2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
全17件 (17件中 1-17件目)
1
一難去ってまた一難。バトンを渡したと思ったまみゆからそのバトンを持ったまま違うバトンを渡されてしまった・・・。これってバトンでもってブログを破滅に追い込む組織の巧妙な手口か(笑)?いや、まみゆ殿を責めているわけでは毛頭なく、前向きに解釈して始まり始まり~。---------------------------------------------------------------------- このバトンの中では、あなたにバトンを回して来た人を「あいつ」とします。 あなたが思う、あいつの印象etc…正直にお答え下さい。 ---------------------------------------------------------------------- 0.あいつの名前を教えて下さい まみゆ1.ぶっちゃけあいつとどういう関係? あれは7年前になるのかな?就職活動のメーリングリストのコンサルティングファーム分科会のオフ会(勉強会)で出会って以来の友人で、まみゆはその参加者の1人のNと知らぬ間に付き合い始め・・・(中略)、札幌でまみゆ一家(すでにまみゆが中心)に再会したという仲! 2.あいつを色で例えると? グリーン。学生時代スターバックスでアルバイトをしていたという話の印象が強いのだ。その姿は見たことないけど(笑)。3.あいつを四字熟語で例えると? 笑顔満開はいそこ、四字熟語辞典調べるとかつまんないことしない!皆さんもすでにおわかりのように笑顔が眩しいお方ということです。 4.あいつの良い所、ひとつ教えて 小生のボクシングの試合を観に後楽園ホールに応援に来てくれて、試合後にドトールの(あれ、すでにスタバじゃないのね)ミルクレープをくれたこと。(食べ物の恨みは一生と言うが、食べ物の感謝も一生なようだ(笑)) 5.あいつの嫌な所、ひとつ教えて 上記の試合はなぜかNと2人と観に来ており、ケーキも2人からって感じだったのも覚えてるなあ。それまで2人が付き合ってるとか知らなかったじゃんかー、隠すなよ~、水臭~い(笑) 6.あいつに唄わせたい歌は? なんでしょうなー、なんとなく、鈴木あみの「Be Together」 7.あいつと遊びに行くならどこ? みんなで札幌近郊の公園!(約定済) 8.あいつと一日入れ替われたら、何をする? いつも仕事の遅いNに文句を言うわよ!(ごめん、シャレにならなかった(笑)?) 9.この場を借りて、あいつに言ってやりたい事があれば。 札幌での2人との再会もびっくりだったけど、Mちゃんとの対面も嬉しかったねー。なんつうか、やっぱり母は強しだなあ。これからも母子ともに健やかに成長してください!---------------------------------------------------------------------- 10.あなたについて答えさせたい、次の回答者最大7人いきます。 「しんや」さん、「ぐま」さん、「さとまつ」さん、「たからぽん」、「Hayato」さん!前のバトンの手法、『題名載せ』を勝手に使ってしまった(笑)。しんやさん、貸した義理は返してもらいやすぜ!ぐまさん、帰国前に書くことがいっぱいあるはずでしょうが、しがない「あいつ」のためにお慈悲を!さとまつさん、お忙しいご様子で最近更新がないのでこれを機に(笑)!たからぽん、なんだか連続更新しているご様子なのではずみをつけて!Hayatoさん、ガーナの次はToneHideでお願いします!というわけでバ、バトンを渡し終えました、はあはあ・・・・。
2006/05/31
コメント(0)
あれはGWにエチオピアにいた頃だった。インターネットで何気なくグリーをチェックするとワシントンDC在住のしんやさんから名指しのバトンが回ってきているではないか!頼まれればいやとは言えない性格の私。というわけで遅ればせながら義理を果たします(笑)1)回してくれた人の印象をどうぞ。人には言えぬ理由で祖国を離れた全部足すと合計25段の諜報員いや、見た目の危なさと中身の優しさ、繊細さのギャップが素敵な人です。←慌ててフォロー2)周りから見た自分はどんな子だと思われていますか?5つ述べてください。うーん、どうだろう。とりあえず時代別に5つほど。1.一年中ランニング半ズボンの元気な小学生(based on true story)2.先生にぎりぎりばれない長さの中ラン、微妙な太さのボンタン(ワルの男子の学生服)をはいて満足するシャイな中学生(同上、以下略)3.顔にバンソウコウをつけて登校し、「どうしたの?」と聞かれて「いや、ボクシングでちょっとさ」と答えることにちょっとした喜びを覚えていた自己陶酔っ気のある男子高校生4.いきなり激やせして食べ物の話題に機嫌が悪くなったり、すぐ元に戻って代官山のケーキ屋に出没する、なんちゃってプロボクサーなリバウンド王の大学生5.「何をしてるのかよくわからない」とよく言われるが(笑)、名古屋、東京、ワシントンDC、札幌と、どこでも住めば都の生活をしている若手の社会人(時に年齢詐称疑惑勃発・・・)3)自分の好きな人間性について5つ述べてください。これまでも、これからも目標であることを。 1.笑うこと、笑わせることを大切にするひと(およびヒット率の上昇) 2.出会った人々の生き様から刺激を受けて興味の幅を広げ自分のパワーにするひと 3.オンとオフのメリハリをつけるひと 4.感謝を素直に表現するひと(Appreciate what you HAVE, not what you HAD) 5.バランスを大切にするひと4)では、反対に嫌いなタイプは?反対にというくらいだからまさに前項の裏返しですな。 1.ただ一途に真面目すぎる人 2.他人、他分野に無関心な人 3.ずーっとスイッチが入りっぱなしの人、またはその逆(笑) 4.感情表現が苦手な人(嫌いっていうか、もったいない!と思う) 5.1つのサイドしか物事を見れない人、見ようとしない人5)自分がこうなりたいと思う理想とかありますか?3の部分で挙げた自分が好きな人間性を実践できるようになりたいかな。さらに留学中に教授からもらった「Dream an impossible dream!(とんでもない夢を持て!)」という言葉に従ってその夢(の一歩手前?)を実現するのが理想。今はまだまだそのとんでもない夢の探し中!(この言葉をもらった授業の一部始終は過去日記『「とんでもない夢を持て!」:最後のクラスでの教授からのメッセージ』を参照されたい)6)自分のことを慕ってくれる人に叫んでください。「慕ってくれる」って憧れる響きだなあ(笑)そもそも「慕う」ってどういう意味だろう。慕う(『広辞苑』より)1.(恋しく思い、また離れがたく思って)あとを追って行く2.会いたく思う。恋しく思う。なつかしく思う3.理想的な状態・人物などに対してそのようになりたいと願い望む1も2も恋がらみじゃないですか(笑)!そうかあ、ならば、2人になるとけっこうつまらない男なのでその辺りの覚悟をして頂きたいと・・・・ってこのくらいにしておきます。。。「人生は回り道があってこそ豊かになれる!」ここではこう叫んでこれまでの脱線を自己弁護しておこう(笑)。7)そんな人にバトンタッチ!5名!にしむ、まみゆ、hirohiro-masa、Otsumu_tenten、Mr. Tanny「そんな人」なんて文脈で出すのもおこがましい限りだが、ひょっとしたら読んでくれてそうな人かつブログをつけている人を思い浮かべてご指名してみた。神戸、札幌、シンガポール、ワシントンDC、そしてペンシルバニア州から皆さんの声を聞かせて頂きたい!特に三番目のmasaさんは恐縮なのだが・・・。お義父さん、よろしくお願いします(笑)!m(_ _)m8)タイトルに回す人の名前を入れてびっくりさせてください。読んでくれてればびっくりするかもしれないけどさー(笑)というわけで渾身の力を込めた人生初バトンであった。しんや兄ぃ、こんなんでよろしかったでしょうかー?またシャバに出てきた時はよろしくお願いしまっす!
