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A380最終号機の機首がトゥールーズ到着 2021年生産完了、エミレーツ向け2021年で生産完了となるA380は現在、エミレーツ向けの機体製造や納入と、全日空の3号機の引き渡しなどが残るのみとなっており、仏トゥールーズでの最終組立も大詰めを迎えつつある。A380の最終号機もエミレーツ向けで、前部胴体が現地時間6月18日に、仏南西部のランゴンから最終組立工場があるトゥールーズへトレーラーで運ばれた。今後は中央胴体との結合作業や胴体と主翼の結合、エンジンの取り付け、塗装、内装作業などが進められていく。エアバスによると、トゥールーズで作業中のA380は、引き渡しを4月から半年程度延期されたANAの3号機を含めて6機、塗装工場があるハンブルクが3機。ANAの3号機を除くと、8機すべてがエミレーツ向けの機体だ。エミレーツはA380を世界最多保有する航空会社で115機保有し、123機を発注済み。全世界で運航中のA380は5月末時点で240機あり、このうち47.9%がエミレーツの機体となる。一方、3機導入したANAは全機を成田-ホノルル線に投入。2019年5月24日に初号機、6月19日に2号機が就航し、7月1日からは週10往復体制で運航していたが、新型コロナの影響で今年3月25日にA380の運航を一時停止。6月22日に2号機、翌23日に初号機が成田空港を乗客を乗せずに1周して機体の安全性を維持している。エミレーツは、今後の主力機材をA350-900やボーイング787-9型機に軸足を移しており、A380や777Xといった400席超クラスの大型機の発注を減らしている。新型コロナの影響で航空業界を取り巻く状況が変わる中、A380はあとどのくらい飛び続けるのだろうか。---A380の生産終了は昨年2月に報じられており、もちろん新型コロナ騒動とは無関係だったのですが、新型コロナによる世界的な航空需要の急減によって、既存のA380も最後の止めをさされつつあるようです。エールフランス航空は、当初2022年に予定していたA380の引退を、先週に前倒ししています。引用記事が指摘するように日本で唯一A380を導入した全日空も、現状では運行を停止したままです。世界最大のA380キャリアであるエミレーツにしても、産油国のオイルマネーの力でその規模を維持できているのでしょうが、昨今の原油価格低迷で、いつまで安泰かは分かりません。航空業界の急失速自体は世界共通の現象ですが、その影響は、A380のように使途の限られる超巨大機に、より強く現れることは自明です。全日空のA380も、その投入路線であるハワイ線は、米国でまだ新型コロナの感染拡大が止まっていない現状で、現時点では7月末まで運休中です。仮に運航再開しても、乗客の急回復なんて当面見込めないでしょう。これから導入される3号機にしても、果たして運行できる路線があるのか、一度も定期路線に就航することなく引退、という最悪の事態だって、想定できないわけではありません。前述のとおり、A380の生産終了は新型コロナ騒動以前に決まっていたことです。従って、この巨人機を開発したことは、エアバスにとっては世界の航空需要、航空会社の動向を見誤った(加えて、製造の遅延によるコスト増大も)失敗、ということになるのだと思います。もっとも、エアバスにとって、A380はフラッグシップモデルではあっても、売れ筋称品というわけではありません。エアバスにとって利益の根幹は小型のA320です。その売れ行きが順調だったので、昨年の今頃は、A380の失速にもかかわらず、エアバスは大きな利益を出していました。ところが、今回の新型コロナ騒動で、A320もまた急失速せざるを得なくなっており(航空業界の全てが恐慌状態なのだから、当然ではありますが)、エアバスもかなり苦しい状態に追い込まれています。一方、ライバルのボーイングは、もともと「売れ筋」のB737MAXの欠陥による2件の墜落事故で、1月から製造中止になっていました。先月末に製造再開されていますが、この間の売り上げはストップしていた上に今回の新型コロナ騒動ですから、その打撃はエアバスよりさらに大きいことが予想できます。別に航空関係、旅行関係に限った話ではありませんが、昨年の今頃は、日本のインバウンドも絶好調、航空・運輸・旅行関連業界も順風満帆のように見えましたが、たった1年でこの状態です。そんな事態を予測できた人なんて、おそらくいないでしょう。一寸先は闇、というか、人間の将来を予測する力なんて、その程度なんだ、ということに痛感させられます。神様じゃないから、仕方ないですけど。
