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2004年12月05日
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カテゴリ: 小説
 乃梨子はパンパン、と手をはたきながら言った。
『私、男どもとケンカするのは慣れてるから。上に兄貴が一人、下に弟が一人いるからね。それに私、母親が早くに亡くなったから家に女っ気がないのよ。だから女らしさなんてものとは無縁なのかもしれない。オトコオンナ、なんて言われるのは慣れてるから』
 乃梨子の言葉に、ほのかはふたたびしくしくと泣き出した。乃梨子はあわててほのかを取りなした。
『ど、どうしたの? 私、藤崎さんに何か悪いこと言った?』
 ほのかは顔をハンカチで覆いながら、首を横にふった。
『じゃあ、どうして……』
『私、私……』
 ほのかはしゃくりあげた。ハンカチでごしごしとこすった目元が腫れたように赤くなっている。
『中山さんがかわいそうで……』

 乃梨子は思わず声を荒げた。勝ち気な乃梨子にとって、他人から”かわいそう”呼ばわりされるのは決して気分のいいものではなかった。乃梨子の剣幕にほのかは引いて、またもや新たな涙がふっくらとした頬に流れ落ちそうになった。
「ご、ごめん、ついキツい言い方しちゃって……でもどうして私が”かわいそう”なの?」
「それは……」
 ほのかはハンカチで鼻をかんで、人心地ついてから言葉を続けた。
「中山さん、きっとそこまで吹っ切れるまでにいろいろつらいことがあったんだろうなあって……。お母さんもいないのに、きっと一人でそれを乗り越えてきたんだろうなあって。そう思ったら私、なんだか悲しくなって……」
 ほのかの垂れ気味の人の良さそうな目に涙がふくれあがった。
「な、泣かないでよ」
「だって、だって……」
 ほのかはすでにベトベトになっているハンカチで涙をぬぐってから、上目遣いで自分より十センチほど背の高い乃梨子を上目遣いで見た。母親にお説教をされている子供のような目だった。
「他人にいやなことを言われて、心の底から平気でいられる人間なんて私はいないと思うの。だからバカにされても笑っていられる人って、みんないろんなものを乗り越えてきたんだろうなあって……中山さんはそのうえ、私のことまでかばってくれてすごいと思う。私なんか、中山さんをかばうつもりで逆に男の子から泣かされてるのに」
 そう言うほのかの目はあくまで澄み切っていた。ほのかは一生懸命言葉をつむぎながら、ひたと乃梨子を見据えていた。乃梨子は赤くなった。

”乃梨ちゃんは、本当に優しくって女らしいいい子ねえ。こんな娘を持って、母さん幸せだわ”
 その時、すでにオトコオンナと呼ばれていた乃梨子は照れながらも反論した。
”私、ちっとも女らしくなんかないよ”
”いいえ。乃梨ちゃんは見た目は男の子みたいだけど、心は人一倍女らしくて細やかなのよ。ただ照れ屋だからそれを表現するのが下手なだけ。いつかきっと、乃梨ちゃんのそんなところを好きだって言ってくれるすてきな人が現れるわ”
 母親は病気のせいですっかり細くなってしまった手を乃梨子の頭の上に置いて、白い花のように笑った。

 あの時の母親と同じ目をほのかはしていた。

                     つづく





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最終更新日  2004年12月07日 02時18分41秒
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