)に、石原純博士の名前がチラッと見えたくらい。それはともかく、博士が日本滞在の様子、博士の印象、また当時の日本の雰囲気がわかって大変面白かったです。空前の科学ブーム、また相対性理論がわかるわからないで大論争になったなどという話(わかったフリなのでしょうが)や川柳(相対性ぶし)など、日本人の特徴は変わらないですね。■過去の日記 ○ アインシュタインと仙台(その2)(12月17日) ○ アインシュタインと仙台(12月14日)
2005.12.18
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大正11年(1922年)12月3日のアインシュタインの仙台での具体的な日程や様子を調べようと思ったのですが、仙台市史などの記録にはあまり触れられていないようです。関係者の著作を読めばいいのでしょうが、手っ取り早く、東北大学の史料にはあるのかも知れないと思って、同大学のHPを見ていたら、東北大学百年史編纂室ニュース第2号(1998年8月)8ページに関係する記載があります。内容から若干紹介させていただくと、------------東北帝国大学の初代総長の澤柳政太郎がミュンヘン留学中の石原純助教授に宛てた手紙(明治45年、1912年)には、初代の外国人教師にアインシュタイン氏を迎えてはどうかとの内容がある。当時のアインシュタイン博士は学界の注目を浴びていたものの、まだ世界的な名声を得る段階ではない。にもかかわらず、氏について着実な情報収集と招聘に動いたことは注目される。------------この文章には、また、東北大学での講演の責任者的な立場となった愛知敬一の友人の小野平八郎が人脈を活かして講演実現に奔走したことなども書かれています。小野平八郎さんの随筆集『お笑止しいなぁ』(仙台金港堂、1959年)がこの記事の最後に参考文献として紹介されていますが、この本をぜひ読んでみたいと思いました。アインシュタインと仙台・宮城について、続報できる内容があれば、またお伝えします(編集長)。■以前の日記 ○ アインシュタインと仙台(12月14日)
2005.12.17
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今朝のニュースのヘッドラインで一番驚いたこと、それは、仰木彬さんの逝去もだけれど、なんと言っても、世界で初めて人クローン胚からES細胞の分離に成功したという韓国の黄教授の研究成果が虚偽だったようだ、という報道。エーッ!! とんでもない! という驚きです。先月、卵子提供者に金銭を払ったことがモラルに反するなどとされたが、それでも韓国国内の世論はなお黄教授を韓国の英雄とみなして、教授を擁護し、ES細胞を核とした超先端産業の集積で世界をリードしようという雰囲気が根強く残っていたというのですから。これでは、韓国国民の感情は、ノーベル賞と世界に冠たる産業という国民プライドから、一転、黄教授への容赦ない非難へと向かうのでしょう。先月あたりの卵子提供スキャンダルの際の頃から、何となく気になっていたのは、日本だったらどうだろうか、という思いでした。モラルに対する科学者の態度、国民の態度、またそもそもクローン技術に対する国民の倫理意識、も。日本では、2年ほど前でしょうか、国の審議会で相当もめましたね。とても大きな問題です。
2005.12.16
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写真は菊水ふなぐちのアルミ缶です。東京にいた頃に新潟出身の親友が教えてくれて、以来すっかりファンになりました。とっぷりとした味わいが良いですね。普段は味や食材に何のこだわりもない、はんだや系の編集長ですが、駅でワンカップ大関を買うだけではありません。たまに近所のスーパーで菊水アルミ缶を買っています。(割高なので、タマに、ですが。)ちなみに、日本酒では最近飲んだ秋田の「亀の尾」が絶品でした。さて、写真のアルミ缶は、いつもの黄色い色調とちょっとばかり違って、茶色がかっていて、「熟成」の文字が。また上部キャップには「2005年蔵出し」「蔵元で1年間寝かせました」とあります。わたしは醸造のしくみとか言葉の意味が実はあまりよくわからないですが、さぞかしうまかろうと思い、とにかく買ってしまいました。昨夜のことです。夕食時にはあまり子供の前で飲まないことにしているので(深い意味はありません)、夜9時に子供を寝かし付けたら、さっそく起きてチビチビやろうと...しかし、起きたのは夜の2時。さすがにこの時間だと、毎朝車を運転する編集長としては断念しなければなりません。1件ブログ日記かいていたら、娘が起き出してきたので、また睡眠、というわけです。う~ん、菊水君、今夜が勝負だ。
2005.12.15
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ある資料を見ていたら、今年2005年はアインシュタインが相対性理論を発表した1905年からちょうど100年で、世界物理年だそうです。アインシュタイン夫妻は大正11年(1922年)11月17日神戸港に上陸、12月上旬には、仙台・松島を訪問しています。このとき、アインシュタインは、自らの理論が政治的思惑と絡みついてしまった欧米から逃れ、日本を訪問することを楽しもうと考えていた様であり、また来航途上の船中でノーベル賞受賞の報を受けるなど、印象深い旅となったに違いありません。12月2日に東京を離れ、仙台に向かう。東北大学で熱狂的な歓迎を受ける。12月3日、仙台市公会堂で、午前9時から午後2時半まで、相対性理論に関する一般講演。当日は、仙台市内はもちろん近県や東京からも詰めかけた聴衆は超満員で、講演会は非常な盛会だったそうです。通訳は愛知敬一教授(愛知揆一元蔵相の父)です。講演後アインシュタイン夫妻は午後3時仙台発の列車で松島に向かい、松島を遊覧。実際に海岸を散歩したそうです。仙台に戻って、その日は仙台ホテルで土井晩翠らと夕食の後、宿泊。翌12月4日の朝8時半に仙台を出発し、日光で来日以来はじめて2日間の静養の時間をとったそうです。12月29日に門司港から離日するまで、名古屋、京都、大阪、神戸、博多での講演と、奈良と宮島を観光しています。アインシュタインの来日日程の一環に仙台が組み込まれ、講演が行われたこと、そして松島を観光したことを、仙台人として大変誇りに思います。氏は帰国後、「仙台は学術研究に最も向いた都市であり、東北大学は恐るべき競争相手だ」と述べたのだそうです。アインシュタインが来日したのは、京都帝国大学の西田幾多郎と東北帝国大学の理論物理学者石原純の両氏の功績によるものです。石原博士は、日本における相対性理論研究の第一人者で、大物の理論物理学者でした。そして、このとき石原博士とともにアインシュタインに同行したのが、宮城の生んだ女流歌人として有名な原阿佐緒です。阿佐緒が道中でアインシュタインと直接話を交わすこともあったそうです。(物理学者は生活を乱してはいけない、とか言われたらしい。)アインシュタインが具体的に仙台でどのような行動をしたのか、詳しく市史や新聞を調べてみようと思います。
2005.12.14
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今朝のNHKラジオ、いつもの「東北ラジオ朝一番」(7:40から)を聞いていたら、今週は各県のスポーツこの一年。今日は岩手県で、楽天に入団する宇部銀次選手を取り上げていました。楽天初の東北出身選手の指名、また、複数選手がドラフト指名されるのも4年ぶり、ということで、プロスポーツ選手の少ない岩手県ならではの郷土意識あふれる温かい取り上げ方です。(ちなみに栃乃花も取り上げていました。)私は本音では「東北出身」という点に強くこだわりたくはないのですが(外来者こそ歓迎されるべきと思っているので)、それはひとまず置いといて、東北の選手が活躍する、しかも楽天イーグルスで、となれば、もちろん大喜びです。この宇部銀次君は、岩手県では超有名だそうです。何と言っても夏の大会打率7割5分、俊足好守、そして名前もいいじゃないですか。所属の盛岡中央高校は甲子園は逃したが、センスあふれる勝負師として名を残した。彼の目標は城島と磯部、だそうです。(磯部を出すあたりは、大人だネ~)。岩手県北部の出身だそうですが、頑張れ、東北魂を爆発だ。(と、結局のところ「東北出身」に気持ちが入ってしまった編集長です。ちなみに楽天では根市投手にも注目しています。来季は二軍の試合にも足を運びたいです。)
