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南米の旅4日目、6月8日はイグアスからアルゼンチンのブエノスアイレスへ戻り市内観光。イグアスは今回の旅で一番遠い場所で、Uターンしてアルゼンチン、ペルー経由日本へ。平成21年6月8日(月)8時にホテルを出発、国境を越え「イグアスの滝国際空港」へ向かう。ブラジル側国境検問所10:18アルゼンチンにある「イグアスの滝国際空港」10:50発 ブエノスアイレス/アエロパルケ空港行き LA4023 便を利用6月8日は日本では初夏だがアルゼンチンでは冬前10:23手荷物を積み込む作業員スケジュールは10:50発であったが遅れるターミナルを離れる10:40ブエノスアイレスへ向けて離陸、所要時間約1時間50分アルゼンチンの原野大きな湖10:45牧草地帯が広がる国内線の機内11:59左右に道路が走る12:04ブエノスアイレスが近くなり下降をはじめるパラナ川沿いの田園地帯をズームアップ上記写真の右側に斜張橋12:10ブエノスアイレス近郊の住宅地か一軒の家の敷地が広い12:13左右に高速道路が走るブエノスアイレスはアルゼンチンの首都で、人口は約300万人。人口の9割以上がスペイン、イタリアを主とするヨーロッパ移民で、生活も南欧の習慣が色濃く根付いている街並みは整然と区画され、重厚な石の建物が並ぶ。そんな雰囲気に、人はここを「南米のパリ」と呼ぶ。またタンゴを生んだ町としても有名である大きな陸上競技場&サッカースタジアム空港横に『AySA浄水場』12:16アエロパルケ空港:正式名称 ホルヘ・ニューベリー空港12:27手荷物は、NO.3ターンテーブル12:49現地添乗員の女性アルゼンチンの公用語は、スペイン語で、お隣のブラジルはポルトガル語であると先程飛行機の中から見たスタジアム収容人員7万人のサッカー競技場アエロパルケ空港は市街地に近い12:55市内観光前に昼食会場のレストランへレストラン前には、炭火で焼く子ヤギ昼食はアルゼンチン名物の「アサード料理」肉料理が主で、日本人にはさっぱりしたものも欲しい13:59レストラン前にいた飼い犬14:04昼食後、市内観光へアエロパルケ空港道路の幅が広い右前方に大きな白亜のモニュメントパレルモ地区にある『スペイン人記念碑』リベルタドール通りとサルミエント通りが交わるロータリーの真ん中にある大きなモニュメント更に通りを進むロータリーに騎馬像が建つ道路脇の公園に建つ像公園の間に教会14:20モニュメント 南米の旅-続く
2020.07.31
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オプショナルツアーで「ボートクルーズ」へ参加。ツアー料金は、約30分で $120 と少々高い。平成21年6月7日(日) 14:22国立公園内のホテル14:48オプショナルツアーの駐車場へ到着。ここからジープに分乗して船着場へ現地の若い係人船着場を見下ろす15:18ゴムボートに乗る船着場で雨合羽を着て乗船、カメラも防水対策オプショナルツアー利用者は、1日300~1,000人ゴムボートでイグアス川を上流へ向かって上る波も荒くゴムボートであるので救命具も装着現地カメラマンがビデオ撮影して販売15:22前方に滝が見えてくるゴムボートは急流に逆らって進む急流のイグアス川水しぶきの白煙が上がる15:25左前方は「悪魔ののど笛」だが白煙が立ちこめて上流の先行船をズームアップイグアス川がブラジルとアルゼンチンの国境で、左:ブラジル、右:アルゼンチンアルゼンチン側の滝水面から見る滝も迫力があるズームアップメガネが曇りました水しぶきがすごいので撮影も大変何か工事をしているのか15:30前方は『悪魔ののど笛』ズームアップアルゼンチン側の滝この滝の下に近ずいたが撮影できず更に前方へ進む先行船も進む水しぶきの白煙がひどくなる15:34先程行った展望橋が見えてくる展望橋突き出した展望橋展望橋の先端部分上からも怖かったが、下から見るとゾーッとする展望橋先端下展望橋の観光客15:41悪魔ののど笛手前で引返す16時に無事ボートから上がりクルーズを終えた19:45夕食は宿泊ホテルのレストランでバイキング夕食前に3人で部屋でワインを一本のみ、夕食時もワイン一本を飲む 南米の旅-続く
2020.07.30
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イグアスの滝のブラジル側を歩く。平成21年6月7日(日) 13:27昼食後、展望台へと降りて行くイグアスの滝のブラジル側の特徴はまず、イグアスの全景が見渡せること。歩くのが苦手の人もバスとエレベーターを使えばあまり歩くことなくビューポイントへ行くことができる滝への遊歩道は1.2キロほど緩い坂道を下る観光客が多く他の団体ツアーの旗も、天気が良いので虹も発生向かい側はアルゼンチン側のイグアスの滝展望台には多くの観光客南国だけにハイビスカスも咲く滝の下にはボートがイグアスの滝は、特定の滝の名前ではなく、周辺に点在する大小275の滝の総称である。雨期に流れ落ちる水量は、毎秒6万5,000トンにも達し、世界最大量を誇る前方はアルゼンチン側の『悪魔ののど笛』我々もこの後オプショナルツアーの「ボートツアー」に参加するがここまで来るのだイグアスの滝は2段構造の滝が多く、それが大きな特徴で世界でも有数の自然景観となっている水しぶきの白煙の中に展望橋13:46遊歩道を進んで行くとやがて滝の前まで張り出している橋があるこの橋の先端まで行くと、ブラジル側からの一番迫力ある眺めを見ることができる展望橋は、イグアスの滝の2段構造の中段にあり上下に迫力がある展望橋から振り返ると展望台へのエレベーター悪魔ののど笛方向イグアス川の下流側、ツアーボートはこの下あたりまで来ると展望橋の先端から展望橋の先端から下を覗くが迫力満点だ!悪魔ののど笛悪魔ののど笛展望台、右側にアルゼンチンの国旗展望橋の先端から下流側の下を覗く展望橋の先端下を見ると足元が、ガタガタだ!展望橋を戻る左方向が「悪魔ののど笛」下流側も水量が多く迫力があるズームアップ14:01落差は10数メートルだが上段からも迫力満点の水量エレベーターで展望台へ上がる14:10展望台から見下ろす悪魔ののど笛から水しぶきの白煙展望橋を見下ろす悪魔ののど笛の上には虹が発生、右側は展望台悪魔ののど笛展望台先輩の口元へマスクを14:13イグアスの滝の幅は、2,700メートル、高さ82メートル 南米の旅-続く
2020.07.29
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アルゼンチン側のイグアスの滝からブラジル側へ移動。アルゼンチン側からはイグアスの滝の全景は見えなかったが、豪快さは感じられた!平成21年6月7日(日) 9:00悪魔ののど笛近くで見るので轟音もあり迫力満点。ステージに立っていると吸い込まれそうで足元がすくむ水しぶきの白煙がたっているので、虹も現われる悪魔ののど笛展望台休日は水量を増やすとのことで、この日は日曜日で水量が多かったこの後行くブラジル側を望むイグアスの滝とは、特定の滝の名前ではなく、周辺に点在する大小275の滝の総称である。雨期に流れ落ちる水量は、毎秒6万5,000トンにも達し、世界最大量を誇る。2段構造の滝が多くそれがイグアスの滝の大きな特徴でもあり、世界でも有数の自然景観となっている悪魔ののど笛を後にする9:33悪魔ののど笛駅からトロッコ列車で戻る9:49途中で下車して散策する遊歩道を下りながら上流側を望む名の付いた滝なのであろうがいろんな滝が連なる今までいろんな滝を見たが、流石世界三大瀑布水量が多いので迫力を感じるが渇水していると大平原にある滝右側に展望台川にはボートツアーいろんなところに展望台30分程の散策広場にいたこの鳥はゲート近くにあった案内板10:30朝入ったアルゼンチン側ゲート。駐車場からブラジル側のイグアスの滝へ移動11:11土産物店の水晶水晶で作られた盆栽値札は、R$ 31.744,80 とあったが他にもいろんな民芸品が売られていた11:48国旗はブラジル&アルゼンチンイグアス観光はブラジル側からとアルゼンチン側からの2つがあり、どちらもそれぞれに魅力がある。ブラジル側の特徴はまず、イグアスの全景が見渡せること1986年にユネスコの世界遺産に登録された館内に展示されていた写真、満月の夜には「ルナレインボー(満月に輝く虹)」が見られる可能性があると、満月の明かりで虹が出るのか?12:15滝近くにアナグマが棲んでいる人の食べ残しを食べに現れたアナグマアルゼンチン側の「悪魔ののど笛」先程行った遊歩道から展望台、この先で突然滝になる12:23ホテルのレストラン内から『悪魔ののど笛』昼食は、ホテルのレストランでバイキング悪魔ののど笛からの水しぶきの白煙が上がる13:02アルベルト・サントス・デュモン(Alberto Santos-Dumont)ブラジル出身の発明家。ヨーロッパの航空のパイオニアであり、主に飛行船の造船で有名。さらに、飛行機の公開実験にも成功しヨーロッパ初の飛行機製作者となっている。ブラジルでは飛行機の父、飛行機王と呼ばれるほど偉大な発明家であり、未完に終わったもののヘリコプターをも開発していたことで知られるまた、ブラジル有数の平和主義者であった。現在のブラジルではデュモンの名が大きく残され、その名を冠にした空港がリオデジャネイロ市内にある国内線発着空港で、サントス・デュモン空港飛び回っていた蝶蛾のようだが名前はわからず13:16昼食後ブラジル側の滝観賞に。イグアスの滝は2段構造の滝が多くそれがイグアスの滝の大きな特徴になっているイグアスの滝とは、特定の滝の名前ではなく、周辺に点在する大小275の滝の総称である滝の上には遊歩道がある後ほど乗るボートツアーはこの辺りまで来るのか滝をズームアップイグアス川にはボート13:26さかのぼってくるボート 南米の旅ー続く
2020.07.28
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南米の旅3日目の6月7日は、世界3大瀑布の一つに数えられる「イグアスの滝」をアルゼンチン側とブラジル側を終日観光。平成21年6月7日(日) 6:00ホテルからの日の出前の空ホテルのプールイグアス(ブラジル側)のホテル『HOTEL RECANTO PARK』ここへ連泊するホテル前の看板ホテル前の道路7:30ホテルを出発してイグアスの滝へホテルを出て、イグアス川を渡り国境検問所を通過。イグアスの滝は、アメリカのナイアガラの滝、ジンバブエとザンビアにまたがるビクトリアの滝とともに、世界3大瀑布のひとつとされている。ブラジルとアルゼンチンの2ヵ国にまたがる巨大な滝だ。その玄関口となるのが、フォス・ド・イグアスの町。1986年にユネスコの世界遺産に登録された8:30アルゼンチン側の「イグアスの滝」ゲートこちらのゲートはアルゼンチン側。アルゼンチンの国旗が掲げられていた入場券? $60少々高い感じがするが現地添乗員の菅野さん氏は74歳で、昭和23年に12歳で北海道から移民したと。その時の移民の船旅は48日間であったと、我々は今回飛行機で約50時間であったがこのあと、トロッコ列車に乗りアルゼンチン側の「悪魔ののど笛」へ陽気な案内所の係員トロッコ列車の駅舎トロッコ列車で「悪魔ののど笛駅」まで乗車列車が入線満員の乗客を乗せ線路沿いのイグアス川線路沿いには未舗装の道路も静かな流れのイグアス川悪魔ののど笛駅で下車。水しぶきが飛ぶので雨合羽を着て遊歩道へ。雨合羽はツアー会社からの事前の連絡で各自用意していた遊歩道を進むと「ゴゥオー」と大きな音が聞こえてきた。左前方には水しぶき亜熱帯性の密林の中を流れるイグアス川の水が、台地のふちへと吸い込まれるように消えていく。水しぶきの白煙は数キロ先からでもわかるほど遊歩道を進むとより轟音が響き、水しぶきも休日は水量を増やすとのことで、この日は日曜日で水量が多かった上流側には亜熱帯性の密林が広がる滝つぼへと水が流れ落ちる迫力満点!水しぶきが舞い上がる左方向は、ブラジル側アルゼンチン側にある滝つぼをのぞき込む展望台には多くの観光客雨合羽を着て記念写真悪魔ののど笛滝つぼへと流れ込む地響きが体に伝わってきて、水量のすごさと轟音のすさまじさは、まさにその名を象徴する滝の流れを見ていると引き込まれそうになる鳥が飛び回っていたが光の加減によって虹が発生16時からオプショナルツアーで「ボートツアー」に参加予定右後方に遊歩道が見える虹を描いてブラジル側へと流れ落ち、水しぶきをあたり一面に上げる壮大な滝の表情は変化に満ち、光の加減によってさまざまに変化する多くの鳥が飛び回っていた8:58アルゼンチン側の国旗がはためく虹も出て 南米の旅ー続く
2020.07.27
