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文化庁が警察庁や国税庁と協力して不活動宗教法人の実態調査を行う準備を進めていることについて、元文科官僚の前川喜平氏は、15日の東京新聞コラムに、次のように書いている; 13日の朝日新聞によれば、文化庁は4月から不活動宗教法人についてアンケートによる実態把握調査を行い、警察庁や国税庁も加わる検討会で2026年度中にガイドラインをまとめるという。 文化庁はこれまでも法定の書類提出のない法人の調査はしてきた。しかし書類提出を履行していても宗教活動をしていなければ不活動宗教法人だ。22年に経営破綻した札幌市の宗教法人「白鳳寺」は、納骨堂経営はしていたが宗教活動の実態はなかった。今回の調査は書類提出のある法人が対象だ。悪質性が高い恐れがある法人にはヒアリングも行うという。 一方、週刊文春は昨年12月、「神奈我良(かむながら)」という宗教法人が24年に高市早苗首相が代表者である自民党奈良県第2選挙区支部に3千万円を寄付していたと報じた。 この宗教法人の代表役員は、不動産業や観光業を経営する川井徳子(のりこ)氏という人物だ。奈良市内に神殿があるが、その見守り役だと自称する女性は文春の記者に「ここには教祖も信者もおらんのです」と話したという。 今回の調査対象には7374の単立宗教法人(宗派や教団に包括されない宗教法人)が全て含まれるというから、この「神奈我良」も調査対象になるはずだ。調査の結果、不活動宗教法人だと判明したなら、高市首相に忖度することなく解散させなければならない。(現代教育行政研究会代表)2026年3月15日 東京新聞朝刊 11版 21ページ 「本音のコラム-宗教法人『神奈我良』」から引用 不動産業や観光業で稼いだお金をそのまま事業利益として保有しておけば、それなりに税金が掛かってくるので、その前に宗教団体に寄付したことにして、その宗教団体からさらに知り合いの政治家の事務所に寄付をすれば課税を免れると考える人は多いらしく、宗教活動をしているようには見えない団体が7千件以上も存在するとなれば、これは文化庁も放置するわけにはいかないと考えるのは当然です。しっかり調査して、不明朗なカネの流れの実体を明らかにして、健全で明朗な社会の建設に邁進してほしいと思います。
2026年03月31日
ロシアはウクライナを侵略し、アメリカとイスラエルはイランを攻撃する世界に対し、日本政府はどう対応していくのか、法政大学名誉教授で元総長の田中優子氏は、15日付東京新聞コラムに、次のように書いている; 未成年を含む千人を超える女性を、権力者たちが性的に侵害したとされるエプスタイン事件と、ベネズエラ、イランへの軍事侵攻。この二つは表裏一体の同じ意味を持っている。権力者による、子供、女性、他国への暴力による生命と人権の侵害である。 イランへの軍事侵略は明らかに先制攻撃で、国際法にも国連憲章にも違反している。日本政府はロシアや中国の行動には「法の支配」と言い、米国が同じように侵略戦争をすると、侵略相手先の国のせいにする。これを「法」というのだろうか。 「同盟は大事だが、追従とは異なる。同盟は沈黙ではない」 「相手によって態度を変えることを法の支配とは言わない」 「原則を語れない国の外交は信頼されない」と、3月9日の衆院予算委員会で中道改革連合の小川淳也代表は述べた。もっともな言葉である。国民もそれぞれの生き方の中での人間としてのありようと、今の政府の姿勢とを、比べてみた方がいいだろう。自分自身に、この姿勢は許せるだろうか、と。許せないとしたら、なぜ政府を許すのだろうか。 小川代表は、米軍の軍事行動に対し自衛隊が行動を共にする場合の法的根拠や、在日米軍基地からの出撃に関する事前協議の有無についても言及した。これも今のうちに言っておかないと、いつの間にか閣議決定で決まってしまう危険性がある。 ◇ ◆ ◇ 一方、3月6日は日本各地で「女性の休日」の集会が開催された。映画「女性の休日」は1975年のアイスランドで、90%の女性が家事と仕事を休み、国家機能がまひすることを実証した運動のドキュメンタリーである。それを契機に社会が大きく変わった。女性議員が増え、女性の大統領や最高裁長官が出現し、16年間にわたって世界で最も男女平等が進んだ国になっている。日本は周知のように、男女平等の指数は世界で118位である。 6日は2ヵ所でこの集まりに参加した。「国際女性デー」の8日には、韓国の専門家と当事者を招いて、一般社団法人「Colabo(コラボ)」が主催したシンポジウム「なぜ性売買防止法が必要か」に参加した。この中で「性売買に対する態度が、私たちの時代や人生の風景を決める」という言葉が印象的だった。性売買は自分の意思で選んでいるように思わされているが、実は自分や家族を救うにはそれしか方法がないという状況に追い込まれた結果である。男性たちは女性を性的に自由にすることで、男性としての優越感を持つ。エプスタイン事件はその典型で、仲間に入ることが権力を見せつけ、権力に擦り寄ることだったのだ。共犯者の女性は、モデルや女優になりたい女性たちの願望を利用して女衒(ぜげん)を務めた。トランプ大統領を必死でかばう女性司法長官は、被害者たちの集会で「そんなことより株価を見なさい」と言って、笑いものになった。 ◇ ◆ ◇ そう。もはや男か女か、ではない。あなたはどういう人間として生きるのかが問われている。「そんなことより」と金権政治への注目をそらした高市早苗首相はいよいよ、改憲原案作成の「条文起草委員会」を設けるという。あなたは「人として」この憲法を壊して良いのか?それが問われることになる。2026年3月15日 東京新聞朝刊 11版 4ページ 「時代を読む-人間としての判断」から引用 首相の高市早苗や検事総長の畝本直美は、別に若いころからジェンダー平等の運動に取り組んで「女性の権利向上」に尽力した結果が評価されて今日の「地位」を獲得したのではなく、むしろ逆にジェンダー平等とは真逆の立ち位置で「世の中、男性主導は当たり前」をモットーに、うまく世の中を渡ってきた結果として現在の地位にありついたわけで、だから「アメリカ大統領」と言えば、これは日本の首相の座を誰にするか簡単にコントロールする権力を手中にしていることを、高市氏は十分に理解しているから、トランプのやることが「法の支配」を逸脱しているという「理屈」は十分に理解してはいるが、口に出して言うことは絶対にしないし、言うことと言えば「世界に平和をもたらすのは、ドナルドだけが出来ること」などと、はたで聞いてる者が恥ずかしくなるようなことを、平気で口走るのである。しかし、こういう輩をいつまでも首相にしておけば、憲法が改悪されて、現在の中高生が成人するころには武器を持たされて戦地へ赴くことが義務付けられないとも限らないのであるが、戦争をしない国としての「日本」を守るには、なるべく早く高市を首相の座から引きずり落とす必要があります。現代の若者は、「反権力は損だ」という認識だそうだが、高市をこのまま首相にしておいて、その結果、徴兵制が復活したら、もっと損する時代になることくらいは、少し考えればわかりそうなものだ。平和憲法を守って戦争をしない国にするのが、最善の道であるくらいのことは、理解してほしいものです。
2026年03月30日
15年も前に起きた東日本大震災という単語をテレビのニュースで取り上げたり新聞記事の見出しに入れると視聴者や読者から避けられることが、データー上はっきりしているので、現場の記者が「震災」の語を使っても上司がそれを削除するのが、報道の世界では「常識」となっている様子を、毎日新聞専門編集委員の伊藤智永氏は、14日の同紙コラムに、次のように書いている; 「これからは心の復興です」 2月の衆院選開票速報を見ていて、「んんっ」と聞きとがめた。宮城県で当選したタレント議員が、東日本大震災15年への抱負を聞かれ、さらっと口にした。 5年更新の国の復興事業は一区切りつき、道路・住宅などハード面の建設はほぼ完了。被災地自治体の多くで、部署名から「復興」の文字が消えるらしい。 前を向くのは大事だが、傷心を癒やすのは共に忘れずにいることだけだろう。こころに「復興」という名の押し付けは禁物だ。 大手ネットニュース記者がこぼした。「震災はタブーなんです」。関連ニュースは明らかに掲載されにくい。見出しに「震災」があると直されるという。「全国的には読まれない。震災の文字を見ただけで避けられるのが、データ上はっきりしているから」 歳月のなせる余儀なき仕業だけが風化とは限らない。一人一人の思慮なき悪意が吹きだまって、猛威を振るう風化もある。 日本記者クラブ取材団で福島県双葉町と大熊町を再訪した。福島第1原発の敷地がまたがる両町に、同県内で除染された土や草木、がれきなど膨大な廃棄物(東京ドーム11杯分)の中間貯蔵施設が設置されて11年が過ぎた。 用地は東京都渋谷区に匹敵する約1600ヘクタール(取得率約8割)。原発の爆発で強制的に立ち退かされた多くの住民が、次は帰宅どころか父祖伝来の土地・家屋を「核汚染のゴミ置き場」として手放す苦渋の決断を強いられた。 法律で30年以内(2044年度末まで)に全て県外で最終処分すると決まっている。同県の重すぎる負担を日本中で分かち合う趣旨だが、多くの国民は自分の町にも除染土が来るとは知らない。現状は首相官邸や中央省庁の花壇に少量を移した程度にとどまる。 「原発の電力は首都圏で使われていた。なぜ除染土まで我々が引き受けねばならないのか。人ごと感が強すぎる」。伊沢史朗双葉町長は憤まんやるかたない。 帰還が始まったのは一番遅く、震災の11年後。7140人いた住民は、今も43都道府県300余市町に離散中。希望者に毎月、町の現状を伝える便りを送る。住民票を残している人は多いが、宛先は2750世帯に減った。 現町民201人。6割は新たに移住した壮年・若者世代だ。 提案したい。スマホの購入時、日本中の人に両町の実情を知っているか確認を義務づけたらどうだろう。原発の罪と罰を知らずに利便だけを享受する暮らし。それが風化を進める。(専門編集委員)2025年3月14日 毎日新聞朝刊 13版 2ページ 「土記-風化させようとする力」から引用 日本は昔から地震が多発する国土なのだから、報道機関が必要に応じて「地震に対する注意喚起」をするのは当然のことで、購読部数や視聴率を気にするあまり「震災」の文字を伏せることにするという「姿勢」は、誠意に欠ける態度であり、報道機関にあるまじき「態度」として批判されるべきだと思います。報道機関が利益優先で「震災」の語を避けるなどという不誠実な姿勢をとった結果、世間を知らないタレント上がりの愚かな新人議員が「これからは心の復興です」などと、馬鹿な発言をするのですから、報道機関は責任を持って「真実の報道」に徹し、東日本大震災の復興はまだ終わっていないという事実の報道を止めてはならないし、原発事故の後処理なども、まだ始まってもいないという「現実」を、国民は片時も忘れるべきではないということを、メディアは報道し続けることを怠ってはならないと思います。
2026年03月29日
私が大学を卒業して就職した70年代は、どの大企業も伝統的な終身雇用の制度(風習?)が残っていて、その上戦後に出来た新しい憲法と労働三法が手厚く労働者の権利を保証してくれたので、一端雇用した労働者を解雇するには、よほど重大な(または深刻な)理由がないことには、めったにできることではなかったのであったが、最近の企業は業績が黒字でも平気で労働者をリストラするケースが多発していることについて、桜美林大学名誉教授の藤田実氏が3月8日付「しんぶん赤旗」のコラムに、次のように書いている; 東京商工リサーチの調べでは、昨年は好業績の企業での希望退職の募集、いわゆる黒字リストラが広がりました。業種別では電機企業が4割を占めます。 黒字リストラが広がる背景には、会社全体では黒字でも赤字の事業部門を切り離したり、縮小したりして会社の収益を増大させ、企業価値を高めるよう、ファンド(基金)などの大株主が強く圧力をかけていることがあります。とくにアクティビスト(物言う株主)と呼ばれるファンドは、株価引き上げや配当の増大など自らの経済的利益を図る目的で積極的に経営陣にリストラ要求を突きつけるようになりました。アクティビストを納得させる成長戦略を提案できない経営陣は保身もあり、黒字リストラに乗り出しています。黒字リストラは、企業は株主の利益を最大化するのが目的であるという株主資本主義の帰結だと言えます。 ◇ ◆ ◇ 電機企業で黒字リストラが横行しているのは、事業構造の転換を急速に進めているからです。家電やPC、スマホなどの情報通信機器を中心に、経営の失敗もあり産業競争力が急速に失われました。そこで、モノづくりを縮小し、デジタルサービスなどへ事業構造を転換するようになっています。日立製作所や富士通などに見られるように、いわゆるDX(デジタルトランスフォーメーション)事業への転換です。 事業構造の転換では、その事業部門の労働者の処遇が問題になります。以前は正規社員に対しては、基本的には配置転換や職種転換で処遇してきましたが、近年ではいきなり希望退職の募集に踏み切ることが増えています。これは、配置転換や職種転換では時間とコストがかかるので、割増退職金など退職費用を計上しても、希望退職を募集した方が、時間とコストを節約できるからです。 これまで日本企業は、正規社員に対しては長期勤続雇用を維持するとして人間尊重経営を標ぼうしてきました。黒字リストラの横行は企業が日本的雇用システムを大きく転換したことを意味します。すなわち経営戦略と人事戦略に基づき、雇用はその時々の事業戦略に基づいて決定されるとの宣言です。労働者が事業構造の転換に必要なスキルや能力を身につけなければ、企業は労働者を退職させることをためらわなくなったということでもあります。 ◇ ◆ ◇ 同時に黒字リストラの横行は、労働組合の変質を意味します。大企業労働組合は、基本的に企業と協調的な関係ですが、それでも業績悪化が何期も続く場合などを除けば、正規社員の雇用維持に注意を払ってきました。ところが現在、黒字リストラにも明確な抵抗を示さず、希望退職を受け入れています。希望退職といっても、何回も面談し退職強要に近いことをしても、労働組合は対応しないことが多いといいます。希望退職を免れても、低業績を理由に賃金や賞与が低く抑えられ、退職せざるを得なくなる場合も出てきます。 黒字リストラは、雇用や賃金面で日本的雇用システムを転換させようとする企業の意思を示すものです。 (ふじた・みのる 桜美林大学名誉教授)2026年3月8日 「しんぶん赤旗」 日曜版 24ページ 「経済これって何?-黒字リストラ」から引用 そもそも世の中で、起業家が資本金を出して会社や工場を経営するとき、その資本金が個人の所有だからというので、その企業の運営方針は経営者の意見で進められるのが普通であるため、企業活動の結果得られた利益についての「分配」も、経営者の意向で勝手に決められては労働者はまるで「奴隷」のような立場になりかねないとの「心配」から、わざわざ憲法にまで書き込んで、「労働者の権利」を尊重するべきであるという「認識」を、国は国民に知らしめたのであった。ところが、日本の労働者の場合、その「権利」は自ら戦い取ったものではなく「上」から与えられただけのものだったため、労働者自身、その「ありがたみ」「大切さ」に対する自覚が足りなかったために、せっかく経営者と同等の権利が保証されたというのに、後の世代の労働者たちは、あっさりとその「権利」を放棄している。私が強く印象に残っている「労働者の権利はく奪」は、大阪に橋下某という人物が市長に当選したとき、それまで大阪市庁舎の一室を組合事務所として使用していたものを、「市庁舎は市民の財産であり、労組が私物化することは許されない」などと見当違いの屁理屈で組合事務所としての使用を禁止した事件であった。あの時、労組は「労働者の権利」を武器に戦うべきであった。市庁舎は、市民に選ばれた市長と、その下で働く労働者とが、ともに市民のために働く「場」なのであるから、市長に専用の部屋が割り当てられるのと同様に、労働組合にも必要なスペースが割り当てられるのは、「労働者の権利」の観点から「当然の権利」なのであった。しかし、日本の労働組合は、不幸にして「スト権確率」という当然の権利を有効に使うことが出来ずに、雇用主に付けこまれて「奴隷の一歩手前」のような事態に追い込まれている。企業の利益だけがうなぎ上りに上昇しても、世の中の「消費活動」を担う労働者群に十分な「配分」がなされなければ、経済活動は発展せず、やがては企業活動も破たんしてしまうのは当然のなりゆきである。いつか、有能な労働運動指導者が出現しなければ、この国の経済はやがて破たんするほかはないと思います。
