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ブログ上でもやりかけのことだらけのような気がするが(笑)、職場の異動が決まったり引継ぎがあったりと慌しかった。さらに、来週から入院することになった。長年呼吸困難に悩まされ続け、最近特に調子が悪くなってきた鼻の手術を受けるためである。病名的には「鼻中隔湾曲症」とそれに伴う「肥厚性鼻炎」というらしい。医師の説明:「左右の鼻腔を仕切る板の役目をしている鼻中隔が湾曲しているために鼻閉が起こってしまうと同時に、鼻腔の粘膜と骨からなる鼻甲介が肥厚しているために鼻閉が増悪してしまっています」やはり医療用語は難しいし、体の仕組みは本当に複雑だ(苦笑)。原因は明白で、ボクサー時代に鼻が折れ、現役時代にそのまま変形が進行してしまったのだ。鼻の左側であるということからも、いかに私が右利きの対戦相手の「いきなりの右ストレート」、そしてサウスポーの「右フック」をしこたま打たれたかが伺える・・・。現役時代は近所の耳鼻科において「たまった血を抜くために鼻の中に注射針を射し込む」という拷問のような治療法で乗り切っていた。麻酔などまったく無しで、鼻の穴に迫ってくる注射針を寄り目で見つめながら先端恐怖症になってしまいそうだった。。。。もちろん自業自得なのだが(苦笑)。所属していたジムの世界チャンピオンや日本チャンピオンの先輩達の鼻は複雑骨折を経て完全に鼻骨が除去され、彼らの鼻を指で押させてもらうと「ぷにゅ~」と柔らかかった・・・。ボクシングについてのポジティブな側面を語らせれば何時間でも語り続ける自信があるが、こういう経験をするとやはり家族にはして欲しくない気持ちもわかってしまう。「引退後は鼻の手術を受けるんだよ」という当時の先生のアドバイスをここまで先送りしてしまっていた。よくよく見ると鼻骨の左側が出っ張っているが、外見からは私の鼻の異常はわからないと思う。しかし、左側の鼻の穴は物理的に閉じてしまっており、水の中で鼻から息を出してみても右側からしか泡が出てこないような状態だ。先日の受診においても内視鏡のようなカメラを使って鼻の中の状況をライブ中継してもらったのだが、細~いカメラを持ってしても奥に突入することはできなかった。自分の鼻の穴の中をテレビモニターで見たのはもちろん初めてであるが、まさにミクロの決死圏状態であった。今私の鼻から侵入するのであれば右側を選ばねばならないが(笑)。鼻呼吸が満足にできないと口呼吸に頼らざるを得なくなり、実感しているだけでも睡眠時のノド荒れ、集中力の低下など、けっこう辛い思いをしてきた。最近調子が特に悪くなってきたこともあり、職場の耳鼻科を受診したところ手術を勧められたというわけである。生まれて初めての入院、全身麻酔、手術となる。この病院では、今回受ける「鼻中隔矯正術」および「両下甲介切除術」という術式には一週間のクリニカルパス(入院から退院までの標準化されたプロセス)が存在するという。ネットで同じ術式の入院体験記とか読んでると怖くなることもしばしば・・・。数日鼻血が止まらないなんて想像がつかん・・・。入院に関しての説明によると病室にインターネット環境などもちろんなく、しかもパソコン機器等の持ち込みは禁止であるという。それは時代遅れじゃないかな~。(以後、口を慎みます(笑))病室に1人1台パソコンがあり、電子カルテの閲覧やインターネット接続ができる病院が国内でも登場している世の中なのに・・・。今回の経験は患者の視点から医療サービスを見つめる貴重な機会になるとも考えている。そんな分析してる余裕はなさそうだが(苦笑)。とにもかくにも、よりよい明日を目指して頑張ってきたいと思う。Wish me luck!!
2006/08/31
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フランクフルト、香港の空港を経て札幌に帰ってきた。飛行機での移動が15時間、トランジットも入れるとそれこそ1日がかりとなってしまうのがしんどかったが、(今も多少時差ボケ気味である・・・)、充実した正味6日間の滞在であった。8年ぶりに訪れたドイツでは、昔ながらの伝統、自らの思い出がよみがえる懐かしさ、そして新しい側面を味わうことができた。意外と英語が通じない場面が多く、私の伝家の宝刀、単語で攻めるドイツ語が威力を発揮したのは不幸中の幸いだったと言えよう。写真付のレポートはおいおいアップするとして、ここでは今回の旅程を記しておきたい。8/12-13 札幌 → 香港 → フランクフルト8/13 早朝フランクフルト着 → Mainz駅窓口で相方と待ち合わせ、観光 →ライン川沿いにあるOberwesel駅近くの古城ホテルへ 8/14 ドイツ人の親友Aが古城ホテルまで車で来てくれてライン川周辺をドライブ(RuedesheimやKoblenzを訪問)→ そのままKoblenz郊外にあるAの実家へ8/15 Aの実家から車でTrier観光 → Koblenz駅まで送ってもらう → Heidelberg駅近くのホテル泊8/16 Hidelberg観光 → 電車でKarlsruheへ向かい、観光 → 電車でさらにBaden-Badenに向かい、ホテル泊8/17 Baden-Badenのカラカラ浴場で体を休め、観光 → 北上してWorms駅に行き、ユースホステル泊8/18 Wormsの観光、買い物をしてユースホステルにもう一泊8/19-20 フランクフルト → 香港 → 札幌こんな感じであった。旅の後半はまさに行き当たりばったりであったが(笑)、豪華な古城ホテルあり、温かいドイツ家庭の訪問あり、若者らしくユースホステルありの充実したステイであった。行きは機内でひたすら映画を観た。「RV」(ロビン・ウィリアムス主演のファミリーコメディ)「ミッション・インポッシブル3(MI3)」(トム・クルーズのあれ)「Sentinal」(「24」のキーファー・サザーランドとマイケル・ダグラス共演のシークレットサービスもの)「Always 三丁目の夕日」(昭和33年の日本を描いた人情ドラマ)なんといっても「三丁目の夕日」がよかった。機内でボロボロ泣いてしまいかなり恥ずかしかった(笑)。。。その他の待ち時間と帰りの機内ではひたすら本を読んでいた。香港の空港では3時間の待ち合わせであったが、本屋の洋書コーナーでビジネス本の立ち読みをしていたらあっという間に時間が過ぎた。アメリカが出版するビジネス本でもスピーチ技術や職場の人間関係といったテーマは熱いようだ。ハッタリとeasy goingが強みの国だと思っていたが(笑)、日本人と同様の悩みも抱えているみたいだなー。さらに、以前このブログで紹介した「フラット化する世界」の原書、「The World is Flat」を買い、訳書で気に入っていた部分を拾い読みした。さすが世界中で名を馳せている本というだけあって、中国語バージョンもすぐ近くに並んでいた。題名は確か、「世界是平的」だったかな~(そのまま(笑)?)この旅においても多様でありながらも平らな世界を改めて実感したのであった。