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アルゼンチンのブエノスアイレスから国内線でイグアスの滝国際空港へ。南米の旅2日目。平成21年6月6日(土) 11:08アエロパルケ空港12:30LM4026 便で、イグアスの滝国際空港へ向けて離陸アエロパルケ空港を離陸アエロパルケ空港はブエノスアイレス市内に近いブエノスアイレス市内近郊の公園ブエノスアイレス上空へブエノスアイレスはアルゼンチンの首都で、人口の9割以上がスペイン、イタリアを主とするヨーロッパ移民で、生活も南欧の習慣が色濃く根付いている街並みは整然と区画され、重厚な石の建物が並ぶ。そんな雰囲気に、人はここを「南米のパリ」と呼ぶ。またタンゴを生んだ町としても有名であるラプラタ川上空12:51イグアスの滝国際空港へは湿地帯上空をブラジル方面へ大きな川がくねくねとパラナ川か、上流はパラグアイ13:12いろんな川が合流して、ラプラタ川へ流れるのであろう13:27川の水は泥水?13:48飛行機は下降をはじめ田園風景が近ずく13:56イグアスの滝国際空港へ着陸アエロパルケ空港から約1時間半で到着14:04イグアスの滝国際空港天気は快晴荷物受け取りのターンテーブル横に美女がイグアスの滝国際空港廻りの観光案内板右上が「イグアスの滝」14:17現地添乗員の菅野氏(74歳)がお迎え観光バスへ荷物を載せホテルへ向かう14:38ゴルフ場か車の量が少ないカメラの画素数が低いため解明度が悪く字が読み取れないのが残念14:45Hito Tres Fronterasブラジル、アルゼンチン、パラグアイの3国国旗このプレートはブラジル、アルゼンチン、パラグアイの3国国境を流れるパラナ川。川向うはパラグアイ、右側はブラジルパラグアイ側上記写真の左側の建物をズームアップMarco Paraguay の塔が建つ珍しい蝶右側からイグアス川が合流、建物はブラジル側。ここより上流23kmにイグアスの滝があり、イグアス川の中が国境線アルゼンチン側も、Marco Argentina の塔が建つ塔は国旗の色を反映している15:10観光バスへ戻る観光バスのタイヤに珍しい「空気圧調整装置」運転手に尋ねると運転しながら調整すると15:22アルゼンチン側の国境検問所添乗員が代理で入国審査を受ける、ビザを取得していたのでスムーズに入る国境を渡り、アルゼンチンからブラジルへ15:33イグアス川を渡りブラジルへ入る、上流側にイグアスの滝がある15:47ブラジル側の国境検問所16:24(日本時間:6月7日 4:24)イグアス(ブラジル側)のホテル『HOTEL RECANTO PARK』我々は男三人のトリプルルームで、2連泊。日本の我が家を出てから既に43時間も経ち、睡魔も襲う部屋に入り夕食まで時間があったので、持参したソーメンを作り食べる。19:52夕食会場は、タンゴ・サンバショーを見ながら夕食日本を出てから初めて椅子に座り食事、5人でビールで乾杯食事はブラジル名物のシュラスコホワイトアスパラも20:57食事を終えたごろからショーが始まる賑やかなタンゴ・サンバショーが始まり眠気も覚める次から次と踊り子も各年代の人がステージに楽器での演奏男性歌手もレストラン内はいつの間にか満席になっていた若い女性のサンバショー、素晴らしい!!!目が釘付けになる22:37約1時間半のショーでフィナーレへサンバショ-の後部屋へ戻り、日本を出てから50時間を経て睡魔が襲いベッドへ。即、三人とも爆睡状態に。三人の「いびきコンサート」であったのでは。いつか録音して聞いてみたいものです(笑)。 南米の旅ー続く
2020.07.26
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ペルーのリマ空港でトランジットして、アルゼンチンのブエノスアイレスへ。南米の旅2日目6月6日(土) 0:00リマのホルヘ・チャベス国際空港ターミナル内深夜の発着が多いハブ空港である土産物の民芸品ヒマワリ?カラフルな民芸品6月6日(土) 0:41アルゼンチンへは、LA 2427 B.AIRES(ブエノスアイレス)行き 1:25発ロサンゼルスから乗ってきたLA 601便は01:05発で、チリのサンティアゴへ搭乗ゲートを確認して休憩時間も真夜中で、日本を出てから30時間が過ぎているので寝込まないように注意0:54搭乗開始リマからブエノスアイレスまでは、約4時間15分のフライト、皆さん元気だ!3:10予定の1:25に離陸してチリ上空へ6:20(日本時間:6月6日 18:20)アルゼンチン上空へ日本とアルゼンチンとの時差は、12時間でサマータイムは実施していない7:23ブエノスアイレス空港への着陸前の機内7:35日の出前のブエノスアイレス空港へ到着エア・コメット(aircomet)航空機マドリードを拠点とするスペインの航空会社。主にスペインと中央・南アメリカ各国を結ぶ長距離路線とヨーロッパ各地への近距離路線を運航している。2009年12月の経営破綻により運行を停止した。2010年3月に客室乗務員が、同社による長期の給与未払いを訴えるためにヌードカレンダーを作成し、話題を呼んだ。モデルはすべて女性の客室乗務員で、カレンダーではキャビンの内外で挑発的なポーズを披露。・・・・・・8:02エセイサ国際空港:正式名称 ミニストロ・ピスタリーニ国際空港荷物を受け取りバスへ移動8:04早朝の空港前ターミナルが「A」「Ⅽ」とある国際線はすべてターミナルAに到着する駐車場ブエノスアイレスには、2つの空港(エセイサ空港とアエロパルケ空港)がある。ふたつの空港間の距離は約40kmで、空港間の移動手段は空港バス、レミ-ス(REMIS/料金前払いのハイヤー)、またはタクシー。我々は、観光バスで国内線空港へ移動ターミナル前8:08エセイサ空港を出る高速道路を走り国内空港へバリアフリーの横断歩道エセイサ国際空港はブエノスアイレス市内から約30km離れた郊外に位置しているバスの中からブエノスアイレス市内の高層ビル料金所8:21料金所を過ぎマンションorアパート8:44サッカースタジアム鉄道の跨線橋ラプラタ川8:48空港への途中ラプラタ川へ立ち寄るラプラタ川の河口は220kmあり、世界で一番河口が広い対岸は、ウルグアイここは南半球、日本と反対で日の出が、8:51と遅い朝から釣りを楽しむ人がいた上流側の、対岸はウルグアイラプラタ川下流側河口が220kmと言うと、日本では東京から静岡県の藤枝市辺りになる釣り人が釣っていた魚ラプラタ川沿いの公園9:06アエロパルケ空港:正式名称 ホルヘ・ニューベリー空港アエロパルケ空港は、ブエノスアイレス市内に位置し、主にアルゼンチンの国内線や短距離国際線が発着する。ラン航空カウンターでチケットターミナル内の大きなハートの風船9:37LM4026 12:30 イグアス行き電光掲示板は「SAMSUNG製」、出発まで3時間弱もあり時間を持て余すターミナル内の土産物店アエロパルケ空港10:03朝食は幕の内弁当が配られる自宅を出てから36時間半を過ぎており、久しぶりに美味しいもの食べた感!願わくば味噌汁が欲しかった現地時間:10:13(日本時間、22:13) 南米の旅ー続く
2020.07.25
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新型コロナウイルスも「GO-TO キャンペーン」を始めようとしたとたんに感染が全国に広まり今後どのようになるのか。再度外出自粛になるのか。各自で感染予防に気を付けたいものですネ!このシリーズも、11年前に行った『南米のブラジル&アルゼンチン、ペルー』の旅です。ツアー名は『イグアスの滝とナスカの地上絵・マチュピチュ遺跡 10日間』。旅行期間:平成21年6月5日(金)から14日(日) の6泊10日の旅。今回はクラブツーリズムで17名のツアーに男3人で参加。クラブツーリズムからの最終案内「旅のしおり」念願の、世界三大瀑布のイグアスの滝、マチュピチュ&ナスカの地上絵経路は米国のロサンゼルス経由で南アメリカへ。ペルー → アルゼンチン → ブラジル → アルゼンチン → ペルー 旅行前に自分たちでブラジル大使館(JR五反田駅前)へ出向き、ブラジルのビザを取得ツアー会社へ依頼すると高いので自分たちで取得したので、3,000円で済んだなお今回の写真は、自分の写真がパソコンの変更で保存されていなかったため旅友の了承をへて編集させてもらっております。6月5日(金) 10:29JR横浜駅10:30発の成田エクスプレスへ乗車11:57成田空港第1ターミナルへ到着12:43成田国際空港第1ターミナル、北ウイング4階Gカウンターへ日本からの添乗員から説明を受ける14:55発 大韓航空 KE1便 ロスアンゼルス空港行き13:50先輩のHさんも元気に参加搭乗の大韓航空14:27搭乗ゲートから機内へ16:35最初の機内食は韓国料理「ビビンバ」食べ方が分からず他の方(韓国人?)のやり方を見て食する21:14日付変更線も過ぎ、ハワイ上空も過ぎ米国本土へ向けて飛ぶ。今までハワイへは3度来ていたが米国本土へは初めて。大韓航空のため字もハングル&英語23:19夕食の機内食「オムライス」23:37(日本時間)サンフランシスコ上空ロサンゼルス空港到着現地時間:6月5日 8:40(日本時間6月6日 0:40)成田空港から約9時間45分のフライト。日本との時差はサマータイムの17時間で日本より遅れている。計算は、日本時間より4時間引き、昼夜(PMとAM)を逆転させる。9:18入国審査へ、米国への入国はESTA登録を事前に完了し「渡航認証許可」が必要。入国審査が厳しく、両手の指紋採取、顔写真を撮影9:55トランジットで、LAN航空へ10:02ターミナルを移動して、LAN航空へLAN航空カウンターLAN航空カウンターで搭乗手続き10:21LAN航空のチケットをもらい集合。今回のツアーで最高齢者は80歳代の男性で一人参加今回一緒に参加したMさんご夫妻昨年のスペイン旅行の後「スペイン旅行仲間」を発足、今回の参加となったLAN 601便 LIMA-SANTIAGO 13:20発 11:23LAN航空機中国東方航空11:53LAN航空 LA601便 LIMA-SANTIAGO 13:20発ペルーのリマまでの飛行時間は約8時間35分14:25離陸して1時間後に昼食の機内食機内で米国人婦人とワインで乾杯「リマへ行く」とのことであったが満席の機内搭乗機はカリフォルニア湾上空へ日本時間:6月6日 11:39左側の諸島は、赤道下のエクアドル領のガラパゴス諸島、世界遺産の「自然遺産」。ペルー上空へ、成田空港から既に約21時間LAN航空の空路LATAMチリは、チリの首都のサンティアゴ・デ・チレを本拠地としているLATAM航空グループの航空会社で、チリのフラッグ・キャリアでもある日本時間:6月6日 11:57二度目の機内食だが軽食ペルー西海岸上空を南下リマ空港着現地時間:6月5日 23:52(日本時間:6月6日 13:52)ペルーと日本との時差は14時間で、サマータイムは実施していない自宅を出たのが6月5日(金) 9:30で、既に約28時間を経っており一日が長い。このあとリマ空港でトランジットしてアルゼンチンへ。 南米の旅ー続く
2020.07.24
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今年の梅雨はまだ明けず7月は毎日雨雨、令和2年7月豪雨での被害が全国各地で続出。昨年は台風で関東地方も被害続出であったが、梅雨明け後の平穏を祈ります。天気も悪く遠出もできず、おとなしく自宅待機で昔の海外旅行の写真をブログアップする毎日。そんな中、雨の中庭に出て以前から撮りたかった「花の雫」を追うが今一・・・・・・・。オニユリ7月15日(火)庭に咲くカサブランカ花芽を三個持っているが、まだ一個が咲き良い香りが漂うオニユリユリ科・ユリ属のオニユリは一説によると、食用にするために中国から日本に渡来したといわれる。日本中の山や河川敷で見かけることができる。また、ユリ根として販売されているオニユリは種ではなく葉の付け根にムカゴ(零余子)と呼ばれ黒い実をつけます花言葉は『愉快』『陽気』『華麗』『賢者』といった明るいイメージの花言葉は、大きく成長し、オレンジ色の鮮やかな花を咲かせることにちなんでつけられたアイビーゼラニウムニチニチソウキョウチクトウ科ニチニチソウ属の一年草。初夏から晩秋まで次々と花が咲くので「日日草」という。種から芽を出し庭へ植え付けている雨に濡れた「ニチニチソウ」ヒマワリ数日後の、7月17日(金) 朝ミニトマトの「アイコ」に雫が雫を追うが、赤いトマトは写っておらずギボウシ(擬宝珠)キジカクシ科リュウゼツラン亜科ギボウシ属の総称である。山間の敷地などに自生する多年草。食用となり、花が美しく、日陰でもよく育つため栽培される雫を追うトマトの水滴に映るアイビーゼラニウムヒメフウロソウ(姫風露草)花言葉は『静かな人』『人知れずの愛』カサブランカも二個目が咲く雨の中香りが辺りに漂う。このあと切り落とし玄関へ飾るブルーベリーも熟してきた嫁さんは、熟したものから摘みとり冷凍し最後にジャムを作るとミニトマトの雫を追う雫が落ちる瞬間もいいのだが、雨の中待てずまだ青いミニトマトの「アイコ」ミニトマトの「プレミアムルビー」再度、ギボウシを追うオニユリこのような写真を撮りたかった。マクロレンズならまだ美術的な写真が撮れるのだがトリミングをしてアップしたが、写真の画素数が高いので鮮明である7月18日(日)旅友から頂いた、スイカとかぼちゃ END
2020.07.23
