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沖縄2日目。午前中にホテルをチェックアウトし、那覇のDFSギャラリアのブランドショップを念入りにひやかした後、上の階のフードコートでランチだけして出る。この日の予定は、ひたすらクルマで北上して名護のホテルまで移動するというのがメインなのだが、12月に入って「硫黄島玉砕戦」をはじめ「沖縄戦」を含む戦争もののドキュメンタリーを深夜に何本か観てしまった影響で、本島南端の「平和祈念公園」と「ひめゆりの塔」にも寄ってから行くことにした。平和祈念公園の敷地内に膨大な数で整然と並ぶ「平和の礎(いしじ)」は、国籍や軍人・民間人の区別なく、沖縄戦などで亡くなった全ての人々の氏名を刻んだ祈念碑である 。なんとなく読まなければいけないような気がして、途中まで戦没者の名前をいちいち目で拾いながら歩いていたが、全部で24万人分もあることを知って急速に断念した。「ひめゆりの塔」を探して周囲を見上げるが塔らしきものは見当たらず、ようやく「あーこれか、これか」と観光客たちがみんな勝手に納得して合掌したり写真を撮ったりしているのは実は慰霊碑(納骨堂)。ホンモノの塔というのはこの手前にあるわずか50cmぐらいの石なので、間違えてはいけない。しかし奥の「資料館」はなかなか見ごたえがあった。特に、戦死した200人強の女学生のセピア色の遺影が四方の壁からこっちを見ている薄暗い展示室はある種異様な空間である。あわせて展示されている生存者の証言作文集を読むと、当時の地獄のような情景描写がこれまた激しく生々しいリアルさで、ムスメ1号もいつまでも食い入るように読んでいましたよ。若干重い空気を引き摺りつつ資料館を後にした頃には、既に日が傾きつつある時間。さあここからは名護のホテルに向けて、いっきに沖縄本島縦断の2時間のドライブへとアクセル全開だ。しかしまあ高速からの風景は延々と、山山山平野、畑畑山山山・・・という感じなので退屈極まりないのである。もっと退屈なのはチャイルドシートに拘束されっぱなしのムスメ2号で、日が暮れて辺りが薄暗くなる頃からとうとう限界が来たのか、やがて狭い車内をつんざく絶叫&号泣が果てしなく続き、家族全員イライラ度をアップさせながら前だけを見つめて無言で堪える。さらにこの日もカーナビが嘘つきで、どう見ても何もない道の途中で「目的地付近です」というのでクルマを停めてもう暗い車外に出てみるがやはり何もなく、仕方なく地図を見ながらやっとのことで目的地に到着した。もうヘトヘトである。 ホテルに着くと、さっそく晩飯。ムスメ2号の状態がどうにもならないので、交渉の末、日本料理屋の個室を借りられてやれやれである。らふてー、ゴーヤの天ぷら、琉球ガラスで冷酒をいただく。それにしても疲れた。もう飲むしかないのだ。結局どっちにしても飲んでばっかりだが、まぁそれはいつものことなのだ。
2006年12月22日
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今年の年末最後は少々早目にオフィスから雲隠れし、家族サービスで沖縄へ島流しの刑である。海外も検討されたのだが、さすがに生後六ヶ月の赤子が一緒では大変だろうと、オフシーズンで空いてる冬の沖縄に落ち着いたのである。(そういえばトイモイ氏も3月頃に沖縄ラビリンスツアーに出かけていたっけ)伊丹から沖縄に向かう機内。ムスメ2号が号泣して周囲に迷惑が及ぶことを心配していたが、壁にバシネット(ベビーベッド)を付けてもらったお陰で、機内では7割がた寝てくれた。とはいえ、ミルク飲ませたりオシメ替えに行ったりと、慌しくしているうちにあっという間に沖縄到着。めんそーれ。那覇空港に着くと雨。レンタカー屋で今回の旅の足トヨタの「bB」を借りて、まずは市内をウロウロ。いきなりヒドい天候で、最初は小雨だったのが徐々に暴風雨と化し、レンタカー屋で借りた傘が突風でバラバラにへし折れる(最初からなかったことにして、こっそりコンビニのゴミ箱に捨てた)。おかげで、ちょっとその辺を歩いただけで頭からグショ濡れ。出だしから鬱陶しいスタートである。少し買い物をしてからホテルに向かったが、夕方の那覇市内の道路はなぜか大渋滞。おまけにカーナビが嘘つきで、目的地付近まで来たところで右だ左だ、いややっぱり右だなどと無駄にぐるぐる回遊しているうちにすっかり日も暮れる。ホテルに着いてからもさらに雨脚は激しくなってきたが、このままでは大事な一日があまりにも無駄に終わりそうなので、気合を入れ直して、土砂降りの中、タクシーで夜の街に出た。 国際通り付近で降り、定番の「牧志公設市場」をひやかす 。あちこちの魚屋で「うまいから買え買え」と青や赤の大きな魚を熱心に勧められるが、通りすがりの旅行者にそんなこと言われてもどうすりゃいいのよと思いつつ2階フロアに上がると、なるほど買った魚は2階に立ち並ぶ食堂で料理して出してくれるシステムであることをはじめて知ったよ。めんそーれ。晩飯は、この2階にある食堂で食べることに。家族で座敷の長テーブルの一画を占拠し、生ビールとともに、豆腐チャンプルー、ゴーヤの味噌炒め、ミミガー、グルクンの唐揚などなど沖縄定番メニューをいただく。何軒かある食堂のうち一番空いている店に入ったのだが、やがてどの店も客でごった返す賑わいになる。見たところ、店内は地元の親子連れや旅行客などが入り乱れており、長テーブルの我々の横では修学旅行の高校生たちが、どデカイ魚の料理を囲んで盛り上がっていた。めんそーれ。そんなグシャグシャの状態を眺めながらビールを飲んでいるうちに、ようやく旅行に来た感じがしてちょっと愉快になってきたよ。めんそーれ。
