2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
全17件 (17件中 1-17件目)
1

旅行2日目(アディスアベバ)予定より1時間ほど遅れて朝7時半くらいにアディスアベバの空港に到着した。到着した日の日記にも載せたが、町中にこんな光景が。ちょうど小泉首相が私の前日にエチオピア入りしていたのだ。この後の滞在で多くのエチオピア人からこの話題を出されることになるわけだが(笑)、総じて彼らは日本には好印象のようである。「お財布」以上の存在に映っていることを願っているが・・・。相方のアパートに荷物を置いてしばし休憩の後、外へ出た。市内で我々がとった移動手段のほとんどは乗り合いタクシーに近いが始点と終点は定まっているミニバス。乗車は1回1ブル(約13.2円)。10ブルとか20ブルとかすぐかかってしまうタクシーに比べれば格段に安い。難点は大勢の人が乗り合うためか、ダニの宝庫になりやすいというところである。こういうところからも虫除けは必須アイテムである。途中、道路標識を作っている工場のような建物を発見。なんかわかるようなわからないような・・・。真ん中の方にある手をぴしっと挙げたやつは、「この標識がある場所では必ず挨拶をしなければならない」なんて想像を勝手にしていたが、後にこの標識があるところでのドライバー達の動きを見ていたら単なる「一時停止」のようだった。そしてTさんのお宅へ向かう。彼は日本の大学のボクシングサークルの先輩であった。現役時代はスタイリッシュなボクサーで、大学から始めたとは思えない才能を発揮して勝星を重ねていった。青年海外協力隊で3年前にこちらに来て以来、任期が満了しても住みついていらっしゃる(一部語弊あり(笑))4年ぶりくらいに再会するTさんはそのヒゲから喫茶店のマスターのような風貌であったが(笑)、なんだか若返っていたなー。昔の話やこれからの話に花を咲かせながら、エチオピア人の彼女が作ったという極上料理を振舞ってくださった。下地になっているのが言わずと知れた主食のインジェラであり、かかっている具がワットという辛いスープのような料理。卵も味がしみていておいしかったー。これはティブスという羊肉の炒め物といった感じの料理。かなりお気に入り。酒が飲めない私はのどが渇けばもちろんこれ!ほ~ら、アムハラ語がわからないあなたにも読めたでしょ?普段は炭酸飲料をあまり飲まない私であるが、旅先ではなぜだか飲んだりする。選択肢がないからという噂もあるが(笑)。食後は茶道ならぬ珈琲道。エチオピアの一般家庭で普通に行われているcoffee ceremonyである。豆を炒るところから始めるなんて、手間をかけた贅沢の極みだ。正直に言って、これまでの人生の中で飲んできたコーヒーの中で一番おいしかった・・・。濃すぎず薄すぎずブラックで飲んでもこんなにまろやかな味は生半可では出せないだろう。Tさん、A、本当にご馳走様でした!!Tさん宅を離れて向かったのが開発関係のお仕事でご家族でこちらにこられているKさん宅。ここでエチオピアンダンスのレッスンが開催されるのである。先生は地球の歩き方のエチオピア部分をほとんど執筆され、日本人でありながらエチオピアのテレビにもダンスで出演するほどのものすごい腕前であるYさん。濃密なレッスンで私が習ったのはウォンロとグラゲという2種類。初めての私がいるということでYさんはお手柔らかに教えてくださったが、これがまたものすごい激しいダンスでありかなり面白い!余裕がなさ過ぎて写真など一枚も撮れなかった(苦笑)。気付けば酸素が足りなくなっていった・・・・。薄れる意識の中で、飛行機で1日がかりで今朝この国についたばかりだったのを思い出す。(疲労+寝不足+エコノミークラスなんとやら+標高2300mの高地)×激しいダンスそりゃ、あんた・・・その後、真っ白な顔のままKさん宅でお食事をご馳走になり、かくしてエチオピア初日は過ぎたのだった。え?明日は5時起きでまた飛行機に乗るの・・・?
2006/04/30
コメント(0)

やってきましたアフリカへ。札幌→香港(3,431km)香港→バンコク(1,689km)バンコク→アディスアベバ(6,748km)もう疲れた・・・(苦笑)。まさに一日かかりだった。しかし、ご当地の至るところ見られるこんな風景に「俺って歓迎されてるんじゃん!」と疲れもふっとぶ。ここで鋭いツッコミを入れられるお方は相当の国際派ですな。そう、私のE国入りのウォームアップとして昨日、日本の首相もこの国に訪れているのだ。まあお目にかかることはないだろうが(笑)。ここに来るまでもネタはいろいろあったのだが、今日はこれから大学の先輩Tさん宅にランチへ行き、その後はなんでかこの国のダンスレッスンを受けに行くことになってしまった・・・。いやあ、ダイアルアップってやっぱり遅い(笑)。。。明日からはインターネットの届かない世界に旅行に出かけるので日記の更新もできなくなると思うが、とりあえず現着報告でした。
2006/04/30
コメント(4)

旅行初日(札幌→香港→バンコク→アディスアベバ)札幌からのフライトは夕方であった。背中には20kgの大リュック、前には10kgの中リュック、そして肩掛け。もう若くないんだからこんなバックパッカー姿からは卒業したいのだが、やはりこのサンドイッチが落ち着く(笑)。札幌千歳空港に国際線があるとは今回航空券を買うまで知らなかった。ゴールデンウィークだというのに人が多くなくて手続きもスムーズ。同じ頃の成田は人出はすごかったんだろうな~。やはり東京(首都圏)は人が多すぎるのだ。なんとかして人口を分散できれば都会のストレスはかなり減るんじゃないかなー。一極集中による効率性が失われてしまうのは厳しいのかもしれないが・・・。なんて考えながら国際線の出発ゲートに進もうとしたら、荷物チェックの入口はなんと1つしかなかった。やはり人が少ないから規模も小さいんだな。出発前には千歳空港から発つ地の利を生かしたお昼ご飯を。予想される海鮮とのしばらくのお別れを思い、目を閉じうなずきながら味わった(笑)。そしていよいよ飛行機搭乗というその時、あることに気付いた。「両替まったくしてないよ~!」エチオピアにいる相方の情報によると、現地では日本円からエチオピアブルに直接両替することは困難であり、あらかじめ米国ドルを持ってきた方がいいということであったのに・・・。しょうがなく、経由地の香港で両替することに。(香港の空港内にある両替店にて)私:「この日本円をアメリカドルに両替してもらえますか?」店員:「ええ、いいですよ。ただし、日本円をまず香港ドルに両替し、その香港ドルをアメリカドルに両替するというステップを踏む必要がありますがよろしいですか?」えぇぇぇぇぇぇーーーー!?外貨両替というのは基本的にすればするほど手数料で損する仕組みである。