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「という事だ、分ったか?」磯辺の説明は言葉の通り手短だった、それではここで磯辺の手短な説明をお教えしよう。「俺たちの友達がこの間火事を起こしてんだ、知ってるんだろ?」まあ一応はな。「そいつ飯島てんだけどよ」それも知ってる。「・・・・もう話すのやめようか?」分った分ったすまん、もう何もいわないからさっさと話して俺を納得させてくれ、なるべく分りやすく頼むぞ?「だから、その飯島がいつ出てこれるか分らないから俺たちが飯島を救い題して自由にしてやろうって魂胆だ」・・・俺は世界が凍りついた感覚に陥った。てのは嘘ピョンでまあ大体分ってはいたさ、昨日北大路に聞いていてよかった、もし聞いていなかったら俺は隣の北大路みたいに顔面を真っ青にして「助けてアン●ンマンー!」と叫びたくなるってもんだ。いや、俺はまだ奇跡を信じていた。もしかしたらそのダンボールハウスの置くからドッキリカメラと書かれた立て札を持って「ドッキリでしたー」といってくれるのかもしれないと思ったのだが、やはりそのような奇跡はおこりっこ無く無情にも俺の前にあるのは磯辺のもうこれでいいだろ?というようないかにも面倒くさそうな顔があった。好きにしろよもう。「ってそうじゃない!お前たちがそんなことをしようとばれてお前たちも刑務所行きになろうと俺は知った事ではないが何でそれに俺まで巻き込もうとするのだ?簡潔に、なおかつ分りやすく、そして納得の出来る説明をしろ」「はあ?ああ、分った分った、俺たちもお前たちがそう簡単に加担するとは思って無かったよ、そうかそうか、理由ね・・・なんだっけ?」本気でこいつの顔を殴ってやろうと思った、もしかしてこいつらは何の理由も無くただなんとなくで俺をここに連れてきたんじゃあないだろうな?北大路を見ろ今にもこの下水道に飛び込んで逃げようという顔をしてるぞ。「・・・・ああ、そうだそうだ確か昨日俺たちが計画を思いつた時お前らは俺たちのところにきたろ?それでじゃあこいつらでいいやってことになったんだ」さっきまで殴ってやろうと思っていたけどあまりにもしょうもなくそしてあっさり言われたので殴る気にもなれず。ただ、ふう。とため息をつくだけだった。「ことわ・・」るを言う前に北大路が始めて口をきいた。「という事はもしかして俺が理由?」まあそういうことになるはな。突然なんだこいつは。「だったらしょうがないよな、わかった俺たちも手伝うからさっさとやろうぜ」・・・今度は本当に全世界が凍りついた気がした。
2007.01.20
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あのですね・・・僕のブログってエッセイを中心的に書いてきたのですけど、なんていうのですかね・・もうネタがないのですよ、早々毎日面白い出来事なんてあるわけもなく、とは言えせっかくここまで続いたこのブログをつぶすのはどうしてももったいないので、当分エッセイはお休みし(誰も待っていないだろうけど)今書いている「平凡な俺の・・・」(題が長いので省略させていただく)を書いていき、書き終わるまでにいろいろネタ集めをしてネタが貯まったら今度はエッセイを書こうと思います、別にこんなお知らせいらねえと思うけど一応ね。それじゃあそういうことでお願いします。お知らせ終了。
2007.01.15
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えーと今回はですね、今現在まったくネタがないので今僕が作っている歌の詩を出そうと思います。この詩は、いろんな意味合いを込めて作りました(製作時間20分くらい)意味は皆さんで考えてみてください。 1 いつになったらたどり着けるのだろう、いつになれば本当の 居場所が見つかるのだろう。昨晩は孤独と向き合った、今晩もそうなるのだろうか 「孤独と向き合う事は自分と向き合う事」と誰かが教えてくれた。 今身にしみて分った、自分と向き合うという事が・・・・ ★一人の時間一人の空間で自分と向き合った僕は少しは強 くなれたのかな?目が覚めたら分るだろう、ほらそこの角を曲がれば自分の場所があるかもしれない。2 どこにいけばあるのだろう、いつになれば道が開けるのだろう。 今晩は孤独を忘れる事が出来た、明日はどうなるのだろうか 「孤独を忘れるという事は人に合わせているということ」と誰かが教えてくれた。 まだ分ってない、人に合わせているということが・・・・ ★人との時間人との空間で人に合わせた僕は以前と比べて何かが変わったのかな?この場所から動いたら分るだろう、ほら答えは手が届く場所にあるかもしれない。 孤独なとき、そうじゃないとき、僕はどっちも見てきた、だがどっちも完全には分らない。どっちがいいかなんて分らない。だから僕は探します、何年たっても何十年たっても・・・ ★一人の時間一人の空間で自分と向き合った僕は少しは強くなれたかな?目が覚めたら分るだろう、ほら底の角を曲がれば自分の場所があるかもしれない。 そこにきっと答えはあるんだ。
2007.01.12
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「何で俺はこんなところに連れてこられたんですか?」当然の事を聞いている俺が今いるところは路地の裏、何でこんなところにいるのかな~?「まあ黙ってついて来い、来れば分るから」前言撤回!知りたくありませんな、ええ、全く。「関係ねえよバカ!とりあえず黙って来い」人を勝手に連れてきてその言い草はないだろうよといいたかったのだがもうなんだか面倒くさくなってきたので黙ってついていく事にした、ん?そういえば北大路はどうしたんだろう?ふと後ろを見てみると逃走をはかろうとしている姿があった。しかしそれにいち早くきずいた滝川が「まてこのやろー!」ともうダッシュできた大路を追いかけ北大路はすぐさま捕まり逃走計画は合えなく失敗に終わった。あきらめろ北大路。「もう無理だよ、なんだかとっても、とっても嫌な予感がするんだよ」「それは俺もだよ、まあ大体想像はつく・・・」「ここだ。」そう言って滝川は指差した場所は道の下のマンホール、はて?「ここが何だって?俺にはただのマンホールにしか見えないのだが」「そりゃそうだろ、これがマンホール以外の何かに見えるのか?」と滝川が俺のほうをバカを見る目で見てきた。「入れ」は?入れってマンホールの中にか?なんで?「いいから入れ!」ふう、ひとつため息をつき、とりあえず入ってみる事にした、ちなみに北大路は俺の隣で本気でびびった顔をしていた。「カン、カン、カン」俺たちはマンホールの中に入っていった、これから何が起こるのかという不安とマンホールの中の下水道の臭いもあって俺はどんどん頭がおかしくなりそうになっていた。「もうなんだか頭が痛くなってきたよ、チョー帰りてえ」隣で北大路が軽く泣きべそをかいていた、俺だって帰りてえよだけど逃げたって確実に滝川につかまるだろ?まあついていったところで別に死にはしないだろう、前科くらいだったらつきそうだけど。 下水道を5分くらい歩いていったところでダンボールハウス見たいなのが見えた、なんだ、ホームレスか?「見えたぞ、あそこが俺たちの秘密の場所だ」あのダンボールをつなぎ合わせただけのようなものがか?あれだったら小学生が木の上に作る秘密基地のほうがまだましだぜ。その基地の前で滝川が誰かと合言葉らしき事をしゃべっていた。「王様の耳は?」「パンの耳」こいつらは小学生か?古臭い合言葉だな、おい。「おい、お前ら早くこっちに来い、走れ!」俺たちがわずか3メートルくらいの距離を走り終えてダンボールハウスの中をのぞくとその中には想像したとおりの人物、磯辺と五月雨がいた。「つれてきたぞ磯部」「おう来たか、遅えんだよもっと早く来い」磯部が思いっきり不機嫌な顔をしながら俺たちを見た、俺はその顔を見た後ダンボールハウスの中を見てみた、すると中にはハンマーと電動ノコギリ、ドライバー、そして針金があった。俺の頭の中の不安パラメーターが爆発寸前になったのは言うまでもなかろう。「説明してくれ、何で俺たちをここに連れてきた」「あ?ああ、そうだなとりあえず説明しとかなきゃいけねえか、じゃあ手っ取り早く説明するぞ」出来れば詳しく説明してほしいのだがまあいい、とりあえず説明してくれ。そして磯辺は俺たちにしゃべりだした。
2007.01.07
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北大路が帰ったあとはというと家の母親が、「あんたも北大路君みたいに明るく素直な子やったらねえ」という愚痴を5,6分聞かされて、あとは適当にTVを見ながら、わけの分らん芸人を見ながら愚痴をたれて時間をつぶしむちゃくちゃ暑い部屋に言って夜中の2時くらいに寝るというまあどこにでもありそうな時間をすごしていた。次の日、カンカン照りの太陽の光を浴びて不本意ながら朝の6時に目が覚めた。冬の間はまるで天国のような布団も夏にかかればサウナ状態になるということを身をもって知った。 部屋を出て居間に行く途中母親の部屋からかすかに涼しい風が吹いている事を俺は見過ごさなかった。いまいましい。それから家を出るまでの描写は前に書いたのとほとんど同じなのでここではカットする事にする。そして物語は学校に移る事になる。 学校では早く来すぎたのかまだ誰もいなかった、特に何もする事もないので俺は窓際からまったく正反対の日が当たらない廊下側という地の利を生かししばしの睡眠をとる事にした。どれくらいたったのかは知らないが誰かが俺の背中をたたいているような気がしたので顔を上げてみたら、やっぱり想像したとおり、北大路の笑った顔が後ろにあった。「なんだ?」「お前さあ、もうHRはじまってるよ?」はっと周りを見渡してみる、周りの人間がこっちを見ていた。注目を浴びる事になれてない俺はとりあえず前でこっちをあいまいな笑みでみている担任の蝦下のほうに「どうぞ」と手を差し伸べ下を向いた。休憩時間に北大路が「今日は滝川たち来てないな」といってきたので俺も「そうだな、脱獄だろうがなんだろうがチャッチャとやって捕まってくれたらいいのに」なんて言っていたらいきなり俺の隣のドアが油でもひいているのかと思うくらいすばやく、そして勢いよく開いた「ピシャン!!」その人物は周りの目を気にせず北大路のほうを見ていた、なんだか俺のほうも見いた気がするのだが気のせいだろう。「・・・えーと何のようですか?」北大路が珍しく戸惑った顔をしながら言った。なぜか滝川はニヤリとし、そのにやけ顔のまま俺のほうにも目を向けてきた。気のせいじゃ・・・ないよな?すると滝川は突然とんでもない行動を起こしてきた。なんと北大路の腕ともう1人の腕をつかんで教室から出て行った、もう1人の腕?もちろん俺の腕だ。もしかしてまだ俺は夢の中にいるのかと思い自由なほうの手でほほをつまんでみたが痛いだけで他には何も起こらなかったのでこれは現実なんだなと確信した。いったいどこに連れて行かれるのだろうか、すっげえやな予感がするが想像したくもないね。
2007.01.06
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今年の正月はとっても大変でした、大晦日は夜11時から友達と外に出て年越しラーメンを食べながら店でやっていたガキのつかいを見ていたら、11時半になっていて、さすがにラーメン屋で年を越すのはな~と思い店を出てから地元の神社に行って焚き火に当たっていたら(気温4度、推定)近くにいたおじさんが「おう、しょうが湯飲んでいけ、ほら遠慮するな」そういって俺は何にも言ってないのにしょうが湯を渡され、断りきれずにしょうが湯をもらったのだが飲んでみるとこれがまたまずい。熱いし飲むとのどが焼けるような感覚に陥る、皆一度飲んで,気持ちが分るよ。結局そのしょうが湯を見えないところで溝に捨てたのだが。そのあとは初詣をして、3つの神様にお願いをした、願いは当然高校に合格しますようにで、あとついでに空手で黒帯取れますように、である。 そしてついに話しは正月に行くのだが、今年の正月はずっとカラオケをしていました、しかもボックスではなく家で・・・爺さんが老人会でカラオケの機械を買い、それを家に持って帰っていたので親戚と一緒に夜にカラオケをしたのだが、なんだか少しばかり寂しいィ気持ちがあります。それでも俺は気持ちをふっきり、ギターを弾きながら昔の曲ばかり歌い、しかもそれを2日続けてしまい、のどが現在かれている状態でございます。皆さん、調子に乗りすぎるのは辞めましょう、あとでどえらいしっぺ返しがくるで。
2007.01.05
