全31件 (31件中 1-31件目)
1
斜めからインドネシアを眺める 774ゴルフの後、久しぶりに結婚式に出かけて行った。場所は、MM2100からLOTTE MARTの脇の出口から出て、カリマラン川を渡った場所から、100mくらい北にいった住宅地内でした。いつもベンケルサンジャラヤという金型屋へ行く道の途中で、迷うことは全くなかった。 こちらの結婚式や披露パーティーの招待状は一週間前くらいに来る。日本のように二三か月前に案内をして、出欠席の確認をするということは無い。とにかく、大勢の知る限りの人に出す。百人とか二百人は普通だと思う。時間は当日の朝10時頃開始で、人が来なくなるまで、という、時間の案内になっている。場所は新婦の実家が多い。結婚式場やホテルで、ということはごく例外的な金持ちがすることで、一般的には、家の庭や家の前の道を使う。通行止めにする場合が多い。ちょっと金持ちだと、バンドが入る。これが、マタ、うるさい。 皆さんが三々五々集まってきて、受付の女の子が座っている前の段ボールの箱に封筒が入るくらいに隙間を作ってあるので、祝儀を渡し、本人たちや両親などにおめでとうと言って、準備してある食事を頂いて終り。二三十分もいれば十分です。入れ替わり立ち替わりお祝いの人がやってくる。祝儀は、私は約3千円、飛びぬけて多い金額だと思う。本人の友達からはおそらく一人300~500円位のものだと思う。その場の食事代を払うようなものです。 新郎新婦は一日中、準備された長椅子に座っていて客がきた時に立ちあがって手を握って挨拶をする。勿論、時々は、何かの用事でいなくなることもある。Selamat Menempuh Hidup Baru(スラマッムネンプーヒドゥップバル)新生活突入オメデトウ、という意味です。決まり文句です。 案内状には、必ず、地図が付いている。この地図がいつも出鱈目で、道の広さ、距離が現実とかけ離れた状態に書いてある。大通りからそれる道の幅が大通りと同じに書いてある。その場へ行って書いてある距離のところにそういう道路は見つからない、そこで在るまで、距離を無視してずっと行ってしまう。見つけてその道へ入っても、一向に結婚式らいい場所が見つからない。聞いても、知らない。戻って、捜すしかない、すると、実際はバイクがやっと通れるくらいで、車は入れない。今度は駐車場を探す、また、遠く離れたところまで行かなければ駐車場が無い。なんども、その付近を往復させられたり、グルグル回されたりする。
2010.10.31
コメント(0)
斜めからインドネシアを眺める 773 スマトラ中西部のムンタワイはパダン料理で有名なパダンに県庁所在地がスマトラバラット州に属する島々です。この地域は北スマトラのアチェに掛けて地震の頻発地帯で、何度も、繰り返し、大きな地震が起きている。そのたびに何十人何百人と亡くなっている。行方不明者もそのくらいの人数になっているようです。 インドネシア人は地震の怖さを知らない人が多いと聞いていたが、実際には、殆どの人が、直ぐパニックになるくらいに、恐ろしく感じている。しかし、対策とか耐震というところまでお金を掛けるところまで行っていない。被害があれば仕方が無いなと思うだけです。 ジョクジャの北部中部ジャワのその名もグネンムラピ(火の山)もつい先日噴火が活発になり、おととい大火砕流が発生して何十人も犠牲になった。この山は、活火山で常に煙を噴き出している。今回はその火山性地震計が異常値を示したので、避難勧告が出された。しかし、その体制が出来ていない。殆どの住民は避難しなかった。もう、噴火には慣れてしまっていて、ちょっとの噴火では逃げる必要はないと思い込んでしまっていたのです。“少年とオオカミ“の状態だったのです。 インドネシアはこれ等の事を含めて、そう、深刻に考えないようで、一週間もすれば話題に登らなくなる。ニュースのフォローも無くなる。 ジャカルタでも私がインドネシア滞在した十何年かの間に有感地震は三回だけあった。被害はゼロです。ちょっとした揺れでもパニックになるようです。普段、感じることのない状況になくからなのでしょう。だから、逃げる途中で転んだり階段を踏み外したりして軽いけがをするのはあります。 ジャカルタ北部のショッピングモール、メガモール プルウィトでアイススケートをしていた時に、私は全く感じなかったが、まわりの人がなにかパニック状態になり、出口の方へ殺到している。スケート靴のままその人たちと一緒に逃げるわけにもいかずに10分ほど騒ぎが収まるのを待っていた。人気が無くなって、掛りの人が一人しかいなくなったカウンターで靴を交換して外へ出たら、皆さん、不安そうに建物を見上げていて、何だと、聞いたら、地震だという。天井の蛍光灯も揺れていなかったような気がする。それでも、多分、何人かが感じたのでしょう。それらの人たちが逃げ出したので、分けのいかからない人たちも地震とは知らずに、とにかく逃げたのだと思う。 可能性として、爆弾が仕掛けられているとか、暴動が始まったとか、そういうことを誰かが叫べば、その一言だけで、多くの人が分けも分からずパニックになってしまう下地はインドネシアにはある。http://www.k4.dion.ne.jp/~enplaind/ 天災や人災で亡くなる人はかなり多いし、平均余命は未だに60才程度という噂もある。子孫を残すという意味で、子供が多い原因も分かるような気がする。
2010.10.30
コメント(0)
斜めからインドネシアを眺める 772母親の誕生日 10カ月会っていない。多分94才くらいになると思う。私としては親元を18才で離れて、平均年2~3回ほどしか会っていないで勝手に生きてきたので、それが出来る状態にしてくれている人たちに感謝をしている。全然ボケていないどころか、私の事をいつも気にしていてくれるらしい、こちらの地震や津波や噴火の事を知っていて、勝夫は大丈夫だろうかと心配してくれている。私は母親から受け継いだ物が多いと思う。血液型も頭のフケが異常に多いことも足の親指の爪が真上を向いていて靴下や靴のその部分に穴を開けてしまうことも、手先が器用なことも皆母親譲りだと思う。その他かなりのものを引き継いでいるので、この母親から生まれたことは非常にラッキーだったなと思っている。また、これらの状態がドイツの曾孫にも引き継がれていることを私は確認済である。そしてそのことを、曾祖母と曾孫が今年の正月に日本でお互いに確認していた。押出製品は人が作るのであって装置や機械がつくるものではない。ということは、押出に携わっている人にとっては基本的常識です。そのことを射出成形に携わっている人たちに分かってもらえなくて、同じ会社の中に両部門が有る場合には、押出の方が何かとやり玉に挙げられる。それは何十年もの間、自分で会社を経営している時以外は、言われつづけたことです。分かってもらえないのだから仕方がないと思っている。しかし、一番困るのは、押出部門の中に、射出的な考えの人が入ってきて、射出的に運営しようとして、製造技術に関して無関心で、自らは、製造に手を出さない、出せない事である。自らが製造の手本を見せることが出来ない人が、リーダーになってしまうことです。新しい注文は全く取れない。客先からこれが出来るなら見積もりを出してください、と、話が有った時、その人は出来ないのだが、社内の他の人が出来るかもしれないので、聞いてから返事をします。という返事では、話を断ったことと同じことになってしまう。 押出部門のリーダーは製造で陣頭指揮を取れなければならない。自らが製造の立ち上げから製造終了までの手順に従って手本を見せなければならない、作業標準を書くための、見本を見せなければならない。それが出来ない人がリーダーになった場合は、何をか況やである。インドネシアにはそういう押出成形屋さんは無いと思うが、あれば、その会社は成功しない。 韓国カラオケの店とセルラシルクスのカキリマ、一番手前のガラスにOtak-Otakと書いてあります。私のメールアドレスと同じですね。
2010.10.29
コメント(0)
斜めからインドネシアを眺める 771久しぶりの飲めない人の食事会でした。リッポチカランのルコタムリンの日本食レストランに12人近く集まった。何年か前の、飲めない人という趣旨が、今日は飲む人の方がはるかに多かった。何が趣旨なのか分からなくなっているようだ。この中で、私が一番の年長者でした。インドネシア滞在も私が一番長いようでした。私のインドネシア内での動きについて話をしたところ、ちょっと興味を持っていただいたようで、影響を受ける人が出てくるかもしれない。ちょっと、気になる知らせが入って、気分が沈みがちだ。インドネシアで生活、活躍の大先輩が、体の不具合が見つかり、日本へ帰って精密検査を受けた結果、直ちに手術をしなければならないという状態で、手術をすることになった。知らせは、そこまで、一か月前にタバコをぴったり止めたので、これは、不具合が有るなと直感したが、とにかく、早い回復を願いばかりです。早く、インドネシアへ戻ってきてください。今まで、私たちのゴルフの会のまとめ役をやっていただいていたので、私が、代わってまとめ役を引き継いでいますが、先輩ほどには気が効かないので、皆さんに、不安を与えないように、手法を真似してやっていきたいと思っている。早く戻ってまた、まとめ役をやってほしいと思います。どうも、理解しにくいが、IUIというのは、仕事が始まって、ある程度(それがどれくらいなのかは確認していない)の金額の生産や取引が始まってから出されるものらしい。それまではスムンタラIUI(暫くの間のIUI)拠に、商売や製造をしていということらしい。工業生産許可書だから、単純には、これが先で、仕事が出来ると思うのだが、仕事がある程度の量になってからでないと許可を受けることが出来ないとは、理解しにくい。イジップ工業団地内の冠水状態、水捌けが非常に悪いので、ちょっと低い道は水があふれてしまう。
2010.10.28
コメント(0)
