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コンピューター技術が進歩した結果、普通の事務作業は人間よりも人工知能(AI)に任せた方が、間違いが少なく時間もかからないから経済的だというので、これからはホワイトカラーの時代ではなくなるという見通しを、文芸評論家の斎藤美奈子氏が13日付東京新聞コラムに書いている; かつてエリートといえば、都会のオフィスで働く事務労働者、すなわちホワイトカラーのことだった。ところが最近「ブルーカラービリオネア」という言葉が飛びかっている。直訳すれば「現場労働の億万長者」。 人工知能(AI)の発達で、これまで人がやっていたデスクワークの多くはAIに奪われる。残るのは身体性や複雑なスキルを必要とする現場労働やエッセンシャルワークで、今後は手に職を持った現業職のほうが高い収入を得られる。これがブルーカラービリオネアの意味するところ。 もしこれが事実なら、明治以来、日本社会が培ってきた一流大学に進学して一流企業に就職するという出世のイメージは根底から崩れ去る。 実際、たとえば朝日新聞4月の連載には、大手銀行を早期退職後、外資を経てタクシー運転手に転じた人、年収1千万円を稼ぐとび職人、将来の海外進出を目指して米コンサルティング会社からすし職人に転じた人などが紹介されている。 冨山和彦『ホワイトカラー消滅 私たちは働き方をどう変えるべきか』はこのような時代を背景に、大学教育も意識の持ち方も賃金体系も「昭和モデル」から脱却すべきだと述べている。 すべて鵜呑みにはできないまでも、昨年の流行語大賞になった「働いて働いて・・・」なんてのも昭和の遺物なのよね、今思えば。(文芸評論家)2026年5月13日 東京新聞朝刊 11版 19ページ 「本音のコラム-現場労働の時代?」から引用 この記事が述べるように、人工知能は今後ますます発展し、世の中の事務処理の大半は人手を不要とする時代になると思います。そうすると、人々が働いて収入を得るには、人工知能では対応できない分野、すなわち寿司職人、大工、マッサージ師という職種に、人々が職を求める時代になっていくものと思われます。斎藤氏も言うように、「働いて働いて・・・」などという流行語は昭和の遺物であり、国家情報局の設置だの、武器輸出三原則の改悪だの、高市内閣のやること為すことすべてが時代錯誤であり、この内閣が続く限り日本の後進国化は避けられません。一日も早い倒閣が望まれます。
2026年05月31日
高市早苗については、週刊文春がいろいろと熱心に取材した結果、国会議員がこんなことをしていいのかと疑問に思うような事例が、次々と明らかになっているが、新聞もテレビもその「疑惑」の数々を後追い取材をしようとはせず、静観しているのをいいことに、国会では高市早苗は「週刊誌はいい加減だ。秘書に確認したら、そんなことは一切ないと言っていた。自分は週刊誌よりも秘書を信じる」などとしらを切っているが、10日の東京新聞コラムは、次のように論評している;◆サナエトークン仕掛け人証言 『週刊文春』5月7・14日号「高市陣営が流した『進次郎は無能』動画」が話題になっている。昨年の自民党総裁選で「実務経験ゼロ 耳障りの良い言葉しか言えない『客寄せパンダ』」などと小泉進次郎議員を中傷するショート動画が流布されたのだが、仕掛けたのは高市陣営だった、という記事だ。今年の衆院選でも中道改革連合の複数の候補者を中傷する動画が投稿されたという。 同記事で証言しているのは、サイバー分野の技術者である松井健氏。昨年9月、知人から高市氏の最側近である木下剛志秘書を紹介され、「総裁選で高市陣営が苦戦しているので手伝ってあげてほしい」と依頼されたという。「翌日にすぐチームに参加し、高市事務所とWeb会議を開きました。陣営の現状をヒアリングすると、木下秘書から『すでに陣営でも切り抜き動画の作成を業者に頼んでいるが、数字が伸び悩んでいる』『力を貸してほしい』とのことだった」 高市氏が総裁選に勝利した後、木下秘書から「『いままで色んなところにネット対策頼んできたけど、松井さんがダントツですわ』『また次もよろしく頼みます』と言われました」という。 この松井氏とは、実は暗号資産「サナエトークン」の仕掛け人として同誌4月9日号で実名告白していた人物だ。衆院選後の2月25日に高市首相の名前を冠した暗号資産(仮想通貨)を流通開始、買いが殺到したのだが、3月2日に高市首相が「この卜―クンについては、私は全く存じ上げません」とXで関与を否定。価格は暴落してトークンは発行中止となった。「首相の名を騙った投資詐欺」と見られて炎上した松井氏が、実際は木下秘書に伝えていたと告白したのがこの記事だった。 自身を切り捨てた高市事務所に対する反撃というわけだが、今回の動画作戦についての告発もその延長と思われる。問題は実際に高市事務所がどう関わったかだが、首相は8日に国会で質問され、「他候補のネガティブな情報の発信や、動画を作成し発信するといったことは一切行っていないと報告を受けています」と答弁した。 真相はいったいどうなのか。(月刊『創』編集長・篠田博之)2026年5月10日 東京新聞朝刊 11版 19ページ 「週刊誌を読む-進次郎氏中傷の動画、真相は」から引用 わが国では古来から「火のないところに煙は立たない」との諺があるが、週刊文春の記事というのも、これは高市早苗が秘書と共謀して「火をつけた」から、煙が出て、その結果、文春が報道したというのが実情というものであろう。この件を国会で質問された高市は「これは私と私の秘書の名誉に関わる問題です」などと凄んでみせていたが、名誉をけがされたと言うのであれば、裁判所に訴えて、文春報道が事実無根であることを立証すれば、けがされた名誉は回復されるのだから、忠実な秘書に指示して訴えればいいだけのことです。しかし、実は文春報道は「事実」であるため、高市早苗は絶対に裁判に訴えることはない。訴えたが最後、文春は次々と動かぬ証拠を出してくるであろうし、既に松井氏が「秘書の木下氏と打ち合わせをして、進次郎氏を誹謗する動画を作って配信したのは事実です」と説明している動画は、既に「X」に配信されている。そろそろ新聞もテレビも、この問題を正面から取り上げて、木下秘書を証人喚問するか、高市早苗不信任動議を出すか、するべきだと思います。
2026年05月30日
次の天皇も出来れば男性がいいという自民党の偏った考えが元で、国会では皇族の養子縁組を可能にするための議論が進められていることについて、元文科官僚の前川喜平氏は10日付東京新聞コラムに、次のように書いている; 自民党の高市早苗総裁は皇室典範の改正に前のめりだ。皇族の養子縁組を可能にして旧宮家の男系の男子を皇族とするとともに、女性皇族の結婚後の身分保持を認めるというのが与党案だ。 7日、中道改革連合の「安定的な皇位継承に関する検討本部」は、与党案に沿った笠浩史本部長案で大筋一致したという。森英介衆院議長は今国会中の成立を目指しているが、中道が賛成に回れば成立の可能性は極めて高くなる。 僕はこの改正案には、内容についても、手続きについても反対だ。 内容について言えば、女性天皇と女系天皇を認め、女性皇族が結婚した場合は本人だけでなく夫も子も皇族にすることにして、性別による差別を禁じる憲法14条に沿った男女平等の制度にすべきだ。また、皇室も人間の家族なのだから、家族に関する法律は「個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない」とする憲法24条の趣旨も尊重されるべきである。 手続きについて言えば、この皇室典範の改正は当事者である皇室の方々の意見を尊重し、その同意を得て行うべきである。皇室という家族のあり方は、その家族の考えに基づいて決められるべきなのだ。どんな家族だって「女の子しかいないなら男の子を養子にしろ」などと勝手に決められたら嫌だろう。(現代教育行政研究会代表)2026年5月10日 東京新聞朝刊 11版 19ページ 「本音のコラム-皇室という家族のあり方」から引用 この記事に示された前川氏の考え方は、常識から言っても正論であり、男女同権を定めたわが国憲法の精神に沿っている当たり前の理屈である。高市首相は「天皇は、できれば男性であることが望ましい」と野党議員の質問に答えていたが、彼女がそのように言う根拠は、おそらく戦前の帝国陸海軍を統率した昭和天皇が彼女にとって理想的な「天皇像」だからであり、つまり高市氏は例えば台湾有事などの機会があれば直ちに自衛隊を派遣したくて、その際には天皇から自衛隊に対して「しっかり頑張って来い」と激励してもらいたい、といった程度のことだと思います。しかし、彼女のその希望は、今のところ「憲法違反」であり、そんな野望は全力を挙げて阻止するのが国会の役目のはずなのに、共産党とれいわ新選組以外は自民党と妥協することしか考えない不健全な議会になっているのは、大きな問題です。江戸時代や明治時代と違って、現代では若い人たちが全員必ず結婚するとは限らない時代になっているのであり、皇室に生まれたからには、国会が決めた規則で結婚もしなければならない、などという不合理な法律(つまり皇室典範)をこれから議決するなどというのでは、日本はかなり野蛮な国柄になり下がることになると思います。
2026年05月29日
袴田巌氏が再審の結果、無罪となったことを機会に、再審制度見直し法案を国会に提出する準備を進める段階で、「検察官の不服申し立て」制度を完全になくすことに抵抗する法務省官僚の態度は呆れた話であるが、それに関連して、毎日新聞専門編集委員の伊藤智永氏は、2日付同紙コラムに、次のように書いている; 森鴎外の短編「最後の一句」は教科書に載っていた。 雇い人の不正に連なり死罪を命じられた父を救おうと、16歳の長女いちは妹弟を連れて「自分たちの命と引き換えに父を助けてほしい」と奉行所に願い出る。 白州に並べた拷問道具を指さし役人がいちに問う。「申し立てにうそはないな」「ございません」「お前たちはすぐに殺されて父の顔を見ることはできぬがよいか」「よろしうございます」 いちは冷ややかな調子で答え、少し間を置き何か心に浮かんだらしく言い足す。「お上の事には間違いはございますまいから」 役人の顔に不意打ちにあった驚愕(きょうがく)の色が浮かび、険しく憎悪を帯びた驚異の目でいちをにらむ。同僚に「生い先の恐ろしいものでござりますな」と漏らす。 お上はしばしば間違える。役人は皆自覚しているが、決して間違いを認めない。真実や正義より守らなければならないものがあると信じ込んでいるからだ。 本当に信じているかも疑わしい。むしろ守りたいものにしがみつかないと、役人の存在意義はないとおびえているのだろう。 確定した刑事裁判をやり直す再審制度の見直し法案が、自民党の審査で想定外にもめている。 法務省案には、裁判所の再審開始決定後、検察官が不服を申し立てる「抗告」制度が残っている。 それこそが誤審による冤罪(えんざい)被害の早期救済をいたずらに、いや非道かつ残虐なまでに長引かせてきた元凶だとして一部議員が猛反対し、抗告は「原則」禁止とするところまで押し戻した。なお骨抜きを封じる調整が続いている。 連休中「死刑制度を問う」という本を読んだ。著者は浄土真宗本願寺派前門主(第24代)で全日本仏教会会長を3期務めた大谷光真氏(80)。副題に「仏教・浄土真宗の視点から」とある。 哲学や宗教倫理から法理論、日本の刑事司法の現場、つまり死刑囚の生活、刑執行人の苦悩、死後の後始末にまで、切り詰めた言葉で柔らかく緻密に説き及ぶ。 驚くべき結論が導かれる。人を殺したら自らの命で償うべきだという世間の理屈と死刑制度は釣り合っていない。死刑がある本当の理由は、国家権力に逆らったら殺す「見せしめ」だというのだ。 「見せしめであれば、死刑になるのが真犯人かどうかも二の次となります。冤罪を減らそうとしない政府の態度も理解できます」 法務官僚が死刑を存置し、再審に抵抗する理由は、底流で通じている。法制審議会に大谷氏を招請すべきである。(専門編集委員)2026年5月2日 毎日新聞朝刊 13版 2ページ 「土記-お上の事に間違いはある」から引用 法務省が最初に出した「再審制度見直し法案」はまったく見直しにはなっていない、検察が「ノー」と言えば再審は出来ないという何の改善も認められない「見直し法案」で、法務省には「冤罪被害者を救済する」という意志がまったく認められず、世間がこれだけ「再審制度見直しが必要だ」と言ってるのに、法務省にはその気は全然ないのはなぜだろうと、私にはまったく理解できない状況でしたが、このコラムを読んで「法務省の官僚は、冤罪被害者救済よりも犯人に対する”みせしめ”及び、真犯人でなくても疑われれば逮捕・投獄の目に会うという”恐怖”が目的なのだ」と、合点がいきました。しかし、法務官僚がもっているであろう、そのような価値観は、江戸時代から明治にかけての時期の「価値観」であって、「国家権力の横暴から国民の人権を守る」目的の憲法をもつ現代の日本には、あってはならない価値観であり、再審決定後の検察官の不服申し立ては憲法違反であるということを、政府と国民の間の「共通認識」にする必要があると思います。
2026年05月28日