2020.06.29
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・・・・・タイトルに一ノ倉沢と書きましたが、眺めに行っただけで、登ってはいません。水上駅で。何度も来ていますが、土合駅に到着です。日本一のモグラ駅。動画はアップしませんが、この場所から駅舎を出るところまで動画を撮影したところ、8分30秒でした。土合駅を出たところ。眼前に白毛門がそびえています。2016年1月に登りましたが、無雪期はまだ登ったことがありません。谷川岳山頂ではなく、麓の一ノ倉沢展望台を目指します。実は、1年前にも行ったところです。マチガ沢に到着。昔はここに宿屋が3軒あったそうです。昔というのが明治以降なのか江戸時代以前なのかは不明確ですが、案内板には「その昔~3軒宿があったらしく、畑や墓跡が残っています」という書き方は、なんとなく江戸時代以前かなという気がします。明治以降ならもう少し明確な記録があるでしょうから。そして一ノ倉沢展望台に到着。世界で一番遭難死者の多い山は谷川岳で800人以上が亡くなっています。そのおそらく9割以上はこの一ノ倉沢で亡くなっているはずです。先ほどの写真のマチガ沢でも亡くなっている方はいるはずですが、西黒尾根や天神尾根では、積雪期以外はまず死者はいないでしょう。反対側のは白毛門白毛門さらに先に進みます。1年前ここに来た時の記事に昭和44年に建てられた「旧清水越国道」という標識を見て「旧国道、どうりで歩きやすい砂利道と表いました。昭和44年だそうですが、廃道化したのは、もっとずっと最近だと思います。荒れてはいますが、50年放置だったら、とても歩けたものではないと思われるので。」とコメントを書いてしまいました。いやー、何も知らなかった。この清水越国道は、「旧」国道ではなく、現在も国道291号線の一部です、建前上は。しかし、実際には1885年8月に清水峠を越える国道は開通したものの(当時日本に自動車はまだなかったものの、馬車が通れる道として整備された)、わずか2か月で豪雨による土砂崩れ、さらに冬季に雪崩による被害で寸断され、以降復旧されることはなく130年以上が経過しています。建前上は国道の指定を受けているものの、実際は廃道です。(一ノ倉沢展望台までは、観光用の電動バスが走っており、未舗装ですがかなり整備されています)それでも芝倉沢までは一応道の形をしており、歩きやすいのは、登山者やハイカーがかなり入るので、途中までは登山道としてそれなりに整備されているからだと思われます。あくまでも「登山道として」「途中まで」です。途中、芝倉沢を横切るところで寸断されて、そこから先はズタズタのようです。昨年はその芝倉沢まで行きましたが、今回はその手前で新道に入ってしまいました。その新道からの眺めです。寸断されている旧道は谷の中腹を行きますが、新道は谷底です。そして、旧道は廃道ですがかつては馬車道として整備されたので、未舗装とはいえ幅の広い砂利道ですが、新道は登山道です。ただ、清水峠まで行くには、この新道からの方が、寸断されていないので歩きやすいようです。私は、日帰りなので清水峠まではいきませんが。というか、この地点で引き返します。湯檜曽川の源流近くです。人も通らない森の奥に、謎の建物発見!(いや、登山地図にちゃんと記載されているので、じつは素性は分かっているのですが)JR東日本の建物です。看板はこれだけですが、登山地図には「JR見張小屋」と書いてあります。送電線の管理用と思われます。何の説明も不要でしょう。マルタ(普通サイズのサンポーニャ)・サンカ(低音サンポーニャ)・ケーナ2本とケナーチョ、それに上にマルタ用の半音管樹間から見えるのは、朝日岳方面でしょうか。旧道は馬車道なのでうねうねと曲がりますが、谷底の新道はまっすぐなので、じつは所要時間も新道の方が早そうです。もっとも、復路も一ノ倉沢出会いのところでまた旧道に戻って、そこから下山してしまいましたが。
