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自転車に乗る時ヘルメットをかぶるのは、通学で乗る中学生か高校生が主である日本です。バイクはヘルメット着用が原則ですが、自転車となると推薦の域を出てない気がします。結局は、事故の際に頭を守れるかという点です。しかし、カッコ悪いなどの理由でヘルメット着用を拒否するケースが多いのではないでしょうか。事故が起きてしまってからでは遅いのです。オーストラリアは自転車に乗るにもヘルメット着用が義務付けられています。自転車と言っても日本にあるママチャリのようなスタイルのものはありません。サイクリング用に作られている自転車なので、前カゴ付きの自転車で近くのスーパーに買い物に行く人はいません。そんな自転車も存在しません。それだけ自転車に乗るのは単純なことではないと言えるのです。荷物を運ぶことは自転車の役割ではないのです。移動手段の一つに過ぎないのです。しかし、事故に遭遇した時のショックにそれほど違いはないと思います。ヘルメットは見かけの問題ではなく、もっと深い意味があり必ず着用すべきだと感じています。
2007年09月28日
日本に存在するカタカナには、和製英語が存在しています。そんな記事を目にしました。私もそう感じていましたが、はっきりとそれを主張してあるのを読んで納得したものです。カタカナで表示されていると当たり前のようにネイティブ英語だと思ってしまいませんか?音だけ聞いて、これは日本語ではないと認識したら必然的に英語だと決め付けてしまいがちです。スペルが推測できれば辞書で調べて本当に存在するか確認することができますが、そう簡単にもいきません。コップは英語のCUPと同等の意味を指しますが、発音はネイティブのそれとは違ったものになっています。そのコップという音を小さい頃から聞きなれている私たちにすると、そう簡単に頭の中を切り替えることが難しいのが事実です。小さな頃から耳にしている音とは、何とも不思議なもので記憶の奥深くに染み付いているものなのです。
2007年09月27日
人生何をよしとするかは、その人の考え方次第だと言われます。千差万別、幸せと感じるレベルも人によって全く異なっているのです。お金では買えない大切なものが世の中には存在しています。私は、この幸福感度は人種によって異なる傾向があると思います。一概に言うことはできませんが、やはり生まれ育った環境が大きく影響している気がします。お金の使い方や勉強に対する意欲なども多少影響を受けているようです。しかしそんな気がしてならないのは、私だけかもしれません。。。
2007年09月25日
祝日が多い日本は正社員にとればメリットですが、契約や派遣社員にとればお給料が少なくなるといった点で嬉しいようなそうでないような、微妙な心境です。日本では今まさに、はっきりとした格差社会が展開されています。少なくとも私の目にはそう映っています。そんな日本人の買い物スタイルは一体どんなものでしょうか?所謂100円ショップと呼ばれるものがどんどん店舗を増やしてきました。何でもかんでも100円というのはほんとに凄いと思います。これが??と思えるものでも100円と聞いて、びっくりするのは日本人だけではないでしょう。中国様様と言えます。日本の100円ショップではプラスチック系の商品が結構多いと感じます。キッチンやバス周りの小物など、プラスチックでできたものばかりです。オーストラリアには2ドルショップと呼ばれる店があり、街中で録音された呼び込みようのアナウンスが大ボリュームで放送されていました。少し品のなさを感じてしまう呼び込みですが、意外とこれがこのくらいのものだったらここで買ったらいいかな、という物を手に入れることができるのでケースバイケースで重宝する店なのです。どこの国でも人々の買い物スタイルは変わらないのでしょうか。。
2007年09月24日
オーストラリアでは日本でいう薬局を‘CHEMIST‘と呼んでいます。薬はもちろんシャンプーや応急処置に必要なファーストエイド関連の商品、赤ちゃんの紙おむつ、電子血圧計、トイレットペーパーなどが販売されています。日本の"DRUG STORE"のように、一般の食料品は販売されていません。薬と食料品が同じスペースに並んでいるのは、少し抵抗を感じてしまいます。全く正反対のものだという認識だからでしょうか。食べ物はスーパーや八百屋へ買いに行く。これがまだまだオーストラリアでは当たり前の買い物スタイルなのです。全てが同じところに揃っていればあちこち行かなくて良いので便利だと思いますが、そこまで利便性を求める必要があるのかという気がしています。日本人はそれだけ忙しい人種で、時間に追われる生活をしている事実を反映しているのかなと思います。