憲法の平和主義を無視して勝手に「戦争をする国」への宗旨替えを進める高市政権を、12日の「しんぶん赤旗」の「主張」は次のように批判している; 高市早苗政権が強権をふるうなか、歯止めとなるべき国会が十分な役割を果たせていません。「国家情報会議」設置法案、健康保険法改定案など、国民の命と暮らし、平和や人権にかかわる重要な法案が次々と衆院を通過しています。衆院各委員会で両法案に反対したのは日本共産党だけです。高市政権に対し、及び腰で対決軸を示せない他の野党の存在意義が問われます。■反対は共産党だけ 「国家情報会議」設置法案は、政府の情報機関の司令塔機能を強化するとして、「国家情報会議」と「国家情報局」を新設します。官邸の意向がダイレクトに警察など各情報機関に伝わり、資料などを提供させる義務を課すことで、官邸への情報集約が強化されます。警察などによる市民監視を強め、人権侵害が引き起こされかねない重大な問題をはらんでいます。 健康保険法改定案は、類似の市販薬のある医療用医薬品の費用の一部を保険給付外とする「一部保険外療養」制度の創設を盛り込んでいます。抗アレルギー薬や解熱鎮痛剤など77成分1100品目について現役世代(70歳未満)の場合、患者の負担が1・5倍になります。将来的には、保険から外される部分の拡大が狙われているだけでなく、法文上、診療行為についても保険外しが可能になりかねません。 ところが、衆院各委員会で自民党、日本維新の会の与党だけでなく、中道改革連合、国民民主、参政、チームみらいの各党がそろって両法案に賛成しました。法案の問題点を明らかにして、反対したのは日本共産党だけです。 高市首相は、日本国憲法にもとづく平和主義を根底から覆す動きを加速しています。4月の自民党大会では「時は来た」などと檄(げき)を飛ばし、1年をめどに改憲の発議をおこなう意欲を表明しました。憲法尊重擁護義務を負う高市首相が、時期を区切って、率先して改憲の旗振り役を担っています。 戦闘機や艦船、ミサイルなど、殺傷・破壊能力を持った武器の輸出も全面的に解禁。国民にも国会にも一切諮らず、閣議決定だけで、「平和国家」としての立場を根本的に転換させました。安保3文書の改定に向けた有識者会議の初会合も開催し、戦争する国づくりへの動きを強めています。■暴走への歯止めを しかし、高市首相自身、これらの政策が「国論を二分」するものだと認めているように、国民のなかには強い不安と批判があります。国会前や全国各地には、高市政権の暴走に抗し、「憲法守れ」「改憲反対」と声をあげる人々の姿があります。 問題は、その声を国会に届け、権力を監視する役割を日本共産党以外の主な野党が衆院で果たしていないことです。十分な国会論戦もなく、国民の命や人権、平和にかかわる重大な政策転換を進めることは許されません。 政治を決めるのは主権者である国民です。国民のたたかいを全国津々浦々で大きく広げることで、高市政権の暴走に歯止めをかけることが必要です。2026年5月12日 「しんぶん赤旗」 2ページ 「主張-問われる野党 対決軸示し 強権許さぬ役割を」から引用 政府が国家情報会議だの国家情報局の新設だのと言い出したのは、政府批判をする者をスパイと決めつけて弾圧し、それを見せしめとして他の国民の自由な発言を封じ込めることを目的としたもので、戦前の政府も似たような組織を置いて、関東大震災の時など大杉栄のような思想家を真っ先に逮捕し裁判抜きで銃殺するというような違法行為をしたのでした。高市政権は、戦前のような「政府」を樹立することが目的のようで、「理想的な国家のあり方を書き表したものが憲法だ」などと時代遅れの憲法観を得意になって吹聴してますが、それは戦前の日本人が騙されて教えられた国家観であり、そのような間違いが起きないように、現在の憲法は「政府が国民の人権を侵害することがないように、政府権力を縛っているのが憲法である」との正しい憲法観を、私たちは再確認するべきです。自民党が「国家情報局」などと言い出したなら、直ちに「絶対反対」を表明して阻止する闘いに立ち上がるのが野党の役目のはずなのに、現在の野党は共産党以外、その認識がないというのは、下手をすると戦前の過ちを繰り返すことにもなり兼ねません。ここは共産党の健闘を、多くの国民の応援で支えて行かなければなりません。
2026年05月27日

高世仁・NK917著「拉致」(旬報社刊)について、ジャーナリストの斎藤貴男氏は、次のような書評を書いている; 「私の上着の襟がご覧になれますか? ブルーリボンのバッジをつけています。(中略)日本人を取り返さなくてはならないということを、自分に思い出させるためであります」 故・安倍晋三氏の言葉だ。第2次政権の船出直後の2013年2月、ワシントンの戦略国際問題研究所での演説。 「強い日本を取り戻します。世界により一層の善を為すため-」。だが拉致問題は今日に至るも進展していない。ストックホルム合意(北朝鮮の再調査と日本の一部制裁解除のバーター)も事実上崩壊した。 必ず救い出すと誓った割には、政府の動きは奇怪に過ぎた。北朝鮮の悪質さとは異なるが、「善」とも乖離した人事や演出、情報操作。前記の自己アピールを記憶していた評者は、本書で初めて事の実態を理解できたように思う。 著者も書いている。「北朝鮮の脅威を背景に強硬路線を取ることは、自らの政治路線の正当性を示す有効な手段となり」、「拉致問題は柔軟な解決を探る外交課題から、政治的正当性を支える資源へと性格を変えていった」。 この記述に辿り着くのは、ただし下巻の結び近くだ。そこまでの間に読者は、あまりに不気味で根深い拉致問題のほぼ全容を知ることになる。横田めぐみさんの人生と「遺骨」の深層、日朝交渉の裏側、拉致の手口、前史、そもそもの目的、実行犯らの実像・・・。 著者の拉致取材歴は約30年にも及んでいる。余人には入手不能の極秘文書が活かされているのも本書の魅力だ。 後の大韓航空機爆破事件の実行犯・金賢姫が、拉致被害者李恩恵こと田口八重子さんに初めて会った際、こう考えた。「わが民族の分断に重大な責任のある日本人が、統一のために一人くらい犠牲になることは甘受すべきだ」。 彼女だけの感覚ではないだろう。そう思わせてしまったら最後、ツケを払わされるのは市井の人間だ。現在の日本もまた、米国の尻馬にばかり乗っていたら、新たな"北朝鮮"を世界中に生み出すことになりかねない。<高世仁 ジャーナリスト。NK917 ジャーナリストによる匿名ユニット>2026年5月9日 東京新聞朝刊 13ページ 「政治的アピールの手段に」から引用 70年代から80年代にかけて、朝鮮民主主義人民共和国の人間が日本人を日本から、そして欧州旅行中の日本人をも拉致して同国へ連行した事件が発生し、一部被害者は小泉純一郎氏が首相だったときに、日朝国交正常化交渉のために訪朝した際に、共和国側は「拉致事件」があったことを認め、最高指導者である金正日氏が謝罪したのであったが、その後の日本政府側の対応にミスがあったために、被害者の生存確認などが不十分のままで、要するに未解決のまま今日に至っている。日本側のミスというのは、主として安倍信三がワケもなく共和国を「悪者扱い」し、先方の面子をつぶすような言動を繰り返したために、共和国側も「これ以上、誠意を見せるつもりで努力してみても、良い結果には至らないであろう」と判断した可能性が高い。それを、分かりやすく言えば「(日本の政治家が)強硬路線を取ることが、自らの政治的正当性を示す有効な手段となる」という、日本社会がそういう歪んだ構造の社会であったことが、大きな要因となって、いまだに「未解決」になっている。こんな風に書いても、それはほんの上辺の話であって、真の原因を突き止めるには、上の記事が紹介している「拉致」上巻・下巻を読むことである。
2026年05月26日
陸上自衛隊の一部隊が新しいロゴとして公開したデザインは、像の頭を持つ人物が機関銃をかまえて、その肩にはドクロマークのワッペンが付いているという異様なものだったため、新聞でも取り上げられて、あまり良い評判ではなかったため、すぐに「取りやめ」となった一件について、文筆家の師岡カリーマ氏は、9日の東京新聞コラムに、次のように書いている; 陸上自衛隊第1師団第1普通科連隊がSNSで公開した新ロゴは、象の頭を持つ屈強な迷彩服の人物が軍隊仕様の銃を抱え、片目は青い炎で隠れて、アクセサリーは頭蓋骨と太い鎖・・・実物の印象は活字の描写より怖い。 ビデオゲーム世代とはいえ、人工知能で作成したというこのロゴに、隊員が違和感を持たなかったなんて本当にあり得るだろうか。今のところ日本はまだ専守防衛の平和国家で、自衛隊の主な使命は事実上、戦争ではなく災害時の救助などだ。そういう彼らの好感度に、このロゴはそぐわないと誰も、年長の上官も、思わなかったとは信じ難い。もしやこれは、「もう時代が変わった」ことを私たちがどこまで受け入れるかを試すリトマス紙だったのではないかと訝(いぶか)ってしまう。幸い、否定的な反応を示してロゴを撤廃に追い込んだ国民は、その「試験」に合格したが。 あるいは、自民党の会合で国歌を歌うなど、権力との距離がおおっぴらに縮まる中、国民感情に対するアンテナの感度が鈍っていたのだろうか。国民が抱くイメージと隊員の自己イメージがズレていないといいのだが。 国民の過半数が憲法9条は変えないほうがいいと答え、貴重な連休にもかかわらず「改憲反対」「戦争反対」と訴える集会に大勢の人が参加しても、為政者に届く気配がない現状では、つい勘ぐってしまう。(文筆家)2026年5月9日 東京新聞朝刊 11版 19ページ 「本音のコラム-何かのリトマス試験紙?」から引用 この記事では、自衛隊の内部で新しいロゴを検討しているときに、あのような異様なデザインは自衛隊の任務に相応しくないと判断する人物がいなかったとは信じがたいと言っているが、似たような「信じがたい事例」は他にもあった。それは、自民党大会に現職自衛官が、上司の承認がなければ着用できない儀礼用の制服を着て参加し、ステージで君が代を歌った事件である。自衛隊法には、自衛官が特定の政党政派に便宜を供与することを禁止する条項が存在し、当該自衛官の行動は明らかに自衛隊法違反であるにも関わらず、防衛省の責任者も防衛大臣も首相も、「事前に知らされていたわけではなかったので・・・」などと釈明して、誰も責任を取らずにうやむやになっている。異様なデザインのロゴの件では「国民は撤廃に追い込んだので『合格』」と、上の記事は言ってるが、「現職自衛官の自民党大会出席・君が代斉唱」事件のほうは『不合格』であることを、忘れてはならないと思います。
2026年05月25日
毎年、憲法記念日になるとメディアが発表する世論調査の結果について、文芸評論家の斎藤美奈子氏は6日付東京新聞コラムに、次のように書いている; 憲法記念日の恒例行事となった全国紙ほか報道機関各社の世論調査。この種の調査で必ず設けられているのが「憲法を変えたほうがいいと思いますか」という質問だ。 結果はたいていYESがNOを上回る。 今年の調査では朝日新聞は49%、読売新聞は57%が改憲に賛成で、それぞれ反対より多い。他社の傾向もほぼ同じ。 でもさ、こういう質問って「引っ越しをしたほうがいいと思いますか」くらい無意味なのよね。引っ越し先がどこかも提示されていないのに、賛成もヘチマもない。 実際、質問が「憲法9条を変えたほうがいいと思いますか」に変わるとちがった結果が出る。朝日は「変えないほうがよい」が63%で「変えるほうがよい」は30%。読売は「これまで通り解釈や運用で対応する」が43%で「憲法を改正する」の38%を上回った。 改憲派はよく「時代に合わなくなった」という理由をあげる。「日本国憲法の改正実現に向けて」と題された今年の自民党の資料にも「国家の基本は維持しつつも、時代の変化に応じてアップデートしていかなければならない」とある。 選択的夫婦別姓も同性婚も認めないのに、憲法だけはアップデートが必要って笑わせるわ。「時は来た」と首相はいうけど、時って何? 「今の家にも飽きたでしょ」みたいな話なんですかね憲法は。(文芸評論家)2026年5月6日 東京新聞朝刊 11版 17ページ 「本音のコラム-アップデートの謎」から引用 大手新聞社が憲法改正について、漠然とした表現で憲法改正について質問するのは、自民党政府の意向を忖度した結果だと思います。何か具体的な「問題」があって、それが憲法を変えなければ解決できないという事態が、国民全体の認識として存在しているのであれば、そのような表現でも質問者の意向が回答者へ正しく伝わって、調査結果には正確な「世論」が示されるはずですが、自民党政府は自分たちが抱えている「問題」は、国民と共有できる問題ではなく、国民は「出来れば回避した問題」、すなわち「増税」とか「兵役義務」とか、そういう「問題」を解決するために「憲法改正」が必要と思っているが、それを直接国民に訴えて賛同を得るのは不可能だから、何食わぬ顔で「憲法も、時代に合わせてアップデートが必要ですからね」と、「憲法改正」に対する国民の警戒心を和らげることに熱心なのが、戦後の自民党の姿勢であり、それに歩調を合わせていけば「新聞売り」の商売も順調にいくはず、という大手新聞社の目論見が、「憲法もアップデートが必要」などという「記事」になっているのが現状というものだろうと思います。メディアのあるべき姿は、地方紙のように、一人一人の国民の生活を重視する立場からの世論調査であり報道だと思います。
2026年05月24日
日米同盟の強化が最も現実的な安保戦略であるとする日本政府の姿勢について、東北大名誉教授の大西仁氏は7日付朝日新聞で、次のように批判している; 敵対国との間で「力」の均衡を保てば戦争を抑止できるといった発想のもと、各国は競い合うように軍事力増強に取り組む。安保3文書改定に着手した日本も防衛力と日米同盟の強化が現実主義的な安保戦略だとして力を入れる。 ◇ 世界はここ数年間で劇的な変化を遂げ、平和な時代から戦争の時代へと転換しつつあります。今日の世界には三つの特徴があります。 第1に「弱肉強食」。勢力圏争いを展開する米中ロの大国が中小国に過大な要求を突きつけ、軍事力の行使も排除せずに実現を図る状況です。第2に各国家が戦争を行う際、国際法や普遍的倫理を軽視し、民間人・民間施設を標的にする「掟(おきて)なき戦闘」が常態化しています。第3は「仁義なき戦い」。同盟の性格が根本的に変わりました。価値観を共有する同志の集まりではなく、自国の損得で不利と判断すれば義務を果たさず離脱する関係になりつつあります。 このような劇的変化の結果、日本の軍事力と日米同盟の強化こそが現実主義的な安保戦略だとする主張は、世界の現実に合わなくなっています。 まず、抑止で戦争を防止するのが難しくなりました。協議中のイランへの米国の奇襲攻撃を目撃した中国は、日米の抑止力強化を見て、威嚇ではなく、日米が先制攻撃をする準備だと判断する可能性が高くなっています。中台危機などに際し、状況が不利になる前に在日米軍や自衛隊基地を先制攻撃しようとする恐れは増しています。 さらに現代戦では相手国の継戦能力をそぐため重要インフラへの攻撃が常態化していますが、日本は発電所や新幹線、港湾などに完璧な防衛体制を整えることはできません。そして、日中戦争が起きた場合、米国が必ず日本のために戦ってくれるという期待は幻想に近いものになりつつあります。米国が対中戦争という膨大なコスト(代償)を負うのは日本のためではなく、米国が中国とのパワーゲームで有利と計算した場合だけです。 では日本はどうするべきか。私は、非軍事的パワーを最大限活用する「スマート戦略」に取り組むべきだと思います。 具体的には、政治指導者は、政治的に対立している国が挑発と受け取る言動を厳に慎み、米国抜きの国際共同安全保障体制を整え、外交や経済による関係の深化で戦争を最大限回避することです。戦争の時代こそ、外交を軽視してはいけません。日本から戦争を仕掛けることはないという平和国家の原理を、今後も維持する姿勢を見せることは重要です。 バランス・オブ・パワー(勢力均衡)による安全保障は、大国同士が戦争を起こさない前提で成り立ちますが、その前提は崩れています。現在の世界は、至る所に大量の火薬がばらまかれているような状態です。これからは軍事力強化による勢力均衡ではなく、デタント(緊張緩和)を追求するべき時代なのです。(聞き手=編集委員・園田耕司) *<おおにし・ひとし> 1949年生まれ。専門は国際政治、特に国際体系の変容と安全保障の研究。東大法学部卒。米カリフォルニア大学バークレー校博士課程単位修得。2026年5月7日 朝日新聞朝刊 14版 3ページ 「この国のゆくえ-非軍事的パワーで緊張緩和を」から引用 世界がここ数年間で劇的な変化を遂げて、戦争の時代になったかのように言われるのは、冷静に見れば、これまでアメリカ帝国主義が秘密裏に世界中の気に入らない政府を、CIAを使って転覆させて来たものが、最近ではそれが「秘密」にできなくなって、なんでもすぐに報道されて世界中に知れ渡ることになっただけのことではないかと思います。上の記事だけでは、ロシアが理由もなくいきなりウクライナに襲い掛かったかのような言い方ですが、あれはアメリカとNATOが冷静終結当時の「ソ連」との約束を守らずに、米軍基地をどんどん東へ移動させて、遂にウクライナにまで米軍基地を置く寸前までいって、プーチンが「待った」をかけただけのことで、ロシアの軍事力を見くびったNATOとゼレンスキー大統領の責任は免れません。また、上の記事が指摘するように、日本政府が「安保3文書」の改定だの、継戦能力の向上などと言って余分な武器を買いそろえるのは、無駄に近隣諸国を刺激するだけで、安全保障どころかかえって戦争勃発の危機を高めるだけだと思います。戦後永らく日米安保条約で日本の安全が守られてきたような気分でいても、そういう時代は東西冷戦の終了と同時に終わったのであり、その後時間が経過して、アメリカはもはや太平洋の向こうの日本や韓国を防衛する力は失いつつあるのですから、日本はもはやアメリカ依存の路線をやめて、中国との友好関係構築に邁進するべきであり、そのような政策に不向きな高市早苗は早めに交代させるべきです。