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思わず聞き返したね、そしてまず自分の耳を疑い次に北大路の頭を心配した。あのー北大路君?君の頭は大丈夫かね?今日のショックでどこかおかしくなったのではないのだろうか、今すぐ病院に行ってCTスキャンをとる事をお勧めするよ。「何を言ってるんだ、俺はいつでも元気いっぱいの健康体だよ」そおかい、お前がそういうんなら俺は何も言うまい。ところで、話を戻すがもう一度聞こう、何だって?「だから滝川たちがノートに書いていたのは脱獄の計画書だって言ってんだよ」さらっと言うな、第一なんで脱獄なんだ?ハッハーン分ったぞお前の言う脱獄というのは学校という強制勉強を強いられる、いわば勉強刑務所からの脱獄だろう。「いんや、ぜんぜん違うね。俺が行ってるのはマジの刑務所のこと」せっかく俺が話を平和な方向でまとめようとしたのに・・ちょっとは空気読めよ。「いやね、お前が話を聞きたいって言うから話してるんだからな、しっかり聞け」「・・・分かった分った、もう何も言わないから話してみろ」俺は覚悟を決めた、そして北大路は語りだす。「何で泉中学のやつらがウチの中学に入ってきたのは知ってるよな、そう一ヶ月前の火事が原因なんだけど、その火事を起こした生徒の名前知ってるか?」知らん、ニュースでやってたような気がするが覚えてない。「飯島辰巳(いいじまたつみ)って言うらしいんだけど、そいつは4月生まれで今15歳、事件を起こす3日前に誕生日を迎えているんだ、15歳ってことはもう捕まったら少年院行きだよな?違ったけ?まあいいや、とにかくその飯島が火事を起こしてつかまって今、和泉少年院って所に入っているらしいんだけど」うーん、なんだか話が読めてきた気がするが、なんだか俺はそれをすこし・・いや、ものすごく認めたくないのだが。ひょっとして・・。「ピンポーン、滝川達はその飯島を和泉少年院から脱走させようという事を考えているんです」シーン・・・玄関内に沈黙が走る。一瞬空気が死んだと思った。その死んだ空気を蘇生させてくれたのは俺の母親だった。「あんたら、いつまでそんなところにいるの、もうご飯やで!あっ北大路君も食べてって、多く作りすぎっちゃって」いつもは黙れと怒鳴ってしまうくらいのうるささが今はとても助かる。「はい、いただきまーす」食事中に俺が「滝川にはもう近づくな」とアイコンタクを送ると北大路はどう解釈したのか、エヘ-というスマイルを見せてカレーのほうに顔をやった。頼むぜ北大路、近づいてもいいから俺だけは巻き込まないでくれよ。刹那に俺が願っているうちに俺は自分のカレーが北大路の胃袋に入っている事に気がついた。そして北大路はカレーを三杯(そのうち1杯は俺の)も食って満足そうな顔をして帰っていった。帰り際に北大路が俺に「大丈夫、滝川たちに協力する気はないから安心して」と言ってきたのでとりあえず安心していいんだよな。「大丈夫大丈夫、安心安心ワッハッハ!」そうか、俺は少しだけ笑って北大路の背中を見送った。
2006.12.29
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Merry Christmas!というわけで今日は12月25日、本当なら今日がクリスマス当日なんですが町ではもうクリスマスの不陰気はなく、次なるイベント、正月色に染まってきています。本来クリスマスはガキがサンタなんていう赤服不法侵入ジジイに夜な夜なプレゼントをもらうイベントではないはずなのだが、まあそんなことはどーでもいいにして、今回はサンタはいるかいないかの話である。(夢見る少年少女は読むな) 俺がいつまでサンタクロースという爺さんを信じていたかというと正直なところ小学校3年くらいまで信じていた。純粋な俺はウチの親の巧みな偽装に約8年間もだまされていたのである、まあウチの妹(中一)はついこの間までサンタはいると豪語していたのだが。 小学校3年、すなわち俺がまだ夢見る少年だったころはサンタにプレゼントをもらえると思っていたので何にも考えず単純に喜んでいたのだが、夢から覚めた今となってよく考えてみるとおかしいことだらけということにきずかされる。 まあ根本的なことから考えるとどうしてわざわざフィンランドという遠いところからおもちゃ王国JAPANにおもちゃを持ってきてくれるのだろうか、どうやって一人一人のほしいものを的確に与えられるのだろうか、夜中に勝手に人に家に入るのは住居不法侵入罪で100%犯罪だと思うのだが。聞くところによるとサンタというものは世界中にいるらしい、オーストラリアだったらオーストラリアサンタがいるしインドだったらインドサンタも・・・まあいるかもしれない。という事は日本にも日本のサンタがいるのだろうか?間違いなくサンタの格好をさせられているケンタッキーフライドチキンのカーネル・サンダースではないだろうが、あと当てはまるものとしたら明石家さんま扮する明石家サンタくらいしか思いつかない。いや待てよ、もしかすると明石家サンタこそが本当のサンタクロースなのかもしれない、貧乏で、ついてなくて、不幸な人間を救ってやる、オオ!さんまさん、あんたこそ本当のサンタクロースだよ。うん、そうしよう。ということで今回の結論、「日本のサンタクロースは不幸な人間を救う救世主、明石家サンタ!」決定!今だにサンタを信じている少年少女よ想像上のジジイを信じるより現実のサンタを信じるほうを進める。
2006.12.25
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家に帰るとかばんをその辺にほっぽり投げクーラーがガンガンに効いていることを願いつつ居間のドアを開けた、だがそこには人の姿はおらず当然クーラーも効いてない、静けさの中に蝉の鳴き声だけが響き渡った。俺は黙ってクーラーのリモコンを拾い上げ設定温度を28度から16度に設定しスイッチを入れた。 5秒くらいたってウィーンという音とともに冷風がこの砂漠のような場所に風を送り込んでくれた。イヤまったく、クーラーというものは人類が行き着いた最高の発明だ、誰が造ったのかは知らないが言う、あんた天才だよ。文明の利器に感心しつつ俺は天国というものをリアルに味わっていた。のだが、俺の幸せを破る声が玄関前で聞こえた「ただいま~」買い物に行っていたのであろう母親が帰ってきたのである。「ただいま、寒!あんた、何なのこの部屋!まだ六月なんやで!何度にしてんねん?16度?あほと違うか?あんたな、まだ六月!まだまだ夏本番やないんやで!ほら、リモコンこっちに渡し、さっさときる!」沈黙を一瞬で破る、さすがの北大路もこいつには勝てまいなどと思いつつ俺は泣く泣くクーラーの電源を切った。「ほんまにあんただけは、見てみい、あんたの弟や妹はどんなに暑くてもクーラーを入れようとはせえへんで」ガキというものは熱さを感じる機能が狂っているものなのだよ、分るかね?「そんなことはどうでもええねん」どっちなんだ?「今私が言ってるのはまだ夏本番でもないのにあんたがクーらをかけていることを怒ってるんや!」言ってろ、知ってるんだぞお前が夜にクーらをつけて寝ている事を、ばれてないと思ってたか?全部そこにいる弟に聞いたのだ。それとな、その偽関西弁を辞めろ、お前山口県出身だろうが。「母親のことをおまえ言うな!フン!」おや?クーラーのことは何も言わないのか?そういいたいところだったがもう話すのも面倒くさいのでやめることにする。結局俺がクーラーにありついた時間はわずか5分という始末、泣きたくなるな。その日の夜、このくそ暑いのに今日の晩飯がカレーと聞いて愕然とした、俺としてはソーメンあたりが理想だったのだが。「ピンポーン」インターホンがなった、誰だこんな時間に?「はい」「やっほー、元気か?あれ今日カレー?いいなーうちなんかソーメンだぜ?」俺はそっちのほうがいいなーだよ。「何かようか?北大路」すっかり元気を取り戻した模様の北大路がそこにいた。「そりゃ用がなかったらわざわざお前の家までこないよ、ハッハッハ!」ああそうだな、俺が悪かった、言い直す「何のようだ北大路?さっさっと用件を言え」「実はな」北大路にしてはかなりまじめな顔で俺を見た、正直ちょっとびっくりした。「さっき下校中に泉中学のやつを見つけたんだ、話をしてみるとそいつは滝川とちょっと仲がよかったらしいんだけど」仲が良かった?何で過去形なんだ?「それだ、今日滝川がノートに書き込んでいるものに理由があるらしい、聞きたい?」後々聞かなきゃ良かったと何度後悔したか分らないがこのときはそんなこと知る由も泣く「そりゃ、そこまで言われたら聞きたいに決まってるじゃないか」「あっそ、じゃあ言うぞ?滝川たちがノートに書き込んでいるものはな」なんだ?ためなくてもいいからさっさと率直に言え。「脱獄の計画なんだ」・・・・はっ?
2006.12.22
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死語、服にも流行があるように言葉にも流行がある、そしてその言葉を発したら周りから「古!」といわれる。「お前らもつい1年前まで連発していた言葉じゃないか」「でももうブームは過ぎたんだよ」ブーム、これほど恐ろしいものはないと俺は思った。流行語とは、1年に1回はやる言葉のことであるが本当に1年に1回というのが恐ろしい、パイレーツの「だっちゅうの」もテツ&トモの「なんでだろう」、あと流行語にはなってないがダンディー坂野の「ゲッツ!」芸人としても言葉としても消えている、しかも完璧に・・・ そう考えてみるとむしろ流行語大賞なんてとらないほうがいいのではないだろうか?実力もなく来年には消えそうな芸人ならもらっておくべきだがまだ生き残れそうな芸人ならもらわないほうがましだと思うのだが。 死語に話を戻すが、俺は結構その「死語」といわれる言葉を知らないうちに発しているのかもしれない、例えば「ベスト」をいまだに「チョッキ」と、「カードルネック」を「トックリセーター」と言ってしまい、店で「チョッキってどこにありますか?」と聞いてしまい、店員は「はっ?」と聞き返してくる。しかもそれに腹が立って俺は「ああ、もおいいっすわ」と、かなり失礼な態度で店を出る俺がいる。 あとで友達に「いまさらそんな言葉使わないぞ」といわれて失礼なことしたな~と思ってしまった。流行はしっかり押さえとかないと後で恥をかくことを知った日であった。
2006.12.14
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一章 朝、いつものように自分の席に座ってボーッとするのが日課だ。いや日課と言うか我が学校には職員室と保健室と図書室以外には、クーラーどころか扇風機も無いのだ、だから無駄に動いたり喋ったりすると余計暑くなるので出来る限り動かない事にしているたとえ北大路が話しかけても。最近では小学校にも扇風機があると言うのに、小学校に負けてどうするんだ中学机に座って授業を受ける約六時間ずっとそんなことを考えている。8時35分、少し送れて担任の蝦下が教室に入ってきた。蝦下は今年入ってきた新任の先生だ、クラスでの自己紹介のとき「先生はあのエビちゃんこと蛯原友里と一文字違いだ蝦さんと呼んでくれ」と言ってこの二年四組全体を氷河期状態まで陥れた先生だ。そんな蝦下の後ろに続いて泉中学校の生徒であろう学生が歩いてきた。皆どことなく暗い顔をしている、まだ泉中半焼事件から立ち直ってないのだろうか。 自己紹介も無難に終わり、泉中の生徒には質問の嵐が降りかかっていた(8割北大路だが)俺の隣の席が空いてるという理由で隣に泉中から来た生徒がそこの席になっている。その子の名前は滝川秋(たきかわしゅう)というらしい。 それにしても一時間目からずっと寝ている。何でこの暑さの中こんなに寝れるのか、家で寝てないのだろうか?そうか、こいつも家に冷房器具がなくて夜は寝れないのだな。仲間だ。勝手な想像をめぐらせてその滝川はいつも寝てたまに起きたと思うと、ノートに何かを書き込んでいる、黒板をうつしてるのではないと言うことは確かである。先生が近くに来てもまるっきり無視、さすが泉中の生徒と言ったところか4時間目が終わる5分前、いつもなら終わるのが待ちどうしいのだが、この日は俺の人生の汚点とも言える日のスタートを切る秒読みが始まっていたのである。 4時間目が終わって、さあやっと昼飯だと思い、給食係が給食を運んできた、給食を運んでいるときまだノートに何かを書き込んでいた滝川が急に叫んで机と椅子が激しく前と後ろに転がった、その瞬間このクラスは言葉を失っていた。3分くらい皆何も言わなかっただろう、そして滝川は一人喋りだした。「やったやった、おい磯辺、五月雨、ついに完成したぞ」滝川は興奮しながら二人の名を呼んだ。「えっ!ついに完成したのね」滝川に呼ばれた五月雨水穂(さみだれみずほ)と「やっと行動に移せるではないか」そしてもう一人磯辺雅史(いそべまさし)の2人が滝川と同じテンションになったそのわけの分からんハイテンション振りときたら北大路もはるかに越えていたかもしれない。いや越えていた俺の隣にいた北大路もこの時ばかりは言葉を失っていたのだ、三分間何も喋らないこいつを見るのは初めてかもしれない。 あの三人が何か喋っている時俺の隣で口が開いたままだった北大路が制服を掴んでやけに小さい声で話しかけてきた。「ねえねえ、あの人たち何やってんの?」「俺が知るもんかあいつらに聞けばいいじゃないか」冗談で言ってみると、北大路は信じられん行動に出た、しかも俺をも巻き込んで。「そうだなよし聞いてみよう、そうだミノも一緒に行こうぜ」冗談じゃないお前一人で行ってくれよ俺にはそんな度胸は無いぞ「一人で行くのは怖いじゃんか、でもこういうことわざもあるよ」どんなことわざだ言ってみろよ。「赤信号皆でわたると怖くない。」北大路はそんな事を言い出した、確かに聞いたことはあるけども、しかしもしかしたら今俺たちは巨大トラクターが猛スピードで走ってくるのにそれを無視して赤信号をわたっているのかもしれんのだぞ、そんなことをするのは自殺願望を持っている奴か、よっぽどの無神経だ。「まあまあもしかしたらただの旅行か何かの計画かもしれないじゃないか」そうだといいんだが、だがたかが旅行の計画が完成したくらいであそこまで大騒ぎするか?北大路は俺の答えも聞かずに腕を引っ張りトラクターの方へと進んでいった。「ねえ何の計画ができたの?」ストレートに聞き出そうとした北大路に滝川は迷惑そうな顔をして「ああ、お前らには関係の無い話だよ、ささ戻った戻った」そうさせてもらおうと帰ろうと体を後ろに向けようとするが北大路は そうはさせてくれなかった、俺の襟を掴んでなおも聞き出そうとする、何でそんなに聞き出したいんだ好奇心旺盛にも限度があるぞ。 「なあ教えてよー同じクラスメートだろー。ねえ、ねえ、ねーえ」 そんな聞き方で教えてくれるわけが無いだろうがもっと考えろよ。心の中でそんなことをつぶやいていると滝川たちは俺の考えを打ち砕いてくれた「分かったよ、そんなに聞きたいのなら教えてやるよ」なんだって。なんであんな聞き方で教えてやる気になるんだ俺がおかしいのか?「・・でっそっちの方は?」「いや、俺は・・」「こいつも聞きたいに決まっているじゃないですかー。あっそうだ自己紹介がまだだったけ。俺は・・」。「うるさい。」黙って聞いていた磯部が放っておくといつまでも続きそうな北大路のだべりを一刀両断した。ごもっともな意見だと思う。「あ、・・・そうですか」北大路は自分の自己紹介を「うるさい」の一言で止められ 何を言っていいのか分からないと言う顔をしている。しかし北大路はめげずに、「なんてこと言うんですかー、僕の自己紹介を、うるさいの一言で止められちゃかなわないですよクラスメートといえば家族同様じゃないですか、なのにそんな言い方は・・・」 その時磯辺が北大路のマシンガントークについにキレたのか「うるせー!その辺で止めねーとマジでぶっ飛ばすぞコラー!」と怒鳴りながら右の拳を振りかざした。「ひっ!」北大路は軽い悲鳴を上げながら今だ唖然としているクラスメートの方に背中を向けずに逃げて行った、俺もつられて一緒に逃げて行った。そんな俺たちを見て滝川達は二分くらい話して給食も食べずに堂々と早退して行った。担任の蝦下が遅れて入ってきて三人分の席が開いているのにきずいたがあえて何も言わず大盛りの給食を黙々と食べていた。 北大路はというと、何を言っていいのか分からない顔をしながら給食をチビチビ食べていた。 その日の放課後、俺はその日の放課後きた大路は俺に「なんか俺悪いこといった?」知るか、自分で考えろ、ちょっと考えると20個は思いつくだろ、北大路はため息を吐きまたうつむくそんなことが分かれるまで続いた。 まあたまにはこんな静かな下校も新鮮でいいかなと思いながら我が家の敷居をまたいだ。