2026年03月28日
高市氏が初の女性首相になったことをどう見るか、雑誌編集者の篠田博之氏は、8日の東京新聞コラムに次のように書いている; 『AERA』3月9日号が面白い。国際女性デーに向けた特集だが、巻頭は「『女性初』を超えて」。リードはこうだ。「多くの女性がそれぞれの場所で『女性初』に直面し、勇気を持って壁を突破してきた。その先に、女性初の首相誕生かあった。それは『女性初の時代』の終わりでもあった」 記事中でジェンダー論が専門の岩手大の海妻径子教授がこう語る。「高市首相は男社会に合わせて働いてきた、いわゆる『名誉男性』と呼べる女性で、男性が持っているものを奪おうとする人ではありません。一方で男性側は『有能な女性を取り立てている』と言えて都合がいい。そういう人が登用されたに過ぎません」 一方、対談「ノリと明るさの高市一強の『先』」で御厨(みくりや)貴・東大名誉教授がこう語っている。「高市さんについてのリベラル系のおかしな反応についても指摘しておきたい。アメリカだってまだ女性大統領が出ていないなかで、日本初の女性首相になったわけで、評価されていいはず。『女性首相を求めてきたけど、それは、思想が”右”の高市さんではない』みたいな言い方は、普通に明るくてノリがいい人が良いと思っている人々にとってはすごく不愉快です」 「自分の中の”早苗”を知る」という女性編集長座談会でも「『保守』からガラスの天井を破る女性が出てきた事実をもっと丁寧に考える必要があるという話をよくします」という発言がある。高市氏が初の女性首相になったことをどう見るかは、議論百出のようだ。(以下省略)<月刊『創』編集長・篠田博之>2026年3月8日 東京新聞朝刊 11版 17ぺージ 「週刊誌を読む-保守から出た『女性初』」から一部を引用 世の中が「初の女性首相誕生」を祝うとすれば、それは「ジェンダー平等」の運動が奏功した結果として誕生した「女性首相」の場合であって、高市氏のように「男性中心社会は当たり前」という大前提に経って、男性中心システムを少しも脅かす心配の無い女性として「たまには、女性にも首相をやらせてもいいだろう」という範囲内で、たまたま首相になっただけ、という「高市氏のケース」では、「ガラスの天井」はびくともしておらず、世の中は少しも進歩していないのですから、人々の賞賛を得ることのできる「女性首相の誕生」ではないのは明らかです。政治学が専門の東京大学名誉教授ともあろう人物が、高市氏を「普通に明るくてノリのいい人」と思っているらしい発言をしているのでは、日本の政治学のレベルも大したことはないんだなぁ、といささかがっかりしました。
2026年03月27日
企業と癒着して「企業優先」の腐敗政治しか出来ない自民党が、国会で3分の2以上の議席を獲得して、この先日本はどうなってしまうのだろうかと心配する人は多いらしく、文筆家の内田樹氏は、8日付け東京新聞コラムに、次のように書いている; いろいろな人から「日本はこれからどうなるのでしょう」と聞かれる。私に未来予知の能力はないが、「最悪のシナリオ」を想像することは得意である。日本の言論人にはあまりいないが、欧米のアナリストには「最悪のシナリオ」を想像して、詳細を描く人が多い。おそらくかの地では「最悪のシナリオ」を想定して、被害を最小化する道筋を考える実務的な知性が高く評価されるのであろう。 今から200年前に建国半世紀後の米国を訪れて、そのデモクラシーの功罪を詳細に吟味したアレクシス・ド・トクヴィルは、米国の統治機構の最大の美点は統治能力を欠いた人物を指導者に選んでも統治機構が機能するようになっていることだと指摘した。トクヴィルは7代大統領アンドリュー・ジャクソンと面会した後に、彼について「その性格は粗暴で、能力は中程度である。彼の全経歴に、自由な人民を治めるために必要な資質を証明するものは何もない」と酷評している。 ◇ ◆ ◇ でも、トクヴィルは米国の統治機構には復元力があるとも書いている。それは「デモクラシーにおいて、公務員が他より権力を悪用するとしても、権力をもつ期間は一般に長くはない」からである。「デモクラシーにおいて、ある公務員の事務の遂行が不良であるとしても、それだけのことで、その短い在職期間にしか影響しない。腐敗や無能も、共通の利害となって恒久化されることはない」 なんだか、今の米国のことを書かれているようだが、建国の父たちは国民が誤った選択をして「最悪の事態」が出来する可能性をかなり高めに予測して、このような統治機構を設計したのである。炯眼(けいがん)の人たちである。 「最悪の事態」に遭遇しても復元できるように制度設計をするのは米国の伝統なのである。「リスクヘッジ」と言ってもいいし、「フェイルセーフ」と言ってもいい。「フェイルセーフ」というのは工学概念の一つで、機械が故障する時に被害が最小になるようにしておく配慮を指す。だから、遮断機が故障する時には必ず下りて止まる。 でも、日本には「リスクヘッジ」という語も「フェイルセーフ」という語も定着しなかった。「定着しなかった」と私が言い切れるのは、日本文化に土着した場合、外来の概念はカタカナ4字に略語化されるからである。 パソコンもデジカメもセクハラもポリコレも、日本人が「まあ、採り入れるしかないか」と思ったものは概念でも制度でもカタカナ4字になる。「日本社会には合わない」という暗黙の集団的合意があった場合は略語化されない。「リスヘジ」とか「フェルセ」という語を私は一度も聞いたことがないから、これらは採り入れを拒絶された概念だとみなしてよいだろう。 私は「最悪の事態」を想定して、それがもたらす被害を最小化する道筋について考える(日本では)例外的な人間である。「最悪の事態」を想像するのはその到来を阻止するためなのだが、なぜか現実は私の想像通りに推移しているような気がする。 米国はこれから没落の坂道を転げ落ちてゆくだろう。日本が米国と「共倒れ」になるリスクは高まるばかりだろう。現実が私のこの想像を裏切ることを心から願っている。2026年3月8日 東京新聞朝刊 11版 4ページ 「時代を読む-最悪の事態を考える」から引用 この記事が言うように、トランプのようなならず者が大統領になって議会の承認なしに軍隊に命令を出して他国を攻撃させるなどという違法行為をしでかす者が出てきても、「大統領職は2期まで」と明記したアメリカの建国期に活躍した人々の英知は賞賛に値すると思います。それに比べるとわが国の憲法は、家制度や父権主義を否定するつもりでかいた「婚姻は両性の合意にのみ基づいて成立する」という文言が、同性婚を否定する根拠に使われるというような「お粗末」なレベルであることは、残念なことで、遠くない将来に是正されるべきと思います。また、二大政党制を促進して強固な民主主義を打ち立てるつもりだった「小選挙区制」が、結局、企業と癒着した自民党のみが巨大化し、野党は軒並み弱小化してしまったという「結果」も、河野洋平・村山富市時代にさかのぼって、どこに「ボタンのかけ違い」があったのか、検討する必要があると思います。
2026年03月26日
昨日の欄に引用した「週刊金曜日」古谷経衡氏の記事の続きは、日本の一定数の有権者が選挙に際して投票先を選ぶのに、政策の可否を判断せずに候補者の「見た目」やその場の雰囲気などで判断するようになった原因は、学校教育に問題があるからだ、という解説を展開している; 教育社会学者の舞田敏彦が2020年9月に『ニューズウィーク』誌に寄稿した記事が興味深い。それによると、国際調査で教員が「生徒の批判的思考を促す」教育を実施している割合は、46の調査国・地域の中にあって日本が最も群を抜いて低い、という結果(24・4%)が出た(韓国76・5%、台湾70・4%、米国82・3%)。 日本の次に低いのはノルウェーであったが、その割合は65・6%であり、唯一、世界中で日本だけが異様なまでに「批判的思考を促す」教育を行なっていないことが明らかになった。 批判的思考とは、政治体制、行政機関、マスメディア、大資本などあらゆる「権力」への批判的精神を指す。要するに「お上」やそれに類する権力集団は前提的に嘘(うそ)つきであり、彼らの言うことにはまず疑ってかかるべきで、それを批判したり対抗したりするだけの最低限度の知識や経験を身に付けておけ、というのが骨子である。 先の尾崎の例に戻ると、まさしく筆者の世代こそがこの、「批判的思考を促す」教育がほぼゼロになった教育環境で、人格形成の最も重要な季節である10代を過ごした初期の世代である。この年代における賢い生き方とは何か。「お上」、つまり学校教育にあっては内申書を製作する直接の担当者である教員に対して、如何に機嫌を取るか、である。 実際、私の中学校時代にはこのことに心血を注いでいる級友たちが星の数ほどいた。教師が臨席する前だけで、率先して催事への参加や清掃当番に夢中になる生徒。あるいは逆に、「○○君がこんな粗相をした」と頼まれてもいないのに告げ口をする生徒。多少なりとも内申書の心証を改善させようと生徒たちは必死に、教師という権力者に迎合して忖度(そんたく)する魂魄(こんぱく)が心底で沁(し)みついていく。◆溶けている民主主義の前提 このような筆者の原体験を踏まえたとき、この世代の権力に対する態度というのは、刑務所に似ている。筆者は所謂「刑務所モノ」と呼ばれる読み物が好きだ。ちなみに刑務所に於ける受刑者の日常を扱ったエッセイや漫画などは、市井の人間には知る由がないがゆえに根強い人気を誇っており、最近では獄中生活にグルメ要素を足したものとして花輪和一の『刑務所の中』などが著名だ。 とりわけ花輪の作品に於ける受刑者の態度は興味深い。刑務官を「先生」と呼ぶ受刑者は、どんな些細(ささい)なことでも逐一先生に報告する。如何に自分が刑務作業を頑張ったのかを声高に発声し、懲罰とは関係のない回房受刑者の生活様態までをも報告する。 圧倒的力関係のある「お上(刑務官)」と「受刑者」という関係性の中で、少しでも仮釈放を貰(もら)いたい受刑者による涙ぐましい「努力」は、巨視的に見れば合理的ではある。しかし、それは獄中生活という特異な環境での話であり、市井の市民には関係のないことであるはずだが、幼少期から「お上」におべっかを使って、少しでも利を得ようとする行為こそが賢明で合理的な生き方である、という処世術しか知らない筆者の世代にとっては、それがどんなに滑稽(こっけい)な姿であっても、結論としては良い生き方になる。当時、そんな環境にどっぷり浸(つ)かった生徒が今や40代の有権者になっている。 おおむね49歳以下の有権者における政治家や政党への評価も、これが根本になっている。それがどんなに真っ当なものであっても、批判すること自体が悪という認識だ。民主主義社会において、野党の役割の第一は当然批判であるが、そういった観念は通用しない。批判すること自体が悪だ。悪である以上、政策の良し悪しは関係がない。「批判ではなく対案」という陳腐なフレーズも、この世論の機微を汲んだものだが、本質的には民主主義の本義を完全に無視している。「批判と議論」という概念自体が有権者の側に存在していない。よって左翼やリベラルが禁忌されたか否か、という分析自体に意味がない。兎(と)に角(かく)、権力にモノ申す政治家や政党は悪で馬鹿であり、その悪口の矢面に立っている政権与党は「可哀そう」となる世界観である。民主主義の前提が溶けている。 権力者を批判することは悪いことであり、空気を読んでおらず、合理的ではないし損だ……。そんな環境で育ってきた現下の49歳以下の有権者にとって、中道は害悪でしかない。 他方高市自民が被害者として同情を誘うのは頷ける。政策や正論とは関係のない世界で彼ら有権者は投票所に行く。如何に正論を言ってもそれは徒労であり、権力への微温的な肯定こそが「賢い生き方」だ、と刷り込まれた筆者以下の世代にとって、この感覚は最早覆しがたい「事実」になっている。 はてさてこの前提を踏まえたうえで、政権与党を批判する野党に復活の道があるのかは相当疑わしい。常識が溶けた世界で、それでも正気を保っている人間や政党が、このさき生き残るか否かは未知数だが、それでも巨視的に見れば正論と正義が勝つのが歴史の教訓であるのならば、臥薪嘗胆(がしんしょうたん)という言葉が最も相応(ふさわ)しいであろう。私たちは思慮深く、原則を曲げず、時流に迎合せず、同じ方針を愚直に継続するしかない。<ふるや・つねひら>作家、評論家。2026年2月27日 「週刊金曜日」 第1558号 18ページ 「シリーズ・どうする日本政治-政策ではなくイメージと空気で投票先を選ぶ有権者」から後半を引用 この記事は、なかなか説得力があります。日大や東大で全共闘運動が闘われた頃、全国の中学校や高校で生徒が暴れて、校舎の窓ガラスが割られたり、校舎の脇の道路を歩く通行人に教室の窓からトイレットペーパーのロールが投げつけられたりした時代があったと、後になってから、90年代に子どもの中学校のPTA役員をした頃に、少し年上の役員が昔話をしてくれたことがありました。その後まもなくして、大学受験の「受験地獄」改善と称して、高校の担任教師が記入する「内申書」が大学入学に絶大な「力」を発揮する時代となり、日本中の大学進学希望者は、担任教師に「ゴマすり」をやることが「進学に有利」という時代になったというのは、これは教育政策の「失敗」と判断せざるを得ないものと思います。人類が長い年月をかけて獲得した「民主主義」を、正しく継承するのをやめて、「ゴマすり」で人生を渡ろうとするのは、邪道であり間違いです。現にその「間違った道」を30年間も歩き続けてきて、企業の業績が上昇しても労働者の賃金は低いままという状態が続いてきたのだから、そろそろこの辺で労働者は「目を覚まして」、選挙の投票権も労働の対価である賃金も、上から与えられるものではなく、戦い取るものであるという「現実」を学習しなおす時期に来ているのだと思います。
