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わたしの偏見的見方かもしれませんが、暖かい、または暑い地域に住んでいる人はあまり時間に縛られたくない傾向があるように感じます。以前沖縄で数ヶ月にわたり農業実習をさせてもらったときもそのように感じましたし、数年間住んでいた南米では、「この人たちには時間という概念がないのではないか?」と思えてしまうような局面にしばしば出くわしたものです。 ところでここ新島ではこのように時間にルーズという意味とはちょっと違った「新島じかん」が存在します。これは仕方のないことなのですが、島の出入りは船か飛行機しかないため、荒天により船が着かないとか飛行機が飛ばないという状況になると無条件でスケジュールが狂ってしまいます。しかし天候次第のことなので誰を責めるわけにもいかず、とりあえずその後のスケジュールの調整をします。ですから絶対絶対行かなきゃならない用事があるときなどは、必ず1日前にはその目的地へ行ける場所までたどりついていなければならないのです。 実は今日飛行機で来島されるお客さんを待っていたのですが、雨のため欠航となり来てもらえませんでした。フライト時間のほんの少し前まで雨降っていなかったのですが、本当に残念、予定が狂ってしまいました。 以前週末に新島へ遊びに来た観光客が悪天候に巻き込まれ東京へ帰れなくなってしまい、しかし月曜日に大事なお仕事があるようでとても困っていました。上司に電話していましたがその本人の携帯電話から離れたわたしのところまで怒りの声が聞こえてきました。みなさん注意しましょう。
2006年01月31日
子育て中の皆さんのなかには、子供が寝る前に本を読み聞かせてあげている方も多いかと思います。我家では寝る前に2冊絵本を読んであげることが日課になっていますが、もっぱら妻の役割になってしまっています。別にわたしが本を呼んで聞かせてあげるのが嫌いというわけではないのですが、絶対わたしの方が子供より早く眠りに落ちてしまうのです。よ~し呼んで聞かせてあげようと意気込んで子供と布団に入るのですが1ページ、2ページとめくり読んでいるうちにだんだんストーリーからはずれ、しどろもどろになり、眠ってしまうのです。そして子供に「パパ起きて!!」とせがまれとりあえずは意識を戻すのですが、数秒後には深く眠りに落ちてしまいます。 以前からそうなのですが、わたしは布団に入り体を倒しながら寝入ってしまうことができます。かつて寝る前に音楽を聞きながらいい気分で寝入ろうと思ったことがありますが、とりあえずイントロで寝てしまうので、まったく意味がないためやめました。(そのためかつて「イントロ男」と呼ばれていたことがある。)。もし一曲すべて聴いてしまうなんていうことがあるとかなり神経的にやられている状態にあるのかもしれません。ドラえもんののび太は3秒で眠っています特技を持っていますが、それに挑戦したいと思っています。 お陰で最近は子供も布団に入って本を読んでほしいとあまりせがまなくなりました。妻よ許せ。
2006年01月30日
今日は1ヵ月1回開催される農園での直売朝市の日でした。昨日の夕方と今朝地元の産物がぞくぞくと農園へ運び込まれました。葉物や大根などを中心とした野菜や、様々な農産加工品や郷土料理、地物の魚の干物(式根島からも)、そして若郷からは昨日水揚げされたキンメやメダイなどの鮮魚が持ち込まれ、さらには地鶏の炭焼きやクズ団子汁(郷土料理)などの露天も出店しました。お客さんもたくさん来ていただきとりあえず良かったな~と胸をなでおろしているところです。 ところで先日の25日「おばあちゃんのマーマレード」というブログを書きました。そのブログで触れたように、この特製おばあちゃんマーマレードもはじめて出品されたのですが、ちゃんと売れるかどうか実は心配していました。300ccのビンで約40本作ったのですが、売れ残りを気にして今日はとりあえず20本だけが持ち込まれました。販売を担当した農家さんが小さくきった食パンにジャムをつけて試食してもらいながら販売しましたところ、嬉しい誤算で全部売切れてしまいました。一緒にマーマレードを作ってくれた農家さんが、ビンのラベルにも凝ってくれて、わざわざ新島の海をバックに夏みかんの写真を撮ってそれをラベルにしてくれたのも効果があったようでした。みんなでよかったねと顔を見合わせました。ところが更にビックリしたことが・・・、マーマレードを買っていってくれた方がお昼に食べたらとても美味しいということで、知り合いの都内のお店に置かせてもらいたいという連絡が入りました。もう在庫は20個しかないんだけれど・・・と思いながら、これも更に大きな誤算となりました。こんなこともあるんですね。
2006年01月29日
