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夜になって雨になったが、日中、やわらかい日射しのなかで我家の小庭はいままさに花盛りだ。ためしに幾種類の花が咲いているか数えてみると、17種だった。例年より開花がおくれた白桃が丈2メートル3,40センチにもなって直径4センチほどの八重の花が八分咲き。その隣のグミの花も昨日、ほとんど突然のようにいっせいに咲いた。毎日眺めている母が、昨日今日とまた身体の調子がおもわしくなく臥せっているが、その間に開花したのである。木瓜(ぼけ)も紅色のあざやかさを誇っている。木瓜は花期がおわると小さな林檎のような実をつける。それもまた可愛い。 柿が黄緑の若葉を出し、空木(うつぎ)も生き生きした緑葉を開いている。この空木は花輪莞爾邸からやってきた。訪問しての帰り際に、富貴草といっしょに夫人が手折って下さった。存命中の父が直植した。ところが土があわなかったのか一度は駄目になりかけた。一部を切って鉢に挿し木した。それがうまく育ったのだ。 千両や椿、紫式部。木ばかりが多かったのだが、母の希望もあって、今年は草花もたくさん鉢仕立てにした。それでいっぺんに彩り豊かになった。 「グミが咲いたよ」と病床の母に告げると、床から起き出して庭に出て行った。 そんなところへ、新潟市に在住のSさんから同市の老舗市川屋の「笹だんご」と「粽(ちまき)」の贈物がとどいた。香たかい笹苞をむきながら美味しく頂戴した。Sさんありがとうございました。
Mar 31, 2007
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山田維史 《赤い月》アナログ・コラージュをCG加工 2007年3月30日【注】画中に引用したのは古今和歌集から大江千里の歌。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 夏に刊行予定の画集のための作品製作がまだ終わっていない。スピードをあげて取り組まなければならない。たいへんたいへん。
Mar 30, 2007
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東京国立博物館で『レオナルド・ダ・ヴィンチ 天才の実像』を観た。 昨日、「花」展を観てから、200メートルほど離れた会場へ向った。20日に開幕し、6月17日まで開かれているので、入館者が行列をつくっているようなら後日にしようと思いながら。かつて30数年前、「モナリザ」が到来したとき、あまりの観客の多さに私はついに観ることを断念してしまった。私が「モナリザ」の実物を観たのはそれから数年後、ルーブル美術館においてであった。私が大学に入学して東京に住むようになったのは昭和39年(1964)で、東京オリンピックが開催された年である。その年、やはりルーブル美術館から「ミロのビーナス」がやって来た。西洋美術館の中庭に特別展示場を建設しての公開だった。観客が十重二十重の長蛇の列をなし、18才の元気いっぱいの私は3時間も待って入館したのだった。 このたびもそんな状況を予想していたのだったが、案に相違してほとんど混雑ともいえない様子だった。 展覧会は2部に分かれていて、本館の第1会場に「受胎告知」が1点だけ展示されている。第2会場は本館左手奥にこのたび新しく建設された平成館。そこでは、この1月までフィレンツェで開催されていた同名の展覧会の第3セクションから第6セクションまでを再構成し、そこに日本側が企画した第1と第2セクションを付け加えて、かつて部分的に紹介されてきたレオナルド・ダ・ヴィンチを、彼の遺した厖大なノートやスケッチをもとにしてその全体像に迫ろうという意欲的な展示である。 さて、私はまず「受胎告知」を観た。館内の照明の光量をおとし、正面に劇場の額縁仕立てのようなグレー一色の装置を組み、そのなかに渋い金の額縁におさめられた「受胎告知」が掛けられている。雑踏になることを避けるためにあらかじめ蛇行するスロープ状の通路がしつらえてあり、通路は絵の正面で一段高くなり、また次第に下りスロープとなり、折返して絵とおなじ目線の正面にみちびかれてゆく。この工夫がとてもよい。難点は、さほどの混雑でもないのに監視員がひっきりなしに大声で「ゆっくりご覧になりながら、立ち止まらないでお進みください」と云う、そのうるささ。私はさまざまな位置から眺め、うっとりしながら、正面にきたときは、列からはずれて背後の壁にぴたりと身を寄せて、かなりの時間見入ったのだった。 「美しい!」 「美」にはいろいろな種類がある。戦慄を催す恐怖のなかにさえ美は存在する。饐えた臭いをはなつ腐爛のなかにさえ美は存在する。たとえばシンディ・シャーマンの色彩が混然として輝く、抽象絵画のような写真が、じつは腐りかけの食べ物を撮影したものだと知るまでは、もしかするとその鮮やかな色彩に言葉もなくうっとり見とれたかもしれない。あるいは漆黒の背景に放物線を描く光の束。そのアンドレス・セラーノの美しい写真が、作者自身の射精の瞬間をとらえたものだと知ったなら、「美」について何か頑固な固定概念をもった人は目をむいて「してやられた」と思うかもしれない。あとから怒りがわいてきても、もう遅い。すでに「美」を実感してしまったのだから。 だが、一方で、いかに昔の作品であろうと、いかに昔の美の概念の範疇で処理された作品であろうと、540年後の今日でもおそらく万人に「美しい」と嘆息させないではおかない絵。それがレオナルドの「受胎告知」だ。 縦98.0cm×横217.0cm。作品として大きいというほどでもないのに、実際真ぢかで見ると、とても大きく見える。表面に塗布されていた古いニスが洗浄されたために、洗練された色彩が輝くようだ。レオナルドおとくいのスフマート(ぼかし塗り)が完璧に実現されていて、理想化された様式をかえって現実的・写実的にみせている。この世ならぬ劇的な事件が、じつに静謐なたたずまいのうちに表現されている。このことは、その後にくるバロック様式と比較するとき、いったい何が観客をして「実感」させるのであろうと、ふと私の思いにあがってくる疑問だ。 レオナルド・ダ・ヴィンチの絵画作品は未完成のまま遺されたものも少なくはない。「モナリザ」も未完成だという説もある。しかし、「受胎告知」(1472-73)は完成された1作である。 第二次世界大戦中にパリやミラノで展示されたことがあるというが、破壊されなくて本当によかった。万人が認める美を、観念による破壊ではなく、実際に破壊してしまう欲望にとりつかれる人物がいなくはないのである。裏返しの美にとりつかれているのであろう。破壊する瞬間に自己を神と同一視し、爆破の炎のなかに虚無の美をみるのであろうか。 「美とは恐ろしいものだよ」と言ったのはドストエフスキーである。 「受胎告知」を堪能した私は第二会場にむかった。 正面階段を上ると、人力飛行機の巨大な復元模型に迎えられる。前述したように、ここはレオナルドの思考過程をたどって六つのセクションに分かれている。1)レオナルド・ダ・ヴィンチの生涯 ●レオナルドの時代 ●年表 ●現在の主な作品・手稿類の所蔵先 ●《少年キリスト像》について;現在ローマ・ガラン・コレクションになっているレオナルドの作品ではないかと言われている彫刻(テラコッタ)を展示。