2007年09月23日
物を買う時に、どれだけ吟味して買いますか?ちょっとした傷や汚れが気になると、別のものに手がいってしまいます。どうせ同じ金額なんだからと思うと、よりきれいな状態のものをと考えるのが人間の性でしょうか。。日本は同じ商品が数多く取り揃えてあり、もし棚になければ裏の倉庫を探すと在庫があります。それだけ顧客ニーズに応えるべく店側は在庫を抱えているのでしょう。しかしもし在庫がなく、店頭に並んできる現品だけでしかも少し傷がついていたりした場合、あなたならどうしますか?その商品の機能自体になんら支障のない傷。いくらか割引があれば購入するかもしれません。しかし、基本的に日本では傷物はできるだけ買いたくないと考えるの人が多い気がします。私も昔はそうでしたが、今ではそこに商品が一つしかなく、必要なものであれば買うようになりました。ちょっとした汚れもどうせ使っていればこれ以上に汚れえるわけだしと思うと、それほど気にならなくなりました。値段に違いはありませんが、よっぽど酷い汚れでない限り買います。野菜や果物などの食品にも同じことが言えます。虫食いや汚れはより自然に近い状態で栽培された証拠のようなもの。きれいにピカピカに光ったピーマンや茄子には逆に不安が残ることがあります。あまりに立派で大きな野菜、虫食いが全くないようなものは不自然なものを感じます。レタスを洗っていて青虫を発見することがありますが、嬉しい気持ちになります。きれいなものばかりを求め続けるのにも、限界がきている気がします。。
2007年09月22日
日本社会と欧米社会、その根本的な違いは何でしょうか。個人を尊重するという点では共通していると思いますが、仕事をする上で評価される点は少し異なっているように思えます。経験がいくらあっても年齢で制限されてしまう日本社会。それ以外の点では申し分ないくらい条件を満たしているのに、どうにもできない根本的な部分で跳ね除けられてしまうのは納得いかない気がします。確かに定年があるわけですから、より若い人を雇った方が先が長くそれだけ会社に貢献してくれる可能性はあるかもしれません。しかし、スタートラインにも立てないというのは、悲しいを通り越して言葉がないという表現が正しいのではないでしょうか。最近でこそ派遣制度が盛んに利用されるようになり、年齢制限が取り払われる傾向が見られます。人間誰でも年を取り、気がついたら自分は先輩と呼ばれる立場にいたりします。いつかはぶつかる問題だと思いますが、今の日本社会の風潮で国が支えられるのだろうか?と不安な気持ちになることが多々あるのです。
2007年09月21日
日本は平和ボケしている国だなと、つくづく感じることがあります。すでに居なくなっていたかと思っていた、所持物を置いてトイレに立つ人たち。なぜ大切な荷物、しかも貴重品も入っているもの、を置いたまま席を離れることが可能なのか、そこから疑問だらけになってしまいます。置き引きという不安や危機感は全くないようで、席が取られないように荷物を置いていくというのを聞いて更に驚きました。私なら、席の前に荷物を取られたら元も子もないと思いますが。。それだけ危機感が薄いんだと思います。自分の足元に置いていた荷物でも知らぬ間に取られることがあります。全く人気を感じなかったので清算するに席を立つまで気がつきませんでした。驚くべき手口だと思います。そんな経験をした人、または、した人を知っているのであれば、それも複数、振る舞いも変わってくると思います。あまりにも周りが平和過ぎて気がつかないのです。良いか悪いか、海外へ行ったときにこの平和ボケが支障をきたすのです。まさかと思うような方法でカバンを持って行かれます。国内にも移民がたくさん在住するようになりました。日本人はもっと目を覚ましてもいいのではないかと思います。
2007年09月20日
テレビの影響は大きいもので、新しい現代語?もマスコミの影響がかなり大きいと思います。雑誌を見るとどんな言葉がよく使われているのかがよく分かります。毎回買うごとに独特の表現があるのが何となく分かってくるでしょう。英語を勉強する上で大切なのは、どんな種類の英語を学ぶかです。日常会話の英語か、業界で役立つビジネス英語か。。そしてその英語をどう活かしていくのかによって、方向性が変わってくることでしょう。日本語を考えたら分かると思います。テレビで使われている言葉、それも番組によって異なってきます。ニュース番組か、コメディーか、クイズ番組化、バラエティーか。。それぞれで使われる言葉の種類は大きく違っていると思います。
2007年09月19日
