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【せいねんこうけんせいど】「青年貢献制度=若者が社会貢献する、つまりボランティア制度みたいなことかいな?」と、なんとなくつじつまが合うものがイメージできてしまうと、確認作業を怠ることになる。誰もが知っている普通の言葉が一番危険なのだ。これは意味を知ってしまえば、もう絶対一生間違えない。間違えたら、それはただのタイプミス。タイプミスは一生直らないけど。ひー大人なんだけど、自分の財産などの管理が十分にできない人をサポートする制度のことだ。そうなると、「セイネン」→「成年」、「コウケン」→「後見」となる。
2006年04月29日
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ぱったり依頼がなくなったので、ずっと暇しています。去年もこの時期ブログを休んでいましたねー。新年度スタートの時期で、学校関係の野暮用がちょこちょこありますし、だいたい毎年踊りの本番直前なので、そちらの準備でもバタバタしています。私もいい歳なので、5時間も踊っていると(週に1回ですけどね)、仕事に注ぐエネルギーは残りません。そんな状態で、お仕事がないのはちょっとありがたいのですが、しかしいつまで来ないのかなあ。今日は舞踊団での総稽古で、衣装と振付の最終確認をしてきました。2曲とも細かい指示をいただいただけで合格~。あとはゴールデンウィークの本番に向けて、イメージトレーニングですねえ。今年もしばらくのろのろ更新の予定です。ネットはのぞいていますから、お返事はしますよ~。
2006年04月23日
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【製販】製造と販売。またこれが運悪く、西日本や関西方面が一緒になる話だったんですね。 セイハンという意味で一体となる。もう迷わず「西阪」としてしまいました。こういうのは絶対だめなんです。「この言葉は普通使わないとしても、今回に限って使っている言葉に違いない」と思い込んじゃってますから。なんでわかったかって? お客さまのご指摘です。ええ、もう一生忘れませんことよ。
2006年04月18日
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だんだん日本ぺんぎんさんとの文通状態になってきましたね。ぺんぎんlove、です。>「3」という数字には「みっ」という読みはないやんか(笑)というのが根拠といえば根拠です。とありますが、ほんとほんと。まさにそのとおりです。小学校の漢字テストで、「ひとつ」を「1つ」と答えたら、間違いなくペケです。和語を使う数詞は、9までで終わります。 ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ、いつつ、 むっつ、ななつ、やっつ、ここのつ10からは「つ」という助数詞も使わず、「個」になります。9まであれば大抵の場合、話も終わりますよね。「10個」が出てきたら、「1つ」「2つ」の表記で合わせようかなあとドキドキしながらテープを聞いて、おー、6で終わった、セーーーフ、ということも多いてす。厄介なのは、人数です。 ひとり、ふたり、さんにん、よにん……これを「和語は算用数字を使わない」にしてしまうと、 一人、二人、3人、4人という表記になります。こっちは和語が2で終わってしまって、とーっても困るんですよね。「ええい、和語は漢字だ」(「和語は平仮名だ」という説のほうが強いです)とこだわってしまうと、 一人、二人、三人、四人、……二十五人、……、百三十八人なんてことになって、「横書きでそれはないだろう」ということになります。「縦書きはラク」という廿さんのコメントはここにつながります。ここは民主的(笑)に多数決で、 1人、2人、3人、4人、……25人、……138人という方針にしよう!じゃあ、「ひとり→1人」なら、「ひとつ→1つ」じゃないの?-----というようなことを、文脈に全然影響しないであろう「ひとつ」とか「ふたつ」とかの表記の部分で、あーでもない、こーでもないと考えているのがテープ起こし者です。このほとんどのテープ起こし者にある表記統一スイッチは、トラウマかたたりに近いです。