子供のとき良く見たアニメ番組に「タイムボカーンシリーズ」があります。その番組の中で必ず出てきたセリフに「豚もおだてりゃ木に登る」というのがありました。滑稽な豚が椰子の木かなんかに登っていたのですが、子供ながらにそんなことはねーだろうな~なんて思いながら見ていたものです。 さて新島村内には勤労福祉会館という施設がありまして、その館内に4レーンだけですがボーリング場があります。先日その施設から傷ついて処分するというボーリングの玉を一つもらいました。なぜかといいますとその施設出働いている方が最近放映されたテレビ番組の中で、「豚にボーリングの玉を与えるとその玉と豚が遊ぶため運動量が増えて美味しい肉になる」ということが紹介されていたので、ならばと思って農園へ持ってきてくれたのです。早速豚小屋に入れてみましたら、もともと好奇心旺盛な豚君はボーリングの玉へイチモクサン、鼻で突っつきながらジャレあっています。これはもしかしてただのトウキョウXではなくて、うまくいけば「特製ボーリングの玉仕込みトウキョウX」として更に付加価値を高めて売ることができるかもしれないと目算してしまいました。それから更に観察を続けると今度は玉を足で蹴るではありませんか、これはうまく手なずければサーカス一座に「玉けり豚」、更にグレードアップさせて「玉乗り豚」として高く売れるもしれないと皮算用してしまいました。 しかし翌日すでに玉へ興味を失っている豚を見たとき、その淡い夢は泡と消えました。
2006年01月28日
(昨日の続き) 新島を含め伊豆七島にお住まいの皆さんは明日葉のことを良く知っていると思いますが、知らない方のために明日葉について少し説明します。明日葉はセリ科の植物で、伊豆七島の島では何処でも自生しているようです。明日葉は名前からも察することができるように、今日摘んでも明日また摘めるといった具合にとても生育が旺盛な植物です。そして「カルコン」という癌の抑制や殺菌作用、はたまたエイズの抑制にも効果があるという物質が含まれています。島では毎朝この明日葉を青汁代わりに飲んでいる方もいるぐらいで、わたしの知っている方では冬でも半そで短パンで生活している人もいます。(明日葉飲んでいるだけの理由ではないかもしれませんが・・・) さてこの明日葉を特産品として栽培している農家さんが新島でもありますが、とても霜には弱く、霜が強く降りると茎の皮が剥け、時間がたつにつれ葉も黄色くなりついには枯れがってしまいます。確かにすぐに新しい芽が出てくるのですが、この霜の攻撃を波状的に受けると長期にわたって出荷できなくなってしまいます。天候が原因なため、仕方ないといえば仕方ないのですが、辛いことです。
2006年01月27日
新島へ移り住む前に、わたしはこの島でトロピカーナな生活を満喫できるものと想像し、こころをウキウキに弾ませていました。夏にはバナナやパイナップルがたわわに実り、海辺にはえた椰子の木にハンモックを吊るし、その木陰の下でパパイヤジュースなんかを傾ける、そして水着の女の子たちを・・・・。 しかし現実はそんな甘い思いは正反対、この時期我家ではホットカーペットを暖めストーブをガンガン焚いて、時々温泉に行ってはしんまで冷えた体を温めなおしたりして寒さをしのいでいます。 さて今年の冬は例年になく寒さが厳しく、氷点下を記録する日も度々あります。特に農業で困ってしまうのが、霜の害。新島でも例年2~3回ぐらい霜がおりるのですが、今年はその回数も多く、その強さも強烈。島内の農家さんの栽培する明日葉やキヌサヤエンドウでも大きな被害が出てています。新島では冬の時期「西ん風」という強風が吹き荒れますが、寒くても風があるときは良いのです。しかし風がぴたっと止まった、寒い日、これが霜が降りる前触れとなり農業者はハラハラ。ある農家の方は朝早くおきて畑で火を燃やしたりして霜を少しでも防ごうとしていますが、露地すべてを守ることはできません。(明日に続く)
2006年01月26日
以前の新島の家々には、苗場という苗を育てる場所があったり、いくつもの果樹が植えられたり、豚小屋があったりして、住むだけの建物があるだけの場所ではなく、とても循環的な空間であったことを、島のお年寄りから聞くことがあります。そして果樹では、桃、イチジク、ミカン、ビワなど様々なここの気候にあった木々が植えられていたとのことでした。今ではそういう住まいも減ってしまっているようですが・・・。 ところで今日農園の加工室では島のおばあちゃんを中心に、女性の方3人が採り立てのミカンを持ち寄ってマーマレードつくりをしていました。直径10cmぐらいもある大きなミカンをボールに山になるように積み上げ、一つ一つ包丁を入れては皮をむき、そして取り出した房から果実をむき出し、一つ一つ丁寧に楽しそうに作業をすすめていました。その加工場に外から入ると、その部屋はミカンの甘すっぱい匂いで満ちていました。