2026年03月25日
国会議員の選挙と言えば、この国の政治はどうあるべきかを競う選挙のはずが、そのような判断とは無縁の「高市さんて、どういう人?」という観点からの「人気投票」になってしまった今年の衆議院選挙について、評論家の古谷経衡氏は、2月27日の「週刊金曜日」に、次のように書いている;「批判ばかりの野党には魅力を感じない」「高市さんは決して他党の悪口を言わない」 これが高市自民に票を投じた多くの有権者の心底にあった、決定的な投票動機である。政策の妥当性や整合性は最早関係がなく、考慮されない。投票所に行く有権者の多くは、政策ではなくイメージと空気で投票先を選んでいる。 選挙結果を受けて、やおら「左翼リベラルの壊滅」とか、「教条的な左派が如何に有権者に嫌われたか」などと、したり顔で語る向きが喧しい。 しかし結論から言えば、総選挙の結果は左翼やリベラルが蛇蝎の如く嫌われたからそうなったのとは程遠いのであった。政策や争点が無視され、SNSを基底にして作り出された「高市さん良い人じゃん」「高市さんが頑張っているのに虐められて可哀そう」という、児戯にも似た感覚で高市自民を選んだ結果が、自民圧勝の顛末であった。◆尾崎豊がギャグになる世代 興味深いのが世代別の投票先だ。『朝日新聞』の出口調査によると、とりわけ49歳以下の有権者で中道改革連合(中道)への比例投票率は軒並み1割を大きく割り込んでおり(反対に国民民主への投票率はきわめて高い)、この事実こそが中道壊滅≒高市自民圧勝の原因となっていそうである。 というのも、49歳以下の平均投票率を4割と仮定しても、この世代の人口は約6000万人存在し、投票権を持だない18歳未満を除いた有権者人口は、実に約4000万人に達するからである。簡単な算数で、これに0・4を掛ければ約1600万票になる。自民は今回、比例合計で約2103万票を獲得。対して中道は約1044万票を取ったことを考えれば、国政政党の浮沈を左右するには十分すぎる母集団だ。 かくいう筆者も、この世代のちょうど真ん中に位置する43歳である。この年代における中道への「異様な」までの禁忌感とはいったい何なのか。 私の世代は、ちょうど「不良」「ヤンキー」が絶滅危惧種になっていた時代に、義務教育と高校教育を受けた。1970年代後半から90年代劈頭(へきとう)に於いて、全国の小・中学校や高校で、「校内暴力」の嵐が吹き荒れた。それは生徒対生徒の暴力沙汰に留まらず、生徒対教員(学校)に発展した。その背景には管理教育があった。管理教育とは集団規律の徹底・体育会的指導の横溢・教育者(学校側)の精神主義的教育方針の専横などを指す。 この過度な管理教育への反発として、青少年は荒れた。無論、都道府県や自治体の教育委員会の方針によって濃淡はあったが、90年代に入ると管理教育への反省から所謂「ゆとり教育」が優先となり、学校の治安は一服して現在に至る。 管理教育への生徒側からのカウンターの象徴は、ミュージシャンの尾崎豊(65~92年)であった。尾崎の代表作のひとつである『15の夜』は、<盜んだバイクで走り出す>というサビの歌詞が有名であり、続いて『卒業』では、<この支配からの卒業>というフレーズが知られる。前者は83年、後者は85年にリリースされた。まさに校内暴力の真っ最中で、体制への反逆こそが若者のあるべき精神とされ、尾崎の熱狂的なファンが全国に生まれた。だが不幸なことに彼は『卒業』ベスト版リリース直後の92年4月にわずか26歳で早世した。 そんな短い尾崎の人生と入れ替わるように、90年代中盤以降に青春時代を迎えたのが筆者の世代である。98年に札幌市内の公立高校に進学した筆者にとって、尾崎的な反体制・権力批判のアーティストは、かいつまんで言えば「馬鹿」と見なされた。このとき、尾崎の死後10年も経っていないにもかかわらず、権力者や体制に反逆するのは損であり、権力に迎合しておこぼれ(内申書の差配など=大学への推薦入学)を貰う生き方こそが、最も合理的な選択で賢明だ、という共通認識が出来上がっていたからだ。 よってカラオケで尾崎を歌うとき、級友たちは爆笑した。筆者の世代では、尾崎が人生を以て示した反権力や反体制の精神は、最早ギャグでしかなかったのである。(つづく)2026年2月27日 第1558号 「シリーズ・どうする日本政治-政策ではなくイメージと空気で投票先を選ぶ有権者」から前半を引用 国会議員の選挙に当たって、自分は「反体制派」なのか「反権力派」なのかという極端な思考まで行かなくても、自民党が与党としてやってきた政治の結果、自分たちの暮らしは満足できる常態になっているか、もしなっていなければこの先どのような選択肢があるのか、という具体的な見地から、目の前の複数の政党の候補者の話をよく聞いて、どの政党の政策が最も好ましいのかという「判断」をして投票するのが「選挙」だと、私たちは学校教育を通して学んだはずなのに、現代の若者は、自民党政治にすっかり手なずけられてしまい、飼い犬のように、飼い主(?)の気に入ってもらうのが一番得する「道」である、と考えているのでは、「失われた30年」が「40年」となり「50年」となり、日本人は永遠に資本家に搾取される「道」を行くことになります。そんな「道」を歩いているうちに、この国は自然消滅するのか、大国に吸収されるのか、ろくなことにはならないと思います。
2026年03月24日
日本の歴史の中で起きた最大の事件は、盧溝橋事件をきっかけに始まった日中戦争からアジア太平洋戦争にまでになった「あの戦争」である。日本人の犠牲者だけで300万人、日本軍によって殺害されたアジア人は2000万人を超えるといわれた大事件であったが、その「大事件」について、毎日新聞専門記者の栗原俊雄氏は、7日付け同紙コラムに、次のように書いている; 「戦後80年」だった昨年、メディアは盛んに大日本帝国の戦争について報道した。「戦後81年」以降は、戦争体験者への取材が困難になっていることもあり、報道は激減してゆくだろう。しかし体験者や遺族の喪失感、亡くなった人を悼む気持ちはメディアにとっての「節目」が終わっても続く。2月28日。東京都慰霊堂(墨田区横網)で「東京大空襲81年 第20回朝鮮人犠牲者追悼会」が営まれた。 1945年3月10日、米軍による無差別爆撃で、およそ10万人が虐殺された。歴史教科書に記され、広く知られているだろう。一方、犠牲者の中に多くの朝鮮人が含まれていたことは、さほど知られていないのではないか。 私は4年前にこの追悼会を知り、参加した。その後、空襲体験者や遺族の証言、先行研究などからさまざまなことを学んだ。犠牲者は、追悼会を主催する「東京大空襲朝鮮人犠牲者を追悼する会」が氏名を把握しているだけで188人。1万人以上との研究もある。実数の特定は困難だが、東京には41年末時点で朝鮮人10万4156人が暮らし、後に空襲で壊滅的な被害を受ける本所・深川地区に2万人、荒川・城東地区に3万人がいた(朝鮮銀行の調査)ことから考えると、死者は相当な人数に及ぶだろう。 追悼する会は「犠牲者の尊厳を回復するために」と、氏名を特定するための史料調査やフィールドワークを進めている。「日本の植民地支配がなければ、亡くならなかった人たちです」。今年の追悼会の後、調査に参加している若い学生が私にそう話した。◆村山談話の舞台裏 第二次世界大戦では、日本人だけでも300万人以上が亡くなった。あの戦争は今日に至るまで、「対等」とは到底言えない日米関係など、国際社会における日本の地位にも大きく関わってきた。「日本史上最大の事件」であり、負の遺産を広く長く深く残している。二度とそんなことがないように、世代が変わっても省みて、体験と記憶を継承していかなければならない。しかし、そうした「反省」は容易ではない。 94年6月、社会党と自民党、新党さきがけの連立政権が誕生した。3党は「過去の戦争を反省し、未来の平和への決意を表明する」国会決議の採択を目指すことで合意した。しかし内容を確定する作業は難航した。社会党とさきがけが近隣諸国への「侵略」や「植民地支配」を盛り込もうとしたのに対し、自民党の案はこれらの文言を入れず、犠牲者への「追悼」を前面に出すものだった。 それでも95年6月9日、衆議院で「歴史を教訓に平和への決意を新たにする決議」が採択された。「不戦決議」とも呼ばれる。「戦後50年の節目に、決着していない問題にけじめをつけようと決意していました。社会党が政権に入ったからには、これはぜひやらなければならない、と」。党委員長として首相に就任した村山富市氏(1924~2025年)は13年、私のインタビューに、そう語った。 妥協の結果、「決議」は「世界の近代史上における数々の植民地支配や侵略的行為に思いをいたし、我が国が過去に行ったこうした行為や他国民とくにアジアの諸国民に与えた苦痛を認識し、深い反省の念を表明する」などとなった。「世界の近代史……」のくだりは「日本だけが植民地支配、侵略をしたわけではない」といった「釈明」のような響きもある。 村山氏はこの決議の文言に「本質をゆがめられた。これでは逆効果になってしまう」と思った。その危機感が、日本による過去の植民地支配と侵略を謝罪した95年8月15日の「村山談話」につながった。◆高市氏と「反省」 村山氏が納得できないほど妥協した「不戦決議」であっても、議員の抵抗は強かった。賛成したのは衆議院の定数511のうち、半数に満たない230人。野党の新進党のみならず、与党からも欠席者が出た。参議院では決議すらできなかった。 高市早苗首相は当時、新進党の若手衆院議員で、強硬な反対派の一人だった。決議に先立つ同年3月16日、外務委員会で「不戦決議」を取り上げた。「少なくとも私自身は、当事者とは言えない世代ですから、反省なんかしておりませんし、反省を求められるいわれもないと思っております」と述べた。 私も当事者世代ではない。アジア諸国・地域を侵略していないし、現地の人たちに危害を加えてもいない。「直接的な加害者」としての反省を求められたら戸惑う。また「他人がしたことの反省を求められるいわれはない」という感情は自然であり、説得力もあると思う。 だが、別の意味で戦争を「反省」し、「戦争責任」を感じることはできるはずだ。 過去につながらない未来はない。自分には直接関わらない過去を知り、誇るべきは誇り、反省すべきは反省する。近現代でいえば、日本はなぜ植民地支配や戦争をしたのかを考え、それによって苦しんだ国・地域の人々の気持ちを想像する。そこから教訓を得て、未来につなげる。それが日本の歴史に連なる者としての責任だと、私は思う。(専門記者)2026年3月7日 毎日新聞朝刊 13版 4ページ 「現代をみる-戦後世代の戦争責任と反省」から引用 この記事で栗原記者が訴えているように、アジア太平洋戦争はわが国の史上最大の事件だったのであり、二度と繰り返してはならない事件であったのですから、「二度と繰り返してはならない」という「祖先の教え」を正しく受けついで後世に伝えるのは、現代に生きる我々の責任だと思います。その「責任」の一端として、村山富市氏が首相だったときに発表した「村山談話」は、後世の日本人が「歴史」をどのように理解するべきか、適切なアドバイスを提供していると思います。しかし、それに比べると高市氏の「私自身が戦争をしたわけではないので、反省を求められるいわれはない」などと、反抗期の高校生みたいな口答えをする態度は、少なくとも一国の政府を代表する立場の人間に相応しい発言とは言えません。野党議員のときの発言であったのであれば、一国の首相として海外のメディアの取材にはどう対応するのか、官僚の模範解答などを参考にして準備するべきだと思います。間違っても調子に乗ってアドリブ発言をするようなことは慎むべきでしょう。
2026年03月23日
東日本大震災で東京電力福島第一原発は1~3号機が外部電源を失って炉心を冷却する機能をなくしたために炉心溶融を起こし、高濃度の放射能汚染を引き起こして人間が近寄れない常態になっているが、4~6号機は震災当時は稼働してはいなかったので、1~3号機のようなダメージにはならなかったのであるが、1~3号機の被害があまりにも甚大であったため、東京電力としては福島第一原発だけではなく第二原発も、まとめて廃炉にすることになったのであった。しかし、事故を起こした第一原発の1~3号機の廃炉作業は遅々として進まず、無駄に時間が過ぎていくだけのような印象であるが、東京電力としては企業イメージの悪化を防ぎ、廃炉作業に真剣に取り組んでいることを広く社会に周知する目的で、先月、報道関係者を対象に、廃炉作業の準備が進む福島第一原発の4~6号機を公開したのであった。毎日新聞社から参加した専門編集委員の伊藤智永氏は、原子炉格納容器の中に入ったときの感想を、7日付同紙コラムに、次のように書いている; 廃炉が進められている東京電力福島第1原発で、5号機の原子炉格納容器の中に入った。 なぜそんな恐ろしげなことを。2月の日本記者クラブ取材団に参加したら、東電の視察コースに入っていた。見られるものは何でも見てやろう。理屈は後だ。 東日本大震災で炉心溶融(メルトダウン)した1~3号機。各格納容器の底に、溶け落ちた核燃料(デブリ)が推定880トンある。東電は全て取り出すと言うが、震災から15年の実績は、2号機で試験採取したわずか計0・9グラム。 それも釣りざおで微量を引っかけるアナログ式。途中で押し込みパイプの配列を間違えたり、先端の監視カメラが壊れたり、絶望的に遅々たる歩みである。 5号機は震災時、定期点検中で損傷は軽かったが廃炉の予定。放射線量が高く中に入れない2号機と同型で、デブリの取り出し現場を疑似体感できるという。 全身防護服に手袋2枚、靴下3枚重ねの完全装備で、いざ中へ。ジャングルジムをくぐるようにして原子炉の真下に潜った。 狭い。直径5メートルほどの円形で、頭上に核燃料制御棒が137本突き出し、中腰でないと頭を打つ。格子床の3メートルほど下に容器の底がある。1~3号機ではそこにデブリが落ちているわけだ。 原子炉は思ったより小さかった。これ1機で、首都圏で暮らす約26万軒相当の電力を生み出していたのだ。核エネルギーの底知れなさに想像力が追いつかない。 原理は違うが、広島の原爆も全長約3メートル、直径71センチ。「リトルボーイ」と呼ばれていた。 今年、ようやくロボットアームによるデブリ採取が始まる。いずれ原子炉の上から特殊装置でデブリを破砕し、底に落として横穴から大量にかき出すという。 だが、デブリとは何物か、原子炉の中はどうなっているのか、開口部から放射性物質は拡散しないのか。依然なぞは多い。 東電の廃炉完了目標は2051年である。素人考えでも無理だ。取り出せても、どう処理し、どこに保管するというのか。 廃炉とは何か。そこから考え直すしかない。跡地を古里に戻すかのような幻想を抱かせる方便は、汚染より罪深い。 建屋の外に出て、寂れた発電所内を歩く。ここで作られた電力をむさぼった都会の虚栄と逸楽を呪う感情が湧き、自分もその一人だと思い直して黙然とする。 AI時代に原発再稼働・新増設は当然とする世相である。福島のデブリは、ゴジラのように放射能を帯び続ける。(専門編集委員)2026年3月7日 毎日新聞朝刊 13版 2ページ 「土記-原子炉の真下に潜って」から引用 東日本大震災で原発が事故を起こしてから15年も経つというのに、メルトダウンした原子炉はそのままコンクリート詰めにして永遠に封印することにし、未来永劫に誰も近寄らない地帯にするのが手っ取り早いのであるが、それでは企業イメージが良くないとでも思っているのか、東京電力は会社の方針として、数十年かかっても、あくまでも「廃炉にする」という方針のようである。しかし、いくら固い意志をもっているからと言っても、具体的に実行できる現実的なプランがないことには、「絵に書いた餅」に過ぎないわけで、数十トンもある高濃度放射性物質を、わずか1gに満たない少量を取り出すのに15年掛かった、という「現実」を手掛かりにして、「本当の解決策」はどのようなものであるか、考え直す必要があるのではないかと思います。