2006/08/20
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ドイツ6・7日目バーデンバーデンからどこに行こうかぎりぎりまで決まっていなかったのだが、空港のあるフランクフルトまで電車で一時間ほどで着けるという理由でこのヴォルムスに決定した。泊まる場所もどうしようか悩んでいたが、ガイドブックによるとユースホステルが町の中心地にあるという。たいていのユースは駅から離れた郊外にあるのでこれは便利だ!ダメもとで当日に電話をしたら空き部屋があるという!いまや世界中に広がるユースホステルであるがその発祥の地はこのドイツ。私も昔はミュンヘン、ポツダム、そしてドイツ最北端の地ジィルトなど各地で滞在したことがある。お金のないバックパッカー達にとっては安いだけでなく情報交換の場にもなり最高に有り難い場所だ。ヴォルムスは歴史的に重要な宗教会議が多く開催された由緒ある都市であり、16世紀前半には宗教改革を進めていたルターの帝国追放もこの地で決定された。それゆえか、彼を中心に宗教改革に貢献した人々の像も名所となっている。さらに、中世の英雄叙事詩として名高い「ニーベルンゲンの歌」の舞台だったということで、ちょうど町はイベントでにぎわっていた。なんと歴史的な教会の中庭を会場にこの叙事詩の舞台が催されているのだ!理解のできない全編ドイツ語の劇に高い鑑賞代を払うのはさすがに厳しかったので(笑)、夜の本番前に会場である教会敷地を視察した。おお~、教会の中庭に見事に客席とステージが設けられているではないか!さらに教会の入口にはこんな巨大なお方が。これは演劇のセットなのだろうが、どういう文脈で使用されるのか非常に気になる・・・。そして教会の中にも入った。厳然とした佇まいである教会の中庭が夜の演劇イベント会場になっていることが改めて驚きだ。トリーアのローマ浴場、コロッセウムもイベント会場に使われてたことを先日の日記で報告したが、歴史的な建造物をイベントに融合させるアイデアっていいなー。ライン川の方へ散歩をしてみると、巨大な橋の門のような建物が姿を現した。嗚呼、これもなんだか宮崎駿の世界って感じだな~。町を散策していると他にもおもしろいオブジェをいろいろ見つけた。何かの物語が描かれてるのかな~。こちらのミニ噴水はワインの醸造についてのストーリーが描かれている模様。上にいるドラゴンらしき動物もブドウをくわえている。こちらは夢中でアイスを食べる少年。実に幸せそうだ(笑)こちらは洋服屋のウィンドー。胸元に光り輝く「最河強銀」の漢字。う~む、「銀河最強」と言いたかったんだろうなと予想するが、どうやってこんな複雑な並び替えが(笑)?この地に2泊しヴォルムスの町を満喫した我々は早朝ユースホステルを発ったのであった。ユースの朝食の時間前に出発する我々にスタッフが用意してくれた朝食特別パックの中身がこれ!(ちょっと食べかけだけど(笑))いや~、どっしり重みのあるビニール袋を前日夜に渡された時からワクワクさせてもらったが、この充実っぷりはあっぱれである。この朝食セットの受け渡しにしてもそうだったが、スタッフ間の申し送りが本当にしっかりしていたことに大満足だった。何倍もの額を払ったほかのホテルで不愉快な経験をしたこともあって、この感激はひとしお大きかった。ホスピタリティを持って内外のコミュニケーションをきちんととり、業務をしっかりこなす。非常に勉強になった。こうして、最後まで何かを学ぼうとする貪欲さを忘れずに(笑)、充実したドイツ旅行は幕を閉じるのであった。---------編集後記(?)駆け足でまとめてしまったが、入院前になんとか書ききったーーーー。締め切りに追われる売れない小説家の気分だった・・・(苦笑)。眠っているエピソードや写真もいつか掘り起こしたいなあ。そしてまたいつかドイツに戻ってくるぞ!!
2006/08/18
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ドイツ5日目昨日の夕方のうちに到着していたバーデンバーデンが今日のメイン。シュヴァルツヴァルト(黒い森)に隣接するこの都市は温泉、カジノのある保養地、そして国際会議の開催地として世界的に有名である。会議の開催時期でない時には保養地の顔が全面に出てくる。そして周囲は英語のまったく通じないお年寄りばかり(笑)。どのバスに乗ればいいのか、ホテルの場所はどの辺なのか、超スローモーションかつ単語でつなぐドイツ語でなんとかコミュニケーションをとった。英語が通じないと覚悟を決めていれば開き直れるものだ(笑)。保養地だけあって時間の流れが緩やかである。さて、我々の真の目的はもちろん温泉だ。バーデンバーデンにはカラカラ浴場とフリードリヒ浴場という2つの有名な温泉があるが、今回行ったのはカラカラ浴場。ふへ~、こんなに近代的なんだ!?そもそもこの地が温泉地として有名になったのは時のローマ皇帝カラカラ帝が保養に訪れたからというが、ここまでくるとマーケティングの一貫として有効活用されてるとしか思えない(笑)。中は充実したスパ施設といった感じで、優雅な造りであった。男女混浴で、というか水着着用のプールといった様相であったがさすがに内部を撮影はできなかったため(笑)、この温泉のホームページから拝借した写真を載せたいと思う。うん、確かにこんな感じだけど、実際はおじいちゃんとおばあちゃんであふれてたぞ(笑)。ちなみに外側は「流れるプール」になっており、個人的に排水口がしっかりしてるかすごく気になってしまった・・・。室内の湯船(?)天井は確かに圧巻だったな~。こちらはアロマスチームサウナ。実際はものすごい霧で目の前が見えないほどだった。単なる熱~いサウナよりこれはいいかも。上の階の別のサウナエリアは水着着用不可のヌードエリアであった。興味本位で単身ちょっと行ってみたのだが、みな生まれたままの姿で圧倒された。でも生まれて60~70年は経ってるだろうな~、皆さん(笑)・・・。そんなこんなであっという間に3時間が経過した。温泉としての効能が本当にあるのかわからないけど(笑)、ゆったりとした時間を過ごすことができてよかった。
2006/08/17
