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斜めからインドネシアを眺める 803旅も趣味です。特技とは言わないでしょうが、どこでも、物おじすることなく思いつけばその場所へ行ってしまえることは特技に値するかもしれません。思い立ったが吉日、思い立ったが吉時間、思い立ったらすぐに出発します。仕事も同じです。思い付いたら直ぐアクションします。金型を直す、装置を直す、作りかえる、原料をいろいろやってみる、その都度、自分で直ぐに動きます。他人に頼んで、待つということはしません。頼んだことなら、常に、状況を知っていないと落ち着きません。旅は、他人にくっついて行くことはありません。団体、グループ旅行は大の苦手、会社の慰安旅行などはまったくつまらない。個人で自由に適当の行きあたりばったりで行くのが一番いい。困ることは何もない、試練に当たることはあるが、それも、旅の一つ、何とかなっているから、今があるのです。ゴルフのツアーを誰かが企画してくれて、付き合いで参加する時も、そのリーダー役の人が困ってしまわない程度に、お断りして、離れています。勿論ゴルフには参加しますが、やっていない時には別行動をします。私についてきたい方は拒否しませんし、良く面倒も見ます。団体行動が出来ないというより、ぞろぞろ付いてゆくのが嫌なのです。他に何か自分で行動すれば、皆さんと違った何かを見たり出来たりするのではないかと、もったいなく思うのです。旅をして後味が良かったと思うことが出来ることが旅の条件です。今まで、旅をして後悔したことは一度もありません。団体力以外は。というより、後悔するような旅行は自分でしないからです。納得がゆく旅行しかしないからです。今週末には、警戒火山で5日に大火砕流を派生させて200人以上亡くなった、ムラピ山の近くまで行くつもりです。ボロブドゥールは閉鎖中と聞いているのでどういう状況か確認することと、チャンディ プランバナンの様子も見てこようと思う。チャンディ プランバナンは2006年のジョクジャ、バントゥールの大地震の時に、かなりの部分が崩落してしまっていたのが、今、どの程度まで修復されているのかも見たいからです。ラトゥ ボコからのパノラマもまた、楽しみにしたいと思っています。自分で十数時間運転して行くのですが、行って良かったと必ず思うでしょう。是が、私にとって実益です。カラワンバラットのスダナゴルフの一番とクラブハウスの裏側の庭満足 ひたすら 気まま
2010.11.30
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斜めからインドネシアを眺める 802 どうも、私のことをフォトグラファーと思い込んでいる人が多いようだ。あるいは、写真を撮ることが、趣味だと思っている人が多いようです。プロファイルというか自己紹介でも、写真は趣味にも特技にもなっていません。 私の行動のついでに過ぎないのです。カメラはいつも持っています。いつでも、直ぐに取り出せるようになっています。そして、行動している最中にこれは写真を撮っておこうと思います。その結果の紹介が、ウェブサイトのフォトアルバムですし、毎日のブログの一枚ないし、二枚の写真の添付です。http://space.geocities.jp/enplaindonesia/newpage0001.htmlいつまで続くのか、止められなくなってしまったブログ投稿も趣味ではありません。こっちは、時間つぶしです。 どちらも、本当の専門家が評価すれば、散々なものになってしまうことは私が一番承知しています。ですから、どちらについても、ああした方が良い、こうした方が良いと思っている方も、何も言わないでください。言われても、それを、参考にして、スタイルや考え方、念入りにチェックし直す、読み返す、手直しをする、ということは全くありません。写真は撮りっぱなし、文章は書きっぱなしです。これが、私のスタイルというか、いい加減さというものでしょう。これで、すごいと評価されようと全く思っていないからです。 私の趣味や特技は他のことで沢山あります。その中の最大は仕事です。趣味であるし特技でもあると思っている。私の仕事し付いて、評価できる人はいないと思っている。そのくらい、身も心ものめり込んでいます。写真や文章を書くことでは、人に語れることは何人いつありません。しかし、仕事のことについては、語れば切りがありません。また、しかし、私が語ることを分かる人もいないでしょう。趣味であり特技であるということはそういうことだと思う。 思い立ったらいつなんどきでも、仕事に関して行動をする、自分が止めるまで、いつまででものめり込んでいる。何日徹夜しても、何時間考え込んでいても、それを、他の人は知らないし、知ってもらおうとも思わない。上手くいかなければ、それらのことは、全く無駄だったということに自分ではなるが、そこで、だめだったという経験を積んでいる。それも、他人からは見えない。 工場の様子
2010.11.29
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斜めからインドネシアを眺める 801 結局、インドネシアの押出成形の大部分は私が指導したことになっているし、私が考えた装置が使われている。これからも当分の間、その状況は変わらないだろうし、私が、インドネシアから居なくなっても、私の技術以外で、新しい製品を手掛ける会社や人は出てこないでしょう。全て私の技術がベースになって、新しい製品も生まれてくるでしょう。そういうインドネシア人を育ててきたし、二三年は、出来る人を育てたいと思っている。この世界は、製品を作れなければ、5Sがどうの、ホウレンソウがどうの、歩留りがどうの、品質がどうの、と言ったって、何も始まらない。インドネシア人しかできない製品がこれから多くなってくる。日本人は、品質改善やスピードアップや作業標準の改善などの会話に全く入ることはできない。そして、インドネシア人を評価することが出来ない。そういう日本人が上で大きな顔をしていては、インドネシア人は溜まったものではない。そういう会社は、淘汰される方向が正しいと思う。現在、日系企業にかかわらず全ての企業が輸入している押出成形品をインドネシア内で作って提供できる日本人はインドネシア国内に他にいない。知りえる情報では、まだまだ、色々な製品がる。それらを、一つ一つ、メイドインインドネシア製品に切り替えて行くことが出来るのは私しかいない。そこで、私はインドネシアにいなければならない。日本でも、私に来てほしいという会社は何社かあるが、日本で、日系企業を手伝うつもりは、全くない。そして、インドネシアでも日系企業の手伝いをすることは止める。 また、自分で始めようかとも考えたが、年も年だし、人を集めるのも難しいし、今どこかにある会社で私の手伝いに期待していて、誘いを掛けてくれる積極姿勢のローカル会社に私も、期待することにした。その会社の現状を見せて貰ったわけだが、まずまずの仕事をしていて、これなら、いけるだろうと判断した。新しい装置を入れるのだがそのスペースを確認した。製造作業者の腕というか、能力もチェックした。今の生産設備や技術はどこから誰が持ってきたのかも確認した。全て、自分たちで作り上げた装置を使っていた。一見華奢だが、良く考えられていて、これ等の装置なら、日系の企業でも興味を示すのではないかと思った。ただし、今の装置では、全く、発展性が無い、場所も狭い、新しい技術を使う仕事の話があったとしても、対応できる状態になっていない。新しい、装置を直ぐに入れなければならない。その方向で、経営者に提案をする。今年中に準備する。 サンモリッツの旧市街
2010.11.28
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斜めからインドネシアを眺める 800 来年から手伝いをする会社の様子を見てきた。公表はしないが、決定です。来年早々にはその会社の手伝いを始めているでしょう。面白くなりそうです。 再就職の話ですが、今、日本の若者は外国へ出たがらないと聞いていますが、本当でしょうか。私は、学生の頃、外国へ派遣されるチャンスが大きい会社へ就職したいと思っていました。結局、大不景気で、そういう会社に就職できなかったが、日本でじっと治まっているつもりは無かった、自分で会社を作って社長になっても、いつかは、チャンスを作って外国で仕事をしたいと思っていた。技術指導なら、開発途上国の手伝いを出来ると思っていた。だから、50で社長を止めて、53でインドネシアの若者に技術を伝えようと出てきた。それから14年過ぎるが、紆余曲折あって、また、技術指導先を探しているが、まだまだ、求めている人たちは大勢いる、いる限り、私が動ける限りは、指導を続けたいと思う。技術を持っていれば、求められる。 日本の学生の新卒者の就職率が史上最低という話も伝わってきている。外国へ出れば、仕事は沢山あるし、日本人を必要としている場所は一杯ある。ただし、積極的な人に限ります。内向的な人はだめです。その国の人と、すぐ、打ち解けることが出来る人でなければなりません。現場に入らない人はだめです。事務所でコンピューターに向かって、コンピューターとなにやら話をしている人はだめです。 これは、言葉以前の問題で、言葉も仕事も、来てから、就職してから覚えればいのです。