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官僚の顔色をうかがうばかりで国民の知る権利に応えようとしない文部科学省記者クラブを、琉球大学名誉教授・高嶋伸欣(たかしまのぶよし)氏は「週刊金曜日」7月18日号で痛烈に批判している; この1カ月間、全国的な議論になるはずの教育関係事件や情報が続出したが、大半のメディアは無視か手抜き報道ですませた。 まず6月16日には教科書協会が、検定制度再検討中の検定調査審議会に対し、検定中は執筆者にも守秘義務を課すように、要望した。検定の透明性促進は必要と渡海紀三朗(とかいきさぶろう)文科大臣も認めている。時代錯誤の要求だ。 これに対して、沖縄などでは一斉に抗議の声があがった。昨年の「集団自決」歪曲検定問題で、文科省を窮地に追い込んだ執筆者たちを規制する意図があまりに露骨だから。ことは全国的問題でもあるはずだが、全国紙はまったく無視した。 次は、文科省から下関市教育長に出向したキャリア官僚が「日本は朝鮮半島を植民地支配したのではない」と、公言した件だ。朝鮮人学校への補助金要請の場で出たこの暴言(6月26日)を、同席していた『朝日新聞』記者が翌日朝刊(西日本本社版)の社会面左上(準トップ)でスクープ報道。他紙(同本社版)も、同発言を再確認した記者会見を踏まえ、夕刊で一斉に大きく伝えた。 これも発言内容だけでなく、中央のキャリア官僚の発言という点で、全国的な話題だった。しかし、全国紙東京本社版で報道したのは『朝日』だけ、それも第3社会面のベタ記事でしかなかった。 さらに、6月30日には、新学習指導要領解説で、小学校社会科に沖縄戦や広島・長崎さらに東京などの被爆・空襲被害の事例を明示することになった、と『朝日』以外の各紙が報じた。そこでは、昨年の沖縄側からの反発を踏まえた文科省側の配慮がある、とされた。その結果、沖縄には全国各地から「よかったね」との声が集中した。 しかし、沖縄側は納得していない。日本軍による「集団自決」強制を誤りとする肝心の検定意見は撤回されていない。次の検定でも、同じ記述が認められないはずだ。 こうした疑いや反発を、全国紙(東京本社版)はどこも伝えていない。中学社会科でも同様だ。官僚に遠慮の教育担当記者 これらの一連の動きに共通しているのは、文科省の官僚の顔色を気にするような報道ぶりが歴然としていることだ。教科書協会の件は、加盟44社の内の5社だけが協議して正副会長の了解を得たにすぎないものだった。同協会は、理事に歴代の文部・文科省元高官が就任している「天下り」団体なのだから、官僚に迎合する要望に何の不思議もない。しかし、その不公正さを突かない文科省記者クラブは何をしているのか。 銭谷眞美(ぜにやまさみ)・現文科事務次官が安倍晋三前首相や下村博文前官房副長官らと意気投合した社会観・歴史観であるのは周知のことだ。その「チーム銭谷」の本音を露呈させたのが、下関市の嶋倉剛教育長だった可能性に気づく機会を、『朝日』以外の読者は奪われた。 解説に沖縄戦加筆の件も、「チーム銭谷」による『まやかし』の可能性追及の姿勢が窺(うかが)えない。「集団自決」歪曲検定が、同「チーム」と安倍・下村ラインとの連携プレイであるのは明白なのに。 さらに、最近では教育振興基本計画の閣議決定で予算確保の明示に失敗し、『文科省完敗』と椰輸(やゆ)された件がある。それは文教施設予算の巨大利権で、全国の国立大学法人への天下り先を確保し、与党側政治家の一部と癒着していた「チーム銭谷」が、官邸・財務省に敗れたことを意味している。 安倍前首相の無責任辞任以後も教育基本法全面改訂の惰性で続けてきた教育強硬策路線。「竹島」の扱いなど、そのさまざまな綻(ほころ)びを覆い隠すのに手を貸すかのような文科省担当記者たちの覇気のなさ。これでは「主権者ここにあり」の気概を示した沖縄県民の怒りに気づかないのも、当然だろう。2008年7月18日 「週刊金曜日」711号 31ページ「メディア・ウォッチング-小泉・安倍路線を強行する文科省官僚」 日韓友好に水をさす文部科学省の一部偏向グループの存在を、メディアは正しく国民に報道し誤りを糾弾するべきである。それでこそ言論報道機関の使命を果たしたといえる。
2008年07月31日
日本酒が韓国で人気を呼び、売り上げが増えていると13日の朝日新聞が報道している; 【ソウル=稲田滞英】焼酎王国の韓国で、日本酒の人気が高まりつつある。07年の韓国への輸出額(清酒)は5年前の約7倍。日本旅行で日本酒を味わう人も多く、ファンが増えている。 日本から韓国への清酒輸出額は、02年の約6500万円から07年には約4億6500万円に。08年も前年を上回るペースで輸出されている。 流行発信地でもあるソウル南部の江南地域。「OGAの厨房」は、この数年で登場した「サケバー」のひとつだ。カウンター周辺には100種類を超す日本酒が並び、地元客でにぎわう。IT会社経営の男性(34)は「週に1度は日本酒を飲む。料理にも合うので気に入っています」。 94年から輸入を始めた全日本酒類(前・韓国月桂冠)の徐正勲社長によると、当初は飲食店に売り込んでも、「誰が飲むのか」と門前払い。しかし、ここ数年は日本食人気もあって様変わり。ワインブームなど酒の好みが多様化したのに加え、02年に清酒の酒税が70%から30%に下がったことも追い風となって、「日本酒を置きたい」との問い合わせが増えたという。 大手ディスカウントストア「イーマート」のソウル中心部の店舗では今春、酒売り場に日本酒コーナーが登場した。「Sake 日本の酒」と書かれたボードがあり、720ミリリットルなら3万ウォン(約3千円)~7万ウォン程度。「日本酒を探す人が増えた。韓国人が多いですね」と担当者。大手コンビニチェーンもカップ酒などの販売を検討中だ。 対照的に日本では日本酒の消費量が減り続け、今やピーク時の半分以下。韓国市場を有望株と期待する日本メーカーが、売り込みに力を入れている。2008年7月13日 朝日新聞朝刊 14版 「日本酒、韓国で人気」から引用 私も韓国は仕事で何回も行きましたが、日本人客を当て込んで日本語の看板やメニューを備えた居酒屋がたくさんあってびっくりしたものです。その上、一般の韓国人も日本酒を飲むようになったのは大変けっこうなことです。民間レベルの経済活動がこのように良好に進んでいるときに、いきなり「竹島」を教科書に書くなどといって物議をかもす日本の政治家は不明を恥じるべきだ。
2008年07月30日
市民が制定を直接請求した「平和無防備都市条例案」に対し、川崎市長は反対意見を付けて議会におくったと、12日の朝日新聞が報道している; 川崎市を戦争のない街にしようと、市民が3万余の署名を集めて制定を直接請求した「平和無防備都市条例案」について、阿部孝夫市長は「条例の制定には賛成しかねる」との意見をつけて11日、臨時議会の開会を告示した。 理由として、(1)戦争に関する事務などについては、地方公共団体が処理することは想定されていない(2)自衛官募集に関する事務は行わないとする条例案は、法定受託事務をしないことになり、地方自治法に抵触する(3)無防備地区の宣言をすることができるのは原則として政府とされており、地方公共団体の長が宜言できないとするのが国の見解である-などをあげた。 阿部市長は11日の記者会見で、「平和を願う署名がたくさんあることは良いことだと思う。ただ、法律違反を川崎市が行う内容になっている」と述べた。 条例案は22~24日に臨時議会で審議される。2008年7月12日 朝日新聞朝刊 14版 29ページ「無防備条例案に市長が反対意見」から引用 川崎市長の反対意見はいずれも消極的な理由を根拠にしている。労働者の街、川崎に相応しく未来を先取りするくらいの見識がほしいものである。
2008年07月29日
政府系金融機関に勤務する政治学者・竹井隆人(たけいたかひと)氏は、12日の朝日新聞に寄稿して「民主主義」について次のように述べている; コミュニティー(共同体)の大切さを否定する人は少ない。だがその連帯の強化を主張することは、果たして「正しい」のか。在野の政治学者が逆説的に問う。 昨今、いよいよ言葉が溢(あふ)れ、それへの感受性が失われている。世には時流に乗った言葉のみが幅を利かせ、その勢いに人々はただ呑(の)まれているのだ。 「コミュニティー」なる言葉もそうだろう。「仲良し」の奨励、またはそれによって成り立つ「仲良し社会」の意で多用されるようだが、この語感のよさゆえに「コミュニティー」に疑念を向ける人はいないだろうし、そうした世間の「空気」におもねる知識人たちは、いたずらに「コミュニティー」を弄(ろう)するのだ。 ▼▲ しかし、「仲良し」を強化すればするほど、その社会が排外的になるのは無論のこと、内部では異論者を「KY(空気を読めない者)」として「粛清」することともなる。この大勢順応が社会を支配すれば、人々は自らが社会を主体的に担う自由を放棄する。だからこそ、この「社会をつくる自由」が眠りこけた社会は戦前だろうが戦後だろうが、政治学者の丸山真男が評したように「無責任体制」に堕してしまうのだ。 「コミュニティー」重視を叫ぶ者は、「社会をつくる自由」を踏み潰(つぶ)すことにいささかも頓着せぬほど悪者であるか、それに気づかぬほど愚者であるかのどちらかに違いあるまい。 では、同調圧力に屈する宿命を負い、他者との差異を競おうとする低俗なる自由とは一線を画した、「社会をつくる自由」は如何(いか)にすれば覚醒(かくせい)するのか。その契機を私はデモクラシーに求める。だが、それは戦後社会の基軸たる代議制デモクラシーとは別物だ。代議士選出やゴチャ混ぜとなった争点をめぐって、数年に一度あるかないかの選挙のみで「社会をつくる自由」を果たしたなどと自任する人はまずいないし、投票日に「責任ある一票を」などとマスコミがいくら騒ごうと誰も応じやしないのだ。 そこで直接制デモクラシーを志向した政治思想家もいる。ハンナ・アーレントは全市民が一堂に会してその社会の行き方を決する古代アテネの政治装置「アゴラ」を夢想したし、ベンジャミン・バーバーはこの政治型式を「ストロング・デモクラシー」と命名して、その普及を説いた。