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斜めからインドネシアを眺めよう 592 昨日は徹夜でした。なんとか、望み通りの製品を作ろうと思い、色々やってみましたが、結局、満足する製品はできなかった。しかし、ヒントは数々見つかったので、目塗りにつく前に、修正をし、起きて、会社に14;00頃、入ったときには再トライがインドネシア人の手によってなされていた。修正した方向は間違いではなかった、ただし、まだ問題があって、今夜もまた、現在、トライが行われている。バキュームは良く効くようになったので、厚くしなくても、形はできる。 こんな話をかいても、分かる人は一人もいないと思う。昨日も、カワンラマというインドネシアでは工具類をはじめ、各種工事道具、工事の安全に関するものを扱っている大手も、チェーン店です。そこの日本人が売り込みに来た。インドネシアの会社はちょっと規模が大きくなると、日系企業に売り込むために日本人の営業マンを雇う。インドネシアに長期で済む人を現地採用するのが普通です。それはそれとして。 その人が、押出成形ってなんですか。と質問してくれた。その他にも、大勢の方々から、押出?という顔をされる。知らないのが当り前です。 同じ会社の中で、技術的な知識を持たない事務的な仕事をするし人、技術でも押出以外の人は全く知りません。違いを知りません。ですから、それぞれが持っているシステムをおしつけようとする、拒否をすると、何故だ、と言われる。説明しても理解してもらえない。 22才 就職して直ぐ、上司から、なぜできないんだ、こんなものが?と、言われたことがある。その人が自分でやって、出来るかというと、出来ない人です。形は単なるコノ字型の単純なものでしたが、日本では、どこも、だれも、成功していない、というより、手がけていない樹脂で形状の製品でした。それを、こんなもの、と言われるのです。その人からの評価は最悪になるのです。 私にとって、相談する人や参考になる書物には、この仕事を始めて以来、一度もありません。孤独な仕事です。 よる10時ごろの工場と、我が家で収穫したゴレン用のバナナ、皆さんに分けてあげた。
2010.04.30
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斜めからインドネシアを眺めよう 591 その閉じた会社(実際にはまだ手放せる状態になっていない)を購入したいと、最初手を挙げたのが、今回来イしたVIPでした。昨日、その閉じた会社の代表者を訪ねて行ったようです。奇妙なことに、もう他の買い手に決まったという情報もあるが、それは信じがたい。最初の交渉権を持っている会社を差し置いて、他の会社に決めてしまうということは、代表者が普通の人ならあり得ないからです。もし、そうなら、VIPはかなり強硬にクレームを着けるでしょう。それに、6月末までには売れる状態になるという、噂が流れているが、これも、私は信じない。早くて、10月、来年にもつれ込んでも、不自然ではないと思っている。というのには、私だけが知っている、決定的な理由があるからです。 今日 午前中にフィリピンへ向かったS氏と昨日の夜、ムナラスナヤンで会食をした。スタンダードのH氏を含めて、6名。皆さん、一癖も二癖もありそうな面々です。私は、日本食のレストランはかなり、久しぶりなので、話なんてどうでも良かった。お寿司や刺身その他、普段こちらでは食べる機会が無い(自分で払ってまで食べにはいかない)物ばかり、何度も、食品が置いてるところと往復した。私が頻繁に席を立って食べ物を持ってくるので、ちょっと、カムフラージュで、S氏の隣に私が座ったのをいいことに、S氏が自分で取りに行く人ではないので、それを利用し、あたかも、わたしが、ワイン用の摘み?ワインでも、つまみというのかどうか知らないが、小皿に盛ってある、つまみの様なもの各種S氏の前にさりげなく並べて置いた。S氏は、皆さんと話をしながら、ワインを飲み、上機嫌だったと思う。私が持ってきた、摘まみも、いつの間にかなくなっていた。私は席を立って、食べ物を取りに行って、摘まみをまた並べた。それを三回やった。 いつも言われることをこの日も言われた。何度も知っている。私が自分で言った話ではないが、私を知っている人から聞いたのでしょう。太田君は、会社を二つも作ってしこたま儲けて、もうけを退職金として全部ふんだくった。しかし、譲られて二つの会社は今でも、しっかり自立してやっているからすごいよな。ふんだくったわけではないが、残した会社は二社とも、無借金の自社手形は使ったことが無い会社でした。その他にも、退職金をうまいこと運用しているから、まったく、金には不自由してない。とも言われる。ごもっともだから、笑っているだけだが、そのお金を使ってどういうことをしているとか、今働いている会社は殆ど、ボランティアのような報酬しか貰っていないということを付け加えてほしいが、それは、承知しているが、皆さんに披露はしない。どうでもいいことだけれど、それにしても、元気な爺さん、失礼!大きな声で、話をするので、回りの、お客さんがちらちら、こちらを見る。ご本人、それでも、押さえているようだが。 まだ、会社である。眠いがもう二時間ほどかかる。インドネシアの私の子供達が二シフトと三シフトの引き継ぎのミーティングをしている。その向こうで、私を含めた残業組が、試作をしている。カリマンタンのマハカム川
2010.04.29
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斜めからインドネシアを眺めよう 590 日本からVIP来社。日本に帰った時には、ゴルフを一緒に誘われる仲なのだが、PT,NANBUとしては、あくまでも、私の重大上司であり、尊敬する方の一人なので、緊張をする。真剣な会話をするしかなく、冗談交じりに話などできない。早く、軌道に乗せて、安心させてあげたい。予告はあったが、4月1日K社の社長が交代し、若社長になった。おめでとうございます。会長とは40年以上のお付き合いで、若社長とは20年くらいのお付き合いになるでしょうか。両方の方から、親しくしていただき、それぞれに、違った意味で、大変、お世話になっていました。今も、太田化工がお世話になっています。これからも、日本へ帰った時、機会があれば、訪問して、世間話でもしたいと思っています。押出エッジング、グロメットでは40年前からのお手伝いで、超ロングヒット商品です。大当たりの商品です。もっとも、若いころ、私も、大いにこの製品で利益を上げさせていただきます。私が、こうして今インドネシアで生活しているのも、インドネシアの若者に、技術指導をしているのも、このおかげだと思っています。K社もこの商品を持って、大手家電メーカー、IT産業に入り込む手段、武器にしたのでした。K社の基礎を築いたのです。お互い様です。若社長には、副社長として、インドネシアへ見えられた時には、BLOKMのカラオケに招待してもらいました。今後は、そんな感じではいられないでしょうし、これからの時代を引っ張って行かなければなりません。困難な仕事でしょうが、人に安心を与える接し方を生来持っていると思っています。多くの知識を生かせて、K社の先頭で、走っていただきたいと思います。ひそかに応援をします。フレーフレー三三七拍子!!!! K社のインドネシア工場は解散になりましたが、若社長が一番、応援をしていたし、私はそれに従っていた、私の部門は、インドネシア国内売りで、十分利益を上げていたが、射出の方が、親におんぶにだっこされていて、社内で権力をもった、ある人物(現在はいない)が、強烈にそれを支持し、インドネシア国内売りはまかりならぬと、足を引っ張り続けていたのが、致命傷でした。もし、当時副社長がインドネシア工場全体をまかせられていれば、解散する状態にならなかったでしょう。 いつ?
