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世の中には自分が知らないことがたくさんある。もちろん、全てを知ることは物理的に不可能であるし、世界中の紛争や各地の事件など知ってしまったことにより胸を痛めることも多い。それでもやはり、そういった紛争や事件がなぜ起こってしまったかを考えること、どうしたら解決、予防ができるのだろうと考え、さらには実行することにも意義はあるだろう。したがって何かを新しく知る余地が限りなく存在することは人生を非常に充実させる要素であると私は思う。新しく知ったことに対して自分なりに疑問を抱き、理解し、考察を加えることができるということも非常に楽しい。あっちこっちに興味がいってしまいなかなか専門性を磨けないという弱点を個人的には抱えているが(苦笑)。。。そんなわけで好奇心を持って一生学び続けていたいと考えている私にとって「教育」というテーマも大きな関心事の1つである。教育と一口に言っても、就学前教育、初等教育、中等教育、そして高等教育と分類され得るものでありそれぞれ奥深いと思うが、ここでは主に高等教育で見られる変化について少し述べたいと思う。最近、CNNでこんな記事を発見した。「Yale University to post courses on Web for free」(イェール大学、ウェブ上で授業を無料公開)アメリカの名門大学イェール大学がウェブ上で授業の中継ビデオを無料で流すというのだ!2007年度の授業から、宗教学、政治学、物理学などいくつかのクラスについて、シラバス(講義摘要)やその他の資料と共に準備するらしい。しかも複数言語の字幕もつける予定とか。世界中の老若男女を問わない人々が一流大学の講義を見ることができる。これは教育を受ける生徒側にとっても授ける先生(教授)側にとっても大きな革命なのではないだろうか。実はこうした動きはちょっと前から知っていた。留学中に受けた「Emerging Technology」の授業において、大学や大学院などの高等教育の遠隔化や広域化についてクラスメイトが発表したことは以前このブログでも紹介した。また、『ウェブ進化論』という本を先日紹介したが、そのP.178ページに「MITのオープンコースウェア」という一節がある。これまたアメリカの名門マサチューセッツ工科大学(MIT)が2002年9月から始めた、「科目ごとに、講義摘要、必読書、講義で使うスライド、講義メモ、課題、試験と解答」などを無償公開する大きなプロジェクトである。「素晴らしい知的財産を無償公開すると、世界中の知的リソースがその周囲に結び付く」というオープンソースの本質から強い影響を受け、「世界中の誰もがインターネットへのアクセスさえあれば、この教材を駆使して自由に好きなだけ勉強できるという構想」であったと本書では紹介されている。本書ではこのプロジェクトが抱える著作権の問題、大学事業への脅威、学ぶ側のモチベーション維持といったさまざまな要因からうまくいっていないことまで触れられていた。確かに世界中の先生達、学生達が情報を無料で共有することができてしまうと、実際に教えることでお金を稼ぐ先生、学ぶことでお金を払う学生の立場は何なの?ということにもなってしまいそうだ。著作権の問題も含め、どこかでお金がうまく循環するモデルを構築しないと行き詰まってしまうのかもしれない。いずれにせよ、教える側も学ぶ側も世界の大競争に巻き込まれる日は遠くないだろう。「○○国の□□大学の△△教授の授業は××の分野では世界一素晴らしい」基準が常に問題にはなるだろうが、こんな格付けが世界中の学生達によって行われるかもしれない。そうなったら教授達も戦々恐々だろう。生徒の方もこれまでのようなクラス単位、学校単位ではなくこれまで考えもつかなかったような国際的な競争を経験する予感がする。つまり、私がエチオピアのアディスアベバ大学の図書館で見た勤勉な学生達も我々と共に同じ土俵で切磋琢磨する時代がやってくるのではないだろうか。トーマス・フリードマンも著書「フラット化する世界」において、アメリカの子供達は中国やインドといった世界中の子供達と競わねばらならない時代になっていることを論じていた。