1924年にイタリア人彫刻家ルイジ・ガランがアスコリ・ピチェーノの修道院から購入したもので、レオナルドらしさはあるものの未だ確証はない。 ●レオナルドが残した手稿類;金澤工業大学と明治大学所蔵のレプリカを展示。2)《受胎告知》 ---思索の原点 ●受胎告知の主題とレオナルド作品の特質 ●「マニエラ・モデルナ」の始まり ---ヴェロッキオ工房からミラノへの出発まで。3)レオナルドの書斎 ●手稿のスケッチを復元したさまざまなコンパス類の模型を展示し、ヴィデオによってそれらを使用して図形を描いてみせる。4)「かたち」のとらえ方 ●幾何学的原理に基づく人体 ●「かたち」の均衡 ●変形と変容 ●万物の基盤としての形態 ●スフォルツァ騎馬像5)万物の「運動」 ●自然の4つの「力」と元素 ●ピラミッドの法則 ●永久機関という幻想 ●人間の動きと力 ●諸元素の動きと力 ●調和のとれた動き、プログラムされた動き ●消耗する動き ●心の動き6)絵画への結実 ●目 ---視るための装置 ●人体の描写 ●影、光、色 ●空気遠近法 以上、レオナルドの思考をその手稿に基づき、精巧で上質な模型で復元してみせる。観客自身が体感することができる装置もある。物品の展示に加えるに、「読む」ということも多く、その点がなかなかやっかいだが、しかしこうでもしなければこの多面的な思考をする巨人の全体像を知らしめることは難しいだろう。フィレンツェでの展覧会が絶賛されたと私は聞いていたが、なるほどと納得した。じつは人体の小模型はあまりできがよくない。つまり、レオナルどのスケッチはひじょうに小さなものなのだが、観察はするどく、私自身が画家として実際にヌード・モデルをたくさん観察してきているので分るのだが、立って重心のかけ方による骨盤の位置と胸郭のねじれとの関係など、レオナルドの小スケッチを納得して視るのである。しかし、展示された立体模型は、その肝心な人体のねじれがレオナルドの観察を正確に再現できていない。監修にいささかのゆるみがあったというべきか。だがその他はじつによくできた模型である。模型そのものが美しい。 2時間弱で私は観たのだが、第二会場はさすがに疲れた。せっかくの「受胎告知」のすばらしい余韻がさめてしまった。第二会場を先に観て、いったん休憩してから第一会場の「受胎告知」を観るほうがよいかもしれない。これからお出かけになるかたは御参考にしてください。平成館の休憩室はまったくそっけなくて、飲み物は自動販売機、たまたま京都の和菓子の老舗「鶴屋吉信」が屋台のような店を出して、名にしおう「道明寺」を味わうことができたけれど、カフェテリアさえないこういうサービス・ソフトの無策にはまったく呆れ果てる。「設計者、出て来い!」と頭を一発張ってやりたくなる。ニューヨークのメトロポリタン美術館にしろ近代美術館にしろ、入館者のためのすばらしい設備がととのっているでしょう? 日曜日など、おしゃれした老夫婦などがブランチを楽しんでから展覧会を観る、そんな光景がごく普通にみられます。私はいつもいつも腹をたてるのだ。日本の文化行政のバカさ加減、ほんとにバカなんだ。こんなバカ者たちが建設した建物だから、御年配のかたはくれぐれも御御脚に注意されておでかけください。(展覧会カタログ 表紙の表・裏)
Mar 29, 2007
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きょうは上野公園の国立科学博物館へ特別展「花 ― 太古の花から青いバラまで」を見にでかけた。24日の土曜日に開幕し、6月17日(日)まで開催されている大規模な展覧会である。 なぜ、きょう出かけたかというと、それには訳がある。じつは、きょう28日と明日29日のたった2日間だけ公開されるものがあったのだ。スエーデンの図書館が貸してくれたカール・リンネの『自然の体系』(1735)の初版本。世界に40册ほど現存する、そのうちの1册の現物である。これが私のお目当てだった。 2007年が生誕300年にあたるカール・フォン・リンネ(1707-1778)は、スウェーデンが生んだ自然学者である。私はこのブログで再三彼の名前を述べてきた。近代植物分類学の基礎を築き、植物命名のシステム(学名)を完成させた。そして、それについての彼の考えを最初に世界に問うたのが、『自然の体系(Systema Naturae)』である。 この本は植物学の重要文献として20世紀に入ってからも復刻刊行されている。しかし初版本は先に述べたように世界に40册ほど残っているだけで、文字どおりの稀覯本である。 スウェーデンの図書館が貸してくれたのは、なんとリンネ自身が所持していたものだった。私の目測で、縦50cm、幅20cmほどの大判。公開ページは、もっとも有名な植物の性体系による24綱分類を説明した部分。左ページに雌蕊・雄蘂の性の有り様をスケッチした24種類の図。左ページにその説明系統図。その左ページは幅が倍の48cmほどで、半分に折畳むようになっている。それが初版のかたちだった。と云うのも、後の復刻本は折畳まない判式なのである。 ・・・私は展示ケースに額を押し付けんばかりにして、長い時間、見入った。たぶん、私にとって生涯にただ一度の出会いとなるはずの本だった。 この初版本が公開されることについては、カタログにも記載がない。私は26日の朝日新聞夕刊の片隅に載った小さな記事で、今日と明日、2日間だけ展示されることを知ったのだった。その記事は、〈「自然の体系」初版本〉と、たったそれだけの見出しのそっけないものだった。 リンネ関係については千葉県立中央博物館がかなり充実したコレクションを所蔵しているということも、今回私は初めて知った。そのなかにリンネの自筆書簡がふくまれていて、それがこの「花」展に出品されている。リンネがフランスのモンペリエ大学のフランソア・ボアシエ・ソーバージュに宛てた1747年と1754年の書簡。有害生物についての問い合わせに対するリンネの返書である。羽ペンで書かれた、几帳面な美しい字体が、リンネの人柄をしのばせる。私はこれもじっと見入ってしまった。 ところでリンネの創始した植物の性体系による24綱分類について、すこし説明しておこう。リンネの時代には世界の植物約1,000属6,000種がすでに知られていたが、リンネが注目したのは花や葉の形状でもなく、植物の総体的外見でもなかった。その性の形に注目したのである。そしてその性の形が24に分類されることを観察し、当時の性風俗のことばで説明したのだった。 たとえばこうである。「同室にひとりの男性にひとりの女性がつれそっている」・・・これは一つの花に1本の雌蘂と1本の雄蘂からなりたつ植物。また、「同室にふたりの男性がひとりの女性につれそっている」・・・一つの花に1本の雌蘂と2本の雄蘂からなりたつ植物。あるいは、「ひとりの女性にたくさんの男性がおおいかぶさっている」などというのもある。 こうして24の性の体系を見い出し、それが植物の真の相違を表現しているとしたのである。本展覧会は、この24綱の性体系を、その代表的な植物の写真で、雌蘂雄蘂の形がわかるように示している。いわば性器の大アップ写真である。まあ、「花」というのは植物の生殖器、われわれ人間はそれを愛し、それを恋人に贈ったりしているわけだ。・・・そういえば、かつてベネチア・ビエンナーレ展で、老若男女の性器の大写真が壁一杯、天井の高さまで並べて張り出した作品があった。