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今年の梅雨は関東地方はまだ明けず、7月は毎日のように雨雨。何時も行く居酒屋のママさんから昨年「ナタマメ」の種を頂き、初めて栽培した記録です。夏には童話の「ジャックと豆の木」のように蔓が伸びると言われ、我が家の西側へ西日を避けることを兼ねて植えることにした。この記録を、前編、後編でアップします。2020年3月13日(金)種が入っている乾燥した豆果で、長さは約25センチもある。ナタマメはマメ亜科の蔓性の一年草で、刀豆、帯刀とも呼ばれる。原産地は熱帯アジアまたはアフリカで、日本へは江戸時代に渡来した。約25cmほどの豆果を結ぶ、以前から漢方薬として知られており、近年では健康食品、健康茶としても一般的に知られるようになった3月17日(火)種蒔用の培養土を購入してポットに種を蒔き温室へ入れる。種は硬いので一晩水につけておいた種を20ポットに植えつける4月19日(日)植えつけて(3月17日)からようやく1か月後に芽が一個出る続けて他の芽が出ることを期待4月23日(木)4月19日に芽が出てようやく頭が出るが、他は出ず4月29日(水)19日に芽が出てから10日目で頭の部分から葉が出始める。3月17日に植えつけてから42日が経っても他のポットは芽がでず、中を見ると腐っていた。ネットを見ると、なた豆は寒さに弱いので種を蒔く時期が早かったようだ!蒔き時はGW前でよかったようだ、因みに、旅友も3月末の旧東海道弥次喜多道中時に「白なた豆」を購入して蒔いたが芽がでなかったと5月13日(水)4月19日に芽が出てから、双葉になったので鉢へ植え付ける5月19日(火)一週間たっても成長はのんびりと!一本しか芽がでなかったので大事に管理しないと6月6日(土)気温も上がりようやく伸び始める6月17日(水)なた豆も伸びてきたので、誘引用の針金をセット。この場所には、四季咲きのつるバラを植えつける予定である4月19日に芽が出てから約2カ月で50センチほどになる。気温が低かったので成長が遅い6月29日(月)成長が早くなってきたので、一日にどのくらい成長しているのかチェック6月30日(火)花壇のヒマワリも成長昨日印をつけたが、一日で約15センチほど伸びていた7月5日(日) 夕方自宅の西側へ西日対策兼ナタマメの誘引用のネットを張るネットの大きさは、幅×長さ=1.8m×3.6m、網目10cm角既に背丈は1.9mになり、主芽をかきとりこれからは脇芽を延ばす。花が楽しみだがいつになるのか7月17日(金) 昼前7月5日に主芽をかきとるが梅雨空が続き、脇芽の伸びが遅い7月21日(火)4月19日に芽が出てから約3カ月後の状況で、花の開花はまだのようです。横に植えた、ヒマワリは咲き、アサガオも伸びる節目から出ているこれが花芽であろうか花が咲くと、このような花に(ネットから) 後編へ
2020.07.22
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アパート建築に伴い建設予定地に「遺跡がある」ことから遺跡の発掘調査。市職員に聞くと茅ヶ崎市には、奈良・平安時代の遺跡が方々にあると。ほかにも、茅ヶ崎市で有名な史跡は、国指定史跡『下寺尾西方遺跡』弥生時代の環濠集落がある。所在地:茅ケ崎市下寺尾341-1ほか『下寺尾西方遺跡』は、弥生時代中期後半の「宮の台式」期に限られて営まれた環濠集落跡で、2本の環濠(大きな溝)が確認されています。内側の環濠は推定で東西240m×南北235mで、外側の環濠は推定で東西約400m×南北268mです。環濠住宅の規模としては、外側の環濠は南関東最大級の規模となっています。2020年5月11日(月) 14:00遺跡の発掘調査が始まるアパートを建てるがその前に遺跡があるとのことで発掘調査。この作業前に数カ所ボーリングを行い発掘場所を調査。作業は10日間位で終了すると一日目はユンボで表土を掘り下げる。発掘調査費は地権者が負担する。費用は広さで決まるようで、約4m×8m位で約100万円とか5月12日(火) 12:00作業二日目:南側から、掘り下げた表土はテントで覆い発掘作業員も3名、市職員も来て昨日から既に1.0m掘り下げていた市職員に撮影許可をもらい作業中以外を撮影他の場所でも発掘調査をしており市職員に聞くと本村では、「平安時代の木簡が出てきた」と作業員のおばさんも10数年この作業をしていると。残土置き場と休憩用のテント東側の境界線も掘削5月15日(金) 17:30作業五日目:東側の境界に擁壁工事で糸を張り土を掘り返すと虫が出てくるので、ムクドリが餌を求めて5月20日(水) 11:45作業十日目:南方向を望む最後の追い込み、出土品は、壺のかけら等であったと5月23日(土) 17:00作業十三日目:アパート建設予定地の周りに木枠を作り生コン。南側から北側を望む木枠の中に生コン右側には仮設のトイレも設置5月23日(土) 国道1号線から県道404号線を北側へ下り、交差点近くにある掲示板と石碑まだ説明等はついていなかった。以前この辺りで発掘調査をしていたのでその関係の石碑と掲示板か5月25日(月) 16:00作業十五日目:5月11日に発掘をはじめてから15日に埋め戻して更地に東側の境界にも擁壁工事5月28日(木) 11:45西側の境界にもブロックを積み上げお互いに擁壁工事我が菜園側にも擁壁工事6月2日(火) 10:50アパート建設に伴い下水管の接続工事。道路を1.5mほど掘り下げていたが、土留め用のパネルは無し。下水本管の接続箇所を確認下水本管の一部を欠きとり接続管を貼り付けるとのこと。工事は止水はしないとのこと6月8日(月) 11:40境界線の擁壁工事も終わり敷地内を掘削していたが何の工事か敷地の隅に置かれていた、これは6月9日(火) 9:40東側部分を、1メートルほど掘り下げていた、4m巾×30数m。下水との分流のため『雨水地下浸透設備』。初めて見る設備で興味があり撮影させていただく、地盤は地固め6月10日(水) 16:00地下浸透だがシートを敷き、その上に樹脂製の枡を並べていたシートの上に樹脂製の枡を並べ枡の大きさは、300×300×500H(推定)排出用のノズルか左側のシートは折り曲げて枡の上に排出用のノズルかシート枡の上に6月11日(木) 10:00作業四日目には枡の上にもシートを張り据え付けた枡を上下からシートで覆い6月13日(土) 10:30六日目には『雨水地下浸透設備』工事も完了、整地も完了していた。この上には重量制限もあり、植栽すると枡には「雨水」と擁壁工事も完了し後はアパート建設我が菜園もいつまで継続できるか6月20日(土) 13:00県道404号線の交差点前日の金曜日(19日)に、市職員が説明の写真+説明文を貼り付けていた石碑に印刷したものを貼り付けたようだ「本村居村遺跡出土木簡」 平成27(2015)年6月1日指定出土した木簡は6点で、短冊形のほか桶底や折敷を二次利用したものもあります。仏教行事に関連する「放生」が記されている文書木簡や、行事に伴い作成された帳簿木簡、文字の練習に使用された習書木簡などがみられ、古代の地域における実態を知ることができ、茅ヶ崎市の歴史を語る上で欠くことのできない資料として市の重要文化財に指定されています。なお、表示は実物大の赤外線写真です。 茅ヶ崎市教育委員会掲示板には『本村居村遺跡と古代の木簡』皆さんが立っているこの場所は、本村居村遺跡の一部にあたります。遺跡は、東西方向に形成された砂丘とその南側の低湿地に立地しており、奈良・平安時代を中心に縄文時代晩期や中近世など複数の時代に亘っています。道路建設や下水道工事に伴う発掘調査で、砂丘部分(居村A遺跡)からは古代の竪穴建物や井戸、土坑などが発見されました。とくに井戸は木枠を有する立派なもので、多数の土器が出土しています。また低湿地部分(居村B遺跡)からは、古代の水田が発見されたほか、文字が書かれた土器や木製品などが出土しました。木製品は、通常土の中ではなかなか残らない遺物ですが、水気の多い低湿地であったことから、良好な状態で発見されました。その中の一つが木簡です発掘調査時の写真発掘調査の様子本村居村遺跡は右側に湾曲した下に埋め戻されている END
2020.07.21
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藤沢えびね・やまゆり園の散策を続け、帰りに小出川沿いのアジサイへ立ち寄る。6月27日(土) 14:31竹林の中には咲き終わった、「エビネ(海老根)」キンラン花期は4月中旬から5月中旬カライトソウバラ科バラ亜科ワレモコウ属に分類される多年草の一種ガクアジサイ竹林の中にあるガクアジサイを追うアジサイも開花後の管理が大変であるが茎を剪定この花は「???」葉に白い模様我が家の庭でも咲いている花「クロコスミア」モントブレチアやヒメヒオウギズイセンの名前で古くから栽培され、親しまれている花です。細長い剣状の葉が群生し、夏に色鮮やかな花が穂になって咲きます。性質が強く、よくふえるので野生化したものが各地で見られますヒメサユリの咲き終わった後。ヒメサユリは6月中旬頃に咲き終わったと、ササユリも球根を植え3年後ぐらいに咲くとラン科の「ヒロハノカラン(広葉之花蘭)」日本の野生ラン、ヒロハノカラン(広葉之花蘭)の苗ヒロハノカランは、九州南部から沖縄に自生する常緑の多年草で、大型の夏咲きエビネ竹林の遊歩道とガクアジサイヤマユリヤマユリの蕾これから開花するヤマユリキンシバイ(金糸梅)竹林の中を散策したが暑かった。開園時期は4月の第2日曜日からで、5月GW頃まではいろんな花が咲くようだ。今の時期は限られた花が咲いている14:50約一時間の散策で駐車場へ14:59自宅への帰路、近くにある「小出川アジサイロード」へ花とせせらぎの道小出川は、新編相模国風土記稿にもあるとおり、遠藤神明谷、遠藤琵琶島、遠藤東原の池の頭などの水源の水が集ってできた川で、茅ヶ崎の柳島で相模川に合流する一級河川です。ふるさとの生活と共に歩んできたこの川に、地域の皆さんの手でアジサイと彼岸花を植栽し、美しく護っていくことにしたもので、現在は、遠藤あじさいの会と遠藤彼岸花の会で管理をしております 遠藤まちづくり推進協議会この辺りの川幅は狭いが、数百メートル先からは2~3メートルに広がり秋には彼岸花が咲く下流側の両岸に植えられているアジサイ近くにある『味処 まるたか』三浦港からのマグロ等の料理があり魚料理等が美味しく昼時はいつも待つ人気店である。林は、慶応義塾大学湘南藤沢キャンパス市道辻堂駅遠藤線慶応大学行きのバス小出川沿いの道を下流方向へ道路脇に「6月21日に開催を予定していました、あじさいまつりはコロナウイルス感染拡大防止のため中止としました」の看板アジサイの根元には名前を書いた札がたてられていた。植付管理をしている人の名前であろういろんなアジサイが綺麗に咲いていた下草も刈り取らないと上流側を振り返る下流側の左を走る「市道辻堂駅遠藤線の宝泉寺前交差点」大黒橋橋詰広場から『大黒橋』ここから下流は川幅も広くなり、秋には彼岸花が咲き誇る大黒橋その昔、窪島氏が寄付された伊豆小松石二本の橋であった。この橋の近くには比丘尼橋があって、玄光院(廃寺)から宝泉寺に通う尼さんが架けた橋といわれる。比丘尼橋に対して、大きな橋をこう名付けたという説や、黒い立派な橋だったので、という話もある。新編相模国風土記稿にも大黒橋の名がある小出川沿い大黒橋から追出橋まで3kmの彼岸花コース15:10大黒橋から小出川の上流側をのぞむ ヒロ散歩ーEND
2020.07.20
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外出自粛で今まで行った海外旅行を楽しんでいますが、そんな中近場の園を楽しんできました。先日訪れたが時間が早すぎ開園前で入れなかったので再度訪れた。Go To キャンペーンも東京都は除外、このまま感染が進むと東京近郊の神奈川県も追加除外されるのではと?また今年の梅雨はまだ明けず、毎日雨が降り畑の野菜にも日照不足!6月27日(土) 14:00駐車場に車を止め、南方向へ歩いて2分の『遠藤まほろばの里 藤沢えびね・やまゆり園』へ入り口ここから200メートルほど南下する健康の森 少年の森フットパス遠藤まほろばの里 藤沢えびね やまゆり園所在地:神奈川県藤沢市遠藤4580※ 車いすに対応する設備は整っておりません開園期間:4月 第2日曜日 ~ 8月 第2日曜日 午前9時 ~ 午後4時 期間中は無休入 園 料 :おとな 300円 小中高生 200円「NPO法人 里地里山景観と農業の再生プロジェクト」の活動地権者の方々の協力を得て、面積8,500㎡の山林に山野草園「藤沢えびね・やまゆり園」を開園し、運営している。NPOの会員募集中!受付で300円を支払い入場。藤沢えびね・やまゆり園とは、遠藤に残された山林、竹林、畑など、里山の自然景観を多くの人に楽しんでもらうと同時に、地域や農業の活性化の一助となることを目指して開園いたしました。エビネ、ヤマユリ、ヤマアジサイなど約130種類の山野草を鑑賞していただいたり、地元の新鮮な農産物に親しんでいただくための施設です受付でもらったパンフレット。園内は蚊がいるのか、受付で蚊取り線香をもらい肩にかける交通アクセス湘南台駅(小田急江ノ島線)から慶応大学バスターミナル下車 徒歩約8分辻堂駅(JR東海道)から慶応大学バスターミナル下車 徒歩約8分山野草の位置図入り口で咲いていた「ヤマユリ」同「オウゴンオニユリ」ユリ科ユリ族の植物でオニユリの変種。対馬のみに自生する。草丈は1メートルから2メートルほどとなる大形のユリ。葉は互生し、小さめの披針形で先端はゆるく尖る。花期は7月から8月で、花弁は強く反り返り、黄地に赤の斑点を生じる葉の付け根にムカゴを作るが、種子をつける物が大半であるユリの中にあって、これはオウゴンオニユリの大きな特徴の1つといえる。心無い者によって自生状態はほぼ皆無となっており、現在は愛好家たちの手で積極的な保存育成が進められている園内の中に入り『ホタルブクロ』ホタルブクロは、キキョウ科の多年草で、初夏に大きな釣り鐘状の花を咲かせる花札があったので花の名が解りやすいギボウシ(擬宝珠)キジカクシ科リュウゼツラン亜科ギボウシ属の総称である。山間の湿地などに自生する多年草。食用となり、花が美しく、日陰でもよく育つため栽培される竹林の中には「えびね」もあったが既に花は終わっていた。春先にはタケノコも販売しているのであろうヤマユリ(山百合)ユリ科ユリ属の多年生植物。山地に生える日本特産のユリで、夏に咲く花は大型で白く、山中でもよく目立ち、強い芳香を放つ。鱗茎は食用のユリ根になり、別名リョウリユリとも呼ばれている地上の茎は直立し、草丈は1~1.5メートルで、花期は夏の7~8月花は茎の先に1~数個、ときに20個ほどの白い花を横向きに咲かせるヤマアジサイ「田の字」の札がぶら下がっていたが開花期終盤の「アジサイ」乾いたアジサイ雨に濡れた写真も撮りたいが鮮やかなブルーが綺麗だこちらはしおれ気味か竹と紫陽花このようなブルー系が好きだが妻曰く「我が家の紫陽花は色がボケてくる」とやまゆり園の北側柵の手前に、ハナショウブがあったが咲き終わっていた。園内には所々にベンチがあり談笑できるが、今の時期三密を避ける必要があるがハナショウブの間にグラジオラス梅雨時で雑草も繁りメンテが大変ヤブカンゾウノカンゾウ(野萱草)とよく似た花で同じユリ科ワスレナグサ属の野草です。一日花で食用にできるところもノカンゾウと共通しているヤブカンゾウとノカンゾウの違い。ノカンゾウは花びらが重なり合わずに咲く「一重咲き」の花です。花が開くと花びらがきっちり6枚でわかりやすい。葉の特徴だけでは見分けることは難しいミソハギ(禊萩)ミソハギはミソハギ科の多年草。盆花としてよく使われ、ボンバナ、ショウリョウバナ(精霊花)などの名もあるリンドウ系の花か?花札を探したが見当たらず離れた丘の上に群生して咲いていたユリ14:31アルストロメリアアルストロメリア属は、単子葉植物の属の一つ。別名ユリズイセン属。分類体系により所属する科は異なり、新エングラー体系ではヒガンバナ科、クロンキスト体系ではユリ科、APG分類体系ではユリズイセン科に分類される本属は南アメリカ原産で約50種が知られる。いずれもアンデス山脈の寒冷地に自生する ヒロ散歩ー続く