2006/05/30
コメント(6)

一週間ほど前までは札幌ではまだ桜が見れた。職場付近に咲いていたものを携帯でパチリ。5月後半でも桜が見れるなんて特した気分だなーと喜んでいたが、雨の日を境に散ってしまった。。。そんな私の落胆を慰めてくれたのはやはり・・・「花よりにぎり」とは言ったものだ。(←誰も言ってない)生うに、いくら、あわび、牡丹海老、本マグロなどの豪華キャスト・・・。この寿司屋ではなんと第2、第4木曜日は通常2100円の特上生にぎりがサービス価格1500円で食べられるのだ!ランチに1500円は勇気のいる投資だが(笑)、気付けば店の主人に向かってこう発さざるを得なかった。「大将、今日って第4木曜日ですか?ですよね?」う~む、うまかった!!!月に2回とは言わないが、月に1度の豪華メニューとしてランチデータベースに登録する必要があるかもしれない。その分、500円ランチの登場回数を増やしてバランスをとるのも手だな(笑)。話変わって今日の出来事。「ティロリリーン」とメッセンジャーで珍しい男がオンラインになった。ビジネススクールの同級生だった、韓国人のJである。彼はビジネススクールに来る前は韓国にあるフランス系の金融機関で働いていた。そしてその前はプロのミュージシャンとしてサックスを吹いていたユニークな男である。我々夫婦の送別会で吹いてくれた「Over the rainbow」は心に染みたなあ。私の学年には約70名のMBAの学生のうち日本人は私1人、韓国人もJを始め3人しかいなかったので、英語苦手組として(笑)かなり仲も良かった。成績は彼の方が優秀だったろうけどさー(←ちょっとジェラシー)卒業以来ちょっとだけメールのやりとりはしていたが、かなりご無沙汰していたのでこのチャンスを逃す手はないと話かける。卒業後アメリカの銀行で働いていたJは最近ソウルに帰国してご家族が経営している会社で働き始めたということである。「でもやっぱり俺はバンカーだからまたどこかの銀行に戻りたいな」なんて本音もちらり(笑)。近況をちょっと伝え合って思い出話に突入。いやあ、やっぱりクラスメイトってのはいいなあ。小学生の男の子のパパである彼は私より年上なのだが、英語というのは敬語という壁をとっぱらってフランクな会話ができるのがいいと思う。特に日本も韓国も先輩後輩とか上下関係って厳しいからなあ(笑)。それでもずっと彼には改めて謝罪せねばならないことがあった。帰国直前のランチドタキャン事件のことである。。。「そんなこと気にするなよ!また会えばいい。韓国と日本は近いんだから明日会いに来いって(笑)」兄さん、そりゃちょっと無茶や・・・(笑)今回の会話での新たな発見はJとプロ野球の巨人の4番打者イ・スンヨプが高校の同級生だったということである。J「彼と対談するには俺がもっと偉くならないとなあ」なんて言っていたが(笑)。それにしても確かに韓国って近いし、気軽に行けそうだぞ!韓国へは一度しか行ったことがなく、10年くらい前にベトナム旅行の帰りに韓国人の友達の家に2、3泊くらいした。その時は大学のサークルのイベントのための企画合宿だったが10人くらいで集まったあの合宿も楽しかった。訪ねる友人もいることだし、週末を利用してぶらっとソウルにでも行こうかな~。時間とお金がしっかりあれば。。。。とりあえず来月の特上生にぎりはキャンセルかな(笑)そういえば、気付けばアメリカから帰国してちょうど1年が経ったんだ!!時間の流れが早過ぎて怖い・・・。あれから成長はできているのだろうか。いろいろ焦ることも多いが、留学で学んだLife Long Learning(一生勉強!)とPositive Thinking(いつも前向きに!)の精神を胸に精進していきたい。
2006/05/27
コメント(0)

昨晩コンビニでデザートを買ったときあるポスターが目に入った。「ダ・ヴィンチ・コード前売り券絶賛発売中!」そういや、明日から上映だなーと思いながらそのポスターをよく見るとこの日が最終日である前売りで買うと通常1800円の券が1300円で買えるという。もちろん、「豆乳花(トールーファ)」と一緒にチケットをゲット。(豆乳から作られた甘さ控えめのヘルシーなこのデザートは最近のイチオシ!!)というわけで今日の仕事の帰りに観に行った。1人で映画観に行くのって人生初かもしれないなー。札幌だと混みそうなのであえて小樽方面へ向かい、小樽築港の駅そばのショッピングセンター、Wing Bay Otaruのワーナーマイカルシネマに行った。これが大成功で、人混みもなくちょうど真ん中らへんの足の伸ばせる席をゲット。座席の後ろ半分はけっこう埋まってたけど、前方半分はがらっがらだったなー。こんな時、東京にいない幸せと地方の寂しさを同時に感じる。小説にしても映画にしてもこれからの人のために内容については語るまいが、あれだけの内容を2時間半くらいでまとめるのにはやはり無理があり、ダイジェストを見ているような感は否めなかったが、美しい映像とスピード感のある展開でなかなかよかったと思う。「ああ、あのシーンはこういうイメージだったのかー」と新たな気付きを得ることもしばしばあった。想像力に乏しいもので・・・(苦笑)。ともかく、今回の小樽での鑑賞は大成功だった。海に面したこんな観覧車もあるのだが、客は1人も乗っていなさそうだった・・・。ショッピングセンター自体も4階建て・5つのエリアから成る、洋服店、雑貨店、レストランから映画館、スポーツクラブ、ヒルトンホテル、場外馬券場にいたるまでなんでも揃っている巨大施設なのだが、いかんせん人の入りが少ない・・・。東京や横浜のショッピングセンターの週末の人混みを考えると信じられない情景である。土曜の夕方にこれで大丈夫かな~・・・・。これだけ立派で充実した箱を作っても肝心の入れる物が少なかったらどうしようもないのかもしれない・・・。ビジネスって難しいと改めて感じたのだった。それでもやはり小樽の強みと言えば・・・う~ん、とろける生うに。今日食べた回転寿司は最高においしかった・・・。うにやいくらという定番も素晴らしいのだが、桜ます、そい、八角、きんきなどのネタはまさにご当地ならではである。帰りに見た小樽築港駅から銭函駅にまで続く車窓から見える日没の海の風景もきれいだったなー。もちろん地域経済もよくなってもらいたいが、人口密度の低さを満喫している今日この頃であった。
2006/05/20
コメント(4)
こつこつとエチオピア旅行記を更新している今日この頃である。見ての通り様々な刺激を受けたいい旅であったのだが、今回の旅行では意外な収穫があった。エチオピアの歌の中に空耳アワーネタを発見したのだ!まだ送ってもいないので細かく書くわけにはいかないが、というよりけっこうあからさまなのでエチオピア滞在経験者にもう投稿されて落ちたりしているかもしれない(苦笑)。いや、自分で気付いたことに意義があるのだ!そうは言っても実際に本場で通用するかどうか。それを知るためにはこれまでの作品のクオリティを検証する必要がある!というわけでネットで「空耳アワー」を検索すると、さすが長寿番組の超人気コーナー、情報にあふれている。中でも秀逸なのが、2001年1月18日放送分以降の空耳アワーを全て映像付きで公開している 『週刊ソラミミスト』。著作権がどうなってるのかわからないけど、こんな素晴らしいサイトが世の中にあるとは知らなかった。。。。はまりすぎて時間を膨大に費やす恐れがあるので要注意(笑)。うーむ、過去5年の歴史を紐解いてみると、「こんなレベルが高いのか・・・」と思わされたり、「これなら俺のだって!」と励まされたり、平たく言えば玉石混交である。作品自体がたいしたことなくても映像のあまりの面白さに笑ってしまうというずるいのもある(笑)。手ぬぐい=426(73.57%) Tシャツ=148(25.56%) ジャンパー=5(0.86%)こんな統計まで表示されているのもすごい。『空耳アワー』のコーナーの最後に現れる投稿募集のテロップには宛先しか表示されていない。今回のエチオピアンソング、歌手とかわからないし、歌詞なんてわかるはずもない、そんな状態なのに葉書一枚で投稿できるのか?たまにマニアックな言語の曲の投稿とかあるけど、あれはどうやって送っているのだろう。やっぱりCDとか送らないといけないのかなー?それにしてもこのコーナー、1992年にスタートして今も健在だというのはすごいよなあ。「誰が言ったか知らないが、言われてみれば確かに聞こえる『空耳アワー』」日本語の奥深さ・お馬鹿さを認識させてくれる功労者だ。嗚呼、手ぬぐい、欲しいなあ(←控えめ)
