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日本が平和国家として国際社会で高く評価されていることに誇りを感じるという投書が、7日の朝日新聞に掲載されている; アフリカ特集の8面にわたる記事(5月31日朝刊)を読み、日本のリーダーシップによって設立された基金が、アフリカのエイズ患者救済に大きな役割を果たしていると高く評価されていることを知りました。 戦後の日本は「平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を永遠に除去しようと努めている国際社会において、名誉ある地位を占めたい」という憲法前文の精神に沿って、平和的手段を通じて世界に貢献をしてきました。 マイクロソフトのビル・ゲイツ会長、ロック歌手のボノ氏ら途上国支援に取り組む世界的なNPO指導者たちは、そうした日本の努力をしっかり見ていてくれたわけで、日本はまさしく「名誉ある地位を占め」つつあるのだと、誇らしく思いました。 英国のBBC放送などが数カ月前に実施した「世界によい影響を与えている国・地域」の世界アンケートで、日本はドイツと並んで1位だったそうです。テロとの闘いに自衛隊を派遣することが国際貢献だ、と考える政治家も少なからずいるようですが、日本の外交政策は非軍事の貢献を基に進められるべきだと思います。2008年6月7日 朝日新聞朝刊 12版 15ページ「声-非軍事の貢献 なお強めたい」から引用 私もこの投書の意見に賛成である。戦後の日本が営々として築いてきた平和国家としての名誉ある地位を、今後も継続していくべきです。裁判所も認めた憲法違反の自衛隊派遣は即刻取りやめ、非軍事の貢献でいく、それでこそ我々日本人は自信と誇りを持って国際社会の一員となれるわけです。
2008年06月30日
わが国の立法府が政府に対してアイヌ民族を先住民族として認めるように求める決議を採択したことについて、7日の朝日新聞は次のような解説記事を掲載している; アウルさん アイヌの人たちを先住民族と認めるよう政府に求める国会決議が採択されたわね。アイヌ民族はどんな歴史をたどってきたの? A アイヌ民族は13世紀ごろには北海道、東北北部、サハリン(樺太)、千島に住んでいたといわれる。漁や狩りなどのほか、幅広く交易もしていた。だが江戸時代には松前藩にそれを制限された。その前から物資を奪われることがあり、抵抗闘争も繰り返されていた。 明治になると、「旧土人」と差別的な呼称をつけられ、大切な食料としてきたサケを捕ると「密漁」となり、長く続いてきた習俗も禁止された。日本語の使用を強制されるなど、「同化」を強いられた歴史があり、今回の決議が民族の権利回復につながると期待する声は強い。 ア 民族の権利って、「私の権利」とどう違うの? A 国会決議が実現した背景には、07年9月に採択された「先住民族の権利に関する国連宣言」がある。先住民族が土地や資源などを奪われた歴史を踏まえ、それらの権利を持っているとうたっている。しかし、国連宣言には「先住民族」の定義が示されていない。定義をまとめようと議論したが、各国の見解が分かれたままで、うまくいかなかったんだ。 定義のないことが、日本政府がアイヌ民族を先住民族と認めない理由にもなってきた。政府は今後、有識者懇談会をつくってアイヌ政策を進める検討をする。その中では、先住民族としての権利をどうするかが焦点だ。 ア アイヌの人たちは、どんな政策を望んでいるの? A アイヌ文化をきちんと伝承するため、漁や狩りなどができる環境を整えて欲しいとか、アイヌ語を学校できちんと教えて欲しいといった人たちがいる。さまざまな意見を、アイヌ民族最大の団体「北海道ウタリ協会」が集約し、政府側と交渉することになる。 ア 北海道にはアイヌ語がベースの地名が多いわよね。 A 札幌は「サッ・ポロ」で「乾く・多い」の意味で、G8サミットが開かれる洞爺は「ト・ヤ」 (湖・岸)からきている。明治以降に漢字があてられた地名だ。それも、アイヌ民族が先に住んでいたことを示すものだろう。 (神元敦司)2008年6月7日 朝日新聞朝刊 14版 2ページ「アイヌの人たちの歴史って?」から引用 わが国政府はアイヌの人々の先住民としての権利を認めるべきです。古い昔にはアイヌの人々は東北や関東にも住んでいた形跡があります。秋田県には生保内(おぼない)という地名がありますが、これはアイヌ語で「きれいな空気」という意味で、私の高校の地理の先生は「ラテン語で『きれいな空気』を『ブエノスアイレス』という。だから、生保内は『日本のブエノスアイレス』なんだよ」と説明してくれました。この先生は私の父の友人(先輩)でもありましたが、定年間際のせいだったか、一年間の地理の授業の中で2回、私はこの説明を聞きました。ところが、私のクラスメートは3回聞いたと言います。だから、残りの一回は私は居眠りしていたのかも・・・。
2008年06月29日
裁判のため起訴休職中になっている外務事務官の佐藤優(さとうまさる)氏は、中国産餃子に薬物が混入した事件について、「週刊金曜日」で次のように述べている; 中国産餃子(ギョーザ)から有害薬物が検出された問題が日本中を騒がせている。この間題については、製造過程で薬物が混入したのか、それとも製品が出来上がった後に薬物が混入されたかについて、真相がつまびらかになっていない。 筆者は、本件の背後に思想があると考えている。二つの側面から読み解いてみたい。新自由主義の害悪 第一は、新自由主義(市場原理主義)の影響である。この場合、マルクスの『資本論』の論理を適用すると状況がよく見えてくる。『資本論』の冒頭は、商品の分析から始まる。商品には、価値と使用価値という二重性がある。ここに餃子とボールペンという二つの商品がある。両者の価値とは、餃子が150円、ボールペンが80円というような、カネで表すことができる商品間の共通性だ。 これに対して、使用価値とは、餃子ならば「食べる」、ボールペンならば「文字を書く」という商品ごとの有用性である。商品間の異質性といってもいい。 餃子を作る企業の経営者も労働者も自らが餃子を消費するために作っているのではない。餃子は商品として作られ、それを売って得たカネから労働者の賃金が支払われる。労働者は、賃金によって自らの生活に必要な商品を購入する。仮に餃子を作っている経営者や労働者が、ボールペンを必要としても、ボールペンを作っている企業に餃子を持っていって、物々交換することはない。いったん、自らが生産する商品である餃子をカネに替えて、それからボールペンを購入する。逆に、私たちが自宅で餃子を作る場合、それは販売を目的とするものではない。従って、この餃子は商品ではない。 マルクスは、商品の使用価値とは「他人のための使用価値」であると言った。資本主義社会で、生産者の主たる関心は、当該商品を売って、価値、すなわちカネを少しでも多く得ることにある。使用価値は、それがなくては商品が売れないからあるに過ぎない消極的要因なのである。 新自由主義の「カネがすべて」という価値観が主流になると、価値(カネ)さえ得られれば、使用価値(商品の有用性)などどうでもいいということになる。それ故に、露見する可能性が少ない状況では、偽装食品や、コストが安く済むならば有害な農薬が残留している食品でも平気で商品として出荷されるのである。「他人のための使用価値」である商品によって、人間の欲望が満たされる資本主義社会において、「他人のことなどどうでもいい」というモラルがはびこると、社会が破滅することになる。自分にされたくないことは他人にもしないというモラルが新自由主義体制下では崩れているということの象徴となっているのが今回の餃子問題だと思う。日中連携が急務 第二は、日中関係の悪化である。1970年代前半、日中友好ブームのなかで、あちこちで中国物産展が開かれた。商品は3缶で100円のミカンや白桃の缶詰、折りたたみ式のハサミ、切り絵、人民帽、パンダの顔がついた万年筆、英雄(ヒーロー)というブランドの万年筆などだ。日本製品と比べれば、旧式であったが、中国製品が特に租悪だったという印象はない。筆者は、500円で買ったと記憶しているが、英雄の万年筆を愛用していた。アメリカのパーカーの工場を中国が接収して製造した万年筆ということで、品質もよかった。ペン先がすり減ってしまうまで数年間使った。思い出がある万年筆なので、今も筆者の文房具入れにしまっている。こういう身近な消費財は、国民間の信頼関係を高める上で、肯定的役割を果たす。 筆者は、ソ連時代末期にモスクワに勤務した。中ソ対立はだいぶ媛和していたが、一般のロシア人の対中感情がきわめて悪かった。その理由は、中国製品が粗悪だということにあった。89年が物不足がもっとも深刻な年だった。モスクワのルイノック(自由市場)には、確かに中国製品がたくさん並んでいた。当時、ソ連国内の航空運賃はとても安かった。シベリアのチタ州で中国との国境貿易がなされていたので、モスクワから少し才覚のある市民が買い付けに出かけ、モスクワで転売するのだ。羽毛のダウンジャケットが人気商品だったが、羽毛に品質の悪い綿や紙くずを入れた粗悪品が多く、雨に濡れると使えなくなってしまうものがたくさんあった。折りたたみ式の傘でも、2~3回使うと骨が折れてしまう。中国製のラーメンも出回っていたが、賞味期限が切れて相当時間が経ったものばかりだった。 同時期に、筆者は、リトアニアに何度か出かけた。首都のビリニュス郊外に「ポーランド市場」と呼ばれるルイノックがあった。そこに出かけると、ポーランド人がリトアニアで不足しているさまざまな商品を売っていた。中国製品も多い。レインコート、ダウンジャケット、ミカンの缶詰(ソ連時代、ミカンは高級品)、万年筆が売られている。リトアニア人に話を聞いても、中国製品は質がいいという話だった。 