これらを覚えることが出来る人は、積極的な人だけです。現地の人に早く溶け込むことが出来る人だけです。 ちゃんとした仕事に付けなければ、生活自体がままならなくなるし、結婚や子育ても出来ない。そんなことは言われなくたって分かる。しかし、職に就けない人が多い。日本国内の仕事が減っているからです。これも、百も承知、それなら、人を求めている外国で仕事を探せばいい。これも承知。何故そうしないのでしょうか、その国の言葉を話せない、売り込みできる技術もない。それじゃ、どうしようもない。えい、とばかり、飛ぶ出し、飛び込んでみませんか。当たって砕けろ、積極果敢に挑戦しなければ、道は開けない。インドネシア語は難しくない、普通程度の頭脳なら、ちょっと、その気になれば一年で日常会話かできるようになる。仕事だって、直ぐに覚えられる。 67歳のじいさんがなんとなく動き回っているのです。若者に出来ないはずが無い。日本人の若者よ、日本から脱出する積極性を持ってほしい。 どんなに陰湿なパワハラにあっても跳ね返す人もいるだろうが、逃げて帰りそうな日本人も一杯いるから、口のきき方に注意が必要である。泣き出して、帰りたいと言い出しかねないからだ。この人たちは会社から派遣されてきた人で、自分から望んで来たのではない。これは、若者というより35~55歳くらいのいい歳をした連中である。http://www.k4.dion.ne.jp/~enplaind/ オーストリアの道案内板、景色もさることながら、インドネシアとはえらい違いである。
2010.11.27
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斜めからインドネシアを眺める 799タンゲランにすごい人もいる物だと思う。かなりの困難な事態に陥っているにもかかわらず、内心は読めないが、外見的には落ち着いている。困難の原因は、私には分かる。参謀に恵まれていない。自分が選んだ参謀ではなく、与えられた人たちだから、なお、歯がゆいと思うのだが、それを、皆の前では口に出さない。私ならとっくに放り出して逃げだしてしまうと思うのだが、そのような気配を全く感じさせないで、ひょうひょうとしている。幅広い知識があるようで、経営の経験も豊富だと感じる。参謀に恵まれないとともに、これは当然だが、インドネシアの事情も知らない。信じていいこと、信じてはいけないこと、その区別がつかない。それでも、平然としているように見える。例えば中古機械に輸入は原則禁止だが、許可を取れれば輸入できるということを聞いている。中古機械を輸入して売っている会社もあるのですから、全面禁止ということ全くないと思う。そして、保税会社の認可を受ければ新品、中古の区別なく自由に輸入できるという話は、私は全く信じない。そんなわけが無い、保税会社であっても、中古機械は審査を受けて許可を受けることは必要だと信ずる。これ等のことは、関税が高いか安く済むかの駆け引きの問題だが、免税だからと言って、機械に価格が幾らでもいい、タダ同然でもいいということはあり得ない。常識的に考えて、その機械の価値が幾らかくらいかを評価して、免税でない場合の税額はいくらになるかが計算され、その上で、それが支払い免除になるというのが本筋です。そういうことは無いかもしれないがいつあるかもしれない、その装置が必要無くなって何処かへ売るということになれば、税金を払ってからでなければ売れないし、捨てるにしても、完全ぶち壊して再起不能にしてから捨てなければならないはずです。その評価は、輸入した時の価格から割り出すでしょう。ですから、常識的に考えて、エージェントが言っていることは疑ってかからなければなりません。インドネシアの道案内の看板、緑地に白で書いてある。こういう目立つ新しい看板は珍しい。木の陰や他の看板で見えなくなっている方が多い。ボゴール方面高速道路の終点、チレニイを出た処、左へ曲がればプンチャック、タマンサファリまっすぐ行けばランチャマヤ、リドのゴルフ、スカブミを通ってプラブハンラトゥへもう一枚は、プラブハンラトゥから出た処で、右へ曲がればその他の海岸へ、真っ直ぐ行けばスカブミ。EJIPの会社を訪問してきた。
2010.11.26
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斜めからインドネシアを眺める 798プロボリンゴの展望台へは行けるが、そこから下って砂の海(パシールラウト)を通過してブロモ方面へ行く道はクローズです。 http://www.k4.dion.ne.jp/~enplaind/newpage025.htmlhttp://island.geocities.jp/enpla_indonesia/newpage06.html私の目的を達成するための格好の職場を模索していたが、どうやら、これといった場所がありそうで、その場所に決めようと思っている。今週中には細部の条件の調整を終わらせるつもりだ。一時帰国のチケットも手配したので、諸手続きのスケジュールも間もなく決めることになる。来年早々には、別の場所で技術の指導やコンサルタントの仕事を始める目途が付いた。 どういうわけか、今週に入って、良く眠れるようになった。というか、眠たくなる時間が多くなった。会社でも、午後二時くらいになると眠くなってしまい、机に向かって書き物をしていても、つい、コックリコックリやってしまい、顔を洗って出直すことがある。今まで、他の日本人がコックリコックリやっている姿はよく見ていたが、自分はそういうことは殆ど無かった。 家へ早めに帰った時も、ついてしばらくすると、うとうとしてしまって、二時間ほど眠ってしまう。それから、夜10時くらいになると眠くなりソファーで二三時間眠ってしまい、気が付いて時計を見ると一時二時、今度はベッドへ入って、目覚まし時計を5時に設定しておき、その時間まで熟睡しているようです。朝食後7時過ぎの出発までの時間、30分くらい、また、うとうとする。 多分原因は、心配事が少なくなったからだと思う、いろいろ、考えることが少なくなった。今の会社の事も、ほぼ、後継者に任せれば良い状態になったと思う。従業員には私でなくて後継者の人に、なにもかも頼むように、報告するように話をした。客先にも、その旨話をしつつある。今月末までに、全権を委譲する。後は、後継者の能力次第と割り切るしかない。いなくなるのだから私が色々考えても、仕方が無い。 私自身の今後の事も見通しが付いた。今日はまた、新しいニュースが入った。孫や娘たちが、ドイツから日本へ来る日程が決まった。二月初めに来る(行く?)そうだが、来年三月には、日本で全員集合することになる。 プラブハンラトゥの漁港と田園地帯、インドネシアのどこにでも有る、普通の風景。
2010.11.25
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斜めからインドネシアを眺める 797 この会社で仕事をする期間は一か月を切った。この会社内で私が決済することや許可を出すことは無い。ゆっくりと一か月を過ごすことを考える。ついでに、職探しをする。というより、次の仕事場所を選ぶ。ということで、ある会社から条件を示された。心が動いたので、具体的な話を今週中にするつもりでいる。インドネシア国内売りで隆盛を極めている会社は目立ちます。いつまでもつか分からないが、とにかく、その会社めがけて、下請けの会社が殺到します。其の隆盛のおこぼれを貰える会社がまた隆盛になります。それに、ついて行けない会社はしぼむだけです。価格は非常に安い、それでも、コンスタントな量は確保できる。それが、頼りです。熾烈な競争があるのです。 押出成形の場合に限ると、軟質PVC以外は、注文を取っての生産が出来る会社は、今もって、殆ど無い。現在やっている仕事が出来ているだけです。そして、その大部分は私が完成させたものです。自力で出来る会社は全くない。日本の本社の支援を受けても出来ないのが現状です。今どき、日本で金型の設計をしてもらうなどという非合理的で非経済的なことをしている企業は無いと思うが、そこからしてもらい、金型も作ってもらい、試作もしてもらい、完成してから、技術指導込で金型をインドネシアへ持ち込む、そういう方法でしか、出来ない会社は、インドネシアへ来てはいけない。本当に特殊中の特殊品以外は、射出成型も同じことです。 逆に、日本の会社がつくろうとする製品の金型を作って完成品と共に金型を送って、日本で製造し、日本国内へ売るということが出来るような会社でなければ、インドネシアへ来ても意味が無い。インドネシアで金型を作れば、日本の三分に一以下、その他東南アジアで作るなら、半額で治まるし、納期は半分である。価格でかなわない、納期で構わない、品質は違わないでは、勝負にならない。何の花か分かりますか、朝顔の花のようですが、芋の花です。と、トカゲ、小物です。
2010.11.24