(もちろん日本も例外ではないだろう)(この本を紹介した時の日記はこちらから)さて、イェール大学の授業ウェブ公開プロジェクトはまだこれからのことであるので、ここでは試しにすでに行われているMITの「MIT Open Course Ware (OCW)」を探索してみた。Anthropology(人類学)、Chemistry(化学)、Economics(経済学)からUrban Studies and Planning(都市計画)まで、実に34の学部がさまざまな資料を公開している。Biology(生物学)の学部に入ってみる。undergraduate(学部生)のクラス、graduate(院生)のクラスともに見ることができるが、ここではさらに学部生が履修する基本の授業、「Introduction to Biology(生物学入門)Fall 2004」へ入ってみた。すると、コース概要の説明、授業の進行予定から試験、解答など、『ウェブ進化論』で説明されていた内容のものがなんでも見れる!さらにこのクラスでは講義のビデオも公開されていた。第1回目の授業をちょっとのぞいてみる。おお、教室で生徒達に講義を行う教授の姿が映った!OHPで映されたスライドがよく見えないのがたまにキズだが、臨場感があっていい!教授:「高校までの生物は暗記が中心だったかもしれません。しかし、大学で行われるこの授業では単なる暗記ではなく、合理的な思考法、科学的な考え方を皆さんに学んで欲しいと思います」ふむふむ、なるほど~!!しかし授業が本格的に始まった途端に教授の話す用語がぜんぜんわからなくなった(苦笑)。それにしたって名門大学、MITの授業をこうして無料で札幌にいながらにして見れるっていうのは感動だ。ブロードバンドの恩恵は計り知れないものがある。生物学の基礎をしっかり学びたいという思いもあったし、教材の公開もけっこう充実してそうだからこの教授の授業を真剣に受けてみたいという気持ちになった。英語の勉強にもなるし。(専門用語がわからずちょっとトフルチックだけど(笑))でも評価もなく双方向性もない状態で1人で続けられるかな~。そう、そういうところもこのプロジェクトの課題の1つだった。問題点をちょっぴり実感したのだった(苦笑)。------------参考ホームページ「Yale University to post courses on Web for free」 (CNNニュース(英語))「Yale to Make Select Courses Available on the Internet」 (イェール大学のホームページ内のニュース(英語))「Welcome to MIT's OpenCourseWare」 (MITのオープンコースウェアのページ(英語))
2006/09/24
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タイでクーデターという今朝のニュースに驚いた。中学時代のバスケ部以来の親友Hが仕事で行ってたんじゃないか!?Hは3年のタイ駐在も経験しており、タイ語を自在に操るニッチな男だ。安否確認のメールを打った。すると、すぐに返事はきた。「昨日(クーデターの前日)に日本へ帰ってきたよ」無事でよかった。その後電話で話したが、まさか自分の帰国した翌日にクーデターが起こるとは思ってもいなかったのでびっくりしたという。それでもニュースでも報じられているように現地はさしたる混乱もないようだ。戦車の前で記念撮影しているタイ人家族の様子が放映されたりしてたもんな~(笑)。タクシン前(?)首相が家族の株取引疑惑で国民から批判されているというニュースは知っていたが、まさかクーデターという事態になるとは・・・。我々日本人からするとクーデター、しかも軍部のそれとなるとおっそろしいイメージであるが、タイでは第二次世界大戦後から数えるだけで実に17回のクーデターを経験しており、今回が15年ぶりの18回目になるようだ。馴れっこなのか(苦笑)?プミポン国王も事態を容認しているようだが、やはり彼は権力の象徴的存在なのだろうか。個人的にはボクシングの世界タイトルマッチで、タイ人ボクサーの陣営が額縁に入ったプミポン国王の写真を掲げているシーンが目に浮かぶ。そんな余談はさておき、在タイ邦人が3,6000人に上り観光客を合わせると常時5万人以上の邦人が滞在しているという日本にとっても他人事ではない。さきほど放映していたテレビ東京のニュース番組『ワールドビジネスサテライト』においても、JETROの方が「タイにすでに進出している日本企業には大きな影響はないと予想しますが、これから進出することを検討していた企業はその動きを保留するかもしれませんね」というようなことを言っていた。う~む、しばらくはこれから誕生する新たなタイ政府の動向を見守るしかないのだろう。タイは私がインドへ旅行したときにトランジットで一泊した経験しかない国である。今度旅行に行くまでに情勢が安定していますように!!<参考文献>タイでクーデター 陸軍司令官が権力掌握発表(CNN(日本語))タイ・クーデター 邦人3万人に衝撃 大使館に問い合わせ殺到(西日本新聞)
