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我が家の近所でもクリスマスのライティングが多く見られるようになりました。まるで競い合っているかのように光っているライトを見ていると、今年もそんな季節がやってきたんだなと実感します。それと同時に勝手な想像で、電気料金が凄いだろうなとも思ったり。。寒さがまだ本格的にはなっていませんが、12月に入ったとたんに冬らしさが感じられるようになるのかもしれません。オーストラリアのクリスマスを思い出すと、夏の暑さと太陽の日差しがこの日本にいるとどこか他所の世界の話に思えてきます。夏のクリスマスと冬のクリスマス。サンタクロースが水着を着ているのを想像できますか?そんな国で生まれ育った人たちは、私達日本人とはクリスマスに対する思いが異なることでしょう。アイスクリームを食べながら歌うクリスマスソング、サンタクロースの格好をしたおじいさんを見て暑いだろうな、、と同情の念を抱いたり。宗教の違いでクリスマスを祝わない国もあります。日本のクリスマスは宗教的な意味は全くといってよいほど無く、イベントの一つとして捉えられています。クリスマスが終わるとお正月。何とも慌ただしい国だなと思ってしまいます。でもそんな日本も大好きな私です。
2007年11月29日
ネットでも簡単に洋書が手に入る世の中になりました。一昔前までは街中の一番大きな本屋へ行かなければなかったものが、画像付きで購入前に確認することができます。インターネットが普及し始めてからは生活のスピードも駆け足状態で、良いのか悪いのか生活リズムのペースが衰えることなく、しかし体は正直に疲れを感じ始めているようです。海外の本だった場合、日本語版と英語版とどちらを選びますか?それがずっと待っていた待望の本だったら、完全に意味が分からないと気がすまない訳ですから日本語を選んでしまうでしょうか。。微妙な選択です。一度日本語版で読んだ後に英語版を試してみるのが良いと思いますが、2冊も購入するのは馬鹿らしい気もしてしまいます。もともと推理小説が好きな私ですが、簡単に読める洋書の一つにアガサ・クリスティがあります。1ページに対する字数もそれほど多くなく、スラスラと読み進めることができます。著者によっては難しい表現を使うケースが多く、本筋は1文で済むところを何行にも渡って書いてあることがあります。全ての単語の意味を調べて読んでいると延々と時間がかかり、次第に意味を見失って読む気が失せてきます。どの本を読むのか決める前に、その著者のスタイルを心得ておく必要があるでしょう。
2007年11月28日
聞きなれた英語は知らない内に身についているもので、オーストラリアの英語はご存知の通り独特のアクセントがあります。それを毎日聞いて自分も話しているうちに、気がついたらオージーイングリッシュになっているものです。アメリカの英語とは全く正反対と言っても良いほどその違いは明らかで、アクセントを聞いたらその人がどこの国の人か分かってしまうほどです。そんな経験ありませんか?日本へ帰国して久々にオージーイングリッシュを耳にすると、なぜかとても懐かしい思いになってしまいます。それはイギリス英語も同じで、教育番組で毎週火曜日夜7時から放映されている番組はイギリスものがよくあり、子供達が観ている時に一緒に観ているとオーストラリアで観ていた番組を思い起こさせます。イギリス英語はどちらかというとアメリカ英語よりオーストラリアの英語に近く、それは昔植民地であったことからも不思議ではありません。そんな英語の微妙な違いに触れていると、なぜか自分自身が英語環境で生まれ育った人のような錯覚に陥ってしまうことがあります。あなた、オーストラリアに行った事あるでしょう?そう聞かれたことが何度かあります。どこでそう判断したのかは分かりませんが、考えてみるとアクセントに表れていたんだと思います。かといって他の英語は分かりません、ということではなく単にオーストラリア英語がより身近な英語だということです。
2007年11月27日
