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その昔、始めた当初は、女性にもてたいという不純な動機だった。四柱推命、九星学、気学、暦、易経、手相、人相などの本を、読み漁ったことがある。ほとんどは捨て去ったけれども、その残滓が自宅の書架に残っている。変に懐かしい。凝っていたころは、毎日何時間も命式表(その人の運勢一覧表)を作っては、解説を読み、相性説明を見て、鑑定書を書いたものだ。中には、今も憶えているものもある。さてさて、昨日お会いした皆さんの手がすごく良かった。人間の大きさ、魂の太さ、厚みを感じる良い手の方ばかり。類は友を呼ぶ。皆さん、やさしい手、あたたかい手、お母さんの手のような、ふくふくしい手である。手相は、「手のひらの皺(しわ)」で見ると思ってる人が多いけれども、それは違う。まずは、肉の厚さ、バランス、血色などでの全体観察から、手相判断をしていく。薄いより厚いほうが良く、血の巡りの良い色、手のひらのやわらかさ、また何かしら異変のないことを見る。手相を見る時、手の全体観察の次は、まだ、「手のひらの皺(しわ)」には行かない。人相、体型、声の調子、たとえば目を見たり、くちびる、喉周りの肉付きなどを見る。これを補助情報として持ったうえで、ようやく手に行く。ところが、まだ「手のひらの皺(しわ)」は見ない。そう聞くと、普通はびっくりしてしまう。運命線や生命線、頭脳線で判断しないの?と聞きたくなる。が、やはりそうなのだ。線自体よりも、線を作る手のひらの丘、太陽丘(親指のつけ根のふくらみ)や、月丘(小指側のふくらみ)を観て判断するのだ。そして最後に、線は線で見ていく。生き物としての生命力の判断には、大きく生命力全体を観るのが当然である。全体観察せずに、手相を観る学生占いなどは、全然当たらない。お遊びに過ぎない。小さくても大きい生命力を持った人や、動物は身の回りにたくさんいる。あかちゃんや、小さい子どもは、生命力に溢れている。食う、動く、走る、うるさい。そんなこと、手相を観なくても分かる。これこそが本当の全体観察だと思う。大人になっても、生命力の溢れている人は、手も、顔も、ふくふくしい厚みがあり、張りのある大きい声で生きていらっしゃる。まして、大勢の家族のなかで生活し、外でも仕事を持てばなおさらと思う。さらに、友人、知人と交歓し、鋭気にみちみちて行くのだ。特にCさんは手ごわい。やさしそうだけど、とても強そうに見えた。ふくふくしいお母さんの手は、生命力のあふれる手でもある。今日は、手相の話しと友人とのことを書いた。Aさん、Bさん、Cさん。昨晩はどうもありがとうございます。楽しかったです。事前にお断りもなく書きましたがご容赦ください。今後ともよろしくお願いいたします。記:とらのこども手相 解説出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%89%8B%E7%9B%B8移動: ナビゲーション, 検索手相(てそう)は、手の平に刻まれた線(掌線)や丘、爪の状態により、その人の運勢や才能資質、健康状態の良否を判断する占いの一種。占いに特殊な才能を必要としないので、霊感・第六感の働かない一般人にも占うことができる。駅前等で「手相を見せてください」といいながら言い寄ってくる女性に出会うことがあるが、大抵が宗教(統一教会など)や怪しいサークルへの勧誘なので注意。なお、手相鑑定を本格的に行うと一人1時間以上はかかる事に注意したい。 PS その昔、占いに凝った私の結論は、占いは信じるな!です。 遊びとか、補助的になら、まあ許してもよいかなあ、、、とも思います。 特に女性は、ダイエットと占いが好きだから。お遊びレベルでよければ、 生年月日からの運勢、相性など、簡単なことでなら、いつでも承ります。 記:とらのこども
2007.03.31
嫌われないためには、どうすればいい?それは、嫌われることをしないこと。自分の悪いところを出さないこと。いじわる?、ウソ?、暴力?、おしゃべり?、いやな顔なんて見たくない。嫌いならよってこないで。ハンカチ、ちり紙はちゃんと持ってね、なんて。好かれる人は、好かれる理由があるんだ。好かれるところを見せればいい。自分の良いところを見せるのがいいよ。好かれる容姿、好かれる行動、好かれる持ち物。正直、やさしさ、助けてくれる、素敵な顔はいっぱい見せて欲しい。じゃあ、笑顔がいいのかな? 楽しい。/ サービス。/うれしい。人のこと、人の大切にしていることを、理解してくれるのも、すっごく、うれしいかも。そんな人っていいな。カッコいい人ってどんな人?自分らしい人、自分の大切なものをちゃんと大切にしている人、がいい。自分の大切なものを、ちゃんと大切にしよう。例えば、研究・開発に打ち込んでいる人、こどもを大切に育むお母さん。スポーツを一所懸命やってる人。だよね、誰かのためじゃなくって、自分がしたいからやってるんだよ。それがカッコいい。媚びてない。だから、自分のやっていることを、大切にしている人がカッコいい。自分のこと、好きな人がカッコいいと思うで。めっちゃ素敵やん。自分の好きなこと、大切なこと、見つけられますように!!記:とらのこども
2007.03.27
1000年以上も前の、聖書研究の学者だが、「バイブル(聖書)の伝えたいことは、ひとつだけだ。それは、自分のして欲しくないことを、他人にするな、ということだ。」と、紹介した研究がある。いわく、他のもろもろの言葉、説明、伝記などは、上記の事柄を、説明、立証するためだけに、縷々書かれているのだと、言う。何にでも、原則、基本というものがある。その原則や、基本から離れた枝葉の部分が肥大して、間違いを起こしていく。自己保存か何かの理由で、他の人たちを圧迫すること、圧迫しようとするタイミングがある。集団ができたとき、こうなると怖い。だから、指導者が原則、基本に立ち返らせることが大事になる。また、個人、個人においても、原則を理解し、基本を守る姿勢が大事なのだ。そもそも、キリスト教も、ユダヤ教も、イスラム教も、兄弟的宗教であって、聖書の大元は同じはず。戦争しろとか、人を殺せとは、書いていないはずだ。自分たちを守るためなら、許すとバイブルのいったいどこに書いてあるのか。仏教や、儒教、道教、神道、その他の宗教も、似て非なるものではなく、原則、基本というものは、相手が生身の人間である以上、同じことを説いている。そりゃそうだ。そうでなくてはならない。儒教の論語にしても、始祖の孔子に曰く、最も大事なものは「仁」だという。「仁」とは、大昔の殷、周からの文字だそうで、その意味は字義のとおり、「ひとが二人であったときに、人と人として守らなくてはならないこと。」これを仁という。であれば、バイブルと同じではないか。広い広い、誰もいない原野で、人と人が会ったときに、人同士であればこそ、殺してはいけないし、盗んでもいけない、姦淫してもいけない、・・・。尊厳ある人であればこそ、ダメなものはダメなのだ。そして、それをするのもひとであるから、ひとという動物こそ、恐ろしい。恐ろしい動物であるから、宗教があり、やっと、「人」になった。********************************************************************たとえば、医者は患者の病気を治すのが仕事だが、そのために、検査や、投薬、もろもろのことを行なっているのだと思う。1番大事なことは、何だろう。「大丈夫だよ」と目を見て言ってあげることではないのか。安心感を与えることではないのか。検査も、治療も、手術も、投薬も、その後のことではないのだだろうか。医者を例にとってみたが、会社の仕事も、家庭の役割りも、つまるところは、同じことではないか。だから、目をみて、笑って、握手して、ハグして、ボクがいるから、大丈夫だよと、みんなに言ってあげたいものだと思う。******************************************************************そうするために、ひとりひとりに必要な資質がある。それは、想像力。こうすれば、相手はどうなるんだろう。こうすれば、相手はどう感じるだろう。痛いか、悲しむか、喜ぶのか。それがわかってこそ、すべきことがわかる。経験というものが、大切な所以(ゆえん)だ。だから、こどもはたくさん本を読むのが良い。疑似体験をいっぱいして、本のなかで、感動したり、泣いたり、笑って欲しい。もちろん、家族の中で、友だちの中でも、ホントの人間と一緒に、感動したり、泣いたり、笑って欲しい。いっぱい経験して欲しいと思う。記:とらのこどもPS というわけで、今日の禅問答。いかがでしょうか。 だんだんわけがわからない文章になったかも知れません。ご容赦 ください。では、金曜日のお楽しみ会を、心待ちにしています。
2007.03.27