2010.04.28
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斜めからインドネシアを眺めよう 589 トライの結果が思うようにならず、今日も先ほどまで会社にいて仕事でした。何とかしなければならないという焦りで、いいアイディアが浮かんでこない。起死回生のひらめきがあるのだが、今回は、なかなか、それが出てこない。参った。 こんなときにブログどこころではないだろうと思うが、金型の修正をしているので、明日の10時過ぎまで、トライができない。今は、何もできない状態なので、気分転換に、ブログを書いているのです。 引っ越したばかりの我が家の殺風景な様子です。壁が接している建売住宅です。完全にインドネシアの典型的な分譲住宅です。40平方メートル位のメインの部屋です。この部屋の隅は台所になっている。冷蔵庫や水のディスペンサーもこの部屋の中にある。写真の、向かって左右に一部屋ずつ15平方メートル位の寝室がある。トイレ、水浴、洗面所兼用の部屋は、5平方メートルの部屋がある。床はこの様に、全面、30cm四角の白いタイルが敷き詰められている。日本の畳部屋、木の床は、インドネシアでは全部タイルです。板の間という考えは貧乏人の家という印象なのでしょうか、全くと言って新興分譲住宅にはまったく採用されていない。ご近所は若い夫婦と小さい子供の家族が多く、あちらこちらから、赤ちゃんの泣き声が聞こえてくる。中流の上、この程度の住宅に住む人は皆さんメイドやベビーシッターを使っているようです。朝、車を洗ったり、ちいさな子供と公園で遊んだりしているのはそういう人たちです。私が出勤時刻にそういう姿を良く見ます。のどかな風景です。小学校が近くにあり、毎日、学校の前を通りましが、子供達は自転車通学が多い。勿論、親が車で送り迎えする姿も多いが、自転車を一所懸命漕いで、校門へ向かっている子も多い。日本の様に集団登校という姿はない。朝、勉強の前だと思うが、一クラスの子供たちだと思うが、学校から外に出て、集団でランニングをしている風景にも会う。女の子が一人、集団から抜け出して、2.30m先を必死で走っているのがほほえましい。私が子供のころの姿を思い浮かべてしまう。何よりの喜び、モスジッド(イスラム教会)からのスピーカーからのお祈りの声が全く聞こえてこないのが一番心地よい。http://nanbuindonesia.web.fc2.com/page101.htmlエッセー集です。大まかな項目別に分けました。
2010.04.27
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斜めからインドネシアを眺めよう 588 Main golf でCapekの一日でした。昨日土曜日はOver time(lembur)で、工場レイアウトのペンキ塗りを終わらせた。月曜日にエリアの上に看板を吊り下げるつもりだ。次第に、一目、見た目で、工場全体のレイアウトが分かるようになってきた。日本からの出張者の当り前のレポートを読ませてもらったが、これは気がつかなかったとか、もっともだ、新鮮だな、若者らしくていいな、というものはなかった。教えられたこと、他人から与えられたことではなく、自分で考えたことを提案してほしかった。しかし、一般的には、こんなものだろうと思う。だから、次のことが必要なのです。 射出の技術者も品質管理、セールスの責任者も、インドネシアへ早く赴任してきて、仕事、商売が始まる前に、インドネシアの商売環境やインドネシア人の能力や自分の能力の確認をし、足りないところを自分も強化しなければならない。自分がいきなり教えてやるとか、自分のやり方を一方的に押し付けるとか、そういった態度は反発を招くし、外部からも、軽視されるでしょう。とにかく、早く来て、早き状況を知ることです。いきなり生産、いきなり注文を取るということは100%できない。半年はこちらで助走が必要です。 会社の形態を整えるという点ではスタートダッシュが必要と書きましたが、それには失敗していると思う。これを感じているのは私だけではない。 スタートダッシュのやり直しをする必要があると思うが、それには、そのチームを整えることです。射出技術、品管、経理、営業の専門家を最低一人ずつ、社長と設立責任の副社長と合計6人が整ったところで、スタートダッシュを掛けたらいいと思う。他の余計な、日本人はいらない。いるだけ、厄介が増えてしまう。 インドネシア人と意見交換の場を持たなければ、なにも始まらないことを感じなければならない。そして、やらせるのではなく、自分が先頭に立って、言いたいことは、態度で、示さなければならない。分からないことは、インドネシア人に教えてもらうとうい姿勢が必要です。インドネシアのことはインドネシア人にまず聞くことが必要です。 ミーティングを日本人だけでやってはならない。最初から、インドネシア語でやらなければならない。覚えたくない人は通訳を使えば良い。私は、次の日のミーティングで話したいことは前の晩、辞書を見ながら、ノートに書いて覚えて発言をした。最初は一行だけだったが、どんどん増えて、半年後には、予習が必要無くなっていた。53歳の時でした。日系のコンサルタントやエージェントを頼る気持ちは理解できるが、インドネシア人社員は全員が納得しない、その方法がいいと思わない。実際、外部に頼むより、安く、迅速にできることが多いし、インドネシア人の気持ちを尊重することになるし、日本人が彼らを頼りにしてくれているということで、誇りや遣り甲斐を感じてもらうことになる。http://www.k4.dion.ne.jp/~enplaind/
2010.04.26
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斜めからインドネシアを眺めよう 587最終組み立て会社(大企業)一次下請け(最終会社のグループが多い)二次下請け、三次下請け、という具合の構造になっている。一次下請けまでは日系企業が大部分である。二次下請けは日系企業とばかりとは限らない、というより、ローカル企業が製造可能なものはローカル企業から調達する量の方がはるかに多いが、ローカル企業からだけということはなく、日系企業からも一部調達する。ローカル企業の品質と価格次第で、その比率は変わる。三次下請けは、殆ど100%ローカル企業である。原材料の調達は、ローカル企業のほぼ100%がローカル企業から、一次二次の日系企業はローカルから全て調達したいが、指定材料の関係で、その比率は示さないで、出来るだけ多くローカルから調達している。どの会社も、価格が安い方から購入したいので、ローカル企業の品質を高めることに力を注いでいるし、ローカル企業は日系企業に売りたいので、それなりの努力はする。一次的には日本人に手伝ってもらい、製造や品質管理や営業の能力を高めることもする。年を追うごとに、日系の二次三次下請けは、ローカル企業と価格競争を強いられ、負けることになる、その分生産量が増えて行けば比率は減っても受注量は横ばいになる。増えた分はローカル企業に注文が行くというシステムになっている。 私の処は、其のローカルが、出来ない仕事を引き受けるのが原則ですが、そうばかり言っていられない部分がある。10年前にローカル企業でできなかった押出製品が今ではできるようになっていて、やはり、増えた分だけローカル企業に注文が流れているが、そのお客さんは、それを公表しないで、日系企業からしか調達していないと言っている。というケースもある。 客先から頼まれない限り、ローカル企業が作れるものに手を出さない。例えば、軟質PVCについてはこちらから仕事を欲しいということはない。 ローカルと争うということではなく、客先へのサービスとして、原料安価調達以外の方法で、ローカル企業に負けないような安価で高品質の製品を作ることができるようにあらゆる点で、節約しなければならないと思っている。 もう一つは、二年間、温めていたオリジナル商品の開発である。したうけばかりでは日系企業への手伝いだけでなく、インドネシアでなら売れるという押出製品を自社ブランドで売り出したいと思っている。これなら、無理な安値競争に参加する必要はないし、びくびくする必要はないし、産地偽装も、原料偽装もない、指定があるわけではないから、自分が使いたい原材料を使えば良い。まもなく、その開発が始まる。http://www.k4.dion.ne.jp/~enplaind/イスラムのお祈り風景、モスジットに入れない人は、道を封鎖して、お祈りをする。道のわきにどこでも見られるイスラムの人たちのお墓、焼かないで、そのまま掘って寝かせて埋める、一人一お墓なので、日本よりはるかに面積が人様になる。タイル製の長四角い囲いが載せてある。教会やお寺といった施設が仕切っているのではないようで、自分の家の前や横に埋葬している家も多い。
2010.04.25
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斜めからインドネシアを眺めよう 586 新規参入しようとする日系企業メーカーの売り込み担当者も製造担当者も、こういう暗黙の了解の中にいきなり入って行くことはできない。あたかも、真面目な、ごまかしは絶対許せないと、前任者を批判する後任者の様な状態になっているのですから、戸惑うというより、現状を批判する。しかし、だれからもどこからも相手にされない、というより、余計なことを言って、波風を立たせるなという逆批判の対象になってしまう。全てが問題なく、うまくいっているのに、今さら、余計なことを言われても、やっかいもの扱いにするしかない。その中に、溶け込まなければ、商売にならないことを早く納得しなければならない大企業の担当者も、見ないふりをする。とにかく、価格が安いことが大優先ですから、なんだかんだと言って、値上げを頼まれたり、値下げの依頼をしているのに、現状維持でしかできないという返事をされることを一番嫌う人種です。産地偽装でも、製造者偽装でも、なんでもいい、とにかく、黙って、値下げのことだけ考えてくれればいい、という世界です。http://www.k4.dion.ne.jp/~enplaind/それでも、日系企業の下請けには、定期的に監査に入る。それは、突然、明日ということはないので、混ぜているような規格外の材料や原料は、目に着かないところに移動し、監査の人に見て見ぬふりをさせないための心使いと準備が必要です。万が一にも、なぜ、この材料がここにあるのですか?などという、質問をされることは避けなければなりません。それが、サプライヤーとしての作法です。車やバイクの走行中のコントロールが効かなくなるような重大な問題が発生し、リコールなどということになれば、一斉に、下請け、下請けへと、監査が回ってきます。その監査は、システムについてで、現実に何が使われているかは、そこまで、突っ込んでチェックはしない。お互いに見逃してきたのだから、今さら、突っついても、天井を向いて唾を吐くようなことになってしまうので、しない。http://otaindoesiaextrusion.web.fc2.com/newpage0002.htmlこの会社の射出部門は、二三カ月先にインドネシアのこんな状況の中に突入する。勿論、まだ、状況を感じていない。言っても仕方がないことで、担当者が、体で感じるまで、成果は上がらないでしょう。しかし、応援はします。名前変更 ABAがTOYOTA BOSYOKU MakroがLOTTE Martになった。 バイクの使い方の典型的な例である。三人以上は当り前で5人という場合もある。