食の習慣は小さい頃に築かれます。食後にデザートを食べる習慣、私が始めてしまったばかりに子供達もそれが当たり前のようになってしまったのを見て、反省の念を隠せません。食事は食事、その後のものは別腹とはよく言ったものです。我が家はパパを除く女三人はこの習慣を断ち切るのが困難なようです。とくに上の子が育ち盛りのせいか、食事の後もお腹が空いてると言ってはパンを食べたり果物を食べたりと延々と続く食事時間。。気がついたらあっという間に1時間は過ぎてしまってます。食べたい時に食べさせないと、という思いはありますがその質が重要です。できるだけ糖分を控えめに空腹感を埋めてあげなければなりません。アイディアは当の昔につきてしまい、最近は近所のおじさんから頂いた家庭菜園のサツマイモをスイートポテトに変身させたりしています。スイートポテトは日本の食べ物なんでしょうか?オーストラリアでは見なかったように思います。もともと甘いサツマイモを使って更に砂糖やバターを加え、まろやかな味に仕上げます。最近はまっている食後のデザートです。
2007年11月26日
英語のお勉強、一言に言っても幅広いジャンルです。英語の音楽を聴く為に勉強したいのか、洋書を読む為か、仕事で活かす為か。。洋楽を聴くにしても歌詞を知った上で聴くのと全く無知で聴くのとでは、全く違う効果があると思います。歌はその歌手独特の歌い方がある上に、それがはっきりした発声でなければ日本語ですら聞き取りにくいものです。歌詞カードを暗記した上で聴いた方が、絶対にリスニング効果はあると思います。洋書を読むには逆に、頻繁に辞書を引かない方がスムーズにいくような気がします。時間を取られる上に、それまでの内容がすっと抜けてしまったりで話の流れがきちんと掴みにくいからです。ある程度推測を混ぜながら読み進めていくほうがお勧めです。
2007年11月25日
天気の良い日には、近くの公園へ行くのがベストです。のどかな一日をゆっくりと過ごす。。そんな理想的な生活がシドニーにはありました。緑がたくさんあり、まさに自然の中に存在する公園といった感じです。芝があり寝転がっても座っても、何しても気持ちが良いと思える場所。日本にもそんな公園は存在しますが、太陽の明るさと空の青さが比較の対象にならないくらい、シドニーの空は素晴らしくすっきりとした青空でした。青空、まさに文字通りです。私が住んでいる所では、空は晴れていても何となく薄いグレーがかった感じが否めません。視力が一発で回復しそうなくらいの青さを見ることがあまりありません。しかし日本のどこかに、きっとシドニーと同じくらい素晴らしい青さの空が存在することと思います。自然は人間の心を癒してくれます。高ぶった心を穏やかにしてくれます。そんな不思議なパワーが自然には隠されていると思います。日常の生活に疲れた時、そんな素敵な場所へ足を運んでみたいと思います。
2007年11月21日
日本語を話している最中に、急に英語で話しかけられたらどうしますか?頭の中が一瞬にしてさっと切り替わるでしょうか。英語環境に居る時は頭の中は英語、日本語環境の時は日本語というバイリンガル。改めて凄いな、と思わずには居られません。はっと頭の中が真っ白になった経験はたくさんあります。そんな時、自信をなくしてしまうこともあります。しかし、そんなハードルを乗り越えてこそ目指している目標にたどり着けるのだと思います。常に心はバイリンガルを目指して!そう思ってならない今日この頃です。
2007年11月20日
銀行で用を済ませる時、日本では番号チケットを取って待ちます。そして自分の番号が表示されたら窓口へ行って用件を伝え、その処理が終わるまでソファに座って待つことになります。オーストラリアの銀行は大きく分けて二つの窓口に分かれています。すでに口座を持っていて日常の入出金、振込みに関する問い合わせをする窓口と、それ以外の用件の窓口です。後者はどちらかというと、口座詳細を変更したり新しく口座を開設したりといった口座自体に関する問い合わせ用でしょう。番号チケットはありませんから、とにかく一番列の最後尾に並び順番を待ちます。窓口が開いたら列の一番前の人からその窓口へ行くようになっています。一旦預けてソファで待つといったことがありませんから、終わるまでその窓口で待つことになります。どっちが良いか、これは結構考えました。時間的に効率が良いのは日本のシステムのような気がします。前の人の問い合わせ内容が複雑であれば、その人の分を担当へまわして次の人のを先に受け付けるからです。前者は確実に自分の順番が分かるので、イライラする気持ちは少ないかなと思います。前の人が手間取っているとイライラすることもありますが、基本的に確実にいつになったら自分の用件を聞いてもらえるかがビジュアル的に分かるのが良いと思います。比較的気が短い日本人には、オーストラリアのシステムの方が合っているのかなという気がしています。
