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神戸大学教授・木村幹氏は、22日の読売新聞「アジアスコープ」に寄稿して、日本・韓国・台湾の政権について、次のように述べている; 今、東アジアでは深刻な事態が起こっている。今年2月に成立した韓国の李明博政権は、経済不況と米国産牛肉輸入問題に苦しんだ。各地では大規模デモが展開され政権は窮地に陥った。 台湾でも状況は類似していた。5月に就任した馬英九政権も、経済低迷と対中宥和(ゆうわ)策が批判され、数か月で支持率を低下させた。大規模デモが頻発し、政権の将来は危ぶまれている。 大規模デモの発生こそないものの、似た状況は、日本にも存在する。2006年に発足した安倍政権は、当初こそ高い支持率を見せたが、その後急速に支持を失った。 続いた福田政権も同じだった。支持率は、安倍政権のそれに倣うかのように低下し、首相は僅(わず)か1年で政権を放棄した。 そして今、麻生政権が喘(あえ)いでいる。出発時の支持率は安倍・福田両政権より低く、低下の速度は、両政権にほぼ等しい。結果、政権発足から2か月段階での麻生政権の支持率は、両政権より低いものとなっている。一見多様に見えるこれら3か国・地域の背景には、共通点が存在する。3か国・地域は、嘗(かつ)て等しく高度経済成長を経験し、そこでは官僚組織や与党を支配する一定のエリート層が存在した。一面では、各国の政治的安定は、エリート層に対する国民の漠たる信頼によって支えられていた。 しかし、1990年代に入り、各国の経済が低迷し、或(ある)いは危機を迎えるようになると、各国ではこのエリート層に対する批判が高まった。批判は信頼の失墜へと繋(つな)がり、各国では政治への失望が蔓延(まんえん)した。 このような時期、失われた政治への信頼を補うべく登場したのが、小泉・盧武鉱・陳水扁といったポピュリスティックな政治家達(たち)であった。彼らはエリート層への支持失墜を、個人的な人気で補う形で登場し、その戦略は、一時的には大きな成功を収めた。 だが今や、各国の国民はポピュリスティックなリーダーに飽き、彼らの政治的意図を見透かす知恵も身につけた。他方で、政治への失望は継続し、各国のリーダーは安定した支持基盤を得られず苦しんでいる。 金融危機に苦しむ我々は同時にこのような政治的な「構造危機」の中にもある。金融危機からの脱却のためにも、政治的信頼の回復は急務である。2008年12月22日 読売新聞朝刊 12版 13ページ「アジアスコープ-日韓台の政権 共通する政治的『構造危機』」から引用 この論考では、小泉純一郎がポピュリストであることが前提になっているところが興味深い。安倍晋三も福田康夫も、有権者の支持を得るに足る政策や信念をもっていなかった点で、やはりポピュリストであった。テーマが異なるために、この文章には述べられていないが、安倍も福田も政権を投げ出した背後には、続投したのでは給油継続法の成立が困難だという事情があった。それだけ、インド洋沖の米軍艦船への給油継続に対するアメリカからの圧力が強かったということである。
2008年12月31日
見境も無くアメリカに追従してイラクに自衛隊を派遣した自民党と公明党の責任を問う投書が、6日の朝日新聞に掲載された; ブッシュ大統領が在任期間を振り返り「最大の痛恨事はイラクの情報の誤りだった」と述べた(3日朝刊)。あのブッシュ氏にして、遂(つい)にと思う。 翻って思い出すのは、イラク戦争が泥沼化してゆく当時の小泉首相の国会における強弁。自衛隊のイラク派遣を巡り、そもそもイラク戦争に大義はあるのかという議論の中で、逃亡中のフセイン氏になぞらえ「大量破壊兵器が見つからないからといって、なかったとは言えない」。 数のおごりにのぼせ上がった詭弁(きべん)。追従した公明党の存在も忘れるわけにはいかない。イラク戦争への膨大な出費が世界同時不況の要因の一つにも挙げられている。自公政権はブッシュ氏のこの反省の弁をどう受け止めているのか、コメントを聞きたいものだ。 国民無視の政権たらい回しの揚げ句、3人目も代わり映えせず、与野党逆転の瀬戸際にいる自公政権の面々には、盟友である、彼の国の政権末期の大統領の発言にはかまう余裕はないだろうか。2008年12月6日 朝日新聞朝刊 12版 17ページ「声-ブッシュ氏の反省何と聞く」から引用 小泉純一郎の詭弁は、この投書に書かれたもの以外にも「自衛隊が行く地域が安全な地域だ」とか「人生いろいろ、会社員もいろいろ」など、枚挙にいとまが無い。安倍晋三もそうだが、あのような者が何故首相になれたのか。わが国憲政史上の汚点である。
2008年12月30日
戦前、麻生鉱業が外国人捕虜を強制労働させていたことを示す公文書が発見されたと、19日の読売新聞が報道している; 麻生首相の親族が経営していた旧「麻生鉱業」の吉隈炭坑(福岡県)に戦時中、300人の外国人捕虜がいたことを示す公文書を厚生労働省が保管していたことが18日、わかった。民主党の藤田幸久参院議員に同省が文書を開示した。同社の炭坑で捕虜が働いていたことについて、首相は先月13日の参院外交防衛委員会で「事実関係は確認されていない」と述べていた。 公文書は陸軍省を引き継いだ第一復員省などが作成したとみられ、同炭坑の捕虜収容所に1945年5月10日から終戦の8月15日まで、オーストラリア人197人、英国人101人、オランダ人2人がおり、うちオーストラリア人2人が6月と7月に死亡したと記載されている。 同社の捕虜問題を巡っては2006年11月に米国紙が報道した際、外務省は当時の麻生外相の指示で在ニューヨーク総領事館のホームページに反論を掲載。しかし、今回の資料が見つかったことを受け、同省は最近、削除した。2008年12月19日 読売新聞朝刊 14版 37ページ「麻生首相親族企業 外国人捕虜が労働」から引用 2年前の米国紙の報道に対して同道と「事実関係が未確認」などと反論していたのに、証拠が出てきたら言い分を削除してだんまりでは、世間が納得しない。誠意ある対応が必要である。
2008年12月29日
日本とアメリカ、中国、韓国、台湾の歴史教科書を研究していた米国スタンフォード大学では、このほど研究成果がまとまった。それについて、研究チームの主要メンバーだった同大学名誉教授、ピーター・ドウス氏は、16日の読売新聞に寄稿して次のように述べている; 先の大戦に対する各国の歴史認識問題が、アジアの国際関係に影を落とし続けている。米スタンフォード大学アジア太平洋研究センターは、日中韓と米国、台湾の高校歴史教科書比較研究プロジェクトを実施し、日本の教科書は戦争を賛美せず、最も抑制的だと指摘した。研究チームの主要メンバーである日本史学者ピーター・ドウス氏に研究成果を、元米紙東京特派員ダニエル・スナイダー氏に研究の趣旨を報告してもらった。論点スペシャルとして紹介する。暗黙の教訓 日本の高校歴史教科書は過去30年間、海外のマスコミで悪評を買ってきた。太平洋戦争の開戦に対する日本の責任や、日本軍が占領地にもたらした苦難に教科書が十分な注意を払っていないという批判があり、教科書の内容がますます愛国主義的になっていると主張する人々もいる。 スタンフォード大学アジア太平洋研究センターの「分断された記憶と和解」研究は、こうした批判が間違っていることを明らかにした。日本の教科書は愛国主義的であるどころか、愛国心をあおることが最も少ないように思われる。戦争をたたえることがなく、軍隊の重要性を強調せず、戦場での英雄的行為を語らない。物語的な叙述をほとんど省いた出来事の年代記となっている。 日本の教科書が示しているのは、暗黙の教訓だ。それは、軍国主義の拡張は愚かなことであり、戦争は市民に甚大な犠牲を押しつけるものであると語る。日本の歴史教科書の戦争記述は、戦後日本が外交政策の手段として軍事力の保持を拒んでいることと完全に歩調を合わせている。 日本の学習指導要領は、近隣諸国との友好的で協力的な関係の発展、アジアと世界の平和と安定の必要性を強調している。奇妙な結果 対照的に、ほかの東アジア諸国の大半は自国史の教科指針で、歴史教育の基本的役割として民族の自尊心と国民のアイデンティティー(帰属意識)の増進を主張している。 民族の自尊心を強調することは、時に奇妙な結果を生む。例えば、韓国の教科書は、1937年に中国で勃発(ぼっぱつ)した戦争や真珠湾攻撃、広島と長崎への原爆投下など他国の教科書が取り上げている戦時中の主要な出来事に言及していない。代わりに、日本の植民地統治に対する朝鮮人の抵抗運動や文学における文化的発展にもっぱら焦点を当てている。言い換えれば、解放に向けた民族闘争の継続が韓国の教科書の物語の筋である。自国中心の記述 最も愛国主義的に戦争を描写しているのは、おそらく中国の教科書だ。英雄的な軍事作戦の記述に満ちているうえ、最終的に日本を敗北させたのは中国、とりわけ中国共産党だったと示唆している。太平洋での戦争や同盟国の果たした役割はほとんど言及されていない。原爆投下が戦争終結に果たした役割は強調されず、日本軍に対する毛沢東の総攻撃要求とソ連の対日参戦が決定的要因とされている。 中国と台湾の教科書は、抗日戦争の勝利が、中国の権利と利益を無視した帝国主義勢力による1世紀の恥辱をすすいだと書く。中国の教科書はまた、戦後も米国を新たな敵として反帝国主義闘争が続いたと強調する。新中国は、東アジアの『進歩勢力』を追い出そうとする米国を阻んだ、朝鮮戦争の勝者として描かれる。 奇妙なことだが、米国の教科書にも戦勝に酔ったような叙述がある。米国で最も広く使われている教科書「アメリカン・ページェント」は、米国が世界的大国へと成熟するうえで戦争が決定的な転換点になったと書いている。 