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ドイツ4日目ハイデルベルクはあいにく雨が降ったり止んだりしていた。駅前の宮崎駿チックな巨大オブジェも寒そうに身をかがめる。まずはバスに乗り込み市街地へ。後ろに高くそびえ立つのはハイデルベルク城。ケーブルカーに乗って登っていくことに。15世紀に建てられたというこの城は、プファルツ継承戦争(17世紀末のルイ14世による領土拡張のための戦争)の舞台にもなったという。城に至る門や建物の装飾に目を奪われ続ける。装飾の違いはあるが、赤レンガの壮大な城はインドのタージマハールのそばにあるアグラー城にも似ている。ここ来るのは二回目であるが、8年前に来たのは語学学校の遠足という形であり、ただついて行っただけだったので正直あまり記憶に残っていなかったし、どうやってここまで来たのかもわかっていなかった・・・。やはり自ら苦労してたどり着いてこそ旅は実感を増すのだろう。高地に立っているだけに絶景を臨むことができる。古きよきヨーロッパの眺めだ。街に戻ると軽く腹ごしらえ。めちゃめちゃ大ざっぱだけど(笑)、おいしいんだよな~、こういうシンプルなやつが。続いてハイデルベルク大学の「学生牢」へ。信じがたいことであるが、かつて大学は警察の権力の及ばない治外法権の場だったという。そこで悪さをした学生を収容するために大学側が作ったのが学生牢というわけである。外側はあまりに地味で撮影するのを忘れてしまったので(笑)、内部の写真を2枚ほど。これらは収容された学生達が描いた落書きの数々である。残念ながらメッセージはわからないが、政治や社会の風刺なんだろうな~。ある意味、前日の日記で紹介した地下道の落書きに通じるものがあるかもしれないな。ハイデルベルクを後にして我々が向かったのはドイツ南西部の小さな町、カールスルーエ。私がかつて4週間だけ滞在したことのある町だ。中央駅周辺の風景はまったく記憶になかった。もう覚えてないのかな~・・・。なんて不安を抱きながら路面電車に乗り込み市街地へ向かう。おおお!待ち合わせ場所によく使っていたピラミッドだ!!ということはその北側には・・・・あいにくの空模様のため悪いことが起こる前兆のシーンのようだが(笑)、カールスルーエのシンボルともなっている宮殿である。語学学校に通っていた当時はいちおう現役のボクサーであったので、朝この周辺を走っていたのを思い出した。えーっと、滞在してた寮はどの辺だったっけな~。かすかな記憶を頼りに通りをてくてく歩いた。余談であるが、途中見つけた靴屋には・・・日本でも今流行りの「さけおむすびの素」が店頭に並んでいた。なんでこうなっちゃうんだろな~(苦笑)。う~ん、ここをまっすぐ行って、この辺を曲がって・・・。ここだ!ここが自分がいた寮だー!!当時を知る人なんているわけもなく中に入ることはできなかったが、外から見ただけで大満足であった。言葉もわからず四苦八苦して頑張っていたあの時の気持ちを忘れず、これからも新たなことに楽しみながら挑戦していこうと思いを新たにするのであった。
2006/08/16
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ドイツ3日目昨日に引き続き、今日もAが我々に観光案内をしてくれた。目的地は古代ローマ時代に栄えたトリーア。コブレンツから南西に約100キロの場所にあり、この都市から西に40キロほどいけばルクセンブルクとの国境となる。Aの実家から車で一時間くらい。制限速度のないドイツの高速道路、アウトバーンで時速150キロくらい平気で出してたなー。このフォード製エスコートをあっという間に追い越していったBMW、ベンツ達は200キロくらい出してたんじゃなかろうか・・・。ローマ皇帝の大浴場跡であるカイザー・テルメンは4世紀に作られたという。こちらの闘技場では古代ローマ時代にグラディエーター(剣奴)による猛獣との死闘が繰り広げられていたという・・・。双方の写真を見てお気づきになったかもしれないが、これら歴史的建築物はイベント会場になっていたようでその後片付けが進められていた。カイザー・テルメンの方はどういうテーマだったかわからなかったが、闘技場の方はまさにグラディエーターに関するイベントだったようである。どんなイベントだったのか想像もつかない(笑)。続いてトリーアにある3つの世界遺産に表敬訪問。まずはトリーアの顔、ポルタ・ニグラ。「黒い門」という意味のこの城門は2世紀に建てられたという。この門はちょっとした建物になっており、最上階から眺めた風景がこれである。1900年前のローマ人はどのような光景を見ていたのであろうか。気の遠くなるこの感覚が歴史に思いを馳せる醍醐味だなあ~。 シンプルでいながら重厚な空間を作り出しているドームも世界遺産である。そして、巨大なパイプオルガンを初め迫力満点だった聖母教会。どうしてこんなものすごい建物ができるのだろう。技術力、精神力、どれをとっても驚くしかない。聖母教会に併設されていた修道院も静寂と荘厳さに満ちていた。中庭を囲む回廊に吸い込まれそうになる。こうしてトリーアの観光を満喫したのだが、私の目を捉えたのは歴史的建築物だけではなかった。これらは地下道にびっしりと描かれた落書き(graffiti)の一部である。トリーアに限らず、ドイツ中で見られたし、フランスやイタリアでもよく見かけた。ヨーロッパ中でこういった落書きはみられるのではないだろうか。若者達の自己表現なのだろうし、芸術的なものも散見されるのだが、Aによるとドイツでもやはり景観を害する深刻な社会問題になっているようだ。イタリアは教会の外壁がペイントされているのも見かけたな、そういえば・・・。彼らの表現意欲を健全に発揮させることができる場をなんとか提供することはできないものかなー。そんな思いからか、帰りの車中ではドイツの社会、政治、経済の問題についてAにいろいろ質問した。社会保障費の高騰を背景にドイツでは現在16%の消費税が19%に上げられる方向だという。日本では5%が10%に上がると騒がれているが、まだまだ続きがありそうだな(苦笑)。そんなこんなでトリーアからAの実家に戻るとランチが!!ドイツのカツレツ、シュニッツェルだ!実はこれも事前にAを通じてお母さんにリクエストしていた逸品である。マッシュルームのソースとよく絡み口に含むとジュワーっと肉汁があふれる・・・。腹がはちきれんばかりに食べまくってしまった(苦笑)。ご長男、つまりAのお兄さんは世界中を周る豪華客船のシェフとして長年働き、現在はニュージーランドの一流ホテルのシェフをしている。その才能はお母さんからの遺伝だろうなあ、間違いない!また、ドイツでは年配の方が英語をほとんど話せない印象を受けているが、お母さんは流暢な英語を話す。これは数年前から趣味にと英語を一生懸命勉強している賜物なのだという。さらに今も現役の郵便局員としてバリバリ働いている。素敵な年の重ね方だ。夢のような美食をありがとうございました!!!Vielen Dank!!何度言っても足りない御礼を告げAの実家を離れると、住まいのあるシュトゥットガルトに戻るAとともにコブレンツから電車に乗る。Aは明日から仕事なのだ。手前のハイデルベルクで我らは下車。わざわざ有給休暇までとってくれ、そして休まずに(笑)ずっとエスコートしてくれたA。最高の観光案内をありがとう!!次会えるのは日本かな、ドイツかな、それとも第三国?これからもkeep in touchで末永くよろしく!