贈る言葉・名言名句・いい言葉作家、中井俊已が贈る古今東西の名言名句・いい言葉。 プログです。http://okuru.blog84.fc2.com/とてもいいです!!ご紹介します。サムエル・ウルマン もいいですけど、「がばいばあちゃん」の言葉がじつにいいです。どうぞご覧ください。以下、一部抜粋。 サムエル・ウルマン 私はいばらのない道を求めない 悲しみが消えよとも求めない 日のあたる毎日も求めない 夏の海も求めない 輝く陽光と 永遠の昼のみでは 大地の緑は しぼみ衰える 涙の水がなければ 歳月を通じて 心の奥底は 希望のつぼみを閉じる 人生のどんなところでも 気をつけて耕せば 豊かな収穫をもたらすものが 手の届く範囲にたくさんある サムエル・ウルマン著『青春とは、心の若さである。』 2007年03月23日(金曜日)青春 青春とは人生のある期間ではなく 心の持ち方をいう。 バラの面差し、くれないの唇、しなやかな手足ではなく たくましい意志、ゆたかな想像力、もえる情熱をさす。 青春とは人生の深い泉の清新さをいう。 青春とは臆病さを退ける勇気 やすきにつく気持ちを振り捨てる冒険心を意味する。 ときには、20歳の青年よりも60歳の人に青春がある。 年を重ねただけで人は老いない。 理想を失うときはじめて老いる。 歳月は皮膚にしわを増すが、熱情を失えば心はしぼむ。 苦悩、恐怖、失望により気力は地にはい精神は芥(あくた)になる。 60歳であろうと16歳であろうと人の胸には 驚異にひかれる心、おさな児のような未知への探求心 人生への興味の歓喜がある。 君にも我にも見えざる駅逓が心にある。 人から神から美、希望、よろこび、勇気、力の 霊感を受ける限り君は若い。 霊感が絶え、精神が皮肉の雪におおわれ 悲嘆の氷にとざされるとき 20歳だろうと人は老いる。 頭を高く上げ希望の波をとらえるかぎり 80歳であろうと人は青春の中にいる。 サムエル・ウルマン『青春とは、心の若さである』より
2007.03.27
日本語の「すみません」は、語源のひとつに「澄みません」とあり、もともとの乱れていない静かな気持ち・・・、から、あなたがしてくださった○○のために、私のこころはこんなにも乱れてしまいました。元の澄んだ状態にするために、わたしはどうすればよいのでしょうか?どうぞ御礼に何かさせてください、それでなければ元のように澄みません。(澄まないことです。)という気持ちを「すみません」という。だから、感謝の意も含む。韓国語のすみませんは、「ミアナムニダ。」といい、漢字で書くと「未安ハムニダ」である。意味は、漢字を読んだままで、「まだやすらかでないです」となる。今では韓国語には、感謝の意味を含まず、陳謝の意味だけになったが、漢字の意味からすれば、同じ語源、同じ意味なのだ。かつて、とらのこどもが、韓国語がもっともっと拙い頃、(今も拙いが・・)BARでバーテンの女性に、上記の意味を一生懸命説明して、だから、韓国語と、日本語は近い関係なのだ。と力説したことがある。それは、吉本のギャグのように、身振り、手振りを交えながら、1時間以上の大苦闘だった。今ならもっと、もっと、気持ちを伝えられるだろうか・・・。おそらくは、1時間の苦闘を、笑顔で聞いてくれた彼女こそが素晴らしい。その後、会ったことはないが、「あのときは、すみません。ありがとう。」と伝えたいものだ。1年前、クリスマス直前の雪の夜。美しいひとだった。記:とらのこども
2007.03.27
作家の赤川次郎先生が、著書のなかで「読書とは人生の予防接種」と言っていた。これはすごい。実に、うまいこと言うなあ、と関心を寄せたことがある。いわく、読書は、いろいろな趣味のひとつであり、自分ひとりの時間を持つ、そうした余裕があるということであり、そこに逃げ込めば、ほっと息をつける。こういう場所が人間には必ず必要である、と。同時に、本を読むということによって、いわば、「予防注射」をするようなものだ。最近、本を読むことが徐々に少なくなってきた、ということが、新聞や、テレビで、繰り返し、言われている。本を読むということは、単に面白いものを味わうということだけではない。これはつまり、読むことで自分がまだこれから経験することを、先に経験できる。これが本を読むことの非常に大きい意味なのだ、、、と。また、同じ本を読んでも、人によって受け取るものが大きく異なるもの。本を読む器を用意するためにも、本を読むのも悪くない。
2007.03.24
核兵器は手段で目的は半島無血統一 このタイトルだけで言いたいことは尽きている。手段と目的を混同してはいけない。当たり前のことなのに、北朝鮮のことになるとなぜかその区別が分からなくなる人が多い。 9日朝の「核実験に成功」という北朝鮮の発表後、多くの論評の中で北の最終目的が朝鮮半島の統一であることを指摘したのは、防衛庁の武貞秀士(防衛研究所)主任研究官だけだったようだ。さすがと言うべきだろう。 当コラムで3年前、「恐るべき北朝鮮用語の『体制保証』」(03/08/31)で警告したように、北の独裁者親子は自分たちだけが朝鮮半島の正当な政権であると自認しており、体制保証とは「統一する権利権限をアメリカが認める」という要求にほかならない。つまり、これ自体が手段であって、究極の目的は統一である。 3年間のうちに韓国は、指一本で押せば倒れる寸前まで来てしまった。それを象徴しているのが北の核実験である。 この事情を理解するカギは、盧武鉉(ノムヒョン)という大統領の特異性にある。この人物は前任者金大中の対北宥和政策、いわゆる「太陽政策」をさらに拡大推進し、1千億円ともいわれる資金と援助物資を送り続けた。北はその援助で核開発を急いだ。通貨の価値(使いで)としては十倍に相当すると見るべきだろう。 その一方で、日本に対しては歴史認識や竹島で北風を送り続け、アメリカとは駐留米軍をまるで占領軍のように扱って対立し、さらに中国との間にも歴史認識で高句麗論争を繰り広げた。 そうすることによって韓国民の誇りを刺激し、よく言えばナショナリズムを高揚させ、自分への支持を高めさせようとしたのだろう。しかし、それが北との一体感を高め、同時に北への警戒感を薄めさせ、統一への恐れをタブー視する効果を生み出すに至った。 そういう変化が北の独裁者の目にどう映るか、盧大統領は全く想像しなかったのだろうか。9日に訪韓した安倍晋三首相が、北の核実験を非難する共同声明を提案した際、大統領は無視して日本の歴史認識を40分も攻撃し続けたという。 この愚かさが事態の展開を左右することは疑いない。金正日独裁者は次の一手として、おそらく盧大統領を平壌に招待するシナリオを考えているだろう。 招待されれば、大統領自身が渇望していたことだから、大喜びで飛んでいくだろう。もともと7月に金大中・前大統領が先触れで訪朝するはずになっていたが、ミサイル発射で頓挫したままになっている。 さて平壌で大歓迎され舞い上がった盧大統領に、金独裁者は「まず南北で連邦を形成し、早急に自由選挙で統一大統領を選ぼう」と提案する。そうすれば人口で二倍の韓国大統領が当選するんだよ、という誘いである。「早急に」というのは、盧大統領の任期が08年2月に終わる前にという甘い餌である。 さらにもう一つ、決定的な餌を投げる。「統一大統領に当選すれば、あなたの手で核兵器を解体し開発計画を廃棄することができますよ。それまで我々は核実験を凍結します」というくせ玉である。 この誘いを断ることはできない。断れば、北は「やむを得ず核武装に邁進する」と言うに違いない。その責任は盧大統領にあるという口実を与えることになる。 盧武鉉大統領は金正日国防委員長の提案を共同提案の形にして合意し、世界に発表する。それで今回の危機は終わりになる。南北が統一のための自由選挙に合意した以上、日米中露、どこの国も反対はできない。米軍は中立となり、駐留の解消に向けて動き出すしかない。核実験とミサイル発射は実施されないので、周辺国はケチをつけることができない。 シナリオの骨子は以上の通りである。バリエーションはいろいろ考えられるだろうが、似たような先例がポーランドにあることを知っておいた方がいいだろう。 第2次大戦の戦後処理を三か国で勝手に取り決めたヤルタ会談(1945年2月)で、ポーランドを取り返そうとする英米(チャーチル、ルーズベルト)と抵抗するソ連(スターリン)は、ドイツ敗北後にポーランドで自由選挙を実施し、ポーランド国民に自国の将来を決めさせるということで折り合った。 しかしポーランドを軍事力で抑えていたソ連は結局、自由選挙の約束を無視して共産党独裁の政権を確立し、そのまま冷戦終結まで衛星国として従わせることになった。 このときのソ連の軍事的支配に相当するのが、現在の北朝鮮の核兵器だとすれば、自由選挙の約束が実行されるかどうか、おおよその見当がつくのではないだろうか。 民主主義国の基本である自由選挙を、そうでない相手から逆に提案されると実に始末が悪いということが分かるだろう。そういう事態にどう備えておくべきか、日本にとっても他人事(ひとごと)ではないのである。(06/10/14)記:大礒正美の よむ地球きる世界より。http://www.geocities.co.jp/CollegeLife-Cafe/5562/column/column-menu.html このメルマガはお勧めです。記:とらのこども
2007.03.23
JALの機内誌に、機長のエッセイが毎回、掲載されている。面白くないものも、たまにはあるが、いつも読ませる記事が多く、愛読している。今月号に、安全の基本は「プラスのストローク」とあった。ストロークとは、交流分析における感情の概念のことで、「相手の存在や価値を認めること」とされている。ストロークがプラス(肯定的)であれば快い感情になり、マイナス(否定的)になれば、不快な感情になる。これはお客様との関係においても同様で、基本的なことだが、「挨拶する、目を見て話す、うなずく、微笑む、見つめる」といったプラスのストロークは、信頼関係を深め、安全運行に欠かせない。パイロット、客室乗務員、航空整備士など、航空業務に従事している人は、一見機械だけを相手にしているように思われがちですが、実際には、人間こそがもっとも重要な相手です。いかに自動化が進もうと、安全運行のためには、人間の心理や、コミュニケーションなど、人と人との関わりを置き去りにすることはできません。記:嵯峨田峰敏氏・JAL機長 会社でも、家族間でも、プラスのストロークを相手に伝えることが とっても大事なことなんですね。 記:とらのこども PS 心理学者のユングいわく、 出来事は偶然に起こるのではなく、すべて必然である。 多くの人との出会い、一期一会に感謝しています。前出:嵯峨田氏