日本円→香港ドル→アメリカドル→エチオピアブル・・・・二手先三手先まで読んだ上で負けを覚悟した棋士のような心境であった(涙)。とりあえず差し当たり予想される出費だけアメリカドルに両替しておいた。インドルピーでもベトナムドンでもまず円をアメリカドルに代えるというワンクッションの経験をしたことがあるが、不要なツークッションだったなー(苦笑)。まあ、1ドル=約130円は高かったがいい勉強になった。香港からはバンコクを経由するものの、同じ飛行機でそのままエチオピアの首都、アディスアベバまで飛ぶというだけあって、客層の大半はアフリカ人になった。席に座る前から「ジュースをくれ!」とスチュワーデスに駆け寄り困らせている人や、自分の席とはぜんぜん違う場所に座って怒られている複数の人達、上の荷物入れに自分の荷物を入れるために人の荷物を勝手に出している人など、辺りは無法地帯になっていた(笑)。なんだかわからないが、「ああ、俺はアフリカに行こうとしているんだな」とわくわくしてきた!周囲の人達の話を聞いていると必ずしもエチオピア人というわけではなく、周辺のケニアやタンザニアやウガンダの人たちも多いようだ。実際、私の隣に座っていたのもビジネスで香港を訪れていたガーナ人の会社経営者であった。携帯電話や自動車のパーツを輸入しているという。この2つはアフリカにおけるビジネスでも重要な位置を占めていそうだなー。こうして周囲の騒々しさをBGMに数冊の本を眺め、3本の映画を観て、少しばかり仮眠をとると、飛行機はアディスアベバに到着していたのだった。
2006/04/29
コメント(0)
というわけで明日アフリカの地へ向け出発する。私にとって日本を離れる空港は成田、名古屋に次いで千歳の空港が3つ目だ。国際線への玄関もどんどん増えてるんだなあ。E国は私の12カ国目の旅行(滞在)先となる。この12カ国には、これまでの旅行でトランジットのために降りたことはあるタイ、ロシア、シンガポール、カナダ、そして今回の香港は含んでいないが、空港に入るだけでもその国の雰囲気を感じることができて面白い。E国へは千歳はおろか成田からでも直通便はなく、今回は香港経由になるか、関空-ドバイ経由になるかの瀬戸際であった。ドバイ経由の方が格段に安かったのだが、残念ながらキャンセル待ちの状況から脱することはできなかった・・・。最近はドバイも観光ブームなんだな~。直通がないのは面倒だが、経由をするのも何かの縁。というわけで、香港かドバイか決定する前からそれぞれの地に住む友人との束の間の再会を願ってメールをしていた。ドバイの方は正確には近隣のバーレーンに住むエジプト人のA。彼はドバイの巨大病院設立プロジェクトに参画しているため、ドバイには頻繁に足を運んでいるということで、今回も「Hideが来るなら(文字通り)飛んでくよ!」と言ってくれていた。そんな嬉しいことを言ってくれていたのだが、また次の機会に!!(Aとのエピソードは過去日記を参照:エジプト人の先輩とチャットで再会!:やはり先輩は偉大だ )香港におわすは大学時代の友人、J。正確には覚えていないのだが、国籍は確か香港系オーストラリア人だったような・・・。Jはこれまで私が出会った人々の中で最高に優秀な男である。世界中を渡り歩き、何ヶ国語も操り、投資で稼いだお金で日本に一年間の留学をしに来ていた時にはすでに日本語も堪能だった。留学する前は教科書を読んだりしていただけだというのに・・・。J:「僕はね、誰がどの日にどんな服を着ていたかとか、そういうことをずっと覚えていられるんだよ。この記憶力は努力で得たものではなく、与えられた力なんだと思う」そんな彼のセリフを覚えているのは私の記憶力のすごさか(笑)!?いや、それだけ衝撃を受けたのである。自分の能力を自覚しながら結果を出し、それでいて謙虚な姿勢を持ち続けることに尊敬する。サッカー好きなスポーツ万能タイプで、ブルースリーで有名な格闘技、ジークンドーを習っていたという。それでも彼の滞在中に少しだけ教えたボクシングでは本物の違いを見せつけた(←大人気ない意地っ張り)彼が日本を離れた後もたまーにメールで連絡を取り合っていたが、現在は政府関係の仕事と企業のファイナンス関係の仕事という、常人ではあり得ない二束の草鞋を履きながら超多忙な日々を過ごしているということだ。あまり詳しいことは書けないが、政府の幹部の中でも最年少だという・・・。やっぱすごいわ、あいつは。いろんな経験を直接聞いてみたい!!行きの便はたった2時間のトランジットであるが、帰りの便は夕方に香港に着いて、翌日の朝に出発というスケジュールであり、夜ご飯くらい食べられそうだ!あわよくば宿も・・・・(笑)。そんなJも束の間の再会に前向きに反応してくれ、ぜひ会おうという方向になった。だが、タイミング悪く彼のアメリカ出張が重なってしまった・・・(涙)。しかし、彼のここからのフォローがすごかった。まず、空港へのアクセスが良くちょっとした観光もできる最高のロケーションにあるホテルを予約してくれた。その後、限られた時間を最大限に活用するための詳しい観光アドバイスメールをくれた。徒歩、電車、タクシーなどの移動時間、およその値段まで書いてある!長い英文メールは一見すると難しいトイックの問題のようである(笑)。でもこの優しさはやはり嬉しい!!正直、帰途の最後の1日のわずかな時間にそれだけ活発に動けるか自信はないが(苦笑)、プリントアウトしたこの「1人未来日記」を遂行できるように楽しみながら頑張りたい。AもJもまたの機会に必ず会おう!!!さあて、荷造りを。遠足はパッキングを開始する時から始まっていますからね~・・・。
2006/04/28
コメント(0)

アフリカE国への出国へ向け買出しの日々が続いている。現地に生息する、本籍地を共にするボスからの指令は容赦ない。ゴキブリホイホイとかパイプスルーってのは文明の利器なんだなあ。ものすごい偶然であるが、かの地には私の大学時代のボクシングサークルの先輩Tさんも住んでいる。今回はすでに何年もE国にいて現地の言葉を自在に操るというTさんと再会できるのも楽しみだ。最近もらった彼からのメールにはこうあった。---------ぜひ、遊びにきて下さい。先日、イースターの日に、羊を一匹殺したので、現在、食しきれない量の肉があります。食べて。---------あの~、本当に日吉のリングで共にボクシングの練習をした先輩のTさんですよね(笑)?家庭で羊を一匹調理するのが普通なのか、そして私が到着するまで鮮度が保たれているのかなど、謎と不安は尽きないものの、ともかく楽しみだ。さて、新たな出会いや再会が待ち受ける旅行は非常に楽しみなのだが、わずかな期間であっても日本を離れる寂しさはやはりある。その理由は・・・・・寿司寿司無しの生活が続くのは間違いなく辛い(笑)。。。というわけでここでは今日撮影した分も含め、最近ため込んでいた寿司写真を紹介したい。