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一人称と三人称の言い換えにチャレンジしてみました。無理やりだったけど、ちょっと楽しいですね。これについては、あとの話とつながる予定です。実は、無理やりじゃないほうのテクニックで頻繁に使われるのは、「文単位でカットする」と「言い換え」です。どの文をカットしてよいのか、という法則みたいなものは説明しづらいのですが、「である」で言い切れるスタイルの、事実として断定できる文が残り、そうでない文はむしろカットしたほうがわかりやすいということのようです。実際に「である」調を依頼するお客さんは、何を求めていらっしゃるんでしょうか。(今回いじくっている例文は、実際のオーダーではありません。私がこの記事のために勝手につくった文ですので、お客さんは想定していません)考えられる一つは、前回の「三人称あるいは観察風」です。話している内容を、 どうなった。 こうした。 ああなった。という事実で紡いでいくのです。目的は、会議録が多いでしょうか。会議の場で話し合われたことを一通り記録として残す必要はあるが、一言一句丁寧に残す必要はない場合。調査のための聞き取りでも、需要があるかもしれませんね。録音しないで、その場でメモをとって作成する、普通の議事録のイメージに近いです。 Aさんが、「~」と提案した。 Bさんが反対した。 Cさんが、代替案を出した。 多数決でAさんの意見が通った。こういう議事録では、話し掛けている二人称的な文は残しません。 「やあ、皆さん、こんにちは」 「では、この資料を配ってください」 「終わらなかったねえ。明日も集まれるんだっけ?」断定された事実ではないからでしょうか。決まる過程、決まったことを残せばよい議事録では、カットしても全く問題がないんですね。実際にやってみると明らかです。前回まきこさんがコメント欄で作成してくださった文は、ごっそり削ってありましたが、読みやすかったでしょう? 「全文起こしで、文末だけ「である」調に」という(架空の)オーダーに忠実に、文そのものはカットしないように書き換え例を作成してきましたが、「なんか変」「笑っちゃう」という違和感たっぷりの文になってしまいました。「である」調のオーダーを受けた方なら、絶対一度は、「ありがとう」とか「こんにちは」って、「である」調ではなんて言うんだろ?って考えたことありますよね。それを無茶に書き換えるよりは、カットしたほうが読みやすくなります。しかし、幾つか文そのものを削ってしまうというのに、それは「全文起こし」でしょうかねえ。「とりあえず言ったことは全部残してほしいんだけど、文末は簡単に丸めてしまっていいから」と言われると、なんだか手軽なオーダーのような気がしますが、厳密に言うと、そういう処理は不可能なんです。文脈を理解して、文章を整える。不必要な文は削除していく。これは、私は要約の範疇に入る作業だと思います。全文起こしの延長にある作業とは違うんですね。いえいえ、「全文起こしで、文末だけ「である」調に」というお客さんが実際にいらっしゃるかどうかは存じません。「要らないところはカットしちゃっていいからね」ということになっているオーダーもたくさんあるでしょう。これは、お客さんを非難するという話ではありません。念のため。さて、「である」調のテープ起こし原稿は、要約である!とするならば、もっと大胆な「言い換え」について、突っ込んで考えてみたいと思います。
2006年05月31日
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年に一度ぐらい、バタバタと電気屋に買い物に出ることがあります。そして、出てからいつも「あーあ、こんな寝間着に近いTシャツと短パンで街に出てしまった」と思うんです。日記を探してみたら、デジャビュ的買い物というのを書いていますね。 どういうわけか、いつも同じTシャツを着ています。まだTシャツ1枚には早い時期ですが、今日は夏日で、今年初めてこれを着た途端に、電気屋に走ることに~~~。今回の買い物は、あんまり自慢できないけど、パワーポイント。ひーっっ、持ってなかったのかって突っ込まないでくださいね。あるんですけど……、あるんですけど……、メインのPCに入ってなくて……。朝、お客さんからパワポがごっそり送られてきまして、あまりにも効率が悪いので、着の身着のままチャリンコに乗って最寄りの電気屋へ~。はっ、またこのTシャツかいな!このデジャビュには「不吉なことが併発する」というおまけもついていて、いやーな予感。別件ですけど、昨日からお客さんの音源がなかなか入手できないという事件が起きています。お客さんがMacだったもので、互換性の問題です~。このTシャツ、もともと町内運動会とかに駆り出されることがあって、仕方なく買った体操服みたいなやつで、あんまり着ないから痛まない。けど、今年の夏で終わりにしようかなあ。なんか不吉なのよねえ。
2006年05月29日