斜めからインドネシアを眺める 770 イジン ウサハ インダストゥリィー(IUI)という許可証が必要でという話を聞いたことが有る。どの程度重要な許可書かは調べていないが、工場生産許可書と直訳できるので、この許可がない状態で生産してはいけない、商売をしてはいけないということになるのでしょうか、どの会社も、この許可を受けて製造販売をしていると思うが、許可を受けているかどうか、客先や原料サプライヤーが確認して、持っていないと分かっても売ってくれるたり、買ってくれたりしてくれるのでしょうか。一般的には、仕事を始める前に当然その許可を得るはずなので、もう、営業を始めている会社に、許可が有るかないか、問合せをしたり、確認したりしないで、取引を始めるのが普通だと思う。 ですから、取引をしようとする会社が、そのことを確認して、まだ許可がないことが分かれば、取引を拒否する、という会社が、あっても、不思議ではない。その他の会社は取引をしてくれているのに、その会社だけ、なぜ、拒否するのだろう。と、思っても仕方がない。その他の取引をしてくれている会社の担当者は、許可証持っているかどうかをチュックしないで、取引をしているかもしれないからである。許可を受けていないと分かれば取引をストップされるかもしれない。 製造許可書という許可証の名前から、直感するのは、製造販売するには許可証が必要で、なければ、始めてはいけないと思うのが普通だと思うが、どうなのでしょうか。よくわからない。一般的な日本人はこういうことは全く知らないで会社で仕事をしている。当然、設立の時、一回限りの事だし、どの会社にも有るはずだから、いちいち、知る必要もないことである。 私の後任の人が来て一カ月過ぎた。日本の会社で33年押出を一筋にやってきた人で、技術には自信を持っているのでしょう。やってくれると安心していますが、今のところ、生産に関してタッチしない、様子を見ているのでしょう。インドネシア人の技術力や金型の精度、働きぶり、歩留りなどの情報を集めているのでしょう。まだ、自ら、指導するとか、金型のデザインについて自分がつくって見せるということはやっていない。生産の立ち上げもやって見せていない。インドネシア従業員は、自ら、製品を作って見せてもらいたいと思っている。いつ見せてくれるかその時を楽しみにしている。私も楽しみにしている。 カラワンバラッのKIICとカラワンティムールのスルヤチプタ、両工業団地の看板。
2010.10.27
コメント(0)
斜めからインドネシアを眺める 769昨日の続きです。LIPPO CIKARANGの外国人は韓国人が圧倒的に多いようです。Water Boomの方の洒落た街並みのレストラン街やその他の店が有る地域も、ハングルの看板が目立つ。RUKO TAMRINもハングルが多い。ついで日本人でしょうか、印象としては韓国人の半分ぐらいの人数だと思う。平日のお昼時、夕方、一番賑やかな場所はRUKO TAMRINとその西側のPujasera Sirkusというインドネシア料理のフードコートです。シンガポールの有名なニュートンサーカスのようなものです。 この中なら、安全だろうし、日本料理屋も5件以上、韓国料理やもそれ以上、中華料理屋も数軒ある、インドネシア料理屋は、若干高給のチェーン店や庶民的な店も沢山ある。 夜は特に賑やか、韓国人のブロックMという人もいる。マッサージの看板も沢山出ている。内容は色々だと思う。会計は明瞭だし、ぼったくられることは全くないと思う。もし、そういうことがあれば、ジャカルタのブロックMと同じで、直ぐに営業できなくなってしまう。日本料理屋と日本人向けカラオケは日本人が経営しているか、日本人がスポンサーになっているので、日本語だけでも意思を伝えることができるし、自分が乱暴をしなければ全く、日本にいるのと同じ感覚でくつろいで良いと思う。 韓国系が多いのだから、それらの店へ入れば、日本人はまず韓国人と思われるが直ぐに日本人だと気が付いてくれる。レストランには日本語のメニューも用意されているし、韓国系にカラオケにも日本の歌はある。日本語でシステムも説明してもらえる。システムとは、日本人カラオケも同じだが、部屋を借りた場合は一時間いくらとか、最低は何時間以上だとか、女の子のアワーチャージは時間いくらだとか、一緒に外出する場合は何時間分、店に払えば良いなどなどです。 とにかく、この町に住む、日本人、韓国人は、別にジャカルタまで行く必要はないでしょう、同じことが、多分、60%位の費用で出来るでしょう。そんなに安くないよと思う人は、チェックが足りないし、確認が足りないと思う。レストランで食事した後、何かを楽しみたいと思っている人は、まず、必要なことは、確認することです。ただ、黙って、入り込んで、楽しんだあと、請求書を求めて見た時、ジャカルタと同じような金額が示されても仕方が有りません。 リッポチカラン全体では日本食レストランは10軒以上ある。日本人むけカラオケは最低5軒ある。韓国カラオケは10軒以上ある。韓国料理店も10軒ほどある。中華料理屋も10軒以上あるでしょう。インドネシア人受けファミリーカラオケは3軒あります。 ローズ、ヒオ、オールインワン、ムリア、エドなど何の名前だと思いますか。知っている人は・・・ですね。 日本人は余り関係ないが、何といっても、インドネシア人が休日の楽しみに来る場所はWater Boomです。水を流したくねくね曲がった滑り台がメインで多くの家族ずれが訪れる。駐車場に入りきれずに道端路上駐車も時々、認められるようです。 チカランの道端のES(アイス) Durianとそのカキリマです。得も言われぬおいしいさで、顔が思わず緩んでしまいます。5000Rpです。私は、車を止めて助手席から、良くいかいます。底にコンデンスミルクがたっぷり入れてあって、甘過ぎるので、入れないように注文します。
2010.10.26
コメント(0)
斜めからインドネシアを眺める 768リッポチカランは1996年に、私が、始めてインドネシアへ赴任してきた時に住むことになった街です。リッポサヒッドジャヤホテルの裏側にあるアパートメント、クラウンコートに半年だけ入っていた。その時もこの町には病院やショッピングモールが有って生活するに不自由は無かった。しかし、このアパートから出た理由は、部屋の日当たりが悪く、雨季のじめじめした状態に、たまりかねたからでした。その他には問題は無かった。その後、ルマーアバンのグラハチカランへ住むようになったが、買い物はリッポチカランまで来ていた。チカランバラットで高速道路から降りて突きあたりを右(南)に曲がって3kmほど行ったところ辺りで左に曲がるとリッポ財閥が開拓した新興都市です。 かなり奥の方まで分譲住宅地が開拓され、今や、当然、ここだけで、十分何でも手に入る近代都市になっている。直接、右に曲がれないが、右側が、EJIPとデルタシリコンの工業団地になっている。リッポチカランのショッピングモールの裏辺りはヒュンダイやデルタシリコン2の工業団地が大きく広がっている。外国人、韓国人や日本人も多く住んでいる。ジャバベカの工業団地へ勤めている人、カラワンバラットのKIICやカラワンティムールのスルヤチプタ、チカンペック辺りのブキットインダー、インドタイセイなどの、ジャカルタから離れた工業団地に勤めている人がここに多く住んでいる。 ということで、N社の新任者の何人かはこの町へ住むことになるらしい。しかし、ジャカルタに住む人あり、タンブンのグランドウィサタに住む人あり、MM2100のアパートに住む人ありで、どうも、日本人がどこへ住むかの統一見解がないようで、環境も、価格も、部屋の状態も、自己負担の金額も、家具なども調度品も異なるので、必ず不満があったり、言いわけがあったりする状態になっていて、面白くなっている。間もなく日本人が10人になる。そのうち私を含めて二人が抜けるが一人また増えるので最低9人態勢で、来年は廻すようですが、住処については統一見解を示して、それに従って、住む場所を決めた方が良いと思うが、どうなることでしょう。 今日のスナップ写真
2010.10.25
コメント(0)
ゴルフその後会社で仕事、新しく来た人を食事に誘い、夕食後、その人が連れて行ってくれというのでカラオケへ案内し、10:30までいて、MM2100のアパートまで送り届けて家に戻った。Capekde~~~.ngantuk~~.来年はどうするか、N社勤めは残り二カ月になった今、考え、行動が必要なら、行動しだそうと思っている。虫が良いと思うが、一番、要領が良い方法は、12月中旬前に次の場所からインビテーションレターを貰って、そこの会社でのワーキングビザ収得の手続きを済ませて、12月末近くにシンガポールへ寄って収得して日本へ帰って、来年初めに、インドネシアへ戻り、新しい場所へ勤めるという流れである。そんなにうまくいくかどうかは分からないが、行動はする。 インドネシアにいなければならないという理由が二つある。一つは、ある日系企業の製品で期待されてお手伝いしなければならないからである。もう一いつは、書かないが、このことの方が大きな理由である。 インドネシアいたいという理由は、これも二つある。日本にいる事との比較になるが、気候や食事が合っていて、友人関係もかなり捨てがたい。もう一つは書かないが、このことの方が大きな理由である。 そのために職探しをするのです。また、職が見つからなければ、仕事をしてはいけないが、年金生活VISAもある。それでも、日系企業の手伝い以外は満たされる。 立ち読みならぬ、座り読みの椅子が用意されていてそこへ座って何時間でも読んでいていいらしい。宗教の本を読んでいる女性が多い。こちらの大きな本屋は、本を一冊だけ、開いて読める様にしてあって、他の本は全部透明プラスチックで真空パックしてある。コピーソフトの店、品揃いは豊富、そして、映画などは封切りの日にはDVDが売られているし、ゲームも新発売と殆ど同時に出ている。何でもアリ、オートキャドなどまともに買えば5万円位するものも大体2千円以下で買える。一般的なソフトは300円均一です。こういう店が、ジャカルタ、ジャヤン、スディルマンの有名ショッピングモールの中の何件か入っている。何のキャドなどまともに買えば5万円位するものも大体2千円以下で買える。一般的なソフトは300円均一です。こういう店が、ジャカルタ、ジャヤン、スディルマンの有名ショッピングモールの中の何件か入っている。何のお咎めもないというのがすごい世界だと思う。こういう店が堂々とあるので、まともに本物を買うのがバカバカしくなる。しかし、当然かもしれないが、摘発を恐れて、正規品しか使わない。 近未来 年金生活者 コピー
2010.10.24
コメント(0)