2010.04.24
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斜めからインドネシアを眺めよう 585 規模の大小にかかわらず、全ての産業で、暗黙の了解がなされている、原材料、部品の調達ルートが存在する。ローカル企業は最初だけ、日系企業から指定された材料を日系企業から購入し、材料のスペックと安全に関する書類を受け取り、それを、製品納入先に示す。日系の納入先は、それ以降、使用材料についての確認はしないのが決まり。ローカル企業は次から使う材料についてはできるだけ安い原料を使うことになる。 ISOなどの品質管理や環境管理のシステム導入などは全く問わない。仕入価格が超安値だから、何も言えない。まともでは、そんな安い価格が出るわけがないと自覚しているからです。 日系企業は其のローカル企業から部品を購入していることを公表しないのが原則です。それでは、どうするかというと、日系企業からスペック通りに指定した材料から作られているであろう部品を購入し、最終納入先にはそれを公表し、内はこの会社からこういう材料を使って製品を部品として購入しています、と、届けるのです。ですから、二社以上から購買し、一社は必ず日系企業にするのです。そして、其の、日系企業にはローカルからの仕入れ値を伝え、値下げ圧力を掛けるのです。圧力をかけられた日系企業は、ローカル企業ほどではないが、安い材料を混ぜるのです。それも、発注元は了解済みです。そういうカラクリについて行けない日本人が、どこの会社にもいるものです。許せないという人です。なにか、問題が発生した時に自分のサラリーマン人生を台無しにしてしまうという恐怖感を持っている人です。そういう人が、交代してくると、ひと騒動が起きます。使ってはいけない原料を使って生産している状態を痛烈に批判して、直ちに証人材料に戻させます。前任者はこっぴどく批判されます。それから、売り値をチェックします。それを、見て、交代してきた人は、余りの価格の安さで、大赤字になることを知り、また、怒ります。何故、こんな安い価格で引受けたのかと。その次の行動は、客先に価格の引き上げの交渉を持ちかけます。客先は、そうですかと言って、その後、注文を、よこさなくなります。客先は、ローカル企業から大部分を買っているのですから、其の値上げ交渉にまともに応対する気は全くなしで、他の、日系企業を探すでしょう。暗黙の知らぬふりからはみ出る人は、融通が利かない人は、そこまで行って、初めて、状態を知るのです。しかし、もう遅いし、損をし続けなければならなくなるのです。 http://www.k4.dion.ne.jp/~enplaind/インドネシアの山岳地帯なら、どこでも見られる水田、実りの秋?は年三回。パンガンダランの半島の西海岸、逆光のパンタイパシールプティー(白砂ビーチ)
2010.04.23
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斜めからインドネシアを眺めよう 584三年ほど前からPT.MAKUTAでリサイクルペレットを作る仕事を始めた。そのころから、感じだしたことだが、リサイクルプラスチックの仕事は、マフィアと呼ばれているいくつかのグループが独占しているようです。そういうことを知らないで、その、縄張りを争うとすると、必ず暴力的なひと騒動があるという。ですから、日系企業はこの業界に参入することはできない。そこで、日系企業の技術力と信頼で、いくつかのマフィアと仲良くするしかない。ローカルのリサイクル業者ができない製品のリサイクルをしてあげると言うことです。そんなことで、付き合うと、安い出物を廻して貰うことができる。ということを、横に置いて、新規に進出した企業の営業の方が売り込みしようとすると、一番戸惑うのは、価格の安さである。既に、多くの部品はインドネシア国内で調達され組み立てられ、最終製品になっている。その、部品のメーカーが、進出してきて、現存メーカーに割って入ろうとすると、異常な安さの価格を目標として示されることです。ローカル企業ができるものはローカル企業から購入する。そして、それは安くて、使えればよい。其の、材質や外観にはこだわらないし、最低、押さえる寸法が出ていれば他の寸法は外れていてもいい。材質証明やスペック表は提出させるが、その物を使っているかはチェックしない。リサイクルであろうと、規格外品であろうと、どこから購入しようと構わない。チェックしない。それが暗黙の了解で超安値が出てくるのです。 日系企業が手配する材料費で、製品が出来上がってくるのです。ということは、半値で原料が手にはいっていると考えられる。 実際にPVCは私でも原料を日系メーカーからの半値で入手することができる。原料に限らず、装置は新品なら三分の一以下ではいる。ということは、ローカル装置メーカーは部品を三分の一以下で仕入れていることになる。 また、私たちが準備した装置は、全部380V仕様で、メイドインインドネシアですが、ほとんどはメイドインマクタであり、メイドインナンブである。その、部品は全て、日本メーカー以外を使っている。勿論、部品の価格は三分の一以下であり、220V仕様ではないので、変圧設備もいらない。 日本人は私一人でそれも、一般的日本人にかかる費用の五分の一程度に抑えてある。ですから、私の部門はローカル企業と同じ価格でできるのです。ただし、原料を客先の指定の日系メーカーからのもの以外の同等品と目されるものを使うという条件があります。 ブログのタイトルから、インドネシアで楽しく暮らす、を、なくし、主題だけに簡素化した。最近の製品PP製、と、やっと、オリエンタルからナンブに変わったメイン看板と門の看板、こちらは真っ正面からしか読むことができない。この写真では何と書いてあるか分からない。ごめんなさい。
2010.04.22
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斜めからインドネシアを眺めよう 583風邪も下痢も治った。健康体に戻って元気に仕事をしている。気が早い会社があるし、遅い会社がある。なかなか注文が入らない、フォーキャストは三か月分以上来ているのだが、直近の納入以来というか注文書をなかなか、よこさない会社がある。そういう会社に、幾らしつこく請求してもなんだかんだと理由を言って、なかなかよこさない。ある日突然、明日納品という注文書が入る。こういうことが毎月のように繰り返される。かと思うと、逆に、早々と注文書をよこし、今か今かと納品の催促をしてくる会社もある。使う数量がそう増えているわけでもなく、一日に使う量は殆ど決まっているのに、催促をしてくる。よっぽど、心配性に担当者なのでしょう。どちらも、こちらの担当者から、私に、先方に日本人に話をして、一般的には10日位の余裕のある注文を出すようにしてくださいと、懇願される。 先方のそういう担当者は、別に、内へだけのやり方ではないので、特別意地悪をしているわけではない。聞くところによると、どの、注文先へも同じような出し方で、困らされているという。引っ越しの後、やはり何かと、手を加えなければならないことがあって、家を買って、そのままでは、足りない物がある。一番急ぐものは、窓という窓に鉄格子というわけではないが、金属に飾り格子を着けなければならない。それに、蚊やハエが入ってこないように網を張らなければならない。インドネシアでは必須事項である。中流以上の家屋には必ず着けられている。このことは、その地区の警備員からも強く依頼まれることである。盗み対する予防である。プラス其の無粋が中から見えないようにカーテンが必要です。それだけで10万円くらいはかかる。快適に安全に暮らすには最低必要である。その他に、日本人の私にとっては、温水器は必要。インドネシア人は基本的に水浴を普通の水です。それと、もう一つ、卓袱台の様な足が短いテーブルが必要だと私は思う。インドネシアは床に座って食事をしたりテレビを見たりする大きめな部屋がある。私がテレビなしの子供のころ経験したスタイルに似ているが、折りたたみの卓袱台と座布団を使っていた点が大きく違う。そこで、卓袱台を買ってきた。座イスは日本から持ってきたものがあるので、丁度良い。インドネシアの風景から、一変して、ニュールンベルグの孫たち、最近の様子。
2010.04.21
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斜めからインドネシアを眺めよう 582元気に会社へいったはいいが、下痢の状態が改善されておらず、大変、難しい状態になっている。それでも、朝から、ミーティングや会社訪問が続いて、多忙な、一日でした。商売につながるような話はあるのだが、いずれも、価格が問題で、可能性が低いことが分かった。多分、客先は、現在の製造会社に対する値下げ圧力の材料に使うに違いない。そんなことは百も承知で、安い値段をぶっつけようと思う。どこの会社も、目標価格は原料費の1.2倍くらいの価格である。とんでもなく安い価格でまともに相手をしていられない。そっちがそっちならこっちもこっちである。 新製品の金型の発注をした。確実にできる方法で進めることにする。余計な苦労をしたくないから、斬新的で実験的な方法は避けた。これが、10日位で完成したら、改めて、生産速度や寸法公差の改善を考えようと思う。 今週は私の担当以外の部署での来客が多いようで、日本からも、インドネシアのちょっと離れた場所からも来るそうで、多いときに9人一遍に来るそうで、迎える側は大変だと思う。印象を良くするために、あちこちの手入れや、整備を進めているが、何せ、かなり、手入れの悪い環境のまま、引き継がれてしまっているので、ちっとやそっとではつくろいきれない。整備が若干進んだ場所を遠くから見てもらうしかない。引率する人は、そういう処に気を使う必要がある。なかなか大変だと思う。 来週もVIPの訪問を受けることになる。会社の名前は変わっていることを願う。私の存在は控えめに、そして、尋ねられれば、速やかに正確な情報を提供する準備はある。今でも盛んに行われている地曳網、日本であるようなショー見世物ではありません。パパンダヤン(バントゥンの南の山、エーデルライズの一種が群生している、温泉保養地も近くにある)
2010.04.20