懐かしい英雄の万年筆があった。当時の為替レートの関係で1本20円くらいだったので、モスクワの友人への土産として20本ほど買った(ちなみに、その内の二本は筆者が使うことにした。モスクワ時代の記録はほとんどこの万年筆で書かれている。そのうち1本を今でもときどき使っている)。中国製ミカンの缶詰とともに科学アカデミーの民族学者のところに届けるとこう言われた。「懐かしいなあ。中ソ対立が激しくなる1968年頃までは、モスクワの文房具屋でもこの万年筆を売っていたよ。中国製のノートも紙質がよかったよ。国民感情と商品は、実は関係しているんだ。現在、モスクワに出ている中国製品が粗悪なのは、中国商人がロシア人を嫌っているので、何を売りつけてもいいと考えているからだ。これに対して、中国人はポーランド人とは真面目にビジネスをしている。それだからリトアニアには、こういうきちんとした中国製品が入っているのだね」 このときは、この民族学者の深読みだと思ったが、そうでもない。国民感情は、労働に微妙な影響を与える。筆者はモスクワにいる時期、チェコ車を買おうと考えたことがある。中型車のタトラを買おうとしたら、友人のチェコ人外交官から、「モスクワで買うのはやめた方がいい。チェコの労働者はソ連輸出用ということになると手抜きをして作る。プラハで国内向けのタトラを買うか、西ドイツやイギリスに輸出しているシユコダを買うことを強く勧める」と言われた。結局、チェコ車を買うことはあきらめてロシア車を買った。 今回の餃子の問題も、日中関係がより良好ならば、起きなかったかもしれない。新自由主義下では営利の追求が至上命題だ。しかし、他者、すなわち日本人の使用価値を満たすために作っている商品であっても、中国人の経営者と労働者が日本の消費者を「同胞」と感じているならば、製品の安全には細心の気を遣うはずだ。新自由主義を抗する思想の構築のために日中連携が急務だ。2008年2月8日 「週刊金曜日」689号 16ページ「『資本論』から読み解く中国産餃子への薬物混入」から引用 かつて中国人の日本に対する印象がそれほど悪くなかった時代は、中国製品は見かけこそ旧式だったかも知れないが、品質は悪くはなかった。しかし、ものごとをよく考えない首相が、心の問題などと称して隣国の人々の感情を逆なでする行動を繰り返し、薬物混入事件の温床を作ったと言えるのである。
2008年06月28日
外国人労働者に支払う給料を無理やり貯金させたという報道に対して、次のような投書が4日の朝日新聞に掲載された; 「ベトナム人に預金強要 200人被害」(5月30日朝刊)には驚いた。60年余前、日本企業が朝鮮半島から連れてきた労働者にしたことと同じではないか。 戦前、日本は国内の労働力不足を補うため、朝鮮半島から半ば強制的に多くの労働者を日本に連れてきて、低賃金で過酷な仕事をさせた。その日本の企業は、日本人に比べて低い賃金から相場以上に高い家賃や食費を天引き。さらに強制的に預金をさせ、本人にはごくわずかな現金しか与えなかった。過酷な労働に耐えられず、逃げ出す者も少なくなかった。その預金は雇用者のものとなった。満期まで働いて満額の預金を受け取った者はごくわずかだという。 「歴史から学ぶ」とよく言われる。今回は歴史から過ちを学んだのだろうか。全く同じことを繰り返している。 かつて、朝鮮半島の人々に強いたことを東南アジアに拡大しているのではないか。反日感情が広がらないことを願う。2008年6月4日 朝日新聞朝刊 13版 13ページ「声-預金の強要は戦前と同じだ」から引用 この投書が言うように、私たちは歴史に学ぶべきである。ところが、世の中には歴史を学ぶことを「自虐的」であるなどと言って、人々の学習を妨げようとする勢力もある。困ったことだ。
2008年06月27日
アイヌ民族は日本の先住民族であるとする国会決議が採択される見通しとなった4日の朝日新聞は、社説で次のように述べている; アイヌ民族を日本の先住民族として認めるべきだ。政府にそう求める国会決議が今週、採択される見通しだ。政府はこれに沿って速やかに決断すべきである。 アイヌ民族は、日本列島の北部から千島列島やサハリンにかけて広い地域に先住していた。平安時代に作られた「征夷大将軍」の称号の「夷」につながるともいわれる。北海道の多くの地名や、「ラッコ」「トナカイ」という言葉もアイヌ語だ。 アイヌの人々は「先住民族」としての権利を認めるよう運動してきたが、政治が本格的に動き出したきっかけは昨年9月、国連が「先住民族の権利宣言」を採択したことだった。人種差別や植民地主義の反省から生まれてきた新しい人権の概念だ。 日本政府も宣言に賛成した。だが、福田首相は今年1月、「先住民族について国際的に確立した定義がない」と国会で答弁し、アイヌ民族がそれにあたるかどうか明言を避けた。 この答弁は、いかにも苦しい。明治以来、日本政府はアイヌ民族を「旧土人」と呼び、戸籍を分けたこともあった。この差別的な呼び方そのものが、先住の事実を認めたに等しいからだ。 86年、当時の中曽根首相が「日本は単一民族国家」と発言したことにアイヌの人々らが抗議し、差別の象徴だった「北海道旧土人保護法」を廃止する方向が決まった。一般の理解が深まってきたのもそのころからだろう。 そもそもアイヌ民族が全国に何人いるのかすら、政府は調べたことがない。無視と無関心という形でも差別が続いてきたのは間違いない。 今回の決議案は「等しく国民でありながら差別され、貧窮を余儀なくされたという歴史的事実を、厳粛に受け止めなければならない」と、過去の対応を反省している。同感である。 旧土人保護法に代わって97年に制定されたアイヌ文化振興法は、民族文化の尊重をうたった。アイヌ語教室が各地で開かれ、歌や踊りなどの継承も活発になった。 ただ、民族としての権利については触れられていない。これを認めれば、土地の所有権や民族自決権など深刻で複雑な問題につながると警戒してのことだった。 差別や貧困はいまだに解消されていない。北海道庁の06年の調査では、生活保護を受けている率は全国平均の3倍以上で、大学・短大進学率は3分の1だ。 政府はアイヌの人々の訴えに耳を傾け、生活向上や差別撤廃などに本腰をすえて取り組む必要がある。 北海道・洞爺湖で7月、G8サミットが開かれる。先住民族はその国の多様性や豊かさに貢献する。そんなメッセージを日本からも発信したい。2008年6月4日 朝日新聞朝刊 14版 3ページ「社説-これを歴史的な一歩に」から引用 日本政府には、アイヌの人々の生活向上と差別撤廃に本腰をすえて取り組んでほしいものである。その対応が遅々として進まない事態になれば、アイヌの人々も土地所有権や民族自治権を求めて立ち上がるときが、来ないとも限らない。
2008年06月26日
現役教員時代に「君が代不起立」を貫いた読者の投書が、3日の朝日新聞に掲載されている; 私は定年に3年早く教職を辞め、新聞配達をしている。早く辞めた理由は三つある。 一つは、自分が狭心症を持っていること。二つ目は、妻が病気で倒れ看護の必要があること。三つ目は、公に奉仕する仕事に疲れ果てたことだ。 理由の二つ目までは私事で、大変申し訳ない気持ちである。しかし、一番の心残りは、教育の自由のための闘いを自ら放棄したことへの申し訳なさである。 卒業式の君が代斉唱時に着席を呼びかけ、罪に問われた元教諭の控訴が棄却されたという記事(5月30日朝刊)があった。起立せずに処分を受けた人が、都教委だけでも延べ410人に上るとのことだ。 私も辞める4年前、一度不起立を通した。教頭さんが横に来て「お立ち下さい。お立ち下さい」と何度も言われたが、すべての職員が立つ中で一人だけ不起立を通した。その後3回機会があったが、事を荒立てて処分されるのを恐れ、立った。 不起立を通した時は大変ストレスを感じた。しかし、信念を貫いた価値の大きさを今もはっきりと実感している。2008年6月3日 朝日新聞朝刊 12版 15ページ「声-君が代不起立 今も悔いなし」から引用 それにしても、職務とは言え「お立ちください」という教頭のセリフはこっけいである。ふだん職員室ではどういう会話をしているのだろうか。己の保身と出世のためとは言え、悲しいピエロである。
2008年06月25日
トヨタ自動車の残業代不払いの実態と今後の見通しについて、15日の「しんぶん赤旗」日曜版は、次のように解説している; トヨタ自動車はこれまで自主活動として不払い(サービス)残業としてきたQC(クオリティーコントロール=品質管理)活動などのカイゼン活動を6月1日からは業務として位置づけ、残業代支払い部分を拡大します。これまで1カ月2時間以内しか認めてこなかった残業代の上限(手当)を広げるのです。 このQC活動は職場で製品の品賃向上や工程の効率化などの改善をすすめる自主的なグループ(サークル)活動とされ、トヨタは1961年に導入し、64年から本格化しました。トヨタのカイゼン活動の中心です。現在国内では約5千サークルあり、非正規労働者の期間従業員を含めた約4万5千人が参加し、海外でも8割以上の現地法人に広がっています。 トヨタ生産方式(かんばん方式)の核心がこのカイゼン活動です。これには小集団でとりくむQCサークル活動と個人が提出する創意くふう提案があります。トヨタでは、この自主的な改善活動が実質業務となり、従業員はそれを職場単位で自主的にすすめなければならないような労務管理(昇進・昇格、評価、賃金に反映)となっています。 トヨタは、高利益のため乾いたタオルをしぼる原価低減活動で年間1200億円(08年3月決算)のコスト削減をすすめました。その源泉の一つがこの一部手当のみで賃金支払いしない重要な業務であるQCなどのカイゼン活動にあるのです。 名古屋地方裁判所で確定した内野過労死裁判判決で業務として認めたカイゼンの自主的活動は、QCサークル活動(小集団でとりくむ)、創意くふう提案(個人の提案)、交通安全活動、EX(班長)会です。 