2026年05月23日
政府が「昭和の日」に開催した昭和100年記念式典について、元文科官僚の前川喜平氏は3日付東京新聞コラムに、次のように書いている; 4月29日の昭和の日に日本武道館で、天皇と皇后のご臨席の下、政府主催の昭和100年記念式典が行われた。前半は国歌斉唱と三権の長の式辞。天皇の「お言葉」はなく、後半は海上自衛隊の音楽隊による「昭和歌謡ショー」だった。 高市早苗首相の式辞の前半は、昭和天皇の巡幸と戦後復興、その後の経済成長、1956年の国連加盟や冬季五輪での猪谷千春選手のメダル獲得などの話。軍国主義や侵略戦争への反省の言葉は一切なく、昭和時代の称賛に終始した。後半は「戦後最も厳しく複雑な安全保障環境」「挑戦しない国に未来はありません」「日本列島を強く豊かに」など、所信表明か選挙演説のようだった。 僕が最も危険性を感じたのは「日本の誇るべき国柄」を次の世代へ引き継ぐ責任という件(くだり)だ。 「国柄」は「國體(こくたい)」と同義であり、天皇制に依拠した戦前の国家主義を示す言葉だ。個人の尊厳を根本的な価値とする日本国憲法とは相容れない。 そもそも昭和は1945年8月15日で断絶している。祝うなら100年ではなく80年だ。この式典は、天皇と元号を政治利用して大日本帝国への回帰の機運を作り出す企てではないのか? 参列させられた若者たちは、これが何のための式典なのか考えてみただろうか。黙って座っておられた天皇と皇后は何を思われただろうか。(現代教育行政研究会代表)2026年5月3日 東京新聞朝刊 11版 17ページ 「本音のコラム-昭和100年記念式典」から引用 昭和100年記念式典は問題の多い式典であった。この記事が言うように、明治維新をきっかけに始まった大日本帝国は1945年8月15日の当時の天皇の「敗戦の宣言」によって終焉を迎え、その後は占領軍(GHQ)の統治が始まり、やがて国民主権、三権分立、平和主義の民主主義の国家に変貌したのが事実であり、天皇主権の戦前と国民主権の戦後ではまったく異なるのが「日本」なのであり、その「事実」をなかったものであるかのように演出したかったのが、高市早苗の「本音」であったと考えられます。天皇のご一家の隣席を得ながら、一言のあいさつもさせなかったのも、高市早苗の「本音」のなせる技で、東南アジアのかつての激戦地を訪ねて慰霊する皇族の発言を、できるだけ国民には聞かせたくないのが高市早苗の本音です。こういう人物を首相にしておくのは、将来の日本にとって実に危険なことですから、可及的速やかに政権交代をするべきだと思います。
2026年05月22日
3日付神奈川新聞の「特集『憲法こそ未来』」で、東京都立大学教授の木村草太氏は、戦後の80年間にわが国の憲法がどのような役割を果たしてきたのか、次のように述べている; 戦争放棄、戦力の不保持、交戦権の否認を定めた憲法9条は、日本をどう平和国家たらしめてきたのか。東京都立大教授の木村草太さんは「9条は二つの役割を果たしてきた」とし、政府と国民の意識に根付いた「自己拘束」が今も効いていると説く。(聞き手・松島佳子)――憲法は武力行使をどう定めているのか。 「9条の前提として98条2項があり、前文がその意義を示す。前文は憲法全体の趣旨や理念を示したもので、『なぜ憲法に従って統治すべきか』を説明している。戦前の大日本帝国憲法は『神様の子孫である天皇が定めた』ことを憲法に従うべき理由としたが、戦後の日本国憲法は『国民主権の原理により定められたこと』を憲法の正統性の根拠にする」 「国内向けの正統性を示すのとは別に、国外向けに正統性を示すことも大事だ。前文は『国際協調主義』を示し、これを受け、98条2項に国際法を遵守すると書いている。ここまではどこの国でも当たり前だ。その上で9条は、過去の大戦を反省し、侵略を行わず、平和主義を実現することをうたっている。9条は侵略の反省を踏まえ、『国際法で認められた範囲よりも、武力行使の幅を狹めた規定』と解釈されている」――国際法と憲法はどう関係するのか。 「国際法のルールは憲法の前提にある。現在の国際法は武力行使を原則禁止しており、行使が認められるのは国連の安全保障理事会が決議した場合と、個別的自衛権ないし集団的自衛権で正当化される場合だけだ。日本政府は『日本への武力攻撃があった場合、防衛のために必要最低限度の武力行使は例外的に許容される』という立場で、個別的自衛権の行使を認めている。一方、集団的自衛権は、国際法上は主権国家として行使が認められているが、9条によって禁じられている」――日本が平和を構築するために、9条はどんな役割を果たしてきたのか。 「二つの役割を果たしてきた。まず、国外での紛争に武力を行使させなかったことが、法的に一番大きな役割とされている。9条がなければ、ベトナム戦争で米国や韓国と一緒に地上軍を派遣し、イラク戦争でも米国や英国と共に空爆するなどしていただろう」 「もう一つは理念の部分。戦争や武力行使は何らかの自己拘束をかけないと拡大しがちだ。例えば1970年代、冷戦下にあった米ソの緊張が緩和し、核軍縮が進んだ。具体的な脅威が想定しにくい時代には、あらゆる事態に備えようとかえって軍拡が進むことがある。そういうときでも日本は『備えは必要最小限でなければならない』と防衛費を国内総生産(GDP)1%にとどめ、武器輸出も禁止してきた。それらが9条に具体的に書いてあるわけではないが、政府も国民も『自己拘束が必要』というルールを作ってきた」――自己拘束は今も効いているのか。 「効いている。今回の米国やイスラエルによる武力行使は国際法違反だろう。米国もイスラエルも正当な自衛権を行使していないとなると、それらの国と共に武力行使をすれば国際法違反の侵略になってしまう。日本政府を国際法の遵守に向かわせたのは、武力行使に極めて慎重な国民の意識で、それを象徴するのが9条なのだろう。ロシアも米国も憲法に国際法を守ると明記しているが、遵守しているとは言い難い。平和主義の条文は存在するだけで効果を発揮するのではなく、『条文を真剣に受け止めるべきだ』という認識が浸透して初めて機能する」――立憲主義を支える仕組みとして9条が果たしてきた役割はあるか。 「戦争をしないことが立憲主義の前提にあるというのはその通りだ。平気で戦争をする国は統治が乱暴になり、人権は弾圧されるようになる。戦争は、外国に兵隊を派遣して爆弾を落とすだけでできるものではない。反戦運動やデモを抑圧したり、徴兵しやすいように職業選択の自由を制限したりするなど、国内のあらゆる権利や自由を制限して戦争を遂行する。立憲主義と戦争は非常に相性が悪い」――国際社会が「法」から「力」による支配へと傾きつつある。 「現状を認識するのは大事だが、『国際秩序を回復させるのは無理』と諦めるべきではない。認識と放置は別だ。私たちの選択一つ一つが重大な意味を持つことを認識し、正しい情報を入手し、日本、米国、イスラエルが行っていることをきちんと評価することが重要だ。私たちの選択が10年後、20年後の日本の姿につながっていく」<きむら・そうた> 東京都立大教授、憲法学者。著書に「憲法という希望」(講談社現代新書)、「自衛隊と憲法 第3版 危機の時代の憲法改正11の論点」(晶文社)など。 この記事は普段なかなか気づかない点を指摘しているので、何か新しい発見をしたような楽しい気分になる。戦前の憲法は「神様の子孫である天皇が定めたものだから、国民は従うように」とのことだったが、現代日本の憲法は「国民主権の原理によって定められたものだから、国民が従うのは当然だ」という理由は、文句のつけようがない「正論」です。また、憲法の条文に書いてあるわけではないが、「憲法が軍隊を否定してるのだから、自衛のための武力は必要最低限にするべきだ」と政府も国民も「自己拘束」のルールを作ってきたのだ、という指摘は新鮮な感じがします。近年の自民党政治は、「自己拘束が必要」という国民の意志を無視して、一片の閣議決定で「GDP1%」のルールを変更しているが、これも遠くない将来に是正して、元の1%ルールに戻すべきだと思います。
2026年05月21日
3日付神奈川新聞の「特集『憲法こそ未来』」で、弁護士の福田護氏は「安保法制違憲訴訟」を闘ってきた10年を振り返って、次のように述べている; 集団的自衛権行使を認めた安全保障関連法(安保法制)は憲法違反だとして、横浜など全国22地裁で25件起こされた「安保法制違憲訴訟」は提訴から10年がたつ。訴訟弁護団を務め、「安保法制違憲訴訟の会」共同代表の福田護さんは問い続ける。「権力による憲法規範と立憲主義の蹂躙は今も続いている。訴訟で培った理論の蓄積をいかに生かせるか、だ」(聞き手・竹内瑠梨)――裁判で何を訴えたか。 「安保法制の一番の問題点は、歴代政府が憲法9条の下では集団的自衛権行使は許されず、容認するには改憲が必要との解釈を確立してきたにもかかわらず、閣議決定だけで変更し、強行制定したことだ。海外での武力行使を認め、日本が戦争当事国となる危険性が高まり、恒久平和主義に反する。放置できない憲法違反、立憲主義の蹂躙は明らかで、『戦争ができる国』に変わることへの危機感は相当に大きかった」 「違憲性を忘れず追及し続けなければ、世の中のありようも物差しも流される。意志をつなぎ、権力の横暴を食い止めようと、全国的な訴訟が10年にわたって進行した。自衛隊の防衛出動などの差し止めを求め、平和的生存権や人格権の侵害を訴えた。国民は憲法96条の改正手続きを通じて憲法の形を自ら考え決められるのにその権利も奪われ、『憲法改正・決定権』の侵害も問題提起した」――憲法判断を示さない判決が続いてきた。訴訟の意義や役割をどう考えるか。 「戦争経験者ら原告や、解釈の核心にいた内閣法制局元長官、憲法学者らの証人が違憲性を指摘したが、神奈川など23件は最高裁の上告棄却などで終結した。2件は審理が続いている。『現に武力攻撃を受けておらず、その恐れも認められない』から『生命・身体の安全が侵害される現実的・具体的な権利侵害が認められない』などとする紋切り型の判決が続いた。『戦争が起きてから裁判所へ』という非常識だ。『明白な違憲とまでは言えない』とした2023年12月の仙台高裁判決を除き憲法判断も示されず、立憲主義と民主主義のとりでであるべき司法は責任を放棄している」 「だが得られた財産はある。神奈川訴訟の一審判決は、集団的自衛権を行使できる『存立危機事態』の範囲は明らかと言えず、国民の理解や共通認識が不十分と付言した唯一の判決だった。存立危機事態の不明確性は今に続く問題で、判決の意味は存続している。証人の長谷部恭男・早稲田大教授は、甚大で不可逆的な被害が発生する問題には抽象的な危険の段階から『予防原則』に即して違法性を認定すべきだと証言した。今後も自衛隊出動が具体的に浮上すれば差し止め訴訟の提起なども考えられる。そのたび『安保法制とは何か』に立ち戻り、危険性を考え、議論する必要性は続く。培った理論の蓄積をどう広げ、生かすかが課題だ」――安保法制成立後の社会、平和憲法の果たす力をどう見るか。 「9条を中心とした憲法の基本的原理は掘り崩され、国の在り方が変えられていくスタート地点が安保法制だ。集団的自衛権行使を容認した安保法制という器に、戦争をするための体制・装備という中身を盛り込んだのが安保関連3文書。敵基地攻撃能力(反撃能力)保有も始まり、日米の軍事一体化は進む。高市早苗政権は、防衛装備の輸出について閣議などで決定し、殺傷能力のある武器も原則可能にした。平和国家としての日本の姿は大きく変貌しかねない。政府が軍事力強化の理由とする台湾有事も、仮に起きた場合に安保法制がどう適用されるのか。戦火が及ぶ可能性や切迫性は不透明な上、有事回避の議論はすっ飛ばして防衛力強化か進められていく、ゆがんだ状況下に私たちはいる。米国とイスラエルによるイラン攻撃では、日本はホルムズ海峡への艦船派遣をしていない。『憲法も含む』国内法上の制約があると米側に説明したとされるが、防波堤の役目を果たしたのは9条だろう」 「国の在り方、憲法の在り方を考え、決めていく権利は私たち一人一人にある。立憲主義や平和主義といった憲法の本道をもう一度捉え直し、再生させる方向で考えるのか、平和憲法から離れていく方向で進むのか。政権が安保3文書改定や改憲に前のめりになる中、国民にその選択が迫られている。憲法の規範力を取り戻す努力や運動を続け、平和主義とは異なる方向に進む権力には絶えず異を唱え続ける必要がある」<ふくだ・まもる> 神奈川県弁護士会所属。 1974~79年に衆院法制局。82年に弁護士登録。日弁連憲法問題対策本部副本部長。共著に「安保法制の何が問題か」(岩波書店)など。2026年5月3日 神奈川新聞朝刊 特集「憲法こそ未来」 2ページ 「対米従属から脱却を」から引用 戦後の長い間、戦争放棄の憲法の下、自国の防衛のための一定の武力行使は認められるという憲法解釈があり、同盟国であっても自衛隊が集団的自衛権の発動として武力を行使することは憲法違反である、というのがわが国政府の見解であったが、これを180度ひっくり返したのは第二次安倍政権で、国会での審議もなく国民的な議論も素通りして一片の閣議決定で、「国の存立が危機にさらされた場合は自衛隊が集団的自衛権を行使することが出来る」と方針を転換したのであったが、話はそこまでで、どのような場合が該当するのかという具体論はオブラートに包まれたままであり、高市早苗のような好戦的な政治家は「台湾有事は日本の有事」だから自衛隊の出番になると言いたいらしいが、このような問題は「憲法記念日」にならなくても、平時のときから「安全保障政策がこんなことでいいのか」という議論は、積み重ねていくべきだと思います。