2020.07.19
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スペインの旅八日目、延泊したため我々だけで帰国。当初予定では、ホテルから国際空港へはタクシーで行く予定であったがフロントで「今日はタクシーはストライキです」と言われる、慌てるハプニング。急遽旅友がフロントと交渉、別の交通手段を聴く。飛行機は、バルセロナ空港発 15:05のKLMオランダ航空に搭乗。平成20年6月13日(金) 9:32バス停から宿泊ホテルを望む9:32ホテル近くのバス停でバスを待つ10:05バスで最寄りの駅へ10:43カタルーニャ駅へ到着乗車駅でチケットを販売していなかったので乗車券を購入。旅友が交渉してくれたが、後で聞くと駅員から「一日乗車券を購入したら」とすすめられたと路線は市街地に入り途中から地下鉄になった11:13カタルーニャ広場には二階建て観光バスカタルーニャ広場の、空港行きのバスの列に並ぶ。タクシーストライキで多くの観光客が並んでおり地元テレビ局がインタビューを行っていた。どうにか満員のバスに乗車でき国際空港へ向かった時間に余裕を持ちホテルを出発したので時間前に空港へ到着できた。搭乗手続きも無事終了して予定の飛行機に搭乗。15:05バルセロナ発:KLMオランダ航空 KL1668便に搭乗。17:06バルセロナを出発、オランダ上空へたどり着く着陸態勢に大西洋上オランダ・ベルギーの旅をしていないのでいつか訪問したいものだがこの川は?ゴルフ場低地で水郷地帯が広がる田園地帯が広がる高速道路ジャンクションであろうか高速道路には車が多いアムステルダム・スキポール空港へ着陸バルセロナから2時間25分で到着17:33トランシットでオランダのアムステルダム空港へ到着アムステルダム空港で約3時間のトランジット。スリで嫁に迷惑をかけたので土産に、空港内でオランダのチュウリップを購入した。20:15アムステルダム発:日本航空 JL412便に搭乗九日目6月14日(土) 14:30飛行時間11時間15分で成田空港へ到着。このあと高速バスで東京駅八重洲口経由帰った。今まで何度も海外旅行をしたが、スリにあったのはこの時が初めてで最後!新型コロナウイルスのため今回のブログアップを考え、12年ぶりに写真を開きガイドブックも取り出して2度目の旅を楽しんだのであった。 スペインの旅ーEND
2020.07.18
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スペインの旅七日目は延泊で、バルセロナ市内観光と15時に集合してオプショナルツアーの、モンセラット観光へ。平成20年6月12日(木) 12:44カタルーニャ美術館から『モンジュイック城』へ向けて歩く。ゴンドラに乗り、バルセロナ市街地を見下ろすズームアップ、左前方に『サグラダ・ファミリア聖堂』ゴンドラ内12:46頂上ゴンドラ乗り場ゴンドラから降りモンジュイックの丘にあるゴンドラ乗り場モンジュイック観光案内板12:51ゴンドラ乗り場から『モンジュイック城』へ一段低い所には庭園モンジュイック城入り口に大砲が座っている別の方向からバルセロナ港を見下ろす、埠頭には大型クルーズ船が停泊南方向は地中海北方向のゴンドラ乗り場城門を入り城内へ入る。17世紀に建立された要塞のモンジュイック城は、兵器倉庫や獄舎などさまざまな用途に使用された。現在は一部が軍事博物館となっており、武器や軍服などが展示されている13:00モンジュイック城は丘の頂上にあり、市街と地中海の眺望は見事であるバルセロナ港は、湾ではなく地中海に防波堤を造ってある。手前埠頭には鉄道のモロ駅があるカメラを南に振ると、埠頭にはコンテナが並ぶサン・ベルトラン埠頭、手前にモロ埠頭大砲の砲先は地中海に向って大型クルーズ船が2隻停泊。地中海クルーズツアーはここにも立ち寄るのであろうモンジュイック城に立つスペイン人かゴンドラが運行昼食時でいい匂いがしていたがモンジュイック城の城門を出る13:36オプショナルツアーの集合場所へ行くことにする14:00モンジュイック城からカタルーニャ広場へ戻る。集合時間が14:45のため近くで両替、まだ時間があったので人ごみの中を『レイアール広場』へ。OPの集合場所でリュックを開けようとしてリュックが空いていることに気づく。中を見ると財布を抜き取られ両替したばかりの金が。『スリに遭遇!』。15:00スリに遭い気分がうつろな中、オプショナルへ参加する。オプショナルツアーは『モンセラット観光』参加者は我々3名+1名で、ツアー代は、55€(約9,350円)。15:39マイクロバスで移動、途中車を止め撮影。バルセロナの北西部に位置するモンセラットモンセラットは聖なる岩山に抱かれたマリア信仰の中心地15:53山道の途中にあった修道院?山道を上り、先程の修道院を見下ろす切り立った岩山中腹からバルセロナ方向バルセロナへ来たら是非訪れたいモンセラットで、日帰り観光できるモンセラットの山斜面に建っている大聖堂(ネットから)16:14駐車場に車を止め階段を上り大聖堂へ。ここへのアクセスは登山鉄道、ロープウェイがある現地日本人添乗員(右側)に説明を受ける。山の中腹725メートルには修道院があり、今も巡礼者が後を絶たない迫りくる奇岩群はまさに大自然の奇跡ガウディも足しげく通ったパワースポットとしても有名カタルーニャの宗教的中心地となっている岩山は、ガウディなどの芸術家がインスピレーションを受けたほど神秘的モンセラットは標高1,241mの切り立った岩山。モンセラットとは「のこぎりで挽き切られた」という意味で、別名のこぎり山とも呼ばれるカラーキャンドルが並ぶ修道院へは無料で入れる。重厚感ある大聖堂は少年聖歌隊でも有名。地元カタルーニャ州の9歳から14歳までの約50名のメンバーで構成される少年聖歌隊は、入るのにも厳しい試験がある大聖堂の礼拝堂に安置されている『黒いマリア像』イエス・キリストをひざに抱いた聖母マリアの木製像がケース内に収められている。マリア像は右手に世界・全宇宙を象徴するといわれる球を持っている。一説では、この像は12世紀頃に作られ、当初は白かったものがろうそくのすすで黒ずんでしまったともいわれているが、真相は不明写真はネットから大聖堂前建立から1,000年以上経った今も信仰を集めている大聖堂前から一段降り、土産物店、広場へ17:00約一時間の散策でモンセラットを後にしてバルセロナへ戻る。見どころは他にもあり、もう少し散策すべきであった17:22帰り道は別のルートで下山、途中モンセラットの山並み18:21モンセラットから帰り、カタルーニャ広場で別れる。街中では雨が降ったのか、多くの観光客が20:07ここのレストラン「TORRES」で夕食をしたが写真が無く20:30夕食を終え市街地へ20:40カタルーニャ広場この時間でも外は明るいこのあとタクシーでホテルへ帰るスリに遭いカードをストップしたいが、日本との時差が7時間あるため取り敢えずホテルへ帰る。日本が朝になるスペインが夜中の24時に、日本にいる妻へ電話し事情を説明。 スペインの旅-続く
2020.07.17
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令和2年7月豪雨で被災された方々にお見舞い申し上げます。新型コロナウイルス関連も、新聞・テレビで「Go To トラベルキャンペーン」の是々非々が議論されておりますが、感染、経済回復を考えると難しいところですね!県をまたがる自分の行動には責任を持ちたいものです。7月15日(水) の朝庭先で咲いたカサブランカヒマワリも咲き始める ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・スペインの旅七日目は、ツアー仲間は帰国の途に。平成20年6月12日(木) 9:20ホテルを9時に出発してカタルーニャ広場へ。車窓からの『サグラダ・ファミリア聖堂』9:44カタルーニャ広場でバスから下車。空港行きのバスがここから出ている、まさか明日ここからバスに乗るとは・・・・・・ツアー仲間が空港への出発まで、旧市街地を散策し最後の記念写真このあと9:30 に、我々3人と沖縄から参加されたMさん母娘の5人がツアーから離れることに。ツアーから離れるにあたって日本からの添乗員Sさんから「スリだけにはくれぐれも注意するように!」と注意されたが。また親しくなった方との日本での再会を約束してバスを見送る。オプショナルツアーの『モンセラット観光』が15時集合のため市内観光へ。10:07歩いてカタルーニャ広場から、南西方向へ歩く10:40スペイン広場沖縄から参加されたMさん母娘と一緒に歩いて来る。Mさんは今年旦那さんと南米へ百万円/人で行くと、我々も翌年南米(ペルー、ブラジル)へ行くことになったスペイン広場から南にあるモンジュイック地区の『カタルーニャ美術館』へカタルーニャ美術館1929年のバルセロナ万博時に建造されたパビリオンを改装し、1934年にオープンした美術館。ロマネスク、ゴシック、バロック美術の貴重なコレクションを有する。なかでもピレネー山脈周辺の教会、修道院から移送した天井画や壁画、祭壇の装飾など、カタルーニャ独自のロマネスク美術の最高傑作を展示している向かい側のビルに映る旅友レイナ・マリア・クリスティーナ大通りにある噴水。ここでMさん達と別れるエスカレーターでカタルーニャ美術館へエスカレーターから振り返ると先程の噴水11:00カタルーニャ美術館の高台から北方向に、スペイン広場と市街を一望できるスペイン広場と市街をバックにズームアップカタルーニャ美術館へ来た小学生か?モンジュイック地区バルセロナ万博開催前の都市整備によって、現在の姿に生まれ変わったモンジュイック地区。ミロ美術館やスペイン村など文化施設が集中し、丘の上から望む地中海の眺望は最高11:14カタルーニャ美術館の南側に『オリンピック・スタジアム』1992年のバルセロナ・オリンピックのメイン会場となったスタジアムスタジアムへの入場は無料フィールド内には走っている学生が1929年の万博時に建立された、先輩が記念写真私も記念写真を一枚スタジアム正面スタジアム正面前を学校のマラソンか、この後スタジアム内へスタジアムの西側に日本人建築家磯崎新氏の手による『サン・ジョルディ・スポーツ館』が建つ。塔は、モンジュイック・タワーモンジュイック・タワーの奥に競泳プールがあるタワーをズームアップ。何をイメージしているのかオリンピックスタジアム正面カタルーニャ美術館方向マラソン大会か?多くの学生が太ももにナンバーを書いてサン・ジョルディ・スポーツ館広場の横にジャカランダが咲いていた。ジャカランダは世界三大花木(カエンボク、ホウオウボク、ジャカランダ)のひとつで、ノウゼンカズラ科の高木ズームアップこの高木は『???』花をズームアップガイドブックを持ち11:49スタジアムから、カタルーニャ美術館へ引き返すトーチを掲げる象カタルーニャ美術館カタルーニャ美術館前から遠くにサグラダ・ファミリア聖堂12:01カタルーニャ美術館前から北方向の『スペイン広場』スペイン広場をズームアップ多くの学生が地中海が見えるバルセロナ中心街カタルーニャ美術館前から東へ進み振り返る12:30ミロ美術館カタルーニャが生んだ抽象芸術の巨匠、ジョアン・ミロの美術館。1万点にも及ぶ所蔵作品の中から、絵画のみならず、オブジェやタペストリー、版画、ポスター、スケッチ、陶器など多岐にわたる300点の作品を展示。マティス、タピエスといった芸術家による『ミロに捧げるコレクション』も見逃せない。が時間が無いので素通りして先へ進む庭先に咲いていたブーゲンビリア スペインの旅ー続く
2020.07.16