彼女らの理想は、それを現実の政治装置に比定しえぬため未達のままだが、私はその舞台を集合住宅に求めることを拙著等で論じてきた。 ▼▲ 分譲マンションの管理組合では、全住民が直接に参加する総会といった、いわば「私的政府」が集合住宅を統治する。この「私的政府」をすべての地域に設置し、地方自治体から大幅に権限を委譲すれば、究極の地方分権も可能だろう。「私的政府」での参加や熟議を介して、全住民に、他者や社会に対して自らの発議や決断が何らかの影響を与えたと自覚する責任を生じさせることにもなる。 この「集合住宅デモクラシー」が一定の領域に限定した社会(人間関係)であることは自明だが、それによって醸成される「社会をつくる自由」が、より大きな規模の社会をつくる地ならしをすることも可能だ。なぜかといえば、「仲良し」では限定的な社会しか生まれず同一社会内の他者を自らの「分身」とみなす悪弊を伴うのに対し、「社会をつくる自由」は他者が自らと異なる存在であることを前提とした社会構成原理を奉ずるからである。 哲学が古来より命題とし、あるいは現代思想やらポスト構造主義やらに至っても思い悩んでいるのは、社会(構造)に対する主体性のある自己の実現であろう。それを解くのは「社会をつくる自由」であると、私は確信している。 ただ「仲良し」を言うだけなら幼児にさえできる。必要なのは、人々が社会に対する順応を放棄し「KY」とならざるを得ない状況をつくり出すことではないか。このまま人々が「社会をつくる自由」を発現しえぬ、つまり、社会に何ら責任を負えぬのならば、人民主権を意味するデモクラシーという言葉も虚妄のまま果てるしかあるまい。2008年7月12日 朝日新聞朝刊 12版 15ページ「異見新言-KYのすすめ『異なる他者』とつくる社会」から引用 「KY」は若者の造語で、このレッテルを貼られた者は密かに「異端視」され、貼った者どうしは密かに仲間意識を強めるというシロモノである。それが中高生の仲間内で行われているうちは、単なる愛嬌ですむかも知れないが、これが私たちの社会全般という規模になった場合は、民主主義の根幹に関わる問題となる。何故なら、民主主義とは自分たちの仲間ではない人々とも共に暮らすためのルールだからである。上記の論文がKYをすすめる理由もそこにあると言える。
2008年07月28日
学校の教員などという仕事が不正を策してまで就く価値のある仕事かどうか、私は知りませんが、大分県で発覚した事件はわが国の民度を示すバロメーターであるかのような様相を呈しています。12日の朝日新聞には次のような投書が掲載されました; 大分県の教員採用を巡る汚職事件の報道が続いています。ただ、なにを今更、という感じです。 私は十数年前まで、私立大学で教員をしており、教員を目指す教え子もいました。中には、英語の発音もままならず、教員には不向きと思った学生が「教員になれました」と報告に来ました。いぶかる私に、「父が校長ですから」と答え、あぜんとしました。 しかし、教員に適任と思った学生が不採用の連続でした。採用されると思った立派な成績の学生でも、採用試験の合否は学校関係者との面接がものをいうようでした。結局、教員になるにはコネが大事であることが分かりました。民間企業への就職と同様に、知人の教育関係者に口利きを頼むようになりました。4人を顧み、4人とも採用されました。 金品のやり取りはなく、必要悪と信じていました。しかし、これも不正行為だと思います。口利きや縁故の入り込まない公正な採用の仕組みを考え、成績の上位者から順番に採用するよう改めるべきだと思います。2008年7月12日 朝日新聞朝刊 12版 15ページ「声-教員採用不正 私も依頼した」から引用 教員採用の不正について「なにを今更」とこの投書は書いてますが、問題は「民間企業への就職と同様に、知人の教育関係者に口利きを頼むように」なったと書いていることです。この文面からは、民間企業への就職なら「口利き」は当たり前という投書者の意図があるように読めますが、私は民間企業であっても口利きで就職はアンフェアではないかと思います。こういうレベルから、この問題は考えていくべきものではないでしょうか。
2008年07月27日
今月11日に中央委員会総会を開いた日本共産党について、朝日新聞は次のように報道している; 共産党第6回中央委員会総会(6中総)が11日始まり、志位委員長が幹部会報告として、次期衆院選で650万票(05年衆院選は492万票)の比例票獲得をめざし、新規党員を2万人以上獲得するなど、党勢拡大に重点を置く方針を明らかにした。12日に承認される見通し。 志位氏は、昨年9月以降で新規党員が約9千人増えたことも明らかにした。後援会員を630万人にまで拡大▽機関紙「しんぶん赤旗」の新規読者を3万人以上獲得-といった方針も同時に示した。 志位委員長は6中総で行った報告で「総選挙の争点は自民か民主かの政権の担い手の選澤はなく、政治の中身の変革だ。閉塞状況からの脱出を願う国民の気持ちをつかむ」と語り、「第三極」の立場で支持者を獲得していく考えを示した。 共産党は昨夏の参院選でねじれ国会になって以降、参院の首相指名選挙で民主党の小沢代表に投票するなど、国会戦術では折に触れて民主党との共闘姿勢を示してきた。しかし、総選挙では埋没しないように政策で独自性を発揮していく考えだ。 志位氏は報告で、小林多喜二の「蟹工船」やマルクスが再評価されていることに触れ、「新自由主義の経済政策の元で貧困が拡大しルール無き資本主義が野蛮な形で現れた。社会と経済の枠組みを根本から問う新しい時代が到来した」として党勢拡大の好機との認識を示した。 志位氏は「若者層への働きかけ」を強めると説明。「派遣社員など使い捨て労働で誇りを傷つけられている若い世代の悩み、願いを聞くことを出発点にし、力を合わせる姿勢が大切だ」と強調した。(村松真次)2008年7月12日 朝日新聞朝刊 14版 4ページ「共産党員『9000人増えた』」から引用 私は共産党には是非とも党勢を拡大し国会における議席数を増やして、やがては政権を獲得して欲しいと考えます。昨今のマスコミは、アメリカの真似をして二大政党制で民主主義が発展するかのような論調ですが、これは明らかに間違っていると言えます。その理由は、アメリカの二大政党はどちらも産軍複合勢力に取り込まれてしまって、デタラメな言いがかりをつけてイラクを侵略するような異常な事態を許している。もはや、アメリカの民主主義は信用に値しないと言えます。そんなものを見本にして日本にも二大政党制を、などというのはウソが丸見えで、とても賛成はできません。今は、官僚と癒着した自民党を倒すために民主党を盛り立てることが、戦術として必要ですが、わが国の究極の民主主義を確立するためには、共産党政権が必要になると思います。
2008年07月26日
東京都教育委員会は、都立高校の職員会議で挙手や採決を禁止する通知を出したことについて、都立三鷹高校の校長から申し入れがあったにもかかわらず公開討論を拒否した。この問題について、都教委の姿勢を批判する投書が9日の朝日新聞に掲載されている; 都立三鷹高校長が、職員会議で挙手や採決を禁じる通知の撤回と公開討論を申し出たのに対し、都教育委員会は「職員会議では責任がとれないと判断し、最終的には校長が意思決定する」として、撤回の意思はないという(5月21日夕刊)。 都教委側は「校長が意思決定する」というが、その実態は、この記事にある都立校校長の「都教委か組合かと言われれば、多くの校長は都教委につくしかない」というコメントが伝えている。それは都教委に顔を向けた役人の姿である。 我が家の年子の子どもたちの都立高校受験の折、毎年受験制度が変わり、上の子の時の経験・知識はほとんど生かせなかったのを思い出した。都民にとって切実な都立学校の教育や入試が、都教委の意向だけで進められ、都民の意見は一顧だにされない一例である。 生徒に接する教員に職員会議での挙手や採決を禁じることは、結果的に生徒・保護者の意見を吸収する道をふさぎ、都教委からの上意下達の運営を意味すると思う。2008年7月9日 朝日新聞朝刊 12版 13ページ「声-学校は教委の下請けなのか」から引用 都教委が三鷹高校校長との公開討論を拒否したのは何故か。その理由は、討論を行えば都教委の通知が民主主義の理念に反することが公の場で明白になるからである。都教委の目的は、江戸時代から戦前の日本に受け継がれた上意下達のシステムであり、これがわが国憲法の精神に反することを、都教委の連中は薄々気づいているらしい。しかし、都教委の面々が誰のおかげで教育委員になれたのかを考えると、これは時代錯誤の張本人・石原慎太郎であるため、石原の意向を忖度するあまり、こういう愚かな態度を取る以外に道はないわけである。民主主義の時代にはまったくそぐわない事態である。
2008年07月25日
共産党所属の市議会議員がマンションの郵便受けに議会報告のチラシを投函して書類送検された事件について、朝日新聞の読者の投書は次のように述べている; 東京都国分寺市で共産党市議がマンションの集合ポストに議会報告を投函(とうかん)して住居侵入容疑で書類送検されました(3日朝刊)。いくつかのことを考えさせられる記事でした。 集合ポストはマンション1階玄関のオートロック扉の外側にあり、だれもが出入りできましたが、関係者以外は立ち入り禁止との張り紙があったそうです。マンション管理組合からの被害届を受け、市議が書類送検されました。「投函をやめる」と住民の注意に答えた市議を送検し、罪を問うほどの事例なのか、と疑問を持ちました。 議会報告は議員活動の一つで、公的な意味合いもあり、住民にも有益なものではありませんか。その後、管理組合は被害届を取り下げたそうですが、勇み足を自覚されたのではないでしょうか。 東京都葛飾区での共産党のビラ配布は最高裁に上告中というように、同党が狙い撃ちされているかのようです。ピザやすし宅配のビラで送検とは耳にしたことはありません。特定団体が対象とされているとすれば、民主主義の上で由々しきことと思います。2008年7月7日 朝日新聞朝刊 13版 12ページ「声-ビラ投函送検 由々しきこと」から引用 ピザや寿司宅配のビラはOKで、共産党員はダメというのはおかしな話だ。マンション管理組合や住民諸君には、民主主義とは何かを考えてほしいものである。
