サリエリの独り言日記
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ノモンハンに出現したもの 軍隊あるいは企業といった組織集団において、日本人だけに特異的に現れるらしい心理的規制を考える上で、もう一つの事例を見てみたいのです。1939年の5月から9月にかけて起ったノモンハン事件のことです。従来満州とモンゴルとの国境紛争が、その後ろ盾である日ソの大規模な軍事衝突に発展したものとされ、それが関東軍の独断で行われたことや、結果日本側の惨敗に終ったせいか、「事件」という矮小化した呼称が用いられていますが、実態は戦車や航空機も交え、双方の死傷合わせて4万を超える純然たる戦争でした。 詳しい情報は他の本などを見ていただくとして、私が注目するのはソ連軍(赤軍)の総司令官ジューコフが戦後語ったコメントです。「私の戦った戦争で、いちばん苦しかったのはノモンハンだった」。「彼ら(日本兵)は戦闘に規律をもち、真剣で頑強、とくに防御戦に強い。若い指揮官たちは極めてよく訓練され、狂信的な頑強さで戦う」。最近分かって来たことらしいのですが、ソ連軍の死傷者数、戦車飛行機他の損害は、実は日本軍を上回るものだったらしい。とはいえこの時の戦訓が、その後のジューコフの祖国解放戦争において踏襲されたわけで、それは味方にどれだけ損害が出ても、とにかく人的物的総量を蕩尽して敵を押し潰すというものでした。第2次大戦中のソ連軍の死傷損耗率はドイツ軍の5倍と言われています。 したがってこのあたり、新しくロシア側から出て来た資料を根拠に、「ノモンハンは相撃ちだった、互角だった」というような評価の仕方は間違っている。日本軍が日本人特有の心理的規制に惹かれて「カミカゼ」を編み出したように、ロシア人もその特異的な在りように基づいて、勝つまでは際限なく兵士も兵器も蕩尽するという仕方で、軍隊を運用したのです。こうした特異性というのはアメリカ軍や中国軍他においても同様で、同じ軍事組織といっても総量や装備の質といった数値データだけで、世界各国の戦力を単純に比較するのは危険でしょう。それらは其々の組織集団に特有の文脈に添って運用され、各々別個の心理的規制を背負って戦っているのです。 戦争というのは国家権力にとっては、相手国の主権を「外側から手を突っ込んで改変しよう」とする政治目的達成の一手段に過ぎないのですが、実際の現場に立ち会う軍隊は、直接に死と向き合わざるを得ない結果、各国各集団組織の背負う特異性が、もっとも顕著に現れる容態なのかもしれません。 ノモンハンで私の興味を惹くのは、兵器装備で明らかに劣る日本軍の強さのカギが、現場下士官と青年将校に帰せられていることで、逆にジューコフの日本の高級指揮官に対する評価は、「決断力積極性ともに欠け、無能」と厳しい。この場合の現場下士官とは、想像するに蛸壺に潜み周囲の味方が全滅しても、頑として持ち場を離れず、肉弾の火炎瓶攻撃で敵戦車に立ち向かった兵士たちのことを言うのでしょう。 私は思うのですが、この時日本の兵士たちをそのように戦わせたものは、たんに厳しい軍事教練の結果だけではなかったろう、そこには、もっとはるか遠くから彼らを規制するものがあったろう、ということなのです。もし訓練の結果だとするなら、その訓練そのものが日本に特有なもの、一言でいえば「自己決定に先立つ何ものか」を、徹底して注力することにあったのではないか?旧陸軍の「内務班」というのは表向きの教練とは別個の、上官が絶対手出し出来ない「内輪」の組織を形成していたのであり、それはかつての日本社会に見られた青年組織の態様に準じたものであったでしょう。「絶対服従」と「私的制裁(リンチ)」は、こうした「閉じられた集団」に固有のもので、それは今に到るも、ある種の「運動部」や「企業集団」「宗教集団」に時折りみられる現象ですね。それが外からは手出し出来ない「内輪の集団」である結果、表向きの上官は「無能」足らざるを得なかったわけです。 もちろん兵士の訓練というのは、世界各国どこでも「自己決定、自己判断」を根こそぎ排除し、上官の命令には「絶対服従」という「主体性の奪取」から始める(S・キューブリックの「フルメタル・ジャケット」の前半を観て下さい)のでしょうが、その仕方や受け止めは、各国ごとにたぶん違っていたろう、と思うのです。早い話、「敵前逃亡」はどこの軍隊でも重罪とされ、現場士官が逃亡しようとした兵士をその場で撃ち殺すのは、どこでも認められているのですが、その実行の仕方は各国固有の現れ方をするということです。J・ロウの「スターリングラード」では、銃を持たない兵士も、「殺られた兵士の銃を拾って戦え」と一緒に突撃させ、逃げる兵士は後ろから機関銃で殺すというシーンがありましたね。これもキューブリックの「突撃」でしたか、突撃を拒否したフランスの現場将校(K・ダグラス)が軍事裁判で銃殺されるという話でした。 ノモンハンの兵士が強かったのは訓練や精神が、他国に比べて突出して優れていたのではない、「自己決定に先立つ何ものか」を意識せざるを得ない日本人固有の態様が、彼らを最後まで「持ち場に止まらせた」のではないか? というわけで、ふたたび「東日本大震災」の話に戻るのです。 これを考える場合、やはり逆にまた諸外国の人なら「ここで職務を全うして死んだなら、(「仕事を優先して、家族を捨てた」という意味で)きっと自分は後悔するだろう」と思うのではないか?しかし日本では「企業組織のために家族を犠牲にする」というのは、いまだ広く許容しているところがあるでしょう。ブラック企業の話ではありません。むしろ世間的に立派な一流企業ほど、そうした暗黙の「縛り」は大きいのではないか。これは上が命令するからそうなるのではなくて、そういう「構え」のほうが、一般の日本人の心には、今でも「収まりが良い」からです。それが証拠に、かつて大手銀行の頭取が自殺するということがあったでしょう。企業論理が家族に優先するというのは、今でも日本では普通に生きているのです(かたやアメリカでは、リーマンブラザーズのトップは暴落直前に自社株を売り抜けて、どこからもお咎めなしですね)。
2015.08.08
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