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先日近所を散歩していて幼稚園の庭に徹底的に枝打ちされたプラタナスの木を見つけ青空との美しい対比にスマホ写真を撮った。あとで見ると柱頭に装飾があり円柱の中部に少し膨らみがあるギリシャ建築のエンタシスによく似ていると思えた。ギリシャの神殿建築にみられる柱の飾りとしてドーリア、イオニア、コリントの3っの様式がある。ドーリア式が最もシンプルで皿を重ねたような形でイオニア式は渦巻模様を配したやや装飾的なもの、そしてコリント式はアーカンサスの葉をふんだんにあしらった装飾的な彫刻を乗せている。ローマ時代にはイオニア、コリント両様式を合わせ持ったコンポジット式(混合式とかローマ式とも言われる)というのも有るが、幼稚園のプラタナスはコンポジット様式か。アーカンサスは日本語では「葉アザミ」でギリシャ語で棘があることを意味する。葉アザミはギリシャの国花でもあるがwebで見る限り我々がよく見るノアザミとはちょっと違ってむしろ「ハナトラノオ」に似ている。いずれにしても切れ込みの深い葉っぱでコリント式の飾りは形と言い複雑な模様と言い我が国の火炎土器に似ている気がする。アテネのアクロポリスにはドーリア式のパルテノン神殿とイオニア式のエレクティオンがある。 パルテノン神殿 エレクティオンまたあの大英博物館本館はは見事な破風飾りを持ったイオニア様式と言える。 大英博物館のファサードとイオニア式柱頭パルテノンの屋根部分は破壊されており、破風飾りはElgin伯に持ち去られて"Elgin Marble"として大英博物館に収容されている。私が最初の訪れたとき(1967)には床に何げなく並べられていたが再訪した時(1984)には立派な展示室に収められていた。1970年代ギリシャの返還要求にたいしてBritish Museumでこそこの文化遺産は完全な形で保存されてきたし、これからもそうだとして返還を拒否したのでこうする必要があったのだろう。話を元に戻すと、何と言ってもコリント式が一番装飾的でローマのパンテオンが代表的である。パンテオンとコリント式柱頭我が国の建築物も明治大正期の洋館は装飾的であったが近年の再開発に際して保存機運が高まり、新しい建物の一部に旧館の面影を残す工夫がなされている。そのおかげで丸の内界隈には現在でもギリシャ式エンタシスが見られるところがある。丸の内界隈の建築を紹介しているブログ ”i’sTravel Diary"の写真を拝借して東京駅周辺にある3様のエンタシスを備えた建築を紹介する。日本工業倶楽部のドーリア式ファサード農林中央金庫とイオニア式柱頭飾り明治生命館とコリント式柱頭飾り少々大げさかもしれないが一本のプラタナスから思いついて調べた結果を記録した。余談であるが日産の高級車シーマのエンブレムもアーカンサスだそうだ。
2019.03.21
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3月に入って夫婦して体調が悪く病院以外にはほとんど外出できなかった。そんなわけで自分の体のケアに忙しく花壇の手入れなどしてやれなかった。それでも季節は巡っているらしく宿根草がいくつか花を咲かせている。中でも毎年待ち遠しいミニ水仙・テータテートの黄花が美しい、フランス語でT'ete-a-T'eteと綴るが英語のHead to headニ相当し、「内緒話」「男女の差し向かいヒソヒソ話」を意味するらしい。今花屋の店頭で見られるのはミニとは言えかなり大柄で高さ約20センチ位あるがもう20年近く我が家の屋外ベランダで生き続けているものは背丈10センチくらいでまさしく小人のヒソヒソ話に思える風情である。店頭では「チタチタ」などという可愛くないな名前で並んでいることもあるが我が家のそれは「コロボックルの内緒話」の名が相応しいくらい小さいく可愛いらしい。ちょっと残念なことはみな南に向かってヒソヒソ話をしているので居間から見ると花びらの裏しか見えない。まさしく我が家にそっぽを向いて談合しているみたいでちょっと憎らしい。