2026年05月20日
3日付神奈川新聞の「特集『憲法こそ未来』」で、フリージャーナリストの布施祐仁氏は日本国憲法がわが国と東アジアの平和維持に、どのように貢献してきたか、次のように述べている; 「今ほど戦争の危機を感じた時はない」。安全保障を専門に20年以上取材を重ねてきたフリージャーナリストの布施祐仁さんは、日本の現状に危機感を募らせる。軍備拡張にかじを切り、殺傷能力のある武器の輸出解禁にも踏み切った政府に警鐘を鳴らす。「軍拡では、平和は守れない」(聞き手・佐藤弦也)――米国とイスラエルによるイラン攻撃を巡り、憲法9条はどう機能したか。 「自衛隊の派遣を食い止める『縛り』として効力を発揮したのは間違いない。2014年の閣議決定で集団的自衛権の行使が限定容認されたとはいえ、国家の『存立危機事態』が認められない限り武力行使は許されないという解釈が依然として残っているからだ」「歴代政府は、9条の下で許されるのは自衛のための必要最低限度の武力行使に限定されるという解釈を堅持してきた。だからこそベトナム戦争時、米国と同盟を結ぶアジア・太平洋地域の各国が軒並み軍隊を派遣したが、日本だけは自衛隊を送らずに済んだ。韓国が延べ30万人以上を送り、5千人近い犠牲者を出した歴史と比較すれば、9条の存在がいかに具体的かつ強力な抑止力として機能してきたかが理解できる。今回のイラン攻撃でも、トランプ米大統領から要請されながら、日本は武力行使の渦中に巻き込まれることを回避できた」――自民党の改憲案は、日本の防衛にどのような変化をもたらすか。 「現在提示されている改憲案、特に戦力不保持を定めた9条2項を削除する方向性は、日本の安全保障の在り方を根底から覆す。削除されれば、14年の解釈変更後も辛うじて残った『通常の集団的自衛権行使はできない』という縛り自体が消滅してしまう。そうなれば、日本への直接的な影響や脅威の有無にかかわらず、同盟国の米国が世界中のどこかで始めた戦争に参戦することが法的に可能になる。これは、自衛のための実力組織という自衛隊のアイデンティティーを根本から変質させる」 「また9条を変えるという行為は周辺諸国に『日本は戦後の平和国家としての出発点を放棄するのではないか』という疑念を抱かせる。日本はかつての侵略戦争の反省に立ち、軍事力ではなく他国との信頼関係構築によって安全を確保することを憲法前文で誓った。この国際的な信頼こそが最大の安全保障にもかかわらず、自らその基盤を崩すことはマイナスでしかない」――軍事的一体化や防衛費倍増による「抑止力強化」の妥当性をどう見るか。 「高市早苗政権が進める『米国との軍事的一体化による抑止力の強化』というロジックには重大な欠陥と現実的な限界がある。一体化を強めれば日本の主体的な判断は失われ、米国の好戦的な判断に引きずられる危険性が高まる。今回のイラン攻撃で、米国が国連憲章のルールを破って先制攻撃する国であることが改めて浮き彫りになった。そのような国と一体化すれば、日本はおのずと望まぬ戦争に巻き込まれるリスクを背負うことになる」 「戦争に負けない備えをするのが『抑止力』の考え方だが、食料やエネルギー自給率が極めて低く、島国である日本は戦争に耐えられない。今の政府は『抑止力の強化』という言葉を安易に使うが、抑止に失敗して戦争になったら国民がどのようなリスクにさらされるかという議論を置き去りにしている。米国が中国との決定的な対決を避ける中で妄信的に軍備増強に走るのは、かえって日本を戦争による破滅に追い込む結果を招きかねない」――日本が進むべき道は。 「米国に追従すれば安全だという神話を捨てなければならない。米国が同盟国の防衛コストを嫌い、中国との『G2』による取引に傾く可能性もある中で、日本に必要なのは米国以外との重層的な連携だ。具体的には、ASEAN(東南アジア諸国連合)の外交努力が手本になる。彼らは中国を単なる脅威や仮想敵として排除するのではなく、経済的な相互依存関係を深め、対話を粘り強く続けることで戦争を予防する関係性を構築している」 「日本も韓国やオーストーフリア、そしてASEANと連携し、大国が他国の主権や利益を無視して横暴に振る舞えないような多国間の枠組みをつくることに力を注ぐべきだ。相手を敵視して強硬な手段で対抗するだけでは、軍拡競争と不信感の連鎖を生むだけだ。日本が培ってきた信頼という外交資源を再評価し、大国間のパワーバランスにのみ込まれないための知恵を働かせること。それこそが、政治の示すべき道だ」<ふせ・ゆうじん> フリージャーナリスト。「日報隠蔽(いんぺい)」(共著、集英社)で石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞を受賞。近著に「従属の代償」(講談社現代新書)など。2026年5月3日 神奈川新聞朝刊 特集「憲法こそ未来」 3ページ 「対米従属から脱却を」から引用 この記事の主張は大変わかりやすいと思います。それは、実際にあった「事実」をそのまま述べているからだと思います。ベトナム戦争は正義の戦争ではなかったにも関わらず、韓国はアメリカの同盟国だからとの理由で延べ30万人もの軍隊を派遣し、5千人近い犠牲者を出したという「事実」と、日本は「自国防衛のための必要最小限の武力行使」以外は認めないという憲法9条があったが故にアメリカの戦争に加担することなく済んだという「事実」が示す説得力は大きいと思います。また、日本が憲法9条を堅持しているという「事実」が日本の近隣諸国にとって、余分な警戒心を持つ必要性をなくしているという「効果」も、大局的観点から東アジアの平和に大きく貢献しているという点も、日本国民はしっかり認識して、わが国の進むべき「道」を選択するべきなのだと思います。
2026年05月19日
神奈川新聞は憲法記念日の朝刊に「特集『憲法こそ未来』」と題した特集版を挟み込んで、国会における改憲論議に関する有識者の見解を掲載しているが、その中で学習院大教授の青井未帆氏は、記者の質問に応える形で次のように述べている; 自民党が大勝した衆院選を境に改憲議論が加速している。委員の約8割を与党が占める衆院の憲法審査会では前のめりな発言が相次ぎ、高市早苗首相(自民党総裁)も4月の党大会で、今後1年で国会発議のめどを付けたいと意欲を示した。学習院大教授の青井未帆さんは「改憲ありきで不誠実」と批判する。(聞き手・柏尾安希子)――衆参両院の憲法審査会で議論が始まった。 「前のめりで、十分に議論されているとは思えない。改憲ありきで、改憲後の姿を見せないまま期限を切ろうと主張するなど非常に不誠実だ。憲法は中長期的に国の骨組みを作るもので、このようなやり方で変えていいわけがない。目隠しをして国民投票をさせることと同じだ」――そもそも改憲は必要か。 「全くそう思わない。理由が見当たらない。先の大戦で多くの犠牲者を出したことを出発点に、紛争を力で解決しないと決めた憲法9条の価値を考えた時、改憲で何をするのかこそ問われるべきだ」 「米国とイスラエルが攻撃したイランに自衛隊を派遣しなかったことで、9条が米国への最後の防波堤のように効いている現実が見えた。なぜ変えるのか」――衆院憲法審査会では「条文起草委員会」を設置しようとの発言もあった。 「後先が逆では。何か問題で、どうしたいのかをあらかじめ示さずに条文を書けるのか。法律を作る場合、まず立法事実があり、その目的のために規制を作る。憲法も同じはずだが、改憲を支える事実が何なのかが提示されていない。自民党党大会で首相が示した意欲も漠然としていた。もっと具体的に示すべきだ。知りたいのは、どういう法改正が関連して必要となり、将来的にどのような義務付けや権利制限がされるかという全体像だ」――それほどまでに、なぜ改憲したいのだろうか。 「理解しようがない。日米同盟が背景にあるだろうが、今や多くの人が『米国との関係はこれでいいのか』と思っている。改憲すれば米国の要求を断れなくなり、鉄砲玉のように使われ、国家全体が兵站化するだろう。中露との関係で米国が関わり続けるために必要という発想かもしれないが、世界の少なくない国が米国にしらけた視線を送る中、いまだに米国を世界の中心のように見ているだけでいいのか」――自民党が優先と考える改憲4項目(たたき台素案)の一つで、自衛隊明記をうたう。 「軍と書くのも自衛隊と書くのも基本は同じ方向で、自衛隊を特別扱いすることになる。今は他の行政組織と同等に扱わなければならない。それは軍を動かす権力をうまく統制できず、多くの命が失われた第2次世界大戦後、憲法の下で実力を保持する知恵だった。だが自衛隊が明記されれば、国民に義務を課す強い根拠となり得る」 「例えば、有事にはマンパワーが不足する。自衛隊のなり手が少ないなら国民の権利制約は正当だという議論に当然なるだろう。医療従事者に自衛隊・国防軍を優先的に救助させたり、港湾労働者に物資を運ばせたりと、国民に義務付けする根拠になる。徴兵制とは言わずとも、人員確保とも関わってくると思う」――緊急事態条項も取り沙汰されている。 「自民党が2012年に機関決定した改憲草案は主権制限に歯止めがかからない状態だったが、その点がどうなるかは不明だ。内閣にどれほどの権限を持たせるかがポイントになるだろうが、現時点でも内閣の総合的判断に任される重要事項は多い。それを憲法レベルで、民主主義的な過程を止めることまでも行政権に許し、仮に9条の改定や削除などが行われるなら、戦後の日本国憲法下での在り方の断絶と言えるだろう。もはや『平和国家』という旗を降ろさざるを得ないのでは」――今後、求められることは何か。 「諦めず、改憲はどのような射程を持つ話か、私たちから問題提起する必要があるだろう。国益や国防、安全保障という抽象的な概念が私たちの生活、権利にどう影響するのか。表現の自由などにも関わる。集団的自衛権の行使を容認した14年の閣議決定以降、情報、宇宙、経済など安全保障という言葉が至る所で使われている。それらは平時の安全保障に見えて、武力攻撃と密接につなかっている。遠い国の話に見えるだろうが、仕組みはできており、あっという間に生活に関わってくる」<あおい・みほ> 学習院大法務研究科教授、憲法学者。著書に[憲法と政治](岩波新書)、「憲法を守るのは誰か」(幻冬舎ルネッサンス新書)、「憲法I人権」(共著、有斐閣)など。2026年5月3日 神奈川新聞朝刊 特集「憲法こそ未来」 3ページ 「改憲理由見当たらず」から引用 この記事で青井氏が述べているように、高市氏もその他の自民党員も「なぜ今、憲法改正が必要なのか」という点について、明快な理由を説明してはいない。そうなると、この記事で青井氏が言っているように、表立っては言えない(やましいから)理由を持っていて、それは今さら言わなくても分かる人には分かってもらってるはずだから、だから今は勢いで改憲してしまおうというのが高市政権の魂胆であろうと想像するほかはないわけです。国民の立場からは、この記事が指摘するように、この度のアメリカとイスラエルが仕掛けた「イラン戦争」に、自衛隊を派遣せずに済んで自衛隊員の命を危険にさらすような事態を避けることができたのは、憲法9条のおかげであり、「わが国憲法は本来の機能を発揮している」ことを確認できたのですから、改正しなければならない「問題点」など一切ない、というのが現実であることを確認するべきだと思います。
2026年05月18日
現職自衛官を呼んで君が代を歌わせた自民党大会で、高市首相は憲法改正について「時は来た」と演説したと聞いた東京新聞読者は、2日付同紙に投書して、次のように述べている; 高市早苗首相は4月の自民党大会で憲法改正について「時は来た」と威勢良く発言した。2月の総選挙における圧勝、高市内閣の高い支持率に自信を深め、自民の党是である改憲を一気に推し進めようとしているようだ。 敵基地攻撃能力(反撃能力)保有に伴う長射程ミサイルの配備、殺傷・破壊能力のある武器輸出の解禁、国家情報会議創設法案は、平和と民主主義を脅かすものであり、心がざわつく日々である。 そんな折、改憲反対の声を届けようと請願署名運動が始まったことに共感を覚え、勇気をいただいた。また「村山談話」を読み直す4月17日特報面の記事は目を引いた。当面、国政選挙がない現状ではあるが、改憲に反対する人たちと連帯し、自分ができることを考え、行動していきたい。2026年5月2日 東京新聞朝刊 11版 5ページ 「発言-憲法を守る『時が来た』」から引用 この投書を書いた読者が言うように、私たちは「村山談話」を読み直してわが国憲法の本来の主旨をもう一度学習しなおす必要があると思います。わが国は村山談話を出した時点までは、経済運営が順調であったのに対し、その後の自民党政治は経済政策を誤ったために「発展」は挫折し、その後は「失われた30年」と言われる時代になりました。それを挽回するために日本の大企業が今目指しているのは「武器」の製造販売で景気を回復しようという「路線」らしく、そのような路線を好む高市早苗のような政治家は「チャンス到来」と手ぐすね引いているわけです。しかし、「武器によって平和を構築することは出来ない」ことは、これまでの人類の歴史が証明しているのであって、私たちは同じ過ちを繰り返してはなりません。実際のところ、今日の核兵器の破壊力は日本のような国土の狭い国は瞬時に人が住める環境を破壊してしまうのであって、そんなもので戦争をしてその先に明るい未来が来るわけがありません。日本が将来にわたって生き延びる道は、平和外交しかないのだというコンセンサスを、護憲運動を通じて広めていくのが、私たちの行くべき「道」なのだと思います。