トヨタは、QC活動はすべてが残業代の対象業務ではなく、支払う業務扱いの時間外手当の「拡大」(これまで月2時間が上限)とし、それにQC活動以外の創意くふうなどの自主的活動については「全部について手当を払うわけではない」としています。トヨタは、手当の上限も不明確なまま、業務として賃金支払いをするQC活動を月2時間程度に収めようとしています。 しかし今回、トヨタがQC活動を業務扱いする部分を拡大することにしたのは、日本にある3万余のQCサークル、参加数29万2300人のQC活動(日本科学技術連盟)を業務として位置づけ、全額賃金として企業が支払うことへの流れにつながってゆきます。 この動きは、トヨタなどへの労働者の不払い残業代の支払いと根絶の運動(5年間で852億円支払わせる)、トヨタ内野過労死裁判勝利判決の確定、これまでの日本共産党国会議員団の活動があります。 今後、名古屋地裁が業務として認めた自主的活動を含め、トヨタの管理下にある活動は業務として賃金支払い対象にして、過重な長時間にならないように、これを勤務時間内に行わせるようトヨタに対して、企業の社会的責任を追及してゆくことがますます重要です。2008年6月15日 「しんぶん赤旗」日曜版 20ページ「経済これって何?-QC活動と残業代」から引用 今回は社員の過労死の問題があり、最初認めようとしなかったトヨタ自動車も裁判で負けたので、結果的にQC活動も業務のうちと認めざるを得なくなったものの、依然として「全部のQCに残業代を払うというものではない」などと言っており、労働者の闘いの道のりはまだまだ遠いようである。
2008年06月24日
今まで労働者を只働きさせていたトヨタ自動車が、只働き犠牲者の遺族に訴えられたため、今後は少し払うことになったことについて、2日の朝日新聞には次のような投書が載った; トヨタ自動車が、「カイゼン」という品質管理(QC)活動に残業代を全額払うことにした。犠牲者が出て公となり重い腰を上げたようだ。今まで業務として位置づけていなかった方が不思議だ。 QC活動は64年から続き、生産に生かされてきた。これは労働であり、賃金を払うのは会社としての義務だ。トヨタの現在の成功は、従業員一人一人がQC活動で犠牲にしてきた時間のお陰だ。 過労で亡くなった元従業員は休日もQC活動で使う資料の作成をしていたと聞く。環境にやさしい車を作るのもいいが、従業員にやさしい会社が前提だ。サービス残業をさせない、賃金は正しく払うなど、企業として当然のことをやるべきだ。それで初めて「自動車業界世界一」と言える。2008年6月2日 朝日新聞朝刊 12版 8ページ「『カイゼン』に残業代は当然」から引用 この投書は善良な市民の常識的な感性で書かれたものと思われるが、それだけに認識が甘いのではないかと、私には思われる。それは、>今まで業務として位置づけていなかった方が不思議だ。という部分である。おそらく、資本家の立場から言えば「業務として位置づけていなかった」のは当然のことである。何故なら、資本主義社会における資本家の目的は利潤の追求であり、原材料をできるだけ安く仕入れ、製造や加工にかかる人件費もできるだけ安く抑えれば、資本家が取得する利益が増大するからである。しかも、資本家すなわち経営者は、往々にして「どれが業務で、どれは業務として認めない」と勝手に決める権限を持ち、不平を言ったり逆らったりする従業員をクビにする解雇権などというものも持っている。したがって、ちょっと間違うと労働者は奴隷にされかねない立場である。もちろん、近代社会において「奴隷」などというものは許されず、労働者の待遇は資本家が勝手に決めたりせず、労使双方の合意で決めるようにと法律は言っているのだが・・・。
2008年06月23日
日中戦争で起きた南京事件のとき、家族を日本軍に殺害された中国人女性を偽者呼ばわりして名誉毀損で訴えられた著者と出版社は、控訴審でも敗訴したと5月30日の「週刊金曜日」が報道している; 南京大虐殺の被害者・夏淑琴(シアシューチン)さん(79歳)が、書籍『「南京虐殺」の徹底検証』の中でニセ被害者扱いされたのは不当として、著者の東中野修道(ひがしなかのおさみち)氏(亜細亜大学教授)と出版社の展転社を提訴していた事件で、東京高裁(柳田幸三裁判長)は21日、原告・被告双方の控訴を棄却した。 夏さんは1500万円の損害賠償などを求めており、東京地裁は昨年11月2日、名誉毀損と名誉感情侵害を認め、翻訳版も含めて計400万円(弁護士費用含む)の支払いを被告らに命じていた(昨年2月23日号本誌参照)。 1937年12月、南京城内の夏さん宅に旧日本軍が押し入り、家族9人のうち7人が殺害され、当時8歳だった夏さんも重傷を負った。母と2人の姉は輪かんされたうえの殺害だった。夏さんは80年代以降、この被害・目撃体験を証言するようになった。 高裁審理で、被告らは新たな主張を展開し始めた。(1)夏さんの家族の遺体をマギー牧師が撮影したとされる16ミリフィルムがあるが、日本軍入城前に撮影されたものであり捏造だ、(2)マギー牧師によるフィルム解説文もあるが、同氏による創作文だ、(3)夏さん一家は中国軍に殺害された。 しかし高裁判決は、被告・東中野氏による一審陳述書で「フィルム解説文は、マギーの創作話(中略)などとは全く述べていなかった」とし、被告らの主張を切り捨てた。 原告側の渡辺春己弁護士は、「東中野氏は書籍の中で、マギーフィルムとその解説文を前提にして、それを都合よく解釈(誤訳)することで、夏さんをニセ被害者扱いした。一審でも、その流れに沿って主張していた。控訴審での主張は、苦し紛れの捏造としか思えない」と批判した。 夏さんは、「とても嬉しいです」「東中野氏本人に会い、私のことをなぜ偽の証人と言ったのか、それを聞きたい」などとコメントを発表した。 南京大虐殺否定派のウソにまみれた醜態が、ますます露わになってきたようだ。 星徹・ルポライター2008年5月30日 「週刊金曜日」704号 5ページ「南京虐殺被害者の夏淑琴さん 東京高裁でも勝訴!」から引用 東中野修道と展転社は、これ以上世間に恥をさらすのは止めたほうがいい。侵略戦争を反省しない日本人ということで、世界に恥をさらしている。日本という国に恥をかかせることを「反日的」というのではなかったか。東中野と展転社は反日的である。
2008年06月22日
ジャーナリストの本多勝一氏は、石原東京都知事の無知蒙昧ぶりについて、6日の「週刊金曜日」コラム「金曜日から」で次のように批判している; 石原慎太郎という東京都知事の「バカさ加減」について、日本記者クラブ会員の谷久光氏(『朝日新聞』社会部OB)から実話をきいた。書いてもいいとのことだから紹介しよう。 何年か前のある日、柳橋の料亭・亀清楼に、石原の一行が客として現れた。通された座敷の床の間にかかっていた平山郁夫の絵を見て、おかみに石原が言った -「こんな中国に土下座している絵描きの絵は不愉快だ。おかみ、はずしなさいよ」 この料亭は横山大観以来、日本美術院の大家に歴代愛用されたのでかれらの作品の多くを所蔵し、平山郁夫の師にあたる前田青邨の絵もある。おかみが即座に言い返した - 「お気に召さないのなら、今すぐ別のお店へお移りください!」 石原のこの「バカさ加減」は、おかみの旦那さんから谷氏が直接きいた実話である。大観から青邨・平山にいたる由緒も知らぬ石原であればこそ、いい気になってこんな態度もとるのだろうと谷氏は推測する。 確かに。こうした無知なくせに(無知だからこそか)倣慢な石原知事の態度は、こんな男に投票する都民の責任に帰すべきことを長らく私は論じてきたが、当の都民ももういいかげんに目覚めていいころではなかろうか。(本多勝一)2008年6月6日 「週刊金曜日」705号 66ページ「金曜日から」から引用 単純な石原慎太郎は「オレは客だから」という意識の上に「都知事でもあるし」「都民の間では人気もあるし」などと思い上がっての暴言だったかも知れない。しかし、こっちもそれなりの矜持を持って商売をしているわけで、おかみの一喝は痛快である。
2008年06月21日
いよいよ佳境に入った「サンデープロジェクト」では、次のような議論が行われました。(おとといと昨日のつづきです)行き過ぎて道に迷った 話はいよいよ「資本主義の限界」の核心に。「朝日」の星浩編集委員も交えて議論に-。 星 歴史を考えると、資本主義はまだしばらくは修正競争みたいなことをやる。もうさすがにもたないのか-。 志位 19世紀の資本主義は、社会的な規制がなかった。恐慌が起こってどうしようもないので、ケインズ主義という、政府が経済に介入して恐慌を抑える仕掛けをつくった。しかし、1870年代ぐらいで使えなくなって、(80年代以降)新自由主義に変わる。市場原理主義とよくいわれ、すべてを市場に任せる。しかし、その結果が、貧困、格差拡大で、環境問題でもどうにもならない。はっきりいって資本主義は道に迷っている。 田原 資本主義が道に迷ったから、志位さんにきてもらった。(笑) そこで志位氏が示したマルクスの言葉が画面に。「資本は、社会によって強制されるのでなければ、労働者の健康と寿命にたいし、なんらの顧慮も払わない」 「社会的な規制がなかったら、(労働者の)健康だって寿命だって、もうおかまいなし」と志位氏がいえば、田原氏は「いまは労働者自身が商品化されていくというわけか」と応じました。 「労働力を商品化するというのが資本主義の特徴。派遣労働は人間丸ごと商取引の対象にしていくやり方で、極端なところまでいってしまった」と志位氏は指摘します。 田原氏の「ルールなき資本主義とは何か?」との問いに、志位氏は、ヨーロッパと日本を比べると、日本では労働時間一つとっても残業の法的規制がないこと、派遣労働の問題でも、日本はノンルールで本当に「使い捨て」労働をやっている、あらゆる面でルールがない資本主義だと指摘しました。