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クラシック畑出身で、トークが軽妙で上手くて、いわゆる「普通のテレビ番組」に出ても面白い歌手の元祖であり、代表格だった人に、故人の立川澄人(清登)がいた。「オールスター家族対抗歌合戦」の審査員や、毎日放送(東京ではTBS系列)で、土曜朝に放送してた「いい朝8時」の司会が懐かしい。私が小学校に上がった頃、突然この世を去ってしまった方なので、やや記憶も曖昧で…。ただ、死去直後の「いい朝8時」で、一緒に司会をしていた、ケロンパことうつみ宮土理が号泣してたのを、今でもハッキリ覚えてる。そんな立川清登の姿を、今晩久々に観て、とても懐かしい気分になった。「ビッグショー 日本の詩情・はる」昭和52年3月20日放送。単独の歌手のワンマンショーではない、比較的珍しい特集回だったのかもしれない。立川清登・倍賞千恵子の2人が、進行しつつ様々な春の叙情歌を歌って、春の詩の朗読をしていくという形のショー。川田姉妹や伊藤咲子なんかがゲストで、様々な日本の歌を、たっぷり聴く事が出来た。…先週のクレージーとは、えらい違いだな(笑)。それにしても、今日も暑くて暑くて…という夜に春の歌を聴くというのは、別にいいんだけども、なんか妙な感じだった(笑)。驚いたのは、立川清登のソロで「仰げば尊し」を聴いた事だろうか。この歌、フルバンド演奏で、まして特定の歌手のソロで聴く歌じゃないから(笑)、いい歌だけどこれまた妙な感じがした(苦笑)。それにしても、立川清登の進行は上手い!下品な言葉もなく、ほのぼのと進行してながら、確実に笑いを取るテクニックは、ホント凄い。もう少し、長生きしててくれれば…と思わずにいられなかった。とても心洗われる、素晴らしい特集だったが…やっぱし、歌謡曲の特集のほうがいいや(笑)。来週から、また楽しみな回が続いていくから、期待して待ちたいと思う。
2007年08月27日
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「社会派映画」「文芸映画」が死ぬほど嫌いな私が今日、池袋・新文芸坐で催されている「追悼・社会派の巨匠・熊井啓」に足を運んだ。「何で??」と友人達から言われそうなのだが、別に映画が観たくて行った訳ではなく…。午後に、俳優の小林桂樹氏のトークショーがあり、それをどうしても観たくて、出かけたのだ。13時からの映画「愛する」から観りゃいいか、と思って、「木曜日だから客も少ないだろ」と考えていた私がバカだった。12時半に映画館に着き、入口の張り紙を観てビックリ!「13時からの『愛する』及びトークショーはお立見になります」こりゃ大変!と思って、慌ててコンビニ行って食べ物調達して、映画館の中へ。まあ、空いてる席があって、立見にはならずに済んだのだが…。「愛する」という映画、10年前に公開された映画だったそうだが…。上映時間2時間、全編が…切ない…辛い…。「クレージー」、「若大将」、「社長もの」と対極にある映画だった(当たり前!)。日活製作の映画で、主演は酒井美紀。日本でかつて、風評や曲解が原因で、当たり前のようにあった、ハンセン病での差別・偏見をテーマにした社会派映画。沖縄から東京に出てきた孤独な渡部篤郎が、ひょんなことから、同じような孤独な女性のミツ(酒井美紀)と知り合う。彼女の愛はひた向きで、最初は遊び程度と思っていた男も、次第にミツを好きになる。しかしミツが、突然ハンセン病と診断されて、「信愛園」という療養所に入院することに。ミツは、そこで初めて自分の病名を知って、その患者達が、かつて法律により、社会から迫害され、隔離政策で人権侵害されてきた事実を知る…。ミツは愛する人と別れ、不安と悲しみに襲われるが、同じ病室の岸田今日子に我が子のように、とても可愛がられて、徐々に中で溶け込んでいく。しかし、ミツの病気は実は誤診で、喜びの中、ミツは皆に別れを告げる。