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スペインの旅六日目は、サグラダ・ファミリア聖堂観光後、グエル公園へ。平成20年6月11日(水) 16:20塔の上から廻り階段を降り1階の作業場1階から見上げる、高い足場が積み上げられていた手作業で部品を作成日本人もいるとのこと型があり細かいものを作っていた作業場の片隅に完成図であろうか置かれていた複雑な形状ステンドグラス16:25外に出て、下から見上げた受難のファサード裏側の入り口なのか一階部分方向を変えて再度見上げるズームアップサグラダ・ファミリア聖堂の彫像は聖書の各場面を表現しているツアーガイドであろうかスペインを代表する建築家ガウディが設計した2026年完成予定の大聖堂。着工した1882年3月19日から137年が経とうとしているが未だに建設が続いている。行った時は2020年ごろ完成といっていたが16:44後6年位で完成するのであろうか。最後に見上げてバスに乗車17:08幻に終わった公園都市『グエル公園』グエルがスポンサーとなったガウディ最初の都市開発プロジェクト。約20haの土地に当初60戸の住宅を建設する予定だったが、グエルの死により計画は失敗に終わり、美しい公園が残された緻密な計算で設計された広場横から続く石の柱廊。蛇をイメージしたという遊歩道鳩の巣になっている会社の同僚という女性二人組柱廊の下でギターを弾くおとぎの国の家を思わせる建物が並ぶ下の広場へ降り公園管理者用に建設された事務所塔の先端にガウディ建築物の象徴、ダブルの十字架が鎮座する公園のシンボルである、モザイク造りのトカゲ。トカゲは水の守護者と言われている多くの人に混じって丘の上に立つこの建物は違うが、グエル公園内にはガウディが暮らしていた家が博物館として保存されている。ーーーーー アントニ・ガウディの一生 ーーーーーアントニ・ガウディはタラゴナ近郊の都市レウスで1852年に生まれた。バルセロナ建築学校に21歳で入学、苦学生だったガウディは、複数の建築家の助手として早くから現場で実践を学んだ。卒業後、後にパトロンとしてガウディを生涯支え続けたバルセロナの新興ブルジョアジー、エウセビ・グエルに認められ、斬新なデザインと構図美を持つ作品を発表、建築家としての地位を確立する。晩年はサグラダ・ファミリア聖堂の建設にすべての時間と情熱を捧げるが、1926年、路面電車にはねられて73年の生涯を閉じる広場から遠くに地中海が見える公園ではノカンゾウ(野萱草)が満開ユリ科ワスレナグサ属の野草で、一日花で食用にできるノカンゾウは花びらが重なり合わずに咲く「一重咲き」の花です。花が開くと花びらがきっちり6枚でわかりやすい。先輩は美女に囲まれてよく似た花でヤブカンゾウがあるが八重咲きである。Kさん母娘Oさん多くの観光客が17:37グエル公園を後にする18:30カタルーニャ広場界隈で買い物。明日はツアーと別れるので日本での再会を誓う旧市街地を散策し各自で夕食へ22:04各自で夕食後集合して、宿泊ホテルへ『CAMPANILE』22:21室内に入り水廻りをチェックツインルームに入り我々は延泊にしているので連泊となる。 スペインの旅ー続く
2020.07.15
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スペインの旅六日目は、バレンシア市内観光後約350km離れたバルセロナへ移動。平成20年6月11日(水)バレンシア中央市場を9時に出発、しばし車窓を見ながらバス内で休憩。11:07約二時間走りこの辺りは???直ぐに大きな川があったが11:10道路標識は太陽光発電で『AUMAR』とあるが。S-95、S-98、D は、ガソリン、軽油の値段表示。1.279、1.379、1.319€/ℓで、217、234、224円/ℓと。軽油がガソリンより高い11:39トイレ休憩でドライブイン『AUTOGRILL』へ立ち寄るツアーバスの前で12:05再度、地中海沿いを走る車窓からこの建物は、観測所?地中海にはヨットが優雅に12:33高速道路脇にある『ラス・ファレラス水道橋』であろうか。ラス・ファレラス水道橋はスペインで2番目の大きさを誇る別名 ”悪魔の橋”と言われている。タラゴナの中心部から約4km離れた場所にある、ローマ皇帝アウグストゥス時代の水道橋「悪魔の橋」。2層アーチ式で状態がよく、スペインではセゴビアに次ぐ規模の重要な水道橋。北を流れるガイア川から、タラゴナの街へ水を引いた当時は、全長が35kmもあったという現在水路は徒歩で渡ることができ、そのスケールの大きさ、高さを体感できる。高速道路沿いの山中にある12:36バス車内で現在地をチェック。バルセロナの手前約90kmのタラゴナ辺り12:48バルセロナ方面12:50この畑は葡萄畑12:53バルセロナが近くなる。独自の文化を持つカタルーニャの中心都市、バルセロナ。サグラダ・ファミリア聖堂に代表されるガウディ建築や旧市街のゴシック地区など、趣深い建築物に胸が高鳴るスペインではマドリードに次いで第2位(約160万人)の人口で、国際的な観光都市である13:44バルセロナ市街地に入り、車窓からガウディ建築を紹介されたが13:50~15:00バルセロナ市街地のレストランで昼食。先客で韓国人観光客が食事中でテーブルには持参のキムチ15:08昼食を終えバス移動凱旋門?15:37車窓からガウディ建築の『カザ・ミラ』ガウディがインスピレーションを得た、モンセラットから切り出された石灰岩は、都市のなかに聖なる岩山を生み出した曲線がユニークな集合住宅である『カザ・ミラ』独特の形状からバルセロナ市民にラ・ペドレラ(石切場)の愛称で親しまれるガウディ晩年の作品。波打つ曲線のファザード、地中海の巨石を思わせる造形は、カタルーニャの聖地モンセラットの奇岩がモチーフ。断崖絶壁を想像させる自然主義的作品であり、曲線のみで構成されるユニークな形状は、ガウディのもっとも完成したスタイルが見て取れる。最上階にはガウディの作品を紹介する博物館になっており、屋上には兜をかぶった騎士を連想させる奇妙な煙突がそびえる15:48サグラダ・ファミリア聖堂バルセロナを象徴する未完の傑作で、1882年フランシスコ・デ・ビリヤルが計画に着手。翌年、若干31歳のガウディが2代目聖堂建築家に就任、以後43年間の人生をすべて聖堂造りに費やした彼の構想では、聖堂の外側にイエスの「生誕」「受難」「栄光」の3つのファザードが建ち、各ファザードは4本ずつ鐘塔を持つ。計12の塔はそれぞれ12使徒を意味する。また、4人の福音書家を表す4本の鐘塔の交差部上にイエスとマリアに捧げる中央塔が建てられ、計18の塔がそびえる壮大な教会は石に刻まれた聖書ともいえる。現在、完成しているのは地下聖堂と後陣「生誕」「受難」のファザードと8本の鐘塔のみ。ガウディの死後も工事は続けられ、2020年ごろ完成予定といわれていたが塔の前に立ち説明されたが遠くて分からず、ガイドブックから。黄色線内が、「キリスト降臨の部分を飾る聖母裁冠」でガウディが生前に完成させた数少ない部分のひとつである唯一の日本人彫刻家、外尾悦郎氏の作品もあるが正面入口の下から頂上を見上げるいろんな彫刻があるがイエスの産湯か?入り口上部の右側入り口上部の左側見上げる観光客16:03いよいよエレベーターで頂上へ16:10エレベーターで上階へ上る、タワークレーンで部品を吊り上げ。塔には文字があったがビジネス街の高層ビル別の方向を展望台から上を望むタワークレーンがセットされ16:11観光客が多く数分で下りることに先輩も万歳三唱塔の中から上部を塔の中を歩いて下る塔は石の組み合わせ降りる途中工事場所を16:16廻り階段を下る スペインの旅ー続く
2020.07.14
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スペインの旅六日目は、バレンシア市内観光後バルセロナへ移動。バレンシアはオレンジの産地として知られる地中海に面したスペイン第3の都市。古くから肥沃な土壌を利用した農業が盛んで、果実や米を生産する穀倉地帯として知られている。日本でもおなじみのパエーリャは本来、アロス・ア・ラ・バレンシア(バレンシア風米料理)と呼ばれ、この地の名物料理だ。毎年3月に行われるサン・ホセの火祭りも有名。平成20年6月11日(水) 7:227時から朝食を取り、出発が8時のためいつものように朝散歩へ出かける。バレンシアの宿泊ホテル『EXPO』ホテルの近くにスタジアムがあったハイビスカス塀に絡まって咲くいろんな花が咲いていたオレンジ自転車で通勤なのかカンナもきれいに咲いていた8時前で時間的に早いのか人通りが無く色鮮やかなハイビスカス照明灯付きのグランドこの塀の中には塔が建っていたが夾竹桃集合時間が近くなりホテルへ7:44新聞を販売しているのか8:03現地添乗員の女性が乗り込み8:12世界遺産の『ラ・ロンハ』でバスから下車して市街地を散策。ラ・ロンハは、地中海貿易の拠点だったバレンシアの商品取引所として建設された、ゴシック様式の建物である旧市街から見上げる『サンロレンツォ教会』バレンシアは陶磁器の街でもあり、ポーセリン・アートで有名なリヤドロ兄弟は、バレンシア近郊で生まれた。その直営店がバレンシア市内にある正面にユースホテル。旧市街の路地を歩きカテドラル、ミゲレテの塔現地添乗員からの説明噴水廻りを清掃する作業員、左に『ミゲレテの塔』カテドラルの鐘楼であったミゲレテ方向を替えて撮影ビルヘン広場のトゥリア噴水、右奥のピンク色の教会は『聖母聖堂』教会への入り口ミゲレテの塔愛称「ミゲレテの鐘」を持つ八角形のゴシック式鐘楼。14~15世紀の間に造られた石造りの鐘楼。1418年の聖ミカエルの祝日に大鐘が奉献されたことを記念し、ミゲレテの名が鐘に付けられた。それ以来、この塔はミゲレテの塔と呼ばれている。ミゲレテとは、バレンシア方言でミカエルの意味で、地元では親しみを込めてミカレット(ミカエルの愛称)と呼んでいる。50mの高さにある展望台まで207段の階段を上れば、バレンシアの街並みを一望できるカテドラルキリストの聖杯が安置されている旧市街のシンボル。かつてモスクがあった場所に、イスラム教徒からバレンシアを奪還したアラゴン王が教会として建設。ロマネスクにゴシック、バロックなど改修した各時代の建築様式が混在している。内部の礼拝堂には、イエス・キリストが最後の晩餐に使ったといわれる聖杯を安置。美しいメノウで作られた聖杯は15世紀にバレンシアまで運ばれた。1238年、ジャウマ1世により建設が始められた。風邪気味でマスクをつけました中央市場へ向かうレストラン?路地に高所作業車レストランのメニュー値段は、4~5.5 E、Eは€?、€なら680~935円だが8:31中央市場ヨーロッパ最大規模を誇る市場。扱う品は生鮮食料品から香辛料までさまざま。建物は1928年に建てられ、鉄とガラスのドームのモデルニモス建築様式を用いている中央市場前に立つこの建物は『サンジョアンデルメルカット教会』中央市場前に立つこの建物は世界遺産の『ラ・ロンハ・デ・ラ・セダ(絹の商品取引所)』中央市場の前には搬送車8:38中央市場前で、ツアー仲間も新聞を購入中央市場へ入り、しばし自由行動に女性群が好きな場所だが、生ものが多く土産物にはチョット果物野菜類計り売りだが値段は、2.20€/何g?中国では500gであったがいろんな果物野菜類が売られている肉屋さんでは、イベリコ豚カボチャ、ネギ、ピーマン、ナス、玉葱、ジャガイモ、トマトパイナップルは宙吊りに珍しいフラットな桃の値段は、2,60€(442円)/KILO右側に、アメリカンチェリーがあり購入、バスでツアー仲間に配ったのであるここにも肉屋さんネギも、下仁田ねぎの如く太いスイカ、アーティーチョークも8:51何か果物を購入して食べたが何だったか?ガラスのドームから光が降り注ぐモダンな市場このあと9時に中央市場を出発して、北東方面約350kmに位置する最後の訪問地バルセロナへ。 スペインの旅ー続く
2020.07.13
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スペインの旅五日目は、アルハンブラ宮殿観光、昼食後、バレンシアへ移動。グラナダからバレンシアまでは約450~500km。平成20年6月10日(火) 13:10グラナダの昼食会場、食事を終えバスへ14:07バレンシアまでは約450~500kmのバス移動。高速道路脇の山には洞窟が点在山の手前には鉄道が走る。地中海に近く夏の暑さをしのぐために洞窟の住宅が目立つ15:19車中ではみなさん爆睡状態にどこの街か大きな教会が建つ15:26山肌にはオリーブの若木15:38市街地を望む15:49高速道路のドライブインに立ち寄りトイレ休憩。イベリコ豚の値段は?今夜のためにワインを一本調達16:26山の上に建物を建設中葡萄畑が広がるシートで覆った葡萄畑17:20オレンジ畑17:47高速道路の料金所18:03アリカンテ辺り?18:05地中海が見えてくる別荘地であろうか地中海の見える別荘地鉄道も走る18:08マンションタイプも建つ丘に建つ牛の看板は「セリー酒のメーカー」三両編成の列車白壁が林立する地中海海岸からどのくらいの高さか?。鉄道&道路が走る海の向こう(南側)はアルジェリア18:20 ~ 18:40トイレ休憩で、Aotglill SA へ立ち寄る地中海沿いのサービスエリア(SA)。バレンシア(Valencia)方面地図上の現在地18:49サービスエリアを出発、この辺りはビルの建設ラッシュ高層ビルが林立大きな町だが19:00右前方には禿山が方向を替えて撮影19:45右前方に丘が現れる山肌に「CULLERA」とあるが手前にはオレンジ畑が広がる。バレンシアはオレンジの産地として知られる地中海に面したスペイン第3の都市。古くから肥沃な土壌を利用した農業が盛んで、果実や米を生産する穀倉地帯として知られている19:57高速道路の料金所20:00バレンシア手前の下水処理場廻りにオレンジ畑20:30バレンシアの宿泊ホテル『EXPO』へ到着。夕食は、バレンシアのホテル近くのレストランで、スペイン名物の ”パエリア” を食べる スペインの旅ー続く