要求される文章の質もさまざまで、「ひとつ/一つ/1つ」の表記が重要な場合はもちろんありますが、本質的には文脈に影響しない部分は関係ないっちゃー関係ないことだと思います。だから校閲原稿で数詞の表記なんかが訂正されてきても、全く気にしませんねえ。(要するに、それ以前の赤が多すぎるということですけど。文脈の部分をガンガンに直されているので、表記にまで目が行かない。ごほごほ)日本ぺんぎんさんのブログを読んでいて気がついたのですが、横書き主流の現在は、「1つ、2つ」のほうが主流の表記になりつつありますね。私は、「[今は『1つ、2つ』の表記が主流になりつつあるかもしれないけれど、自分は]『一つ、二つ』と書く」という文脈で書いていたんですねー。書いていて、全然気づいていませんでした。表記の統一の効用があるとすれば、それは「文章の品格」みたいなものかなと思います。日本語には漢字、平仮名、片仮名があり、「関わる/係わる」「コンピューター/コンピュータ」のような表記の揺れもたくさんあります。それらのどれを使って表記するかという「見た目の美しさ」は、文脈には直接関係ありませんが、読みやすさ、理解の助けになり、文章に奥行きを持たせるものだと思います。読み上げソフトに読んでもらえば、全く失われてしまう部分だというところが面白い。テープ起こしは「文字」を書く商売なのだと再認識します。そうか、表記は大切なのか(笑)。品のある文章を書きたいものです。
2006年04月17日
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いやー、昨日はなんだか盛り上がりましたな。お声が聞こえてきたのがなぜか、麻雀を全然知らない人とよーく知っている人だったりして、うふ。皆さんこんにちは、ダマテンタイプのさくさく堂(ということになった)です。----さて今日は、oneに悩んでおります。「いち」には、慣用句的に使って、序数(順序)や基数(量)の概念が薄まっているものがたくさんあります。目安の一つは、「に」「さん」……の置き換えができるかどうかですね。 一日も早く 一人もいない もう一度 二つとないこういうのは慣用句と考えていいですね。「1日も早く」なんて出てくるともんどり打ちます。微妙なのが、「ナンバーワン」と「もう一つ」。「ナンバーワン」が「押しも押されもせぬトップ」という意味が強ければ、そのまま「ナンバーワン」と表記します。ただの「1番」の意味なら、「No.1」とします。(機種依存文字は使用しないでね)ところがですね、たま~に「ナンバーツー」さんが出てくることがあるんですね。なんかこう、「ツー」って間抜けじゃありませんか? 「ナンバースリー」さんまで出てきたらどうします!しょうがないので、「ナンバー1」と「ナンバー2」にする? へ、変なの~。でも、「No.1」「No.2」よりはマシ。受験番号じゃないんだから。「もう一つ」「もう一回」「もう一度」など、「もう~」に続く場合も、通常は漢数字にしますが、「もう一つは……。2番目に……」なんてくることがあるんですね。じゃあ、「もう1つ」? こっ、これは絶対いやじゃー。普段私は横書きでも「1つ」「2つ」「3つ」は「一つ」「二つ」「三つ」にすることが多いです。 「1つちょうだい。もう一つもらっていい?」なんてときに、「1つ」と「一つ」の混在が目障りだからです。それなら最初っから、 「1つちょうだい。もう1つもらっていい?」 「一つちょうだい。もう一つもらっていい?」のどっちかがいい、というわけで、全部漢数字にしまうほうが楽なんですね、ただ単に。荒技を一つ。「もう一つは……。2番目に……」で、「もう一つ」そのものを「1番目は」などに変更してしまう。そーーっとね。
2006年04月12日
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【一気通貫】「端から端まで」とか、「一から十まで」とか、「ハートのトランプをAからKまで」とか、「本社から営業所まで」とか、「北海道から沖縄まで」とか、だいたいそんな意味ですね。四文字熟語ではありません。goo辞書には載っていません。広辞苑にも載っていません。ATOKの辞書でも一発変換してくれません。初めて出会ったとき、辞書に載っていないもので大変焦りました。ネット検索すりゃ山ほど出てきますが、ネットのない時代だったら、正解にたどり着くのに結構苦労したでしょうね。現在起こしているたった1時間の原稿の中に、この「一気通貫」が6回。フツーに、当然誰もが知っている言葉として皆さん話されていますが、私のような上品な人、家族や上司にゲームを強要されなかった人には縁のなかった言葉です。