2005.12.13
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各紙が10日(土)に報道しています。昨年、立川の自衛隊宿舎に無断で立ち入り、3度にわたり集合郵便受けや各室郵便受けに「イラク派兵反対」のビラを配ったとされる住居侵入被疑事件。一審は無罪。二審東京高裁の判決で有罪というものです。各紙の見解が分かれていて、とても興味深かったので、整理しますと...(ODAZUMA Journal整理。比較のため用語の統一などをした。)------------■朝日(社説) 被告は門扉のない出入口から入っており、一審判決が可罰的違法性を否定したのは常識的。高裁判決は、居住者意思に反したことを強調するが、可罰的違法性の点は、表現の自由も他人の権利を侵害できない、と形式論だけ。これでは、身近な表現手段であるビラ配りが自由にできなくなる(息子の事故の目撃者を探すビラなど)。イラク派兵反対は政治的表現活動の一態様で民主主義社会の根幹をなす、という一審判決のみせた考慮が感じられない。表現の自由を閉ざす方向に流れないかが心配。■毎日 10日(土)は報道に加えて、「表現の自由を守るため勝たねばならない」との被告3人の記者会見の模様を写真付きで伝えている。11日(日)は特に記事ないもよう。■読売 10日(土)は報道だけ。11日(日)は特に記事ないもよう。■産経(記者による「視点」) 被告らの表現の自由によって居住者の平穏な生活が軽視されるべきではないとの高裁判断に好意的。「立入りの目的が正当でも居住者の意思に反し平穏が乱されるなら罪を問われるのが法の趣旨」との土本教授の解説を紹介し、表現の自由をもってしても居住者の平穏に暮らす権利が矮小化されるべきではない、と解説。------------というわけで、リベラルか体制擁護か、一般に言われている全国紙のスタンス(座標軸)に、ピッタリきれいにハマッていますね(一応その順番に並べてみました)。 わが河北新報は日曜日(11日)の朝刊で社説にとりあげている。 以前から感じていることだが、河北新報は司法分野の記者が充実していると思われ、各分野の判決について河北独自の記事や解説が出ることが多く、大変頼もしい。河北新報応援団(いつから?)として誇りに思っています。 さて、その河北の社説だが、要約すれば...(OJ要約。少し論理を補正)------------ビラ配りだけで逮捕・有罪とするのは、国民が期待する法の運用からかけ離れている。確かに住居侵入の可能性はあるが、問題は刑罰を科すほどかどうか。例えば盗みや性的いたずらが目的なら罰することもやむを得ない。しかし今回の事件はイラク派遣反対という単なる意思表示で(目的が悪質でなく)しかも表現の自由に関わる。居住者への迷惑が小さく、政治的表現活動は民主主義社会の根幹と指摘した一審無罪判決は健全。高裁判決は、表現の自由も他人の権利を侵害して良いとはならない、と(形式的に)指摘するものの、肝心の、どこで限度を超える権利侵害があったかが明らかでない。事実関係をみれば、そうは思えず(防衛庁の抗議や警察の警告もないのに摘発された実態)、仮に犯罪行為があったとしても微罪処分(起訴猶予・不起訴)が適当なケース。基本的な市民の自由を尊重し、裁判所は司法の信頼のためにも国民の側に立つべきだ。------------一般には難解な判決の理論を、常識という土壌からアプローチして一般人に解説しようとする姿勢と、具体的な事実関係と量刑バランスを論じているのが大変説得的で、その点は素晴らしい。観念論中心の朝日が、突然「息子の交通事故の目撃者を探すビラ」など言い出すのと比べても、冷静で論理的にわかりやすく解説し、しかも利益考量に配慮していて、河北の方が数段上である。すばらしい。ただ、結論としては、この事件については二審判決を支持したい。すなわち、河北の説明する判断構造と、指摘する利益への配慮は基本的に正しいと思うのだが、最後の価値判断として、私は可罰的違法性を認めるべきと思う。(私見の理由は最後に記します。)もっとも、このような微妙なケースに新聞メディアとして自由を擁護する主張をするのは、ある意味健全なことだし、しかも、結論ありきの単なる観念的権力批判、あるいはメディアの自己保身ではなく、説得的に説明している点は、繰り返しますが、とても感心しています(この点、朝日と異なる)。さて、以下は私が有罪を支持する理由です。(今日の日記の要点は上の段落にありますので、ここから先は気軽に、と。刑法各論の保護法益の議論を思い出します。)1 住居侵入罪(刑法130条)の「人の看守する邸宅」該当は問題がない。問題は「侵入」にあたるかどうか。2 なお、ここで可罰的違法性が問題とされている。すなわち、(1)被告らのビラ配布目的や態様から罰すべきに足りる実質的違法性がない、あるいは(2)表現の自由という優越すべき憲法上の利益のために違法性は減少する、という議論の余地がある。ただ、可罰的違法性の用語の当否、また、構成要件段階か実質的違法性阻却の段階かの議論も混乱を招くので、構成要件該当性、具体的には「侵入」該当性として議論を進める。判例の判断構造もそうだろう。3 そこで「侵入」の意味を検討するに、そもそも住居侵入罪の保護法益が問題となる。この点、住居の平穏とみる立場もあるが(結果無価値)、個人法益に対する犯罪である以上、管理権者の意思に反して立ち入ることと解すべきである。従って、管理権者(居住者・看守者)の承諾ないし推定的承諾の有無が問題となり、これがないのに立ち入るのが「侵入」となる。(従って、河北社説が、盗み目的なら可罰でビラ配布目的なら不可罰、という考え自体は反対ではないが(行為無価値的発想)、承諾の有無がまずもって重視されねばならない。行為者の目的にのみ重心を置いて、そこに憲法的価値(表現の自由)を引っかけて利益考量して実質的に違法性がないとする論法だ。理論的に反対。なお、ここは刑法学説も分かれるが、最高裁判例は管理権説だと思う。)4 今回の事件をみるに、居住者は立入りを禁止する表示板を掲げ、警察に被害届を出すなどしている事実がある。とすれば、「侵入」に該当する。5 住居侵入罪が成立。以上です。価値判断的にも、私はやっぱり住居侵入罪成立を認めます。リベラルな私も憲法上の表現の自由は最大限の尊重をすべきと思いますが、ここは居住者の個人法益保護でしょう。内容のまともなビラなら拒否されても入って良いの? 実質的に考えても、被告らが思いを伝えるのは他に方法があるのだし。
2005.12.12
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9時に子供達を寝付かしてから、コソコソ起き出して、1時間遅れでシドニーの試合の録画を見ました。カズの奮闘がすごく印象的。Jリーグ発足前から日本のサッカーを背負ったこの男、私とも同世代の(ちょっと無理か!失礼)カズが目の前で(画面だけど)頑張っている、地球一のクラブを決める大舞台。いいなあ。でも、試合後のカズのインタビューで目を覚まされた!!。「前半に決められなかったのが原因」「試合には負けたがチームとして前を向いて次につなげる」。そうだね、カズは凱旋しに来たのではない、シドニーというチームで勝つために来たのだ。さすがカズだ。目を覚まされて外をみると、私の住んでいるあたりは雪が舞っている。どうも積もりそうな感じ。そういえば、今朝も寒くて、車中の温度計(外気温)はマイナス3度を指していた。今夜の帰りは光のページェントがきれいだったな。仙台もいよいよ冬本番、ですね。
2005.12.12