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斜めからインドネシアを眺める 796インドネシアへ進出している大多数の日系企業は、なぜかと言えば、円高克服と、安い人材と安い原料、部品を調達できる、それと、現地販売の増加を期待しているからである。様々な障害はあるが、それらへの期待が大きく、皆さんこぞって進出してきているのです。 こんなことは今さら書くまでもない事である。日本がどんどん空っぽになっている現状の流れは止まらない。20年先30年先の日本はどうなっているのでしょうか。私が、見ることは無い。 各企業とも、海外で成功することが活き残る条件になっている現実に直面し、そのための手を打っている。そこで、大きく左右される要素は、日本人の資質、能力、技術、指導力などの総合力である。 成功しなかった会社の多くはインドネシア国内売りが出来なかったというのが理由です。技術不足、価格競争力不足が主な理由ですが、いずれも、人材不足につながります。インドネシア国内に進出している日系の同業社は多くあります。独占企業というのはありません。 製造業で下請け会社として進出してきた会社は、最初は、どこかをメインの客先があって出てきていますが、それは、最初だけのことで、一年もすれば、価格競争にさらされます。そこから、あまくないことを知らされます。原材料に調達先から見直し、製品が出来てから客先へ届くまでの費用を見直します。一番見直さなければならないのは、収率や生産速度です。それには、他社に負けない技術力と手配力が無ければなりません。 輸入の原料でなければ製品が出来ないといって、その原料にこだわっていてはだめだし、なんとか、輸入しないで手にはいる原料でやるしかないし、やれる企業が残る。 材料は輸入、装置も輸入、出来た製品は日本へ輸出、その上装置は自動機で人をあまり使わない。こういった会社はインドネシアに進出してくる意味は全くない。唯一つでいいから、これ等から外れれば意味がある。例えば、製品の売り先がインドネシアかその周辺の国々なら、意味がある。インドネシアの田舎の風景、乗合小型三輪車、犠牲祭で食べてしまった羊に皮を洗っている。
2010.11.23
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斜めからインドネシアを眺める 795昨日書いたことは対インドネシア人の事でしたが、対日本人でも同じことが言えます。一応、言葉は通じるわけですから、日本人だけで出来ることについては、90%以上は、言ったことは実行されるでしょうし、信用してもいいでしょうが、日本人だけで事が進むことは稀である。インドネシア人をからませなければ出来ないことがお互いに大部分である。だから、私は、日本人がそう言っていたから、日本人が約束したから、といって、大丈夫だとは思わない。他の日本人が、大丈夫といっても信じない。経験上分かっていることについては、日本人が言った事より経験を信ずる。日系のコンサルタントやエージェントを通して、何かの申請をして、いつまでには認可が下りるとか、許可されるという返事を貰っている場合でも、その返事を鵜呑みにはしない。其の許可はどのくらいの期間がかかるということ、経験上、他の会社からの譲歩いうなどで、しているからである。それより早くなること無い、レバランや年末年始が絡めばその期間は、確実に遅くなる。必要書類に関しても、複数のエージェントから確認を取る。商売の関係でも、納期については、自分が自ら作り人、現場に出て直接指導する人以外の大部分の日本人からの返事は鵜呑みにしないことです。間接的にしか、製品の出来具合を知ることが出来ない人が大部分です。原料や梱包品などについても同じことです。現場に入らない人を信じては裏切られる確率が高い。ということは、自分の会社でも同じこと、現場を知らない人は、客先に対する約束を守ることが出来ない人です。間接的に知って、返事をすることは無責任につながるでしょう。私は、日本人にも聞きます、頼みます、しかし、それだけでは足りないと思い、その人の部下にも確認します。その逆もします。言っていることが違ったり、どちらかが承知していなかったりすることは普通にあります。そして、ローカルスタッフの方が正しい情報を持っていることの方が多いと思う。特に、インドネシアの法や申請に関する情報は、日本人の言うことを信じては裏切られる確率が高い。特に心地よい情報は信じない方が良い。マイナス情報は信じていい確率が高い。 すがりたい気持ち、信じたい気持ちは分かりますが、着任して、間もない人は特に注意が必要です。同じ社内の日本人からの情報もその人がコンサルタント会社の日本人だけから得た情報なら、同じ、扱いで、丸のみは禁物です。水車のある風景とゴムのプランテーション、いずれもスカブミ郊外。
2010.11.22
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斜めからインドネシアを眺める 794坂の上の雲、テレビをONにしたら偶然、始まったばかりだった。大河ドラマにはなりにくい大作なので、どういう形で、テレビでやるのか非常に楽しみに期待をしていた。今日の大一回は、再放送なのでしょうか、そこは分からないが、とにかく、大いに第二回を期待したい。会社を自分で始めたころ、一気に読み上げた思い出が有り、参謀という存在について、憧れを抱いたころでもあった。出勤日 全ての生産は順調に行っている。新しい仕事が入る可能性は少ないし、当分は、今の客先だけのお付き合いになると思う。平穏無事に推移するでしょう。日本人にとって、インドネシアは初めての人が大部分だし、長くいる人も、言葉が不自由なので、ミスコミが大変多い。インドネシア人スタッフの能力を使いこなせないのです。私から見れば、インドネシア人の半数以上は指導に来ている日本人より能力は高いと思う。日本人の多くは自分が出来ない部分をインドネシア人スタッフにやらせようとする。だから、能力以上や時間内にこなせないことも押しつけてしまう。あれやれ、これやれ、と言っておいて、出来なければ能力が足りないとか、報告が無いとか、文句をいう。インドネシア人が気の毒の状態が多い。例えば、私も、勿論不満に思うことだが、何かを頼んだ場合、その頼まれた人は、自分だけで出来ることは少ないので、他の人に頼む。しかし、そのまた、頼まれた人が、他人に頼む。その時々にいつまでやってほしいと言ってあるはずだが、その通りに出来ないことが多い。日本人は、最初に頼んだ人からの結果を待っているし、連絡を待っている。しかし、一向に現状の報告が入って来ない。頼んだ人に不満を示すようになる。ところが、中間のそれぞれの人が報告を出来ない状態にあるのです。いつになるのか、返事を出来ないのです。インドネシアはそういう国です。あきらめてはいけないが、それをもって、怒っても仕方が無いのです。なんど、イライラさせられたか、何度、自分でやってしまったか、なんど、言って聞かせたか分からないが、結局、私が接する人だけに言っても意味が無いことである。全体がそうなのだから、言われた人は、困るだけだということも分かっている。新しく来た日本人の殆ど、全員が、この壁に突き当たって、どうしようか、戸惑う。その人の部下のインドネシア人が気の毒な状態に置かれる。先日の犠牲祭の風景、道端で簡単な木組みをして、動物をぶら下げ、切り刻んでゆく、その後は、皆さんに分け与える。こんな生々しい風景がインドネシアの至る所の道端で繰り広げられる。ミスコミ 不満 お互い
2010.11.21
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斜めからインドネシアを眺める 793 一匹狼ならぬ、いっぴき羊の素浪人、自分がつくった会社の社長をバッサリ捨てて、50歳を境に、押出成形の技術を腰に差して、技術の伝達を目的とした旅にでた。依頼15年、紆余曲折だらけで、現在に至っているが、まだ、余力が十分残っている。そりゃー、若い時に比べれば、疲れやすいし、睡眠も不足気味、頭の回転も記憶も速度は落ちている。しかし、止まってはいない。 インドネシアで仕事をできる可能性がある限り、インドネシアから、去ってしまうことは無い。日本とインドネシアの半々の暮らしになるかもしれないが。本日は本社の監査役の方が見えて、インタビューを受けた。この会社の押出部門の成功を願って、エールを送る意味で、久しぶりに思うところを話したと思う。あまり意味があるとは思わないし、この会社には後一か月しかいないのだし、何か変わったからと言って、それを、確認することはできません。日本が“おんぶにだっこ”してやらなければ、現地では何も発展させることはできない。自立は出来ないのです。このことは、はっきりしています。今、日本で生産している物を装置ごと移して、仕事を確保するしかないのです。それでも、押出成形に関する私なりの考えを言わせてもらった、インドネシア人スタッフが少しでも、気持ちよく仕事が出来るようにと願うからだ。ぜひ、日本の手伝いなしで、自力で、仕事を獲得し、自力で金型を作って完成させ、自立の方向に向かってほしいからです。やはり、自分で仕切らなければ満足できないだろうし、満足させることも出来ない。ドンドン、煮詰まってくる。葛飾北斎がインドネシアの風景を版画で表したら、こんな感じかな。ジャティの木、真っ直ぐに伸びるので家の材料になります。 営業 厚い壁 自立
2010.11.20