2006年04月11日
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楽天で、時東ぁみさんの「ぁみログ!」がスタートしました。時東ぁみって誰よ? すみません、こっち方面には疎くて、楽天のニュースメールでこのアイドルの存在を知ったのですけれど、ちょっと面白い表記を使っているので紹介します。知らないで言うのもなんですが、きっとご本人が書いているわけじゃないんだろうなーなんて勝手に想像しますが、こういう表記が最近お嬢さん方のあいだで流行ってきているようです。このブログはわりときれいに仕上げていますが、もうちょっと読めない表記に変容しているものもよく見掛けます。変体少女文字[いわゆる丸文字ね]のケータイバージョンって雰囲気ですね。よい悪い、好き嫌いより先に、「ローマ字入力だと面倒だろうなあ」と思ってしまいました。まさにケータイの入力だからこそ普及できた表記かな。あっ、私はかな入力ですが、やっぱり面倒ですけどね。ケータイやインターネットの書き込み等の文字は、確かに「活字」とは違うと思います。それを「書き言葉」として一緒に考えてしまうのはちょっと危険ですね。(ついでながら、書籍などの正式な印刷物も、既に活字なんか使ってないので、「活字」という表現も時代にそぐわない、という意見あり)メール、ネット上の表記は、手書きかと言われればそうではないし、話し言葉かと言われれば書き言葉に近いのですが、印刷物とは別物ですね。私は「メール言葉」と呼んでいますが、このブログにしろ、前に書いていたメルマガにしろ、「メール言葉」であることを強く意識して書いています。「正しい日本語」がテーマのクイズ番組が最近たくさんありますね。ネット上にも、「こんな日本語間違ってる」という話題は山のようにあります。私の昨日の日誌も然り。私は合っているか合っていないかという観点で日本語を論ずることには、あまり興味がありません。美しいか美しくないかという観点も主観的なものなので、論じ合う種類のものではないと思う。結局「好き嫌い」で話すしかないかなあ、と思います。「そういう表現をされると、私は不快」、これが一番ストレートでシンプル。時東ぁみさんみたいな表記は、こういう書き方をすると好かれると思って書いているわけですね。実際には、「カワイイ!」と思う人と「ちょっと頭悪いのか?(失礼)」という人に二分されるのは容易に想像できます。それでも書くのは、不愉快に思う人のほうは、無意識に切り捨てているからではありませんか。昨日書いた「責任は負いかねません」も、日本語として意味が通じないのはもちろんですが、相手(お客さん)を置き去りにしている印象が強いですね。「正しくない」「美しくない」から不愉快に思うのではなく、自分が切り捨てられていることを察知するから「嫌い」なのではないかなあ。もちろん言語にはルールがあって,それに則らないと意味が通じないのですから、ちゃんと従ったほうがいいですが、相手を思いやって、相手に自分の気持ちを伝えようとして崩しているなら、ちょっとばかしはいいかなあと思います。「ぁたしワ」などの表記は、それが不快に思うタイプの人がいること、半角カタカナが読めない環境の人もいることを想像して、オープンなネット上では使わない、などの心遣いは必要だけど、仲間内で使う分には「かわいらしいんじゃない?」と私は思います。こういう表記も、積極的に創造するタイプと、友達がつくったものを真似するだけのタイプといます。最初につくるタイプの人は言語感覚も優れているんじゃないかしらね。「ちょっと頭悪いんじゃない?」なんて、実は的外れなのかもしれない。----今日は論旨がゆるゆる。整理して書けなくてすみません。
2006年04月10日
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週末なので、某所で見つけたくだらない話。お暇なあなた、ググってみてください。たくさん出てきて笑えます。「責任は負うことはできないことはしない」 かな?