2008年07月24日
川崎市の市民団体が「平和・無防備条例」を求めて、3万にを超える市民の署名を集め、市長に提出したと3日の朝日新聞が報道している; 川崎市を戦争のない街にするための平和無防備都市条例の制定を目指す市民団体「平和・無防備条例を実現する川崎の会」が2日、3万を超す市民の署名を同市に提出し、阿部孝夫市長に条例制定の本請求をした。同会は「市議会は、平和を願う市民の思いを重く受け止めてほしい」と訴えている。 「平和無防備都市」とは、兵器も軍事物資も一切持たない街のことで、ジュネーブ条約の「無防備地域にいかなる攻撃もしてはならない」という条項を根拠にしている。 平和を求める市民有志が4月26日から1カ月間、3万3517人の署名を集めた。うち3万513人分が有効とされ、直接請求に必要な選挙権のある市民の50分の1(2万2千人)を大きく上回った。 市長は賛否の意見をつけた上で、条例案を市議会に提出。7月22~24日に臨時議会が開かれて、審議される予定になっている。 平和無防備都市の条例化をめぐっては、これまで全国22の自治体で直接請求があった。防衛に関する権限は国にあるため、自治体が無防備都市を宣言できないといった理由などで、いずれの議会も否決。東京都国立市では、市長が「『戦争はいやだ』という、市民の強い危機感から提出されたものだ」として条例案賛成の意見書をつけて議会に提出した例もある。 請求代表者の1人で元教諭の木村雅子さん(60)は「名前だけでなく、生年月日まで書くようなハードルの高い署名だったが、多くの人が協力してくれた」と語った。 阿部市長は2日の記者会見で、「市長としての意見は改めて表明したい」と話した。2008年7月3日 朝日新聞朝刊 14版 31ページ「川崎・平和無防備都市条例 制定求めて本請求」から引用防衛に関する権限は国が持っているのはその通りであるが、しかし、その一方で国というものは主権者の意向に謙虚に耳を傾ける必要があるのもまた当然の道理である。したがって、我々は主権者として国に対して「戦争はやってはいけない」という意志を明確に伝える手段として、平和・無防備都市条例を制定することは大変重要なことである。
2008年07月23日
穀物相場の高騰に関連して、わが国の食糧安保を心配する投書が2日の朝日新聞に掲載された; エチオピアは今厳しい食糧危機に陥り、12万人の子供が餓死に直面しているという。飢餓の原因に、昨今の穀物価格の上昇があるというが、エチオピアのように貧しい国にとって穀物価格の世界市場での変化が即国民の貧しい階層の餓死につながってしまうのだろう。 しかし、これは他人事(ひとごと)ではない。食糧の60%を輸入に依存している日本も、天候異変などで輸入が途絶えれば、エチオピアと同じ悲劇を迎えるであろう。お金で農作物を買えない事態を想定すべきだ。日本にとって少なくとも米、小麦、大豆などは100%以上の自給を保つようにするのが国家がなすべき最低の安全保障と思う。 周辺農家も高齢化が進み遊休地が増えている。荒廃地を農耕地に戻すのは難しい。農政が長期的な展望を欠いては食糧安保など画餅(がべい)に過ぎない。 エチオピアやアフリカ諸国への援助も、対外依存を強化するものでなく農民による食糧の自給を促す方向への援助にすべきだ。食糧の対外依存が大きければ飢餓に苦しまなければならない。2008年7月2日 朝日新聞朝刊 13版 14ページ「声-食糧自給こそ安全保障の礎」から引用 私はこの投書の主旨に反対ではないが、この文章は問題の表層をなぞっただけで、核心に触れていないような印象を受ける。例えば、米は生産調整を行っているくらいだから、米の需要に対する供給量は100%のはずである。大豆と小麦は大部分を輸入に頼っているのは事実で、この二つは是非とも農家の努力で増産を図り、自給率を向上するべきである。しかし、これは農家の努力だけではどうにもならない問題を抱えている。すなわち、国内農家が努力を払って大豆や小麦を生産しても、総合商社が国産大豆や国産小麦よりずっと価格の安い製品を輸入してくれば、消費者は高い国産品よりも安い輸入品を買うので、農家の努力は無駄になってしまう。こういう問題点の指摘から議論を始めないと、食糧安保は画餅になってしまうのである。
2008年07月22日
朝鮮政府とアメリカ政府の話し合いの結果、朝鮮がアメリカの要求に応じる行動をとったので、アメリカは約束どおりテロ支援国家指定を解除することになった。国際社会の協力を得て拉致問題を解決するつもりだった日本政府にとっては、あてが外れたようなものだ。この問題について、1日の朝日新聞には、次のような投書が掲載された; 米国が北朝鮮へのテロ支援国家指定を解除することになりました。米国に裏切られたという思いからか、マスコミをはじめ日本中は泣き言や愚痴ばかりを並べているように、私は感じました。 北朝鮮による拉致被害者の家族の感情は理解できます。しかし、この感情だけで外交の成果が得られるとは限りません。日本は北朝鮮への経済制裁をし、後は米国頼みで、北朝鮮が前向きに取り組むのを待つだけでした。こんな他力本願な外交が通用しないことは分かっていたはずです。 北朝鮮と国交を持つ百数十カ国は、日本の経済制裁に非協力的です。米国はじめ各国は、拉致被害者に同情しても、本当に関心があるのは核問題の解決と朝鮮半島の安定なのでしょう。 日本が朝鮮半島の平和と安定に正面から向き合って、責任と自覚を持って、北朝鮮と粘り強く話し合うことが拉致問題の解決につながる、と考えます。蚊帳の外から「制裁、制裁」と叫んでいるだけで、進展が望めないと泣き言と愚痴では恥ずかしいと思います。2008年7月1日 朝日新聞朝刊 12版 17ページ「声-米国頼みやめ拉致解決せよ」から引用 私もこの投書の意見に賛成です。朝鮮に対する経済制裁を断行したあの当時の首相というのは、あまり深くものを考えない様子の世襲政治家で、多分受けを狙った経済制裁だっただろうと思われます。いやしくも米国に次ぐ世界第二の経済大国であるなら、それに相応しい力量と見識を持った政治家を我々は首相に選出するべきです。国際社会の協力を得る見通しもなく経済制裁をしても、拉致問題の解決を遅らせるだけで、かえって逆効果であることが、もはや証明されています。この投書が言うように、わが国政府は責任と自覚を持って朝鮮政府と話し合いを重ねることなしに、拉致問題の解決は無いと思います。
2008年07月21日
経済学の専門家である住信基礎研究所主席研究員の伊藤洋一(いとうよういち)氏は、5日の東京新聞「本音のコラム」で次のように述べている; 膨大な富の移転が起きている。石油や農産物を輸出できる国への集中だ。富を吸い取られているのは石油や穀物の輸入国、その企業や消費者だ。 今や途上国でも石油や穀物抜きの生活は考えられない。今の石油や穀物相場の上昇は、世界全体の誰にでも否(いや)応なしに降りかかってくる税金のようなものだ。それが急激に上がり、企業収益や我々の家計を圧迫している。産油国などに売る物がある企業や、その企業を抱える国はまだましだ。例えば日本は自動車も建機も産油国に売れる。それでも一般消費者は苦しむ。 売る物とてあまりない途上国は悲惨だ。富を吸い取られるだけで取り戻せない。もともと薄い国富は枯渇し、社会と政治の不安に繋(つな)がる。中国、韓国で問題が起きたと思ったら、モンゴルでも大きな騒動が起きた。一つの根っこは貧しい人々の怨嗟(えんさ)だ。物価上昇は彼らの生活を直撃する。怨嗟は世界に燎原(りょうげん)の火の如(ごと)く広がりかねない。生活できなくなる人々が途上国を中心に激増するからだ。 世界規模の不満爆発に発展する前に、主要国は手を打つべきである。サミットは世界的な会議の場としては広く認知され、地位が高い。その分だけ重い責任がある。少なくとも代替エネルギー開発の促進と穀物の増産が必要だ。日本にもこの両方をできる力がある。2008年7月5日 東京新聞朝刊 11版S 25ページ「本音のコラム-富の移転」から引用野生の動物なら経済活動というものが無いから、その年の穀物や木の実が不作のときは越冬できずに死亡して生存数を減らすが、人類の場合は経済活動が可能な社会を形成するので、多少の気候変動による食糧やエネルギーの不足にも対応する能力を備えていると言える。しかし、本来全人類の能力であるはずの食糧やエネルギーの備蓄が偏在したときは、持てる者と持たざる者のあいだに争いが生ずるのもまた自然の成り行きである。その根拠は、人は富者であれ貧者であれ、生きる権利は平等であるという近代人権思想である。
2008年07月20日