中心となっているおばあちゃんはもう30年以上も毎年この時期になるとミカンのマーマレードをつくっているとのことで、作業の段取りはお手のもの。とりあえずレシピも用意していますが、それを自分なりにアレンジして最も気に入る調合量や作業工程を体得しているようでした。今日は皮を煮詰めるところまで、明日は砂糖と果実を入れて甘く煮詰めてビンに充填するとのことでした。島のおばあちゃんの特製マーマレードは、今度の29日の朝市で販売されます。PS,おばあちゃんの持っているレシピを見てビックリ!! 1973年発行の「主婦の友」の別冊でついていたレシピ集でした。ボロボロになるまで使っていて、それがまた素敵で手に取るのが申し訳ないような気分になってしまいました。今日も一つ大切なことを学びました。
2006年01月25日
(昨日の続き) 確かに小さな島の駅伝大会ではありますが、その中にはいくつものドラマがあります。30年近くライバル対決を続けてきているチームや、優勝や上位を狙って毎日練習を積み上げてきている中学生たち(わたしは毎年この時期になるとすれ違う中学生たちから厳しいまなざしで見られることがよくあります。)、真剣になれる部分があるから面白いのかもしれません。 さて駅伝大会の結果ですが、消防団分団優勝をかけて第3・第4・第6分団が大接戦をを繰り広げました。全6区間の中で抜きつ抜かれつのデットヒート、最後のアンカーまで勝負は分かりませんでした。見ているほうは面白かったと思います。走っている方はドキドキしていましたが・・・。結果は第6・第3・第4分団の順番でしたが、みんな真っ赤な顔して自分の持てる力を出して一生懸命は走っていました。 総合優勝は高校の先生たちで、惜しくも中学生チームは総合2位、けれど高校の先生たちの記録は来年の中学生たちの目標となるでしょう。 確かに走ることってかったるい事もありますが、終わった後の爽快感もあります。同じ分団で走った若い団員が「今日は充実した、達成感のある1日だった」と言っていましたが、わたしはそれを聞いてすごく嬉しくなりました。もう満足です。
2006年01月24日
さて元旦から毎日更新してきたこのブログも、残念ながら昨日お休みをいただいてしまいました。ご存知のようにわたくし「楽天」のブログを使っておりまして、自分の管理画面に過去の更新パーセンテージなるものが表示されます。今まで「更新100%」と表示されていることに、「ちょっとした達成感+多少のプレッシャー=程よい心地よさ」を感じていたのですが、昨日は帰宅が午前様になってしまい、パソコンを開けることもなく、ましてやわたしの前近代的な携帯電話では入力方法もわからず、カラオケで騒いで踊っている間に、まっいいか!という気分になりあきらめました。まあこのくらいの気持ちで続けていくことがいいのかもしれませんね。 さて昨日は新島冬の一大イベント「村民ロードレース大会と駅伝大会」がありました(わたしが勝手にそう思っているかもしれませんが)。まあ新島のみなさんはご存知ですが、人口2600人ぐらいの島の中で、ロードレースと駅伝合わせて、約400人近くが島内を走る、つまり高齢者人口の割合がガンガン高いこの島で人口の9~10人に1人が走っている、という状況が作り出されるのです。それに大会関係者や、沿道に立ち応援される方や、走る人の家族を含めると、多分人口の半分ぐらいは何らかの形でこの大会に関わっているのではないでしょうか。(明日に続く)
2006年01月23日
実際のアラリンゴは、わたしの想像したものとは違い、すり鉢場などではなく、約25度ぐらいの山の斜面にできた30~40坪の砂場という感じのところでした。しかし何とも不思議なのですが、タブやスダジイの深い森を通り抜けたところに忽然とそのアラリンゴがあらわれるのです。そしてその急勾配に深い白い砂がたまっているのです。 先日この砂がどのように堆積したのかある人に訊ねましたら、「これは風に運ばれてきた砂が長い時間をかけて積もってきたものだ。」と言っていました。わたしはてっきり噴火によって堆積したものだと思っていましたので、もしその話が本当ならば風の力はすごいものだと感心してしまいました。 新島は幾つもの火山の噴火によって成している島ですが、南側にある向山という火山は今から1300年位前に噴火したらしく、その時に白い流紋岩が堆積しました。この流紋岩は白くまた崩れやすい性質で、その結果島内の表土の多くは白い砂で覆われています。ですから山に入り少し落ち葉や腐葉土をほりあげると白い砂があらわれます。ですからアラリンゴはそうした砂の吹き溜まりなのかもしれません。 さてこのアラリンゴという名前ですが、一説によると急勾配のため置いたリンゴがその砂の坂をコロコロ転がってしまい、その時に「アラ~、リンゴが・・・・」と叫んだからアラリンゴと名づけられたとか。うそのような話ですがどうなのでしょう?