2020.06.27
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外出禁止や休業を強制できる法改正必要62% NHK世論調査 感染症の拡大を防ぐため、政府や自治体が外出を禁止したり、休業を強制したりできるようにする、法律の改正が必要だと思うかNHKの世論調査で尋ねたところ、「必要だ」と答えた人が62%に上り、「必要ではない」と答えた人の27%を上回りました。調査の対象となったのは2202人で、58%にあたる1270人から回答を得ました。新型コロナウイルス対策で国民に一律に給付される10万円をどのように使うか、5つの選択肢を示して聞いたところ、▽「生活費に使う」が52%、▽「生活費以外に使う」が28%、▽「貯金する」が12%、▽「寄付する」が3%、▽「受け取らない」が0%でした。感染症の拡大を防ぐため、政府や自治体が外出を禁止したり、休業を強制したりできるようにする法律の改正が必要だと思うか尋ねたところ、▽「必要だ」が62%、▽「必要ではない」が27%でした。9月入学について、政府は今年度や来年度からの導入を見送る一方、長期的な課題として検討を続ける方針です。将来的に、9月入学を導入することの賛否を聞いたところ、▽「賛成」が51%、▽「反対」が32%でした。---定額給付金に関しては、5つの選択肢が提示されていますが、「受け取らない」を除けば一部を生活費に、一部をそれ以外に、残りは貯金に、みたいな使い方をする人が多いと思うので、この調査結果にどの程度意味があるのかは謎です。ちなみに、私の場合も多分「受け取らない」以外の全選択肢に該当します。それはともかく、残りの二つの調査結果には、愕然とする数字が並んいます。私自身が、当ブログで「自粛しません」と宣言し、実際にこの間外出していたわけですが(もちろん、感染しないようそれなりの注意は払っていました)、この行動は将来的には違法ということになるかもしれません。もちろん、このような事態に際して、政府が外出をできるだけ控えるように呼びかけること事態は当然のことです。私だって、「自粛しません」と公言はしましたが、普段に比べれば外出は相当に控えました。ただ、政府の(強制を伴わない)政策、個人や企業の心がけのレベルではなく、従わない者には罰則を課して強制する、ということなら、曖昧な理由、恣意的な判断、因果関係や効果のほどがあやふやであってはならない、と私は思います。大量の死者を出した欧米諸国が罰則付きの強力な外出制限を課したから、死者数がきわめて少数にとどまっている日本で同じことをすべき、とはならないでしょう。しかも、日本がなぜ、欧米諸国ほど深刻な事態にならずに済んだのか、実際のところはよく分かっていません。したがって、罰則付きの外出制限が効果を発揮するかどうかも、分かりません。効果のよく分からないものでも、やらないよりやる方がマシな場合もあるでしょう、副作用が小さなものならば。しかし、罰則付きの外出禁止は、副作用が巨大です。そんなものを、とりわけ安倍のような政権に好き勝手に使わせたら、どれだけ恣意的な使われ方をするか、分かったものではありません。そのような規定には、私は反対です。学校の9月入学も、まさかこんなに賛成が多いとは思いませんでした。これについても、私は反対です。詳細は以前の記事に書いたとおりです。役所の会計年度を4月から3月ではなく、9月から8月に改める(職員採用や定年も)、企業の新規採用もすべて9月採用に改める、そこまでやることとセットで、9月入学に変えるというなら、まあ良いでしょう。しかし、それができますか?就職という出口が変わらないまま、入学という入口だけ9月に変えても、卒業後どうするんですか?新型コロナの影響で休校が長く続いたから、という理由だけで9月入学に変えるのは、あまりに近視眼的と思わざるを得ません。それじゃあ、9月入学に変えてまた感染第2波で休校が続いたら、もう一度4月入学に戻すんですか?というあたりを、考えた上での意見なのかな、という気がします。
2020.06.25