戦前、米国の人々は外の世界から逃避し、現実を直視しない孤立主義に閉じこもっていた。だが、真珠湾攻撃によって、国際的な無政府状態の中で安全な国はなく、孤立主義でいられる可能性はないことに気づいた。米国人は孤立主義や宥和政策の危険性を悟り、反民主主義陣営との戦いに責任をもって自らの力を使うべきだと結論付けた。 米国の教科書は、中国ほど露骨に愛国主義的な言葉を使っていない。だが、中国の教科書が共産党の勝利を支持するのと同じように自国の冷戦政策を支持している。 「アメリカン・ページェント」の戦争描写は、トルーマン大統領とアチソン国務長官からニクソン大統領とキッシンジャー国務長官まで、リベラルにも保守にも受け入れられるように書かれているのだ。そして、米国の大衆文化と非常に似ていることだが、第2次大戦を『いい戦争』とたたえている。平和教育の徹底 日本の教科書の戦争記述が愛国的情熱に欠けるからといって、驚くべきではない。結局のところ、日本は戦争に負けたのだ。戦争を祝うような叙述の余地は限られている。日本国民の大多数にとり、戦争は戦った男たちにも銃後の家族にも悲しみを与えたものとして記憶されている。 日本の教科書が戦争描写を抑制していることは、「平和教育」という考えが日本で真剣に受け止められていることの反映でもある。戦争が日本人に与えた教訓は、軍事力の行使は道義的に正しくはなく、賢明でもないということだった。戦争で、中国の恥辱の世紀と米国の孤立主義は終わったかもしれないが、国の誇りは軍事力によってしか保たれないという日本人の幻想も終わったのである。2008年12月16日 読売新聞朝刊 13版 13ページ「論点スペシャル-日米中韓台 歴史教科書比較」から引用 日本の教科書は米国の研究者が高く評価するほど優れたレベルにある。ところが、自民党の政治家の中には、そのようなレベルを理解できずに、中学校の歴史教科書から従軍慰安婦の記述が無くなったことを喜んだり、右翼文部官僚が沖縄戦集団自決の記述から「軍の関与」を削除しようとしたり、低レベルな策謀が出現するのは甚だ残念なことである。戦後60年の平和外交と歩調を合わせた平和教育が、今後も継続するように、国民は今後も教科書問題に注意を払う必要がある。 それにしても、国の誇りは軍事力によってしか保たれないという日本人の幻想も終わったというピーター・ドウス氏の指摘にもかかわらず、いまだ若干の日本人がこの「幻想」から開放されていないのは残念なことだ。平和教育からの落ちこぼれは、極力少なくしていくように、先生たちの努力が望まれる。
2008年12月28日
ジャーナリスト阿部裕(あべひろし)氏は、14日の「しんぶん赤旗」のコラムで「田母神論文問題」を報道したメディアの姿勢について、次のように述べている;平和憲法その他でがんじがらめに手足を縛られ、核は議論することさえ許されない…これで士気を高め、国を守れという方がどだい無理な話だ。そのうえ言論の自由まで奪われるのか-田母神前空幕長独占手記(月刊誌『WiLL』09年1月号)の書き出しです。 田母神氏が、自衛隊トップの立場で、懸賞論文「日本は侵略国家であったのか」を発表、政府見解と異なるとして更迭されて一月余り。『WiLL』や『正論』など右派系雑誌や「産経」は「総力特集 田母神論文、どこが悪い!」「戦後の呪縛(じゅぱく)が日本を自壊させる」など大キャンペーンを張っています。 歴史の事実をゆがめる田母神氏の暴論の狙いと、その背景にメスを入れることが重要です。問題は、自衛隊だけでなく、戦後政治と歴史教育のゆがみ、つまりあいまいな戦争総括に行き当たります。ナチスに協力した政治家、マスコミを清算して再出発したドイツとの決定的違いです。 安倍晋三元首相ほか靖国派が推進する「戦後レジームからの脱却」「愛国心教育」、侵略戦争の美化、平和憲法の否定、集団的自衛権の行使とも深く結びついています。 自衛隊員は、憲法尊重擁護義務を負う公務員。トップが反憲法の旗振り役を演じ、懲戒処分なしとは? 「朝日」は「検証・前空幕長論文の底流」(上)(下)(11月24~25日)で「旧日本軍との連続性」や「政界、共感が見え隠れ」と、自衛隊関係者や与野党幹部の態度をリポートしています。 メディアは戦争に加担した痛苦の反省に立って、さらに徹底解明の報道が欠かせません。 九条の会、反戦、核廃絶運動が着実に広がり、日本と世界の未来に希望を切り開きつつあります。メディアは、そこにもっと目を向け、丹念に報道することで、侵略戦争美化・改憲潮流を孤立させることが重要です。2008年12月14日 「しんぶん赤旗」日曜版 35ページ「メディアを読む-『田母神』の背景にメスを」から引用 戦前のメディアは時代的な束縛があったのかも知れないが、大本営発表を鵜呑みにして報道し、不利な戦況の報道は軍部に規制されるなど、報道機関としての使命をまっとうできず、国民を敗戦という不幸に導いてしまった。その反省を踏まえて、この度の「田母神論文問題」は徹底検証してもらいたいものである。
2008年12月27日
田母神論文事件に対して様々な論評がなされた中で、見落としがあるのではないかと警告する投書が、2日の朝日新聞に掲載された; 田母神・前航空幕僚長の論文への批判はすでに多く述べられましたが、もっと大きい問題があると思います。 おそらく彼は、論文に示したような考えを若い時から述べながら幕僚長にまで昇進したわけで、これは自衛隊内で、そのような意見が昇進の障害になるどころか、むしろ評価されてきたことを示しています。つまり、そのような気分がすでに自衛隊内部に相当広がっていると考えられます。これこそが真の問題でしょう。 1990年の東西ドイツ統一から数年後に旧東ドイツを訪れ、ナチスによる強制収容所跡の一つブッへンバルトに寄った時、強く感銘を受けたことがあります。 ドイツ陸軍の新兵たちが団体で見学にきていました。教育プログラムに入っているのでしょう。上官の解説をみんな熱心に聞いていました。とても強制収容所を賛美している様子には見えませんでした。 田母神さん的な考えでは、祖国の負の歴史を入隊当初から教育される現代のドイツ軍兵士は、愛国心を持てない極めて弱い兵士たちである、ということになるんでしょうね、きっと。2008年12月2日 朝日新聞朝刊 13版 17ページ「声-負の歴史学ぷドイツ軍新兵」から引用 負の歴史を学ぶことを自虐的と言ってみたり、そういうことを学ぶと愛国心が持てないなどという考えは、浅はかの一言に尽きます。過去と現在を客観的に認識し、理想の将来に向かって進む健全な精神を育成したいものです。
2008年12月26日
最近のテレビ放送について、映画監督の是枝裕和(これえだひろかず)氏は次のように批判している; 最近テレビを巡って改めて気になったことをふたつ記してみる。 ひとつは「個人の感想です」という表現。深夜の通販番組でダイエットに成功した人が「驚きの効果」について喜々として語る時、画面のすみに出ているあれである。これはつまり、今見せているものは私たちとは何の関係もなく、もしこれを観(み)たあなたが購入して同様の効果が出なくても一切責任はとりませんよ、という宣言だ。 しかし、この番組を放送することで放送局自体には大きな利益が生じるはずだ。にもかかわらず、放送内容に対するこのような無責任な態度が果たして許されていいものだろうか。もし許されるのなら、放送ってすごくオイシイ商売だなと思わず皮肉のひとつも言いたくなる。 ふたつめは、航空自衛隊の元幹部の書いた歴史認識を巡る論文についての参考人招致問題。この質疑の模様をNHKは放送しなかった。NHK自体は否定しているが、「与党が(放送に)難色を示した」とか「与野党一致して中継要請を見送った」という報道を目にすると、やはり、彼らの意向を受けて判断したと言われても仕方がないのではないか。 そもそも権力側からの「要請」を受けるようなシステムが両者合意のもとに成立していること自体に驚きを禁じ得ない。主導権をどちらが握っているか明白ではないか。なぜ、何を放送し、しないかについて放送局自体の主体的な判断が優先されないのか? 優先され得ない現実に、なぜ放送局はもっと怒りをあらわにしないのだろうか? 電波は私たちの共有財産である。NHKは現実的に予算権を握っている政府のものではないし、民放も電波を買ってくれるクライアント(広告主)のものではない。その前提が成り立って初めて放送の「公共性」というものを語りうるはずだ。その「公共性」に対しては、私たちもまた権利と義務を持つからこそ、時と場合によっては「私」がしたことについてテレビカメラの前に立ち、社会へ向けて釈明したり謝罪したりするのだ。 にもかかわらず、その「公共性」への自覚が、放送従事者の側に希薄なのはいったいどうしたことだろう。電波は、私たちから(政府からではなく)預かったものだという意識をもう一度確認する必要があるのではないか。2008年12月10日 読売新聞朝刊 12版 16ページ「公共性 自覚希薄な放送局」 NHKの予算を承認するのが政府だからといっても、政府が番組内容について注文をつけたり指示をしたりすることは許されない。NHKは報道機関としての自覚を持って行動するべきだ。それが国民の期待に応える道である。
2008年12月25日