2006.12.07
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朝、まだ六月だというのに狂ったような暑さで目が覚める。朝っぱらからいやな目覚め方だ、冷房器具も無く窓を少しだけ開けても何の効果も無く俺の部屋はいつもサウナ状態だこの暑さの中窓を少ししか開けて無いのは自殺行為だと思われる、しかし網戸のない部屋の窓は開けておくと必ず蚊が入ってくるのだ、窓を閉めて寝ると暑さで眠れず、窓を開けて寝ると蚊がどこが美味いのか分からない俺の血を狙って襲撃をかけてくる。いつさされたのかも分からない痒さが急に俺を襲い、俺はその痒さと格闘しながらいつもいやな眠りに入っていく。 本当に冷房器具を入れてもらわなくては近いうちに干乾びて新聞の一面もしくは三面を飾るかもしれない見出しは「自室で干乾びた少年、窓も締め切り自殺の疑い!」だと思うそんな記事が出る前に母親に心の底から頼んで冷房器具を入れてもらう必要がある、何なら今後の小ずかいを無くしてもいいだろう、それだけ今の俺の心は涼しさの三文字を求めているのだ。 ちなみにそれを母に頼み込んだら「だめ」の一言であっさり俺の心の願いは消されてしまった。 家にいても、暑さと、分からずやな母に対するいらだちがこみあげて来るだけなのでさっさと学校に行くことにした。 しかしこの日の気温は三〇℃は軽くこしておりこの中二キロの道のりを歩くのかと思うと今からでもUターンして家に帰り学校を自主休校にして、クーラーの効いた家の居間で何も考えずボーッとしたい気分だ。しかしそんなことが許されるわけも無く嫌々もう1年間歩き続けた通学路を歩いていると、「ヤッホー!元気かい・・お!おーい、ミノー」異常なほどにハイテンションな、そして今の俺には暑苦しいとうざったいのほかに例えようの無い奴が俺のことを呼んでいる「おーい、聞こえてますかー?」なんでこの暑さの中こんなに元気でいられるのかが不思議でたまらない。「おい!むしるなよな」と言いながらそいつは俺の肩をつかんできた。「なあ北大路よ、そのテンションはどこから出てくるんだ?コツがあるのなら俺にも教えてくれそのテンションの2割程度でいいから。と言うか全部は要らん俺では精神がいかれそうだ」 この北大路は小学校4年のころに転校してきた、転校初日からテンションが高く、いったいどんな育て方をすればこんな子になるのかこいつの親に教えてもらいたいくらいだ、北大路と仲良くなったのは確か小学5年生のころだったと思う それまでは大して話もせずたまにすれ違って「やあ」「よう」などと言うくらいだったのに今はこういう風に仲良くやってる(俺たちが仲良くなったいきさつはまた今度話すことにする)「別にコツなんか無いよ俺は昔からこうだもーん」そうかまあ確かに憂鬱になっているお前なんか今も昔も想像なんてできないよ「それよりさミノ今日だったよな」それとミノというのは本名ではなくあだ名だ昔学校に持って来て読んでいた漫画の主人公の名前をまんまもってきて小3のころからそう呼ばれている別にいやでもなくむしろ気に入っているのだがそのあだ名がついてからその漫画を読みずらくなったのも事実だ。「今日って何かあったけ?」「おいおい君何忘れてんだよ暑さでぼけたか?」その線は強いだろう何しろあのくそ暑い中で毎日寝ているんだボケの一つや二つ来たって不思議ではない。「今日・・か」俺が記憶の糸をたどっていると待ちかねたのか北大路が「今日から隣の中学の奴らがうちの学校に来るんだろまったくどうやったら忘れられんだか理解不能だよ」「うるせ」そうかそういえば今日からだったっけとなりの中学の奴らが当分うちの学校に来るのって。隣の中学、泉中学校は有名な中学だしかし有名と言っても勉強ができるなどではなくむしろその逆で問題中学なのだカツアゲ・万引き・障害などそのほか数え切れないことをしでかしている学校なのだそこの教師も耐え切れず学校を辞めることも珍しいことでもない。それに比べこの桜中学は平凡も平凡、何の問題も起きず毎日がおなじようなことばかりだ。もう少し刺激がほしいくらい。話を戻すがその問題中学泉中がこの間学校の半分が燃えた理由は理科の時間に使ったマッチを持ちだし教室でマッチを全部一気につけた生徒がそのマッチを投げ・・まあそこからは話さなくても分かる気もするのだが一応話しておこう・・えっと、どこまで話したっけ・・そうそうその生徒がマッチをなげてから床に燃え移りスプリンクラーのかいも無く一気に学校は燃えていったらしい。 漫画や小説などでは誰も怪我は無かったみたいな感じで終わるんだろうがやはり現実は厳しくそのクラスにいた生徒は23人いたらしいがその中の14人くらいは体に少なからずやけどを負ってまた死傷者も2人出たらしいもうその事件も1ヶ月も前のことだその事件が起こってからは今でもニュースでその事件のことを報道している。 火事を起こした生徒は当然のごとく逮捕され今はどうしているのか。そんな事件が起こってから泉中学は当分休校であったのだが、今日から当分泉中が復興するまで我が桜中学で勉強するらしい男女に問わず泉中の生徒が来るということを怖がっている生徒も少なくはない。 とはいえ俺自身はとくに気にしてもいない、できる限り目立たなければいいだけの話なのである。 「俺ちょっと怖-よどーするよ虐められたらあー怖い」そんなことを話しながらも、2人とも本気でそんなことを思っているのではなく今日もいつもどうり学校も終わり あー今日って期待したより何も無かったなー。そんなことを話してる俺とこいつの姿を想像しながら歩きなれた道を歩いていった。まだきずくわけも無かった、当然だ、しかしあの時本当にUターンして帰ればあんな奴に会うことも無かったのに、この暑さも忘れる出来事が起こるのだそれは全然嬉しくも無いことだ。むしろこれに巻き込まれないですむのなら1年中夏でもいいそんなことを心から望んでしまうことに巻き込まれるのだが・・もう引っ張るのはやめておこう、どれだけ引っ張っていても話は見えてこないもう一度言ってこう、一年中夏でもいい、暑くても平和な時間を返してくれ。あの三人にさえ合わなければ・・・この小説は、俺が7月にレオリオという名で立ち上げたのはいいのだが、途中でパソコンが壊れて、そのまま削除もせず放っておいたブログを偶然見つけ、読んでみたらこれを途中でやめるのももったいないと思ったのでこのブログに入れたのです。何も言わずupしたらパクリと言われて面倒くさいことになると思ったのでこれを書きました。もう一度言っておきます、これはパクリじゃないです、俺の創作物です。
2006.12.03
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突然ですが僕は一人暮らしというものに憧れています、高校を卒業したら家を出て広島から出たいと考えている(まだ高校に入れるかどうかも解らないのに)のです。 その事を友達に話すとその友達も一人暮らしがしたいというのでどこに行きたいのか聞いてみると昔住んでた兵庫に戻りたい言うのでじゃあ俺は広島に来る前にすんでいた岡山にでも戻ろうかと思っている。(広島から岡山・・行動範囲狭いな・・・) だが岡山に言って何をするのかと聞かれるとすぐに口ごもってしまう、何をしたいのかまったく考えてなかった。ただたんに一人暮らし=家から出る=どうせ出るなら広島から出よう=じゃあ前住んでいた岡山に戻ろう、という事を考えていただけなのだ。 だが、理由はなんにせよ一人暮らしはしてみるべきだと俺は思っている、親にすべてを養ってもらっていたときとは違い、働き、家事をすべて自分でやって、自分で生きる。どうせいずれは家を出て自分で生きていかなければならないのだからやるんなら若いうちにやっておこうと思っている。大人になってもずっと親と暮らして、働きもせず親に養ってもらっている人間にだけはなりたくない(ニートって言うんだっけ?)まあうちの親がそんなことさせてくれるわけもないのだが。だがウチの親にもいろいろ心配事はあるみたいで、一番言われるのが部屋の掃除だ。もともと大雑把でどんないい部屋でも3日でぼろぼろにするほど掃除の出来ない俺が一人暮らしなんかしたら「TV特集、カメラは見た!日本一のゴミ屋敷!!」みたいな報道をされるんじゃないかと心配しているんじゃないだろうか。とりあえず一人暮らしをする前にいろいろやらなくてはいけないことがある。1、高校に入学してちゃんと卒業すること2、部屋の掃除が出来るようになっておく事。 数えるともっとあるのだがとりあえずこの2つを重心として考えよう。それともうひとつ、一人暮らしをするにあたって一番重要なこと、ホームシックにならない事だ。その3つを踏まえて、一人暮らしの計画を考えよう。あ~あ、早く一人暮らししたいな~。
2006.12.03
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最近テストや懇談疲れで書く気にもなれなかった。気がつくともうそろそろ1週間もたっていた。とりあえず何か書こうとパソコンの前に座っているのだがいざ書こうとするとな~んにも思い浮かばないという現状である。もともと俺のブログは自分の思ったことを書き綴っているもので、もともと普段思っていることをぶつける事もないのでじゃあブログに乗せてみようかと思い立ち上げたのがこのブログでした。 思い起こしてみるとはじめて書いたのが「許す?それとも許さない?」という自分の子供が殺されたらどうする、見たいな事を書いたのがはじめだった。今考えてみると何の挨拶もなしにいきなり物騒な事を書いたのは少々後悔しているしだいである。 このブログを立ち上げて早40日、書いてきた数29作品、そしてこれが記念すべき30作品目である。人気は全くと言って無いに等しいのだが、まあこんな書きのたわごとに付き合ってくれた数少ない人には心から本当に感謝しています。 やっとテストも終わったので(結果は聞かないで・・・)これからもどんどん書いていこうと思う。「狩り」からまったく書いてなかった小説も書いていこうと思っているので、これからもご支援よろしくお願いします。 PS、ひとつ聞きたいのですけど、「狩り」のような小説とその他のエッセイぽいのも、どっちが面白いですか?聞いたところでどうするかは分らないのですけど。
2006.12.02
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尾崎豊。俺の好きなアーティストの一人だ。初めて聞いたのは中学一年生の時で言えばジャストタイミングというやつだ。聞いた局は大体2,30曲くらいでその中の俺が思う名言を少しだけあげてみる。 「言葉も感じるままにやがて意味を変える」~Love way~ 「自由ていったいなんだい?どうすりゃ自由になるかい?」~ScramblingRock`n`Roll~ 「あのころは夢だった夢のために生きてきた俺だけどシェリーお前の言う通り金か夢かわからない暮らしさ」~シェリー~ 「あと何度自分自身卒業すれば本当の自分にたどり着けるだろう」~卒業~ 「これからは俺をなにが縛り付けるだろう」~卒業~たくさんある名言のなかで俺がもっとも心に残っている言葉だ、Love wayの言葉、深い意味は分らないがなぜか頭の中に残っている、言葉は人によって感じ方が違う、それは俺もわかっている。人をほめたつもりでもそれで人を傷つけてしまう事もあるしその逆もある。この歌を聞いて言葉はどんな刃物より心に刺さるものだと俺は思った。ScramblingRock`n`Rollでは自由に対しての事が歌われているがここで俺から皆に聞きたい事がある、自由って何なんだ?いくら今の日本が自由といっても結局はいつも何かに縛られている事に変わりはない、尾崎の曲には「自由」がいつも出てくる。尾崎を聞いて考えさせられる事はたくさんあるがやはりこの「自由」は大きなキーポイントなのではないだろうか。その辺はそのうち書いていく事にする、とりあえず先に進もう。シェリー、この歌ほど尾崎の心情が出ている歌はない、もともとは生きる意味を知るために始めた歌だがそれがいつの間にか、商品として、金として動いている、自分が否定してきた大人に自分がなってきたという事がよく書かれている歌だ。卒業、これは誰でも知っているだろう、これは俺が思う限りだが学校という強制勉強、正しい態度を強いられる中にいるからこそ本当に自分、つまり誰にも縛られていない自分を知りたかったのだろうと思っている。尾崎は曲以外にも数々の言葉を残しているのだが、そのなかで一番ショッキングで一番意味深い言葉を残している。「なぜ歌うのかって、皆が幸せになったらと思ってだけどなぁ。皆の求める幸せってつまんなくて、ホントにおろかで、つまんねぇんだよねぇ」幸せとは人によって違うと思う、尾崎の求める幸せとは何なのだろうか?そんなの俺が分るはずもないのだが、歌を聞く限りでは、やはり本当の自分を見つけたい、人に愛されたい、自由を見つけたい。があるのだろうと勝手ながら思っている。それでは俺の幸せとは何だろう、前にも書いたように俺は面白いの意味も、そして生きている意味もはっきりと把握できていない。幸せの意味を生きている間に必ず知ろう、そう思うようになった。尾崎とまったく同じ幸せを求めようとは思わないが、せめて誰にもおろかと言わせない幸せを求めようと思う。絶対。
