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斜めからインドネシアを眺めよう 562 カラワンのイミグレへ行ってきた。洪水は完全に引いていた、しかし、その爪痕は広範囲で残っていた。避難所(posko)にはまだ多くの人が残っていた。写真のように川の岸辺の木に大量のゴミが引っ掛かっていた。高さは3mを優に超えている。今日の夕方には、また、水位が上昇し、一部、洪水が最発生していると、情報がある。私が住む、街は、洪水とは全くの無縁である。川は近くにないし、この土地自体が平坦な丘の上にある。台地というほどではなく、なだらかな、ちょっと周囲より高い場所に分譲住宅地やブカシ県の県庁を作った。そういう点では恵まれた場所にあると思う。ここにショッピングモールでも出来れば一躍、大都市に変貌する切っかけになるかもしれない。そういう意味でも、これから、土地の価格が急上昇する可能性が高いと思う。分譲住宅を買うことにした理由です。ストレス、矛盾、疲労
2010.03.31
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斜めからインドネシアを眺めよう 561 最近、日本からの出張者が多く、何かと、差し入れを持ってきてくれる。一番うれしくないのが、雑誌新聞類、なんの役にも立たない、全く読まない。読んでも、表紙の文字だけである。直ぐに、捨ててしまう。雑誌は、経済的なもの、政治的なもの、芸能的なもの、スポーツ的なのも、どれもこれも読んでみる気はしないし、保存しておく気もない。日本に関する一般的な必要情報は、NHKの朝のニュースとインターネットで十分だし、特に知りたいことがあればインターネットでチェックします。ファション誌ならインドネシア人の女の子が写真を見て喜ぶ。二番目にうれしくないのが、過剰包装で長持ちはするが、いかにも空港の待合の近くの免税店で買った、という食料品、それも、どこかの名物のようなもの、量は少ないし、人の好みで評価が分かれる、私にとっては高いばかりでおいしくない物がほとんどである。味が濃かったり、塩辛いものが多く、インドネシア人にあげてしまいたくても、彼らにとっても、全く、迷惑になる。お礼を言ってその後捨てることになりかねない。自分の好みで選んでもらってもわたしないには合わないことが多く、いわんや、インドネシア人におやである。日本からの土産物で一番うれしいのは、多分、自宅の近所のスーパーやコンビニや百円ショップで買ってきてくれた味噌汁やお吸い物、ラーメンやうどん、そばなどインスタント食品です。若干嵩張るが軽い。長期で、少しずつ使えるし、インドネシア人にも食べてもらうことができる。日本人好みの味がどんなものかわかるので、少しずつ試してもらうことができる。あまり、分けてやると自分の分が無くなってしまうので、ちょっと、みみっちいいが、必要分は確保しておく。渡した本人がまた持って来てやりたいという気持ちになるように、受け取ったときの、うれしさを前面に出して、本当に、ありがたいと、お礼を言うことができる。これらのインスタント食品はインドネシアのジャカルタでも日本食品スーパーで買うことができるが、日本の値段の三倍する。バカバカしくて買う気がしない。先日、静岡から見えたお客さんがあって、私が、バリバリの静岡人ということを知らず、その人は、静岡県外人で、静岡へ二年ほど前から出向で来ていた人でした。静岡の名物というか特産品というか、魚の角煮の真空パックを買ってきてくれた。確かに好きな人は好きだが、私は好きではなかったし、物心がついたときには、もう、食卓にはいつも有ったので、特に、有りがたいもの,うれしいものではなかった。スーパーで売っている価格を知っているので、この包装では、倍ぐらいしただろうなと思ってしまうのでした。ごめんなさい。静岡らしい土産の生シラスや生サクラエビや黒はんぺんを港の近くの市場で買って来て貰うのが飛び上るほどうれしい。いずれも、日持ちがしないので、産地以外では売っていないし、インドネシアへ持ってきても、一日以内に、要冷蔵である。 うなぎパイを買って来て貰うなら、やはり、フリカケトかお茶漬けのもととかおにぎりに混ぜる物の方がいい。ちなみに源氏パイはインドネシア製がある。 焼酎が少ないし、めちゃくちゃ高い。多くの日本人はアルコール類を土産にもらうことが、一番、うれしいのではないでしょうか。私が日本人のために持ち込むのは酒類です。私は一滴も飲みませんが、だれと誰にやるということを想定して持ってきます。写真はインドネシアでも日本でも有りません。ドイツのニュールンベルグの郊外の娘たちが住んでいる場所に近くです。ニュールンベルグの遠望と其の場所の麦畑の風景です。
2010.03.30
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斜めからインドネシアを眺めよう 560いつ、売れる時期が来るか、今月、一杯までの契約社員四名は7月末までの延長になったようです。7月の末ということは、従業員を全員、円満解雇してから、丁度一年過ぎることになる。私が手伝った従業員との退職金交渉はこじれるどころか、超円満に片付いたにもかかわらず、私が手伝うことができない、自分の能力が試されるEPTE解消については、見通しが立っていない。その日本人も、今月末に帰国すると言っていたようですが、このごろは7月末になると、言っているようです。大変、魅力的な場所ですから、買いたい会社は多い。だから、開けるのを急ぐ必要はないのかもしれない。インドネシアでの釣りをまだまだ楽しめそうで、うらやましいです。どこが、跡地を購入するのか、回りの工場にとっては、広さには関係なく、どこも、欲しいでしょうし、この場所は、新しく進出しようとしている会社にとっても、一等地です。ただし、広さが、適切かどうかが、一致すればの、話です。 洪水の季節通り全国各地で大規模な洪水が発生している。一番近いところではカラワンの町中、Citarum川の氾濫による洪水で、深いところでは2m以上に達したまま、一週間水が引いていない。バンドンまでの高速道路の西側の山地にあるジャティルフールという発電、灌漑用の大きなダム湖があり、その水位が限界以上に達したので、大規模な放水をした。その川が、チタルン川である。そのダムから、100km下流の町カラワンで氾濫したのです。Kali malang川は氾濫していない。火曜日に住民票の申請でカラワンのイムグレに行かなければならない、大丈夫と聞いているが、行ってみなければわからない。 誰かの判断で洪水が起きているのです。ジャカルタの洪水も、ボゴールの水門を開くことによって起きることが頻繁にある。いずれも、途中の街を犠牲にして、上流の事故を防ごうとするのです。その水が、海へ達するまで、しばらく、途中の町の人は我慢してください、という、システムになっている。普通はそれらの川は、水量が少なく、ちょっとした、流れの悪い、ゴミだらけの臭い臭い川である。町のゴム捨て場である。それが、洪水によって、綺麗に海に流される。洪水が引いた跡は、清流とまではいかないが、臭さとゴミはしばらく消える。素晴らしい、浄化システムである。政府、行政はそれを狙っているのでしょうか。考えようによっては、有効な方法である。 先日いったばかりの、スマトラのパレンバンでも本来、湿地帯ではない場所まで氾濫が拡張し、多くの学校が休校になり、卒業テストができなくなっている。問題を送ることができない場所が各地にある。 家の庭の孫姉妹と安倍川に架かる駿河大橋から、洪水や氾濫は江戸時代の話、富士山と愛鷹(あしたか山の遠望、手前右の山は通称日本平です。海岸側は久能山東照宮があり、久能山の石垣イチゴの場所です。
2010.03.29
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斜めからインドネシアを眺めよう 559 某男性化粧品の大メーカーのM社を訪問した。KITAGAWA時代は隣でしたが、今後は斜め裏になりましたと。ご近所で、何回か訪問させていただいていますが、いつ見ても、当然ながら、清潔な雰囲気である。こんな状態が、私は好きである。PT.KOHNOも規模は小さいが、雰囲気は似ている。それなりの利益的裏付けがないとお金を掛けられないが、私は、後の先(ごのせん)的な考えで、環境を最初から充実させることが大切だと思う。それには、同じ仕事を連続でできるような仕事をやるようにしなければならない。ちょっと現場の横を通っただけだが良い刺激になった。 また、元勤めていた会社を横から眺めることができた。向かって右からはPT.A側から、左側はPT.M側から見ることができるが、私が作らせた金型の焼き場はそのままになっていて、LPGのボンベもそのままになっている、もう、使われなくなって、一年半以上になるがそのまま放置してあって、PT,MさんとのK社側の金網に内側は雑草が伸び放題だった。人は全くいないわけではないし、日本人がいないわけではないのでしょうが、寂しい風景にしたままである。 PT.Mさんも、おそらく、K社の後に入りたいと考えているに違いない。拡張するには最高の場所である。工場の横に道が付いているのだから、PT.Mさんは拡張する一方だし、今の出荷入荷口はレイアウトとし、素人の私が見ても、不便である。また、オフィスが以前の奥の工場に二回を今でも使っているので、来客を迎える時は不便である。それらを全て解消するためには、K社跡とその後ろ側の空き地(現地人所有)をまとめて買うことが一番便利な方法である。 一方、PT.A社にとっても、大変魅力的である。奥の土地の一緒に買うことができれば間の医道は私道のように使える。 いずれにしても、奥の土地の所有者にとって、一獲千金の大チャンスになること間違いなしです。もしこれが狙いで奥に入り込んだK社の裏側を購入しておいたというのなら、すごい、予知能力だと思う。 PT.N会社もまだキャンセルしていないので、交渉権の一番目を保持している。これも、裏側の土地を含めて書くことができれば、工場の裏表に出入り口を作ることができ、入荷口と出荷口を別にして、原料から出荷までを一直線にすることができる。このことは、PT.Nの隣のPT.S社も全く同じことが言える。http://nanbuindonesia.web.fc2.com/newpage108.htmlhttp://www.k4.dion.ne.jp/~enplaind/PT,NANBU PLASTICS INDONASIAの会社紹介 昨日の押出工場の様子です。なぜか、青く映ります。蛍光灯のせいでしょうか。実際には、緑の雰囲気です。環境を整えることを優先します。 孫と静岡の自宅の庭のちょっとした林の中です。
2010.03.28