ところが、東京に向かう列車に乗る直前に、別れ際に悲しそうに泣いていた、岸田今日子の姿を思い出し、彼女は再び園に戻って、そこで働く事を決心する。これが大体のストーリー。ねっ、日本人が考えなくてはいけない、重要なテーマではあるけれど、重いでしょ?その上、ここにはあえて書かないが、ラストが物凄い悲しかった。すんごい悲しい。酒井美紀は非常に良い演技をしてたと思うし、昨年末に亡くなった、岸田今日子の演技が実に絶品だった。あとは…もういいや、内容重くて、思い出すと悲しくなっちゃうから(苦笑)。それで、本題の小林桂樹トークショー!ここ最近は、体調があまり優れないらしく、舞台に登場した姿を見て、少々驚いた。かなり痩せておられて、頬が痩せたのを隠す為か、ヒゲを生やしておられたからだ。しかしながら、マイクを持って開口一番…「え~…、最近、死ぬ役が多くなりました小林桂樹でございます」その後、放った台詞が、また凄かった!「そうじゃないと、認知症の役でして…」確かに、フジの「拝啓、父上様」で死ぬ役をやってたけど…縁起でもない!でも、上記の台詞2つで、客を一気に引き寄せ、色々と「日本映画黄金時代」の大監督の話を短い時間にいっぱい披露してくださった。黒澤明、成瀬巳喜男、小津安二郎、木下恵介、岡本喜八、堀川弘通、松林宗恵…。戦後の東宝映画の歴史を、全て体験してきた生き証人ならではの、貴重な証言が多かった。「社長シリーズ」のエピソードもいくつか聴けたので嬉しかったが、大監督の演出法がそれぞれ違って…という話は興味深かった。30分の短いトークショーだったけども、小林氏の話も巧く、老いを全く感じさせないクレバーな話しぶりに、ホント感動した。いやいや、出かけて正解だったな、今日は!あっ、そうだ。何でも11月に新文芸坐で「小林桂樹特集」があるらしい!そのときも、また小林氏がお出でになって、またトークショーをすることになるようだ。是非、その時までにコンディションを整えて、お元気になって頂きたい!心底、そう思ったトークショーだった。
2007年08月23日
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さて、昨日の続き。俗に「東宝クレージー映画」と言われる映画は、昭和37年の「ニッポン無責任時代」から始まり、昭和46年末公開の「日本一のショック男」まで30本、ということになっている。古澤監督作品は、シリーズ1作目「無責任時代」に始まり、「無責任野郎」「色男」「ホラ吹き男」「ホラ吹き太閤記」「ゴマすり男」「大冒険」「ゴリガン男」「クレージー大作戦」「男の中の男」「ぶちゃむくれ大発見」「大爆発」「ヤクザ男」と合計13本。片や坪島監督作品は、「くたばれ!無責任」から始まり、「無責任清水港」「奇想天外」「天下無敵」「黄金作戦」「怪盗ジバコ」「メキシコ大作戦」「殴り込み清水港」「ワルノリ男」「だまされて貰います」「ショック男」と、合計11本。残りの作品は、杉江敏男監督・須川栄三監督が2本、久松静児監督・山本嘉次郎監督が1本という内訳。説明がマニアックになっちゃったが、つまりは古澤・坪島の両監督が、東宝クレージー映画を支えたという事が、こうやって作品と挙げるとよく判ると思う。どちらの監督作品も、甲乙付けがたいのだが、やはり植木御大が一人で活躍するなら古澤作品、クレージー7人で活躍するなら坪島作品がいい、ってことになると思う。坪島作品の中で、私がいちばん好きな作品は「クレージーの怪盗ジバコ」。この作品がいちばん面白かった。7人1役というアイデアもいいし、脇の俳優も豪華で特撮もふんだんにあり、結構長めの上映時間の作品(1時間50分)だけども、全く「ダレ」を感じさせない傑作だと思う。その次は「黄金作戦」か「奇想天外」かな?「クレージー黄金作戦」は、ウチでDVDで観たときは、長くてダレる…という印象だったが、この間、池袋の新文芸坐で大スクリーンで初めて観て、改めて好きになった作品。上映時間が約2時間40分!という長尺ながら、あれだけに纏めた、という腕は凄いと本気で思う。私個人が好きなクレージー作品は、もう圧倒的に古澤監督の作品が多い。しかし坪島監督の作品も、素晴らしい作品が多い!妙な例えだが、古澤作品が全編エネルギッシュな「太陽の明るさ」の映画ならば、坪島作品は少々引いた笑いの「月の明るさ」の映画、というイメージが、私はある。両監督とも、東宝映画黄金時代の大黒柱だった。…その2人とも、この世を去ってしまわれた。本当に残念で仕方がない。坪島孝監督、そして古澤憲吾監督のご冥福を、改めて祈りたい。