『ピラミッド』なんていう性器写真集もあったけれど、これは分類学とは関係ない。しかし、「個」とは何か?、「自分」とは何かという問いを観衆につきつけるものではあるだろう。 私はリンネをめぐる展示ばかりを述べてきたが、「花」展にとっては、それは付け足しにすぎない。展覧会の構成は次のようになっている。 1)花とはなにか、2)花の誕生と進化、3)花の多様性、4)世界のふしぎな花、5)世界の花々、6)花の研究史、7)花をつくる、8)最新の科学研究成果、9)花のかおり、10)カール・フォン・リンネ。 最古の花の化石や、最古の最小の植物化石等の実物も見られるし、現存する世界の不思議な花も見られる。あるいは近年、ニュースで報じられた「青いバラ」も展示している。科学展ではあるけれど、工夫された良い展覧会だ。(展覧会カタログ) さて、私は「花」展を見てから、次に東京国立博物館へ『レオナルド・ダ・ヴィンチ ― 天才の実像』を見に行った。「受胎告知」を見るために。 しかしこれについては、また明日述べることにしよう。 上野公園は桜の花盛。学校は春休みとあって、週日だというのに親子連れでにぎわっていた。
Mar 28, 2007
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山田維史 《見る前に飛んで飛んで》アナログ・コラージュをCG加工 2007年3月27日
Mar 27, 2007
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山田維史 《華やぎ》アナログ・コラージュをCG加工 2007年3月26日
Mar 26, 2007
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山田維史 《今化粧立美人》 アナログ・コラージュをCG加工 2007年3月26日
Mar 26, 2007
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山田維史 《花の下のかすかな面影》アナログ・コラージュをCG加工 2007年3月26日
Mar 26, 2007
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山田維史 《花のうつろい》アナログ・コラージュをCG加工 2007年3月25日
Mar 25, 2007
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山田維史 《夜桜の秘密》アナログ・コラージュをCG加工 2007年3月25日
Mar 25, 2007
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山田維史 《愛の疲れ》アナログ・コラージュをCG加工 2007年3月25日
Mar 25, 2007
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山田維史 《ピカソに捧げるミノタウロス》アナログ・コラージュをCG加工 2007年3月25日
Mar 25, 2007
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山田維史 《さあ、散歩をしよう》アナログ・コラージュをCG加工 2007年3月24日
Mar 24, 2007
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昼食後、顔なじみの園芸店の「フェスティヴァル」に行く。昨日もらった福引き劵をわすれずに持って。 フェスティヴァルといっても、特別なあつらえをしているのではなく、まあ、花や用具のバーゲン・セール。きのうも見ている様々な花を、行ったり来たりしながら、鉢に挿してあるネーム・プレートを引き抜いて、原産地や育てかたなどを読む。あれもいいな、これもいいなとは思うものの、手数がかかりそうな花はずぼらな私にはむかない。「白い花ばかりなので、赤いものがほしい」と母が言う。私も同じ意見。 そこで、ごく一般的だが「ペチュニア」の色違いと、「芝桜」を買った。福引きで「お好きな花の鉢をどうぞ」と言うので、オレンジ色の「パンジー」を貰うことにした。 帰宅してすぐに植え替え。大きな鉢に3種類を寄せ植えにした。「芝桜」はもう数株買って、直植えにしてみたくなった。我家の土質の良くない小庭でも十分育つのではないかと思った。 私の作業を見ていた母が、「いっぺんに彩りがでてきたこと」と、満足そうだった。 「これで、このあいだ種を蒔いたマリー・ゴールドと八重松葉牡丹がうまく咲いてくれると、その長い鉢に4っつ作ったからきっと華やかになるよ」 「咲くのは夏前ね・・・」 「ほら、勿忘草もサニー・オステオもすごく元気だ。・・・ここにこんな花が咲いている」 「野草だわね」 「ここにもある。・・・野草を鉢に移していろいろ寄せ植えしてみようか」 「そうね。そのほうが野草も見映えがするでしょう」 「じゃあ、それは明日やることにしよう。今日はこれで終わりだ」 園芸店の近所の家の庭に、昨日は見かけなかった紫の木蓮が咲いていた。いくつもの大柄な花が、枝先にグイッと立ち上がるように咲いている。 木蓮を詠んだ虚子の句に、 木蓮のゆらげる花の高さかな 木蓮は3メートルも10メートルもの巨木になる。その高いところで花が揺れているのであろう。だが、私が見ている木蓮は、紫の花10、20、揺るぎもない堂々のたたずまいである。 私は、昔ある人の家の庭にやはり紫の木蓮が咲いていたことを、ふいに思い出した。
Mar 24, 2007
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山田維史 《桜の花の下で》アナログ・コラージュをCG加工 2007年3月23日【注】 引用した歌は古今和歌集巻第二に収録されている紀貫之の作。 ことば書に、 あひしれりける人の、まうできてかへりにけるのちに、よみて花にさしてつかはしける 「ひとめ見し君もやくると櫻ばなけふはまちみてちらばちらん」
Mar 23, 2007
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山田維史 《心にも花咲かせ》 アナログ・コラージュをCG加工 2007年3月23日【注】作品中の2首の発句は寛永20年頃に刊行された松江重頼著『毛吹草』に収載されている。「心にも花さかせけり桃の酒」は光有の、「みとれては目たゝきもおし花盛」は昌意の作である。
Mar 23, 2007