2006/08/15
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ドイツ2日目古城ホテルの朝趣のある部屋を抜けて朝食を食べに。ハム、チーズ、パン、ジャム、ヨーグルト、シリアル、ミルク、そしてジュースといったありふれたメニューである。しかし、これが全て感動的においしかった・・・。特に私はヨーグルトとジュースの味にはうるさい方である。オレンジジュースで言うと果汁100%でなければ許せないだけでなく、濃縮果汁還元とストレート果汁の違いにも細かい。その点ではアメリカのオレンジジュースはほとんどストレート果汁でおいしかった。果たして、このホテルのオレンジジュース、アップルジュース、そしてグレープジュースにいたるまで、全てが「本物」であった。ジャムも果物の味が最高に引き出された逸品の数々。豊富な種類のチーズとハムにも舌鼓を打つ。名前の区別はつかないけど(笑)。朝食でこんなにおなかいっぱいにする予定ではなかったのだが、海外で食べた朝食で間違いなくナンバー1のおいしさだった。(やっぱり一番は日本食ということで)チェックアウトの準備が終了するとちょうどAが車で迎えに来てくれた。こんな奥まった高いところまで車で来れるなんて、やっぱり彼はドイツ人だ(笑)。というわけでライン川をドライブ。ライン川にはマインツからコブレンツにかけて橋というものがない。そこで、車で対岸に渡りたい人の手段はこれ。豪快にフェリーで車ごと渡るのだ。私がこのフェリーに乗るのは8年ぶり。日常でこれを使うのは周辺住民でありA自身も以前私と一緒に乗って以来二度目だという。地元の人みたいで嬉しいひと時だ(笑)。ライン川沿いに建てられた城の数々は荘厳な雰囲気を漂わせている。城の多さからもこの川沿いがいかに大切な場所だったのかがわかる。リューデスハイムを散策。あのくるみ割り人形、昔、漫画「マスターキートン」で見てから欲しいと思ってるんだけど、かなり高いうえに実用的じゃないんだよな~(笑)。優雅な街並みの中でひっそりと存在する博物館。ドイツ語でFolster Museum、英語だとTorture Museum、つまり拷問博物館である・・・。中世に行われた尋問、刑罰、そして魔女狩りの様子など、当時行われた拷問の状況が道具とマネキンで再現された恐ろしい世界。写真はいろいろ撮ったのだが、恐ろしすぎるので公開はこの一枚にとどめておく・・・。特に魔女狩りについての惨劇の数々は理不尽としかいいようがない。人間の本性とはこんなにも残虐なのだろうか。この博物館も二度とこのようなひどい歴史を繰り返さないための教訓として存在しているのだろう。ボードに書いてあるドイツ語の説明を英語に訳してくれるAがいなければ意味もわからなかったかもしれないが・・・。気を取り直して伝説の妖精ローレライさんにごあいさつ。(これは岩山のレストランにあった像)彼女の妖艶な歌声を聞いて船乗り達が誘惑され、そして座礁してしまうという伝説が残っているという。その後、マルクスブルク城へ。次いでコブレンツの城塞を見学内部にある博物館にはなぜか日本が誇るキャラクター達が。そしてこの城塞から見えるライン川とモーゼル川の交流地点、ドイチェスエックの眺めも素晴らしかった。充実した観光を終えて到着したのがAの実家。 お母さんとも8年ぶりの再会!そして感動の手作り料理も再び!濃厚なブロッコリーのスープ。牛肉をやわらか~く煮込んだグラーシュ。これは8年前にお邪魔したときにご馳走になり、あまりのおいしさに今回Aを通じてリクエストした逸品である。今回も感動!!う~ん、美食あり、歴史の勉強あり、そしてまた美食ありの最高な1日だった!