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斜めからインドネシアを眺めよう 558 PT,PARAMOUNT BEDのお手伝い(日本から輸入していた押出成形品のインドネシア国内調達)を初めて、10年ほどになる。当時、社長の坂本さんから何とかしてほしいと頼まれ、難しい製品だったが、何とかお手伝いができるようになった。 今日、ジャカルタ新聞トップでも紹介されているインドネシア奮闘記とでもいうのでしょうか、私は、先日のお別れパーティーで受け取り、一気に読ませてもらった。その本は、いま、日本から来た若者に参考になるようにと渡してある。 坂本氏の動きについては二三年前にわたしのウェブサイトで紹介してあります。同じ昭和18年生まれの同期生として、目標にしていたし、刺激を常に与えられていた。逆にわたしも坂本氏に大きな影響を与えたと思う。 P.BEDの坂本さんがインドネシア中を走り回って会社を留守にすることが多かったし、アチェやニアスの災害の時などは長期でいなくなることが多かった。その時、留守を守った、細野さん、先日、坂本さんと同時に送別会を行った。真の功労者でした。そして、昨日、日本のP.BEDの国際調達関係部署に戻った。今後の検討を祈りたいと思います。彼には教えてあげることも多かったが、教えてもらうことも多かった。ご両人とも、インドネシアで、また近いうちに会えるような気がする。ベンケルサンジャヤという鉄工場で押出の金型や装置を作ってもらって、10年に以上に付き合いである・チビトゥンのMM2100工業団地と高速道路を挟んで反対側の一般国道沿いにある。今日は一回、昨日は3回でかけている。試作に時は修正が多く、自分たちで修正できないときには、金型を持って行って、手直しをしてもらう。トライを続けるために、持っていってすぐ直してもらい、何時間後かに受け取りに行って、その時に次に修正してもらう金型を持って行く、またそれを取りに行く、その繰り返しである。付き合いが長いし、友達のような付き合いだし、常に仕事を絶やすことなく頼んでいるので、修正は、持って行けば直ぐやってくれる。工場は明日明後日土日ともにオーバータイムである。その鉄工場へ行く道が幾通りかあるが、一番近いのが、直接、高速道路に掛る橋を渡って向こう側に行く道である。その橋の幅が中途半端で、バスやトラックは橋の上ですれ違うことができない。交互通行にせざるを得ない。渡るたびに思う。だれがどういう理由でこの幅に決めたのだろうか。この中途半端な幅の橋はここだけではない。高速道路に掛る橋のいくつかがこの幅になっている。その、悪名高い橋と鉄工場の様子です。
2010.03.27
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斜めからインドネシアを眺めよう 557 ちょっとだけ専門の話。プラスチックでインドネシア国さんはPVC(ポリ塩化ビニール)と、PE(ポリエチレン)とPP(ポリプロピレン)だけだと思う。PVCのおもな原料になるポリマーという白い粉はジャカルタの北の海沿いのタンジュンプリオク付近のコンビナートで日本企業が手伝って、作っている。PPとPEはジャワ島に西の端アンニュールにチャンドラアスリとトリポリタという会社のコンビナートがあり、やはり日系企業の指導で生産されている。 世界的に、オレフィン系の樹脂を主に不足しているようです。インドネシアへ樹脂が回ってこない状態のようです。例外はある。たとえば、PEでもLDPEは調達困難。しかし、LLDPEは比較的容易に入手できる。HDPEはやはりタイトです。PPでも種類により違う、HOMOは、全く不自由しない。押出用の原料の話ですよ。 溶融粘度の高い押出成形用の樹脂は需要が少ないし、製造コストが高くなるので、この原料タイトの時各社とも、まず、押出用の原料の製造をやめてしまう。カタログに載せてあっても、MIが低い樹脂は現在作っていないと言えわれてしまう。輸入も、同じことで、シンガポールや日本から主に輸入していたのですが、それらも、今輸入ができない状態になっている。困ったことになったと思っている。商社に見積もり依頼をしても、商品の手配ができないのでは、見積もりを頂けない状態です。出してもらっても、価格は一年前に比べると30%以上は高くなっている。 それを、何とかするのが私です。そして、何とかする方法についてはノウハウです。指定というか、今まで使っている原料と同じということで客先の承認は得る。原料が手に入らないので製品を提供できませんでは、供給責任を全うできない。押出用の原料が、この世にまだなかった時代、40年位前のことを考えてれば、今の状況はまだ、ましだと思っている。この方法で、P社向けの試作品が一部、完成した。インドネシアン子どもたちはその方法にうなづくばかりでした。お父さんの株が上がるというものです。 ニュートンサーカス(シルクス)Newton Circusの様子、大部分が駐車場になっていた。昔は、駐車場は見当たらなかった、小さなレストランが秩序なく広がっていた印象がある。
2010.03.26
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斜めからインドネシアを眺めよう 556 オーチャードストゥリートの様子。しゃれたお店が芸術的な雰囲気の中に並んでいる。買い物をしなくても、爺さんの私でも、チュチマタ(cuci mata)目を洗うことができる。というわけで、疲れたが、無事に日帰りでビザを取ることができた。 ジャカルタのイムグレで、ちょっと失敗あった。出国した時に受け取った入国カードの半券をそのまま、出してしまった。新しい、ビザを収得したことに気がつかれ、新しいカードに書いてくださいと言われてしまい。何枚のカードを持っていたので、直ぐ書いて出しなおし、イムグレを通過したが、受け取った出国カードにKarawangと書かれていた。この半券は、パスポートとともに、カラワンのイミグレへ提出し、住民票を貰う申請をするという意味です。ジャカルタのエージェントが分かるでしょうか。私の予想ではジャカルタのイムグレへ申請をしてしまうと思うし、私も、ジャカルタまでいって指紋を問われたりする羽目になると思う。予想が的中しなければいいと思う。 試作が行われている。ギリギリの納期でやっているので、全員が焦っている。納期にはどうしても間に合わせたいので、今度の土日は出勤である。装置の準備も、綱渡り的きわどさで進められている。メンテナンスの人をもう一人増やしたいが、可能だろうか。なんといっても、なかなか動いてくれない人が手配する役目になっているので、障害物競争をしながら、スタートダッシュという難しいレース状態になっている。インドネシア人従業員が全員、不満に思っている。わたしがやるならとっくに終わっている事の大多数がいまだに目標日を明らかになっていない。PT.KITAの四人の契約社員4人の契約が今月いっぱいで切れるので、また、三カ月延長に6月末になった。また、いなくてもいい代表者の帰国も6月末以降になることも決まったようです。こんなものでしょうか。 スタートダッシュができていないことを感じる。オーバータイムも何か言われそうで、申請を堂々と出せる雰囲気になっていない。従業員の皆さんには、この一連の仕事が終わったら、PT,NANBUとしての押出部門の自分勝手なオープニング食事会をしようと餌をぶら下げてある。http://nanbuindonesia.web.fc2.com/newpage108.htmlhttp://www.k4.dion.ne.jp/~enplaind/PT,NANBU PLASTICS INDONASIAの会社紹介
2010.03.25
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斜めからインドネシアを眺めよう 555 地図はなく、昔の記憶で、広い道に沿って右へ行けば、着くことは分かっていたが、その他に別の記憶があって、手前で、右に曲がれば、斜めに最短で行けることになっていた。それが、迷う原因になってしまった。後で分かった事だったが、シンガポールの道は、曲がりくねっていて、意識できない状態で、方向が変わってしまうことを意識していなかった。ドンドン遠のいていってしまったのでした。道端の測量や工事をしている人に道を聞こうとしても、知らない人が多く、また、英語もマレー語もできない人ばかりで、全く当てにならなかった。表示もほとんどなく、あっても、何メートルとか何キロという距離は全くいてない。看板によって、まっすぐ行けば行けるとわかった後でも、三差路が出てくる。そこには右か左かの案内が無い。 最後に、500m先のこの道の右側にあると言われて、そのつもりで、行くと、400mくらい先で、道が右側に直角近く曲がっている。その道の右側は、住宅地が続く、実際にはその道の左側にあった。しかし、さっき、教えてもらった場所からの方角はさっきまっすぐの状態の道の右側になる。人の見方や思い方は違うんだと、思って、首をかしげた。決して、彼らが言ったことはまちがいではない?のかな? 到着して、食事をし、オーチャード通りへ戻るときには、昔、従業員とわいわい言いながら帰った道をそのままだったので、まったく、問題なく、30分でイセタン辺りに戻った。それにしても、昔はその通りの両側に目立つ高さのビルはなかったが、現在は、全部が高くなってしまっていて、緑が少なくなり、イギリス領だった紳士的な町並みは消えてしまっていた。ラッフルさんもビックリでしょう。 そのホテルに泊まったわけではなくロビーで待ち合わせただけだったので、部屋の様子か知らないが、さすがにシンガポールのホテルである。ロビー近くのトイレの小便器の下にタオルが敷いてあった。このようなトイレは今までに出会ったことがなかった。思いついても、なかなかここまでしないと思う。 インドネシアもそうだが、外と建物の中の温度差が大きすぎると思う。そう思うのは、私だけでしょうか。外を歩いて汗びっしょりかく、きている服が汗で濡れる。その状態で、デパートに入ってレストランで食事をし、一時間後には汗はしっかり乾いている。そして、茶色のシャツのあちこちに白いしみがついている。塩である。そのまだら模様のまま、外に出る。また汗をかいて濡れて、その白が消える。一日のうちに何度か繰り返し、インドネシアへ戻って来たが、最期は、白い部分が、シャツ一杯に広がっていた。まるで、塩田現象である。 サトウキビの搾り機、ステンレス製の製麺機の様なもの、30cmほどに切りそろえた、サトウキビを三四本掴んで何回も通す。手つきは鮮やかである。
2010.03.24