まずは、あおりいか、やりいか、するめいかのイカ3種。恥ずかしながらどれがどれだかわからないが(笑)、一口にイカと言っても奥深い。釧路産のトロさんま。さんまやいわしといったヒカリものは大好きだが、こういううますぎるのを食べちゃうと危険だ・・・。こちらの軍艦は細かく刻まれた白身魚とネギの上にとびっこがのせられたもの。こーいうの大好き。ほたるいかの軍艦。酒が飲めないくせにこういう酒のツマミ系に目がない・・・。左が煮ホタテ、右が「時しらず」と言われる白鮭。トリビア的には、鮭は本来秋に捕獲されるが、時を知らずにして「春に取れる鮭」がおり、その時期にとれる鮭が【時しらず(時鮭)】と呼ばれるようになったということである。とろけた~。違う店の「活ほっき」を二品。北海道に来るまでは、「ほっきは基本的にボイルされているもの」という認識であったが、活ほっきの鮮度と歯ごたえに感動した。今度は違う店の穴子を二品。昔からウナギより穴子の方が好き。特に今日食べた下の穴子は表面少しカリカリ中がしっとりジュワ~としていて最高だった。最後を飾るのは本マグロの赤身。トロもいいけど、赤身のいいところも文句なしにうまい!!うん、やはり寿司は日本を代表する文化だ!いかん、この地を離れるのがまた辛くなってきた・・・。
2006/04/26
コメント(10)
東京に飛んで友達の結婚を祝ってまた札幌に飛んで帰ってきた。結婚式は何度出席しても嬉しい気持ちにさせてくれる。Nよ、末永くお幸せに!それ以外にも家族の誕生日を祝う食事会や小学校のミニ同窓会(オフ会(笑)?)、大学時代や留学時代の友人との再会など、今回も盛り沢山で充実した帰京であった。帰りの飛行機の中では、「孤独を生ききる」(瀬戸内寂聴)を三分の一くらい読んだ。今週末に向かうアフリカへの長い旅路の友にとこの滞在中に買った本なのに・・・(苦笑)。「人間は生れて死ぬまで孤独な動物だ」(まだ読んでいる途中であるが)著者の首尾一貫したこの主張は正しいと思う。そしてそういった孤独は日々の生活で感じる形而下的な不幸(別れ、挫折など)に起因することが多い。だからこそ、因果を見つめることで自分が感じる孤独と向き合うことが解決となることもある。「どんな苦しみでも悲しさでも、人間は、生きて耐えていたら、いつの間にか『時』が薬になって少しずつ癒してくれるものなのです」我々に与えられた「忘却」という能力が「神仏の劫罰なのか恩寵なのか」は私にもわからないが、著者が「日にち薬」と呼ぶ、時間の持つ作用も我々にはかけがえのないものである。なんて、前半から奥深く考えさせられる本であるが、続きは今度こそ旅路で読むことにしよう。人生が本質的に孤独だということを受け入れることも大切だと思い始めているが、私が今とっている人生への態度は対極にあると言えるかもしれない。つまり、自己の孤独を見つめる作業よりも他者への関心を広げて掘り下げる作業に意義を見出している。私の人生の愛読書であるドイツ強制収容所の体験記録『夜と霧』その作者である精神医学者、V.E.フランクルは別の著書、『「生きる意味」を求めて』でこのように述べている。「生き残れるかどうかは、この苦しみ、この人生が『何のためのものか』という方向性、あるいは『誰のためのものなのか』という方向性を持っているかどうかにかかっている」言い換えれば、「あなたを必要とする何か、あなたを必要としている誰か」に気付けるかどうかということである。この『自己超越性』こそが私の生きる活力、人生に対するモチベーションと言っても過言ではない。人生の孤独と向き合うこと、そして、他者との交流を通して自己超越性を感じること。この両者は決して矛盾する関係にはないと思う。自己と他者、両者との対話をこれからも大切にしていきたい。
2006/04/24
コメント(0)
手帳を見ると、明日の深夜から来週の日曜にかけてこんな動きとなる札幌(現在地)→東京(友人の結婚式)→札幌(仕事)→香港(経由)→アディスアベバ(アフリカE国の首都)いくらなんでもこの予定はオンリーワンでしょう(笑)?奇しくも私の滞在中に小泉首相がE国を初めて訪問するらしいが、決して怪しい者ではございませんので空港で尋問とかしないでください(苦笑)。片道1日という苦行に耐えられますように・・・。それではまず友人の幸せを祝ってくるぞ!
2006/04/20
コメント(2)
難しいことは苦手である。そんなわけで私のモットーはビジネススクールのマーケティングの授業で学んだ『KISSの原則』。すなわち、「Keep It Simple and Short!(わかりやすく、サクっといこう!)」しかし、気付けばどうしても理屈っぽくなってしまう・・・。「この場合○○という言葉の定義は何ですか?それは~~ということを前提としているのですね?」性格もあるのだろうが(苦笑)、これもやはりビジネススクールでケーススタディをやりながら叩き込まれた考え方なのかもしれない。定義(Definition)とか前提(Assumption)を明確にした上で議論のベースを一致させることを無意識に始めてしまうようになった。感性を大切にしなければいけない場面ではうっとおしいな~、このアプローチ(苦笑)・・・。これからもいろんなジャンルの方々と語り多様な考え方を知ることで、理詰めと感覚のバランスを上手にとれるようになりたいものだ。幸運なことに、私は人生の師とも言うべき多くのメンターの方々に囲まれており、悩みにぶつかるたびに豊富な人生経験からの含蓄あるアドバイス・言葉を頂いている。自分を啓蒙してくれる言葉との出会いは本や雑誌、新聞を通じてのこともしばしばである。個人的に頂いた言葉の数々は残念ながらここで紹介することはできないが、先日の日経新聞(2006.4.17付)のコラムで素晴らしい言葉を見つけたのでこれを紹介したい。以下はお茶の水女子大学の耳塚寛明教授が「大学生になった君たちへ」という題名で書いたコラムの一節である。------------君たちの前に、普遍的で絶対的な知識など存在しない知識とは、自然現象であれ人間や社会であれ、誰かがなにがしかの方法によってそれを観察して切り取った、世界観の断片に過ぎない間違った知識もあれば偏った世界観もある疑うことから始まる------------なんとも前向きで素晴らしい「疑いのススメ」ではないか!我々が学ぶ課程には「これはこういうものです」という既成事実、原理を覚えるという作業が多い。そういった、「とにかく覚えるべき対象」や「世の中の常識」を無批判に受け入れることにちょっと待ったをかけてみようというのである。この考え方は、私が留学中にEmerging Technologiesの授業で学んだ、「我々が持っている『常識』の背景と変化の可能性を掘り下げるべきだ」というスタンスと同じ方向性を持っていると言えるだろう。結婚って何?ビジネスって何?医療って何?身の回りには深遠なテーマになり得る常識がごろごろ見つかる。( 2005-03-10- 「常識」とは移り変わるもの?:文化、時代、そして技術が我々の考え方を変える参照)そうは言っても、身の回りの常識をすべて疑ってかかってしまったら心身共にもたないだろう(笑)。ここでもまた、建設的な疑いを持つ対象の範囲やタイミングなどのバランス感覚が大切なのだと思う。こういった思考活動は絶えず循環している感覚がするな~。答えは見つからないのだが、人生自体が無限の不思議に満ちていることを実感させてくれる。うーん、なんだか話が難しくなってきた。。。(→一行目に戻る)