斜めからインドネシアを眺める 766MM2100の中のレストラン、食事をするところ。日本食レストランは四か所ある、“飛鳥“”花の屋“”竹葉亭” と、“美来軒”私の印象なので人によって違うと思う。アスカは量が多すぎて値段が高い。それでもお客さんが一番おおい。昼時、ちょっと遅いと席がなくて、待つことになる。私は、全くと言っていいほど行かない。ハナノヤもほとんど同じだが、一杯になって待つということは無い。ここへも行くことは無い。チクヨウテイはここ5年くらい行ったことがない、なぜかというと、おいしくなかったのと生野菜がどうも怪しい状態になっていた。値段は今も変わっていなければ前の二店と、ほぼ同じで、税込なので、20%安いことになる。ミライケンはラーメン屋だが日本食レストランと考えていい。曜日定食は50000Rpで、手頃、二週間に一回ほど行く。しかし、13:00過ぎでないと注文してから料理が出てくるのにかなり待たされることがある。インドネシア料理を食べることができる場所は、ルコの中では、Selera BaruとSoto kudus BlokMで前者は、準備された料理が並べられていてそれから選ぶ、選んだ物によって値段が決まる。インドネシアの空港やオフスビルのレストランの昼食時にみられる風景です。二百から三百円止まりです。後者はソトクドゥスというスープとご飯の店ですが、メニューにはソトアヤムとかミーバソなどがあるが、ソトクドゥスを食べる人が大部分です。いずれも、待ち時間は無いと言っていい、行けば、混んでいても、直ぐに食べられる。ルコの回りに、カキリマが数軒並んでいるが、これらを含めて、殆ど、日本人は入らない。 Selera Baruだけが、現地人と日本人が半々である。MM2100の中で一番高級なインドネシア料理店はハナノヤの前にあるカフェです。インドネシア料理でも、税込みで6~7百円する。清潔感は一番である。ここの客は日本人が大部分で現地人は日本人が連れてきた場合だけのように見える。ルコの前のロッテマートのフードコートは現地人で大いに賑わっている。色々な店が有って、色々な料理を食べることができる。価格も二三百円で手頃です。郵便局や車修理のファミリーの並びに、Caf? Alfaというフードコートがある。ここはロッテマートの前と似ていて、色々な料理屋が並んでいる。こちらは平均二百円くらいで十分お腹いっぱいになる。これ等のフードコートで日本人が食べているのを見たことがない。おいしくて安くて、他の会社の従業員と馬鹿を言いながら食べることが出来て、雰囲気もいいし、私は、お勧めですが、何故でしょうか。 殆どの従業員は会社中の食堂で仕出し弁当(平均50円位)を食べるが、日本人が仕出し弁当を食べるなら、6~7百円のセットメニューから選んで朝のうちにアスカなどに注文することになる。 ルコの外の固定カキリマにテントを張ってあるレストランとミーライケン。
2010.10.23
コメント(0)
斜めからインドネシアを眺める 765 コンサルタント、何をしているのか、環境保全認可が必要でそれが無ければ様々な申請ができないと今になって言って来たらしい。それの申請を今からしなければならないが、申請してから認可まで二カ月はかかるという。それから改めて、他の申請なのでまた、二三カ月かかる。今まで一体何をさせられていたのでしょうか。エージェントを信じた方もいけないが、エージェントは、本当に信じられない。何かを収得したい時、あるいは申請をしたい時で、日系のエージェントを使う場合は、二か所以上にプロセスを確認する必要がある。一か所だけに頼んでしまって、安心していては、とんでもないことになる場合がある。 どこも、同じような行程で、日程でやるということが同じなら、後は、価格とか人間関係とか、順番とかで、一か所にお願いすればいい。 言っていることが、違う場合は、先ず、あそこはこう言っているが、あなたのとこはどうですかと、確認し、一致させることが必要です。どこかが正しいかもしれないが、その他は間違っている事になるし、全部が間違っているかもしれない。 行程が簡単で早い方は、まず、疑ってよい。あらゆる許可、認可で二か月以内にすべてが終わるということは常識的にインドネシアではありえない。三カ月以上とみておくのが普通です。特にレバランや正月付近の申請から認可は四カ月になければならない。インドネシアの場合、とにかく、一か所に頼んで、そのいうことを信じて待っているということをしてはいけないのです。必ず、何箇所からかの意見を聞かなければなりません。制度はコロコロ変わります。適応範囲もコロコロ変わります。今まで必要無かったものがある時期から必要になります。それらは、エージェントがいち早く知って、申請者に知らせなければなりませんが、エージェント自体が承知していない場合が多々あるのです。日系企業だからといって安心してはいけません。各政党の党大会が順番にジャカルタで行われている。この期間中は、ちょっと、気を使う。たまに、過激な行動に出る連中がいるからです。それとは対照的な郊外の風景。生活水準格差が広がっていることに対してもデモが各地で起こっている。 各種メロンと豆腐、一般のスーパーマーケットでも品物は豊富です。高級品から超安値まで揃っている。
2010.10.22
コメント(0)
斜めからインドネシアを眺める 764 JABABEKAのプレジデント大学のすぐ裏にある金属加工技術専門学校を見学してきた。あるその学校の卒業生から、ぜひ、見に来てほしい、そして、こういう学校があることを知ってほしいと前々から言われていた。 場所は、ジャバベカゴルフの直ぐ近く、しかし、まだ舗装されていない路地を通って行くし、その両側が竹やぶになっているので、メイン道路からは見えないし、知らない人はちょっと怖くて入り込めないようなところでした。 AKADEMI TEHNIK MESIN INDUSTRI(ATMI)Jl.Kampus Hijau No.3 Jababeka Education Park Cikarang Baru.Bekasiまだ、全施設が完成していないが、近代的な各種工作機械が何十台も置かれていて、実際に注文を受けて物作りをしていた。会社形式になっていて、そこにいる人の10%ほどは卒業生で、従業員で指導員になっている。実習生も二交代勤務(6~15時と14~23時)の形式になっていて、休めば欠勤扱いで成績に響くようになっていて、タイムカードで管理している。一学年80人で全校生徒240人、過去5回の卒業生を出しているが、就職率100%だそうです。日系企業に就職は60%だそうです。二年後には射出成型機を入れてそちらの方の学科も増やすそうだ。 雰囲気は大変活気が当て訓練に皆さん燃えているように見えて、町中にある工業専門学校に比べれば、即戦力になる雰囲気は十分だと思う。 インドネシアでは高校卒の子が通う専門学校が各種、沢山ある。語学校、経理学校、コンピューター学校、秘書学校、金属や木工加工学校などなど、高卒の男の子の就職率はおそらく、50%くらいだと思う。その点女性の就職率は90%を超える。そこで、就職できなかった男の子が手に職を付けるために、専門学校へ通うのです。これ等の、多くの学校は、月曜日から金曜日まで一日二時間程度の授業があるだけそして、朝から夜10時くらいまで、入れかわり立ち替わり学生がやってくるのです。専門学校の前にはいつもバイクが所狭しと並んでいる。勉強意欲は旺盛だと思うが、とにかく、基礎学力が低いので、意欲ほどにはレベルが高くないようだ。一部の優秀な子を除いては、大体、出来る、出来るということを信じて期待すると想定したより能力が低く、落胆させられることが多い。それも、かなり、落胆させられる。 MM2100の中のCaf? Alfaというフードコートでメニューの一例、ソプブントゥットゥの値段が15000Rp(150円)です。私が食事をしていたら、人懐こく、近づいてきた女の子、ピサンゴレン(バナナの天麩羅)をくわえている。
2010.10.21
コメント(0)
斜めからインドネシアを眺める 763 PMMA(アクリル)のプロファイルの成形をまともに出来る会社がインドネシアにはない。単なる四角棒も出来ない。 2006年にKから私がいなくなった後、このKの客先から追加の押出成形品の製造依頼が入った。そこで、押出素人の日本人が、私が作った様々な製品の金型の内の一つを参考に金型を作った。それがアクリルプルファイルの金型でした。それを与えられた現場は途惑った。この金型では作るのが難しいと彼らは思ったが、文句を言えない。それで、やるしかなくて、収率が30%くらいで作っていたそうです。 Kが撤退し、引きついだ会社がAである。当然そこでも、その金型を使って出来るはずがないし、この金型では出来ないから、自分たちで新しく出来る金型を作ろうという知恵もない。そのまま、NGを作り続け、納品がストップしてしまった。客先は困ってしまって、私に相談してきた。金型と製品の見積もりを出したが、高いと言われた。そのままにしておいたら、今度は、Aにある金型を使って出来ないかとの相談があった。「そのままでは、出来ない。改造をしなければならない」と伝えた。そんなことより、問題は、Aが金型を返さないと思う。いや、絶対返さない。その金型代金はKに客先から支払われている証拠があったとしても、既に所有権はAにあると主張し、自分の会社で作ったものではないにもかかわらず、技術ノウハウも所有しているので、出さない、というでしょう。その金型を使って満足な製品が出来ないのにもかかわらず、である。何処かが、利用して、出来れば、客先に迷惑を掛けなくて済むから、そういうところがあれば提供します、という、思いは、かけらもないでしょう。いくら説得しても、ただ、駄々っ子のように、いやいやを、するだけだと思う。そもそも、アクリルの溶融、冷却特性を全く無視した上に、冷却金型設計上どんな樹脂を使うにしても、これは基本ということがある。その基本が全く無視されているのだから、うまくできるはずがない。よくも、まあ、こんな金型を思い付いたものだとその無責任さに感心する。その金型を設計した本人は、全く、押出ラインに手を付けたことが無かったし、その金型で、樹脂を引っ張って、トライしなかった。オペレーター任せで、なぜ出来ないんだと怒っていたという。なぜこの話を知っているか、なぜ、見たことがない金型の形状を知っているか?それは、今、Nで一緒に仕事をしている元K従業員で、この金型で何度もトライした人間から聞いているからです。そして、実際に、客先の担当者から、直接、私にやってほしいと電話があったからです。この程度がインドネシアの押出の世界です。情けないですね。インドネシアで見つけた春?菜の花とチムメダック、ドリアンの次に大好きな果物です。栽培数量が少なく、インドネシア人でも食べたことがない人もいるし、この果物の名前を知らない人も多い。臭いはドリアン、味は独特、腐る寸前が食べ頃。
2010.10.20
コメント(0)