2007年08月22日
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昨晩「ビッグショー」を観て、感激した直後…。クレージー関係者の、大変残念な訃報を知って、また大きなショックを受けた。坪島孝監督死去、79歳。古澤憲吾監督と共に、東宝クレージー映画を支えた大監督が、植木御大の後を追うようにこの世を去ってしまわれた。昨年から今年にかけて、たて続けの訃報に、本当にショックと喪失感が大きい。宮川泰・青島幸男・植木等・坪島孝…。当たり前のように接してきた人が、この1年でみんないなくなるなんて…。明日、ここで坪島監督のクレージー作品のことを、ちょっと書いてみようと思う。
2007年08月21日
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午前中、職場のテレビに映った、那覇空港で激しく燃える中華航空機を見て、愕然とした。「乗員乗客の安否は!?」ということも勿論だが、「何で、よりによって今日爆発するの!?」ってことの方が、頭の中でのウエイトが大きかった。不謹慎だが、「今晩の『ビッグショー』は、ちゃんと放送あるんだろうな!?」と、こればっか。とにもかくにも、飛行機事故のほうは、死人がゼロというのは奇跡に近い!ホント良かった。そうでなきゃ、「ビッグショー」を心の底から楽しめないもんね。さて、本題。1ヶ月前から、もんのすご~~~い楽しみだった、今晩の「ビッグショー」!「ハナ肇とクレージーキャッツ・われらの演奏会」昭和52年3月13日放送(収録2月28日)こう言っては何だが、ドリフターズに天下を譲り、全盛期後の、クレージーが「過去の人扱い」になりつつあった時代の「ビッグショー」。しかしながら、そんなことはお構いなし!全盛時代と全く変わらぬ…というより、むしろ円熟した、歌とコントと演奏の数々!大体、緞帳が上がって、テーマミュージックの「クレージーリズム」にのって、メンバーが舞台に出てきたのを観ただけで、私の涙腺は完全に壊れた(苦笑)。「証城寺の狸囃子」の間に、いきなり何故だかピンクレディーの「ペッパー警部」が挟まったり、若干のアレンジはあったが、円熟した一連のバンド演奏は、ホントに素晴らしいものだった。そして、植木御大が自ら客席に降りていって、お客と話しながら歌う、ヒットメドレーの数々。テレビで滅多に歌わなかった歌もあったりして、かなり驚いたが、そのメドレーを聴いて、また「涙腺」という名の土手が決壊した(苦笑)。そして後半は、十八番のオーケストラコント!音楽コントを、いちいち文で書いたって、面白くないので割愛するが、観たことのないコントもいくつかあって、見応え満点だった。欲を言えば、フィナーレが単なる挨拶でなく、「ホンダラ行進曲」か何かで締めてくれればもっと良かったが、贅沢は言っちゃイカン。クレージーのバンドコントのVTRってのは、殆どと言っていいほど残ってない。10年ちょっと前に、限定セットで発売された、「クレージーキャッツ・メモリアル」の中の「10周年記念コンサート」と、この番組と2つくらいしか、まともなのは無いと思う。だからこそ、今夜の「ビッグショー」は本当に貴重なVTRなのだ。今年の頭から、1回も欠かさず「ビッグショー」観ているが、やっぱし今日がいちばん感動した。小学校の1年生から22年間、クレージーのファンやってるから、当然なのかもしれない。今日の番組、3月末に御大が亡くなった直後に観たら、もっともっと泣いただろうな…。少しブランクを置いて観て、良かったと思う。来週は叙情特集で、その次は藤山先生があって、その次は美空ひばりが2週連続。また楽しみな月曜日が帰ってきた!って感じだ。