2006/04/19
コメント(2)
友人が奏者として出演したクラッシックコンサートを鑑賞してきた。ピアノのソロ、連弾、ピアノとソプラノ歌手の共演、ピアノとヴァイオリンの共演、そしてピアノとトランペットの共演というバラエティ豊かな演奏、歌唱の数々を楽しんだ。友人の『トランペット協奏曲』は迫力あったなあ~。普段見る顔と違うのでなおさらかっこよく見える。ヴァイオリンとピアノによる『ヴァイオリンソナタ』は激しくも悲しい音色であった。パンフレットを読むと、第二次世界大戦の最中にレジスタンス運動に傾倒していた音楽家プーランクの反ファシズム精神が表現されているという。作者のメッセージや時代性を音楽は伝え続けるのだ。音楽は大好きであり歌うのは小学校の授業以来ずっと好きである私も、楽器はまったくできない。たて笛でも相当苦しんだ・・・。高校時代は音楽の時間にギターの弾き語りで尾崎豊の「Oh My Little Girl」やビートルズの「オブラディオブラダ」を熱唱したが、コードを最後まで体得できずほとんどアカペラだった(苦笑)。だからなおさら楽器を演奏できる人を尊敬する。いや、楽譜を読めるだけですでに私の尊敬リストに入ることになる(笑)。パンフレットで今回の演奏者・歌唱者の経歴を見るとさすが札幌の音大を卒業した人が多いようだ。幼い頃からピアノを習い、コンクールで受賞し、外国への留学経験者も少なくない。これは本人の才能や努力もさることながら、親御さんの相当な頑張りがないと無理だろうなあ。しかも、プロとして食べられるようになるにはものすごい険しい道のりであると思う。同様のことがスポーツ選手にも言えると思う。スポーツにも才能、努力、そして精神的、経済的なサポートが必須である。しかし、プロで食べていくとなるとそれはごく一部の選ばれし者にしか許されない。めでたくプロ選手になれたとしてもその中で成功できる人はさらに少ない。私は、プロスポーツの中でもっとも「それだけで食べていく」率が低いのではないかと思われるプロボクシング界にわずかな時間であったが身を置いた。選手の中には当時の私のような学生や会社員もいたが、ボクシングを生活の中心に据えアルバイトで生計を立てる人がほとんどであった。デビューしたての四回戦ボーイならともかく、日本ランカーや日本チャンピオン、世界ランカーになってもアルバイトや仕事を続ける人がほとんどであった。。。そして数々の先輩・後輩達のプロデビュー、引退を間近に見てきた。プロスポーツの選手寿命は概してそんなに長いものではないと思うが、中でもボクシングはその特性ゆえ、極端に選手生命が短いスポーツである。理由としては自分の才能に限界を感じる、網膜剥離などの肉体の限界を迎えるなどを挙げることができる。限界まで挑戦し切れなかった後悔は残るが、私も前者であった。もっと突っ込んで言えば、現役中、そして引退後のプロボクサーの地位が不安定なこの業界に長くいることはできないと判断したのである。こんな打算的な考えをする時点でアウトなのかもしれないが(苦笑)・・・。プロボクサーには17歳からなれるが、30代になるとその数は激減する。つまり、引退した後の人生の方がずっと長いのである。プロスポーツの振興のためには選手の地位を確立するだけではなく、第二の人生をしっかり歩める枠組みの構築が必要であろう。実際、あれだけ苦しい練習に耐え高い集中力を発揮するボクサー達であれば、懸ける対象が見つかりしかるべき教育を受ける機会があれば組織でもものすごいパフォーマンスを発揮するのではないかと思う。今日の日経新聞(2006.4.16付)には、人材派遣会社のパソナが日本プロスポーツ協会と組みプロスポーツ選手の引退後のキャリア形成支援を行うという記事が載っていた。キャリア形成の意識を高めるだけでなく、パソコンの使い方やビジネスマナーの講習も行うという。(記事の概略は こちらから)優秀なアスリート達を輩出することができる土壌形成にはこうした後方支援が大事になってくるのではないだろうか。この動きがプロスポーツ界全体の活性化につながることを切に願っている。
2006/04/16
コメント(0)
このブログにおいて直接仕事のことは題材にしたことはないし、これからもそれはしないだろう。ただ、ぎりぎりセーフ(だと思う)嘆きを少々(笑)。業務上複数のパソコンを使っている。しかし、その複数のうちにOSがWindows NTのパソコンとマック(OSは新しいらしい)のパソコンがある。NTはバージョンが古すぎてエクセルの使い勝手など厳しい・・・。細かい話だが複数のエクセルファイルを開いててShiftキーとTabキーを押しながら切り替えができないのはかなり痛い。マックは単純に使い勝手がわからなすぎる。マウスに右クリック、左クリックの区別がないのが一番辛い(苦笑)。う~む、同じパソコンでもOSが違うとけっこう違うものなのね。アメリカにいたころは、+や@の位置など日本のPCと微妙に違うキーボードの配列に苦労したがすぐに慣れたものだ。また、日本から持って行ったパソコンもOSをWindows MEからWindows 2000にアメリカで入れ替えた。すると、キーボードの見た目は日本仕様の表示で実際にはアメリカ仕様の結果が打ち込まれるという大混乱が生じたのだがそれもなんとか乗り越えた(笑)。でも帰国してから会社でまた逆転の苦しみを味わったけど・・・。自分のパソコンも日本で新たにしたので今ではすっかりアメリカ仕様の配列は忘れてしまった。この混乱は場所が変わるたびに一生続くかもしれない・・・。統一してくれないかなー、会計基準と一緒に(笑)。さて、現在のケース、マックはかなり違うものなので使うところだけはなんとかなるが、NTの方は古い様式を「新たに」覚えなくてはいけないことに疲れを感じてしまう・・・。さらには、気付けばキーボードの入力様式がローマ字からカナ打ち(日本のパソコンのキーボードに表示されてるひらがなです)になってたりするし・・・・。はい、ここでつぶやきはストップ(笑)!自らが環境を理解すること、適応すること、変えること、いろいろな必要性を勉強できてるなあ。よし、これでちょっと後ろ向きなつぶやきが「前向きな気付き」に転化した!決して愚痴ではございません(笑)。