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庭の隅に置いた鉢の百合の芽出しが遅く、心配していたところ、4日前の朝に3っつの芽が顔をだしているのをみつけた。「ああ、生きていた」と思いながら母に告げると、しばらくしてから母は庭へ出ていったようだった。 翌日、昼食のおり、「きのうの朝はツンとした一枚葉の芽だった百合が、夕方もう一度見に行くともう双葉になってさらに伸びていた」と母は言った。 そしてさらに一日経って、つまり一昨日のこと、「百合の芽が5つになっているわよ」と母は家人に告げた。 母は一日に5度も6度も草花を見るために外へ出て行くのだという。植物の力と、また、猫達の力が、長い病床にあって動けなかった母の身体に力をあたえているようだ。 そんなこともあって、私は顔なじみの園芸店に行き、「花かんざし」という可愛らしい花の鉢を買ってきた。さきほど午後2時過ぎに、それを大きな鉢に植替えたところだ。 キク科の多年草。学名は〈Rhodanthe chlorocephala ssp.rosea〉。原産地はオーストラリアとのことだが、日光戦場ガ原で育てられたという。じつは冬に咲く花で、氷点下の寒冷にも耐えるのらしい。小さな白い花をいっぱい咲かせ、そのままドライフラワーのようになってしまう。いつまでも花が咲いているように見えるおもしろい植物である。 その「花かんざしを」大きな鉢にあふれるように植え込んだ。 園芸店では明日と明後日、「園芸フェスティバル」を開催するそうで、福引き券をくれた。我家の小庭は樹木が多くて色気がない。ことしは少しずつ花を植えて、いろどりをそえてみようと思っている。【花かんざし】
Mar 23, 2007
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山田維史 《春の愛のかげり》アナログ・コラージュをCG加工 2007年3月22日
Mar 22, 2007
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山田維史 《春の森のヴィーナス》アナログ・コラージュをCG加工 2007年3月22日
Mar 22, 2007
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外出ついでにしばらくぶりで大型古書店に立ち寄った。この系列の古書店が扱っている本は、いわゆる蒐書家が言う古書ではなく、新刊のセカンド・ハンド・ブックである。そして概ねがエンターテインメントだ。いまの私には、ほとんど興味がわかない種類の本である。 ところが、どっこい、100円均一の廉価本コーナーにはなかなか捨てておけない本があるのだ。どうやらこの大型書店は、書籍に深い知識があるのではないらしい。ベストセラーとか話題になっている小説等はしっかり仕入れをしてい、それなりの価格をつけている。つまり新刊購読者も、右から左へ売ることを見越しているらしく、カバーの上にカバーをかけて手あかを付けないようにして読み、読み終わるやたちまち売り払ってしまう。そういう本を新刊より幾分値下げして売っていると見た。 それはそれで結構。さらに結構なのは、この100円コーナーである。で、私はその棚を隅から隅まで丁寧にみてゆく。 今日購入した本は次のとうり。★ 市村玖一『新潟県農業運動史 ―写真史実― 増補改訂版』(創作舎:1982) 在野の郷土史研究家による実証的な農業運動史の労作。巻末に「新潟県小作争議略年表」「農民組合発展系統表、戦前・戦後」および詳細な「新潟県社会運動人名」を付す。★ 土方與志『なすの夜ばなし』(影書房:1998) 著者土方與志(1898-1959)は伯爵家の長男として生まれ、小山内薫とともに日本最初の現代劇場「築地小劇場」を私財を投じて開設し、軍国主義に抵抗して「赤い伯爵」と称された。現代劇の黎明期の演出家として250作品以上を演出している。本書は1947年に出版されたものを、1998年に生誕100周年記念として復刻された。題字ならびに表紙絵は初版の村山知義のものをそのまま使用している。★ ディック・フランシス、菊池光訳『女王陛下の騎手』(晶文社:1981) 英国王室専属の騎手を勤め、のちに競馬ミステリーの人気作家となったディック・フランシスの半生記。ジャケットの袖に、彼のことばとしてこう書かれている。「障害競馬騎手は誰でも二つの夢を抱いている。一つはチャンピオン・ジョッキーになることである。もう一つは、リヴァプールのエイントリイ競馬場でひらかれるグランド・ナショナルに優勝することである。これは、私が幸運に恵まれて第一の夢を果たし、第二の夢の実現を目前にして、無念きわまりない負け方をした物語である。」★ 杉本章子『東京新大橋雨中図』(新人物往来社:1988) 著者が直木賞を受賞した長篇小説。文明開化の時代、その時代の光と影を描き「光線画」の画家と称された実在の小林清親を描く。 以上、4册。税込み420円也。
Mar 22, 2007
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山田維史 《ミューズ女神に捧げる歌》アナログ・コラージュをCG加工 2007年3月21日
Mar 21, 2007
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山田維史 《Royal Comfort》アナログ・コラージュをCG加工 2007年3月21日
Mar 21, 2007
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山田維史 《セザンヌとマチス;Cezanne et Matisse》アナログ・コラージュをCG加工 2007年3月21日
Mar 21, 2007
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山田維史 《多様なメッセージ》アナログ・コラージュをCG加工 2007年3月20日
Mar 20, 2007
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山田維史 《ヒップ・ホップ・タワー》アナログ・コラージュをCG加工 2007年3月20日
Mar 20, 2007
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午後、2時間ほどガーデニング。小さな鉢物を大きな鉢に植え替え。 3年前に東京薬科大学の薬草園からもらったラベンダーも植え替えた。そのそばに野草も植え替える。普通なら抜き捨てるのだろうが、白い細かな花を咲かせてい、とても捨てるわけにはゆかない。ラベンダーと同じ鉢にした。 昨日買ったサニー・オステオと勿忘草も植え替える。勿忘草はすでに母が隣家に株分けして差し上げたようである。 ところで、サニー・オステオはキク科の植物であるが、属名はオステオスペルマムとある。資料はカタカナで表記しているので、正確ではないかもしれないがラテン語だとOsteospermamとなるだろうか。これをどう解釈するか、私の関心をよんでいるところである。 Osteoは、osteonの変形であることは間違いない。「骨」という意味だ。植物の学名にしばしばみられる言葉であるが、骨のように固い「木質」の果実であることを意味することが多い。 さて問題はつづくspermamである。spermは英語でもドイツ語でもフランス語でも、総じてラテン語系ではスパームないしスペルマと発音し「精液・精虫」を意味する。動物学的な言葉だが、植物学的には有精植物にこの言葉が用いられる。 有精植物でもっとも一般に知られていられるのは「イチョウ(銀杏)」であろう。イチョウは雌雄異株、すなわち雌の木と雄の木とがあり、春に雄の木から飛んだ花粉は雌の木の胚珠とよばれるところに入りその中の花粉室で生育する。そして9月上旬頃に「精子」を出して受精するのである。 このようなまるで動物のような繁殖システムをもっている植物を有精植物という。オステオスペルマム属のスペルマムが「有精」を意味するのかどうか。・・・ 私はいま、このことを調べてみようと思っているのである。