2026年05月17日
79回目の憲法記念日を翌日に控えた今月2日の毎日新聞は、専門編集委員・伊藤智永氏の次のようなコラム記事を掲載した; 正体不明の芸術家バンクシーの新作が4月末、ロンドン中心部に現れたのをニュースで見た。 高さ5メートル以上の立体像らしい。前を閉じたスーツにネクタイの男性とおぼしき体格のいい人物が、右手で大きな旗のポールを掲げ、勇ましく行進している。旗が顔にまとわりつき前が見えないのに、拳を握った左手を大きく振り、いかにも確信ありげだ。 国旗だろうか。スーツ姿の女性なら、高市早苗首相がモデルだと言われても違和感はない。 同じ立像が100体、大通りに並んだら、かなりの威圧感と不穏な空気が立ち上るだろう。 世界とそこに生きる私たちは、今どんな姿をしているか。黙って突きつけられた気がする。 4月27日に首相官邸で「新しい戦い方有識者会議」の初会合が開かれた。外交・防衛・経済の最高指針を定める国家安全保障戦略など安保3文書を年内に改定する。高市氏のあいさつ要旨。 「比較的安定した国際秩序は過去のものとなった。地政学的な国家間競争が激化している。我が国の平和と独立を守り抜くには、防衛力の抜本的強化を主体的に進めなければならない。総合的な国力を徹底的に強くする。新しい戦い方への対応や長期戦への備えを進めなければならない」 実は近衛文麿元首相、いや東条英機元首相のあいさつです、と混ぜっ返しても、誰も笑えない。 2022年に岸田文雄内閣が、反撃能力(旧・敵基地攻撃能力)の保有を認め、27年度までに防衛費をGDP比2%にするための改定を行ったばかり。当時の会議名は「国力としての防衛力を総合的に考える有識者会議」。 改組された今回の正式会議名は「総合的な国力から安全保障を考える有識者会議」。消えたコトバは「防衛力」。高市氏の「主体的に」とは、守るばかりが能じゃないよという意味だろう。 「新しい戦い方」の主な論点は、最新型ドローン兵器の大量生産体制、サイバー戦争の能力向上、何年も戦い続ける弾薬・部品・燃料の調達網、初の原子力潜水艦保有、核兵器の日米共同管理に向けた非核3原則見直し・・・。 よし、戦闘準備万全。いや、まだ大事な論点をお忘れでは。 「日本国民は、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」(憲法前文) 安保3文書より上位の最高法規の書きっぷりが、どうも古臭い? いっそ憲法改定も「主体的に」議論なさったら。明日は施行79年の憲法記念日。(専門編集委員)2026年5月2日 毎日新聞朝刊 13版 2ページ 「土記-新しい戦い方と憲法79年」から引用 日本政府が「新しい戦い方有識者会議」という名称の会議を開くのは、憲法の主旨に照らして言語道断であり許されないことです。これは高市内閣が、何もない所からいきなり始めたものではなく、第二次安倍政権が国会に無断で「安保3文書」などというものをでっち上げてから始まった「憲法違反政治」であり、本来は国会と裁判所が立法府の「憲法違反路線」を断罪し止めさせるべきであったものを、テレビも新聞も異議申し立てをせず、国民に警鐘を鳴らすことも怠り、ただ傍観していたために、今日このような事態になったもので、これでは戦前に皇軍が中国大陸を侵略して、捕虜も一般市民も皆殺しにするという暴虐を働いても「勇敢な皇軍兵士」などと持ち上げて、日本国内の新聞発行部数を伸ばして利益を上げた、あの当時の反省をまったく忘却していると言わざるを得ません。この狭い日本列島で、ドローンを大量生産すれば継戦能力が向上するなどという愚かな発想で国を守ることが出来ると思い込んでいる人間の知能指数を疑う。
2026年05月16日
国家情報会議設置法案を衆議院が賛成多数で可決したことを、文芸評論家の斎藤美奈子氏は4月29日付東京新聞コラムで、次のように批判している; 政府のインテリジェンス(情報収集・分析)機能を強化する国家情報会議設置法案が23日、衆院で可決された。高市首相が自ら「国論を二分する政策」と位置づけた重要法案なのに特に紛糾することもなくである。 何より驚いたのは共産党などが反対したものの野党第1党の中道は賛成に回ったことだ。何というていたらく! 国家情報会議、および同法案の問題点はかねて指摘されていた。 (1)情報を客観的に評価する会議なのにトップが首相で構成メンバーは閣僚である(政治的中立性が確保できない)。 (2)個人情報やプライバシーを保護する条文がない(表現や思想の自由などの基本的人権が侵害される可能性がある)。 (3)国会や独立した第三者機関が会議をチェックするしくみがない(政府のやりたい放題)。 (1)(2)は付帯条件に入ったが、付帯条件に法的拘束力はないからね。 そもそもこの法案は国民に十分周知されていたとはいえない。時事通信4月の世論調査では法案に賛成が39・1%、反対が19・0%だったが「どちらとも言えない・分からない」が41・9%で、半数近くが態度を决めかねているのである。 安全保障強化の名目で国民監視を強化する法案であるのはほぼ自明。でも中道は賛成なのよね。君たちはもういいよ。せめて参院での論戦に期待する。(文芸評論家)2026年4月29日 東京新聞朝刊 11版 19ページ 「本音のコラム-中道の迷走」から引用 いくら国会で賛成多数だったからと言っても、憲法に違反する法律は無効なのだから、政府が特定の政治思想を持つ者を拘束する目的で「国家情報会議設置法」を運用した場合は、被害を受けた者は直ちに憲法違反の容疑で政府を告発するべきである。それにしても中道改革連合という政党には、失望する。この政党は、かつては政権交代を実現したこともあるという「誇り」を捨てて、維新の会をお手本にして自民党を模倣する路線を選択したのだと思います。与党が提案した法案に対して、安易に「反対」を唱えるのでは国民に与える印象が悪くなるから、選挙でも票が伸び悩む、とでも考えているのでしょう。しかし、「いつも反対ばかりで印象が悪い」などという程度の政党観を持つ人というのは、多分選挙があってもいちいち投票所に足を運ぶようなことはしない人なのだから、そんな「目線」などは相手にしないで、地道に「自民党政治の問題点」を説明し、より良い選択肢を理解する有権者を地道に増やしていく努力で、真の野党勢力を増やしていく以外に道はないものと思います。
2026年05月15日
近代フランスの思想家ルソーについて、東京大学教授の宇野重規氏は4月26日付東京新聞コラムに、次のように書いている; 18世紀フランスの思想家、ジャン=ジャツク・ルソー。多くの人がその名前を聞いたことがあるだろう。「人間不平等起源論」や「社会契約論」、あるいは「エミール」の著者で、近代の政治学や教育学を打ち立てた偉大な思想家というのが、最も一般的なイメージかもしれない。 しかし、経歴を見るとトラブルの連続である。故郷ジュネーブを離れて各地を放浪し、やがては教会との対立からフランスにもいられなくなる。ようやく英国で受け入れてくれた哲学者とも衝突してしまう。恋多き男であったが、子どもを育てることはなく、現代でいえば養育放棄(ネグレクト)の批判を免れない。音楽、文学から政治学まで幅広いジャンルで活躍したが、いわゆる専門家の枠に収まる人物ではなかった。 そのルソーの著作として最も有名な一冊が「社会契約論」である。難解な著作として知られるが、よく読んでみると、現代でも響く言葉をたくさん残している。このたび筆者は「ルソー『社会契約論』」(中央公論新社)という小著を上梓した。 ◇ ◆ ◇ ルソーが本の冒頭で強調しているのが「力による正義は認めない」という決意である。なるほど、確かに世の中を見れば、強者が弱者を踏みにじる現実があることは否めない。だからといってそのことが正しいわけではないし、強者に弱者を支配する権利があるわけでもない。それなのに政治の言説は事実上、「強者の権利」と「力による正義」を容認してしまっているのではないか。大国の横暴を前に声を上げることのできない21世紀の私たちに「刺さる」言葉であろう。 ルソーが生きたのは戦争の時代でもあった。ひとたび他国に占領されれば、敗戦国の民衆はあたかも「奴隷」のごとき扱いをされることも珍しくなかった。これに対しルソーは、戦争はあくまで国と国の関係であり、個人と個人が戦っているわけではないと考えた。戦争が終われば、人と人とが憎しみ合う理由などないと説いた彼の主張は、理想論にも聞こえるが、憎しみの連鎖が支配する現代世界において、意味のある考え方とも言える。 「社会契約論」を読んでいて、悩ましいのが「一般意志」という概念である。ルソーによれば、一人一人の個人にはその人に固有な特殊意志がある。とはいえ、特殊意志をいくら集めても、社会の共通の意志、すなわち一般意志にはならない。バラバラな意志はどこまで行ってもバラバラなままである。現代でも各種の世論調査が行われているが、単に個別の意見を集計しただけでは、社会として進むべき方向性は見えてこない。 ◇ ◆ ◇ もちろん、各人の思いや利害はある。それでも、自分も社会の一員である以上、社会全体にとって何が望ましいことなのかをいま一度、じっくり考えてみてほしいとルソーは説く。例えば、一個人として税金を払うのは嫌であっても、共に社会を営む上でのコストを公正に負担するのならば、考える余地はあるはずだ。 社会として共有すべき意志があるとすれば、それは何なのか。孤独に陥りながら、他の市民と対等に協力することを夢見たルソーの一般意志論は、分断の時代にあって、あまりにも現実離れした学説なのか。あるいは民主主義の対話を取り戻すヒントなのだろうか。2026年4月26日 東京新聞朝刊 11版 5ページ 「時代を読む-現代に『刺さる』ルソーの言葉」から引用 王権神授説などという権力者に都合の良い「思想」がはびこっていた西欧で、「力による正義は認めない」と宣言したルソーの「社会契約論」は、その後の西欧社会に民主主義の思想を広めて社会の発展を促進したのでしたが、それから300年ほど経った現代は、「社会契約論」とは縁のない不動産屋上がりの「大統領」が「世の中には力による正義以外は存在しない」とでも言うかのような暴虐な政治を行っているが、これは落ち目の軌道に入ったアメリカ資本主義が進む「宿命の道」なのであって、日本はこういう落ち目の国とは早めに縁を切って、今のうちに「社会契約論」を勉強し直して、まっとうな国家体制の立て直しを考える時期に差し掛かったと考えるべきだと思います。
2026年05月13日
川崎市で4月25日に開催された「外国人差別に反対する」シンポジウムについて、翌26日付神奈川新聞は次のように報道している; 政治が推し進める排外主義を押し返し、共生社会を実現する道筋を考えるシンポジウムが25日、川崎市川崎区の市労連会館で開かれた。ジャーナリストの中村一成(イルソン)さんは「地域を耕す~『共生』を造り直すために」と題して講演。川崎市に続く第二、第三の差別禁止・罰則条例をつくり、差別のない社会を足元から築いていこうと呼びかけた。(石橋 学)◆共生社会実現、足元から 昨年7月の参院選で極右・参政党が差別スローガン「日本人ファースト」を振りかさして以降、与党から一部野党までが外国人排除政策を競い合う事態となっている。中村さんは「加速度的に排外政策が打ち出され、『ここは日本人の国だ』『共生は認めない』というむき出しの凶暴性が発揮されている」と断じる。 展望を見いだすのは地域における差別との闘い。京都朝鮮学校をレイシストが襲撃した事件で裁判に打って出た在日朝鮮人の覚悟、全国で初めてヘイトスピーチに刑事罰を設けた川崎市条例を制定せしめた市民運動の歩みを振り返り、差別禁止法・条例制定へのエールと先例になったと評す。 国から地方へ広がる劣化を映し出すように、三重県では外国籍職員の採用中止が検討されているが、中村さんは「反差別条例があるため庁内から異論が聞こえてくる。制度が意識をつくる」と規範となる条例の意義を強調した。 「外国人だから仕方がない」と諦めさせられてきた在日コリアンの先人たちの声が忘れられないという。ヘイトスピーチを投げつけてきたレイシスト議員と民事訴訟で闘っている大阪在住の李香代(イヒャンデ)さんの「差別を差別として認定することは同じく不安の中で暮らす多くの在日コリアンの希望の光になる」という言葉を引き、「差別が許されない社会に生きたいという夢に連なりたい。遠い夢を見ることで足元の現実は変えられる。進歩とは、闘いによってつながった者たちの想像力の集積だ」と結んだ。 シンポは人権ネットワーク団体「外国人人権法連絡会」が主催した。同連絡会の弁護士や研究者でまとめた人種差別撤廃法と外国人人権基本法の両モデル案も紹介。共同代表の丹羽雅雄弁護士は「高市早苗政権が進める戦争遂行国家の基盤となるのが外国人政策と称する差別・排外主義だ。二つのモデル法案は多民族多文化共生社会を具体的に実現する手段として今まさに求められている」と訴えた。2026年4月26日 神奈川新聞朝刊 18ページ 「共生社会実現、足元から」から引用「ここは日本人の国だ」という主張は間違いです。細かいことを言えば、「ここは日本人が始めた国だ」というのは「事実」として間違いありませんが、「国」というものは誰かが所有するものではないので、「日本人の国」という言い方は言語学的には意味のない表現、すなわちナンセンスというものです。「国」とは一つの行政単位であって、その中の行政機関が定めた法律に則って働いて、税金を納めれば、国籍の有無を問わず、誰でもが平等の権利が保証されるのが私たちの社会なのです。そのような社会の原理をわきまえずに「ここは日本人の国だから、外国人は出ていけ」などという野蛮な発想は、文明人の面子にかけて解消していかなければなりません。
2026年05月12日