2006年01月21日
先日のブログで我家の裏山を子供たちを引き連れさ迷い歩いた話を書きましたが、その山道の途中に“アラリンゴ”という不思議な名がついた場所があります。 新島へ移り住んできたころ島の方から島内の名所について話を聞いている中で、“アラリンゴ”という場所があるということを聞きました。ちょうどその場所は新島保育園から少し登ったところにありまして、保育園児がよく遊びに出かける場所だと聞かされました。その当時まだ“アラリンゴ”へ行ったことがなかった私は、その島の方からのお話を参考に自分でどんな場所か想像してみたのでした。まず森の中に突然広くて白い砂山が存在しているということ、そしてとてもその砂山の斜面が急であるということを聞かされた私は、その“アラリンゴ”という名前の響きからして、とても恐ろしい場所ではないかと考えたのでした。まるで大きなあり地獄みたいなすり鉢場の場所でその砂穴に落ちてしまったらなかなか登って来れないような・・・、果たして子供たちが遊びに出かけてしまって大丈夫なのだろうかと心配になってしまいました。そんなイメージが影響したのか結局すぐには見に出かけず、はじめてそこに行ったのがその話を聞いてからだいぶ経ってからのこととなってしまいました。(明日に続く)
2006年01月20日
(昨日の続き) 現在私たちが使っている芋穴は、新島村博物館にある萱葺きの民家(過去に村内で使われていた家を博物館に移動し来館者に見学してもらっている)にある芋穴を使わせてもらっています。この芋穴の大きさは縦1m・横2m・深さが1mぐらいで、芋穴の周りを“コーガ石”と呼ばれる新島で採掘される石を積み上げ囲っています。 床の板をはずし、昨年の秋にしまいこんだサツマイモ(アメリカ芋)が無事かどうか見てみると、幸いねずみには入られていないようでした。ただ今年は12月から1月上旬にかけて低温が続いたため、表面に出ていたアメリカ芋は寒さによって黒く変色していたものもあり種芋には不適なものもありました。 芋穴からセッセと芋を取り出し、トラックに積み、農園へ運び込みました。今週末ぐらいから温床に入れてさい芽を促すことを予定しており、十分芽が出た2月の中旬ぐらいには苗床にふせこむスケジュールとなっています。 島の先人達は貴重な芋をどのように保存したらよいのか試行錯誤を繰り返したのでしょう。そして地元で手に入る材料を使って最も合理的な芋穴という方法をあみ出したようです。
2006年01月19日
先週あたりから新島でも冬特有の強烈な偏西風(“にしん風”と地元で呼ばれている)がおさまり、少し春めいた穏やかな陽気が続いています。 そうなるとだんだん苗作りの準備も本格化してくるのですが、今日は秋に“芋穴”に貯蔵しておいた種芋用のサツマイモを取り出す仕事をしました。 砂質の土のため水田ができずお米が取れなかった新島では、貴重なデンプン供給源としてサツマイモと小麦が昔から作られていました。その中でもサツマイモは新島の主食といっても過言ではなかった存在であったようで、色々なサツマイモの郷土料理が現代まで伝わっています。この島でよく食べられるサツマイモの品種は「七福」という品種で(新島では「アメリカ芋」と呼んでいる)、皮が白く、中が多少黄金色した、丸みのある形のサツマイモです。この芋についての詳しいことは別の機会にゆずるとして、今回はその芋を貯蔵する芋穴について書いてみます。 この島にとって貴重な食料であったサツマイモは、各家に作られた“芋穴”という床下に作られた場所で冬場貯蔵されました。ここはいろり部屋のそばに作られていたため、いろり効果でサツマイモの貯蔵に適した温度や湿度に保たれ、長期にサツマイモをいためることなく保存することができたようです。 (明日に続く。)
2006年01月18日
田舎で農業をする皆さんの多くは田畑を荒らす鳥や獣に手を焼いているのではないでしょうか。ここ新島では鹿とキジが有害鳥獣として問題とされています。 この両方とも、もともとこの島にはいなかったものですが、持ち込まれたわずかなものが豊かな自然の中で旺盛に繁殖し今では我が物顔で山や畑の中でのさばっています。 ところでこの鹿の駆除が村農政係の大切な仕事になっており、今日はその罠つくりをしました。罠はくくり罠という構造で、いたって簡単なものです。直径8mmぐらいのワイヤーを3mに切り、一方の端に小さな輪を作り、その輪に反対側のワイヤーの先を差し込みます。これを鹿の歩きそうなところに仕掛けておきますと、鹿が足を突っ込んだり、首を入れ前へ進もうとするときに自然にワイヤーが閉まる仕掛けとなります。 今この島に何頭の鹿がいるのか分かりませんが、この1年間だけで200頭近くが罠にかかっていることを考えると、相当な数が潜んでいるようです。