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斜めからインドネシアを眺めよう 581 ピーターパンではありません。引っ越しという意味です。1996年インドネシアへ初めて引っ越してきて、二日後に覚えた言葉です。予定通り新しい家にいる。住所はチカラン(cikarang)とだけにして置きます。インドネシアで四回目くらいになるでしょうか、ピンダーハンが、最初の時には、友人に、転居案内を出しましたが、方法はハガキでした。今回は、メールで案内をしています。グログやウェブサイトでは公表しません。 昨日今日に引っ越しすることは公表しました。面白いことに、車が二台、後を追っていたそうです。私の移転先を知らされない人で、どうしても、知りたい人がいたのでした。一台は、引っ越し先を通り過ぎた処で、停車し、30分ほど、止まっていて、立ち去ったそうです。もう、一台は、三回の往復で三回とも、引っ越しの車の後を着いてきたそうです。止まれば止まり、動き出せば動き出したそうです。わざわざ、土日で、二台も使って、私の移転先を知りたがって人がいたことが興味深い。 今晩から、この家の住人です。KITASの住所はここに変えてあります。イミグレもいい加減だと思います。日本でいる住民登録をするときに、実際にそこに住んでいるかどうか確認しない。イミグレの管轄外ではまずいが、管轄内なら、どこか、好きな住所で申請すればそれで通ってしまう。そして、選挙権が与えられるわけでもないし、町から、何かの知らせや案内が来るわけではないので、その後、何の不都合も生じない。日本の場合はどうでしょう、幾ら外国人でも、住民票と実際の住所が違っていれば、数々の恩恵を受けることができないし、権利を行使することができないので、一致させなくても構わないでしょうが、自分の利益のために一致させる必要がある。 私が好きな写真で、私は大傑作だと思っています。パンガンダランの宣伝写真に使ったら、多くの皆さん誘うことができる写真だと思います。 最近の製品です。樹脂名は書きませんが、この樹脂で、この形状は、インドネシアでは私の部下しかいない事を断言できます。バリを取ってないなどと無粋な上げ足を取る人は其の人にはできないはずです。
2010.04.19
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斜めからインドネシアを眺めよう 580 今日のカラワンは暑かった。日本では雪が降ったと言うのにカラワンはむし返る暑さ、まいった。例のクラブコンペなのだが、カラワンでしかやらないことになってしまっている。というのも、参加者のほとんどがカラワンのメンバーだからでる。今日、メンバーの人と一緒に支払いをして確認したが、カートは使っていないで、メンバーは8万Rp(800円)私が払った金額は80万Rp(8000円)でした。茶店で何も買っていないし、朝のレストランでも何も食べていない。大きな違いである。だから、アクラブでカラワンを使うだけです。もったいない。逆にカラワンのメンバーでもジャバベカでやれば、120万Rpかかってしまう。お互い様だが、メンバー、ノンメンバーの支払いの格差は大きすぎる。多分、これからも、殆どカラワンでプレーすることはないでしょう。 カラワンは暑い。そろそろ、雨季が終わる時期です。この時期の空は一年中で一番済んでいる、日光が一番、きつい季節です。勿論、どなたも、多き日傘をさしているが、お太陽からの直射を避けても、足元の芝からの照り返しがきつい。アスファルトの照り返しがきついというのは日本の夏でも有るが、芝からの照り返しはインドネシアの雨期明けの時期ならではであり、カラワンならではである。これが、スダナやジャバベカではこれほどひどくない。 引っ越し作業は順調のようであり、手伝いの人が2人、今晩は泊るらしい。明日の朝05:30出発、私が、ゴルフをやって、その後,散髪をしてその場でマッサージをしてもらって、15:00過ぎに迎えに来てもらって、新居の方に帰る。だから、今晩が、この家で練るのは最後になる。数時間の睡眠である。 日本食レストランが必ずしも、雑菌に関して安全ではないということを書いたが、今日、証明することになってしまった。ゴルフの打ち上げで、日本食レストランで、食事をした。多分、原因は、生野菜だと思う、パセリやキュウリのサラダが原因だったと思う。大変な、ムンチュレット(下痢)になってしまった。水状態の腸特急状態。今晩、眠れるかどうか心配。 フランクフルトの娘から、フィンランドの火山の噴煙による空港閉鎖についての説明が入った。再開の見通しはないそうです。経済的、影響を心配される。ユーロやUS$が弱くなるのではないか。会社が落ち着いたら、ドイツへ行ってきたいと思う、8月に行けるチャンスがあることを願って、仕事をする。http://island.geocities.jp/enpla_indonesia/page10.html
2010.04.18
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斜めからインドネシアを眺めよう 579 頭が痛くなる状態が続いている。日本でもう生産をやめてしまった製品の試作が思うようにいかずに、客先に大迷惑をかけそうな状態まで追い込まれている。解決方法を考えてはいるが、私の決断が遅かったのかもしれない。もっと、早く、他の方法に切り変えていれば、こんなに悩まなくてもよかったかもしれないし、客先の方にも余計な心配をかけなくて済んだかもしれない。とにかく、やるしかない、明日も、明後日も、この製品の新しい成形方法での金型の設計をしなければならない。Capek!!! 引っ越しは明日と明後日の二日間で完了する予定らしい。というのも、ここへきて、私の方が引っ越しどころではなくなってしまった。仕事をしなければならなくなってしまった。全て、マリアさん任せである。会社の部下で休日出勤のない人たちが数人、応援にトラックを持って、来てくれるらしい。それも、マリアさんが仕切ってくれているので、どういう段取りになっているのか私は知らない。18日の夜から、新しい家で寝泊まりすることになるらしい。呑気なもんです、ではなくて、私は私で忙しいから仕方が無いと思っている。皆が私を応援してくれる。嬉しい限りです。マリアさんに、一緒に住んでもらっているおかげで、昨日も書いたが、パニック障害の症状は出ないし、もし、でても、必要なら、彼女が、いつでも、病院へ連れて行ってくれるという安心感がある。家で一人ではないということがどれだけ私に安心を与えてくれているか、計り知れない。その上に、家のことは全部やってくれているので、まったくの、大助かりで感謝している。ご主人にも感謝している。運転手も秘書役もお手伝いさん役もナースの役もしてくれる。今回の家を購入する手続きは彼女が全部やってくれた。だから、私は、売り手の人とも、弁理士にも会っていない。お金を出しただけである。契約書や登記簿は結果を確認しているだけです。これに限っては、値段の交渉も最初から彼女にやってもらったのは、私の作戦でもある。日本人の私が顔を見せては、売主が高く吹っ掛けてくることは間違いないからです。何でもそうです。果物、野菜、魚、衣類などなど、道端で買い物をするときは、私は車から降りない。私が、降りようとすると彼女に叱られる。買い物が終わってから、降りて、その店の人と話をすることができる。私自身も、私が買うときは高く吹きかけられていると思う。パンガンダランの西海岸とちょっと海岸から反対の山の方へ行くとこういう滝がいくつかある。これは、ジャンビの滝と言います。30m×20mくらいの規模です。
2010.04.17
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斜めからインドネシアを眺めよう 578 努力はしない、頑張らない、一所懸命やったことが無いと言ったって、それは、自分の意識に内のことで、実際には、おそらく、1000人いても上から五番目以内に入る位の、動きと、頭を使ってきたと思う。それも、いつも、何人かの部下を置いて、私が社長だった時以外は、何人かの分からず屋の上司に気を使って、分けの分からないことを言っている人に、頭を下げなければならなかった。典型的なパニック障害になりやすい環境と性格のように思う。60過ぎまで顕著な発病をしなかったのがラッキーだったような気がする。この病気は男女比でいくと、女性の方が多いらしい。それも、二十歳頃から発病する人もいるときいている。私の場合はハーフタイムどころかスリークオーター(三分の四)タイムと行ってもいいくらいに遅い休憩になったが、それでも、もっと年を取ってからよりの良かったのかもしれない。といっても、私の休憩タイムは一年足らずでした。そしてまた、普通の人ならストレスたっぷりの世界へ舞い戻っている次第です。 ネットでパニック障害を検索して、どんな病気かチェックしてみてください。知っているといないとでは人の見方や自分の状態の見方が違うと思います。あなたの身の回りにも、程度の差あれ、何人かのパニック障害の人がいるはずです。 症状も、感覚も、順番も、全く、個人個人で異なるようです。私の症状についてはパニック障害の項目で読んでもらえれば全て書いてありますが、その気持ちの上で、多くのパニック障害の皆さんと、大きく違う点があります。それは、私は、電車に乗ることはありませんが、飛行機や新幹線には良く乗ります。その、不特定多数の人が一緒にいるときには何も不安を感じません、症状もあらわれませんでした。もし症状があらわれても、どなたかが何とかしてくれると思っているからです。一人の時が、一番不安で、一人の時にかぎって症状が現れ、その程度も、ひどかったように思う。だから、病院では不特定多数が大勢いるし、ましてや何の専門か知らないが、医者がいるわけですから、症状はあらわれない時の方が多かった。だから、医者に説明するのが難しかった。体のあちこちでちくちくして、其のたびに脈が無くなって失神しそうになると、説明しても、医者は、全然、深刻には聞いてくれない。むしろ、三半規管がどうのこうのとか、脳波を取って見たら、とか、今から、思えば、的はずれの事を言っていただけだった。 いわんや、普通の人に話しても、分かってもらえない。ですから、パニック障害の人は意外に大勢、身近にいると考えて、知識を持っていただきたいと思います。知らないのに知ったかぶりして、いろいろ、アドバイスをしようとする人が、一番たちが悪い。いちいち、受け答えをするのも面倒だし、受け答えしても、頓珍漢な的外れの思い込みを口に出すだけなので、始末が悪い。この病気の人に対しては、無知で何か言うのは罪です。どうか、私のように、ひどい目に会わないように、会わせないようにしていただきたいと思います。 早起きは三文の徳、ジャングルの中に分け入って素晴らしい滝に出会う。その途中で、私の恋人ラルレシアに会うことができる。http://www.k4.dion.ne.jp/~enplaind/援助する会社、始まる会社PT.NANBU PLASTICS INDONESIAの仮ウェブサイトです。http://www.k4.dion.ne.jp/~enplaind/newpage%20top%204.htmlインドネシアで知っていて、お得な情報です。予期せぬトラブルに巻き込まれないように、こんな知識が必要です。
2010.04.16
