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大阪滞在の様子をUPします。長文すみません。コンクリートだらけの街に、癒されている自分がいた―――in大阪。大学の授業でジャマイカの医療事情についてお話する機会を頂いた。「大学」なんて場所に、最後に足を踏み入れたのはいつだろう。リノリウムの床。殺風景な教室。う~ん、懐かしい。教授の部屋を訪れると、ところせましと奥様や子供とおぼしき写真が飾られている。家族思いのパパぶりが伺われた。ミニカーのコレクションに食いつくボン。OL時代はもっぱら機材の手配をするほうで、プレゼンなんて1、2回しか経験がない。でも得意のハッタリで何とか無事に終えることができた。教授のフォローのたまもの。この調子であやしいセミナーとか開いて荒稼ぎできるかもしれない。それにしても、彼らはなんと若さと可能性に満ち溢れていることか。教授にはおみやげまで頂いた。アイラブジャパン。午後は美容院。住宅地であるこの辺、「キッズルーム」なるものが用意されている店をよくみかけた。さっそくGO。いい意味でクラッシュギャルズ(古すぎ)の飛鳥をほうふつとさせる女性に案内され、ロフトの2階へ。三畳ぐらいのスペースにテレビとDVD、おもちゃが用意され、白壁には誰かの落書き。すぐ横に椅子が設置され、そこでママがカットしてもらえるというすばらしいサービス。ボンはさっそくおもちゃのミニバンを並べていた(嬢は沈没)。男前の女性からカウンセリングを受ける。「普段、髪に関する悩みとかってありますか?」一週間に一度しかシャンプーしないので頭がカユイ(←当たり前やろ)と言ったらちょっと引いてた。「水不足」なんていっても、日本じゃ通用しないよな・・・。さあ、カリスマ美容師(?)の登場です。日本に来てから目にすることがなくなったfluffyな女性。メガネが親近感。「最近(髪の毛)ちゃんとしようって思うようになりました(子供も大きくなったし)」というと「いや、いいことですよ!!」褒めてもらえた。同世代ということもあり、昭和ネタで盛り上がってしまう。「テレビが白黒だったのでラムちゃんの髪が何色か知らなかった」「私は漫画読んでたんで~」こんな会話できる人、この指とまれ!腕もよく、希望通りのこなれママ完成(頭だけ)。夜は妹・妹彼・私達でネパール料理の店へ。京橋にお気に入りのネパール料理屋があった。そこもボリュームたっぷりで苦しくなるほどだったが、ここもすごかった。仕事帰りのOLが一人で立ち寄れる店でもあるようだ。白いスカーフを肩にかけたその女性と、店員の会話を盗み聞きしながらキリンビールを開ける。タンドリーチキンがボンのお気に召したようで、執拗なチキンコールを横で聞きながら、玉造のネパール料理の店に思いをはせる。あそこ、どうなっただろう。あそこのお兄ちゃんもイケメンだった。翌日はミナミ。子供たちは初めての地下鉄。「外真っ暗やで」と言っても「知ってる」と窓を凝視しているボン。闇の中に彼は何を見ているのだろう?待ち合わせまでまだ時間があるので、大丸をブラブラ。フロア全体が(おそらく)20代女子をターゲットにしているらしく、ガールズの購買力の不屈さを目の当たりにする。「カワイイ」「キレイ」が凝縮されたそこは、まさに虚構と異次元の空間。マーケティングというのは商品そのものでなく「イメージ」を売ることなのだろう、きっと。気が付いたら靴を選んでる自分がいた。「まみぃ、車運転したい」教授からもらったパトカーを靴売り場で運転しようとするボンを制しながら、靴を吟味。ジャマイカの舗装されてない道には、こんなヒール、無用の長物だろう。「ビーサンで道路に出たら履き替え」という案が採用され、お買い上げ。3年で減価償却すると、十分安い買い物である(と自分に言い訳)。店を出ようと思ったら、目の前を横切る待ち人。シェイキーズでランチバイキング。3年前身重で来て以来。友達は高校以来と言う。店も味も3年前のまま。BGMは黒っぽい洋楽で、ピットブルやリアーナの声が聞こえる。「変わらない」というのはスゴイことだ。心斎橋筋。H&Mの巨大看板はビヨンセ。\999と書かれてあるのが妙に似合っていて笑えた。ジャマイカでも彼女の顔をいたるところで見られたが、日本にまで進出しているのは一種の脅威だった。「どんだけ好きやねん」というぐらい、H&Mで豹柄を買い込む。友達は大阪駅まで見送ってくれた。新しくなった大阪ステーション。I was like 浦島太郎.行きかう人々。絶え間ない人の波。私もかつてこの風景の一部だった。もう自分の記憶の中にしか、あの場所はないと思うと少し寂しいが、思い出はこれから作るものでもあるのだった。