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仙台地方のわらべうたを採録した本によりますと、「いろはに金平糖...」というタイトルで、例の歌が載っています。 いろはに金平糖。金平糖は甘い、甘いは砂糖、砂糖は白い、白いはウサギ...下の娘が気に入って、すぐに全部覚えてしまいました。上の娘(小三)は知らないというので、今は学校の友達同士で歌う遊びはしていないのでしょう。私も懐かしいのですが、実は子供の頃を過ごした岩手県では、ちょっと違いました。出だしがまず違います。 さよなら三角、また来て四角。四角は豆腐、豆腐は白い、白いはウサギ...というのが定番です。最後の「光るはオヤジのハゲ頭」は同じです。途中のパーツも共通のものもあれば、違うものもあります。この本にも2つのバージョンが収録されていて、途中のパーツが微妙に違っています。例えば、本には「怖いはオバケ、オバケは電気」あるいは、「怖いは屋根、屋根は高い」などが途中に出てきますが、私の記憶には「オバケ」や「屋根」は出てきません。おそらくは、全国共通のモト歌があって、地域ごとに子供たちが面白く修正して伝えられたのでしょう。そういえば、母親が歌っていたのも、ところどころ違っていたように思います。先日、我が家の決まりの就寝時刻である夜9時に寝るとき、子供たちと順番にしりとりのようにして、「○○は△△」「△△は□□」とやりましたが、結構盛り上がりましたよ。子供にとって言葉の世界がどう捉えられているか伺えたりして、面白いです。
2005.12.11
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河北新報の本日(11日)の「持論・時論」コーナーには仙台一高同窓会副会長という方の投稿がでている。要旨は、------------ (1) 戦後占領政策の中で宮城県が共学に抵抗できたのは、有識者の時流にとらわれぬ公正な教育観と権力に盲従しない勇気によることを想起せよ (2) 仙台には個性的な伝統を持つ別学校と新設の共学校がバランス良く併存している。中学生が自分の意思で別学か共学かを選択できる現在の方式を維持すべき。 (3) 百年の伝統を持ち人材を社会に送ってきた1つの文化を、一方的に歪めるべきでない。 (4) 共学切替えには多額の投資が必要。県財政の状況下では急ぐ理由がない。 (5) 11月25日に高校生とが村井知事に存続を陳情したが、現代の風潮に抗して自らの意志を持って学校づくりに参加する高校生の姿も尊重せよ。------------というところ。この方が別学維持の意見を整理しているとすれば、つまるところ別学維持論者は「確立した伝統であり選択肢の多様性からも残しても良いだろう」ということだろう。なお、(1)は歴史認識が違うが、かりに主体的に抵抗したと評価しても、ではなぜ別学が優れているのか、の議論が必要だ。(5)に至っては、この議論をする場合に取り上げるべきではない。私は、問題は「残しても良いか」という図式ではなく、宮城の学力水準向上のために「不可欠だ」という立場である。内容は以前に記したが、論理的に再整理すれば次のとおり。 (1) 宮城県の高校生の学力向上は急務(現役の大学進学率が指標) (2) 仙台市内はもちろんだが、石巻、古川、白石など地方都市の中心的高校の進学レベルが低い。東北他県の同等の規模の都市に所在する公立高校と比較すると歴然。 (3) すなわち、県全体の公立高校の学力レベルが低いのが現状で、重大な問題。 (4) そして、これを改善するためには、県全体の教育水準を牽引するような模範となるトップ進学校が実績を伸ばすことが必要である。 (5) 普通に考えれば、それは県都仙台市にある伝統県立校である。 (6) 教育内容の見直し、学校関係者の理解、教員の人事方策や資質向上などとセットで行わなければならないが、このような「水準牽引校」はいくつも作れない。せいぜい1校、あるいは競わせる意味で2校。 (7) となれば、男女別というわけにはいかない。当然共学でなければならない。目標・模範・頂点は1つであるべきだ。また、付随的に資源投入(人、カネ、施設)の視点からも。県教委は、学力向上推進プログラムと高校再編の視点とは、表面上、特にリンケージさせていないと思われるが、現実には学力向上のための男女共学化という戦略的意図を持って考えておられるのではないかと思う。それは当然のことだ。この問題は深い根がある。一高、二高、一女、二女などは、伝統校の良さは存分に発揮しているとは思うが、進学の面では近年の不本意な傾向が改まる兆しが薄い。要因として、例えば教員人事が悪いと言われた。旧東北帝大を出て高校教諭になった先生が、理解できない生徒への懇切丁寧な指導や、ましてや生活指導などするはずがない。それよりは、自分の好きな研究や論文作成にいそしむために教諭の道を選んだ、などと言われる。仙台一高などは教科別に職員室が構成されている。学校としての共通目標を校長が言っても聞き入れるはずもない。人事上も仙台の安住を好み、同一学校に10年も20年も居るから、革新の気風が生じない。というわけだ。他県なら引っ越しも当たり前なのに。これもだいぶ改善されてきているようです。私は、番号付き高校(横文字を言いたくないのでこう呼んでいます。)にこそ再生・躍進して欲しい。人事や教育財政の問題とも絡むが、共学なんてのは当然のことなのです。さまざまな「よどみ」や「停滞」を誠実に直視し、これを断ち切って、新しいステージに出るべきだ。再生のチャンスでもある。もし別学を維持するという一点を押し通すと、県教委はどうするのだろうか。泉館山高や、仙台南高に資源を投入して県全体を牽引する代表的進学校にする、とせざるを得ないのかも知れない。普通なら、それこそ「伝統」と関係者の裾野の広い番号つき高校こそ、トップ進学校にする、それが効率的でもあるのだが。意地の悪い言い方だが、同窓生に代表される別学論者も、それでも別学を通しますか。私たちは未来を見なければならない。百年の伝統はもちろん尊重されるべきだし、同窓生が母校を思う熱い気持ちはわかる。しかし、「別学」という一属性にこだわり続けることの弊害に冷静に思いを致して欲しい。他県で言えば、戦後の占領政策によって他律的に、あるいは近時になって自主的に共学化に踏み出しているが、それで学校の価値が下がったという議論が、あるか。長いから伝統というのでは議論にならない。未来をみつめないと。仙台市外では、学校統合がそろそろ具体化を帯びてきた。学校が廃止されるのは、実に辛い。同窓生のセンチメンタリズムだけではなく、現実に地域の中学生の進学の機会が(距離が広がるという意味で)制約されるからです。これに対して、統合・廃止ならともかく、共学か別学か、という私に言わせれば学校やその伝統の、ほんの一属性に過ぎないことを、アヤコヤ論議している、のんきな実情ではないのです。県教委には、このような本県の学力向上の視点からの議論をもっと明示的に主張していただきたいと思うのですが、どうでしょうか。別学維持派の考えは、アンケート実施など民意を再確認して、維持派の強い伝統校は別学で残そう、という作戦のようです。でも、各学校ごとに考えていい問題ではありません。県全体の問題であって、これらの学校こそ改革の焦点となるべきなのです。■関連する過去の日記です ○宮城県立高校の男女共学化を考える(3)妙案登場!?(12月7日) ○仙台市梅原市長の「仙台一高・仙台二高別学維持」発言に思う(11月30日) ○宮城県内の公立高校の男女共学化論議を考える(2)歴史(11月28日) ○宮城県立高校の男女共学化を考える(1)序論(10月28日) ○宮城の進学率と公立高校を考える(9月6日)
2005.12.11
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決まりましたね。予選対戦も、豪州→クロアチア→ブラジル、とキングカズの軌跡を逆からたどる旅です。(カズを宮城スタジアムで見た私。もうだいぶ前ですね。)1勝1分けでブラジルと対戦、ブラジルは早々に決勝進出を決めているから、勝機十分。マイアミの奇蹟の川口に期待、か。
2005.12.10