2006/09/20
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先週末にワシントンDCから一通のメールがきた。「お父さん、お母さん。この間言ってた北海道旅行、そろそろですね。」私のアメリカにおける心の姉貴、Rhさんからであった。Rhさんにいかにお世話になったかはここでは言い尽くせないが、名エピソードを2つほど紹介しておきたい。『電話回線を盗まれた?!謎多き事件』(Rhさんが救世主として登場)『【お宝写真付】72年前の世界地図:京都の倉からアメリカの押し入れへ』(私の帰国2日前の大うけエピソード@Rhさん邸)さて、前述のメールにおける「お父さん」は私のことを指しているわけではもちろんなく(笑)、彼女がご両親に書いたメールの宛先に私もいれて下さったのだ。Rhさんのご両親が北海道旅行にいらっしゃるにあたって「ToneHide君に会えるかな?」とおっしゃってくださったというのだ!!帰国して間もなかったころ名古屋、京都、伊勢、そして奈良を一人旅した。その際、京都にあるRhさんのご実家に突然お邪魔したにも関わらず、そうめんをご馳走になったり、京都の名所を案内して頂いたのだった。今考えても図々しいにもほどがある行動であったが(笑)、私が札幌にいることを覚えて下さって、さらに今回会いたいとおっしゃってくださったことが本当に嬉しかった。というわけで今日の夜はたま~にしか行けないお気に入りの店へご案内した。お刺身は定番だがやはりおいしい。(アップにしすぎてぼやけてしまった(苦笑))単なるうな玉ではない。うにうな玉なのだ!今、さんまはまさに旬である。そんなさんまの塩焼き。最高です。。。DCにいるRhさんへの現場報告はこれで果たされたかな(笑)?怒らないでね・・・。お父様、お母様からは私の知らなかったRhさんの学生時代のエピソードがたくさん聞けて楽しかった。ケンタッキーで過ごした大学時代は本当に大変だったんだね・・・。ゴミを撮ってて銃を向けられるなんて・・・。Rhさんの持ちネタ(?)を取らないようにこの辺でやめておきます(笑)。さまざまなお話を聞きながら、お母様の親としての心配や心遣いがものすごく伝わってきた。話しっぷりも上手すぎます(笑)。また、去年定年退職されたお父様のお仕事の話も非常に興味深かった。一流製薬会社の研究員として活躍され、最後は関連会社の社長までされていた。ご自身が生み出した特許も複数あり、20年の期限が切れたものとまだ有効なものがあるという。つい先日の日記で「発明への適切な対価とは?」というテーマで日記を書いていた私はまさに発明者でいらっしゃるお父様にその意識についていろいろご質問させて頂いた。収益的に大きく貢献する発明をしても昔は金一封が出る程度であったという。それに対する違和感はなく、企業にいるからこそできた発明であるし、論文や発表による学会での評価が上がることと社会的に貢献できるという見返りで充分であったとおっしゃっていた。しかし、まさに中村氏による発光ダイオードの発明対価をめぐる裁判の後社内の規定が変わり、特許が有効なものに関しては遡って発明対価が社員に支払われるようになったという。あの論文で紹介されていた技術者への動機付けの必要性と発明対価の後払い方式について説明させて頂くと、「なるほど」とおっしゃって頂いた。画期的な発明を生み出す環境を用意する責任も企業側に課されてきているのだと改めて感じた。こうして、笑いあり、感動あり、勉強ありの数時間はあっという間に過ぎたのであった。そしてこちらがホストにも関わらずご馳走になってしまった・・・。お2人とも旅の貴重な時間に声をかけてくださってありがとうございました!また京都に遊びに行かせて頂きます!!