東京都狛江市では、日本共産党党員である現職市長がめでたく4選を果たしたが、実はこの党員市長が立候補したその日に、警察は共産党に対するいやがらせに、小金井市の党員市議がビラ配りをしたからという理由で書類送検する、という事件があった。これは、まったくもって不当な書類送検であったため、その後すぐに警察は住民に対して被害届けを取り下げさせて、あとは知らん顔を決め込んでいるが、ことの顛末を5日の東京新聞は次のように報道している; マンションのオートロック扉外側にある集合ポストに議会活動の報告ビラを投函(とうかん)した共産党市議を、警視庁小金井署が住居侵入容疑で東京地検八王子支部に書類送検してしまった事件。ビラ配りは、政治家が自らをアピールする重要な政治活動だけに、自民、民主両党からも警察への恐怖感と批判の声が上がっている。 まずは、事件を振り返ろう。書類送検されたのは、共産党の幸野統(こうのおさむ)・国分寺市議(27)。小金井署によると、幸野氏は5月18日午後、市内のマンション一階玄関にある集合ポストに、共産党市議団のビラを配るため、敷地内に侵入した疑い。マンション住民側は被害届を取り下げている。 幸野氏によると、住民男性から注意され投函を止(や)めたが、男性が納得しなかったため、一緒に交番に行ったという。同署はマンションの管理組合の被害届を受け、6月9日に幸野氏を書類送検した。 「宅配ピザやすし屋、水道の修理…。毎日、郵便受けにチラシが入るでしょ。これは、どうして問題にならないの」-捜査に疑問を投げかけるのは自民党の若手国会議員。「自分もポストにビラを入れるけど、違法なの?」と眉(まゆ)をひそめた。 「商売のチラシは黙認なのに、広く認められるはずの政治活動の自由の一環であるビラを配ると取り締まられるのはバランスを欠く。政党ビラがダメなら、商売のチラシもダメなはず。じゃあ、ポストに入れていいのは契約した新聞と郵便物だけ? それじゃあ、社会生活が成り立たなくなるよね」と、捜査の『不平等』を指摘する。「市議と同じ日に、あのマンションにチラシを入れた業者がいたら、それも取り締まらないと不公平じゃないか」 先月22日投開票の東京都狛江市長選で落選した候補の選挙運動を手伝った民主党員の男性は「市長選で、マンションや一戸建て住宅に約2万枚のビラを配った。でも、住居侵入なんて言われなかったよ」。 男性は「マンション住民の一部は、支持しない政党のビラを配られるのが嫌だったのかもしれない。でも、政治活動には、支持者以外にも政策を訴えることが欠かせない」と語気を強める。「住居の平穏を侵害するのが住居侵入罪なら、マンションの敷地でリターンする車のほうが、よっぽど迷惑で平穏を乱す。それでも、政党のビラ配りは違法だというなら、全政党の政治活動が萎縮(いしゅく)せざるをえない」 さらに、男性は、こう言って肩をすくめる。「狛江市長選には共産党推薦の現職候補(当選)が出ていた。告示(6月15日)直前に書類送検するなんて…なんかねえ」 「警察は、やり過ぎだ。私も、何回もマンションにポスティングしてきたが、もう、怖くてできない」。顔をしかめるのは自民党国会議員のベテラン秘書だ。それなら自民党として警察批判の声を上げたらどうか。「政治家なら誰でも脛(すね)に傷を持つ。批判なんかしたら、警察からメディアにリークされ、袋だたきにあって政治的に殺されるのが関の山。警察批判なんて、与党だって怖くてできないんだよ」2008年7月5日 東京新聞朝刊 11版S 24ページ「政党ビラ配り 書類送検 『恐怖警察』すくむ自・民」から引用 この事件に危惧を感じる自民党若手議員は、正しい政治感覚を持っていると言える。権力というもののやり口は古今東西に共通で、最初は共産党を弾圧する。その時、一般市民は「共産党だから弾圧されたんだ。自分は共産党じゃないから関係ない」と割り切る。しかし、その後権力は労働組合を弾圧する。それでも一般市民は「自分は組合に関係ないから」と割り切る。そうやって、次は民主党、その次は自民党と、権力は巧妙に市民の自由を剥奪するのである。第二次世界大戦下で、ドイツ人も日本人もそういう体験をしてきたことを思い出して、私たちは権力の横暴と戦うべきである。
2008年07月19日
山口県下関市の教育長が史実をゆがめる発言をしたと、6月27日の朝日新聞が報道している; 山口県下関市の嶋倉剛教育長(44)が26日、学校への教育補助金増額を求めて訪ねてきた山口朝鮮学園の金鍾九理事長と保護者らに、日本の朝鮮半島に対する植民地支配について「槽民地支配は歴史的事実に反する」と述べた。 同学園は山口朝鮮初中級学校を運営。この日、保護者側は「植民地支配によって日本に渡航せざるを得なかった朝鮮人子弟が通っている。ほかの外国人学校とは経緯が違うことをふまえて対処してほしい」と要望した。これに対し、嶋倉教育長は「植民地支配という部分については歴史的事実に反するので受け入れられない」と述べた。 保護者らは机をたたくなどして激しく抗議し、金理事長も「歴史的事実は歴史的事実と受け止めて」と主張した。嶋倉教育長は「日朝併合の部分をいかに言うかは自由」と言いつつ、植民地支配であったことは改めて否定。「そこは日朝交渉でやって頂ければいい話」と述べた。 嶋倉教育長は朝日新聞社の取材に「助成の話に昔の話を持ち出すのは筋違い」と話した。 嶋倉教育長は87年に文部省に入省。教育財政室長などを歴任した。下関市では前任の教育長が突然辞職して4月から空席だった。市は後任を文部科学省に求め、嶋倉氏が5月に着任した。 (島津洋一郎)2008年6月27日 朝日新聞朝刊 14版 38ページ「植民地支配 歴史的事実に反す」から引用 戦前の韓国併合は日本による植民地支配であったことは世間の常識であるが、嶋倉氏のように非常識な発言をする人物は教育者の風上にも置けない。下関市長は即刻嶋倉氏を更迭するべきである。それにしても、前教育長が突然辞任して空席だったというのは、何か事情があったのか、なぜこういうことになったのか、裏がありそうだ。
2008年07月18日
戦争のとき陸軍兵士だった読者が、靖国神社について次のような論考を「週刊金曜日」に投書している; 私は旧陸軍の元兵士の立場で靖国神社を考えてみたい。 私の戦友たちの数多くが大陸の戦場で亡くなった。彼らはすべて靖国に祀(まつ)られていることになっている。そうしたのは国であり神社当局である。故人は当然ながら遺族すらもその意思を問われていない。 その大多数は賛成(祀られることに)しているのだろうが、ことがことだけに多数決は少々おかしい。当然、いやなものはいやと言われるはずである。ところが外国籍の遺族までが靖国からその名を外すことを拒まれている。まだ生きているのに死んだとされて祀られている喜劇まで起きている。これはもう笑う外(ほか)はない。 なぜこんなことが起きたか、ことは単純である。天皇の命による、とただそれだけの口実でやすやすと人の命を供出させたのに、流石(さすが)に少し気がさしたのか、国のため、社会、家族のためとその死に重みをつけるのに利用したのが「靖国に祀る」という行為だった。 兵士たるもの「靖国で会おう」が合言葉だったと、国や神社は強調する。しかし、当事者だった私は一度も聞いたことも口にしたこともない。 元々九段の坂の上などという所は我々に無縁な土地だ。 戦場で夢に見たのは故郷である。殺された彼らが帰るのは家の墓である。会いたければそこに会いに行けばよいのだ。まして、我々を戦場に引っ張り出した張本人共が棲む屋根の下に、引っ張り出されて殺された仲間が共に棲むはずはない。A級戦犯を祀るということはそういうことだ。 個人の命を玩具にするのはいい加減に止めてもらいたい。 死者は自由でなければならない。2008年6月27日 「週刊金曜日」708号 60ページ「投書-死者を自由に 『靖国』考」から引用 元兵士の実体験の基づいた発言だけに、説得力があると思います。
2008年07月17日
NHK番組改編訴訟は最高裁の不当な手抜き判決で原告敗訴となったが、この結果についてコメントした安倍晋三と中川昭一が、判決内容を理解していない様子を批判する投書が、6月7日の「週刊金曜日」に掲載された; 従軍「慰安婦」のNHK番組改編訴訟の最高裁判決が6月12日に出た。この番組を巡っては、『朝日新聞』が、「政治介入があった」と報道していた。その介入者である安倍晋三前首相と中川昭一自民党元政調会長が、翌22日の『日経新聞』(社会面)にコメントしている。安倍氏は「朝日新聞の報道が捏造(ねつぞう)であったことを再度確認することができた」とし、中川氏は「事実に反する報道をしたのであれば素直に訂正し」として、『朝日』に謝罪を求め、態度を見守りたいとしている。しかも、同面の「最高裁 政治家の圧力の有無判断せず」の見出しの記事の直下に記載されている。 念を押すと、この判決は、原告が主張した核心部の両氏の政治的介入があったかどうかについては、全く触れずに故意に避けたものである。この点については、原告はもとより、多くの識者がメディアを通じて批判的に指摘している。 両氏は判決内容を理解せず、「NHK逆転勝訴」という見出しだけで反応したのであろう。浅はかというか、政治家以前に人間として失格と言わねばならない。2008年6月27日 「週刊金曜日」708号 60ページ「投書-安倍、中川氏のお粗末」から引用この投書でお粗末と批判された二人が政府与党の要職に就いたときは、まさに日本の悪夢であった。おかげ自民党は参議院の過半数を割ってしまったのだから。
2008年07月16日
ジャーナリストの本多勝一氏は、日の丸君が代について「週刊金曜日」6月27日号で、次のように述べている; 日本はこんなナサケない国にいつからなってしまったのか。 その最も奥の深部に遺伝的要素も考えざるをえない「科学的根拠」の論文(注1)を読んでから、さまざまな事件や社会的問題に接したときに、しばしばこの要素が脳裏に浮かぶようになってしまった。本誌の今年3月14日号の特集「2008教育があぶない」で紹介された根津公子さん、『君が代』に起立せぬこの1950年生まれの女性教師の闘いぶりを見ても同様だ。 そして想う。俺が戦後すごした旧制中学や新制高校・大学を通じて、こんな馬鹿げた風景はありえなかったし、第一『君が代』を卒業式に歌わせられること自体が全くなかった。迷信と対アジア侵略にまみれた男(引用者注:昭和天皇のこと)を絶賛・尊敬せよと言われても、カンボジアのボルボト政権に洗脳されて育った少年たちのように『純粋』でないかぎり、もう受け入れる素地は雲散霧消していた。ところが、いつのまにか、またしても迷信が「公的」に復活しているのだ。実にばかげた話だが、こんな迷信に起立する者の方が異常であって、根津さんこそフツウの常識人にすぎぬ。まさに狂った「多数」が支配する国に戻ってしまった。前にも思ったことだが、この種の傾向は1975年のサイゴン陥落すなわちアメリカ合州国敗北の前後から著しくなっている。国会の開会式で そしてここでは、関連してアイヌ民族、日本の明白な先住民族としてのこの人々にも思いを馳せるのである。残念ながら2年前(2006年5月6日)に亡くなったアイヌ民族出身の民俗学者・萱野茂(かやのしげる)氏(注2)の、死の前年に刊行された著書『イヨマンテの花矢』(朝日新聞社)から、以下に関連する一部を引用しよう。アイヌとして初の国会議員に選出され、参院会館の301号室にはいって以後のところである。