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朝の通勤に車を使いますが、何気なく見ていると、ドライバーってのは様々ですね。 ○ パンやおにぎり食いながら運転のお兄さん(工務店系) ○ 停車中に化粧のお姉さん(ほどほどに) ○ ひげそりのオジサン(よくいますね) ○ 歯磨き(車中でよくできますね) ○ 一点不動に前を見つめて真剣に運転する人(かえって怖い)これらは、まだいいですが。次は、もうやめて欲しいシリーズ... ○ 携帯片手にトラック運転(見ていてヒヤヒヤ) ○ 子どもをダッコして運転(あぶないですよ) ○ 漫画本広げながら運転(そこまでのめり込まなくても) 事故が起きないのが不思議です。というか、実際に追突の瞬間を見たことも何度かあります。 最近では、今年夏の頃ですが、自分の直後の車がその後の車に追突されたのでした。渋滞の中、私の直後の車が動き出していないのに、おそらくはその前の私の車などが動き出したのを見て、2台後の車は直前をよく見ずに見込み判断で発進したのでしょう。実はこの時に私はルームミラーで背後も見ていたので、アレッ、2台後の車が変に近いな、クラクション鳴らそうか、でもそれで状況わかるか、などと逡巡していると、直後の車の女性ドライバーがビクッと反応、その瞬間に追突していた、というものです。この間1秒か1.5秒くらいでしょう。 朝の忙しい時なので、自分が巻き込まれなくて良かった、というのが正直なところ。 皆さん、時間と心に余裕をもって、安全運転を。また、通学の小学生に対する配慮も忘れずに。 最後に紹介。変なオジサンがいます。ラジオを聞きながら「何っ!」「なるほど」「え~っ!」などとやたらうるさく相づちを打つ。ラジオを消したかと思うと、今度はしかめっ面で歌い出す。♪ジンギスカ~ンは~、義経か~(演歌『義経伝説』)、と歌い出す、自称「東北魂」オジサン。 それは、はい、私です。
2005.12.09
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タダに弱い私は、駅でフリーで新聞やパンフなどは当然ながら手にします。今朝は「みちのく義経伝説紀行」というマップ付き解説ガイド(優待チケット付き)を、約10分の車中で読みました。この中に、読み物として義経の北国落ち、芭蕉の旅、最後に義経北行伝説が書かれています。元山形県立博物館長の方が全体監修したというクレジットが付いています。ついつい読みふけってしまいます。北行伝説については、皆さんご存じでしょうが、次のようなことが書かれています。衣川の館で自害したはずの義経が、奥州を脱出し青森から北海道に逃れたとする伝説が各地に残されている。この義経生存説は室町時代から語られているが、鎌倉での首実検が死後1ヶ月で正確さに疑問があるとして替え玉説が生じ、英雄の若い死を悼む庶民の願いがこれを後押ししたのでないか。岩手県のHP「義経北行伝説 生きていた源九郎判官義経」によりますと、------------「衣川の戦い」は実は偽戦で、義経の身代わりになったのは、杉目太郎行信という現在の福島市内にあった杉妻城(すぎのめじょう)の城主だった。 義経を庇護してきた藤原秀衡は「最悪の場合、自分の子供たちとて油断は出来ないので、万が一そうなった場合は家来の首を焼き首として、これを鎌倉に送るように」と遺言を残していたという。 義経主従は遺言通りに事を進めて、取り返しがつかなくなる前に泉三郎忠衡(泰衡の弟)を伴って密かに平泉を脱出、束稲山の麓から岩谷堂・物見山・姥石峠から気仙に。次いで赤羽根峠から遠野・笛吹峠・大槌・川井・宮古へ。次いで岩泉・田野畑・普代・久慈・八戸に至る。最後に十三湊から三厩そして風待ちをして後、竜飛から蝦夷へ渡ったという。 平泉を脱出したのは、高館で自刃したという文治五年を遡ること一年前の事だったと佐藤家(山田町関口)の古文書「佐藤氏の系図」は記している。------------ 岩手県で育った私は、小学校の先生からよく平泉藤原文化や義経伝説を聞かされました。記憶に残る要点としては (1)藤原三代までは良かったが次の泰衡がだまされて義経の居場所を教えてしまった (2)弁慶は主を守り立ったまま死んだ (3)ジンギスカンは義経だという説も有力先生も好きで、義経に関する本を愛読していたのでしょう。子どもながらに、興味を持って聞いていました。場合によっては、今頃は平泉・東北が日本の中心だった...とチョイと無理な話でしょうが、そんなロマンを語ってくれました。 たしかに、あの時、もし藤原・義経勢力が鎌倉に勝利していたら、どうでしょうか。 鎌倉を従えた平泉時代を迎え、栄華を極めた平泉は政治・経済・文化の一大中心として、近畿と並び立つ日本の拠点となる。戦国時代にも東北が有利となり、伊達政宗が幕府を開く。京都から天皇を迎え、またローマとの文化交流で、世界的文化財が後世に残る。今や京都と並ぶ国際的観光地となり、仙台・花巻の両国際空港が日本の空の玄関... かも。 平安時代に人口10万人という巨大都市で地域システムも相当確立していたと思われる平泉ですが、義経・弁慶のあと、何も残らず。今や人口8千人の淋しい町。考えてみると、すこし残念な気もします。 ほかに、東北の歴史の「もしもあの時...」を考えますと、1 野蒜築港(明治17年の台風がなければ...) 仙台湾が一大工業地帯となり、東北本線や新幹線も、仙台-野蒜-石巻-登米-佐沼-一関のルートとなっていたはず。塩釜や石巻の今の衰退もないでしょう。仙台新港も掘らなかったでしょう。 これは台風という偶然だったのですから、歴史的には可能性の高い「もしも」です。2 戊辰戦争(奥羽越列藩同盟が勝利していれば...) こっちは、ありえないでしょう。 ただ、勝利はともかく、列藩同盟の結成がなければ、明治の東北の地図も変わったでしょう。例えば、福島の県庁は郡山だったと思われ、また会津の人たちが長州(山口県)を恨むこともなかったでしょう。会津を救おうという東北諸藩の連帯が一因だったのですから、やっぱり悲劇ですね。
2005.12.08
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昨日(水曜日)の朝のこと。娘を連れて保育所に行ったら、所長先生に「先日はどうもありがとうございました」と言われました。 実は、今週は毎朝先生たちに言われ、その都度恐縮しています。朝の早番の保育士の先生が入れ替わるからなのですが、私がどうして先生方に感謝されるかと言いますと、大それた事ではないのです。 それは、月曜日の朝に、保育所の駐車場の一部や入り口の雪かきをしたからなのです。というのも、我が家は保育所に向かい合わせたような位置なので、家の玄関から道路までの雪かきをしますと、後はその延長でごく自然に、娘と私が保育所の入り口まで歩けるように雪かきをしてしまう、という訳なのです。 つまり、基本的には自分のためです。他の子たちが滑ったり濡れたりしなければいいな、との思いもありますが、ボランティアとか立派なものではございません。早起きできなければやらないし。むしろ、勝手にやってスミマセン、というぐらいの気持ちです。 だから、あまり目立たないようにしたいのですが、考えてみれば、我が家から連続して雪を掻いていれば、誰がやったか歴然です。 保育士の先生方も大変です。雪の早朝に車や自転車で出てくるだけでも大変で、来て早々に、私が身勝手にも中途半端に雪かきした跡を含めて、キレイに雪を取り除きながら、子供たちの登所を迎え、また時間を見て除雪作業をするのですから。以前は男の先生もいたのですが(子供達に人気)、今はおりません。 ところで、私の家の近所には、早起きして家の前の道路もキレイに雪かきをする人が何人かおります。小学校に通う子供たちには大変助かります。 私も夜早く朝早い生活なので、積雪のあった早朝には雪かきしますが、玄関、通路、駐車場で結構時間がかかり、間口分の道路全体というのは手が回らないのが実情です。せいぜい、冒頭のように、保育所入り口までの身勝手な必要部分だけ。 本当は家の前を通る小学生達みんなが安全に歩けるようにしたい、とは思うのですが。 リタイア世代になったら、雪かきボランティア隊を結成しようか。でもその時には体力がないかも(ドキッ)。月曜日の雪かきも、たいした積雪量ではないのに、水分が多いためか重く感じて、結構疲れたし... それとも温暖化で雪もなくなっているか。 次の積雪は、いつでしょうか。