斜めからインドネシアを眺める 762 家にいてのんびりしようと思っていたが、どうも、落ち着かない。10時過ぎにジャカルタへ向かった。日曜日のジャカルタへの高速道路はガラガラに空いていて、平日の大交通渋滞が信じられないほどだ。スマンギで降りて、南に向かい、ブロックMのパサラヤへ行ってみた。数年前と殆ど変っていないが、バスターミナルとパサラヤの間にあった、雑然としたパサールが姿を消していてそのあたりが広くなっていた。しかし、その開放的になった場所は瓦礫がのこりゴミに山も残り、道は舗装されておらずに凸凹状態、いつごろからこうなっているのか知らないが、整備すれば繁華街になると思うが、その気配は無かった。グラメディアの前の通りである。閑散としたパサラヤの横の道を通ってゆくので、なんとなく恐い気がする。以前のようにテント店が両側にあり、騒然としていた通りの方が行きか安かった。本屋の数が少ない上に置いてある本は宗教関係が最大量で、次が、小説、マンガ。その次が小中高生の参考書や問題集。その次がコンピューター関連。旅行、観光案内と続くが、専門書は殆ど無いといっていい。経済、科学、化学、物理、数学、医学、こういう関係のコーナーのある本屋は殆どんない。唯一、グラメディアという全国チェーンの本屋のそれも超大都市の店にほんの少し置いてあるだけです。プラスチックの成形など、工場で作るものに関しては全くない。十数年前に無かったし、今でもない。射出成型の本くらいありそうなものだが全くない。 こちらの本屋の多くは文房具やその他書類に関する道具や計算機などのコーナーもあり、小さな小道具なども売っている。万引きが多いのでしょう。本屋に限らないが、物を入れる物は全て、入口のカウンターに預ける。 スディルマン通りのラトプラザへ行って、例のソフトコピーを仕入れた。3Dオートキャドの2010が二百円、その他のものもおして知るべしである。こういう店がこのモールに四軒ある。いずれも、店員のサービスは良い。店に入ると何を探しているのか必ず聞いてきて、そのコーナーに案内してくれる。しかし、もう、数年前から堂々とジャカルタの中心でコーピーを売っていられるというのが、インドネシアだと思う。地下のカルフールがロッテマートに変わっていた。チビトゥンのマクロもロッテマートに変わっているわけで、ロッテマートは色々なショッピングモールを買収していることが分かった。全部で15のレジの前に係員が立って待っていた。私は行った時はお客さんが少なく5か所しか使っていなかった。私が近づいたら、係員が空いている近くのキャッシャーに案内して、直ぐにカントしてくれた。袋詰めの人と二人掛りだった。インドネシアでは土日のスーパーでの買い物はレジで30分くらい待つこともある。こういうスタイルのスーパーに当たったのは初めてである。韓国スタイルなのでしょうか。日本スタイルより以上に丁寧でその場の人も多かった。スーパーの魚売りコーナー、生簀で飼いながら売っている。ナマズはどうですか。ほとんど丸ごとから揚げにして食べます。おいしいですよ。
2010.10.19
コメント(0)
斜めかラインドネシアを眺める 761しばらく続いた押出の話は昨日で一旦終わり。お疲れさま、でした。ニッチという分けの分からないことをいって得意になっている場合ではない。要するに、この仕事をしている人の割合は非常に少なく、理解する人はもっと少ない。私がインドネシアにいる間、この仕事が出来る日本人は私一人です。日本からインドネシアの会社に出荷していた会社から出荷されなくなったら、それは、私がインドネシアで作ってしまったからです。私がいなくなれば、その原因は消えます。日本の会社は仕事が無くなる心配は無くなります。また、誰もいなくなります。物が出来ていれば、管理をする日本人は、それぞれの会社に一人いますが、新しい仕事を引き受ける人はいなくなります。一番大切な人の誕生日です。十数日間だけ私と同じ年になります。遠く離れているので電話だけで、他に何もしない。がらっと話題を変えます。この一カ月以上、チリの鉱山事故を見て感じたことは、ニュースを探す必要が無くて放送会社は楽をしただろうな、でした。もう一つ、事故が起きた原因追求と再発防止と責任者の追及が求められる。 当分の間、鉱山は閉鎖されて、鉱夫達は失業のはずである。今回救出された人々も例外ではないはず。喜んでばかりいられない人が大勢いるはずです。 盛んに、営業第一、一回行ったところも、一か月に一回以上、相手からしつこいと思われるくらい訪問してほしい、と、勧められているが、私は、営業をストップする。この二週間会社訪問をしたり、受けたりした会社から製品の見積もり依頼を受けたが、どうも、殆どの製品を技術的出来ないらしくて引き受けられないらしい。せっかく、紹介しても客先を裏切るだけなので、営業や紹介は止めることにした。 日本から営業の専門家が送られてくるらしいが、まったく、無駄だと思う。技術者が首をかしげてしまうのだから無駄である。現装置の改善提案や生産している製品の立ち上げなどにかかわろうとしないので、問題点を感じようとしていないと思う。これではだめだ。 昨日もゴルフの後、出勤、多くの従業員も出勤している。皆さん大変よくやってくれている。会社全体のISO関係の収得についても私の部下が会社全体の事で図面を書いたり標準書を書いたりしている。評価の基準がはっきりしない。初任給の決め方の基準がどうなっているのか、大きな問題になる可能性が見える。 頭と体の休息日と決めて、会社へ行くこともゴルフ場へゆくことも止めて、08:00過ぎに起きた。MENCARI BAKAT(才能を探す)という番組、TRANS TVのスター発掘番組である。PUTRI AYUという名前の女性歌手が最初から目立った存在だった。来週決着するらしいが、三か月前に始まったときから彼女と決まっていたようなもので、SMSの投票で決まっても他の人ということは考えられない。久しぶりのブロックMパサラヤのコンコース、バリの物産展をやっていた。
2010.10.18
コメント(0)
斜めからインドネシアを眺める 760この仕事は非常につらかった。こんなに難しいとは思っていなかった。何をやっても満足できるものは得られなかった。人に頼んだことが、自分の思った通りに出来上がってこなかったことも、非常に歯がゆかった。 会社におかれた立場も、仕事に対する焦りとなっていたことも確かだった。振り返ると、様々な悪条件が重なっていて、悪循環を繰り返していたと思う。客先にも大きな迷惑をかけてしまった。特に、赴任してきたばかりの若い担当者には期待を裏切るようなことになってしまった。こういう意識も、マイナスに働いたような気がする。新製品に挑戦するのはこの仕事を最期にする。精神的に不安定な状態と立場が不安定な状態で、期限付きの新製品開発の仕事はもう、私の体力と精神力では出来ない。後続の若い人に任せようと思う。今回の製品はPPの異形だが、従来手掛けていた異形とは、形状が違っていた。開放型でなく、閉じ込箇所が何箇所かあって、外側から引っ張るだけで形を作るものだった。パイプがくっついて横に並んでいる状態である。1 原料の入手が問題で、MIが押出用でランダムPPをインドネシアで手に入れることが出来ないので、ホモPPのMI3の原料で何とかしなければならなかった。それもバラツキが大きく、いちいち、条件を変えなければならない、それは、今でもそうである。納期、価格の関係で国内産の原料でやるしかない。2 最初、インドネシア人の技術者に金型の設計を任せて、その技術者に製品になるまでやってもらうつもりでいた。断面をいくつかに割って作り、組み合わせるのだが、その割位置が間違えていた。その間違いを早いうちから消すために、正しい割位置の金型を新しく、早く作れば良かったが、その間違った金型で何とか製品にしようとこだわってしまっている担当者に強く言えなかった。3 私の考えで新しい金型を作ったが、金型の製作時、図面通りに出来ていなかったり、注意事項を守っていなかったりで、手直しをさせることが多かったが、その修正がうまくいかなかったり、その場所が良くなっても、他の今まで問題なかった箇所が問題になったりして、なかなか、求める物に到達できず、逆に遠くなってしまい、また、新しい金型を最初から作る、それを数回繰り返した。その都度二週間ほどの待ち時間が出来てしまった。4 上手い方法が見つからない、そして遅れの最大の原因は、私の焦りだったと思う。会社が変わって、最初の大きな仕事でした。前の会社の時に受注をして、新しい会社になって直ぐに試作をし、一ヶ月後には、売り上げに貢献する予定だったが、それが、思惑通りにならず、ずるずると、量産が遠ざかってしまっていた。売り上げ計画などのプレッシャーは相当なもので、自分でやっていればこんなプレッシャーは無いが、一歯車としてやるにはきつ過ぎた。私の性格に全く合わない。5 この時期、5SだのISOだのと人手を生産技術以外に割かなければならなかったこともあった。私自身もミーティングで縛られる時間が多く、現場に目が行き届かなかった。会社の初期段階なので、そういうこともいち早く会社としてやらなければならないことは分かっているが、期限がある新製品開発の時期がこの会社にとって早すぎたのかもしれない。 とにかく、金型製作依頼書から二カ月あれば製品を納められると判断していたのが、結局、レバランを通り越して五か月掛ってしまった。最近手伝った製品、いずれも、ホモPP異形品、インドネシア産MI3.0を使っている。
2010.10.17
コメント(0)
斜めからインドネシアを眺める 759 営業とインドネシアでの実績、押出の営業はかなり高い技術を持っていなければ出来ない。営業の専門家が客先へ訪問し、押出の製品を見せられても、出来るかできないか返事をすることはできないので、どこの会社が押出製品を求めているという情報を掴んでくるだけに過ぎない、出来るかできないか、いつまでに返事をするという約束も出来ない。頼んだ客先の担当者は?マークが頭の上に付いた状態で首をかしげてしまうでしょう。 その場で、出来る、できないの、返事をし、出来ないならなぜできないか、出来るにしても、条件があるならその条件をはっきり言わなければならない。そして、いつまでに見積もりをだすと、約束をしなければなりません。 それが出来ないなら、インドネシアで押出成形の仕事を取ることはできません。客先訪問も失礼になる可能性が高い。 それと、大きな話、たとえば、一社から何百万円というような話は100%ない。平均で30万円くらいだと感じている。今まで、一番大きな仕事で、一か月150万円でした。少ないものは、5万円で半年に一回の注文でした。インドネシアの最大手、車のシートやヘッドレストの部品でも70万円くらいでした。 営業をしても、ない物はない。掘りだしても、うまっている物はない。だから、少ない小さい話についても同じように親身になってお客さんの相談に乗れなければならない。 私が手伝った仕事、1 車のシート、ヘッドレストのトリム、PPプロファイル、2 エッジング、グロメット、6ナイロンプロファイル3 上枠、底枠、柱など、大型水槽の部品HIPSプロファイル,透明HIPSプロファイル 4 介護、医療用ベッドのサイドバンパー、頭側、足側のパネル、PPプロファイル5 バイクや車のコントロールケーブルシステム用DHPE,POM小口径チューブ、6 ボトルの上に付く、ポンプの下に付くLOPE,LLDPEチューブ、7 洗濯機、水面高さ調整用LDPEパイプ 8 冷蔵庫のガラス敷き板のエッジ保護PPプロファイル9 ボールペングリップチューブ、2色チューブ HIPSとエラストマー10 長さ調整可能のカーテンレールのコーティング、金属パイプにPPを被せる、11 ブラインド開け閉め6角棒PC6角パイプ 12 マガジンケース、ICケースなど透明HIPS4角パイプ,帯電防止13 薄型テレビ倒れ防止バンド 66ナイロン難燃V0いずれも日本や世界でも指折り大手の会社向けです。会社名や商品名は書きません。その他、少ない数量の製品は20種類以上です。全てがインドネシア初である。PVCは、あまりにも簡単でやる気がない。それは、日本にいる時も同じ。実際には注文になっていないが、インドネシア人と日本人の若者に技術と取り組み方を教えるために、金型費用や装置を私が負担し、客先が求めている物を一緒に作ったこともあります。いずれも、当時、誰も引受け手が無かったものばかりでした。私から営業に出かけていって手伝ったものはありません。客先の方が捜していたのです。そして、私に出会ったのです。そして、私にとっても、手がけたことがないものばかりでした。やったことが無くても、すべて、客先の期待にこたえました。何とかなるものです。ロンボクのスンギギ海岸と南の方のスコトンバタッ