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昨日は、「である」調という表現が無用な混乱を招くのではないか、というところで終わりました。「である」調といっても、文末を全部「である」にするわけじゃない、というのはわかっている。簡潔な文章にすればいいんでしょ?という声が聞こえてきそうですね。でも、簡潔にできない文があります。前にも書きましたが、話し掛ける文です。ここでは「二人称の文」と呼び、二人称の文を一人称か三人称に変えてしまう書き換えに挑戦してみます。《例文》 皆さん、こんにちは。 今日は暑いですね。 私もこの暑さにばてていますが、頑張ります。 それでは、今日の議題ですが、公園清掃についてです。 タナカさん、よろしくお願いします。 あっ、タナカさんはちょっと今日は遅れていて、まだ到着していないよう なので、来るとは言っていたんですけれども、2番の議題を最初にやった ほうがいいような気もしますが、そういえば2番については資料の不備が あったそうですが、その辺、先に事務局お願いします。書き換え例1 一人称あるいは独白風 今日は暑い。 この暑さにばてているが、頑張ろう。 今日の議題は公園清掃についてだ。 これはタナカさんに説明してもらう予定だったが、 彼は遅れていて、まだ到着していない。 出席する予定と聞いているので、 2番の議題を最初に進めることにする。 2番の資料には不備があるので、事務局に説明してもらおう。書き換え例2 三人称あるいは観察風 座長から、暑さにばてているが頑張りたいとの挨拶があった。 今日の議題は、公園清掃についてだ。 説明はタナカさんが行う。 タナカさんは遅れていて到着がまだだが、出席する予定なので、 2番の議題を最初にやることになった。 2番については資料の不備があるそうなので、 先に事務局から訂正があった。----細かいところ突っ込まないでくださいね~。(いえいえ、やっぱりなんでも突っ込んでいいです~)このやり方がどうかということは別にして、やっぱり一人称か三人称にしてしまえば、大部分を簡潔な文章に書き換えられます。……と言っていいのかなあ?※ 文中のリライト例は実験的に作成したもので、実際の納品原稿とは異なります。
2006年05月26日
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テープ起こしと全然関係ない話題ですみません。もう著作権関係の話題を追うのは趣味ですね。「ローマの休日」著作権 50年?70年?どうして平成16年施行の法律の話が今ごろニュースになるのかと思ったら、パラマウントが激安ソフトの販売差し止めを東京地裁に申請したからなんですね。平成16年以前に著作権が消滅している映画は、70年までの保護期間の延長をしないことになっているので、平成15年12月31日で著作権が切れるものはどっちに入るのかわからない。午後12時と午前0時は一緒か?という話です。著作権は基本的に、著作者の死後50年まで保護することになっています。死んで50年もたったら、もういいだろうよ。でも、なぜか映画は「公開から50年」なんですね。「監督が死んでから50年」でも、「出ている俳優全員が死んでから50年」でもないんですね。ついでながら、映画の著作権者は監督ではなくて、製作者(主に映画の配給会社)です。今回の差し止め請求もパラマウントから出ています。実際に映画を制作した監督やスタッフや俳優さんが生きているうちに(スタッフはそれなりの年齢になっているでしょうが、若い役者さんはピンピンしている人がたくさんいる)、500円DVDで売られるのを見るのはちょっと切ない(大いに憤慨する?)のかもしれませんが、映画の寿命が50年もあることに、単純に感動しますね。「映画の著作権保護期間は、50年では短い」という考えが認められたわけですから、文化財の保護意識が一歩進んだわけで、なんだかとても文化的な香りがしますけれど、要は映画関係者の圧力が強いかったということですか? 文化の保護というより、「まだ商品価値があるんだから、ちゃんと守ってくれ」ですかね。1953年製作の映画に既に商品価値がなかったら、パラマウントは差し止め請求しなかっただろうと思うと、安い「ローマの休日」のDVDを今のうちに買う? (笑)
2006年05月26日