11日の読売新聞「編集手帳」は、落ち目の自民党を辛らつに風刺している; 舟から剣を川に落とした男がいる。あとで捜そうと、丹べりに目印の刻みをつけた。岸について、刻みを頼りに川にもぐったが、剣は見つからなかった。 「小泉改革」を旗印に、歳出削減などの構造改革路線を推し進めていくグループが、自民党内で相次いで動きを強めているという。中国の古典「呂氏(りょし)春秋」の伝える故事を思い浮かべた。 麻生内閣から民心が離れつつあるのを受け、人気の高かった小泉政権の成功体験をもう一度、というのだろう。「時」の川は流れ、当時とは景況が一変している。病床で読経を聞いているような違和感を覚えぬでもない。 工具箱に「小泉改革」という金づちしかなければ、鑿(のみ)が必要なときも、鉋(かんな)が必要なときも、金づちを振り回すしかない。かつては自慢の道具であったにせよ、いま叩(たた)けばトン、チン、カンと音の出そうな金づちは、党の工具箱の中身が貧弱であることを世に知らしめるだけだろう。 職を失い、路頭に迷う人々の、溺(おぼ)れかけた川がある。その濁流から目をそむけ、何年か前に舟べりに刻んだ『自民圧勝』の目印に頼ったところで、なくした剣は見つかるまい。2008年12月11日 読売新聞朝刊 14版 1ページ「編集手帳」から引用 自民党であれ民主党であれ、政権を担当するからには現実の社会をよく見て、国民の声に耳を傾け、国民のための政治を行っていただきたいものである。
2008年12月24日
かつては自民党支持だった日本医師会が、小泉内閣のころから自民党を見放したとする解説記事を、12日の読売新聞が掲載している; 11月15日のことだ。仙台、千葉、横浜、名古屋、福岡など主要都市の医師会幹部が、千葉市内のホテルに集まった。 その席で配布されたアンケート調査の結果に出席者は目をみはった。 「これほど自民党離れを起こしているとは……」 医師会の提言する政策を実現するための方法を聞いた設問で、「これまで通り自民党(与党)を支持していく」はわずか9%。さらに衝撃的なのは、「野党を支持し政権交代を図る」が20%にのぼっていたことだ。 回答したのは主要都市の会員医師2362人。調査を行った千葉市医師会の会長・伯野中彦(はくのなかひこ)は語る。 「我々はこれまで無条件で自民党を支持してきた。しかし、ここ数年の自民党の政策で医療現場はガタガタだ。このままでいいのかという危機感が、この数字に反映されているのだろう」 開業医らが中心となってつくる医師会は、日本医師会(日医、会員数16万5000人)を頂点に、都道府県や郡市ごとに約900の組織を抱える。毎回の参院選で自民党から組織内候補を擁立してきた同党の有力支持団体の一つだ。 ◆茨城の造反 医師会が自民党離れを起こした直接の契機は、小泉内閣が2006年度の「骨太の方針」で社会保障費を毎年2200億円ずつ抑制する方針を打ち出したことだ。日医は「抑制策が医療現場の崩壊を招いた」として、方針の撤回を求めている。 日医は依然、自民党支持の姿勢を保っているが、地方では自民党と距離を置く医師会も現れ始めた。 茨城県医師会がつくる政治団体・県医師連盟は、県内7選挙区すべてで民主党候補を推薦する方針だ。同県医師会長の原中勝征は、自民党をこう批判する。 「自民党がだめになったのは世襲議員が多くなったせいだ。2世議員は先代の安定した地盤を引き継ぐだけだから、官僚を動かすだけの力のある政治家が生まれない。自民党は変わらなきゃいけないが、もはや自民党に自己改革できる力は残っていない」 ◆火に油の失言 麻生首相は9月の就任以来、「日本経済は全治3年」を合言葉に歳出抑制策の見直しに前向きな姿勢を示してきた。社会保障費抑制策も見直しの対象に含まれるとみて、医師会関係者は麻生による政策転換に期待を膨らませていた。が、麻生自身が、「医師は社会的常識がかなり欠落している人が多い」という失言(11月19日)で、台無しにした。 11月29日、新潟市内のホテルで開かれた同市医師会総会で、来賓席に並ぶ自民党衆院議員らを前に、会長の大川賢一は激しく政権を非難した。「麻生政権の迷走、迷言は情けないっ」 麻生の失言は自民党離れの進む医師会に対し、「火に油を注ぐ」結果になった。 麻生周辺は「医師会はそんなに票を持っていない。影響は小さい」と平静を装う。だが、千葉市医師会のアンケート調査結果にうかがえるように、『自民党憎し』で民主党支持になだれを打ったとしたら、選挙への影響は決して小さくはないと予想される。 「アンケートは無記名だから現場の医師たちの本音なんです。それで野党支持が自民党支持より2倍もあるというのは、いまの自民党に本気で怒っているということですよ」 伯野の言葉である。 (敬称略) 医者の診立でも、やっぱり世襲議員はダメであるとのことだ。したがって、自民党に投票する人も民主党に投票する人も、世襲議員だけは避けたほうがよいようである。
2008年12月23日
アイヌ人の先生の授業を受けて人権問題を学んだ小学生の感想が、9日の読売新聞に掲載されている; 学校にアイヌ民族の方がゲストティーチャーとして来て、アイヌ民族のことをていねいに教えてくれました。 その中の一人の方が、「アイヌ」とは「人間」という意味であることを教えてくれました。そしてその方は、「こう考えてみると、みんな同じでしょ」と言いました。 私は、アイヌ民族だというだけで、自分とはちがうとごかいしていたことに気がつきました。日ごろ私の周りにいなかったということだけで、自分とはちがう人と決めつけていたのかもしれません。私はとてもこうかいし、たいへん反省しました。 学校では今、「人権」を大切にしています。私はそれができているのでしょうか。気をつけていきたいと思います。2008年12月9日 読売新聞朝刊 12版 12ページ「気流-アイヌの先生から『人は同じ』教わる」から引用 小学生が綴った感想文にしては、なかなか立派な文章だと思いました。
2008年12月22日
67年前の12月8日は帝国海軍がハワイの真珠湾を攻撃した日であったが、今年のこの日の読売新聞には「不戦」を誓う投書が掲載された; 12月8日は戦前戦中派にとって忘れたいが忘れられない日である。1941年(昭和16年)のこの日、日本は米英に宣戦布告した。まさに「激動の昭和」の幕開けであった。 当時、小学生だった私は朝礼で校長先生が「日本は神の国。必ず勝ちます。心配しないで勉強するように」と訓示されたのを覚えている。 しかし、結果は敗戦。多くの人命が失われ、国土は焦土と化す信じられない結末だった。今のわが国には平和憲法があり、戦争はあり得ないと思いたいが、歴史は繰り返すという。この日を不戦の誓いを新たにする日にしたい。2008年12月8日 読売新聞朝刊 12版 11ページ「気流-『宣戦布告』の8日不戦の誓い新たに」から引用 この投書が言うように、平和憲法を擁するわが国にとって戦争はあり得ないことである。国の内外に戦争の萌芽がある場合は早期に摘み取る努力が、わが国政府に課せられた義務というものである。このような観点から見ると、アメリカのイラク侵略に加担した小泉内閣の行動は憲法違反である。
2008年12月21日
自分の国を誇りに思うとはどういうことか、11月27日の朝日新聞の投書は、次のように述べている; 小泉首相が靖国参拝を繰り返していた頃、私は勤務先だったドイツで、ドイツ人から「日本はいつになったらきちんと戦争責任を認めるのだ」と言われたことがある。欧米人はよほど親しくならなければこのような批判的な言葉を口にしない。 ドイツは戦後、先の大戦中の戦争責任を公式に認め、謝罪を繰り返している。その結果、近隣諸国と和解し、世界の信頼を得る国になった。今のドイツ人の多くは自国が生まれ変わったことを誇りに思っているはずだ。翻って日本はどうか。 「侵略国家はぬれぎぬ」との田母神・前航空幕僚長の発言に、また日本が国際社会の信頼を失うのではないかとやり切れなかった。私たち日本人は、軍部の独走を許した戦前の日本を「良い国」としなければ、本当に自信を持てないような情けない国民なのか。認めるべき非は堂々と認めた上で国際社会に相対する。自虐史観などではない。自国を誇りに思いたいからこそ、そう考えるのだ。今からでも遅くはない。2008年11月27日 朝日新聞朝刊 13版 16ページ「声-自国への誇り ドイツに学べ」から引用 史実を否定して開き直らないと「誇り」が持てないというのは、やはりどこか思考回路がおかしい。軍国主義日本から平和憲法の日本に生まれ変わったことを「誇り」とするべきではないだろうか。
2008年12月20日
プロ野球中日ドラゴンズの選手がWBC出場を辞退したことを非難する声について、11月26日の朝日新聞投書は次のように述べている; ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)のスタッフ会議で、中日の選手全員が辞退したことが話題になっている。それも非難の論調がほとんどのように見受けられるが、この論調に対して疑問に思う点が幾つかある。 まず、ペナントレースの最中、北京五輪に5人も参加させられた中日に対して、選手の起用の問題もあってその後調子を崩した者が出たことへの責任や補償についてはどう処理されたのか。「国威発揚のためだから後始末は自分でしろ」であるとしたら、ペナントレース中の球団にとっては泣きっ面に蜂であろう。 次に、全体主義国家でもないのに「一枚岩で連覇を目指す」という掛け声だけで全球団が無条件に協力すべきだ、と考えるのもおかしい。各球団や選手はそれぞれの考えに従って応募すればよいのであって、チームはその応募者から最善の編成を行うだけのことだ。 この国には「個人よりも集団」を優先させる傾向の人がまだ多いと感じる。報道する側も、国民のそうした気質におもねることなく、正論を展開して欲しい。2008年11月26日 朝日新聞朝刊 13版 16ページ「声-WBCの辞退 非難は疑問だ」から引用 私もこの意見に賛成である。「一枚岩で連覇を目指す」というスローガンは、自由な意志で集まった人たちでチームが結成された後で出てくるもので、それ以前の段階で協力的でない者を非難するのは、戦前に国策に非協力的な者を「非国民」と呼んでいじめた過去のなごりである。