2006/05/16
コメント(2)
エチオピアからやっとこさ札幌へ戻ってきた。帰りは首都にあるアディスアベバ空港からエチオピア航空の飛行機が夜11時半出発の予定だったのになんと出発は翌朝5時半くらいまで延ばされた・・・。おかげでトランジット先である香港のホテルに着いたのは夜12時過ぎとなり、観光どころではなかった(涙)。。。ホテルについて6時間後にはまた空港に向けて出発。なんとも寂しい滞在だったなー。しかも香港の空港でもキャセイパシフィック航空の札幌行きは1時間半遅れてしまった・・・。奇しくも共に60周年を迎えるエチオピア航空とキャセイの二社。しっかりしてよねー(苦笑)。いやいや、楽しかった旅をこんなことで忘れてはいけませぬ。相方との再会はもちろん、現地で働く多くの日本人の方々、外国人たち、そしてエチオピア人との出会いなど、大変有意義な旅であった。詳細は写真付でおいおい書きたいが、ここではダイジェストで今回の旅を振り返ってみたい。4月29日 札幌から出発! 30日 アディスアベバへ午前7時頃着→昼ごはん@大学の先輩のTさん宅 →エチオピアの伝統ダンスのレッスン →食事会@Kさん宅5月1日 朝5時起きで飛行機に乗り北部のアクスムへ(世界文化遺産のオベリスクがある) 2日 飛行機でちょっと南に下ってラリベラへ(これも世界文化遺産の岩窟教会がある) 3日 アディスアベバへ帰還 →夜食事会@韓国料理屋 with Mさん 4日 長距離バスでナザレットへ →夜食事会@Oさん宅 5日 Oさん車でソドレ(温泉がある)へ →そのままアディスへ帰還 6日 アディスでちょっとお買い物 →夜食事会with Tさん達@アラビア料理 →深夜アズマリベットに(伝統楽器による即興の弾き語りとダンスのバー) 7日 アディスのボストンスパで全身オイルマッサージ体験 →日米大使館ソフトボール決戦に参加(5番ファーストで先発) →エチオピアの伝統レストランで食べて踊る with Y先生達 8日 アディス観光(アディスアベバ大学見学や故ハイレセラシエ皇帝の旧邸宅見学など) →シェラトンホテルで全身オイルマッサージ(←はまり気味(笑)?) →夜食事会with Nさん達@イタリアンレストラン →香港へ出発(夜11時半のはずが朝5時半へずれこむ・・・) 9日 深夜に香港着 10日 夜、札幌着う~む、移動のしんどさは否めないものの、やはり充実してました(笑)。世界は広く多様な文化を包容していると感じる一方で、どこにいても人間というのは共通しているものだと改めて考えさせられる旅でもあった。また明日から現実へ戻るぞ・・・・・!
2006/05/10
コメント(4)
旅行帰途編(アディスアベバ→香港→札幌)エチオピアでの長い最終日を経て、帰りの飛行機は夜12時発の予定であった。しかし、数日前にエチオピア航空のオフィスで行ったリコンファームの時点で午前3時に延期されていた・・・。こんなあっさり遅れるものなのか・・・。まあ、その分長く滞在できたとプラスに考えることにして、午前1時には空港に着いていた。発券カウンターでは係員が「Sapporo」という目的地に驚いていた。係員;「サッポロに税関はあるのか?なかったらナリタに一度行かないとだめだぞ」なんてアドバイスまでくれた(笑)相方にお礼を言ってお別れをし出国ゲートをくぐり出発カウンターへ向かいながら出発と到着のスケジュールを示すテレビ画面に自分が乗る香港行きの便を発見。「Delay」さらにですか・・・。エチオピア旅行の道中でしばしば会った一人旅をしていた日本人の方と話しながら時間を潰す。彼はかれこれ100ヶ国は周ったという旅の達人だ。私の十数ヶ国なんてまだまだ甘ちゃんだ。けっきょく、飛行機が飛んでくれたのは午前5時近くだった・・・。香港で一泊することを余儀なくされていたのがかえって良かったなあ。その代わり、友人のJがアドバイスしてくれた1人未来日記in香港の実行は不可能となってしまったが。香港に到着したのは夜12時頃。翌日の午前7時半にはまた空港に戻ってこなければならない。中途半端と言えば中途半端だが、ホテルはJがわざわざ予約してくれたものだし、ドタキャンをするよりちょっと体を休めるためにも行くことに決定。台湾は2度行ったことがあるが、中国は初めてだった。たった数時間だけど(苦笑)。空港からすごくきれいな電車で九龍駅へ。周囲に広がる高層ビル群。と、都会だー。エチオピアから来たものでよけいそう感じる。九龍駅からはタクシーで。タクシー乗り場から係員に誘導されて乗り込む。私:「○○ホテル、プリーズ」運転手:「×□×□?」英語が通じない・・・。えー、香港なら英語通じるんじゃないのかー!?まったく意思疎通ができてないのに運ちゃんは走りだす。おいおい、何がわかったってんだおじさんよ!?落ち着き払ったおじさんはおもむろに携帯で電話をかけ始めた。なにぃー、この場面で私用電話を始めるつもりか!?と思ったらその携帯を突然私に渡してきた。私:「ハロー?」電話の声:「(英語で)目的地はどちらですか?」私:「○○ホテルですが・・・」電話の声:「わかりました。この電話をまた運転手に戻してください」運ちゃん:「(中国語で)×□×□?×□×□×□」(電話を切る)私:「(運ちゃんに向かって)OK?」運ちゃん:「OK」なんじゃこりゃ(苦笑)・・・・。あの電話の相手がタクシー会社の人なのか、単に運ちゃんの英語が話せる知り合いなのかわからなかったが、このおじさんにとっては当たり前のオペレーションなんだろう(笑)。やっとのことでホテルに着いた。もう5時間しかないな。シャワーを浴びて早く寝て体を休めないと。しかし、ホテルの案内の日本語に目がいってしまう。「ビヅネスセンター:タイピング、翻訳などのサービスを行つております。詳細についてはまで問い合おせください」まずどこまで問い合おせればいいのかはっきりしてくれ!あんたらに翻訳は任せられん(笑)翌早朝にホテルを後にし、本当に短い滞在であったがまた来てみたいな。今度は中華料理を堪能するのだ!!香港でも飛行機が1時間半遅れるという憂き目に会ったものの、こうして私の旅行は幕を閉じたのだった。旅をするたびに思うこと。世界は狭くて広いなあ。
2006/05/09
コメント(0)

旅行10日目(後編)エチオピアを飛び立つのは深夜であるので時間はまだまだある。アディスアベバ大学を離れた2人は、数日前に小泉首相も宿泊したあの場所へ。エチオピアで最高のホテル、シェラトン。羊の群れもこの豪華なホテルにはびっくりだろう(笑)立派な立派な入口に迎えられる。ここはエチオピアじゃないなー(笑)さて、わざわざシェラトンまで来たのは単なるおのぼりさん的観光が目的ではない。昨日に引き続きエステを体験するためだ!敷地内の屋外プールの近くにあるこじんまりとした建物内にエステの場所はある。受付の左手が男性、右手が女性用の入口となっている。ロッカーでバスローブ姿に着替えると、中央奥にジャグジー風呂があり、手前には横たわれる椅子が複数置いてある、古代ギリシアの浴場(イメージだけど(笑))のミニチュア版のような光景が広がっていた。やはりここは今まで見てきたエチオピアとは違う・・・(笑)。この部屋から全個室のシャワールーム、サウナルーム、そしてマッサージルームにつながっている。何をどこまで利用できるのかわからなかったので従業員のお兄さんに聞いてみたところ、ジャグジーやサウナは会員のみ使用してよいものであり、今回の私はマッサージとシャワーだけ使えるようだ。ジャグジー風呂兼待合室には欧米人やエチオピア人の年配の客がちらほらといた。アメリカ人のおじさんと「ここは別世界だよね~」と話して気持ちを共有したりしたが、私が知らずに他の人が使っていた椅子に座っていたことがきっかけでエチオピア人のおじさんと少し話す機会があった。私:「どんなお仕事をしているのですか?」