自分の政策に反対意見を唱える国民は全員「スパイである」と決めつけて収監することが可能になる法律の制定を目指す高市政権に対し、当然のことながら反対を唱える国民が、4月17日夜に国会前で集会を開いたことを、4月24日の「週刊金曜日」は、次のように報道した; 高市早苗政権が制定を進めるスパイ防止関連法制に反対するペンライト行動が4月17日夜、国会前で行なわれた。前回2月に約900人だった参加者は約3500人まで増加。市民のプライバシーを侵害し表現の自由を奪う戦争法制への反発は高まりをみせている。 今国会で審議入りした国家情報局設置法案を皮切りに、外国との政治・経済・文化活動の登録を義務付ける外国代理人登録法案、諜報(ちょうほう)活動要員を養成し仮装身分でスパイ活動を行なう対外情報庁法案が秋の臨時国会、来年の通常国会と相次いで提出される見通しだ。 海渡雄一(かいとゆういち)弁護士は「戦争に反対すること自体に『スパイ』『非国民』とレッテルを貼り黙らせようとしている」、立憲民主党の岡本優子(おかもとゆうこ)・千葉県松戸市議も「『日本はスパイ天国』という説明はまったくの墟。インテリジェンス(情報活動)の強化という言葉に惑わされてはいけない」と訴えた。「政府の政策に反対するデモや集会が調査対象になることは想定し難い」という首相答弁に対しても、新聞労連委員長で日本マスコミ文化情報労組会議(MIC)の西村誠(にしむらまこと)議長は「人権侵害の歯止めとなる外部の監視機関をつくるつもりがない。民主国家のやることではない」と批判を強めた。 参加者はペンライトを手に「市民監視の法律いらない」と声を合わせた。K-POPのリズムに乗せた「アジアの市民は連帯しよう」「日中友好」「日韓友好」というコールが、世界をスパイか否か、敵か味方かに二分する戦争準備の企てに「ノー」を突きつけた。<石橋学・『神奈川新聞』記者>2026年4月24日 「週刊金曜日」 1566号 9ページ 「今週の巻頭トピック-『民主国家のやることではない』」から引用 戦後の80年間にスパイ防止法案が何度か国会に提出されて、そのうちの何件かは賛成多数で法律となったものもあるが、実際には、上の記事でも触れているように「日本はスパイ天国だ」というのはウソであり、そのような法律が摘要された事件は一度も起きてはいないのが実態である。しかし、高市早苗のような統一協会の操り人形のような政治家は「スパイ防止法の拡大強化が必要」と、暗示でもかけられているのか、あるいはメディアが驚くようなことをしでかして世間の注目を集めるのが目的なにか、敢えて目立つような言動をしたがる政治家が出て来て、余分な法律を作って悦に入るというのは、国民として迷惑であり、わが国の民主主義の発展を阻害するものであり、「断固反対」の声を広げていく必要があると思います。
2026年05月11日
高市政権が国家情報局を設置する法案審議を始めたことについて、これを「戦争準備の始まり」と見た学者と弁護士の団体が同法案に反対する署名運動を開始し、4月4日の時点で2万6千余筆の「法案反対」の署名を高市首相と森衆院議長宛に送付したと、4月24日付「週刊金曜日」が報道している; インテリジェンス(情報の収集・分析)活動の司令塔役となる国家情報会議と国家情報局を設置する法案が衆議院内閣委員会で審議されている中、122人の学者と弁護士が「私たちは戦争のための国家情報局創設に反対します」と題する署名運動を実施。4月4日に9806人の賛同者名簿を、高市早苗首相と森英介衆議院議長に送った。賛同者は4月12日時点で約2万6400人に増えた。 この署名運動の趣旨を説明する文書によると、今回の法案は2022年12月に岸田文雄首相(当時)が決定した国家安全保障戦略に記されている「多様な情報源に関する情報収集能力を大幅に強化する」「統合的な形での情報の集約を行なうための体制を整備する」などについての具体策を実現するものだと指摘。「『国家情報局』創設は、戦争準備をさらに大きく進めるためのものにほかなりません」と述べ、「戦争には絶対反対であること、高市政権にすべてを白紙委任していないことをはっきり示しましょう」と呼びかけた。 4月13日、東京の参議院議員会館でこの署名運動を提起した3人が記者会見を開催。その一人の澤藤(さわふじ)統一郎弁護士は、今回の法案の問題についてこう語った。「(政府が)『戦争準備ではありませんよ』と言っても、こんな法律を作らせれば、いろいろな市民団体の活動が全部、合法的に国家権力の情報ファイルの中に吸い込まれてしまう。国家権力が今何をしようとしているのか、危機感を感じてもらいたい」<佐藤和雄・ジャーナリスト>2026年4月24日 「週刊金曜日」 1566号 9ページ 「今週の巻頭トピック-『これは戦争準備にほかならない』」から引用 私たちの日本は、戦後の80年間、戦争放棄を定めた憲法の下、平和に経済活動を発展させて暮らしてきましたが、低賃金で労働者を酷使するという資本主義経済システムの欠点を補正できずに、経済力の低下を招いたため、これを打開する策として日本の資本主義推進陣営は武器輸出三原則を打ち破って、輸出を拡大し、もっと儲けを増やす手段として、国を挙げて戦争を始めるための算段を始めた、そのことを端的に示すのが「国家情報局」設置の準備です。国民の中から沸き起こる「戦争反対」「武器輸出反対」を声を事前に摘み取ってしまうことが目的の「国家情報局」創設には、断固反対の声を挙げていくことが、わが国の進むべき道だと思います。
2026年05月10日
ピアニストで「週刊金曜日」の編集委員も務める崔善愛(チェソンエ)氏は、4月24日付同誌の巻頭コラムに、次のように書いている;「わたしの母は中国のハルビンで育ち、入植者だった祖父は敗戦時に殺されました。母の弟は、長崎の原爆で即死でした。軍医だった父方の伯父は中国で生きている捕虜の解剖をしたと、わたしにもらしました。戦争で人間は残酷です」 東京都立高校元教員の池田幹子さん(78歳)が4月8日、「平和憲法を守るための緊急アクション」の呼びかけで国会前に集まった約3万人を前に、マイクをにぎった。音楽教員として学校の式典で「君が代」の伴奏を拒否し、裁判で「思想・良心の自由」を訴えた人だ。彼女はなぜ「君が代」をうたえないのか。 大人だけでなく子どもたちも、自分の考えや疑問を口にすることができなかった時代。「思想統制と戦争はセットだった」。だからこそ、「今の憲法の『思想・良心の自由』『表現の自由』は、9条の『戦争放棄』とともに平和憲法の要です」と池田さんは言う。 スパイ防止法、国旗損壊罪の制定を高市早苗政権は進めるが、それが社会に何をもたらすのか。国家の戦争責任を問う人物をあぶりだし、まるで犯罪者のように孤立させるのか。 「君が代」をうたわなければ処分するという教育委員会を相手どり闘いつづける教員らに対して、社会の視線は冷たい。その視線に耐えながらもなお、教員らは踏ん張っている。 ファシズムへの道は、高市首相やトランプ米大統領の強引さだけでなく、「普通の人びと」の無関心と冷たさに支えられ、進められてゆく。 池田さんとわたしは20年前、「君が代」問題を通して知り合った。そんななかで、「君が代」に抗う教員らとともに、音楽のよろこびを取り戻したいと「コンサート・自由な風の歌」を毎年、開催してきた。コンサートでは林光作曲「日本国憲法・前文」「第9条」をうたいつづけている。 ある日、池田さんから「崔さん、『日本国憲法・前文』をうたうとき、『国民』という言葉が崔さんたち外国人を排除していないか気になっています。それでも一緒に演奏してもらっていいのでしょうか」と言葉をかけられた。 憲法は日本人だけのものなのか。わたしがずっと抱いていた疑問を日本人から聞かれた、初めてのことだった。 4月17日、与党は改憲に向け、条文起草協議会を開いた。なぜ人間は戦争に突き進んできたのか。過去の歴史が実感として、迫ってくる。2026年4月24日 「週刊金曜日」 1566号 3ページ 「風速計-憲法は日本人だけのもの?」から引用 憲法はすべての法律のよって立つ基盤であり政府や国会が制定する法律に違法性がないかどうか判断の基準を示すものであって、日本国籍を所有する者にのみ摘要されるなどという排他的な意味合いは存在しないのだから、「日本国憲法は日本人だけのもの」という発想は間違いである。したがって、「日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたって自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。」という憲法前文も、つまらない誤解を避けるためには、冒頭の「日本国民は」という文言は「この国に居住するすべての人間は・・・」という風に改めるのが適切だと思います。しかし、今は、高市政権が自衛隊を「軍隊」にして天皇を元首にして、大日本帝国を復活させようとする姿勢をあらわにしている状況に鑑み、憲法の条文を改変する話は、もう少し先にした方が良いように思われます。
2026年05月09日
アメリカのトランプが卑劣な手段でイランと戦争を始めた煽りで石油を輸送する船舶がホルムズ海峡を通過できず、そのため建築資材や日用品の材料となるナフサの輸入がストップして国内の産業が停滞し市場では商品がなくなる危険性が出てきた。高市政権は中東以外の場所から輸入する目途がたったので心配はないと言ってるが、業界の専門家は「大量のナフサを中東以外の場所から調達するのは無理で、このままでは6月には、日本は詰む」と発言して物議をかもしていることを、4月25日の東京新聞「こちら特報部」は、次のように報道している; 中東情勢の悪化で、建築資材や日用品など幅広い製品に使われるナフサの供給が不安視されている。そんな中、資源エネルギー庁の有識者委員を務める「コネクトエネルギー合同会社」の境野春彦氏(57)が、テレビ番組で「このままでは6月に詰む」と発言すると、高市早苗首相がX(旧ツイッター)で「事実誤認」と反論した。政府は国内の必要量が「足りている」とするが、依然として不安の解消までは至っていない。境野氏に発言の真意や政府の対応に対する考えを聞いた。(山田雄之、福岡範行)◆統計基づく想定 「統計の数字に基づく想定を話した。エネルギー資源に対する危機意識を多くの人に持ってほしかった」。 「こちら特報部」の取材に境野氏は21日、こう思いを述べた。「原油もナフサも他の地域からの代替調達では賄いきれる量ではない。相当にタイトだ」と現状を語る。 世界が消費する約2割の原油がホルムズ海峡を通る。多くのエネルギー資源を輸入に頼る日本は、中東からの原油が輸入量の9割以上を占める。中東情勢が緊迫化する中、米国とイランの協議は難航している。 ナフサは、原油から精製される石油製品の一つ。「石油化学のコメ」とも呼ばれる基礎原料でペットボトルや衣料、医療器具など身の回りの多くの製品に姿を変え、暮らしを支える。 境野氏は大学卒業後、石油元売り大手に20年以上勤務し、石油精製の現場を学び、国内の燃料販売の業務などに携わった。2025年に独立し、現在は液化石油ガス(LPG)の取引適正化を推進するための資源エネルギー庁の有識者グループの委員も務める。 政府統計などによると、国内消費量の約4割を中東から輸入し、国内生産が約4割あるが、原料となる原油の大半が中東からの輸入。計約8割のナフサが中東由来とされる。 3月以降、ナフサの供給状況を懸念する発信をXで始めた。境野氏は「イランへの攻撃が始まった当初の報道は、ガソリンや軽油など燃料が足りなくなる恐れを伝える内容が多く、原料として『物づくりができなくなる』との危機感が世間に伝わっていないように感じた」と振り返る。 4月4日放送のTBSテレビの「報道特集」に専門家として出演。経済産業省が示した中東以外からの輸入を倍増させる見通しでは国内需要を賄うことが難しいとして、「間違いなく今の状況が続いたら6月には詰むんですよ、日本。もうホルムズ海峡を通る一択しかない」とコメントした。◆ 高市氏Xで反論 これに対し、高市首相は翌5日にXで、番組名は出さなかったが「少なくとも国内需要4ヵ月分を確保している」などとして、境野氏の発言を「指摘は事実誤認」と断じた。◆ 批判意見100件超 その直後から、境野氏のXには「デマをまくな」「詰まなかったらどうするんだ」との意見が100件以上寄せられたという。番組側もXなどで「『需要に供給が追いつかなくなり、日本にとって深刻な影響が出る恐れがある』という趣旨での発言でした。趣旨を適切にお伝えすることができなかった」などと補足する事態となった。 境野氏は、3月公表の政府統計の国内需要や輸入量、在庫などの数値から「3ヵ月後に供給が需要を賄えなくなる」と想定し、危機感を訴えるために「6月に詰む」という発言に至ったと説明する。高市氏の「国内需要4ヵ月分」との発信について「ナフサから分解された基礎化学品以降の『川中製品』の在庫2ヵ月分をナフサ自体の2ヵ月分に単純に加えており、正確な表現ではない」と指摘。その上で「いまでは『詰む』という表現では甘かったと思っている。既に現実として現場に不足が生じている」と強調する。◆首相は「事実誤認」と言うけれど 政府は「年明けまで石油の供給を確保できるめどがついた」「(ナフサは)必要な量は確保」と不安を打ち消す発信を続ける。ただ、ナフサを使う現場の企業では製品の新規受注の停止や値上げの動きが広がる。日本塗装工業会は14日、シンナーなど塗装資材の急激な品薄と価格高騰が起きているとして、国土交通省に供給確保を要望。「政府発表と現場のサプライチェーン(供給網)には大きな乖離(かいり)が生じている」とした。 だが、赤沢亮正経産相は会見などで供給が不安定な理由を「流通の目詰まり」「供給の偏り」と表現し、「連絡があればただちに解消する」と強調する。 境野氏は、有機溶剤の不足でユニットバスを入れられずリフォーム工事ができなくなったり、運送会社のインタンク(自家給油設備)への供給が途絶えたりと現場から「悲鳴のような声」が届いているとし、こう訴える。「不安にさせないためにあいまいな発信を続けるのではなく、国民に正確で丁寧に説明して、節約や省エネを呼びかけるべきではないか」 高市首相がXで「事実誤認」と打ち消したのは、不安に駆られた人々が関連商品を慌てて購入する事態となることを避けたいとの思いが背景にありそうだ。官邸関係者は、新型コロナウイルス禍を「トイレットベーパーがうわさで一気になくなった」と振り返り、ナフサ関連でも「買い占められたら困る」と警戒する。 現状では「パニック買い」の動きは、限定的だという。第一ライフ資産運用経済研究所の星野卓也・主席エコノミストがスーパーやコンビニなどの売り上げデータを分析したところ、「洗濯用洗剤類」などで伸びは見られたものの、新型コロナ禍でのトイレットペーパーなどの駆け込み購入と比べると小規模だった。 星野氏は、コロナ禍では外出自粛などの影響が広かった一方、今回は国内の石油備蓄かおり、政府が、事実を踏まえて「落ち着いていい」と発信できた効果があるとみる。ただ、もし混乱が長引けば供給不足が現実味を帯びてくるとし、「(備蓄で)ある程度、時間を稼げる。その間に代替調達を確保することが一番求められている」と語る。 日本総合研究所で原油価格の見通しを担当する栂野(とがの)裕貴研究員は、5月末までにイランでの戦闘が終わってホルムズ海峡が徐々に正常化すれば、高止まりする価格が「6月以降、緩やかにじりじりと下がる」と想定する。