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犠牲祭の日の道端のあちこちで、小動物の処理風景を見てしまった。子供や女性が着飾って、モスジッドでお祈りの後、ヤギなどを引っ張り出して、処分するのです。至近距離から回りを取り囲んで見ている場合がおおく、ちょっと離れた処からは、それらが邪魔をしていて見ることはできない。 最期は、5センチ角に切り刻んで、綺麗に並べて、皆さんに分け与える。皮を集めるところがあって、そこへ持って行くと幾らかの小遣になるらしい。この場に来れない人には、家まで届けるそうです。 声を開けておくと、色々な方から、心当たりを紹介してもらえるもので、大変ありがたいと思う。今日も、ある商社の方の紹介で、二年半前に一度誘いがあったローカルの会社から、再び声がかかった。私としては日系企業より、ローカル企業の方が、興味があるので、気持ちが動いている。しかし、どこで仕事をしようと、押出成形コンサルタントの仕事をするという意思には変更はない。また、今も出来ないで輸入している製品の一部でもいから内製したいという会社が早速、名乗り出てくれた。もう一つ、大変興味があるのは、ローカル企業が売る価格がびっくりするほど安い。このからくりを知りたいと思う。それには、中に入りこまなければ分からないと思う。日系企業が本当に不思議に思うことです。大いに興味はある。 それと、もう一つの目的を達成しやすい。 雨季で、ますます、道の状態は悪くなっている。高速道路も例外ではない、昨日まで無かった穴が突然あることがある。油断ならない。 私の道は、開けつつある、状態がよくなっていることを感じる。 インドネシアの田舎の風景。 、
2010.11.19
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斜めからインドネシアを眺める 791Idul Adha犠牲祭がまたやってきた。年々、犠牲にされる動物の数が増えていると思う。それだけ、インドネシアが裕福になっている証だと思う。道端で売られていた動物の数も増えていたし、生育の状態が良くなっていて大型の動物が増えていると思う。貧しい人々に肉を振る舞うというイスラムの教えから、来ている催しだと思うが、最近は、そういうことより、皆さんがこの行事を通して仲間意識を高めるという目的が主になっているように感じる。 私は好きになれない。また、この日が来たかと思うだけである。小さな子供も大勢見ている中で、当り前のように、牛やヤギやヒツジの首に切りつけて、大量の血を噴き出させて、殺し、血だらけの中で、切り刻み、皆さんで分ける。残酷極まりない。こういうことを平気で見ていられる一般の人々。良いわけが無いと思う。 皆さん、時間がかかったが、やっと、今の金型での押出成形に慣れてきて、不具合の直し方、傾向と対策が分かってきた。生産は順調に推移している。ただし、まだ問題がある。デリバリーの遅れが気に入らない。私の手から離れた部門の問題で、私が、後始末というか、段取りをしなければ、スムーズに製品が客先へ移動しない。 はっきり言って、PT.MAKUTAでやっていればよかったと思う。なにもかも余計な負担を強いられている。ここに入って、いいことは何もない。メリットは何もない。 ゴルフのメンバーが5人になってしまったので、私が、抜けた。おかげさまで、ちょっとドライブということにした。何度も言っているが7~8年ぶりになると思う。プラブハンラトゥへ、行ってきた。 昔と大きく変わったことは、道中の道路の状況でした。ずいぶん道がよくなっている。以前は凸凹がひどく、それを直す地元の人が、網を持って、お金を頂戴と言っている姿が多かった。インドネシアの風物詩というか、今でも、モスジッドを立てるためとか、道を直すためだとか、あちこちで、その風景に当たる。それがプラブハンラトゥまでの道からは消えていた。この雨季でも、穴ぼこは殆ど無かった。自宅を05:30に出て、09:00には、パサールイカンに着いていた。雨季にもかかわらず、天気に恵まれた。雨に降られたのは、もう、どうでもいい、帰宅途中からでした。ただ、ボゴールからポンドックインダーとチカンペックへ分かれる地点まで、大渋滞、2時間余り、帰りの方が、余計に時間がかかってしまった。今回は、港の西海岸よりも東の海岸巡ってみた。サンガラワヤンとロジという名前の海岸です。こちらの方面の海岸にウミガメの産卵場所があると聞いている。プラブハンラトゥの風景だが、同じ場所です。田んぼの手前の道からと、向こうの海岸の砂浜からです。後始末 不利益 遠回り
2010.11.18
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斜めからインドネシアを眺める 790 リックサックを背負って、一人で、ムラワイ辺りをふら付きながら、随所で写真を撮っていると、そこらへんにたむろしている警備員やトカンベチャ(ベチャの運転手)バジャイの運転手が人懐こい笑顔でこちらを眺める。目が会うと、しゃべらないで、手招きをする。乗らないか、というわけである。首を振って通り過ぎるが、その繰り返しである。完全に金が無い日本人がジャカルタ見物に来て、ふら付いている姿である。からかいやすいというか、話しかけやすい人物の印象を与えているのだろ思う。“こういうところへ行きたいが、一番の近道を教えてよ”と、聞くと、相手はびっくりする。あまりにもインドネシア語が達者なのできょとんとする。“本物の日本人だよ”と言って笑ってやる。快感!!!!リックサックとカメラは典型的な日本人観光客、ぼろぼろのTシャツとビーチゾーリは明らかにインドネシ人、面白い。そういえば、昨日のパサラヤの土産物フロアーで、歩いていても、日本語や英語で話しかけられない。いきなり、インドネシア語で“何をさがしていますか、なにか手伝いますか”と話しかけられた。多分、客観的にインドネシア人と思って間違いないという印象を与えているのでしょう。私も、そのつもりで巷を歩いています。ということで、殆どインドネシア人、この流れを踏んで、来年初めからの私の居場所と仕事の内容を決めた。押出成形コンサルタントになる。二三千万円の投資をしてテスト用の押出ライン二ラインを準備する。現在押出成形を内製している会社の品質向上や生産速度アップのお手伝いをする。これから、内製を計画している会社の手伝いをする。また、全体共通として、押出成形技術者の育成と、まだ、海外から輸入してその製品を作る技術が無い会社が、自社で出来るように手伝いをする。日系の押出成形会社もかなり技術不足で、現在、流れている製品しかできないで、新しい仕事は技術的に出来ない会社ばかりである。それらの手伝い。現在、輸入して使っている押出品の現地調達の手伝いなど、やれることは沢山なる。日系企業を主な対象にするが、インドネシアの企業にも技術の指導が出来るように、インドネシア人の営業宣伝マンと押出成形技術者を各一人に私のアシストをたのむことにする。こういうことは、出来るだけ広く知っていただく必要があるので、インドネシア語と日本語のウェブサイトを早く準備する。こういう仕事は、成功、不成功にこだわることはないし、利益にこだわることもない、ただし、場所は借りるので、借りた場所の不利益にならない、ということだけ心掛ける必要はある。そして、そのことを強調する。パサラヤブロックMの6階のアンティークショップ辺りからバスターミナル方面の大ガラスとシルエット。
2010.11.17
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斜めからインドネシアを眺める 789 連続で休みなく生産を続けている。順調に推移している。このまま行けば、18日からの納入は在庫から出荷できるようになるでしょう。 ジャカルタのブロックMスクエアーへ始めて行ってみた。通称ブロックMの日本人のための歓楽街の一角の東側、パサラヤとの間に、汚い、雑居ビルが有った。そのビルを建て替えて、駐車場も充実して新規にオープンしたショッピングモールです。パパヤの入り口のもう一つ東側の入り口からブロックMに入って、直ぐ、右に曲がった左側に駐車場への導入道路が有る。日曜の15:00過ぎだったので、か、駐車場に車が一杯、6階まで、途中は昼駐車出来ずに、グルグロ回って登って行って、あきらめかけた処で、空きがあった。それが、6階の売り場の入り口の前だった。売場へ入ってみると、中は新しいから、綺麗になっているが、雰囲気は以前の汚かった売り場と似ていた。感じたことは、10年も過ぎれば昔の汚くて臭くて、ゴミゴミしている雰囲気になってしまうだろう、という事でした。なにも買わないで、パサラヤへ行ってみた。全く、別世界である。広い空間にゆったりと商品が陳列されていて、私のビーチゾール姿は気が引けた。ショッピングをするなら、価格は別にして、こういう雰囲気でしたいものです。家具やアンティック商品が芸術的に陳列されていて、ゆっくりと見て回ることができる。欧米人や日本人の客が目に入る。私は、インドネシアの土産物フロアーへ行って、蝶の標本を買った。千五百円くらいで、高いと思いますが、地方の安いところへ行くにはそれなりの時間とお金が必要なので、そういうことを考えれば、高いとは言えないかもしれない。このフロアーはプラザスナヤンやサリナなどの土産物売り場より遥かに品ぞろいが多く、安いと思う。インドネシア中の土産物は全部ここで手に入れることができる。アリバイ作りには、もってこいの場所です。ちょっと脱線しました。その後、ブロックM界隈をブラブラしましたが、流石、ブロックM、ベチャやバジャイはこの辺りの名物風景である。昼間のカラオケ、日本食レストン街は全く間が抜けている。ただの、汚い、臭い街である。DVDやCDのコピーを売りたくてしつこい、日本語で、“裏もあるよ“と聞こえてきたりした。パパヤの前は、この商売の一等地らしい。 南ジャカルとの中心的地位にあるこの辺りは、広い大きなバスターミナルがあって、全国各地への長距離バスの多くはここから出発する。バス専用レーンを走るトランスジャカルタもここが南の終点で、北の折り返し点は、コタ駅前である。 なぜか、両替所とホテルが増えていた。色は同じだが、全く形が違う。ハイビスカス(ブンガ カルタス)と、名前を知らない花。ボロブドゥールからムラピ山を望む。現在、ボロブドゥールの観光は降灰のため閉鎖中です。