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斜めからインドネシアを眺めよう 554 03:00起き、デルタマスの家を03:30出発、空港へ向かい、04:45にターミナル2に着いた。06:19発でシンガポールへ出発。PT.NANBUとしての労働ビザを収得するためでした。前回、PT.MAKUTAとしてのビザ収得の時と全く同じ行程でした。オーチャード通りの高島屋の近くのホテルのロビーで待ち合わせて、受け取った書類とパスポートを渡し、17:00に同じ場所に戻って、ビザのカードが張られたパスポートを受け取った。問題はその間の時間をどう過ごすかである。シンガポールに知り合いは何人かいるが特に呼び出して、話をすることもないし、食事を共にする間柄でもないし、彼らは町中にいないので遠くから呼び出すのも気が引けるので、一人で過ごすしかない。 タクシーに乗る前に、空港で、Rpからシンドルにチェンジしてみた。できた。何となくうれしかった。五十万Rpだけだったので、オーチャードと空港往復で五〇シンドルを使うので土産物を買うには足りなかった。町中で一万円を両替した。150シンドルを受け取った。67円が1シンドルということを知った。 どう過ごした方かというと、ニュートンサーカスへ行ってみることにした。20年ほど前だったと思う。太田化工の社員旅行で、シンガポ-ルにきた。そのとき、高島屋付近のホテルへ泊まり、ある夜、私、一人で、ワニに肉を食べて見なくなり、地下鉄に乗って、ニュートンサーカスまで行き、ワニの肉のスープなるものを食べた。鳥のささみのようで、ワニかどうかを確認する方法はなかったが、とにかく、これは正真正銘のワニだとレストラン(屋台に毛が生えたようなもの)の親父が言っていたので信じた。その日の夜中に、従業員に話をしたら、嘘でしょう、本当ですか、と、疑われた。現在の社長や工場長です。しゃくに障ったので、じゃあ、明日、連れて行ってやると約束した。もし、明日、ワニが無ければ、嘘になってしまうところだった。実際、5人ばかり連れて行って、そのオヤジに昨日のようなワニをと頼んだ。 メーニューには載っていない。その時、そこに店に準備もしてなかった。困ったと、思ったが、親父さんが、30分待ってくれ、近くの知り合いのレストランに有るはずだからといて、取りに行ってくれた。皆に、本当だ、うまいうまいと言われてほっとした。そういうことが有ったところへ、今日はいってみた。全然雰囲気が変わってしまい、昔の素朴さが無くなってしまい。ジャカルタにもどこにでも有る。個店が並び、そのうちの一軒や二軒に注文し、テーブルまで持って来て貰うシステムになっていた。丁度、昼ごはん時だったので、近隣のサラリーマンで結構にぎわっていた。場所は変わっていなかった。 その中の、一軒でサトウキビの絞り出しジュースを売っていた。子供のころ、家の裏の畑にサトウキビが植えられていて、良くかじったものでした。その時の甘さと青臭さが入り混じった、飢えてた頃の懐かしい味を味わった。今回はワニではなく初めてのサトウキビのジュースでした。 サトウキビジュースと湾岸埋めたて地の新名所?http://island.geocities.jp/enpla_indonesia/newpage0100.html各種必要申請について書いてあります。
2010.03.23
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)斜めからインドネシアを眺めよう 553一昨日はエアーチケットを二種受け取った、ひとつはシンガポール、もう一つはPalangkarayaシンガポールはワーキングビザ収得のため、四回目である。パランカラヤは純然たる観光というか、旅行です。カリマンタン トゥンガーだが、南です。バンジャルマシンに近いが、ジャカルタからバタビアしか出ていない直行便で行くことにしている。何があるのか、私も、まだ、知らないが、とにかく行ってみる気になったので、行ってみて、何があるのか、聞きながら、界隈を徘徊しようと思っている。私流です。いずれも、いつかは書かない。事後報告にする。庭の花(名前は知らないが、アジサイの原種に近いような気がする)とバナナ(テンプラ用の種類)バナナは、次から次へと収穫できるが、10本ほどある木(木というのかどうかわからない)が全部、そのまま食べる種類ではないので、あまりうれしくない。ところで、四月末で今のところの契約が切れる。二か月ほど前から、次の住処を探していたが、つい、一週間ほど前に、分譲住宅を買うことに決めた。今の家賃は二万円ほどだが、十年払い続けるなら、このあたりのインドネシア人が住む、高給住宅地の一軒家を買える。そこで、買うことにした。200平米の土地に2DKの120平米の平屋が乗っかって、240Juta(およそ240万円)です。収得税は5%で、たいしたことはない。固定資産税は一年、三万円ほどです。インドネシアに後何年居るかは断言できないが、おそらく、二年ぐらいでしょう。日本へ帰ることになるでしょうが、年に何回かは一週間とか二週間のインドネシア滞在が必ずあると思うので、この家を別荘の様に使えば、経費の節約になるし、余計な手配や心配をする必要もなくなる。元気で、仕事ができる体調が続く限りは、役立たせることができる。バナナやドリアンやマンガの様な実がなる植物を植えたいと思う。また、インドネシア人に貸して置けば、家の状態も保つことができるし、私が泊る時は準備や世話をしてもらえるし、一人孤独でなくて済む。そのお金はどうするかって?その位は、インドネシア内でかき集めれば湧いて出てくる仕組みになっているので大丈夫、日本から送ってもらう必要はない。会社に家賃の負担をしてもらう必要はないので、私の部門の固定費を下げることができる。良いことばかりである。ジャカルタやその周辺都市の高い家賃のアパートに住む、一般的な日本人には、私の様な生活はなかなかできない。
2010.03.22
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斜めからインドネシアを眺めよう 552 決して下手クソばかりではないが、下手クソ、大歓迎という、趣旨の会ということで、時々馬券賞金の提供者として出席しているアクラブ会のコンペに参加した。一か月ぶりのカラワンインターナショナルでのゴルフである。成績は横に置いてカラワンインターナショナルゴルフの様子を書く。まず、メンバーの皆さんの評判から、食事がまずくなった。カラワンゴルフは他に比べて暑い。カートを使わない方が普通なので、後半、疲れがたまってくる。これらが悪い方の評判です。いい方の評判は、余りないが、大きいのは、会員権の獲得費用が安い、3~4千ドル(名義変更料を含む)で手に入れている人が多い。それだけ、メンバーになっている日本人が多く、手放したい人も多いかららしい。年会費はメンバーで五百万Rp、一年会員は千四百万Rpらしい。これも、他に比べると安い。 今日ゴルフ場へ払った金額は、朝、緑茶を飲み、それを含めて八千円くらいでした。キャディーへチップと参加費と馬券費で総額、一万一千円くらいでした。カート道は整備されて、使うこともできるが、使えば、千円ほど余計に払わなければならない、ジャバベカと同じ価格帯になってしまう。私の印象は、そんなことで、日本人のメンバーが圧倒的に多く、インドネシア人や韓国人、欧米人を見ることは殆どない。コンペも日本人関係のものばかり、インドネシアの経験が少ない日本人にとっては、一番、気楽にできる場所だと思う。 コースは27ホール有り、ジャスミン、オ-キッド、ロータスです。コンペを二グループら三グループに分けてスタートすると難しさが違って不公平の様な気がするが、それを、いう人はいないようです。 グリーンが難しい。これはその時々の印象なので、印象は分かれると思うが、私にとっては、難しい。微妙に曲がることと上り下りの程度を読みにくい。一メートルくらいの斜面の横に着けた時、ワンパットでは、全く入らなかった。方向と距離がぴったり会わなければ入らないわけだが、それが、難しい。 微妙な上り下りのコースが多く、歩きなので、ロングホールを登り続けるのは大変。いい運動になるが、 微妙な上り下りのコースが多く、歩きなので、ロングホールを登り続けるのは大変。いい運動になるが、疲れてしまって、疲れていなくても飛ばないボールがなお飛ばない。あきらめているが、それでも、歯がゆい。本日特筆すべきことは、私がドラコン賞を獲得したことです。というのも、13人中私だけがフェアウエーをキープしたのでした。一組目だったが私は、恥ずかしいから、名前を書かないで欲しいと頼んだが、万が一のことがあるからと言って、チームリーダーが私の名前を書いて旗を立ててくれてしまっていたのでした。上がってみたら、その後の人たち全員まっすぐ飛ばなかったそうで、私の旗が残ったということでした。ちなみに130m位でした。 カラワンバラットのゴルフ場とは反対側のKIIC工業団地の入り口付近。チビトゥン出口、MM2100と反対側の風景、カリマラン川に架かる橋の上。
2010.03.21
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斜めからインドネシアを眺めよう 551 PT.PARAMOUNT BEDとのお付き合いは、PT.KITAGAWAが近所だったので、進出した1996年にご挨拶に伺った。その時、坂本社長と初対面でした。押出製品はその時頼まれましたが、設備が整っていなかったので、その時は、出来るような設備が入るまで待ってほしいと話した記憶があります。その後、坂本社長はどこかできるところはないかと探したはずです。しかし、インドネシアでできるところがありません。1999年にできる大きさの設備を入れたので、出来るようになりましたと,言ったところ、早速、作ることになったのでした。その後、十年以上過ぎても、P.BEDさんが使う押出品を作ることができる日本人は私だけですし、インドネシア人では私の子供たちだけです。http://www.k4.dion.ne.jp/~enplaind/newpage036.htmlP.BEDさんに関するページです。 KIICの某S社を訪問した。今月、実に四回目です。最初は、インドネシア人の購買の人にアポを取って行ったところ、急な会議があって会いないと言われてしまった。二回目はその、インドネシアジンスタッフに会うことができた。ところが、押出製品のICケースについての知識は全くない。話すことすべてが、トンチンカンで、話にならなかった。この人、大丈夫じゃないなと、思った。三回目は、インドネシア人は頼りないから話をしても仕方がないと思い。以前、購買だった日本人にアポをとり、訪ねた。ところが、その人、今は購買ではないと、訪問してから、言われてしまった。それなら、電話で、アポ取りをした時、言ってほしかったし、今の購買の日本人を紹介してほしかった。何かこの会社は変。やっと、その時、購買の人を教えてもらった。それから。一週間後の今日、その購買のMさんに会うことができた。 四回目にしてまともな相手とまともな話ができたと思う。約四年前からの係わりの話をし、今後、どうするつもりなのか、尋ねた。インドネシア内の調達が目標になっていることは確認できた。そして、私の条件も話した。後は、反応待ちである。 今日のオマケは、その、S社に入ったときの様子がただ事ではなかった。従業員の殆どだと思うが、外の広場で、秩序なく、佇んでいた。何をしているのだろうか、何かを待っているのだろうか。警備員の受付に車を横付けした時、聞く前に彼らから火事で避難していると言ってきた。 取りあえず、Mさんに会いに来たと告げたら、会える状態かどうかわからないが、ロビーへ行ってくださいと言われ、行ってみたら、誰もいない。ゴムが燃えたようなツンとする臭いが充満していた。煙や炎は見えないが、とにかく、工場の中に刺激臭が充満し、中にいることは耐えられないので、全員が外の避難していたようでした。Mさん、直ぐに現れ、まだ臭い、会議室に通され、前述したとおりでした。 開示室から約45分後の出てきたときは、臭いが軽くなっていて、車を正門に移した出るときには外にいた従業員は居なくなっていた。全員、持ち場に戻ったのでしょう。http://www.k4.dion.ne.jp/~enplaind/援助する会社、始まる会社PT.NANBU PLASTICS INDONESIAの仮ウェブサイトです。 チカラン バラット インターチェンジ近くの陸橋の上でゴルフをしている。KIIC S社の避難風景。