2006/09/19
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同期のHが結婚した。入社時に名古屋の寮へ共に入った野郎8人衆の1人である。全員がそろっていたのは約1年であり、現在は東京、埼玉、岐阜、京都、札幌、そしてアメリカとみなバラバラになってしまったが、それでも我ら8人の結束は強い。夜勤も多く休みも不規則な中、食堂や風呂で一緒になって語ったり、同じ勤務のとき夜中の3時ごろに仕事の質問で電話し合ったり、たまに一緒になった休みに遊びにいったりと、懐かしい思い出もたくさんある。テレビもプレステも部屋になかった私が「メタルギアソリッド2」や「鬼武者」をクリアできたのは、同期のKの部屋に入り浸り、本人が不在でもゲーム進行に勤しんでいたからだ(笑)。社会に出たばかりの期待と不安、そして現実を共有した仲間のつながりはこれからも続くと思う。今回のHを含めこれまでに8人中5人が結婚したことになり、そのトップバッターは私であった。MとKが披露パーティの司会まで務めてくれ、さらに余興として他のメンバーも加わって「笑点の大喜利」をやってくれた。皆さんが予想するように寒くなかった(笑)、じゃなくて、うん、面白かった(笑)。何より気持ちが嬉しかった。私がアメリカへ留学している間に司会をしてくれたMとKが結婚し(男2人が結婚したわけではない)、私は祝メールという形で参加させてもらった。(やはり出席したかったなー)帰国後、今年の4月に東京で行われたNの式には札幌から祝福にかけつけることができた。今回、結婚したHは地元の滋賀で身内だけで式を挙げるとのことだった。うーむ、残念ながら我々が参加できる場がないのかー。というわけでアイデアマンのMが提案したのが「ビデオレター」だった。Mが出演できる人を個別に撮影していった。アメリカにいるKはやはりメールでの登場。(もう提出したか?)そして、札幌にいる私は残念ながら撮影のタイミングが合わなかったため、今回は電話での出演となった。Mの構想によると、Mの携帯に私から電話がかかり、ディスプレイには「ToneHide(私の名前)」が表示され、そして私が祝メッセージを発するという流れである。ご当地ネタを何かやらねばという義務感に駆られた私がとった行動は、田中邦衛のモノマネしながらの祝スピーチもちろん「北の国から」のテーマソングをBGMに流して。(当然さだまさしベストを持ってる)「北の国から」は長編ドラマシリーズを全部見ているのはもちろんのこと、その昔放映していた連続ドラマもすべて見ているちょっとしたマニアである。五郎さんの一挙手一投足には詳しいぞ。でも、あーーーー、似てない自信ある(恥)!!まあ、こぉいぅのはよぉ、気持ちが大切なんだよぉ、おぅ。(真似して言ってるつもり)ほんっとにおめでぇとなぁ、おぅ!!!!(同上、いや同情はやめて)(本人がこのブログを見てないのを見越してのネタばれであった(笑)。内緒だよ!!)
2006/09/17
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「どんな発明報奨金制度を設けているかは、今や理工系学生にとって、初任給の額以上に就職先企業を選択する際の重要事項となっている」理系分野に興味はあったがおつむが追いつかなかったバリバリ文系の私には縁遠い話題であるが(苦笑)、なんともリアルな指摘である。昨日(2006年9月13日付)の日経新聞朝刊「経済教室」のコーナーにおける「発明利益 技術者へ還元を」と題された論文からの抜粋だ。知的財産権を専門とする著者の升永英俊弁護士は、青色発光ダイオード(LED)の発明対価をめぐる訴訟で中村修二氏の代理人を務めた経歴も持っている。著者によれば、現代人類は3回、「富のルールの変遷」を経験している。Start: 人類誕生~紀元前数千年頃まで → 富の概念無し1回目: 農業の発見~18世紀後半まで → 農産物が富を具現するルール2回目: 産業革命~1990年代 → 工業製品優位の富のルール3回目: 現在 → 知的財産優位の富のルールなるほど、富を生み出す源が歴史的に農産物から工業製品へ移り、現在は「知的財産や知的財産の衣をまとった工業製品」に移っているということなのだ。確かに世の中なんでも特許だライセンスだという縛りがきつくなっている気がする。アイデアやデータというものが世界中を容易に駆け巡る世の中だからこそそれを守る必要性も高くなっているということなのかもしれない。このような時代を受け、升永弁護士は以下のように論を展開する。「富を生む知的財産を創造するには、技術者に発明の動機付けを与える必要がある」ゆえに、企業経営者は「超過利益」を発明対価として支払い、「コストではなく投資と考える発想の転換」をする必要がある。