おじさん:「自動車の部品を輸入する会社を経営しているんだよ」私:「ここにはエチオピア中の成功者が集まっていそうですよね~」おじさん:「そうだね、安くはない会員費を払った医者や弁護士、そして私のような経営者達が多くいるよ。そのおかげでネットワーク構築と情報交換の場にもなっているね」なんて私と話しながらも、このおじさんは次々にやってくる知り合いと挨拶を交わしていた。う~ん、まさに社交界ここにあり、といった様相だ。彼にとっての会員費は自分のリラックスのためだけではなく、ネットワーキングなどを含めた実りある投資になっているのだろう。本当に心を落ち着けたいときは逆に来たくないかもしれないが(苦笑)。。。。Gパン、Tシャツ姿でやってきた格調低い私にはふさわしくない場所であったが(笑)、エチオピアの高級サロンを垣間見れて非常に興味深かった。一方、今まで見てきたエチオピアでやはり印象深かった「貧しさ」の側面とのコントラストの激しさも感じざるを得なかった。一人当たり国内総生産(GDP)が年間100ドルというアフリカの中でも最貧国であるエチオピア。日本で最近論じられている「格差」なんてもんじゃない・・・。話が別の方向で熱くなっていきそうなので元に戻すと、肝心のオイルマッサージの方は今回はごっついお兄ちゃんがマッサージ師だった・・・。素っ裸にタオル一丁で2人っきりというのは、相手が老若男女を問わず微妙なものだという発見があったかな(笑)。マッサージ自体は女性のしなやかさに欠けるものの男性の力強さがあり、かなり満足のいくものだった。特に腕の筋肉をほぐすマッサージが効きまくりで気持ちよかった~。気になるお値段の方は60分の全身オイルマッサージで200ブル(2800円弱)。昨日のと比べて倍もかかるというのは割高感が否めないが、シェラトンの豪華感も味わえるという付加価値も見逃せない。男性にとっては昨日のエステとは違ってしっかりシャワーを浴びられるというのも嬉しい(笑)。う~ん、男性エステというビジネスもこれから可能性があるかも!でも日本ではやはり高いしなんと言っても労働集約型の限界がついてまわりそうだ。まあ、まずはお試しあれ!エチオピアでの最後の夜ご飯は建設会社ご勤務でエチオピアに駐在されているNさん、海外協力隊のKさんUさん、そしてアフリカ連合関連のお仕事をされているMさんと6人でイタリアンレストランへ。Nさんの中東やジャマイカ勤務のお話や、エチオピアのナショナルチームにバレーボールを教えに来ているKさんが大学時代日本一になったお話など、ネタのバリエーション、内容の濃さともに楽しかった~。私が去年ジャマイカに旅行に行ったことや、母校の中学校がバレー日本一で有名といったことも食いつきに寄与した。ジャマイカは単なる旅行だし、中学時代は私はバスケ部でありバレー部が日本一になったのも卒業後だったのでほとんど関係ないのだが・・・・(苦笑)。他にもMさんによる小泉首相のエチオピア訪問における声明の分析や、佐世保出身のUさんによる「佐世保バーガー」自慢話など、話は尽きることがなかった。そして、ここのイタリア料理がかんなりうまかった!その分値段もそうとう高いのだが・・・・、Nさん、本当にご馳走さまでした!!今回のエチオピア旅行、エチオピア人や外国人だけでなく、この国で活躍される本当に多くの日本人の方々とお会いできたことは大変な収穫であった。外務省のホームページによると、ちょっと古いデータであるが2004年10月1日現在の在留邦人数は124人であるという。数々の食事会、イベントなどでその総数の三分の一を越える方々とお会いしたのではないだろうか。あまりほめたくはないが(笑)、これも人脈の広い相方のおかげであると感謝しなくては。こうして心も胃袋も満足していったん帰宅し、荷造りを終えて空港に向かったのだが・・・。
2006/05/08
コメント(0)

旅行10日目(前編)(アディスアベバ)さてさてエチオピア滞在の最終日。四日前、長距離バスで隣になったアディスアベバ大学講師兼大学院生のエチオピア人、Hに電話をかけて約束通り大学を案内してもらうことに。アラットキロと言われるキャンパス周辺の土地はけっこう整備されている。博物館の前で待ち合わせとなったのだが、キャンパスが広範囲に渡っていてどこに行けばいいのかわからない!というわけで以前も紹介した、「質問は身なりのいい人に聞きましょう」の原則に従ってインド人風の老紳士に道を聞いてみた。「なんでインド人に聞いてんねん!」というツッコミは至極正しいものであるが(笑)、雰囲気的に周辺に詳しそうだったからである。私:「すみませーん。この辺りに博物館はありますか?」老紳士:「ああ、それなら私の歩いている方向だから一緒について行ってあげるよ」道すがら話したところによると彼はやはりインド人であり、アディスアベバ大学の薬学部の教授をしているという。インドへは2回の旅行でかなりの都市をまわったため、出身地を聞いて「お、そこには昔行った事あるよ~!」と言うだけで打ち解けることができる(笑)。彼は国連のプログラムでエチオピアに教授としてやってきたらしいが、「アフリカはもうじゅうぶんかな」とすでに飽きていらっしゃる様子だった(苦笑)。なんて言いつつもエチオピア人と普通にアムハラ語で会話してるところを見るあたり、優秀なインド人の順応性の高さを感じた。次の赴任地をすでに模索している感じであったが、知り合いの研究者がいる日本にもすごく興味をもっているという。理数系のめっぽう強いインド人は昨今ITだけじゃなくてバイオ系にも進出してるからな~。日本にその英知を広めてください!教授とメールアドレスを交換してお礼を言って別れると、博物館の前でしばらく待つことに。う~ん、時間を過ぎてもやってこない!携帯にかけてみると彼もすでに待ち合わせ場所にいるという・・・。なんと、周辺には2つの博物館があり、彼の説明をよく理解していなかった私の間違いだったのだった・・・。勘違いを詫びて迎えにきてもらい、やっと大学の門までたどり着いた。おお、さすがエチオピア随一の名門大学、立派な正門ではないか。門に入るなり係員の荷物チェック。なんかカメラもだめっぽいぞ!?しかし、チェックはいい加減もいい加減で、ポケットの上からカメラを触っておきながら楽勝でスルーだった。H:「気にしないで。形だけだから(笑)」いや~、まさにその通り(笑)。というわけで図書館をパチリ。堂々と撮っても周りの人に何にも言われないから本当に大丈夫なんだろう。館内も見学をしたのだが、さすがに内部は撮影禁止だった。この図書館は人文科学系の学部向けであり、環境化学を学部生に教え自らも大学院で学ぶHは別の敷地にある自然科学系の図書館を利用しているということだ。広いフロアの二階建てで、内部は木造で決して新しい建物とは言えないが、ものすごい数の学生達が自習室で熱心に勉強していた。蔵書の検索はパソコンにデータベース化されてはいないようで、昔懐かしい目録カードの引き出しがずらっと並んでいた。活気ある図書館の雰囲気を感じ、この国の明日を背負う大学生達が頼もしくみえた。なんて偉そうに語っている私が図書館を利用したのは、試験前に借りたノートのコピーくらいだったような・・・・(苦笑)。う~む、広々とした大学キャンパスらしい敷地内でよろしいなあ。この道を抜けてHが連れて行ってくれたのがここ。実は彼が始め意図していた待ち合わせ場所の博物館とはここのことであった。この建物はエチオピア最後の皇帝、ハイレ・セラシエの住居だったのだ。さらに、Hの説明によれば、アディスアベバ大学のこの敷地全体がハイレ・セラシエ皇帝の宮殿だったという・・・。大学のキャンパスだと思って納得してたけど、宮殿だとしたら広すぎだよ・・・。この「おうち」の中は、エチオピア学専攻の図書館、学長のオフィス、そしてエチオピアの歴史の展示とハイレ・セラシエ皇帝が在位時に暮らしていた環境を展示した博物館となっている。この入館料はアディス大の学生、エチオピア人、子供など、様々な料金設定がされており、当然のことながら「非学生、非エチオピア人、非子供」である我々2人の料金がもっとも高い・・・。正確な料金は忘れたが、学生の数十倍の値段であった。