2006/08/14
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ドイツ初日朝6時頃、長いフライトを経てやっとこさフランクフルト空港へ到着した。繊細な私は寝台列車とか飛行機であまり寝られず、今回もほとんど睡眠はとれなかった・・・。逆にこういう時って頭が妙に冴えてしまうことが多く、いつもと違う発想からのアイデアが浮かんだりするのでメモとペンは常に近くに備えてある。そんな臨戦態勢がよけい睡眠を遠ざけてしまうのかも(苦笑)。頭がボーっとした状態で入国し空港から出ようとしたときに事件は起こった。空港の出口は数ヶ所あり、そのうちの1つから出ようとしたその時である。口ひげを蓄えた初老の一見上品そうな白髪の欧米人に突然言われたのだ。「お前はここから出ようとしてるのか?そうなのか?このモンキーが!」始めはなぜいきなりこんなことを言われたのかまったく意味がわからずびっくりしてしまった。しかし周りを見るとどうやら扇形のように列らしきものが形成されているようで、このおじさんは私に順番を抜かされたと思ったらしいことがわかった。順番を抜かしちゃったんだなと状況を理解すると同時に、そこまで言うか、このオヤジ!という怒りも沸いてきた。入国早々もめ事はイヤだったし、このオヤジもなんか危ない奴だったら怖いなー、と思いながらもこのままやり過ごすのは許せなかったのでこう切り返してみた。「ちょっと待って下さい。あなたが列の割り込みのことを言っているのであればそれは私の勘違いでした。謝ります。ただ、モンキーと言う必要はないでしょう?その一言がすごく私を悲しくさせましたよ。」おじさんは言い返されたことにびっくりしていたようで、「か、勘違いだったのか・・・?」と言ったきり気まずそうに黙ってしまった。このまま謝罪を引き出すまで食い下がることもないな、と自分を納得させてその場を去った。かつてのジャマイカでの壮絶な口喧嘩のような泥仕合をしている時間は私にはないのだ(苦笑)。言った方にとっては何気ない一言でも、言葉というのは人の気持ちを害する怖いものであることを再認識したのであった。政治家が失言で辞任させられる理由もなんとなくわかった(苦笑)。それにしても入国早々いきなりイヤな思いをしたな~。ちょっとイライラしながらも、電話ボックスの場所と空港から電車でマインツに行く電車の時間と乗り場を聞くために空港内を歩いた。案内係の女性を見つけたので英語で聞いてみると、ものすごく丁寧に全ての質問に答えてくれた。仕事とは言えこのサービス精神に癒された。やっとマインツに着いたのかな・・・?ここは違う駅、ヴィースバーデンじゃないかー!?発車時刻は合っていたのだがS8とS9という列車番号を間違えてしまったようだ・・・(涙)。しかもややこしいことに間違えた方もマインツ・カステルというマインツに酷似した駅には停車していた。ここで助けてくれたのが同じ電車に乗っていた、ケニアからドイツに留学しているという女性だった。彼女はフランス語、英語、ドイツ語を操り、フランクフルトの大学でドイツ言語学を専攻しているという。語学の天才って本当にすごいよな~。なんて感心している場合ではなく(笑)、彼女にマインツへの挽回方法を丁寧に教えてもらったのであった。よっしゃ、やっと着いたぜい!!「マインツの駅の窓口ね」こんないいかげんな待ち合わせであったが(苦笑)、難なく相方との合流にも成功した。せっかくだからということでマインツを少しだけ観光した。いかにもドイツらしい、バンドメンバーがビールを飲みながらのライブ(笑)。周囲には当たり前のようにビールを飲むこんな風景が(笑)。グーテンベルク博物館では初期の印刷機や世界中の古~い印刷物が展示され、活版印刷術の歴史を感じてきた。印刷の技術って考えれば考えるほど偉大だよな~。夕方前にはマインツから電車で1時間ほどのオバーヴェーゼルに到着した。ライン川を臨むあの城にステイするためである。駅からタクシーでずんずん坂を上っていくと古城ホテルは姿を現した。800年の歴史を持つ建物とその敷地で一夜を過ごすというのもオツである。高い場所ゆえ、景色も素晴らしい。そして部屋も素晴らしかった。この古城ホテルは友人に教えてもらい、ホームページにあるメールアドレスへのメールのやり取りで宿泊予約をした。中世のお城へ泊まるのにもインターネットを駆使する時代なんだなあ。昼間に学んだ活版印刷術とともにコミュニケーションの進化に思いを馳せた。なんだかプラスマイナスいろいろあった1日だったが(笑)、結果として大いにプラス!!
2006/08/13
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ドイツ旅行記出発編札幌から千歳の空港へ電車で向かう。車窓からの風景が素晴らしい。この道のりだけで「世界の車窓から」が2回分は収録できそうだ(笑)。二日前にイギリスの空港でテロ未遂事件が起こったばかりであり、しかも日本でも本日が夏休みの海外脱出のピークだというニュースを見て、いろいろな意味でびびっていた。その1:テロこえーよーその2:警戒度の高まりで空港での規制が厳しそうだ~その3:夏休みラッシュで空港が人であふれてそうだ・・・果たして新千歳国際空港に着いてみると、びびりその1は依然として怖いままであったが、2と3については何の苦労もなかった。まずその2について、今回のテロ未遂で規制が厳しくなったのはイギリスの空港へ行く便およびアメリカの航空会社の便であり、主に中国、台湾、韓国といったアジア方面への出発地となっている新千歳空港が今回の規制に関係するのはコンチネンタル空港のグアム便だけなのだ。つまり、ごくわずかな例外を除いてペットボトルを含む全ての液体の機内持ち込み禁止というパニックには遭遇しなかった。テロの武器になり得るからには規制も止むを得ないかもしれないが、Financial Timesの記事にも載っていたように航空会社によってバラバラかつ厳しすぎる規制に各方面からの批難の声が挙がっているようである。次にその3について、前回のエチオピア旅行の時もそうであったが、札幌の国際線の規模の小ささゆえなのか、絶対的な人出が少なかったのだ。成田の大混乱ぶりをニュースで見ていた私には別世界のようであった(笑)。千歳空港の利点はそれだけではない。(石狩鮨)しばしの日本とのお別れの瞬間を充実したひと時にしてくれるのだ!まずは札幌から香港のフライト。機内でロビン・ウィリアムス主演の「RV」と東京タワーが建設された昭和の日本を描いた「Always 三丁目の夕日」を観る。「RV」は特筆すべきものはなかったが、ロビン・ウィリアムスの温かくはちゃめちゃな演技がやはりよかった。「三丁目の夕日」にはとにかく泣かされた。自分が生まれる前の日本文化、戦後復興期の活力、そして時代を超越した心と心の触れ合い。素朴なもの、普通の状態を大切にしようと考えさせられた。