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前々回の記事ダーウィンと憲法は何の関係もないの中で、生物進化についていろいろ書きましたが、よく考えてみると、私が書いた進化についての理解は、ダーウィンによるオリジナルの進化論そのものではなく、1960年代末に国立遺伝学研究所の木村資生が発表した「分子進化の中立説(中立進化説)」に依拠している部分が大きいことに気が付きました。前々回の記事で「変化は偶然の産物ですから、必ずしも環境の変化に合致するように変化すとは限りません。ただ、環境の変化に反する変化を遂げた生物は繁栄できない、あるいは絶滅する可能性が高く、環境の変化に合致する方向に変化したものは繁栄する可能性が高まりますから、結果として環境の変化に合わせて生物が進化したかのように見えるだけです。」と書きました。先に書いたように、進化(変化)とは遺伝子のコピーミスの集積ですから、どういう方向に進化するかは偶然の産物であって、生存に有利な方向に進化するものであると決まっているわけではありません。この考えは、発表された当時は、ダーウィンの進化論と対立する考えと受け取られ、一大論争を巻き起こしたそうですが、現在ではダーウィンの考えと矛盾するとは受け取られていません。いずれにしても、中立進化説は、現在の分子生物学の基礎となっている考え方です。ヒトとチンパンジーは何百万年前に枝分かれしたか、それぞれの生物群の遠近関係、どういう順番でどこから分岐したか、これらは中立進化説に基づく分子時計(遺伝子は一定の期間にだいたい一定の割合でコピーミスを繰り返すことから、遺伝子の変異割合から、枝分かれの順番や年代を類推する)の考え方に基づいています。もちろん、前述のとおり、環境の変化に反する変化を遂げた生物は繁栄できない、あるいは絶滅する可能性が高く、環境の変化に合致する方向に変化したものは繁栄する可能性が高まるということは言えます。ただし、現実には、世の中の生物進化の大半は、生存に有利でも不利でもないものです。世界には非常に多くの種類の生物がいます。植物は30万種以上、昆虫は100万種、哺乳類が約5千種、鳥類9千種・・・・・。この地球上で生命の発生がたった一度限りのことだったのか、複数回生命の発生があったのかは正確には分かりませんが、少なくとも我々の良く知る真核生物(動物、植物、菌類つまりキノコやカビ、原生生物など)はすべて、ただ1種(見方によればミトコンドリアの祖先と2種ですが)の共通祖先から枝分かれしたものです。元々1種の生物がどうやって複数の種に枝分かれするか。有性生殖をおこなう動植物の場合、元々同じ種だった生物の分布域が何らかの理由で分断されたり、あるいは個体群の一部が隔絶した土地に進出したりして、二つの集団に分断されて互いの交流が絶えて数万年、あるいは十数万年経過し、もはや互いに生殖の対象とできなくなります(種分化)。でも、この枝分かれはあくまでも、互いに遺伝子のコピーミスを繰り返すことで同一性が保てなくなってしまった、ということであって、互いの優劣とか、より環境に適応している、していない、ということではありません。だって、ウマの仲間のウマ、ロバ、シマウマで、どの種類が一番生存に有利な進化をしたとか、どの種類が一番環境に適応している、なんてことがありますか?スズメとイエスズメとニュウナイスズメだったらどうですか?ツバメとコシアカツバメとリュウキュウツバメだったら?トラとライオンとヒョウとジャガーでは?はっきり言って、「違う」というだけなのです。どの種が生存に有利とか、より環境に適応している、とか、そんなものはない、もしくは条件次第でいくらでも変わる程度のものです。世の中の生物進化のほとんどは、そういったものです。もちろん、中には、生存への有利不利とか、環境への適応の優劣が分かるような進化の例もあります。飛べない恐竜から飛べる鳥が進化したり、4つ足の類人猿から2足歩行の人が進化したり。でも、そんな分かりやすい例はごくわずかしかありませんし、空を飛ぶ能力を獲得した最初の鳥は、飛行は下手くそで、飛べない恐竜と比べてそんなに目に見えるほど有利ではなかったかもしれません。また、生存に不利な進化を遂げたら即絶滅かというと、必ずしもそうではありません。以前の記事に、鳥の呼吸システムが我々哺乳類より格段に優れている、という話を書いたことがあります。それによって鳥は、成層圏の高度1万m超すら飛行できます。