2007年11月19日
直訳してしまい、意味が全く分からないという経験があります。その単語が他の単語と一緒に使われることによって、どんなニュアンスの意味になるのか。単一単語の意味と文章の一部としての単語の意味には、結構な開きがあったりします。最初は分からないながら辞書を引きつつ読解を進めていきますが、やがて上記のような壁にぶつかる時が来るでしょう。書いてある文章を読むのならまだしも、自分自身で文章を構成するとなると更に時間を要します。分かっているようで読むのと書くのとでは全く立場が逆の為、頭の切り替えも必要でしょう。人それぞれ得手不得手があると思います。どれだけ自分自身が得意とする分野で力を発揮できるか、そしてそれを伸ばしていく努力ができるか。そこがレベルアップの鍵の一つとなることでしょう。
2007年11月18日
ネイティブと対等な英語を話すまでには、どれだけ時間がかかるのでしょう。何度聴いても英語が耳に馴染まない、英語を見ると構えてしまう、その結果ほっとした時にかなりの疲労感を感じる。。そんな経験ありませんか?何度聴いても聞き取りができないことがあります。少しずつ単語が拾えるようになってきますが、最後の一単語が聞き取れない為に完全な英語にならず意味が100%伝わってこない。。もう1回聴いたら分かるんじゃないか?そう思って何度も繰り返し聴くのですが、やっぱり最後の部分が分からないのです。イライラする自分に気がついていますが、誰も助けてくれません。自分に課せられた宿命とでも思える時です。学校へ行っていた頃、とにかく講師がホワイトボードに書くことは全て書き写し聞き取りができた所は自分なりに解釈してノートに書く。聴こえた事をそのまま書き写すこともしていました。辞書でいちいち単語を確認する暇はありません。とにかく、せめて家で復習ができる程度にはノートに書いておかないと、どうにもこうにもいかないのです。後で書いたものを読んで授業中のことを思い起こし、復習という作業へつなげていました。予習復習は絶対欠かせません。毎日の努力を怠ってしまったら、あっという間に置いてきぼりをくらいます。それだけに、語学学校とは違った雰囲気と現実を持ち合わせたものがビジネス学校でした。
2007年11月17日
久しぶりに英語のペーパーバックを読んでいます。昔シドニーにいた頃に買った、アガサクリスティの本です。昔から大好きな読み物でしたが、改めて時間をおいて読んでみるとまた新鮮な感じがして良いものです。本自体はかなりくたびれていて紙も茶色に変色してしまっていますが、その古臭い本の臭いもまた良いものです。日本語版の方も読んだかもしれませんが、読んでいるうちに話の流れが頭に蘇ってくる場面もあり、どのくらい理解できるか自分で自分を試しています。通勤電車の中で読んでいますが、町へ近づくにつれて乗客が多くなり、スペースの確保が困難になってきます。これがちょっとしたストレスへと繋がっていると思いますが、できるだけ集中して読むように心がけています。単語の意味を一つ一つ解釈していくと、全く意味不明の文章になってしまいます。ですからサラッと読んで、文脈の前後からその文の意味を掴んでいく方法が一番読みやすいと思います。直訳は単なる単語のテストに役立つだけで、応用ではありません。businessをそのまま仕事という意味に解釈すると、前後の意味と繋がってこないのです。ですから、広い範囲で考えた意味で解釈する、つまりある程度の推測は必要になってくるでしょう。私の読み方はそんな具合です。
2007年11月15日