2007年08月20日
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とうとう、国内最高気温の記録が、70数年振りに更新されてしまった。岐阜の多治見と、埼玉の熊谷が40度9分…。風邪だったら死んでるよ、41度も熱出たら。火曜日は休んで、水曜日は仕事して、昨日今日とまた休みで…という不規則なサイクルだった。そういうサイクルでしばらく過ごしたせいか、昨日深夜まで、カラオケで異常に盛り上がったせいか知らんが…体がだるい。冷房に入りすぎてるからかもしれないけど。頭の中で、書くことがまとまっていないけども、ここ数日の動向を幾つか。水曜の晩は、テレ東「昭和歌謡大全集」を観た。今回で第29弾…よくここまで続いたもんだ。でも、普通は3時間なのに、今夏は2時間。毎回同じ歌で、同じVTRを使い回しすぎて、いい加減視聴者が飽きたんだと思う。今回は、無駄なコーナーは少なく、その点では番組のテンポが良くなっていた。植木御大の追悼コーナーも良く、小松の親分のエピソードも聴き応えがあった。ただ、いちいち御大行きつけの中華料理屋に行く必要があったのか?って気もしたが。また、今回29回にして初めて、スタジオにゲストが居らず、玉置・水前寺コンビのみで進行していったのも、個人的には良かった。それでも、意地でも旅コーナーを無理矢理に突っ込む、制作サイドの意図が理解不能だった。みんな「要らねえ!」っつってんのに(笑)。それにしても、「何で?」って歌手が入ってて、肝心の歌手が出てないかねえ?「初代歌手協会会長」「熊のおじさん」がいて、初めて「昭和歌謡大全集」だと思うけどね。そして昨晩は柳亭市馬師匠らと、暑気払いのカラオケ大会で大いに盛り上がった。名古屋に就職した友人が、お盆休みで一週間帰ってきて、折角だから…と行きつけの店でカラオケ大会になったのだが…。悲しい事に、当日キャンセルが2人も出て、少人数(4人)での集まりになってしまった。そのお陰…と言っちゃ来られなかった人たちに悪いが、4人揃って歌いまくって、師匠以外の3人は、声が潰れた(笑)。4人とも地声ではなく、揃いも揃って物真似で歌いまくったので、声帯に負担がかかりまくり、潰れちゃったんだと思う。明日から、また普通に仕事…当たり前だけど家から外に出たくない…暑くて。
2007年08月17日
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「市馬vs談春・風の盆」(国立演芸場)平成19年8月13日(月)開演…19:00 終演…21:15開口一番・柳亭市朗 「たらちね」柳亭市馬 「青菜」立川談春 「へっつい幽霊」中入り立川談春 「慶安太平記」柳亭市馬 「竹の水仙(歌入り)」こういう書き出しだと、ちょっと落語ファンのブログみたいな感じがするでしょ?えっ、別にそうしなくても判る?…あっそ。トップバッターは市馬師匠で「青菜」。爆笑を取るタイプの「青菜」ではないが、これほど清潔感と生活感が溢れる「青菜」をやれる噺家は、現役では市馬師匠以外にはいないと思う。高座から、夏の…暑いんだけども、さほどの湿度ではない感じの空気が、高座から漂ってくるようで、思わず唸った。続いて談春師匠は「へっつい幽霊」をたっぷり。途中の諧謔で、今度木久蔵を襲名するきくおが噺家なのに「へっつい」を知らなかった、という話を手始めに、様々な「きくお伝説」を披露して、これが爆笑。ホントに、真打にしていいのか?きくおを!それはさておき、そういう入れ事をしても、すぐに古典の世界にお客を戻し、見事なテンポでサゲまで持っていったのには驚いた。中入りを挟んで、再び談春師匠。木村松太郎→立川談志→立川談春という流れで伝承(?)された「慶安太平記」をサラッと。これが、まあ見事な高座で、ホント唸った。「船から上がって、川崎・鶴見…」という御馴染の「道中づけ」も見事で、全編リズミカルの極致!