続いてこういうやりとりが-。 星 共産党のとりあえずの目標はルールの高い資本主義か。 志位 そうです。すぐに社会主義をというのは気が早いが、ルールのない資本主義から、ルールのある経済社会にすすもうということです。 田原 志位さんが考える国に近い国はどこか。 志位 国の名をいうのは控えるが、ルールある経済社会という点では、EUが目指すことは大いに参考になる。環境問題は自然の復讐 最後に志位氏が示したのは、「われわれ人間が自然にたいしてかちえた勝利にあまり得意になりすぎないようにしよう。そうした勝利のたびごとに、自然はわれわれに復讐(ふくしゅう)するのである」というエンゲルスの言葉です。 今でいえば、地球温暖化の問題への警告です。 「一番悪いのは経団連」「経団連が(CO2削減の)中期目標に反対している」という田原氏。志位氏は「ヨーロッパはかなり資本主義の限界いっぱいまで環境対策をやっていこうとしている。しかし日本は目先の利益だけで、ルールを持たない資本主義」と語りました。星氏は「いまの資本主義と共産党の主張との競争は、環境問題でかなりクリアに出ている」。 これを受けて志位氏は- 「環境問題は資本主義の枠内でも、まず解決のために最大限の知恵を尽くす必要があるけれど、『利潤第一主義』という資本主義で根本的に解決できるかが本格的に問われてくる」2008年5月25日 「しんぶん赤旗」日曜版 5ページ「資本主義 暴走もう限界?」から引用 このように、「サンデープロジェクト」でなされた議論を読み返してみると、科学的社会主義思想は昔はやった古い思想ではなく、現代と未来をも解明できる普遍的な思想であると言えるのではないでしょうか。
2008年06月20日
共産党の志位委員長は「サンデープロジェクト」に出演して何を語ったか、5月25日の「しんぶん赤旗」は次のように報道している; 「資本主義は限界か?」-日本共産党の志位和夫委員長が出演したテレビ朝日系番組「サンデープロジェクト」。貧困・投機・環境のテーマを中心に志位氏が語った内容のポイントは-。『蟹工船』やマルクス本 カール・マルクスの大写しで始まった番胆。司会の田原総一朗氏は「マルクスといえば、やっぱり共産党の志位さん。日本、世界の経済がどうなのか、じっくり聞きたい」。 小林多喜二の小説『蟹工船』の売れ行き急増、書店に並ぶマルクス本、サブプライムローンの破たん…田原氏は「マルクスが百年以上前に、将来は資本主義の限界が見えてきて、破たんすると。そういう状態になっているのかと思う人が多いけど…」と尋ねます。 志位氏は、「いまの派遣労働が、(『蟹工船』と)同様の奴隷的労働だと、非常に共感を集めています」と。世界でも日本でも、貧困と格差が広がり、投機マネーが暴れまわって穀物や原油に流れ込み、生活必需品を高騰させる。地球温暖化まで行き着いた環境破壊…。志位氏はこれらの事実にふれながら、「マルクスは資本主義の本性は『利潤第一主義』で、もうけ第一でともかく突っ走ると(いう)。この暴走が限界にきている」と指摘しました。 ソ連の崩壊、中国の現状をどう見るか-田原氏の問いに、志位氏は、チェコやアフガンを侵略するなどのごうまんなソ連の大国主義を批判しながら「社会主義とはいえない」と語り、ソ連共産党がつぶれたときには日本共産党として歓迎の声明まで出したことを説明しました。また、中国はいろいろな模索や試行錯誤をしているが、市場経済と計画的な部分をうまく組み合わせて社会主義の方向に進もうとしていること、これは晩年のレーニンも探求した道で、中国は中国なりに、ベトナムはベトナムなりに取り組み、成果をあげていることを紹介しました。世界を壊す過度な投機 「いま一番聞きたいのはアメリカのサブプライムローン(低所得者向け高金利型住宅ローン)」と質問した田原氏。頭金がないし、最初は金利がほとんどなく、安く借りやすい。ところが3年、4年で(金利が)ガーンと上がり、住宅価格も下がって借金が返せない…。どうしてアメリカの資本主義が発達してこんな詐欺商法に? ここで志位氏は1枚のフリップを-マルクスの『資本論』の言葉です。 「信用制度が…過度投機の主要な艇子(てこ)として現れる」「信用制度は…他人の労働の搾取による到富(ちふ)を、巨大な賭博とペテンの制度にまで発展させる」 「サブプライムローンは賭博とペテンか」と驚く田原氏。志位氏は、「過度な投機」というところが問題だとして、次のフリップを見せます。金融経済と実物経済の比較表。実物経済より金融経済が「ドーンと伸びている」(田原氏)のです。 「50兆ドルぐらいの余ったお金が世界中を排徊(はいかい)して、原油や穀物に流れ込んで、一番困っているのは世界の庶民と発展途上国。食糧危機で暴動まで起きている。非常に深刻な限界が表れている」(志位氏) 田原氏は、ニューヨーク株価よりも日本の株価、競争力が落ちたのはなぜ?と問いかけます。 志位氏は、株価下落の根本は、日本の経済が『外需頼み、内需ないがしろ』になっていることだ、と指摘。伸びているのは輸出で、「繁栄」しているのは一部の輸出大企業だけ。内需犠牲で外需を強くすればいいというやり方が行き詰まったとのべました。 「経済のあり方を内需主導で、家計を大事にしてテコ入れし、経済が健全に発展する方向をとるべきだ。そうしないと、長期的には、国際競争力にしても長期の展望が出てこなくなる」働くルール破壊が根源 「貧困の一番の根源は、人間らしい労働のルールが壊されていること」という志位氏。年収200万円以下の給与所得者数が1千万人を超えたこと、派遣労働が自由化され業種が拡大したことをあげました。 志位氏は、「大洪水よ、わが亡きあとに来たれ!…」(『資本論』)とのマルクスの言葉を紹介しました。 フランスの皇帝ルイ15世の愛人があまりにもぜいたくざんまいで、国家経済が被たんするといわれ、「それだったら私が死んでからにしてよ」といった有名な言葉です。 志位氏は「大洪水がくるなら死んだあとにしてという。日本語でいえば『あとは野となれ山となれ』ということです」「短期のもうけは考えるが、長期の日本社会や経済の発展、とくに人間を大事にすることが欠けている」と語りました。2008年5月25日 「しんぶん赤旗」日曜版 4ページ「資本主義 暴走もう限界?」から引用 目先の利益ばかりを追いかけ、20年後、50年後、我々の子孫の代にどのような社会を引き継がせるのかという思慮を欠いた経済活動は、修正されるべきだと思います。
2008年06月19日
テレビの人気番組「サンデープロジェクト」に日本共産党の志位委員長が出演したときのことを、5月25日の「しんぶん赤旗」日曜版は次のように紹介している; 「資本主義が道に迷ってわからないから、志位さんにきてもらった」。司会の田原総一朗氏の求めに応じて、日本共産党の志位和夫委員長が、テレビでカール・マルクスの言葉も紹介しながら30分間、暴走資本主義の問題点を語りました。これまでにない企画が話題をよんでいます。 舞台は、テレビ朝日系で放映された「サンデープロジェクト」(18日)です。題して「資本主義は限界か?」。 日雇い派遣や請負など非正規雇用労働者の急増。ワーキングプア、貧困の広がり。奴隷労働の実態を描いた小林多喜二の小説、『蟹(かに)工船・党生活者』(新潮文庫)が3月から5万7千部増刷されました。この数ヵ月間は100倍のペースで売れています。 そんな今の時代を『反貧困』(岩波新書)の著者、湯浅誠さん(NPO法人自立サポートセンター・もやい事務局長)は、こんなふうに語ります。 「『蟹工船』やマルクスに関心が集まるのは、みんなが自分の置かれた立場を自覚し始めたということなんだと思います。こうした関心や自覚が、声をあげるステップになれば心強いですね」 「蟹工船」読書エッセーコンテストで大賞を受貫した東京都の山口さなえさん(26)は、「志位さんが、日本の資本主義はヨーロッパの国々と比べてもルールがなくて、働く人がぜんぜん守られていないといっていましたが、私たち若い労働者もその犠牲になっていると思う」と話します。 「私たちの世代は、資本主義でいい思いなんて何もしていない。高校時代、就職希望していた同級生の半分はフリーターになりました。『蟹工船』で描かれている労働者の苦しみのリアリティーが現在に近い感じがします。志位さんが紹介したマルクスの言葉にはびっくりしました。資本家がペテンまでしてもうけるなんて、偽装請負そのまんまじゃないですか。マルクスにも興味がわいてきました」 ◇ 「貧困・投機・環境」の三つの言葉をキーワードに、「ルールなき資本主義」から暮らしを守る「ルールある経済社会」への転換を熱っぽく語った志位委員長。その内容はー。2008年5月25日 「しんぶん赤旗」日曜版 1ページ「新鮮 マルクス」から引用 マルクス主義を理解するということは、世の中の仕組みがどうなっているかを学ぶことです。世の中の仕組みが分かれば、一生懸命働いても豊かな暮らしが得られないとき、どこにその原因があるのか、わかってくる。そこでその原因を是正して、より良い社会が出来上がるというシナリオができるわけです。
2008年06月18日