2026年03月22日
カナダのカーニー首相は本年1月のダボス会議で演説し、現代は大国が武力に任せてやりたい放題だが、我々中堅国はそのような法の支配を逸脱した大国に迎合するのではなく、中堅国同士が団結して法の支配を守り通すべきだという主旨の演説をして、国際情勢に疎い私などは「カーニー氏は立派な政治家だ」という印象を持ったのであったが、しかし、今月にはいってアメリカとイスラエルが話し合いの相手であるイランを突然攻撃して最高指導者を殺害するという「犯罪」を行った後の、カーニー氏の言動について、文筆家の師岡カリーマ氏は7日の東京新聞コラムに、次のように書いている; 米国とイスラエルが一方的に攻撃を始めたのは、核交渉を仲介するオマ-ンの外相が、イランは「これまでにない」譲歩の姿勢を見せたと明かした直後だった。核問題は言い訳で、初めから戦争ありきだった。 米・イスラエルの攻撃よりも、やられたイランの反撃をまず非難する主要国もさることながら、矛盾が際立ったのがカナダのカーニー首相だ。 今年のダボス会議で氏は、好き勝手に振る舞う大国に中堅国は迎合するのではなく、団結し対抗するべきだと説いて話題を呼んだが、本音を言えば「白々しい」という印象は拭えなかった。ガザ住民を虐殺するイスラエルに対して武器供与や外交支援を続け、他国に倣ってようやくパレスチナ国家承認に傾いたときも独善的な条件をつけたカーニー氏が、トランプにむげにされて初めて「大国に迎合するな」と言っても、説得力はない。 そして今回の対イラン開戦。スペインは国内の基地を米軍が使用することを拒否してトランプから貿易停止を警告されたが(ブラボー!)、カーニー氏はその中堅国スペインとの連帯ではなく、国際法無視の米国とイスラエルに支持を表明(後に英仏が言葉を濁し出すとこれに追随したが)。これが大国迎合でなくて何なのだ。カーニー氏の経歴を飾る美談としてのあの演説は、なかったことにするのが彼の名誉のためだろう。(文筆家)2026年3月7日 東京新聞朝刊 11版 19ページ 「本音のコラム-なかったことに」から引用 師岡氏の批判はまったくその通りであるが、カーニー氏もカナダ中央銀行総裁を引退した後は穏やかな老後を過ごすはずだったのに、若手の首相が突然退陣してお鉢が廻って来たという状況で、ご苦労をしているのだろうと思います。カナダは長年にわたって安全保障関係はアメリカに依存していたらしく、トランプ氏の二期目になって「51番目の州になれ」などと言われて、これからはアメリカに依存しない独自の安全保障政策を実現することになったというニュースを聞いて、カナダもこれからは前途多難だなと思いました。それにしても、アメリカとイスラエルは、このままイランとの話し合いを続ければ「核開発は断念」の「合意」が出来上がってしまうというので、そんな「合意」など出来る前にやってしまえとばかりにイランを攻撃したというのは、鬼畜の仕業というほかありません。ネタニヤフとトランプは、早めに地獄に落として閻魔大王に舌を引き抜いてもらうべきです。
2026年03月21日
アメリカとイスラエルは、イランを相手に核開発問題について話し合いをしている最中に、いきなり相手国のイランを武力攻撃して最高指導者を殺害するという暴挙を行ったが、このならず者国家アメリカとイスラエルを日本のメディアはどのように報道したのか、文芸評論家の斎藤美奈子氏は、4日の東京新聞に、つぎのように書いている; 米国とイスラエルのイランへの攻撃に対し、ニューヨーク・タイムズ2月28日の社説が強い批判を表明したことが話題になっている。日本の新聞はどうだろうか。 東京新聞の社説は「国際法を無視した暴挙にほかならない」と書いた。全国紙の社説を(あくまで斎藤の判定で)批判が強い順に並べると・・・ (1)「国際法に違反する可能性がある攻撃を支持することはできない」と強く批判(読売新聞) (2)「国連憲章などの国際法に違反する」と普通に批判(毎日新聞) (3)「国際法違反の疑いが拭えない」と弱めだが一応批判(日経新聞) (4)「国連憲章が規定する2要件の「どちらも満たしていない」と事実中心に指摘(朝日新聞) (5)イランだけを非難し高市首相と小泉防衛相に、「いつでも掃海部隊を派遣できるよう準備しておくべきだ」と自衛隊派遣を促す(産経新聞) 産経は論外としても、全体に歯切れが悪い。だが、この件に関しては国際社会の反応も及び腰なのだ。米国を強く批判したのはロシアと中国。米国を支持したのはカナダとオーストラリア。EUや中東諸国はイランのみを批判し、事態を憂慮しつつも米国寄りだ。 ガッカリするが、トランプ大統領を刺激して事態を悪化させたくないのかもしれない。だからこそよけいニューヨーク・タイムズの社説が際立つのだ。 (文芸評論家)2026年3月4日 東京新聞朝刊 11版 19ページ 「本音のコラム-各紙の論調」から引用 考えてみれば、今回の「イランへの不意打ち攻撃」はニューヨーク・タイムズこそ正面からまっとうな批判をしているが、昔からアメリカは表向き「民主主義」を言いながら、南米やアフリカに気に入らない政権が誕生すると影に日に策略をめぐらせてFBIだのCIAだのという組織を使って武力で崩壊させるということをやって来た国であり、近いところではイラク戦争が有名(?)である。したがって、本来であれば世界中のメディアがニューヨーク・タイムスのように、あくまでも事実を元に「アメリカとイスラエルの行動は違法である」と批判するのが、人間として正しい行動の仕方なのであるが、世界の人間の「正義感」は、まだそのレベルには達していないのが「現実」である、ということのようだ。ただ、昔だったら誰も知らないうちに、こっそりCIAが気に入らない外国政府を転覆したものが、現代では「隠し事」として処理できなくなってきているのであるから、これからは世界中のメディアが「ならず者国家アメリカ」の報復を恐れずに、真実を報道する勇気を、少しずつ発揮していくべきだと思います。そのような努力の末に、きっと理想的な世界が出現するのだと思います。
2026年03月20日
自分の都合最優先で違法な「解散権の乱用」を行い衆議院を解散し選挙をしたら、予想外の「与党大勝」を手に入れた高市政権は、年初の多忙な時期を無駄に時間をつぶした挙句、2月20日になってようやく施政方針演説を行ったのであったが、メディアはそれをどのように報道したか、ジャーナリズム研究者の丸山重威氏は、1日の「しんぶん赤旗」コラムに、次のように書いている; 高市早苗首相が2月20日に施政方針演説を行い、各紙(21日付)は1面から「信任を基礎に政策実行」(「毎日」)、「責任ある積極財政」「強い外交・安保」(「朝日」)などと持ち上げています。 一方で各紙社説(同)は「政策」の中身に言及。「毎日」は「国論を二分しかねない政策の説明もなおざりだ」とし、安保3文書の前倒し改定を明言したものの、「防衛費増額の目標や財源、焦点となる非核三原則の扱いなどには触れなかった」としています。東京新聞は「国民が望む物価安定と経済成長、平和の維持につながるのか。『責任』の中身を問いたい」などと指摘しました。 総じて「憲法改正の国会発議が単独で可能な状況となったが決して白紙委任ではない」「数におごらず熟議を尽くすべき」(愛媛新聞)という論調です。 過去最大の1342兆円にものぼる「国の借金」を前提にした首相の「積極財政」には懸念も出ます。「株、債券、為替の『トリプル安』を招き、国民生活を圧迫する恐れもある」(熊本日日新聞)、「成長重視の政策は安定財源が見えないこともあり、危うさをはらむ」(南日本新聞) 「安全保障関連3文書の改定前倒し、防衛装備品の輸出を非戦闘目的に限る5類型の撤廃、国家情報局創設を目指すとし、憲法改正の国会発議実現にも改めて意欲を見せた。だが、これらの政策に関する説明は具体性を欠く。『国論を二分する政策』を数の力で押し切ることは許されない」(神戸新聞)という批判も。「求められるのは強さなどよりも暮らしの向上」(静岡新聞)ともいいます。 他方、「産経」は「皇室典範と憲法の改正を-『強く豊かな日本』を実現せよ」と極右的主張を展開しました。現職首相が改憲の国会発議が「早期に実現することを期待する」と踏み込んだことを批判する全国紙社説はありませんでした。(まるやま・しげたけ=ジャーナリズム研究者)2026年3月1日 「しんぶん赤旗」 日曜版 31ページ 「メディアをよむ-施政方針に疑念と批判も」から引用 高市氏は自分が初の女性首相であるという、これまでの政治家にはなかった千載一遇のチャンスをモノにしたいという「あせり」があるせいか、発言する言葉のはしはしに「実は中身空っぽ」という実体が見え隠れする印象を受けます。しかも、それで何か新しいことをやるのかと言えば、口では「国論を二分する大きな問題にチャレンジする」と大言壮語はするが、具体的な「提言」はいまのところ明らかにされてはいない。しかし、実際には巨大な与党議席を手にした今は、変に功を焦る必要はないのであって、じっくりと腰を据えて、今本当にこの国に必要なのは何か、という本質的な戦略を考える時期なのであって、同盟国に媚びを売って不要な武器を購入する約束をしたり、違法な「イラン攻撃」の片棒を担いでホルムズ海峡に自衛艦を派遣することを約束するなどという馬鹿げた真似は慎むべきだと思います。
2026年03月19日
先進国やアジアでも今は「同性婚」が認められる時代になったというのに、G7の一員でありながら頑なに「同性婚」を認めようとしない「日本」について、文筆家の師岡カリーマ氏は、2月28日の東京新聞コラムで、次のように批判している; 今年中に示されるとみられる「同性婚訴訟」の最高裁判断に注目している。同性カップルが結婚できない現行法は違憲だと訴えたこれらの裁判では、すでに5件の高裁判決が、現状は憲法に「違反する」と判断。東京高裁だけが「違反しない」との判断だった。 個人的にこれは、法解釈より読解力の問題に思えてならない。憲法は、「法の下の平等」と「幸福追求権」を保障している。第24条には婚姻が「両性の合意のみ」で成立するとあるが、それは「どちらかの当事者がその性ゆえに望まぬ結婚を強制されてはならない」という趣旨なのは明らかだ。父権主義の終焉である。「結婚は男女間でしか認められない」という意味は読み取れない。仮に両方の解釈が成り立つとしても、憲法が保障する法の下の平等と幸福追求権と矛盾しない解釈を選ぶのが筋であろう。 多くの先進国に加え、アジアでも台湾とタイは同性婚を認めている。日本は常に、欧米諸国と自由や人権などの価値観を共有すると主張する。そういう時は中国やロシアが対抗勢力として念頭にあるが、頑として同性婚を認めない日本は、中国とロシアの側にいる。 日本の伝統と同性婚は相容(あいい)れないとの主張もあるが、それはどこの伝統も同じだ。伝統は時代とともに進化するから生き続ける。自由と平等と人権の国の最高裁の英断が待たれる。(文筆家)2026年2月28日 東京新聞朝刊 11版 19ページ 「本音のコラム-法解釈というより読解力」から引用 戦前の日本では、一家の中で娘や息子が結婚するときには親の承諾が必要で、親は商売や政治的な利害関係で本人の気が進まない縁談を無理に進めるということが、頻繁にあったらしく、戦後の日本はそのような封建的な社会状況を少しでも改善しようという考えで、結婚は「親の意向」などは無関係で、当人同士の合意があれば成立するものとしたのであったが、そのような民主的な改革を「肌になじまない」と考える人たちが、この国にはまだかなりの人数にのぼるらしく、憲法を素直に読めば、同性婚を認めないとする態度は明らかに憲法違反であるのに、そういうまっとうな「判決」を出せずに来たのが、わが国司法の実態です。新しい憲法になって80年も経ったのですから、そろそろ「父権主義の終焉」を現実のものとしていく頃合いに差し掛かったと考えるべきではないかと思います。
2026年03月18日
アメリカの議会では恒例の大統領の「一般教書演説」について、ジャーナリストの北丸雄二氏は、2月27日の東京新聞コラムに、次のように書いている; 「政府が守るべきは市民であって不法移民ではない。賛成なら起立してくれ」と言って自身へのスタンディングオベーションを誘導しながら、立たない民主党議員を「恥を知れ」だの「この連中はクレージー」だのと罵倒する。長年米国大統領の「一般教書演説」を聴いてきましたが、今回のトランプの自画自賛と罵詈雑言は異様でした。 この演説は英語では「ステート・オブ・ザ・ユニオン」といい「ユニオン(合州国)」の「ステート(状態)」を述べるものです。しかし今回は自分を讃える者だけを相手にして、まさに米国のユニオン(まとまり)が分裂している象徴的内容。議場には今冬季五輪で「51番目の州」強豪カナダを破って金メダルを獲得したばかりの男子アイスホッケーチームも招かれていました。ところが同じ金メダルの女子チームの姿がない。男子にはロッカールームに祝電をかけて「最高の夜だ」「軍用機を送ってでもワシントンに帰らせる」と称賛したトランプでしたが、女子に関しては「女子チームも呼ばなければ私は弾劾されてしまうかも」と冗談めかすオマケ発言だけで反発を買い、女子チームは「日程の都合」を理由に列席を辞退したそう。 左右ばかりか男女でもユニオンならぬ「ディスユニオン(連邦の解体)」を宣言(ステート)するかのような、トランプの1時間48分の憎悪演説でした。(ジャーナリスト)2026年2月27日 東京新聞朝刊 11版 19ページ 「本音のコラム-史上最長の憎悪演説」から引用 トランプ氏の発言は、いつも本人の粗雑な思考と偶発的な思い付きだけに基づいているように見えて、その浅はかさに辟易とするのであるが、他国の人間でさえそう感じるのであるから、本国アメリカに住む人たちにしてみれば、どんな苦痛を強いられているのか、同情に堪えません。海外からやって来る移住者には、不幸にして「不法移民」とされる者もいれば、そうではない者もいるのであって、それらを区別することなく「不法移民」とひとくくりにする発言は、国民を代表する立場の人間のすることではありません。こういう者に招待されたからと言って「不愉快」を我慢する必要はないのであって、女子アイスホッケー・チームのように「スケジュールの都合により、ご遠慮いたします」という対応で十分だと思います。日本の高市首相も、行けばどうせロクなことは言われないのだから、「気分がすぐれないので、キャンセルします」とでも言って訪米を断るのが、日本のためだと思います。