しかしこの呼吸システムは、鳥が飛行をするために獲得したものではなく、その祖先である飛べない恐竜がすでにそのような呼吸システムを獲得していたと推定されています。ペルム紀末の大量絶滅以降、地球の酸素濃度が急減して、高効率の呼吸システムが生存上有利だったからです。だからその後恐竜は大繁栄したわけですが、では恐竜→鳥類に比べればはるかに能力の劣る呼吸システムしか持たない単弓類→哺乳類は絶滅したでしょうか?ペルム紀末期の大量絶滅期には単弓類も大半の種が絶滅しましたが何種類かは生き残り、そこから哺乳類が進化して、恐竜の全盛期にもそこそこに繁栄していました。劣った呼吸システムは生存上明らかに不利ですが、それで絶滅するほど決定的なハンデにはならなかったのです。逆に優れた呼吸システムを持っていたはずの恐竜は、6500万年前に白亜紀末期に、鳥の系統を残して絶滅しました。これもまた、恐竜が生存上不利だったから絶滅したわけではないことは明白です。(巨大隕石の落下という外的要因による絶滅だった)生物進化などというものは、いわゆる「複雑系」の最たるものですから、有利な条件を獲得したら大繁栄、不利な条件を獲得してしまったら絶滅、なんて、そんな分かりやすくはできていないのです。
2020.06.23
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赤塚不二夫に横山やすし…「アルコール依存症」の悲しき末路数多くの臓器のなかで、なぜこうも肝臓だけがアルコールと密接に関係しているといわれるのか? 酒の飲み過ぎが原因でで悲しい末路をたどった、4人の有名人の事例に学ぼう。以下で紹介する4人は、酒がもとで体を壊したり、社会的信用を失ったりした。肝臓専門医は、「皆さん、いずれもアルコール依存症だった可能性が大きいと思います」と語る。 赤塚不二夫『天才バカボン』などで知られる「ギャグマンガの王様」は、若いころならウイスキーのボトル2本、60歳を迎えても焼酎のボトル2本を1日で開けた。肝臓を壊し入院しても、退院するとまた飲み始めるという悪循環を繰り返した。2008年8月2日死去(享年72)。中川昭一何度も断酒を誓ったがやめられず、財務大臣として出席したG7の会議後の記者会見では、ろれつの回らない姿を見せ、大臣を辞任。2009年10月3日に死去(享年56)後、血中からアルコールが検出され、酒と睡眠薬を飲んだ結果の急性心筋梗塞の可能性が指摘された。春一番アントニオ猪木のものまねで知られるピン芸人は、16歳から毎晩、飲んでいた。テレビ番組の企画で「γ-GTP1500」という異常値を出し、栄養失調とアルコール性膵炎の診断も受けていた。酒を飲んで就寝後に体調が急変し、帰らぬ人に。2014年7月3日死去(享年47)。横山やすし仕事をすっぽかすなど、酒でのトラブルは数知れずの「伝説の漫才師」。アルコール性肝硬変を患い、腹水が溜まって緊急入院したこともあるが、じつは「水割り2杯でベロベロになっていた」との証言もある。1996年1月21日死去(享年51)。---前部署にいたころ、アルコール依存症の人たちとはやり取りがあり、本当に手を焼くことが多々ありました。ある一線を超えると、アルコール依存は本当に治りません。日本は社会生活を送る上で飲酒の誘惑がとても大きな国です。コロナ騒動で多少状況が変わりましたが、社会人になれば「歓迎会」「送別会」「忘年会」等々飲酒の機会は多々あり、更に街中のいたるところに居酒屋があります。そういう中で、酒について自省が保てなくなってしまった人間がそのような誘惑に勝つことは非常に難しいと言わざるを得ません。私自身はお酒が適度に好きなので、飲酒に対して極度に非寛容な社会に住みたいとは思いませんが。中川昭一は、何回かアルコール依存の治療にも取り組んだようです。しかし、前述のとおり酒に対する誘惑の強い日本社会の中においても、政治の世界はとりわけ飲酒の誘惑が強そうです。しかもストレスの強そうです。そういう仕事をしながらアルコール依存を治す、というのはほとんど不可能なことではないでしょうか。精神科病棟に入院しても、アルコール依存では、まず「自傷他害の恐れがある」ということにはならないので、医療保護入院には(まして措置入院にも)なりません。「酒が飲みたいから治療はやめた、退院したい」と言えば病院は退院させるしかありません。