2010.10.16
コメント(0)
斜めからインドネシアを眺める 758 パネルの金型の予備として、現在使っている金型と同じものを一セット製作に掛っている。場合によっては二ラインで生産できるようにもする。 押出の原料も射出と違うので入手に困難は付き物です。原料に関すること、インドネシアの国産はPPとPEがある。輸入品の三分の二以下の価格で買える。トリポリタ チャンドラアスリです。問題点は1 安定供給が時々止まってしまうこと。突然のプラント掃除で生産が止まってしまうことがある。2 支払いは前払いが原則で、振り込まれたことを確認後、原料を出してもらえる。3 押出用の原料というグレードは無く、一番MIがちいさいグレードでやるしかない。日本なら0.5くらいのものがあるが、こちらでは2.0が一番硬い。4 MI ロット間バラつきが大きい。温度条件や他の製造条件を変えて生産できる能力が必要になる。5 送り届けてもらうことは困難、こちらから、受け取りに行かなければならない。ただし、20フィートコンテナ一杯になるほどの量を買うなら届けてくれるし、商社を通さないで原料メーカーから直接買うことができる。6 見積もりは購入するたびに取らなければならない。直接買えるのは10トン以上で、それ以下なら、商社を通さなければならない。ローカルの専門業者の倉庫から出してもらう。原則は、お金を持って取りに行くことです。 PVCは既に書いたがモノマーを買ってきて、可塑剤などの添加物と配合して原料を作るが、そういう会社は沢山ある。日系もMM2100にある。自分で作らなくても、軟質塩ビの場合はイエローページを見れば、沢山のローカルメーカーがあることが分かるでしょう。直接買えます。ただし、安全シートのようなものは手に入らない。 PP.PE以外の多くの種類の原料はタイ、シンガポール、韓国、日本から輸入したものを使う。日系の商社を使うが、支払い条件は大体月末締めの翌月末払いです。フォーキャストを出し、ある程度まとまった数量で輸入してもらい、それぞれの倉庫から何カ月かに分けて出荷してもらう。外国産ですから原料自体が高いし、輸送コスト、倉庫費用が足されますから、当然それなりに高くなります。フォーキャストを出した分は受け取りを保証しなければなりません。価格は輸入ロットごとで変わります。サンダル、靴底、ペングリップなどのエラストマーはサントプレンを輸入している会社があって、そこが供給しているが、増量剤が80%以上である。純粋なエラストマーはどこから輸入しようが1000円くらいはするのでそのままで使う会社はない。PS、ABS、POM、PMMA、PA,その他、輸入である。着色コンパウンドメーカーもローカルを含めて沢山ある。それらの会社の原料手配手法も同じである。マスターバッチ、顔料(ピグメント)供給会社もコンパウンドメーカーと同じように何社かある。ただし、いずれも、受け入れ時のカラーチェックをしっかりやった方が良い。いざ使い始めて色が違うなどと言わないように。MMのA社は,飛びぬけて、程度が低い。取引をしている会社は気の毒である。それらの会社を救いたい。以前のMAKUTAへさっさと変えてしまった会社は今安堵しているし、新アイテムも順調に伸びている。天下のNPIが見積もり依頼を受けて、「そういう製品は、やったことがないから出来ません。」と返事をするのでしょうか。技術者としての姿勢は私なら出来るのに。直線階段を登りきるとこんな火口湖が見えます。タシクマラヤの郊外です。ジャカルタから3時間で行けます。http://otaindoesiaextrusion.web.fc2.com/newpage0011.html 原料 顔料 一長一短
2010.10.15
コメント(0)
斜めからインドネシアを眺める 757 日系で押出成形品の注文を取るために営業を置いている会社は三社です。EJIPのA社、MM2100のA社と今私がいるN社です。いずれの会社の事も技術的にどこまで出来るか何ができるか私は知っています。 作っている製品と納入先も殆ど知っています。そして、現在どんな話がどこから持ちかけられているのかも知っています。それに対し、どう返事をするのかも分かっています。 いずれの会社も技術的には一長一短というより、ドングリの背比べといった方が良い。どんな、話でも、直ぐに出来るとは言えない、直ぐに客先を安心させる返事は出来ない。一か月とか二カ月かけて、本社などの相談し、どう返事をするか検討してから出ないと出てこない。現地にそれらの製品を先頭に立って金型や装置の手配をし、自らがトライをし、製品を作り上げることが出来る日本人はいない。それどころか、色々な樹脂に特徴やそれに伴って成形方法が違うと説明できる日本人がいないところもあるので、現在やっている仕事は続けられるが、新しい仕事は全く取れない会社もある。 もっとも、客先の日本人が押出の事、樹脂の事を知っているかといえば、全く知らない。とにかく、日本から輸入している製品と同じものを求めるだけで、他に安い成形しやすい樹脂があって、それに変えたらどうかという話をしても、全くのって来ない人が多い。そういう意味で、樹脂の知識を持っていても客先に対しては意味がないかもしれない。結局三社とも現場で陣頭指揮を取って製品を作り上げるという日本人はいない。客先にしてみれば頼りなく見えてしまうので、新たな仕事は取れない。三社とも、じり貧になるでしょう。 各社とも本当に必要な日本人は現場で仕事が出来る人をだと思うのだが、収率を記録しているのかとか、製品の置き場所がどうの、生産計画通りに生産できていないとか、監査員のような人がいるだけである。監査をして気が付いたことを自ら、やって見せる人もいない。 品質管理システムや実践面でもかなり問題があり、日常的に客先からNG品が戻されている会社もある。なのに、検査システムを改善しようとしている様子もない会社もある。もしそういう会社へ手伝いに入っても、技術を教えて新しい仕事を取ってあげるわけにはいかない。客先に迷惑を掛ける可能性が高いからである。冷蔵庫のガスケットなどは本当にいい加減な製品で、使えれば使ってください、使えなければ返してください、代替えを出しますから、客先の担当者もその調子でOKなのです。クレーム対策書とか対策の実施状況の報告とか、そういうものを求めない。なあなあで日常が流れている。だから、そういう会社がシビアな寸法公差を求められる製品はとてもじゃないが出来ないし、出来るようにしてあげられない。 がちがちに硬い話を一週間にわたって書きました。癒しに最高の写真だと思います。久しぶりにパンガンダランの写真、朝日と姉弟、勿論半島の首根っこの東海岸と半島の先端に近い自然保護地区のラフレシア(ブンガバンカイ)
2010.10.14
コメント(0)
斜めからインドネシアを眺める 756押出の金型は自己責任で型を決めて金属加工場で図面通りの金型を作ってもらうだけだし、二次元加工だけなので、近所のローカルの会社で作ることができる。ワイヤーカット機をもっていることが条件になるだけだ。持っていなくても、そこから外注に出しても構わない。ということで、射出と違い日系企業にこだわる必要はないので安くできる。ただし、作る製品の金型のデザインが出来なければ、それは、その製品を作る能力がないということで、断るしかない。日本の本社に相談し、その製品が出来るまでやってもらって、その装置や金型をこちらに持ってきてやるという考えは、価格的に全く無駄である。インドネシアで全てを何とか出来なければその仕事を引き受ける資格は無い。また、ローカル企業を使うときにポイントを的確に伝えて間違いないように作らせる指導をする必要がある、それが、出来ないで、ローカル企業の責任にしてしまうのも、自分に跳ね返ってくるだけで、出来ないと同じ事である。勿論、日系企業やローカルでも日本人が手伝っている会社も沢山あるので、そこで作れば意思疎通はローカルだけよりも出来るが、価格は高くなるし、金型で製品が出来るかできないかは自己責任に変わりは無い。その点、射出の場合は、製品の図面を渡して、金型の種類と何個取りなどを支持し、金型屋からの若干の質問に回答するだけで、後は、出来なければ、出来るまで保証をしてくれる。押出はそういうわけにいかない。知られていないが某世界的ファスナーメーカーの金型部門の技術力と最新工作機械はインネシアでNO1だと思う。射出成型機も社内で作ってしまう能力を持っている。社内の仕事優先だが装置が空いていれば高品質で格安の金型を作ってくれます。http://www.k4.dion.ne.jp/~enplaind/newpage030.htmlそれほど詳しく紹介してあるわけではありませんが、押出についてある程度経験があって、なお且つ技術を向上させたいという意欲のある人には、大いに参考になるはずです。 私が持っている技術では、チューブ、パイプの溶融金型と寸法を決める溶融金型の種類は大きく分類すると6種類ある。その中で一番簡単、単純なのが軟質塩ビチューブである。一番、難しいのはPOMや66ナイロンなど、冷却速度が速く、硬い樹脂用である。 プロファイル、多色成形、コーティング、多孔チューブ、蛇腹チューブ、それらを組合せした製品。現在、日本から輸入している製品の知る限り全部を作ることができます。その為の金型のデザインも勿論できます。 全部品をインドネシアで調達して作った純インドネシア製の引取機と回転ノコ刃の自動切断機。
2010.10.13
コメント(0)