しかし、Hが何やらチケット売り場で交渉した結果、なんと無料にしてもらった!H:「エチオピア文化を外国の人に伝えるサークル活動の一環で来たんだから無料にしろと言ったのさ(笑)」すごいHの交渉力、そしてすごいいいかげんなチケット売り場のおじさん(笑)!さらに館内を案内してくれたのは幼少の頃からハイレ・セラシエに仕えていたという歯の抜け揃えた(?)おじいさんだった!彼の話すアムハラ語をHに英語に訳してもらいながら説明を聞くに確かにリアルな感じだが、ほんとに彼は皇帝に長年仕えた人なのか??Hがおじさんに質問した。H:「なぜ皇帝と后の寝室が一緒じゃなくて別々なんですか?」おじさん:「よく喧嘩をしていたからね~」こ、このおじさん、本物だ(笑)!!ハイレ・セラシエのベッドや、衣服、そしてオール大理石で作られた浴室など、豪華な展示を見るにつけ、この貧しい国においても皇帝ってのはすごい存在だったのだと感じたのであった。ところで年配の日本人にはハイレ・セラシエ皇帝の名を知る人が多い。遠くアフリカの皇帝はなぜ日本人に有名だったのだろうか。ちょっと調べてみたところ、彼と日本とのこんな関わりが見つかった。1.ハイレ・セラシエは大の親日家で、明治天皇のファンだった。2.皇太子時代の昭和8年(1933年)には妃に日本女性をと希望し、二名の日本人女性が候補に。 (このお妃探しはイタリアの横槍が入り中止)3.昭和31年(1956年)、65歳の時、一行20人を従えてインド航空機で羽田に来日、昭和天皇、鳩山首相などの出迎えを受け日本各地をまわった。4.昭和45年(1970年)、大阪万博を見学。 (以上、 「世界最古の王朝滅ぶ」より抜粋)2なんてトリビアの泉に投稿していいくらいの「へえ」ネタだ!マニアックすぎるかな(笑)?このようなバックグラウンドを持ったハイレ・セラシエ皇帝が昭和49年(1974年)にクーデターによって廃位させられ、翌年亡くなったというニュースは当時の日本でも大きく取り上げられたのではないだろうか。遠きアフリカの国のカリスマ指導者の一生に思いを馳せ感慨に耽るのであった。何かの縁で長距離バスで隣り合わせになったHよ、充実した大学案内を本当にありがとう!!は!気付いたらかなりの長文になっていた!長い1日の続きはまた後編に・・・・。
2006/05/08
コメント(2)

旅行9日目(アディスアベバ)帰国を前日に控え、旅の終盤に体を癒そうということでお昼にエステへお出かけ。相方が愛用しているという全身オイルマッサージというものを初体験した。エチオピアでも富裕層にエステは受けているようで、アメリカで修行を積んだエチオピア人が開いたというその店も繁盛しているようだった。とは言えこの国でもエステの客層は女性が主流。男性用のコースもあるにはあるということだが、なんと男性用のシャワーがないという。。。ベタベタで帰らせるつもりかい(苦笑)!全身オイルマッサージとはその名の通り、顔からつま先まで全身オイルだらけにされてマッサージを受ける。姿は素っ裸にタオル一枚。けっこう恥ずかしいね、これ。。。幸か不幸か、私のマッサージ師は恰幅の良いおばさまであった(笑)。(音的に)「わっし、わっし、わっし」てな具合に体中の肉がもみ上げられていく・・・。個人的には本格的な整体の方がしっくりきて好きだが、これはこれで気持ちがいい。なるほど~、女性がエステにはまるのもわかる気がするなー。みっちり60分のコースで100ブル(1400円弱)。こちらではお大臣コースなんだろうが、やはり日本と比べたら安いよね~。そして、やはりオイルでベトベトになりながらいったん帰宅した(苦笑)。シャワーを浴びた後ほどなくしてKさん家族に車で迎えに来て頂くと我々はアディスアベバにあるインターナショナルスクールに向かった。日米ソフトボール決戦のためである。前夜、Kさんから「アメリカ大使館の連中とソフトボールの定期対抗戦をやってるんだけど明日は日本側の人数が足りなさそうだから来てくださいよ」とお誘いを受けていたのだ。ソフトボールなんて10年近く前に大学のゼミ対抗戦でやって以来だ。アメリカチームには海兵隊員もいるということだ。自信ないなー。Kさん:「みんな楽しむために遊びでやってるくらいなもんですから安心してください」まあ、人数合わせでお役に立てるのなら嬉しいし、エチオピアでアメリカの兵隊さんとソフトボールなんていうのもいい話のネタになりそうだな(笑)。というわけで参加したのだが、ふたを開けてみれば日本チームは20人以上集まっていた・・・。多いに越したことないということで我々は2チーム編成で戦うことに。なんかものすごく久しぶりにしたキャッチボールが楽しかったー。5番ファーストで先発した私は、ボテボテの内安打と一二塁間を抜けるヒットで終わってみれば二打数二安打であった(←ちょっと自慢)でもアメリカチームには・・・彼は我々の間でのコードネーム、「フィルダー」他にも「バース」、「曙」(←ちょっと違う)などを擁するアメリカチームは強かった・・・。結果は7対9での非常に惜しい負けであった。試合後には「Good game!」と言葉を交わしながら相手チーム全選手と握手。いやあ、負けたのは悔しいけど、スポーツっていうのはこういう爽やかなところがいいよねー。でも投げたり打ったり走ったりしていて息があがりやすかったのは、標高2300mという高山トレーニング状態だったからなのかな。それとも・・・・。夜は私の滞在初日にエチオピアダンスを教えてくださったY先生を含む7人でエチオピアレストランへ。ここに来た目的は・・・・もちろん、ダンス!!生バンドの演奏に合わせシンガーが歌い、そしてダンサー達が迫力の踊りを見せる。熱がこもってくると・・・観客にも踊りを求めてやはり近づいてきた(笑)!Y先生の手前、これは成果を発揮すべく頑張るしかない!!この後しばらくは、ステップとかテンポとか忘れまくりではあったが、勢いと心で踊り狂ったのであった(笑)。ふぅ、今日はソフトボールにダンスと激しい体育会系な1日だった。お~い、全身オイルエステでリラックスした意味はあったのか~。
2006/05/07
コメント(0)

旅行8日目(アディスアベバ)滞在も残すところあと3日となり、最後は首都のアディスアベバを堪能することに。アディスはけっこう開けた大都市なのであるが、横道にちょっとそれるとこんな光景が。羊のマーケットである。交渉の結果、引渡しが決まると・・・このように連れていかれる。イースターのときに羊を一頭買ったというTさんによると、200ブル(約2700円)くらいで買えるらしい。う~む、動物は違えど「ドナドナ」の哀しいメロディーが頭の中を駆け巡る。。。我々が肉や魚を買うときは生きている状態ではなくすでにさばかれた状態であることがほとんどだと思うが、このようなリアルな売買を見て、「食べる」という日常の行為は多くの犠牲を伴っているのだと気付かされた。屠殺の姿を見たりしたらもっとへこむのだろうけど・・・。これを機にベジタリアンになれるとは思えないが(苦笑)、食を楽しむだけではなく感謝する気持ちを持とうという気持ちにさせられた。夜ご飯はOさん夫妻、Tさんカップルらとアラビア料理を食べ、その後向かったのがアズマリベット。こじんまりとした店内。アズマリベットというのはマシンコというギターのような楽器を使って即興の弾き語りをする歌手(アズマリ)やダンサー達がいる夜のお店である。アズマリはその場にいる客に合わせてアドリブで歌っていく。全編アムハラ語であるため、とうぜん何を言ってるかはわからない(笑)。でも後で聞いたところによると、「♪このお兄ちゃんはかっこいいね~♪」とか、その内容を知ってチップをあげたOさんに対して、「♪今のチップは赤十字の支援より早かったよ~♪」といったものらしい(笑)。迫力ある歌もあり、ダンサー達によるショーもあった!ああ、これは私がエチオピア滞在初日に学んだエチオピアンダンスだ!首、肩、腰、膝の動きのしなやかさがはんぱない。初めて目の前で観る本物に感動しているのも束の間、彼らはすぐに我々に近づきダンスの共演をせまってきた。この後、練習の成果を遺憾なく発揮したのは言うまでもない・・・。
2006/05/06
コメント(2)