2010.03.20
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斜めからインドネシアを眺めよう 550一つ、不思議なことは、また、納得できないことは、綺麗ではない工場では碌な製品ができない、という考え方です。ひらめきで、今までできなかったものができるようになった。チェック方法を思い付かずに、NG品を取り除くことができなかったのが、底工場では他にないチェック方法で、不良品を取り除くことができるようになった。ということと、工場が綺麗ということと。全く、別物だと思う。綺麗にするなら、お金をかけて、人を掛けて、きれいにすればいいのです。そこで、素晴らしい、他の会社ができない製品が、できる、出来ないは、人が違うし、綺麗とは全く関係が無いことだと思う。製品ができてから、綺麗にするなら、他の綺麗にする専門の人が来て、綺麗にすればいいことです。 こういうことがある。原料を至急取りに行くためにトラックを借りて、早朝、出発させた。そのトラックが先方に到着する寸前に、会社のある事務の人が、そのトラックのレンタル料金が高いと言って、その人の許可なないと言って、キャンセルさせた。トラックは呼び戻され、安いレンタル料のトラックを借りて出直させることにした。キャンセルしたトラックとこれから行くトラックが昼過ぎの会社へ到着した。しかし、相手先の倉庫は15:00に閉まってしまう。13:00ごろ出発しても15:00前には到着しない。だから、今日中に原料を手に入れることはできなくなった。今晩からの生産は原料が無くなってしまって、出来なくなる。早くいて明日の昼過ぎ再開になる。手配が、遅れたことは、生産量の変化や注文の遅れであることだが極力、余裕を持って手配しておかなければならないことは承知の上で、今回は緊急だった。そのつもりで、手配したのに、事情を知らない人がキャンセルしてしまった。私のサインは何だったのでしょうか。キャンセルしないで、今回は、そのまま、使って、次回からはその安い車を借りるようにすれば何事も起きなかった。だれも、不満が無かった。ところが、キャンセルさせた本人は、荷物を載せる直前だったという話は、聞いていなかったという。インドネシア人のそこにいた人すべてが、目的地についていることを言い、そこから、キャンセルするのかと確認したと言っている。完全に、話が違っている。私はその人のインドネシア語は殆ど駄目だと思っているので、インドネシア人を信じる。 PT,P社で、大活躍をした現会長の坂本氏と工場長で中を指揮った細野さんが今月いっぱいでインドネシアから去ることとなり、その、お別れ会がジャカルタのグランメリアで行われた。長きにわたって活躍されたので、知り合いの方も多く、たいへん盛大に行われた。まだまだ、会長は引退には早すぎるので、また、インドネシアへもどられるのではないかと予想します。 ジャカルタ、ガトゥットゥスブロトの3イン1の手前の使われていないバスレーンを通って、ホテルに向かう。坂本会長を囲んで。
2010.03.19
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斜めからインドネシアを眺めよう 549 朱鷺がテンに襲われた。ケージに隙間だらけ。これではテンに限らず猫や鼠や色々な動物が自由に出入りできるようにわざとしたように見える。色々な点で間抜けな呆れた話だと思うが、ニュース的にはそういう風には報道されていない。これから、真剣に取り組むと言った、報道になっている。おいおい、そんなものですか、日本の鳥類や自然動物の研究者の知識が結集されて作られははずのケージが穴だらけ、どこから入ったか確認する必要があると言っているらしい。常識的には、素人でも、穴があいていて、頭場はいれば体全体が入ることになっている。5cm直径があれば、テンは入ることができる。調べるなんて言っていないで、直ぐに閉じたらどうですか。 cctvの画面にテンが映っていたその日に襲われたと言っているが、信じられない。ずっと以前からcctvに写されているはずである。その後も、何回か入っているようなのに、cctvのことには触れていない。これ変、粘着テープにテンの毛が付いていたことが確認されたという。そんなことはどうでもいいことで、早く、隙間を無くせば入ってこないのだから、やればいいのに、何をしているのでしょうか。 ケージを作った業者も変に思わなかったのでしょか、人がはいってこなければ問題ないと思ったのでしょうか、完成時に、チェックした、そこの施設の責任者は何をチェックしたのでしょうか。まさか、テンやイタチが金網を登れないと思っていたとは考えられないし、土を掘って侵入するとも考えなかったのでしょうか。お粗末、の、一言です。 億単位のお金を投入しているのでしょう。ヤント君からのメールを紹介します。涙は出ませんがでそうになりました。 太田さんへこんにちは。毎日、大変お忙しいと思いますが、お元気で過ごしていますか。静岡では日ごとに暖かくなりました。そろそろさくらの季節が迎えます。昨日、静岡産業大学の卒業式でした。お陰さまで私は無事に卒業することができました。太田さんは卒業式に出席できなかったのは残念ですが、ユニーさんと子供が来てくれました。 あっという間に6年間が経ちました。振り返ってみると、私はここまで成長して、頑張っていたのは決して太田さんの存在が無ければ、叶わぬままの夢でした。私は「ありがとう」しかいえません。将来のことはまだ分かりませんが太田さんに誇れる仕事をやりたいです。4月から県大院生になります。研究を重ね、努力をして、夢を実現したいと思います。母国の外務省の仕事を目指して、頑張って行きたいと思います。どうぞよろしくお願いします。ヤントユニーさんとは、三年前までヤント君と同じように6年間手伝った女性で、今は、太田化工の従業員と結婚して清水に住んでいる。彼女もインドネシア人の学生の相談役になっている。ヤント君のお姉さんとして参列してくれたのです。
2010.03.18
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斜めからインドネシアを眺めよう 548ヒンドゥーの正月?最大重要の日です。バリ島やロンボク、ジャワ島の東端にヒンドゥーの人が多く、各寺院や自宅の寺院では派手な装飾を施し、最高の民族衣装を着けて、前日まで祝いの行事を行うが、当日は、何もしないことになっている。外出はしない。もちろん仕事はしない。仕事をするのは病院関係者と救急車、消防関係者だけである。ウングラライ空港の閉鎖になる。それらの地域の他の宗教に人達も、これには協調し、行動を会わせる。ホテルに泊まっている人は、ホテルの出口から一歩も出てはならない。ホテルの敷地内で過ごすしかない。プールやプライベートビーチで過ごすしかない。港もクローズなので、ジャワ島やロンボック島へも行けない、もっとも、港や空港へ行く手段もない。とにかく、何もできないので、家から出るなということである。私は一度、この状況を経験したことがあるが、ホテルのレストランも従業員がいないので閉鎖、食事は前日真夜中以前まで開いているコンビニで買いこんで備えた。当日、ホテルの出口から出ようとしたのではなく、ちょっと外の通りをのぞいてみようと出口へ歩いて行ったら、私が外に出るのではないかと思い、泊りこんでいた従業員が走ってきて、私の前に立ちふさがって、出ないで下さいと言っていた。その日の到着や出発は無いのですが、その前後の催しを見に出かける観光客も多いのですが、そういう、目的で行くならいいのですが、知らないで行って、何もできなかったという観光客も多いと聞いている。この期間、安いからといって、知らないで行くことが無いようにご用心。ISOのトレーニングが、始まっているが、人数が少ないので、現場にトラブルがあったときに抜け出して解決しに行くことができず、ちょっと困っている。残業で問題やトラブルや故障を解決してもらうしかない。従業員の皆さんには負担を掛ける。この時期に人を増やすというわけにもいかない。直ぐ誰でもできると言う仕事ではないからです。http://www.k4.dion.ne.jp/~enplaind/援助する会社、始まる会社PT.NANBU PLASTICS INDONESIAの仮ウェブサイトです。ジャバベカゴルフのキャディーと入り口ロビーの風景です。
2010.03.17
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斜めからインドネシアを眺めよう 546 以前の繰り返しです。インドネシアの日本人の中で、一般的に行われているお遊びの賭けがある。これは単に勝負の面白さを増して、ゴルフの勝負的要素を増すためである。お互いに賞金を出し合うようなものである。ショートホール以外のハンデキャップを一にするとかニにするとかに決めて、毎ホールごとに勝った負けた引き分けとか判定し全体で何点負け、何点勝ちで一点2千Rp,3千Rpにし、賭けをする。お遊びの賭けである。前半後半で勝ち負けと全体の勝ち負けでそれぞれ5万Rp賭けるのもある。これも、ハンデを決めておく。 日本なら1点100円が相場だがインドネシアでは20~30円ということになる。その他に、必ずする勝負がある。オリンピックです。ワンパットで入れば得点します。遠い人から金、銀、銅、鉄で4,3,2,1点です。ゴリーンの外から直接入れれば、ダイヤモンドで5点です。その他にショートホールのニアピン賞です。ワンオンで、パー以内で上がれば3点を獲得する権利ができます。しかし、消防隊とか消しゴムと言って、ワンしていない人がパーで上がれば、ニアピンの権利を持った人はバーディーで上がらなければ権利が消えてしまいます。ワンオンしていない人が、ダイヤモンドで入れてバーディーを取れば、その時点で消えてしまいます。ニアピン賞は持ち越されます。最終的に4階建てになって、12点になることもあります。 砂1はバンカーから一回で出して、次の一打で入れば、3点獲得できます。竿宣言で、一発で入れば3点獲得できます。ただし、3パット以上たたいた場合は-3になります。これだけが自由選択の権利です。オンしていなくても宣言はできます。 多い得点ケースはニアピン4階建てで、ワンオンして竿宣言して、オリンピックが一番遠くて金、バーディーで上がれば12+3+4+3=22点です。また、砂1でダイヤモンドで竿宣言し、バーディーなら3+5+3+3=14点です。私は、 私はショートホールのワンオンの可能性は少ないが、バンカーから一発で出して竿宣言しオリンピックの得点を足し7~8点を取ることは良くあります。グリーンまわりのバンカーは気にしないというより、得点のチャンスだと思います。 その他にも、色々、勝負の種類はあるようですが、あまり、複雑にしても意味が無いので、一般的にはここまでです。日本静岡カントゥリー島田の10番の冬景色とジャバベカの10番です。やはり、ジャバベカの方が良い。四人の時の最終計算方法 (各人のポイント×4)-(A+B+C+D)ゴルフでかっかとして、キャディに当たったりしないでください。自己責任が基本です。