2010.11.16
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斜めからインドネシアを眺める 788 スリープ状態にしておいたラップトップを再起動して使い始めたがUSBが機能しなったので、再起動を試みた。その時から、思いがけない事態に陥ってしまって、どうしようか、途方に暮れてしまった。土曜日の夕方のことだったので、誰にも相談し様が無かった。ラップトップが起動しなくなってしまったのです。そしてなにもかもあきらめた。月曜日にしかるべきところへ持って行って、直してもらうしかないと決めた。 その前に、電源を切って、再びONにし、起動を試みた。システム起動の診断と修正もここも見た。そのたびに、失敗を繰り返した。システムの修復も繰り返した。しかし、何の反応もなかった。がっくり、何もできない。 予備のラップトップでネット接続を試みたが、フラッシュのセッティングをしていなかったし、メールアドレスのセッティングもしてなかった。しまったともったがどうしようもない。せっかくの予備機もブログを送るためには、まったく役立たずだったことを知っただけだった。月曜日にそれらのセッティングをすることにした。 それから、暫くして、余計なデバイスをはずしてみようと思った。それが有ったのです。デジカメのメモリーカードをリムーバブルディスクに差し込んだままになっていたのでした。はずしてみたら、真ん中の赤ランプの点滅が始まって、不思議や不思議、あんなにどうにもならなかった、起動が、マジックのように、何事もなかったようにパスワード記入の画面になった。やった。これで、ブログを送れる!!感激。 全く、こんなことも知らなかったのか、と、知ってよかった、が、交錯した。なにはともあれ、この数時間は何だったのだろうか、と思う。いい勉強になった。月曜日にジャカルタまで持って行く必要も無くなった。何事もなかったように文章を書いているし、投稿もしている。http://www.k4.dion.ne.jp/~enplaind/newpage025.html ブロモは手前の左側の白い煙を上げている低い山です。後ろの煙を上げている山はマウメレというジャワ島で一番、高い山です。http://www.k4.dion.ne.jp/~enplaind/newpage037.html 中部ジャワの真ん中、バトゥルラデンから見たスラメット山です。 フォトアルバムもよろしく!! 一大事 デバイス 困惑
2010.11.15
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斜めからインドネシアを眺める 787 パンガンダランの西海岸のサンセットと東海岸の漁港風景、朝10時ごろ、夜明けとともに一斉に漁に向かい、10時前には戻ってきている。いずれも、インドネシアの典型的な風景です。 17日の犠牲祭はイスラムにとっては、レバランと同じで、重要な日です。休日を移動して土曜日や月曜日にくっ付けて三連休にすることはできません。その日の休日出勤も一般の会社ではさせることは控えます。休日出勤を頼むときでも、その日の午前か午後かの半日ということにし、犠牲祭の催しへ参加できるようにします。 ということで、来週のその休日まで、三交代の勤務を変更せずに今日も明日も連続で休日出勤をしてもらっています。なんとか、製品の納期に余裕を持たせたいためです。 ところで、ルンブール(Lembur)オーバータイム(Over time)残業のインドネシアの割増金をご存知でしょうか。すごいですよ。日本は多分30%増しだと思いますが、こちらは、最初の一時間は100%増し、二時間目は200%増し、三時間目以上は300%増し、だと思います。すごいでしょ。ということは一日8時間残業をすれば通常の勤務の四日分の給料になります。一か月に6日ほど休日出勤をすれば、月給の倍になるのです。 運転手が一番恵まれている。運転手はゴルフ場へ送り迎いすれば、朝、4時くらいから午後3時くらいまで休日出勤ということになります。9時間ぐらいです。その間、運転している時間は平均で二時間弱でしょう。他の時間はなにをしているかというと、運転手どうしの控え所というか、溜まり場で休憩しているのです。その間も残業手当の対象時間になっているのです。ゴルフだけではない。仕事の後、飲食やカラオケなどで深夜までご主人様を待っているだけで自動的に時給の何倍かの手当が付くのです。 一般の従業員は運転手と違い、その時間、勿論、ずっと仕事をしなければなりません。しかし、手当の事を考えれば、皆さん、喜んで残業、休日出勤はします。逆に仕事が暇になり、休日出勤の機会が少なくなれば、がっかりします。 労働基準法でそうなっているからそれに従うしかありません。残業や休日出勤を出来るだけさせないで、その代わり、もっと、多くの人を雇ってください、という趣旨です。しかし、運転手などは、増やすことはできません。一台に一人で一台に二人というわけにはいきません。もっとも、車と一緒に運転手もレンタルということにしている会社が多い。そういう場合はどうなるのでしょうか。レンタル会社も契約社員として雇っていて、必要な時だけの勤務にしているでしょうから、残業や休日出勤にしていないのかもしれません。 どうすれば一番人件費を減らすことができるか、どの会社の経営者も工夫をしていると思います。
2010.11.14
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斜めからインドネシアを眺める 786 右腕が筋肉痛になってしまった。年も年だから、痛みだすのが遅い。そこで、ついつい仕事に打ち込んでしまう。二日後から痛みが出てくる。今は、多分ピーク状態で何もしなくてもずきずき痛む。原因はというと、製品を組み立てて出荷するが、その組み立てできつい部分がある。叩いて嵌める。それを一日5時間ほど二日やった結果でした。納期に何とか間に合わせようとむきになって、叩き込んだからです。今は、その仕事はまだあるが、余裕が出来ているので、私が手伝う必要は無くなっています。 生産速度アップを押出を知らない人は直ぐ言い出す。射出でサイクルタイムを短くするという考えと出所は同じです。単位時間で生産量を揚げてコストダウンをしたいことと、納期に余裕を持たせたいからです。気持ちは十分分かりますが、それが、一筋縄ではいかないことをご存じない人が、簡単に速度アップを言いだすのです。 一番肝心なことは、今使っている金型で速度を上げれば、製品の全体が小さくなってしまうことです。寸法公差の範囲内を保つことが出来ずにNGになります。速度を1.5倍にした時に今の金型で3%製品が小さくなるというテスト結果があれば、今の金型より3%大きな金型を新しく作らなければなりません。そうすれば寸法についてはOK品が出来ます。 それ以外のNGが増す要素はどうでしょうか。沢山あり過ぎて、書いてもしょうがない。知らない人には説明しても意味が無い。だから、そう簡単に生産速度アップはできないのです。できるなら、初めから、その上げた速度を設定して金型を作る。現在の速度が一番安心して歩留りも落ち着いてできるのです。いたずらに金を掛けて金型を作り、人や時間を掛けて、トライしてみても、これを回収してなお、利益の増加の成果は得られないのです。 道路沿いにあるネットカフというのでしょうか、インドネシアではワルネッと言います。ゴレンガンとエスチャンドルのカキリマです。後者はお米の粉を練って丸くへそ餅のようにしたもので、シロップと水に氷を加えた飲み物です。インドネシアはポピュラーです。
2010.11.13