太平洋戦争に動員されて戦死した朝鮮半島出身の日本軍軍人・軍属は2万数千人いるといわれているが、日本政府はこれを公表せず、遺族から申請があった場合にのみ開示している。こういうことでは、やがて朝鮮半島出身者にも戦死者がいたという記憶は葬り去れる危険がある。こういう情報は社会的に記憶される必要があるという主旨で、一民間人の努力で朝鮮人戦死者の名簿が完成したと、5月27日の朝日新聞が報道している; 旧日本軍の軍人・軍属としてアジア・太平洋戦争で死亡した朝鮮人2万数千人分の名簿が完成した。東京都立川市の元塾講師菊池英昭さん(66)が10年余りの歳月をかけて作った。植民地支配下で動員された朝鮮人がいつ、どこで戦死したかの全体像を知る貴重な資料。解説を付け、出版する予定だ。 旧日本軍の戦死者名簿は厚生労働省が保管しているが、家族以外に開示されていない。菊池さんは韓国訪問を重ね、71年に外務省から韓国政府に渡り、韓国の国立大や遺族会が持つ「旧日本軍在籍朝鮮人死亡者連名簿」のコピーを集め、戦死者一人ひとりの名前、死亡日時、死亡場所を、所属部隊、出身別に分類する作業を続けた。 名簿は手書きで順不同に書き連ねられ、重複や抜け落ちも多い。一人ずつパソコンに打ち直していくうちに、10年余が過ぎていた。 名簿作りを思い立ったのは、93年ごろ。従軍慰安婦にさせられた女性が初めて補償を求めた裁判にかかわった。そこで戦死者名簿の存在を知り、20代の若者ばかりが並んでいることに気づいた。大学で学び、就職して不自由なく暮らす自分と重ね、胸を突かれた。 「いつ、誰が、どこで死んだのか。一つずつ積み重ねることで、戦争の真実に近づけるのではないかと思った」 名簿の編集を通じて気づいたことがある。45年3月10日に海軍芝浦施設部の深川宿舎で113人が死亡した。菊池さんは東京大空襲の犠牲者とみる。その大半は韓国東南部の慶尚北遭出身だった。 菊池さんは06年冬、韓国から強制的に動員された人たちでつくる「太平洋戦争犠牲者遺族会」に完成間近の名簿を手渡した。昨春、一部が韓国の地元紙に掲載され、数人の遺族が肉親の消息をつかむことができた。ある遺族は「よくやってくれた」と菊池さんに焼酎2本を贈ったという。 日本の植民地時代に動員された朝鮮半島出身の軍人・軍属は24万3992人で、約2万2千人が戦死したとされている。名簿はそのほとんどを網羅しているとみられ、正確な人数は今後調べていく。 「忘れ去られることのないように」。その一心で編集した名簿は、海を隔てた二つの国をつなぐ架け橋の一つになろうとしている。 戦後補償問題に詳しい内海愛子・恵泉女学園大名誉教授(日本アジア関係史)の話 日韓の歴史をめぐる「和解」は言葉だけでは進まない。肉親がいつどこで亡くなったか知らないままの遺族が韓国にはまだ多く、手がかりとなる資料を日本側が編集した意味は大きい。 (安田桂子)2008年5月27日 朝日新聞朝刊 14版 34ページ「朝鮮人戦者の名簿完成」から引用 朝鮮人戦死者の名簿を作成したのは、日本人の良心の証です。このような努力の積み重ねが、日韓両国民の真の和解に役立つことを祈ります。
2008年06月17日
農林水産省が、米価下落で農家の生計が困難になることを防ぐために必死で減反指導をしている矢先に、政府高官が「減反は見直すべきだ」などと場違いな発言をして、物議をかもしている。3日の北海道新聞は次のように報道している; 町村信孝官房長官のコメの生産調整(減反)政策の見直し発言に、農林水産省や農業関係者の間で困惑が広がっている。農水省は2008年産の生産調整を強化する方針を打ち出し、コメ農家も一致協力で動きだした直後だからだ。生産現場に今後、混乱を招く可能性もある。 町村氏は5月末の講演で、「世界で食料不足の国があるのに、日本で減反しているのは申し訳ない」と述べ、国内自給率向上の一環として減反政策の見直しを取り上げた。 この発言に対し、自民党の加藤紘一元幹事長は「コメ価格が下がり、大変なことになる」とテレビ番組で反論。民主党の鳩山由紀夫幹事長は1日の会見で、「減反は一刻も早くやめるべきだと申し上げてきた」と同調しながらも、「自公連立政権の農業政策に大きな誤りがあった」と指摘した。 白須敏朗農水事務次官は2日の会見で、「農業政策の見直しは今後も適切に進めていきたい」と町村氏に配慮しつつも、生産調整の見直しは否定。政府間の見解の食い違いに、動揺を隠せなかった。 農水省が神経質なのは、コメは農政の根幹だからだ。昨年の米価下落では販売農家の下支えのため、異例の緊急対策を実施。08年産米では10十万ヘクタールの作付面積を減らし、農協や各市町村にコメづくりの各段階で監視を強め、確実な生産調整の実施を促したばかりだ。 07年産で過剰作付けの多かった県を今年は重点県とし、生産調整を働き掛けてきただけに、「コメ生産の奨励と受け取られてはかなわない」と農水省幹部は悩ましい表情だ。 コメの国際価格が高騰しても、日本米のほうがまだ数倍高い。日本はアジアの富裕層に高級米の輸出を増やす方針だが、余剰米を単純に輸出できる状況にはなっていない。 一方、40年近い減反政策は、町村氏が指摘するように必ずしも成功しておらず、道内の農協関係者は「国内の供給体制と世界の食料問題の解決に向けた議論が活発になることを期待したい」と話す。 町村氏は2日午後の会見で「(今年の生産調整を)急に変えるという訳ではない。少し先の政策の方向性について話をした」と理解を求めたが、論議がさらに広がる可能性もありそうだ。2008年6月3日 北海道新聞朝刊 16版 8ページ「町村氏『減反見直し』発言に困惑と動揺」から引用 官房長官という要職にありながら、政府がどのような問題をかかえてどのような政策を実施しているのか、明確な認識を欠いて、食糧自給率ときたら「減反をやめよう」では、子ども並の発想である。その程度の人物によくもまぁ官房長官が務まるものである。
2008年06月16日
本州や四国・九州に比べて少し早く夜が明ける北海道の札幌では、商工会議所が音頭をとってサマータイムを実施している。といっても、それに参加している企業は昨年30社のみだった。今年は増えたとは言え180社である。3日の北海道新聞は次のように報道している; 省エネや経済効果があるとして札幌市内の一部企業などで2日からスタートした、夏季の出退勤時間を一時間早めるサマータイム。環境問題が主要テーマの洞爺湖サミットを控え、にわかに法制化の動きが活発化するなど制度導入が現実味を帯びてきた。しかし、医学会から「健康に悪影響」と反対を求める声が出ているほか、長時間労働の助長を懸念する声も。果たして制度の行方は-。 「参加企業は増えているが、まだ少ない。取り組みを広めるためにも法制化が望ましい」。制度の旗振り役として2004年から導入実験に取り組んできた札幌商工会議所。制度開始で、通常より1時間早く出社した小間光雄総合企画部長は、こう力を込めた。 期待を膨らませるのは「予想以上」の洞爺湖サミット効果が出ているからだ。今年、サマータイムに参加予定の市内の事業所は約180と昨年の約30を大きく上回った。 国会では超党派の国会議員連盟が、サマータイム制度を導入する法律の今国会成立を目指す動きが浮上。福田康夫首相も「やってない日本は異例」と前向きな姿勢を見せるなど、導入論が強まっている。 一方、こうした動きに対し、精神科などの医師らでつくる日本睡眠学会(東京)は同日までに自民、民主など各党に導入反対を文書で申し入れた。 サマータイム推進派は、導入の利点として(1)余暇の有効活用(2)個人消費増加による経済波及効果(3)省エネ-などを挙げるが、同学会によると、睡眠不足による健康への悪影響のほか、制度を導入した欧米諸国では交通事故が増えるなどの研究結果もあるという。 連合北海道の村田仁事務局長も「サービス残業が改善されない中では、さらなる長時間労働を招く恐れがある。時間をかけて議論すべきだ」と慎重な対応を求めている。 内閣府が07年に行った世論調査では、制度導入に「賛成」は約57%で、「反対」は29%。しかし、同学会サマータイム制度に関する特別委員会委員長を務める本間研一北大医学部長は「効果ばかりが強調されて弊害が国民に十分認識されていない。サミットだからと、なし崩しに導入すべきではない」と訴えている。2008年6月3日 北海道新聞朝刊 16版 2ページ「サマータイム 医学会、労組に異論」から引用 サマータイム推進派の言い分では、これを実施すると「余暇を有効に利用できる」とか「それによって個人消費が増加する」などと勝手なことを言っているが、根拠に乏しいと言えるのではないか。サマータイムを実施するしないに関わらず、一日は24時間である。1時間早く起床したら、その分早めに就寝しなければ寝不足になるのは当たり前だ。 省エネになるという点については、詳しい説明を聞いてみたいものだ。オフィスに電灯をつける時間がどれくらい短縮されて、どの程度の経済効果が出るものなのか、札幌市商工会議所がそういうデーターを開示できれば、それなりに推進派を支援することになるかもしれない。
2008年06月15日