2007.03.23
成功者の法則1 気づくこと。気づいているか、気づいていないか、それで人生は変わる。 こころ静かに見つめ直す。ときには、走りながら。気づきを意識しよう。2 人生は楽しい。自分自身で作れるから楽しい。 自分の人生をスタートしろ。夢を持て。3 わかっているけど、止められない、、、を止める。 なんでそんなことするの?ホントはわかってるでしょ。だから止める。4 問題をありのまま認める。ごまかさない。 現状の欠点を正直に認めよう。そして、これからの行動リストを作る。5 行動のみが結果をもたらす。良い結果は、行動をしないと得られない。 だから待つな。待つだけなら悪い結果が与えられることが多い。6 人生は、見方次第で180度変わるものだ。 見直せ。自分の見る位置を複数持つ。顧客の立場、工場の立場など・。7 意思は続かないことを知る。習慣は続くことを知る。 がんばって、良い習慣を身に着けよう。8 自分の行動、自分の態度で、周りの態度が変わる。9 人を許す。それが自分の力になる。10人生の勝者は、自分の欲しいものを知っている。 たぶん、みんな成功している。その成功に安住している。 仕事がある。家族がある。友だちがある。遊びがあり、楽しみがある。 だから、変わらない。 じゃ、世の中や、他の人も、変わらないだろうか。 必ず変わる。徐々に変わるし、突然変わる。ホントはすごく変わる。 守るだけでも、変わらないといけない。 だから、攻撃が最大の防御と知り、いつも何かに取り組むのが良い。 あがいて、あがいて、あがいて、生きていきたいと思う。 記:とらのこども
2007.03.22
敗者の法則1 単に周りに合わせているだけ。自分のルールは無い。2 星占いで決める。3 何でそうするのか考えない。魔が差すこともある?4 イヤと言って、その問題から逃げる。5 じっと待っていれば、そのうち良いことがある。6 人生そんなもの。望まないものでも受け入れる。7 前に1度、うまくいった。 ⇒⇒⇒ 成功者の失敗の道。8 人間はそんなものだ。不快な人間関係を受け入れる。9 この恨み、必ずはらす。キレまくる。10果報は寝て待とう。自分では何もしない。自分自身と闘え!記:とらのこども
2007.03.22
●教えて!ティーチャー先生~ウソがばれる瞬間…(回答編)> 彼女とデートの日、姉に「どこ行くん?」と聞かれたので「友だちと出かけ> てくるわー」と答えたら、「彼女できたんやろ」と笑いながら言われました。> なんでわかったか聞くと「友だちの時は相手の名前も言うのに、女の子と出> かける時は『友だち』ってぼかすから」だそうです。ウソつくと鼻の穴がふ> くらむとか、目が泳ぐとかもよく聞くけど、みなさんのウソがばれるポイン> トって何ですか?あと、案外ばれなかった!というウソってありますか?今> 後の参考にしたいので(笑)、教えて、ティーチャー先生! (ケイタ)(編)ごまかしたつもりでも、案外顔や言動に出ちゃってる方が多いようです。また、「妻はスルドイ…!」という旦那さんからの証言も。女の勘は怖い…。【目を見ればわかる】○私、妻にはすぐウソがばれます。曰く「いつもは腐った魚のような目が、キラキラしている」からだそうです。 (vsHOKUTO)○うちの23歳の娘は、普段はちょっとタレ目で、ちょっとエラ張ってる程度だけれど、目が怪しくつり上がりアゴが大きくせり出してくる瞬間がある。ウソをついたり、良からぬことを企んでる時の顔です。 (なおっちのはは)【表情に出てます】○妻や娘に怪しいことを指摘された時、必死で否定するが、なぜかすまし顔ができずつい笑ってしまう。「声出して笑っているから、やっぱりウソついてる」とばれてしまいます。困った癖です。 (たぬき寝入り)○私の弟のウソは、簡単に見抜けます。顔が引きつるから…ウソがつけない奴め(笑)。私自身は自分のウソを見抜くポイントなんてないと思ってますが、自分が気付いてないだけで思いっきり見抜かれてるのかも…。 (ROVA)【言葉づかいに変化が…】○夫のウソはすぐわかります。なぜかというと、妙に強く断定するからです。「給料をごまかしたことはないぞ!」とか「浮気したことは絶対ないぞ!」とかね。裏は取れてるので「あ、そう」と聞いといてあげます。ウソをつく時はさりげなく…できないんでしょうね。それができる人は、俳優になれるんじゃないですか? (たゆ)○男性は往々にして可愛いウソをつく時は自分のことを「僕」と言います。会社でもチェックしてみてください。 (karin)【動物はスゴイ】○妻に先立たれシーズー犬と2人暮らし?していますが、どんなに出かけるのをごまかそうとしても、一緒に行こうと私より先に玄関で待っています。犬の言葉のわかる人に、一度聞いてもらいたいと思っています。 (ryochan)【ばれない!】○いまだかつて、ウソがばれたことはありません。ばれて初めて「ウソ」になるのです。なので、私は「うそつき」にはなりませんよね。(うそつきのプロ)以上、まぐまぐの教えてティーチャー先生より。 私も妻にはすべてばれます。何故かはわかりませんが、隠し事は無理です。 言った瞬間にばれるので、想像もつきません。その能力は驚くばかりです。 なにごとも、正直者が良いということですね。ウソはいけません。 なお、最近は娘にもウソがばれます。 もう歯磨きしたよ!と言っても、ウソだ~と言われる。これって遺伝??? 記:とらのこども
2007.03.22
お金というものは、なかなかこちらの思い通りになってくれない。若いときには、身も心もピチピチ(古い?)していて、楽しいことはいくらでもあるし、欲しいものもたくさんある。でも、肝心なお金が無い。お金があれば、どんなにいいだろうと若いときには思った。きっとみな、そうだと思う。社会に出て仕事をするようになれば、お金を稼ぐようになる。仕事を優先させて、お金のことは二の次と考える人もあれば、将来に備えてコツコツとお金を貯める人もある。歳月を重ねれば、小さなお金も大きなお金になるし、事業に成功して、見上げるような大財産家になる人もある。しかし、もうその頃には年を取り過ぎていて、楽しいことは少なくなっているし、欲しいものもあまりないものだ。とはいえ、お金があれば何でもできると思うのは間違いで、お金がなくても楽しいことはたくさんある。感激を覚えることも無数にある。また、お金のある人は、お金があるよりも、しあわせのほうが大切だと思うけれども、しあわせのなかの、かなりの部分がお金で買えることも事実であるから、お金の後を追いかける人は後を絶たない。お金と、しあわせは、豊かな今の社会を生きる現代人の追及する二大テーマで、その回答を用意するかのような本はちまたにあふれている。ただ、自分がお金のことをどう考え、また、しあわせのことをどう考えるかによって、上手な生き方をしているかどうかが決定されることは間違いない。以上、邸永漢(きゅう えいかん)先生の「お金としあわせの組み合わせ」から要点を抜粋。他に良書多数、推薦する。 いつでも良いから、一人きりの時間を作り、よくよく考え、 自分なりの指針を持つべきだと思う。父親として、そして一人の個人として。 今は君との思い出作りを優先です。ぼくの結論。 記:とらのこども
2007.03.21
空には、億千万の星がまたたいている。夏の深夜、見上げる空に「天の川」が良く見えるとき、あんなにたくさんの星があるんだと、何気なく思ってしまう。でも待てよ。あんなにたくさん星があっても、星と星はなかなか出会わない。出会いとは衝突のことだから、出会わないほうが良いかもしれないが、普通の人間感覚による時間単位では、ほぼ出会いは無いのではないか。それこそ、確率は天文学的単位???世界には、日本には、億千万の人々が暮らしている。昼間、会社や学校に行く。休日には街に人々があふれているようにも見える。男も、女も、いっぱいいるように思う。でも、星たちと同じで、ホントの出会いの確率って低い。赤い糸の片一方を持っている?と聞きたくなる異性であればなおさらである。でも、でも、でも、ちゃあんと出会いはある。なにげないところで、あれえっと思うような、知らず知らずの意識のなかで、出会いがあり、視線を感じる日が来る。また視線を発している自分がいる。ぼくは人間は良いなあ、と思う。だって出会いがあるから。そしていろいろあるから。 ぼくは人間は素晴らしいと思う。だから、出かけましょう、お外へ。春の光、まぶしい日差しが、「おいで、おいで。」をしている。
2007.03.20