あと数日で咲くソメイヨシノよりもはるかに素晴らしい色調の西洋サクラソウも咲いているが購入したなにかの鉢に付いてきたらしく珍しい白花サクラソウが一株だけ咲いている。これも何かにくっついて我が家にやってきたラン類縁の花が一株だけもう何年か住み着いている。我が家で今一番自己主張しているのはいろんな色のビオラ・パンジーの類。我が家に咲く花だけでもバラエティーに富んでいるが、web上などではまさしく百様百態というよりも千様千態と言いたいほどの競演である。これらはパンジーとかビオラとかの名で市販されているが日本語ではもっとあいまいで、すみれ族の無数の交配種を「三色すみれ」と呼ぶらしい。私は花弁が三色のものを「三色すみれ」と称すると思っていたがどうも違うらしい。人工交配初期のころは3種の花でも大変なことだったのでこの名を付けてしまったのだろうか、今ならさしずめ「万色すみれ」としたことだろう。蝶が待っている姿に似ているとか人が笑っている様だとかいろいろ言われているようだが確かにその紋様は変化に富んでいる。
2019.03.18
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ガラス工芸と言えばエミール・ガレに代表されるアールヌーボーの作品群とルネ・ラリックに代表せれるアールデコの作品群が有名である。先日練馬美術館で開かれている「ラリック・エレガンス 宝飾とガラスのモダニティー ユニマットコレクション展」を見に行ってきた。今回も練馬美術館がやってくれました。 廉価(2500円)で素晴らしいカタログが販売されているが例によって断捨離中のrakuten0811は購入せず、版権もあるので上の会告裏面の写真を拡大写真に撮ってここで記録しておくことにする。ラリックは最初アール・ヌーボー様式の宝飾デザイナーとして出発している。1900年のパリ万博でラリックのジュエリーの注目度は大きく話題を呼んだ。 ぺンダント:女性像とチュベローズの花(1898~1900) 扇と串:落ち葉 (1899~1900)獣角、金、エナメル20世紀にはいると服飾ファッションがボリュームのあるものからシンプルなラインを重要視するようになると大げさなジュエリーは流行らなくなる。そこでそれまで七宝やガラスを用いていたラリックは香水会社コティーの香水瓶を作るようになる。香水瓶:アンブルアンティーク(コティー社)(1910)型吹きガラスガラス工芸と言えば今も長いパイプの先に溶けたガラスを付けて空気で膨 らませる「吹きガラス工法」が伝統的であるが、ラリックは鉄の鋳物のように鋳型にガラスを流し込んで成型する手法を開発する。そしてコティー社と組んで数々の美しい香水瓶を世に出している。こうして大型で分厚い作品ができるようになると香水瓶を脱してテーブルセンターの飾り置物、スタンド、花瓶、時計の縁取りなどを手掛けてゆき現代にも続く工房を立ち上げている。テーブルセンター 火の鳥 (1920)透明ガラス 型吹き常夜灯 日本のリンゴの木 (1920)透明ガラス 型吹き日本のリンゴとはボケのことそのほか私個人の好みの物が多くあったがここでは記せない。興味深いのはあのベンツの先頭エンブレムのように昔の車のオーナーは自分でオリジナルのエンブレムを付けたそうだ。そしてラリックはガラス製のエンブレムを多く作っている。アールデコ(Arts Deco)の「デコ」って何だろうと思ったが1925年パリの万博においてラリックは一つのパビリオンをもうけ、多くの作品を展示して話題をさらったそうだ。そしてこの「パリ万国装飾美術博覧会(Exposition International des Arts Decoratifs et Industrials modene)」の略称 Art Decoが「アールデコ)のオリジンである。それにしても今回展示された230点以上のラリックの作品はすべてユニマットという企業の収集品だそうだが、申し訳なくも私はこの企業の名前を知らなかった。
2019.03.07
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