2005.12.08
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別学が「あってもいい」のではないか、という意見があるようです。私は、まずもって宮城の現役進学率の低さが大きい問題だと考えています。そして、一応頂点とされてきた仙台市内の番号付き県立高校が、もっともっと現役進学率を高めなければならないと考えています。宮城県の高校教育の水準を牽引する役割を、もっともっと発揮して欲しいのです。この観点からは、共学化なんてのは当然クリアされるべき小さい課題にしか過ぎず、理想を言えば、仙台市内の県立高校も統合再編して、教員と施設など教育資源を統合・特化して心機一転、スーパー進学校を作るべきなのです。県教委も全体への配慮からあまり明確には言えないのでしょうが、(統合はともかくとしても)県全体の現役進学率の向上のため、番号付き高校が進学校として真価発揮すべきとの意識があるのだろうと思います。知人と談笑しつつ思いついたことですが、どうしても別学を残したい? ヨシそれならば、次のようにしてはいかがでしょうか。ついに、妙案登場!?(もちろんブラックユーモアですよ。)題して、仙台の根強い別学「伝統」論者と、宮城の学力向上と、その双方を満たす画期的プロジェクト登場!(1) 全県一学区どころか、県をとびこして山形県と共通で、両県一学区とする。(2) 仙台・宮城の優秀な中学生は、是非山形東高校を受験するよう、薦める。進学なら山形へ、が仙台・宮城の中学3年生の常識となる。(3) 別学の伝統重視という中学生は、もちろん番号付き県立高校を受験できる。別学信仰の親も満足できましょう。(4) 山形からも、都市へのあこがれと別学モノ珍しさで、多少の中学生は仙台の番号付き県立高校に入学するかも知れない。番号付き県立高校は、裾野の広い準トップ進学校としての特色を発揮していくことになりましょうか。(5) なお、両県の連携・交流にも大きなはずみがつくという効果も。(6) 仙台から山形東高に通学する場合の交通。現状だと、 ○仙山線 仙台駅6時12分発→山形駅7時37分着 ○バス 県庁市役所前発6時55分発・仙台駅前7時05分発→山交ターミナル8時05分着 (前後に10~15分間隔で便があり。)というものです。どうでしょうか!問題を茶化す、あるいは自嘲と自虐を好むわけでもなく、問題の本質を訴えたいのです。仙台・宮城を真剣に考える当ジャーナル読者(誰だろう?)にはご理解いただけると思います。学都仙台・宮城を引っ張ってこそ、ナンバースクールじゃないのですか。ここでデータを紹介。(各校HPから整理。単位は人。いずれも17年度の数値で合格者ベース。つまり私立は実人数の数倍になっていると思われる。) ○仙台二高(1学年8クラス) ・国公立 現役115(うち東北大55)・浪人107(うち東北大31) ・私立 現役63・浪人291 ○山形東高(1学年6クラス。約4割が女子生徒) ・国公立 現役151(うち東北大50)・浪人38(うち東北大18) ・私立 現役90・浪人101 ちょっと分析すると、仙台二高の場合、現役進学者実数は(私立の実入学実績が不詳なのだが、かりに私立合格者がほぼ入学したとしても、つまり上限で見ても)160名程度と推測され、就職はゼロ、専門学校等がいるとしても、残る現役160人程度は浪人して来春以降の進学をめざしていることになる。約半数が浪人、と何ともすごい。 これに対して山形東高は、国公立の「浪人」合格者が実在することから浪人(学校用語としては進学準備)に回る層もある程度が伺えるが、二高に比較すれば現役進学率は相当に高い。200人程度は現役で進学していると思われる。 現役での国公立合格者数(私立は実入学数がわからないので国公立に限定。)を学年定員に占める割合でみると、仙台二高は36%、山形東高は63%となる。(もちろん私立より国公立が価値が高いというつもりは全くなく、私立は「合格数」と「進学実績数」に相当の乖離があるはずなので、とりあえず国公立合格者数で測る趣旨です。ちなみに他県に目を転じて、岩手のおそらく4,5番目クラスとされる進学校で、宮城県からも越境入学が許される県立某校も、浪人志向が高いと言われますが、平成17年度の実績からこの割合を計算すると49%でした。) ○仙台一高(1学年8クラス)※平成15年実績 ・国公立 現役63(うち東北大22)・浪人117(うち東北大46) ○宮城第一女子(8クラス)※平成17年実績 ・国公立 現役127(うち東北大35)・浪人82(うち東北大24) ○宮城第二女子(8クラス)※同上 ・国公立 現役104(うち東北大20)・浪人44(うち東北大15) 仙台一高は二高よりもっとすごいですね。ズバリ言いますが、一高の凋落は目を覆うばかり。特に15年度は前年度と比べても歴然と低く、HPでH16・H17の実績を公表しないのも、「自粛」しているのでしょうか。一女高・二女高も、現役合格実績が相当低いというべきです。 ハッキリ言えば、「別学が文化だ」などノンキな事を言っている場合じゃないでしょう。統合されないだけでも郡部に比べれば良いのに。実施時期を遅らせて合意形成に配慮しているだけでも、十分な尊重を受けているものと思います。 本当に子どもたちのこと、本当に未来の仙台・宮城を真剣に考えているのか、と言いたいです。 高校は卒業生のモノではない。現役学生を中心として、未来の入学生のもの。そして、公立である以上、人材育成・供給機関という意味で県民みんなの共有財産だ。 過去の郷愁を大事にするのは結構だが、同窓生という特定の部分社会での意識にしか過ぎないこと、しかも前向きの議論でないことをわきまえて欲しい。過去の郷愁は、仲間内で談笑する程度の話で、せいぜい、別学だとこうだったよといわば情報提供する程度にとどめるというのが普通、というものではないでしょうか。 それが、やれ伝統文化だと真顔で声高に叫んで、それだけを押し通そうとすると、結果的に、現実と未来に関わる本来の議論(冒頭に記したこと)を歪めてしまうのですから、大変重大です。現在と未来を真剣に考えるべき。学校は卒業生のものではないからアレコレと口を挟まなくて結構です、とさえ言いたくなるけど、もちろん本当は卒業生にこそ真剣に母校のことを考えて欲しいのですが、ね。 ちょっと思うのは、こうした「伝統文化至上主義論」も卒業生個々の真の意思ではないと思う。実は卒業生も大多数はわかっている。ただ団体として意思表明するとどうしてもそうなる、そしてそれを押し通そうとする有力?な人たちが存在する、ということなのだろう。ここは想像です。 だから、その存在に対しては、教育論とは無縁のまさに政治的配慮の世界で対処すれば良く、またそれ以上の配慮をして教育論を害すべきではない、ということでしょう。そうして欲しいです。■関連する過去の日記です ○仙台市梅原市長の「仙台一高・仙台二高別学維持」発言に思う(11月30日) ○宮城県内の公立高校の男女共学化論議を考える(2)歴史(11月28日) ○宮城県立高校の男女共学化を考える(1)序論(10月28日) ○宮城の進学率と公立高校を考える(9月6日)
2005.12.07