旅行7日目(ナザレット→ソドレ→アディスアベバ)ナザレットに来た目的はOさん夫妻とお会いすることと、ここから近くにあるソドレにある温泉に行くことであった。昨晩そんな話をしていたら、なんとOさん車で一緒にソドレまで行って、さらにアディスに用事があるので送ってくださるとの超有り難いご提案をいただいた!さらに、「野生のカバを見れるポイントをうちのドライバーが知っている」ということで、朝からカバ探しに出かけることに。アフリカのイメージともいえるサファリは高地の国エチオピアには無縁であるが、カバが見れる場所があるという!ナザレットのOさん宅から数十分の川辺で車を降り、てくてくと小道を歩く。前に見えるのは馬車ならぬラバ車。サボテンに挟まれた道もなかなかオツである。よく見るとこんなかわいい花も咲いている。「♪ほんの~ 小さな~ 出来事に~♪」なんて口ずさみながら歩く私はおぢさんなのであろうか(苦笑)・・・。周囲を見渡すとなんだか『はじめ人間ギャートルズ』の風景みたいのが広がっている(笑)ね、右の山の上の雲を活火山から出る煙と見立てればまさに、でしょ(笑)?そうやって30分くらい歩いただろうか。ポイントと言われる場所にたどり着いた!彼はいなかった・・・・・。残念!ちなみに右の方の木に成っている実のようなものはすべて鳥の巣であり、大合唱をしていた。こんな風に牛やらラバやら羊やらの大群に取り囲まれながらも他のポイントも攻めてみたが見つけることはできなかった。野生の気まぐれだからしょうがない、これは。気を取り直して温泉地、ソドレへ。ここはエチオピア人にとってもリゾート地のようで、政府経営らしいホテルの中にその温泉はある。こちらの温泉は裸でゆったりと湯につかるものではなく、足首くらいの深さしかなく水着で入る激しい打たせ湯である。みんな激しくお湯を浴びて体をごしごし洗っている。さて、入るかな。あ、あちゅい!!43度くらいはあるんじゃないだろうか、かなり熱い。この熱さの打たせ湯か~、厳しいのぅ。いや、ここは温泉国の男児のプライドにかけて飄々と浴びるしかない!かくして目をつぶり手と手を合わせながら熱いお湯を浴びる私の姿は、苦行に耐える修行僧の様相であった(だろう)。この温泉、何か効能があるのかまったくもって不明であるが(笑)、勢いよく降り注ぐお湯を首や肩に当てると気持ちがいい。近くではお父さんと一緒に来た小さな男の子が猛烈に熱がって打たせ湯にびびっていた。2人と軽く挨拶をしてから間もなく、パパと共同で怖がる男の子を滝の真ん中へ連れて行った。そう、そうやってパパも俺も男になったんだよ(笑)。ああ、いい湯だった。熱さのためずっとつかっていた足首から下は真っ赤になってしまったが・・・。プールもあるというので今度はそちらへ行ってみた。(この写真は こちらのサイトより拝借)なんと、立派な50mプールがあるではないか。しかしよく見ると、上記の写真にもあるように手前の小さなエリアに人が密集しており、肝心の50メートルエリアに人はほとんどいない。。。この理由は50mエリアの深さ(約3m)とエチオピア人の泳力のなさにあるらしかった(苦笑)。そう、手前の小さなエリアは水深が浅いのだ。ちらほらと50mエリアにいる人もそのほとんどが壁にしがみついている。。。こんな素晴らしいプールが充分に活用されていないのを目の当たりにして、元水泳選手(平泳ぎ200mで中学の時に台東区三位。微妙か(笑))の私の体がうずかないわけがない!「バッシャーン」と入る。あ、あったけぇ!!温泉の熱さとまでいかなくても温水プールというには不自然な温度の高さであった(笑)。いや、真のプロフェッショナル(←なんの?)というものはコンディションを言い訳にしてはいけない。ヘロヘロになるには200mで充分だった(苦笑)。温泉でとったはずの疲れをまた蓄えてどうしようってんだ、まったく・・・。帰りに駐車場付近で見つけたこの怪しい看板の施術を受けたくなってしまったのも、やはり疲れていたからだろう。。。。でもなんか効きそうだよなー(笑)。施術者の足を幽霊みたいに消すこたぁないと思うが・・・。お昼ごはんを食べてそのままアディスに帰り、そのままOさん夫妻らと6人で中華料理を堪能。シェフはエチオピア人のようだが、餃子をはじめかなりうまかった!このレストランでおにゃん子クラブやら冬木軍やらザ・グレートカブキの話題で盛り上がるとは思ってもみなかった(笑)。Oさんご夫妻、充実した一泊二日、お世話になりっぱなしでしたが、本当にありがとうございました!!
2006/05/05
コメント(0)

旅行6日目午後、アディスアベバから長距離バスで南東のナザレットへ向かうためバスターミナルへ。外はあいにくの雨。通りすがりのエチオピア人に何回も道を聞きながらここまでやってきたが、どのバスに乗ればいいかさっぱりわからない・・・。海外旅行を重ねるごとに人に聞きまくるという特技(?)を身に付けた。私が現地の人に何かを聞くとき、誰に聞くかについての判断基準が1つある。・男女を問わず身なりがしっかりして悠然としていること別に貧しい人を馬鹿にしているわけではなく、経験的に頼りになる回答をくれるのが身なりのしっかりした人たちであることが多いからである。逆にガツガツしている輩は何かを売りつけようとしたり、道を教えたことに対する見返りをズケズケ求めてきたりすることがあるから・・・。昔、英語もまったく通じない文字通りインドの山奥(ジャルガオンなど)をさまよった時にはそんな選択の余地はなかったが・・・(苦笑)。外国人が珍しい場所に行くと否応なしに取り囲まれる。彼らのたいていが興味本位で必ずしも危険な状況というわけではないが、そのプレッシャーはけっこう怖かった。そんな時は次の目的地を連呼して、後は指を使った数字のやりとりで価格を交渉してバスに乗り込んだ(笑)。今回の話に戻ると、背広を着た老紳士のエチオピア人に「ナザレット行きのバスはどこですか?」と聞いてみた。すると、他の人に聞いたりしながら正解のバスまであっという間に導いてくれた。ありがとう、おじさん!!バスの席は早い者勝ちで満席になり次第出発するというものであるから、みんなものすごい勢いで乗り込んでいた。その流れに負けずになんとか二人分の席を確保することに成功したが、本当にあっという間に満席になっていた。片道2時間で9ブル(130円くらい)だから安いよなー。3人掛けの席で私の隣に座ったのはエチオピア人のおじさんだった。一般のエチオピア人で英語ができる率はかなり低いと思うが、このおじさんはかなり流暢だった。話を聞くと38歳のH(見た目はもっと老けてたが・・・)は妻子をナザレットに置いて平日はアディスアベバ大学の教壇に立ちながら自らも環境化学を学ぶ大学院生。娘さんは8歳で奥さんは20歳だという。なぬ?私の驚きの顔をしばし眺めたのち、彼はこう言った。H:(ウィンクしながら)「俺はバツイチで子供は先妻のだよ(笑)」私の心中:「ここはエチオピア文化的には笑うところだろうか?いやでも微笑みながらウィンクしているし彼的にはGoだ!」私:(肩にバシッと豪快にツッコミを入れながら)「びっくりしたじゃないかー(笑)!」これで打ち解けた我々は道中、日本とエチオピアの結婚・離婚・補償など(あんまりほめられた話題じゃないな、こりゃ(苦笑))いろんな話で盛り上がった。そして我々も彼もアディスに戻ってきたときにまた会ってアディスアベバ大学を案内してもらう約束をした。こうして日暮れ前に到着したナザレットでは開発のお仕事で現地に駐在されているOさんのお宅にお邪魔させて頂き、総勢9人のパーティで盛り上がった。Mさんに作って頂いた料理が最高だった・・・。感動の料理だったので思わず掲載。この夜はエチオピアをはじめザンビア、中南米など世界各地の開発の現場で試行錯誤されながら頑張る皆さんの生の声をたくさん聞けて非常に興味深かった。どんなプロジェクトも最終的には人と人のやりとりが大切なのだ。特に開発の世界では、現地の人達が持続可能性(sustainability)を発揮できる形で援助する側の卒業(親離れ?)を実現しなければならない。非常にチャレンジングな課題であると思う。真面目な話の一方で私も身を削るようなネタをいくつか披露させて頂いたが、皆さんの酒の肴になっていれば幸いである(笑)。Oさんご夫妻にはこの後もお世話になるのだが、この時点ですでに一宿一飯の義理、ありがとうございました!!