2026年03月17日
見直しのデメリット大きい(16日の日記) 高市首相は以前から、自分は他の平凡な政治家とは違うんだと言いたかったらしく、他の自民党議員が慎重な話し方をしていた事項について、いろいろ「自分は新しいことをやるんだ」と言ってきたのであるが、その一つが「非核三原則の見直し」である。しかし、福島大学教授の黒崎輝(くろさきあきら)氏は、2月27日の毎日新聞で、「非核三原則の見直し」論のデメリットについて次のように述べている; 1967年に佐藤栄作首相が非核三原則を表明して以来、見直し論議が行われる可能性が最も高くなっている。非核三原則が表明され、長く維持されてきたのは、米露の冷戦時代が続いたことが大きい。ロシアの脅威に対し、米国が日米安保体制の下で日本に「核の傘」を提供し、国内では55年体制で日米安保堅持に努める保守政権が続いた。さらに国民の反核感情が強く、保革両勢力ともその代弁者たろうとしたことで、三原則は「国是」とされるようになった。 89年の冷戦終結に伴い、日米安保や「核の傘」の内容、非核三原則の見直しについて発言したり議論したりしやすい状況になったものの、自民党と連立を組む公明党が抑制力として機能してきた。 こうした中で、非核三原則の見直しを持論とする高市早苗氏を首相とする政権が発足した。抑制力だった公明が連立を離脱する一方、「核共有」論議に積極的な日本維新の会が連立入りした。今月の衆院選で与党が圧勝し、非核三原則の堅持を掲げた中道改革連合は惨敗。高市政権は高い支持率を維持しており、見直し論議を行うことへの政治的ハードルは極めて低くなっている。 ただ、なぜ見直しを進めるのか、明確な意義は見いだせない。そもそも見直し派の主張は核兵器を搭載した艦船の寄港を認めるのか、日本国内での核貯蔵や配備まで容認ということなのか、何を見直そうとしているのか明確でない。 「持ち込ませず」原則に関する政府の立場は、旧民主党政権下の2010年に岡田克也外相が、例外的に持ち込みを認めるかは「時の政権が政権の命運を懸けて決断し、国民に説明する」とした答弁で定まっており、現在まで引き継がれている。見直さなくても緊急事態には原則の例外として一時寄港などを認めることは可能であり、あえて見直すことに意味はない。 むしろ、非核三原則の実効性に懐疑的な中国やロシアに対日批判の材料を与えるだけだ。高市首相の台湾有事を巡る国会答弁に反応し、日本への渡航自粛呼びかけやレアアース(希土類)の輸出規制などをした中国がより強い外交圧力をかけてくるのは明らか。ロシアには北方領土の返還交渉を拒否する口実に使われうる。日本の国際的な立場を弱めてしまい、唯一の戦争被爆国というアピールもできなくなる。国際政治学上のデメリットは非常に大きい。 冷戦終結後の91年から米国は海上艦船から戦術核を撤去し、それを継続しているため、現在米艦船が核を持ち込むことはなく、米側からそうした要請もない。トランプ大統領が核搭載の新型戦艦構想を発表したが、実現するか不透明な計画のために今、三原則を見直す戦略的、軍事的必要性もない。 見直し論議にメリットがあるとすれば、支持基盤である保守層向けの実績づくりという内向きの話だけではないか。「議論は必要」という主張もあるが、議論を始めたら、それだけで強い反応が起こりうる。国際政治には常に相手がいるということを忘れないでほしい。【聞き手・山田泰蔵】<くろさき・あきら> 1972年生まれ。専門は国際政治学、国際関係史。2006年に著書「核兵器と日米関係」でサントリー学芸賞受賞。米ウィルソン・センター・フェローなどを経て、20年から現職。2026年2月27日 毎日新聞朝刊 13版 「論点-岐路に立つ非核三原則」から「見直しのデメリット大きい」を引用 この記事は、学者へのインタビュー記事にしては素人にも分かりやすい言葉遣いで、論旨も明快に飲み込むことができる印象を受ける。高市首相は「非核三原則を見直すべきだ」と発言しているらしいが、どのような問題があって見直しが必要なのか、理由は述べていないらしく、また、現実の事象としてアメリカは90年代以降、すべての観戦から戦術核を撤去しており、同盟国である日本に対して核兵器搭載艦の寄港を認めてほしいなどという要請は、過去にもなかったし今後もないであろう、という見通しは「正解」だと思います。仮に、緊急事態でそのような要請があったとしても、2010年当時の岡田外相見解を現在の政府も踏襲しており、「例外的に一時寄港を認める」ことに問題はないというのであるから、今ここで「見直し」などと言ってことさらに波風を立てるような真似をする必要はまったく無いと思います。
2026年03月16日
私たちは学校教育の中で「三権分立」という言葉を学習し、法律を作るのは国会の仕事、政策を実行するのが内閣の仕事、違法行為の有無を判定するのが司法の仕事という社会の仕組みを学びました。このような社会のあり方を、別の言葉では「法の支配」とも言いますが、最近は法の支配をまったく無視してやりたい放題をしているアメリカ大統領に関連して、毎日新聞編集委員の小倉孝保氏は、27日付同紙コラムに、次のように書いています; 法の上に立つ者はいない。その具体例としてしばしば紹介される司法判断がある。米連邦最高裁判所が1952年、時の大統領トルーマンの決定に待ったをかけたケースである。 第二次世界大戦に勝利した米国では、労働者によるストライキが頻発していた。そんな中、朝鮮戦争は起きる。50年6月だった。 米国は国連軍の主力として参戦する。戦いには鉄鋼が欠かせない。その生産現場でも労使対立が深まっていた。主要製鉄企業の労働組合は51年、大幅な賃上げ要求を経営側に拒否され、ストも辞さない構えだ。 戦線への影響を危惧したトルーマンはスト開始前日の52年4月8日、大統領令で製鉄所の接収と操業継続を決めてしまう。管理権を奪われた企業側は「(ドイツの)ヒトラーや(イタリアの)ムソリーニと同じだ」と猛反発し、提訴した。 最高裁判事9人のうち長官を含む4人がトルーマンに任命されていた。他の5人も同じ民主党政権時代の任命だったため大統領は「勝てる」と踏んだらしい。 ただ、判事たちは任命者よりも法に従った。接収命令から2カ月後、「大統領の決定は憲法上の権限を逸脱している」と判断した。最高権力者であっても法の上には立てなかった。 判決後のストで製鉄所は7週間操業を停止した。それでもすでに十分な鉄鋼が生産されていたため戦況に影響はほぼなかった。 それから74年の歳月が流れた。最高裁はトランプ大統領による「相互関税」発動を違法と判断した。「大統領にその権限はない」と考えた判事6人のうち2人はトランプ氏に任命されている。大統領は「ばかげた決定だ」「恥だ」と批判し、さっそく別の法律で関税をかけた。 トルーマン政権は中国、北朝鮮を相手に戦っており、差し迫った脅威があった。一方、現在の米国は大規模戦争に参加していない。平時に法を軽視するやり方は、異常である。 独立宣言の起草者の一人で、第3代大統領のジェファーソンは政治権力の横暴を危惧した。憲法の骨子を作った第4代大統領マディソンに宛てた手紙(1789年3月15日付)にこう記している。 <立法府の専制は現在最大の脅威で、長きにわたって続くはずだ。いずれ行政府の専制が現れるだろうが、それは遠い先になる> 米国は今年7月4日、独立から250年を迎える。かつて「遠い先」とされた時代が今、その姿を現している。(論説委員)2026年2月27日 毎日新聞朝刊 13版 2ページ 「金言-任命者ではなく法に従う」から引用 朝鮮戦争が勃発した当初、「この戦争に負けるわけにはいかない」と覚悟したトルーマン氏は、ストが頻発する鉄鋼会社を心配して政府の管理下に置こうとしたが、「それは憲法違反だ」と判決を下した裁判所は立派です。日本の裁判所などは、戦後間もないころは「三権分立」の建前を尊重するようなフリをしてましたが、安倍政権の代から推薦してくれた政治家に阿る裁判官が増えて、推薦する方も意図してそういう性格の人物を推薦したのかも知れませんが、その後の検察も裁判所も、自民党議員の裏金問題は議員本人が「秘書が勝手にやった」といい加減な供述をすれば、それで「本人は無罪放免」になるという悪習が常態となっており、わが国の民主主義実現の大きな障害物となっている。それにしても、フランス革命の時代のアメリカに(それは日本では、まだ徳川時代だったのであるが)、今日のトランプ大統領のような「法の支配」を無視して勝手なことをする政治家の出現を予言した人物がいたとは、実に大きな驚きです。
2026年03月15日
自民党一人勝ちの衆議院選挙について、メディアはどのように検証したか、ジャーナリストの沢木啓三氏は22日付「しんぶん赤旗」コラムに、次のように書いている; 自民党が歴史的な大量議席を獲得した総選挙について、メディアで検証が行われています。 朝日新聞は13日、政治学者の杉田敦さん、憲法学者の長谷部恭男さん、歴史学者の加藤陽子さんの鼎談(ていだん)を掲載。この中で加藤さんは「解散権という強大な刀を、異例ずくめの悪辣(あくらつ)なやり方で抜いた」と厳しく批判。杉田さんも「衆院議員の4年という任期は最大限尊重されねばならない」と、首相による解散権の乱用を問題視しています。 今回の選挙活動では、インターネットの比重がますます高まりました。10日の読売新聞は出口調査の結果から、投票先を決める際に「SNS・動画投稿サイト」を最も参考にしたと答えた人が24%に上ったこと、そのうち35%が比例区の投票先を「自民」と回答し、昨夏の参院選の7%から大幅に増えたことを紹介しています。 14日のTBS「報道特集」でも「ネット選挙」の問題を特集。自民党のネット動画が選挙期間中に1億6000万回以上再生されたことについて専門家は、動画に「いいね」が付いた割合が0・02%と非常に低かったことから「広告によって再生回数を増やした可能性が極めて高い」と分析していました。それだけの資金が広告費としてつぎ込まれたわけで、その主要な財源は政党助成金や企業・団体献金です。 また同特集では、政治系ユーチューバーが「選挙期間中は政治チャンネルにとって間違いなくバブル」だとして、政治系動画の収益化の禁止を提言していました。 東京新聞は13日の社説で、得票率が小選挙区では約49%、比例代表は約36%だったことから「高市政権が国民全体から絶対的支持を得たわけでなく、白紙委任と勘違いしてはならない」とくぎを刺しています。メディアの権力監視機能がますます重要になっています。(さわき・けいぞう ジャーナリスト)2026年2月22日 「しんぶん赤旗」 日曜版 31ページ 「メディアをよむ-政治動画の収益化を問う」から引用 高市政権に限ったことではありませんが、「解散権の乱用」は安倍政権から目立つようになった悪弊であり、今後はもっと厳しく批判して、遠くない将来には「解散権の乱用を禁止する法律」を制定するべきだと思います。加藤陽子教授が言うように、この度の「解散」は高市早苗という政治家の悪辣さが100%発揮された醜悪な事態であり、わが国の政治制度の改善策として必要な対策だと思います。また、選挙活動にSNSを活用するに当たっても、これを野放しにしたのでは裏金にありついた政党が有利になるという「不平等」が生じるのですから、あたかも「選挙ポスターの枚数を制限しない」のと同じ現象が、SNSの世界で発生しているのですから、SNSの利用法についても、裏金の有無に応じて選挙戦の有利・不利が生じないようにする対策が求められます。
2026年03月14日
最近の週刊誌はどのような記事を掲載しているか、雑誌編集者の篠田博之氏は、2月22日の東京新聞コラムに、次のように書いている; 『週刊プレイボーイ』3月9日号の特集見出しがいい。「独裁クイーン高市首相"やりたい放題"スケジュール」。高市政権が改憲を始め、次々と強硬策に打って出るだろう予測を書いたものだが、見出しに毒を含んだユーモアが感じられる。『女性自身』3月3・10日号の見出し「高市首相『改憲』で人権蹂躙(じゅうりん)社会に」はいささかベタだが、女性週刊誌の表紙にこの見出しを大書しているのが新鮮だ。 ただ懸念されるのは、政権が強硬路線を押し出すにあたって、批判的言論の規制といったことが行われる可能性が高いことだ。言論をめぐる最近の気になる風潮については、『週刊文春』2月26日号「彼女たちが見た高市フィーバー」の中で江川紹子さんが「権力者への批判がイジメとされる異常」と題して書いている。高市首相批判をX(旧ツイッター)に投稿したところ、「人間のクズ」などという大量の中傷が寄せられたというのだ。 江川さんはこうも指摘している。高市首相を以前から見てきた人たちは、彼女が昨年来、急にニコニコ顔をしだしたことに不自然さを感じているが、高市ファンはその笑顔を好意的に受け取っている。それはその人たちが「高市さんのこれまでの言動に関する蓄積や先入観がほとんどない"まっさら"な人たちと言える」。現在の高市人気は「こうしたライトな支持層の急速な広がりを感じさせます」というのだ。 この特集は4人の女性が高市フィーバーについて論じているのだが、作家の鈴木涼美さんは高市首相のトランプ大統領への接し方などを「デビューしたてのキャバ嬢の振る舞い」と評して、高市人気についてこう書いている。「高市さんの愛用品が売れる"サナ活"が話題ですが、推し活とは基本的に、批評性を持たないもの。推しが何をしても批判されない、まるでアイドルや宗教の教祖のような支持のされ方です。この現実に私は危惧を覚えます」。 高市自民党の圧勝については各誌が誌面をさいているが、『サンデー毎日』3月1日号が読み応えがあった。コラムで作家の高村薫さんはこう書いている。「2026年、この国でリベラルはひとまず死んだのだ。そしておそらく民主主義も」(月刊『創』編集長・篠田博之)2026年2月22日 東京新聞朝刊 11版 17ページ 「週刊誌を読む-言論への規制、広がる懸念」から引用 この記事は、なかなか充実した内容になっていると思います。出だしの「週刊プレイボーイ」からして、高市首相に「独裁クイーン」という形容詞を冠するのは、実に適切な表現です。そして、高市首相が何をやりたいかと言えば、それは「人権蹂躙」、現在の憲法が国民に保証している「人権」というものが、高市氏にとっては実に邪魔なもので、実際に首相になる数年前に、テレビインタビューで「何か新しい政策をやろうとすると、必ず憲法が邪魔をする。国会議員になって、何度も経験した」と話していたのを思い出しました。そして、高市氏が首相になった今、言論統制は始まりました。重要な予算審議を、国会でやれば良いものを、賛成意見しか言わない政党だけを招いて「国民会議」などと称して形ばかりの「審議」をやって、いざ国会で共産党議員が批判的な立場から質問をすると、自民党議員席から「スパイ」とのヤジが飛びました。このような悪質なヤジは、放置するべきではなく、発言した議員を特定して、不適切発言として議長から厳重注意するべきですが、高市自民党はそのような気配りを一切しません。上の記事も言うように、「この国ではひとまずリベラルも民主主義も死んだのだ」という指摘は、正にその通りです。