2006年01月17日
新島は幾つもの火山の噴火によってできた島で、 24平方キロメートルという小さな島でありながら、いたることろに噴火でできた山々があります。一番高い山はちょうど島の真ん中にある「宮塚山」という山で、その山の北側に若郷地区があり、南側に本村地区があります。私の住む家は本村地区の一番南側で、「青峰山(標高120mぐらい)」という山の麓(斜面?)のところにあります。 ところで昨日の日曜日、子供の遊び相手を任された私は、1歳の息子を自分の体の前に抱っこ紐で抱きかかえ、3歳の息子の手を引き「青峰山」へ登山に出かけました。この山の森の中は“タブの木”や“スダジイ”の大木がうっそうと茂り、また今の時期は“マンリョウ”や“しゅくしゃ”が赤い実をつけて地表面をキレイに飾っています。都道からほんの少し森に入っただけで、まるで森深くまで立ち入った感覚になってしまうほど静かで、そまた木々や草花の存在に圧倒されます。 私たちの幼児登山パーティーは、最初の目的の青峰山頂上を征服だけではあきたらず、そこから獣道を通って地元でグリーンヒルと呼ばれる別荘まで降り、また今度はあたらしく発見した怪しい獣道をのぼり、気がついたら2時間ばかり山の中を散策していました。まったく人には会いませんでしたが、他の方が見たらとても不思議な集団に見えたでしょう。
2006年01月16日
1月15日はお年玉付年賀状の抽選日です。以前はそれほど気にしてなかった賞ですが、最近は家族みなで年賀状を並べて抽選番号を見比べることが毎年の恒例となってきました。そしてあたりの年賀状があると(4等の切ってシートなのですが)、かならず誰が出してくれた年賀状か確認し、その年賀状の差出人は我が家のにとって忘れられない大切な方となるのです。 ところで4年前になりますが、大事件がありました。というのはなんと3等が当たったのです。過去三十数年間生きてきてはじめて切手シート以外の賞が当たり、何度も何度も差出人の宛名を見ては家族みんなで感謝の言葉を投げかけたのでした。さてその3等の商品ですが、「郵パック全国名産品から1点好きなものを選べる」というもので、色々迷ったあげく“すき焼き用松坂牛肉”というものに決めました。翌日の16日妻は早速郵便局に出かけ、その商品をお願いしたのですが、そのときに郵便局で知り合いのS氏というおじさんに会いました。そのおじさんには普段から色々とお世話になっていましたので「こんど松坂牛のすき焼きやるからおいでよ~」と誘ったでした。そしてそのすき焼きの当日、さーはじめるぞ~と準備をしましたら、玄関のチャイムが鳴ります。そのおじさんかと思ってドアをあけたらビックリ!!。なんとそのおじさんは4人ぐらい仲間を引き連れて来ているではありませんか・・・。いきなり大勢でのすき焼きパーティーになったのですが、私は結果的に2枚ぐらいしか肉にありつけなかったことを覚えています。 この島でくらして5年になりますが、島の方々とお付き合いしていてこんな予想もつかない展開になってしまうところが、この島に住む魅力です。 さて今年の我が家の抽選結果ですが、このような経験をしている私としては、当然公言など出来るはずもありません。
2006年01月15日
どうも最近下ネタ系が続いて申し訳ございませんが、今日もあまりキレイではないお話。昨日に引き続き我家の長男の事件簿を紹介します。 わたし自身の幼い頃のことですが、オシッコやウンチをトイレではせずに、家の裏で立ちションをしてみたり、藪の中でウンコをしてみたりした思い出があります。子供ながらに解放された気持ちになったり、また悪いことをしていることでちょっと偉くなったような気がしたりして、そうした行動をしばしばしてしまうのでした。 ちょうど今我家の3歳息子がそういう味を覚えてきているようで、家の裏でウンチをしてみたり、軒先でオシッコをしてみたりしています。先日も昼食を終えてみんなで好き勝手に休んでいたら、いつの間にかその息子の姿が見えません。そうしましたら突然隣の部屋で窓が開く音がします。あれっと思って隣の部屋に行ったら、部屋の中から窓(軒先に続いている)を全開に開けて外に向かって今まさにズボンを下ろそうとしているではありませんか。妻は怒り心頭で「何やってるの!!」と叫んでいます。そしたらその3歳児は「ママが洗濯物を干すと思って窓開けたんだよ。」と言うではありませんか。しかし外はまさに雨降りの真っ最中。その姿がコッケイで思わずこちらは叱る気も失せました。敵はますます手ごわくなってきています。 余談ですが、その数日後不覚にも私は彼に背後から立ちション姿を見られました。ますます立場の弱くなる父であります。