2008年12月19日
息子の就職内定を喜ぶ永住外国人の投書が、11月25日の朝日新聞に掲載されている; 大学生には毎年、厳しい試練の時期がやって来る。「就職活動」。いわゆる就活である。次男も、今年の1月ぐらいから就活に明け暮れ、何とかある会社から内定をいただいた。ありがたいことである。はっきりとは言わないが、次男は膨大な数の会社の門戸をたたいたことであろう。 想像に難くはなかった。ひとつは世間でいう一流大学に籍を置いていない。もうひとつは、在日韓国人4世であるということだ。現に履歴書を送っても、「梨(なし)の礫(つぶて)」の会社が何社もあった、という。 恥ずかしながら私は次男に「日本名で履歴書を送ってみたら」と声をかけた。次男は頑として首を縦に振らずに言った。「今の日本の企業の中で、民族差別をする企業なんかないって」。私は半信半疑だった。 アメリカは黒人の大統領が誕生し、時代は変わりつつあることを示した。日本は偏差値至上主義の会社はまだ多くあると思うが、次男がいうような企業社会に変わっているのであれば、望ましいことだ。2008年11月25日 朝日新聞朝刊 13版 13ページ「声-民族名を貫き次男に内定が」から引用 民族差別をする企業がまったくゼロになったかどうかは定かではないが、差別をしない企業が増えていることは確かなようである。十数年前までは、在日韓国朝鮮人は健康保険組合に加入できないとか、給料から年金は天引きするが年をとっても年金は受け取れないとか、それはひどい差別があった。しかし、わが国も民主主義や人権思想が少しずつ浸透した。これからは、我々と同じように働いて納税している永住外国人にも平等に選挙権を認めるべきである。
2008年12月18日
憲法9条を守ろうと言う人たちの集会で、田母神論文が批判されたと、11月25日の朝日新聞が報道している; 戦争放棄を定めた憲法9条を守ろうと結成された「九条の会」の全国交流集会が24日、東京都内であり、約900人が参加した。作家の大江健三郎さんらが呼びかけ人で、今年が3回目。 田母神俊雄・前航空幕僚長が先の戦争について、政府見解と異なる意見を論文発表した問題が取り上げられ、作家の澤地久枝さんは「田母神氏は自衛隊のトップ。なぜ総理は懲戒免職にしなかったのか」と批判。「自衛隊は内部で非常にゆがんだ教育がされ、集団的自衛権の名の下に戦争のできる集団になろうとしている」と語った。2008年11月25日 朝日新聞朝刊 14版 30ページ「集会で田母神論文批判」から引用 田母神論文のどこがどのようにおかしいのか、広く国民の間で議論されるべきだと思います。
2008年12月17日
従軍慰安婦の問題について、日本政府に誠意ある対応を求める集会が都内で催された、と11月25日の朝日新聞が報道している; 「日本軍『慰安婦』問題アジア連帯会議」の公開集会が24日、東京都内で開かれ、日本政府に(1)日本軍の性奴隷化の事実を認め謝罪する(2)謝罪と賠償実現のための法的制度を整える(3)教科書に正しく記述する-などを求める決議を採択した。中国や韓国、フィリピンなどの元慰安婦11人や支援者、活動家など約40人の国外からの参加者を含め、計約400人が集った。 米国での運動のリーダー、アナベル・バクさんは「日本政府は世界の動きなど知らないように振る舞っている。私たちが求めているのは心からの謝罪で癒やし。日本に罰を与えたいのではない。和解したいのだ」と話した。 (編集委員・大久保真紀)2008年11月25日 朝日新聞朝刊 14版 30ページ「慰安婦謝罪求め都内で公開集会」から引用 経済大国の日本が、真に世界から尊敬される大国になるためには、過去の問題を告発する声にも真摯に耳を傾けるべきではないだろうか。
2008年12月16日
現職空幕長が政府見解を否定する歴史認識を公表した事件を、政府は臭いものに蓋をするうように更迭し退職扱いとしたが、ことの顛末をジャーナリズム・マスメディア論が専門の東京大学准教授・林香里(はやしかおり)氏は、11月20日の朝日新聞に寄稿して次のように批判している; 日本の侵略の過去を否定した田母神俊雄・前航空幕僚長の論文問題で、どうしても気になることがある。 田母神氏の歴史観そのものではない。挑戦状を突きっけられたともいえる政府側の対応と、それを監視する役割があるはずのメディアの姿勢だ。 麻生首相は11日夜、「文民統制をやっている日本で、幕僚長というしかるべき立場にいる人の発言としては不適切。それがすべて」と語ったそうだ(本紙12日朝刊)。 田母神氏に「言論の自由」があるという論理を盾にして、いまだに政府としての歴史認識を語ることを避けている。 メディアの多くもこれに引きずられてしまい、文民統制や任命責任などに重きを置いて報道してきた。 しかし、ことは思想や歴史観の問題だ。文民統制や任命責任といった手続き論も重要だが、「それがすべて」と簡単に片づけるわけにはいかない。歴史認識は、特別な政治的アジェンダ(議題)として政府と国民が認識を共有するべきだ。そのための努力を怠ってはならないという責任感が、政治家にもメディアにも欠落していないか。 一方の田母神氏は11日、参議院の参考人招致で、「ヤフー(のネット調査)で58%が私を支持している」と語り、多くの人が自分を支持してくれているという認識を示した。 誤った見解は、正しい見解が出されない限り修正されない。政府やメディアが手続き論に終始しているようでは、田母神氏を支持するゆがんだ世論は放置されてしまう。 それどころか、国民の意識の中で、「ひょっとすると首相も閣僚も心の中では田母神氏の主張に賛成しているのでは」という疑念も広がりかねない。 問題の論文は、私のように歴史の専門家ではない人間から見ても、誤った歴史観に基づくきわめて稚拙な内容だ。戦後60年以上たった今もなお、「我が国は蒋介石により日中戦争に引きずり込まれた被害者」で「侵略国家と言われるのは濡(ぬ)れ衣(ぎぬ)だ」と公言する人物が自衛隊を率いていた事実に驚く。 首相や浜田防衛相は、本質的な議論をうやむやにしたまま問題を幕引きしてはならない。田母神氏の主張のどこが、どう間違っているのかを一つずつ具体的に指摘し、正すべきである。 首相が率先して田母神氏の主張に反論し、政府が毅然(きぜん)とした姿勢を示すことで、文民統制をより強固にできる。 メディアは目の前のできごとや専門家の見解を報じるだけでなく、早く公式見解を出すよう首相に迫るべきだ。その見解の妥当性を検証して初めて役割を果たしたことになる。2008年11月20日 朝日新聞朝刊 13版 18ページ「私の視点-政府は歴史認識を語れ」から引用 麻生首相は文民統制を危ぶむ野党議員の質問に応えて、田母神氏を更迭したことで文民統制は健全に作用したと言ったが、田母神氏を支持するとした58%の「ゆがんだ世論」を放置してはならない。 また、林氏は天下の朝日新聞に掲載する文章だから「ひょっとすると首相も閣僚も心の中では田母神氏の主張に賛成しているのでは」という疑念も、などと抑えた表現をしているが、麻生首相はかつて「日本会議」の役員をするほどの右翼思想の持ち主なのだから、腹の中では田母神氏の主張に賛成であろうことは容易に想像が付く。本来であれば、麻生氏を首相にしている時点で矛盾があるというものである。
2008年12月15日
独りよがりの歴史観を公表してクビになった田母神前空幕長を痛烈に批判する投書が、11月18日の朝日新聞に掲載された; 「我々(自衛隊)は、良い国だと思わなければ頑張る気になれない」と田母神前航空幕僚長はおっしゃった。それはそうでしょう。でも、問題があった過去の事実を糊塗(こと)して「良い国」だと人々や隊員に吹き込んで、それで通るのでしょうか。 「良い国」かどうかは過去にだけ目を向けて考えるのではなく、現在と未来にも目を向けるべきです。私たちは敗戦の時戦争の愚かさを知り、これからは何よりすべての人々の平和と幸せを追求する国になると誓ったのです。過ちを認めることは恥ではありません。 今後、地球全体の幸せに貢献していくことで十分「良い国」になれます。そして自分たちの国がそういう国だと認識できれば、国民はおのずと国を誇らしく思うでしょう。 田母神氏は今後も自説を正しいと主張するでしょう。いま必要なのは、戦前の日本や戦争について研究を重ねてこられた方々が彼と徹底的に議論し、理論的に納得できる結論を出すことだと思います。うやむやにすます風潮を利用する人が、また出てこないために。2008年11月18日 朝日新聞朝刊 12版 14ページ「声-「良い国」とは過ち正せる国」から引用 過去の侵略戦争を認めると「良い国」ではないことになってしまうという発想があまりにも狭量というものです。人間のやってきたことですから、世界中のどの国にも、歴史の発展途上で、現代の価値観から批判されなければならない過去はいくらでもあります。わが国も例外ではないと言うだけのことです。 しかし、私は、日本が世界に誇れる「宝」を持っていると思います。それは、憲法9条です。戦後60年以上も、日本は念のために創設した自衛隊に、ただの一度も出動要請することなく、平和国家としてやってくることが出来ました。アメリカ帝国主義は、執拗に自衛隊を米軍の替わりに使うことを要求しているようですが、我々は憲法9条を武器に米帝の要求をはねつけるべきです。憲法9条の存在は世界に知れ渡っています。大西洋に浮かぶカナリア諸島のある島には、日本の憲法9条を刻んだ石碑が立っていて、訪れる観光客に平和の尊さを訴えているそうです。平和の追求という点では、日本は世界の最先端を行っているといえます。この事実に、自衛隊の存在が汚点を記すようなことがあってはならないと思います。
2008年12月14日