2020.07.12
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スペインの旅五日目は、グラナダのアルハンブラ宮殿の散策を続ける。平成20年6月10日(火) 10:10右奥はアルハンブラ宮殿のどこからでも見える『サンタ・マリア教会』アルハンブラ宮殿内の薔薇が綺麗であった薔薇の香りが漂っていた薔薇を前景にサンタ・マリア教会を撮影する旅友アルハンブラ宮殿晴れた日にはシエラ・ネバダ山脈が見える宮殿内にはいたるところに花壇がある薔薇が植えられている日本からのモデルさんがCM撮影で来ていたので望遠で撮影しました。名前は「???」でしたがアルハンブラはスペイン語で「赤い城」と言う意味だが10:21へネラリフェヘ向かう毎年、国際音楽祭が開催される『野外音楽場』椅子が並べられ、ステージもセットされ近日中に開催されるのかクルミの木か?世界遺産のアルハンブラ宮殿とアルバイシン地区先輩も美女に囲まれトイレ休憩女性軍が多いため時間を要するため男性トイレも使用、男性軍が見張り役にヘネラリフェアルハンブラ宮殿から徒歩で約10分程で、丘を登ったところにある夏の離宮左側にサンタ・マリア教会、絶景だ!糸杉と薔薇のアーチ畑越えにアルハンブラ宮殿ヘネラリフェ前にて、千葉から参加されたMさん母娘コロナ対策でマスクを!離宮だけに庭は綺麗に整備壁面には薔薇がアセキアの中庭ヘネラリフェは、王が政務から逃れて休息をとるために、1319年に造られた離宮。離宮の中心にはアセキア(堀割)の中庭がある。堀の両側から水がアーチ状に噴出水は約35km離れたシエラ・ネバダ山脈からひかれ、この離宮には、たくさんの水路や噴水が設けられ、水をふんだんに使っているので「水の宮殿」とも呼ばれている美女にもマスクをつけ三密を避け記念写真バルコニーからアセキアの中庭を見下ろすヘネラリフェからアセキアの中庭越えにアルハンブラ宮殿の全景を見渡すサンタ・マリア教会もズームアップ糸杉と庭園約1時間40分の散策を終える10:56バスへ向かうが天気がよくてよかった11:22アルハンブラ宮殿近くの土産物店へサッカースタジアムリヤドロ:2,700€(約459,000円)と高価土産物店前で咲く夾竹桃工事中なのか11:48ドライバーと、このあと昼食会場へ12:06グラナダの市街地12:09昼食はスペイン名物の ”タパス(生ハム、スペイン風オムレツなど)"残念ながら料理の写真を忘れる昼食後、バレンシアへ移動。 スペインの旅ー続く
2020.07.11
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スペインの旅五日目は、グラナダのアルハンブラ宮殿へ。グラナダは13世紀、イスラム教のナスル王朝の都として栄えた。スペインにおけるイスラム建築の最高傑作といわれるアルハンブラ宮殿内の王宮や、王家の夏の避暑地であったヘネラリフェの庭園、当時庶民が暮らしていたアルバイシン地区など、多くの建築や文化が今に残る。19世紀にワシントン・アービングの『アルハンブラ物語』で脚光を浴び、1984年に世界遺産に登録された。平成20年6月10日(火) 7:46朝食の後、3人で朝散歩へ出かける。花壇では薔薇が綺麗に咲いていた欧州での薔薇はこのような仕立てが多い道路脇の花壇にも花が植栽イスラム建築が残る町並み狭い路地に入ると重厚な建物が目の前に路地は石畳名のあるモスク・教会であったのだろうが塔をズームアップ広場に咲いていた薔薇先程の塔を見上げる建物の前に「ねじりパン」如きものが8時頃だが人通りが少ない8:14集合時間が8時半のためホテルへ帰ることに9:08ホテルを8:45に出発してバス移動。アルハンブラ宮殿の前には地元の高校生も見学に入場制限があり、団体は予約制で入門時間が決まっている。入場者数は一日に6,000人とか。入場は、8:30~17:00で、300名/回壁面に「ALHAMBRA」の銘板。政略結婚により強大なスペインを誕生させキリスト教以外の宗教を厳しく弾圧したイサベル女王!しかし、イスラム建築の最高峰であるアルハンブラ宮殿だけは、無血開城後も手をつけずそのままの姿を残した。そしてイサベル女王はまるで美術館のようなアルハンブラ宮殿に住み続けた9:18入場門前に置かれている大砲9:20予約時間で入場宮殿は4つに分けられており全てを見ると最低2時間を要する。入り口の博物館内に修復中のライオンが飾られていた入場門を入るとすぐに、ルネッサンス様式が美しい『カルロス5世宮殿』一階が博物館になっている。演奏会があるのかステージがセットされていた宮殿内の花壇には薔薇が綺麗に咲いていたアルハンブラ宮殿から眺める街の景色。白い街は、世界遺産のアルバイシン地区イベリア半島最後のイスラム王朝、ナスル朝によって築かれた優れたイスラム建築の宮殿。14世紀に建立された宮殿の中心である、Palacio Real王宮、レコンキスタ後にカトリック王によって建てられたルネッサンス様式のPalacio de Carlos V カルロス5世宮殿、9世紀以降に要塞として築かれたAlcazabaアルカサバ、そして王家の夏の離宮のGeneralifeへネラリフェの大きく4つに分けられる。ベラの塔(夜警の塔)宮殿内から世界遺産のアルバイシン市街地大理石で作られた豪華な装飾柱上部の彫り物透かし彫りの装飾が見事である中庭に入りコマレス宮の、アラヤネスのパティオ(中庭)の正面(南側)。アラヤネスの中庭は東西7m、南北35mの水面が広がっている壁面に文字、説明があったがコマレスの塔。コマレス宮のアラヤネスの中庭の北側に建ち、高さは45mある塔の下には「大使の間」がある中国人観光客も多く見かけた王宮内の獅子のパティオ。142本の大理石柱がライオンの泉を囲む獅子のパティオ柱上部に施された透かし彫りの装飾が見事である天井の鍾乳石飾りが素晴らしい二姉妹の間繊細な透かし彫り壁面に『WASHINGTON IRVING』白壁の街並みが残る世界遺産のアルバイシン地区ズームアップ綺麗に手入れされた中庭噴水もあり10:09サンタ・マリア教会ここまでで既に50分の散策 スペインの旅ー続く
2020.07.10
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このブログは、新型コロナウイルスの関係で2度目のスペイン旅行を楽しんでいます。スペインの旅四日目の夜は、グラナダへ到着後フラメンコショーへ。スペインを代表する民族芸能といえばフラメンコ。もともとはスペイン南部のアンダルシア地方で生まれた民間芸能で、ジプシーが深く関わっている。東方から流浪を続けていたジプシーたちが15世紀ごろアンダルシアにたどり着いて定住し、土地の民謡を自分たち流にアレンジしたものそれがフラメンコの原形だ。平成20年6月9日(月) 21:34ホテルへ到着後フラメンコ会場へ。ツアー人数が35名と多いため二組に分かれて会場へ、1ドリンク付き約一時間半の観賞。グラナダの老舗洞窟タブラオ『ロス・タラントス』オープンして34年、今や有名店になっている昔のジプシーの生活の場であった洞窟を利用したタブラオ。店内へ入るとミニロビーがあり、左右ふたつに分かれた洞窟が。壁に沿って椅子が並べられ、中央のスペースが舞台に最初の踊り子が中央にギタリスト、歌い手、ダンサーも同じ輪の椅子に座り、ダンサーはひとりずつ中央に出てクアドロ形式のショー目の前で繰り広げられる踊りは迫力満点歌い手もギタリストも一緒に輪の中へ。出番を待つダンサーも手拍子ベテランダンサーの表情パワフルに歌い年配のダンサーだが鮮やかな衣装で。ダンスの途中、先輩が手拍子で「手のひら」をこすり合わせていたので叱られた独特のリズムで叩く手拍子はフラメンコをさらに盛り上げる!鋭い表情で中央に立ち飛び散る汗、まじかで見るラスゲアードの華麗なテクニックに圧倒される控えのダンサーも一緒になって盛り上げるとにかく店内は狭く、熱気ムンムン22:11踊りの途中休憩になり、添乗員の清水さんがショーにはドリンク一杯付き踊り子も揃いダンサーの華やかな衣装だけでなく、表情や手の動きにも注目衣装は黒と赤が多い観客も踊り手もひとつの輪に臨場感満点ただ一人の日本人ダンサーが登場もう何年も修業しているとフラメンコで必ず耳にするのが「オレ!」というハレオ(かけ声)。「お見事だ!」「いいぞ」という意味で、アーティスト同士でハレオをかけ合うほか、客席から「オレ!」と声がかかることもしばしば。客席と舞台がひとつになる瞬間踊りが終わりかけ声「オレ!」最後のダンサーが中央に立ちギターの音と共に表情が変わりタップをしながら激しく踊るギターの激しく、悲しい音色はフラメンコの魅了のひとつ腰の振りも激しく足元と手の動きに魅了され響き渡るギターの音に合せて踊りも最高潮に!ショ―が終わると、観客もまるで一緒に踊っていたような感じに22:56心地よい疲労感に包まれ、会場を後にしてホテルへ帰るブログをアップしながら、あれから12年、このダンサーたちも今ではと思いつつ。 スペインの旅ー続く
2020.07.09
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スペインの旅四日目は、午前中セビリア市内観光後、市内で昼食をとりバス移動。グラナダへの途中、地中海を見下ろす白い村ミハスに立ち寄る予定であったが、バスのストライキで何故か代替え地のモンテェフリオへ変更。ガソリンの高騰でバス業界がストライキ。平成20年6月9日(月) 13:24昼食はホテルでとり出発14:20バスに乗り高速道路を東方向へ。今日も天気が良く気温も30℃以上にバスの最前列で車窓風景を楽しむ道路脇は小麦畑か高速道路の中央分離帯には夾竹桃道路標識は「guias sonoras」このあたりの南方向は、100km強でジブラルタル海峡へたどり着くグラナダへの途中、Osuna(オスーナ)出口まで1000m夾竹桃が満開Osuna(オスーナ)出口まで500m葡萄畑14:50高速道路を1時間半走りトイレ休憩15:00ドライブインの案内。当初予定の「ミハス」はこの辺りから南下するのだが、バスのストライキで変更すると。説明があったのだろうがバスのストライキと何故関係するのか分からず道路標識は、昨日行った「Cordoba(コルドバ)」「Granada(グラナダ)」「Almeria」制限速度は100km道路脇ではエニシダが咲き白い壁の家が目立つオレンジ畑15:15先程トイレ休憩したが、男性からの要求で急遽再度トイレ休憩。先程の休憩でビールを飲んだとか暑いのでビールを飲みたいが、女性群から冷たい視線が女性群と記念写真17:03一時間半走り目的地へ本来は、地中海を見下ろす白い村ミハスに立ち寄る予予定であったが山側へ17:09バスを止め撮影タイム村の小高い丘の頂上にはイスラム時代の古城と古い教会ミハスに代わる『モンテェフリオ』切り立った山の上に建つ教会白い壁の家が暑さを家々がぎっしり連なる村、山の斜面にはオリーブ17:17自転車レースの案内板『RUTA HIPONOVA』案内板には、左にレース写真、真ん中にルート、右に高低差等が表示されていますRUTA HIPONOVARUTAはルートの意味、HIPONOVAはモンテェフリオを含むこの地方の名前。左下の写真を切り取りました自由行動でモンテェフリオの街を散策急な坂を登り教会方向へ路地はまるで迷路のようだ白い壁と花街並みをバックに教会を見上げる家々がぎっしり連なる白い壁の村アンダルシア地方の建物が白いのは、昔の人々の夏の暑さ対策の知恵だと石畳の坂鉄柵の中には花を飾り街並みは綺麗に清掃されていた鐘楼か?急な坂である18:15約一時間の散策で我々はビールを飲み、モンテェフリオを後にする18:52道路標識は「GRANADA(グラナダ)」高速道路脇にはエニシダが途中夕食をとり、グラナダのホテルへは21時過ぎに到着。 スペインの旅ー続く
2020.07.08