香港では次の飛行機まで3時間の待ち合わせ。エチオピアに行った時の経由でも立ち寄った空港内の本屋を再び訪れていろんな本を立ち読みした。目次(Contents)と「最初に(Preface)」、「終わりに(Conclusion)」だけをざーっと読むだけでもじゅうぶん楽しめる。1つ悲しかったのは、この本屋で以前購入しブログでも紹介したビジネス本のシリーズがキャンペーンを行っていたことである。「Buy 3 Get 1 for Free! Buy 5 Get 2 for Free!」つまり、3冊買ったら1冊タダよ、5冊買うなら2冊もタダよ、ってなわけである。前回4冊普通に買った私が報われないではないか(涙)!!スーパーで納豆3個1パックを2パック通常価格で買った翌日に特売で売っているのを発見したくらいくやしい出来事であった。。。。そんなこんなでフランクフルト行きの飛行機も出発を迎えた。香港を夜11時出発でフランクフルトに翌朝の6時に到着。香港とフランクフルトは5時間の時差(香港の夜11時はフランクフルトの夕方4時)ということは見かけ上の7時間+時差5時間=12時間か・・・。札幌から香港だってすでに5時間かかっているというのに・・・。世界は広いのぉ~。そんな諦念を抱きながら機内に乗り込むのだった。
2006/08/12
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やっとこさ荷造りが終わった~。前回のエチオピア旅行同様自分のための荷物よりそれ以外の方が多いような気が・・・。まあ、海外旅行はパスポートとチケットと財布さえあればなんとかなるもんだ。昔オーストラリアとフィジーへ1人で卒業旅行に行った時は見事に下着を全部忘れ、2週間の間パンツ一枚で・・・・、いやいや(笑)到着地のシドニーで現地購入したものである。あの時も旅の前半はメルボルンに留学中の相方を訪ね・・・、って、なんだか自分の人生が哀しい運び屋稼業に思えてきた(涙)。そんなお涙頂戴はともかくとして(笑)、私個人としては8年ぶりとなる今回のドイツ旅行もまだ未定の部分が多い。宿もライン川沿いの古城ホテルに一泊とボン郊外にあるドイツ人の親友Aの実家に一泊という部分までしか決まっていない。まあ、なんとかなる、よね(笑)?8年前に初めてドイツを訪ねたときは4週間を南西部のカールスルーエという小さな町で過ごし、英語もできない身にも関わらずドイツ語の語学学校に通った。カールスルーエ大学の学生達が住む寮に滞在したのだが、寮長のドイツ人学生から洗濯機の使い方など寮の規則をドイツ語でまくし立てられたときの衝撃は今でも鮮明に覚えている。「あ、たぶん、俺、くるとこ間違えたな・・・」こんな言葉が頭をよぎった(笑)当然語学学校でのクラスも一番下からのスタートとなり、生きたドイツ語の難しさと日々格闘をした。それでも1週目、2週目と経過するに連れ慣れも出てきたようでクラスもじょじょに上がっていった。あの頃カタコトであってもイタリア人やスペイン人のクラスメイト達とドイツ語で会話していたのだと思うとびっくりする。そう、今はびっくりするほど忘れてしまったのだが(苦笑)。語学学校が終わってから2週間はドイツ中を旅して周った。しかし今回はたったの1週間である。思ひ出の地と行ったことのない場所の両方を少しずつ訪ねながらドイツの歴史と現在を体感してきたいと思う。それにしても地球の歩き方+6冊の本が重い・・・。中には1ページも読まない本とかあるんだろうな~(苦笑)。携帯音楽プレイヤーには6ギガ分1600曲くらいがしっかり入っている。今回の旅行のために新たにツタヤで借りたのがJames Bluntの「You're Beautiful」が入ったアルバム、スティービー・ワンダーのベストアルバム、おニャン子クラブのベストアルバム、安全地帯のベストアルバム、吉田拓郎のベストアルバム、そして坂本九のベストアルバムである。それぞれ時代に残る偉大な歌手だ。昔の名曲をこうして身近に聞けるなんて本当にいい時代だと思う。多数の曲が使い捨てのように出ては消える昨今だからこそ、地に足のついた古くて新しい昭和の歌が耳に心地良いのかもしれない。特におニャン子クラブの「会員番号の唄」をまたこうして聞けるとは思わなかった(笑)。懐かしさについつい聞き入ってしまうが、あんな歌(笑)が売れる世界が構築されたこと自体がすごい!あまり書くとひかれる上に年齢詐称疑惑がまた勃発するのでこの辺にしておこっと。自分が聞く音楽は2人の兄や両親の影響を受けているため非常に幅広い。こだわりがないとも言えるが(笑)、これも自分の持ち味と考えて素直に名曲の数々を楽しみたい。吉田拓郎の「夏休み」と「伽草子」旅路で聞くとまたいいんだろうな~。そんな感じでしばしの間、旅に行ってきまーす。
2006/08/11
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「プロフェッショナル 仕事の流儀」様々な分野の第一線で活躍しているプロフェッショナル達の仕事を掘り下げるNHKのこのドキュメンタリー番組をよく観る。番組ホームページによると、過去の業績に光をあてていたのが「プロジェクトX」であったのに対し、「プロフェッショナル」は、今と未来を描くドキュメンタリーであるということである。出演者が身を置く分野は本当に多岐に渡っているのだが、全員に共通しているのは「自分の仕事に誇りを持っている」ということではないだろうか。脳と心の謎を研究しているという脳科学者の茂木健一郎が司会として出演者達と繰り広げる問答も見ごたえがある。(最近脳ネタがマイブームかも(笑))さて、本日観たこの番組のテーマは「ひるまず壁に立ち向かえ~プロフェッショナルの逆境克服法」(番組の内容はこちらから)通常は1回につきプロフェッショナル1人を扱うのだが、今回は夏スペシャルということで「逆境の克服」をテーマにした総集編。ベンチャー企業経営者・秋山咲恵、英語講師・竹岡広信、弁護士・宇都宮健児、小児心臓外科医・佐野俊二、左官職人・挾土秀平、そして番組の主題歌も歌っているシンガーソングライター・スガ シカオ。人間関係の壁をどう乗り越えるのか、逆境を乗り越えるきっかけをどうやってつかんだのか、どのような言葉が逆境から救ってくれたのか。数々のエピソードの中で私が一番興味を惹かれたのは英語講師・竹岡広信の経験である。英語の講師として結果を出せずに苦悩する日々が続いていた彼は自暴自棄になって、居酒屋やパチンコ店に入り浸った。しかし、その居酒屋やパチンコ店で出会った、人生のどん底を味わいながらも懸命に生きる男たちとの交流を通じて大切なことを学んだという。そして、競馬好きのパチンコ店常連客が馬の詳細な情報を誇らしげに語る様子を見て気付いた。「好きになれば 身に付くんだ」その後、彼は駿台予備校のカリスマ英語講師となり、数々の参考書を著し、ドラマ化もされ話題となった受験漫画「ドラゴン桜」の英語教師のモデルともなっている。