仙台・宮城・東北を考える おだずまジャーナル

2012.05.23
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カテゴリ: 仙台
渡辺萬次郎『わが町仙台』(宝文堂、1977年)の中から、明治の仙台駅の位置に関する記載がある。



先輩達の話によれば北は名掛丁から南、西は東五番丁から東は東七番丁までの地域は、始めは一面の低湿地で今の駅前通はもちろんなく、宮町の南端から清水小路までまっすぐに通った東六番丁がこの荒れ地を南北に貫き、これを横切るものとしては、柳町通と南町通の中間から、東に延びた野干(やげん)小路があっただけ。野干すなわち狼の声を聞くほどの淋しさに人もめったに通らぬ所であったという。

ところが明治19年(1886)東北鉄道会社が今の宮城野貨物線に沿って東北本線を敷く計画を知った当時の市民が、市心に近いこの広大な低湿地を利用し仙台駅をここに設ける運動に成功し、会社は始めこの全区域を買収したが、その後市民にその西北部(現在の中央一丁目)を解(ママ)放し、これを機として急にこの地に進出したのが前記の旅館商店群で〔おだずま註:仙台ホテル、青木ホテル、丹六、玉沢支店、針久別館、陸奥ホテル、針久支店、中村旅館など〕、その翌明治20年仙台駅の開通を機会に駅前通をその正面に南北に進め、北は名掛町を横切って元寺小路に通じ、南は途中で西に曲がり南町通に直通し、市の中央部との連絡を便にした。



これによると、やはり、当初会社は後の宮城野貨物線ルートを計画したが、市民が運動して市中央部に近い現在地に移した、ことになる。

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最終更新日  2012.05.23 22:52:43
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