2026年03月13日
三重県ではこれまで人手不足を外国人の雇用で補ってきたのに、つい最近方針を変えて、外国人の雇用を控えることにしたと週刊誌が報道したが、茨木県では外国人の不法就労を密告した者に報奨金を出すことになった。そのことについて、元文科官僚の前川喜平氏は、2月22日の東京新聞コラムに、次のように書いている; 茨城県が新年度から、外国人の不法就労を通報した者に報奨金を出すという。大井川和彦知事は「不法就労が全国でトップクラスという問題解決のため」と説明するが、これは密告の奨励にほかならない。 僕が心配するのは、学校が密告を生む場になりかねないことだ。校長や教師が、職務上の義務だと勘違いして「本校の生徒○○の親には在留資格がないようだ」などと通報するかもしれない。保護者の中にも「同級生の○○さんの親は不法就労らしい」などと通報する者が出てくるかもしれない。そうなれば、非正規滞在の発覚を恐れる外国人は子どもを学校に就学させなくなるだろう。 文部科学省の調査では不就学の可能性がある外国人の子どもが8432人(2024年度)いることが分かっている。就学は子どもの人権だ。いかなる事情があっても子どもが就学できない状態を生み出してはいけない。 「外国人の子どもは在留資格のいかんを問わず日本人の子どもと同様に学校に受け入れる」 「信頼できる書類で住所確認等ができればよい」 「在留カードの有無は就学にはかかわりない」。 これは文科省の審議官だった僕が2009年7月7日の参院法務委員会で行った答弁だ。茨城県の学校関係者がこの方針を遵守することを願う。子どもの学習権保障こそが任務なのだから。(現代教育行政研究会代表)2026年2月22日 東京新聞朝刊 11版 17ページ 「本音のコラム-学校を密告の場にするな」から引用 三重県や茨城県では外国人労働者に対する規制が厳しくなっているようであるが、「違法就労が全国トップだから規制する」というのでは、「それじゃあ、全国10位とか20位ならいいのか」という話に矮小化されそうだ。そうではなく、なぜ「違法就労」が発生するのかという根本から調べて、対策を講じてほしいと思います。このような問題を安易な対策で片付けようとすると、犠牲になるのは「子ども」で、学校が「普通に受け入れる」と言っても、実際に通ってみて「日本語が分からない」という理由で通学をやめる者もいて、日本語が分からないまま大人になってしまうと、その後の就職もおぼつかない事態になったりする問題もあり、子どもたちの就学については、もっと神経を使ってあげるべきだと思います。
2026年03月12日
「押し活」選挙で一気に巨大与党となった自民党の総裁として「国旗損壊罪を刑法に追加した」などと口走った高市首相について、武蔵野美術大学の志田陽子教授は、2月22日の東京新聞コラムに、次のように書いている; 高市早苗首相は衆院選が公示された1月27日、東京・秋葉原での第一声で「国旗損壊罪」の創設に意欲を示しました。日本を侮辱する目的で国旗を損壊したり、汚したりする行為に刑事罰を科すというものです。 刑法は外国を侮辱する目的で外国旗を損壊した場合、2年以下の拘禁刑などを規定しています。他国との外交に支障が出る恐れがあるためです。この事情は日本の国旗を損壊する行為に当てはまりません。 ただ、公的施設に掲げられている日本国旗を損壊する行為は、器物損壊罪や公務執行妨害罪など現行法で対応できます。新たに法律をつくる必要性は見当たりません。 憲法が定める思想・良心の自由への不当な介入も心配です。国旗を使ったファッションやアートも珍しくない中で、警察が国旗を損壊する行為を取り締まれるようになる社会を想像してみてください。逮捕には至らなくても「なぜこんなことをしたのか」「侮辱でないならどんな理由だ」と聞かれる。まっとうな政権批判や異論を口にしづらい社会に向かいかねません。首相は米国旗の損壊に厳しい姿勢をとるトランプ米大統領と足並みをそろえたいだけかもしれませんが、萎縮効果は確実に生まれます。 格差が広がり、日本という国に「裏切られた」と絶望している人は少なくありません。待機児童問題に苦しむ人が交流サイト(SNS)で発信した「保育園落ちた日本死ね」という言葉が、あれだけの共感を集めたことが物語っています。やり場のない気持ちが国をののしる言葉になり、さらにエスカレートして国旗を傷つけることになったとして、権力側か頭ごなしに「犯罪者だ」と断じられるでしょうか。 理性的な言葉にならない叫びがあったとき、その理由に思いをいたし、政策に落とし込むのも政治家の仕事です。首相は、尊敬する政治家に「鉄の女」と呼ばれた英国のサッチャー元首相を挙げています。それならば、国民の厳しい声や表現を真正面から受け止めても折れない「鉄の心」を持ってほしいものです。(聞き手・大野暢子)<しだ・ようこ> 1961年、東京都生まれ。憲法研究者。東京都立大学客員教授。早稲田大学大学院で博士(法学)。日本女性法律家協会幹事。日本科学者会議代表幹事。著書に「『表現の自由』の明日へ」「映画で学ぶ憲法」など。2026年2月22日 東京新聞朝刊 12版 3ページ 「高市首相に直言-国旗損壊罪より声聞いて」から引用 この記事が指摘するように、国旗損壊罪などというものが出来て警察官が「なぜこんなことをしたんだ」などと大きな口を叩いて威張り腐るような社会になれば、この国は今よりもっと政治的な意見を表明しにくい環境になるであろうことは目に見えていると言えます。そして、現実には、他人の所有物である旗でもフロシキでも、とにかく高価な者を損壊した場合は、そんなことをした者に損害を弁償させる法律は既に存在するのですから、日の丸だけを特別扱いしてもったいなさそうな処罰法を制定する理由など、どこにもありはしません。無駄な刑法を作るヒマがあったら、企業献金禁止法を制定する算段を考えるほうが世の中のためと言うものでしょう。
2026年03月11日
衆議院選挙の後で自民党支持率が上昇していることについて、毎日新聞専門編集委員の伊藤智永氏は、2月21日付の同紙コラムに、次のように書いている; 衆院選を経て、自民党支持率がぐんぐん上がっている。他紙の引用で恐縮だが、読売新聞が18、19日に行った緊急世論調査で43%。投開票後の9、10日調査は40%。高市早苗首相の衆院解散表明後、1月23~25日の調査では35%、昨年12月には30%だった。 時事通信が今月13~16日に行った世論調査でも、前月比7・6ポイント増の30・1%。3割台を回復したのは、岸田文雄内閣の2022年4月以来4年ぶりという。 衆院選は高市氏の個人人気が、自民党を引っ張り上げた。自民党自体は何も変わっていないどころか、裏金議員が大量復権し、むしろ元に戻っている。 選挙中、候補者や運動員は「高市人気」に戸惑っていた。圧勝しても党幹部たちは「勝ったのは高市だ、自分たちじゃない」(黒沢明監督の映画「七人の侍」から借用)と表情は硬かった。 自民単独で衆院の議席3分の2を超えたのは、得票率に比べ獲得議席数が極端に上振れする小選挙区制の欠陥によるもので、民意とかけ離れている実態は先週書いた。自民党議員も分不相応と自覚していたのか、当初はどこか恐る恐る(?)に見えた。 選挙戦後半の「高市人気」急拡大は、NHK日曜討論のドタキャン事件が転機だった。野党やメディアの「逃げた」という批判に、「本当に手が痛いのに。サナエをいじめるな」という同情がSNSなどで一気に広がったことがデータ分析で分かってきた。 つまり、何が争点かは不明なまま、ともあれ民意は示された。 それでも勝てば官軍。高市氏は国会審議を大幅に省略して26年度予算案の今年度内成立を指示。当初半信半疑の体だった自民党も、本気モードになってきた。 さらに高市氏は、選挙戦で具体的内容を説明せず、論戦もなかった「国論を二分する政策」を、あたかも3分の2以上の国民から、すでに信任を取り付けているといわんばかりに進めだした。 順序はあべこべだが、世論もそれを追認し始める。再び読売の調査によると、内閣に優先して取り組んでほしい政策・課題の1位は物価高対策(88%)だが、2位に外交・安全保障(80%、昨年10月調査から9ポイント増)、9位に憲法改正(40%、同じく11ポイント増)が急浮上している。自民肥大化を見て、非核三原則見直しや防衛装備移転の拡大、スパイ防止関連法制策定を支持する意見が勢いづき、さらに自民党を応援する循環だ。 バブル政治と名付けよう。泡のように膨らみ、現実を変え、いつかはじけ散る。(専門編集委員)2026年2月21日 毎日新聞朝刊 13版 2ページ 「土記-自民党バブルの実験」から引用 この記事によれば、選挙で大勝したばかりの自民党関係者は、石破内閣時の選挙で裏金問題への「国民の厳しい目」を、いやと言うほどに思い知らされた苦い経験から、無条件に裏金候補を復活させた今回の選挙も、勝利はおぼつかないと覚悟していたらしく、「選挙に勝った」というニュースに接しても「勝ったのは自分たちじゃない」などと発言していたのであったが、そういう心情というのは、まともな人間の「思考」の結果と言えると思います。ところが、世の中には自民党関係者でも見落とすような、政治判断ゼロ、感じがいいか悪いかといううわべの印象だけで判断、なんかいじめられている見たいで可哀そうだから投票しよう、という変な「のり」の人間がいて、普段は投票などには行かないのに、今回だけは「サナエをいじめるな」とばかりに投票所に押しかけたというわけで、それを「ともあれ民意は示された」などと軽い「のり」で承認してしまうのは、メディアとしてあまりにも無責任だと思います。「バブル政治はいつかはじけ散る」などと気取った言い回しでおしまいにするのではなく、その「バブル」がはじけたときは、アメリカから買わなくてもいい武器を大量に交わされて、中国と戦わなくてもいい戦争を戦わされ、狭い日本列島に並べられた50数基の原発がことどとく破壊されて列島はくまなく「放射能汚染列島」となる危険性が大であることを、愚かな国民に周知するのがメディアの役割なのではないのかと思いました。
2026年03月10日
高市早苗の私利私欲による衆議院解散・総選挙に関する「週刊プレイボーイ」と「週刊新潮」の報道について、雑誌編集者の篠田博之氏は、2月15日付東京新聞コラムに次のように書いている; 自民党圧勝の"高市ショック"が日本を覆っている中、『週刊プレイボーイ』2月23日号が「総力検証! 高市の、高市による、高市のための総選挙」という特集を組んでいる。 様々な観点から今回の総選挙を検証しており、そもそもあの解散は正当なのかと問うたのが「やっぱりヘンだよ! 『7条解散』」という記事だ。小堀眞裕・立命館大法学部教授がこうコメントしている。「欧米の先進国を見渡しても、議会の解散権がここまで安易に与党の党利党略のために使われている国は見当たりません」 『週刊新潮』2月19日号の特集「『自民爆勝ち』の後始末」も読み応えがあった。特に興味深いのが、「再生数1・6億回 高市動画の『影響力』と3億円『広告費』」。自民が配信した高市首相の動画再生回数が突出しているとしてネットでも議論になった一件だ。高市人気が背景にあるのは分かるけれど、そうはいっても記事で書かれているように、再生回数が約1・6億回。次に多かった参政党が3千万回で、中道改革連合の場合は330万回というから、高市動画の再生回数が異常といえるほど多かったわけだ。 記事中で自民関係者がこう語っている。「自民党広報本部の広報戦略局には、大手広告代理店の社員が常駐しています。公示の1週間前からは『情報戦略会議』が開かれ、選挙期間中の広報戦略や報道対応について協議が行われる。会議には、広報本部や選対本部、組織運動本部の職員に加え、代理店の社員も参加します」。記事に登場している「株式会社動画屋」の木村健人代表は、くだんの動画の広告費を2億~3億円くらいと試算している。 しかも政治的思惑と別に、収益目当てで切り抜き系ショート動画を作っている人が、今回は高市人気に便乗して収益を得ようと高市首相のショート動画作成を行ったという。記事はこう結ばれている。「若年層、無党派層を動かした風は"人為的"に作られたのである」 様々な思惑が重なって、ネットで高市フィーバーが増幅されたというわけだが、こういう実態はもっと検証されるべきだろう。(月刊『創』編集長・篠田博之)2026年2月15日 東京新聞朝刊 11版 21ページ 「週刊誌を読む-高市フィーバー増幅、検証を」から引用 「週刊プレイボーイ」や「週刊新潮」が報道した内容は、近年の自民党政治の腐敗の状況を鋭く指摘していて興味深い。東京新聞も、そのような情報を外部の者に書かせたコラム記事にするのではなく、自社の記者に直接取材させて一面トップで報道してほしいものです。自民党の広報本部広報戦略局には電通の社員が常駐していて、いつでも「広報活動」について適切なアドバイスをしているというのは、公職選挙法の観点からしてどのような問題があるのか無いのか、検察庁の見解も報道するべきだと思います。電通にしてみれば、自民党は財界からも、また、内閣官房機密費を保管した金庫のカギなども首相と総裁を兼務している人物のポケットに入っている関係から、ちょっと気の利いた発言をするとその場で莫大な現金収入を得ることもできるというので、日本一効率の良いビジネス環境であるわけです。その一方で、立憲民主党とか中道改革ナントカという政党では、まじめな人物がそろってはいるが、現金とはほとんど縁がないため、ビジネスチャンスは皆無なわけで、そんな所に電通の者が関心を持つわけがありません。公職選挙法の立場から、このような状況を放置してよいのかどうか、日本人は老いも若きも真面目によく考えるべきではないかと思います。
2026年03月09日