好きな人ってどんな人だろう。同じ考え、同じフィーリング、同じスポーツ、同じ趣味が好きな人。同じことに怒り、同じことに泣いて、同じことに笑ってくれる人が、大好き。きっと楽しいし、一緒にいるだけでうれしい。それとも、好きになってくれる人。私の考えが好き、私のすることが好き、私の存在全てを好む人。苦しいときに励ましてくれて、ぼろぼろになっても突き放さない人が、大好き。きっとその人のために、何かをやり遂げるだろう。理由はない。ビビーンと感じる素敵な人。光り輝くオーラがあって、華があるっていうか、どうしようもなく惹かれる人。何をしても格好いい、何を着ても似合っている、見ているだけでどうしようもない。目が合って、笑ってもらって、話してもらって・・・気が狂いそう。もしかして、正反対の人。寿司といえば焼肉、南といえば北。行こうといえば、行かない。そんな人。でも、自分にないものをいっぱい持っている人。決められない人に対して、決められる人。厳しい人に対して、優しい人。ぼくは、目の前にいる人を全部、好きになれるといいな。みんな、ぼくの周りにいる人だから。ぼくは、目の前にいない人も全部、好きだと思えるといいな。みんな、みんな、大好きだから。神様にそう、お祈りします。
2007.03.20
なぜか、必要なことを後回しにする「くせ」がある。やらないといけないのだから、とっととやれば良いことを、どうもやらない。中でも代表的なものが宿題だ。昔からやったことがない。社会人になっても、このくせは変わらない。ただ、大人になって理論武装してきている。いわく、やらないといけないことばかりしていると、新しいことはできない。やらないといけないことは、後回しにしても必ずやるから大丈夫!!今すぐやらなくて良いことのなかに、本当に大事なものがあるのだ、云々。そういうふうに言い始めると、本当にそうなのかと自分でも思う。だから、直らない。というか、それを良いほうに解釈し、良いほうに出す。こつこつと、地道な資料ファイル作りをしたり、メーリングリストで情報を回す。ちょっとした改善を積み重ねる。これを繰り返し、繰り返しやる。数年やると、見違えるようになってくるのが分かる。評価もされる。新事業プロジェクトを担当し、会社設立から、教育、トラブルシューティング、なんでもやっているが、、、、くせは同じままだ。けれども、これが悪くない。会社の仕組みが、どんどん良くなっていく。面白い。してみると、まじめな小学生にはなれなかったけれど、プロジェクトマネージャーとしては、悪くなかった資質のようである。悪い癖を、良いほうに伸ばす。そうした取り組みも、良いのではないか。子どもの親となって、いろいろ目に付くことが多いこのごろ、自分を振り返ってそう思う。こどもも、会社も、ひとりひとりは、あたたかく見守りたい。
2007.03.19
伊集院静という作家がいる。小説現代に皐月でデビュー、乳房、受け月、機関車先生。近刊では、美の旅人など。この人が、「旅先でこころに残った言葉」というエッセイをSIGNATUREに連載している。4月号で第2回目だ。今回は、ニューヨークという大都市賛歌と、大リーグの歴史を紹介したエッセイ。そのなかで、松井選手との対談でのことばを紹介している。伊集院さんの質問。あなたは、戦争について、どう思っていますか?戦争に対して何ができると思いますか。松井選手のことば。「戦争を憎みます。でもボクがプレイをできている限り、それが平和の証だと信じています。」伊集院さんのコメント。きっと、自分の職業と、社会との関わりをきちんと考えたことのある数少ない若者の一人なのだと感心した。とある。 わたしは、もうすでに若者ではないが、 その質問を自分に向けた、そして・・・、しばし考えた。 記:とろのこどももう少しだけ、伊集院さんのエッセイを紹介する。昨年、大きな怪我から復活した松井選手を、ヤンキーススタジアムの観衆は、どよめき、総立ちになり、彼を迎えた。拍手は鳴り止まず、松井選手は一旦、バッターボックスを出てヘルメットを脱いだ。そこでまた球場全体がどよめき、松井選手にエールを送った。私はこのシーンを見ていて、身体が震えた。ニューヨークのファンにこれだけ好かれていることもうれしかったし、彼らの態度にアメリカ、メジャー野球の真の価値を見た気がした。悲惨なテロの現場となった、グラウンドゼロ。かつて松井選手は、ここを訪れ、吹雪が身体を打つ中で、1時間、立ちつくしていた。という。プレイヤーと、観客の気持ちは、どこかでつながっている。どこかで、同じ願いを希求している、と思う。今年は素晴らしいシーズンになる予感がする。ニューヨークを訪れたなら、ぜひヤンキーススタジアムに足を向けて欲しい。 同じようなドラマがいろいろな国に必ずある。 韓国にも韓国の人間ドラマがある。感動を共有し、伝え、幸せになるのがいい。 記:とらのこども
2007.03.18
あなたにも、ちょっとした癖(くせ)ありますよね?ないはずはない。無くて七癖と言う如く、少なくても10個や、20個の自分の癖がある。今日のお題は、ななくせ、再発見&活用術。個人差があるのは、癖の種類や、数、美しい癖かどうか・・・ではない。自分の癖を認識しているかどうか。活用しているかどうか。この辺りには、どうも個人差があり、その差が大きいと睨んだ。幸せな「くせ」というもの。くせは、無意識のうちにある刺激に対して、自分の身体に起こるサブルーチン回路。入力があれば、いつでも繰り返す。たぶん、それで何か良いことがあるから、する。どんな「くせ」があるだろう。女性の場合であれば、他人へのすべての表情、しぐさは、この回路ではないのか。ちょっとした笑顔、声のトーン、少し傾げた頭の角度も、腕をからめるのもそう。普通のくせ???音楽を聴く、休日の朝は寝坊する、母親にだけ無理難題を言ってしまう、携帯を投げつける、何かのときはケーキを買う、クッキーを焼く、子供に対して宿題したの、明日の用意はしたか、テストを見せろ・・・、ぜんぶ、多分、くせ。「くせの回路」は、あるとき「ピンッ」って入る。自動ルーチンだから、行動回路に入る。掃除をする、洗濯をする、・・・考えない。パターン化ができてない人を、こどもといい、いろいろなものにパターン化ができた人を、大人という。大人は安定している。こどもは、不確定要素が多い。危険だが楽しいこともある。今日の1つ目の提案。考えないことの幸せを得るため、考えない時間を作りたい。だから、「くせの回路」を活用して、毎日、いそがしく過ごす。あれもこれも、いそがしい、楽しい、 ⇒⇒⇒ 悩み、苦しむ余裕がない。 これで良いのだ。私のくせ。旅行の計画。たいていは行く予定もない。でもパンフレットをもらったり、ルルブを読む。家族や友人とそれについてあれこれ話す。楽しい。ときどきは、ホントに行く。兄弟、いとこ、友人に電話する。メイルで近況報告する。時間ができて思い立ったときだけなので、続けざまのときもあれば、数年に1度のことも。でも、こっちとしては、時間ができたら、思いつくまま連絡している。これもいい。はなや、額の横あたりや、足などをポリポリ掻く。不思議なもので、掻くところはいつもだいたい決まっている。これもパターンか。適当に掻いて、適当に痒くなって、適当に止める。ひそかに楽しみにしている。指の関節を鳴らす。昔は、第1関節を鳴らしたものだが、今は第2関節が多い。自慢ではないが、第1、第2、第3のすべての関節を鳴らすことができる。ついでに、手首の関節も鳴る。結構、気持ちが良い。夢想。空想。休日にうたたねして見る白昼夢が好きだ。たまに、オールカラー2時間の長編大活劇もあったりするので、我ながら驚く。すっごい怖い場面もあれば、すっごいうらやましい場面もある。ただ、すぐ忘れる。プログを掻くのも、延長線上かもしれない。キーボードをたたいて文字にしながら、脳みそを掻いているようなものだ。ななくせ、再発見&活用術。続きは、また後日にする。続編をご期待ください。
2007.03.17
熱いストーブの上に一分間手を載せてみてください。まるで一時間ぐらいに感じられるでしょう。 ところがかわいい女の子と一緒に一時間座っていても、一分間ぐらいにしか感じられない。それが相対性というものです。・・・アインシュタインの講義より**************************************************************男の恋は人生の一部であるが、女の恋は全生涯である・・・バイロン**************************************************************男が女を愛する第一の条件は、その女が自分の気に入るかどうか、ということである。ところが女にあっては、もう一つの条件がいる。それは、自分の選択が他人に気に入られるかどうかということである。・・・グールモン **************************************************************結婚しても愛することはできる。しかし結婚すれば、今まで以上に働かねばならない。働いて、働いて、その結果、愛することを忘れてしまうのである・・・カミュ**************************************************************女性の手紙はたいてい、「追伸」のなかにいちばん肝心の用件が書いてある・・ハズリット**************************************************************韓国で単身で過ごす時間と、日本で家族と過ごす時間。1年間でみると、ほぼ半分半分。でも、楽しいこと、うれしいことは、日本でが多い。感覚的な時間が長いのは韓国。思い出は日本。わたしの夢は、だれかのためになることを一生懸命やること。できれば、国境を越えて。だから、韓国の仕事は楽しい。遊びと同じ。できれば、プライベートも充実したいが、韓国の女性は私の夢と同じ・・・ではないらしい。わたしのプログにも、最後の部分に伝えたいエッセンスが書いてある。だが、後日、読み返してみると、ろくでもないことのほうが多い。・・・とらのこども 記ps いや~ん、大好きです。