斜めからインドネシアを眺める 755 押出成形のインドネシアの装置について書いておく。社内で使うものを使っている会社は全て、日本で装置全体をその製品が出来るようにして、一式、日本から輸入して使っている。至れり尽くせりの過剰装置でその製品しかできない。他の製品を作ることは全くできない。融通が効かないがんじがらめの装置になっていて、さぞ高価な投資をしたのだろうと思う。 1996年、私が始めて赴任した時にはチューブ製造とエッジング、グロメットが出来る装置を太田化工から送ってもらった。定置式乾燥機、スパイラルカッター付き自動ナイフカッター付き引取機とグロメットカッターも持ち込んだ。二ラインで2千万円の投資でした。 その後、回転刃式のジドウカッター、補助押出機、などなどを入れて8ラインにした。その装置は今、他のインドネシア内の会社に移されているが、新しい仕事は取れずに私が手掛けた仕事をやっているだけである。空きを埋めるために軟質PVCチューブを作っているが、それを作るだけでは大変もったいない装置だと思うが仕方がない。インドネシアには押出機や製造ラインをつくっている会社は無い。台湾製、韓国製、中国製のチューブ製造装置を安く(日本からの半値)で手に入れることが出来るが、私にとっては使いにくいし、メンテに関して心配なので使おうとは思わない。そこで、二年前から、私が指導をして近くの鉄工場で引取機、自動カッター付き引取機、バキュームボックス付きの水槽などを作って、今使っている。性能は今一だが、装置の部品の品質が悪くて故障しやすいが、なんとか実戦に使っている。押出機は夜逃げしたストロー製造韓国会社が残していったものを格安に入手して使っている。チューブ製造ライン一式で約300万円である。こういうことをやっている日本人は私しかいないし、他の会社にお勧めは出来ない。車を自分で運転してどこまでも行ってしまうのと同じことです。他の人には勧めません。その会社の考え方に依りますがとにかく輸入した装置を使うしかありません。乾燥機や粉砕機、自動寸法測定器、射出が主に使うホッパーローダーやホッパードライヤーも全て輸入です。ある会社はチューブ製造装置二本取りを1ライン3500万円で導入した。その他にもある会社は異形チューブの製造装置一ラインを3000万円で導入した。いずれもその製品しかできない全く応用が効かない装置である。押出技術の専門家はいないので、日本で完璧にその製品が出来ることを確認し、装置を作った会社の人が二三カ月インドネシア人に製造方法を指導し、出来るようにする。そういう費用も込の価格である。いずれも、私は作れば日本から輸入したとしても1500万円以下に抑える。インドネシアで作れば、500万円で出来る。 ローカル企業の全ては中国製など日本製以外の装置を使っている。再生ペレットを作る装置、ポリ袋を作る装置、大体、殆どが、中華系インドネシア人である。台湾企業韓国企業は勿論自国から輸入して使っている。MM2100ルコの向かい側のロッテマートのオープンテラス(フードコート)でソプギガとインドネシア人の食事の風景、ナイフとフォークではなく、スプーンとフォークを使います。
2010.10.12
コメント(0)
斜めからインドネシアを眺める 754 2010,10,10、午後10時10分を過ぎたところです。昨日も今日も午後から出勤で製造のトラブルに対処した。インドネシアでプラスチックの押出成形に関して私が今やっていることは、何度も、触れていますが、外国から輸入して使っている企業の現地調達のお手伝いとその製品を作ることによってインドネシア人に技術を伝達することです。これが十数年前から一貫した考えである。私がいる会社自体に損をさせたことはありません。その会社の技術水準が上がるし、若干の利益をもたらしています。 当然営業的なこともしますが、それは、私の技術を求めている客先に安心をしていただくためです。求める価格で使える製品を安定供給するという基本的なことを淡々とやってゆけるということを納得してもらうためです。 今、この世にない、誰もやったことがない製品をつくる技術を開発するということはやっていません。これからもやるつもりはありません。若いころは、日本でまだない製品、誰もが作れない製品を数多く作ってきましたが、今では、そういう仕事を引き受ける自信がない。特に開発仕事は頭も使いますがどちらかというと体力を使います。若いころの体力は無いので、試作など持続することが出来ない。連続で色々な条件を変えてテストを続けなければならない、原料、金型、製造条件それらの組合せは無限大にある。根気よく、最良の条件を作り出さなければならないし、探し出さなければならないのが開発です。私が作った日本で初めての製品は20代から30代前半に掛けてが、80%以上です。その後は、何年に一個という感じです。インドネシアへ来てからは、今まで手掛けたことが無かった仕事が80%以上ですが、日本でどこかの会社が作っているものを現地化ですから、新しくはない。人ができている物を私が出来ないわけがないと思って、すべての製品を現地化してきました。中には、日本のどこかの会社の技術者が何年も掛けて原料メーカーを巻き込んで原料から開発し、やっと作り上げただろうなと思われる、私にとって、やりがいがありそうな仕事を引き受けて、日本のその会社の人には申し訳ないと思いながら、作ってしまう。日本の仕事を奪ってしまう。 数年前に有った話だが、私が製造を頼まれて割合簡単にやってサンプルを出してしまった製品が有った。それも、日本製は硬質塩ビだったものを私はPS(GPPSとHIPSの混合)とABSの二種類で作って、形状的にはOKになったが、色が微妙に塩ビ製品と違うと言われ、その後、何度か色を変えて出したが、結局、色でOKにならず、その話は消えてしまった。当時は、その製品の立ち上げのときに散々苦労を掛けた会社からの購入を止めて、現地調達に切り替えてしまうという決断が、人情的に出来なくて、結局、そのまま、日本の会社から購入を続けてきたが、この円高状態の中、今となっては人情などといっていられない状態になって、その難しい仕事を私にと改めて頼んできている会社がある。それも一社だけでなく、何社かあり、製品の種類は20以上ある。しかし、もう、私がやるわけにはいかない。と、いことで、押出成形の技術はまだまだ求められている。製品を作る技術があるなら、沢山の仕事がある。 昨日とはうって変わって快晴、ボゴール方面の山が見えるドリアンのパック入り、実が開いてしまって腐りかけた実の一部、まだ、腐ってはいない実をパックで売っている。それでも売れないものは50%値引きで売っている。拡大してみれば幾らになっているか分かると思いますが、ニパックを約600円位で買いました。腐りかけているドリアンが一番おいしい。ちなみにこの状態にして幾重にもプラスチックの袋に入れてトランクへ入れて飛行機に乗せて日本へ持って行くことが出来ました。三分の一ほど食べると顔がほてってきてちょっと酔ったような気分になるのは私だけでしょうか。
2010.10.11
コメント(0)
斜めからインドネシアを眺める 753 スパイラルチューブ、コイリングチューブ、コルゲートチューブ、窓付きの配線ダクト、のの字、縦割りチューブ、勿論グロメット、エッジング、6や66ナイロンチューブ、ウレタンチューブ、丸棒、板などの素材などは、インドネシアで作られていない。しかし、グロドックへ行けば殆ど台湾からの輸入で揃っている。塩ビのサッシや木目調の製品も出来ないが、グロドックにもない、インドネシアでは全く需要が無いのでしょうね。 原料が手に入りにくく、価格も高い物は無いと考えていい。12ナイロンチューブを細々とやっている会社があるが、其れだけで、のびる可能性は全くない。むしろ、それを使う目的が12ナイロンでなくてもいい場所で、日本からの図面がそうなっているので使っているだけで、もっと手に入りやすい、汎用の樹脂を私なら勧める。今成形している会社は私が作った装置と技術指導で可能になっているが、応用は聞かないし、他の樹脂で提案する知識と技術を持っていない。その程度です。紐や針金のブレードホース、硬質PVCの丸パイプや角パイプ、各種ケーブルを隠すチューブや異形品はローカル企業がやっている。インドネシア独特だと思うが、ラタン風の材料をあちこちで作っている、過当競争になっていて、つぶれる会社も多いが、始める会社も多い。発泡にしたり二色にしたりしている。スカルノハッタ空港近くのチェンカレン辺りの工業団地に何十軒もインフレーションフィルムとラタン製造工場がある。経営者は中華系インドネシア人で、其処ら辺の一角には、中古装置や周辺装置を扱っている商社も多い。軟質PVCのコンパンウンドもこの辺りで大量に作っている。透明のふにゃふにゃチューブを作っているインドネシア押出成形屋は、ここから買っている。押出といえば、説明する時、ストローのようなものを作るのは押出成形だという。そのストローですが、これはもう三十年前くらい前からインドネシアで作っている。台湾や韓国企業が作っている。二色以上の多色成形、その色筋を捩じり模様にも出来る、曲げやすくするジャバラも一分間に200本位を作ってしまう装置もある。過当競争で韓国企業の一社が一夜で全員姿をくらましたというスバンにあった会社を知っている。フィルムではなくシートの成形となると、ぐっと数が減る。日系企業もある、自分の会社で作ったシートを真空成型に使っている会社もある。私の技術履歴です。http://www.k4.dion.ne.jp/~enplaind/newpage%20top%202.htmlインドネシアで手掛けたものもあります。製品を作り上げて日本側からの承認をえたが、日本内の今も作っている会社と政治的な関係で、インドネシア内調達を断念した製品もある。しかし、それから、7~8年過ぎて、価格の関係で、現地調達に踏み切らなければならない状態になっている。そこで、もう一度やってほしいという話も出てきている。しかし、私ではなく、後を継ぐ予定の人の判断に夜しかない。私は返事を出来ない。毎日のように大雨にたたられている。雨宿りと悪路。
2010.10.10
コメント(0)
斜めからインドネシアを眺める 752 タイやマレーシアの日系押出成形会社から輸入している会社もある。こちらのローカル企業では台湾やフィリピンの現地企業から輸入している物もある。そしてそれらの多くは日本から輸入している製品より、納期、品質で問題が多いことも聞いている。それらの仕事も引受けてあげたいが、問題は、少量であることと、それぞれの会社が新たに金型費用を掛けることを躊躇しているのです。 そういう会社からどうしても仕事を欲しいというなら(口座を開設したいのなら)金型費用を極力安くし、金型では損をすることを前提としなければなりません。ただし、製品の価格は現在輸入している価格と同じでいいのです。メリット、デメリットのバランスを考慮し、会社、担当者が決めることです。担当者の能力に大いに関係があります。その仕事は難しいと思うか、簡単にできるよ、と思うか、金型についても同じで、日本の金型屋に相談しなければならない、と、思う人には、そこの時点で、もう、その仕事は“出来ない“と同じです。シンプルなデザインで、現地金型屋で出来る金型を思い浮かべなければその仕事を手掛けようとする資格はありません。 袋以外で、大量に使う押出製品は原料がPVCかHDPEです。これ等の原料はインドネシア国内で作っています。そして、価格は特別に安く手に入れている。PVCの場合は成形の会社がやはりインドネシアで作られている粉末状のモノマーを購入して、添加物や可塑剤を混ぜて使っている。こういうやり方は日本と同じです。 その会社の名前は明らかにできませんが、日本から今でも輸入して使っている押出製品の種類は沢山あります。私はそれらの全部を作ることができます。そして、金型価格、製品単価は0.6掛け以下でできます。そして、長ければ半年、早いものは二週間もあれば試作品を提供できます。断るような、考え込むような製品は一つもありません。 どうでしょうか、日本で押出成形に係わっている人で、自分が、やってみようという人はいないでしょうか。出来上がっている物をコントロールする人では無くて、自分から製造に手を出す人が求められています。Soto Betawi Sate Kanbin Nasi 3万Rp(3百円)ブンクスといって、テントレスタランで油紙に包んでもらって家に持って帰って食べる。インドネシアの家庭はそういう食べ方をする、自宅で料理しないのです。子供はお母さんの手伝いをして料理や果物の皮むきなどを覚える機会が少ないので、料理が出来ない若い女性が多い。だから、また、ブンクスになってしまうのです。