学校の行事がたくさんあるのは日本もオーストラリアも変わりないですが、頻度が高いのはオーストラリアかもしれません。ファンドライジングといって、学校の資金集めの為に何かを買ったり、自前で作った物を集めてバザーで売ったりと親もかなり大変です。それに加えて公立でも毎年支払う学費のようなものがあります。名目上は寄付という形で集金されますが、実際には半強制的な感覚です。政府からの補助ではとうてい足りず、最終的には各家庭から資金を調達するといった形が主流です。給食がないのでその費用は集められることはありませんが、実際に毎日ランチボックスを用意する方がコスト高のような気がします。それはランチだけでなく、朝のモーニングティといったものがあるのでちょっとしたスナックのようなものを持っていかなければなりません。毎日のことですから朝は戦争のような忙しさが想像できるでしょう。授業自体は比較的のんびりしたもので、逆にこれで大丈夫なのだろうか?と心配になることもしばしば。。勉強に関して高い競争率を感じることがないので、親子共に変なプレッシャーがないのは嬉しかったものです。どっちにしろ満足のいく教育方針はないような気がします。自主的に勉強していないと不十分な気がしてしまい、その方面での焦りはあるかもしれません。学校だけを見てもかなりの差があるので、生活面での違いは想像できることでしょう。安易な気持ちで現地生活を始めると、後でそのギャップに悩まされる可能性があります。言葉の壁だけではないものがあるといった認識は重要だと思います。
2007年11月14日
学校に一人で行けるようになるまでに、どのくらい期間を要するでしょうか。小学校一年生から一人で歩いている日本人の子達はある意味凄いと思います。今の日本では子供だけで学校へ行くのは当たり前ですが、シドニーでは小学校低学年は親なベビーシッターなどの大人の送迎が必要になっています。これは安全面を考慮してのことですが、どんなに学校まで近いといっても最初の頃は大人がついていくものです。過保護のような気もしますが、日本へ帰ってきてみて思うのは絶対にその方が双方とも安心していられるということです。とは言ってもカバンの中に入っているものと言えば、ランチボックスだけということが多々ありました。持って行く物の数が圧倒的に少ないので一人で楽に持っていける事実はありますが、やはり小さい子を自分で歩いて行かせるのは不安であるし、通学途中に何かあっても学校側に責任を押し付けることはできません。はっきりとしたものです。今、日本では登下校中に起きる事件が多発しています。地域レベルでの協力を最も必要としている時でもあります。一昔前のように日本は治安が良いといった感覚は無くなりつつあります。悲しいことであり同時に、なぜ?といった疑問が沸き起こってきます。私の感覚からすると、よっぽどオーストラリアの治安の方が良いと言っても過言ではない気がしています。
2007年11月13日
英語に慣れてきたと感じている時ですら、何度聞いても聞き取れない単語というものはあります。単に知らなかった単語かもしれませんし、その人の発声に関係するからかもしれません。聴けば聴くほど余計に混乱してしまい、聴き取りに成功しません。案外、自分が思い込んでいた発音と違ったから違いを見分けることができなかった、というケースもあります。私にはこんな感じに聴こえるんだけど。。そう思っても、何度も聴くうちに毎回頭を入れ替えて耳を澄ましてみると、全く違った結果が見えてくることがあります。それを発見した時、気付いた時、なんだかとても嬉しく成長した気分になることもあります。思い込みは怖いもので、それを振り払う習慣をつけないといつまで立っても先へ進めないこともあるのです。
2007年11月12日
多民族国家では、見た目だけでその人がネイティブかどうか決め付けるのはタブーとされています。肌の色や容姿、宗教が違っても同じ言語を第一言語としていることが多々あるからです。ですから、一見でこの人は英語が得意ではないのでは??と思ったりすることがあっても、決してそれを態度に表してはいけません。その国で生まれ育った人たちにすれば、そこが祖国であり自分が存在する場所なのです。ですからもちろん言語にも同じことが言えると思います。良い例が、名前を聞いたり見ただけで判断し会って見たらバリバリのネイティブだったという事実です。もしくは、顔が見えない電話で話をして完全にネイティブだと確信し、勝手に容姿まで想像して会ってみたらその思い込みが完全に覆されるというケースです。待ち合わせをした時は、その思い込みでいつまで経っても会えないという結果に終わってしまうかもしれません。日本では相手がどこの国の人かなどと考えて話をすることはないでしょう。スーパーで買い物をして違う言語で会計をされることもないと思います。しかしもしかしたらその人は中国か韓国の人である可能性もあるわけです。日本に帰ってきた当初、なぜ皆私が日本人と分かるんだろうか?なぜ疑いもせず日本語で話をするんだろうか?と変な感覚になったのを思い出しました。確信を持って日本語で話しかけられる、当たり前ですがそれが何とも新鮮に感じたものです。多民族国家とは奥が深い国なのです。