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小3の娘が尋ねました。学校の授業で取り上げるようですが、「お父さんが子どもの頃にあって今はない道具」を調べてみよう、というのです。ウ~ン、そうだなあ... ○ぐるぐる渦巻きの蚊取り線香 ○ガリ版(娘:何それ?ああ鉄筆ね。 →昔は先生のお便りもガリ版だったよ) ○餅つきのキネとウス(娘:今でも使ってるんじゃないの? →あ、お祭りとかね。) ○石炭のストーブ(小学校の教室もコレだった)岩手県生まれの私の小学生時代(昭和40年代後半)は、冬はストーブ当番の生徒が、石炭置き場から石炭をバケツに入れて、教室までウンコラショと運んだものです。12月の今頃はもう外は雪一面。田んぼで遊んでいると、誤って雪の下の用水路によく落ちたものです。それでも懲りずに、ランドセルをひっくり返して雪の上を押して走る競争、「ヤマハ・スノーモビル」と言いながら走るというバカな遊びをやっていました。耳が凍っている子どもたちも多かったですね。毛糸の「耳当て」もあるのですが、つけるのが面倒で、「耳当て」をせずに遊び回っていました。家の中でも水が凍り、瓶のキリンレモンも凍っていました。そもそも冬には水道は止まって当たり前でした。ところが、地球温暖化の影響でしょうか、私の生まれ育った地域も今では正月に根雪がない年も多いようです。今、我々のくらしは冬でも快適になりましたね。我が家の子どもたちも、風呂上がりにアイスを食ったりします。こんなことで、これからの人生大丈夫か。現代の子どもたちよ、真の「東北人魂」を見習え、と叫びたくなります。しかし、もし本当に昔の生活に戻ったら... と考えてみますと、どうでしょうか。意外と子どもたちは適応できて、適応できないのは哀しいかなヌクヌク生活に慣らされた私オジサンたち、となるかも知れません。以下、想定問答。 ○ 子:カマクラ作ろう → 父:疲れるからいい。寒いし。 ○ 子:雪だるま作ろう → 父:ゴミや犬のウンチが付いてくるから、やめよう。 ○ 子:そり遊びしよう → 父:去年はひたすら引っ張って疲れたな~。お父さんの「東北人魂」も、やっぱりアヤシイね、と娘の声が聞こえそうです。
2005.12.06
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三位一体改革は結局妥協で終わった。歴史的な意義と一定の評価はするものの、内容については不満が残る、というのが大方の捉え方だろう。今回の「改革」に対する評価について、いつくかの新聞を読んだ。 読売新聞は3日(土曜日)に、吉田和男、神野直彦、片山善博各氏の評価を載せている。最も切れが鋭く、しかも騒動の本質を突いていると思うのは、霞ヶ関システム自体の抜本改革の必要を唱える片山知事の意見だ。もっとも、2人の経済学者の指摘する問題もそれぞれ重要である(地方交付税のモラルハザードの点、改革目的を見失った迷走に終始した点)。 勿論これらの意見が相矛盾しているわけではなく、問題の複雑な塊に対する、光の当て方の違いである。すなわち、(1)吉田氏は、主に中央財政の視点から、現行地方交付税制度の非効率性を重視し、(2)神野氏は、主に分権の必要性の視点から、分権の目的を見失ない補助負担金削減の議論に陥ったダッチロール現象を憂い、(3)片山氏は、今回の苦し紛れの結果から、逆に、補助負担金分配業務を核とした霞ヶ関の病理が手つかずであることを指摘する。 これら全てが、問題だったのだ。 日本経済新聞は5日(月曜日)に解説を出している。初めての大規模な税源移譲という歴史的意義があるものの、地方の裁量がさほど広がったとは言えず、今後は交付税システムの改革が急務だ、という論調。 後段の交付税改革が今後の焦点とする点は、財務省の誘導や、中央財界、吉田氏のような財政学者の見方に乗っかっているのだが、それも課題として存在することは間違いない。 私は、今回の「三位一体改革」が財源論から出発した(と思われた)ことに生来の限界があったと思う。 本当はカネの論理の議論ではないはずだけれど、財務省などが強力にバイアスをかけて、カネの論理に矮小化してしまった。補助金削減で数合わせ、或いは、交付税だと地方はムダに使います、けどそれでも良いなら補助金削減は歓迎(交付税は総額で抑制だ)、などの議論がまかり通ったゆえんである。各省庁も、同床異夢なのだけれど、国益ではなく省益維持という点で行動指針はハッキリしていた(特に厚生労働省と文部科学省は国民的視点のない省益対応の点では金メダルに値する)。 あるいは、こうした私の評価は、「三位一体」に過度のものを期待しすぎているのかも知れない。 2000年4月施行の地方分権一括法がそもそも不十分だった。今回はこのことが浮き彫りになったと思っている。 典型例は、生活保護費国庫負担金の問題である。そもそも生活保護は現行法制上はれっきとした国の事務である。生活保護の実施(生活保護法第19条)は、本来国の事務を法定受託事務として都道府県や市が実施するのである。だが、当然ながらその財源は国が手当てしなければならず、国が負担金を支出する(同法第75条)とともに、一般財源分の必要額が交付税措置されていることになっている。 今回、「財源をくれと言いながら生活保護の国庫負担率引下げには反対」という地方側の言い分は筋が通らない、などという論調もあったが、少なくとも現行法制上は生活保護は国の事務なのだから、十分な財源措置をすべきだというだけの話であって、税源移譲しても地方の裁量につながるとは言えない世界である(国の負担金配分事務に要する人員の削減などの効果はあろうが)。 財源論(カネの論理)だけの矮小化した論議として見るから、事務配分の基本的議論などはすっ飛ばされてしまい、カネが欲しいのか要らないのか右往左往している地方側の言い分は筋が通らない、となるのである。 また、義務教育国庫負担金などは、義務教育が自治事務とされながら、「国庫負担金」として残されている。これでは訳がわからない。かたや法定受託事務なのに地方が独自の手数料収入で賄え、とされる事務まである(パスポート発給など)。バラバラ。 これは、そもそも法定受託事務・自治事務と国庫負担金・補助金の関係など、地方行政制度と地方財政制度の関係がキチンと整理されないまま残されたことに根本的問題があるのだ。訓示規定だけの地方分権と酷評されたゆえんだ。 この問題は、財源論ではなく、もっと幅が広く根の深い問題である。国の各省庁は、法定受託事務だろうが自治事務だろうが、あるいは負担金だろうか補助金だろうが、お構いなしで、すべて地方統制のツールと認識している。自治の論理なんて考えていない。整理したくないのだ。 財源論(カネの論理)だけではなく、地方の事務と国の事務の整理、そして本当に地方が自主的に事務を実施できるような地方財政システムのあり方を、改めて議論して欲しい。 とすると、期待できる次のチャンスは、道州制論議である。それしかない。折しも、現行の第28次地方制度調査会は、道州制導入にこれまで以上に踏み込むようである。 現行の地方制度の枠内での再編ではなく、国の事務がいかにあるべきかの観点から、真剣に論議してほしい(とすると総務省所管の地方制度調査会には、必然的に限界が予想される)。 もちろん、地方制度の枠内でも都道府県と市町村の関係は整理しなければならない。都道府県を道州に、という発想ではなく、都道府県を廃止して、国から道州を持ってくる、という観点だろう。その際に、何が国の事務で何が道州の事務かという機能的観点だけではなく、霞ヶ関が政治家と結びついて省益と利権の自己増殖のリバイアサンの心臓となっている実態を直視し、このムダをいくらかでも排除する観点で議論して欲しい。 今回の三位一体改革は、財源論に矮小化されながらも、一定の意義は確保した(と言いたい)。今度は、国と地方を通じた、日本システムの壮大なムダの核心に切り込んで欲しい。 政治的難題だが、どこまでできるか。政治リーダーの問題意識と、固い決意と、そして、諦めかけた国民に期待を抱かせながら増税議論などとの調整を果たす、手法面でのある種の老練さ狡猾さも要求されるだろう。 小泉内閣が掲げる族議員の排除ともつながる課題だが、それよりももっと高度な難題だろう。
2005.12.05
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午前中に行ってきました。DENKODOの広告見ていたので、子供たちと行きました。この店始まって以来ではないかという(失礼)盛況ぶりでしたね。駐車場もちょうど空きがあってラッキー。11時の登場を待って...携帯フォトなので見にくいですが、真ん中の背の高い人が岩隈選手です。実物はやっぱり好青年ですね。娘の肩車で、首が疲れた...頑張れ楽天イーグルス!