あの出来なら、家元も満足するかも…というほど、素晴らしかった。最後は市馬師匠、ネタは御馴染の「竹の水仙」!マクラで、現役の噺家で名人と言えるのは、やはり談志師匠だ、みたいな話を始めて…。今から20数年前、まだ市馬師匠が前座時分の池袋演芸場での、家元エピソードを披露して、お客大爆笑!ヒザの先代正楽師匠が、とっくに高座に上がって紙を切っているのに、まだ来ない家元。とうとう高座に持っていった紙も切り尽くし(!)、落語まで始めてるのに、楽屋に家元の姿はない。そんな楽屋へ1本の電話。電話を取ったのは、前座時分の市馬師匠。「もしもし、池袋演芸場楽屋でございます」「…俺だ」「あっ、談志師匠!もう出番のお時間ですが」「う~っ…今日、行かねえ」ガチャン!!…何なんだろう?家元は!まあ、そんなことが当時は結構あったらしい(爆笑)。そんなこんなで始まった「竹の水仙」だったが、まあ、驚いた!昨日のは!「左甚五郎が旅の途中で歌う」っていうのは、前代未聞じゃなかろうか(笑)。高田浩吉の映画じゃあるまいし(爆笑)。中身は、非常に素晴らしい出来だったが、あの導入部には本当に驚いた。だって、師匠が歌いだした途端に、お客全員がザワついたんだから(笑)。ああいう「ミュージカル落語」は聴いてて妙に得した気分になるな(笑)。市馬師匠は、今度は、どんな噺に歌う場面を入れてくるのだろうか?明後日会うから、そのとき聞いてみよ。そんな訳で、非常に中身の充実した、素晴らしい落語会リポートをお送りしました。
2007年08月14日
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昨日は仕事、それも夜勤だったので、帰宅後ほとんど早送りをしながら「第39回NHK思い出のメロディー」を観た。正直、司会が三宅裕司氏と聞いて、個人的には前から、とても期待していた。舞台でもテレビでも、常に江戸前のテイストで、落語とクレージーが原点の人だから、民放のバラエティー番組のノリになるかもしれない、という期待があったからだ。…う~ん、正直、イマイチの司会だったかな?アドリブを禁じていたのか、カンペを見つつの「可もなく不可もなく」という感じの司会で、三宅氏の魅力の半分も出てなかった感じだった。取り上げる歌の年代も、例年以上に繰り上がって、服部メロディーを除いて、昭和30年以前の歌は全く無かった。それに、問題は「植木等メドレー」である。「植木さんの歌を出演歌手に歌わせる」という話を聞いて、「やめてくれよ…」と思ったのは私だけではあるまい。でも、私はてっきり、1人1人が2コーラスとか歌うもんだと思っていた。ところが、いざ観てみたら、主演歌手が少しずつ歌っていくという、紅白のハーフタイムショーを意識したような演出になっていた。…えっ?…「感想言え」?…言ったほうがいい?また、キツイ言い方で、カチンと来る人も大勢いるんだろうけれども、正直言うと…。「全員ダメ!」…これに尽きる、と思う。あれだけ歌の上手い、一流歌手が束になっても、植木御大の歌は歌いこなせない、ということに気付かされた。氷○とか、天○がダメなのは百も承知だったが、あの布施明ですら下手で、全くと言っていいほど歌いこなせてなかったのは驚いた。他の歌手が下手に感じたのは、コーナーの最後に、植木御大本人の「スーダラ節」が流れたということも、原因としてあるだろう。昭和53年・第10回大会の「スーダラ節」のVTRだったが、素晴らしい歌唱だった。正直、このVTRを全編観たかった(笑)。植木御大の歌は、聴くとカンタンそうだけど、こうして他の歌手で聴くと、物凄い難しい歌が多いということにも気付かされた感じ。服部メロディー特集もそうだけど、昭和歌謡のファンは、「『オリジナルシンガー』でしか聴きたくない」ってのが正直な気持ちだと思う。フィナーレの秋川雅史の「長崎の鐘」も、確かに良かったが、どうしてもオリジナルの藤山先生の影を追ってしまうし…。折角の、年1回の「思い出のメロディー」なんだし、亡き歌手・作曲家などのトリビュートコーナーは、あんまり組んで欲しくない。昭和40年代・50年代の歌のみに限定してもいいから、オリジナル歌手だけ出してほしい。現役の演歌歌手は、極力出さないほうがいい。オリジナル歌手だけで番組を組んだほうが、絶対に番組が盛り上がると思うんだけどね…。でも、世間一般の意見は違うんだろうな…。