2010.03.15
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斜めからインドネシアを眺めよう 545ジャバベカゴルフの永久会員になっているが、それでも、年間8万円くらい払います。会員としてのプレー費は20万Rp(2千円位)払う土日でも平日でも午前午後でもこれは変わらない。というのは、キャディフィーとカートフィーだけでプレー費は無料だからです。非会員との差は、7500円位ですから、年間12回ここでやれば非会員よりお得になるという計算です。どこにもあると思いますが、1年会員制度があります。年会費18万円払えば、永久会員と同じ権利を与えられます。ですから、年25回やるなら元が取れることになります。私のジャバベカゴルフでの友人の多くはおそらく、月平均4回はプレーするので、年会員になって十分に恩恵を受けています。各いう私の、運動のために、三連休以上にはやりませんが、普通の土日はやることが多くやはり月平均4回以上はプレーします。十分、元は取っています。私がプレーする日に必ずプレーしている人たちがいます。そういう人たちは、私がいない日にもやっているはずですから、おそらく、月平均6~7回来ているのではないかと推測する。本当に好きなんだと感心する。他のゴルフ場でやる時は、コンペに参加するときです。カラワンインターナショナルが多いのですが、会員ではないので、プレー費が8千円くらい、チップやコンペの参加費を含めると一万円三千円くらいの出費になり、ジャバベカでやる時より、一万円余分に出費してしまう。それでも、月一回はコンペに参加せざるを得ないので参加しています。付き合いですから、仕方がありません。ジャカルタからボゴールへ向かう高速道路の両側や高速道路の終点からその先を含めて、10位はあると思う。軒並みプレー費はビジターで一万円以上です。遠いこともあって、コンペに誘われても参加しません。コンペで表彰式や食事がゴルフ場から出て他の会場でやる場合がある。そういうときにも参加をしない。他の人は、運転手を使っているので、負担にならないが、私の場合は、自分であっちへ行ったりこっちへ来たりでは負担が大きい。ジャバベカの場合、11:30から午後扱いになり、プレー費が五千五百円になる。多くの韓国人は食事をしてからスタートする。彼らは普通に喋っているようだが、日本人に比べると大声なので、目立つ。時には、大声で怒鳴る風景もある。日本人はプレー終了後の昼食とかち合うので、レストランがほぼ満席になる。タンゲラン方面の空港方面、ジャカルタ周辺に多分20以上はあると思う、アンチョールやハリム、1,2,3やスナヤン、ポンドックインダー、名前は忘れたが、ラグナン動物園の近くや北部の見本市会場の近くなど、これらは比較的安くて平均5千円くらいでできるのではないでしょうか、ただし、キャディーが男の場合が多いし、臭かったり、手入が悪かったり、狭かったり、なにか、不満を感じることがある。http://www.nanbu.co.jp/index.shtml 意味があるのかないのか考えさせられる情景です。バンカ島です。http://www.k4.dion.ne.jp/~enplaind/援助する会社、始まる会社PT.NANBU PLASTICS INDONESIAの仮ウェブサイトです。http://www.k4.dion.ne.jp/~enplaind/newpage%20top%204.htmlインドネシアで知っていて、お得な情報です。予期せぬトラブルに巻き込まれないように、こんな知識が必要です。
2010.03.14
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斜めからインドネシアを眺めよう 544スマトラ北西部のNIAS島の伝統的な建物部落です。アチェの大地震、津波で10万人以上の犠牲者をだし、その一年後に、ニアスも大地震と津波に襲われた。平地は大きな被害を受け、数百人の犠牲者も出た。ところが、この部落や同じような部落は何百年の伝統や伝説、言い伝えが生かされているのでしょう、高台に頑丈な住宅を作り、そこに住んでいる。すごいと思う。EJIPのある会社の方が工場見学に来た。まだ、披露するには早いと思ったが、是非というので、来ていただいた。当然、評価は低かった。これから、きれいにしてゆくにしても、今の速度では、相当、長引くと思う。金を掛けないで、いかに客先に好印象を与える会社にするかという難しい問題を解かなければならない。それも、出来るだけ早くである。半年後くらいが目途になるのではないかと思う。押出もかなり清潔に整った方向へ改善して行く必要がある。他にも一社訪問、この会社は、医療関係の会社なので、試作品を提供しても短くて半年、長ければ三年ぐらいのチェック期間が必要になる。それでも、サンプルは出さなければ何も始まらないので、出すことにした。まだまだ、これからいろいろなケースが出てくる。一つ一つ客先に様子なあわせて対応をしていく必要がある。環境にうるさいところ、そうでもないところ、製品を作ることは難しくなくても、うるさいところと応対することが難しい。物作りの話ではなく、環境作りの話になってしまうからである。内にも厚い高い壁がある。手の打ちようが無い。私がどうこうできる話では無いことなので、押出の一般管理費から、はずして欲しいと願っている。役に立つどころか、邪魔である。無い方がいいという代物です。私がインドネシアでお手伝いした会社の一つにPT.LIMA TEKNOという会社があります。その会社の大型水槽の枠組みの部品を押出成形で作りました。その技術的な話です。http://island.geocities.jp/enpla_indonesia/newpage0225.html日本NO1水槽メーカー“ジェックス”のウェブサイトです。今後も、何らかの形でお手伝いができたらいいと思っています。http://www.gex-fp.co.jp/
2010.03.13
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斜めからインドネシアを眺めよう 543西へ東へと客先回りに走り回っているので、一日が過ぎ去るのが早い。いい年して、落ち着かない日々が続いている。私が中学生のころ想像していた70近い年の自分とかけ離れた生活になってしまっている。日本から、PT.NANBUの社長になるKさんという方とお会いした。私より一つ年上で、南部上海をはじめ、多くの海外進出の先方を切った人で、二年前に南部を退職したが、今回、佐々木会長に頼まれて断れなかったのでしょう。射出の関係のトップになるとともに、PT,NANBUの顔になる人です。今回は、様子見で、本格的インドネシア赴任は来週末くらいからになると思う。決まっているスタッフはまだ少ないようだ、それとも、私が知らないだけなのでしょうか、もっとも、私が知っても仕方が無いことですが、射出の営業開始は、Kさんの意向によると思うが、来月に入ってからになると思う。これで、プレシデント ディレクターとバイス プレシデント ディレクターが決まった模様です。射出のプロダクションコントロールやマーケティングやPPICの担当者はまだの様です。明日がPT.NANBUにとってのハイライトになる。ちょっと早い感じもするが、客先にとっては、立ち上げかかっている会社を事前にチェックしておくことは重要なことだと理解している。多くのお客さんになる可能性のある会社のパーチャース担当者は知っていなければならない情報であり、上司に状況説明の材料を持っていなければならないからです。否応なしに、見学者が増えます。それなりの環境の整備を急がなければなりません。こんな街並みというか、部落があります。どこか分かる人は、インドネシアに大変詳しい人です。これらの家は築200年くらいと言われています。M8.6だったアチェの地震でもびくともしなかった。全然修理をする必要がなかったのでした。インドネシアにも、こういう文化があるのです。それに比べ現在の家の貧弱なこと、人が体当たりをするだけで倒れてしまいそうな家ばかりである。バンバン・ヘンダルソ・ダヌリ国家警察長官は十日、記者会見し、「ドゥルマティンJasad Delmatin疑者の母親のDNAと照合した結果、射殺した三人の一人はドゥルマティン容疑者であると判明し、十日午前十時、ユドヨノ大統領とブディオノ副大統領に報告した」と語った。 バンバン長官は「ドゥルマティン容疑者は、二〇〇二年のバリ島爆弾テロ事件の爆弾をアリ・イムロン死刑囚(二〇〇八年に処刑)とともに製造した」と指摘。「マレーシア人の爆弾専門家、故アザハリ容疑者(二〇〇五年に潜伏先で射殺)より爆弾を製造する能力が高く、遠隔操作で爆弾を爆破させる特殊な技術を持っていた。フィリピン、豪州、米国が指名手配していた」と語り、バリ島とジャカルタを舞台に起きた一連のテロの背景にいた大物テロリストであることを強調。 (ジャカルタ新聞より)
2010.03.12
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斜めからインドネシアを眺めよう 542タンゲランまで遊びに行ってきた。インドネシア人スタッフにまず挨拶をして状況を確認してから、日本人に接触するという方法もとる。この会社については、どんなものがインドネシア内から調達されているのか、どんな製品が未だに日本から輸入しているのか知っているので、特に日本人に様子をうかがう必要が無い。詳しい話はインドネシア人と話をして敬意を払うことが彼らたちをプライドを満足させる方法だと思う。 そこで、彼ら方頼まれたのは、自分たちに会社内で作っているチューブの検査ジグであった。その検査ジグを入手するのがインドネシアでは難しいことは分かっている。そこで、私は自分で加工屋に特注している。それを作って欲しいというのです。それは、出来ない。現在、他の会社に一部の生産を任せている。其の会社にそのジグを渡されては、その会社の問題点を解消してやるお手伝いになってしまう。私は、其の会社へ注文しているものも含めて日本から輸入しているもの全てを生産したいのですから。丁重にお断りして、PT,NANBUから見積もりを出すことにした。今、ジャカルタから戻ったばかりです。23:00、ブロックMの丸福という日本料理レストランで、射出成型の関係会社の食事会が行われた。元気会といいます。三カ月に一回の割で、集まります。いつも、同じようなメンバーで、変わり映えはしないが、今回は、PT.NANBUの紹介ということで、皆さんから注目されていた。かなりの商売の機械になると、皆さん期待しているようです。メンテナンス、周辺機器の会社が特に興味を示しているようで、一度、挨拶に行きたいと言っていた。PT,NANBUの進出についてはかなりの期待を持っているようでした。インドネシア以外にいる日本人にはどうでもいい場所で、知っている人はいないと思うが、インドネシアにいる日本人にとっては超有名な場所です。毎晩通う人もいるようです。かなりの金額を注ぎ込む人もいるようです。ブロックMは久しぶり、一年以上前だと思う、いつかは記憶が無いくらいだ。様子が変わった。新しい、カラオケやレストランがあり一番変わったのは、パサラヤ側の何というショッピングモールでしょうか、以前、カップやトロフィーを買った店が、全部その中に吸収されて、なおかつ,高層になっていた。駐車スペースが変わっていたことと、たこ焼き屋が路上に屋台だったのが、店の奥の方に入ってしまっていて、外からは見えなくなっていた。その、店の奥へはいって行ってたこ焼きを買った。一パック、二万五千Rp10個だった。22:00丁度にレストランからそこに出たが、駐車しているこる車は一杯だった。客は少なくなったと聞いていたが、それほどではないようだ、やはり、皆さん好きなのでしょうね。http://www.k4.dion.ne.jp/~enplaind/newpage%20top%204.htmlインドネシアで知っていて、お得な情報です。予期せぬトラブルに巻き込まれないように、こんな知識が必要です。ビザの入手が各種手続きの始まりということが分かります。