2005.12.04
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小学校低学年の児童が殺害される痛ましい事件が連続して報道されています。被害家族や学校関係者の心中を察しますと、このような卑劣極まりない犯罪が根絶することを願います。 有名ジャーナリストAさんが、アメリカの立法例を挙げて、幼児に対する性犯罪者をGPSで常時監視する、一般人が誰でもインターネットでモニターできる、という制度を紹介しています。被害者の名前のついた法律ですが、事件の衝撃を物語るとともに、犯罪多発社会における個人法益保護システムを重視するアメリカ人の風潮も感じられます。(ちょっとそれますが、1992年ルイジアナ州バトン・ルージュで日本人留学生が射殺された事件も、正当防衛として当然というのがアメリカ人の一般的反応だった。日本でなら相当性、つまり過剰防衛でないか、が議論されるでしょう。) GPSは最も「先進」的だと思いますが(他には、性欲減退手術を施すという検討もされているという)、犯罪者の氏名等を公開するのは、欧米や韓国でも導入されいてます。もう自発的更生や矯正という観点は放棄したかのようです。 現在の日本の対応は、前科者の情報を関係者で通報・共有し合うなどの程度。それも昨年の奈良市の小一女児の事件で前進したもの。一般的(常時的)公開や、ましてやGPSなどは、これまでの人権感覚と日本人の治安意識からは、ちょっと考えられないというところだったでしょう。しかし、ジャーナリストAさんも指摘するように、そんなこと言っている場合ではないのかも知れません。 ところで、昨年(平成16年)の司法試験の憲法の問題に数年後の姿を示すかのような出題がなされています。そこで、解説と模範答案を書店で立ち読みしてみました(仙台駅前M書店さん、いつもスミマセン。でも結構本を買っていますから...)。 出題は「13歳未満の児童の親権者が請求した場合には、国は、子供に対する一定の性犯罪の常習犯(前歴者)で、その請求者の居住する市町村内に居住する者の氏名・住所・顔写真を開示しなければならない、という趣旨の法律が制定されたとする。憲法上の問題を論ぜよ。」というもの。 模範答案の論理の流れを参考に、私の意識も少々勝手に肉付けをしてみますと、次のような答案になります。------------(1) 憲法上の論点は、「前科」及び「氏名・住所・顔写真」を強制的に開示されるという前歴者のプライバシー(13条)の制約が合憲かどうか。前提としてこれらがプライバシー権の内容に含まれ、また、憲法上明文にはないが13条で保障される。(2) プライバシー制約立法の合憲性審査基準が問題となるが、プライバシーは人間の人格的自立に関わるから、最も厳格な審査基準(やむにやまれぬ重要な利益を目的とし、目的達成のための必要最小限度の手段であること。芦部説)が妥当。(3) そこで、この基準に従い、本件制約立法の目的と手段を検討する。まず目的は、子供を性的犯罪から保護する重要な利益。この犯罪は幼少者の精神にも重大な影響を及ぼすことが指摘され、また、通学や生活全般にわたり幼少者を犯罪から防止するための監視活動などを、保護者や学校・地域社会に強いることも事実上できない。従って、やむにやまれぬ重要な利益である。(4) 次に手段について。(4-1) 任意の住民に開示するという手段が、上記目的の達成のためになるか(関連性)が疑問。なぜなら、前科者の更生意欲を決定的に減退させるはずで、前科者は他の市町村に転出すれば結果的に目的を果たさないようにも思えるから。しかし、前科者の転出が合理的に予測まではできないから、一応関連性は肯定。(4-2) 目的に奉仕する手段としての必要最低限性はどうか。たしかに、請求者を限定し、また、対象者を常習者で前歴者に限定し、さらに一般的公開(広報誌やインターネット等)ではなく請求者への個別開示とする、などの配慮がみられる。しかし、開示対象を個人情報の中でも、顔写真のみならず住所氏名まで対象としている点は問題になる。なぜなら、顔だけで人物は特定できるとも言えるから。この点、たしかに子供が不審者に遭遇した際に逃避するためには顔がわかれば足りるとは言える。しかし、体力や注意力に劣る子供が、どのような場面でもその顔の人物から逃避に成功しうるとは限らない。従って、親権者が、立ち入りを回避すべき時間、場所、状況などを子供に効果的に説明するために、住所と氏名は必要最低限の情報と言えるだろう。また風貌を代えて犯罪行為に臨むことも容易に想定されるから、この点からも必要といえよう。よって必要最低限度性を肯定。(5) 以上から、本件の法律は憲法に反しない。以上------------ 試験の答案なら、合憲性審査基準に当てはめながら利益衡量する姿勢を示せばよくて、合憲か違憲かの結論は二の次ですが、現実の問題として考えると、深刻です。 私自身は、この種の問題にはかなり自由主義的な意見を持っていました。つまり、人権制約に反対という姿勢です。この答案でも違憲と結論づけたでしょう。 また、例えば、公園や繁華街に監視員や監視カメラを置くべし、などという意見があると、国家への行き過ぎた期待と財政膨張の点からも反対でした。 でも、これだけ事件が頻発してくると、もう限界だろうか。社会全体で防ぎ合うという純朴な農耕社会モデルはもう通用しないのか。 事件のむごさもさることながら、このような意味で「価値観の転換」を迫られているようで混乱をしてしまうので、その意味でも私個人には大変辛い問題です。 マスコミも、被害者の心情への配慮なのか、一般大衆迎合なのか、この問題に対しては人権擁護の立場を鮮明にはしないようです。むしろ欧米にならって導入の検討を進めよという論調もみられる。人権擁護法や人権救済条例(鳥取県)については随分騒いでいますが、人権侵害の重大さで言えばどうなのか、と思いますが。■以前の日記(ちょっと論点が異なりますが) 鳥取県の人権侵害救済条例について真剣に考える(10月13日)
2005.12.03
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ある週刊誌の記事で読みました。高校野球特に甲子園を神聖視してきた全国紙も現実を見始める時期、というような論調の記事でした。具体的には、全国から球児を集める私立強豪校が、多数の野球部員を集めるのはいいが、現実には相当の数の「脱落者」を出している実態がある、との内容。そして、他県から野球部員を集めているベスト5に、山形県と宮城県が入っていました。(斜め読みしたので、こんな感じの記事でした、という程度です。)ナルホド、という感想を持つとともに、このような実態を是非オープンにして、いかに対応すべきか論議して欲しいと思います。この問題、そもそも問題の所在は何なのか、と想像するに、行きすぎた勧誘に伴う不透明や入学処理の実態だろうと漠然と思っていましたが、大量の「脱落者」という記事で問題意識に伴う中身を教えてもらったという感じがします。(これがナルホドの意味です。言われれば当然とも思えますが)。「脱落者」に対して、合意に基づく競争の論理もある程度は通用するのかも知れませんが、全ての生徒に十分なケアができてこそ教育であって(あくまで学校教育の一環)、仮にケアのできる限界を超えて勧誘しているのならば、野球中心の学校「教育」内容も含めて、よく論議されるべきです。