英語の勉強をする過程で辞書がなくても英文が読める、または辞書なしでも不安がなくなったと意識し始める時があります。分からない単語にぶつかったら必ず辞書を調べ、一単語でも分からないのがないよう万全を期して臨んでいた英文。でも心のどこかで辞書を調べなければならない鬱陶しい気持ちはあったのでしょう。開放されたような身軽な気分になれたのは事実です。いつどの時点でそれが起こり始めたのかは分かりませんが、意識し始めたら体当たりで英文に取り組める度胸がついていた気がします。知らない単語に出会っても、慌てず冷静に判断できるようになるのでしょう。はっきりした事実は、回数を重ねる度に英文を読む自信がついてきたという点だと思います。できれば似たようなジャンルの文を読むようにした方が、より多くの単語を効率よく覚えることができると思います。あれやこれやと広範囲に手を染めては、その数の多さについていけない場合があります。まずは同じような単語を何度も繰り返し目にして読むことが大切だと思います。
2007年09月17日
かなりの贔屓に聞こえるでしょうが、オーストラリアは本当に素晴らしい国だと思います。住んでいたからその良さが実感できたと言えばそうかもしれません。海外であっても住めば都とはよくいったものです。最初は住み慣れない土地で、生活習慣が違えば全てが不満へとつながってしまっていたものですが、それも毎日繰り返していると体が慣れてくるものです。本当に海外生活をエンジョイできるんだろうか?出発を前にそんな不安を抱えている方はたくさんいると思います。しかし、行ってみれば案外思ったほど生活は不自由なく感じるのではないでしょうか。仕事で行くのならともかく、留学や旅行、ワーホリで行くのならある程度下調べをして確認してから行き先を決めているでしょうから、よっぽど何かない限りは自然と現地生活を楽しめるようになると思います。何はともあれ、考えすぎてストレスと不安以外は何もでてきません。行って見て白紙から自分だけの大切な思い出作りをして欲しいと思います。
2007年09月16日
英字新聞や雑誌を読むことは単語を覚えるのにとても役にたちます。全部読まなくとも、自分が興味ある部分だけを読み漁っていくと単語の語彙が増えますし、辛い英語の勉強にならずに済みます。活字が苦手という人もいますが、勉強の一環として考えてみると割と楽な気持ちで取り組むことができるのではないでしょうか。。知らない単語であっても、回数を重ねるごとにその単語が自分のものになっていく過程は確実に自分の英語力がレベルアップしているのを実感できると思います。
2007年09月14日
自分が伝えたいことをどうやって説明したらよいかを考えても思いつかない時、どれだけ焦りを感じますか?沈黙の向こうでは相手がじっと待っているのが分かります。思わず、日本語で説明してしまおうかと頓珍漢なことが頭を過ったり。。単語数の知識幅が狭いのかもしれません。表現方法の選択肢が少ないのかもしれません。とにかく口から思うように出てこないのが現状であれば、どうにかしてその場を乗り切らなければなりません。活字で見知っている表現や単語でも、実際の場ではあまり活かされないことが多いように思います。それは頭の中の知識であり、実際に自分の口から出てきているものではないからです。口から出た言葉は、感覚を通して覚えているようなものです。何度も口にして慣れる事により、本当に自分の言葉として活用できるのです。苦い経験を経て、英語を理解し話す楽しさを実感することができるのだと思います。
2007年09月12日
発音が難しくて聞き取りができないという経験、誰にもたくさんあると思います。複数の英単語がくっついて聞こえて、一つの単語になってしまう。納得される方、たくさんいることでしょう。単語がくっついて聞こえるのは、何度も聞くにつれてその問題は解決していきます。慣れてくるとはっきりと単語一つ一つが切れて聞こえるようになります。ある時を境にそのきっかけは訪れます。その為には、やはりネイティブの英語を聞くことを続けなければならないと言えるでしょう。一旦単語が切れて聞こえるようになると、後はその繰り返しであり面白いように相手の言っていることが聞き取れるようになるのです。
2007年09月11日