2013/07/17
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子連れ旅の様子をUPします。(長文すみません)アメリカへは夕方の便なので余裕の朝。ガスレンジを掃除する余裕すらあった。出発し、途中で、見送りに来るという義母(全身レモンイエロー)と合流。彼女の真意はいかに?あわよくば便乗したい、という印象を受ける。車はモンティゴベイのサンフェス(音楽イベント)の会場にさしかかる。ここにMiguelがやって来る―――と思ったら後ろ髪をひかれる思い。ん?んん?車が急に減速。またかい!いざという時に必ず何かが起こる。脇を追い越し車がどんどん通り過ぎる。3、40kmぐらいのスピードで走りながら、何とか空港に到着。この島には磁力のようなものが存在する気がする。Obeah(呪術)か。出ようとすると、必ず車が故障する(ていうかポンコツ)。お別れもそこそこにゲートへ。ドミノピザやウェンディ―ズ、DQなどあこがれのファストフードがひしめいているが、食指が伸びない。後進国のしみったれ根性が染みついてしまってるようだ。マイアミ空港到着。エスカレーター、絨毯、広い空間、全てがめずらしく(田舎もん丸出し)スイッチが入るボンと嬢。中南米各国から来た旅行者が集中し、混雑を極める入国審査。あともう少しという所で嬢が「うんち」この後も、彼女の消化機能に度々翻弄されることになる(※下痢ではありません)。荷物を取りに行って、まさに投げ渡すように預け直し、手荷物検査を済ませると、ダラス行の便の時間まで後30分ぐらいしかなかった。入国審査からボンのピザコールが激しく、まず食料を求めフードコートへ。ピザのセットを早食い、後はお持ち帰りにしてゲートに向かうと、嫌な予感。ゲート番号を間違えていた。エスカレーターを駆け上がりモノレールに乗った時は、もう後5分だった。それでも一抹の期待を胸にゲートに向かったが、やはり飛行機は行ってしまった後だった。食事を省いたら乗れていた、と思ったら悔やまれたが、消費者金融ばりの子供の追い込みを機内でやり過ごす自信は私にはなかった。既に夜の10時を過ぎ、周りの店はシャッターを下ろす中、航空会社のカウンターに並ぶ。同じような運命を背負った人々が列をなし、相当ご立腹の女性も(てか、早くどけよ)。旦那がいなくてよかった。いたらきっと、ブーイングの嵐だっただろう。ここでも嬢、「うんち」。ようやく私の番が来て、女性係員曰く「飛行機が遅れたわけではないので、お金がかかりますよ」事情を説明すると、上司のような女性に相談。「マニャーナ」というのが聞こえる。どうなるのだろう。翌朝の成田行きの飛行機へ乗り継げないと、帰れない。「こんなん出ました」結果は明日早朝の便へのチケットとホテル&食事券。「十分時間があるので乗り継ぎは大丈夫でしょう」ただ先に飛んでしまった荷物を探して預けなおせ、とのこと。時間通りに動くことがどれほど重要なことか、身を以て学んだ。免税店の香水売場で特徴のある瓶が目に入る。Flower Bomb。Miguelの歌にある物。台紙にひとふきしお守り代わり、ホテルに向かった。ちょっと余裕が出てきた。空港内のホテル。フロントにはジョン・トラボルタの若い頃みたいなお兄さん。既に11時を回っているのに相変わらずハイパーな子供たち。ホテルの部屋という非日常性が彼らをたまらなく興奮させるらしい。クーラーがやたら寒く、凍えながらシャワーを浴び、着替えもないので服のままベッドへ。明日は5時前にはここを出なければ。もう失敗は許されない。翌朝、飛び起きる子供。起きなかったらどうしようと危惧していたが無用だった。昨夜の搭乗口からずっと一緒だった黒人男性も、同じフロアに泊まっていたようだ。Faizon Loveというコメディアンにそっくりで、ボンを見て「How you doing?」と声をかけてくれた。アメリカでは特に黒人にかわいがってもらった。ゲートにつき、近くのキューバ系軽食屋でコーヒーを飲むと、ようやく人心地ついた。ダラスに着いて、速攻係員に荷物の件を尋ねる。ロングの付け毛、付けまつ毛、付け爪の若い黒人女性は、ガムをくちゃくちゃ。ニッキー・ミナージのようになった目で「荷物は誰かが次の便に乗せたようですね」ありがとうございます!次のターミナルへ移動するバスの運転手はノリノリの黒人女性。ボンがいつぞや「テキサスに行きたい」と言っていた。スポンジ・ボブの友達サンディ(リス)がテキサス出身という設定。運転手の女性の陽気な英語は、まさにサンディのそれだった。搭乗ゲートに1時間前に到着。