2007.03.16
毎年年始のお参りでのおみくじは、必ず持って帰ることにしている。持って帰ったおみくじは、会社のノートポケットに入れ、折々に眺めている。良いくせがどうかはわからないが、なにかしら示唆がある・・・、気がする。今年のおみくじは、大吉だった。「吹く風に 高嶺の雲もはれ行きて 涼しく照らす 十五夜の月」とある。十五夜は、「もちよ」と読む。冬の枯れ木に 春が来て 花さき、黒雲晴れて 月てり輝く如く、次第に運開け 幸福加わり 家業繁盛します。しかし、安心して油断すると せっかくの幸が禍いとなります。用心しなさい。 とあった。実に良い。お願いだから、1年間よろしくお願いします、と思う。だが、注意して読むのは、しかし~から後の部分だったりする。前半の良いところも、じっくり読んでうれしい気持ちになるときもある。文章というのは不思議な物で、読むとき、読むときで、受ける印象、受ける示唆が異なるものである。してみると、鏡のごとくか。古代人の神官気分で、夜の神殿にて鏡を見れば、一体なにが見えるだろう。想像するだに、怖い気がする。
2007.03.16
数年前のある晴れた休日だった。12月だったと思う。突然、そいつが我が家にやってきた。断りもなく、家に居座っていた。もちろん、家の中ではなく、家の外だ。そいつは、ベランダの植え込みの影に潜んでいて、初めて見たときは、その大きさに驚いたものである。「なんだこいつは、でかい! ちょと、普通じゃない。」発見してすぐに家人、娘をを呼び、観察した。恥ずかしそうに下のほう、葉の陰に隠れたそいつは、大きいバッタだ。暖冬とはいえ、もう季節は大きく冬に傾いていた。晴れた日は、我が家の「金のなる木」の頂上近くにあがり、葉を食べた。夜になると、葉陰に隠れるように、寒い風から隠れている。気がつくと、年を越して、我が家滞在暦も、1ヶ月。もしかすると、冬を我が家で越すつもりか?いつも、じっと隠れている。なんか大きいくせに、恥ずかしそうにしててかわいいね。名前つけなきゃ!うちで、大事にしてあげるの。と、娘が言う。あれはきっと、今年、SEXできなかったオスだよ。SEXして子孫を残すと、バッタって死ぬんだから・・・。違ったかな?だから俺は死なない!などと、私もバカなことを言って、逆に家人にバカにされてしまった。でも、きっとそうだ。であれば、俺が守ってやろうと決めた。天気予想で大雪だった日。俺は、金のなる木にビニールをかけた。大きいごみ袋を、いくつもつないで、苦労してやっとかけた。1番上には、空気抜きを明ける。暑くなりすぎないほうが良いと思った。2月だったか、3月だったか忘れたが、別れは突然やってきた。いつものようにベランダに行き、あいつはどこにいるかな、元気かなと探すといない。妻に聞き、娘に聞いても、「知らないよ、いるんじゃない」とのこと。そりゃないだろう、もう3ヶ月以上も一緒に暮らしているんじゃないか。すこし、怒った。それで、娘と二人、ベランダを全部探しつくした。やっぱりいない。寂しいような、旅立ちを祝わないといけないような、複雑な気持ち。やっぱり寂しい。いつか、あいつの子や、孫が、うちに遊びに来るとよいな、と思う。それにしても思い出すとき、大空を見上げるのはなぜか。ふと、不思議に思った。暖かくなった4月。「あいつは、きっと今年生まれの若いメスとSEXをやりまくってるぞ!!」とバカなことを言って、今日も、家族にバカにされた。「お父さんのH!」あれから数年たった。今、思うと懐かしい思い出だ。最近の季節の変わり目に、ふと思い出した。
2007.03.15
出張中、毎朝食べるものは、くだものと、クッキー、砂糖たっぷりのコーヒーである。今回は、オレンジを買い求め、毎朝、食した。朝の果物はうまい。身体を潤してくれる。田舎のばあさん曰く、「朝金、昼銀、夕方銅、夜錆び」とのたまっていた。というわけで、金・フルーツを毎朝食べるのが楽しみだ。果物ナイフで、皮をむく。なぜか、外観が同じように見えて、オレンジの皮は厚いもの。薄いものがある。近所で生まれた、親戚じゃあないよ!! とでも言いたげだ。きれいに剥くのは、内側の袋にひっかかって難しい。おおざっぱに剥くと、白いやわ皮が残りすぎる。微妙な加減で剥き進める。単身生活が長くなると、自分でできることが増えて良いのではあるが、家内の仕事にいちゃもんをつけたくなるきらいがないではない。本来、妻の仕事はすべて文句無く、ありがたく受け入れるほうだが、果物の皮むきとはいえ、自分でじょうずに、微妙な剥き加減でできるようになれば、一家言あろうというもの。もう少し、~~してよと言いたくなる。でも言わない。仕事も、家事も、文句をつければ、自分に回ってくるものと知っているから。ああ、私もずるい大人になったものだ。実は、輸入もののかんきつ類を一切食べなかった頃がある。理由は、輸入時の燻蒸消毒だ。害虫駆除のため、薬品による消毒を行なう。虫は死ぬ。人間に良いわけは無い。だから、食べるのを止めた。だいたい20年前、当時の彼女の影響だ。少しネットで調べてみると、日本へのミバエなど害虫の侵入を防ぐため、輸入オレンジには日本政府の指定する規格、仕様に基づき現地でEDBによる燻蒸消毒が条件付けられているが、この消毒には日本から検疫官が出張して立ち会いし、オレンジ一個ごとに消毒済みのステッカーを貼付し、かつカートンごとに密封して合格のスタンプを押すことになつている。不十分なときは、日本側でも 燻蒸消毒し、二重消毒となる。20年経って、やはり好きなものは食べたい。そう落ち着いた。当の彼女は、妻に納まって、昔のセリフは覚えていないらしい。
2007.03.14
続きです。■2007/03/13 (火) 総理就任後米国をさしおいての訪中はミス外交慰安婦問題と拉致問題を理解していな米国タイムズ誌(電子版3月8日)はこの問題について、日本が拉致問題にこだわれば日米の歩調に乱れが生じると掲載している。韓国や北朝鮮に感化された日本人の中には、与党の政治家・加藤紘一議員、山崎拓議員のように安倍総理の日本の外交決定を批判した。そして、韓国、北朝鮮、中共の代理人として「バスに乗り遅れる!」と見当違いな発言、 左派系のメディアもこれに歩調をあわしている。幼稚な反応で。外交の駆け引きを全く理解していない。諸外国の外交官や情報分析官ならこう述べるはずである。事実は「バスは出発できない!ガス欠である。それにエンジンに問題がある。」お金持ちの日本はガソリン代を出さない。米国(内部でも賛否両論あり)と北との間で核と金融制裁についての認識のズレがある。日本の外務省の今回の6ヶ国協議の判断は適切である。また、安倍総理の今回の決定は適切であり、「バスに乗り遅れる」との批判は的が外れている。ただし、一言言えば、安倍総理は外交をわかっていないという評価が米政権・政府機関内部にある。総理就任後、米国をさしおいて中共を訪問し、かつ靖国神社参拝しない約束を暗に行ったのは失策!アジアでの指導権を中共に握られたと諸外国は判断している。また昨今の河野談話の慰安婦問題に関し、客観的事実がないと反論する外交は適切ではない。外交上、誤解や揚げ足を取られるから。この曖昧姿勢で、安倍総理は前小泉総理とブッシュ大統領のような信頼関係をまだ築けていない。ブッシュが中共代表と仲良く並んだ事がその証拠! 安倍総理の今後の外交に期待したい。支援の話に戻る。将来は日本が否応なく外交的に北朝鮮を支援しなければなない時が来る。北政権交代か南北統一の時で、そのに支援するのは日本の国益の点から意味をなさない。まだ物足りないのか韓国政府は日本政府が慰安婦問題をリンクさせ日本が拉致問題解決にこだわることを批判する声明を行っている。日本は従来の方針を変えず、韓国の日本外交への批判は他国のせいにする未熟な外交政策と判断し、適切に断固反論し、情報戦を展開しも対応する方がいい。一方、北朝鮮の金桂冠外務次官が日本抜きの5ヶ国を望んでいる声明があったが、上記の理由からも日本が参加しないと困るのは北朝鮮と韓国である。■2007/03/13 (火) どこの国に忠誠を誓っているかで人物が分かる日本の外交政策上必要な事はアメリカに拉致の問題が解決するまでテロ支援国家指定の解除、国交樹立などしないように確約することが重要不可欠事項である。承知の通りノムヒョン韓国政権は自国民の数百人の拉致被害者を黙殺し、同じように人民のためでなく国家=将軍ための北朝鮮に媚びる外交を行なっている。 政治的であるが、人道的ではない。同じような方が日本にもいる。日本の社民党(この政党は拉致に協力した要員がいるとされる。)辻元議員がかって「戦後補償もしないで、、拉致の人々を返せというのはフェアーではない。・・・略・・日本人は拉致を非難する資格がない。」というような主旨を述べた記憶がある。彼女の出自から、北朝鮮よりの発言の心情は理解できるが、この発言も政治的な発言であり、人民の人権などない独裁国家・北朝鮮発想であり、民主国家の民主的、人道的なものはそこにはない。彼女の政治思想、資質と人格(非人道的)に問題があると見てよい。つまり、ノムヒョン韓国政府や辻元議員が攻撃する先の大戦の日本の軍国主義(彼らの述べる意味の軍国主義)個人を犠牲にし国家の意志に服従させるものと同じ事を形を変えて韓国政府や彼女は主張している。武力やテロを行なう自称平和愛好家の典型的な例と共通する。彼らの言動は、自己の理念と異なる考えのものを受け入れない。