2010.10.09
コメント(0)
斜めからインドネシアを眺める 751 この頃の会社訪問を通して、その会社の方々から大変ありがたい言葉をいただき、涙が出そうになるくらい感謝しています。私がなんとなく自然に受けた仕事が、それらの客先にとってはかなり切実に現地調達したいと考えていて、インドネシア中捜しまくって、出来るところが見つけられない状況の処に私があらわれた、そして物になって現在に至っているのです。今回の訪問は、新任者の紹介が目的ですが、私は間もなくPT.NPIから離れるという紹介でもあるわけで、どうしても、新任者との話よりも私との話が主体になってしまうのは仕方がないかもしれない、とにかく、長い付き合いをさせていただいているところばかりで、押出の製品は私がインドネシアに現れたから日本や海外から輸入していた物を国内調達するという決断をして私に寄りかかったとい会社ばかりです。私がいなくなればその後が心配、どうなっちゃうの?という会社ばかりです。それほど、押出の仕事をなんでも引受けてしまう日本人はいないのです。インドネシアの押出成形は軟質硬質PVCの異形、パイプなどは日本人がいなくても技術導入で30年ほど前からできています。その他でできる物は、すべて、装置を日本など外国から導入して、それだけを作ってそれだけを売る、あるいは、自社の製品の部品にする。例えばボールペンの会社が、インクがはいるPPチューブを作っています。男性化粧品会社が、絞り出しチューブを3層で作っています。シート屋さんは勿論シートを作っていますし、袋屋さんはインフレーションモールディングをしています。インフレーションの会社は掃いて捨てるほどあります。特殊だと思うのは電話会社がグラスファイバーケーブルを地下に通すためのHDPEパイプを自社で作っています。かなりの量です。押出成形といっても、注文を受けて成形する会社が大変少ない。それでも、中華系やインドネシア系で数社ある。しかし、技術水準は低く、日本品質でできるところは無い。しかし、それほどの品質を求めなければ非常に安く購入することができる。日系企業で、現地でOKをくさせるのなら採用できるが、日本で承認をするシステムの会社は、採用は出来ないでしょう。樹脂は製品の大きさや厚さによるが、HDPE、LLDPE、POM、PA、PMMAは客先からの注文は取れません。ということで、何でも断らないでやってしまうというのは14年くらい前から私、ただ一人です。そして、今回、私の後釜で来た人はどうでしょうか。PT.NPIの私の後を引き継ぐ人に対しても、それぞれの会社の担当者は、そのことを話し、しっかりやってほしい、と、いうわけですから、プレッシャーは次第しだいに増してくると思う。実際に、訪問先で新しく国内調達に切り替えたいという話が早速出されているが、どう対応をするのでしょうか。 こういう流れを見ていると、私の決断は間違っていないと確信するようになる。サンモリッツ周辺の湖で。
2010.10.08
コメント(0)
斜めからインドネシアを眺める 750昨日の写真のバリのニルアナゴルフ(Nirwana Bali Golf Club)場が、私は、一番好きです。海(入江)越えのショートホールのティーグランの左(西)方にサンセット風景が素晴らしいタナロットが直ぐそばに見える。ゴルフカートで行けそう。反対の右(東)方には広大な海岸が広がっている、インド洋の高い波が打ち寄せている、そのずっと向こうはデンパサールです。大変難しいコースですが、景色、雰囲気を十分楽しみながらラウンドできる典型的な南国リゾートゴルフ場です。ホテル(レ、メディリアン)と一体になっています。インドネシアに住む日本人には、二泊三日のパケットで行くのがお勧めです。http://island.geocities.jp/enpla_indonesia/newpage0302.htmlジョクジャカルタのムラピ(Merapi Golf Course)(ムラピ山の麓)もいい、バンドンのギリガハナ(Bandung Giri Gahana,Golf &Resort)もいい。 会社訪問継続です。EJIPの会社を二社訪問した。一社はすでに取引をさせてもらっているが、もう一社は、キタガワの時のお客さんで、現在はまだ取引がないが、早速日本から輸入している製品を二種類出来ないかと図面とサンプルを頂いた。この製品はキタガワ時代に、亡くなった山崎君と現在NPI押出責任者DIKI君を指導して私が金型費用を出して作ってOKを貰っていた製品でした。その時は、日本の取引先との政治的理由で、現地調達が実現しなかったものでした。Kitagawaから受け取って、その金型を所有している会社を知っていますが、その会社では、その金型を使っても製品が出来ないのです。私がやるなら安く簡単にできますが、NPIで私が手掛けることはありません。紹介した後継者が判断するものです。どうでしょうか。今後の取引を期待する。今日訪れた、いずれの会社も私自身は10年以上前からのお手伝いである。個人的のも親しくしていただいている担当者がいます。楽しい仲間です。 この会社での身の振り方について、私なりの結論をだし、本社には伝えた。その考え通りにいくかどうかは断言できないが、私が決めたことですから、出来るだけその線で進むようにしたいと思っている。どうなるか、どうするかはまだ公表しない。基本は他人にぶら下がる、お世話になる、ということはしない。あくまでもフィフティフィフティ、ギブアンドテイクの立場を望んでいる。ミーゴレンシーフードとソプアヤムとエステーマニスで2万6千Rp(260円)です。典型的なインドネシア料理です。数年前から新設ガソリンスタンドにはバイク専用ポンプが設置されるようになっている。
2010.10.07
コメント(0)
斜めからインドネシアを眺める 749 早ければ、年内にもPT.NPIから離れることにしています。その為にできるだけ早く、客先も後継者に引き渡す必要があります。紹介した客先にはその後は私抜きで話をしてもらいます。私が絡むと言いたいことを言えなくなるでしょうから。引き継ぎでもらう人の客先への紹介を始めた。手始めにカラワンティムール方面の会社からでした。訪問した会社は現在既にお客さんです。射出の仕事もあるので、営業関係の人も一緒に連れて行っている。製造が客先と話をすることは控えるのがN社流のようなので、営業の人が来れば、改めて紹介することになるし、今回紹介する製造の人は直接接触することは無くなると思う。 インドネシアのゴルフ場、暑いですよ!!普通はスポーツドリンクを500mlくらいはプレー中に飲みます。しかし、暑さを心配する日本からのお客さんは、意外に暑くないと皆さんにいます。相当暑いと思ってくるのでしょうね。それほどでもないと感じるようです。一昨日のゴルフ場の写真は朝日の出から30分後位、06:30頃です。多分、25度くらいだと思います。一般的の10月から翌年3月までが雨季、4月から9月が乾季です。雨季には毎夕方80%以上の確率でスコールが有ります。逆に乾季には10%以下の高確率になります。今年はその乾季がほとんどないまま、雨季になってしまったようで、乾季のはずが50%位の確率で雨が降っていた印象がありました。作物の出来具合に大きな不作の原因を与えた様で、果物、例えばランブータンやサラックなどの出荷が極端に減っているというニュースが有ります。 ところで、インドネシアのゴルフ場の暑い、それほどでもない、の違いは、立地の高度によります。平地なら30℃以上の中でやりますが、高原なら25℃の環境でできます。ジャカルタ近郊を大きく分けると、ジャカルタ特別区内、タンゲラン方面(ジャカルタより西)ボゴール方面(ジャカルタより南)チパンペック方面(ジャカルタから東)の四つになります。一番暑くないのはボゴール方面です。 日本でゴルフをするより一年中、はるかに快適です。日本の夏冬の温度差はこちらから見ると、ほとんど凶器です。 雨の日もあれば風の日もある、めちゃくちゃ暑く感じる日があれば適度の風が吹いていて涼しく感じることもある。確率として、日本でやるよりインドネシアの方が快適な日がはるかに多いと思うし、ゴルフ場の解放感は全然違うと思う。
2010.10.06
コメント(0)
斜めからインドネシアを眺める 748 頼まれれば期間を決めて私がやる、尋ねられれば丁寧に答える。これが前提になることは言うまでもないが、批判されてもどうにもならない。押出に関して、N社流、Kさん流がある。私流は勿論ある。他人から教えてもらったものは何もない。装置や金型、製品、不良の名前、などなど、40年以上前にドイツからの技術が入った会社に存在していて、その時の各名前がそのまま残っている。その時無かったものは全て私が名前を付けている。インドネシア語に直す時も、私がインドネシア語で付けている。ですから、同じものでも、別の会社では名前が違う。ましてや、押出機、金型、冷却装置の構造や材質は全てといっていいほど名前が違う。先ずその名前をその人流に変えるのか、その人がその場所の今までの名前でやってくれるのかが問題である。その人に任せるしかない。 会社での公式ポジション名はイムグレへ届けた名前でなければならない、名刺も組織表もそれに従わなければならないが、実際の仕事内容は、いきなり、すべての事に関して決済をしてもらわなければならない。私が、決裁してしまうわけにはいかない、それらのことに関して、責任を持てないからです。軟着陸というより、いきなりドカンと、すべての事に対して責任を取ってもらうつもりで構えてもらう必要がある。 製品の見積もりを求められたときに、出来るかできないか判断し、出来るなら、製品の見積もりを出す。その見積もりには、当然、条件が含まれる。その条件も同時に伝える。 これも、直ぐに、判断が必要になります。これにも私が首を突っ込むわけにはいかない。中には、私が仮見積もりをした製品もある。それも、白紙に戻してその人なりの判断をしてもらわなければならない。 現在を批判してもらっても、私がその人の意志に従って現状を変えるということはできないので、その人のやり方で変えてもらうしかない。自分が納得いくように自分で変えてもらうことです。自分が今後何年間は全責任を負うのですから。 売り上げ計画の提出を義務とするらしいが、これも、直ちにやってもらう。私ではとてもできない、やっても、計画通りには絶対にいかないことは分かっている。注文が入っていても、その通り客先が引き取るとは言えないし、必ず、客先の生産量は変更される、それに合わせて納品するのだから、計画通りに行くはずがない。計画通りにいかなかったことの理由を説明しなければならない。客先が引きとらなかったというしかないのにである。ポンティアナックの赤道モニュメントとサンセット、PT.PBIの来年のカレンダーの多分12月の写真に採用されました。と、車のフロントガラスから撮った町の風景。