元々、永久に精神病院に入っているわけにもいきませんし。よく言われるのは、アルコール依存のある一線を超えると、「底付き体験」をしないと本気で治療に向き合わない人が多い、ということです。つまり家族に捨てられ仕事も失い、酒を買うお金すらない、という状況になって初めて本気で治療に向き合う、というのです(ただし、異論もあります)。ここに名が挙げられている人たちは、完全に家族に家族に見捨てられることも仕事を完全に失ったりお金がまったくなくなったりすることもありませんでしたから、「底付き体験」に至る前に生命の方が底をついてしまった、ということなのでしょう。ただ、私自身の経験に基づいていうと、「底付き体験」ですべてを失っていても、まだ治療には向き合えない人も少なくありません。そうなると、あとはもう死ぬしかないのですが、そういう状況に至っている人は、肉体的な生命という意味では「まだ」生きていても、社会生活能力という意味ではすでに「ご臨終」状態になっていたりします。いや、ほんとにね、手の施しようがない人というのはいるのです。アルコール依存から脱却するための自助グループがいろいろありますが、そういうところに通いながら飲酒が絶てない(本人はなかなか認めないけれど)人もいます。そういう人はいったいどうしたらいいんだろうかと、自助グループに聞いてみたことがありますが、回答はいたって簡単でした。「どうしようもありません」と。そんな人は大勢いる、というようなことも聞いた記憶があります。アルコール依存からの脱却の最前線にいる人たちからその言葉を聞いたとき、「ああ、一線を越えたアルコール依存は本当にどうにもならないんだな」と痛感しました。引用記事には4人の名前しか出ていませんが(しかも、「春一番」という人は、私は知りませんでした)、芸能人や政治家など著名人でアルコール依存で亡くなったと思われる人は他にもいます。具体名を書くことは差し控えますが。アルコール依存と切っても切れない関係にあるのが肝臓機能障害(行きつくところまで行けば肝硬変)、そして実は2型糖尿病(ひいては人工透析)の原因が酒、ということも珍しくはありません。そして、アルコール依存と親和性の高い病気に「大腿骨骨頭壊死」があります。大腿骨骨頭壊死がみんな酒が原因、ではありませんし、糖尿病も酒を一滴も飲まなくてもなる人はいますけれど。私もお酒は好きですが、「酒は万病のもと」を肝に銘じておくことにします。「顧客」ばかりではなく、同僚でも、おそらく依存症と思われる人に何回か遭遇しているので、本当に気を付けなくては。
2020.06.21
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自民党広報の「改憲漫画」で誤りを指摘する声相次ぐ自民党広報のツイッターアカウントが、憲法改正の必要性を訴えた4コマ漫画をアップし、その内容に誤りを指摘する声とともに批判が相次いでいる。問題となっているのは、「教えて!もやウィン」のタイトルで18日にアップされた4コマ漫画。登場するキャラクターが「ダーウィンの進化論ではこういわれておる」と、ダーウィンの“名言”とされるものを引き合いに出して憲法改正が必要だと説いている。しかしこの内容に「ダーウィンはそのようなことは言っていません」「憲法とは全く無関係の進化論を持ってきて変化の必要性を訴えるのはこじつけに過ぎません。また進化論の理解も間違っています」「自民党のみなさんが進化論を理解していないことがよくわかりました。全世界に恥を広める前に、削除することをお勧めします」などといったコメントが多数寄せられた。国民民主党の原口一博衆院議員もツイッターで「『適者生存』理論は、かつてファシストに利用されて民族浄化の惨禍をもたらした。そもそもダーウィンの説でもない」と指摘。「誤りに誤りを重ねて、それを憲法改正に結びつけようとするなど、どこまで劣化したのか?」と批判した。---問題の自民党の4コマ漫画はこちらです。教えて!もやウィンいやはや、改憲の必要性を叫ぶためにダーウィンを持ってくるとは、筋が悪すぎます。引用記事にも指摘されていますが、「最も強い者が生き残るのではなく、最も賢いものが生き延びるのでもない。唯一生き残ることができるのは、変化できる者である」というのは、ダーウィンのことばではありません。