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斜めからインドネシアを眺めよう 577 パニック障害という病気があることを知っていたなら、どんなに軽く済んでいたでしょうか。完全にひどくなる前に、これがパニック障害の兆候だとして知っていたら、パニック障害にならなくて済んだかもしれない。鬱病は多いと知っていたし、鬱病のことは病院の掲示にも、症状が書いてあって、心当たりのある人は、一人で鬱になっていないで、早く、医者に相談した方が良いとい事が書かれているので、だれでも、症状については知っている。 処が、パニック障害などという病気があることを全く知る機会がなかった。インターネットで検索しようにも、知らないのだから、出来ない。 警告と思われる症状は、目まいがして坐ってもいられなくなったこと、足が頻繁に釣るようになったこと、そして、もう一つ、これが不過ぎでした。体中、どこという特定な場所はない、時々、ちくっと、針を刺されたような感じがした。痛いほど、長時間ではない、一瞬です。一秒の何分の一という瞬間です。指先だったり、お腹だったり、頭のてっぺんだったり、目の中だったり、おちんちんの先っほだったり、肛門近くだったり、脇の下だったり、手の甲、足の甲だったりした。 そのうちに、其の、ちくっときた、一秒後くらいに、くらっと、目まいをするようになった。脈を取ると、その瞬間、二三回分の脈が無くなっているのです。これは、インドネシアでも、日本でも、多くの医者が確認しています。脈が無くなったとき、くらっとくるのです。しかし、それが、不整脈ではではないし、心配するようなものではないと、どの医者もいう。まったく、無責任としか思い様がなかった。脈が飛んで、立っても坐ってもいられなくなっているのに、心配しなくていいという。何もできないし、このまま、脈が止まったままになってしまうかもしれないという、パニックの様な不安はどうしろというのでしょうか。 人によって程度は違うでしょうが、体のあちこちでちくっとするようなら、パニック障害を疑った方がいい。一度でも、今までになかった、目が回るとか、気が遠くなりそうになったら、また、いつになく体のあちこちが釣るようになって、その頻度が増してきたら、パニック障害の兆候と疑ってみてください。ほっておくと、私のように、とんでもない症状が一挙に噴き出して、パニック障害の究極を経験する羽目になるかもしれませんよ。全ての数値は正常です。平衡感覚も心臓の状態も脳の働きも血液、尿の検査全て健康数値です。ただ、あなたは、しばらく休みなさい。今まで、走りまくってきたのでしょうから、一年や二年はのんびりしなさい。その間に、今後、30年以上ある人生をどう過ごすか考えたらどうですかと、さとされた。ところが、まだ、今、会社で仕事をしている。パンガンダランの浜昼顔の向こうに半島と観光客が、見える。インドネシアの田舎どこでもある田園風景。休憩所が必ずある。
2010.04.15
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斜めからインドネシアを眺めよう 576 まだ、雨季が終わっていないようで、うっとうしい日が続いている。着々と良い方向に向かっているが、まだ、完全とは言えないので、毎日、遅くまで、トライをしているし、頻繁に金型屋へ行ったり来たりしている。ワンセットとして、組み立てて見ることができる状態になったが、色合わせがまだである。今日から、順番に色合わせをしてゆく。 この製品については、今さら、後戻りはできない背水の陣である。これは、この会社もそうだが、客先も完全にインドネシアで何とかしなければなら状態に自分を追いこんでいるので、とことん付き合う。 自分は頑張っているとか、無理をしているという意識が無いが、多くの他人から見て、頑張りすぎとか、無理しすぎと思われるくらいに、仕事や運動で体力を使ったり神経、頭脳を使ったりする人は、私のようにパニック障害になりやすい。 ここで、パニック障害の完全発病の前の、予兆ではなかっただろうかということを書く。2006年6月に脈が、抜けて、目まいを繰り返し、立っても坐ってもいられなかった。これが、決定的な症状で、それ以後、パニック障害という病気と宣告されるまでの約、2ヶ月半普通の生活ができなかったし、仕事などをすることなど考えないほど、深刻な色々な症状が出た。 このことは、ブログのパニック障害を検索してもらえば詳しく書いてあります。その、顕著化する前に、思い当たる症状が、二点あった。2004年 目まいがして、それを二三回繰り返し、立っていられなくなったので、近くの病院へ行ったら、風邪だと言われた。点滴を打って、それきり、その症状は出なかった。その、二三年ほど前から、ゴルフが終わった後、ふくらはぎやモモが釣るようになった。じっと、痛みが収まるまで待つという、やつである。その頻度が次第に多くなり、一回の症状の長く続くようになっていた。2006年前半には、足、お腹の筋肉が、ゴルフなど運動をしなくても、釣るようになっていた。2005年に一回、目まいで立っていられなくなったことがあった。2006年、完全発病する前の一週間前に目まいがして立っていられなくなったが、これも一分間ほどで、治まった。 私が気に入っているインドネシアお勧めの風景。ヌサカンバンガン島の西海岸、http://space.geocities.jp/enplaindonesia/newpage00087.htmlhttp://space.geocities.jp/enplaindonesia/newpage00086.html泣く子も黙る、島流し島、凶悪犯のほとんどがこの島の監獄に送りこまれる。インドネシア人に、ネサカンバンガンは景色がいいし、ロブスターは、安くてうまいし、観光客がいないのでそれを独占できる、と、話をしても、信じる人はいない。それだけ、監獄島として知らないインドネシア人はいないのです。たびたび、ニュースでこの島のことは伝えられるが、すべて、監獄からみです。もう一枚は、インド洋の大うねりに現れている岩場です。うねりの高低差が少なくみても、3mほどあるので、岩場が消えたり、1m以上の高さになったりする。私たちが使う船はうねりの中で、見えなくなってしまうことが多い。
2010.04.14
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斜めからインドネシアを眺めよう 575 インドネシアでも、自分で会社を興してからも、サラリーマンの時も、学生や子供の時も、頑張ったことはないし、自分で努力した意識したことはない。また、他人の見る目も、私が、一生懸命やっているようには移っていなかったように思う。事実、お前は不思議な奴だと言われたことは何度もある。個人経営を始めた時も、お前のようにいい加減な仕事をしていて、もうかる仕事なら、押出という仕事はよっぽど、いい仕事だな、と、言われたことは何度もある。しかし、その当時、一日、16時間以上の仕事をしていた。朝6時や夜10時に沼津から御殿場や厚木へ納品に行っていた。自分の全能力で限界までやるとは、当然のことであって、それを頑張ったとは、自分では思っていなし、他人から、頑張ったねと言われても、何とも思わない。当然のこととしてやっているだけだから、むしろ、そう言ってくれる人は、ご本人、余り頑張っていないのではないの、と、思うことがある。頑張らない、努力をしない、自分ではそう思っていて、他人にも、頑張りなさい、努力しなさいとは言わない。自分のペースでやるし、他人にも自分のペースでやりなさいという。若い人にも、無理をしないで自分のペースでやりなさいという。努力と頑張るという言葉は、非常に曖昧で、主観的な言葉です。自分が頑張ったと思っても、他人が頑張ったと思わないこともあるし、自分は決して頑張ったつもりはなくても、他人は頑張ったと思うこともある。 努力も頑張るも天性だと思っている。できない人に、頑張りが足りないと言っても仕方が無い。本人は本人なりに既に頑張っているのだから、それ以上頑張りようが無い。私の考えは、さらりと、人があまり感じないところで、実力を蓄え、見えている部分では、普通に力を発揮し、早く、正確な結果を出す人が好きだ、私はいかにも頑張っていますと、他人が見ている時だけ、行動している人は評価が低い。結果がすべてである、なかなか、普通の人ではそうはいかない。 今回も、頑張っていないし、努力もしていない、必要と思うから、やっているだけです。 私の不運は、自分は努力していると思っている人の支配下に入った時で、私から見れば、努力とか、一生懸命とか努力と言う前に能力が欠落しているので他人に対する優しさを持つ余裕のない人です。やっと、結果が真近になった、客先へ形状のサンプルを出すことにした。しかし、外観、つやについては日光の手前である。なお、原料の検討が必要である。水曜日の夕方までに艶とそりを改善した製品を持ち込まなければならない。どちらもソトクドゥスです。牛や鳥の腸や肝を笹切りにして煮込んだスープです。大きい形の黄色っぽい方が、本場のソトクドゥスです。クドゥスという町は、スラバヤの西にあります。茶色のスープはソトクドゥスブロックMといって、ジャカルタのブロックMに本店があるチェーン店です。MM2100のルコの一角にあるのですが、インドネシア人の上級社員の人気が高く、昼食時には超満員の人気レストランです。私も、会社の従業員弁当を食べることが多いのですが、昼時にルコに用事で行ったときはついでにここで食事をします。日本人に会うことはほとんどありません。こんなにおいしいのに、と思うのですが。本場よりブロックMの方がおいしい。
2010.04.13
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斜めからインドネシアを眺めよう 574トライ結果の製品を出したいが、まだ、公表しない。量産になったら出そうと思う。新居にカーテンを着けたり、ランプを着けたりして、来週、引っ越して直ぐ生活ができるよう準備もしている。ここの住所は公開しない。今日のところは一休み、メンバーが三人になってしまったので、今日のゴルフはやらないわけにはいかなかった。しかし、仲間の二人には失礼だったが、全然ゴルフにしゅうちゅうしていなかった。インドネシア語のムラムンで、ゴルフをしながらゴルフ以外のことをずっと考えていた。仕事、会社、技術、従業員のこと。 風邪をひいて四日目になります。豚でも鳥でもありません。並みの風邪です。鼻の奥が乾いたなと意識した時、もう、風を引いてしまったと認めるしかありません。原因は、冷房と外との寒暖の差だということは分かっている。しかし、このインドネシアの状況からは避けられない。室内では防寒対策をとって、防護するしかないこともわかっている。 かかってしまってから、用心しても仕方が無い、薬を飲んでもしかたがない。ただ、経過を通りすぎるまで、耐えるしかない。状況が進んでというか、経過して、今日は、鼻水が止まらない。ゴルフもティッシュペーパーを欠かせなかった。鼻の頭と下が赤くなってピリピリしている。明日中には、鼻水が止まって、鼻くそが緑色に塊だし、三日後くらいに、痰が塊だす。それで、終わりです。鼻の奥が、乾いてから、約、10日で、風邪にかかったことを意識しなくなります。 今回は、毎日、長時間、立った状態で、試作の仕事をしていた。試作の経過が思わしくなく、熱も38℃で、厳しい状態だった。熱は平熱に戻っているので、月曜日の夕方前には客先へ行ける状態になるでしょう。 間もなく、この状態から、解放されるように、行動する。頑張りはしない、努力もしないのが、主義だ。その必要はないからだ。 写真は昨日の夢の一部。