2006.11.26
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「どうせあんたには俺の気持ちなんて分らないんだよ!」なんていうやつに一言、そりゃ分るわけねえだろ。だったら聞くがお前にそいつの気持ちが分るのか?分らないよな?親にしたって先生にしたって皆お前の気持ちは分らないだってお前じゃないからな。お前だって親や先生の気持ちが分らないのだからそれを言うのは反則だ。というか個人的に一番むかつくせりふだ。よくドラマで不良生徒(高校生に多いい)が悪い事してそれを先生か親がしかるとよくこのせりふを吐く。この時点でもうすでにあれなのだが、その後大人が「お前の気持ちはよーく分っている」はあ?嘘つけや!子供も子供だが大人も大人だ、分るはずがないってーの。じゃあなぜそいつの気持ちが分るのになんともしてやらないのだ?いじめられている生徒がいてもそれを見ぬ振りするのだ?そいつの事、気持ちが分ってないからだろ?そいつの気持ちが分れば手を差し伸べてやれよ、それが出来たら最近の自殺ブームに終止符が打てるのかもしれないのだぞ。 なんだかさっきから俺の感情をただただ並べているように感じるがもう少し付き合ってくれ。人の気持ちは分らなくてもいい、だが人の感情をわかってやってくれ。感情くらいだったら分るだろ?怒っているやつがいれば「ああ今こいつは怒っているんだな」と分るだろ。気持ちは目に見えないが感情は目に見えるのだから。これからは「俺の気持ちは分らないんだよ」ではなく「俺の感情も分らないのか?」「お前の感情はよく分っている」にするべきだ。そっちのほうがよっぽどいいと俺は思う。俺の言った事分ってくれる人いるかな~?
2006.11.25
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昔話で申し訳ないが俺は幼稚園のころいじめられっこだった、同級生の中じゃ結構いい地位を保っていたのだが年上に生意気だったからか小学生によくいじめられていた。一番ひどかったのがエアガンを向けられて金を取ってこいといわれ嫌だといったら躊躇なくエアガンを打たれた。そのまま家に金を取りに言ってくるといい家に帰り当然いかず、あとでエアガン地獄にあった事も合った。 その事をなぜ親に言わなかったのか分らないが、おそらく幼稚園児なりのプライドがあったのだろうと考えられる、いじめられていることを親に言うのは恥ずかしい事だ、親に言うくらいだったらこのままいじめられていたほうがましだなどと考えていたのであろう。 最近いじめが問題で小中学生が自殺をするニュースが多いが、たぶんそれらの人間もさっき述べたような事を考えていたのだろう。俺が言うのもなんだがそれはただの馬鹿だ。親にチクるのがかっこ悪くて、自殺をするのがかっこいいとでも思っているのだろうか?いじめられる人間の気持ちは分らんでもないが、自殺するやつの気持ちは分らない。第一なんで死ななければならないのだろうか、いじめたやつが罪の意識を持って謝罪として死ぬのならまだ分らんでもないが、何でわざわざいじめっ子のために死ななければならないのだろうか?さっぱり分らん。死ぬなら死ぬ出もっとこう、そのいじめっ子を刺してから死ねばいいのに、なぜ何もやり返さず死ぬのだろうか?「おまえ、もし親にちくったらどうなるか分ってるんだろうな?」ありふれた脅しだがじゃあ聞こう、親にちくったらお前らがどうなるか分ってんのか?親にちくりました親が警察に言いました、いじめっ子はそのまま補導、そのいじめの度合いにしたら逮捕くらいになっていじめっ子の人生メッチャクチャ。要するにそのいじめられっこの一言でお前らの人生は変わるんだぞ、という事を言えばいいのに。そう考えると、当然いじめる側が悪いのだがいじめられる側もしくは自殺する側にも非はあるのではないだろうか?自分じゃ何も出来ないくせに親にも言わず結局死ぬなんてそんなの無駄死にと一緒ではないか。もし今これを読んでいる人でいじめられてもう死のうかと思っている人間がいたらちょっと待て。死ぬ前にまだやることがあるんじゃないか?
2006.11.23
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最近めっきり寒くなってきた、つい1ヶ月前まではやたらめったら暑かった気がするのだが、いきなり思い出したかのように寒くなってしまった、まあ暑いよりは寒いほうがすきなのだが。 さて、皆は冬の思い出といったら何だろうか?赤服じいさんにオモチャをもらってうれしかったとか、友達と雪合戦をしただとか、コタツで丸くなってテレビを見ただとか、思いではいろいろだろう。俺といったら、小学生のときに何かの罰ゲームで冬の間Tシャツですごしたというのが一番の思い出だろうか、馬鹿だから本当に実行して馬鹿なのに誰よりも早くインフルエンザにかかった、そして馬鹿だからかすぐに治った。だがまだ完全に良くなってないという事で元気なのに学校を1週間も休ましてもらった。たまには風も引くものだな、小学3年から4年にかけて登校拒否でずる休みしていたときとはまた違った感じがした。 だが最近俺は風邪に気を使っている、なぜかって?受験前だから?NONO、それは12月18日に空手の大会があるからなのだ、しかも大阪でリングも使えるというめったにないチャンス、これに誘われたとき俺は本当にうれしかった、だがそのときは受験まであと2ヶ月、親が許してくれるだろうか、そしてその事を親に言ったら当然母親は「あんた、自分の現状分ってるの?」と言ってきた、そりゃ分ってるさ俺だって一応受験生という立場は理解しているしだからあんたに言ったんだろうが、そう思ったのだが口には出せずただ「うん、だけど俺は絶対に行くからな」それしかいえなかった、これだとただのわがままボーイじゃないか。「もうあんたそういうことは父さんに言いなさい」そういって俺は親父のいる2階に連れて行かれた。そして親父にその事を言ったところ「おう、行け」と言われた、まあ大体予想はついていたのだが。「だけど・・・・分ってるな?」ほら来た。「とりあえず母さんを納得させるくらい母さんにやる気を見せろ」俺は黙ってうなずいた。 とりあえず頑張ろう、空手の試合のために・・・
2006.11.21
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文化祭も無事終了し、これで中学生活で大きなイベントといえば卒業式だけとなってしまった。中学生かつもあと残す事4ヶ月となり、受験という俺にとって今迄で一番暗くなる日まではあと2ヶ月とちょっとになってしまった。まあ受験の事はひとまずおいといて、中学生活を少しだけ振り返ってみるとしょうもないことのほうが多かった気がする。というか最初の自己紹介でもうはずしたような気がする、たいしたことも言ってないのだがもう少し明るくいわなくては、最初から暗く言い過ぎたか。それと俺は生意気だったからか先輩にもタメ口、などを使っていたので入学してからすぐ三年生に呼び出された。「お前本当に生意気だな、大して強くもないくせに」自分で言うのもなんだが俺は小学3年のころから空手をやっており、決して弱くもなかったのでその言葉に少しだけカチンと来た。「あんたらよりは強いすよ」すると三年生は切れた、強がってみたものの5人相手でおれは確実に負けると思ったので、その仲の一番リーダーみたいなやつの鼻を思いっきり殴り他の四人がそいつに気が行ったところで思いっきりダッシュで逃げた。そして次の日ぼこぼこにされた・・・5人で。 中一の一番の思い出といったらあとは同級生に喧嘩をうられた事くらいだ。自分から話しかけたりするタイプじゃないので友達も3人くらいしかいなく(まあそれくらいがちょうどいいのだが)他に友達を作ろうという気もなくどんどん他のやつらから孤立していってしまった。言えば人気のない同級生の上位にランクインしていただろう。中2からはどんどん素行も悪くなっていき、学校を1週間ほどサボったり、授業中抜け出し遊びにいったりなど、周りの人間とますます遠ざかっていくようになってしまった。だがしかし、中2の冬くらいから、これではまずいかなと思い始めとりあえずクラスの男子に声をかけちょっとずつ仲良くなっていこうと考え始めた。2年が終わるまでに4人くらい話せるやつらが出来たのは大きい事だと俺は思っている。3年からはだいぶクラスにもなじみ、いまでは離せない人間は2人くらいだろう。卒業まであと4ヶ月、それまではおとなしく何も問題を起こさないようにすごしていこうと思う。
2006.11.19
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夢日記、そういう本を最近読んだ。読んで思ったことは「ふーん」みたいなたいした感想もなかったのだが、今回はそれをまねて今まで見た夢で思い出深い夢を挙げてみよう。 中1のころ見た夢、道を歩いていると仲の良い友達が半狂乱で鎖鎌を振り回しながら俺に向かって走ってきた、俺はもうダッシュで逃げるがいかんせん夢でも現実でも足が遅いのでどんどん差を詰められる、曲がり角があったのでそこに曲がろうとするとまた、仲の良い友達が出てきた、それも良く見ると首からしたがなく首には切られたあとがある、その首が俺の前を横切ってそれを見ていると俺も首を切られてそこで目が覚める。 目が覚めたときはとてもほっとしたのを今も覚えている。それからしばらくは学校に行ってその友達の顔を見ると一瞬ドキッとしてしまうようになってしまった。それから1年位してその友達と夢の話になり「そういえばさ、俺が中1のときお前が夢に出てきてさ・・・・」と見た夢を全部話してみたところその友達は笑いながら「夢に自分の知っている人が出てくるのは自分がそいつの事を怖がってるからだって、お前俺を怖がってるのか?」俺も笑いながら「そんなことないじゃんか」とその場では言ったのだが、次の授業中俺はなんとなくその事を考えていた。確かに鎖鎌をもって俺を追いかけてきたやつにかんしては多少なりとも怖がっているとこがあったかもしれない、小学校5年のころくらいに100円借りてそれが3000円までのし上がった事もあった、どんな悪徳金利貸しでもたった2週間ちょっとで30倍にも上がるというのはないだろう、しかも小学生が(俺も馬鹿だから払ってしまった)そこまでするとは、先が怖い。それと俺は多少ビビリだ、空手をやっているものとしたらこれほど厄介な事もない、パンチが来ると顔をそむけてしまうのだから。そのビビリ癖をつけたのもそいつだ、いつも何かと来れば殴ってきて俺はそいつが手を上げると顔を背けてしまうくらいになってしまった(今はだいぶ落ち着いたが)それを思うとその話もまんざらうそではないかもしれない。それから夢日記を付け出してみたのだが持続性がないからか3日で飽きた。最近は夢を見るのが楽しくてしょうがない。そのうちまた夢日記つけてみようかな~。
2006.11.17
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人の悪口をいうな俺はこの言葉を守ってはない、俺は人の悪口を言いまくっている人間なのだ。だが俺が悪口を言う人間は俺がある程度尊敬、好感を持っている人間だけだ、そりゃどうでもいい人間にも悪口を言うが、それは純粋な悪口、そこら辺の幼稚園児でも言いそうなただ人を傷つける悪口である。だが俺が尊敬、好感を持っている人間に言う悪口はたとえばそいつが何かミスをしたとしよう、そういうときに俺はそいつの悪口を言う、もしそこで俺が「大丈夫大丈夫」と許してしまったらそいつはつぎミスをやってしまっても許されると思うかもしれない。俺はそれが嫌なのだ、だからそこで悪口を言う、そして今度やったら本気で怒られると思わすことが大事だと思っている。仏の顔も三度まで、こんなことわざがあるが俺の場合仏の顔はない、甘えるな。だ。俺はそいつがもう同じミスをしないようになってほしいから悪口を言う、周りは「お前ひどいぞ、そこまで言うことないだろう」「あんたも同じようなミスをよくするじゃない、自分のことを棚にあげて」あー!うるせーんだよ、確かに俺はよくミスをして皆の足を引っ張る事も多々あるさ、だからってミスした人間をほおっておくとどんどん足を引っ張る人間が出てきて結果ボロボロになっていくのだよ、そんなこともわからねえのか?オッ!?本当にやる気のない人間ならもう放っておくけど、やる気があって失敗をする人間ならまだ救いようはある、だから俺はあえてひどい悪口を言ってそいつの怒りとともにやる気を引き出す事にしているのだ。その気持ちが分らないのならもう俺は知らない、勝手に失敗して大勢の前で恥をかいてくれ。そういう俺も恥をかかないようにしなければ、他人のことを言っている場合じゃないかもな。みんな、だけど悪口を言うときはしっかり考えてから言えよ、分った?