2007年11月09日
単語がはっきりと聞き取れるまでには時間がかかります。最初は複数の単語が一つの単語に聞こえたりするものですが、それが一つ一つ区切れて聞こえるようになるのですから面白いものです。人によってその時間はまちまちですが、一般的には現地生活1年くらい経つ頃は日常会話は聞き取れるようになると言います。更に、自分で思うように話せるようになるにはその倍の時間がかかると聞きました。全ての人に当てはまるわけではありませんが、おおよその目安です。その半分くらいの時間で習得する人もいるわけですから、ある程度の努力も関係してくるでしょう。単語が耳に入ってくるものの、単語そのものの意味が理解できないこともあります。そんな時はメモに書きとめておき、時間がある時に辞書で確認しておくとよいと思います。それを繰り返すうちに、ボキャブラリも増えていくことでしょう。
2007年11月08日
帰国子女たちにも色んな性格の人たちがいると思います。控えめでなかなか人前で話せない子、活発で物怖じしない子、周りの雰囲気で変わる子。。これまでの人生経験が他の子達と違っていたという事実がありますが、それでも同じ日本人です。日本語が上手く話せないという事実を克服しつつ、それまでの人生で恐らく経験したことない生活の変化を目の当たりにしているのです。日本へ帰ってきてからの行動にはその子の性格も大きく関わっていると思います。そういった点では積極的な子は得なこともあるかと思います。皆が同じ性格ではない為無理強いすることはできないでしょうが、環境の変化により早く馴染むには持って生まれた性格が影響することは無視できないでしょう。
2007年11月07日
甘いものが好きな人にはまさに天国かもしれません。甘いものが苦手な人には地獄でしょう。一昔前までは、ケーキと言ってもただ砂糖で甘くして見かけをそれなりにデコレーションしたものが多かったのですが、最近ではセンスが良くなり味も上品な甘さへと変わりつつあるように思います。多くのオーストラリアの人たちは食後にデザートを食べる習慣があるようで、ホームステイ先でも必ず食後にアイスクリームやバイなどのデザートが出ていました。甘いものが決して嫌いでなかった私はそこから体重管理を怠ってしまい、かなり立派な体格になっていきました。それは体重計に乗るということをしなかった天罰かもしれません。。更には自分で出かけては美味しそうなクッキーやケーキを買ってきて食べるというところまできてしまいました。今考えると甘さが半端じゃなかったと思いますが、その当時の私には天国のような国に思えていました。日本人には決して合っているとは思えないほどの甘さだったでしょう。生まれながらにそんなデザートに慣れてしまうと、それから先の人生で大きな障害にぶつかることは目に見えています。元々体のつくりが違うといった意見もありますが、やはり私には日本のデザートの方が好みに合っているようです。
2007年11月06日
昔、バスに乗っていてそのバスのドライバーが左側の再度ミラーを電柱にぶつけたことがあります。その時業客はそれほどたくさん乗っていませんでしたが、明らかに凄い音がしたので皆後ろを振り向きました。ドライバーも一瞬何が起こったのか分からず、そのサイドミラーで確認しようと思ったのでしょう。左側を見ようとして何が起こったのか悟ったようでした。慌ててバスを止めて外へ駆け出していきました。乗客たちもその動向を観察していて、戻ってきたドライバーが手にしていたミラーを見て遅らせながら気がついたようでした。私もそんな中の一人。運良くそのミラーが元通りになったから良かったものの、ミラー無しでは到底運行を続けることはできなかったと思います。そんな衝撃的な経験はこの一回きりでしたが、二度と経験したい類のものではありません。日本で同じことが起こっていたら、絶対に乗客の一人が警察やバス会社に通報していたと思いますが、その時は誰も何事も無かったの様に振舞っていました。安全運転には十分気をつけたいものです。
2007年11月05日