-「開会式ではアイヌとして、ひそかに静かにほかの議員たちと違うことをやりました。それを初めてここに記します。 国会は開会式に限り、衆議院議員も参議院議員も参議院本会議場に集まり、全席を自由席にして天皇を迎えると教えられました。そこでわたしはその後ろには誰もいない、最後列の席を選んで座りました。 議長や常任委員会委員長らは燕尾服(えんびふく)姿で議長席の近くの通路に並び、天皇が入って来られると最敬礼で迎えます。 天皇が玉座に着くと、参議院議長が玉座の前の数段の階段を上って詔書を手渡し、そのまま後ずさりして元の席に戻ります。それから天皇が詔書を読み上げます。 そのあいだ中、両院の議員たちは深々と最敬礼していましたが、わたしは後ろに誰もいないことをいいことに、最初から最後まで一度も頭を下げませんでした。(中略) わたしの考えというのは次のようなものでした。大和民族に迫害されてきたアイヌ民族の苦しみは並大抵のものではなく、アイヌ語で埋まっていた北海道の隅々まで侵略したのに、大和民族からいまだに一言の詫びの言葉も開いたことがありません。明治時代になってからも、天皇の名において国有林とか御料林とか御科牧場団地とかの名称で、アイヌたちが数千年の昔から暮らしてきた肥沃(ひよく)な大地を取り上げ、不毛の地へと足で蹴散らすように追い出してきたのです。木を伐るな、鹿を獲るな、シャケも捕るな、と人間として生きる権利を奪われたアイヌ民族の一人として、頭を下げる気には毛頭なれなかったというのが本音でした。(中略) この日だけでなくその後も、国会の開会式では最後列に席を取り、見上げるのでも見下げるのでもなく平等な目の高さを保ち、アイヌモシリ(アイヌの静かな国土)の代表としての姿勢と気持ちを貫き通したのでした。」 また萱野氏は、この著書の「あとがき」 の中でも書いている。-「さて本書の内容ですが、題名になった 『イヨマンテの花矢』という七十数年昔の記憶に戻り、二風谷小学校の奉安殿に頭を下げなかったためにわたしを含めどれくらい多くの子供たちがなぐられたことか。そのことを振り返りつつ、(中略)小学校とのかかわりを書きました。」(注1)本誌2004年9月10日号のこのコラム「日本の『メダカ社会』はヒツジ型遺伝子からか」参照。(注2)本誌2006年5月12日号「風速計」の拙文「『アイヌ民族』の死」参照。2008年6月27日 「週刊金曜日」708号 59ページ「貧困なる精神-『君が代』に起立拒否する教師とアイヌ民族」から引用 私たちはアイヌ民族の歴史を学び、彼らの主張に耳を傾ける必要があるのではないでしょうか。
2008年07月15日
このところ立て続けに出される最高裁の不当な判決に対して、「週刊金曜日」の読者は、投書で次のように最高裁を批判している; 最高裁判所の位置は下がる一方だと思う。司法権は行政権や立法権の下僕に成り下がったように見える。6月12日のNHK番組改編訴訟の上告審判決がそのことを物語る。 NHKが「女性国際戦犯法廷」を題材とする番組「問われる戦時性暴力」を制作したとき、内容に政治家が介入し、結果的に放送予定の番組に手が加えられた。 最高裁の判決が下ったのが6月12日。地元紙『北海道新聞』は、翌日の社説で「『政治』素通りした判決」と題して、損害賠償請求を退け、政治家の関与を無視した最高裁(小法廷)の判決を厳しく批判した。 番組制作に協力した市民団体「バウネット」が、NHKに損害賠償請求の民事訴訟を起こしたのは2001年のことだ。主権者国民の言論の自由を護るという観点からは、最高裁が棄却した控訴審判決(東京高裁)の方が司法権の役割を果たしたことになる。NHKの番組制作現場の責任者が職を賭した内部告発は、最高裁に無視され、原告に「期待権はない」の一言で片付けられた。介入した政治家とそのグループは胸をなで下ろしたであろう。 2004年2月27日、「立川自衛隊監視テント村」に属する三人が警察に逮捕され、その後検察によって起訴された。 罪名は住居侵入罪である。上告審判決(今年の4月11日)に対して、憲法学者・阪口正次郎氏が月刊誌『世界』7月号で詳細な批判を行なっている。結論から言えば、三人は「人の看守する邸宅に侵入した」罪が確定、罰金を科せられた。ある国家が民主主義を採用しているかどうかをきめる「最低限のメルクマールは、選挙権と表現の自由」だと阪口氏は言う。ビラを配っただけで罪人になる日本は、最低ラインを踏み外してしまったようだ。2008年6月27日 「週刊金曜日」708号 60ページ「投書-これが『憲法の番人』の姿だ」から引用当ブログの常連コメンテーターの中にも、日本には選挙制度があるから民主主義なんだと、生半可なことを言う者がいるが、選挙権だけではだめなのであって、表現の自由も大切であることを学んでほしいものである。
2008年07月14日
先月の沖縄戦戦没者追悼式に出席した河野衆議院議長は、当時の日本軍の責任に言及したと6月24日の朝日新聞が報道している; 河野洋平衆院議長は23日、沖縄全戦没者追悼式でのあいさつで「私たちは、軍が沖縄の住民の方々の安全を第一に考えていたわけではない、という疑念から目をそらせてはならない」と語った。05、06年に続く3度目のあいさつで、旧日本軍の責任に踏み込んだのは初めてだという。 河野氏は「国家の指導部が戦争の適切な早期終結を図ることができなかったことが、沖縄の大きな犠牲を生んだ」と指摘。沖縄の米軍基地問題を取り上げて「長期的に東アジアに平和な外交環境をつくりだし、安全保障情勢を変え、今のような大規模な米軍の駐留を不必要なものとしていくことを目指すべきだ」と述べ、東アジア情勢の安定を図って米軍基地の整理・縮小につなげることを訴えた。2008年6月24日 朝日新聞朝刊 14版 4ページ「河野議長 軍の責任に言及」から引用 わが国の安全保障という観点から見れば、近隣諸国との友好関係が確立されたとき、沖縄の米軍基地は日本にとって不用となるはずである。わが国は朝鮮との国交を正常化し、東アジアの安定を確固たるものにして、沖縄の米軍基地撤去を図るべきである。
2008年07月13日
元首相補佐官の岡本行夫氏は、原油価格の高騰に関連してルールの無い市場経済を批判し、2日の読売新聞で次のように述べている; - 北海道洞爺湖サミットはどうあるべきか。 「世界は少なくとも100年に一度の転換期にある。資源とエネルギーが世界経済と政治を規定する構図に変わりつつある。石油資源の枯渇時期が見えてきた。第1回の仏ランブイエサミットも、石油、通貨不安への対応が課題だった。根底には原油価格の高騰があったが、石油輸出国機構(OPEC)による人為的な危機だった。今度は、消費国側の投機マネーが価格を押し上げている。資源保有国の力が国際政治を動かし始めている」「地球温暖化問題は深刻で、危機が迫っている。通貨危機や貿易戦争と異なり、明確な対応策がない。地球は確実に危険水準に向かっており、サミットが正念場だ。当然、資源の大消費国である中国やインド、大供給国であるブラジルも含めて議論していくべきだ」 - どのような成果を上げれば成功と言えるか。 「『危機を迎えなくて済むかもしれない』という方向性と希望を世界に与えることだ。まず、温室効果ガス排出削減で大筋の合意ができなければいけない。かつてのサミットは何事もなく終われば成功だったが、今回は違う。議長の役割が今までになく大切だ」 - 福田首相に求められるものは。 「サミットは論理のぶつかり合いの場だ。原油価格を高騰させている投機資金を規制するため、米国と英国をどう説得するか。『市場経済の原則に反してでも規制する』という論理を透徹させなければいけない」「地球温暖化対策では、協議が失敗すると、それぞれが勝手な経済開発を始める。日本だけが不利な(ガス排出量の)削減義務と悪戦苦闘することになる。議長としてまとめると同時に国益を譲らないという難しいかじ取りが必要だ」 - 北朝鮮問題もある。 「核計画の検証は(米国のテロ支援国指定の解除手続きに要する)45日間でできる話ではない。どう検証するのかと米国に強く言うべきだ。ただ、米軍再編への対応などで、米国も『日本に100%応えなければいけない』という雰囲気ではなくなってくる。テロ対策、イラク復興支援の特別措置法の期限切れが迫ると、また難しくなる。集団的自衛権の報告書の取り扱いも問題だ。経済協力を含め、国際安全保障の舞台で日本が自ら役割を縮小している。それが一番の原因だ」 (聞き手 穴井雄治)2008年7月2日 読売新聞朝刊 14版 4ページ「原油投機規制に筋道を」から引用つまり、原油=ガソリンの価格高騰を防ぐには、野放しになっている石油市場への投機マネーを規制する必要があるということです。それを実施するためには、抵抗勢力であるイギリスとアメリカを説き伏せなければならない。この二つの国こそ、資本主義の本国であり、その政府は資本家階級の傀儡だからである。
2008年07月12日