2006/04/14
コメント(0)
上中下巻の文庫本3冊を大人買いした「ダ・ヴィンチ・コード」を一気に大人読みした。あれ、この表現正しい(笑)?これから読む人のためにもネタばらしはしないが、フランス、イタリア、イギリスを舞台にキリスト教世界に潜む謎が芸術作品を巡って展開される、スピード感&うんちくに満ちたなかなかの秀作であった。ちょっとノリが「24」とかぶって感じたのは私だけ??その話はさておき、ルーヴル美術館のモナ・リザこそ生で見たことがあるものの、ミラノに行った時は予約が満杯で「最後の晩餐」を見ることができなかったし、イギリスに行ったことがないのでウェストミンスター寺院も未踏である。改めてヨーロッパを旅したいなあ。私がこの小説で一番心に残ったセリフはこれである。(ネタばれにはならないはず!)「人が無謀なふるまいに及ぶのは、欲するものを得ようとする場合よりも、恐れるものを取り除こうとする場合の方がはるかに多い」決して前向きな内容ではないが、既得権益を守る人間のパワーをうまく言い表していると感じた。小説はあまり読まない私であるが、推理サスペンスものとなるとなおさら読む数は少ない。この手の本を「ダ・ヴィンチ・コード」の前に最後に読んだのは、高校時代に試験前に行った図書館での「休憩時間」に読み始めて最後まで読んでしまった江戸川乱歩のおっそろしい明智小五郎シリーズ作品以来じゃなかろうか。試験勉強中の図書館ではけっこう本を読んでた気がする。山田詠美、吉本ばなな、向田邦子といった、それぞれ違った個性が光る女流作家が好きだったなあ。現実逃避のパワーってものすごいんだと実感した時間でもあった(苦笑)。今回も本を読むという作業をまた見直すことができてよかった。自分がとうてい経験できない世界を活字で追うというのはものすごい想像力を養うトレーニングにもなる。映像だけに頼ってはいけませんね、やはり。というわけで、睡眠時間が削れるのはちと辛いけど、いろんな本を読んでみるのも楽しいなと新鮮な発見をしたのであった。おかげで今日は寝坊してヒゲも剃れずプチ泥棒状態のままぎりぎりセーフだったけど・・・。明日はいかんぞ、真泥棒になってしまう!
2006/04/12
コメント(0)

女性ファッション雑誌『CLASSY』の2006年5月号を買った。そうそう、若さあふれる男性の私にも大人のコーディネート力は大切です。「M&Aの基本」(日経文庫ヴィジュアル版)と「CLASSY」の二冊を買う若き男性なんて日本中眺めても自分くらいじゃなかろうか・・・・。いえいえ私用ではございません(笑)。この本には、私の留学中の日記でも再三登場されているワシントンDCで大変お世話になったファッションライターの大御所(って表現怒られるかな(笑))、Rさんの記念すべき復帰作品が収められているのである!しかもいきなり特集で!復帰おめでとうございます!!自らの感性と情報収集力を駆使し、流行という見えざる何かを具現化し発信する能力。かっこよすぎます。レイアウトだけでも、モデル、服だけの写真、文章、商品情報など沢山の要素があり、キャッチコピーも随所に光る。内容についての具体的な話はファッション・芸術音痴の私にはとてもできはしないが(そもそも女性ファッション誌だし(笑))、限られた紙面に込められたたくさんのメッセージを垣間見ることができたと思う。このように興味を持って楽しく読むことができたのも、Rさんが読者モデルのコーナーを担当していた初期の頃の苦労から、今回のような特集を構成する流れ、忙しさのピークのエピソードまで、アメリカ滞在時代にその体験談を直接教えて頂いたからであろう。実際、私の興味の広げ方は「人」を通してだとつくづく思う。何か新聞記事を読んでいても、「お、この企業ってあいつの勤めてるとこだよな」とか「ネパールの政情不安で夜間外出禁止令が出たみたいだけど、クラスメイトだったネパール人Pの家族は大丈夫かな」など、注目のきっかけは個人であることが多い。自分の興味が広がっていけば、喜びや悲しみ、不安や期待も果てしなく拡大していく。自分1人だけの人生を生きるよりもずっと幸せだと感じると同時に、自分自身も周囲の人の興味を沸かせるような、人生を豊かにできるようなそんな生き方ができたらいいなと思う。キワモノキャラは避けたいものだが(苦笑)。
2006/04/10
コメント(6)
メンズエステで脱毛をしてきた。 この一言で驚かれた方は私を知っている人だろう(笑)すね毛が気になるお年頃だからではない。ヒゲ脱毛というやつを体験してきたのだ。 私は三度の飯よりヒゲが濃い。いや、1日2回ヒゲを剃らないといけない父よりはましなのだが(←遺伝かい)、1日に1回は剃らないとジョリジョリしてくる。昔24時間勤務をしていた頃、仕事終わりには「お、泥棒がいるぞ!」と同僚からツッコミを受けていた。。。海外旅行中はヒゲを放置するのだが、学生時代に2度行ったインドでは1回の旅行で現地のインド人に3回ネパール人と間違われた。 確かにアメリカ留学中はネパール人のクラスメイトと仲良かったけどさー。(参照過去日記:2004-10-24- 多国籍チーム大健闘!:最後までヒンドゥー語は理解できず・・・・) いや、私のヒゲ脱毛への動機は泥棒やネパール人と間違われたくないからではなく、毎朝の処理がひじょーにめんどくさいからである。シャワーを浴びて、ニュースを見ながらご飯を食べ身支度をする忙しい朝の貴重な時間をヒゲ剃りに費やすのはけっこうしんどい。きっかけは一枚のダイレクトメールであった。「Men's TBC ヒゲ脱毛 1万円割引お試しキャンペーン」通常1万2千円のコースが2千円で受けられるという。これで毎日のヒゲ剃りから解放されるなら安いじゃん!TBCと言えば大手だから心配はそんなになさそうだし、2千円なら効果がなくても笑って許せるしやってみるか。それにしてもなんでこんなピンポイントなお知らせが・・・・(苦笑)。よく葉書を見ると私の加入しているカード会社のマークが切手の位置に。なるほど、カード会社が自社の顧客の性別・年齢などのデータを元に広告代理業を行っているというわけか。でもこれって今のご時世許されるのか?まあ、今回の主題ではないのでこの話はおいておいて、ともかく予約をして札幌のMen's TBCに行ってみた。 雑居ビルの6階に位置する店舗はこじんまりした感じ。まずは面談ということで、男性スタッフに今回の脱毛の方法の説明を受けたり希望の部位などを聞かれたりする。なるべくヒゲの伸びた状態で来て欲しいというので今朝は剃らずプチ泥棒状態(笑)。男性スタッフ:「(毛根の図を指差しながら)この毛根の一番根っこにある毛乳頭を破壊しなければ毛は再生します」ふーん、なんだか皮膚科の授業を受けているようだが、要は単に剃ったり抜いたりしても効果は一時的だということか。