2006/05/04
コメント(0)

旅行5日目(ラリベラ→アディスアベバ)滞在したラリベラのホテルでは水が夜6時から9時までの3時間しか出ず、ライフラインの大切さをリアルに実感したなあ。昨日の夜ご飯は植林を進めるNGOのエチオピア事務所代表をされているTさんと彼の部下でエチオピア人のGとご一緒させて頂いた。日本人でラリベラに駐在してお仕事をしているのはTさんだけではないだろうか。これまでも開発の世界でフィリピンに6年間、タイに6年間、そして中東諸国に勤務してこられた彼はまさに海外勤務の達人である。そんな達人から会って5分後に頂いた一言。「ご主人はどこででも生きていけそうですね」これはおほめの言葉ですよね(笑)?前向きに解釈することで明日への活力としたい・・・。事務所のスタッフであるエチオピア人のGは会計のスペシャリスト。前職は会計学校の教師をしていたという彼にエチオピアの会計学の現状について聞いてみた。G:「エチオピアの会計の教科書はすべてアメリカのものを使用しています」私:「えー!?それじゃ生徒達はGAAP(アメリカの会計基準)を学んでいるということ?会計や租税制度は一緒なんですか?」G:「まったく一緒ではありませんが、なんとかなっています。エチオピアには体系的な教科書がないですから・・・」そのほかにもエチオピア人の英語力が教科書についていけていないなどの問題もあるようだ。初等教育ももちろん大切であるが、高等教育の整備も課題であることを考えさせられた。この会話で実感をもって気付いたのが特徴あるエチオピア人のあいづちである。彼らは息を吸い込むことで同意を示すのだが、始めのうちは目を見開いてひきつけを起こしてしまったのではないかと思ってその都度びっくりしていたものだ(笑)。インドの首を横に倒すあいづちといい、世の中にはコミュニケーションにおけるいろいろな表現方法があるものだ。Tさん、夕ご飯ごちそうさまでした!札幌にいらしたときはカニでお返し致します!さて、今日の話に戻ると飛行機でラリベラからアディスアベバまで戻ることに。通常のコースはこちらの南下ルートラリベラ → ゴンダール → バハルダール → アディスアベバしかし、急遽変更されたルートはラリベラの前にいたアクスムへいったん北上するこんなルートラリベラ → アクスム → ゴンダール → バハルダール → アディスアベバどうやら乗客が少ないために経由地を増やしたようであった。ちょっと身勝手過ぎやしないか(苦笑)?というわけでいったんアクスムに北上したのだが、ここでゴンダールに出発する際にプロペラに異常が生じた。機体左のプロペラの回転数が通常のように上がっていかないのである!助走時点で異常が確認されいったん停まった・・・。そして機内のスタッフが飛行機から降りて機器をチェック。レンチ一本で直るものなのか!?しばらく作業した後に登場したのがクレ556みたいな潤滑スプレー。。。。もう一度聞く。こんなんで直るんかいや!?レンチとスプレーによる作業がしばらく続いた後、機体は無事(?)飛んだのだった・・・。タクシーがエンストしてもボンネットを開けて運ちゃんがすぐ直したことがあったが、飛行機もそんなノリなのだろうか・・・。こえーよー・・・・。そんなこんなでアディスアベバには予定より3時間以上遅れて到着した。夜ご飯は開発系のNGOに勤務されているMさんと韓国料理をご一緒させて頂いた。インドに3年勤務した経験を持つMさんはヒンドゥー語を自在に操られ、そしてなんと、あのインド英語も話すことができるという!!あの超早口で舌を巻きまくるインド英語を操る日本人がいたとは・・・・。彼女は大学時代、お題が直前に知らされる即興のディベート、パーラメンタリーディベートの日本チャンピオンになり世界大会にも出場した経験を持つすごい人である。フルマラソンを走るスポーツウーマンでもいらっしゃる。Mさん:「200戦、300戦とこなしていけば、どんな議題でもどんな立場でも議論を有利な展開に持っていくための道筋を短い時間で描くことができます」すごいよなーーーー。いろいろなお話を聞いたが、その話し方にも頭の回転の速さがひしひしと伝わってくる。開発の世界って超優秀な方々がいっぱいいるよなあ。さて、明日は長距離バスでナザレットへ出発だー!
2006/05/03
コメント(0)

旅行4日目(ラリベラ)後編ラリベラの空港から市内のホテルまでは車で30分くらい。乗り合いタクシーではアメリカ人の姉妹と一緒になった。お姉さんがアメリカの国際開発組織、USAIDでウガンダに勤務しており、妹さんが遊びに来たのを機にエチオピアへ旅行に来たという。アメリカで我々夫婦が住んでいた場所とお姉さんの昔の勤務地が同じアーリントンであったことや、お姉さんがお子さんを生んだ病院が私が学んでいたGeorge Washington Universityの大学病院であったという偶然から話も盛り上がった。何気ない共通項で親近感って生まれるものだから、いろんなことを経験しておいた方がいいということだな、うん(笑)。彼女達とはホテルは別々だったので途中で別れ、自分達のホテルに到着。お昼時だったのでホテルのレストランへランチを食べに行くと、ヨーロッパ人風の40代くらいの女性が1人でご飯を食べている。ちょっとお話をしてみると彼女はイタリア人の建築家で世界中の文化遺産の保存の仕事をしており、現在はエチオピアのゴンダールの城を保存する仕事に従事しているそうだ。かっこいい仕事だなあと思って話を聞いていると、ちょっと前には東京と京都・奈良にもいたという。奈良では法隆寺保存のプロジェクトに関わっていたということである。そして驚くべきことに、東京で彼女が住んでいたのはまさに私の地元であった!!エチオピアで出会ったイタリア人の女性から「Nippori」という言葉を聞くとは・・・(笑)。さっきのアメリカ人姉妹といい、世の中は本当に狭い!この後も3人で会話は盛り上がり、昼の観光を一緒にしようということに。詳しく述べるとガイドや車の手配などで現地の人達と疲れるいざこざがあったのだが(苦笑)、ここではラリベラの素晴らしい岩窟教会を紹介することに集中したい。エチオピアの北部、ラリベラには1978年に世界文化遺産に登録された、一枚岩を切削して築かれた教会の数々が残っている。12世紀から13世紀にかけて完成されたものというが、このような建築物が作られたというのはただただ驚くばかりである。入口を通って教会の内部に行くと・・・このような壁画や絵画が聖職者に守られている。内部にはじゅうたんが敷き詰められているのだが、正直言ってこれがむちゃくちゃ臭い・・・。ものすごく臭い足の匂いといった感じ・・・。ガイドブックでもこの教会内部でのダニの被害に要注意と書いてあったが、納得の雰囲気であった(苦笑)。こちらは教会の内部から外に向けての風景。複雑な迷路のようである。階段を抜けると・・・これらの穴には実際にお祈りをしている聖職者がいたりした。これら岩窟教会の中で一番有名なのがこちら。この聖ギョルギス教会は、縦横12メートルの十字架の形が残るように周囲の岩を切削して作られており、教会の内部も岩をくり抜いて作られている。どうやってこんなすごいものを作るんだ??これらの岩窟教会からは、宗教は異なるものの、10年前にインドを旅行した時に訪ねたアジャンタ・エローラの石窟寺院・壁画と共通する建築美を感じた。同時に、これだけの建築物を生み出す宗教のパワーに圧倒されるのであった。
2006/05/02
コメント(0)