Mar 20, 2007
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山田維史 《愛の曼荼羅》アナログ・コラージュをCG加工 2007年3月19日
Mar 19, 2007
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庭にいる母と隣家の夫人の笑い声が、二階の仕事場の開け放った窓からきこえていた。ガーデニングの話のようだった。しばらくして居間にゆくと、「お隣から桜草の鉢をいただいたわ。おかえしにデージーを株分けしてさしあげた」と母が言った。 「桜草がほしいって、おねだりしたんじゃないの?」 「ちがうわよ。デージーは羨ましく見てらしたんですって。なかなか株が分かれないので、もうすこし大きくなって子離れしたらまた差し上げることにしたわ」 午後になって、階段上の電球が切れたというので、それを買いに外出した。途中で、父の墓のかたわらに植えたあの元気な花がないかと園芸店をのぞいてみた。すると、たった一鉢が売れ残ったようにあった。ネーム・プレートに「サニー・オステオ・エリザベス」とある。キク科の多年草。耐寒性もあるようだ。サニー・オステオには花色に2種あり、エリザベスというのは墓のそばに植えたのと同じ薄紫がかった桃色、もう1種は少し褐色のはいった黄色でダークアマンダと書いてあった。 私はその一鉢と、他に薄青色の勿忘草(わすれなぐさ)も買った。 帰宅してから「お墓に植えた花の名前がわかったよ」 「なんというの?」と母。 私が「サニー・オステオ」と答えると、 「なに?」 耳の遠い母が聞き返した。 「サ・ニー・オ・ス・テ・オ」 「他人おつきあい?」 「アッハッハ。〈他人おつきあい〉なんて花あるかい。サニー・オステオ!」 私は紙に大きな文字でサニー・オステオと書いて渡した。 「サニー・オステオ。ハハハハ、ハハハハ。耳が聞こえないもんだから、〈他人おつきあい〉だなんて。私も言いながら、ヘンだと思ったのだけれど・・・ハハハハ」 「ワハハハハ、ワハハハハ」 ダジャレなら上出来な聞き違いである。わたしたちは、思い出しては笑っていた。(写真は高松商事株式会社による)
Mar 19, 2007
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きょうは家族で父の墓参。あした19日が命日なのだが、日曜日のきょうにした。さいわい母の身体も快調のようである。ステッキを持たせて神奈川まで片道1時間ほどのドライヴとなった。 いつものことながら、「ほら、あそこに何々の花が咲いている」桃だ、桜だと賑やかな道中である。じじつ相模川を渡って神奈川に入ると、山桜がほぼ満開だった。小手鞠も小さな白い花をまるで房のようにたわわに咲かせてどれもこれも見事である。菜の花が200坪ほどの畑を一面のあざやかな黄色に変えていた。水仙の黄や白も目立つ。墓苑の近くに、高さ10メートルもあろうかという辛夷(こぶし)の大木がそびえている。冬枯の頃はまさに聳えているという感じなのだが、今は総べての枝という枝に白い花をつけて、ふんわりと柔らかい樹形になる。その近隣でもっともすばらしく大きな辛夷である。 立ち並ぶ辛夷の莟行く如し 虚子 この虚子の句は、言葉は簡単だけど解釈はむづかしい。感覚的にとらえようとしてもなかなかイメージが立たない。「立ち並ぶ」と「行く如し」は繋がっているのか、切れているのか。繋がっているのだとしたら、辛夷の莟のたたずまいを素直に詠んだものだろう。切れているとしたら、辛夷は何かを見立てているのだろう。たとえば白衣の巡礼の一行か。 父の墓の側に置いた鉢植えの花(名を知らない)は、鉢の底の穴から根を伸し、正月の墓参のときも元気に薄紫がかった桃色の菊のような花を咲かせていたが、この2ヵ月半の間にいよいよ四方八方に新しい茎を長々と伸し、たくさんの花をつけていた。莟もびっしり出ている。 「この花は年がら年中咲いているんだねぇ。丈夫だねぇ」 「うちの庭にも植えようか。たちまち花壇ができるよ」 そんなことを話ながら、父の好きだった「おはぎ」やその他の供物をならべた。母が「・・・を持ってくるとよかった」と呟いた。何を持って来たかったのか、聞き取れなかった。私は黙っていた。 彼岸の入りということもあり、墓苑はにぎわっていた。 「みなさん熱心だねぇ」と言うと、弟が何を言っているのだというように何とか言った。通り過ぎた他家の若い夫人が、「みんな来るのねぇ」と、私と同じことを口走ったので、私と弟は思わず顔を見合わせて笑った。「ほらね」と、私は言った。 牡丹餅に夕飯遅き彼岸かな 虚子
Mar 18, 2007
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山田維史 《生命のしぶき》アナログ・コラージュをCG加工 2007年3月18日
Mar 18, 2007
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山田維史 《一千年の樹精》アナログ・コラージュをCG加工 2007年3月18日
Mar 18, 2007
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山田維史 《粒状の気脈;Granular Currents》アナログ・コラージュをCG加工 2007年3月17日
Mar 17, 2007
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山田維史《相互感応;Mutual Sympathy》アナログ・コラージュをCG加工 2007年3月16日
Mar 16, 2007
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私はあまり感じなかったのだが、きょうの関東地方はことのほか寒かったようで、東京で初雪が観測されたそうだ。観測史上もっとも遅い初雪である。 この寒さは20日頃までつづき、その後ふたたび春らしい陽気にもどるという。 昨日、税務署に行くのに自転車に乗って行った。片道3キロメートルほどの道のり。税務署へは仕方なく行くのだけれど、毎年、自転車での往復6キロは春の息吹を感じながら鼻歌まじりに楽しんでいる。 畑地に杜若(かきつばた)が群がって咲いていたのには驚いた。花屋の店頭の鉢植えではない。人家から離れた野菜畑の縁に直植えされているのである。杜若は初夏の花。五月の節句の頃が花期というのが一般的だろう。 大柄な紫色の花が五つ六つと咲くのを横目に見ながら、つぎに目にしたのはナズナの群生。ペンペン草とも言われている。茎の頂に長い総状花序の小さな白い花をつけ、その下方には三味線の撥(ばち)、あるいはハート形のような倒三角形の短角果をたくさんつける。この中には種子が20~25粒ほど詰まっている。子供の頃、このハート形の実のついた柄の根元を茎にそって少し下方に裂き、プラプラと揺れるようにして、デンデン太鼓のように掌で回して遊んだ。