今回やってもらったニードル脱毛法は、毛穴ほどの細い針を利用して脱毛していくもの。まず、毛穴にこの針を指し込み、毛穴に電気を流す。次にこの電気で毛根を死滅させ、生えている無駄毛を掴んで脱毛する。そして一本一本つまんで脱毛していく。 レーザー脱毛よりも歴史のある、確実性の高い永久脱毛として長く利用されているそうな。脱毛にもいろんな技術があるんだなー。また1つ、これから役立つか不明なトリビアが増えてしまった(笑)。 一方で育毛や植毛に関しても様々な技術、薬品が市場に出回っているのも逆説的な感じがする。ここで一句「世の中に いる毛 いらぬ毛 せめぎ合い」部位は鼻の下とか口の周りとかアゴ周辺とかいろいろやってもらいたかったのだが、今回のお試しは17分一本勝負ということで、わずかな場所しかできないという。向こうも商売だしそういうとこは小出し作戦でくるな、さすが(笑)。じゃあしょうがない、というわけで鼻の下の部分を希望してみた。さて、ベッドに横たわり施術(?)開始。高周波が目に入らないようにとアイマスクをつけさせられ、ホースのような機器が鼻の下に近づき、ヒゲが一本引き抜かれた。 「いてぇ!!!!」 ほんと、涙が出てきた・・・。この痛みはなんというか、普通に毛抜きで眉毛とか抜く時の痛み + 短い毛を引っこ抜く時の痛み +口の周りの敏感な部分の毛を引っこ抜く時の痛み + 電流の痛さとでも形容すればいいのだろうか・・・。叫びこそしなかったものの、明らかに痛がっている私をみてスタッフは聞く。 男性スタッフ:「大丈夫ですか?鼻の下は敏感だからちょっと痛いかもしれませんね。別の場所にしましょうか?」私:「いや、大丈夫です。このまま続けてください」「ちょっと」じゃねえよ!と心の中で思いつつ、このままでは引き下がれん!という元プロボクサーのプライド(いや、痛いのはやっぱり嫌いです)が作動し続行を希望した。この後の17分間は拷問以外の何ものでもなかった・・・。その昔、後楽園ホールの地下の医務室で試合後に麻酔無しで眉毛と目の間を5針縫われた経験があるのだが、正直、それよりも痛かったような気がする。。。まあ、あの時は体中痛かったのでわけわからなかったのかもしれないけど(苦笑)。さて今回の話に戻ると、声だけは出さないように踏ん張っていたのだが、アイマスクの向こうには涙がたまっていた(苦笑)。男性スタッフ:「はい、終了です。お疲れ様でしたー」 私(力ない声で):「な、何本抜けたんですか?」男性スタッフ:「今回は220本ですね」多いのか、それって?デジカメで写されたビフォア・アフターの写真を見比べる。 あんま変わってないじゃん・・・・・あの痛みはなんだったんだよー!!あの痛みはなんだったんだよー!! そりゃ2つを見比べりゃ抜けた部分はわかるけど、依然として鼻の下にはその他大勢のヒゲさん達が絶大なる存在感をアピールしている。その後の見積もりが追い討ちをかける。男性スタッフ:「効果を感じられるようになるのは180分くらいやってからですね。これで30%です。そして360分で青みがなくなる60%、540分でほとんどなくなる90%になります」あの痛みを540分!? (注:もちろん一気にやるわけではありません(笑))こうしてリング隅のコーナーポストに追い詰められた私にさらにラッシュが襲い掛かる。男性スタッフ:「予算の方なんですが、基本は1分600円になっております」600 X 540=324,000円これって鼻の下だけの話なんですけど・・・・ 真のヒゲ脱毛はあの痛みに耐える体力、出費に耐える財力、この両方が備わった者にのみ許された特権なのだ。勉強になりました。マーケット的には興味深い分野なのだが、こうも高いと市場の拡大はまだまだ難しいだろうなー。いつかまたあの脱毛を経験する時が来るのかどうかわからないが、当分はせっせとヒゲを剃ることに致しましょう(笑)。それにしても私はものすご~く高価な顔を持っているということだな。わっはっはっは・・・・・
2006/04/08
コメント(6)
「いらっしゃい!タイムサービスでトイレットペーパー安いですよ!」 なんて声を張り上げながら、小学生の時よく実家の雑貨小売店で店番をしていた。今思うと私の経済活動との関わりは「物を買うこと」より「物を売ること」から始まっていたかもしれない。決して無理やり働かされていたわけでないので悪しからず(笑)。 実際、店の手伝いはすごく楽しかった。品物の価格感覚、1円でもお釣りを間違えると厳しいおばちゃんのシビアさ、レイアウト変更による売れ行きの変化、などなど、そこには「小売」のエッセンスが凝縮されていたように思う。前掛けをつけたランニング・半ズボン姿の小さな店員はお客さん、特に年配の女性から人気者であったし(笑)。 正月の3日以外は年中無休という店を営む父が、車で「お出かけ」に連れて行ってくれたのは数々の問屋であった。そこで仕入れに同行し、 「うちで売ってる値段より安いじゃん!でもこんなにまとめて買わないといけないのかー」という発見や、「うちの商売ってのは売った分だけもうかってるわけじゃないんだ。利益っていうのは売った値段から仕入れた値段を引いたわずかな分の積み重ねなんだ。」という商売の基本を自然に覚えていった。商店街に位置する小売店の売れ行きというのは地域の景気をもろに反映する。昭和末期、私が店番をしていた頃、年末はものすごい忙しさだった。新年に向けて買いだめをする消費者が多かったからである。特に一年の最後の一週間は文字通り「一家総出」だったなあ。しかし、大手スーパーの出店が相次ぎ、さらに元旦営業を開始するようになるにつれ、商店街の集客力、繁忙期の消滅といった事態に遭遇した。。。。。 父は商店街の会長として大型スーパーの出店に際しての交渉や商店街の活性化に向けた努力を続けてきた。 しかし、個人商店、またはその集合体としての商店街と大型スーパーの共存は本当に可能なのだろうか。ビジネススクールの授業でもそんなテーマのディスカッションをしたことがあったが、けっきょく結論はでなかった・・・。 日経新聞では2006年4月4・5・6日の3日間に渡り、『巨人ウォルマート~独り勝ちの代償』という連続記事が掲載された。アメリカ発の巨大スーパー、ウォルマートの功罪について書かれている。ほとんどが「罪」の部分だが(苦笑) 4日(上):効率経営に批判アメリカをはじめ世界各地に5,000店舗以上を有するスケールメリットをフル活用し、世界中から低コストで商品を調達、同時に約170万人抱える従業員の人件費を抑制する「効率経営」が激しい批判を浴びているという。 中でも中国から去年調達した商品の総額は約200億ドル(!)であり、アメリカの対中貿易赤字の1割を占めた。 5日(中):“社員冷遇の代名詞”従業員向けの医療費負担を削った結果、ウオルマートで働く人々とその家族は無保険か低所得者向けの公的保険制度に依存している。