さすがにパンにつけるペースト状のものはかなり種類が豊富で、その中でもお気に入りはチックピーでできた、Hommus(スペルが違うかもしれません)というもの。見た目は薄い肌色ですが、食べたらビネガーとガーリックの風味がして滑らかな舌触りは何とも言えません。かなりのお気に入りで毎週在庫を補充していたものです。チックピーは日本ではひよこ豆と言われているようですが、英語名もまた違った名前があるみたいです。本当の名前は一体なんだろう??と思っていますが、恐らくどれも正しい名前だと思ってます。先週仕事のランチで近くのインド料理へ行きました。そこで出てきたのがこのチックピーを使った揚げ物。中がふんわりとして乾燥気味でなかったのがとても気に入ってしまい、お店の人に美味しいと散々褒めちぎっているともう一皿サービスしてくれました。意図的ではなかったのですが、結果的にはラッキーでした。お豆といえば金時豆や黒豆、大豆くらいしか認識なかった私ですが少し見聞が広まった気分でした。
2007年09月10日
言葉の壁というものはあまりにも大きく克服するのが難しいと思われます。確かに難しいと思えば思うほど、所詮こんなものを習得するのは無理と思えてなりません。生まれつき自然と耳に入ってきた言語には勝てない。頭の中が日本語で凝り固まってしまい、柔軟性を持たないお陰で英語の勉強に不可能な空気を感じてしまっている自分がいます。不思議なもので、難しいと思えば思うほど英語は絶対に習得不可能な言語に見えてきます。そして逆にやればできると思えば思うほど、英語を自由に話している自分を想像することができます。気の持ちようでこれだけ英語の勉強も捕らえ方が変わってくるものだと思います。知らない単語に当たった時、こんなに知らない単語がたくさんあるんだと現実に目が覚めます。日本語ですらまだまだ知らない単語がたくさんあるのですから、英語になると尚のことだと割り切ってしまえればよいのですが。。知らない単語を次に見た時にどうやったら自分のものとして活用できるか。それを考えると、何度か同じ単語を見て使ってという行動の繰り返しが大切だと気がつくことでしょう。自分のものにするためには、やはり使い慣れること。何度か使ううちに自分のものになっていくものです。不可能だと思えば不可能になる。全ては自分の気持ち次第だと言えるでしょう。
2007年09月09日
外国人がたくさん日本に住んでいます。日本語が胆のうでない人がたくさんいると思いますが、彼らの中にできるだけ知っている日本語は話そうとしている姿が見られることがあります。英語で話していても、所々に日本語の単語が出てくることがありその努力が感じられます。発音こそ完璧でないにしろ、そんな姿を見るとこちらも一生懸命に伝えようとしていることを理解したいと努力するものです。そんな経験ありませんか?これは裏を返せば海外で日本人が知っている限りの単語を並べて英会話を成立させようと努力している姿にも似ています。ただ、日本人の方が相手に合わせようとする努力が大きいような気はします。海外へ行って現地の人に日本語で話しかける人はまずいないでしょう。英語が分からなかったら言葉が出てきません。控えめな日本人の気質と言うべきか、それはあまりにも明らかに表れています。互いに相手の国では多国籍の人になり、その国の文化や言語を尊敬する姿勢を見せることはとても大切だと思います。自国のそれを持ち込んで貫き通そうとするのはお門違いだと思います。どうでしょうか?相手に求められれば、もちろんそれを見せることに否定の姿勢を見せる必要はありませんが、あくまで一般論です。
2007年09月07日
顧客サービスが充実しているのは日本だけではないでしょうが、ですがその凄さを実感することが多々あります。ここまでする必要があるんだろうか、と思えるくらい徹底したサービス。それは果たして従業員の教育なのか、その人の性格なのか。。サービスが徹底していることは顧客満足につながりますが、逆にそれは自分に跳ね返ってくることになるのです。世の中は回り回って互いに受けて与えてという関係にあります。例えば、タクシーの運転手。タクシーに乗る時は私がお客さんの立場ですが、リフレクソロジストの私には時にお店に来てくれるお客さんでもあるわけです。時間が不規則になりがちなタクシーの運転手にとってお店の営業時間が長いのは、とても嬉しいことにちがいありません。私にとっては仕事が遅くなって帰宅する際に便利なのがタクシーです。どんな時間でも嫌な顔せずに家まで送り届けてくれる便利なサービスです。しかし冷静になるとお互仕事に疲れ、ストレスが溜まっている状態。そう考えるとここまでサービスを徹底させなければいかないのか、と思ってしまう時があります。ちょっとは手を抜いてもいいんじゃない??開いてないものは仕方ない、営業時間にまた来るしかない。そこが短い営業時間の店であってもそう考えるようにしています。品薄でも今あるもので代用できればそれでいいんじゃない?今日はこれで我慢しよう。。消費者が求めれば求めるほど、結局は自分にも跳ね返ってくるものなんです。オーストラリアで経験したことが何だかホッとしたものに感じられる今日この頃です。