2006.11.14
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えーっと、いま少しネタ詰まりなのですが、何か書き込んどかないといけないかなっと思いましたので書き込むことにしよう(まああんまりこのブログを楽しみにしている人はいないだろうけど)ブログ開設23日目にしてやっと900アクセス突破いたしました。これは早いのでしょうか、遅いのでしょうか、よく分りませんが900人もの人が着てくれたというのは喜ばしい事であります。これからも出来るだけ現状維持を目標に、変な方向に突っ走らないよう心がける事にしようと思う、例えばいきなり丸文字で文章を書くとか絵文字を使うとか変な写真を載せたりだとか、(まあ絵文字の載せ方も写真の入れ方も知らないのだが)これからも、中学生あしからず文章を書き綴っていきたいと思います。・・・・そうでもないかな?最後に、今まで訪問してくれた人にお礼を言いたいと思います、本当なら1000アクセス突破したら書こうと思ったのですがそこはあえて900アクセスで書くのが俺の持ち味だ(米米クラブも解散9年で再結成したしょ?それと同じ)というところでしょうか。これからもがんばってエッセイと小説を書いていきたいと思います。応援ヨロシク。
2006.11.12
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中学3年になると部活も終わり皆部活の思い出話を楽しそうに話しているが俺にはまったく関係のない話だ。なぜかって?俺は中学2年の夏に部活を辞めているのだから・・・俺は小学校のころから友達に誘われてバスケ部に入る予定だったのだのだが、バスケ部に仮入部しようと友達と二人で体育館に行く途中先輩が俺たちの前に現れ「おいお前ら、どこの部活に入るんだ?]そういってきたので正直に、「バスケ部に入ろうと思ってるんだけど」「いやーバスケ部は辞めたほうがいいぞ、あそこは不良の溜まり場みたいなものだからな、そんなとこに行くより卓球部に入れ、うん、そうしろ」半ば強制的に卓球部に連れて行こうとする先輩を前に俺たちは顔を見合わせじゃあ行くだけ行ってみようか、そういって遊び半分で行ってみた。 行ってみたら行ってみたで、先輩たちがとても熱心に優しく教えてくれてなんだかこれは入らなければ失礼かななどと思い出して結局なんだか面白かったのでなんとなく入ってしまった。 これが失敗だった事に気がついたのはこれよりもうちょっとあとの事だ。最初のころはまじめに取り組んでいたのだが徐々に部活仲間との人間関係に疑問がでてきて、入部1ヶ月もしたらもうほとんどサボっていたおそらく一年のうちに出た回数といえば合計でも夏休みの日数くらいだと思う。先輩にはいつも「お前もっと出ろよ」といわれていたのだが俺は大体「分りました今日出ます」と言って部活にいくのだが皆が着替えて部室を出たらすぐ窓から抜け出す、そして帰る。そんなことを続けていた。2年になると夏休みまでに1度しか出なかった。大げさではないぞ、決して。 もう同級生にも先輩にも辞めろと言われてきたので。「はい分りました、辞めまーす」そういった次の日に卓球部を辞めた。結構勇気がいるんだこれも。辞めたあと俺は友達がいるテニス部に良く遊びにいった。どちらかという土地にス部に顔を出すほうが卓球部にいたときより多い気がする。部活の事で悩んでる皆、つまらないと思ったらまず一年間はやってみろ。それでもつまらなければさっさと辞めて新しい事を見つけたほういいぞ。つまらない事が面白くなるのは2年4ヶ月では無理だ。だけどもできるだけ運動はしないと・・・・責任は持たんぞ・・・・
2006.11.12
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最近ギターの練習を始めた、過去にも何度か練習をしてみたのだが結局長続きせずすぐに放り出してしまうのは俺が飽きやすい性格だからであろう(性格のせいにするのもどうかと思うが)が、今回は少し本気でやってみようと思いギターを手に持った。するとチューニングがあっておらず直そうとするにもチューニングのあわせ方を知らない俺であり結局親父にやってもらった。 チューニングを合わせたもののコードもほとんど知らないので何の曲も弾けずまずコードを覚える事にした。当たり前か。C、Am、Em、など思ったより簡単に覚えてきたのだがここでひとつ困った事が起こった。Fだ、Fという難関が出てきた。ギターを知らない人には伝わらないだろうが、ドンだけ練習しても除夜の鐘みたいな音がするのだ。 そこでFを練習をすることを諦めFの無い曲、なおかつ簡単な曲を探してみたら、かぐや姫の22才の別れと、井上陽水の夢の中へ、が出てきた、夢の中へは去年練習をしてもう少しで完奏できそうなところで飽きて止めてしまったので今回は新しく22才の別れを練習してみようと思った。練習した手のころはまったくできず、練習一日目でもう止めようと思ったのだが親父が「とりあえず練習をしろ、最初から早くやろうとするなゆっくりやれ」と言ってきたのでとりあえず練習をしようと今現在も練習をしている。だが旨くならない、そろそろテストがあるので練習もままならない状態で、ブログも書けない状態になるだろう(決してねたが無いわけではない)がそのうち学校でギターの発表があるのでうまくならなければ全校生徒の前で恥をかく事になる、俺は2年のとき選択音楽でギターをやり、同じく全校生徒の前で披露したのだが、ほとんど適当。あとで皆から顰蹙を買ったことがある。今回はそんなことにならないように練習をしなければ。それでは練習をするので今日はここまで(いったいなにが言いたかったのだろう・・・)
2006.11.10
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最近お笑いブームが下降線に入ってきて、次はなにブームが来るのだろうかと少しばかり楽しみにしている今日この頃(まあどんなブームが来ようともどうせそのブームには乗らないのだろうが)ふと今までにあったブームのことを思い出してみた。そんなことしてどうするんだというやつは帰ってくれ。(嘘だよ、帰らないで)俺が知る限りのブームを先に挙げておこう。海外旅行ブーム、温泉ブーム、漫才ブーム、ディスコブーム、ガングロブーム、たまごっちブーム、健康ブーム、韓流ブーム、お笑いブーム。などがあげられる。韓流ブームはいまなお、おばさんの間で根強く生きているらしいが、俺が一番思いで深いのはたまごっちブームだ。あれがすごかった、いい年こいた大人までもが朝早くからおもちゃ屋に並ぶ姿はなんとも言いがたかった。 俺も当時は4歳くらいだったから簡単にその流行に乗ったが、さすがにおもちゃ屋に並んでまで買おうとは思わなかった。だがしかし一度地元のフリーマーケットに行ったとき、どう見てもたまごっちのパチ物を見て、ついつい千円という高額にもかかわらず。「あれほしい買ってよ」と言ってしまった、アホだ、千円も出してパチ物を買おうとするとは・・・「アホか、千円もはたいてこんなものかってなにになるんだ?」親父はそう言った、その通りだ。「なんで!?たった一枚紙切れ出したら買えるんだよ!絶対買っておくべきだって」なのに俺はそう言ってしまった。結局親父は買ってくれなかったが・・・・ それから2週間くらいしたら母親がたまごっちを買ってきて、俺はそれをやらしてもらったのだが。死ぬのは早いは、寝ている間に死ぬは、ずっとずっと見てなきゃならないというのは本当の子育てみたいで4歳の俺がやるというのは赤ん坊が赤ん坊を育てるみたいなものだった。 結局たまごっちは俺の中ですぐブームは過ぎた。それから1年位したらたまごっちのシールがはやり俺はそれにすぐ食いついた。なぜかというと幼稚園の名札の裏にたまごっちのシールを張っているのがはやっていて俺にはそれがとてもかっこよく見えたからだ。珍しく親にシールを買ってとねだり、やっとの思いで買ってもらいそれを漬けて言ったその日に朝礼で「名札の裏にシールを張るのは止めましょう、もし張っていたら没収します」と園長が言った。悲しくなるよな。 最近少しずつたまごっちが流行りだしているようだが、俺はもう二度と手を出さないぞ。
2006.11.09
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うちの学校はあと2週間で文化祭なので歌の練習を重ねているのだがクラスの問題児がまったくまじめに歌わず、今日は歌の練習をサボってコンビニに行くという始末。 そしてついにクラスの何人かがキレた、「もうあいつらは、文化祭に出て込んでいいよ!、もうほっとこ」「あいつらがいたら暮らす全体に迷惑がかかるよ」そういう意見が飛び交う中俺はただただ歌っていた。 次の数学の時間、数学の担当が入ってきてさっきの授業サボっていた男子が見つかって職員室で反省させているといわれた。するとさっきキレていた男子と女子が「職員室で反省させたって意味ないじゃん、今までだって反省してないんだし、だったら授業くらい出してやれよ」と言った。俺も心の中でその通りだと思った、今までだって何度か職員室に呼ばれて説教されて反省しろとか言われたが結局一度悪い事をして反省しろといわれてまた同じことをするやつは何度言ったって同じ事だ。「先生らが考えているんだからそれでいいんだ」「何でいつも先生らの考えが通って生徒の考えは無視なん?」「無視はしてないだろ、ちゃんと考えてるんだからそれでいいじゃないか」「もういいわ、何言っても無駄だよ」そういって男子はふて寝してしまった。 俺は思うのだが、先生の考えている事は何なんだろうか、先生じゃないから分らないが俺が一番不思議なのは、悪い事をした生徒に散々説教くれて結局最後は「じゃあこれからどうするんだ」と聞いてくる、その場合生徒は適当に「次からはしないようにします」と言う、すると先生は「分ったもうするなよ」・・・終わりかい!おかしいと思わないか?だって、じゃあこれからどうするんだ?だったらその生徒は反省する気なんてさらさらないのだから適当に何とでも言えるだろう。そんなことだから生徒は授業をサボったりするのだ、中学だから退学もないし何しても対外の事なら許されると勘違いしてしまうのだ。最近小学校や中学で生徒が先生は何もしないと思い教師にいたずらなどをするという事件が起こっているらしいが、それは位置にも生徒が悪いとも限らない、いや、生徒が悪いのだがなめられる教師も教師だ、最初に「俺が本気になったらお前らなんて簡単に殺せるんだぞ」と教えておけばいい、もしくは生徒が本当に教師をなめるような事をしたらぶん殴ればいい。首が怖いとか訴えられて社会的地位が落ちるのを怖がって我慢して結局自殺みたいな事になるより。よっぽどすっきりすると思うのだが。 結局みんなはそのサボったやる気のない男子たちを見捨てず一緒に文化祭をやろうということになったのだが、そんな優しい気持ちが分らないのかその男子は練習をサボりさっさと帰っていった。皆はもうあきれていた。人間怒られるうちが花だと思え。
2006.11.07
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今も忘れん小学4年の算数の時間、普通に問題をしていてKが「この問題分る人」と聞いてきたのでクラスの優等生が手を挙げ答えを黒板に書き出したするとKが「あっちょっと待ってこれは後でね」そういい黒板に書こうとしていた答えを消した、この時点でもう意味が分らないが。「他に分る人いる?」しかし誰もわからず、Kが「じゃあ答えを書くね」と言った、ちょっと待て、さっきの子のはどうなったんだ?と聞きたかったがいえずKが黒板に答えを書いているのを見ていた。Kは黒板に絵を書き出していてそれを見てた生徒が少し笑った、するとKがいきなりチョークを折って。「今笑ったやつ今すぐたちなさい!」そう怒鳴った。生徒はわけも分らず立たされいきなりKが起こり始めた。「何で笑うの?じゃああんたたちはこの問題が分るの?さっきのYちゃんは分ってたのよ!?」じゃあさっきの答えを書いてはいよくできました、でいいんじゃねえか?そう思っても言えるわけもなく俺はただただKを見ていた。Kはその後もただただ怒鳴り散らしていて算数の時間が終わった次の授業が音楽だったので説教もいったん中止かなと思ったらKがいきなり「まだ終わらすわけにはいかないわよ、S先生に電話して少し待ってもらう事にするから」そういって電話で音楽室に電話し、S先生に事情を説明していた。そして俺も聞き逃さなかった、事情が俺たちが全部悪い事になっていたのを。「S先生は優しいね、待ってくれるんだって、あんたたちのせいで、あとでちゃんと謝っときなさいよ」俺は小学4年ながらに思った、こいつ馬鹿だ。それから説教は2時間に及んだ。Kは言いたいことを全部言ったとばかりにいきなり「じゃあ、あんたら音楽室に行きなさい」もうとっくに終わってんだよ、馬鹿。そんなことになりながらも俺は2年間耐えた、Kはその後1年生の担任になり、1年生をいきなり登校拒否に陥れたらしい。もし俺が今の体力と知力を持って昔に戻ったら真っ先にすることはKをぶん殴る、これだ。戻れないかなー。