2010.03.11
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斜めからインドネシアを眺めよう 541工場が広いことは書いたが、お客さんが何組か見えられて、その都度、表の事務所まで、行かなければならなかったし、それが、私が関係していない射出部門のお手伝いで、呼んだ業者を案内しなければならなかったりで、歩き疲れた。良い運動になることは確かだが、あまりにも行ったり来たりでは嫌になる。 親しいメンテナンス屋さんに電気工事の発注をした。押出ラインを増設したは良いが、電線が来ていない。急いで、増設した機械も稼働できるようにしないとお客様に迷惑がかかる。ぎりぎりの対応をしている。お客さんの方も急いでいる。私も急いでいる。もっと早く,何とかしたかったが、組織に入ってしまうと、自分ではどうにもならないことが、沢山あるようになる。自分でやっていれば、とっくに準備ができているのに。 思うようにならないと言えば、ビザをシンガポールへ行って手に入れてくるのに、シンガポールで一泊する人がいる。というより、そういう人の方が多い。何故だか理解できない。そういう人がシンガポールで一仕事しているとは思えない。どちらかというと、インドネシアで仕事を出来ない人、仕事をしない人は一泊組である。 私は、早朝出発して、夜戻ってくる。シンガポールでは昼間、五時間以上暇になる、その間、打つ合わせがあるなら出来るし、散策も、もちろんできる。充実した時間を過ごすことができる。ジャカルタに住んでいる人なら、私より一時間遅く出て、一時間早く家に戻ることができる。それなのに、一泊とは、それを容認する人も甘い。容認する人も、一泊組なのでしょう。一泊して行ってらっしゃいと、言われたら、断る。弁当を10円値上げして、1000食分になる。5人分なら5000食である。http://island.geocities.jp/enpla_indonesia/newpage0100.html 一事が万事である。インドネシア人には厳しい。昼食の弁当は5000Rp(50円)でいい、6000Rpにする必要はないと言い。ちなみに、私は、その弁当を従業員の皆さんと一緒に食べている。作業服は上だけでいい、ズボンを与える必要はないと言い。三交代手当や夜勤手当は出さなくていいというし、安全靴を与える必要はないという。何が基準でそういうのでしょうか、私にはまったく分からない。 従業員を全員解雇して8カ月になる、私が、四年前まで、7年ほど手伝いをしていた会社の、外からの様子です。草ぼうぼう、表の大通りから見えにくい建物の後ろ側はニメートル以上の草が生えていて、見るからに廃墟と化している。隣の会社にとっても、迷惑だと思う。まだ、日本人はいるが、何もすることが無いに決まっているので、毎日草刈でもすればいいと思うが、そういう、気がきく人なら、会社を閉鎖しなければならない状態にはしない。私がいた会社としては非常に寂しい。売れる状態になってから、手入れをして人に見せられる状態にしようというのでしょうか。建物というのは、何も手入れをしない状態では、塗装がはげたり、雨漏りがひどくなったり、いざ、改修しようとした時、意外にダメージが大きくなっていて、費用がかさむものです。少しずつ、常に手入れをしていた方が結局状態は良く、安く上がるのです。機械の建物も使わなければ自然に壊れるのです。そういうことも、分かっていないようです。売る時の評価に影響するするのです。そういう、責任を感じていないのでしょう。 売れるような状態になれば、私が手伝って、10年前の状態に戻そうと思っているのに、いつ、それが、出来るか、見通しが立たない。
2010.03.10
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斜めからインドネシアを眺めよう 540今週は、客先になっていただきたい会社への訪問スケジュールで一杯です。また、P社向けの新規アイテムの金型が受け入れが始まります。また、若干大型の製品ができるように断面が大きい水槽も出来上がってくる。それらを使った試作が始まります。 また、今週の後半から、客先になっていただくよう、ご案内した会社からの当社への訪問、受け入れも始まります。まだ、ISOは取ってありませんが、トーレーニングは始まります。 直ぐ、背中合わせのPT.Aさんを訪問、5年間お付き合いをさせていただいたM氏は今週いっぱいで任務を終了し帰国するそうで、調度、タイミングが良かった。後任のF氏とお話しさせてもらうことができた。 午後は、直ぐ近くのPT.Hさんを訪問した。この会社の社長さんのMさん(スポーツマン風で好印象でした)の車にゴルフ場の駐車場で、私の車を接触させてしまった。それ以後,電話で様子をうかがっただけで、保険で直してしまたから、心配ご無用と言われ、それきりになり、お邪魔する機会もなく、失礼しっぱなしだった。PT.NANBUがオープンした時を機会にご挨拶にお伺いしようと思っていた。そして、今日がその時でした。バリのキンタマニへ北上する道(ファットマワティ通り)沿いの彫刻の店で、購入してあった。オランマル(恥ずかしい人)を持って行った。言い訳にふさわしいと考えたからです。 H社の別工場の方で、私が関係しそうな仕事がありそうなので、お手伝いできるかどうか、そちらの方へ訪問するようにアドバイスを受けた。Bekasi Baratの高速道路から出た処、左側にあるメロロポリタンマール(MM)とホテルホリゾンです。日本人も大勢泊っています。日本食レストランもあります。写真は高速側からと入り口側(高速と反対側)からです。1996年にこのあたりにはこの建物しか目立つものはなかった。http://4travel.jp/traveler/enplaind/http://www.k4.dion.ne.jp/~enplaind/newpage%20top%203.html 旅行記http://space.geocities.jp/enplaindonesia/newpage0001.html 写真集 http://www.k4.dion.ne.jp/~enplaind/援助している会社、仕事が始まった会社PT.NANBU PLASTICS INDONESIAの仮ウェブサイトです。3月1日、PT.NANBUから押出製品の出荷が始まりました。新たに5ラインが入って10ラインになりました。10日にもう二ライン入ります。射出はオリエンタルキョーワから購入した成形機を点検整備中です。今月いっぱいかかりそうです。
2010.03.09
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斜めからインドネシアを眺めよう 538 工場が広い。今まで仕事を手伝っていたPT.KITAGAWA PT.AFMIは工場一棟でせいぜい2千平方メートル位だったが、今度のPT.NANBUは大きく分けて現在5工場と事務棟があり、それぞれが平均二千平方メートルある。私たちの押出はせいぜいそのうちの千五百平方メートルを占有しているだけだし、工場正門から、もメインの事務所からも直線で200m位、道をたどって行けが300mはある。押出エリアに事務所を作って、そこで、来客を迎える以外は全て、対応する。製品や原料や資材の在庫も全部そのエリアの中に置く、EPTEになって問題が出ると思うが、それも、方法は考えてある。 そのエリアで、こじんまり、動けばトイレやお祈りもできるようにする。食事や着替えもそのエリアで済ませるようにする。従業員の無駄な移動時間を少なくするためです。 ところが、私はそのエリアにドカッと構えているわけにはいかないし、また、会社全体の事務所の奥の役員室にふんぞり返っているのも主義に反するし、居心地が悪くて落ち着かない。動きまわっていないと、窒息する、まるで、名前の通りカツオです。マグロもそうらしいが、回遊魚の宿命です。また、動いているときの方が楽しいし、従業員といっしょにいられるし、客先のインドネシア人とも、活発に接触することができる。 広いので、動き甲斐があるが、無駄な時間が多くなるともいえる。車で移動することになるが、様子を見て、自転車を買うことになるでしょう。今でも盛んに行われている海水からの塩の採集風景、日本では消えた?塩田です。インドネシア第二の都市、スラバヤに近い。インドネシアの全土に自生あるいは栽培されて、あるバナナ、種類は何百とあります。バナナの花もいろいろです、バナナの食べ方もいろいろです。花も食べます。花は早いうちに切り落とさないと、房が重くなりすぎて落ちてしまったり、バナナの付け根から折れてしまったりして、バナナ本体を腐らせてしまいます。 スマトラ西部のメダン、トバ湖からパプアのジャヤプラまで、インドネシア全土の東西南北、旅をしました。今も、機会があれば、まだ行っていない場所へ行こうと思っています。着々とページを増やしています。ぜひ、保存してご覧いただきたいと思います。 http://4travel.jp/traveler/enplaind/http://www.k4.dion.ne.jp/~enplaind/newpage%20top%203.html 旅行記http://space.geocities.jp/enplaindonesia/newpage0001.html 写真集 http://www.k4.dion.ne.jp/~enplaind/援助している会社、仕事が始まった会社PT.NANBU PLASTICS INDONESIAの仮ウェブサイトです。3月1日、PT.NANBUから押出製品の出荷が始まりました。新たに5ラインが入って10ラインになりました。10日にもう二ライン入ります。射出はオリエンタルキョーワから購入した成形機を点検整備中です。今月いっぱいかかりそうです。