旅行4日目(アクスム→ラリベラ)前編午前中に飛行機でラリベラへ向かうため空港へ。TシャツGパン姿である荷物チェックのお兄ちゃんを見るにつけ、「こいつは敵か?味方か?」なんて疑念が頭をよぎる・・・。飛行機までの時間に土産物屋をチラリング。絵画や十字架など、エチオピア正教に関するグッズが多い。ギョロっとした目を持つ人々の描写には特徴があるが、よく見ているとこんな残酷な描写もある。何かの物語が描かれているのだろうが、表情が変わらずに淡々と行われているのがよけい怖い・・・。ふと、店のおじさんに話しかけられる。店主:「何か探してるものがあるのかい?」私:「いや、ただ見てるだけでーす」土産物屋で展開されるありがちな会話である(笑)。この時の会話はこれで終わったのだが、ちょっと後に空港の待合室のベンチで隣合わせになった。(心の中で)「ちゃんと店番しろよ~」と思ったが(笑)、今回は商売抜きでの会話となり、小泉首相のエチオピア訪問やビジネス界における中国の台頭などから始まり、よもやま話を楽しんだ。聞けば彼は空港に2店舗、アクスム市内に2店舗の土産屋を展開する47歳の経営者で、店の従業員のほかにも2人の運転手を抱えている。大学では生物学を専攻していたそうだが、「生活のために」土産屋を始めたという。今ではドイツやドバイにビジネス出張もするという彼に自分の興味から質問を投げかけてみた。私:「エチオピアのビジネス文化というものをあまり知らないのですが、経営者としてどのように従業員をコントロールしていますか?」彼の答えは「私は従業員を信用していない」というものであった。彼らが店の品物を盗む、あるいは売上の一部をちょろまかするのをある程度は覚悟しなくてはいけない、と。それに対し、在庫や帳簿の管理をしないのかと聞いてみたところ、「それにかける費用よりも今あるマイナスの方が少ない」との現実的な回答が・・・。一般化することは危険であるが、この旅行を通じてエチオピア人は警戒心が強い、というか人を信用していない部分を感じた。例えばエチオピアにある家にはやたらと鍵が多い。出入り口のドアはもちろんのこと、一つ一つの部屋、たんす、そして電話のダイヤルにまで、鍵と鍵穴がついている。あれだけの鍵を全て持ち歩いていたらえらい数になるはずだ・・・。経済的な余裕のなさがそういう姿勢を生んでしまうのかもしれないとも考えさせられる。逆に質問を返された。おじさん:「日本はあれだけ質の高い製品を作るんだから従業員のモラルも高いんだろ?」私:「う~ん、そうかもしれないけど、チェック体制がしっかりしているから抑制力の成果と言えるかもしれないですね・・・」昨今の監査法人の不正や官製談合を鑑みるにそうも言えない部分もあるが・・・。私が医療関係で働いていることを説明すると、「利益追求の商売より公共サービスに近い病院とかの方が競争が少なくて楽なんじゃないの?」とおじさん。そうは言っても組織が存続するためにはマイナス収支は許されないし、需要と供給は考えないといけないでしょうと反論した。というわけで我々の結論。「There's no simple work(世の中に簡単な仕事はないね)」働く者のモラルの難しさについて考えさせられた会話であった。
2006/05/02
コメント(0)

旅行3日目眠い目をこすりつつ朝5時に起床。国内線の飛行機に乗るために空港へ向かう。まだ外は暗く、朝のアディスアベバは人通りや車の数も少ない。タクシーを捜して通りを歩いていると、後ろから誰かがすごいスピードで迫る足音が聞こえた。ひったくりか!?警戒して後ろを振り返ると、本格的なランニング・短パン姿で走る若者がものすごいスピードで走っていた。すぐに追いつかれ、こちらを抜き去っていったが、あのスピードは全速力をずーっと維持して走っているような速さである。周囲をよく眺めると同じような複数のランナー達が早朝練習を行っていることに気付く。みんなめちゃくちゃ早い。明日のアベベを目指して頑張っているのだろう。真面目な練習なのにひったくりだなんて疑ってすまなかった。でも君達に狙われたら100%追いつけないからその道には進まないでね(笑)。さて、今日の行き先はエチオピア北部でエリトリアとの国境にもほど近いアクスム。太陽も出て明るくなった空港でまず目に入ったのはこのごっつい2機。少し見にくいかもしれないが、機体の前方には「JAPAN 日本国」と書いてある。そう、今日は小泉首相がエチオピアを離れる日なのだ。1機は予備だということだが、こんなごっついジャンボを2機飛ばすんだからやっぱり首相ってのはすごいんだな。一方、我々が乗ったのはこの飛行機。すごい格の違いだ(苦笑)。50人乗りくらいだったかな。ヘリコプターはグランドキャニオンで乗った経験があるが、プロペラ機というのは初めてだった。機体が小さいぶん風にも大きく揺らされるわけで、雲を抜ける時などの衝撃も大きく、かなり怖かった・・・。アクスムまでは直通だったら3時間もかからないのではないかと思うが、途中でバハルダール、ゴンダール、ラリベラという3ヶ所を経由するため、なんだかんだで5時間くらいかかってしまった。昼前についたアクスムは、観光地とは言えやはりアディスとは違って田舎の様相だ。ラクダさん達もゆったりと休んでいたりする。周囲を見渡すとメッセージ性のわかりにくい看板が目にはいる。軍隊のCMかなー?それとも「山登りに無線は忘れずにね☆」というアドバイスだろうか・・・。この男性のはちきれんばかりの笑顔が眩しい(笑)。人口の約85%が農業人口だというエチオピアであるが、それでもなお農業の奨励だろうか。「!」が付くほどのメッセージだもんなー、気になる・・・。さて、観光地としてのアクスムの見所は主に3つ。1.紀元前10世紀、今から約3000年前にエチオピア、スーダン、イエメン一帯を治めていたシバの女王の邸宅などの遺跡2.モーセの十戒を入れた聖櫃(アーク)が今も保管されるシオンの聖マリア教会3.1980年に世界遺産に登録された、1世紀に建設され4世紀半ばに最盛期を迎えたアクスム王国におけるオベリスク(石柱)郡聖マリア教会は特別な聖職者しか入ることが許されていないため、今回は1と3を攻めることに。まずはシバの女王の浴槽。っていうかダム(笑)?現在は男性の水浴びや女性の洗濯の場所として使われているようだが、3000年前にはこの広大な溜め池はお風呂だったのかなー。こちらはシバの女王の神殿。当時は二階建て以上だったと言われており、広い敷地内に台所や浴室、会議室、そして水路の跡が見られる。正直、この廃墟を見ただけでは「ほんとに3000年前の遺跡なのー?」と勘ぐってしまうところもあるが(苦笑)、やっぱりすごいな。シバの女王も昔こんな木を眺めていたのだろうか。こちらは世界遺産のオベリスク。現存するなかで最も高いのはこの23mの石柱であるが、これは実際は3番目であり、33mの最長だったものは倒壊してしまっている。2番目のものは第二次大戦中ムッソリーニによりローマに運ばれ、2005年4月にエチオピアに返還されたのだが、修復作業が完了しておらず横たわったままである。天高くそびえたつオベリスクは権力の象徴とも言われ、青空に映えるその姿は美しくもある。一方で、2000年近く前にどれだけの労苦をもってして建てられたかと想像するとゾッとする・・・。このように倒壊しているものも目立ち、修復作業が進行しているらしきものもあったが、文化遺産の保存の難しさも考えさせられた。100年も生きることが困難な我々が壮大な歴史と対話できる遺跡というのはやはりすごい。そんな感慨を覚えたのであった。
2006/05/01
コメント(4)
全17件 (17件中 1-17件目)
1