2007年08月12日
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栃若にせよ、柏鵬にせよ、千代の富士にせよ、貴乃花にせよ、歴代の横綱は、姿かたちがとても良かった。まさに「博多人形」のようで、土俵入りなどは実に美しいものだった。それに関取は…というか、太っている人は、基本的には「いい人」に見えるものだ。だから、朝青龍が初めてではないだろうか?「太ってるのに極悪人面」「横綱なのに、姿かたちに品格が全く無い」…という、珍しい人間は。横綱という名の稀代の鬼畜、朝青龍の話題が連日ニュースやワイドショーを賑している。ひと言、ズバッと言わせてもらう。「いいじゃねえか、あんなのクビにすりゃ!」こういう場合に、朝青龍をかばう日本人は、私は「売国奴」だと決め付けている。まず、例の「うつ病報道」だが、日本人を…というか、「うつ病患者」をナメてるとしか私は思えない。本当の「うつ病患者」を心底バカにしている。怒られて、不貞腐れて、部屋に閉じこもってるだけに決まってるんだから!まず「演技」と決め付けていいだろう。いままで、さんざんやりたい放題やってきて、怒られれば、このザマだ!品格どうこう以前に、社会人云々以前に、人間のクズだろうよ!もう1つ、すごい腹立たしいのは「高砂親方のだらしない態度」である。大体、なんで「弟子」のところに「師匠」が出向くのよ?説得するのに。まるで、暴力息子に心底怯える父親のようで、ホントに相撲の師弟関係か?と疑いたくなる、ここの師弟は。「説得しに行く」んじゃなくて、「説得しに部屋に来させる」のが重要じゃないのか?そうじゃなかったら、破門するべきだろう。どっちにせよ、こんなバカはモンゴルに帰して、二度と日本の土を踏ませるべきではない。この間、フジテレビの「ジャンクスポーツ」で相撲特集をやっていたので見たのだが、ゲストの関取衆のトークが見事で、とても面白かった。相撲は非常に面白く、素晴らしいスポーツだと私は思う。だからこそ、あんな「モンゴルのキチガイ」たった一人のせいで、相撲界全体がダークなイメージになってしまうのが、腹立たしいしとっても悲しい。
2007年08月10日
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クーラーをガンガンかけた部屋にいると、持病の神経痛が出ることが、結構ある。かと言って、自然の風にまかせてると…。暑い…。暑い!!…暑いっ!!!目がまわる、ホントに。食欲もあんまりないし、お茶飲んでばかりで、胃液が薄まって、胃の中ダボダボ…。もはや「夏バテ」状態ということだろう。今日は、都内某所で久々に某噺家の師匠と会い、深夜の12時半までカラオケしまくった。声はかすれるし、終電が無くなってタクシーで帰宅せざるを得なくなるなど、大変だったけどやっぱし面白かった。…久しぶりに、他愛の無い文章書いちゃった…。もう少し、頭の中整理してから書きゃよかった。ああ、もう落語聴いて寝よう。
2007年08月08日
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NHKは流石だ。こういう緊急事態の場合、番組をすぐ差し替え、怒涛のような感動を巻き起こす番組を、即座に放送してくれる。民放も、ちったあ見習えっ!民放もよっ!!くだらねえドラマなんざあ、放送してる場合じゃねえだろうっての!そんなわけで、今晩放送されたプレミアム10「ありがとう阿久悠さん」稀代のヒットメーカー、阿久悠氏の追悼特番。まあ、NHKのアーカイブスに保存されている数々のVTRがてんこ盛りで、物凄い感動的な番組になっていた。見事だった。