共産独裁共産国家にある人間再教育か精神病院へ送るかテロや闘争、戦争へという紅い国の理念と同質である。詭弁の具体例である。ノムヒョン韓国政権や彼女はこの言葉の矛盾を理解していない。さすがに「疑惑の総合商社!」と他者を追求したが、自分も同様の「疑惑」の容疑がかかっただけある。(そう言えばレインボーブリッジなる組織の代表も逮捕されたが然るべき所のある動きが読めみとれよう。)形は変え同じ芸をするとは、なかなか面白い特技の持ち主だ。ここで国籍について述べたい。例えば、日本人、ドイツ人などで米国国籍になり、星条旗に誓い、いざ戦争になれば祖国に銃を向ける覚悟があると言い切れる人々の方が信用できる。国籍を変えるのは自由で結構だが、選択の際、そのような覚悟もするという事である。そうでなくて、前出の方々やその方の所属する元党首のようにどこの国に忠誠を誓っているのか判らない人物は信用できない。ー続ー■2007/03/13 (火) 日本版NSCの構築は結構だが・・・、そう言うのをある世界の住民の間では「ダブルクロス」、「モグラ」あるいは「二重スパイ」と評価あるいは容疑をかける。その世界の住民の間の興味深い「噂」があり、その真偽は読者の判断に任せる・・・あのノムヒョン大統領も・・・。日本では殆ど知られていないが、ドイツのこの世界の住民・・・・BND・ドイツ連邦情報部は公表されてる事のみ述べるが、地理的に遠い日本のヤクザの活動と北朝鮮と武器、麻薬、金、核兵器の転売についての情報収集を長年行なっている。欧州から遠く離れた極東でのドイツの活動である。日本が見習うべき事である。どこの国でも情報の偏重はある。アメリカも同じ問題をかかえている。その結果がイラク占領政策の失敗につながっている。日本の場合はイスラムのテロ集団の情報は全く手薄だった。この分野の情報収集をさらに進めなければならない。警告として述べるが、彼らは数年以内を目標に日本の大都市のある建築物(具体的な標的はここでは述べない)の数回の爆弾テロを計画している。最後に前回述べたように日本版NSCの構築は結構だが、内容及び米国政府関係者や諸外国の関係機関のコメントや評価を総合して判断すると英国のJIC(合同情報委員会)や本家NSCと比較すると赤子のようなものである。構成が官僚的で肝心なヒューミント能力が偏っている。(防衛省のようなシジントなどは問題視しない。)つまり外務省、防衛省、警視庁などの官僚のみのヒューミントでは不十分で、いままでに特命を帯びた民間人がいないわけではなかったが、今まで以上に日本の総合商社、海外でのミッションを支援するための銀行やメディアの民間のヒューミント能力を取り込まなければ不十分である。優秀な民間人が日本版NSCの官僚機構に雇われたり、能力次第では自分達の上司になるような発想と覚悟がそこにはない。そこが日本版NSCの決定的な構築上の弱点である。英国の情報機関では情報機関はもっとも非官僚的な官僚組織でなければならないとしている。冒頭で述べた大英帝国が世界帝国になったのはこのヒューミント能力を拡大した事も理由の一つである。 YUKI von MURATA >>■2007/03/13 (火) 慰安婦問題って中韓朝の日本屈服作戦?一市民氏から
2007.03.14
今日の韓国よもやま話し。クライン孝子の日記をご紹介します。今日のニュースでは、最近の6カ国協議、情報合戦、日本の左翼の活動などを解説しています。◎クライン孝子の日記のバックナンバー⇒ http://blog.mag2.com/m/log/0000098767/こちらの方の視点は鋭い。情報の幅、質とも、日本国内の情報だけではない海外情報ソースからの切り込みが多い。ご存知の方が多いと思いますが、ぜひ共ご覧いただきたい。 ただし、政治的に偏り過ぎ?、女性視点に偏り過ぎ?、ヒステリックな意見も、まれにあります。そのへんは割り引いて、自分の座標からご覧になると良い。ともかく、自分だけでは知り得ない情報、分析、視点がちりばめられており、得がたいものには間違いありません。記 : とらのこども**********************************************************************■2007/03/13 (火) 日本の新聞は海外情報が少なすぎる■2007/03/13 (火) 米国大陸における中・韓・北の情報合戦とは■2007/03/13 (火) 総理就任後米国をさしおいての訪中は大ミス!拙かった■2007/03/13 (火) どこの国に忠誠を誓っているかで人物が分かる■2007/03/13 (火) 日本版NSCの構築は結構だが・・・、■2007/03/13 (火) 慰安婦問題って中韓朝の日本屈服作戦?欧州で情報収集をなさっているYUKI von MURATA氏からの日本人には耳の痛い鋭い切れのあるレポートをお届けいたします。ここで氏が指摘されていることは、海外に長く住んでいる日本人なら、痛感していることです。今回の慰安婦問題などその典型的な事件であり、日本に60年あまり、情報機関がなかったそのツケの一つといっていいでしょう。日本の政界が、内向きの小さな事件に気を取られ(これも彼らの巧妙な情報操作戦で、日本はみごとにそのわなにはまってしまった!)お互いに揚げ足を取り取られている間に、米中韓朝があっという間に水面下で話をつけ、今や日本屈服作戦は時間の問題になってきているようです。ああ、情けなや。<<お待たせしました。先のメールの第二段-6ヶ国協議についてです。中東のUAEの英字新聞を見ている。世界第2位の経済大国日本としては内容が少なく、簡素すぎる日本の名を関した某英字新聞(東南アジアの某王国の英字新聞並み。)と比較にならない程、充実した情報量である。それは大英帝国の一流有力紙やドイツ連邦共和国の新聞、フランクフルターアルゲマイネなどの海外情報量とは引けをとらない。例え、英語でなくても、日本の新聞は海外情報が少ないのがある意味残念である。 新聞社の諸事情は理解している。印刷、朝夕の配達による重量制限、国民が海外に関心がなく国内のスクープの方が売れるなど。とは言え貿易立国であり、海外との取引によって国家の経済が成り立っている。かつ経済第2位の日本でありながら、この現状は奇異に写る。日常から様々海外の動向を知っていれば、上海発の株下落にも動揺する必要もない。今週のDER SPIEGELの特集であるプーチン帝国のエネルギーや石油政策が日本の主婦の日常にも影響が及ぶ可能性は十分ある。英国が欧州の辺境から世界帝国になったのは、彼等が外の世界へ目を向けたからである。今日の中共の経済発展も民間の中国人が外へ強い関心を持ったからである。日本人は小学校の教育からもう少し外へ目を向ける必要がある。外から日本が理解できることも事実である。心理学やスピリチャルな見方では自分を愛せない(理解できない)者は、他人を愛する(理解する)事が出来ない。日本人は日本人自身を理解していない。それ故に世界も、日本を理解できないでいる。■2007/03/13 (火) 米国大陸における中・韓・北の情報合戦とはさて本題に入る。6ヶ国協議の前後から水面下から伝わる情報を評価するために動向を眺めていた。ここでは6ヶ国協議の日米の動向については今後これらの国の外交政策に支障が出るので述べない。情報は得ても公表する時期ではない。露に関しては、別の真意がある。主に内部情報と意図的にせよリークしている情報を評価し、残り2+1国の外交及び情報戦について言及する。最初に、韓国政府(ここではノムヒョン政権が北朝鮮の代理人のような政策を行なっている事を念頭に入れる必要がある。)の6ヶ国協議での主な戦略は、北朝鮮への支援である。資金、エネルギーを支援する。ただし、韓国のみでは財力(推定:約935億円)がない。このため日本を引きずり込むことに主力が注ぐこと.韓国の分析では、会議前から米、露、中共は資金、エネルギー支援は拒絶を決定していた事実を把握していた。事実、会議ではこれらの国々は支援を拒否した。韓国の予想に反し、拉致問題の解決がない限り北朝鮮には支援を日本は行わないと決定した。先の韓国の戦略を裏付けるように、韓国政府は日本政府を批判す声明を会議終了直後に発表した。これに北+中も韓国を援護射撃する形を取っている。韓国の本音が出たのだ。韓国の戦略はスマートさもなく、優雅さ、機転もない。中共のような狡猾すらない。単純で判りやすく、全く面白みがない。彼らのメディア戦術は在日メディア、コリアレポート、米の有力週刊誌News Week誌にも掲載され、日本の行動を批判する記事を掲載した。NWの記者は韓国人である。当然韓国側からの状況を分析した記事で、行間からある種の感情が読み取れ情報に偏りがある。この記事に感化された日本人もいるだろう。韓国の海外における国家レベルでの情報戦は常套手段。日本は見習うべきである。ただし、歴史を偽証してまで情報戦をと展開するのは見習う必要なし。さらに韓国は北朝鮮に前倒しで肥料、米、食料など支援に明け暮れる動きがある。6ヶ国協議の決定事項が確認され執行される前に北朝鮮へ援助する見え見え外交は、賢明でない。中共は韓国・北朝鮮の情報戦に便乗し、先の慰安婦問題とリンクさせ日本批判をアメリカ各地で行なっている。続く。
2007.03.14