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斜めからインドネシアを眺める 785 千客万来、相手をする日本人も大変、自分の部門だけでなく、知らない部門の案内もしなければならない。そこで、あれこれ質問されても、答えようがないが、知っているふりをして適当に対応している。私はそういう案内をすることは無い。一種のよそ者なので、余計なことを言ってしまっては困ることと、実際、相手がこの会社とどんな関係にあるのか知らないので、対応が難しい。 始まったばかりの会社に色々な会社から、見物に来られ、あーでもないこうでもないと言われ、なんだかんだと指摘されても、どうしようもないと思うが、この会社の人たちは、真剣にその指摘に答えようと会議をしているので流石だと思う。私なら、なにもしないでそのままにしておく、気が向いた時いつか自分流で、すっきりさせる。世間的には通らないらしいが。 次の土日とオーバータイムでこなせば、少しは余裕が出来て在庫も置けるようになるでしょう。やっと見通しが付いた。 ここへ来て、予期せぬ?ことが起きた。PPの原料が入らない。毎年、一カ月間ほど、PPやPEの生産を中止し、装置のオーバーホールをするのが決まりだということは分かっている。チャンドラアスリ、トリポリタである。このことを知っているからこの時期には商社も商売をストップ状態になる。使う側はそれを見越して、この、二か月前ほどには最低一つ気分以上が在庫を水増しして置かなければならないことも分かっている。しかし、この会社の購買担当は、現金払い、が気に入らないことと、在庫を増やしたくない、の一点張りで、原料の生産が止まった時、現場ではどれだけこまるか、客先に迷惑を掛けるかなどは全然、頭にないのでどうしようもない。 私としては、電話を掛けまくって、少しでも在庫がある会社を探し出して、少しくらい高くても現金を持って買いに行くしかない。まったく、人の気も知らないで、購買担当は呑気なものである。 だから、独立して自分やった方がどれだけ気が楽か、計り知れない。ま、今年一杯です。 写真が無くなったときのために撮っておいた孫の写真、困った時の孫頼み。私に抱かれて熟睡している孫、ユキコ、私が迎えに行ったキンダーガルテンからの帰り道、雨が上がっているのに、私が持って行った傘が気に入った様子。
2010.11.12
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斜めからインドネシアを眺める 784 大雨が降り落ちる中を金型屋へ向かう。車を洗うことは無駄である。私の車は、いつも泥をかぶっている。雨にぬれて、埃やちりが付着して汚くなるのではない。泥水のドロドロの中を走るのです。車は泥んこだらけ、乾けば泥の厚い膜が跳ねた模様でついている。もし洗えば、細かい粒子の赤土がどっと流れだすでしょう。 生産の方は落ち着いて、今日は50セット準備が出来た。明日からは、短い方を最低70セット準備できる。 問題は、形状だけではない。NGの原因は外観不良が多く、人の手で触っただけでもその跡が付いてしまう。ひどければ拭いても消せないのでNGになってしまう。そういう中の一つとして、インドネシア人はミニヤックと言っている、油のしずくを落としたように光った小さい点々が出来てしまう。原因は原料自身にある。しかし、原料を変えるわけにはいかない、この原料で、消すような条件を見つけなければならないが、直ぐというわけにはいかない、それが有る状態でも生産を続けなければならない。 それを消す方法を考えた。良い、磨き粉が見つかった。ちょっと手間はかかるが、NGにしてしまうより遥かに助かる。 金型を新しく作れば解決するという話では無いにも関わらず、何が根拠なのか、金型を新しく作るらしい。100万円くらいかけるらしい。いつになることやら、私がいる間には絶対間に合わない。早くても、半年かかると思う。その前に中止になる確率が少なく見て90%以上あると予測する。金型が出来ても、問題は解決しないし、今までの安い金型(40万円)でやることに結局なるでしょう。私にとってはどうでもいいことだし、まずいことは私の責任ということでかたづけられるでしょう。世の中、そういうものです。 仕事をしているという実感があるし、インドネシアで、後、何年間かは、押出の仕事をするわけで、私が、フォローしなければならない状態にならないようにしっかりやってもらいたいものです。 カリマラン川沿いのカリマラン通り。夜は真っ暗になって若い女性にとっては危険な道になる。 20回に一回の確率でニアピン賞を取ることができる。その数少ないうちの一つです。黄色いボールを使っている。
2010.11.11
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斜めからインドネシアを眺める 783結局、今朝から、再び量産に入っている。色々あるもので、量産をしている最中に次第に金型の状態が変わってしまっている、それを、振り出しに戻すのが大変。作業員は、製品がうまくできないときに条件を変える、その、変え方が、温度条件や速度だけなら何ともないが、金型の寸法までいじってしまう時がある、禁止をしているのだが、積極的な、オペレーターが夜勤などで、我慢が出来ずに自分で何とかしようと思い、加工を加えてしまう。それで、うまくいく例は殆ど無いことを知っている。結局、どうにもならなくなって、私が、何とかしなければならなくなるハメになる。今回がそのよい例だった。現場に十数時間立ちっぱなしで、こういうことをしていると、無我の境地になるものです。上手くいくという確信はなく、うまくいくかもしれないと思いながら、いくつもの手段を次々と繰り出していくのです。手段が尽きてしまって完成しなければ、その仕事はできなかったということになり、自分の責任になる。いつ終わるか分からない、いつ良品ができるかわからない、そんな中で、黙々と作業をしているといつの間にやら、自分だけの世界へ入ってしまう。いつまで何とかしなければならないという、思いは全くなくなってしまう。 こういうことが、まだ可能である。 インドネシアのどこでも見ることができ インドネシアの草花
2010.11.10
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斜めからインドネシアを眺める 782 昨日の朝から、立ちっぱなしで、機械の傍で右往左往していた。参った、参った。昨日はとうとう徹夜で仕事、今の今まで、仕事、うまくいかなくなった仕事の金型の修正や試作、納期は過ぎている。切羽詰まった状態で、何とかしようと試みたがなかなかうまくいかず、今まで、掛ってしまった。 昼食後また、もう一型の修理と試作をする。また、今日、いつまで仕事をするか分からない。 赤とんぼ?と白い花と私の手。
2010.11.09
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斜めからインドネシアを眺める 781 連日激しい豪雨にさらされている。一点、にわかに,かき曇り、その雲の塊がつむじ風と共に落ちてくる。大粒の雨が降り注いでくる。ゴルフの帰りにたまたま通ってしまった、ジャバベカ2の入り口付近の特設ステージに人気グループのコタック(kotak)のコンサートが行われた。インドネシアの熱気が感じられる。軍隊の装甲車まで出て、警備に当たっていた。 私にはまったく、関係が無いことですが、警備といえば、オバマ大統領が9日火曜日にインドネシアへやってくることになったらしい、来る来ると言っていて、何度も延期になっていたが、やっと、実現するらしい。まだ、本当かなあと疑っている。かなりの警戒態勢に入っているようです。その為かどうかは知らないが、戦闘機まで編隊を組んで、何度も上空を通過していた。大量のSPがとっくに入国していて、警備の指導をしていることは知られている。 ジャカルタ、スカルノハッタ国際空港はムラピ山の火山灰がはるばると飛んできているらしくて、航空会社によってはジャカルタ着陸を避けているし、SQやJALなどはジャカルタ便を欠航にしている会社もある。ジョクジャカルタ、ソロの空港は閉鎖、バンドン空港も、降灰状態によって、掃除時間を取っていてその間は、着陸できないと聞いている。 そんな状態でオバマさん本当に来るのでしょうか。二氏ジャカルタのハリム空軍の空港(今の国際空港が出来る前ここが国際空港だった)に降り立つ確率が高い。ここなら、警戒態勢も敷きやすい。カリバタの英雄墓地を訪問は決まっているらしいが、その他の事は明らかにしていないようです。バソを食べたい?と言っている? ジャカルタでは、かなり頻繁に、大統領などのVIPの通過に合わせて、大規模な交通規制がある。それでなくても大渋滞が頻繁にあるのに、政府は何を考えているのだろうかと思う。9日10日はジャカルタの交通は完全にマヒすると予想されている。どうなるか分からないところがあるので、ジャカルタに住む人たちは覚悟が必要でしょう。移動はヘリコプターを使うという噂もある。 疲れがピークに近くなっている。チカランのSGC。リッポチカランは日本人にとって有名ですが、行動沿いのチカランの街の中心地のショッピングモールです。ルマーアバンの駅。
2010.11.08