偶然の出会いから壁を乗り越えるヒントをつかんだのだ。司会の脳科学者、茂木健一郎は言った。「このように偶然の幸運をつかむ能力をセレンディピティ(Serendipity)といいます。」ニュートンがリンゴが落ちるのを見て万有引力の法則を導いたこと、アルフレッド・ノーベルがダイナマイトの製造法を発見したこと、そして田中耕一がタンパク質の新たな質量分析法を発見したことなど、セレンディピティの例は科学の世界で多く見られる。(参照ホームページは後述)自分がやろうとしていることとは一見関係のないことや、求めていたものとはまったく反対の結果が成功につながっているのである。セレンディピティが発揮される条件として、茂木はこう付け加えた。「常に世界に対して疑問を持ち続けること、そして常に考え続ける一方でいろんな人と会うことがポイントです」好奇心が原動力になるということだろう。番組終了直後にググって見つけた日経BPのコラムには、セレンディピィティの能力を高める方法が紹介されていた。(参照ホームページは後述)・これまでと異なる環境に身を置くこと・環境を変えることが難しくても、多種多様な情報を日々入手し、蓄積する努力を継続すること・普段、接触しない部門とのコミュニケーションや顧客企業との会話を増やすこと・様々な分野の書物を読むことなるほど。偶然から幸運をつかむ能力は決して先天的なものだけではないだろう。ものすごく納得させられた。上記の方法は決して目新しいわけではなく、私自身これまでもなんとなく心がけてきたことではある。ここで今一度自覚し、継続していこう。う~む、自分が一番身に付く好きなこと探しも続けねば!<参照ホームページ>ウィキペディアにおける「Serendipity」の定義(英語)日本語で「セレンディピティ」をわかりやすく紹介している日経BPのコラム
2006/08/10
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返済能力を超えた借金をする人が絶えないのはなぜか。自分の返済能力を冷静に考られないほど追い詰められてしまったのかもしれない。あるいは単に収入と支出のバランスに頭が回らなかっただけなのかもしれない。客観的に見れば「なんでそんなことを・・・」と思うような行動にも主観的には理由というものが存在するものである。しかし、このような人間の行動を従来の経済学では説明することができないという。「脳科学で『心読む』」今朝(2006.08.07付)の日経新聞の科学面には、従来の経済学では説明のつかない人間の行動を脳科学で解明する「ニューロエコノミクス(神経経済学)」の研究が日本国内でも盛んになってきたという記事が載っていた。紹介されていた研究は3つ。1.自分に不利益になることがわかっていても相手にダメージを与える選択をする人の脳の動きはどのようなものなのか→投資活動における「いじわる」の解明2.将来より目先の楽しみを優先する人間の脳の動きはどのようなものなのか→個々の「時間割引率」からみた、借金返済の引き延ばしや過剰債務傾向の解明(目先の利益を優先する人ほど時間割引率が高い)3.初対面の相手を取引相手として信頼できるかどうか見極める際に働く脳はどの部分なのか→人間の評価能力の解明う~む、非常に興味深い。これら全ての研究において重要な役割を担っているのが脳の活動を観察できるMRIである。「ゴッドハンド」と呼ばれる福島教授も、脳の画像を鮮明に撮ることができるMRIの発明こそが脳神経外科の臨床に革命を与えた一番の功績者であるとその重要性を強調されていた。(先日聴講した彼の講演の一部始終リポートは過去の日記から)また、MRIを用いた脳の活動に関する研究については、アメリカ留学中にとった「Emerging Technology」の授業におけるクラスメイトのプレゼンの感想でも紹介している。(2005-04-07- 『頭で考えていることが読まれるようになったら・・・:脳の研究は諸刃の剣か!?』参照)さらに、自分が考えていることを読む人工知能の一端を体験できるウェブサイトも紹介したこともある。(2005-04-14- 『自分が考えていることをコンピューターに読まれる!?:進化途中のAIをご紹介』参照) 脳のどのような動きが思考や感情の動きを司っているのか。医療の面から見ても、消費行動の予測という面からみても、脳の解明が進むことで人類が得る利益は大きいだろう。しかし、上記に紹介した過去日記でも述べたことであるが、「自分が考えていることが他人にわかってしまう」という状況は世の中を破滅に追い込んでしまうのではないだろうか。究極のプライバシーとも言える頭の中身。我々はどこまで守り、そして公開すべきなのだろうか。
2006/08/07
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というわけで来週末からちょっくらドイツへ行ってくる。ドイツ語を復習せねば・・・。8年ぶりとなるドイツへの旅はアフリカ某国在住の相方とドイツ人の友人Aとの再会が目的である。日本滞在経験の長かったAが数ヶ月前にドイツに帰国したことは以前この日記にも書いた。8年前にも訪ねたボン郊外にある彼の実家にまたお邪魔させて頂くに当たり、質問のメールを打っていた。私:「お母さんへのお土産は何がいいかなー?」その返事にはこうあった。A:「僕を喜ばせてくれれば母さんも喜ぶよ(笑)。そうだなー、工芸品とか好きかも。僕には醤油せんべいと海苔せんべいね」さすが通なAのお願いはすぐにかなえられそうだが、工芸品かー、どこで買えるんだろう。というわけで昨日、札幌駅に出てから道産子であるKさんに電話で聞いてみた。Kさん:「今近くにいるので一緒に行きますよ」公認会計士の論文試験が間近で多忙だというのに土産屋まで連れて行ってくださったのだ!そして炭でできた鮭をくわえる熊の置物を購入した。うん、北海道の雰囲気が出ていていい感じだ(笑)!Kさん、お忙しいなかありがとうございました!さらに、Aから頼まれていた別の物があった。「僕が欲しいわけじゃないんだけど、ハチマキを買って持ってきてもらえない?できれば『一番』と『神風』と書いてあるやつを。友達にプレゼントしたいんだよね。Hideが買うのは恥ずかしい(embarrassing)ってことは重々承知してるんだけど(笑)、頼めるかな?」これは工芸品なんか比べ物にならないほど厳しいミッションだ(笑)私が最後にハチマキを買ったのは(←買ってるんかい!)、中学校のバスケ部で部員みんなで購入した時である。みなそれぞれの二字の熟語を決め、オーダーメイドでどこかのメーカーに注文していた。そして大事な試合には自らのハチマキを頭に巻いて臨んだのだ。モチベーションを高めるのにかなり威力を発揮したなあ。フォワードだった私の文字は確か「猛攻」だったかな。おかげでチャージング(オフェンス側のファール)が多かった気がする(苦笑)。話を今回に戻すと、文字入りのハチマキってけっこう見つからない・・・。やっとのことで見つけたのが「闘魂」と「合格」だった。Aの指定とはちょっと違ったけれど、頑張って探し当てた私の闘魂が認められ合格をもらえたので良しとしよう。そうだ、歌の練習もしとかないと!♪ Ich habe Hunger, Hunger, Hunger....♪ここから歌も聞ける。(要は「腹減った!ノドも乾いた!」というドイツ語の歌。昔Aから習った(笑))