季節はめぐる。とはいっても、松山千春ではない、恋愛の季節だ。前回プログで紹介した、めぐる季節について、思うところを補足したい。前回、恋愛には季節がある。と紹介したが、これは誤りで、「恋」には季節がある。が、正しい。「愛」は季節を超えた存在のように思っている。そして、めぐる季節には、男性と、女性には、大きい差があるように思われる。どうも、この季節。男性には何度も繰り返し訪れることがあるのに、女性には特定の男性には1度だけしか季節が巡らないのではないか?意識し始めて、ほのかに憧れる春の季節。お友だちの時期も春の範疇だろう。付き合い始め、遊び始め、身も心も燃える夏の季節。秋は飽きに通じるかも・・。しかし、実りの季節だ。良いことがいっぱいあるのも、秋の季節のようだ。冬。これはつらい。冷たい風が吹き、風邪をひく。家に閉じこもり、春を待つ。と前回書いた。女性は春を待つと、男性の季節が春になるときがある。男性は春を待てども、来ないのだから待たなければ良いのに待つ、待つ、待つ。けれども、春はやって来ない。だから、季節のタイミングが大事だ。意識して、季節のタイミングも合わせるように努めたい。女性の春、夏、に合わせて恋をして、秋の訪れとともに、両親にあいさつして、ゴールインするのだ。晩秋になってから、プロポーズしても、冬の予感を感じている女性が、OKするかどうか、OKしないのではないか。独身の人には、季節を感じつつ、旬の味わいを堪能してもらいたい。最大の収穫は秋にある。しかして、女性たちは次の恋の季節へと移り行く。男は待てども春は来ない。む~、残念。夫婦の愛とはどうか。たおやかな、なだらかな、大空と海のような関係になったとき、「愛」という言葉がふさらしい、と書いた。これは、季節を超越した関係である。けれども、それは女性の立場に立ってのこと。男性は、繰り返し季節を刻む。妻を好きになったり、嫌いになったり、愛したりするのだ。これを、うっとおしいと思うか、好ましいと思うかは、妻が決めること。こちらではわからない。かくして、ホワイトディのプレゼントに頭を悩ませつつ、妻をいかに口説くか悩んでいる。暖かく、大地の女神のごとく、迎え入れてくれることを祈るだけだ。PS女性は知らないが、男は「一瞬の光り輝く瞬間」を見てしまった女性を、一生涯、忘れないし、大好きなのだ。同じ人物とは思えない人が、現実の妻であったとしても。男性は知らなければいけない。それと同じことがあっても、定期的に見直すような、惚れ直す事柄が無いといけないのだ。もし無ければ作るほかはない。
2007.03.12
「恋の幸せな形」ってなんだろう。結論を先に言えば、二人のタイミングではないか。タイミングの合わない恋愛はつらい。例えば、会いたいときに会えない。結ばれたいときに結ばれない。一緒に、飲みたいときに飲めず、食べたいときに食べられない。これでは好きあっていたとしても、悲劇でしかない。解決は簡単で、タイミングを合わせばよい。そんなこと言われても合わない・・・と言わずに、なんとかして、どうにかやりくりして、タイミングの合う相手と付き合うことだ。昼間に仕事をしている会社員と、夜に仕事をしている女性の場合、夜、その店で会えたとしても、他の客の迷惑でしかない。彼氏とだけ話したいのであれば、店ではなく、プライベートな場所、時間で会えばよい。また、恋愛には季節がある。意識し始めて、ほのかに憧れる春の季節。お友だちの時期も春の範疇だろう。付き合い始め、遊び始め、身も心も燃える夏の季節。秋は飽きに通じるかも・・。しかし、実りの季節だ。良いことがいっぱいあるのも、秋の季節のようだ。冬。これはつらい。冷たい風が吹き、風邪をひく。家に閉じこもり、春を待つ。だから、季節のタイミングも大事だ。意識して、季節のタイミングも合わせるように努めたい。たおやかな、なだらかな、大空と海のような関係になったとき、「愛」という言葉がふさらしい。20年選手以上の夫婦であれば、かくありたいものだ。恋愛自身の要はタイミングであろうが、世間に曰く「桃栗3年、柿8年」という。そこまで、慈しみ、育てた人が必ずいらっしゃるわけで、恋人も、商売もいただくときには、感謝をもって収穫しなければならない。でなければ、罰が当たる。妻は家で旦那の帰りを待つ。遅いときもある、出張のときもある。旦那は、世間で7つの鬼と闘っている。戦い終えて、妻の待つ家に帰る。住家は、語源のひとつに澄み家といい、 外に出て、戦い、よどみ、汚れて帰った、こころと身体を「元の澄み渡った状態」にもどす場所という暗喩があるらしい。旦那は住家で、元のまま澄み渡ったこころと身体で、また家を出て行く。妻は家で待っている。古いと言われるかも知れないが、これが幸せな形の基本形である。
2007.03.09
ニュース解説のコラム、プログに興味があり、過去のニュースでも「これは!」というものを残してある。折を見て、読み返し、検証してみるのが好きだ。同じニュースを、時間をおいて何回も見ると、新しい発見がある。そのへんは、読書と同じか。さて、今日の過去ログは、3年前・2004年春の韓国関係ニュース。サムソングループの投資発表と、その感想についてのものだ。ちょうど、あれから3年になるので、読み返し、現況を再確認したいと思っている。もし、有用な情報をお持ちの方があれば、ご教示願いたい。下記ニュースのネタ元は失念したので、ご紹介できない。作者、読者には申し訳ないばかりだ。おそらくは、国際派時事コラム「商社マンに技あり」だった記憶があるが定かでない。(参考HP)商社マンに技あり。プログ版 : http://plaza.rakuten.co.jp/yizumi/国際時事コラム「商社マンに技あり」: http://blog.mag2.com/m/log/0000063858/注)メルマガと、プログの2つがある。*******************************************************************「サムスン7兆円投資」への素朴な疑問 韓国の「サムスン電子」率いる「サムスングループ」が、平成16~18年度に合計7兆円の設備投資・研究開発投資を行う ―― 5月28日付『日本経済新聞』1面トップ記事にはびっくりした。 誤報じゃないでしょうね!? サムスンは、IT業界ではインテル、IBM、マイクロソフトに次いで第4位の位置につくまでに急成長した。 しかし、今回発表の投資額は、業容の実態とあまりに不釣合いのように思える。 今年の投資額が1.9兆円。トヨタ自動車の1.67兆円をすら上回る。 7兆円のうち、設備投資に4.5兆円使うのだそうだ。 ■ 「韓国特需」か、それとも「手ごわい韓国の出現」か ■ 日経にはこんなことは書いてないが、設備投資の主な費目は工作機械の購入のはずだ。 工作機械の設計・製作は日本のお家芸だから、一刻も早い工場立上げをあせるサムスンは必ず、かなりの日本製工作機械を買うだろう。 韓国の工作機械メーカーと工作機械を共同開発して韓国経済の裾野を広げようなどという悠長な国士ぶりは、ドッグイヤー業界に活きるサムスンには許されないはずだ。 日本にとってはたぶん新たな「韓国特需」だろう。 日本の工作機械メーカーは、サムスンの足元を見て大いに儲けてもらいたい。 逆に、ひょっとして、4.5兆円という巨費がもし仮に韓国の工作機械メーカーに注ぎ込まれるとしたら ―― サムスンがそこまでの見識をもつ企業だったとしたら ――、サムスンは工場立上げに相当苦しみ、一時はボロボロになるかもしれないが、長い目で見れば韓国経済の底力を大きく引上げ、韓国の民族史の1ページを作れるだろう。 ■ 巨額の研究開発費を何に使うか見ていたい ■ 研究開発投資に使うカネが3年間で2兆円。 「核融合」か「次世代スペースシャトル」の研究開発でも始められそうな巨費だ。 「研究開発」とは、つまりは「人」への投資である。 「人」の能力を開花させるための費用だ。 2兆円をみごとに使い切るだけの技術者が今のサムスンにいるのだろうか? またしても下司の guess だけど、あの巨額の研究開発費とは、首刈り(ヘッドハンティング)のための費用を相当含んでいるのではないか。 1人20億円で人買いをして、100人買ってきても2000億円だ。 半導体メモリー、液晶パネル、プラズマディスプレー、携帯電話などの、これという一流技術者のところには、サムスンの委託を受けた狩人たちが声を掛けてきているのではないか。 何しろ、首刈りした技術者がたとえ何ら仕事をしなかったとしても、首刈りでもってライバル企業の力を削ぐことができる。 コラム子がサムスンの経営者なら、まずこれをやりますがね。 業界の人たちに聞いてみたいものだ。 ■ 7兆円を投資するサムスンの企業規模とは ■ いったい7兆円などというカネがどこから出てくるのか。 もちろん、銀行借入や社債発行など手を尽くすのだろう。現金がゴロゴロしているわけはない。 投資した分だけ、有利子負債が増える。7兆円投資すれば、粗利で年に1兆円は稼がねばならないが、どうするつもりだろう。 サムスングループの利益の7割を稼ぐという旗艦「サムスン電子」の年度別売上高と純利益額を並べてみよう。 単位はウォン。ちなみに今の1ウォンは、約10銭に相当する。 売上高 純利益平成12年 34.3兆ウォン 6兆ウォン平成13年 32.4兆ウォン 2.9兆ウォン平成14年 40.5兆ウォン 7兆ウォン平成15年 43.6兆ウォン 6兆ウォン 純利益というのは、経常利益に特別損益を加減したものなので、必ずしも営業利益と直結するものではないが、それにしてもこの利益率は異常に高い。 ソニーの平成15年の連結決算を見ると、売上高 7兆4736億円(サムスン電子の約1.7倍)純利益 1155億円(サムスン電子の約5分の1) ソニーのブランド力をもってしてもIT業界の利益率相場はこの程度なのだ。 