東京大学教授で法哲学専門が専門の井上達夫氏は、4日の読売新聞に寄稿して、死刑制度が現代市民社会に相応しくない理由を次のように述べている; 4月22日、光市母子殺害事件の差し戻し控訴審判決で、犯行時18歳の少年だった加害者に死刑判決が下された。厳罰化を求める近時の世論に司法が応じる傾向の一端である。妻子を惨殺された本村洋氏の悲憤は身につまされ、死刑廃止論者に対し、「おまえの肉親が同じ目にあっても、死刑廃止を求められるのか」という怒りを含んだ反問が向けられる気配すら濃厚である。しかし、このような状況だからこそ、死刑制度の存続や適用拡大を求める人々に、私は冷静な再考を促したい。 裁判員制実施控え まず、死刑制度の倫理的代償を直視しよう。裁判制度は神ならざる人間が運用する以上、冤罪(えんざい)・誤判の可能性は除去できず、「死に値する極悪人の生命」だけでなく、無実の者の生命が犠牲にされる可能性をゼロにできない。さらに、死刑制度の適用者・執行者が「司法的殺人」への加担により負う倫理的な傷がある。殺人の合法化は正当防衛や戦争の場合にもあるが、これらは基本的に「殺さなけれぱ殺される」という限界状況での殺人なのに対し、死刑執行は、身柄を拘束され攻撃能力を剥奪(はくだつ)された者の殺害、ときに己の罪を深く改俊した者の殺害であり、しかも終身刑のような攻撃能力剥奪を恒久化する代替手段があるにも拘(かか)わらずなされる殺害である。その倫理的な傷は一層深い。この傷は民主国家においては、司法的殺人を要請する法律を立法府に制定・存続させている主権者国民も負う。多くの国民はこの傷を自覚していないが、裁判員制度の実施は自覚の機会を与えるだろう。 他方、死刑制度の主な倫理的効用とされてきたのは犯罪抑止効果であるが、抑止力論は実証的研究により反証されている。例えば、日本より治安が悪く死刑の抑止力が期待される米国において、2005年時点の統計で、死刑制度のない州の殺人率の合算値は死刑制度をもつ州のそれより過去10年間常に低く、差は拡大傾向にある。実際、存置論者の間でも、抑止力ではなく、被害者遺族の復讐(ふくしゆう)感情や社会の応報感情の満足がいまや主たる論拠になりつつある。 以上を踏まえれば、問われるべき問いは、「被害者・遺族の人権より、犯罪者の生命保護や更生機会保障を優先すべきなのか」ではなく、「少なくとも同等の抑止力をもつ代替制度が採択可能なのにも拘わらず、被害者遺族の復讐感情やそれに同感する人々の応報感情の満足のために、誤判による無実の者の処刑や、司法的殺人への国家機関と国民の加担という倫理的代償を払ってでも、死刑制度を維持すべきなのか」である。裁判員制度実施後は自ら死刑判決に関与する可能性をもつ国民一人一人に、この問いを真撃(しんし)に問うことを私は求めたい。 復讐心からの解放 遺族の悲憤の根底にあるのは、犯人は種々の手続的保護をうけ更生の配慮までされているのに、苦しまされている遺族は法に置き去りにされ、公的支援や社会的なケアも十分受けられず、大衆的好奇心の餌食にされさえしているのは不公平だという義憤である。司法的殺人による復讐の国家的代行の要求は問題があるとしても、この義憤は正当である。 本村氏は、遺族が立ち直るためには、「社会とつながっている意識を持ち、孤立感を払拭(ふっしょく)させてあげることが重要だ」と指摘し、被害者・遺族の支援体制の整備拡充を求めたが、被害者と遺族の人権はまさにこのような施策でこそ保障すべきものである。それは自らをも苛(さいな)み続ける復讐心の呪縛(じゅばく)から遺族を解放するためにも必要である。2008年6月4日 読売新聞朝刊 12版A 19ページ「『死刑の代償』負う国民」から引用 死刑に犯罪抑止力がないことが学問的に明らかにされ、今や死刑制度賛成論者でさえ、賛成の理由に抑止力を挙げない世の中になった。残された問題は、被害者家族の復讐感情と社会の応報感情である。人の命を奪った者は自らの命をもって罪を償うべしという野蛮な発想を脱却し、被害者遺族の孤立感を払拭する支援体制を整えることが、文明国のあり方だと思います。
2008年06月14日
在日アメリカ軍兵士が日本でレイプ事件を起こし、裁判所で損害賠償の支払いを命じられたにもかかわらず、米軍当局は犯人のアメリカ帰国、すなわち逃亡を許し、仕方がないから被害女性には日本政府が、判決で言い渡された300万円を支払うという、日本国民としてはまことに納得しがたい事件の顛末を、5月30日の「週刊金曜日」は次のように報道している; 2002年に横須賀基地所属米兵に性暴力被害を受けたオーストラリア人女性に対し、防衛省は、加害者及び米軍が支払うべき300万円の肩代わりをすることを5月19日、決めた。 この事件は日本の検察が不起訴を決定したが、民事訴訟で被害者が勝訴、加害者に対し300万円の賠償金支払い命令が出ている。だが加害者は帰国して行方が知れず、日米地位協定で、その場合に「見舞金」を支払うことになっている米軍は、2年の請求期限を越えているとして支払いを拒んだ。そのため、地位協定では救済されない被害者の救済措置について定めた1964年の閣議決定を適用し、防衛省が300万円を肩代わりすることを決めた。レイプ被害者に支払われるのは初めて。 不起訴後も闘い続け、防衛省と交渉して支払いを勝ち取った女性は会見で「防衛省が私にお金を払うことにしたことについては感謝している」としながらも「納税者としてどうお考えになりますか。あなたがたが払ったお金がレイプ犯のために使われると考えたらどうでしょうか。なぜ日本人が米兵の犯罪のために税金を払わないといけないのか」と、本来なら米国が支払うべきであることを強調。さらに日本人の米軍犯罪被害者が救済を得られないままにされてきたことにも言及し「地位協定を平等にすべき」と述べた。 また、女性が、レイプ被害後に駆け込んだ横須賀警察署で診察も受けられないまま12時間も拘束されるなど不当な扱いを受けたとして神奈川県を相手に起こしている国家賠償請求訴訟の控訴審が26日、東京高裁で始まった。「被害者の保護は警察の義務ではない」という立場の県側は「犯罪捜査として事情聴取をした。保護のための聴取ではない」と言い張るが、原告代理人の中野麻美弁護士は「被害者に安心を確保することが被害を拡大するかどうかに大きな影響があることは確立した知見。被害者を守ることも警察・司法関係者の最も大切な責務であるということは確立している。それに配慮できないということは、一般的に言えばそれ自体が不法行為。損害賠償請求の対象になる」と主張する。 性暴力被害者の警察における保護体制は人権に関わる重大な問題で、高裁の判断が注目される。2008年5月30日 「週刊金曜日」704号 5ページ「米兵レイプ被害女性に防衛省が300万円の『見舞金』支払う」から引用 日米地位協定は日本とアメリカの間の問題であって、オーストラリア人から四の五の言われる問題ではないはずなのだが、このような事態に立ち至ってしまったのでは、我々日本人もやはり地位協定がこのままでいいのか、よく考えてみる必要があるのではないか。
2008年06月13日
テレビ番組「サンデープロジェクト」で流れた日本共産党・志位委員長のインタビューが好評だったそうで、元ワイドショー・プロデューサーの仲筑間卓蔵(なかつくまたくぞう)氏は、1日発行の「しんぶん赤旗」日曜版のコラム「メディアをよむ」に次のように書いている; 5月18日放送の「サンデープロジェクト『資本主義は限界か?』」(テレビ朝日系)に登場した日本共産党の志位和夫委員長インタビューが好評です。「ルールのない資本主義」から「ルールのある経済社会」への道がわかりやすく説明されていました。それにしても、『資本論』の文句が次つぎ引用される番阻なんて、私は初めて見ました。 視聴率は8・0%でした。前週の同番姐の「特別企画・激動の時代を生きた3人が語る青春秘話と若者たちへの熱きメッセージ」(不破哲三・日本共産党前議長、中曽根康弘元首相、土井たか子元衆院議長の3氏が出演)も8・1%(ビデオリサーチ調べ)。以前の4週の平均視聴率が7・4%なので、この2回の好評さがよくわかります。 他局の報道番組担当者は、「よくやるねえ」と驚いていますが、社会に対する感度の違いだと思います。政治への要求を掲げて何万人もが集会を開いたり、デモ行進したりしても無視するのが日本のメディアの常でしたが、最近は少しずつ変化しているのです。 5月1日のメーデーを「読売」が大きく伝え、憲法記念日の論調も多くの新聞に「活憲」論が目立ちました。 各紙が大きく取り上げた小林多喜二の『蟹(かに)工船』が若者に人気という話題もそうです。「現代日本で多くの若者たちの置かれている状況が『蟹工船』の世界に通じている」からです。過酷な派遣労働の実態を国会で追及した志位さんを登場させ、「ネットでモテモテ ウルトラC(志位)なるか」と特集で紹介した新聞もあります。(「毎日」5月21日付) 政治への怒り、「九条の会」の広がり…。国民の切実な要求から目をそらさないことが、メディアが「支持される」ことにつながると気づき始めたのでしょうか。2008年6月1日 「しんぶん赤旗」 35ページ「メディアをよむ-『資本論』と社会への感度」から引用私たちの社会におけるメディアの役割は、権力への批判と監視です。メディアが健全に機能することによって、私たちは社会をまともに発展させることができます。
2008年06月12日
現在は特別措置法で派遣している自衛隊を、毎年期限ごとに延長手続きをするのが面倒だから、恒久法にしてしまおうという横着な策謀が始まったと5月24日の朝日新聞が報道している; 与党は23日、自衛隊を憲法の枠内でいつでも海外派遣できる恒久法(一般法)を検討するプロジェクトチーム(PT)を立ち上げた。期限がある特別措置法では、外交・安保政策に支障を来すからだ。ただ、公明党には慎重論が根強く、与党内の火種になりかねない。 国会内で開かれたPT初会合の後、さっそく自公両党の温度差が浮き彫りになった。 座長の自民党の山崎拓外交調査会長は「次の臨時国会に政府が法案を提出できるように、環境整備をしたい」と説明。横にいた座長代理の公明党の山口那津男外交安全保障調査会長が「補足する」と言って付け加えた。「立法ありきとか、国会提出ありきとか、初めから決め打ちして議論するのではない」 この日は、今後(1)国連決議の有無(2)活動のメニュー(3)憲法9条との関係(4)国会の関与-の4点を議論し、今国会中に法案の「要綱」をまとめることで合意。6月12日まで6回の会合日程も決めた。 四つの論点のうち最も隔たりが大きいのが憲法9条との関係だ。自民党内では、06年に「武器使用基準の緩和」を盛り込んだ恒久法の素案をまとめた。これは、9条が禁じる「海外での武力行使」につながりかねない。公明党の太田代表は23日の記者会見で「議論は容認するが、当然、憲法の枠内だ」とくぎを刺すことを忘れなかった。 自衛隊の海外派遣に慎重な公明党が自民党の求めに応じてPTの発足を認めたのは、昨年秋の福田首相と民主党の小沢代表による党首会談がきっかけだ。首相と小沢氏が恒久法の必要性で一致し、大連立構想を打ち上げたことで「自民党と民主党に置いていかれては困る」(公明党幹部)との危機感が芽生えた。 