2006年01月14日
イラン映画だったと思いますが「はじめてのおつかい」という作品があったと思います。小さな子供が親から頼まれたお買い物(おつかい)に1人で出かかえる内容で、ドキュメンタリー風にとられていて、子供の困惑した表情や嬉しそうなはにかんだ顔がとても印象的だったことを記憶しています。 ところで我家の長男も3歳となり、近くのスーパーまで1人で買い物に行かせることが度々あります。買ってきてもらいたいものを記した紙とそれに見合うお金を手渡し行ってもらうのですが、その姿を見ているとなんともいとおしく見えるものです。 しかしこのお買い物もはじめの頃は彼も緊張していたらしくきちんと頼まれたものを買ってきていたのですが、だんだん慣れてくると図太くなってきまして、先日などは頼んだはずのニンジンを買ってこずにお菓子を買ってきました。そこで「どうしてニンジンを買って来ないのか」と訊ねたら「ニンジン売っていなかったよ」といいますので、そんなはずはないと思い一緒にお店に行きましたら、ちゃんとニンジンはあります。それを指摘したら「あ~本当だ。ここにあったんだ~。」ととぼけているではありませんか。そしてさっき買ったお菓子を持って逃げていきました。 はじめてのお買い物も楽ではありません。敵はだんだんうわてになってきます。
2006年01月13日
新年をむかえ1月も早いもので中旬に差し掛かっています。ここ農園でもだんだん春苗や夏苗の準備に取り掛かってきています。 とりあえず今日やった仕事は「唐辛子の種取」。昨年の秋収穫した唐辛子を風通しの良いところで陰干ししておきままずと、カラカラに乾燥しまして、ちょうど種を取るのに良い状態になります。作業自体はは単純なのですが、乾燥した唐辛子の皮をむき種を出すときに、とてつもなく辛い臭いが充満することと、素手でこの作業をすると唐辛子の辛味で指先がヒリヒリしてしまうということに注意を払わなくてはいけません。ですから作業場も風が通るところを選びます(寒くても我慢します)。かりに密室でやりますと、辛味が充満し、目、鼻、口といった空いている穴という穴から涙、鼻水、よだれ?が出てきます。しか~し、一番気をつけなければならないことは、知らぬ間に手についた唐辛子の辛味に気づかずにトイレに行き、大をする時。かつて私も経験がありますが、事が終わった後おもむろにトイレットペーパーを手に取り、それで○○を拭いたときは、思わずトイレの中で「フォー」と叫んでしまいました。ジンジンジッジジンジイジジン・・。そして反射的にその手で自分の○○○を触ってしまっときには、痛さに涙をこぼしました。 皆さん気をつけてください。
2006年01月12日
私と豚との関係はかれこれ12年以上になるでしょうか。学生時代休学して働きに出かけたオーストラリアの養豚場で豚の扱いを教わって以来、どういうわけか豚には縁がある生活を送っています。 ところで今日は農園で飼育している母豚がちょうど発情したため人工授精をしました。雄豚を飼えばいいのですが、餌代も馬鹿にならないし、豚はどんどん大きくなってしまうので若い母豚との釣り合いが取れなくなっていってしまいます。そこで東京都の畜産試験場より精液を送ってもらい人工授精をしています。この豚その名を「トウキョウX」といいまして、とてもとても美味しく仕上がる豚ちゃんで、高級デパ地下では贈答用で500円/100g(ロース)で売られているとか。何とかこの島でも増えないものかと取り組んでいます。現在島内では2件の農家がこの豚を飼うようになって来ました。 ところで豚って交尾するときとても気持ちよさそうな顔をしています(別に豚に限ったことではありませんが・・・)。雄のマッタリした顔私は何度も目にしています。だけど人工授精は相手がいない(相手といえば私ですが・・・)、餌を食べさせている間に人工○○○を挿入し、パッパとやってしまうのですが、果たして雌豚は気持ちいいのでしょうか?動かずじっとしていますが。
2006年01月11日