小説「蟹工船」に描かれたような労働環境が、今また復活しつつあると、「しんぶん赤旗」は6月29日の日曜版でするどく追及している; 若者の間で小林多喜二の小説、『蟹工船(かにこうせん)』がブームです。蟹工船で奴隷労働をさせるために労働者を各地から集めていたのが、戦前の周旋屋でした。今でいえば人材派遣会社。戦後、禁じられた周旋屋が、なぜまた『復活』してきたのでしょうか。 岡清彦記者 「学生は17、8人来ていた。60円を前借りすることに決めて、汽車賃、宿料、毛布、布団、それに周旋料を取られて、結局船へ来たときには、1人7、8円の借金(!)になっていた」 『蟹工船』が描く周旋屋の実態です。労働者、農民、学生らを集めてピンバネし、工場や土木・建設現場などに売り飛ばしていました。労働者が住む劣悪な住居は、タコ部屋と呼ばれました。 北海道小樽市に住んでいた多喜二は1927年、『蟹工船』の取材のために新聞などの資料を収集し、蟹工船の母港、函館港に適いました。 当時の「北海タイムス」や「小樽新聞」が、蟹工船内で繰り返される虐待を報じています。 病気で休養を求めた労働者にお灸(きゅう)をすえるとして、アルコールを浸した綿に火をつけてやけどさせたり、蟹缶製造室に監禁したり…。 フリーターの体験がある作家の雨宮処凛さんは昨年12月、初めて『蟹工船』を読みました。 「現在の労働現場とあまりにも重なるところがあるのでびっくりしました。蟹工船に遅れてこられるときにすでに慣金しているんですね。これもいまと似ています。労働者が立ちあがっていく場面では、泣きました」 多喜二と宮本百合子を研究している「多喜二・百合子研究会」の大田努副代表(66)が語ります。 「多喜二は、小樽の家の裏手に立ち並ぶタコ部屋の現実を見て育ちました。その体験や取材を通じて、周旋屋と奴隷労働の実態、立ちあがる労働者を共感をこめて描くことができたのです」中間搾取 戦後の47年、「職業安定法」が制定されました。44条は「労働者供給事業の禁止」をうたっています。人身売買を禁止するものです。違反者は1年以下の懲役、100万円以下の罰金です。 労働省職業安定局の斎藤邦書局長が序文を書いた「職業安定法解説」(48年発行)は、「職業安定法は、憲法の精神に即応し、その精神を実現するために制定されたもの」と強調しています。 その上で、「労働者供給事業は、中間搾取を行い、労働者に不当な圧迫を加える例が少なくないのにかんがみ、労働の民主化の精神から全面的にこれを禁止しようというもの」とのべています。 職業安定法が施行されると、違反者が相次いで告発、起訴されました。 職安法と同じ年に制定された労働基準法の6条には、「中間搾取の排除」が明記されています。労働者は立ち上がる。もう一度! 新憲法のもとで生まれた職安法に風穴をあけたのが、自民党などが成立させた労働者派遣法です(85年)。財界の要求にもとづくものでした。 当初はソフトウェア開発など専門13業務に限定されていたものの、規制緩和で次々と改悪され、99年には日本共産党をのぞく政党の賛成で原則自由化になりました。04年3月からは、製造業も解禁になりました。 その結果、偽装請負や「日雇い派遣」が激増し、派遣職場は違法・無法地帯に。今では青年の2人に1人が、派遣などの非正規労働者です。時給は数百円から千円前後、年収が200万円以下のワーキングプア(働く貧困層)が急増しました。 プラズマテレビを生産している松下プラズマディスプレイ(大阪府茨木市)で、人材派遣会社の請負労働者として働いてきた吉岡力さん(33)もその一人です。 鉛を扱う工程があり、松下の社員には健康診断が実施されていました。しかし、請負労働者には実施されませんでした。 松下に配属された請負労働者がずらりと並ばされました。松下の班長が、いいました。「オレ、この子をもらっていくわ」 まるで奴隷の競り市のようでした。「請負」は名ばかりで、仕事の指揮・命令をしていたのは、松下の正社員でした。典型的な偽装請負です。 吉岡さんが、偽装請負を告発(05年5月)すると、松下は吉岡さんを直接雇用しました。しかし、わずか5カ月余の雇用で解雇しました。 大阪高裁は、これに断を下しました(ことし4月25日)。松下は職業安定法44条(労働者供給事業の禁止)と労働基準法6条(中間搾取の排除)に違反しているとのべ、解雇は無効としました。 つまり、人材派遣会社は、松下に労働者を供給しているにすぎず、松下から受け取った請負料から中間搾取をしていると認定したのです。 吉岡さんが語ります。 「僕の体験と『蟹工船』はいくつもの点でダブります。『蟹工船』の労働者は立ちあがり、軍隊に鎮圧されます。しかし最後に、『そして、彼らは、立ちあがった。!もう一度!』とあります。感動的です。いま多くの労働者が、『蟹工船』の労働者のように立ち上がっているのですから」2008年6月29日 「しんぶん赤旗」日曜版 10ページ「『蟹工船』まさに現実」から引用 労働基準法や職業安定法は憲法の精神に合致しますが、労働者派遣法はこの記事が主張するように、大きな矛盾を含んでいます。私たちは速やかに政権交代を実現し、労働者派遣法廃止法を制定するべきです。
2008年07月11日
昔、人々が労働者の権利などという考えを持っていなかった時代は、労働者は資本家から奴隷のように酷使された。そういう時代の実態を描いた小説「蟹工船」が、今ブームになっていることを6月27日の読売新聞は次のように報道している; プロレタリア文学の代表作、小林多喜二(1903~1933)の「蟹工船」ブームが止まらない。新潮文庫版の増刷部数は今年これまでに35万7000部に上り、例年のざっと70倍のペース。この2か月間だけで、30万部以上を売り上げた。今なぜ、「蟹工船」なのか -。 「これ、今売れてるんだよね」。三省堂書店神保町本店では、平積みにされた「蟹工船」を、2人連れの若者が手にとっていた。同店は1、2階の数か所に新潮文庫版だけでなく岩波文庫版や映画DVD、漫画版も並べる特設コーナーを設置。昨年まではどの書店でも文庫の棚に1冊ある程度だったが、今や新刊のベストセラー並みの『待遇』を受けている。 「蟹工船」は、過酷な労働を強いられた労働者が団結して立ち上がるまでを描き、1929年に発表された作品。新潮社によると、購読層は10~20代が30%、30~40代が45%と、若者や働き盛り世代が7割以上を占める。 インターネット上のブックレビューでは、「船内に労働者が閉じこめられた描写は満員電車の通勤風景を想起させ、死ぬ寸前までの酷使は過重な残業を思い起こさせる。古さを全く感じなかった」などと、現代と重ね合わせた感想が目立つ。「多彩な人物、セリフを多用した臨場感。小説的面白さをくみ取れる」といった文学作品としての面白さを訴える声も多い。 「蟹工船」をめぐる動きは若者だけにとどまらない。購読者の約25%は、50歳以上の中高年層だ。「文芸春秋」7月号では、評論家の吉本隆明さんが、「『蟹工船』と新貧困社会」をテーマに寄稿。「『戦後』が終わって『第二の敗戦期』が訪れた現代社会における現実のしんどさと前途への不安」が、ブームの背景にあると分析している。 海外メディアからも注目を集めている。新潮文庫編集部には今月、APやロイターなどからの取材が相次いだ。いずれも「蟹工船ブームは日本の格差社会の動かぬ証拠」との視点で、取材に訪れているという。 貧困に陥った人々の支援活動に携わり、「反貧困」(岩波新書)の著書もある湯浅誠さん(39)は、「我々のところへ相談に来る人たちはどん底まで行った人たち。物理的にも精神的にも何かを考えたり行動したりするパワーすらない状態だが、『蟹工船』を読んで自殺でも自傷でもない団結というやり方もあることを知っていく可能性はあると思う」と話している。 (金巻有美)2008年6月27日 読売新聞朝刊 14版 37ページ「気になる!-蟹工船ブーム『格差の証拠』」から引用 読売新聞が「蟹工船」ブームを取り上げたのは、私が知っている限りではこれが2回めであるが、前回の、ブームに水をさそうとする意図がありありの記事に比べれば、今回はだいぶましな記事になっている。
2008年07月10日
先月秋葉原で起きた無差別殺人事件の報道に関連して、犯人の親を晒し者にする報道姿勢を厳しく批判する投書が、6月13日の朝日新聞に掲載された; 東京・秋葉原の無差別殺傷事件は非常に痛ましい事件です。突然に命を絶たれた方たちのことを思うと胸がいっぱいになります。犯人の行為は断じて許されるものではありません。しかし、どうして容疑者の親がカメラの前に引っぼり出され、さらし者にされるのでしょう。 自宅前で10日夜、親が報道陣を前に謝罪される姿をテレビで見て、お気の毒に思いました。記者の一人は「社会と被害者や遺族に対してどのように償っていくか」という意味の質問をしていました。「謝っても謝っても償いきれるものではない」と親に言わせることが国民の知る権利なのでしょうか。 重大事件が起きた時に、容疑者の家族らをマイクの前に立たせ、腹いせのように謝罪させる姿をよく目にします。しかし、犯罪を起こした本人が罰せられ、謝罪をするのが筋のはずです。今回の容疑者は25歳で、独立した立派な成人です。 私たちは、頭を下げる両親や泣き崩れる母親の姿ではなく、事件を生み出す社会の実態の解明こそをマスコミに求めています。2008年6月13日 朝日新聞朝刊 13版 16ページ「声-親の謝罪より背景解明せよ」から引用 江戸時代のような封建社会であれば、犯罪者の家族や一族郎党が世間から白い眼で見られるのが普通であった。しかし、人権思想が普及した近代においては、犯罪の責任を問われるのは犯罪を犯した個人であって、家族や友人は関係ない。そこのところを理解しない、江戸時代気分の、意識の遅れた者が報道の仕事をやっているから、投書が批判するような事態になっている。不勉強な報道関係者の猛省を促したい。
2008年07月09日