年明けの重要な期間に衆議院を解散するなどという無謀な振る舞いが批判されても、「批判される高市氏が可哀そう」などという変な有権者の「推し」で一気に巨大与党となった高市自民党について、世間には「高市鬱」と呼ばれる症状を呈する人々がいるのだそうで、文芸評論家の斎藤美奈子氏は、2月18日の東京新聞コラムに次のように書いている; 選挙後「高市鬱(うつ)」という言葉がネット上を飛びかっている。「あ、それ私」と思った人もいるんじゃないだろうか。 仕事にも家事にも身が入らない。ニュースを見たくない。体調が悪い。ため息が出る。何をしてても気が滅入(めい)る。 周辺に「いいよね高市さん」とか言う人がいるともう最悪である。どこがいいの。「だってなんかやってくれそうじゃん」。なんかって何よ。「それはわかんないけど」。わかんないのに支持するんかーい。 非支持者には地獄。メンタルもやられます。 こういう時は気休めも大事である。まず数字。すでに指摘されている通り、自民党の議席数こそ316だが得票率は小選挙区49%、比例37%。有権者全体に対する絶対得票率は小選挙区で27%。みんなが高市支持ってわけでもないのである。 16日、朝日新聞が電話世論調査の結果を発表した。それによると、自民党が3分の2超の議席を得たのは「多すぎる」が62%。国民の賛否が分かれる政策は「慎重に進めるほうがよい」が63%。力を入れてほしい政策は物価高対策が最多で51%。それに対して外国人政策は9%、憲法改正は5%、大方の市民の意識は穏健なのだ。 このような穏健な市民意識と、暴力的な選挙結果の落差が絶望を生む。それゆえの鬱。あなたが変なわけではないってことだ。(文芸評論家)2026年2月18日 東京新聞朝刊 11版 21ページ 「本音のコラム-選挙後の症状」から引用「なにかやってくれそうだから、高市さんが首相になって良かった」などと、何をやらかすかわかってもいないのに、大の大人がこどものような「推し」の理由を言うというのは、日本における学校教育に問題があるのだと思います。民主主義とは何かとか、国民の権利とは何かとか、選挙が大切なわけとか、教室で一応、教員は説明するだろうけど、通り一遍の説明だけで素通りして、現実の社会では資本家が企業を私有物化しているため、企業活動によって生じた「利益」は資本家・経営者の「私物」となっているが、本来は「企業利益」は経営者と労働者の共有財産なのであって、その分配は経営者と労働者の間で公平に分配されるべきなのだ、というような「社会の原理」から説明して、そのような社会の実現のために国民は選挙の際の「投票先」を考えるべきなのだ、という授業をするべきだと思います。しかし、資本家・経営者からの違法な献金で成り立つ自民党は、学校がそのような「本来の教育」をすることを、戦後80年にわたって徹底的に禁止してきた結果、重要な国政選挙に当たって「にこにこして感じがいいから」とか「なんか、批判されて可哀そうだから」というような、芸能人の人気投票程度の認識で選挙に臨む国民ばかりになってしまったのは、まさに「亡国への道」を進んでいるということです。私たちが先ずやるべきことは、49%の得票率で80%の議席を占有できるという歪んた選挙制度を改善することだと思います。いくら穏健な市民ばかりだと言っても、そういう市民の投票結果が靖国神社参拝の軍国主義総理大臣を選び出すような歪んだ選挙制度を改善するところから始めなければならないと思います。
2026年03月08日
選挙前に突然、立憲民主党と公明党が合併して「中道改革連合」を結成したのであったが、選挙の結果は旧公明党は少し議席を増やしたにも関わらず、旧立憲民主党は100議席以上を失うという最悪の事態となり、代表であった野田議員は代表を辞任し、後任に小川淳也氏が選出されたのであるが、その小川新代表について、元文科官僚の前川喜平氏は、2月15日付東京新聞コラムに、次のように書いている; 数年前、頼まれて映画「なぜ君は総理大臣になれないのか」(大島新監督)の推薦文を書いたことがある。2017年の総選挙に希望の党から出た小川淳也氏を追ったドキュメンタリーだ。小川氏と個人的な付き合いはないが、彼が旧民主党政権で総務政務官だった時から注目はしていた。映画の中で、彼が思い悩みながら選挙に臨む姿には親近感も感じた。 希望の党であれほど悩んだ小川氏は、中道改革連合への合流では悩まなかったのだろうか。安保法制合憲、原発再稼働容認という党の政策に加え、彼は自衛隊明記の改憲も「あり得る」と発言した。いよいよ自民党に近づき、大連立を目指すのかという疑いも抱く。 しかし彼は「とにかく憲法に手を付けたいとの観念的な改憲論にはくみしない」とも言った。よく意味は分からないが、自民党と一線を画すつもりではあるのだろう。党内の護憲派にも配慮したのかもしれない。 小川氏に政治家としての資質があるとすれば、どっちつかずに揺れつつ悩み続けるところにあるのではないか。嘘(うそ)でもハッキリものを言う高市首相とは正反対だ。 中道は護憲派も改憲派も含む無原則な党でいいのではないか。ならばその代表には小川氏が最適任だ。高市政権が大失敗して早苗人気が急落した時には、総理大臣になれるかもしれない。(現代教育行政研究会代表)2026年2月15日 東京新聞朝刊 11版 21ページ 「本音のコラム-君は総理大臣になれるのか」から引用 この記事を読むと、改めて立憲民主党と公明党の合併が理屈に合わない無謀な合併であったか、しみじみと思い知らされる気がします。安保法制や原発再稼働に対する態度を180度変更するのに、一切の党内論議を省いた時点で、大半の支持者が失望して離反したのは当然のことで、その点を読み間違えた立憲民主党の執行部の責任は重大で、野田氏一人が責任を取ればよいというものではないと思います。しかし、このような結果になってしまったからには、もはや無駄な悪あがきはやめて、昔の経済成長期の自民党のような護憲派も改憲派も存在して活発な議論を交わす政党として改めて支持者を増やしていく努力をして行くのが良いと思います。そして、経済界の手先としてしか働かない現在の自民党を打ち負かす機会が訪れた時には、広く共産党からチームみらいまでもまとめあげるようなリーダーシップを発揮するような政党になってほしいものです。
2026年03月07日
高市首相は自分自身の裏金問題や統一協会とのつながりを追及されるのがイヤで、衆議院選挙をやってしまえば自分を追及する時間もなくなるだろうとの企みで、突如解散に踏み切ったのであったが、1月25日の神奈川新聞は、憲法の専門家である一橋大学大学院教授の只野雅人氏に取材して、次のような記事を掲載した: 高市早苗内閣は憲法7条に基づき衆院を解散した。解散権は「首相の専権事項」とされるが、果たして自由裁量なのか。議会や選挙制度に詳しい一橋大大学院法学研究科の只野雅人教授(憲法学)は高市首相の判断について「国民の総意を問う必要があると判断される十分な理由を示しておらず、権限の乱用だ」と指摘する。(聞き手・松島佳子)――解散権は「首相の専権事項」なのでしょうか。 「憲法解釈上は議論があります。どういう場合に解散できるかを規定するのは69条だけです。不信任決議が可決された際などに内閣が解散を選択できるとしています。一方、首相が理由にした7条は『天皇は、内閣の助言と承認により、国事行為を行う』と定め、その一つに『衆院の解散』を挙げています。天皇は国政に関する権能がないため、助言と承認を通じて、内閣が裁量的に解散を決定し得るという解釈が事実上確立してきました」――乱用の危険性はないのでしょうか。 「危険性はどうしても生じます。そのため、『解散の条件を69条に限定すべきだ』という議論がなされましたが、『国民の意思を確認することが主眼である』という考えから7条解散が定着しました。ただ、内閣か解散権を行使できるのは、国民の意思を確認することが必要な場合や、解散がどうしても必要な場合に限られる、といった慣行を確立すべきです」――首相は理由について「日本維新の会との連立合意や積極財政などについて信を問う」と説明しました。 「『信を問う』と言うならば当然、判断材料を提示しなければなりません。それがまさに通常国会だったはずです。予算委員会ではあらゆることが審議されるので、首相が何をやりたいのか、維新と何を目指すのかを明らかにすることができます。野党の立場も明確になるでしょう。全く議論をせず、国会冒頭で解散するのは『判断材料は示さないが、白紙委任をしてくれ』と言っているようなものです。解散権本来の趣旨からして問題です」――政権発足前に自民党と維新が結んだ「連立政権合意書」は判断材料になり得ますか。 「急場で作ったもので、即席である印象を受けます。議員定数削減が典型です。突然出てきた話で、疑問視している議員は少なくないのではないでしょうか。積極財政を巡っても市場が強い反応を示しており、相当議論しなければならない話です。憲法上、権限行使できることと、実際に行使することは別問題です。フェアプレーのような精神が政治アクターの間で共有されなければ、制度はうまく機能しません。今回の解散は『権限の乱用』と言えます」――過去にも問題になったことはありますか。 「第2次安倍晋三政権下で問題になりました。2014年に消費増税の延期を根拠に解散カードを切りましたが、内閣の任期を事実上延ばすためで批判が集まりました。17年は野党が憲法53条に基づき臨時国会の召集を要求しましたが、内閣は約3ヵ月応じなかった上、ようやく召集された国会冒頭で衆院を解散しました。どちらも理由が示された、とは言えません。制度上も政治上も安定した基盤を持った首相が選挙で議席を失うリスクを冒すことなく自由に解散を行うことは、恣意的な解散権行使に当たります」――乱用を防ぐにはどうしたらいいのでしょうか。 「国民の判断が問われていると思います。判断材料がない中でも判断して、問題と感じたら投票で意思表示をすることが大事です。政権が代わらなかったとしても結果は議席に表れます。最近の選挙は交流サイト(SNS)の影響が急速に広がっていますが、SNSは真偽不明な情報があふれ、同じ内容が繰り返される仕組みになっています。何が正しい情報かを見極めることも求められています」◆69条解散 憲法69条は「内閣は、衆院で不信任の決議案を可決し、又は信任の決議案を否決したときは、10日以内に衆院が解散されない限り、総辞職をしなければならない」と定める。議院内閣制の下、内閣は衆院の信任に基づき存立し、通常は与党が過半数を占めているため、不信任案可決はまれ。現行憲法下で解散に伴う衆院選は26回実施されたが、69条解散はわずか4回。◆7条解散憲法7条は「天皇は、内閣の助言と承認により、国事行為を行う」と定め、その一つに「衆院の解散」を挙げる。派閥間の対立や与党が参院で多数を欠くなど一定の対立構造があるときは、首相による専権的な解散権行使を難しくさせた。しかし、対立的・競争的環境を欠いた第2次安倍晋三政権下では歯止めが利かず、恣意(しい)的な権限行使が問題になった。<ただの・まさひと> 憲法学者。一橋大大学院法学研究科教授。議会制度や選挙制度、フランス憲法を中心に研究している。著書に「選挙制度と代表制」、「憲法と議会制度」など多数。2026年1月25日 神奈川新聞朝刊 19ページ 「2026衆院選を問う-『解散権乱用に当たる』」から引用 この記事でも触れているように、安倍政権のときは様々なでたらめが横行し、自分の選挙区の有権者を東京の一流ホテルに無料招待して飲み食いの接待をして翌朝は新宿御苑に観光バスでお花見という違法行為から、それまでの歴代政権は抑制的に行使した「衆議院解散権」を、私利私欲のために堂々と行使するなど、ろくな政権ではありませんでしたが、その後継者を自称する高市首相に至っては、ますます悪辣の度が高まっているというほかありません。衆議院解散については、「衆議院解散権乱用防止法」を議員提案で審議して法律として確率するべきだと思います。
2026年03月06日
自民党が単独で衆議院の3分の2を超える議席を獲得した選挙結果を、メディア各紙はどのように報道したか、弁護士の白神優理子氏は、2月15日の「しんぶん赤旗」に、次のように書いている; 衆院選の結果は自民党が単独で3分の2超の議席を獲得するというものでした。全国紙社説は、どう報じたのでしょうか。 開票から1夜あけた9日付「朝日」は「今回の選挙は、国民生活に直結する新年度予算案の年度内成立を後回しにした、通常国会冒頭での『奇襲解散』で始まった」と衆院選のあり方そのものを批判しています。「そもそも選挙戦の勝利は、有権者の『白紙委任』を意味しない。首相が政策の中身の具体的な説明から逃げ続けていたのだから、なおさらだ。国論が二分しないよう、丁寧な合意形成に努めるのが一国の指導者の責務である。『数の力』で強引に進めれば、社会の分断を助長するだけだ」と強調します。 同日付「毎日」も「首相は『国論を二分する政策』に取り組むと主張した。平和国家としての国のかたちに関わる問題だが、具体的な説明はほとんどなかった」「独断専行に陥るようであれば、イメージ先行で膨らんだ国民の期待は失望へ変わる」と指摘します。 「日経」も同様に「『あいまい戦術』で勝利を引き寄せた格好で、自民圧勝は有権者による高市政権への白紙委任を意味しない」(9日付)と断じます。 一方、「読売」は10日付で「今回の衆院選で強固な基盤を整えた首相は、様々な課題に腰を据えて取り組むことができるはずだ」として、「防衛力の強化などを着実に実行せねばならない」と促します。 「産経」に至っては「防衛産業の育成を急ぎたい。防衛費と関連予算の増額も必要だ」(9日付「主張」)と軍事国家づくりを煽(あお)っていました。 メディアが民主主義をないがしろにし、軍拡を煽った結果が多大な犠牲を生んだ先の侵略戦争でした。民主主義と平和に根差した報道が、今こそ求められます。(しらが・ゆりこ=弁護士)2026年2月15日 「しんぶん赤旗」 日曜版 31ページ 「メディアをよむ-『白紙委任ではない』の指摘」から引用 選挙の結果、自民党は勝利したが、しかしそれは国民が自民党に白紙委任したわけではないと、朝日も日経もいうが、当の高市早苗は一向に聞く耳を持たず、その後の報道によれば「来年度予算を年度内に成立させないと、国民生活に支障をきたすので、3月末までに参議院で可決してほしい」などと、通常であれば1月~2月を予算審議に当てていたものを、自分の都合でその時間を潰しておきながら、「年度内に成立しないときは、スピード審議に協力しなかった野党の責任にしてやれ」という魂胆が見え見えです。世に言うところの「根性真っ黒」とは、こういう女のことなのだと思います。
2026年03月05日