2006.11.06
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俺は小学校3年のころに転校をした。それがきっかけで俺は2年間地獄を見る事になったのだ、今回はその話をしたいと思う。 忘れもしない、小学3年の9月、親の仕事の関係で俺は岡山から広島へ引っ越してきた。転校初日、俺は学校の小ささに驚きながらもどことなくわくわくした感じで担任K(この担任が俺の2年をぶち壊しにした張本人だ)に連れられて教室に連れて行った、教室はどことなく狭く人数は20人と少しだった。俺が入るとともに全員が俺のほうを向いて、「誰だろうあれ」みたいな顔で俺を見ていた。俺は下を向いたまま、教室の前に行き元気な声挨拶をして席に着くのかなと思ったらKが「はい、今から席替えをします」と言った班変えではなく席替えというのは俺にしてみたら珍しい事であり、つい「そんなことしてどうするんだろ」そう言ってしまった、小さい声だったので聞こえてないだろうと思ったのだがふとKの顔を見たらKが俺の顔をにらみ、いきなり「あんたが前いた学校とは違うのよ、席替えがいやなら前の学校に帰りなさい!」などと怒鳴ってきた。ちょっとした疑問をそこまで怒鳴るとは、今ならこっちも負けずに言い返すところなのだがそのときは「ごめんなさい」としか言えなかった。その後、無事に放課後を向かえあとは時間割を書くだけというときにまた事件は起こった。日直が時間割を書いていてそいつで少し時間割が見えなかったので普通に「ちょっと見えにくいからどいて」と言ったところ、いきなりKが目の前の生徒の時間割ノートを握って俺に投げつけてきた。本当の話だぞ。そして何か言うのかなと思ったのだが俺に投げつけただけであとはないも言わず黙って俺をにらんでいた。そして俺の転校初日は終わった。 その後も、俺はKに目を付けられ続けて子とあるごとに放課後残されずっと説教をされていた。 そんなことがあってから1年、俺も学校に慣れてきたころ今までの中で一番むかついた事件が起こった、まあ聞いてくれ。Kをぶん殴りたくなるから。
2006.11.05
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俺は今までに何度か人を殺しかけた事がある。実際には殺してないのだが今回は一番殺しかけた妹のことを書きたいと思う。 まず最初は俺がまだ2歳くらいで妹は1歳になる前ぐらいだったと思うのだが。親子で買い物に行ってその帰りなぜかテンションがあがって妹のベビーカーを押してベビーカーを倒してしまった、そのときは何にもならなかったのだが俺はかなり焦った事を覚えている。それだけでは飽き足らずその2年後爺さんと母さんと妹と俺で車でどこかに行って、その途中車を止めて自動販売機でジュースを買っているところ妹が車の窓から首を出していて俺は若さゆえの過ちかパワーウィンドーで首を絞めたらどうなるか試してみたくなってパワーウィンドーのスイッチを押してしまった。 すると当然のごとく妹の首は絞められ妹は苦しそうに「うグ・・う・・う・・ 」俺はまさかここまで苦しむとは思わずかなりあせりパワーウィンドーを開けようとしたのだがいかんせん焦っているもので間違って余計閉めてしまった、すると母親が飛んできてすぐにパワウィンドーを開けてくれてた。「あんたなにやってるの!妹を殺す気!?」俺はそのときなにをやっていたのか覚えていない。思い出したくもない。だが、その間目的地に着くまで不陰気が悪かった事は覚えている。 妹よあれから10年以上たっているが、今だから謝る。すまん。 面白くない話ですいません(謝ってばっかりだな)終わり
2006.11.05
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さて、今回は少し軽めの話です(じゃあ今までは重かったのかなどといわれると困りますけども)俺がまだ小学6年生だったころ、当時仲のよかった友達(以下K)と下校していたとき、公園の前に2匹のすずめの子が落ちていた、おそらく巣から落ちたのだろう。 今なら可哀想に、しかしこれも自然の厳しさだと思いすぐに横切るのだが、まだ純粋だった俺とKはそのすずめを助けてしまった。 すずめは足を怪我しており、俺は包帯で脚を固定してそして何を思ったのかこの怪我をしているすずめを引き取ってくれる人はいないかと思い、飼い主を探しに行く事にしてしまったのだ。アホだ俺。 まず知り合いの家を回り「このすずめを飼ってくれよ、怪我してるんだよ」などとどことなく偉そうな言葉で頼み込んだ、向こうもすずめだけならまだしも怪我をしているすずめを持ってこられても・・・と思っている表情をしていたことを今でも覚えている。いまさらながら謝る、ごめん。 こんなくだらない事で俺たちは2時間も歩き回りすずめの飼い主になってくれる人を探して探して探しまくっていた。しかも水も飲まずに、すずめよりも先に俺たちが倒れそうな状態だった、Kは「もう止めようよ、こんなにがんばっても見つからなかったんだから良いじゃん」と言ってきた。 しかしなぜか俺は、なんかここまで頑張ったのだからこそ最後まで頑張りたくて「ここまで頑張ったんだ、ここで止めたらなんか後味悪いから俺は最後までやるぞ」と、やけに正義感の強い人間のような言葉を発していた。そしてすずめのお宿探しから約2時間30分が経過したところでついにこのたびも終わりを告げた、飼い主になってもいいといってくれる人が見つかったのだ。それは俺の1個上の先輩だった、何でもその先輩は家で鳥を飼っているらしく一匹くらい増えたってたいした問題じゃないと言ってくれて快くすずめを引き取ってくれた。 俺はそのときとてもうれしかったのを覚えている。すずめの飼い主が見つかったのもそうだが、ここまで頑張った俺自身に拍手を送ってやりたい気分だった。 家に帰ったらまだ7時にもかかわらず俺はすぐさま布団の中へ潜り込んだ、よっぽど疲れていたのだろう。 それから2週間位したときなのだがその先輩に「すずめどうなった?」と聞いてみたところ、すずめは怪我も治り飛んで行ったらしい。良かったなすずめ。 これはあとで聞いた話なのだがすずめは人間のにおいがつくと他の仲間から避けられるらしい。強く生きろ、すずめ。
2006.11.04
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俺は物事を深く考える事が好きだ。授業中にいろいろ考える事が多くよくそれで時間をつぶしている。 今回は最近一番よく考えている事を書きたいと思う。 面白いとは何なんだろうか?これだ。中学3年生の若さでこんな事を考えている俺は何なんだろうかと思うが、よく考えると本当に面白いとは何なんだろうか?友達と遊んで楽しい、テレビのお笑い番組を見て面白い。 これは違うと俺は思っているのだ、この事を考え出してきたらなんだか何をやってもそのときは面白いと感じるが少しすると「今のは面白かったのだろうか?」などと思ってきてしまうのだ。 俺は思う、面白い事は待っていても始まらないと、だから最近俺は面白い事を探している。前に語ったように自転車で愛媛まで行ってみた、岡山まで行ってみた、確かにあれは面白かった、いろんな人と知り合えたしいろんな世界が見えた、たぶん他の同級生より俺は面白いことをしているのだろうと思う。 これは世間的に見たら悪い事だろうが、俺は友達と夜の12時くらいから家を抜け出し3時くらいまで話したりして遊んでみた事もある。その時は、皆が寝ているときに俺はなんて面白い体験をしているのだろうと少し優越感に浸った。その事がばれて怒られたりもしたが俺は自分は悪くないと思っている、俺は悪い事は何一つしていないのだから。そうだろ?だって夜に家を抜け出して焚き火をしたり、タバコを吸ったり、酒を飲んだり、校舎の窓窓ガラス壊して回ったり、盗んだバイクで走り出してるわけでもないのだから。自分のやっている事を肯定するわけではないが、他人に危害、迷惑をかけなければそれは悪い事ではないのだろうと俺は思う。 だがそれでも俺はまだ辿りつけていない、いろんな事をしたけどもまだ分っていないのだ、面白いという事に。 俺はまだ人生14年しか生きていない、俺はまだ14年に起こった事しか知らないのだ、その14年の中に俺が心か面白いと思うことがなかった、まだ人生60年70年と残っている、だから俺はその人生の中で面白いと本気で思えることを見つけたいと思っている。 さて、次は面白さを求めてなにをしようか。
2006.11.03
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「自分の限界を自分で決めるな」俺が心がけている言葉だ。 俺は去年の夏自転車で広島から岡山まで行ってみた。理由はただなんとなく行けそうな気がしたから。ただそれだけだ。持って行ったものはタオル一枚、水筒一つ、そして着替えのTシャツ二枚、金2000円だけだ。 親からは無理だと言われた、それでも行けた、朝の5時に家を出て昼の2時にはついた、それは決して無理とは思はなかったからだ。自分はできると思っていたからこそ行けた。もしそこで自分はいけないと思ったら岡山にいくことなく帰っていただろう。 そしてそれから約7ヵ月後俺は岡山に言った経験を生かし愛媛の松山まで行ってきた。 朝の5時に家を出て夜の7時につくという約14時間の長旅だった。感想としては、つらい、きつい、などが大半であったけどそんな時ここで諦めると何にもならないと思い走った、どんな山道でもとまらず走った。 そしてそんな中、山をひとつ超えるごとに見る風景は凄かった。車で一度愛媛まで言った事があるがその時とは感動の次元が違った。自分の力で来てそして、自分の目で見た風景は何事にもたとえられない感動があった。 そして自転車で走っているといろいろな人と知り合えた。地元にいては決して知り合えなかった人と知り合えるのは俺はすごい事だと思う。 松山に着いたその時は胸になにかジーンと来るものがあった、こんな思いは初めてかもしれない。帰った後は疲労ですぐ寝てしまったが、今これを書いているとしみじみ思う、行ってよかったと。 今こんな風に思えるのは、俺の知らない世界を見る事ができたのはあの時自分で自分の限界を決めなかったからだと思う。今これを読んでいる人に俺は言いたい、自分の限界を決めなければなんでも出来るどこでも行けると。
2006.11.02