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斜めからインドネシアを眺める 780例によって、親しい方々とゴルフを楽しんだ後、パネルの新しい金型をチビトゥンへ受け取りに行き、そのまま、出社。夕方からパネルの生産を二ラインですることになった。相変わらず、私の子供達は良く仕事をしてくれる。それに引き換え、彼らの上司に当たる役職の人達は残業手当が付かないので、出勤することは全くない。インドネシア人も日本人も同じである。私が継続的にいるなら、次の人事考課の時に、彼らを官職へ外すでしょう。今月17日はイスラムの祝祭日でラマダンの次に重要な日である。犠牲祭と日本語ではいうらしい。この時期のインドネシアの風景は嫌いである。道端のあちこちに仮設の動物置き場が出来て、ヤギやヒツジや牛が置かれ始める。どの動物も、汚く汚れている。犠牲祭の日に生贄にするために売っているのです。 日本へ帰っていたKさんが昨日インドネシアへ戻り、今日は早速一緒にゴルフでした。明日も、やりたいというので、私は予定していなかったが、人数合わせに協力することにする。何となく、やつれた感じはするが、大変元気そうで、安心した。今月末にまた、日本へ帰るそうだが、また、しばらくすればインドネシアで会えることになると確信している。 先月末で私の専属キャディーが止めた。今日から新しい専族キャディにお願いすることにした。マリアナさん、21歳だが、結婚三年目、1,5歳の一児の母である。前のキャディからの紹介でした。地元中の地元でルマーアバンの駅の傍が生まれ育って今も住んでいるという。私が1997年からそのあたりに7年ほど、住んでいたわけで、そのころ、彼女は、中学、高校生だった。ちょっと不思議である。話題が会うから面白い。 ムラピ山噴火による被害者は死者200人以上に及んでいる、多くは、避難勧告に従わなかった人たちです。そのことは機能触れたが、それとは別に、インドネシア各地で、義捐金の募集が行われている。若者が、道端のあちこちでダンボールに穴を開けた箱を持って立っている。本当にそれらのお金がムラピ山の麓へ送られるのか多いに疑問だが、とにかく、盛んに金集めが行われている。中古のパレットの販売をしている。二百メートルくらいの道端に二十軒以上並んでいる。なぜ、並ぶのでしょうか、商売をするなら、並んでいないで、離れていた方が商売をしやすいと思うが、不思議である。 雑記 目まい 元気
2010.11.07
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斜めからインドネシアを眺める 779昨日のヒーター屋さん五つそろえて一日で作ってきた。一個1200円5個で6000円、キャッシュで私が直ぐ払った。会社には請求しない。また、なんだかんだと、私以外の人に話があるでしょう。インドネシア語でアパ ボレー ブアッ(Apa boleh buat)“どうしようもないね!!”という意味です。ナンボ安いからと言って、いつになったらまともな品物が入るか分からない様なところと付き合っていられない。気が遠くなりそうに張りつめて仕事をしているが、結果が思わしくない。上手くいかない要素が沢山ある上にその組み合わせとか順番とかがあって、壺になかなか巡り会えなくて立ち往生している。このまま、ずるずるやっていても仕方が無いし、土日は休もうと思うが、どうでしょうか、金型の修正が出来ればまた、明日も夜までということになりそうだ。疲れも、かなり、蓄積してきているようで、パニック障害の症状とは違うが、フラッと目まいがするときがある。年も年だから、若い時のようには無理が出来ないことは分かっているが、できなければ、できるまで、とことんやるという性格なので、仕方が無い。何でもかんでも、自分でやらなければ気が済まないのも性格です。任せてうまくいけば、それに越したことはなく、一緒に喜べるが、任せられた人がうまくできなければ、私がやって見本を見せるしかなく、私が直ぐにできなければ私自身が何時間がかかってもやって見せなければならない。時には何時間も立ったまま、あっちへ行ったりこっちへ来たりふらふらしながら考え事をしながら、作業を続けるのだから、疲れも溜まる。何も活動しない人が羨ましい。 溜まった疲れをどこでどのようにして抜くのかというと、抜いていない、溜まる一方である。どこまで溜まるのか、ためるだけためれば、いつかは破裂すると思うが、直ぐなのか、遠い先の話なのか、私には分からない。破裂といえば、ムラピ山、噴火が続いているようです。雨季の今、大火砕泥流によって犠牲者も多く出ている。半径20km以内は立ち入り禁止、避難勧告地域である。ボロブドゥールは40km以上離れているが、火山灰が降るそうです。ジョクジャカルタやソロの空港も風向きによっては離着陸が出来ない状態になり、ジャカルタ発が引きかしてきたという話もあります。飛行機を使ってバリやジャカルタからボロブドゥールやチャンディ プランバナンなどのオプショナルツアーを計画している人は、状況を把握しておいた方が良いと思います。避難所に寝泊まりしている人たちの何%かは、自宅へ戻ってしまっているそうです。その理由がヤギや牛などの家畜のことが心配、もう一つは、留守宅荒らしを警戒しているのです。インドネシアらしい。こんな非常事態の時でも、人々は信用できないのです。このことは、それぞれの体験からの行動だし、場合によっては自分もやるかもしれないという意識があるからです。 ニュールンベルグの旧市街とキンダーガルテン
2010.11.06
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斜めからインドネシアを眺める 77867歳になったばかりの日に夜中の一時まで仕事、新しい仕事のためのトライでした。流石に今日は朝からつらい。それでも、結果が出たので、気分はいい。 高がヒーターされどヒーター。昨日の続き、私たちは金型の温度を上げるヒーターは必需品です。現場から、ヒーターが切れてしまった、予備を使いから、今は大丈夫だが、できるだけ早く、予備を購入する必要がある。インドネシアのヒーター日本のヒーターに比べると寿命は三分の一くらいです。納期は一週間が普通です。 今回起きたことは、予備の購入依頼を購買へした。その時、従来から買っている処の見積もりを添えた。ところが、購買曰く、これは高すぎる。購買でもっと安いところを探して注文するので一週間前得ほしいと言われた。 一週間待ったが何の情報も入ってこない。問いただしたら、一社あったが高かったのでやめて、まだ探している、もう一週間待ってほしい、と言われた。そして一週間後やっとある買いしへ注文してくれた。頼んでから約三週間過ぎていた。一か月過ぎて物がはいいてきた。図面とは掛けはなれた寸法の間ものだった。図面通りの物を持って来いと頼んで、また、一週間後に持ってきた。これが、すごい。電気を通した瞬間にショートしてしまい、中の線が切れてしまった。今度はいつもってくると聞いたら、今度は二週間後だと言ってくれた。 もう、このメーカーに付き合っていられない。購買担当を抜きにして、以前から、納入してもらっていた、ヒーター屋を呼んで、いつできるか聞いたら、二日後だという。早速注文をした。 こういう話は、次から次へとある、どう考えても、足手まといの上に客先に大きな迷惑を掛ける可能性が高い。5Sもいいが、事情を知った人が、その仕事に就かなければ適材適所とは言えない。 ジャバベカ2のカリマラン川に近い、エッチングの会社を訪問した。エッチングとは表面をあらすという意味?シボ加工もこの一つだとか。砂やガラスビーズを吹き付けたり、腐食させたりして、金属表面を細かく荒らす仕事です。一番気を使うし面倒な仕事はマスキングと言って、エッチング加工をしてはならない場所に何かを張り付けて、保護をする。サンドブラストは一つの方法です。 思ったことは、この加工は、機能的に必要としない物が多く、こういう色々な模様に製品を見ると外観の高級感といった、見た目の好印象を目的とした物が多い。なぜこんなに複雑な模様を付ける必要があるのと、首をかしげる。機械に中に入ってしまい、人の目に触れないところの部品にまで、シボ化工をするのはなぜでしょうか。
2010.11.05
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斜めからインドネシアを眺める 777今月へ入って、押出の忙しさが増した。自慢じゃないが仕事が増えれば不良品も増える。出荷も忙しいが、検査も忙しいし、不良の処理も忙しい。一連の製品の本格納入が始まったからです。今までのように日本からの輸入品を保険にすることができなくなり背水の陣で対処しなければならない。失敗は許されない覚悟で製造を続けなければならない。現在、勿論、一つの製品で一型しかもっていない。何か傷を付けてしまったとか、樹脂の流れに変化が生じてしまったとか、生産継続が出来なくなってしまうことを想定して、予備の金型を手配した。場合の依ってはその予備の金型も同時に生産につかわなければならない事態になるかもしれない。訓練用のも使うと思う。客先からこの金型費用は頂いていないが、内部事情で作る必要が有ると思うからです。自分たちの安心に投資するのです。一人、蚊帳の外で、監査だけをしている人がいる。インドネシアらしい話があった。原料を注文した。その原料は着色原料なので、注文先にその着色前の原料が無ければ仕事が始まらないし、納品が出来ない。注文は3週間前にした。一週間前にまだ納入されてこないので聞いたところ、元の原料が入って来ないから出来ないという、今になっても、まだ、入ってきていない、いつ入るかと聞いても、いつになるか分からないという。原料がいつになるのか分からない物をこれ以上そこだけを頼りにするわけにかないので、他の着色原料屋さんを呼んで、至急作ってほしいと頼んだ。通常、一週間掛るというところを、たまたま、原料があるというので、無理を言って、三日でやってもらうことにした。これでも客先には、原料が切れてしまったので、納品の間隔が空いてしまってもし分けないという話をして、了解を得た。ここまでがインドネシア人人だけのやり取り、交渉でした。結局、原料が無くて生産が出来ない。納品が遅れる。客先に迷惑を掛ける。そして、いつから生産が始まるか、まだ、はっきりしていない。ということを彼らの電話のやり取りから知った。私に報告しないでも、自分たちで何とか解決できると思ったという。 客先に大きな迷惑を掛ける可能性があるので、私が何とかしなければならない。着色屋さんの日本人に今朝、電話し、事情を話した。11時ごろ回答があった。無いと言っていた、ベースの原料があるという。そして、今から直ぐ生産に入って今晩、一部でも届けますという事でした。急転直下、解決してしまった。 今晩から、内の生産できるのです。このことを、内のインドネシア人スタッフに話したら、がっかりしていたようだった。同じ、インドネシア人同士で、言っていることが信じられない状態になってしまっているからです。 こういうことは、珍しくない。インドネシア人の仕事を頭から鵜飲みをするように進ぜてはいけません。疑って、自分で確認することです。インドネシア人は仕事を一生懸命やる人が多い、真面目な人が多い、しかし、お互いに、どこか抜けている感じがして、目的を達成するのに時間がかかり過ぎる。せっかちな私としては歯がゆくて仕方が無い。それでも、インドネシア人に任せることにしている。私は、その欠陥を埋める役目をしている。 製造についても同じことだ。私が出来てしまえば、インドネシア人に渡す。出来なければ、また、出来るようにしてやる。 唐辛子の追加、無料 サラダバーならぬ、サンバル バー色々な種類にサンバルが書いてある。インドネシアン人にとってはこれが相当の魅力らしい。ロッテマートの敷地内にある。 手配 欠品 ストップ