2010.04.12
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斜めからインドネシアを眺めよう 573 日本食レストランはどうか、割箸は製造もとで、パッキングするので、まず、衛生的には問題が無いと思うが、ナイフやフォーク、スプーンは道端のテントレストランや会社の食堂のように飲めない水道水で洗っているし、食器類も同じこと、ただ、ティッシュや布でふいてあるので、乾いているだけ、ばさばさに濡れているのを使う人が、自分でチィッシュでふいても同じ不潔さである。日本食レストランの食器類は熱湯消毒をしているところは殆どないので、これも、道端のテントレストランと何も変わらない。ですから、当然ながら、日本にない、免疫が無い、雑菌にやられる。どんなに、気を使っても、こんなに用心をしているのにと、思っていても、やられる。会社のコーヒーを飲むとき、コーヒーは熱いから、熱湯消毒と同じでカップの雑菌は死んでしまうと思うのも、間違いで、取っ手や、カップの縁の雑菌は元気のままです。必ず、どこかに、雑菌が体内に入り込む可能性はあります。 インドネシアにいて、100%安心はありません。AQUAといって、飲料水の最大で、一番信用されている水のメーカーがあります。値段も、ここの水が一番高い、しかし、圧倒的なシェアーを持っている。ボトルの大小、カップ、ガロンボトルなど、どこへ行って、あります。AQUAのガロンボトルは空のボトルも高い、そのボトルを持っていかなければ、ボトル代を払わなければならない。そのボトルを持って行けば、AQUAの水の入ったアクアのボトルごと、買うことができる。他社のボトルを持っていってもAQUAをボトルの水はボトルの価格を足さないと買えません。そんな、信用がある飲み水です。 偽物があります。AQUAのボトルにどこかの水道水を入れて、ラベルをまいて、巧みにシールをするのです。シールがしてあれば、疑う人はいません。巷で、売り出されている150Lや100Lの約半数は偽物という説もある。インドネシアですから、当然でしょう。http://blogs.yahoo.co.jp/yanto20012001/folder/1174987.htmlヤント君のヤフーブログです。せっかく、私たちを信頼していただいて、試作依頼をしてくれた、客先の若い担当者に迷惑をかけたくないという意識があって、この製品の試作品納期が一週間遅れていることに多きい責任を感じる。http://nanbuindonesia.web.fc2.com/newpage109.html パランカラヤ カリマンタン 中南部の旅行記http://nanbuindonesia.web.fc2.com/newpage110.html パランカラヤ カリマンタン 中南部の写真集http://nanbuindonesia.web.fc2.com/newpage108.html シンガポールへビザを取りに行った時の旅行記http://nanbuindonesia.web.fc2.com/newpage111.html シンガポールへビザを取りに行った時の写真集です。 母親の七五三の時のドレスを着た。姉妹仲好くね。 今日は、早く帰って、ゆっくりバスタブに浸かる。といっても、23:00ごろか。明日は、朝から、ゴルフで、昼過ぎから、新しく買った住処への一部引っ越し、全面引っ越しは、18日を予定している。こちらは、大安や友引や仏滅が無いので、いつでも、都合のいい日が大吉日です。
2010.04.11
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斜めからインドネシアを眺めよう 572 朝08:00金型屋へ金型を持ち込み、金型の修正をし、17:00に受け取りに行って、18:30再トライ開始、今も、トライ中、明日も出勤になりそう。なんとか、明日中には完成させないと、客先に申し訳ない。インドネシアでこの歳になって、こんな難しいことに直面するとは予測していなかった。私の頭はパニックになりそう。疲れているが、緊張しているので、動きには影響していない。パニック障害とは無関係なので、薬を飲んではいない。これから、後、二三時間はトライを続ける。 客先や金型屋に自分で運転して一日三回以上外出している。朝の通勤時間や夕方の退社時間にバイクと勝負しながらの運転だが、運転に対しては何の緊張もないと思っている。事実、ぼんやり考え事をしながら運転している時の方が多い。 http://www.k4.dion.ne.jp/~enplaind/援助する会社、始まる会社PT.NANBU PLASTICS INDONESIAの仮ウェブサイトです。otak-otak@nanbu.co.idが、新しい私のメールアドレスです。otak-otak@makuta.co.idは使えなくしました。会社の従業員の食事について、観察する。何社かのキャンティーン(食堂)の様子をしているが、大体の会社は、丸い弁当箱食事である。不思議に四角い弁当箱は稀である。その中身は、鳥のから揚げや豆腐のフライや野菜のてんぷら、スープも付いている。味は私にしてみると、ただ、ひたすら、辛い。私も、従業員と一緒に食事をします。日本人こういう人は他にいないと思う。それだけ、味が日本人になじまないし、何よりも、食べ物や食器類やさじやフォークが汚い、不潔と感じているからだと思う。それを皆さんと一緒に食べ続ける勇気のある人はいないのだと思う。今の会社の、昼食は、業者が会社の食堂へ料理済みの食べ物をまとめて持ってきて、金属の薄っぺらな皿に盛ってくれてある。その皿を各自取って、スープ、果物、クルプックを好みで追加し、大きなプラスチックの深い容器に入っているご飯を中に入っている杓文字で、好きなだけ、掬い取って、自分の皿に盛る。その中は上から手を入れて、杓文字を取るので、上から、各自の汚れや埃が入る。杓文字を取るときに、人の手がご飯に触れる。スプーンやフォークはプラスチックの箱に濡れたまま置いてある。そこから摘まみ取って使うのだが、一応、ティッシュが置かれているので、それで拭いてから使う。洗う水は、飲んではいけない水道の水である。それでも、みなさん、構わないと思っているようで、文句が無い。私も、それに付きあっているのだが、私は、この状況を改善して上げたいと望んでいるが、他の日本人は、絶対に付き合えないでしょう。そして、それを見ないし、改善して上げたいとも思わないでしょう。 お口直しの娘と孫、日本での短期留学入園の保育園で、と今年大学院進学した息子。http://blogs.yahoo.co.jp/yanto20012001/folder/1174987.html自慢の息子ヤント君のヤフーブログです。昨日、真夜中、12時ころ、帰宅途中の高速道路が自然渋滞に練っていたので、眠気さましで、ドイツへ電話をした。5才の孫が電話を話さず、日本語で自分の名前が書けるとか、妹の名前も書けるとか、挙句に、日本語の歌を覚えたから聞いてと言って電話の向こうで、歌いだした。雛祭りとか富士山である。私も、一緒に歌った。電話で、孫と合唱して、かなり気分を良くした。
2010.04.10
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斜めからインドネシアを眺めよう 571 私には関係ない話。付加価値税(VAT)還付制度がジャカルタとバリでスタート。対象者は滞在期間が二カ月以内で、外国のパスポートを持つ個人。還付には、対象店一店で一回の買い物の合計額が、税抜きで五百万ルピア(約5万円)以上であることが条件となる。商品購入の際、店舗でパスポートを提示し、『税支払い証明書(ファクトル・パジャック)』を受け取る。10%還付される。免税品や飲食品、たばこ、機内持ち込み禁止されている銃や爆発物などは税還付の適応外となる。出国前の一カ月間の買い物に有効で、船便や輸送サービスなど機内持ち込み以外の輸送手段を用いる場合も対象外となる。申請は国際空港で申請者はスカルノハッタ空港かングラライ空港から出国する際に、空港内に設置されたVAT還付カウンターで、原則的にはチェックイン前に申請を行う。店から受け取った税支払い証明書とパスポート、また機内に預ける対象商品を提示する。還付は現金で行われるが、還付額が五百万ルピア以上になった場合、申請者は申請用紙に振り込み先の銀行や希望する通貨などの必要事項を記載し、一カ月以内に還付されるとしている。ングラライ空港では出国検査後にもカウンターが設置されている。払い戻しを請求できる人・インドネシア人以外の観光客・滞在が2カ月以内の人・ジャカルタ、バリの国際空港から空路で出国する人・航空会社乗務員でない人・申請を1カ月以内に行うこと買い物の仕方・「VAT REFUND FOR TOURISTS」のロゴがある店で買い物・1日1店舗での支払いが、税抜きで500万ルピア以上になった場合、税支払い証明書(ファクトゥル・パジャック)が発行される 試作の結果がおもわしくなく、頭を抱えている。打つ手が少なくなってきた。今夜は、徹夜になりそう。だから、今日のブログは手抜きである。ジャカルタ新聞から、写した。ごめんなさい。何という食物でしょうか、スイトンのようですが具沢山、ぱさぱさのお米を餅のように練って、ちぎったようなものがたくさん入っている。おいしい。六千Rp(60円)。高速道路の拡幅工事?のための橋賭けの準備、まったく、無防備の状態で、高速道路の脇で工事をしている。http://www.k4.dion.ne.jp/~enplaind/援助する会社、始まる会社PT.NANBU PLASTICS INDONESIAの仮ウェブサイトです。otak-otak@nanbu.co.idが、新しい私のメールアドレスです。otak-otak@makuta.co.idは使えなくしました。
2010.04.09