日中戦争は侵略戦争ではなかったなどと書いて空幕長が更迭された事件に関連して、元日本軍兵士だった読者が11月15日の朝日新聞に次のように投稿している; 「侵略を知らぬ 空幕長の空論」(6日)を読み、全く同感であった。 私は1944年から一兵卒として中国の戦場を体験した。すでに後方からの補給は途絶え、旧式銃とはいえ武器を持った匪賊(ひぞく)と化していた。食料は不足、衣服も、冬を迎えても夏服のまま、寒さに震えていた。 討伐と称して、部隊は敵の領内へ侵出、食料などを漁(あさ)った。私が一軒の民家に入ると、そこにはやせ衰えた母親と、その子供の掛けていた布団が目に入った。私は無情にも、その布団をはぎ取ろうとした。母子は必死で布団にしがみついた。懇願する母子の姿に、思わず手を離してしまった。 あの時、もし強引に奪っていたら、その罪の深さに今もなお苛(さいな)まれ続けていただろう。それでも略奪行為に加担した一員として忸怩(じくじ)たる思いが消えることはない。 前空幕長の侵略国家否定論は、戦争の実態を知らぬ無知さ加減を暴露したものと言える。参院の参考人質疑までの報道に接し、偏った観念論で戦争を語ることの怖さを知り、「文民統制」の主格たる「文民」の影の薄さを嘆くものである。2008年11月15日 朝日新聞朝刊 13版 17ページ「声-戦争への無知暴露の観念論」から引用 戦争が終わって60年以上たつと、戦争を知っている人たちも少なくなり、漫画や作り話でしか戦争を理解しない人たちばかりになってしまう。そのような状況で我々が正しく侵略戦争の反省を継承していくためには、ここに引用したような戦争体験者の証言は、大変貴重である。
2008年12月13日
日本共産党が訴える「ルールある資本主義」が、働く人々の共感を得ていると、11月14日の朝日新聞が解説している; ホー先生 共産党の志位委員長が「ルールある資本主義」を訴えているんじゃと? A 弱肉強食に陥らないように、企業の過度な利潤追求を抑制するのが「ルールある資本主義」だと主張している。非正規雇用を社会の1割以下に抑え、大企業への行き過ぎた減税をただす。そんな施策を考えているようだ。企業経営者を対象とした講演でも、そうした資本主義こそ「日本企業の競争力を高める」と説いたんだ。 ホ 共産主義を捨てたのかのう。 A 志位さんは「資本主義が健全に発展すれば、その次の社会に進む条件が熟する」と言っている。共産党は、まず資本主義の枠内で改革を進め、次の段階で社会主義、共産主義に進むとしている。 ホ それにしても、なぜいま「ルールある資本主義」を強調するんじゃ? A 世界的な金融危機や格差拡大などを背景に「行きすぎた資本主義」を批判する声が高まっている。時代の変化を感じ取った共産党はそこに切り込んだんだ。反響は大きいようで、10月の志位さんの国会質問を収録したインターネット動画には、13万件以上のアクセスと数万件の応援コメントが寄せられた。「働く貧困層」を救済しようと低賃金労働問題を追及したから、若者を中心に派遣労働者の共感も呼んでいるようだ。入党する人も増えているんだって。 ホ 「蟹工船」ブームも何か関係があるのか? A 「蟹工船」は戦前のプロレタリア文学で、著者の小林多喜二は共産党員だった。小説は、厳寒の海で操業する蟹工船内での虐げられた労働者の苦悩と団結を描いている。それがいまの派遣労働の実態とダブってみえるためか、今年に入って50万部以上の大ヒットになっている。 ホ じゃあ、次の衆院選で議席を伸ばせるかな? A 追い風が吹いても、小選挙区制度で小政党が勝つのは難しい。共産党はこれまで全小選挙区での候補擁立をめざしてきたけれど、次の衆院選からは候補者を半分程度に減らし、比例区に集中する方針なんだ。選挙の結果、自民党と民主党が伯仲すれば、共産覚の影響力が強まり、政策実現に結びつくといった期待もあるようだよ。 (村松真次)2008年11月14日 朝日新聞朝刊 14版 2ページ「ニュースがわからん!-共産党が変わった?」から引用 生産の現場は資本家が支配しているから、これを自由放任にすれば労働者は搾取される一方で貧困化し、社会が立ち行かなくなる。社会が健全に発展するには、資本家の行動を法をもって規制する必要があるのは当然である。
2008年12月12日
空幕長更迭事件が起きた背景と「靖国派」の狙いについて、一橋大学教授・渡辺治氏は、11月23日の「しんぶん赤旗」で次のように述べている; 日本の侵略戦争と植民地支配を否定する前空幕長・田母神氏の論文。狙いは何か、なぜ起きたのか。日本政治史に詳しい憲法学者の渡辺治・一橋大学教授に聞きました。 田母神前空幕長の論文の狙いは、今の自衛隊が集団的自衛権の行使ができず、攻撃的兵器も持てないなど、9条の制約のもとにある現状を反憲法的に打開することを訴える点にあったと思う。だが、それを正面から主張してしまうと責任を問われるので、歴史観、国家観の見直しという形で「側面から」訴えたものだ。 自衛隊元幹部の志方俊之氏がテレビ番組で「彼の真意をくみとって憲法改正に踏み出すべきだ」とのべたのは、田母神氏の本音を代弁したものだと思う。統制の張本人 田母神氏や一部自民党議員は空幕長解任を「言論の自由」の侵害であり「思想統制につながる」といっているが、二つの点で全く誤っている。 一つは、田母神氏の発言や行動が、隊内における言論や思想の自由の厳しい規制を前提に、特定の偏った思想を強制するものだという点だ。一般隊員の言動は厳しい規制と管理下におかれる一方、近年では自民党から立候補した元自衛官の「講話」を聞くことが強制される事態も生まれている。 田母神氏は侵略戦争を肯定する歴史観を空自トップとして隊員に対し、正規の教育や訓話で強制してきた。懸賞論文への応募も、空幕人事教育部長等を通じて強要した。思想統制の「被害者」どころか張本人だ。 二つめは、空自トップの幹部の言動は、憲法が国民に保障する「言論」ではなく、自衛隊を反憲法的方向に変ぼうさせようという「行動」であり、国民の厳しい監視の対象になるということだ。彼のような最高幹部の言動は、単なる「言論」を超えて自衛隊という実力組織を特定の方向に転換させる強制力を持つ。「言論の自由」の名で、憲法や政府見解と反する言動を放置すれば、自衛隊をさらに反憲法的、侵略的方向に変質させることを加速する。 最高幹部の言動を憲法と法律に照らして厳格に監視すべきことは、政府や自治体を問わず公共組織すべてに当てはまる。軍隊はとくに、特別の権力性と暴力性をもった組織だ。軍事組織が暴走すれば取り返しがつかない。 だから自衛隊の活動には、他の公共機関にはないシビリアンコントロール(文民統制)という制度が特別に設けられている。戦前の軍部が政治のコントロールを暗殺やクーデターという暴力で排除し、狂暴な侵略戦争を引き起こし、2千万人ものアジアの人々を殺した痛苦の体験があるだけに、一層厳格に考えるべきだ。田母神氏の言動は厳正な懲戒処分に付すべきだ。なぜ起きたか なぜ、今回の問題が起こったのか。背景には04年のイラク派兵を画期にした自衛隊の変賃・肥大化がある。 戦後、自衛隊は憲法に反してつくられたため、強い反対の声に直面し、9条の規制のなかでの活動を余儀なくされてきた。核を持たない、武器輸出はしない、海外派兵はしないなどだ。戦前の日本の政治を支配した「軍部」やアメリカのような「軍産複合体」も戦後の日本では存在できなかった。 しかし、イラク派兵以降、自衛隊の存在が肥大化し、「軍部」化の動きが台頭した。悲願の防衛省が誕生した。安倍元首相は任期中の憲法改定をいい、麻生首相も集団的自衛権の行使へ政府見解の見直しを表明した。自衛隊の「戦争する軍隊」への変ぼうが進行している。田母神氏の言動はこうした変ぼうの加速化をねらってのものといえる。 田母神氏個人の特異な問題とか、政府見解に反する文民統制の問題とだけとらえるのでは不十分だ。海外派兵軍化へと自衛隊の変質を加速させようとする、政治的な決起ととらえる必要があると思う。初発の段階でこの流れを厳しく批判し、止めること。これが、かつて軍部ファシズムの暴走を食い止められなかった痛苦の歴史から学ばねばならない教訓である。2008年11月23日 「しんぶん赤旗」日曜版 7ページ「特定の隊内教育こそ言論の自由を侵す」から引用 田母神前空幕長の論文発表は、単なる言論活動と見るのは誤りで、航空自衛隊トップによる政府見解の否定、すなわち「反政府行動」とみなすべきであり、7千万円もの退職金を支払ったのは間違いで、懲戒免職とするのが正しい処理の方法であった。このような間違いは十分に反省しないと、自衛隊制服組がシビリアンコントロールを軽視することにもなりかねない。政府は今回の事件を十分反省する必要がある。
2008年12月11日
更迭された田母神空幕長は統幕学校長時代に侵略戦争を肯定する偏った講義を新設し、その偏向教育を受けた幹部自衛官は400人にのぼることが、共産党議員の追及で判明したと、11月23日の「しんぶん赤旗」が報道している; 田母神俊雄前空幕長がのべた侵略戦争・植民地支配肯定の歴史観・国家観が、自衛隊の幹部学校で大規模に教えられていることがわかりました。 田母神氏が統幕学校長時代に「歴史観・国家観」の講義を新設、受講した幹部自衛官が400人に達していた-。13日の参院外交防衛委員会で日本共産党の井上哲士議員の追及に、浜田靖一防衛相が答えました。 ところが防衛省は講師名を黒塗りで提出。北沢俊美委員長(民主党)も「黒塗りで出すなどはどういうことか。防衛省は即刻明らかにすべき」と批判したほどです。 防衛大学校の必修科目の教科書にも、明治以降の日本が起こした戦争をすべて「自衛を基本」とし、侵略戦争正当化の歴史観で書かれていることも判明しました。 「歴史観・国家観」の講義を担当した5人のうち、3人の大学教授が、いずれも侵略戦争を美化する「新しい歴史教科書をつくる会」の正副会長であったことも明らかになりました。3人は八木秀次高崎経済大教授、高森明勅拓殖大客員教授、福地惇大正大学教授。2008年11月23日 「しんぶん赤旗」日曜版 7ページ「侵略正当化の講義 幹部400人が受講」から引用このような偏向教育は早急に改められるべきである。