2010.03.08
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斜めからインドネシアを眺めよう 537 その私の車は、納品や原料を買いに行くときにも使う。会社の運転手がいないときには私が運転手になって、納品することもあるし、ちょっとした急ぎに部品を買いに行くこともしばしばである。 事務関係の人や営業関係に人達は、会社の仕事で外出する時、自分のバイクを使っている。まだ、従業員が使う車が無いからです。総務がコントロールして、日本人が使う車を早く買ってそれを従業員の仕事での外出に優先的に使わせればいいと思うが、これも、考えているのでしょうが、結論が出ていない。 一週間過ぎただけだが、PT.MAKUTAに比べれば場所の余裕がある。色々な物の置き場所は、これからぼちぼち決めてゆく、当然、ISOの関係でも、場所については全員に分かるように表示もしなければならない。その他にも、立ち上げたばかりです。いろいろ、あれもやらなければ、これもやらなければと、思いは、焦りますが、やらなければならないことは分かっているので、一歩一歩、進めようと思う。 こういう状況で、私のインドネシアの娘、息子たちと一緒に仕事をするのは大変楽しい、気楽に冗談を言いながら、手ぬかりなく、環境を整えつつある。従業員の皆も私が上にいれば、安心で、気が休むに違いない。それぞれの責務に集中できる。“楽しくなければ仕事ではない”が私の主義、主張です。それは、自分だけのことではなく、自分と一緒に仕事をする人すべてが対象です。従業員が楽しく仕事ができなければ、私も楽しくない。そういう状態は仕事ではない。上に立つ人は、下の人が楽しく仕事ができるようにすることが義務だと思う。 そういう点で、部下が楽しく仕事をしているかどうかいつも気にする。インドネシア仕事を手伝った会社の全ての日本人はそういう点では、全く、私と正反対で、部下に緊張感や恐怖感を与えるようなことしかしないし、冷静を欠いて、怒鳴ってばかりいた。 今が、実の楽しい。 http://www.k4.dion.ne.jp/~enplaind/援助する会社、始まる会社PT.NANBU PLASTICS INDONESIAの仮ウェブサイトです。先ほどPT.NANBUから押出製品の出荷が始まりました。新たに5ラインが入って10ラインになりました。10日にもう二ライン入ります。射出はオリエンタルキョーワから購入した成形機を点検整備中です。今月いっぱいかかりそうです。 グリーンキャニオンのチジュラン川 パンガンダラン Bunga bangkai(ブンガバンカイ)ラフレシアアルノルディと地元の小学校の先生をしているイヨさんです。http://www.k4.dion.ne.jp/~enplaind/newpage006.htmlPANGANDARANを紹介しています。
2010.03.07
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斜めからインドネシアを眺めよう 537 来週から、二週間ほどかけて、客先回りをするつもりでアポを取っています。旧知の方々が多く、日本人に会うよりインドネシア人担当者に直接会って話をする方が多くなります。実際に大きな会社では、入れ替わり立ち替わりの日本人より、その商品の歴史やいきさつを承知しているし、和気あいあいと話をしやすい、皆さん、電話すると、どこで何をしている?と必ず訪ねてくれる。私も懐かしい。 実際、インドネシア人任せで日本から輸入している製品を話題にするので、日本人はその製品について知識が無いし、問題にしたこともない。上司に当たる日本人に電話し、製品の説明をし、その製品の輸入担当インドネシア人を紹介してもらい、直接話をするという許可を取って、インドネシア人スタッフに電話し、アポをとる、其の方が、日本人にとっても、知らないことに首をつっこまないで、現地調達できればその方がいいに決まっている。 私もそうだが、従業員皆さんの自分の携帯電話に頼っている。電話がいつ使えるようになるのか、はっきりしないうえに、使える電話の場所までは200m位歩かなくてはならない。FAXが困る。本当に200m先までとりに行かなければならない。ネットもまだなので、これも、個人が使っているXLかフラッシュなど、個人の携帯帯電話からアクセスしている。これに関して、何の、指示や手当もない。要するに、そういうことに気を使っていないのです。電話が無くて、既に生産や納品をしているのです。なにか、そこで、ありそうなものですが、何もない。 家探し、4月末で、今のところの契約が切れるので、新しい住処を早く探して引っ越しをしなければならない。一か月の家賃が1万5千円程度のところを物色している。しかし、どちらかというと借家より売り家の方が多いし、建物も、新しい。二百万円前後で、200の土地に120位の建物(一階建て、2LDK)が手に入る。収得税は5%かかるそうです。借りるのではなく,買うことに決めた。 家賃は二万円と設定して、会社から毎月二万円補助してもらうことにする。平均的日本人に掛けるお金は、家賃十二万円プラス電気代や、NHK代、お手伝いさんなど、家だけで、15万円以上になる。それを私は二万円だけでOKと言っているのです。あまり、書きたくないが、運転は自分ですし、車も自分で買ったものです。車関係に私個人に関する会社の負担はナシです。完全にボランティアです。PT,KITAGAWAの時もPT,AFMIの時もそうでした。それでも、こういう人だから、パワハラの対象になるのでしょうね。嫌味な奴と思われるのでしょうね。 監獄島のヌサカンバンガンからパンガンダランの半島を振りかえる。インド洋に面しているが波は穏やか、ここで、沖まで泳ぎ仰向けになって空を見上げてポッカリ浮いて流れに任せる。このまま、沈んでしまってもいいような気になる。実際に眠くなる。鼻から水が入って我に返る。http://www.k4.dion.ne.jp/~enplaind/援助する会社、始まる会社PT.NANBU PLASTICS INDONESIAの仮ウェブサイトです。先ほどPT.NANBUから押出製品の出荷が始まりました。新たに5ラインが入って10ラインになりました。10日にもう二ライン入ります。射出はオリエンタルから購入した成形機を点検整備中です。今月いっぱいかかりそうです。
2010.03.06
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斜めからインドネシアを眺めよう 536 マラソンでも100m競争でもスタートは重要である。スタートで遅れた人が最後に勝利する確率は非常に少ない。勝つ人は必ず先頭集団にいます。起業において幕引きやラストスパートはない。ただ、レースを続けるのみです。それも、常に先頭いることが心地いい。それが、スタートはゆっくりすればいい、徐々に加速して行けば先頭に立てる、という考えがあるとすれば、それは、間違いです。そうは考えていないでしょうが、スタートダッシュができないでいる。 ここの、仕事については先手必勝です。私の仕事の仕方として、“後の先“という方法もありますが、これは、あくまでも、その方法を取る人は、勝てる手段として、経過を想定できる人で、意識的に後手を選ぶのです。私は、卓球のサービスを先にするか、後でするかを選ぶジャンケンで勝っても”レシーブ“と言って、相手に、先にサービスをさせました。相手が勝ってレシーブとい事は稀なので、ほとんどの試合、レシーブから始まって、相手は、サ―ビスを先にできて、満足している。思う壺だと、私は思っていた。何故そうしたか、私のもくろみを分かる人はそういなかった。今のルールは知らない。ユニフォームも安全靴を含む仕事用の靴も発注した。靴は明日と届けられるそうだ。もう、作業に入っているが安全靴を使っていないで作業させている状態は危険で、私としては大変心配、安全靴を配布するまで、何事も起こらなければ良いがと思い。しかし、安全靴は与える必要はないと言って、なかなか、普通の靴も手配しないので、私が払って、与えるという手を使った。いつになるか分からない決定を待っていられない。今月の16日のヌピの休みを15日と振り替えることにした。月曜日一日だけ出るなどという事を不合理と考えない物がある。動きだしているのに、未だに動かない物があるが、それは、そのままにしておく。これらのことは、一か月以上前からお願いしてあったことだった。就業規則もまだ示されていない。永久にこれでなければなないというものではないのだから、一日二日でできてしまうと思うのだが、いつになるのかもわからない。作る気が無いと思うしかない。私は、PT,KITAGAWAの労働協約が良いと思っているので、PT,MAKUTAでは同じにしていた。一秒もかからない。PT.NANBUでも、通常勤務は一日7時間で、土曜日5時間一週間40時間でやっているが、三交代勤務の時間が示せれない。そこで、KITAGAWA、MAKUTAと同じにしている。ところが、不思議なことに今は土曜日を休みにしてしまっている。週35時間になっている。いいのでしょうか。仕事はいっぱいあるのだから、それなら、一日8時間にすればいいと思うのだが理解できない。 マリアさんの誕生日、彼女は26歳になった。早く子供ができるといいが、今回はどうだろうか、話題にしない。私は便利に使っているが、旦那のアリ君の心境はいかに。私がインドネシア常駐のあと二年の間に、出来れば、こちらに2人で住めるようにしてやりたい。そうすれば、私がインドネシアへ来た時に泊めてもらうことができる。 パームヤシと実、スマトラ島にプランテーションが広がっている。http://www.k4.dion.ne.jp/~enplaind/援助する会社、始まる会社PT.NANBU PLASTICS INDONESIAの仮ウェブサイトです。先ほどPT.NANBUからの出荷が始まりました。新たに5ラインが入って10ラインになりました。10日にもう二ライン入ります。射出はオリエンタルから購入した成形機を点検整備中です。今月いっぱいかかりそうです。
2010.03.05