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このブログは、新型コロナウイルスの関係で2度目のスペイン旅行を楽しんでいます。スペインの旅四日目の午前中は、スペイン第4の都市セビリア市内観光。平成20年6月9日(月) 10:44サンタ・クルス街から、カテドラルへひときわ高くそびえるヒラルダの塔から眺める街は美しい。ヒラルダの塔は高さが98mあり、かつてはイスラム教のミナレットであった後ほどこの塔へ上る。ライトアップされた夜景も見事だと最上部をズームアップ10:54カテドラル前の広場へ広場には馬車旧市街地を巡るのかペドロ1世ゆかりの宮殿『アルカサル』があったのだがスペイン最大の大聖堂『カテドラル』ローマのサン・ピエトロ大聖堂、ロンドンのセント・ポール大聖堂に次いで、世界第3位の規模を誇るキリスト教大聖堂。1248年にフェルナンド3世がセビリアを奪還すると、イスラム礼拝堂はキリスト教の大聖堂として使用された。ゴシック様式の大聖堂としてはヨーロッパで、16~19世紀に造られた75枚のステンドグラスは息をのむ美しさ。聖アントニオンの小祭壇に掛けられているムリーリョの『聖アントニオの奇跡』は必見。また、コロンブスの墓や名画、宝物など見どころはいっぱいカテドラルの中へ入るカテドラルの中庭聖堂内へ入り祭壇説明があったのであろうがパイプオルガン?16~19世紀に造られた75枚のステンドグラスの一枚時間的に数枚だけを見る11:36鐘楼であるヒラルダの塔へのぼり西方向を見る、遠くに『マエストランサ闘牛場』が見えるマエストランサ闘牛場18世紀に建てられた目にも鮮やかな外観の闘牛場。併設の博物館ではピカソの絵やマントといった、闘牛に関する小物が展示されている。因みに闘牛のシーズンは3月中旬から10月中旬頃まで。今回のツアーでは時間もなくなかった南方向か?右に振りカテドラルの屋根か?屋根はウエーブになっているカテドラル前の広場セビリアは町並みは、こじんまりとしていて美しい左奥に塔があるが左側をズームアップヒラルダの塔から降りる途中枠越しにカテドラルの中庭にはオレンジの木何をイメージしているのか11:55中庭に降りオレンジの木で甘みが少ないのでママレードを作るとカテドラルからバス乗り場へ。建物間の上には日除けのテントがやはり陽射しが強い11:58路面電車が走る市街地自転車に乗る人も多かった12:00SHOPPING SENTER路面電車の駅、馬車も多くカテドラルの西側イスラム教支配時代のモスクを取り壊して建設されたカテドラル。鐘楼であるヒラルダの塔は唯一のモスクの名残りバスを待つ間にカテドラルとヒラルダの塔12:12バスに乗り昼食会場へ、前方にヒラルダの塔12:23昼食会場へ スペインの旅ー続く
2020.07.07
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今回の集中豪雨で被災された熊本県人吉市の方達に対しお見舞い申し上げます。このブログは、新型コロナウイルスの関係で2度目のスペイン旅行を楽しんでいます。スペインの旅四日目は、午前中セビリア市内観光をし夜はグラナダへ。昨日行った、コルドバ、今日のセビリア、グラナダはスペインの南に位置し地中海に面しているフラメンコや闘牛の本場であるアンダルシア地方。情熱の国の象徴アンダルシア、真夏は気温が40℃にも達するこの灼熱の地には、まさに”アツイ”感動がいっぱい。平成20年6月9日(月) 6:02ツインルームに二人で宿泊、H先輩は別部屋に7:37朝食を終え、集合時間が8時10分のためホテル廻りを散策にホテル前の街角にあるこの飛行機は?宿泊ホテル「TRH LA MOTILLA」オリーブの実道路脇の花ズームアップ夾竹桃7:57宿泊ホテルへ戻る8:498時半にホテルを出発、セビリア市内観光へ。今日のバスの席は最前列が指定席。左前方にサッカーのスタジアムローマ時代からアンダルシアの中心都市だったセビリア。フラメンコや闘牛の本場として、またビゼーの『カルメン』の舞台として有名だ。グアダルキビール河畔に広がる旧市街は、素朴で温かい風景を見せてくれる。セビリアは8世紀から約500年間イスラムの支配下に置かれ、その影響を強く受けた9:00街のシンボルとなっているカテドラルのヒラルダの塔は、当時のモスクの鐘楼であり、街なかの古い建築物にもアラブ様式が多く残る。1492年のコロンブスの新大陸発見以後、セビリアは大航海時代を支える重要な都市となり、現在もスペイン第4の都市としての風格を備えている9:12スペイン広場噴水前から右側の塔を、映画の舞台にもなる半円形広場1929年に開かれたイベロ・アメリカ博覧会の会場として、建築家アニバル・ゴンサレスによって造られた。建物に沿って並ぶベンチには、スペイン各県の歴史や特徴がタイルでデザインされ、市民の憩いの場となっている。右半分右側の塔左右対称?で左半分まだ朝早いので市民、観光客が少ない左の塔スペインの国旗がはためく右側の塔左側の塔壁面に「CVENCA」の文字と絵床面に地図?壁面に「CORUNA」の文字と絵床面に地図?左側の塔下から右側の塔を二階通路から左側の塔9:32広場にあった土産物店9:52バスで移動、サンタ・クルス街へ観光スポットはほとんど旧市街に集まっており徒歩で回れる9:57歩いてサンタ・クルス街へ進むサンタ・クルス街は「かわいい小道とおしゃれな広場」ギターを持ち曳きながらサンタ・クルス街は、アルカサルの北側に広がる旧ユダヤ人街狭い小道を進むアンダルシア地方の典型的な家々が並び、花をあしらった白壁や鉄柵の奥に覗く美しい中庭などがあり、歩いているだけでも楽しいズームアップ小道にはレストランやみやげ物屋が点在する。フラメンコの絵がタイルに?Sevillarte自社工場で生産したセビリア焼きの陶器はどれもスペインらしい明るい色調。絵皿をはじめ灰皿、時計、小物入れなど手ごろな価格でアイテムも豊富伝統的なセビリア焼き。伝統の手法ですべて手描きされている小道を進み小道の合間から、ひときわ高くそびえるヒラルダの塔が見える日差しを避けるためにパラソルが小道の間に広場があり憩いの場になっている広場と広場との間の道は狭い10:32ホテル、レストランもあり広場でカフェも スペインの旅ー続く
2020.07.06
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スペインの旅三日目はドン・キホーテゆかりの村からコルドバヘ。コルドバは紀元前にローマ帝国が建設した街で、世界遺産に登録された旧市街はイスラムの気高い誇り。イスラム統治時代に全盛期を迎え、10世紀になるとヨーロッパ随一の都市としてその名をとどろかせた。人口は100万人を超え、300のイスラム礼拝堂と600の公衆浴場を持っていたというから、その繁栄ぶりは相当のもの。平成20年6月8日(日) 14:37コルドバへ到着キリスト教徒によって街が奪回されてから今日まで、イスラムの遺産であるメスキータ(モスク)を取り囲むようにコルドバの街が形成されていることからも、イスラム時代の栄華は忘れ去られることはないだろう。旧市街全体が文化遺産に登録されている壁面に「AMADOR DE LOS RIOS」旧市街地を馬車が走る遅い昼食会場へ進む14:45昼食会場店内へ入り添乗員から飲み物の値段を説明、オーダーを取る我々は赤ワインをボトルでオーダースープ、パンは袋に入れられメインの肉最後はデザートでアイスクリームが出る15:45約一時間のランチタイムを終え外へ出る狭い通路の旧市街地広場の塔16:00メスキータ入口メスキータ内のオレンジの中庭は市民も集う憩いの場で、冬になるとたくさんのオレンジが実るメスキータ内の中庭メスキータは、後ウマイヤ朝を創始したアブデラマン1世によって、785年に建設が始まり、その後歴代の王によって増改築された世界最大級のモスクシュロの門から足を踏み入れると、約850本もの馬蹄形アーチが目の前に広がる。鮮やかなセピア色のアーチは、モザイクを駆使した唐草模様やアラビア文字で装飾され、荘厳な雰囲気薄暗くてストロボで撮影赤レンガのアーチが続く様はまさに壮麗だ天上の模様馬蹄形アーチが見事な巨大モスク天上を見上げ何かを説明されたが?ステンドグラスアラベスク模様やモザイクが豪華なミフラブ(メッカの方向を指すくぼみ)メスキータ内の荘厳なカテドラル壁面のステンドグラス糸杉が立つ中庭へ出る。庭の美しさも有名で ”オレンジの中庭” は市民の憩いの場になっている16:38メスキータから外へ出るユダヤ人街にある花の小道小道からミナレット(尖塔)が見えるユダヤ人街は、バルコニーや格子に飾られた美しい花々が、白壁に美しく映える散策スポット。カトリック両王によって追放令が出されるまで、多くのユダヤ人が住んでいた。とくにパティオ(中庭)が有名で、花々が咲き乱れる5月中旬にはパティオ祭りが開催される土産物店巨大なメスキータの周りを白壁に花を飾った愛らしい小道が囲んでいて、伝統工芸やコルドバ料理の店が軒を連ねている飲食店の中では「イベリコ豚」沈丁花?自由時間で、グアダルキビール川に架かるローマ橋へローマ橋に立ち、ポーズをとるOさんグアダルキビール川の下流側今は使用されていない水車ローマ橋のたもとに『カラオーラの塔』(右前方)があるが工事中。イスラム時代の要塞で、塔の屋上から旧市街を一望でき見晴らしは最高に良い17:31自由時間も終わり集合時間も近くなり集合場所へ戻るが、我が旅友二人が遅れツアー仲間から冷たい目で・・・・・・・17:40 コルドバを出発して今夜の宿泊地セビリアへ。17:54途中、高速道路脇のヒマワリ畑へ撮影タイム山一面がヒマワリ畑Oさんと、モザイクをかけてすみません花の実をどうするのか短時間だが、ヒマワリを堪能17:58反対側の畑は小麦畑か?20:27ホテルの庭にはプール、このあと夕食会場へ夕食後、Mさん母娘と我々の部屋でワインを二本飲み盛り上がったのであった。 スペインの旅ー続く
2020.07.05
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このブログは、新型コロナウイルスの関係で2度目のスペイン旅行を楽しんでいます。スペインの旅三日目は、マドリードからバスでコルドバ、セビリアへ向かう。途中『ドン・キホーテ』ゆかりの風車の村コンスエグラへ立ち寄る。平成20年6月8日(日) 9:30ホテルを8時15分に出発し一時間強走り、のどかな田園風景に溶け込む風車別の丘には近代の風力発電の風車も並びアラビア語で「乾いた土地」を意味するラ・マンチャ地方。その中にある、コンスエグラには、雨の少ない土地でも育つオリーブ畑やブドウ畑が広がるまた、風車の村としても有名。小説『ドン・キホーテ』にも登場した白い風車は、のどかな村のあちらこちらに点在し、そのいくつかは内部を見学できるドン・キホーテゆかりの風車の村コンスエグラ10:00バスを降り高台へ丘の下の風車の村コンスエグラ内部へ入れる小屋は決まっているようで風車小屋へ入ると、日本語を片言でしゃべるペドロおじさん。日本人観光客が多く来るのであろうか風車の動力で粉ひき歯車は木製で石臼を回して、小麦を粉にしてパンを焼く小屋の中へ入り階段を上り窓から外を風車がゆっくりと回りのどかな田園風景この日も天気が良くこの丘でのんびりとしたいものだが、30分程の写真撮影タイムで後にすることに10:22風車小屋のペドロおじさんと肩を組む先輩。片言の日本語で、名残惜しそうに「さよなら」と、まだ若いのか10:52丘から下り、トイレ休憩で土産物店へ立ち寄る。教会の前に空に向って延びる糸杉。糸杉と言えばゴッホの「糸杉」や「糸杉と星が見える道」の絵だが、今回の旅で私は初めて見たが、スペイン、ポルトガルには多いと土産物店に庭先にドン・キホーテゆかりのオブジェが立つ大きな水瓶、車輪10時を過ぎると陽射しも強くなり。ツアー仲間は35名の大所帯でまた女性が大半のためトイレタイムには時間がかかるオブジェの前で記念写真添乗員の清水さんだったか?手ごろな値段の絵皿もあり土産に購入売店の女性この辺りは、サフランの産地でもある旅友も一緒に撮影したが教会の前にもドン・キホーテのオブジェドン・キホーテミゲル・デ・セルバンテスによって1605年に発表された小説『ドン・キホーテ』。騎士道小説の読み過ぎで頭がおかしくなった主人公アロンソが、自らを騎士ドン・キホーテと名乗り、従者サンチョ・パンサと年老いた痩せ馬ロシナンテとともに旅に出るその道中、自己の欠如や人間の美徳を取り戻していくこの物語は、中世の理想主義とリアリズムが融合した、ヒューマニズム作品の傑作として、文学的評価も高い。劇中、ドン・キホーテが風車を「巨人」と見間違え、勇猛果敢に戦いを挑む舞台が、ここカンポ・デ・クリプターナ。11:11約20分のトイレ休憩でバスに乗り込む12:25九十九折の峠を越える岩肌が押し迫り崩落が怖い鉄道もある、制限速度は50km/h12:30トイレ休憩でガソリンスタンド&ドライブインへ。カウンター奥の時計は11:35になっており、サマータイムになっていない。因みに、スペインでサマータイムが導入されたのは、第一次オイルショック後の1974年。切り替え日は、3月最後の日曜日。この日の深夜2時に、時計の針を1時間進めて深夜3時にする。バス移動が長く暑いのでここでビールをオーダーして飲む(写真があったが削除)。Sin Plomo95:ガソリン?の値段は、1.259€/ℓ≒214円と高い。Diesel:軽油、1.299€/ℓ 軽油の方が高いドライブインで咲いていた花トイレ休憩は約30分で、13:00に出発13:12車窓からこの辺りの山の斜面はオリーブ畑で延々と続く13:58山一面にオリーブの木、手前はヒマワリか?高速道路脇の斜面にもオリーブ14:09丘の上に集落ズームアップ スペインの旅-続く
2020.07.04