2006年04月09日
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例えば次のような言い回し。 このあいだ資料をいただいたものを持っていたので ↓ このあいだいただいた資料を持っていたので 影響がどんなことがあるのか ↓ どんな影響があるのか 「こんにちは」ということを声を掛けて ↓ 「こんにちは」と声を掛けて そういうことの状況というのは ↓ そういう状況というのは話し言葉には、英語で言うところの関係代名詞的な「こと」「もの」が存在する。むしろ少し話し慣れている方が、調子をつけるためにこういう言い回しになることが多いように思う。片っ端から削ってしまう。
2006年04月07日
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オフ会で、ICレコーダーの話にもなった。一口にICレコーダーといってもさまざまで、各社こぞって新機種をどんどん開発している段階で、「ICレコーダーはいい」とか「ICレコーダーは駄目だ」という、だんごの評価はできない。それでも、「音を全部拾ってしまいすぎて、かえって聞きにくい」「音が均一で、空間的な広がりがつかみにくい」などなど、批判も出てきて面白かった。ついでながら、「やっぱりMDはすごい」「テープはあなどりがたい」という意見も出てきて、この辺も含めて、なーんだ、わりと同じ感覚だあ、とかなりほっとした。録音媒体だけではなく、レコーダーとマイクの性能の問題もあるし、録音会場やレコーダーを置く場所でも左右されるし、こういう話は何が原因なのか、どこを改善したらよいのか特定しにくいのだけれど、アナログ録音やPCM録音だと人間の声を拾いやすいというのは、実務者ならではの体験談だ。現在テープ起こし業界は、一部分では音声ファイルが主流になっている。音声を作業者に送る際に、MDやテープなどの媒体がモノとしてあると宅配便で送らねばならず、送料がかかる上に約1日の遅延が生じてしまう。音声ファイルというデータになっていれば、ネット配信ができ、この両方の問題が解消される。テープ起こし価格の下落が進む中で宅配便送料は無視できないコストだし、早く仕上げる業者が受注できるという世界では、1日の遅延は深刻なリスクだ。パソコンのクラッシュ、データの消去という危険はあるが、MDやテープの破損の確率に比べたら、音声の保存の意味でも安全だろう。けれども、これらは作業をする上での利便性の話である。「音声ファイルだと録音不良の音も加工して聞きやすくできる」という意見もあるだろうけれど、いい音なら音声加工は必要ない。なんだか「加工できるから悪い音でも平気ですよ」と宣伝しているようにも聞こえる。音さえよければ、テープ起こし者は媒体に関して文句は言わないのだ。音そのものに関しては、ICレコーダーはまだ(というか、ずっと?)注意深く使用しなければならない機器だと思う。「これからはICレコーダーの時代ですよ。ネットで送受信できるので早いし、送料もかからないし、長時間録音も可能です」というのは、確かに間違っていないが、これをテープ起こし者が推奨しすぎるのは、少しばかり自分の首を絞める行為ではないかと思う。
2006年04月06日
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エッチ系(つうか、エロ系のほうがいま風か?)のトラバをキーワードでブロックできるのですが、キーワードが「タイトル・本文サマリ・ブログ名」に入ってないと駄目なんですね。さっきのトラバは、見事に本文にはエロい単語が書いてありませんでした。山のようにあるリンクにはいろいろ書いてあったけどさ。なるほど、こういうのはブロックできないんだなあ。いったいどんな言葉ならブロックできるのか、本文をずらずら~っと斜め読みしてしまった。なにやってるんだか。いろいろ考えてるよねえ。こういうことにノーミソ使ってて楽しんだろか。あれっ、ブロックキーワードを探しているアタシも似たようなもんか。
2006年04月05日
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人生にはいろいろな通過点があって、ものすごく働けるときもあるし、働きたくても働けないときもあるし、働きたくないのに働かざるを得ないときもある。年齢的なものや自分の体調などの内的要因と、家族とのバランスなどの外的要因と両方あるけれど、女性は外的要因に左右されることが多いかもしれない。昨日集まったのはたまたま女性ばかりだったけれど、5年も6年も一つの仕事をしていると、仕事内容も徐々に変化していくが、自分自身の環境もどんどん変化していく。体調管理のために仕事量を調整している人もいるし(私はわりとこのパターン)、お子さんの受験時期にスタイルを変化させた人もいるし、親御さんの介護や通院の補助のためにクライアントを厳選した人もいる。長くやっていける人は、そういう調整が自分でできる人だ。ある場面で仕事としては後退させる方向にシフトしても、それぞれの位置で踏ん張っている姿を見るとほっとする。なんやかんや言いながら、みんな少ない時間の合間を縫って地道に働いているよね。さあ、今日も頑張りましょう。
2006年04月05日