2008年12月10日
現職空幕長が過去の侵略戦争を美化する論文を発表して更迭されるという前代未聞の不祥事について、その背景を11月23日の「しんぶん赤旗」日曜版は、次のように報道している; 「我が国が侵略国家というのは濡れ衣(ぬれぎぬ)」という論文で更迭された自衛隊の田母神俊雄・前航空幕僚長。いま、政界の田母神氏擁護勢力が注目されています。追跡してみると。 取材班 「東京」7日付がこんな記事を掲載しました。 「政府筋は6日、田母神論文について…『あんなもの、大した論文じゃない。日本人みんなが思っていることだ』と記者団に述べた」 編集部の取材でこの「政府筋」として、鴻池祥肇官房副長官の名前が浮かんできました。政府中枢からも 田母神論文について前出の内容を語るとともに、退職金の返還についても「定年退職にして退職金を払ったのに、返せというのはおかしなことだ」などという趣旨の内容を話した、といいます。 18日の段階で鴻池事務所は回答しませんでしたが、官房副長官という政府中枢から、田母神擁護発言が出たとすれば重大です。 田母神擁護発言は、自民党内からも続いています。 自衛隊出身の佐藤正久参院議員は自身のブログの中で、「(田母神氏の処分について)恥辱であり、これ以上の処分が必要か否か」とも書いています。 田母神氏は、辞表提出をめぐり、「私の考えは理解されている」として森喜朗元首相ら二人の元首相の名前をあげたと報道されています。 田母神氏の政界人脈を知るポイントが、田母神氏が論文を応募したアパグループです。 田母神氏の論文の内容は、アパグループ代表の元谷外志雄氏の著書『報道されない近現代史』(産経新聞出版)の主張とほとんど同じ。二人は侵略戦争を美化する共通の歴史観を持っています。元谷氏は著書で田母神氏と同じく「日米戦争を仕組んだのはアメリカ」とものべています。 その元谷氏の政界人脈を垣間見る1枚のペーパーがあります。 「アパグループ『真の近現代史観』懸賞論文優秀作品表彰式 並びに 受賞作品集出版記念パーテイー~発起人を依頼している方々~」 元谷氏は、太平洋戦争の開戦日にあたる12月8日に「真の近現代史観」論文の優秀作品表彰式・受賞作品集出版記念パーティーを計画していました。その発起人を依頼したメンバーの一覧です。 発起人代表には森元首相。依頼した発起人リストには浜田靖一防衛相など自民党や民主党、公明党の国会議員など125人の名前が載っています。重なる「靖国」派 森元首相は編集部の取材に代理人を通じて次のように回答しました。 「テーマや論文募集の事実も知らされないまま、口頭で、出版記念パーティーをやるので発起人代表に就任することを依頼され、元谷氏とは同郷であることから承諾しました。しかし、今回、パーティーの内容が明らかになったため、元谷氏に対して、直接、代表発起人を断り、開催自体をやめるように申し上げました」 また浜田防衛相の秘書官は「一方的に依頼状を送りつけられたので断った」と答えたものの、元谷氏との関係について「何かの会合で名刺交換し、その後、元谷氏が主催する『ワインの会』に一度出た」と認めました。 田母神、元谷両氏の政界人脈は、侵略戦争を美化し、憲法改正を主張する「靖国」派の組織「日本会議」のメンバーとほぼ重なっています。自衛隊を統制すべき「文民」の政治家自身が、田母神氏の後ろ盾となっていることは大きな問題です。 今回の問題発覚にさいし、前出の「日本会議」の役員だった麻生首相自身ただちに田母神氏更迭に踏み切らざるをえませんでした。そのことは日本共産党が小泉内閣以来、侵略戦争美化の議論を史実にもとづいて徹底して批判してきたことが一定の歯止めとなっていることを示しています。 この問題の真相を解明し、さらに、侵略戦争美化の動きにしっかりした歯止めをかけることが重要になっています。2008年11月23日 「しんぶん赤旗」日曜版 6ページ「田母神俊雄前空幕長につながる政界の面々」から引用 日本会議などといういかがわしい団体に所属する政治家は矛盾している。靖国神社に参拝して侵略戦争を美化する運動に加担し、その結果の一つとして「田母神論文」のような事件が起きると、真っ先に「更迭」だとくる。 もともと日本会議に名を連ねるような人物を総裁にする自民党そのものが矛盾していると言える。 ひるがえって、記事も指摘しているように、共産党が史実にもとづいて「靖国派」を批判してきたことは、日本社会の方向性を健全に保つという意味で大変有意義であった。もし、共産党の批判が無かったなら、麻生太郎は首相に就任しても日本会議の役員を降りないでいたかもしれないし、首相の地位を利用して日本会議の主張を宣伝していたかもしれない。そんなことを許せば、日本はあっという間に戦前体制だ。それを許さない日本共産党の存在意義は大変大きいと言える。
2008年12月09日
11月20日の読売新聞には2箇所も、首相の失態を報道する記事があった;「幼稚園、親で苦労」的外れなねぎらい 麻生首相は19日、都内で開かれた私立幼稚園PTAの全国大会であいさつし、「幼稚園はお子さんを預かっているが、そのお子さんの後ろについている親で苦労しているでしょ。子供でなく親で苦労していると私は思っている」と述べた。保護者らが集まった同大会を幼稚園の先生らの会合と勘違いし、日ごろの「保護者対応」の苦労をねぎらおうとしたものと見られるが、『的はずれ』のあいさつとなったようだ。2008年11月20日 読売新聞朝刊 14版 4ページ「『幼稚園、親で苦労』的外れなねぎらい」から引用『医師 社会常識欠落している人多い』 麻生首相は19日午後、首相官邸で開かれた全国知事会議で、地方の医師確保策に関連し、「病院を経営しているから言うわけではないが、医師の確保は大変だ。もっとも社会的常識が、かなり欠落している人が多い。とにかくものすごく価値観が違う。そういう方をどうするか、という話を真剣にやらないと……‥」と述べた。首相がかつて中核企業の社長を務めた「麻生グループ」は、病院を経営している。 首相はこの後、記者団に対し、自身の発言について、「まともなお医者さんが不快な思いをしたというのであれば、申し訳ない」と陳謝した。首相の発言に対し、日本医師会の中川俊男常任理事は19日の記者会見で、「首相がそんなことを言うとは思えない。事実確認をしたい」と述べた。同紙 38ページ「『医師 社会常識欠落している人多い』-確保策巡り発言」から引用 幼稚園の先生が「親」で苦労するなどという認識はテレビの「モンスター・ペアレント」などをちらりと見た生半可な知識に過ぎず、医者といえば自分も病院経営の経験があるぞとばかり、研究肌の人物はえてして常識に無頓着な傾向がある、という一般論を、自慢げに断定口調で言ってしまう。しかも、TPOもわきまえず。要するに、意識のレベルが「酒飲み話」程度なのである。一国の首相といえば、明日の国政をどうするか、大所高所にたった見通しを持っていただきたいものだが、人材不足とはいえここまでひどい人物を首相にすることもなかったのではないか。
2008年12月08日
先月18日のスレッドには、元日本軍兵士が自らの体験に照らして田母神前空幕長の論文を批判した投書を引用したが、それに対する共感が11月13日の朝日新聞に掲載されているので、ここに書きとめておく; 「侵略を知らぬ空幕長の空論」(6日)を読んだ。元兵士の方の言葉は一つ一つに重みが感じられ、空幕長論文を新聞で読んだ時に感じた疑問に答えをもらった思いだ。 歴史の教科書では日中戦争の発端から日本の敗戦まで数ページにまとめられている。しかし、この戦争で多くの命が失われ、残虐なことも行われた。資料集や授業でのビデオで概要は知っているが、私は戦争についてもっと多くのことを知りたいと思っている。 投稿には生の声を感じた。私たちはそういうものを大切にして、平和を守っていかなければならない。いつの日か日本中に一人も戦争を体験した人がいなくなる日が来てまた同じ過ちが起こるかも知れない。平和を守り抜いていくには私たちが伝えてもらった戦争の恐ろしさをしっかり受け止め、次の世代に伝えていかなければならない。 日本の戦争は侵略で、戦争は二度とあってはならず、人の命は地球よりも重い……。94歳の方の言葉は、空幕長論文で中国の方々にすまないと思っていた私の気持ちを少し和らげてくれ、戦争を語り継ぐ大切さを改めて知らせてくれた。2008年11月13日 朝日新聞朝刊 12版 14ページ「声-戦争語り継ぐ大切さ知った」から引用 過去の戦争の実相を知る上で、体験者の証言は大変重要です。戦場の兵士の体験はもちろんのこと、兵士を送り出した銃後の人々はどのような気持ちで日々を過ごしたのか、私たちの子々孫々まで語り継ぐ必要があります。「体験主義で戦争は語れない」などと聞いたふうなことを言うも者もいるが、ネガティブな話は避けて通りたいというご都合主義以外の何物でもない。自分だけ「侵略戦争の実態」を避けてみても、それでそのような史実はなかったということにはならないのだから、まったく滑稽な言い分である。
2008年12月07日