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昨日のリライト例の 頑張ります → 頑張るのであるに、コメントをいただきました~。ありがとうございます。「『である』調にしろ」と言われても、全部が全部、最後を「である」にするこたあないです。「である」調に相対する書き方に、「です・ます」調というのがありますね。この丁寧な、あるいは会話風な書き方は、「です」と「ます」と、二つも文末の表現が出ていますが、だからといって全文が「です」と「ます」に収まるわけではありません。「です」にも「ます」にもつながらない文はあります。まして、全文を「である」で終わらせるなんて無理です。いろいろなパターンがあって、すっきり類型化できない気がしますが、代表的な書き換えパターンを考えてみました。(考えていたら、こんがらがっちゃいましたよ)「です」は、名詞から接続する。これは、「だ」「である」に置き換えられる。 公園清掃です → 公園清掃だ/である「ます」は、動詞から接続する。これは、動詞の連体形で終わらせる。 頑張ります → 頑張るいただいたコメントでは、「『頑張るのである』とはしないで、『頑張りたい』にする」とありました。すっ、素晴らし~。「『である』調にしてくれ」という依頼が、「話し言葉のまどろっこしい文末は簡潔にしてほしい」という意味だとすると、 頑張ります → 頑張るのであるじゃあ、全然短くなってないしね(笑)。たとえお客さんが、「『である』調にしてくれ」と言っても、「読んでちょっと変な感じがしても、麗しい文章が欲しいわけじゃないし、記録が残ればいいんだから、文末は全部『である』でいいから」と言っても、無理に、なにがなんでも「である」にしようと気張ってはいけないのですよ。だいたい「である」調という表現が無用な混乱を招くんじゃないの? とか、怒りの矛先を変えてみたくもなってきます。続きますよ~。
2006年05月25日
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たまに変なオーダーが来ます。全文起こしで、「である」調にしてくれというものです。お客さんは要約を求めているわけではありません。「とにかく全文は起こしてほしいが、「~ございます」とか「~やったりとかしているわけであります」とかという長ったらしい文末は、『である』で丸めていいから」ということだ、と思います。実際にやってみます。 皆さん、こんにちは。 今日は暑いですね。 私もこの暑さにばてていますが、頑張ります。 それでは、今日の議題ですが、公園清掃についてです。 タナカさん、よろしくお願いします。 あっ、タナカさんはちょっと今日は遅れていて、まだ到着していないよう なので、来るとは言っていたんですけれども、2番の議題を最初にやった ほうがいいような気もしますが、そういえば2番については資料の不備が あったそうですが、その辺、先に事務局お願いします。「である」調に、力づくで変換します。 皆さん、こんにちは。 今日は暑いのである。 私もこの暑さにばてているが、頑張るのである。 それでは、今日の議題だが、公園清掃についてである。 タナカさん、よろしくお願いするのである。 タナカさんは少し今日は遅れており、まだ到着していないようなので、 来るとは言っていたが、2番の議題を最初にやったほうがいいような気も するが、そういえば2番については資料の不備があったそうだが、その辺 を先に事務局お願いする。まず、緑色のところ。一人称と三人称が主語の文は、なんとか「である」調にできるけれど、二人称の文はできないみたいなんですよ。「である」って断定する言葉でしょう。二人称が主語で、断定する意味の文章はほとんどないからだと思います。ところが話し言葉って相手に話しかける言葉が多いんです。あったり前ですね。話し言葉なんですから。文章が全部尻上がりになる若者言葉がありますが、あれなんか絶対「である」調にできません。 元気~? いま何してるの~? アタシ~? アタシってネイル好きな人じゃない~?……知りませんよ、あなたの趣味なんて。それから、青の部分。話し言葉特有のすっきりしない文章ですが、そのまま文末だけ硬い言葉に置き換えると奇妙な違和感があります。お客さんが考えていらっしゃるほど、「文末だけ『である』にしてくれればいいから」という作業が簡単でないことがわかります。続きます、多分。※ 文中のリライト例は実験的に作成したもので、実際の納品原稿とは異なります。
2006年05月24日
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「マンホールのふたはなぜ丸いのか?」という話ではありません。とっちかというと、「ハチの巣はなぜ六角形なのか?」に近いです。ちょろちょろネット検索していると、「平面上の充填配置」とか言うらしいですね。三角形と四角形と六角形のみが平面をすき間なく配置できるそうです。だから、お皿は四角いほうが配置しやすいんじゃないかと考えていたら、いつの間にか四角い皿が増えていました。白い皿が多いですが、こだわっているわけではありません。ただ、四角い皿はシャープなデザインが多いので、結果的にこうなってしまいました。もともとうちの皿は、藍色と土色と白色がメインです。生協や百均で買ったものもあるので、「見たことある~」という方がきっといらっしゃいますね。
2006年05月23日