英語を聞いていると耳に入ってくるけれど、いざ自分が話そうと思ったら出てこないという経験ありませんか?これは習得の過程で半分はきたところだと思います。リスニングができて、初めて英語が話せるようになるからです。それはまさにコピーの繰り返しで、ネイティブの英語を聞く習慣をつけると自然とついてくるスキルなのです。この繰り返しとコピーの作業期間が長いものですが、乗り越えた時に英語が自分のものになります。他言語を習得するということがどれだけ長期間に渡るかは、実際に経験している人が一番よく分かっていると思います。この長期間の時間に耐え切れないと感じた時、挫折を感じます。この挫折は一度ならず、何度も訪れます。ですから強い意志が必要になるのです。忍耐力は、生まれてからこれまでの人生で人間が培っていくスキルです。何事にも耐えていく経験を積み重ねることによって、人間は成長していきます。そう考えると、英語の勉強は単なる勉強ではなく様々な過程を経て身につける素晴らしいものであると言えるでしょう。
2007年11月04日
英語のスキルアップには、やはり日常的に英語に触れることだと思います。それがどんな手段にしろ、英語に全く触れないよりはずっとよい条件であることには間違いありません。毎日日本語ばかり目にしていると、当たり前ですが英語がスムーズに頭に入ってこないようになります。口が滑らかになるかならないかも関係してくるでしょう。面倒臭いと思うこともあるでしょうが、最低数回は英語に触れることによって免疫をつけることができるのです。仕事でも、日本語ばかり話している最中にふと英語が飛び込んでくると一瞬頭の中が真っ白になってしまうことがあります。中途半端な状態で英語対応をするはめになってしまうのです。日本にいながら英語を習得することはかなりハードジョブであり、またそれができる人は凄いと思います。自分ならそれができるだろうか。。どれだけの時間がかかるのか、想像できません。人によって向き不向きがあるとは思います。ですが、オリジナルの環境を変えることはかなり難しく、それだけに自分に強くなければ達成できない高いハードルです。こういったウェブサイトの1ページにも、どれだけたくさんのアルファベットが使ってあるか改めて見てみると、その数に驚かされます。それだけ、今の日本国内でも英語を全く知らないとは言えなくなってきているのです。毎日の積み重ね、その基本的な作業が求められる勉強が英語ではないでしょうか。
2007年11月03日
オーストラリアの国内にあるどんな小さな道でも、必ず通りの名前があります。地図があって目的地の住所さえ分かっていれば、必ずたどり着くことができます。これはかなり画期的なシステムだと思います。同じ通りの名前が存在することはありますが、その地区名が違うので絶対に間違うことはありません。初めて行く所でも、人に聞かずとも行けるのは本当に凄いことだと思います。それに反して日本国内の地図はかなり大雑把であり、これだけ建物や道がたくさんあるにも関わらず何も分かりにくいようにできています。番地だけでは、だいたいこの辺りだということ以外予測不可能と言っても過言ではないでしょう。近所の人に聞いても分からないことが多いものです。ですからよく使われるのは、目印となる建物や看板、風景などです。考えたら、そんな状況で目的地にたどり着くことができたなら凄いことではないでしょうか。こればかりは、オーストラリアのように通りに名前をつけてくれたらいいのにな、と思わずにいられません。
2007年11月02日
話す英語と聞く英語と書く英語と読む英語。当たり前ですが、英語にも様々なコミュニケーション方法があります。自分が得意とするものはどれですか?全部!と言いたいところですが、やはり得て不得手はあるもの。私はどちらか選ぶとすると、話す英語がどうも苦手のようです。知識と口は比例してないことがあり、よく考えると知っていたということも、その場になるとなぜか度忘れしてしまうことがあるのです。それは緊張からだったり単なる経験不足だったり。。理由は様々でしょう。目にする活字は比較的時間的にも余裕があり、辞書さえあればこなせるもの。やはり一般的に無難な方法ではないでしょうか。しかし、最終的にはどれも均一に力をつけたいものです。
2007年11月01日
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