そんな中でサムスン電子は、大企業でありながら、天下のソニーの約8.5倍の収益効率で突っ走っていることになる。 ■ 神話の陰の「業容の狭さ」 ■ 他社が採算性に見切りをつけて続々撤退するなか、サムスン電子が歯を食いしばって「ダイナミックRAM」(DRAM「ディーラム」)市場に居残り、ついに巨利を得たというのは、すでに神話化したといってもいいほどの有名な話である。 サムスンの資料を見ると、大型液晶テレビやプラズマディスプレーの開発で他社に先んじていて、これはもう敬意に値することなのだ。 しかし、その業容は随分と狭い。 先にも書いたとおり、「汎用半導体」「液晶・プラズマディスプレー」「携帯電話」の3つにほぼ集約されている。 しかもこれを極力自社工場で製作しようとする。 モノカルチャー。資産の抱え込み。 普通の経営手法とは真っ向から反している。 「汎用半導体」「液晶・プラズマディスプレー」「携帯電話」は今日の稼ぎどころだが、日本の経営者のなかでこれらが10年後の稼ぎ頭と思っている人はまずいないのではないか。 ここに集中的に投資して、中国の工場と価格競争し、ある日巨大工場が次々に陳腐化し始めるというリスクをサムスン電子は冒そうとしているのだが。 ■ 自転車操業症候群 ■ 商社に20年近くもいると、さすがにいろんな企業の栄枯盛衰に触れる。 個別の社名は挙げられないが、いかにも身の程しらずの大風呂敷を広げて倍々ゲームをする企業もあった。 後から考えると、その会社の経理状況が「綱渡り」状態で、規模を拡大することでのみ立ち行く「自転車操業」状態だった。 たまたま経営者の決断が早く、高値のうちに資産・利権を売り逃げて身軽になって、倒産せずに済んだが、いまや往時の栄光はどこにもない。 サムスン電子がそれに当たるなどと言ったら名誉毀損に当たろうが、今回の突出した投資金額の発表はどこか異様で、ついつい自分の見知った「自転車操業会社」を思い出した。 サムスン電子がたとえば「ナノテク素材開発」「燃料電池を基幹とする水素燃料社会実現のための技術開発」に乗り出すというなら、諸手で拍手したいのだが、成熟技術分野に集中豪雨的な投資をするというのは理解に苦しむのだ。 異常な純利益を計上してきた決算が粉飾で、これを糊塗するための巨額の資金が必要、などということは、断じて無かろうと思いたいが。 ■ サムスンがおかしくなると「反日運動」が燃え盛る ■ サムスン電子の広告はアカヌケしていて好きだ。 韓国発のグローバル企業としてぜひ成功してもらいたい。 伝統的韓国社会の悪いところは、何でもすぐに「上下関係」で見てしまい、尊大か卑屈かの選択しかないことだった。 韓国発のグローバル企業が成功することで、韓国人にあっても「水平思考」「異なる職能の相互尊重」がスタンダードになっていってほしいのだ。 日本サムスン株式会社も、平成15年に9,651億円の売上を上げる、日本最大級の外資系企業に成長している。 もちろん、日本人従業員も数多く働いている。 「サムスン」は韓国人の誇りなのだから、これが経営破綻したら大変なことになる。 またまた「反日運動」にしか誇りを見出せない人たちが海の向こうに……。 とにかく、サムスングループには、道を誤ることなく引くところは引きながら、堅実な会社経営を続けてもらいたいものだ。 世界のために。 だって、「世界の韓国」でしょ。
2007.03.05
喜びについて書く。心理学の専門家ではない。まず、お断りしておく。そのつもりで読んで欲しい。人間の感じる喜びは、どうやら区分して2種類しかないのではないか?まずひとつは、「光り輝くような、真っ白な光そのもののような喜び」そしてもうひとつ。「黒く、タールのように粘る、暗黒のような喜び」である。前者は、練習して、練習して、コンクールで優勝したり、甲子園で優勝したりするような喜びで、簡単には手に入らない。相当の年月と、努力を、仲間と積み重ねて、掴み取るのだ。そして、手にした瞬間に、頭のなかが真っ白になる。光に包まれる。うれしくてしかたがない。涙が出る。飛び上がる、仲間を抱きしめる。そして、この喜びは、長期間、持続するのだ。後者は、努力は必要ない。今、あなたの目の前にいる虫や、小動物を、捕まえて、いじめて、はり付けにして、針で刺す。手足を引きちぎる。しびれるような快感が、あなたを捕らえる。胸の中に、黒い、ねばねばとした、嫌らしさが残る。夜や、日陰、とかげのような目が似合う。そして、その対象は、自分より弱いものであれば、人間相手でも良い。噂を言い合い、陰口、悪口をいう。身体は動かさないが、痺れる快感がある。仲間と一緒にやっても良い。だが、この快感は、そのときだけで、持続しない。嫌悪感だけが残る。経験上、人は誰でも、この両方の快感を知らず知れずに求める。自分の中に、天使と悪魔がいるようなものだ。自分で、自分の衝動を観察するとき、怖ささえ感じることがある。救いはある。どうやら、この喜びは、両方一緒には感じることができない。誰しも、何か特定のことをしない・・・、というのは禁煙と同じで難しい。だが、他のことを一生懸命やっていれば、したくないと決めたことをしなくて済むのだ。だから、自分自身で、家族で、そして会社において、目標を立て、共にそれを追いかけるのが良い。努力する者は希望を語り、怠ける者は文句を言う。希望を語り、計画を立て、実施するのだ。計画は、実現可能なものを立てれば良い。簡単だ。会社の中でも、噂や、文句ばかりを、陰で言い合っている集団をときどき見ることがある。善良でないから、そうするのではない。その中にあるから、そうするのだ。野球や、楽しいコンパ、新らしい仕事の担当、新しいプロジェクトに参加してもらって、達成の喜びを知ることで、光り輝く喜び、幸せのとりこになってもらいたい。ただし、毒を持つ人間がまれにいる。外見は人間だから、よく観察しないとわからない。これは、避けるしかない。
2007.03.04
今から書くことは、初めてのこと、初めてのときのドキドキが幸せだという話しだ。これには、「誰と、○○を初めてする。」についてご紹介する。改めて、テーマを読むとHな感じがする・・・。が、Hな話しではない。大真面目だ。さて、初めてのことには、3パターンある。「私も、一緒にそれをする誰かも、二人とも初体験」という場合と、「私は初めてだが、相手は経験者である」場合、「そして、私はしたことがあり、相手が初めて」というときである。初めてのことは、子供だけの特権ではない。20代でも、40歳になろうが、70歳になろうが、世の中には、初めてのことが掃いて捨てるほどある。そして、一生のうちに、どれほどの初めてを経験しようが、パターンは上記の3パターンしかない。友人のパターンと言い換えても良いが、二人とも初めてのことに一緒に挑戦するとき。これは同級生、会社の同期、兄弟、家族に、このパターンが多いように思う。次に、自分が初めてのとき、これは先輩、上司、兄や姉、年上の従兄弟、親、おじなどになろうか。最後の相手が初めてというのは、その逆パターン。そして、友人ではあるけれど、初めてのことに一緒にチャレンジすることのない友人、大人になってみれば、普通の友人、知人、ご近所、同僚は皆、この範疇に入る。今日の主題は、初めてのことを一緒にしてくれる人を大事にしなさい、だ。もちろん、それ以外の友人、知人も大事にしないといけない。だが、特に、初めてのことを一緒にしてくれる人を大事にするのだ。意識して、大事にするのと、そうでないのとは、一生のうちに大きい差になる。ずっと一緒にいるつもりの友人であっても、一期一会なのである。物事は流転し、大事なものもまた、流れさっていくのだ。水の流れのように。家族でもそう。家族を一生、家族だと思って、依存し、大人になっても甘える中年がいっぱいいるが見苦しい。正確には、家を出て後は、元家族、生きているご先祖様と思ったほうが良い。所詮は、親と自分の人生は、一生を通じて共にあるものではないのが事実で、別の人生である。話が逸れた。「初めてのことを一緒にそようとしてくれる人」は、折々にあるものの、ずっと共にあるのではない。過ぎ去っていくのだ、ということを理解すべきだ。そして、初めてのことを一緒にしてくれる人を考えたとき、これほど、親身になって、本当に、心から、あなたを考えてくれている人が少なくないことに気がつく。慕う、慕われる感覚を大事にしたいし、年が離れていても、一緒に新しいことに挑戦してくれる人があったときは、これは真に友人と言っていい。そして、最後に残る人たちがいる。誰がいなくなっても、その人たちが残り、傍らにある。それを家族という。だから、主題に付け加える。まず、家族を大切にして、次に、初めてのことを一緒にしてくれる人を大事にする。そして、周りの全ての人を大切にする。これが幸せの順番である。
2007.03.03
今からタイへ行ってきます!初めてのタイ、陽光サンサンのタイ、美食のタイ、そして魅惑のタイ。40代半ば会社員3人のタイ旅行。チョイ悪おやじのタイの旅。でも、まじめな観光旅行なんです。信じてはもらえないけど。もうすぐ、仕事で何度も訪れることになるタイ。まずはプライベートで行きたいと思った。語学の本、ルルブ、さくらももこのエッセイなどをかばんに詰めた。もちろん、スイミングウエアも詰めた。後は、お土産と、思い出を詰め込めば、完成だ。旅行紀行、お楽しみに!!
2007.03.01
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