新島へ流れ着き5年の歳月が過ぎた私でありますが、私のように青年海外協力隊OB/OGの方々がよく流れてきます。 私が知っているだけでもこの間で6人の方と島暮らしをお付き合いしました(しています)。教員の方、島出身の方と結婚した方、役場で勤めた方、主婦の方など様々ですが、皆さん異色を発揮されているようです。 先日もご夫婦とも協力隊パラオ隊員だったAさんお宅へ新年会をやりに行ってきました。ご主人は教員をやっていて、今年度この島へ赴任されました。なんだか不思議なんですが、特に深く語り合わなくても、なんだかお互いのことが分かってしまう感覚になってしまうところが、同じルーツを持っている人間同士というところなのでしょうか。 我家とAさん宅は、お互いに2人の小さな子供をかかえています。これからも助け合いながら島暮らし楽しんでいきましょう。
2006年01月09日
今日は新島商工会主催の大福引大会の日でした。年末に新島内の商店でお買い物をすると福引券がもらえまして、5000円のお買い物で1回の福引が出来ます。昨日は村内放送でも今日の福引のことについてお知らせがありましたので、多分子供たちの中には楽しみで眠れなかった子もいたのではないかと思います。 という我が家も、特賞の自転車が当たったらどうしようと心配をしてました。なぜなら今回我が家で9回の福引が出来たのですが、そのうち8回分は今日上京してしまっていた家族からいただいたものでした。ですから自転車が当たると堂々と乗れないかもしれないと悩んでいたのです。 9回の福引は長男5回、次男4回やらせることに作戦を練り、自転車が当たると帰りが困るので、会場まで歩いていきました。 いざ本番 1回、2回と福引のガラガラが回ります。ところが出るはずの金色の玉は出ず、ただただ白い玉が積み重なっていくではありませんか・・・。 結局9回全部白となり、9個ティッシュペーパーをもらって帰ってきました。 心配しすぎてちょっと損しました。
2006年01月08日
新島村の土壌は砂質土で、保肥力や保水力がとても低い土です。土耕栽培において土づくりはその根幹となすものですが、ここ新島でも最適な土づくりはどのようにあるべきかということがとても重要な課題となっています。 そこで今年から農園では「新島村の畑地での土づくりガイドブック」つくりにとりかかることにしています。テーマとしては3つぐらい考えていまして、1.既農家向けの土壌改良・施肥改良について、2.新規就農者のための土づくりについて、3.土づくりの基礎知識を身につけよう、といった内容にしたいと思っています。そこで今月下旬から農家さんの畑の土を調べてもらう作業に取り掛かります。とりあえず3月までに100箇所の土壌調査とサンプル収集を行う予定でいます。学生時代の土壌肥料学の本を引っ張り出して見ていますが、土って面白いんだけれど、奥が深くて、難しいんだよな~と再認識しました。
2006年01月07日
6日は全国的に消防団出初式の日となっているようです。ここ新島でも寒空の中出初式が行われました。メインメニューはポンプ操法と全分団による一斉放水。午前中に無事終わり、午後がからは各分団詰め所に集まり、新年会が開かれました。ところで全国的に今冬の寒さと大雪は異常であるようですが、なんと新島でも雪が降りました。今朝も雪がまっていたのですが、昨日などは、標高432mの新島の宮塚山にも雪が積もり、なんと10cmぐらい積もったという話も・・・。他の人の話によると、新島より見た伊豆大島は真っ白であったとか。ここ新島へ住み始めて5年が過ぎますが、10cmぐらいの雪が積もったのは初めての経験でした。ここに来る前は、新島へ行ったらトロピカルフルーツに囲まれ、ハンモックに揺られながら年中常夏を過ごせるイメージだったのですが・・・、今日の出初式では上着5枚着込みました。
2006年01月06日
昨日に引き続き正月早々まだまだ農園トラブルです。 今度は管理棟の水がまったく出ないではないですか・・・・。 貯水タンクを覗いてみたら、水はあるのに水が出ない?なんで? 後で分かったのですが、どうやら女子トイレの水流しレバーが壊れて、水を流した後戻らず、ずーと水が流れている状態が続いていたらしいのです。そして一度タンクの水が空になってしまい、その結果ポンプの制御装置がはたらいて水が出ない状態になってしまったようです。 それだけならよいのですが、色々調べてみましたらタンクの水を調節するフロートも壊れかけていることが分かり、水が減っても水が供給されないという状況に時々なってしまう様子。 なんか新年早々調子悪いな!! 明日は消防団出初式だけれどたぶん今日雨だったから猛烈に風が吹きまくるだろうし・・ けれど負けない。自分で道は切り開くのだ。今年のおみくじは末吉だったけれど。