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斜めからインドネシアを眺めよう 535 オリンピックが終わって、また、普通の番組編成に戻った。オリンピック期間中はNHKテレビを見ている外国に住み人はストラスが増すと思う。全く、オリンピックに参加できないうえに番組が、風景や街並みや、何とか教室みたいな味気ないものの再放送ばかりになるからである。放送権の関係で、そうせざるを得ないことは承知しているが、受信料を払っている方としては割り切れない。 会社のフォームや三交代の時間割や休日の設定など、本当は、3月1日には全部、準備出来ていなければならなかったこと、私の方からお願いはしたが、全く、動いてくれていない。自らが必要性を感じることができないので、すすんで、やろうとしないし、やるにしても、省略や不十分が多い。なにか、いじわるされているような被害者感情が生まれる。電話もLANもまだある、いったいいつになるのかも分かっていない。まだ、時間がかかると言うだけである。FAX機やコンピューターは私が買いにいって、既に必要数は準備してあるが、いつになったら使えるようになるのか分からない。わたしが、直接、業者とコンタクトを取るわけにはいかないので、困ったものである。何もしなくていいから、任せてもらって、邪魔はしないでほしいのが本音である。 ISOのQMS ISO 9001:2008 Dan EMS ISO 14001:2004 を収得するための行動に入った。5ヶ月後、7月末が目標です。そのころにはEPTEの、会社になっていることが、私の希望としてあるのですが、ちょっと、余裕を見てたのんだ。くれぐれも、遅れないように行動してほしいと思う。トレーニング15日スタート。ドキュメントは殆ど整っているので、スケジュールより早く、収得できるはずです。自分でやれば早くできるが、許可を取らなければならない人が途中にいると、余計な手間と、説明が必要になる。分かる人ならスムーズに行くが、分からない人で、自分がやらない人だと、いるだけで邪魔になる。 全て自分でやることとする。http://www.k4.dion.ne.jp/~enplaind/援助する会社、始まる会社PT.NANBU PLASTICS INDONESIAの仮ウェブサイトです。先ほどPT.NANBUからの出荷が始まりました。新たに5ラインが入って10ラインになりました。10日にもう二ライン入ります。 新たに入れた押出ライン。車のラジエーターの水が蒸発してしまって、エンジンがかからなくなった。高速道路を出た処で、ラッキーだった。料金所の事務所から水を貰って、直ぐ、なおした。
2010.03.04
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斜めからインドネシアを眺めよう 534 工場の工事の進み具合が私の想定よりかなり遅い。というのも、資材の手配が遅い。作業員が資材を待っている状態が続いていたので、工事の引く請け会社に何度も、現状を話し、早く手配するように頼んだが、動いてくれなかった。今後もこのストレスは同じ業者に頼めが増幅するでしょう。もっと、気のきいた手配をしてくれると信じていたが、期待はずれだった。どこの業者も、こんなものだろうか、どうも、ペースが違うようだ。この会社の色々な、必要品の手配も遅い。そして、何もしない時間が長い。チリの自身が日本に50年ぶりに影響があったように、風が吹けば桶屋がもうかる、の様な現象でしょうか。アポを取った会社へ出かけて行ったが、突然の重要会議で、面会がキャンセルされた。重大問題が突然発生したとか、車の小型モーターのメーカーから呼ばれていたので、面会のアポを取ろうと思って、担当の日本人に電話をしたら、今とりこみ中で当分外部の業者とは面会できない、三月中はだめだろうと、言われてしまった。その会社に或る会社から納めた製品が異物混入で、一ロット全部が返品になったという話は聞いている。まさか、其の事が原因で、一か月も掛けて対策を練るとは思えない。何事が起きているのでしょうか。また、車関連の他の会社にアポを取るために、旧知の購買の方に電話した。こちらも、取り込み中でしばらくは会えないと言えわれた。事情を深く聞くことはできない。こちらは、変だな、と、思うだけであるが、困ったものである。ここから、憶測です。T自動車の問題が、インドネシアの自動車関連会社にも大きな影響を及ぼしているのかもしれない。何が何か分からないが、とにかく、急発進に関係あるなしに係わらず、T社から、対策案の提示を要求されているのかもしれない。それで、何でもいいからそれらしい対策をひねり出す必要があるのでしょう。そういう社会だと思う。車の関連の上下というのは。ところで、私が運転しているキジャンもアクセルを踏んでもしばらく前進しない、アクセルをそれより強く踏むと急発進する。停車するとき、前の車から二三m離れることにしている。車輛保険にまだ、入っていないので、点検に行っていない。点検まで、注意して発進しなければならないと思っている。坂道発進のとき、オートマは簡単だが、私のオートマ車は緩やかない上りでも発進の時、バックしてしまうので、サイドブレーキを今は使わなければならない。変な状態である。この会社が何もかも遅いという中に車輛保険に未加入というのも入っている。また、海外傷害保険にもまだ入っていない。いつになるかも分からない。Otak-otakとPempekです。いじれも、魚や鳥や牛の肉のミンチです。インドネシアでは大変ポピュラーな食べ物です。
2010.03.03
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斜めからインドネシアを眺めよう 533 大河の両岸がはっきりしていない。自然に民家や一般道路に水が漂っている。その様子が余り深刻ではないようだ。三月の終わりごろまで毎年四か月ほどこの状態だとか。東側の広大な湿地帯の間をMusi川が蛇行している。雨季にはその三分の二の両岸が溢れだすという、洪水なのか、湿地帯なのか区別がつかないようだ。さすがに私の子供たちである。私が留守にしている間に全員が協力して、全設備の移動と、動かすだけの電気、水、空気のセッティングも終わっていた。今日から早速、三交代勤務が始まる。客先は待ったなしである。私が直ぐそばにいる必要が無いことも分かった。 S会長が、一日だけ見えられた、例によってジャカルタの渋滞で、08:30に着くはずが、10:30過ぎになってしまった。慌ただしく、会社の様子を眺め、途中、押出エリアに立ち寄ったときに、流れとして、押出の連中に集まってもらい、歓迎の挨拶をした。儀式的なものだが、無いよりは有った方がいい。会長を真ん中に皆さんで記念写真に収まった。 その後傘下に収めたEJIPのSプレス会社を訪問、そこの、日本人の方2人はアクラブ会でご一緒したことがあって、知らない仲ではなかった。そのあとの某プリンターメーカーにもご一緒させていただいた。PT,NANBUの射出の仕事は、これから、マシンの整備やシステムの整備をしなければならないが、押出の方はすでに、体制が出来上がっているので、直ぐにでも行動を起こす、その点で、今日、面会した日本人の了解を得たように思うので、早速、輸入しているアイテムについて、ローカル担当者と打ち合わせすることになると感じた。 会長は15:30頃空港へ向かった。忙しい方であるが、まったく、疲れを見せない。やはり、一味も,二味も違うこと感じたが、これは、見習おうとしてもできないことだ。これでなければ、こう、急発展はしない。私じゃとってもできない。http://www.k4.dion.ne.jp/~enplaind/援助する会社、始まる会社PT.NANBU PLASTICS INDONESIAの仮ウェブサイトです。先ほどPT.NANBUで押出の成形が始まりました。佐々木会長を迎えて、押出だけのささやかなスイッチオンを行いました。 インドネシアの押出成形業界の中心になる工場のスタートです。私としてはインドネシアへ来て、13年間ほど抑えるしかなかった知名度アップ(積極的な会社紹介)行動を開始します。パレンバン(スマトラ島南部)の旅行記をまとめました。http://nanbuindonesia.web.fc2.com/newpage107.htmlインドネシア内とインドネシアから出発した旅行記です。http://www.k4.dion.ne.jp/~enplaind/newpage%20top%203.html
2010.03.02
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斜めからインドネシアを眺めよう 532昨日とはうって替わって目的地に行くことができた。それも、アンペラ橋のたもとから、ポンポン船をチャーターして、Puleu Kemarao へいった。Musi川の川幅はこのパレンバンの街を通過する場所では500mはありそうで数千トンともわれるフリーや貨物船が行き交っている。石炭、天然ガス、小麦やコメ、その他、ガソリンや灯油、軽油を積んでいる船も往来している。正に大動脈である。100km以上下流のバンカ海峡にそそいでいて、マラッカ海峡に出てジャカルタなど向かう。ジャカルタ発の大型フェリーがぎりぎりの状態でJembatan Ampera(アムペラ橋)の真ん中を通過していた。私は思わず頭を下げてしまった。 両岸にはプルタミナのガスステーションやプルタミニが水の上に浮いた状態で作られていた。タンクローリー風の給油船も当然行き来している。その状態は、カリマンタンのバリトー川やマカカム川でもみられた。 大変活気がある資源搬出基地という感じで、嘗て、日本がこの土地を手に入れたかった理由が分かった。化石燃料資源が殆どない日本は南方に向かい、スマトラやボレネオ(カリマンタン北部)を先ず、手に入れたかったのでした。 30分ほど河口に向かうと目的の中華系のけばけばしい何重かの塔が見えてきた。直径は100mほどでしょうか、川幅の五分の一位でした。昨日の夜まで三日間、この島のお祭りがあって、お賑わいだったそうで、その名残で、ゴミだらけ、それを燃やす煙が行くぐるしくさせてくれた。塔は九重でした。上ることはできず。他にも、日本のお寺や陣所のようにお百度参りのようなものをしている風景も見られた。私も他の場所で、やったことがあるが、めんどくさいし、いちいち、紙を焼くのが嫌で、二度とインドネシアのブッディストの祈り方はしない。今回も、簡単に賽銭を投げて手を合わせただけだった。 それにしても、ここは裏切り観光地の候補に立候補させたい。土産物を買って、空港に向かった。otak-otakとpempekをCANDYという店で買った。Otak-otakは空港へ着く前に10本全部食べてしまった。Pempekの味はotak-otakと同じであるが、バナナの葉っぱに包まれていない。インドネシア人はいずれも、大変からいサンバルを着けておいしいおいしいと言って食べる。私は、辛いだけでおいしくも何ともない、何もつけないでそのまま立出た方がおいしい、ワサビ醤油で食べれば、なおおいしいはずである。私の、メールアドレスはotakatsuoとotak-otakを掛けてある。 装置の移転は終わり、電気などの接続も終わった。明日は、スイッチオンセレモニーが行われる。 Jembatan Ampera(アムペラ橋)をくぐる大型フェリーその名もJembatan Musi 1 Jakartaと言います。ご存知かた焼きそばIfu Mieです。リバーサイド レストランで食べた。http://www.k4.dion.ne.jp/~enplaind/援助する会社、始まる会社PT.NANBU PLASTICS INDONESIAの仮ウェブサイトです。先ほどPT.NANBUで押出の成形が始まりました。佐々木会長を迎えて、押出だけのささやかなスイッチオンを行いました。 インドネシアの押出成形業界の中心になります。
2010.03.01
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