東京裁判判決から60年たったことを機会にメルボルンで開催された国際会議について、11月13日の朝日新聞は次のように報道している; 第2次世界大戦後に連合国が日本の戦争指導者を裁いた東京裁判の刑の宣告から12日で60年を迎えた。国内では「勝者による一方的な断罪」との批判もあるが、海外では近年、国際刑事裁判の先例として新たな光が当てられている。60年を記念して豪州で開かれた国際学術会議での議論を報告する。 (三浦俊章、隅田佳孝) 「戦犯裁判ではナチスを裁いたニュルンベルク裁判が世界の関心をほぼ独占してきた。今回の会議はこの不均衡を正すものだ」 メルボルン大学での会議初日の10日、こう述べて開会を宣言したのは、豪州のフレーザー元首相だった。会議「国際法の未来への教訓」は、東京裁判で裁判長を出した豪州で開催された。 東京裁判はニュルンベルク裁判と並ぶ数少ない過去の戦犯裁判であるにもかかわらず、国際学界で長く「忘れられていた裁判」だった。 しかし、3日にわたった会議には、豪州のほか、日本、中国、韓国、米国、英国、ニュージーランドの大学や研究機関などから約100人の学者や専門家が参加し、歴史的意義や教訓を議論した。 ロンドン大学のゲリー・シンプソン教授は会議で、今年に入ってから英文で本格的な研究書が3冊出されたことを紹介した。60年という節目がきっかけで、海外の学界ではちょっとした東京裁判ブームが起こったという。 なぜ国際社会は東京裁判を忘却していたのか。 「先に行われたニュルンベルクの二番煎(せん)じと思われたこと。もうひとつは、ドイツの歴史論争はニュルンベルク裁判の話とは区別されて行われているが、日本では東京裁判をめぐって『歴史の戦争』が行われている。海外の研究者はそんな政治の争いにはかかわりたくなかった」。シンプソン教授はこう指摘した。 ほとんどの国では、東条英機元首相以外の被告の名前すら知られていないという。 東京裁判への関心が高まった背景について、藤田久「関西大名誉教授は「冷戦後の90年代から始まった国際戦犯法廷の流れだった」とひもといた。旧ユーゴスラビアやルワンダなど国際紛争の終結後、虐殺の指導者を法に基づいて裁く試みが始まり、東京裁判はその先例だった。 現在の戦犯法廷に与えた影響として豪モナシュ大学のギデオン・ポアズ講師やハワイ大学の戸谷由麻・助教授らがとりわけ注目したのが、部下の犯罪を防げなかった上官に課される「指揮官責任」だった。 東京裁判では、1937年に中国の捕虜や民衆が虐殺された「南京事件」で当時外相だった広田弘毅元首相が、残虐行為を防げなかったとして死刑になった。 英バーミンガム大学のロバート・クライアー教授は「東京裁判における『指揮官責任』は、閣僚でありさえすれば一体で責任を聞えるといった問題のあるものだった。だが、裁判をたたき台にした議論の結果、今日では、指揮官が部下の犯罪を知ることができたか、防止や処罰の策をとらなかったか、など細かい条件を付している」と話した。連合国側の犯罪も議論 東京裁判で処罰の対象とされなかった「忘れられた戦争犯罪」も議論になった。 慰安婦問題は女性問題への意識の欠落などから、旧日本軍の731部隊による中国人捕虜らへの生体実験は米国への実験成果の提供の見返りとして、処罰の対象にならなかったと指摘された。 議論が最も白熱したのが、広島、長崎への原爆投下や都市への無差別爆撃といった、連合国側の「戦争犯罪」を論じたセッションだった。豪州、ニュージーランドの軍人たちも姿を見せていた。東京裁判は現代の戦争法規の問題としてとらえ直されていた。 豪州空軍のイアン・ヘンダーソン中佐は「爆撃が行われた第2次大戦当時の国際法では、必ずしも違法とは言い切れない」と報告。これに対して、メルボルン大学のチャールズ・シエンキング講師は、「当時の米軍の幹部たちは『もし戦争に負けたら、我々は戦犯だろう』と回想している。違法という認識はあった」と反論した。 イラクやアフガニスタンで一般市民が空爆に巻き込まれている米軍の「精密爆撃」にも話は及び、その合法性をめぐって激論になった。 このほか、東京裁判はあとからつくった法規で指導者を裁くなど問題があるとして、被告全員に無罪を言い渡したインドのパル判事が反西洋帝国主義の人として取り上げられた。「平和に対する罪」で死刑を適用してはならないと少数意見を書いたオランダのレーリンク判事は、公正さを貫いた人と指摘された。 海外の大学で東京裁判を研究して博士号を取った日本人学者の新しい世代が活躍したことも注目された。 指揮者責任に言及したハワイ大の戸谷助教授は、東京裁判の従来の研究があまりにも米国中心的だったと批判し、多角的な視点の必要性を訴えた。旧ユーゴやルワンダの国際戦犯法廷から、戦勝国と敗戦国との戦後和解の機能としての法廷について研究する国連大学の二村まどか学術研究官は「日本人は東京裁判は外からの押しつけだと不満を募らせる一方で、裁判を口実に自ら戦争を子細に検証したり、評価を下したりしてこなかったのかもしれない」と報告した。 「東京裁判の国際法に対する責献はまだ道半ばである」。藤田名誉教授は、議論をそう総括した。数少ない先例である東京裁判を通して戦争をめぐる法秩序のあり方を多面的に検討し、今後の教訓をくみ取ろうというのが、参加者共通の問題意識だった。 会議を主催したメルボルン大学のティム・マコーマック教授は、「戦争がもたらす負の遺産はとても大きく、戦争裁判はその一部を解決するにすぎない。東京裁判を論じる際には、そのことを忘れてはいけない」と語った。2008年11月13日 朝日新聞朝刊 13版 3ページ「教材としての東京裁判」から引用 東京裁判が国際法に果たす役割はまだ道半ばだそうですから、今後ますます研究されて国際紛争解決の一助となることを、ひいては国際社会から武力紛争を無くす道につながるように念願しております。
2008年12月06日
東京裁判から60年目となる今年、オーストラリアで東京裁判の歴史的意義を議論するシンポジウムが開催されたと、11月11日の朝日新聞が報道している; 【メルボルン=隅田佳孝】第2次世界大戦後、米英豪などの連合国が、東条英機元首相ら日本の戦争指導者25人を裁いた極東国際軍事裁判(東京裁判)の判決から12日で60年になるのにあわせ、豪州・メルボルン大学で10日、国際会議「国際法の未来への教訓」が始まった。 日英豪など7カ国から国際法や歴史学の専門家約20人が招かれ、3日にわたって裁判の歴史的意義や問題点を議論する。東京裁判は、英語による研究が少ないこともあり、ナチスを裁いたニュルンベルク裁判と比べて国際的には注目を集めてこなかった。会議は、東京裁判の裁判長ウェッブを出した豪州で60年を機に、東京裁判を改めて位置づけようと、メルボルン大のロースクールが主催。マコーマック教授は「人道に対する罪などを違法とする国際刑事裁判所が03年に設置され、近年、戦争犯罪への関心が改めて高まっている」と語る。2008年11月11日 朝日新聞朝刊 14版 38ページ「豪州で『東京裁判』シンポ」から引用 このような学術的な会合を多く開いて、怪しげな歴史観が出てきても人々が惑わされることがないように、健全な歴史認識が普及することを希望します。
2008年12月05日
空幕長更迭に連なって次々と新たな事実が明らかになっている自衛隊について、11月8日の朝日新聞朝刊は次のように論評している; 航空自衛隊の田母神(たもがみ)俊雄幕僚長が政府見解に反し、日本の侵略戦争を肯定する内容の論文を投稿して更迭された事件をめぐって、新たな事実が次々と明らかになっている。 懸賞論文に応募したのは田母神氏だけではなく、応募者235人のうち、94人が航空自衛官だった。この中の63人が、かつて田母神氏が司令をつとめた小松基地所属の自衛官だった。 航空自衛隊の中枢である航空幕僚監部が、全国の隊員に応募を呼びかけていたことも防衛省の調査でわかった。懸賞論文の課題は「真の近現代史観」である。教育の一環として奨励したというが、戦前の日本の歩みを美化する方向の歴史観を、組織をあげて論じようとしたと見られても仕方あるまい。 懸賞論文を主催した企業の代表は「小松基地金沢友の会」の会長で、田母神氏の知人でもあった。第6航空団の応募が突出している背景には、そうした人間関係が浮かんでくる。 小松基地の第6航空団では、事前の論文指導までしていた。田母神氏は問題論文で、日本の植民地支配や侵略戦争への反省を表明した政府見解を非難した。似たような趣旨で書くよう指導していたのだろうか。 航空自衛隊だけではない。海上自衛隊では隊員や幹部向けの「精神教育参考資料」に「わが国民は賤民(せんみん)意識のとりこ」という表現があったことも明らかになり、防衛相が陳謝した。 田母神氏は、将官への登竜門といわれる統合幕僚学校の校長もつとめていた。全国の自衛隊でいま、どんな教育が行われているのか、早急に総点検する必要がある。 論文応募が明らかになった直後、辞職を求めた浜田防衛相に対し、田母神氏が拒否していたことも判明した。 そもそも自衛隊は、大日本帝国の日本軍が果たした役割への反省を踏まえ、平和憲法に基づく民主主義国家の独立と平和の守り手として発足した。精強でなければならないが、意識において旧軍の負の遺産とは明確に断ち切られている必要がある。 自衛官ならなおのこと、歴史認識などバランスのとれた教養と正確な知識、民主主義社会における文民統制のあり方などがきちんと教育されなければならない。組織の外と触れ合い、平衡感覚を磨くことも大切だ。 災害救援や平和維持活動への参加などもあって、自衛隊に対する国民の信頼は着実に高まってきた。過去の反省に立ち、全く新しい組織として生まれ変わったという自衛官の意識と実績が、それを支えてきたのだ。今回の空幕長論文の事件は、そうした努力と国民の信頼を大きく揺さぶっている。 自衛隊に対する最高の指揮監督権を持つ麻生首相はもっと危機感をもって、信頼回復の先頭に立つべきだ。2008年11月8日 朝日新聞朝刊 14版 3ページ「社説-隊員教育の総点検を急げ」から引用 自衛官ともなれば歴史認識などバランスのとれた教養と正確な知識を身に付けているべきなのに、田母神俊雄氏のような偏向した歴史観を持つ人物が、国民の知らぬ間にトップの座にいたというのは、前代未聞の不祥事というべきである。これが50年代や60年代だったら内閣総辞職になっていたはずだ。日ごろから隊員にどのような教育をしているのか、徹底調査を行い国民の前に明らかにするべきである。