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新型コロナウイルスの関係で2度目のスペイン旅行を楽しんでいます。スペインの旅二日目。トレドはマドリードの南約70kmに位置しており、1500年以上の歴史を持ち、中世の面影を今も残す美しい古都。タホ川に囲まれた高台にある街は、しっとりと落ち着いた雰囲気で、訪れる人々の心を癒してくれる。ローマ時代から城塞都市として栄え、キリスト教・ユダヤ教・イスラム教文化が混在しているのも特徴だ。とりわけ建築物にはイスラム文化の影響が大きい。平成20年6月7日(土) 15:07マドリードから1時間半ほど走り展望台へ、エル・グレコも作品に残したこの美しい街の景観は、1986年に世界遺産に登録されたエニシダが咲く、タホ川の上流側タホ川の上流側のこの新アルカンタラ橋を渡り市街地へタホ川の左上に「アルカサル」アルカサルは、11世紀にイスラム勢力からトレドを守る要塞として建築。以後500年間カスティーリャ王国の首都トレドの軍事拠点になった。1936年のスペイン内戦の際、ここで激しい攻防が繰り広げられ、建物は崩壊。その後市民戦争博物館として再建されたが、2007年まで修復工事のため休館中高台にある左が「カテドラル」右は「アルカサル」カメラを西に振り、90mの鐘楼を持つ「カテドラル」タホ川は古都の南側を迂回しポルトガルへと流れる男三人で記念写真Kさんは世界遺産のガイドブックを持ちじっくりと撮影したいビューポイントであるが、撮影後バスへ乗り城壁内へ15:15新アルカンタラ橋を渡り城壁内へ入る。街並みの間に日除けのテントがトレドは画家エル・グレコが愛した街で創作活動に励んだ地として有名。グレコが残したトレドの風景画と、現在の町並みとが変わらないことに驚かされる見上げると建物の間から高い鐘楼この建物は? 旅を終え日も経ち高さ90mの鐘楼を持つ「カテドラル」イスラム時代のモスクの跡地に、フェルナンド3世の命で1227年に着工され1493年に完成した。現在ではスペイン・カトリックの首座大司教座となっている。南側の獅子の門から入ると、内部には88本の柱で支えられた5身廊と22の礼拝堂があるパリのノートル・ダム寺院と同じフランコ・ゴシック建築のカテドラルはトレドの街のシンボル建物の合間から塔が街角には土産物店がこの地方は陶器が有名世界遺産に登録されている『トレドの旧市街』は、ローマ時代、イスラム支配時代、ルネッサンス期など、あらゆる時代の文化遺産を残す街並み狭い石畳の通路を下るエル・グレコは天上の世界を描き続け、クレタ島生まれのギリシャ人で、エル・グレコとはスペイン語でギリシャ人を意味する。その生涯を宗教画家として送ったグレコはトレドに定住し、神秘的な作風を確立した。ゴヤ、ベラスケスとともにプラドの3大巨匠として知られている窓際を飾るゼラニウム下から見上げると各窓に花を飾りユダヤ人住居地区建物の壁面に、「BARRIO DE LA JUDERIA 1492」とマークが旧市街地の狭い通路を進む、エル・グレコはギリシャのクレタ島生まれ、30代半ばで仕事を求めトレドへやってきた。以後亡くなるまでの40年間を過ごしたといわれるエル・グレコの家もあったのだが狭い通路を上るトレドの高台から北東方向を望む同場所から北西方向西方向のタホ川北側の「ビサクラ新門」、観光案内所がある16:45一時間半の観光を終え、北側に降り立ち高台を振り返るトレドの土産物店マドリードへの途中、夕食会場へ夕食の白身の魚夕食を終えロータリーの噴水世界に広がるリヤドロの魅力リヤドロの人形は、伝統的な技法を身に付けた彫刻家によって、ひとつひとつ形作られる。細部の小さな装飾から美しい彩色に至るまで、緻密な工程をたどって経験豊かな職人たちがその原型を芸術作品へと仕上げていき、120ヵ国を超える国々へと輸出されていく。リヤドロの芸術的価値は、世界中の美術館や博物館でも認められ、ロシアのサンクト・ペテルブルクにあるエルミタージュ美術館では常設展示されている。一個の値段が、当時は480€(約82,000円)と高価だった、現在はユウロ安で57,600円だが再度夕刻のスペイン広場へ文豪セルバンテス没後300年を記念して造られた広場。かつてはこの広場に兵舎があった。ドン・キホーテとサンチョ・パンサ像の上にはセルバンテス像オリエンテ広場に立つ旅友二人サバティーニ庭園を見下ろす庭園に降り立ち手入れの行き届いた庭園結婚式前の前撮りか夕闇の市街地王宮側からおオリエンテ広場フェリペ4世の騎馬像アルムデナ大聖堂大司教区の守護聖母を祀る。1883年に着工したが、市民戦争の影響で工事が遅れ、1993年に完成したマドリードのカテドラル。ファザードは、正面に向って建つ王宮に合わせた新古典主義様式の装飾が施されている。時間が遅く中には入れず王 宮小高い丘に建つ豪華絢爛な宮殿。マンサナレス川を見下ろす高台に建ち、1738年ブルボン王朝の初代国王フェリペ5世の命により建設が始まり、1764年カルロス3世の代に完成したバロック様式と新古典様式が調和した建物。「柱の間」の壁を覆うタペストリーや、赤いビロードが印象的な「玉座の間」などに王家の栄華がうかがえる。2500枚に及ぶ世界有数のタペストリーのコレクションは必見。ここも時間が遅く入れず大きなパラソルの下で談笑する民衆新型コロナウイルスの今はこの光景はどうなっているのか交通整理のおまわりさん有名ブランドのショップやホテルが軒を連ねるグラン・ビア通りグラン・ビア通りの一角に「三越」三越店内で迎えのバスを待つホテルへ帰り、明日は8時15分出発のため早めに寝る。 スペインの旅ー続く
2020.07.03
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今回のブログは、12年前に行ったスペイン旅行をアップします。私のブログは2008年からはじめ、帰国後の7月2日に初めてアップしておりますが、不慣れで挨拶のみで中途半端に終わっておりました、このためネタ切れのこの時期に再度アップしますので、訪問の程よろしくお願いします。この時のツアーは、JALPAK AVA『グラシアス!スペイン8日間』。旅行期間:この時期は個人で延泊ができたため、一日延泊して平成20年6月6日(金)~14日(土)。参加は、先輩のHさん、旅友のKさんと男三人で参加。ツアー代金は約35万円。通貨はユーロ圏で170円/€とこの時期は高かった、現在は120円。平成20年(2008)6月6日(金)スペインへはオランダ経由で、成田空港12:45発のJL411便でオランダのアムステルダム空港へ。フライト時間は12時間で、アムステルダム空港へ17:45着。オランダ、スペインとの時差はこの時期サマータイムでー7時間。6月6日(金) 18:50アムステルダム空港にて。12時間のフライトで疲れ気味の旅友のご両人。このあと、イベリア航空IB3249便に搭乗して、スペインの首都マドリードへ。22:07アムステルダム空港から2時間25分のフライトでマドリード空港へ到着。ツアー参加者は35名、内訳は男性8名で女性上位、名古屋、大阪、沖縄から参加した人もマドリード空港でターンテーブルから荷物を受け取るが、ツアー仲間の女性の荷物が一個届かず、また一個はスーツケースが破損のトラブルで日本からの添乗員(女性)が手続き。この関係でホテルへの到着は23:40と遅くなったスペインの旅二日目6月7日(土) 8:07宿泊ホテルは4つ星ホテルの「Hotel Gran Atlanta」このホテルへは連泊9時にホテルを出発するためホテル廻りを散策、ごみ箱をチェックする旅友Kさんマドリードはイベリア半島の中央に位置するスペインの首都。今日は土曜日で人通りがないこのモニュメントは?写真を撮りまくるKさん何を撮影しているのか先輩のHさん公衆電話で・・・・・・大きなごみのトレーラー9:17市内観光で、世界3大美術館に数えられる『プラド美術館』へ。バックは一段高いところに建つ「サン・ヘロニモエル・レアル教会」プラド美術館スペインが誇るプラド美術館は、王室コレクションの保存、公開を目的に1819年に開館。1868年の9月革命で共和制になるのに伴い、「プラド美術館」として国営化された。所蔵点数は1万点以上、その膨大なコレクションは代々王室によって収集されてきたプライベートコレクションである。また、盗品や略奪品が一切ないのが特徴で、この美術館の誇りとされているプラド美術館の前に立つ「GOYA」の像美術館内は撮影禁止のため、ガイドブックから。残念ながら「着衣のマハ」は他の場所で展示しているとのことでなかった芸術をこよなく愛したスペインの歴代王室が収集した作品の中でも、エル・グレコ、ゴヤ、ベラスケスはプラドの3大巨匠として知られ、数多くの作品が所蔵されている。11:00約一時間半の美術館内見学後、屋外でサン・ヘロニモエル・レアル教会道路脇に無造作に「日産の中古車」値段は、168,000€?連絡先の電話番号か?二階がオープンの市内観光バスプラド美術館から歩いてバス乗り場へロータリーサン・ヘロニモエル・レアル教会観光バスへ乗車12:13スペイン広場文豪セルバンテス没後300年を記念して造られた広場。かつてはこの広場に兵舎があった。ドン・キホーテとサンチョ・パンサ像の上にはセルバンテス像、その後ろには眺めのよいスペインビルがそびえるズームアップ添乗員から、この辺りは治安が悪いのでスリに注意と!スペイン広場から歩いて王宮へオリエンテ広場と王宮アーティストを魅了し続ける広場で、王宮の東側に位置するシックな雰囲気の広場で、ベラスケスの作品に大いに影響を与えたといわれる、フェリペ4世の騎馬像をはじめとするスペイン王国時代の歴代国王の像とともに、緑の美しい広場があるオリエンテ広場を進み12:30昼食会場へ向かう天気の良い日は屋外で食べたいがツアーはいつも室内14:54昼食後マドリードの南、約70kmに位置する『トレド観光』へ。女性二人連れの、Oさん、Uさんと親しくなり15:07トレドの対岸へ到着スペインの旅は、その1~17でアップします。 スペインの旅ー続く
2020.07.02
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令和2年は1月末ごろから新型コロナウイルス騒動の中いつの間にか半年を経過。そんな中、この半年を振り返ると、1月は、19日から21日まで旧東海道の弥次喜多道中で四日市宿から関宿を歩く。2月は、12日からの中国旅行が中止に、20日から22日まで旧東海道の関宿から水口宿を歩く。3月は、20日から23日まで旧東海道の水口宿から京都三条大橋を歩き延べ32日間でゴール。 この時期に行っていなかったらまだゴールしていなかったのではなかろうか。4月は、2月の中国旅行が中止になったので急遽『インド旅行』を計画するがこれも中止に。4月に入ってからは非常事態宣言、外出自粛が発令され、その上各県知事からは「他府県の方は来ないで」とのメッセージ、このため外出ができず自宅待機に!テレビも新しい番組が制作できないため、番組編成も以前放送したものを再放送。ニュースも、新型コロナウイルス関係ばかり!このためこの数か月、自分もテレビと同じように古い旅行写真を再度引っ張りだし、ブログの予約に専念した日々でした。6月の我が家の花の一部と、畑の状況をアップします。6月6日(土)四季咲きクレマチスの「プリンセスダイアナ」妻が三年前に小さな苗を購入し今年初めて咲いてくれた。筒形の明るい赤系の花を、斜め上から横向きに咲かせます。花期は6~10月の四季咲き性で1年で1.5mくらい伸び次々花を咲かせる耐暑・耐寒性共に強く、育てやすい多花性の品種である。花びらが傷ついていますが6月13日(土)カボチャ:今年は苗を3本購入して植えつけた。受粉(6/11)をしてから2日目トウモロコシ鳥除けでネット、テープをはる、左手前には枝豆も順調に成長、7月には食べれるか6月14日(日)ガクアジサイ鎌倉あたりへ行きたいのだが、三密の関係から事前に予約をする必要があるので自宅のアジサイガクアジサイ色褪せたアジサイ梅雨時期のアジサイは雫が似合う雫の写真も撮りたいが雨上がりの「フクシア」フクシアはアカバナ科の低木で、花が美しいので鉢植えなどでよく栽培されるイヤリングのようなフクシア。日本では訛って「ホクシャ」などとも呼ばれる蟻と雫が5月19日(火)ブドウの房今まではこのまま成長させていた今年は時間もありネットでブドウの栽培を勉強。先を2~3cm残してかきとる6月16日(火)約一ケ月後には実も大きくなり、ブドウの房を整えるが、まだ房が長かったこのあとブドウに袋掛け袋が小さかったので下を開放にした、まだ房を短くする必要があった。袋掛けは60房ほどあったが秋の収穫時には何房?6月20日(土)梅雨の合間に畑仕事でカボチャも受粉してから9日目で野球ボール位になる収穫は受粉してから45日から50日目、日本カボチャは1ヶ月だがこれは西洋カボチャ?山芋のツルには花が咲き始める秋口には実になり「ムカゴ」になる。今年は下にネットを張り収穫したいものです。芋も2年になるので大きなものが収穫できるのではラッカセイ(落花生)ラッカセイの名前は、開花後の花の根元からつる(子房柄)が下方へ伸び、地中にサヤを作ることに由来するこの花が下方に伸び地中の中にサヤを作るラッカセイは「木の枝からぶら下がっている」のジョークを信用する人が多いので「実ができるまで」をネットからオクラの花も咲き始め、開花後数日で収穫できる我が耕地の西側を整地してアパートを建設(義兄)。いつまで畑仕事ができるのかどうか?6月21日(日)散歩道に咲く「アガパンサス」ヒガンバナ科、アガバンサス属で、南アフリカに10~20種ほどの原種が自生し、交配などにより300以上の園芸品種が育成されているアガパンサスは性質が強く、植えっぱなしでほとんど手がかからないので、公園などの花壇やコンテナの植え込みに利用され、また切り花としてフラワーアレンジメントにも使われているまたアガパンサスはさわやかな涼感のある花を多数咲かせ、立ち姿が優雅で美しく、厚みのある革質の葉が茂る様子には力強さも感じられる鉢植えの「野ボタン」が既に開花。ノボタンの科名属名は、ノボタン科シコンノボタン属でした。このため、園芸種類としてはシコノボタンとして流通している場合もあります6月29日(月)ブルーベリーも大きくなり、そろそろ鳥除けのネットを張る必要がある薔薇の『アイスバーグ』 END
2020.07.01
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