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「早くオペを!急いでください」「分っている、早く運び込め」「先生!大丈夫ですよね、良行は大丈夫ですよね!?」「分りません、しかしこちら側もできる限りのことはしてみます」おーおー急いでる急いでる、そんなことしなくても後4時間で死ぬんだよ。そんなことを思っているうちに良行の手術が始まった。それにしてもガンの手術ってどうやるんだろ、俺のときなんかすぐに死んじまって手術なんかする暇もなかったもんな。「早く放射能治療の準備だ」放射能治療?遅すぎるだろ、そういうのはもっと前からやっとけっていまやっても何も意味ないと思うけどな。まあ医者もやらないよりはましだと思ってるのだろうか、でも後で治療代を払えとか言ってくるんだろうなあ、可哀想に。 良行の手術が始まってから約3時間が経過した、あと1時間、そろそろ準備するか。良行の近くに行き顔を見てみるともうほとんど生気は無い、「お兄ちゃん、僕はもう死んじゃったの?」良行の声がした、ふと顔を上げると良行の魂がそこにいた。「ねえ、僕はもう死んだの?」「いや、まだ死んではいない、まだあと50分くらいあるがどうする?もう魂を肉体から狩るか?」良行は少し悩んだ顔をしてこう言った。「お母さんに言いたいんだけど、できるかな?」「できない事は無い、お前が肉体に戻り、本気で母親に何かを言いたいと強く思えば何秒かは意識が戻るぞ」「やってみる」そういった良行は自分の肉体に戻っていった。「お・・お母・・さ・・・ん」良行の意識が戻った、早く言ってしまえ時間が無いぞ。「良行!大丈夫だからね絶対大丈夫だからね!」そんな気休めはいいから早く言わせてやれよ。なぜか俺まで焦ってしまった。「お・・・母さん・・・あり・・がと・・う、僕・・本・・当に幸・・せだった・・よ、い・・つも見て・・いるから・・ね」「良行!なに言ってるの!そんなこと・・・そんな子といわないでちょうだい!!」「お母・・さんげ・・ん・・ガハ!」良行の意識が無くなった。「良行!?良行!よしゆきーー!!」「ピー」良行の心臓が停止したやっと出番だ。「良行、最後までいえなかったな、残念か?」「うん、でも言いたい事は伝わったと思うから、お母さんにいつまでも元気でいてほしいって言う願いは・・・」「もう時間が無い、行くぞ」「・・・うん、・・・あのさ」「もう時間が無い、その続きはあとで聞く、行くぞ」「スパ!」俺の鎌が、良行の肉体と魂をつなげる糸を切った。「これで大丈夫、あとは黄泉の国に行けばいいだけだ」「うん・・・」良行は下を見ている、下では良行の母親が泣き叫んでいる。「あのさ・・・」「何だ?」「死んだあとの仕事にさ、人を見守る仕事ってあるの?」「さあな、仕事はいろいろだ、あるかもしれない。どうしてだ?」良行は下を見た、良行の目から何かが落ちた。「大事な人を見守る事ができたら・・・素敵だと思うんだ」 俺は何も言わず代わりに良行のほうを見て微笑んでやった。「行くぞ」「うん」俺たちは空の上にある光に向かって飛んでいった。
2006.11.01
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さてどこから話そうか、そうだなそれじゃあ死んだ直前の事から話そう。「人間は死んだら体から魂が抜けるといっているがそれはちょっと違う、抜けるんではなく狩られるんだ、俺たち死神によってな。」「そんな・・なんで魂を狩るのさ、からなかったらまだ生きれたんじゃ」「いや、死んだらもう生き返れないんだ、俺たちが魂を狩らなければ魂は黄泉の国にもいけずずっと死んだ肉体の中にいなければならない、当然生まれ変わるなどという事もできない。一種の自縛霊さ」良行の顔がどんどん曇ってきた、もう死んでいるんじゃないかと思うくらい真っ青だ。 さてこの先を言ってもいいものか。まっもう言っちまったんだ最後まで話してやるか。「魂を狩るとその魂は黄泉の国というところに連れて行かれる、そしてそこで仕事を命じられる。」良行は驚いた顔で俺に言ってきた。「えっ?死んだら天国か地獄に行くんじゃないの?」この質問はもう何百回といわれてきた、いちいち答えるのも面倒だが。「天国なんてものは無い。人間の寿命は皆100歳までと決められている、お前だったらあと88年だ。人間はその間に生まれる前に決められた役目を果たすために生きているんだ。その役目を果たしたら人間は死ぬ、何歳だろうとな」「それじゃあ僕はその使命を果たしたの?」「ああ、だからお前は死ぬんだ」「その役目ってなんだったの?」「さあな、それは俺にはわからない、自分で考えな」「・・・」良行はまた黙りこくった、さっさと話して終わらそう。だんだん面倒くさくなってきた。「そして死んだ人間は100になったら生まれ変われるんだ。その間は働かなくてはならないけどな。その働く内容は黄泉の国で決められる、俺のように魂を狩る役目だったり悪人に天罰を下す役目だったり内容はいろいろだ」良行は黙りこくったままだが、そんなことはどうでもいい、さっさと話して良行の魂を狩って帰りたい。「お兄ちゃんはあとどれだけ働けば生まれ変われるの?」えっ?突然の質問にびっくりしてしまった。「俺か?俺は・・そうだなあと64年ってところか。」「お兄ちゃん何歳で死んだの?」俺のことはどうでもいいだろうと怒鳴ってやりたい気分だったがさすがにかわいそうなので止めておいた。「俺は18で死んだんだ、お前と同じ病気でな」「死ぬのは怖くなかったの?」「そりゃ怖かったさ、だけど死んで死神という仕事をもらってからは生きていたときより充実してるぜ」「ふーん・・・ゲホ!ガハ!!ゴホ!」いよいよ来たか、母親を起こしてやろう。「ガホ!!苦・・しい!ゲホ!助け・・て」「良行!大丈夫!?今お医者様を呼ぶからね、がんばって」じゃあな良行また後で来るわ、お前が死んだあとにな。
2006.10.31
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良行はこっちをずっと見ていた、瞬きをするのも忘れている。「嘘だよね、ねえ嘘だよね」「本当だ、お前は今日の11時20分に死ぬことになっている」良行は母親のほうを見て「お母さん、僕は・・・・ガンなの?」良行の母親は息子の言った事に驚いた。「な・・・なにを言ってるの?そんな訳・・そんな」実に分りやすい。見てみろ、良行の顔を。「本当なんだ・・・嫌だよ!僕死にたくないよ!」良行はついに泣き出した。「私だって死んで欲しくないわよ。だけど・・もう打つ手がないってお医者様が」そうだ、お前はもうなにをしたって生きるすべはないんだよ、あきらめろ。「僕はまだやりたい事があるんだ、まだいろいろやりたい事があるんだ」あきらめろ。「よ・・良行?誰としゃべってるの?」「誰とって、お母さん見えないの!?ここに人がいるじゃない」「誰もいないわよ?」「そんな・・・どういうこと?」良行はこっちを見た、しょうがない全部教えてやるか。「さっきも言ったように俺は死神だ、俺の仕事は死んだ人間の魂を肉体から狩り取り黄泉の国へ連れて行くこと。俺の姿は死ぬ直前の人間しか見えないんだ。」「そんな、冗談でしょ?」良行はまだ信じられないような顔をしている。分らないやつだ。「現に俺の姿をガンで死ぬお前は見えてもお前の母親は見えてないだろ?これはどう説明する?」「・・・・・」良行は黙った、そしてもう一度俺のほうを向き静かな声でこうたずねた。「ねえ・・・死んだらいったいどうなるの?」おっやと受け入れたか。「知りたいか?」「・・・・ちょっと」まあいい、教えてやろう。その前に「きゃっ!」ばたっと良行の母親は倒れた。「なにをしたの!?」「チョット眠らしただけだ2、3時間で目覚める」よし、死んだあとの事を教えてやろう。良行は静かにこっちを見た。
2006.10.31
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「嘘ですよね?・・・先生・・嘘ですよね!?」良行の母親は顔を真っ青にして叫んだ。嘘じゃないんだよ。「お母さん落ち着いて聞いてください、良行くんは・・・ガンなんです」良行の母は自分がガンのような顔色で泣き出しそうな顔をしている。いや、もう泣いているな。「良行君のガンはかなり悪性ですもうあと何日持つか分りません。この事を良行君に伝えますか?お母さんが伝えにくいなら私が伝えますが」 医者ってのは信用できねーな。死ぬと分ったらもう助ける気はないよみたいな態度をとりやがる。まあ他人事だし、俺も人のこといえねえしな。「いえ、私から直接良行に言います」口ではああ言ってるけどまだ信じれないような顔をしてるなまあそうか。 さて・・・まだ時間はあるけど良行の病室に行くか。良行の魂を狩るために・・・・・良行の病室 ふう、あと6時間か。早く帰って酒でも飲んで寝たいな。「お兄ちゃん・・・だれ?」え?もう俺の姿が見えるようになったのか、思ったより早かったな。「俺か?うーん」本当のことを言っていいものか、今はまずいな。「今はいえないけどもう少ししたら教えてやるよ」「ふーん」良行は何か言おうとしたが病室の扉が開いたので良行はそっちを向いた。そこには今にも自殺をしそうな良行の母親が立っていた。「あっお母さん。・・・・どうしたの?」母親はどう切り出したらいいのか分らない顔になっていた、早く行ったほうがいいんじゃないか?どうせあと6時間で死ぬんだから。「良行体調はどう?」いまさらそんな事を聞いてどうするんだ、さっさと言えよ。「あのね、そのね・・・」あー!うざったい。「お前はガンなんだよ」良行がこっちを向いた。「え?なに?お兄ちゃん今なんていった?」「お前は、ガン何だあと6時間、正確には5時間と52分で死ぬ」良行の顔が見る見る真っ青になってきた。「お兄ちゃん誰なの?」俺か?俺は・・・・死神だ。
2006.10.30
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いつのころだかは忘れたのだが3,4年前だったと思う。久しぶりに電車に乗ったときの事、広島から岡山に行く途中電車のアナウンスが流れてきた「えーただいま線路の横を子犬が走っています、このままだと犬を引いてしまう恐れがあるので電車のスピードを落とす事にしました、ご了承お願いいたします」と、そして電車の中でざわめきが起こった。おそらく文句を言っているのだろうと思ったのだが意外にもほとんどの人は「あー危ないわねー大丈夫かしら」「本当、轢かれなかったらいいんだけど」ほお、結構いい人もいるもんだな、最近回りの人間に対していらいらしていたのでこういう人を見ていると気持ちがなごむ。2.3分してからまたアナウンスが流れてきて「子犬は無事横道にそれました、電車のスピードを戻します。ご迷惑かけて真に申し上げませんでした」そのアナウンスが流れた時前にいた人が「よかったわねーワンちゃん無事で」「本当ねー」と心から安心したような表情で言った。それを見ていた俺も心なしかほっとした。 たったそれだけの当たり前のような会話を聞いただけなのに、ただそれだけのことだが俺の気持ちは晴れやかだった。妙に和んだ電車の1時間の旅だった。
2006.10.29
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人間は2種類の人間がいる、頭がいい人間と頭が悪い人間だ。そして頭が悪い人間は一般的に馬鹿と呼ばれる。俺は頭が悪い人間なのだが、馬鹿と呼ばれるのには少し疑問がある。馬鹿というのは何なのだろうか、俺が思うのは頭が悪いのが馬鹿なのではない、しゃべっているときにわけの分らない事を言うやつが馬鹿なのではないのだ。 人の悪口をいう奴、それだけではなく悪口を言うだけ言って逃げる奴、これが本当の馬鹿なのだ。悪口を言うのはかまわん、その代わり言うからには責任を持てと言いたいのだ。自分が人の悪口を言うということはその後何をやられてもかまわない、だけどどうしてもここで、こいつの前でこいつの悪口を言いたい、そういう時だけ言えって感じだ、分かるだろ? 話を戻そう、さて馬鹿とは何かという話だが、自分で言うのもあれだが俺は馬鹿ではないと思っている俺はアホなのだ。 大して変わらないではないかと思う人もいるだろうが、ぜんぜん違うぞ。漫才に話を持っていくが、漫才の中であほという単語が出てくる事はよくあるが馬鹿という単語が出てくる事はほとんどないはずだ、嘘だと思うなら見てみろ。 そろそろ話をまとめよう。要するにアホは冗談のときに使い馬鹿はさっき言ったような奴に本気のときだけ使ってほしい。 だから俺の悪口を言う奴はしっかりこの事を考えて言うからには責任を持ってほしい。約束だよ。
2006.10.28