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気がつかない間にすっかり更新がおろそかになっていましたが、そろそろ再開します。多分……。昨日は、ある研究会に傍聴に近い形での参加。歴史、教育、文学、言語など研究目的はさまざまだが研究対象が一緒、というくくりで研究会をされている。ツールとして、聞き取り調査とそのテープ起こしが発生するので、お声がかかった。この研究会自体も記録作成の対象なのだけど、私の当番(「当番」言うか!)ではなかったので、サブ録音はスタンバっておいたが、少し気楽に参加できた。終了後、主催者の方から、「皆さん、結構テープ起こしのことを知らないんですよ」と言われた。(だから、こういう場にも呼ぶし、どんどん発言してほしい)ということなのだろう。テープ起こし者側からも、普段は研究者が見えない。例えば歴史の真実を調べるためだけならば、内容が明快にわかるようにきれいに整えることが必要かもしれない。けれども、言いよどみ、言い換えに潜む民族的、文化的な心情が研究対象の方もいらっしゃるだろう。同じ録音でも、拾う部分は変わってくる。両方を満足する万能なテープ起こしはない、ということが、これからテープ起こし者側から発信していくことではないか。そんなことを、研究会が終わって気がついたわけで、ちょっとたわけ者だった。終了後懇親会もあったので、午前中の娘の習い事の送り迎えから合わせて16時間の外出となった。おかげで今日は、使い物にならない古雑巾なアタシ。
2006年05月21日
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「結末」というほど、すんごいことになったわけではありませんが。下請けのほうは納品原稿のバックをいただいたので、チェック終わりました~。まあ大丈夫、かな。ネットでは「こういう原稿はどうのこうの」というやりとりのあった方ですが、戻ってきた原稿と併せてみると、今までのネットでの発言の意味がつながってきますね。私の「いつもどおり」の原稿を違和感なく受け止めていただきました。いやあ、多分この人とは「テープ起こし」について語っちゃいけないんだろうな。「模範解答(爆)」のほうも、私が講座に出たわけではありませんが、無事に終わったそうです。一つの音声に対してどんな書き言葉にしたかを、重箱の隅をつつくみたいにして見比べたみたい。ご苦労さまなこって。人の原稿を見る、自分の原稿を見せることでしかテープ起こしって語れないと思うのですよ。自分の原稿がさらされるのって怖いんですけれど、そのへんの羞恥心はなくなっちゃった。もっとあったほうがいいのかもしれないけれどねー。同じ音を聞いて原稿を作成しているのに、微妙にニュアンスの違う原稿を並べてみていると、しょせんテープ起こしはテープ起こし者の認識の上に成り立っている作業なのだということが浮き彫りになります。例えばね、講演を聞くでしょう。客席で聞いている人の心に響くところはそれぞれ違うはずだし、言葉の受け止め方、解釈は違って当たり前だと思うでしょう。それなのに、「同じ音からは同じ原稿が仕上がる」って、どうしてみんな簡単に信じるのかしらね。テープ起こし者が話し手になって、複数人からテープ起こし原稿をいただくと一発でわかるわね。いたたまれなくて気絶しそう。
2006年05月10日
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『聞きとりの作法』 小池和男著 東洋経済新報社主に製造業の技能形成や技能伝達などの構造を調査するために行われる聞き取り調査の手法についての手引き書。「企業オーラル・ヒストリー」という言い方が私にはピンと来るけれど、小池氏は「聞きとり」という単語を使っている。一番普及している言い方は「インタビュー」だろうし、半ば強制的に「聴取」する意味合いが強くなると「ヒアリング」がしっくりくる。学問的な手法のニュアンスが強いのは、「オーラル・ヒストリー」。ちょっと別物だが、かしこまって質問せず、そばにいてじっと見ているのは「参与観察」。やっていることはあまり変わらないのだけれど、用語はさまざまだ。どの表現を使うかで、どういうスタンスの人か、多少はわかる。(関係ないけれど、「テープ起こし」にもいろいろな言い方がある。これも、どの用語を使うかで、どういうスタンスの人かわかるよね)『インタビュー術!』(永江朗著,講談社現代新書)がインタビューのやりとりそのものにフォーカスしたものであるのに対し、これは聞き取り作業全般について書かれている。両者の違いは、インタビュー対称者の違いから来るものだろう。企業の構造を聞き取りに行く場合は、事前に適任者がわからない。 企業の探し方 (インタビューに応じてくれる企業はどこか?) 依頼文の具体例 (快く応じてもらうには、どのように依頼したらよいか?) 対応者の選択方法 (適任者はどうやって選んでもらうか?) 当日の配慮事項 (本音を語ってもらうための質問手法は?)「高価でないお茶菓子を手みやげに」ということまで書いてあり、まさに作法本だ。というわけで、記録作成方法についてはあまり言及されていないので、だいたい斜め読み。