防衛省不祥事などでPTの発足は遅れたが、今月17日の首相と太田代表の会談を受けてようやく協議入り。それでも公明党には「今国会中の要綱作成は無理。党内には慎重な人が多い」(幹部)という意見が大勢だ。 ただ、自民党には急がなければならない事情がある。インド洋で給油活動をするための補給支援特別措置法は、ねじれ国会下で2度の臨時国会延長を経て、ようやく成立させた。その特措法も来年1月に期限が切れる。さらに、来年7月にはイラク派遣の特措法も期限切れを迎える。 そこで、恒久法に前向きな議員が多い民主党と政策協議を始める呼び水にしようと狙っている。ただ、民主党の鳩山由紀夫幹事長は23日の会見で「こんな低支持率の福田政権が野党もまとめながら恒久法を制定できるとは思えない」とつれなかった。2008年5月24日 朝日新聞朝刊 14版 4ページ「恒久法与党に温度差」から引用 専守防衛が目的の自衛隊を海外派遣するのは憲法違反であるとする野党と、しかし派遣は必要であるとする与党の話し合いの結果、では特別措置法でということになったのが、現在の状況である。それを今度は恒久法にというのは、前回は既成事実を作るため与党がウソをついたということである。公明党も野党も、自民党のこういうペテンに引っかかってはならない。自衛隊をどうしても派遣するというなら、武器は一切持たない、米軍への役務供与は一切しないという条件をつけるべきである。 それにしても、上記の記事では公明党は支持者すなわち有権者に配慮して「あくまでも憲法の枠内だ」と姿勢をはっきりさせているのに、自民党は有権者の意向なぞどこ吹く風で、アメリカの走狗になることしか考えていないみたいだ。
2008年06月11日
年金制度を維持していくための財源として消費税を当てようという政府与党の案に対して、軍事費を削減してその分を財源にまわすべきという投書が5月24日の朝日新聞に掲載されている; 「消費税9・5~18%の試算」に、ちょっと待てと言いたい。家計でも支出を見直すのが先。財源を税か保険か、どちらかで賄わざるをえないという前に、軍事費はこれでいいのだろうか? 医療も介護も崩壊の危機に瀕(ひん)している。非正頻雇用で希望が持てず、貧困が広がる一方の日本に漁船を沈めた記憶も生々しい高価なイージス鑑が6隻もある。身の丈以上の軍備と感じるのは私だけだろうか? 自衛隊は災害時に出動してくれるだけで結構。四川大地震で活躍してくれるのはありがたいが武器は不要だ。ミサイル防衛の演習より外交の方が大切。武力に税金を使って欲しくない。社会保障の財源を論じる時、軍事費への切り込みを望む国民は多いのではないか? 命は何より貴いはずなのに、受診を控え介護をあきらめ、生活保護も受けられず餓死に追い込まれる。そんな国民が軍事費だけは贅沢(ぜいたく)をしているなんて情けない話だ。2008年5月24日 朝日新聞朝刊 13版 15ページ「声-支出を見直し軍事費減らせ」から引用 元々自衛隊は米ソの冷戦があって、もしかしたらソ連や朝鮮が日本に侵攻するかもしれないという状況下で「専守防衛」を旨として設立されたものであった。しかし、今や冷戦は消滅し朝鮮も他国を侵略どころか自国に餓死者が出るほど国力は疲弊してしまっている。今では、日米政府は自衛隊の新しい任務として、米軍の下請けになって、アメリカ帝国主義が目を付けた中東やアフリカで局地戦を担うことである。このような「任務」は、当然のことながら日本国民が望むところではない。国民が望むのは平和に貢献する活動であるから、武器はいらない。したがって、今後新たに武器を購入する必要はないし、今ある武器も少しずつくず鉄として処分し、自衛隊は災害救助隊に衣替えするべきである。
2008年06月10日
在日米軍の兵士が暴行事件を起こし、300万円の賠償金を支払えとの民事判決が出たにもかかわらず、当の米兵も米軍も米政府もこの判決を無視しているので、仕方が無いから日本政府が変わりに支払ったという事態に対し、これに抗議する投書が5月24日の朝日新聞に掲載された; 横須賀で6年前に起きた米兵の暴行事件で、被害者のオーストラリア女性に防衛省が300万円の見舞金を支払った(20日朝刊)。驚くと同時に憤激を覚える。 気の毒な被害者には、300万円の賠償を命じた民事判決通り支払われるべきだ。しかし、米兵本人や米軍、米政府に代わって、日本政府がなぜ支払う義務があるのだろう。国民にこの件で過失があっただろうか。もしあるとすれば、不合理な日米地位協定を許していることだろう。 日本側が支払った背景には地位協定の規定や米国法の時効、44年前の閣議決定があったそうで、いわば日米の法律や協定の隙間(すきま)が原因のようだ。 それならば、この際、隙間を埋めるための超法規的な「思いやり」を米政府に求めて、立て替え分を請求すべきである。金銭的思いやりは日本側が出してばかりいるが、日米両国が対等という考えに立てば、無理な請求ではない。 見舞金を支払った防衛省には、何でも金で解決しようとする姿勢が以前から見られた。今回の決定に関与した人たちに猛省を促したい。2008年5月24日 朝日新聞朝刊 13版 15ページ「声-米兵の後始末 なぜ防衛省が」から引用 裁判に訴えられて賠償金の支払いを命じられたのは米兵であるから、実際には日本政府が出したカネは裁判所が指示した「賠償金」ではないが、それでは何故今回日本政府が支払ったのかというと、これが米兵が起こした事件だからである。今回の日本政府の対応は、とても日本国民が納得できる話ではない。
2008年06月09日
アイヌの人々が先住民としての権利を求めて、政府に要請書を提出したと、5月23日の朝日新聞が報道している; アイヌ民族最大の団体「北海道ウタリ協会」(加藤忠理事長)は22日、町村官房長官に対し、政府として先住民族と認めることや、民族の権利に関する有識者懇談会を首相官邸に設けるよう求める要請書を渡した。権利尊重などをうたう国会決議の動きもあり、それが採択されれば政府は有識者懇談会を設置する方針だ。同協会は国会周辺でアピールの行進をした。 この日は、超党派の国会議員でつくる「アイヌ民族の権利確立を考える議員の会」も参加。先住民族と認めて権利尊重をうたう国会決議をめざして23日に文案をまとめる予定で、新たに国民新党の亀井静香代表代行と社民党の福島党首が加わった。2008年5月23日 朝日新聞朝刊 14版 33ページ「『アイヌ先住権』求め行進」から引用 わが国政府が先進国の名に恥じない立派な人権政策を実行するよう希望します。
2008年06月08日
対朝鮮外交について、方向性の異なる議員連盟が発足したと5月23日の朝日新聞が報道している; 対北朝鮮外交で立場の異なる議員連盟が22日、相次いで発足した。超党派訪朝団をめざす「日朝国交正常化推進議員連盟」に対し、強硬論を唱える自民党の「北朝鮮外交を慎重に進める会」も発足。「北風と太陽」ともいえる対照的なグループがにらみ合うことになりそうだ。 超党派議連は自民、公明、民主、共産、社民、国民新の各党議員ら約40人が出席。会長には自民党の山崎拓元幹事長が就任し、顧問には民主党の管直人代表代行、公明党の東順治副代表、社民党の福島党首らが名を連ねた。山崎氏は「日朝平壌宣言から6年近く、拉致被害者5人と家族が帰国したが、その後は懸案が進展していない。議員外交の立場で政府を後押ししたい」と語った。 一方、下村博文衆院議員や山本一太参院議員ら6人が立ち上げた自民党議連は同日、中山恭子首相補佐官を招き、拉致問題の解決に向けて「圧力」を前面に掲げた。会合後、山本氏は「国交正常化の急速な動きには、くさびを打ち込んでいきたい」と超党派議連を牽制(けんせい)した。2008年5月23日 朝日新聞朝刊 14版 4ページ「『北風と太陽』両議連が発足」から引用 私は超党派議連の主張に賛成である。隣国同士で国交が無いのは異常な状態だ。日本による植民地支配が終わってから60年以上たったのだから、そろそろ国交を正常化するべきである。元々健全な外交関係があれば、拉致事件のような不祥事を未然に防ぐこともできたはずである。その点、自民党の下村議員らの考えていることは理解ができない。国交正常化と拉致問題を同じ天秤にかけたのでは、相手が硬化するだけで、拉致問題の真相はますます我々から遠ざかっていくだけである。
2008年06月07日
ドイツでは中高生が、ナチス時代のドイツ軍がどのように弾圧を行ったかを体験者に取材し、その結果を新聞にして発行していると5月21日の朝日新聞が報道している; 第2次大戦下、ナチスの弾圧をきちんと報じなかった当時のメディアに代わり、中高生らが体験者に取材してつくる「バイセ・フレッケン(余白新聞)」がドイツで発行されている。隣国ポーランドやチェコの若者も参加。「歴史対話」の試みとして注目を集めている。 異なる文化や歴史背景を持つ若者同士の対話を進める独の民間団体「ステップ21」が発行。公募で選ばれた中高校生チームが取材・執筆する。「余白」には「埋められていない歴史のすき間」の意味があるという。06年1月の創刊号は独とポーランドの高校生が加害者と被害者の立場からナチス時代を検証。今年1月の第2号はチェコの若者が取材に加わり、3万部を発行した。 「ステップ21」は90年代後半の極右台頭を機に誕生。ドイツ人と移民系の若者同士の対話活動に取り組んできた。 虐待を祖父から聞いて育ったポーランド南部のオルクシユ第4高校に通うスキビヤウワカさん(19)は仲間5人で参加した。テーマは1940年に街の広場で繰り返しあったナチスの虐待行為。地下出版物などを頼りに取材を進めたが、問題は証人。旧兵士の団体からは「ドイツ(の新聞)に協力するのはいやだ」と拒まれた。広場で協力を呼びかけている時に通り合わせた老人(78)が自分の体験を証言してくれたこともあった。 「ポーランド人の記憶からドイツの行為は消えないけれど、若い私たちなら対話ができる」と取材チームのリーダー、カラウスさん(18)。 余白新聞の責任者、ベルシユケさんは「独とポーランド間の追放被害者問題や共産主義時代にもテーマを広げたい」と話す。2008年5月21日 朝日新聞朝刊 13版 10ページ「ナチス圧政 生徒取材」から引用 自分の国の歴史を正しく理解しようというドイツの人々の姿勢は尊敬に値します。それにひきかえ、日本では自国の歴史を正しく記述した教科書を「自虐的」だなどと言います。ドイツの「ステップ21」は極右勢力の台頭をきっかけにスタートしたそうですが、日本では右翼政治家が首相になったり公開前の映画を事前に見せろなどと言ってみたり、やりたい放題です。そうなると、やはり、日本は本当に侵略戦争を反省したのだろうかという疑問が出てくるわけです。