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斜めからインドネシアを眺めよう 570今朝の交通事故というか、勝手に転落事故というか、こん事故のために、朝の通勤時間に大渋滞、チカランバラットからアストラホンダ付近まで、20分かかってしまった。路肩を通り抜けて、道のわきの下に転げ落ちているのだから、渋滞になるような状況ではないが、見物渋滞である。パトカーが二台監視していて、報道のカメラを回している人が、二人いただけ、トラックに乗っていた人たちは、特に救急車で運び去られている様子。全く迷惑な事故である。朝はジャカルタ方面から、MMやチカランなどに通勤の車が大挙してやってくる、私は、反対方向で、その状況を毎日観察することになる。いつも書いているようにチカランバラットの出口はジャカルタ方面からの車が毎朝、2km以上は行列になる。MM2100へ入る処も,とり着け道路から、ゲートまで500mくらいの行列になる。この中に入ることは、私には考えられない、と、いつも思う。処が、10日に一回ほど、極端に車が少ないときがある。あれ、今日は、休みの日だったかなと思わされる。そういう時は、それぞれの出口まで車がまだ来ていないのです。到着が遅れているのです。原因は、ブカシバラットなどジャカルタよりの高速道路で事故があったのです。そこまでが大渋滞で、渋滞の位置がずれただけなのです。そこを過ぎればいつもよりガラガラに空いているゲートをすっと通り過ぎるのです。だから、会社への到達時間はそう変わらないはずである。 処が、私の場合は、普段は順調で渋滞が無いのだから、事故があって渋滞すれば、単に会社への到達時間が遅れるだけである。 事故や工事の写真をとって、遅れた原因証拠写真としている。 結局、昨日の試作は四点のうち三点まで、寸法を出すことができたが、もう一点は成功しなかった。お客さんに平謝りをして、もう、一日、猶予をいただけることになった。もう待ったなしである。明日の13:30には全アイテムを届けることを約束した。現在も、インドネシア人技術者が、金型の修正とトライを繰り返している。もし、朝までにできない場合には、私が、彼らを押しのけて、やる。
2010.04.08
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斜めからインドネシアを眺めよう 569 盛んに遅くまでトライをしている。私がカリマンタンへ行っている間も、彼らはトライをしていた。休日出勤で試作を続けていたのです。彼らの熱心さには脱帽である。私が、25~40歳くらいの時に近い。朝までやってそのまま、次の日も仕事を続けている、私が、強制しているわけではない。ただ、最初に試作品の納期を言ってあるだけである。この新製品の難しさは、分かっていた。というより、私もまだ経験が無い形状だった。原料はPPランダムである。四アイテム、一遍にそろえなければならない、四アイテムを組み合わせて、一つの製品に組立てるのです。いずれの形も、難しい。その上、Goがかかるのが遅かった。二か月しか納期を貰えなかった。もっと早く、ゴーを出してもらえれば、余裕があったのに、ぎりぎり二か月、通常は一アイテム二ヶ月である。その納期なら、インドネシア人技術者も残業をしなくても対応できたでしょうが、その四倍の仕事をしなければならなかった。一型、トライし、修正に出したり、自分たちで修正をする。その間に次の製品のトライをする。また修正をする。四アイテムを次々とトライと修正を繰り返す。納期は4月7日である。昨日、二アイテム目が形になった。現在、三アイテム目とトライをしている。間もなむ、出来るはずである。その後、四アイテム目の最終トライに入る。おそらく、12時を回るでしょう。明日の10時ころに、客先の担当者が、製品の確認に来る予定になっている。7日の夕方から8日の朝までに組み立てて恰好をつけ、8日にエアーで日本にサンプルを出荷する。ぎりぎりの日程である。だから、どうしても、明日の朝までに全てを完成させなければならない。私の教え子たちはやってくれると確信している。私も、何時頃までになるか分からないが、付き合うことになりそうである。 しばらく飲んでいなかったパニック障害の薬を飲んだ.otak-otak@nanbu.co.idが、新しいメールアドレスです。猿の空中ジャンプと焼きトーモロコシを売っている少女。
2010.04.07
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斜めからインドネシアを眺めよう 568 カリマンタンに行っているうちに入ったニュースでした。4月1日に公表されていることです。エイプリルフールではありませんでした。ちょっと興味深いニュースが舞い込んだ。神奈川のF電工が会社更生法を申請した。もともと、F社長と銀行側との意見が合わず、銀行に乗っ取られた形になった元社長が、権限を行使した形で、会社更生の申請をしたのでしょう。現社長は多分、知らなかったことだと思う。 何年も前から経営状態は下降線をたどっていたところへ銀行が経営改善に乗り出し、創始者家族は阻害されて、名ばかりの社長をしていたが、それも、解任された。それ以前にも或る会社に資本の譲渡を打診していた。 私は、その中の、インドネシアの子会社に入ったのでしたが、内状を見て、これは、直ぐだめになる会社だと直感した。それ以後、私は、新しい客先開拓はやめた。責任を持てないと感じたからです。ある人に、PT,Aについて、買収を含めて、相談したことがあった。F電工の専務さんたちにも、買収の仲介をする旨、持ちかけたことがあった。本社は間違いなく立ち行かなくなることは予想していたし、何も、足を引っ張らなくても、自分からこけることも分かっていた。ある人も、「太田君、そんなに急がなくてもいいでしょう、それほど、持たないよ」と言っていた。考えは、同じだった。 インドネシアの押出はここへきて、様子が変わるでしょう。PT.Kから、私が作った装置をそっくり持って行って、仕事をしている会社の社長さんは、まもなく、其の会社にいられなくなるでしょう。本人が、それを察知して、会社の資産を自分の持ち物として、どこかへ移してしまって、隠してしまわないように願いたいものです。車も何台か、家も、家の調度品も全て、会社の資産です。電話もコンピュターも自分で払ったものはありません。買収しようという会社はいち早く、手を打って、会社の資産の保全をしなければなりません。従業員から、かなり、恨みをかっている人ですから、また、自分の懐に入れ込むだけ入れて、給料の支払いもできない可能性があるので、従業員から、使えるものも、使えなくされるとか、会社を占拠されるとか、険悪な状態になりかねないことも予測しなければなりません。 もしそんなことになれば、たちまち困るのが、客先です。私のところでも、今すぐ、全部、引き受けるということはできませんから。そうなれば、従業員を説得できるのは私しかいないことを付け加えておきます。 もし、どこかの会社は買ったとしても、その会社から次々と、仕事をはぎ取ることになるでしょう。これは、私の意志ではなく、お客さんの意志に寄ります。 中部カリマンタンの水の色、赤い。ベベックゴレン(アヒルの唐揚げ)です。
2010.04.06
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斜めからインドネシアを眺めよう 567 昨日の私の夕食は旅先でいつものように食べている、道端テントのpecer rereから戻って家にいる。午前中は、まだ、カリマンタンにいた。空港へ入る前、午前中は、二か所の自然動物公園に連れて行ってもらった。どちらも、今一今二でワニを見たりオランウタンを見たりしたが、環境の保存が全く、継続していなくて、荒れ放題、ゴミの捨て放題、いかにも、インドネシアの田舎の自然公園である。その中にひときわ目立つ環境省の建物があるが、そこに人がいて、自然環境について、ないか、手を打っている様子が感じられない。こんなところにいる動物たちは可哀そうである。オランウタンの保護状態もなっていないと思う。大きな檻に集団で閉じ込められている。自然の中で放し飼いというには程遠い。そこの、係り員の数は、はるかにオランウタンの数より多い。彼らは、手持無沙汰で、なにもしていない。 ジャカルタ近郊のタマンサファリやラグナンの動物たちの方が、数段恵まれている。カリカンタン(Kaliとは川、Mantanはマウンテンからきている)というくらいだから、水と山の土地である。未開のジャングルに覆われたそこかしこはオランウタン等の動物にとっては、天国である。捕まえて、保護しようとするのは、人間のエゴである。自然保護地区があるのだから、それを拡張し、放したらいいと思う。悪いやつはいるものだから、それら人間からをショッタウトする人間を増やせばいい。インドネシアだから、その、レンジャーみたいな人が、手引きをして、動物を捕まえさせる可能性があるので、二重三重の警戒は必要だと思う。 とにかく、自然保護の精神というか、必要性をインドネシアの多くの人たちは、感じていないように思う。 出来れば、乾季また、行ってみたいとおもう。 ナマズの唐揚げ(ペチェルレレ)とバクソと言って、色々な肉をすりつぶして団子にしたもの。サンバルを着けて食べるのが、一般的。
2010.04.05
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斜めからインドネシアを眺めよう 566 まだ、雨季は終わっていない、朝からカミナリがなる大雨、いかにも、熱帯雨林湿地帯という雰囲気。ジャングルをうねって流れる川のクルーズを楽しんだ。しかし、国立自然公園に指定されている。地元の大学が管理していて、その許可を取らないとジャングルへは入れないことを船の持ち主から知られた。雨が降る中、大学まで行って許可を取ろうとしたが、そこの責任者がいない、研究者もいない。どうしようもないので、一旦、町中のホテルへ戻った。昼過ぎに雨がやんだので、再び、大学まで行ってみた。今度は、研究員がいて、私が行けば上陸できるから、私についてくるような形にしましょうと、案内を名乗り出てくれた。早速、朝行った船着き場まで行って、朝、許可が必要だと言った、船の持ち主と小さなボートで国立公園まで行った。途中は、湖の様で、そうでもない、川の水かさが増して、一帯が水の下になっているという、水の下にトロッコの線路があって、乾季には其のトロッコを使って、荷物や人をジャングルの入り口まで運ぶという。なるほど、上陸できる場所へ到着すると道ではなく、桟橋でもなく、線路が水からあげってきた処に船を着けるのです。そこから、線路の真ん中に板を敷いてあり、其の板の上を歩いて奥へ入る。800m位歩くと線路も終わっていた。その向こうは水に中に道らしいものがあり、木は払われていた。水の中を進めばもっと奥へ行けるが、そこまでで、引き返した。結局、何もなかった、何にも出会わなかった。 時期が、間違っていたのです。雨季にはほとんどが水の下、歩く処もない。もっと奥地へ行けば水の上になるが、線路が無くなったあたりから見ても、水から出た道はない。入口のノッティンガム大学の研究所付近にあるこのあたりの地図を見ると、今、船で渡ってきた湖の底に大部分の道があった。遊歩道は乾季の川に沿ってある。それが、今は湖の底ということらしい。3月4月はこんな状態で、8月9月が一番水が少ない、というより、水不足になるのだそうで、その時期に、ジャングルの動物たちが、人里というか水辺にやってくるそうです。鳥も食虫植物もその水辺で見ることができるし、オランウタンや各種蛇、豹にも頻繁に会えるとか、案内してくれた研究員から、今年の9月に待ってますと言われてしまった。 水が、赤い。真っ赤かである。乾季は水が無くなり、地べたは真っ黒になるそうです。不思議というか、不気味な色です。血の様なコカコーラの様な色です。味が塩辛いそうです。