私が留学中すでにアメリカの医療政策の中で問題とされていたが、今年(2006年)1月、とうとうメリーランド州で「対ウォルマート法案(大企業に一定額の医療費支出を義務づける法律)」が成立した。 6日(下):介入する政治1990年代まで政治と無縁で成長したウォルマートであるが、「組合リスク」の高まりを受け経営よりの政策を進める共和党政権に接近する。自己の既得権益を死守するためにロビイストを使って政治に影響を持とうとする姿は、先日の日記で紹介した巨大製薬企業の姿に重なる。 最近ヒットしたドキュメンタリー映画『The High Cost of Low Price(低価格の高コスト)』 では、ウォルマートの企業活動がいかに一般市民(従業員、地域小売店、周辺住民)の生活を脅かしているかが描かれている。題名はウォルマートのキャッチフレーズ、「Everyday Low Price(毎日が低価格)」を文字っているのだろう。予告編(動画)はこちらから。そこにはまさに「ウォルマートが出店した地域にはぺんぺん草一本残らない」というような雰囲気が漂う。 アメリカに滞在していた時は私もウォルマートで買い物をした。牛乳から猟銃まで恐ろしい数の品揃えに驚いたのを覚えている。レイアウトの雑さは感じたが、確かに価格は安かった。 消費者として「1つの場所で何でも安く買える」というのは理想だろう。その環境を可能にするのが現在のウォルマートの巨大なスケールメリットと言えるかもしれない。しかし、健全な競争・地域社会との共存を無視した、周囲の全てをなぎ倒しての「独り勝ち」はやはり受け入れられないのではないか。そして、自社の従業員を大切にしない企業が長続きするとは思えない。「従業員満足(Employee Satisfaction)」は「顧客満足(Customer Satisfaction」の基礎であるのだから。 そんなことを考えさせられた。
2006/04/06
コメント(2)

「たかが言葉、されど言葉」だとつくづく思う。ある一言に出会うことで自分の人生に対する姿勢を変えるほどのインパクトがあるのだから。皆さんはどのような座右の銘を持っているだろうか。以前紹介したこともあるが、私の座右の銘は留学中に教授から頂いたこの言葉である。“Appreciate what you HAVE, not what you HAD”意味としては、「過去に持っていたものではなく、今持っているものにこそ感謝の意を示すべきである」といった感じであろうか。家族や友人との人間関係にしても所有物にしても、我々は失ってからその価値に気付くことが多い。「こんなことになるのだったらあの時もっと『ありがとう』と言っておけばよかった・・・」と後悔することもまれではない。ならば、やもすれば当たり前だと感じてしまっている現在の人間関係に対し感謝し、その気持ちをもっと素直に表現した方がよいではないか、と考えさせられたのだった。また、だからといって現状に甘んじて向上心を持たなくなることはなく、むしろもっとよりよくしたいという前向きな思考につながっていると感じている。他にも、“Dream an impossible dream”も私にとって大切な言葉であるが、こちらについては過去の日記、2004-12-04 - 『「とんでもない夢を持て!」:最後のクラスでの教授からのメッセージ』を参照されたい。(最初の言葉も紹介されています)経験者から若者へのメッセージという関連で言えば、最近読んだ本がこれ。右側が原著『Wisdom for a young CEO』であり、左側が翻訳書『CEOから高校生への96通の手紙』昨日に引き続き、やはり私が読んだのは訳本の方である(笑)。17歳の高校生(手紙を出した当時は中学生だったと思う)が世界中のCEOに手紙を書いた。「どうしたらCEOになれますか?」具体的には以下の2つの質問を軸にしている。●「リーダーの地位につくまでの過程で、転機になる出来事はありましたか?」●「リーダーになるには、本や学校の勉強の他に知っておくべきことはありますか?」この問い掛けに対し、実に96人もの大企業のCEOが示唆に富んだ回答を寄せたのだった。この本の存在は留学中から知っており読みたいと思っていたのだが、帰国前のドタバタでチャンスを逃しており、今回訳本と出会うことでその機会を得たのだった。単なる「どうやったら社長になれるか」論ではない。大企業のトップという社会的成功を収めた人々が、どんなことを大切にしてきたのかについて学ぶことができる教材だと感じた。・Passion(情熱)・Respect(尊敬)・Vision(展望)・Humanity(人間性)・Curiosity(好奇心)・Integrity(高潔さ)・Pragmatism(実用主義)実際に彼らの口から出てきた言葉の数々をまとめてみると本の目次のようにこうなるのだろう。一見しただけではこれらの言葉はありきたりに感じてしまうかもしれないが、CEO達が自らの経験に基づきどのような思いを込めて言ったのかをちょっと理解するだけで言葉に重みが増す。このように、同じ内容でも背景や文脈を考えることで受け取り方が変わるという点にもコトバヂカラの不思議さを感じる。逆に言えば偏見や先入観によって情報の伝達は良くも悪くも歪められてしまうという危険もはらんでいるということか。客観性と自分の感受性を共に大切にしながらこれからもコトバを感じていきたい。
2006/04/03
コメント(0)

世界の医学界における4大雑誌と言えば、『Nature』、『Science』、『Lancet』、そして、『The New England Journal of Medicine (NEJM)』である。医師でも看護師でもない私には、専門的な医学の話はもちろんわからない。留学中学んだヘルスケアマネジメントの授業では『Healthcare Financial Management』や『Journal of Health Economics』という雑誌の論文がよく使われていた。(参照:2005-01-31- 『「帝王切開の方が儲かるから・・・」:お医者さんはそんな風に考えるのか!?』)しかし、医療経営に関わる文脈で『NEJM』が登場したケースもあった。(参照:2005-02-14- 『アメリカにおける営利病院による非営利病院のM&A:我々一般市民にとって良いこと?それとも悪いこと?』)この世界4大医学雑誌の1つである『NEJM』の前編集長であり、タイム誌の『米国で最も影響力のある25人』に選ばれたこともある医師のMarcia Angellがものすごい本を書いた・・・。写真の左は原著である英語版『The Truth about the Drug Companies』の表紙であり、右は日本語翻訳版『ビッグファーマ~製薬会社の真実』の表紙である。