2007年09月06日
毎日のテレビ放送が英語で聞けたら。。そう思いました。日本語でも聞けるように選択があると尚良いと思います。英語に慣れるには日常生活の中で英語を耳にする機会を増やすことが最も有効だと考えます。生活の中で英語に触れることができれば、自然と単語を覚えその数も増えていきます。不可能な理想ですが、英語の勉強上達にはこれが手っ取り早い方法だと思います。英語で聞いて日本語の字幕が出る、映画のようなテレビでもいいのではないでしょうか。テレビというのは私たちの生活で欠かせないものとなっていて、帰宅したら見ようが見まいがテレビのスイッチを入れるという人は多いようです。生活の一部となっているテレビで英語に慣れていければ、時間も有効的に使えるようになるのでは?と考えています。実現するかどうか、現実問題はさておきの話です。
2007年09月05日
英文作成は読んでいる時は”自分でもできる!”と思うのですが、いざ白紙の状態から自分で作成しようとすると、頭の中が文字通り真っ白になってしまいます。何度も目を通していて自分のものになっていると思っていても、それは単に自分の思い込みであったのだと愕然としてしまうことがあります。単語の数を増やすことも大切ですが、文章作成の上でそれはさほど重要な部分を占めていない気がします。それよりも使い勝手の良い言い回しをより多く覚えた方が得策だと言えるでしょう。これが覚えているようで意外と頭に残っていないものです。全てを自分で考えなければならない状況の時に、その答えははっきりと見えてきます。使える言い回しを覚えるにはできるだけたくさんの洋書を読むなど、英文を目にする機会を増やすことだと思います。そして真似してみる。自分のものになるまでに時間がかかることは承知で取り組む必要があるでしょう。
2007年09月04日
英語は聞いて話すだけでなく、実際には読み書きも伴います。重要な書類関係は全て英語ですし、それが理解できないことには何かの契約を結ぶ上でも不利になってきます。滞在中に私たち外国人にとって命の次に大切なのはパスポート、そして有効なビザです。これがなくては違法滞在になってしまいます。英語が得意でない外国人のために、通訳サービスが提供されているのは、移民大国オーストラリアの特徴でもあります。困った時には是非活用して欲しいと思います。日本人であるが故、ついつい日本語を見るとホッとしてしまうことがあります。これは当たり前のことであり、決して自分を卑下する必要はありません。間違った解釈で方向性を見失うよりは、いざという時に通訳サービスを利用するのはある意味賢い手段だと思います。
2007年09月03日
明らかに日本での生活とは違った感覚を持つことができるのが、海外生活です。それは、今までの生活習慣とは違ったものであることは間違いないでしょう。期待していたものとは違う場合もありますが、明らかに何かを体験できるチャンスでもある訳です。それをどう感じて行動するかはその人次第です。新しい環境に慣れず、いつまでも自国の生活習慣を諦めきれない時があります。これだけは譲れないと思うことがあります。それを否定的に捕らえるかまたはプラス思考へと変えていくか、全て自分の気持ち次第です。比較的健康である日本食で育ってきた日本人にとって、乳製品や油をたくさん使った食べ物を口にする機会が多くなると、俄然健康に影響してきます。一番分かりやすいのは体重でしょう。海外生活の中で一度も体重計に乗ったことがない場合、帰国してどのくらい体重が増えたかを知った時にショックを受けてしまいます。国によって食事内容は大きく異なってきますが、日本国内の生活とは違った生活リズムになることはほぼ間違いと思いますから、現地での食生活には十分気をつけたいものです。
2007年09月02日
日本語の中にもカタカナ文字が増えてきたように感じます。カタカナは要は外来語であります。それだけ日本でも外来語がたくさん使われるようになってきたと言えるのでしょう。公に使われているのですから、その意味を理解している人も多いことと思います。それ自体は外国語に慣れるといった点ではとても素晴らしいことです。しかし、読みが完全に日本語読みであることがほとんどで、時には同じものを指すのに違う読み方をすることもあり、混乱を招いてしまいかねません。正しい発音、私が考えるに聞こえるがままの発音、で覚えることが一番最適であると考えます。いかがでしょうか?せっかくカタカナ日本語を目にする機会が増えたのですから、よりネイティブに近い発音に慣れるようにしたいものです。
2007年09月01日
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