公衆電話を探し、ダラスで泊まる予定だったホテルに返金を求めたが気持ちいいぐらいあっさり一掃されてしまった。マイアミで無料で泊まれたから、収支ゼロということで。売店で念願のダルビッシュTシャツゲット。12時間の飛行時間。ボンは備え付けのゲームに夢中。嬢は最後部へおやつをもらいにいくのが気に入り、始終歩き回っていた。成田からまた大阪までの便に乗り換え。ここからは日本のすばらしさに圧倒されっぱなし。トイレはウォシュレット。お客様は神様扱い。飛行機の窓からは作業員が並んで手を振っている。まみぃ、なんであの人らbowしてんの?とボン。子供にはおもちゃが用意されているし、ドリンクにはストローがささっていた。前の席の女性がボンに話しかけていた。「マイアミから一緒やったな。遠かったな。偉かったな」ジャマイカで友人の結婚式に参加してきたというご夫婦。手荷物引き取りでお別れする時は既にファミリーで、ハグして別れた。
2013/07/08
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今日はボンの卒業式。遠足の時はスッピンだったので、今日は化粧だけは最優先で終わらせておく。フルメイクにパジャマで朝食って、出勤前のホステスか。二日前からボンの体調が悪く、昨夜も嘔吐した後寝てしまったので、風呂にも入れなければいけない。式では答辞を読むことになっているボン。練習中紙の上にぶちまけ、急いでルーズリーフに書き映したが、調子が狂ってしまいボロボロ。どうなる本番?準備に時間がかかり過ぎる旦那。結局出発前に写真を撮る余裕もなく、30分遅れで出発。だからジャマイカ人と行動共にしたない・・・。卒業式のお楽しみのひとつは、ファッションチェック。いるわいるわ、めいいっぱいめかし込んだビューティフル・ピープル。普段から教会通いで板に着いたドレスアップ。しかし中には「??」という人も。Tシャツ・デニムスカート・付け毛。これがこの人の一張羅なのだろう。演歌歌手ばりのコスチュームもいる。フォーマルと露出をはき違えた、ダンサー系ファッションも。合成繊維の髪に化繊のヒラヒラドレスが目にまぶしく、辺りは免税店の香水売場のような匂いが充満している。Tちゃんパパが祝辞を読む。彼がここの卒業生で、おまけに西インド大学(ジャマイカの東大といったところか)卒ということを初めて知る。マイクの調子が悪いとすったもんだした挙句、停電であることが判明。教育委員会の女性の番になると復旧。「ね、私ってスゴイでしょ!?」とつかみはOK。この女性、食育指導などで2回ほどお目にかかったが、快活で話が面白い。マイクなしでゲストのプロフィールを読んだ男の子を引っ張り出し「いやまん、くらっぷ いむ まん!(彼に拍手を)」一気に和む空気。ジャマイカ人はこうでなくっちゃ。さて、お待ちかねボンの番です。最後の読み合わせの時間もなく、先生から台紙つきの原稿を手渡される(手書きの原稿、いらなかった)。ペアの女の子はTちゃんで、マイク持ち係りはTちゃんパパ。間違えることなく、最後まで読めた。あのボロボロの練習は何だったのか?次は校長先生。答辞を聞き、涙で言葉を詰まらせている。Tちゃんは彼女の孫にあたるらしいから、苦労させられたのだろう。私も、3年間(厳密にいうと2年半)の出来事が走馬灯のように思い出された。次は年配女性のお話。教会なんて縁のない私、おそらくこんな感じなのであろうというありがたい?説法。「女の役割は子供の世話!男は外で働く!(なるほど、これが田舎のスタンダードか)種だけ植えて、後はほったらかしの男が多すぎる!」「親の仕事は子供の可能性を伸ばしてやること!そのためには何でもする!そのなまけたおケツを上げて、モンティゴベイ行って仕事探さんかい」時計は正午を回っていた。雲行きも怪しくなってきた。「雨降りそうやから手短かに」と自分でいいながら、興に乗ってきたのか「濡れてもかまへん、これだけ言わして!」とマイクを離さない。アーメン。今にも降り出しそうな空の下、卒業証書や記念品の授与。ボン、何故か最優秀賞をもらっていた。「マミィ、コレ誰?」金メッキのトロフィーは大学帽をかぶった白人男性の顔をしていた。出張カメラマンに写真を撮ってもらおうと並んでいたら、前の子がボンの親友Q君。「あ、○(ボン)も入ろう。この子、いつも○の事ばっかりでねぇ・・・」とQ君のお母さん。唯一のハーフで、ラスタのボン。そんなことは関係なく、Brethren(親友)を作っていたボンだった。※次回は日本からお届けします。(予定)
2013/07/04
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