2006年12月21日
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年内最後の東京出張。銀座と六本木でそれぞれ打合せをこなし終えた夕暮れ時、さて帰るかと時計を見ると、予定よりもまだ1時間ほど早い。このまま空港に直行するのも勿体ないなぁと考えていてふと思い出したのが、今年の春頃六本木ヒルズの目の前にできたという温泉施設である。ちょうど昨晩、部のスタッフ全員集まっての忘年会も終え、なんだかハチャメチャに慌しかった今年の後半戦も、この出張でほぼ幕を閉じようとしているワケで、そうだそうだ最後はやっぱビシっと温泉で締めなきゃあいかんだろうと、よくわからない理屈に自分だけ深く納得しながら、わっせわっせと『六本木天然温泉zaboo』に向かったのであった。めざすzabooは、すぐに見つかった。意外としょぼい外観に内心ちょっと躊躇しつつも中に入ると、環境音楽が静かに響くエントランスは落ち着いたシティホテルの佇まいで、エグゼクティブな銭湯という感じ。フロントではシックな制服のオネイサンがチェックインの手続きをし、タオルや館内用のルームウェアのようなものが入ったバッグを手渡されるのであった。しかし実はあまり時間もないので、いそいそと更衣室に向かいえいやあと素早くパンツを脱いで早速温泉にGOGO!中に入ると、さすがにまだ平日の夕方のせいか、客はほんの数名。みたところ、若いホストとおぼしきロン毛のニイちゃんとか、職業不明のスキンヘッドに髭のオヤジなど。サラリーマン風はワシだけか。で、肝心の温泉は、おもに露天風の岩風呂と洞窟風呂で構成されており、まぁ所詮ビルの中なので開放感はないのだが岩なんかドでかい天然石をゴロゴロ組み上げていて、それなりに演出としては頑張っている感じ。湯は、温泉特有のぬめり感がなく残念だが、色が紅茶のような澄んだ褐色をしているのが珍しい。ほとんど貸切状態なので、思い切り手足を伸ばしてしばらくユラユラと漂う。ふう、弛緩。洞窟風呂の奥が気になり、嬉しそうにチャプチャプ進んで行くと、予想外に入口が低く狭く、入口の頭上の岩に思い切り頭をぶつけてしまい「うぎゃ」と叫んで頭を抱えたままその場で悶絶していると、洞窟の中にいた外国人にゲラゲラ笑われてしまった。などとアホなことをしているうちに予定の時間がきてしまい、スチームサウナやフィンランドサウナ、岩盤浴やリラクゼーションコーナーなど堪能できぬまま、慌ててパンツを履いてチェックアウトし、湯気を立てながら空港へとダッシュしたのであった。おわり。
2006年12月20日
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かつて直属の部下であった会社の後輩 I くんの、結婚式&披露宴に出席。I くんは、およそ3年間ワタシの手足となって過酷な労働に付き合ってくれた先輩思いで根性のある若手だったのだが、さすがに度重なる徹夜徹夜の生活に嫌気が差したのか、ある日突然他の部署への異動希望を表明。ワタシに対しては若干申し訳なさそうな表情で、うつむきがちに長いまつ毛をシバシバさせていたかと思ったら、あらら結構周到な社内根回しの末に、昨年度から正式にワタシのもとから離れていったという、意外と演技派の男なのであった。まぁそれは良いとして、割と直前まで知らなかったのだが、彼のお相手というのが、数週間前に同じ職場を退職したばかりの派遣社員の女性Sさんであった。職場ではお互いにあくまで他人のふりを通していた二人に対し、急に「実は結婚することになりました」と知らされて、結婚式や披露宴の場ではじめて仲睦まじい様子を見せられるのも、なんだかちょっと妙な気分である。やはり I くんは演技派の男なのであった。披露宴が、これまた今どき珍しいオールドタイプの恥ジカシイ演出。会場フロア2階のバルコニーを見上げるとドアが開き、松田聖子の曲に合わせてヒラヒラドレスで登場したSさんを、I くんがお姫様抱っこしながら螺旋階段を下りてきたときにゃあ、もうみんな口をポカンとあけて見ているしかないのである。おまけに披露宴の最後に新郎からの挨拶があり、I くんはまるで選挙演説かプロレスラーのマイクパフォーマンスのような感じの凄いテンションで「何がなんでもぼくはやります、ウォー!」とか言って何をどうウォーとやるのか全然よくわからなかったのだが、とにかく演技派なのであった。しかし実際のところ、結婚生活本番にこそ何かと演技力が大切だったりして。よく知らんけど。