2008年06月06日
わが国の少数民族問題について、5月21日の朝日新聞は次のように報道している; 東京や千葉など関東地方に住むアイヌの人々でつくる「アイヌウタリ連絡会」(丸子美記子代表)が20日、内閣官房と文部科学、外務、国土交通各省に対し、アイヌ民族としての権利を求める5項目の要辞書を渡した。(1)アイヌ民族を日本の先住民族と認知し、政府が歴史的、政治的責任を明らかにして謝罪すること(2)北海道外のアイヌ民族を含む全国規模の民族政策のための実態調査をすること(3)政令で北海道だけが対象になっているアイヌ文化振興法の見直し-などを求めている。2008年5月21日 朝日新聞朝刊 14版 33ページ「関東アイヌ団体が要請」から引用 わが国政府がアイヌの人々の伝統的な生活文化を尊重し、彼らがせめて我々と同じ程度に、プライドを持って心豊かな生活ができるような政策を実施するよう希望します。
2008年06月05日
プロレタリア作家・小林多喜二の「蟹工船」が最近よく売れていることについて、5月27日の読売新聞コラム「永田町フィールドノート」は次のように書いている; 衆院内の文研堂書店が26日、小林多喜二著「蟹工船・党生活者」(新潮文庫)を目立つように並べる平積み販売を始めた。 過酷な労働現場を描いた昭和初期の作品が、働いても生活費を賄えない「ワーキングプア」の若者らを中心にブームを呼び、「この3か月間で14万部超増刷、例年の約10倍の勢い」(同文庫編集部)で売れている。 共産党の市田書記局長は26日の記者会見で、この現象を「(労働者が)無権利の状態に置かれた戦前の時代と今が重なり合っている」と分析。多喜二は共産党員だっただけに、党勢拡大につながるとも期待する。 ◇ ただ、26日は、8冊置いて売れなのは1冊。参院内の五車堂書房は「ここ数年は注文がないため、扱っていない」という。 政府の労働政策を批判する民主党の若手も、「共産主義を目指す『蟹工船』を読んだことはないし、読むつもりもない」と、ブームとは程遠い反応だった。2008年5月27日 読売新聞朝刊 14版 4ページ「永田町フィールドノート-『蟹工船』ブームだけど・・・」から引用 読売新聞は共産主義思想に対してどんな恨みがあるのか知らないが、例年の10倍は売れているという出版社のコメントを紹介しておきながら、しかし参議院の売店では扱っていないだの、あれは共産主義を目指すものだから民主党の若手議員は読まないだのと書いて、いったい何を言いたいのだろうかというコラムになっている。発行部数の割には内容のプアな新聞である。
2008年06月04日
選挙運動中の現職市長を拳銃で射殺した暴力団員に死刑判決が出たことについて、人はいろいろな感じ方をするものと思われるが、私も「変な判決が出たものだ」と思った。感じ方は人それぞれで、私の職場の同僚の中には「強盗殺人で一般人を一人殺して懲役7年という判決もあるのに、同じく被害者一人であってもそれが市長だと犯人は死刑というのでは、人によって命に軽重があるようでおかしいのではないか」という声もあった。私は私で別の違和感があって、その問いにはうまく自分の考えを整理して応えることができなかったが、5月29日の朝日新聞には、作家の高村薫(たかむらかおる)氏が、私に近い意見を書いている; 先の長崎市長選に立候補していた現職市長が選挙期間中に暴力団幹部に射殺された事件で、長崎地裁はこの元幹部に死刑を言い渡した。判決いわく「民主主義を根幹から揺るがす犯行」であり、「被害者が1人であることを考慮しても極刑はやむを得ない」ということであるが、これには強い違和感を覚えた。 この事件は、ほんとうに民主主義社会へのテロ行為と呼ぶような性格のものだったか。事件発生当時から、被告が市内の建設会社を活動の資金源としていたことや、市の発注工事の受注ができずに会社の資金練りが悪化していたことが報じられた。事件の直接のきっかけは、この会社が市の中小企業向け融資を受けられなかったことを巡り、市に不正があったとして地検に告発までしたものの不起訴処分とされたことのようである。判決では、市にも相手にされなかった被告が市長を逆恨みしたとされたが、この経緯と「民主主義への脅威」の間には、いくらか距離がある
2008年06月03日
学校の職員会議で先生たちが採決でものごとを決めることを禁止するという、江戸時代の幕府もまっ青になるような非民主的通達を出した東京都教育委員会のやり方を批判する投書が、5月12日の朝日新聞に掲載されている; 東京都教育委員会が、都立学校の職員会議で教員による採決を禁じる通知を出していることに対し、現職の校長が「先生方が、何を言っても意味がないと思うようになり、教員の意見が反映しにくくなった」と、撤回を訴えているそうです。 今の日本を支配する重苦しい空気は、言論の封殺が一因ではないでしょうか。ものごとを吟味し、批判し、真実はどこにあるかを追求する精神こそ、教育においてもっとも大切なものです。教員の自由検討の精神を封じるに等しい都教委の通知は、その精神を否定するようなものです。 「吟味する精神」は、思想などという難しいことではありません。むしろ思想を肉体に宿す人間が心して自ら持つべき潤滑油のようなものです。こわばってとげとげしくなっていく学校を柔軟な姿に戻すためにも、吟味する精神は欠かせないものです。その精神を働かせ教育の根本をたずねることは、すべての先生が参加して初めて可能です。職員会議の意義を否定するような通知は、学校教育を壊すことです。2008年5月12日 朝日新聞朝刊 13版 8ページ「声-批判精神こそ教育に不可欠」から引用 学校教育を壊すような通知を出す東京都教育委員会は、もはや教育者の風上にも置けない。それもこれも石原慎太郎のような者を知事にしたのが原因である。人気投票まがいの都知事選をやったことを、都民は反省するべきだ。
2008年06月02日
戦前、官憲によって虐殺された小林多喜二の小説「蟹工船」が、最近若者に人気であると、5月13日の朝日新聞が報道している; 作家小林多章一の代表作「蟹工船」の売れ行きが好調だ。若い世代を中心に人気を呼び、コーナーを特設する書店も相次ぐ。凍える洋上で過酷なカニ漁や加工作業を強いられる男たちが、暴力的な監督に団結して立ち向かう昭和初期のプロレタリア文学。いまなぜ読まれるのか。 (林恒樹) 東京都中野区の山口さなえさん(26)は昨年夏、「おい、地獄さ行(え)ぐんだで!」で始まる「蟹工船」を書店で見つけて読んでみた。「小説の労働者は、一緒に共通の敵に立ち向かえてうらやましい」と感じたという。 04年に大学を卒業したが就職難。1年後に正社員の経理職を見つけ、残業代ゼロで忙しい日には15時間働いた。だが、上司に命じられた伝票の改ざんを拒むと即日解雇され、10カ月で追い出された。 「隣の席で働くのは別の派遣会社から来たライバル。私たちの世代にとっては、だれが敵かもよくわからない」 「蟹工船」が発表されたのは1929(昭和4)年。小林多喜二は4年後の33年2月20日に、東京・築地警察署で拷問されて絶命した。没後75年の今年は各地で催しが開かれ、山口さんは多喜二の母校・小樽商科大(旧・小樽高商)などが募集したエッセーコンテストで今年1月、大賞に選ばれた。 東京・JR上野駅構内の「ブックエキスプレス ディラ上野店」は、2月初めに話題書コーナーに「蟹工船」の文庫を並べた。就職氷河期で苦労した文庫担当の長谷川仁美さん(28)が「同世代の共感を呼ぶのでは」と企画した。週に100冊近く売れ、文庫売り上げのベスト3に入っている。当初は年配の男性客が多かったが、20~30代が増えたという。 東京・丸の内の丸善丸の内本店は3月末にコーナーを設け、これまでに約230冊売れた。 東京・神田の三省堂神保町本店で文庫を担当する山名景子さん(29)は最近、自分でも読み返してみた。中学生のころは暗い話と思ったが、団結して状況を変えようとする男たちの明るさと強さにひかれた。「私たちならばあきらめるかも。蟹工船で働く人たちは偉いですよね」と話す。 「蟹工船」は複数の出版社から小説や漫画版が出ている。このうち新潮社は4月、文庫の「蟹工船・党生活者」を例年より2千部多い7千部刷ったが足りず、さらに5万部増刷することにした。新潮社の担当者は「活字離れが指摘される世代がこれほど読んでくれるとは」と驚いている。2008年5月13日 朝日新聞朝刊 14版 34ページ「蟹工船 はまる若者」から引用 「蟹工船」が発表された時代に比べれば、現代のプルジョアのプロレタリアに対する支配のやり方は巧妙になっており、誰が敵なのかはすぐには分からないようになっているのは、記事中の若者が言うとおりである。しかし、だからと言ってそれで諦めるのではなく、法律に定められた労働者の権利は正々堂々主張していきたいものである。経営者が今のまま、若者を低賃金で酷使し続けるなら、やがては再び共産党が議席を伸ばす時代が来ないとも限らない。
2008年06月01日
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