2010.10.05
コメント(0)
斜めからインドネシアを眺める 747 一時間半しか寝ていない状態で06;00からゴルフ。朝のうちは小雨だったが、直ぐやんで、曇りもようだが時折太陽が顔を出していた。10:00頃、風が強く吹き始め、雲の動きがにわかに激しくなった。11:00には終了。シャワーを浴びてレストランで食事を始めたころ11:30頃でした。豪雨が荒れ始めた。見る見る内のパット練習用のグリーンが水浸しになり排水が間に合わず、芝生が水の下になってしまった。これではプレーどころではないし、止めてもクラブハウスまで戻ってくるのも大変な状態になってしまった。それでも、続々と、途中で止めたカートが戻ってきていた。 しばらくすると、午後からプレーをしようとして食事を終った人達は席を立たない。途中で止めた人たちがシャワーを浴びてレストランへ続々と入ってきた。たちまち、レストランは満席,空きを待つ人まで出てきてしまった。ウエートレスは突然の忙しさに戸惑うばかり、客は、注文を早くしたいし、注文したものは早く持ってきてほしいし、水やコーヒーなどを頼む人もいるし、請求書を求めるもの、などなど、レスタランの係りの人全員が気の毒な状態になってしまった。そのうち伝票の内容が違っていたのでしょう。怒りだす人も現れ、大混乱になってしまった。 私たちはそれらをしり目に悠然と食事をし、談笑をし、12;30ごろレストランをでて、ロビーに向かった。目に入ったのは大量のゴルフバッグ、普通は多くてもせいぜい20以下、しかし、今日はざっと見ても50以上はあった。そこへ、帰るために自分のバッグを見つけようとしている人がざっと20人ほどいた。私はその中の一人でした。受付番号006と言いながら探し、一分くらいで見つかり、傘をさしてさっさと駐車場へバッグを持って行ったが、他の人は、なかなか見つからないうえに、本人がハンドホンで呼び出した車が10台以上の列を作っていて、屋根のないところにも何台も並んでいた。バッグを扱う若い女性はびしょ濡れになって、その車にバッグを運んでいた。持ち主も車までは走っていっていた。ここも、大混乱だった。 いずれの場所も、大雨によって、一斉にプレーを中止してしまったことが原因でした。受付の女性は払い戻しに殺到されてパニック。ゴルフ場の全ての役割でパニックでした。雨季に入って、これからも、こんなことが繰り返されることでしょう。 雨季は出来るだけ早朝にスタートをした方が何事もなくペレーできる可能性が高い。遅くなればなるほど雨や雷で中止になる可能性が高くなる。 早朝のゴルフ場の風景。
2010.10.04
コメント(0)
斜めからインドネシアを眺める 746今、囲碁将棋ジャーナルをやっている。ゴルフのために朝、家を出たのが、05:00、帰宅時間が24:00を回ってしまって眠い。といのも、新しく赴任してきた社員を案内して、リッポリカラン辺りを回ったが、それでは物足りない様だったので、気を利かせて、ジャカルタのブロックMへ連れて行った。15:00に迎えに行って、EJIPやJABABEKAを回り、そのまま、ジャカルタへ向かった。18:00頃ブロックMに到着、食事の後カラオケへ、11:00に出て、二人をアパートまで送り、家に着いたのが午前様という次第だ。EJIPの奥の方の会社でストライキをしていた。聞くところによると、もう、三カ月以上、仕事が止まっていて、今後も見通しが付いていないらしい。この会社に友人が三人いるのですが、彼らと今は、連絡を取れない状態になっている。どうしているのでしょうか。また、この会社に注文したい物が在るのですが、こんな状態だから、日本から輸入しなければならないことになってしまっている。つい半年前にはその会社の隣の会社で、半年ばかりストライキが続いていたが、それが伝染したようで、気の毒である。ストライキは伝染するようです。リッポチカランの奥の方に行ってみたが、かなり奥まで、住宅地が出来上がっていて、日本食レストランも増えて、年々、開発が進み、賑やかな町になってきているようです。日本人もこの町の二三百人は済んでいるようです。MM2100から東の工業団地へ通う人はこの町へ済むのが一般的になっているらしい。パパヤを案内し、なんとかという日本食レストランへ入った。パパヤのところから入って、右に曲がったところの直ぐ左側の店で、相当、以前からやっている店で、張られてある、食べ物の案内は色がくすぶっていて、一部の文字は見えなくなっていた。新しく張り替えていないのですね。間口が狭く、目立たない。ブロックMのレストランの中では一番安いのではないかと思う。それに、私が食べたのはてんぷらうどんでしたが、おいしかった。若い日本人の客が多いと感じた。ちなみのカラオケ情報ですが、私たちが入ったカラオケは、ブロックMでは一番高い店だと思う。だから、他へ入れば同じかそれより安いと思う。一時間6万Rp、ルームチャージが30万Rp、果物、スナックのおつまみなどがそれぞれ10万Rp、私が頼んだコーラとコーヒーはそれぞれ6万Rp、連れ出しは20時間だから120万Rpです。彼女達は60時間のアワーチャージがノルマです。それを3カ月達成できなければ自動的にお払い箱になります。黙っていれば、2、3時間いただけでも5時間分のアワーチャージ30万Rpの請求が来ます。今回は三時間ほどいましたが私が払ったのは65万Rp(約6千5百円)でした。
2010.10.03
コメント(0)
斜めからインドネシアを眺める 745 Pelayanan SIM keliling 何だと思いますか。シムは運転免許証です。プラヤナンはサービスです。クリリンは“回る“です。運転免許の出張交付サービス車です。日本の移動図書館のように車で地方を巡回して、車やバイクの運転免許証を欲しい人に交付するのです。システムは全く、一般の免許証交付所と同じで、顔写真、指紋採取、サインそれだけで30分待てば交付されます。運転の実地や法規のテストはありません。約千五百円払えば直ぐもらえます。日本に比べて比較にならないほど大変便利ですね。 便利といえば、国際線ガルーダの機内での入国手続きサービス、到着後長蛇の列に並ぶ必要がなく、それらを横目で見ながら、すっと出てくることが出来ます。インドネシアにしては気が効いていると思う。しかし、イミグレの職員さん、そのためだけに外国へ行って帰りの便で一時間ほど仕事をする。かなりの無駄使いだと思うが、それでも便宜を図るメリットがあるのでしょう。確かに、乗客は助かります。 先日、出国に際し、ブラックリストに私の名前が載っていて、ちょっとした、面倒に巻き込まれましたが、その後、イミグレにクレームを付け、申請書を出したところ、イムグレから、この人は何もしていません、という、証明書が届けられた。ブラックリストから消しましたという話ではないのが変だと思うが、この証明書をパスポートと一緒にしておいてくださいと言われた。これも、サービスの一つでしょうか。首をかしげますが、何もないよりはいい。全く予想外の事態でした。 NHKでインスブルックの街歩きをやっていた。つい先日歩いた場所も写しだされて懐かしいかった。タイミング良し。高速道路ジャカルタ-チカンペックのチビトゥンとチカランバラッの間に料金徴収ゲートを作っている。現在、ジャカルタへ入る前にポンドック グデ ティムールという場所で、料金を支払う。その支払場所をここに移すらしい。どうも分かりにくい、20km以上も東に移動するのです。料金はどうなるのでしょうか、いつから、使い始めるのでしょうか、確認していません。現在の進捗状況を見ていて、年内に変わることはないでしょう。支払いの方法がどうなるのか、例えばブカシはどうなるのでしょうか。思い浮かびません。良い方法があるのでしょう。
2010.10.02
コメント(0)
斜めからインドネシアを眺める 744 最新の金型でトライし、そのまま製造に入った。今年も残り三カ月になってしまった。先日日曜日のゴルフの後で、私の方向について、この会社の社長に話をした。間もなく、日本で海外の長が集合して会議があるので、それに合わせて帰国すると来ている。その折、日本で仕事をするつもりがないことと、早いうちに後任に任せて、N社の本社やインドネシア工場に迷惑を掛けないようにしたい旨、遠ざかりたいと思っているという話をしてもらおうと思っている。自分から、ごちゃごちゃ理由を並べながら直接話をするより、何の勘繰りも出来なように結論だけを単刀直入に話をしてもらう方が良いと思い、お願することにした。暮れに日本へ帰るが、その時改めて、私の決意を話したいと思う。その前に、N社から離れている可能性も高い。 今の会社にいる私の子供たちを引き抜くことは一切しない事を約束する。彼らの内誰かが辞めてしまっても、私は雇わないことを宣言する。 とにかくやりたいことは、少量の製品を輸入して使っている会社の現地調達の手助けをすることを通して、インドネシア人がまだ知らない、私が知っている技術を伝えることですから、競合することは無いし、足をすくうようなことは無い。新任の二人が昨日シンガポールへ行って、ワーキングビザを取ってきたので、今日から現場で仕事が可能となるし、客先へのあいさつ回りも可能となった。来週あいさつ回りのアポを取ろうと思う。http://island.geocities.jp/enpla_indonesia/newpage102.htmlインドネシア独特の生き物と風景、突然、なぜか、コドモではなくコモド島とコモドドラゴンです。南国特有のスコールがシャワーのように落ちているのが遠くからはっきり分かる風景です。降っているところと降っていないところの境がはっきりしている。明日から日本ではタバコの大幅値上げと聞いています。いくらからいくらになるのかは知りません。知る必要もありません。日本にいないし、タバコは吸わないから。タバコは、2006年、忘れもしなし、パニック障害症状が大々的に発生した時、タバコどころではなくなってしまった。禁煙をしたい方、パニック障害になってください、100%止められる?と思います。インドネシアのタバコは安い、多分、マイルドセブンが140円位マルボロも同じくらい、地元のタバコの種類は多く、平均60円位でしょうか。20本入りです。一本でも売ってくれます。インドネシアの喫煙率は男性だけなら世界一かもしれません。
2010.10.01
コメント(0)
全31件 (31件中 1-31件目)
1


![]()