私は仕事の関係で、宮城県内の有力な私立高の幹部に何度かお話を伺う機会がありました。各種スポーツで県外から優秀な生徒を入学させる一方、学業面でも停滞する県立を尻目に実績を上げている学校です。いち早く中高一貫教育を導入し、また施設面でも県立とは比較にならないほど素晴らしく、教職員の熱意も感じられました。その幹部は、名前だけ在籍させて実際にはその学校にはほとんど居ないような(卓球の某有名女性選手のこと)、経営の論理優先の東北北部の某学校とは違いますよ、との趣旨の話をしていたのを思い出します。その学校も、ちょうどその頃に野球部が相次ぐ不祥事で、やがて活動自粛や部員募集停止をするという状態だったのですが。根底には私学のモラルが問われます。また、ある種の制裁も必要かも知れませんが、それにしても「大会出場の際に他県出身生徒の登録を制限する」式の対応は、短絡的で筋違いである上に、生徒に責任を転嫁するようなもので反対です。高野連の当事者能力の程はわかりませんが、ここは、教育の観点を重視して、是非公明な議論を進めて欲しいです。そういう意味では、甲子園礼賛の全国紙を読んでいては、確かに問題の適切な理解ができなかったのかも知れません。関係する以前の日記 ○高校野球の「野球留学」抑制論議を考える(11月25日) ○高校生の「野球留学」を考える(10月20日)
2005.12.02
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昨日(12月1日)の日記の続きなのですが、我流白石うーめんファン、そして東北の地域振興を考える編集長としては、温麺の生活レベルでの広がり度合いを知るために、店頭で売っている範囲について少々調べようと思いました。こういう場合は、業界団体に問い合わせるのが一番と思いまして、奥州白石温麺協同組合さんに直接電話して聞いてみました。すると、宮城県内では大体売っているが、県外はちょっとわからないです、ということでした。そうですね、流通の話ですからね。そこで、今度県外に行った際には必ずスーパーに立ち寄って、白石うーめんの陳列の有無をチェックし、「東北うーめん生活密着度マップ」を作ってみようか...と思います。ところで、商標法の改正により、来年4月から「地域ブランド」制度がスタートするのだそうです。そして、宮城県と日本弁理士会が11月29日、ですから今週の火曜日に、宮城県庁で「地域ブランドセミナー」を開催したそうです。えっ! あると知っていたら行ったのに。そのパンフレットには、既に商標登録されている「地域ブランド」の一例として、堂々「白石温麺」(奥州白石温麺協同組合)が出ています。何の脈絡もなく昨夜思い浮かんだ白石うーめんでしたが、思い浮かぶ理由があった!のだと勝手に納得した次第です。神のお告げか。やっぱりマップ作り頑張ります。がんばれ白石うーめん。(ところでたった今地震でしたね。10時13分、M6.4、最大震度3。被害がないといいですが。津浪はないようです。)
2005.12.02
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何の脈絡もない話題ですが、私は独身時代に白石うーめんに大変お世話になりました。学生の頃は向山の「マーキュリーストア」でよく買いました。社会人になってからも独身のうちはよく買いました。(そう言えば原町の「マーキュリーストア」でも買いました。)その理由は、単純。細くて短いので、鍋でゆでるのに時間と手間が掛からない、というだけです。食に何のこだわりもなかった私は、腹が減ったら、鍋に湯を沸かして、うーめんを1玉バラバラと突っ込んで、1分後にはザルに通して、あとは「大久そばつゆ」やらマヨネーズやらで、バーッと口に入れる、なんていう食生活をしていました。ああ若い。(ちなみに、ゆでたスパゲッティに佃煮ノリを絡めて食べるという発明も友人達に大好評でした。)数年前に家族プラス実家の父母で白石の温泉に泊まった帰り(往きだっかたな)に、白石市内の専門の店でりっぱな「うーめん」を頂きましたが、ああ、こんな「よそ行きの」顔をしたウーメンなんて、うーめんじゃない、と感じたほどです。白石うーめんは、それは由来と歴史がある立派な文化であり、地場産業です。もっともっと全国的に有名になって欲しいです。ただ、ショーケースに入れた飾り物ではない、普段の生活にとけ込んだものこそ、生きた伝統文化だ、と少々勝手に思ったりもします。普通に仙台のスーパーで売っている、っていうのが良いですね。(それでは、アンタのうーめん人生が伝統文化か、と言われると、やっぱり「恥」ですが。)学生の頃は、他県から来た友人達に勝手に宣伝していました。便利さを説明すると、結構みんな同意してくれました。最初は、なにソーメンだろ、なんて言っても、実際に食わせてやると、そりゃ~便利だね、と。お手軽でおいしい利点をいかして、全国のスーパー店頭に並んで、日常の食卓に登る。若者が手っ取り早く食べるもよし、家庭がいろいろ工夫して食べるもよし、ふと包装紙を見たら何これ宮城の白石で作っていたのか、フ~ン、と言われるぐらいになるというのが、我流うーめんファンの夢です。
2005.12.01
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今日は仕事もせずに、朝から下の5歳の娘と2人コンビで活動。乾燥肌になりがちなので、まずは皮膚科の医者に。いつもは混雑する医院ですが、さすがに平日は意外と空いていて、10時には終わりました。ちょうど時計が鳴って人形が出ていたので。塗り薬と飲み薬をもらって、その後は、思い切って塩釜のエスプに行きました。子連れのママパパには十分知られていると思いますが、このエスプはとってもありがたいグッドな施設です。絵本、パソコン、工作、運動、庭園(夏は裸足で水遊びも)と、幼児から小学生まで幅広く楽しめる施設だからです。我が家では、上の娘が生まれた直後から(ちょうどその頃できた施設でした)、結構行っています。塩釜市民でもないのに、いつもお世話になります。小さい頃は、ボール遊び、次いで絵本や紙芝居、やがてオセロやチェス(借りられます!)、そして最近はパソコンと工作です。ソフトも借りられます。工作は3階の工作室でやるのですが、材料も揃っていて自由にできるし、係の人も親切で大助かり。わが上の娘の小学校の夏の宿題で作った巣箱も、じつはエスプで作りました。(板と釘と蝶番は買っていき、金槌や電動糸鋸は使わせて頂いたので助かりました。)というように、我が家では、かなりエスプに行っています。決して近い訳ではないのですが、このとおり子供の楽しみの詰まった所ですから。今日は、娘がパソコン(ポチャッコのかたち博士)のあと、工作室でクリスマス・ツリー【写真】を作りました。その後、義父母も交えてラーメンを食べて、帰宅。まもなく上の娘も小学校から帰るので、オヤジと娘の合計3人で今度は歯医者に行きます。ここで気がついたこと。今日はここまで一言も娘に怒っていません。いつもは朝は「早く早く」と慌ただしいのですが。こんな日はハッキリいって珍しい。娘に言ったら、娘も笑っていた。こんな日もいいものです。
2005.12.01
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