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日本人は外人を極端に怖がる。 俺はその言葉がぴったり合う人間だ、学校の英語の時間に来る外人教師にさえも話しかけられただけでテンパッてしまい、結局何にもいえない始末。そんな外人が苦手な俺が、中でも一番悔しく思ったときの話である。 今年の四月ごろ友達と2人でCDを借りに行ったその帰り、俺は早くCDを聴きたくて、るんるん気分でチャリンコを走らせていたらデオデオの前でマウンテンバイクに乗っている外人が前にいた。なんとなく気になって外人を見ると目が合ってしまいすれ違う前に「チョットマッテクダサイ」外人が俺を呼び止めた。 しまったーーー!目が合ってしまったらもうお終いだ、ちくしょーこうなりゃ俺も男だ道だろうがなんだろうが教えてやるよ。「アナタハキリスト教二キョウミハアリマセンカ?」 外人は確かにそういった。 宗教勧誘かよ、いやある意味道を尋ねられるより面倒だぞ。「キリスト教ハスバラシイシュウキョウデス、アナタモハイッタラキットシアワセニナレマスヨ」こういうタイプは決して引かないだろうなー、ちくしょーめんどくせー、第一この国はキリスト教もイスラム教も仏教も全部ごっちゃ混ぜになってる国なんだよ。キリスト教じゃなくてもクリスマスはドンちゃん騒ぎだし、言ってみればこの国は異宗教なんだ。 そういいたかったのだが外人の前で緊張していてずっと「NO、NO、NO!!」と言っていた。すると前にいた友人が来て、その外人と喋りだした。外人も、こんなやつ相手にするよりこっちのほうが良いや、と思ったのだろうこっちを見向きもしなかった。 遠くから聞いていると外人は日本語しか話してなく英語なんてどこにも入っていない事に気がついたのはもう話が終わりかけているときである。 結局外人は俺に最後まで話しかけはしなかった、負けた俺は日本語ぺらぺらの外人に負けた。 学校の英語の授業をもっとしっかり聞かなければならんのかと思う中3の春だった。
2006.10.28
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ウチの近所に接骨院がある、そこの先生は腕はいいのだがひとつ欠点がある。それは言葉がきついのである。 中1の時、体育際の種目組体操の最大の目玉、ピラミッドの練習をしていて、張り切りすぎたのか朝から痛かった膝が爆発した。 しかもウチの中学の名物前項の男子全員でする8段ピラミッドの途中で爆発したので大変である、一気に60人以上の男子が崩れてきたのだ。こうなってしまったらもう大変、膝の激痛+上に乗る男子の重さ+その後の男子の野次、もう泣きそうになった。そのまますぐに病院に行き診てもらうと病院の先生が「やわな膝しやがって、情けない」それが第一声である、信じられるか?俺も思わず「ハッ?」と言ってしまった。その場は何とか持ち越したのだが、レントゲンをとった後の説明で俺は耳を疑う言葉を聞いた。「君の膝ねー細胞がどんどん死んでいってるんだよ、だから痩せないと足を切断しなきゃいけないかもねまあ別にいいんだけど」信じられるか?足を切断しなきゃいけないかもね、別にいいんだけど?べ・つ・に・い・い・ん・だ・け・ど?まだ中学一年生だった少年にそんな事を言っていいのか?そのとき俺はその医者に言う罵倒の言葉を瞬時に100は言えたが、その医者が怖くて結局「はぁそうですか気をつけます」と言っただけだった。無念。 ここでいつものように俺の考えを言おう。 医者は患者に優しくなれとは言わない、医者だって機嫌が悪いときもあるだろうだがしかし少しは言葉を選ばなければならないような気がするぞ、おい。医者は人の命を守る仕事だ、医者の一言で生きれる患者もいれば、死んでしまう患者もいる。あんたの一言で人の人生変るんだよ、だからもっと優しく言ってほしい。言葉さえ選べばこの病院も少しは評判がよくなると思うのだが、余計なお世話か? 言葉は人柄を決めさせてしまう、俺はそう思っている、だができないのだ、つい思った事を口にしてしまう悪い癖が俺にはある、よく母親に言葉を選べ勘違いされるぞ。とよく言われている、その時は肝にめいじておくのだが・・・そう思うと俺もその医者の事をいえない立場にいる気がする。 人の事を言う前にまず自分を変えなければ、よしこれから気をつけることにしよう。皆さんも人に何か言うときは、言葉を選ぶよう心がけよう。 ちなみに膝の事で他の病院に行ったら「あっすぐ直りますよ」と言われた。 なんなんだよ。
2006.10.27
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近年お笑いブームだとか言ってさまざまな若手がテレビに出てくるのだがどうも新鮮さを感じない。その理由としては、いちいち出てくるたびに「どーもー」やら「ちょっと待ってくださいよ」などと若手と名乗る芸人が10割の確率でそれをやってくる。見ているこっち(俺だけかもしれないが)としてはもう飽き飽きなわけなのだよ分るかね? それともう一つ、異様なテンションとわけの分らん動きで笑いをとろうとする奴はきっと売れない(俺の思い込み)と俺はにらんでいる。 喋ってすべるから無理やりなテンションで笑いを取る、それを見ている客は苦笑いしかできないという始末。これこそ踏んだり蹴ったりということわざがピッタリである。 やはりしゃべくり漫才がお笑い会の頂点だと俺は確信を持っている。なぜだって?よく考えてみたら解るはずだ、今お笑いの頂点に立っている人たち、あえて上げるとすればダウンタウン、島田紳助、明石家さんま、などなど、考えてみると皆しゃべりの達人ではないか。 要するに若いうちは動きで笑いが取れても年をとると動きも鈍り、結果消えていく定めなのだ(俺の思い込み)さっきから俺の思い込みなどと書いてはいるが的を得ていると思わないか?俺は昔お笑い芸人になるのが夢で数々のお笑いビデオも見た勉強する暇も惜しんで見た(親や先生は分ってくれなかったが)そしてさっき言ったことに気がついたのだ。 個性派芸人がはやっている今、俺はさっさとこんなブームが終わって今一度漫才ブームが来る事を祈っているのであった。 おしまいPS今回は俺一人で盛り上がって読者を置いていってすいませんでした。いご気を付けます。
2006.10.27
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俺は子供が嫌いだ。それを友達に言うとお前も子供だろうがといわれるのだが勘違いしないでほしい。俺が嫌いなのは0歳から小学校3年生くらいのガキだ。なぜ嫌いか今回はその理由を話しておこう。 俺がガキを嫌いになったのは小学校2年くらいのころだ、それまではどちらかというと子供という存在はなかなか好きでよく幼稚園に行って遊んでいたものだが、いとこが生まれてから子供に疑問を持ちはじめてしまったのだ。 純粋だった俺はいとこが生まれたという事が嬉しくてその赤ん坊と遊んでいたのだが、そのとき初めて知った、子供がわがままな事を・・・ まず最初に思う事は、赤ん坊から小学生までは涙を自在にコントロールできる事に気がついたのだ、例として俺のいとこKを例としてあげてみよう・・・ 俺が小学校4年の夏休み、そのいとこが来ていた、最初は一人で遊んでいたのだが飽きたのか俺に「遊んでよ、遊んでよー」とすがってきた、なあ、俺の状況見てわかんないかなー学校から出された課題を必死こいてやっている俺のこの状況がさー。「ごめんね、今勉強してるから後で遊んであげるよ」われながらかなり優しく言ったのだがKはそんな事微塵にも思わなかったようで「う・・う・・・うわ~~ん!!うわ~~ん!!!!」いきなり泣き出しやがった、今なら確実に無視するところだがそのころの俺はかなりあせった。「ちょっと、何も泣く事ないじゃないか、後で遊んでやるっていってるのに・・・」「なになになに!どうしたの?あっ!Kちゃんどうしたの、なんで泣いてるの?」 やばい、ばあさんだが来やがった、あ~っめんどくせー!「正くんが・・ヒック、正くんが、遊んでくれなーい僕をいじめる~」おい、ちょっと待てよ、俺がいつお前をいじめた?そう言おうとしたが、それよりも早く婆さんの喝が俺めがけて飛んできた。「正笑!あんたこんな小さい子いじめて楽しいの?遊んであげたらいいじゃない」あんたが勉強しろっていったんだろうがよ!と言う俺の心の叫びもむなしく俺は公園へとかりだされた。 当然その後俺は勉強をする気がうせたのは言うまでも無い。 そしてそんな事件があった日から2,3日たったある日また事件が起こった。Kもその日はおとなしく人形遊びをしていたので俺もほっと息をついてさあこれから遊びにでも行こうかなと思ったそのとき、Kの持っている人形が気になり見てみると、わーーーーーー!!なんとその人形は俺が小さいころから大事にしていた人形であった。「ちょっと待てーーー!!その人形だけは止めてくれーー!!」そうしてその人形を取り上げた、人形にKの唾などが付いていたがそのほかに大きな傷は無かった。ほっと胸をなでおろしてKを見たときKがとんでもないことを口にしやがった。「ばかーー!その人形は僕のーー!返してー」はぁ?馬鹿言うんじゃねーよこれは俺が小さいころかってもらった人形なの。「その人形はついさっきから僕のになったの~返してどろぼー、うわーん!!」プチン、頭の中の糸が切れた音を俺は始めて聞いた。「ふざけるんじゃねー糞ガキがー!泣けば何でも許してもらえると思うんじゃねーぞバカヤロー!」 2歳になったばっかの子供にこんな事を言ってしまったのは今ではなんとなく後悔している。そしてまたしても婆さんばかりかKの母親まで来て俺に説教をくれやがった。横に目をやるとKがこっちを見て笑っている姿を俺は見た。 そのとき俺は思った子供は悪魔だと。天使の仮面をかぶった悪魔だと。 と、これが俺の子供嫌いの理由だったのだ。これを見てくれた人が少しでも私の気持ちを分ってくれたら幸いです。最後に一言、子供は悪魔だ。
2006.10.26
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最近幼児殺害や青少年犯罪、とにかく殺人事件が頻繁に起きているが俺がそのニュースを見て思う観点は皆とは少しずれていると思う。俺にとって事件の内容なんかはどうでもいいのだ、ニュースの中身などはどうでもいい。俺が思うのはその事件にあった人間の心理状況が気になるのだ。 ニュースを見ていて被害者の母親もしくは父親のコメントを聞いているとそのコメントが2種類に分かれていることに気がついたのでこの場を借りて発表したいと思う。 まず一つ目は犯人を許すようなコメントを言っているやつだ例としては「犯人を憎んでもあの子が帰ってくるわけではないのでもう犯人を憎む事はやめました」「いつまでも悲しんでいてもあの子は喜ばないだからすべてを1からやり直す事にしました」などとほざいている馬鹿どもだ。 もう一つというと何が何でも犯人を許さないという人間だ。例としては「私たちの幸せを奪ったやつを絶対に許す事はできません」「できれば死刑にしてもらいたいです」などがあげられる 俺の考えとしては確実に後者である。当然だろ?いつまでも悲しんでいてもあの子は喜ばない?はぁ~!?馬鹿じゃないか?確かに悲しんでいても喜ばないかもしれないが、だからといって犯人を許すという事につながるのはおかしいと思うぞ?子供としては、自分の人生を無にされたわけなんだからその犯人を殺してほしいくらいのはずなのだ。 もし俺が親だったら自分の人生をかけてでもその犯人を殺しに行く、確実だ。後者の例で上げた「できれば死刑にしてもらいたいです」にしてもおそらく犯人は黙秘するだろう、そして裁判で何年もダラダラ殺しただ殺してないだ、言うよりは自分で殺れや、そっちのほうが絶対すっきりするし子供の仇もとれる。 「でもそんなことしたら自分もやつと同じになるし自分の人生もむちゃくちゃになる」そんなこと言うやつに親の資格はない。 子供の人生無にしたんだぞ?なのにやった張本人は何年かしたら人生やり直せるかもしれないんだ。こんな理不尽な事ってないだろ、だったらあいつの人生も無にしてお前は何年かしたら人生やり直せばいいのだ。 だからもし俺の身内を殺したら俺は今書いた事を遂行するからな。だから殺さないでね。お願い。
2006.10.23
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