実の中の種子が乾いていると、パラパラと小さな音をたてた。即席の楽器というわけである。 ナズナは春の七草に入っているとおり、食べることができる。我家では正月7日に七草粥を食べる習慣がある。その2,3日前になると八百屋やスーパーマーケットに小籠に入れられた七草が売られる。我家でもその小籠を買ってきて、細かに刻んで粥に入れる。「せり・なづな・ごぎょう・はこべら・ほとけのざ・すずな・すずしろ、これぞ七種」である。七草には春と秋とがあるが、春は「七種(ななぐさ)」、秋は「七草」と書いてそれぞれを区別することがある。秋の七草は食用には適さない。ちなみに秋の七草は、「はぎ・おばな・くずのはな・なでしこ・おみなへし・ふじばかま・ききょう」である。 毎年、そこを通るときに楽しみにしているタンポポの群生地がある。歩道の脇が斜に高くなっている奥行き1間(約1m80cm)、幅30メートルほどの草地だ。まだ一面に咲くまでにはいたってなかったが、それでももう随分咲きそろっていた。 私はあちらこちら眺めながら、楽しくなり、帰りに自宅とは逆の方角に向い、銀座の洋菓子店の支店で家人へのおみやげにケーキを買って、口笛を吹きながら帰宅したのだった。 摘み草の人また立ちて歩きけり 素十
Mar 16, 2007
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きょうは確定申告の最終日。わたしも書類を鞄につめて自転車にまたがり税務署に行った。 一般庶民は、わずかでも節税にならないかと、領収書1枚を大切に保存する。中小企業は領収書の10年間の保存を勧告される。 一方で、国庫の財布にまるで盗人のように手をつっこんで平気の平佐をきめこもうとする閣僚もいる。「法に則って処理されていると聞いている。何等問題はないと承知している」と、かばう首相。この国は糞まみれである。税務署内でひそかに呟かれた「納税する気にもならん」という声をどう思う。 「政治資金規正法」という字面がどんな意味をもっているか。「規正」としているところがミソ。「規制」ではないのだ。「規制」には、「これこれをしてはナラヌ」という「縛り」があるものである。つまり罰則規定がともなうのである。ところが「規正」は、「悪いところがあったら改めましょう」というほどの意味である。罰則もあり、禁錮刑や公民権停止をともなう厳しいものにみえるが、細部にいたっては抜け穴だらけ、法律としてはいわゆる笊(ざる)法であると言ってよい。国会議員達が自分たちの利益、まさに私益にひとしい利益を守るために、まことしやかに、殊勝らしくつくった法律というわけだ。安倍晋三首相が言っている「法律に則って」というその法律の実質とはそういうものだ。笊法でも法律である限り、法治国家の大儀はたっているという首相の言い分である。 この国はじつに奇怪な国だ。国会議員が身を正すということを実質的には初めから要求していないのだ。悪行を容認していると言って決して過言ではない。国民の金(税金)を使っているのだから、鉛筆1本、消しゴム1個の領収書を提出するのが当り前のはず。事実、イギリスの場合はそうだと聞く。日本の場合、機会をみつけてここぞと思えば国庫の財布に汚れた手をつっこみたい、そんな人ばかりが国会議員になりたがるのかねぇ。 こんなことでは、国会議員関係法案の法制化は、国会議員にはまかせてはおけない。まったく新しい決議機関の設立を真剣に議論しなくてはならなくなるだろう。糞まみれの閣僚が横行する国では、笑い話が笑い話でなくなる。 税金の使途不明ばかりではない、いいですか、みなさん、農水大臣がですよ、「水道水など飲めない」と国会で答弁するのですよ。国民の命の水を、「飲めない」と言うのですよ。 「このバカ者が!」 安倍晋三はそう叱るべきでしょう。(後注) さきほど夜9時半に小説家の花輪莞爾氏から電話があり、いささかならず重い話を1時間ばかりしたところだ。その中で、私たちは、「死をめぐる」話をした。死の準備のかなり具体的な問題についてである。 しかし、電話をしながら私は、年をとればとるほど、糞まみれのこの国で安閑として死ねないという思いが強くなってくるのだった。 【注】松岡利勝農林水産大臣の事務所費不実記載問題 国会議員会館内に設けられている松岡利勝農林水産大臣の事務所費報告書のなかに水道・光熱費の名目で05年に507万円が計上されていることが発覚した。調査によるとこの費用は過去5年間に2.900万円が支出されていた。 そもそも議員会館内の水道・光熱費は特例によって「無料」である。他の議員事務所を調べたところ、いずれもその名目費用は計上されていなかった。松岡農水相の事務所だけが計上していたのである。 この点を追究された松岡農水相は当初、調べてみないと分らないと答えていたが、やがて某という還元蒸留水を購入して飲んでいると答えた。 民主党議員が松岡農水相の事務所を調べたところ浄水器は存在しなかった。松岡農水相は、ペットボトル入りの水で、1本5,000円のものを一日4本飲んでいると答えた。当初、調べてみないと分らないと言っていたのが、ここに来て、特殊な水を自ら一日4本飲んでいることが分ったようだ。 この1本5,000円という特殊性について追究されると、松岡農水相は「今の法制度下では、そこまで報告するということについては、差し控えさせていただきたい」と答え、つづけて「今、水道水を飲んでいる人は、ほとんどいないんじゃないですかね」と発言した。 この事務所費の不実記載を疑われる問題に対して安倍首相は「法に則って適切に処理されている聞いた」と答え、また政府側見解として、「1本5,000円の水に価値がある無しは人それぞれだ」と述べた。 この問題は、いったいどこに指弾すべき点があるのだろう? すべてにおいてである。 まず不必要な水道費を計上していること。松岡答弁の「1本5,000のペットボトル入りの水」は、水道・光熱費に当らないこと。それはむしろ「飲食費」に当り、そうなると松岡農水相はきわめて日常的な自らの飲食費を事務所費でまかなっているということになる。これはもちろん政治資金規正法違反とみなされなければならない。松岡利勝氏の日常的飲食費を国民が支払う必要等ないからである。政府側の見解は論点がずれている。あるいはわざとずらして目をあざむく狙い(国会議員にしろマスコミ記者にしろ、日本人は教育過程においてディベートの訓練が重要視されていないので、論点の違いをとっさに指摘して切り返すことが不得意である)。いずれにしろ問題は、松岡利勝氏が飲んでいる「水の価値」のことではない。 さらに、疑惑としてではあるがマスコミがすでに公然と言っているのは(TBSラジオ)、この、年に500万円見当、過去5年間で約2,900万円の金を松岡農水相は、「女」に貢いでいるのではないかということである。そういう疑惑が出るほどこの金の使い道が不自然だというわけだ。500万円以下という金額は領収書の提示が必要ないようで(随分国民を舐めた規定だ)、松岡氏の場合そのギリギリのところで計上されている金額なのである。文部科学省の「倫理倫理」という策謀じみた主導の裏で、こういう下劣なふるまいを疑われる人間が閣僚におさまっているのだ。 大臣の不埒で淫らなふるまいを、国民の金でつぐなっている、われわれ国民はいったい何者なんだ?