渋谷の交差点とか行くと、人間があまりに多くて気分が悪くなる、いわゆる「人あたり」ってやつになる、という話を聞く事がある。私は今日初めて、1時間半の歌番組を観て、「ヒット曲あたり」ってやつになった(苦笑)。昭和後半期の名曲を、1時間半連続で聴きまくり、何故だか、頭がフラフラしてきたのだ。もちろん悪い気分でなく、あまりに興奮し過ぎて…ということなのだが、とにかく改めて、失った人の大きさに、気付かされた感があった。放送された歌を、羅列するだけで、まあ凄い!番組は、ジュリーの「勝手にしやがれ」で始まり、「津軽海峡冬景色」「北の宿から」「青春時代」「舟唄」「契り」「もしもピアノが弾けたなら」「宇宙戦艦ヤマト」「ロマンス」「せんせい」「また逢う日まで」「街の灯り」「時代おくれ」…。まだまだあったが、とにかく凄いヒットの数!しかも、その歌手の「代表曲」と言われる歌が大半を占めていたのに、改めて驚いた。ピンクレディーの歌もそうだし、まさに戦後の第3期歌謡曲黄金時代の歌を全部聴いた、って感じだった。いい時代の「紅白歌合戦」を観終わったあとの気持ちに似ている。ホント、今の歌ぁ(歌番組もね)ダメだ。聴く気なんざ、微塵も起きない。戦前~昭和50年代前半までの歌は、誰もが歌えるうえに、印象に残るフレーズが、1曲に1箇所、必ずある。歌謡曲の堕落が、日本の堕落に合致していると言い切っていいだろう。とにかく、失った人は本当に偉大な人だった。改めてもう一度、礼と共に、冥福を祈りたい。
2007年08月03日
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私が思う「大作詞家」の条件、ってのが3つある。1つ目・「ヒットの数が物凄く多いこと」2つ目・「作った歌のジャンルが広いこと」3つ目・「『えっ!この歌の作詞もこの人なの!? ちっとも知らなかった!』という歌が 数多くあること」戦前~昭和40年までの歌謡曲だと、この3つに当てはまるのは、西条八十・佐伯孝夫の2人がまず思い浮かぶ。他にも、佐藤惣之助・藤田まさと・高橋掬太郎・藤浦洸・野村俊夫・サトウハチローなどなど、大作詞家は大勢いるが、3つの条件に当てはまる作詞家は、西条・佐伯の2人になると思う。しかしながら、上記の方たちは、昭和40年より以前の歌謡曲界で活躍した人たち。昭和40年代~50年代後半、歌謡曲の世界で上の3つに当てはまるのは、やっぱり阿久悠・なかにし礼の2人ということになるだろう。昨日、阿久悠氏の突然の訃報を聞き、「最後の作詞の名人がいなくなっちゃったな」という淋しい気持ちになった。主なヒット曲をざっと挙げて…と思ったが、あまりにも曲数が多すぎて、とてもじゃないが書ききれない!歌謡曲・演歌・ポップス・アイドル・アニメ…ジャンルに関係なく、「誰もが歌える歌」をこれだけ大量に残した、というのは本当に凄い。レコード大賞は5曲、書いた詞5000曲…こんな凄い人、もう出てこないに決まってる。ウチの新聞は読売なのだが、一面と社会面で大きく紙面を割いて、訃報を伝えていた。そこに「主なヒット曲一覧」が出ていたのだが、そこに出てた歌の数々は、昭和40年代以降の歌謡曲の流れそのまんまだった。「誰もが歌える歌謡曲」は皆無の現代。日本語を馬鹿にした、どうしようもない歌が大半を占めている、酷い時代だと思う。「千の風になって」が、これだけの大当たりになったのだって、詞が良くて、覚えやすいからなんだから。そんな中、「名フレーズ」を残すべく、孤軍奮闘していたのは、阿久氏だった。その人が居なくなった今、もはや新しい「歌謡曲」を求めるのは難しいだろう。「昭和も遠くなりにけり」よく言われるフレーズだが、まあ確かに戦前~戦中が遠くなっても、40年代はまだまだ…なんて、漠然と思っていたが…。昭和40年代も、今回の阿久氏の訃報で、一気に遠くなってしまった感じがする。ご冥福をお祈りいたします。
2007年08月02日
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