だが、先行きは不透明だ。戦闘が泥沼化して供給不足が進み、価格が高騰する「リスクシナリオ」も十分あり得るという。 「不確実性が晴れない限り、(メーカーが)少しずつ生産を落とす動きは止まらない」と栂野氏はみる。こうした抑制が連鎖すれば、流通の川下で供給不足が顕在化する。目詰まりの把握についても、石油製品の供給網は複雑であるとし、「どこで何か起きているのかを特定するのは、かなり難しい」と語る。 栂野氏は「経済を回しながら省エネする施策が次にやるべきこと」と説く。車通勤の人の在宅勤務推奨や高燃費車への買い替え支援といった対策で、景気を悪化させずにガソリン消費を抑え、石油製品依存の低減につなげることができる。 政府の情報発信のあり方に問題はないのか。麗沢大の川上和久教授(政治心理学)は高市氏のX投稿に「国民の不安を抑えたい気持ちは分かる」としつつ。「事実誤認」という言葉がバッシングや分断を招くことを懸念する。「資源を大事に使うことは、政治的な立場を超えて一致すると思う。先行き不透明な時代には、対立しないコミュニケーションが大事だ」<<デスクメモ>> 赤沢経産相は24日、「ホラーストーリーを語るべきではない」と石油の供給不安を否定したが、境野氏の「詰む」との警鐘は「ホラー」なのだろうか。既に現場で影響が出ているのは、先行きを不安視して抑制する意識が各所で働いているからでは。政府の説明との乖離が気になる。(祐)2026年4月25日 東京新聞朝刊 11版 16ページ 「ナフサ供給『6月に詰む』・・・境野氏の真意」から引用 70年代の石油ショックのときは、本当にスーパーの店頭からトイレットペーパーが姿を消すという現象を見たのであったが、あの時は「たかがトイレットペーパー」であったが、ナフサの場合は建築資材も無くなって建設業も仕事ができなくなるという大規模なダメージが予想されて、国内経済はかなり大変なことになるかもしれないという不安が過りますが、高市政権の説明は具体的な根拠を示して「大丈夫」と言ってるのとは違って、単なる「大丈夫」という言葉だけだから、専門家にしてみれば「年間これだけのナフサを消費しているのに、それをそっくり代替してくれる供給源が、世界のどこにあると言うのか」という基本的な「疑問」に応えていない点が、大きな問題だと思います。しかし、これは日本にとって大問題には違いありませんが、トランプ氏にとっても、秋の中間選挙へのダメージを少しでも軽減するためには、一日も早く「イラン問題」を解消しなければならないという「切実な問題」であるため、昨日今日のニュースでは「停戦期間を、条件を付けずに延長する」などと言い出しているから、ひょっとすると6月になる前に「ホルムズ海峡の正常化」が実現するのではないか、という可能性が見えてきたような気がする今日この頃です。
2026年05月08日
日本が先の大戦で敗北して、それ以降軍隊を持つことを放棄した経緯について、毎日新聞専門編集委員の伊藤智永氏は、4月26日付同紙コラムに、次のように書いている; 小津安二郎監督の遺作「秋刀魚の味」(1962年)で、笠智衆演じる元駆逐艦艦長は、トリスバーのカウンターで威勢のいい元部下を穏やかに諭す。「けど負けてよかったじゃないか」 吉田茂は「負けっぷりをよくする」気で戦後外交をやった。証拠はないが、昭和天皇も「敗戦は悪くなかった」と思っていたフシがないわけではない気がする。 敗戦の決断が遅れたのは、連合国に国体維持を約束させようとあがいたからだ。そのための本土決戦・一億玉砕は本気だった。 米国の占領政策で国体すなわち天皇制は残った。条件として「元首ニシテ統治権ヲ総攬(そうらん)シ」「陸海軍ヲ統帥」していた天皇は、元首の地位と国政に関する権能を手放し、軍隊を解体して戦争する手段も権限も差し出した。 日本国憲法9条「戦争の放棄」は、第1章「天皇」規定とのバーターで成り立っている。 だが、元首から象徴になる憲法草案を、昭和天皇が進んで受容したと長く信じられてきた美談は、実は疑わしいようだ。 昨年出た小宮京著「昭和天皇の敗北」は、参議院に埋もれていた憲政資料の緻密な分析を通じ、昭和天皇が象徴制に納得せず、外交大権を持つ英国王のような「国家元首として君臨する天皇」になることを望みながら果たせなかった内幕を論証する問題作だ。 象徴になっても昭和天皇が、軍事・外交に戦前と変わらぬ意欲を持ち続けたのは周知の通り。 占領期に本土の安全と引き換えに、側近を介して連合国軍総司令部(GHQ)に沖縄の米軍統治と基地の長期使用を極秘に要請。朝鮮戦争が起きると再軍備のための憲法改正を唱え、独立後も占領期に続き米軍駐留を望んだ。 天皇制存続の証文である9条体制が、日米安保条約とセットでなければ成り立たない現実を吉田以上に確信し、旧軍を嫌悪しながらも国防強化とその中心となる元首の必要を疑わなかった。 私たちが9条を議論するには、天皇制と日米同盟についても意見を持たなければならない。 高市早苗政権が米国追従と武器輸出解禁を進め、現実離れした養子縁組で皇室を存続させるとする皇室典範改正を急ぎ、1年で憲法改正発議にめどをつけるのは、つながっている。(専門編集委員)2026年4月26日 毎日新聞朝刊 13版 2ページ 「土記-象徴天皇制と戦争放棄」から引用 この記事の冒頭に紹介されている小津映画の、元駆逐艦艦長の「けど負けてよかったじゃないか」というセリフは、戦後の多くの国民の「実感」がこもった言葉のように思います。もし負けていなくて、継戦中だったり勝利していたりすると、戦争のために駆り出された数百万人の日本人は、そのまま中国大陸や東南アジアに居残って、それらの地域を占領地として管理する仕事に従事させられて、そのうちに現地住民が武装して反乱に立ち上がるなど、様々な混乱がまだ続いた可能性があり、そういう「災い」から解放されたのは、良かったことだったと思います。昭和天皇は幼少のころから軍人として教育を受けて、地政学的なものの見方を習得した人物だったのに比べて、上皇と今上天皇は戦後の民主主義教育を受けたという事情もあり、特に上皇は子ども時代に戦争を体験しており、戦後はかつての戦場を訪れては戦争犠牲者を弔うということを熱心に実行した人だったので、おそらく日本が再軍備をして戦力を保持するような国になってほしいなどとは考えていないと思います。客観的に考えても、かつて日本軍に侵略された中国は、はじめは北京にあった政府を南京に移し、南京が攻略されると次は重慶に移すという具合に対応したので、終に日本は中国政府を降伏させることは出来なかった。広大な国土があってこその戦略であるが、日本のような狭い国土の場合は、いくら高市首相が「継戦能力」などと言って国家予算をつぎ込んでも「継戦」などは不可能なのであり、国家を発展させようと思えば、ただひたすら平和外交に徹するのみであり、武力で国を守るなどという「絵空事」は唾棄すべきものと知るべきです。
2026年05月07日
異教徒の宗教施設に酔っ払いが乱入して暴れた事件に心を痛めた少年が、その宗教施設に手作りのケーキを持って慰問に訪れたというイギリスのエピソードについて、文筆家の師岡カリーマ氏は、4月25日付東京新聞コラムに、次のように書いている; ヘイト(憎悪)でなくケイク(ケーキ)を。英国東部ピーターバラで、12歳の自閉症の少年ジョシュア・ハリスが父親と始めた運動だ。地元のモスクに酔った白人男性が乱入し、「白人がおまえたちを滅ぼす」と叫んで信者を襲った事件に心を痛めたジョシュアが、カップケーキを焼いてモスクで配ったのがきっかけ。「言葉でなく行動で連帯を」と父親のダンさん。 その後も父子は英国各地のモスクを訪問、投稿された画像の視聴数は100万を超える。言葉を話さないジョシュアは、通常どのモスクにもあるミンバル(階段状の説教壇)が大のお気に入り。初めて行くモスクでも、自ら扉を開けて、ミンバルめがけて一目散に走っていく。礼拝にも参加。排外思想や反イスラム主義が広がる中、心ないコメントも寄せられたが、父子は活動を続け、ジョシュアがモスクで歓迎されて楽しそうに過ごす動画を次々と発信、さらにユダヤ教やシーク教など他宗教の寺院も訪ねて、連帯の輪を広げていく。 ダンさんがテレビの取材で語ったように「私たちを繋ぐものは、隔てるものより多い」ことを、同じくムスリム男性が言ったように「分断を煽る人たちは実は少数派」だということを、そして何より、一市民の小さな行動の威力を、一言も語らずに示した少年の姿に、口先勝りの政治家の方がよほど、「ごっこ」に見えてくる。(文筆家)2026年4月25日 東京新聞朝刊 11版 17ページ 「本音のコラム-C a k e No t Ha t e」から引用 日本のSNSは、自治体首長の疑惑を追及する百条委員会委員を務める議員を脅迫するような画像が投稿されて、なぜかそれが受けて、脅迫された議員は心身に異常をきたした挙句に自死するという事件にまでなったが、さすがに英国の場合は、日本よりは少し先進国であるせいか、異文化の外国人とも良好な関係を築いていこうという「前向き」な投稿が人々に支持と共感を得ているのは素晴らしいことと思います。遠からず、日本もそういう社会になってほしいものです。
2026年05月06日
わが国の売春防止法は「売春をしてはならない」と規定しておりながら、実際に「売春」が摘発されると売春をした女性側は処罰されるのに、売春の相手側の男性には何のお咎めもないのはおかしい、との声に押されて、法務省で売春防止法見直しの議論が始まったことについて、法政大学名誉教授で元総長の田中優子氏は、4月19日付東京新聞コラムに、次のように書いている; 法務省は3月24日、売春防止法見直しの議論を開始した。従来は処罰がなかった買春者への処罰を検討するためだ。 売春防止法3条には「何人も、売春をし、又はその相手方となってはならない」とある。つまり買春も禁じている。しかし、5条では「公衆の目に触れるような方法で、人を売春の相手方となるように勧誘すること」「勧誘するため、道路その他公共の場所で、人の身辺に立ちふさがり、又はつきまとうこと」「公衆の目に触れるような方法で客待ちをし、又は広告その他これに類似する方法により人を売春の相手方となるように誘引すること」とある。これらの文言を読むと、売春する方が一方的に悪い、とはっきり言っている。そして「相手方」である買春者には、何の罰則もない。高市早苗首相が心変わりしなければ、ようやく罰則の検討に入るはずである。 2024年に施行された女性支援新法は、さまざまな事情により困難な問題を抱える女性の支援を目的にした。しかし状況は変わっていない。未成年との「せい行為」は犯罪であるにもかかわらず、依然として放置されている。12歳のタイ人女性の性的労働は加害者側が逮捕されたが、日本人女性は補導される。 上野千鶴子氏は3月31日の朝日新聞紙上のインタビユーで、「援助交際」という言葉で、売春が女性自身の選択や自己決定とされ、男性が免責されてきたことと、それが「資本主義市場では何もかもが商品になる」という考えに由来することを指摘した。臓器売買や人身売買は犯罪である。しかし、性売買は「誘惑」という名で責任転嫁がなされ、買う側の犯罪と認定されない。圧倒的に買う側が男性だからである。 ◇ ◆ ◇ この不均衡は至る所にある。強制的夫婦同姓制度のもとで約94%は女性が改姓する。不自然だ。「痴漢は犯罪です」は駅でよく見かけるようになったが、少し前までは犯罪だと思われていなかった。セクハラという言葉も存在せず、私の世代は多くの不快な思いをしながら、生きていくために口をつぐみ「自分に非がある」と思っていた。 性売買は、そういう女性の責任感や道徳観を利用して成り立ってきた。NHK大河ドラマ「べらぼう」に見えた公認遊郭の女性たちは、親兄弟、夫、子供の生活のために借金をし、返すために売春をした。ある戯作は「女は仁」、つまり人間性にあふれている、と書く。父母兄妹の貧を救うからである。おだてられ自らも信じ、しかし実際には多くの遊女が新たな借金を抱えて落ちてゆく。売春を仕事として認めるべきだという人々は、これを自ら望んだ選択だ、とでも言うのだろうか? ◇ ◆ ◇ 今年1月、「Colabo攻撃-暴走するネット社会とミソジニー」(地平社)という本が出た。私も執筆者の一人だ。編著者の仁藤夢乃さんは、一貫して「買春は性搾取だ」と声を上げてきた。「売る側と買う側を同じように罰すれば『平等』になるわけではない。買う側を罰すると同時に売る側は非処罰とし、性売買の権力構造を変える必要がある」と指摘する。仁藤さんのような主張は攻撃の対象になる。その攻撃と闘いの日々を、事実に沿って書いたのが前掲書だ。一般社団法人「Co1abo」の次の目標は、市民による女性人権センターの設立である。2026年4月19日 東京新聞朝刊 11版 5ページ 「時代を読む-性搾取は犯罪」から引用 この記事が紹介している市民団体「Colabo」は、生活苦のために風俗業に取り込まれる若い女性を救済する事業に取り組んでいる団体で、その活動の意義が認められて一時は東京都から助成金も支給されていたのであったが、それを快く思わない男たちが、「Colabo」の活動を妨害する事例が頻発したため、あろうことか東京都は助成を打ち切るという「本末転倒」の対応をして、現在は「Colabo」は自力で資金集めをして活動を継続している。「Colabo」に対するいやがらせ行為をする男たちの中には、埼玉県のとある自治体の市議会議員を務める者もいて、こんなことをする輩がなぜ市議会議員になれるのか、日本人社会の「レベル」が知れるというものであるが、多くの人々の善意と勇気を寄せ集めて、すべての人々の人権が尊重される社会を作り上げていきたいものでございます。
2026年05月05日