2006年01月05日
新島では12月ぐらいから3月ぐらいまで、西からの強風が吹き荒れます。特に西高東低の冬型の気圧配置になり等圧線がこんでくると必ずお決まりのようにガンガン吹きまくります。最大風速20mを超えるような風が3日ぐらい吹くのも当たり前。だけど今年は寒波襲来のため例年になく狂いまくっている様子。 ところで今日農園の水耕栽培のガラスハウスを見たら、なんと側面の高部のガラスが無残にも割れているではありませんか・・・(何かが飛んできて当たった様子)。そして破片は収穫まじかのサンチェやサラダ菜たちの中にブスブス刺さっています。あ~あここまでやっと育てたのに・・・。だけ一日中風が続いているため、ガラスの破片がまだまだ落ちてきて危なく、今日の片付けはあきらめました。明日天気が落ち着いたら破片を拾い、ガラスをはずしします。
2006年01月04日
STAFF:監督 デヴィット リーン 脚本 H・E・ベイツ/デヴィット リーンCAST:キャサリン ヘップバーン ロッサノ プラッツィ 独断ですが、キャサリンヘップバーンの演技って桃井かおりの演技と波長が近いように感じてしまいました。つまり私好みという意味ですが・・ イタリアのベニスを舞台にしたひと夏の恋の映画ですが、イタリア人の男というのは、いかに自分が劣勢であっても、わけのわからぬ文句と妙な自信で女性を口説いてしまうといったところにとっても感動してしまいました。それから「難しいこと考えず楽しく今を生きようぜ!!」というラテン的なのりに以前南米に住んでいた私は懐かしさも感じました。もっと若い時に見ていれば私も手もみなどせずとも、根拠のない自信とラテン的のりで女性を口説けたかもしれないかな?
2006年01月03日
順大ぶっちぎりで優勝か・・と思いきや、ここが駅伝の魅力というか魔力というべきか。タスキをつなぐことの難しさと、背負った使命。8区順大の難波君の姿に涙をながしてしまいました。 はしくれながらかつて高校時代駅伝をやっていた私は、その熱い姿に感銘を受け、思わずジャージに着替え30分ジョギングに出かけました。 新島では今月22日に村内駅伝大会があります。新島消防第4分団の分団優勝5連覇に向けて、正月に増えた体重を絞り、調整に入ります。
2006年01月03日
STAFF:監督エリア・カザン 脚本ウィリアム・インジCAST: ナタリー・ウッド ウォーレン・ベイティー1929年の世界恐慌が起こる前年のカンザス州東部を舞台にこの映画はスタートする。10歳代半ばから終わりにかけて多くの若者が思い悩む恋愛や性について、また世代間の生き方や考え方のギャップをテーマに扱っている。30歳代半ばの私が見るとどうしても冷静に見てしまうが、10歳代後半ぐらいの自分が見たらどう感じただろうか?それが気になる。ラストのシーンを見て感じたことは、人は傷つき、思うようにいかない人生のアヤに気づき、そしてそれを乗り越えて成長していくのかもしれないということ。ただ自分たちの恋愛について真剣に向き合っていたからこそ映画の主人公のカップルは、結ばれず、傷つきあったが、それからの人生ではその経験を財産にして生きていけるのではないかと予想した
2006年01月02日
この地域では、移入した鹿が増え畑を荒らすなどの被害が続出しています。畑地から山にかけて鹿わなを設置していて今年は200頭/年の捕獲に届きそうですが、被害の状況を見るとこの数倍はいるようです。 さて今日はこの有害な鹿を生け捕りにした方から鹿肉を分けてもらいました。肉に臭みがあることを予想して、香草野菜をふんだんに使ったローストビーフを焼いてみました。ソースは長ねぎのみじん切りと炒りごまの入った醤油ベースの和風ソース。200度ぐらいのオーブンでじっくりと50分焼いたのが良かったのか、軟らかく美味しく仕上がりました。
2006年01月02日
2006年元旦。念願のブログを開設。私が今まで携わってきた「農」に関する世界を少しずつ紹介したり、これから出会う「農」の世界について発信していきたいと思っています。だんだん「農」のコミュニティーが出来上がっていったら楽しいな。
2006年01月01日
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