2010.11.04
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斜めからインドネシアを眺める 776 私の誕生日でした。曾祖母,曾孫、爺さんと続いた誕生日は一旦ここで終わる。インドネシアでは、誕生日を迎えた本人が、関係の皆さんに何らかの振る舞いをするのが習慣になっている。今回私の場合は、一人二万Rp(二百円弱)で100人にお菓子と飲み物を配りました。イスラムの習慣で、お金を持っている人が持っていない人に振る舞うことになっていることもあって、日本人は誕生日を知られれば、皆さんから、要求をされます。答えるかどうかは本人次第で、何も振る舞わなくても問題はありません。気持ちの問題です。 デルタシリコンのPT.ISOGAIという会社を訪問してきた。私の仕事ではなく、射出の人からインサートに使うネジを国内調達したいので、紹介してほしいと言われていた。ボルトというより小さいネジが得意な会社です。 社長の磯貝さんとは10年前くらいからの知り合いで、ゴルフをアクラブ会で一緒にさせていただいていた。仕事上全く関係が無かったので、今まで、お互いに会社を訪問することは無かった。今回初めてでした。ネジを作っている工場を見るのも初めてでした。大変精力的なかたで、10年間常に上昇し続けていました、今も成長中の様子で、順調に行っておるようです。 日系のネジ屋さんはそう沢山あるわけではないので、責任が重い仕事だと思う。工程を見せていただきましたが、針金のように巻かれた束から引き出しながら直線にして、その後は、切ったり、ネジの頭(プラスやマオナスなど)を作ったり、勿論ネジを作ったり、ワッシャーをはめたり、一つのまとまった装置で全部やってしまって、完全な製品の状態で受け皿へ落ちてくる。色々な加工する行程を連続させているに過ぎないが、かなり高度な精密工程だと思う。NG品のチュックもこの工程の中で自動的にしているようで、たまに装置が自動的にストップしていた。その時、作業員がその品を取り除いて、装置を再稼働していた。出荷前の検査は女性が全品検査をしていた。NG品の箱のものを手にとって見て見たが、私の目では何が原因なのか分からなかった。原因を聞いても、それを確認できなかった。私では検査員を務めることはできない。彼女達の視力はすごいと思う。5mmφが大きい方だが、これからは8mmφ位までの物までできるようなちょっと大型の機械も導入して手掛け始めているようです。環境的にも模範的な会社だと思う。うらやましい。
2010.11.03
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斜めからインドネシアを眺める 776ドイツの孫のマユミ アンジェリーナ4才の誕生日 保育園の年少組へ通っているがなかなか年長組のお姉さんと遊べなくて問題が有るらしいが、親が見聞きすることが壺を得ているかどうかは分からないと思う。ハスタプリマ、以前はモデルン トゥールシンドという名前の会社でした。ブカシのジャカルタに近い場所にある、モデルングループの一つの会社で射出の金型製作が主な会社です。私がインドネシアへ初めてきた時、十数年前からの付き合いです。当時は押出の金型もお願いしていたが、今は、もっと近くて安いローカル企業に頼んでいるので、お付き合いは薄くなっている。射出の金型製作は、ずっと、忙しくやっているようです。社長のFさん、(何年か前にパンガンダランやヌサカンバンガンへ一緒に行ったことがあって、彼は非常にラッキーだった。ジャングルでラフレシアの開花途中と開花したばかりの状態に出会うことが出来た。また、ヌサカンバンガンでは1Kgもあろうかというロブスターを海岸で焼いてかじりついたことも出来た、楽しい思い出を共有している)ソニーマニュファクチャリングで技能オリンピックへ出場する技術者の指導をしていたという、ベテラン技術者で、精密金型に関しては、この会社でできなければ、インドネシアでは出来ないと言われているくらいの地位にある。久しぶりに内の新任の射出担当の技術者と一緒に訪問してきた。内でも金型製作部門をつくるという計画が有るらしいが、いつのことになるやら分からないし、消えてしまうかもしれないので、とにかく、射出の担当者はインドネシアの金型事情を知っておく必要があるからである。Fさんとは5年ぶりくらいでしょうか。60を過ぎてなお盛ん。65歳まではインドネシアで頑張りたいと言っていたが、忙しい様子で、後継者がいないので、自らが先頭に立ってやらなければならない。後継者を育てることが先決だということも承知しているようですが、同じようにできる人はいないと私は思う。私と同じ状況でその心境はよく理解できる。7~8年前のご本人とは別人のようにまじめ一方で仕事に打ち込んでいるようです。 広い敷地内の一角にあるハスタプリマの工場だけを残して、セブンイレブンの配送センターになるそうです。モデルン財閥グループがセブンイレブンのインドネシアの経営ライセンスを引受けて、まず、ジャカルタと近郊に10店舗開くそうで、その準備が今年中に始まるのだそうです。
2010.11.02
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斜めからインドネシアを眺める 775 残り二カ月である。暮れに日本へ帰るが、一月早々、インドネシアへ戻る可能性が高い。二つの方向に搾られてきた。どちらにするにしても、私が思っているような状態になり、私がインドネシアでやらなければならないと思っているいくつかのことが一遍に出来るはずである。どちらの方法でも、使う装置は同じなので、今の会社からでる12月末を待たずに装置関係の準備にはいる。 技術指導は二の次とし、客先のインドネシア国内調達をお手伝いし、なお且つ、現在、内製をしている会社の装置のより効果的な使用と、新製品の立ち上げのお手伝い、これから、内製をしようとしている会社のコンサルタントもやれるようにする。 残念ながら、私の専族キャディが今日を最後にキャディを止める。11月から、今まで行っていた夜間の学校から昼間の学校に変えるそうだ。それでは引きとめることはできない。勉強を頑張っていただきたいと思う。 ある押出成形の会社のホームページで写真付きで紹介されている主力製品の大部分は私がつくった装置と金型で技術指導して日系企業のインドネシア調達をお手伝いしたものです。この会社からは結局追い出されましたが、私の技術を前面に出して紹介しているようです。塩ビのチューブやガスケットは私の技術ではありませんが、馬鹿でもちょんでもできますから、ローカルを含めて競争が激しく、殆ど利益が有りません。それなのに、何故でしょうか、原料を高めで買っていて、値下げ交渉をしない。何か、理由が有るのでしょうか。 私のホームページhttp://www.k4.dion.ne.jp/~enplaind/newpage034.htmlhttp://www.k4.dion.ne.jp/~enplaind/newpage060.htmlhttp://space.geocities.jp/enplaindonesia/newpage5.htmlhttp://space.geocities.jp/enplaindonesia/newpage00060.htmlhttp://island.geocities.jp/enpla_indonesia/newpage0227.html 以上はこの会社で生産されている製品の説明、いきさつなどです。その他にも、インドネシアで、完成させた製品が有りますが、この会社では完成された私の装置、金型を持っているのですが、成形できなくて、今は、PT.NANBUでやっていますが、私が出る幕が無くなったPT.NANBUでは出来ない製品があります。それらを、来年から別の場所で、安定した生産をしたいと思っている。これも、インドネシアから出られない理由の一つです。昨日の結婚式と披露宴会場にて。
2010.11.01
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