ここから、海までは250km位ある。しかし、パランカラヤの地面は珊瑚の砂で出来上がっている。インドネシア語でパシールプティである。そして、道を歩けば其の砂が足の裏に着く、家に入る時に、どうしても、其の砂を持ち込んでしまう。土曜の夜(マラームミングー)は、いつまでも賑やか、中心地の広い歩道にオープンテラスのカフェが突然現れる。大容量のスピーカーでガンガン、ディスコミュージックを流す。うるさくて仕方が無い、其の歩道のオープンテラスは真っ暗、目が慣れてくると、カップルが車道の方に向いて、並んで座って、何かをしている。食事をしているような、飲み物を飲んでいるような、話をしているような、肩を抱き合っているような、もっと、ギュッと抱き合っているような様子が、暗い中に浮かび上がってくる。皆でやれば怖くないという、そういう場所のようでした。イスラムでしょと、言いたい。其の直ぐそばのキリスト教会(グレジャ)では、昇天祭から復活祭にかけての土曜の夜のお祈りをしているのでしょう。教会の外まで椅子を敷き詰めて、多くの人が集まっていた。これほど極端な情景をここではじめて見た。http://www.k4.dion.ne.jp/~enplaind/援助する会社、始まる会社PT.NANBU PLASTICS INDONESIAの仮ウェブサイトです。パスポートにマルチリエントリーパーミットを貰った。有効が一年になっていた。以前は半年だった。どちらが、延長を忘れる確率が高いのでしょうか。ヴィザと同じで一年というのは助かる。料金は二回分架かっていると思う。ブクビルも届いた。初めての報酬も入ったようです。http://www.k4.dion.ne.jp/~enplaind/newpage%20top%204.htmlインドネシアで知っていて、お得な情報です。予期せぬトラブルに巻き込まれないように、こんな知識が必要です。
2010.04.04
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斜めからインドネシアを眺めよう 565 ジャカルタタイムと同じ時間です。Palangkaraya(パランカラヤ)という町、KalimantanのBanjarmasinの西、200kmに位置する。この町の名前を聞いたことがある人は非常に少ないと思うし、場所を知っている人は日本人では殆どゼロだと思う。インドネシア人にクイズで島の名前を問題にしても、殆ど正解する人はいないともう。それはど、紹介されていない。何故行ってみたくなったかというと、なんとなくと言うしかない。いつも、航空券をお願いしている旅行社へ行って、三連休に行く先を決める。旅行社の人より私の方が、インドネシアの各地のことは良く知っているので、地図を見ながら、ここにしようと決めて、その場で、直行便がある航空会社を探してもらい、時間と値段で一番気に入った飛行機を選ぶことにしている。こちらのメディアで紹介されている観光地やリゾート地には行ってしまったので、分けのからない、中小都市で一応ジャカルタカから飛行機で行けるところへ行ってみるしかない。行ってから、空港で、その土地の人に聞いて、どんなところがいいか確認し、行く手段や泊る場所を決める。それが、今回は、パランカラヤになっただけのことです。 ないかは予想がつかないが、必ず、なにかがある。そして、そのことを書くことができる。全く何もないということはない。 この町は海から250kmほど離れているが、水の町である。Kahayan川が蛇行しているし、その支流が縦横無尽に流れている。その両岸に家が並んでいる。川岸生活者というのでしょうか、家が川に浮いている。その家の前(川に向かった方向)に筏を組んで、その下で、魚を養殖している。どうも、女の子や奥さんが魚にえさを与える係りになっているようで、坐りこんで、筏の中へ餌をばら撒いている風景が多くみられた。男は、どうしているかというと、其の近所で、魚釣りをしている。 今日のところは、この町は何があって人が大勢住んでいるのか、まだ、分かっていないが、第一印象は、人々が穏健だということでした。まず、空港の雰囲気が客取り争うが全くなく、珍しいと感じた。今までのどこの空港も、タクシーの運転手がしつこく、付きまとってくるし、中には、無理やり、荷物をとり上げようとすることも、珍しくない、彼らが喧嘩を始めてしまう事もあった。しかし、ここはタクシーの申込所の指示に従って順番に客を貰うことになっている。料金は、その申込所に払うだけで、本人は全く、チップを要求しなかった。また、明日の予約をしたが、料金がどこからどこまではいくらと決まっているらしく、決して、意外な高さを要求されない。 Kahayan川の川上り川下りを、小さなボートを借りて、カハヤン橋を中央に二時間ほど、した。料金は最初30分ほどで、6万Rpと言われた、安い。2時間ほどでは幾らかと聞いたら、10万Rpだという。両岸の写真を十分撮ることができたので、15万Rp渡した。 私が泊ったホテルの名前はAquarius Boutique Hotelで55万Rp、街の中心地で、一番高い、新しい四つ星ホテルです。ここで、夕食、ソプブントゥットゥゴレンを食べた。オックステールスープだが、オックステールを揚げてある。 カハヤン橋と夕焼け
2010.04.03
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斜めからインドネシアを眺めよう 564エイプリルフールに歯医者へ行って差し歯を入れた。前の上の歯三本でした。二か月余り一週間に一度通って、一応、完全に偽の歯の取り付けが終わった。当分、歯医者へは行く必要がなくなった。 海外健傷害保険の加入証書も受け取った。また、車の保険加入書も確認した。これらも、かなり前から条件としてお願いしてあって、なかなか、すすまなく、自分で見積もりを取って、催促したやっと、加入してもらった。これらも、自分でやるなら、インドネシアの海外健傷害保険に加入し、車の保険もさっさと入っていたはずです。実に、遅い、日本人が対象のことでも、なかなか、やらないのだから、インドネシア人対象のことはもっと遅れている。 歯医者は保険が効かないから、どうでもよかったが。PT.NANBUの人間として一か月経過した。メールアドレスをotak-otak@nanbu.co.id に変更しました。makutaは使えなくしました。しかし、kota02@y6.dion.ne.jp は使えます。 昨日は、EJIPの某プリンターメーカーの向かいの某車の部品メーカーを訪問した。私が手伝えそうな仕事がありそうでした。先方は、私のような仕事をしている会社を探していたようでした。まだ、輸入して使っている部品があるそうです。私の方の準備が整い次第、会社を見てもらうつもりです。また、JABABEKA1の奥の方の某ケーブルシステムメーカーや某ゴムの射出成形をしている会社からも、PT.NANBUの準備状況をチェックしたいという申しでがあった。明日から、三連休になるが、その間に、少しでも、現場の見栄えを良くするために、線引きや機械の塗装などをするつもりでいる。品質は勿論第一だが、人によって、見栄えを非常に重視し、見栄えが良ければ安心する人種が多いことも確かなので、形だけでも早く、着けたいと思う。そのために、生産もそうだが、ペンキ塗りもオーバータイムで行う。P社向けの新アイテムの試作も続行する。もう期限は過ぎている。インドネシアの技術者に任せているが、彼らに、とにかく頑張ってもらいたい。私のゴルフのように一回で遠くまでとはいかないが、一応、前には進んでいる。http://www.k4.dion.ne.jp/~enplaind/援助する会社、始まる会社PT.NANBU PLASTICS INDONESIAの仮ウェブサイトです。パスポートにマルチリエントリーパーミットを貰った。有効が一年になっていた。以前は半年だった。どちらが、延長を忘れる確率が高いのでしょうか。ヴィザと同じで一年というのは助かる。料金は二回分架かっていると思う。ブクビルも届いた。初めての報酬も入ったようです。http://www.k4.dion.ne.jp/~enplaind/newpage%20top%204.htmlインドネシアで知っていて、お得な情報です。予期せぬトラブルに巻き込まれないように、こんな知識が必要です。ジャバベカゴルフのドライビングレンジとパットの練習場、チチャックどこから落ちてきたのでしょうか、運転の目の前に一瞬つかまって、また、どこかへ行ってしまった。作り物ではありません、本物です。高速道路でを80kmで走行中でした。一瞬の写真です。
2010.04.02
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斜めからインドネシアを眺めよう 563 リッポチカランの日本食レストランで、また、送別会。この三月から四月にかけて、送別会、歓迎会が多いのは当然である。そして、付き合いが、比較的深くて、送別したくない方の送別会に出席するので、やかり、寂しい。今日の送別会も、旅を一緒にしたこともあるし、定期的に食事会をしていたし、仕事上でも、私の無理を聞いてくれた方だったので、かなり、寂しい。何かの折にまた会えると思うが、それでも、今後会う確率はゼロ近い。まだまだ、若いし、活動的なところは衰えていないようなので、今後の活躍を期待します。 会社の方は一カ月過ぎた。何が軌道に乗ったかというと、何も乗っていないような気がする。ユニフォームがない、会社規則がない、時間を知らせる手段がない。何より、会社の看板が替えられていない。未だに、オリエンタル キョウーワである。一事が万事、全てが遅い、相手がいるのだから、なにもかも急がなければならないに、急いでいるどころか、普通より遅い。客先への挨拶回りもできない。インドネシア人スタッフもユニフォームがなければ挨拶に行けない。 客先にはまだ準備ができていないので、挨拶は、もっと遅らせていただきたいとお願いしている。いつになったら、お客さんの要望をきくことができる状態になるのでしょうか。 新たな家の契約を終えた。いつでも、新しい家へ引っ越しができる状態になった。引っ越しは今月中旬の土日で済まそうと思っているが、どうなることか。マリアさんに、ほとんど、任せることになる。新しく必要とする、家具や道具は何もないので、新居にはお金がかからない予定である。下の子は条件反射で、カメラを向けると、指をだす。こちらを見ていないが、横の方からカメラが向けられているのを感じているのです。http://www.k4.dion.ne.jp/~enplaind/援助する会社、始まる会社PT.NANBU PLASTICS INDONESIAの仮ウェブサイトです。http://www.k4.dion.ne.jp/~enplaind/newpage%20top%204.htmlインドネシアで知っていて、お得な情報です。予期せぬトラブルに巻き込まれないように、こんな知識が必要です。
2010.04.01
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