ごめんなさい。小池氏の記録作成は、あくまで自分でやるのが前提だ。録音は同時に行うが、メモ起こしが基本。「浄書」と表現している。一問一答までは整理せず、文脈がつながらなくても、やりとりの流れを小見出しつきで作成する。感想、コメント、次の質問のヒント、「意味不明」なども併記する。文末は「である」等に簡潔に処理。メモを浄書することが研究の一工程になっているわけだから、その分野の素人にテープ起こしの外注をするなんて論外なのだろう。そうははっきり書いていないが、次の文章が印象深い。 一日2時間以内ならテープとメモからの復元とでは記録はほとんど かわらず、重要度がはっきりしている分メモがすぐれていた。だが、 その時間をこえると、テープなしではむつかしい。(p111)そうは言っても、きっとテープも聞き、そのうえでメモ起こししているんだろうとは思う。録音テープだけ渡されるのと、現場メモもいただくのでは、テープ起こし原稿の仕上がりに大きな差が出るのと同じ。現場メモは、テープの録音状態の次に大事。現場メモは、録音に残らない情報を書くべし。後半は、計量分析との対比が丁寧に書かれている。統計データやアンケートなどによる企業分析に比べて、少人数への聞き取り調査から一般論を想定する手法は科学的でないと見られる向きもある。しかし、計量分析には注意しなければならない点がたくさんある。(私はよく「統計は嘘をつく道具」と言っているが、統計データの危うさについて幾つかの実例が載っている。こういう話好き) また、指標になりにくい項目もある。小池氏はもちろん「聞き取り調査が一番」などと言っておらず、さまざまな手法の併用がよいとしているが、「一般的な仮説、やや大げさにいえば一般的な理論をつくる、むしろ有効な途」(p185)と締め括っているところが小気味よい。それは結局、人間がデジタル処理で動作していないからだと思う。話し言葉から書き言葉への変換処理(テープ起こし)も極めてアナログ作業であり、聞き取り作業には似合っている。
2006年05月09日
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連休前に暇だと書いたら、「それじゃ」ってんで1本お仕事をいただきました。「それ狙って書いたんでしょ?」などと笑われましたけど、んー、15%ぐらいね。だいたいお客さんは、ここ見ていませんからね。そう都合よく依頼が来るなんて期待はしていませんでした。依頼は同業者の下請けで、ネット上でやりとりがある方ですが、お仕事のつながりは今回が初めて。下請け仕事の楽しいところは、依頼主がテープ起こし者だから、作業の内容や専門用語について細かい相談ができることですね。大もとのお客様から来た仕様や音源や見本などについて、個別具体的な相談ができる。「この見本、こんなんなってますけど、どうします?」「『~してくれ』とあるけど、要はこういうことでいいですかね?」というやりとりをしつつ作業ができて、とても安心感がありました。ありがたいことに「好きにやってくれ」と言われたので、思いっ切り勝手にやらせていただきました。どう評価されるのかなあ? ドキドキ----ドキドキと言えば、もっとえぐいのも連休前にやりました。テープ起こしをツールとして使う人のためのテープ起こし実習の模範解答(爆)です。テープ起こし作業そのものの実習なんですが、模範解答が複数あるんですね。起こし方の仕様や制約はなし。人によって、どういう原稿が上がってくるかのサンプルの一つにされちゃうわけ。なにこれ、虎の穴ですか?また、実習の音源として使われたインタビューが、全部で30分なんですが、部分的に非常に早口、部分的に専門用語多しで、表記も含めて確認した固有名詞は28個、事実確認(裏とり)した文脈は8カ所ありました。教材としての難易度は高かったと思います。夕べ模範解答原稿が一覧になって送られてきまして、やっぱり聞き間違いを見つけました。……そんなものですから。そこはそこでさらけ出すのは全然構わない[と開き直ってしまう自分がかわいい]のですが、クライアントの着目点は全く別なところにあります。サンプル原稿の良し悪しなんか評価しない(つーか、よくて当たり前)。文脈の認識の差、それをいかに文字に乗せるかという手法によって、どれほど違う原稿になるかを示すことが目的なのであって、原稿がまともであるかどうかというのは前提条件なのね。「文脈の認識力」と「書き言葉として定着させる手法」こそがテープ起こしの本質的な差異になる。そういうことを学ぶ講座はあまりない(ほかにはない?)だろうし、非常に意義深いと思います。模範解答の一覧だなんて、かなり追い込まれたというか、こんなアタシがテープ起こしをやっていていいのかなあ、やっぱ虎の穴かいな、とか思ったわけですが、これも講座の本番はまだ。ドキドキ
2006年05月07日
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