現職自衛官が自衛隊法を無視して自民党大会に出席し国歌斉唱した事件について、元文科官僚の前川喜平氏は4月19日付東京新聞コラムに、次のように書いている; 12日の自民党大会で陸上自衛隊中央音楽隊の陸曹が、演奏服装を着用し「陸上自衛隊が誇るソプラノ歌手」と紹介されて登壇し、大会次第の「国歌斉唱」をリードした。 この行為は自衛隊法61条が禁じる政治的行為、具体的には同法施行令86条および87条に規定する「特定の政党を支持すること」のために「官職、職権その他公私の影響力を利用すること」および「国の資材を利用すること」に該当すると考えられる。政府は「私人としての行為」だと説明するが、もしそうならこの陸曹は自衛隊法46条1項により「職務上の義務に違反した」として懲戒処分にしなければならない。 しかし、演奏服装は陸上幕僚長の指示で着用するものだという。党大会には音楽隊の副隊長も同行していた。陸曹の出演については陸幕長も事前に了解していた。ならば陸上自衛隊は組織として自民党に奉仕したのではないか。処分すべきは陸幕長ではないのか。小泉進次郎防衛相も監督責任を免れない。 自民党の萩生田光一幹事長代行は、事前に防衛省に確認したら「問題ない」という回答だったと説明した。自民党も防衛省も問題意識が麻痺しているのだ。高市早苗総裁も「知らなかった」では済まない。ここには自民党と自衛隊の抜き差しならない癒着がある。自衛隊を自民党の私兵にしてはならない。(現代教育行政研究会代表)2026年4月19日 東京新聞朝刊 11版 19ページ 「本音のコラム-自民党と自衛隊の癒着」から引用 この記事が述べるように、自民党の萩生田光一幹事長代行は現職自衛官の自民党大会出席について、自分も立法府の議員でありながら自衛官の政治的行為が違法かどうか、自分では判断しないで防衛省に確認したというのは、あまりにお粗末な話だ。おそらく内心では「違法性」を分かっていながら、責任を他者に転嫁する手段として「防衛省に確認したら、問題ないとのことだった」と一人芝居を打っているのかも知れないが、いずれにしても、「知らなかった」だの「あの人が問題ないと言った」だのと言ってごまかすのではなく、実際にあった「事実」を確認した上で、違法行為についてははっきりと当事者に責任を取らせるべきであり、幕僚長、防衛大臣、総理大臣の監督責任も、この際はっきりとさせておかなければ、この先の日本は戦前の過ちを再度繰り返す羽目になると思います。
2026年05月04日
アメリカでトランプが大統領になると、大統領権限ですべての輸入品に基本関税10%とそれにプラスして「相互関税」も課すということになり、日本などはその「相互関税」を少しでも下げてもらう代わりに「原発建設」や「メキシコ湾石油ターミナル建設」に巨額の投資をする約束をして、その一部が実行に移された本年2月に、アメリカ連邦最高裁は「トランプ大統領が議会の承認なしで勝手に始めた『相互関税』制度は憲法違反である」との裁定を下し、無効となったため、現在はトランプ大統領以前の、通常の関税にもどっている。ところが、それにも拘らず、日本政府は「相互関税」が消滅したにも関わらず、その「相互関税」を少し安くしてもらうための「条件」であった米国内に対する「巨額の投資」を断ることをせず、消滅した「約束」を守っていこうとしている。そのような日本政府の妙な「弱腰」を、明海大学准教授の宮崎礼二氏は、4月19日の「しんぶん赤旗」コラムで、次のように批判している; 米トランプ大統領が、全輸入品への一律10%の基本関税と「相互関税」を打ち出した2025年4月2日を「解放の日」と宣言してから1年。宣言は、一方的に貿易ルールを改変させ米国第一主義が支配する国際秩序の象徴となりました。 トランプ氏は相互関税で巨額の貿易赤字を解消し、製造業の雇用を国内に取り戻すといいました。関税を「交渉の武器」として振りかざし、不法移民対策や薬物密輸阻止といった要求をのませる強権的な「ディールの手段」としたのです。 ◆ ◇ ◆ しかし、現実は大統領の期待通りには進んでいません。25年の米国のモノの貿易赤字は1・24兆ドルと過去最高を更新し、輸入抑制の思惑は外れました。さらに、高関税は輸入コストを押し上げ、インフレ再燃で自国民の家計を直撃しています。25年の消費者物価指数(CPI)は一時3・0%まで上昇しました。部品や原材料を輸入に依存する製造業ではコスト増が収益を圧迫し、工場閉鎖やレイオフ(一時解雇)が相次いでいます。報復関税による農業などの輸出産業の市場喪失も深刻です。 こうした逆風の中、日本が関税引き下げの対価として約束した総額5500億ドル(約87兆円)の対米投資は、実行段階に入りました。2月には、オハイオ州の火力発電所やメキシコ湾の石油ターミナルなど、約360億ドルの「第1弾」案件が発表されました。3月には、高市・トランプ日米首脳会談に合わせて、テネシー州やアラバマ州での小型モジュール炉建設を含む、約730億ドルに及ぶ「第2弾」計画が具体化しています。投資先の地域は、中間選挙や大統領選挙での「激戦州」に加え、共和党の強固な支持基盤の「赤い州」にも集中しています。日本の富がトランプ氏の権力維持に動員されている形です。 しかし、2月に米最高裁が「相互関税は違憲」との判決を出し、日本が結んだ投資約束の前提は崩壊しました。日本は当初通告された「24%」の理不尽な高関税を免れるため、巨額投資を条件に15%への引き下げを「勝ち取った」はずでした。ところが、違憲判決で日米合意の枠組み自体が法的に消え去りました。現在は通商法122条に基づき、実効税率は11~13%程度で推移しています。日本が巨額投資の約束で「勝ち取った」15%の合意よりも低いという逆転現象が起きているのです。 ◇ ◆ ◇ 巨額の投資を継続する正当性は存在しません。投資の進ちょくに不満があれば課徴金を上限15%に引き上げるというトランプ氏の脅しは、関税を「人質」にした身代金要求に等しいといわざるをえません。 違憲判決で根拠を失ったディールに固執し、国民の血税や民間資金をトランプ氏の選挙対策へと献上し続ける日本の姿は、「対米従属」の極みです。国富を流出させるだけでなく、国際社会における日本の地位を「米国の属領」へと失墜させるものです。今こそ日本は、崩壊した合意の無効性を堂々と主張し、属国的な盲従から脱却する矜持(きょうじ)を示す時ではないでしょうか。(みやざき・れいじ 明海大学准教授)2026年4月19日 「しんぶん赤旗」 日曜版 24ページ 「経済これって何?-トランプ関税1年」から引用 だいたい、トランプは誰に吹き込まれて、アメリカは貿易赤字だからこれを黒字にすれば国としても強くなれるなどと思ったのか、あまりにも考えが足りない。関税を上げれば輸入量が減るから、その結果、貿易赤字も緩和される、という理屈も「勉強のできない子ども」が考えそうな理屈で、現実には、輸入品にとって代わりうる製品が、国内で生産されているのなら問題ないが、実際にはアメリカの国内産の日用品はあまりにもコストが高く、富裕層を除いた一般庶民の経済力では、輸入品なしでは生活が立ち行かないのが実情なのであって、少々値上がりしても庶民は生活のために輸入品を買わざるを得ない、そういう「現実」が、トランプの目には見えていないわけです。経済の理論も実社会の現実も知らない者が、生半可な知識で関税率をいじったりするから、世の中はますます困窮する人たちが増えている。これじゃあトランプ・共和党の支持率は上昇どころか、低下する一方だと思います。11月の連邦議会中間選挙は、民主党にとって有利な戦いになりそうだから、民主党としては周到に準備して、トランプの後半2年をレイムダックしてやるべきだと思います。
2026年05月03日
憲法改正を党是に掲げた自民党でも、なかなか実行できずに80年も経ってしまった日本国憲法について、毎日新聞専門編集委員の伊藤智永氏は、4月18日付同紙コラムに、次のように書いている; 昨年まで駐日韓国大使だった朴喆熙(パクチョルヒ)氏が15日、日本記者クラブで印象的な話をした。韓国有数の日本政治専門の学者として安倍晋三元首相の側近に「安倍さんは憲法の何を変えたいのか」と尋ねたときの返答だ。 「憲法を変えられるということを見せたい」 中身は二の次で「改憲する感覚」を国民に味わってもらうのが本音だったという。得心がいく。 8年余の長期政権の間、安倍氏の改憲戦略は迷走した。憲法をいじるのが目的と誰にでも分かる。本人も自認していたのだ。 これは、日本国憲法を、占領期の連合国軍総司令部(GHQ)による「押し付け」だから、自主憲法に改めるといった古い議論とは、似ているようで違う。 「強い日本を取り戻す」の標語通り、安倍氏は「失われた30年」で低下した日本の存在感を高め、国際的プレーヤーとして輝きたいという願望が強かった。 それには軍事活動の質と範囲を拡大する必要がある。憲法9条改定が正攻法だが、安倍氏は内閣法制局長官をすげ替え、集団的自衛権行使を一部容認する解釈改憲のからめ手で安全保障関連法を作り、正面突破を避けた。 同法成立後「米国が改憲する必要はなくなったと言うんだよ」と評論家に漏らしている。 だが同法施行の翌2017年、憲法記念日に改憲派集会へのビデオメッセージで、9条の戦争放棄・戦力不保持・交戦権否定の規定は変えず、自衛隊の存在を明記する「9条の2」を追加する独自案を突然発表した。 安保法成立に尽力した高村正彦自民党副総裁(当時)も寝耳に水で「安倍改憲はこれでいいのか」と驚いたという。またしても正面突破回避だったからだ。 これをもとに自民党案4項目が作られ、与党が条文化を主張する緊急事態条項はその一つ。名称は大仰でも、緊急性は疑わしい。 「安倍後継」を名乗る高市早苗首相が12日、党大会で述べた。 「どのような国をつくりたいか。その理想を物語るのが憲法だ。私たちの物語を歴史という書物の新たなページに刻もう。立党70年、時は来た。改正発議にメドを立てて来年の党大会を迎えたい」 権力者が自作の憲法で権力を乱用するのを防ぐため、国民が国家権力(政府)を縛るルールを作る。それが立憲主義である。 その近代憲法原則を無視し、安倍・高市改憲は憲法の画布に自分たちの夢みる「強い日本」の自画像を上書きしたいらしい。どうせ改憲するなら、もっとましな絵にしてもらいたい。(専門編集委員) ◇ 4月18日に配信した記事に「安倍晋三元首相に『憲法の何を変えたいのか』と尋ねたときの返答だ」との記述がありました。しかし、朴喆熙氏は安倍氏から直接ではなく、周辺の関係者から話を聞いていましたので、訂正しました。2026年4月18日 毎日新聞朝刊 13版 2ページ 「土記-かわいそうな日本国憲法」から引用 安倍信三が憲法改正に前向きだったのは、多分、自民党政権として自分が長く担当していくための方便と考えていたのではないかと、私は思います。アメリカはアフガニスタンやイラクを侵略するに際して、日本にも自衛隊を派遣するように「圧力」をかけてきており、その都度日本は「憲法の制約」を口実に断ってきており、そのような日本の対応にアメリカ政府は大きな不満を持っており、そのことは安倍信三もひしひしと感じていて、しかし改憲は困難だから、憲法はそのままで、とりあえず自衛隊を米軍と一緒に戦闘参加できるように、高村正彦自民党副総裁(当時)に頼んで、それまでは「不可能」とされていた「(自衛隊の)集団的自衛権行使の戦闘行為も合憲である」という「こじつけ」の憲法解釈をでっち上げて、安全保障関連法を成立させたので、それでアメリカからは「改憲の必要はなくなったよ」と言われたのでした。それにしても、高市早苗が呪文のように唱えている「どのような国をつくりたいか、その理想を物語るのが憲法だ」との言説は、立憲主義に照らして見るに、ほとんと寝言のようなレベルであり、一度精神科を訪れて精神鑑定を受けるべき「容体」ではないかと思われます。こういう政治家に国政を任せるのは、実に危険な事態であると言わざるを得ません。
2026年05月02日
現役自衛官が自民党大会に出席してステージで国歌を斉唱した問題で、記者会見に応じた荒井正芳陸幕長の発言からどのような問題が明らかになったか、4月16日付け「しんぶん赤秦」は次のように報道している;◆政治的行為を禁止 12日の自民党大会で、陸上自衛隊中央音楽隊の現役女性自衛官が国歌を歌った問題を巡り、自衛隊施行令に反した利益提供にあたる可能性が浮上しました。 陸自トップの荒井正芳陸幕長は14日の記者会見で、「あくまで『私的行為』」であり自衛隊法の「政治的行為の制限」規定違反にあたらず「不適切だったとは考えていない」と述べました。その上で、当該自衛官が、大会を企画したイベント会社から謝礼や車代など金銭を受け取ったのか問われたのに対し、「受け取っていない」と答えました。 記者から、本来支払われるはずの歌手などへの出演への依頼料が今回かからなかったとすれば、イベント会社の利益になっていると指摘されたのに対して、荒井氏は「あくまで私人としての行為なので、詳細は差し控える」として明白な説明を拒否しました。 自衛隊法第61条1項は、投票行動を除いて隊員の政治的行為を禁じています。同法施行令87条は、自衛隊法61条で定める「政治的行為」の一つに、自衛官が「政治目的を持つ行為で利益を提供」することを挙げています。 また荒井氏は、自衛官が歌唱時に演奏用の制服を着用していたことについて、本来は自衛官服装規則第13条で陸幕長が必要と指示した場合に着用することができるとしたうえで、今回は私人としての行為で「私の指示を受けたものでない」と説明。職務外での着用は禁止されておらず、私的な場面での演奏服着用が「規則違反ではない」などと述べました。この見解通りであれば、陸幕長の指示に基づいて着用できる制服を、「私人」であれば好き勝手に着用できることになり、服装規則自体の意味がなくなってしまいます。 さらに、小泉進次郎防衛相が14日の記者会見で、「(制服は)常時着用義務がある」と述べましたが、「指示」に基づいて着用するという陸幕長の見解と真っ向から矛盾します。2026年4月16日 「しんぶん赤旗」 2ページ 「規定違反、利益提供の可能性」から引用 現役自衛官の自民党大会出席問題で記者会見に応じた陸幕長は、政府から「何が何でも、『私人だから違法性はない』で押し切れ」とでも言い含められていたのか、自民党大会に出席したのはこれはどこからどう見ても政治的行為に違いないので、これは「自衛隊員としてではなく、私人として出席した」というのは、選挙の際に「投票行為は私人としての行為」という文脈で、誰でもが認めるところですが、イベント会社が自民党から「大会運営」を請け負った際には当然の対価が請求されているわけで、その請求額には当該自衛官への国歌斉唱の謝礼も含まれていたはずで、それを自衛官が受け取らなかったのであれば、その分はイベント会社の「利益」となってしまっているわけで、君が代を歌って自民党大会を盛り上げて、その謝礼はイベント会社の利益になるという二重の自衛隊法違反が疑われます。また、演奏用の制服着用は陸幕長の「許可」が必要ということも自衛官服装規則第13条に規定されているのに、でも私人であれば勝手に着用しても別に問題はないなどと、まるで落語の台本のような話になってしまう。しかし、これは笑って済ませられる問題ではありません。非は非として、しっかりけじめをつけることが、自衛隊の組織としての健全性を確保する上で必要と思います。
2026年05月01日
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