Mar 15, 2007
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山田維史 《わが旅路のために》コラージュ 2007年3月14日
Mar 14, 2007
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東京の西に位置する我が町であるが、近所の家の桜が咲いていると先日の日記に書いた。気象庁が7日に発表した「桜開花予想」では静岡で13日に開花ということだった。静岡と東京との違いはあるが私はこのほぼ正確な予報に感心していた。 ところが、今日、気象庁がこの第1回の開花予想に誤りがあったと「陳謝」した。観測地点4箇所で計算データの入力ミスが判明したのだそうだ。 誤りがあったのは静岡・東京・高松・松山で、およそ3日~9日ほどずれるのだという。福岡の21日を初めに静岡は23日ころに開花するのだそうだ。 気象庁の「桜開花予想」は定点観測なので、我家の近所の桜がすでに咲いていても予想はずれとは言えない。ブログ友達のシルフさんのサイトには、皇居周辺の桜が咲いている様子が写真で掲載されている。つまり気象庁の足許では第1回の開花予想を発表した7日前後には開花していたことになる。 記者会見をして、「御利用者には大変御迷惑をおかけしました。深くお詫びいたします」と沈痛な声で担当者3人が頭を低くしてお詫びしていたが、それほど悲痛な問題でもあるまい。もっとも桜観光地や周辺業者には大問題かもしれない。しかし予想がはずれて文句たらたらは不風流。 気象庁よ気にしなさんな、と私はつぶやいているが、この記者会見、じつのところ普段から誇り高い気象庁の自尊心が傷ついたというところかもしれない。 私は茶化しているのではない。先日も「桜開花予想」競争に新たに参戦した組織があると報じていた。ことほどさように日本人にとって桜の開花は重要な問題なのであろう。気象庁のプライドは、この予想にかなりの自信をもっていて、確度は非常に高いのである。「桜開花予想」は第1回予報に始まり、次第に北上しつつ第8回までつづく。この過程で、過去、最大誤差は前後4日だったそうだ。みごとなものである。それが今回は9日の誤りがあった。気温データのミスが原因らしいが、「作業体勢」がまずかったのだ、となったようだ。 気象予報士が国家免許制をとるのは、農業・漁業等の第一次産業にとって重要であるばかりではなく、世界規模で相場の変動に重大な影響をおよぼすからである。桜もその系列でとらえられているのかもしれない。 (注:気象予報士ではない人が天気予報を公表することは禁止されている。) 用意した花見弁当がむだになったなどと怒らずに、風流風流で行きまっしょ!
Mar 14, 2007
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山田維史 《飛べない天使》コラージュ 2007年3月13日
Mar 13, 2007
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山田維史 《万象連鎖》コラージュ 2007年3月12日
Mar 12, 2007
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いつものように自転車で街を走っていると、日毎に花の色がかわってゆくのが分る。きょうは辛夷(こぶし)が咲いていた。まるで生成りの羊毛のような、クリーム色がかった厚ぼったい白い花。しかし、私は嫌いではない。遠くからはポップコーンをばらまいたように見える。私が生まれてまだ1年にも満たない乳児のころに、「タカイタカイ」と指差して一番最初に目にとめた花ということに、我家ではなっている。 高台にある我家は、平地よりいくぶん気温が低い。人間の感覚にはさほど明確にしない温度差なのだが、植物は敏感に反応している。さまざまな植物の開花が数日ずれている。それでもきょうは向いの家の桜が咲いていた。まるで一気に花開いたかのように、ほぼ満開にちかい状態である。我家の小庭のデージーは次々と莟を出し、いまや9つになっている。花輪莞爾邸から到来した富貴草も開花した。吉祥草ともいうが、つげ科の「ふっきそう」が正式和名である。常緑の草木状の低木で、横にひろがってふえる。花輪夫人が手づから掘り起こしてくださったのは2本ほどだったのだが、3年経ってずいぶんふえた。根から茎が斜にたちあがる特徴がある。名前に似ずとても地味な花が茎から直立してつく。富貴草というのは常緑でこんもり茂るところからついた名前だといわれる。 こうして自転車で近所の花を見ていると意外に豊富な種類があるのである。外来種も多くなっているから、私が名前を知らない植物もじつにたくさんある。 ところが、わずか数日の間におどろくようなことが起っていた。住宅街に入ってすぐのところに小さな掘割があって、その向こう側が現在空き地になっている。細道が掘割にそって、またその空き地にそってゆるやかに曲っている。空き地のはずれ、道のわきにすばらしく大きな梅の古木があり、数日前まで撩乱として花を咲かせ、馥郁とした香があたりにただよっていた。私は毎年、その満開の花をみるたびに、こんな梅の木が我家にあったならどんなに素晴らしいだろうと思いつづけてきた。 きょう、そこを通ると、なんと梅の巨木の影もかたちもないのだ。私はとっさには何がなんだか分らず、景色がヘンだなーと、狐につままれたように自転車を止めた。数日前まで今盛りと咲いていた梅の木が、根元からバッサリ伐られていたのである。 誰がどうしてそんなことをしたか知らない。ゆるやかに曲った道の見通しがきかないからと、不安神経症の住民にでも強訴されたのであろうか。 わからない、わからない。 あの梅の古木は、あそこでいったい何年生きつづけてきたのだったろう。 切り倒されるときの梅の断末魔の叫びが聞こえる。
Mar 12, 2007