少数与党だった自民党が一気に巨大与党と化した1月の衆議院選挙について、東京大学教授の宇野重規氏は、2月15日の東京新聞コラムに、次のように書いている; 高市早苗首相は政治的な賭けに勝利したようだ。2026年1月19日、衆議院解散を表明した記者会見で「高市早苗が内閣総理大臣で良いのかどうか」が争点であると高らかに宣言した。個々の政策でもなければ、政権のあり方でもない。自民党ですら問題ではない。高市早苗を選んでほしいという直截なアピールは実に異例のものであった。ここまで「私」を前面に出した選挙は日本の憲政史上でも珍しいのではないか。 「大義なき解散」、「政策論議を欠いたむなしい選挙戦」との批判にもかかわらず、高市首相率いる自民党は戦後最多の316議席(追加公認含む)を獲得、文字通り「地滑り的圧勝」となった。衆院で3分の2を確保した高市首相はあらためて憲法改正に取り組む意思を表明したが、この選挙は日本の戦後史の大きな転換点となるかもしれない。 ◇ ◆ ◇ 選挙中にしばしば耳にしたのが「推し活」である。高市首相をあたかもアイドルかのように支えた支持者の姿を「サナ推し」と揶揄する声もあった。政策をめぐる議論は吹き飛び、ひたすら首相のパーソナルな「物語」に動かされる人々が現れたことは、日本政治の変化を感じさせた。この選挙を通じて、「私」をひたすら語る首相と、それに共感して「私が支える」と思う有権者、その両極において〈私〉化が進んだことをどう捉えるべきか。 筆者はかつて「〈私〉時代のデモクラシー」という本を書き、2年ほど前に出した「実験の民主主義」では「ファンダムが政治を動かす」と論じた。アニメやアイドルのファンが、「推し」の対象に示す無償の献身や熱狂がひとたび政治に導入されたときにどうなるか。トランプ米大統領の支持者に見られるファンダムの政治が、既成の政党組織や選挙活動を覆す可能性を論じたものだ。 今回の衆院選は、このような「推し活」選挙が日本でも進んでいることを如実に示すものである。自分がいいなと思う「顔が見える」個人への投票は、既成政党への一体感の薄れた現在の有権者にとって、ますます魅力的になるだろう。スマホとSNSによって「推し」のスピードは加速し、人々の感情を揺さぶって誘導する操作は激増する。組織の論理や果てなき利益追求にくたびれた人々にとって、「好き」の感情は実に強力だ。それだけに、このトレントがすぐに収斂(しゅうれん)するとは思えない。 ◇ ◆ ◇ ファンダム政治に私たちはいかに向き合うべきか。重要なのは「推し活」をポピュリスムの道具ではなく、民主主義のために活用することだ。確かにますます人々が共感できる「顔が見える」リーダーが鍵になる。発信力のある政治家の養成は、イデオロギーの左右を問わず急務だろう。既成政党組織が排除してきた女性や若者、少数派が大切な供給源となるはずだ。自分たちの理想や政策をしっかりと説得的に語れるリーダーを育てたい。 しかしながら、大切なのはそれだけでない。「推し活」の暴走を防ぐのは明確な政策的選択肢の提示と、一時的ではない継続的で持続的な日常の政治活動だ。「好き」の思いを地に足のついたものにするには、「何が社会にとって大切なのか」をめぐる地道で、真摯な議論が不可欠だ。「推し活」を恐れすぎてはならない。民主主義がそれを使いこなすための工夫が、いま求められている。2026年2月15日 東京新聞朝刊 11版 5ページ 「時代を読む-『推し活』を恐れるな」から引用 受験生の間ではわが国最高峰と言われる東京大学の教授たる人物の、先の衆議院選挙に対する認識がこの程度とは、甚だがっかりである。学者であるなら、憲法に規定された「国会解散」の条件が存在しないのに、首相の個人的な都合で「解散」したのは明らかな「憲法違反」であると、指摘するのが学者の仕事というものであろう。しかも、解散にあたって高市早苗は「(自分自身が)内閣総理大臣でいいのか問う」と言いながら、自分のこれからやろうとする「政策」については、有権者に向けての説明は一切せず、テレビの討論番組もドタキャンする始末で、有権者をつんぼ桟敷に置いたのだから、「自分が総理大臣でいいのかどうかを問う」などという発言は詐欺師のセリフであると、厳しく指摘するべきである。それを「高らかに宣言した」などと持ち上げて見せる態度というのは、強いものに媚びる日本のメディアと同様であり、このような「態度」では民主主義の健全な発展は期待できず、ファシズムの芽を摘むこともできません。しかも、これからの選挙で「押し活」が重要になるのであれば、イデオロギーの左右を問わず発信力のある政治家の要請が急務であるなどと書いてますが、これもどこかピントがボケており、自民党候補者がSNSを活用して「押し活」に勝利したのは、それぞれの候補者がSNSを使いこなしたからではなくて、野党候補が手にすることができない違法な企業献金で大勢のソフトウェア・エンジニアを雇用して、一人当たり数百件ものアカウントを偽造させて自民党候補を盛り上げたという「問題」には目隠しをしている。その上、50%に満たない得票率で衆議院の80%以上の議席を占有するという致命的な選挙制度の欠陥も見落としている。このような状態では、わが国の民主主義はいよいよ暗雲に包まれていくばかりです。
2026年03月04日
戦後80年にして、初めて自民党が単独で衆議院の3分の2を超える議席を占めるに至った今回の選挙について、毎日新聞専門編集委員の伊藤智永氏は、2月14日付けの同紙コラムに、次のように書いている; 衆院選の結果をどう考えるか。高市早苗首相の人気で自民党が単独で衆院の3分の2を超えたが、投票で示された有権者の意思と、その結果構成された国権の最高機関の議席配分の関係は、冷静に吟味する必要がある。 投票率は56・26%。2005年小泉純一郎元首相の「郵政選挙」が67・51%。09年に自民党から民主党へ政権交代が起きた時の69・28%に比べてもかなり低い。 不人気だった岸田文雄、石破茂両元首相の衆院選(21年、24年)と同水準だ。高市氏支持が多いはずの18、19歳の投票率は、43%とさらに低い(抽出調査)。無党派層が大挙して投票に行くほどの熱狂は起きなかったわけだ。 確かに選挙戦後半、高市氏の街頭での集客力はすごかった。自民党の比例代表得票数2102万票は、「郵政選挙」の2588万票に次ぐ高水準で、得票率も歴代2位の36・7%だった。 元自民党事務局長で選挙実務を30年以上担った久米晃氏の解説。「世論調査で無党派層が最大勢力と言っても、半分は投票へ行かない。大半の選挙は無党派層が動いて決まるのではない。元々の自民党支持者が逃げたら自民党が負け、自民党に入れる時は無党派層も上乗せされて勝つ。今回は離れていた自民党支持者が戻った」 小選挙区(定数289)で自民党候補が獲得した絶対得票率は26・9%だが、獲得した議席数は86・2%(249議席)と、3倍以上に膨れ上がった。 他方、中道改革連合は絶対得票率11・8%で、獲得議席は2・4%(7議席)。風が吹くと勝敗の差が極端に振れる小選挙区制の欠点が最大限に表れた。比例代表の議席を加味しても、民意と議席数の間には相当ずれがある。 にもかかわらず、直後の9、10日に共同通信が行った世論調査で、選挙結果に「民意が反映された」と思う人は「ある程度」を含めて64・9%。結果を「よかった」と思う人が56・3%。現状を肯定する空気が優勢だ。自民党の裏金議員公認を60・2%が「不適切」と考えているのに。 つまり、世論は既成事実を追認する。衆院選は憲法改正が争点ではなかったが、議席3分の2超の既成事実を得て、高市氏は「改憲に挑戦」すると言い出した。 尻上がりの高市人気は、自民党が数億円を投じたとされる動画の再生回数と同期していた。改憲の国民投票はネット広告やSNS規制が手つかずだ。世論調査では68・2%が「衆院選でSNSなどを重視しなかった」と答えた。自覚がないらしい。(専門編集委員)2026年2月14日 毎日新聞朝刊 13版 2ページ 「土記-『サナエ旋風』の実相」から引用 この記事によれば、衆議院の議席こそ3分の2を超えたが、だからと言って有権者の3分の2以上が自民党に投票したというわけではないと、力説しているわけだが、そしてそれは確かな事実ではあるが、しかし、衆議院で3分の2の議席を占めてしまえば、自民党は単独でどのような法案でも可決成立させることができて、仮に参議院では多数派の野党に負けて政府提案の法案が秘訣されても、衆議院で再び「賛成多数」で再可決すれば、それは法律として成立するのであるから、「有権者の3分の2」が自民党支持というわけではないからと言っても、それで安心することはできないという点は、見落としてはならないと思います。50%に満たない得票でも実際は80%の議席を獲得できる「小選挙区制」は、早急に見直しをするべきだと思います。
2026年03月03日
圧倒的多数の与党を従えて、「責任ある積極財政を」と張り切る高市政権について、文筆家の師岡カリーマ氏は、2月14日の東京新聞コラムに、次のように書いている; 月刊誌『世界』(岩波書店)3月号の特集「日本経済の実像」を読むと近年の格差拡大と国民の生活水準低下がいかに意図的な政策の結果だったか、インフレと円安がどう政府をホクホクにするのかがよくわかる。高市政権が掲げる積極財政のリスクも論じられていて代償を支払うのは、常に労働者と年金生活者だ。 では、念仏のように繰り返される「責任ある積極財政」は、専門家が警告するリスクが現実のものとなった場合、誰がどう「責任」を取るのか。 「大義なき解散」「党利党略」などと右も左も批判した衆院選について「高市早苗が首相でいいか、国民の信を問う」と繰り返した首相は、実際には投票日前から、首相として訪米する準備をしていた。結果がわかっているからこそやった選挙では、「信を問う」も、「責任ある積極財政」同様、「高市劇場」の真実味に欠ける台詞(せりふ)と化す。 その劇場の新作「解散選挙」に国民は800億円の入場料を払わされたが、その割にこの演目は大好評だったように見える。喝采の真っただ中では、劇を酷評するのも憚(はばか)られる雰囲気さえ漂う。が、自民の得票率に目を向けると、小選挙区で5割弱、比例で4割未満。高市1強の吉凶はともかく、国民の半数以上がこの熱狂の波に乗らなかったという事実は捨てたものではない。空虚な言葉の海に浮かぶ藁(わら)以上の価値はある。(文筆家)2026年2月14日 東京新聞朝刊 11版 23ページ 「本音のコラム-溺れる者は藁をも?」から引用 失われた30年の間に、労働者はよく働いて生産性が向上し、その結果企業は毎年業績が向上し株主への配当も経営者自身の報酬も年々向上していったのであったが、業績向上に一番貢献した労働者たちは、形ばかりの労使交渉の結果、雀の涙程度の報酬しか与えられなかったため、社会の消費活動は低迷し、経済成長など望むべくもない事態となったのであったが、そのような労働者の「実態」を「問題である」とする報道は一切せずに傍観していたメディアは、問題発生から30年も経ってから「失われた30年」と、まるで他人事のような論評を繰り返すだけで、こういう体たらくでは、有権者も投票するに当たって、「女性が首相になれば、なにかしてくれるかも知れない」などと夢遊病者のような認識で政策論などにはまったく無関心で、人気投票のような選挙をしているのでは、長期低落傾向からの脱却はまだまだ「絵にかいた餅」です。
2026年03月02日
安倍信三氏を除いた最近の日本の首相は、短い任期で次々と交代したため、外交の面では影響力を発揮するのが難しいのが実態であったが、直近の選挙で3分の2以上の議席を確保した高市首相に対する諸外国の「見る眼」は変わって、高市氏にとっては影響力を行使する絶好のチャンスになると、英誌「エコノミスト」元編集長、ビル・エモット氏が、2月15日の毎日新聞に書いている; 首相にとって国内の政治運営は、自党が議会で過半数ラインを大きく上回る時の方が難しくなることがある。統制が容易でなくなるからだ。しかし、外交では事情が異なる。衆院選での圧倒的勝利が高市早苗首相に外交で大きな力を与えることに疑念の余地はない。 政府首脳の国際交渉での成功を左右する重要な要素の一つは、相手国が、その人がどれだけ長く国のトップの地位にとどまるとみるかだ。日本の控えめな外交姿勢はすでに信頼性と影響力の獲得を難しくしている。回転ドアのように首相の座に地味な男性が定期的に入れ替わる時期には、外交政策はさらに難しくなる。 安倍晋三元首相は外交において並外れた影響力があった。その大きな要因は8年近く継続して首相を務めたことにある。これにより安倍氏は米国をはじめ各国と信頼関係を築くことができた。国際的なスターとして定着しそうにみえるという点で、高市氏は「師」にならうチャンスを手にした。 高市氏自身は選挙での圧倒的勝利が長期政権を保証するものではないと自覚しているだろう。しかし、各国は外交の場で高市氏が当面は首相の座にとどまる前提で臨まなくてはならなくなった。彼女は日本初の女性首相であり、目新しさという強みがすでにある。これに、各国のリーダーから永続的な関係を築く必要がある人物だとみなされる利点も加わることになった。 問題は高市氏がこの新たな優位性をどう生かすかだ。彼女が日本の防衛力強化を加速させようとしているのは周知の事実だ。財政が許せば、米国などへの依存度を減らすため、経済や技術分野での安全保障に投資の拡大も図ると思われる。一方、高市氏自身が引き起こした台湾を巡る中国との緊張や、それに対する中国の威圧的な態度は選挙戦では有利に働いた。それゆえ、高市氏が中国に対して軟化する可能性は皆無だろう。 高市氏は、憧れとする英国のサッチャー元首相のように「鉄の女」とみなされる自身の評判を常に維持したいようだ。ただ、過信から靖国参拝のようなナショナリズムをあおる行動に出ることは危険だ。アジアの一部の国々から不興を買うリスクをはらむ。真に自信に満ちた「鉄の女」であるなら、「タカ派」のナショナリストという自身の評価が国内で十分に確立されており、分断を招く政治パフォーマンスは必要ないと知っているはずだ。 今回の選挙での勝利が日本の国益にもたらす最大の利点は、同盟国である米国との交渉で高市氏に強さを与えることだろう。台湾を巡る高市氏の発言に中国が怒り散らすのを横目にトランプ米大統領は目に見えて沈黙を守った。これは米国にとって最も親しいアジアの同盟国に対する支持の欠如だ。昨年のトランプ氏による関税措置や日本企業への投資要求も友人に対する振る舞いではなかった。 来月、高市氏はトランプ氏との協議のため渡米するが、彼女は強固な政治的立場を確立した人物として会談に臨むことになる。米国との交渉でも「鉄の女」となり、ぞんざいに扱われるつもりはないという姿勢を静かに、しかし、はっきりと伝えるのが賢明だろう。 長期的に見れば、彼女の「鉄の意志」の強さは他の首相と同様、日本の国内経済の強さと安定性に依拠することになる。高市政権の最優先課題はインフレを抑制し、家計所得を増加させること。そして、外国為替市場で円高を促すことだ。 一部の指標では、円が米ドルに対して最大50%も過小評価されている。これは、日本を弱々しく見せている。日本の消費者にとって輸入品は高価になり、海外援助を通じた日本の国際外交は納税者の大きな負担となる。また、防衛予算の大部分が米国などからの武器購入に充てられているため、円安は予算の有効性を低下させることになる。 高市氏にとって、米国での歓迎ぶりや国際サミットでの評価が外交上の当面の試金石となるだろう。しかし、より根本的な評価基準は円相場だ。通貨価値はいかなる政府も直接的に制御できない。政策の結果だ。もし、1、2年後も円が今と変わらず外国為替市場で過小評価されたままであれば、それは日本の「鉄の女」がひどくさび付いていることを示す兆候となるだろう。【訳・石山絵歩】2026年2月15日 毎日新聞朝刊 13版 2ページ 「現代の風-衆院選圧勝の高市首相 外交優位性、生かせるか」から引用 衆議院選挙で圧勝したことで高市早苗氏は外交における大きな力を獲得したというようなことを、この記事は力説しているが、今回の選挙で自民党が圧勝したのは有権者が高市早苗氏を相応に評価して、彼女の持っている能力を正しく評価した結果ではないことに、私たちは注意を払うべきだと思います。日本の有権者は、少し目先が変わったからというだけの理由で、勝手に「今までとは違う新しい政治が始まるかも」と空想して、愚かな投票行動をした結果であって、、外国人記者の眼には「高市氏のチャンスだ」と見えても、当人が時代遅れの「国家主義」を信奉しているのでは、せっかくの「チャンス」も生かしようがないというのが実態だと思います。今の日本は、莫大な赤字国債の残高を抱えているのだから、使いもしない武器を輸入などしている場合ではないにも関わらず、トランプ大統領の意向には逆らえないからと言って無理やり輸入しなければならない、という「窮状」に対する「解決策」はなく、ただただ言われるままに赤字国債で武器を輸入するというのは、亡国の政策であるというほかありません。
2026年03月01日
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