(筆者による「超過利益」の定義は、【発明にかかる製品が生んだ利益】-【通常利益】-【会社が発明を非独占的に使用できる権利の価値】+【第三者からのライセンス料】であり、あわせて後払い方式を提唱しており、「企業経営を圧迫する」という予期される反論に備えている)確かに、自分が頑張ってすごい発明をすることが報酬に直結するというのであれば技術者のモチベーションはグッと上がるかもしれない。新たな技術を生み出すことは日本にとっても産業の盛衰がかかったミッションでもある。企業としても、技術革新における競争力を向上させるために著者の提唱する技術者への「発明対価支払い」の流れは加速すると私は予想する。一方で、本当にそれで技術者は満足するのだろうか?という疑問も残る。アメリカ国立衛生研究所(NIH)で働く友人のAさんはエイズワクチンの研究を進めていらっしゃる。AさんにNIHを案内して頂いたことは写真付でこのブログにも書いたことがある。ニューヨークの中華料理店で初めてAさんと会った私は、話にはよく聞いていたアメリカ最大の研究機関NIHについていろいろ質問をさせて頂いた。その中で、こんなことまで聞いたのだった。(記憶をたどっての会話の再現なので完全ではないことをご了承いただきたい)私:「エイズのワクチン発明に成功したらその社会的意義の大きさも去ることながら報酬もすごいんでしょうね?」(今考えると初対面でこんな質問・・・、失礼しました!)Aさん:「いや、研究員は発明に対して対価は得られないのが普通なんですよ」私:「えー、そうなんですか!?それじゃモチベーションも低下してしまいませんか?」Aさん:「うーん、研究者としては充実した設備、環境で研究ができることが幸せですし、ちょっと臭いかもしれませんが、自分の研究によって多くの人を救えるというやりがいの方が報酬よりも大きな要素です。研究者には私のような考えを持った人が多いと思いますよ」Aさんの回答に素直に感動したことを今でもしっかりと記憶している。人間のモチベーションとは多様な要素から成り立っているのだ。自ら奮い立たせる燃料もバランスよく成分をブレンドしていきたい。
2006/09/14
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乳製品は私のソウルフードである。牛乳が好きなのは言うまでもないが、ヨーグルト、チーズ、ソフトクリーム等々。。。中でもヨーグルトはボクサー時代に減量中の主食としても非常に重宝した。そして、今、私が住んでいる北海道のイメージと言えば・・・こんなのが浮かんだりしないだろうか?全国の牛乳生産量のなんと5割以上がこの大地からというから正しいイメージなのだ。というわけで、最高の海鮮だけでなくおいしい乳製品に囲まれて幸せである(笑)。しかし最近、自分の目を疑うような道内ニュースを立て続けに見た。「生産過剰の生乳1000トン(1リットルパック約100万本)を廃棄する事態になって」おり、全国一の生乳生産地でありながら、「道民の牛乳消費量は全国10地域で沖縄に次いで2番目に低い」というのだ。。。(読売新聞北海道版より。2つの話題、ロジック的には順序が逆な気がするが記事の出た順に並べてみた)これはゆゆしき事態だ!北海道の農協もテレビCMなどを通じて「ミルクランド北海道」と銘打ったキャンペーンを展開し牛乳消費量アップを目指して頑張っているが、個人的には残念ながら訴求力に欠ける気がする・・・。そんな中、すでにじゅうぶん牛乳を消費していた私の心をさらにガッチリつかんだキャンペーンに出会ってしまった。「白いプリン大作戦」 平たく言えば、さまざまなケーキ店で牛乳をたっぷり使用したプリンを売り出そうという企画だ。もちろん、こんな素敵な大作戦に参戦せずにはいられなかった(笑)。私がこれまでに食した白いプリンは3銘柄+1おまけ。きのとや 白いプリン(きのとやホームページから)「白い恋人」でおなじみ石屋製菓 白いプリン(キャンペーン仕掛け人のホームページから)柳月 白いプリン(今日食べる前に撮影したもの。ペンは大きさの目安。左は容器で真ん中がプリン。右の牛乳パックはこちらもしっかり消費してるという証拠(笑))北菓楼 白い杏仁(これまた仕掛け人のページから。正確にはプリンではないが帯を見てもわかるとおりキャンペーン参入商品ということで)それぞれの味について細かく書くとしつこくなるので割愛するが(笑)、はずれくじなし!クリームやジャムの使い方などそれぞれに味付けは違うのだが、もう、どれもこれもおいしい!All Aaboutの記事『北海道発の『白いプリン』って知ってる?』によると、この作戦における『白いプリン』の条件は以下の3つ。1.商品名を「白いプリン」に統一し、色は白であること。2.北海道の牛乳をたっぷり使うこと。それ以外の素材は自由だが、可能な限り道産食材を利用する。3.北海道で生産していること。どれくらいの種類が存在するのか把握できていないが、着実に参加店は増えているようだ。牛乳消費量アップに実際どれだけの効果が出ているのかはわからないが、マーケティング的な効果は抜群ではないだろうか。少なくとも私はハートを射抜かれた(笑)ピンチをチャンスに変える発想。応用できるぞ、この考え方は!