読売新聞文化部記者の尾崎真理子氏は、6月24日の同紙コラム「緩話急題」で団塊世代の人権派弁護士大谷恭子氏について、次のように書いている; 「今日の自由の大半は68年に始まった」。M・カーランスキー著『1968世界が揺れた年』で、フランス人女性が語っている。 パリ大学の分校に端を発した五月革命は、米国のベトナム反戦運動をはじめ、東欧や中国へも飛び火し、日本では東大安田講堂の占拠や新宿騒乱事件が起きる。後押ししたのはテレビの衛星通信で、アポロ8号が月面越しに浮かぶ地球の映像を全世界に届けたのも68年。グローバル時代の始まりを実感させたと同書は伝える。 平和や平等を理想に掲げた若者たちの反体制運動は、しかし社会主義思想からの決別を促し、大衆消費社会の扉を開いた--40年を経た現在、そんな説が有力だ。フランスでは今も学生のデモが起き、一方で「May68」と銘打った高級紅茶が発売され、回顧もさかんだという。が、日本ではどうか。 * 弁護士・大谷恭子さん(58)は翌69年、早大法学部に入学し、当然のように学生運動へ参加した。 「暴力もやむなしとヘルメットかぶって。逮捕者が相次ぎ、組織は小さく割れていきましたが」 活動へ疑問が膨らむ中、仲間に総括され12人が死亡した連合赤軍事件、「世界革命」をめざした日本赤軍による中東・テルアビブ空港乱射事件が72年に起きる。 「弁護する人などいるだろうか」。最初の衝撃は、やがて「私たちが後始末しなければ」との思いに変わる。連合赤軍の永田洋子(ひろこ)死刑囚(63)の弁護に加わったのは、82年に一審判決が出た直後だ。 「判決文には<女性特有の執拗(しつよう)さ、底意地の悪さ>とあり、ちょっとそれはないだろう、と」。男性社会からの果たし状と受け止め、93年の死刑確定まで主任弁護人を務めた。励まされたのは道浦母都子(もとこ)歌集『無援の抒情(じょじょう)』。<死ぬなかれ撲(う)つことなかれただ叫ぶ今かの群れに遠く生きつつ> 中東から帰国し2000年に逮捕された元日本赤軍最高幹部・重信房子被告(62)の弁護も引き受けている。高裁判決は懲役20年。年内にも最高裁判決が出される。 * 社会の流れは個人や組織の思惑を超え、歴史の評価は遅れてやってくる。今となれば、日本の学生運動の挫折は、女性解放の視点が他国に比べ欠落していた点に、理由を求めることもできるだろう。 「永田さんは私だったかもしれない」と、裁判を引き受けた大谷さんは、故永山則夫連続射殺犯や地下鉄サリン事件にもかかわり、3人の子供を育てつつ「周囲の男性の意識を変えて行くしかなかった」と語る。 そうやってあの時代から受け取った痛みを抱えながら、日常の中で健闘した一人ひとりが、旧弊な社会に静かな革命をもたらし、現在、日本の女性は欧米と大差ない自由を享受している。 だが、デモも立て看板もない日本の街頭で、なぜ、無差別の殺傷が絶えないのか。ネット上にのみ、無数の書き込みが集中するこの国で、弱者へのまなざしの欠落が新たなゆがみを招いてはいないか。 大谷さんの40年の歩みを聞きながら、思ったのはそのことだ。2008年6月24日 読売新聞朝刊 13版 13ページ「緩話急題-弱者のまなざし どこへ」から引用 尾崎記者が指摘するように、今日、日本の女性が欧米と大差ない自由を教授できるようになった背景には、上記のように団塊世代の貢献があったのである。当ブログの常連の中には、団塊世代を目の敵にする人もいるが、よく読んで理解してほしいものである。
2008年07月08日
一向にまとまる気配の無い人権法案について、6月24日の読売新聞は自民党内の事情を次のように報道している; 人権侵害に対する救済措置などを定める人権擁護法案は通常国会でも提出が見送られた。2003年の衆院解散に伴い廃案になって以来、何度も提出が検討されたが、自民党内の激しい意見対立に阻まれ、先行きは全く不透明だ。 同法案を検討する人権問題等調査会(会長=太田誠一・元総務庁長官)は20日、通常国会最後の会合を開き、太田氏は「私が示した私案の細部を法務省で詰めてもらいたい」と述べ、次期臨時国会に法案を提出する考えを示した。 太田私案は、 (1)人権侵害の定義づけを法案で行わない (2)調査対象を公務員・事業者などによる差別的取り扱いなどに限定する (3)言論の自由を守るため、差別的言動に対する調査は過料を科さない (4)報道機関の取材活動に勧告などの措置を行わない -が柱だ。 これに対し、法案反対派が一斉に反発し「法案を作っても同意は得られない」(早川忠孝衆院議員)、「調査対象を公務員による人権侵害に限定する私たちの提案も取り入れてほしい」(萩原誠司衆院議員)などの意見が続出し、調査会を臨時国会まで休会とすることが合意されただけで終わった。 人権擁護法案は同和行政を審議する政府の「地域改善対策協議会」が96年、同和対策を同和地区への経済的援助から人権侵害救済や差別解消に重点を移すよう意見具申したことを受けて、2002年に政府が国会に提出した。 推進派の古賀選挙対策委員長が党の人権問題等調査会長を務めた05年にも法案再提出を目指したが、平沼赴夫・元経済産業相や安倍前首相らが法案提出に反対する議連を結成。人権侵害の定義があいまいなことや、人権委員会から委嘱を受け人権侵害に関する相談などを受ける人権擁護委員に外国人も就任できることなどについて抗議したため、提出は見送られた。 福田政権で古賀氏や二階総務会長ら推進派が党執行部入りし、昨年12月に調査会が再開されていた。2008年6月24日 読売新聞朝刊 14版 4ページ「迷走 人権擁護法案」から引用太田誠一、古賀誠、二階俊博のような人権問題をよく理解している議員がリーダーシップを発揮できるようであれば、自民党の将来は明るいと言えるが、人権法案に大反対の急先鋒である安倍晋三、中川昭一、下村博文、稲田朋美、山谷えり子のような人権問題に無知な者が幅を利かせるようだと、自民党は滅亡に向かうほかない。その証拠に、安倍内閣の下で行われた参議院選挙で自民党は過半数を割る結果になったことは記憶に新しい。
2008年07月07日
「週刊金曜日」の編集委員になった雨宮処凛(あめみやかりん)氏は、6月20日号で次のように書いている; 秋葉原の無差別殺人の犯人が日研総業からトヨタ系の自動車工場に派遣されていた若者だと知った時、言葉が出なかった。ワーキングプアと呼ばれる若者たちを取材している中で、「日研総業」はもっともよく聞く派遣会社だからだ。そして知人の中には、日研総業からトヨタ系の工場に派遣され、雇い止めを食らってホームレスになった若者もいる。仕事がなくなればクビを切られ、寮を追い出されてしまう「製造業の派遣」は、時に路上生活と紙一重だ。 もちろん、彼のしたことは許されることではない。しかし、なぜ、それほどの「絶望」に陥り、自暴自棄としか言いようのない事件を起こしたのか。社会的背景を探り、それを是正しないことには悲しい事件を防ぐことはできない。彼のように製造業で派遣や請負といった形で将来の見通しもなく、大企業の生産調整に振り回されながら使い捨て労働に従事する若者は100万人とも言われている。労働者は「モノ」ではなく「人」だという認識が派遣会社や派遣先にあれば、そして社会的にも彼らの不安定な状況に対しての関心が高まっていれば、七人の犠牲者の命が奪われることはなかったのかもしれない。 犯人が綴っていた携帯サイトの膨大な書き込みを読み、その「孤独」の質量に打ちのめされた。彼女がいない、友達がいない、いつも一人。文字にして書くとありふれたことかもしれない。しかし、毎朝5時台に起き、時給1300円で常に雇い止めの恐怖に晒(さら)され、全国の工場を転々とするしかない若者の孤独、その深さに私はしばし、言葉をなくした。 ここ数年、大企業が「史上最高の利益」を連発している。その陰で、派遣労働者など非正規の人々が安い人件費で必要な時だけ使われ、いらなくなったら使い捨てられ、路頭に迷っている。そんな彼らはトヨタで、キヤノンで、そして私たち誰もが知っているようなメーカーの工場で、携帯電話やプラズマテレビ、デジタルカメラやパソコンのプリンター、自動車などを作っている。1000円程度の時給で、永遠にボーナスも昇給も昇格もなく、来月にはこの職場にいられるかも不透明な中で。 暴発を防ぐには、絶望する彼らを「人間」として扱えばいいだけの話なのだ。2008年6月20日 「週刊金曜日」707号 9ページ「風速計-『孤独』のあまりの深さに」から引用 労働者を人間として扱えばいいだけ、と言うのは簡単だが、これがルール無き資本主義社会の資本家にとっては、あまり簡単ではない。なぜなら、資本論にも書いているとおり、社会的な強制力(つまり、法律)が無ければ労働者の健康など一顧だにしないのが資本家の本質だからである。あえて簡単な方法をあげれば、それは小泉内閣時代に規制緩和の美名の下に行った労働法の改悪を、元に戻し、派遣労働を厳しく取り締まるという手段はある。
2008年07月06日
抑圧されたプロレタリアが暴発した秋葉原無差別殺人に、少々の恐怖を感じたか、ブルジョア側は法を改正して日雇い派遣を禁止したいと言い出した。6月14日の朝日新聞は次のように報道している; ワーキングプア(働く貧困層)の温床とされる日雇い派遣労働をめぐり、舛添厚生労働相が13日、日雇い派遣を原則禁止する方針を示した。秋の臨時国会に労働者派遣法の改正案を提出する方向だ。世論の高まりに押された格好だが、与野党の隔たりは大きく、臨時国会で規制強化がどこまで進むのか不透明だ。(小室浩幸、古知朋子、諸麦美紀) 「私の姿勢は、労働者の権利をしっかり守るべきだと。労使の意見もきいたうえで、秋には法律の形できちんとやっていきたい」。13日午前の閣議後会見で、舛添氏は力を込めた。「常用雇用が普通だ」とも述べ、通訳など専門業務を除き製造業への派遣などを原則禁止にするべきだとの考えも示した。厚労省は、今春の法改正をめざしていたが、日雇い派遣の是非をめぐり労使の調整がつかなかった。有識者による研究会で検討したうえで、09年の通常国会に改正案を提出する考えだった。 にもかかわらず舛添氏が、今秋の改正へと前倒しする考えを示したのは、日雇い派遣への批判がかつてなく強まったためだ。 二重派遣や違法業務への派遣など、派遣大手の違法行為が次々と明らかになるなか、4月には野党4党が日雇い派遣の原則禁止を求める方針を決め、与党の公明党も原則禁止で足並みをそろえた。5月末には業界団体の日本人材派遣協会が、製造業などへの日雇い派遣の自粛を決めた。 今月6日の政府の社会保障国民会議では、福田首相が舛添氏に、「派遣労働者を守る制度を空洞化させてはいけない」と労働者の保護強化を指示した。内閣支持率が下がり続けるなか、派遣問題に焦点をあてることで攻勢に出る考えではとの見方もある。さらに、8日に東京・秋葉原で派遣社員による無差別殺傷事件が起き、背景として派遣労働のあり方が取りざたされると流れは一気に強まった。 ただ、規制方法について与野党間の溝は深い。日雇い派遣を含む、派遣会社に登録して仕事があるときだけ雇用契約を結ぶ「登録型派遣」について、社民、共産、国民新の各党は全面禁止を唱え、民主党は派遣会社の負担を考慮して「2カ月以下の派遣契約の禁止」を主張。一方の自民党内には、「派遣社員の雇用が奪われかねない」として、幅広い規制に慎重な声が多い。 日雇い派遣労働者の表情は複雑だ。東京都の男性(39)は「派遣会社がピンバネし放題だったので、禁止は歓迎」と言う。社会保険のない個人請負として、建設現場でも働いている。「日雇い派遣が禁止されると、一気に個人請負に流れるのでは」とも心配する。 日雇い派遣禁止を訴えてきた派遣ユニオンの関根秀一郎書記長は「1日単位の契約が禁止されて11、2カ月になったとしても、ピンハネによる低賃金や、労災が多発する構造は変わらない」と指摘する。「本来は登録型派遣そのものを禁止して、常用雇用を原則とすべきだが、一挙に全面禁止をするのは難しい。まずは専門性の極めて高い業務以外について、登録型派遣を禁止すべきだ」2008年6月14日 朝日新聞朝刊 14版 7ページ「日雇い派遣禁止 範囲は」から引用 あのような悲惨な事件でも起こらないと、過酷な派遣労働者の実情に気を配ろうともしない。こういうことでは、先進国の名に恥じるというものである。