この言葉の起源は、1960年代に米国の経営学者レオン・メギンソンがダーウィンの考えを独自に解釈して論文中に記した言葉であった。それを他者が引用を重ねるうち少しずつ変化して、最後にダーウィンの言葉として誤って伝えられるに至ったものである。とのことです。そもそも、上記の考え方は、生物進化のとらえ方として間違っているし、生物進化の考え方を人間社会の中での行動にあてはめることも正しいとは言い難いのです。まず、「変化できる者」を、「進化する能力のある者」と捉えるなら、すべての生物がおおむね平等に進化(変化)する能力を有します。「進化」とは、簡単に言えばコピー不良です。生物は親から子へ、遺伝子を受け継いでいきますが、その遺伝子に稀にコピーミスが発生します。一つ一つのコピーミスはごく小さなものですが、何千世代にわたって、小さなコピーミスが集積されると、はっきりと目に見える変異になっていくことがあります。また、同じ集団の中では繁殖によって常時遺伝子がやり取りされているので、前述のようにコピーミスがあっても孫の代で片親からの正しい遺伝情報で補正されたり、補正されない場合は、やがてコピーミスは集団内のすべての個体に共有されるので、その集団全体が同じ方向に変化します。しかし、「地理的隔離」つまり、何らかの理由で集団が二つに分かれて、その間の通婚が途絶えると、それぞれの集団が別々の方向にコピーミスを繰り返すので、両集団はやがて枝分かれ(種分化)していきます。遺伝子がコピーミスを起こす確率は、遺伝情報をDNAによって受け継ぐ生物である限り、大差はありません。したがって変化(進化)する可能性(能力)も、どんな生物でも大きくは変わりません。ただし、寿命の長い生物より寿命の短い生物の方が一定期間内の世代の代替わり回数が多くなるので、当然変化のスピードも速い、ということにはなります。また、これはあくまでもDNAを持つ生物の話です。RNAはDNAより遺伝情報のコピーが圧倒的に不正確なので、RNAウイルスはけた違いに早い変異スピードになります。「変化できる能力」は大差がないのに、何億年もさほど変化していない生物もあれば、数百万年でとんでもなく変化する生物もあります。それは、能力の問題ではなく環境の問題。環境が変わらなければ変化する必要はないし、環境が変わればそれに合わせて変化していく・・・・・とも限りません。変化は偶然の産物ですから、必ずしも環境の変化に合致するように変化すとは限りません。ただ、環境の変化に反する変化を遂げた生物は繁栄できない、あるいは絶滅する可能性が高く、環境の変化に合致する方向に変化したものは繁栄する可能性が高まりますから、結果として環境の変化に合わせて生物が進化したかのように見えるだけです。環境の変化とは生物自身の主体的な選択ではありませんし、生物自身の変化(進化)もそうです。では、「変化できる者」を、進化する能力ではなく、「結果として変化(進化)した者」と捉えた場合はどうでしょうか。これもまた、明らかに間違いです。「生きている化石」と言われ、何億年も姿を変えていないシーラカンスは今もしっかり生き残っています。というか、シーラカンスに限らず「魚」と総称される生物は、陸に上がった脊椎動物に比べれば、何億年間もそれほど姿を変えていませんが、現在も大繁栄しています。もちろん、個別に見れば、多くの種や多くの科が登場しては絶滅していきましたが。一方、この間に陸に上がった脊椎動物は、水中に残った魚に比べて信じられないくらい大変化しましたが、絶滅した種類もまた数知れずです。恐竜が(鳥以外)絶滅したのは有名ですし、我々哺乳類の祖先である単弓類は、ペルム紀の終わりに、哺乳類に連なるわずかな系統を残して絶滅しました。我々人類にしても、400万年前にアフリカにアウストラロピテクスが登場して以降、いくつもの種類の人が進化しましたが、現在生き延びているのは我々「ホモ・サピエンス」1種類だけです。つまり、「変化した者」が生き残り、「変化しなかった者」が絶滅した、という一般法則もありません。また、そもそも純然たる生物進化の法則を、人間社会内部での個々の行動にあてはめることには無理があります。生物の変化(進化)は生物自身の主体的意志や判断によるものではありません。言い換えれば「偶然」です。進化とは偶然でしかないのです。