2006/08/06
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亀田興毅が2―1の判定でベネズエラのファン・ランダエタに勝ち、WBAライトフライ級の世界チャンピオンになった。スポーツにおける判定に絶対はないため、これから述べることはあくまで私見である。あの判定には疑問を感じざるを得なかった。もちろん現在の日本ボクシング界を引っ張っている亀田選手を応援していた。しかし、元プロボクサーの端くれとして、この試合は努めて客観的に見た。(過去に自分の所属していたジムの選手が出場した試合の数々を後楽園ホールなどで見ていたときには、完全に主観のかたまりであったが(笑))亀田選手は自分の力を出し切って非常にいい試合をしたと思う。勝利が決定したときの親子の本気の涙には感動もした。しかし、どうひいき目に見てもあれはランダエタ選手の勝ちであったと感じた。亀田選手は1Rに喫したダウンを中盤に挽回していったかに見えたが、全体として手数は少なかったうえ、有効打も少なかった。後半はKO寸前にまで追い込まれ、立っているのがやっとの状態であった。しょうがない面もあるのだろうが、実況はほとんど亀田のヒットのみを強調するまさに偏ったものであったが、アナウンサーの声には現れないランダエダのクリーンヒットがたくさんあった。私の採点では4ポイント差でランダエダ選手の勝ちであった。試合終了直後、東京にいる兄から電話がかかってきた。兄は私がボクシングを始めるきっかけになった人であり、プロにこそならなかったもののボクシングを愛し、日本、世界のボクシングシーンにずっと熱い視線を送っている。「日本のボクシング界はだめになるよ・・・」興奮してひとしきり判定の不当さを主張した後、彼は悲しそうにこうつぶやいた。亀田ブームにのみ頼る日本ボクシング界、視聴率という名の魔力に群がるマスコミが「今は負けるときではない」と判断したような気がしてならない・・・。判定の集計に不自然に時間がかかったことも腑に落ちない。亀田興毅の「初防衛戦」の中継を優先し、毎年大晦日だった「レコード大賞」の放映日をずらしたことが王座獲得前にTBSに決定され、試合の二日前に発表されたことも疑わしさを増してしまう。。。(記事はこちらを参照→亀田興毅「レコード大賞」KO)12ラウンド終了直後、私はこう思った。「この敗戦を乗り越えてこそ亀田はもっと強くなるだろうな」負けを明確には明示していないものの、鬼塚、竹原、畑山ら元世界チャンピオンの解説者達の論調も「次につながる善戦」というものだった。今日の試合の結果をボクシング関係者、一般のファン達はどう受け取ったのだろうか。以前、ボクシング史上最初の黒人ヘビー級チャンピオン、ジャック・ジョンソンについて書いた日記の中でこう書いたことを思い出した。「プロでもアマチュアでも、「純粋」にスポーツを競い、楽しむということは至難な業なのだ。」ボクシングを愛する者の一人として、複雑な思いをさせられた試合であった。
2006/08/02
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脳神経外科医 福島孝徳本やテレビでも「神の手」を持つ男として何度も紹介されている世界的に有名な医師の講演を聞いてきた。題して『日本人脳外科医とアメリカ最前線医療』「私はいつも全力で最高の仕事をしたいと思っています」この一言で始まった1時間におよぶプレゼンテーションは本当に中身の濃いものだった。まずは「世界一の脳外科医」として紹介された20年前に放映のアメリカのドキュメンタリー番組の一部を放映。全国を飛び回り心身ともに磨り減るであろう脳の手術を1日に6つも精力的にこなす姿が映し出される。インタビューで「あなたにとって脳神経外科とは?」との質問に「それは患者に奇跡をもたらすということです」と答えていた。ビデオ上映後、多数の写真、絵を用いてのプレゼンテーションが始まった。脳下垂体関連疾患、脳卒中、脳出血、脳梗塞などなど福島医師が扱った数多くの症例について手術前と手術後のCTスキャン画像や顔写真などが次々に映し出される。顔面神経痛の一種である三叉神経痛や、赤ら顔になってしまうクッシング病、顔が黒ずんでしまうネルソン病、不妊の原因となるプロラクチン分泌異常、このような症状全てが脳外科の領域だとは非常に驚いた。「三叉神経痛の手術は2,200例ほどやっています。これはギネスブックに載ってもいいんじゃないかな(笑)」他の手術に関しても3桁、4桁の症例数をこなしているすごさ。63歳となった今でも年間600を越える手術を行っているという。一ヶ月のうちの一週間をデューク大学病院で、一週間をウェストバージニア大学病院で勤務し、残りは世界中の病院で休みなく出張手術を行っている。今日もすでに講演までに3件手術をしてきたという・・・。手術器具の開発にも多く関わり、メーカーと共同開発した器具は200を越える。医療の結果を導く3要素として、福島医師はこう述べた。技術・症例数・手術道具「臨床医は技術がなければ始まりません。そして場数。さらに器具もよいものを使わなければならない」日本、アメリカ、ドイツ、イギリス、イタリア、ノルウェー、フランスなどなど、世界中にいる弟子達が大学病院の教授になっているという。財団を通じて世界中の若手脳外科医を育成している様子を述べた後、こう言った。「ゴルフで言えば私はジャック・ニクラウスとかアーノルド・パーマーといった往年の名選手なんです。私は次世代のタイガー・ウッズを育てたい」また、プレゼン中に堅い話の合い間にちりばめられたネタの数々も光っていた。「福島先生の手術によって今まで痛くて辛かった顔面神経痛もピタッととまるんですねー」と言いながら映された次のスライドにはピタッとポーズを決めるフィギュアスケートの女子選手の写真が。「これは私の娘です(笑)」こういう茶目っ気たっぷりのプレゼンは聞き手を飽きさせない。他にもCDまで出しているという自分のジャズバンドの写真など、縦横無尽な多才ぶりを披露していた。なんてすごい人なんだ。。。。「好きなことをやっていれば休みがなくても疲れません。情熱と言ってもいいかもしれませんね。家族には申し訳ないことも多いですが(苦笑)」ものすごい刺激を受けた講演であった。
2006/08/01
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