2008年07月05日
日本水泳連盟という組織は、何の権限を持っているのか甚だ疑問であるのだが、オリンピックに出場する選手に対して着用する水着をどうするか命令する権限をもっていたらしい。いったいどのような法律的根拠があって、そのように選手を拘束する権限を持つことになっているのか、実に興味深いところであるが、しかし、ここに来て日本水泳連盟が推奨する水着ではとても勝てないことが明らかになって、結局連盟は選手に特定の水着着用を義務付けることを断念した。それについて、6月14日の朝日新聞には次のような投書が掲載された; 北京五輪を目前にして、英スピード社製の水着問題がようやく決着した。日本水泳連盟は選手たちの要望を受けて方針を転換。アシックス、デサント、ミズノの国内3社以外の水着着用を認めるオープン化を示した。 近年の五輪のあり方に、私はかねて疑問を感じている。ハイテクを駆使してしのぎを削るメーカー、商業主義の下で個性を埋没させられる競技者。そんな構図を改め、五輪本来のアマチュア精神に立ち返るべきだ。 世界記録続出のスピード社製水着の秘密は浮力だと見るむきもある。国際水泳連盟の規則は、水着に「浮力をつけてはいけない」と定めているものの、許容範囲の数値までは示していない。国際水連には、統一基準の策定を急いで頂きたい。 「泳ぐのは僕だ」。ジャパンオープンでそう主張した北島選手が200メートル平泳ぎで世界新記録を樹立し、水着騒動での私のもやもやをぬぐい去ってくれた。 五輪の主役は選手である。磨き抜いた力を存分に発揮し、兢い合ってほしい。2008年6月14日 朝日新聞朝刊 13版 18ページ「声-五輪の主役は水着ではない」から引用五輪に出場する水泳の選手がどの水着を着用しようと、それは選手個人の判断でいいはずなのに、なぜ日本水泳連盟は当初アシックス、デサント、ミズノ以外の水着の着用は認めないなどとしていたのだろうか。
2008年07月04日
日中間の国境線が不明確な海域で、中国が一方的にガス田開発を進めていた問題は、今後共同開発とすることで日中両国政府が合意に達したと6月19日の読売新聞が報道している; 政府は18日、東シナ海のガス田共同開発に関する中国政府との合意内容を正式発表した。日本が共同開発を求めてきた4ガス田のうち、(1)白樺(しらかば)(中国名・春暁)の開発への参加(2)翌檜(あすなろ)(同・龍井)南側の日中中間線をまたぐ海域での共同開発区域設定--が柱だ。両政府は細部をさらに詰め、条約として確定する。樫(かし)(同・天外天)と楠(くすのき)(同・断橋)の扱いは継続協議とした。5年越しの懸案であるガス田問題は決着へ大きく踏み出したが、翌檜そのものが共同開発区域に含まれない点など、日本側の譲歩が大きかったとの見方も出ている。 5月の福田首相と胡錦濤国家主席の基本合意を受けたもので、高村外相と甘利経産相が18日、外務省での共同記者会見で発表した。外相は「戦略的互恵関係の大きな成果」と強調。経産相は「日中の重要なエネルギー供給源となることを期待する」と述べた。 4ガス田の中で最大の埋蔵量を持つとされる白樺では、日中両国が合弁会社を設立、開発を行う方向だ。中国側の開発が相当程度進んでいることから、出資比率は中国側が過半となり、収益は中国側に厚く配分される見通しだ。翌檜南側の共同開発区域は約2700平方キロで、神奈川県(約2400平方キロ)に匹敵する面積。埋蔵量は不明だが、経産相は「これから精密調査するが、優良な地層であることは間違いない」と期待感を表明した。日中双方が開発費を折半し、生産したガスの収益も等分する方向だ。 ただ、白樺の合意を巡っては、中国側は「共同開発」と明言していない。開発に関する主導権を維持したい思惑があると見られ、高村外相も「共同開発と言うかどうかは定義の問題」と述べた。翌檜そのものが共同開発区域に含まれなかった点や、他のガス田の扱いが先送りされたこととも合わせ、「日本が譲った」とする見方の理由となっている。 合意の過程では、共同開発を優先し、主権的権利が及ぶ排他的経済水域(EEZ)の境界画定は、議論を先送りした。「日中双方の海岸線から等距離の地点を結んだ日中中間線が境界」とする日本側と、「大陸棚が延びる沖縄諸島西側まで中国の権利が及ぶ」とする中国側で、折り合いがつかないためだ。 翌檜南側の共同開発区域は「中間線」をまたぐが、「双方の法的立場を損なわない前提」(外相)だとして、今回の合意とEEZ画定交渉は絡めないとしている。2008年6月19日 読売新聞朝刊 14版 1ページ「日中ガス田開発 合意」から引用 いたずらに対立して争うよりは話し合いによってお互いに主張すべきは主張し譲るべきは譲る、こういう精神で善隣友好を推進していってほしいと思います。
2008年07月03日
ヤミ金融業者から借金した場合は、利息はもちろんのこと、借りた金そのものも返す必要がない、うっかり返したとしても後から取り返す(?)こともできるという最高裁判決が先月下された。6月11日の朝日新聞は、次のような解説記事を掲載している; ヤミ金融をめぐる訴訟で、借金の元金まで借り手に返還するよう命じた最高裁判決。「ヤミ金には1円たりとも払わなくていい。払ったとしても取り返せる」。ヤミ金と闘ってきた弁護士たちは判決が出た10日、全国の被害者に対しこう呼びかけた。 「ヤミ金の息の根を止める判決だ」。弁護団は記者会見を開き、判決を評価した。これまでは、違法な利息分を取り返しても、悪質な業者は借り手から返済された元金を元手に新たな貸し付けを繰り返すという悪循環があった。しかし、今回の判決で、犯罪を繰り返す業者を資金的に追いつめることができるという。 「被害者は『最高裁の判断が出てますよ』と攻勢をかけられる。弁護士会や司法書士会、被害者の会に駆け込み、ヤミ金と闘うべきだ」と宇都宮健児弁護士は呼びかける。 03年に「ヤミ金融対策法」が成立して罰則が強化されて以降、ヤミ金融は「店舗型」から、他人名義の携帯電話や預金口座を使う「090型」に変わってきた。しかし、被害の全体状況はまさにヤミの中に潜っており、実態ははっきりしない。 山口県内のある50代の女性は今年4月までにヤミ金から計48万円を借りた。利息は10日で3割の「トサン」。返済の合計額が111万円余になり、追加の返済を拒むと、嫌がらせが始まった。親類宅や勤務先に頼んだ覚えがないタクシーが来たり、葬式用の花輪が届いたりした。 一方、貸金業者3社以上に借金がある多重債務者は約380万人に上る。貸金業法施行で10年6月までに出資法の上限金利は20%に下がるため、収益悪化を見越して廃業した中小の貸金業者の一部が、ヤミ金融に転じる懸念も出ている。 「全国クレジット・サラ金被害者連絡協議会(被連協)」の本多良男事務局長は「ヤミ金融の取り立てを苦に自殺した人は少なくない。『ヤミ金融撲滅元年』となるような活動をしていきたい」と意気込む。被連協に加盟する86団体の連絡先は、ホームページ(http://www.cre-Sara.gr.jp/)で。(茂木克倍)2008年6月11日 朝日新聞朝刊 14版 38ページ「ヤミ金判決『撲滅元年』」から引用 このようにしてヤミ金業者の息の根を止め、犯罪のない明るい社会を築いていきたいものです。
2008年07月02日
先月秋葉原で起きた無差別殺人事件に関連して、派遣労働者の劣悪な労働環境を見直すべきであるとする投書が、6月11日の朝日新聞に掲載された; 秋葉原での無差別殺傷事件、よく行く所だけに強い憤りと恐怖を感じた。犯人の行為は到底許されないが、容疑者と似たような状況で仕事をしていた者として、その現状を伝えておきたい。 私は派遣で電子部品の組み立てをしていた。家賃相場より高額な寮費や工場での食費を引かれると生活は苦しく、大型連休や生産調整で休みになると、明細がマイナスということもあった。 勤務中のけがでも労災はおろか治療で休めば叱責(しっせき)された。他の派遣会社の人と口を利くな、という暗黙のルールもあり、職場の空気はぎすぎすし最悪だった。唯一の友人は落ち込み、精神安定剤など大量の薬を服用し、結局は退職を迫られた。 私は契約満了で解放されるはずだったのに、数カ月延長しないと自己都合退職扱いにし、失業保険の支払いを遅らせると派遣会社に脅された。私はそれでも1カ月延期で退職できたが、生活苦からの前借りで会社に縛られる同僚も多かった。 無論、犯人が同じような生活をしていても同情の余地は無い。しかし国が、夢も希望も持てぬ実態を把握し社会の向上に努めなければ、同種の事件は再発しかねない。 犠牲者の方々のご冥福を心よりお祈りしたい。2008年6月11日 朝日新聞朝刊 12版 17ページ「声-『派遣』実態の把握こそ急務」から引用 規制緩和だの雇用の流動化だのと美辞麗句を並べて労働者の派遣を合法化したのは、一重に経団連に代表される資本家階級が労働者に支払うべき賃金をできる限り安くして、己のふところを肥やす手段であった。それで劣悪な環境におかれた者が犯罪者となっていく。だからと言って、無差別殺人事件の責任が資本家にあるとは言えないのは当たり前だが、労働者を上記に引用した投書が示すような環境におくことになった責任は、自民党と資本家階級にある。労働者派遣を認める法律は即座に廃止し、すべての労働者に正当な労働環境を用意するのが政府の責任ではないか。
2008年07月01日
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