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きょうは午前10時から正午まで、町内会の合同委員会会議に出席。18年度と19年度の全委員が会して、18年度の監査済みの会計決算報告および事業報告を承認し、ついで19年度の会計収支予算案と事業計画案を検討した。両年度あわせてA4判24ページにおよぶ印刷製本された書類が、町内全400戸分用意しての会議である。この委員会での承認を経て、来る25日におこなわれる全戸出席しての町内会議にかけられることになる。 過日に述べたことだが、我が町内会の活動たるやざっとこんなものである。総務には、会則や書式マニュアル等が印刷された書類として厚さ5cmほどのファイルになっている。もちろんフロッピー・ディスクにもおさめられている。 みごとと言えばみごと、いささかならずやり過ぎのおもむきがないわけでもない。じじつ町が形成された初期、いまから40年ほど前にみな若さの盛りにあった住民も、子供達はとうに成人して町を出てゆき、いまや高齢になった夫婦二人きりという家も多くなってきた。町内役員を順繰りに勤めることに決めてあったものが、実際的にその役を勤めることが困難になっている。新しく若い家族が転入してきても、彼等は彼等で働き盛り、まして昨今の社会雇用状況はのんびり家で過すことができるほど時間をもてあましているわけでもない。サラリーマンとしての経験がまったくない私だが、町内会会議に出席するとそのような世相がジンワリ伝わってくるのである。きょうも、「会則の細則を改訂」を議論してほしいという声があがった。 我が町内会がこのように密な関係を築こうという努力には、阪神大震災を教訓にしている。あのとき倒壊家屋からの救出活動をしたのは近隣住民だった。そのような活動を即座にスムーズにおこなえるようにしたい、というのが我が町内の一致した気持だったのである。 この気持は重要であろう。とくに高齢化家庭が多くなればなるほど、切実な問題になってくる。「だれか私を救助してくれるだろうか?」と、不安に思いながら毎日を暮らすのは哀れである。 ともかく、わたしは役員として忙しく仕事をしなければなるまい。
Mar 11, 2007
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もったいぶったタイトルをつけたが、ちょっとハンドルネームについて述べてみようと思う。 私はこの「山田維史(ただみ)の遊卵画廊」にアクセスしてくださったお客様を、「御芳名帳」というファイルに記録している。実際の画廊の展覧会で記帳することがあるが、それをWebギャラリーでも行なおうという考えである。 といってもお名前を残してくださるのは楽天会員と有志の方々だけなのだが、今日現在「御芳名帳」には丁度1,760人が記載されている。そのうち約700名が常連のお客様、あるいは隔日隔月毎のリピーターである。 さて、毎日のように1,760人のハンドルネームを拝見していると、そこからなかなか面白いことが見えてくる。 私の「御芳名帳」はアイウエオ順に分けてあるのだけれど、各項の数字はだいたい平均している。ただ、「シ」の項の119名と「ア」の116名だけは他に抜きん出ている。なぜか「ヌ」で始まるハンドルネームはひとつもない。「遊卵画廊」を開設して20ヵ月になるが、その間、一人もいなかったのだ。 名前のつけかたからも様々なことが見えてくる。ざっと分類してみると・・・(1)おそらく実名の省略的愛称(姓または名)。(2)自己イメージ(体型、自負心の形象化、詩的形象)。(3)生活観または人生観。(4)趣味に関するもの。(5)職業、地位、仕事に関わるイメージ(空想をふくむ)。(6)店名、商品に関わる名前。(7)なんらかの勧誘を目的にしているネーミング。(8)セクシャルな内容をともなうもの。(9)時事ネタに関わるもの(例えば、スポーツや政治)。(10)アイドル・スターまたは芸能に関わるもの。あるいは芸名のモジリ。(11)コミックに関わるもの。(12)目立つことを意図した、やたらに長いネーミング(数字や記号の羅列をふくむ)。(13)動物。 それぞれについては、もっと立ち入った考察もできるのだが、それについては省略する。 ことばの選択からおおよその世代を推測もできる。そして私が思わず感心してしまうのは、短くても適確に表現されていたり、エスプリ(機知)にあふれているお名前が少なくないことである。みなさんがなかなかのアドヴァタイジング・コピーライター(広告文章家)なのだ。 お名前なのでここにご紹介はできないが、私はアクセスしてくださった皆様のハンドルネームから世相を見せてもらっているのである。どうぞ今後ともお訪ねいただきたい、と願いながら。
Mar 10, 2007
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山田維史 《これを見た人》コラージュ 2007年3月10日
Mar 10, 2007
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山田維史《あなたの待つ春》コラージュ 2007年3月9日
Mar 9, 2007
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山田維史 《知恵の実を食べなさい》コラージュ(アナログ・コラージュをCG加工) 2007年3月9日(注)一旦アップ・ロードしたアナログ作品が自分自身で納得できなかったので、数時間後にCG加工しました。フリーページの「日替りコラージュPart9」に両者を掲載しています。
Mar 9, 2007
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山田維史《Astronaut-Eve》コラージュ 2007年2月8日
Mar 8, 2007
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寒さが戻ったようだ。半袖アンダーシャツの薄着をしていたので、フリースを一枚着込んだ。日本海側では雪が降り、金沢市では今年一番の降雪量だという。 午後、近所に出かけるために玄関のドアを開けると小雨が降り出した。掌をかざしてみると、なんだか霙(みぞれ)めいた感触がある。すこしためらったものの、エイッとばかり自転車を引出し、傘ももたずに家を出た。通りに出て行手の空をのぞむと、遠い空は明るい。こちら側だけ暗い雲なのだ。自転車で風切る風は冷たく、道のあちこちに梅の花弁が散り敷いていた。 住宅街を彩る植物の花々が次第に豊富になっている。桜草が咲き、パンジーが咲き、水仙の蕾みも開花寸前である。橘も咲いている。 我家ではクロッカスが終わり、今朝、花殻を摘み取った。植え替えした母のデージーはとても生き生きしている。新しい莟が五つ出て、数日後には開花しそうだ。その元気な様子におどろいて、私は掌で葉を軽く押してみた。するとその感触はとても強く、しっかり根が張っている。「ふーん!」私は思わず小声をもらした。
Mar 8, 2007
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山田維史 《御国の宝》コラージュ 2007年3月7日
Mar 7, 2007
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山田維史 《あなたの形わたしの形》コラージュ 2007年3月7日
Mar 7, 2007
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山田維史《林檎の遺伝子あるいは労働の代償》コラージュ 2007年3月6日
Mar 6, 2007
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