2006/09/13
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入院する数日前にロンドンから一通のEメールがきた。「母と一緒に札幌と小樽を旅行する予定なのですが、Hideさんは札幌にいらっしゃるでしょうか?」ワシントンDCでお会いしたSさんからだ。DCでは国際機関にお勤めであった彼女はロンドンの大学の博士課程へ進み、このたび博士課程を一次中断されて他の国際機関のお仕事でバングラデシュに赴任されるというのだ。赴任前に帰国されて親子水入らずの旅をされるというのに御連絡をいただけるなんて嬉しいではないか!日程的に私の退院翌日ということもあり、自分へのご褒美も兼ねて(笑)本日3人でかにの食べ放題に行ってきた。札幌に来てはや10ヶ月になるが、かにをドカッと食べるのは初めてであった。ずわいがにと毛がにの食べ放題。制限時間は90分。「かにを食べるとき人は無口になる」この格言(?)は有名だ。かくして店内も何かこう、かに身の探索への集中力が漂う荘厳な雰囲気であった。(←大げさ)しかし、2年以上ぶりに会うSさんとの話題は尽きることがなく、共に滞在していたワシントンDCについて、共通の友人について、最近物騒なことも多いSさんが滞在していたロンドンについて、私のいる札幌のおいしい回転寿司について、Sさんの論文テーマの舞台であり私も訪れたことのあるジャマイカについて、などなど、広範囲について語り合った。そしてあっという間に90分が経ってしまった(苦笑)。「(制限時間の中で)かにを食べるときは無口になる(べし)」格言に隠された重要語句を発見したのであった。その後、時間に追われない(笑)喫茶店に場所を代え、今度は鳥取県にあるSさんの故郷について、お母さんからいろいろお話を伺った。鳥取は自分にとって未踏の地であるし、お話を聞いて行きたくなったなー。世界中を舞台に活躍される娘を持つ親御さんの心境というものは、誇りと心配が混在する複雑なものだと察する。貴重な親子の再会に同席させて頂いて、離れていても確かに存在する信頼関係をひしひしと感じた。Sさん、バングラでもエネルギッシュに頑張ってください!!
2006/09/10
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人生初の入院・全身麻酔・手術より帰還した。予想外の困難を伴ったらしいが、鼻中隔矯正および右下甲介切除の手術は無事成功し、当初の予定通り退院することができた。しかし、こんなにつらいものだとは思わなかった・・・。全身麻酔による手術はそれこそ寝てる間に終わってくれたが、術後数日はガーゼが詰められてパンパンに腫れた鼻を中心に顔中に痛みが走り、見た目の悲惨さも手伝ってつらさが増した・・・。映画「エレファントマン」の見方も相当変わったと思う(笑)。大まかな行程は以下のような感じであった(旅行日記と同じノリじゃないが・・・)入院初日:午前中に大部屋へ入院→麻酔科受診→仕事(入院場所が職場なもので・・・)二日目 :午前中手術→鼻にガーゼ、口に酸素マスクをしながらベッドへ→点滴三日目 :1日2回の点滴、痛み止めとくしゃみ止めを服用、合い間に仕事(苦笑)四日目 :点滴の代わりに抗生剤と胃薬を服用を開始したくらいで前日と同様。五日目 :午前中抜糸(鼻からガーゼを取り出す)→失神しかけて安静→仕事六日目 :次回の定期受診を決定して午前中退院う~ん、全身麻酔を伴う手術があったわりにはかなりコンパクトな感じだ。「仕事」という文字が散りばめられているためモーレツ社員に映るかもしれないがそんなことはなく、前にいた部署での引き継ぎ作業のフォローという需要と私の持て余した時間という供給が一致しただけである(笑)。ベッドに横たわっていても顔の痛さに集中させられるだけだったので・・・。短い期間ではあったが、今回の入院生活を通じ、医療サービスについて、健康について、そして人生について実感をもって考えさせられたことも多い。詳細を書けない部分もあろうが(笑)、この場に書き留めておいた方がいいと思うことはおいおい記述していきたい。ちなみに題名にも書いた通り、食生活を管理された入院生活にも関わらず、退院時には1.6キロほど増量していた・・・。なんでもかんでも吸収する性格も考えものだな、こりゃ(苦笑)。というわけで、何はともあれただいま!!
2006/09/09
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