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遊んできました。テープ起こしの仕事を始めてからの一番古い仲間とランチです。今回は8人集まりました。そのほとんどはネット上のつき合いですが、6年という年月は自分の人生全部の割合から考えても、そこそこ長い時間ですね。幼稚園だったお子さんが小学生に、中学生だったお子さんが大学生に、高校生だったお子さんが社会人に、家族の転勤とともに地方在住になったり、また関東に戻ってきたり、そういう時間が流れています。年賀状だけのやりとりより、メールのやりとりははるかに多い。そして私たちは全然老いもせず。えーっと、老いもせず。最近私は、仕事系MLでぶぉんぶぉんエンジンをふかしていますが、それを知っている人もいれば知らない人もいて、そんな話とか、録音機器の話とか、宅配便の話とか、請求書の話とか、音を聞かないで読み直すタイミングの話とか、新聞の折り込みチラシを読まない話とか、オフラインならではの話をしてきました。この辺の人ともう少し仕事がシェアできればいいのですけれど、それぞれ売れっ子なのよね。サプライズで素敵なプレゼントをいただいたので、画像をアップします。えへへ、いいでしょ。1カ月後に、だーれかさんの踊りの発表会でまた会おう、という怖~~~い話が最後の合言葉。
2006年04月04日
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自己アピールって難しいなと思うんですよね。ネットで仕事をしていると、見ず知らずの人と受発注の契約を交わすことがよくあります。場合によっては応募が殺到することがあって、そういうとき必要になるのが自己アピールです。……と考えられていますが、私は自己アピールには懐疑的。昔話を二つします。【その1】以前勤めていた会社は80年代の後半から「スキル調査」なるものをやっていました。業務を細かい項目に展開して、それぞれ5段階で自己評価をするんです。それは、できる部分とできない部分を自覚することで自己啓発に努めるという人材育成の目的で導入されたものでした。私はこのとき初めて「スキル」という言葉を知りました。80年代からそういうことをやっていた会社は、流行りモンにはすぐ飛びつく会社だったのよね。「DCF(discounted cash flow)」「SCM(supply chain management)」とか、会社の中で使われることで知った言葉は多かったです。このスキル調査は、あくまで人材育成用に調査されていたんだけど、おばかな課長が人事考課に活用しちゃったのよね。つまり、スキル調査でトップレベルの技能を持った人にボーナスを多く上げちゃったわけ。ところが、実は全然仕事ができない人だったから発覚してしまったのです。スキル調査を人事考課に使ってしまったことも問題だし、課長が普段の実務の中で部下の評価をまともにできなかったということはもっと問題でした。「査定には絶対影響しないから、安心して、できないところはできないって書いてね」と課長に口を酸っぱくして言われましたから、作り話だったのかもしれませんね。というわけで、その社員が悪意があって、自分の点数を甘くつけたかどうかは定かではありませんが、できない人だからこそ、自分がその業務をどの程度できるかという評価そのものができなかったと考えるのが自然です。逆に、スキルの高い人ほど、「あれはできるけれど、仕組みの細かいところまでは理解できていない」などと自己評価がからくなる傾向にあります。【その2】SOHO系のセミナーに出たときに、主催者がこんなことを言っていました。「『ワードができる』『エクセルができる』って、そんなもの会社勤めのおじさんはみんなできますよ」この話には前提があるのですけれど、数回の講座で「お花見の案内」をワードで作成するものがあったとします。用紙設定、タイトルをワードアートで作成、日付は右揃え、注意事項はゴシックで太字、イラストファイルを挿入、程度のことをするでしょうか。エクセルだったら、家計簿ですかね。表の作成とセルの書式設定、プラスマイナスや合計の計算式を入れる、シートのコピー、ぐらいをやると思います。「そういうレベルで、ワードとエクセルができるなんて言うな」ということでした。「『できる』ってどういうことですか。会社勤めのおじさんだって、みんな『できます』よ」と。「会社勤めのおじさん」に随分失礼だなと思って聞いていましたが、まあ正しいと思います。----できる人ほど、「できる」と言わなくなる、言えなくなる、という傾向はどうしたもんですかね。仕事が欲しいときに、自己アピールをしたくなるのは心情ですよね。応募メールに氏名と連絡先と「この仕事に応募します」だけじゃ、自分を選んでもらえるはずがないって思いますでしょ。「これとこれができます」「これが得意です」「こんなことをやってきました」そういうものを書くのが大切、と推奨している人もいます。なんとなく、応募メールだけじゃわからなくて当然だよな、ということは思っています。ネットの世界にはいろいろコミュニティがありますから、普段からこまめに顔を出しておくこと。応募メールのときだけ異様に頑張っちゃっているメールを書くぐらいなら、普段からもっと書けばいい。そしてまともな意見を言うこと。こんなこと書くと、余計書けなくなる人はいるでしょうが、そういう人はネットで仕事をしなければいいのです。
2006年04月03日
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