2008年12月04日
海上自衛隊の隊員教育資料に不適切な表現があることが、国会審議で明らかになったと、11月7日の朝日新聞が報道している; 「敗戦を契機に、わが国民は自信を失い、愛国心を口にすることはおろか、これをタブーとし、賤民(せんみん)意識のとりこにさえなった」 自衛隊の海上幕僚監部が作成した一般隊員・幹部向けの精神教育参考資料に、こんな表現があることが、6日の参院外交防衛委員会の審議で明らかになった。浜田防衛相は「きわめて違和感がある」と陳謝した。 民主党の白真勲氏が防衛省からこの資料の提供を受け「『賤民』という言葉にかちんとなった。一種の差別用語といえなくもない。極めて問題だ」と指摘。浜田氏は「しっかりと確認し適切でなければ変えさせていただく」と応じた。 この資料は02年3月付。該当部分は部外の大学教授の著作(1976年)から引用したとしている。2008年11月7日 朝日新聞朝刊 14版 39ページ「『わが国民は賤民意識のとりこ』海自教育資料に記述」から引用 敗戦を契機に自身を失ったのは国民ではなく、ごく一部の軍国主義者に過ぎない。大部分の国民は慶びを持って平和憲法を受け入れ、経済大国になったことで自信を持っていると言える。このような現実に目を向けず、自衛隊員に「国民は賤民意識のとりこになってるぞ」と教え込むのは、間違った方向に自衛隊を持っていこうとする悪意があると言える。浜田防衛相にはしっかり監督していただきたい。 同じ海自教育資料には「愛国心を語ることがタブー」になっていると書いてあるそうだが、仮にそうであるなら、その原因を考える必要があるのではないか。戦前の天皇制政府が「愛国心」をお題目のように唱えて国民を侵略戦争に駆り立てたという前歴がある。昭和天皇を初めとする戦争指導者たちが「国を守るため」「お国のため」と称して国民を戦争に動員したが、後から振り返ったらただの侵略戦争だったことが明らかになり、国民は騙されたと思った。 国民はそういう経験をしているから、国家権力が再び「愛国心」を言い出したときは、また騙しにかかってきたか、と警戒するのは当然のことだ。それが困るというのなら、二度と戦争はしないことを自他共に認めることができるように努力することである。しかしながら、現実には憲法が禁じている軍事力を既に保有しているのだから、この環境で「愛国心」を持ち出すということは、目的は戦前体制復活以外にないと言える。
2008年12月03日
11月11日に国会に参考人招致された前空幕長・田母神氏は、発言を求められて反省するどころか、開き直って持論を強弁した。その時の様子とその背景を、11月16日の「しんぶん赤旗」日曜版は次のように報道している; 「日本が侵略国家というのは濡れ衣(ぬれぎぬ)」論文で更迭された自衛隊の田母神俊雄・前航空幕僚長。参院の参考人質疑(11日)でも反省どころか退職金も返さず、「憲法を改正すべき」「私は間違っていない」などと発言をエスカレートさせました。強気のこの人物の背景には、政治家の姿や自衛隊の危険な実態が浮かんでいます。田中倫夫、三浦誠記者 参考人質疑で田母神氏は、持論をまくしたてました。 「集団的自衛権も行使し、武器も堂々と使用したいという本音か」との質問に「私はそうすべきだと思います」と開き直りました。田母神氏がここまで突っ張れる背景には!。どこが悪いんだ 参考人質疑がおこなわれた11日、自民党本部で国防関係合同部会が開かれました。 「(田母神氏の)持論がなぜ悪いか分からない」(岩永浩美参院議員) 「歴史観を対象に懲戒処分をしようとしたのは問題」(土屋正忠衆院議員) 「田母神擁護論」が噴き出しました。 石川要三元防衛庁長官も編集部の取材に「田母神氏の議論は基本的には肯定する。日本の侵略と植民地支配を謝罪した村山談話を十数年たってもうのみにしていることがおかしい」と語りました。 田母神氏の辞表提出をめぐってはこんな話まででています。 「(辞表提出をめぐり防衛相らと)押し問答が続く中、田母神氏は『私の考えは理解されている』として唐突に元首相2人の名前を挙げた」(「毎日」9日付) 田母神氏が名前を挙げた一人は森喜朗元首相。森元首相は航空自衛隊小松基地を抱える石川2区選出で、田母神氏は空幕長就任前、この基地の司令をしていました。 田母神氏と政治家との接点といわれているのが、ホテルチェーン・アパグループ代表の元谷外志雄代表。「小松基地金沢友の会」の会長もつとめ、田母神氏更迭の原因となった懸賞論文はこのアパグループが主催したものです。田母神氏と元谷代表は、アパグループの情報誌(99年4月号)で対談するなど古くからの親しい関係です。 一方、森氏は昨年、アパグループ企業から12万円の献金を受けています。「靖国」派が擁護 また元谷代表は、安倍晋三元首相の後援会「安普会」の副会長もつとめていました。田母神氏を空幕長に任命・承認したのは安倍内閣でした。 元谷代表は、「日本を語るワインの会」を主催。自民党や民主党の政治家を招いています。 その議論の内容は「徴兵制を導入すべき」「日本ももっと柔軟に『核のカード』を利用すべき」など。05年には安倍元首相が、04年には鳩山由紀夫・民主党幹事長と田母神氏がゲストとして出席しています。 「神の国」発言の森氏、「戦後レジームからの脱却」「任期内の改憲」をかかげた安倍氏、そして政治家と危険な議論を交わす元谷氏-侵略戦争を美化する「靖国」派といわれる人たちが、田母神氏を擁護してきたのです。 日本共産党の市田忠義書記局長は10日の会見でいいました。 「政治の側が空幕長がこんなことを公然と言える土壌をつくってきたことが重大だ」「歴代政府の責任や事実関係などをさびしく追及していく」特殊な歴史観を自衛隊員に講義 侵略戦争を否定する特殊な歴史観を田母神前航空幕僚長が日常的に自衛隊に持ち込んでいた-日本共産党の井上哲士参院議員は11日の参考人質疑で、そんな実態を明らかにしました。 「南京大虐殺は、見た人が一人もいない」「専守防衛が正しいのか、検討されなければいけない」 井上議員が入手した文書によると田母神氏は、今年1月30日に航空自衛隊熊谷基地(埼玉県)で、約1200人の隊員を前にそう話しました。 「強力な権限を持つ空幕長が、自衛隊の外で公にしたら更迭されるような内容を、職務権限を使って教え諭した」(井上議員)というのです。 これには浜田靖一防衛相も「大変重大なことと認識している」と答弁しました。 それだけではありません。 田母神氏は、2004年に統合幕僚学校長として、「歴史観・国家観」という課程を導入しました。 この課程で講義した一人が、侵略戦争美化の教科書作りを進める「新しい歴史教科書をつくる会」の福地惇副会長(当時は理事)でした。 06年4月17日の講義案によると福地氏は太平洋戦争について、「侵略戦争では全くなく、『自存自衛』のためのやむをえない受身の戦争」だったことを論じるのが、講義の目的としています。このことは、統幕学校という教育の場で過去の侵略戦争を美化したというだけではありません。実力部隊である自衛隊を侵略戦争美化の危険な方向に導こうとするものです。2008年11月16日 「しんぶん赤旗」日曜版 5ページ「反省どころか発言増長」から引用 岩永浩美参院議員や土屋正忠衆院議員、石川要三元防衛庁長官といった人々は、自民党議員として自由に発言するのはかまわないが、政府の要職を担える人物ではないことを自ら暴露している。 自衛隊を戦争美化の方向へ誘導しようとする「靖国派」の策謀は阻止しなければならない。
2008年12月02日
航空幕僚長という要職にある者が政府見解を無視する論文を公表した衝撃的な事件について、旧日本軍の復活を危惧する投書が11月5日の朝日新聞に掲載された; 航空自衛隊トップの田母神俊雄・航空幕僚長が「我が国が侵略国家だったというのはぬれぎぬ」と主張する論文を書き、公表したことが従来の政府見解を否定するものであるとして更迭された。 政府の措置は当然であるが、これで終わりとしてはならない。田母神氏の見解はどのような系譜で生じたものなのか、またその見解が自衛隊内にどのような影響をもたらしているのか、それらの点が明らかにされなければ、現在の自衛隊が真に日本国憲法にふさわしいものであるかどうか疑わしいからである。 もしも田母神氏の思想がわずかでも旧日本軍の伝統をひくものであったり、彼によって教育訓練を受けた自衛隊員らの中に田母神氏と同じ見解を抱く者がいたりすれば、自衛隊に対する政府のシビリアンコントロールが完全に機能しているとは言えないであろう。 第2次大戦中、国民は旧軍の独裁や横暴を経験し、悲惨な時代を過ごした。万が一にも、自衛隊がかつての日本軍のようなモンスターに育つことを恐れるのである。2008年11月5日 朝日新聞朝刊 13版 17ページ「声-空幕長の見解 影響を調べよ」から引用 かつての侵略戦争を実行した日本軍は天皇を大元帥とする軍隊で、政府のコントロール下にあるものではなかった。もし自衛隊がそのような旧日本軍の意識を引き継いでいるとすれば、シビリアンコントロールの点で重大な問題である。田母神事件の背景と、現隊員への影響はどうなっているのか、徹底的に究明する必要がある。
2008年12月01日
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