題名だけでも製薬会社を非難している本なんだろうなー、ということは想像がつくだろう。もちろん私が読んだのは日本語翻訳版(照)。読書量が決して多くない私であるが、中でも告発本とか暴露本というのは興味がなくあまり読まない方である。しかし、今回は扱っているテーマへの興味、著者のユニークな立場に惹きつけられて即買い・即読みしてしまった。(私が本書を知るきっかけになった日経BPの書評『“やりたい放題”の米国製薬業界を告発』は こちらから)原著もそうなのだと思うが、全編に渡り巨大製薬会社に対する敵意が剥き出しになっているとも言える文体に驚くが(苦笑)、その一方で具体的な事例、数値をふんだんに盛り込んでいる点に説得力の高さを感じた。また、アメリカにおける新薬開発から市場展開までの流れを体系的に学ぶことができたのもよかった。さらに、訳者が注釈として付記した日本との相違点も非常に参考になった。主要な登場人物・組織を挙げるとすればこうなるだろう・巨大製薬会社・医師・FDA(米国食品医薬品局)・USPTO(米国特許商標局)・NIH(米国国立衛生研究所)(NIHとはこんな所:過去日記2005-05-06-『【写真満載】世界最高の研究機関NIHを見学』 )・バイオベンチャー企業(バイオベンチャーの特徴とは:過去日記2005-05-02- 『8つの会社を立ち上げたアメリカ人ビジネスマンに話を聞く』) ・後発品(ジェネリック)製薬会社・米国議会(関係者としてのロビイストも含む)・一般の人々(アメリカ人の患者・家族)自らの利害を巡り、これらの登場人物達がある時は協力をし、そして別の時には敵対する。しかし、この中で一番脆弱な存在なのは一般の人々なのではないだろうか・・・。薬価の高さの理由として製薬会社は開発費の高さを挙げるわけだが、2002年の時点で優良企業ランキングとも言えるフォーチュン500に入っている製薬会社10社の利益の合計は他の490社の利益の合計よりも高かったのである!この10社の売上における「研究開発費(R&D)」の割合は14%強であったのに対し、「利益」は17%を占めている。。。財務諸表の中で売上の実に31%を占める「マーケティング・運営管理費」詳細が明らかにされていない点も疑念を高める。他にも、特許引き延ばしの作戦やマーケティングの在り方についてなど、様々な問題提起がされている。筆者の挙げる現状の問題点の数々とそれぞれに対する「処方箋」はどれも考えさせられるものばかりだ。ここまでこき下ろされた製薬業界の反論も見ものである。訴訟合戦になってしまうのかな、やはり・・・。本書のきちんとした紹介については先ほどの日経BPの書評に譲るとして(笑)(すごくわかりやすくまとめてあるのでぜひご覧下さい)、ここでは最後に「あとがき」にある著者から患者へのアドバイスを2つほど紹介したい。『医師が新薬を処方しようとするとき、患者として医師に質問すべきこと』・「この薬が別の薬よりも良いという科学的根拠、論文はありますか?それとも先生は製薬会社の医薬品情報担当者(MR)の持ってきた情報を根拠にこの薬をお出しになるのでしょうか?」・「先生はこの薬を作っている会社と金銭的な関係はありますか?」そ、そんなこと面と向かって聞けるわけないでしょ・・・・。アメリカ人だったら聞けるのかな・・・。
2006/04/02
コメント(2)
留学をしていたアメリカから帰国して早いものでもうすぐ1年が経とうとしているが、いまだに転送された郵便物をけっこう受け取る。経路はこんな感じである。 アメリカ発の郵送物 ↓ ワシントンDC近郊にあったマンション ↓ 転送先に指定した東京にある実家 ↓国内転送先に指定した札幌にある現在のアパートこのような旅を経てくるため(笑)、発送時からずいぶん後になって受け取ることになったりする。先日、私が卒業後に新築として完成したビジネススクールの建物のオープニングセレモニーの招待状を受け取った時は、懐かしさとくやしさがこみあげてきたものだ。こちとらボロビルディングからの最後の卒業生じゃい(涙)!まあ、これから卒業する若いもんにはあの学校の本当の伝統は伝わらないだろうな、うん。 (←負け惜しみ)違う違う、そういう愚痴が言いたかったのではなくて(苦笑)、時間がかかってアメリカから届いた郵便物が支払いが絡むものであったりする場合にはそうとうやっかいなのだ・・・。(留学中に支払い遅延で痛い&くやしい経験をした思ひ出はこちらから:『アパートのマネージャーに直談判!!:負けた・・・・・・』)実際、帰国してから東京勤務だった時に請求関連の手紙がいくつかきたものだ。それらには迅速に対応したが、中には某携帯電話会社のように「契約解除手続きができてなくて間違って請求書送っちゃいました、てへ☆」、みたいなアメリカならではのいい加減なものもあった・・・。そういった諸々の対応はE-mailでやりとりしたり、スカイプの有料電話機能を使ってアメリカに電話をかけたりしている。アメリカまで1分2.38円ってどう考えても安いでしょ!(某アフリカE国は固定電話宛だと1分50円弱、携帯電話宛だと40円弱というよくわからない料金体系である。携帯電話の普及率の方が高いということ?)というわけで今日も転送に転送を重ねて送られてきた郵送物を巡ってアメリカの銀行に電話をかけた。向こうの朝9時に時間を合わせるために夜の11時過ぎに電話をかける。私:「もしもし、ToneHideという者ですが、エンリケさんはいますか?」エンリケさんはメキシコ系のおっとりとしたおじさんで、私が口座を開設したときから知っている近所の支店の銀行員であり、以前も日本から電話をしてトラブルを解決してもらったことがあった。女性行員:「エンリケさんはもう退職しました。」オーマイゴッド!←ちょっとベタ(笑)?これまでの文脈を一から話すのってやっぱり辛い・・・。やはり客の視点に立って考えると、究極のカスタマーサービスというのは、「かかりつけ医」のように顧客(患者)の状態、文脈を積み上げられる体制を整えることって大切だよなー。ともかくなんとか状況を説明し、最終的にある書類を郵送してもらうことになった。女性行員:「では送付先は今登録されている住所でよろしいですね?」帰国前に住所変更はしてきたのでちゃんと日本に届けられるな、よし。あ、でもそれは東京の住所だ!時間的に急がねばならない作業だったので、ここで東京→札幌の転送作業はロスになってしまい回避したい。この後、札幌の住所を伝えるために怒涛のローマ字伝授作戦に出たことは言うまでもない。Sapporo Hokkaidoね、これだけでも充分長いでしょ(笑)?私の電話の最後の一言は社交辞令じゃなく、本音であった。「Thank you for your patience!(忍耐強くありがとね~)」I mean it!
2006/04/01
コメント(0)
全17件 (17件中 1-17件目)
1