2006年12月16日
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環境系ビジネスのイベント運営で、有明の国際展示場に3日間缶詰。ホントに久しぶりにモロ「現場」のお仕事である。インカムのヘッドセットをつけて一日中会場を動き回ったり来場者の応対などしているので、さすがに足腰がきつい。昔からイベント現場の仕事はライブな一体感があって嫌いじゃないのだが、悲しいかな、さすがにもう現場でインカムつけてハリキっている立場でもないのであるよ。それにしても、正直なところエコイベントにこれだけの集客があるとは思わなかった(3日間で15万人)。昔は環境系ビジネスのイベントと言えばせいぜい「再生紙」の展示ぐらいで、あとは社会への“エクスキューズ”として「当社は森に木を植えてます」みたいな企業の活動報告がほとんどだったが、いまや自動車メーカーも家電メーカーも、環境への取り組み自体が商売(製品や機能など)に直結しているのが当たり前の世の中。エコはエコでも、エコロジーとエコノミーは表裏一体か。
2006年12月15日
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仕事の打合せで、東京出張。都内某ホテルのロビーで科学ジャーナリストの女性に会い、年末に行なわれる日本最大の環境系イベントに参加する某クライアントのブース内で、セミナー講師をしてもらうための下打ち合わせのミーティング。このヒトは一昨年、有人潜水調査船「しんかい6500」に乗船しており、その体験をもとに深海の地球の様子がいったいどんなことになっているかというのをレポートしてもらう、というのが依頼の内容である。このイベントでは、他に「南極観測隊員」や「穂高岳山荘の支配人」など、海、山、極地の各種エキスパートをゲスト講師に招き、日常では見たこともない世界から地球環境を考えてみる、というなかなか楽しい企画である。夕方、セミナーの打合せは順調に片付いたので本社に戻り、別件の打合せに参加。その後、デスクを借りて企画書作成の作業をしていると、師匠のUさんが突然姿を現したので、途中抜けして薬膳中華の店に食事に行くことに。仕込や調味料に沢山の生楽を使用したカラダにやさしい料理で少しだけ元気が出た気分になる。が、店を出ると携帯に呼び出しの留守電が山ほど。今晩中に解決しないといけない問題が急浮上しており、再びオフィスに戻る。作業と打合せが終わったのが結局、朝の4時半。早朝のカラスの鳴き声を聞きながらホテルに帰還し、沈没。
2006年12月07日
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先月、妹がフィンランドから帰ってきた際、お土産に「サルミアッキ」をもらった。フィンランド人は皆いつも食べているそうだが、他国のヒトからは「とにかく、マズイ」ということで評判で、ギャグとしてお土産に買われることが多いとか。袋を見ると、これはサルミアッキの頭に「スーパー」と付いているので、格上タイプのようである。中を開けると、真っ黒で500円硬貨大のグミのようなものがたくさん入っている。どの程度マズいのか、試しにひとつ口に入れてみる。食感は、通常のグミよりもさらにもう少し弾力が強く、噛むと、口の中になんというか「ションベン臭い」ニオイが唾液と入り混じって一気に広がる。ぐええ。世界一かどうかは知らんが、こりゃあ確かにマズいや。吐き出すのも悔しいので根性を出して噛めば噛むほど、グニョグニョと捕らえどころのない不快な食感とともに、なんともいえないションベン臭い汁が口の中いっぱいに広がり、本気で気持ち悪くなって、少し泣きたくなってきた。イヌ並みの嗅覚のワタシには刺激が強すぎるようである。一度食べてみたいヒトは、うちまで取りに来てください。●サルミアッキあれこれ
2006年12月02日
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自称チョコレートジャンキーのワタシは、控えめに見積もっても年間で50種類ぐらいのチョコレートの新商品を食っているのだが、そんな中でこないだ久々に「おぉ、これは」というちょっとしたヒット作に出会った。明治製菓の「カカオスタイル オレンジピール 」という商品で、オレンジピールの部分はグミなのだが、その周りはややビターのチョコがパリっと潔く硬めの食感で、なかなか本物のオレンジピールチョコに近い出来栄えなのである。たまたま自宅にオッジのオレンジピールがあったので試しにブラインドテストで比較をしてみたところ、さすがに間違えはしなかったが、かなりイイ線行っている感じ。最近では店頭でもすぐに品切れになっているようなので、コンビになどで見かけたときは、3つ4つまとめ買いするようにしている。
2006年12月01日
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