鳥は飛びたいと願ったから空を飛んだわけではないし、人は頭がよくなりたいと思ったから頭がよくなったのではありません(人類社会内部での個々の努力による優劣の話ではなく、生物種としての人類全体の能力の話てです)。元々一つの集団が、見分けるのも難しいような別の種類に分かれるだけだって、何千世代か何万世代かかるのです。四つ足の類人猿から人が枝分かれするには、数十万世代かかっているでしょう。1世代か、せいぜい数世代の中で、個人の意思であれ集団の意志であれ、何かの意志を持ったりそのために努力をすることは、生物としての進化とは関係ないのです。このように、憲法を変える、変えないという話と、ダーウィンの進化論とは、何の関係もありません。ダーウィンの進化論は、生物学における極めて正しい学説ですが、それを人間社会の内部における社会構造の変化にあてはめようという考え方は、基本的には見当違いと言わざるを得ません。その中でも、「社会ダーウィニズム」と呼ばれる考え方は、ダーウィンの学説を曲解し、「弱肉強食」「優勝劣敗」といった恣意的な理論で強国による小国への侵略や植民地支配を正当化したり、ナチスの「優生思想」つまり「劣等民族」の虐殺や障害者、社会的弱者の抹殺につながるなど、猛毒を発揮しました。進化論を人間社会にあてはめようとする考えのすべてが社会ダーウィニズムというわけではありませんが、「変化できない者は絶滅」という発想は、かなり社会ダーウィニズムに近いと考えざるを得ません。長々と書いたけど、私程度の「生物学が大好きな素人」程度で分かる生物学の素養もないままダーウィンの進化論のうわべの部分に誤った理解で飛びついちゃって、改憲につなげようという、実に浅はかで底の浅い行動、ということです。ところで、このダーウィンの進化論に関する理解もトンデモだけど、続く第2話「憲法とは」もまたトンデモです。「はじめの憲法」に、いわゆる聖徳太子(厩戸皇子)の十七条の憲法を持ってくる神経。これもまた唖然とします。それは名前が同じなだけで、近代憲法とは関係のない話です。いわば、「最初の戦車」と言って第1次大戦の英軍マーク1戦車ではなく、古代ローマの馬の曳く「戦車」を持ち出すようなものです。「馬鹿か?」という印象しかありません。更に、「憲法の役割」には、「リーダーも国民もみんなが憲法に従う義務がある」と書いている。これまた、憲法に対する誤った理解と言わざるを得ません。世界に殺人が非合法ではない国はないと思いますが、憲法に殺人は禁止します、などと書いている国もまたありません。憲法とは、国の形の基本を定める法律であり、また為政者を律するための法律であって、一般国民を縛ることを目的とする法律ではないのです。一般国民を縛ることは、憲法ではなく、その下の様々な法律によって行われます。まさに殺人は禁止なんてことは、刑法に書いてある。憲法に書くべきことではない。憲法についてこんな書き方をするのは、自民党が作りたい新しい憲法には、国民を縛るような規定を一杯作って、それに国民を従わせたい、という考えが根本にあるからでしょう。そんな憲法は御免こうむりたいです。
2020.06.20
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河井克行・案里夫妻18日逮捕へ 検察方針、参院選巡る買収の疑い昨年7月の参院選広島選挙区で、票の取りまとめを依頼する趣旨で選挙区内の地方議員や首長らに現金を配ったとして検察当局が18日に、河井克行前法相と初当選した妻案里氏を公選法違反(買収)の疑いで逮捕する方針を固めた。河井夫妻はこれまでの複数回の任意聴取で買収行為を否定しているという。克行氏は安倍晋三首相らに近いとされ、参院選では自民党本部が案里氏の擁立を主導。資金面を含めて支援しており、安倍政権への打撃は必至だ。克行氏は県内の県議や市議、後援会幹部数十人に現金を配り、公選法が原則無報酬と定める陣営関係者らにも現金を渡した疑い。配布先は100人近く、総額約2500万円に上る。案里氏も一部の議員らに計百数十万円を配った疑い。同選挙区では1億5千万円の資金提供を受けるなど自民党本部の後押しを受けた案里氏と、無所属の森本氏が当選し、6選を目指した溝手氏が落選した。案里陣営を巡っては、車上運動員に法定を超える報酬を払ったとして、公設第2秘書と克行氏の元政策秘書が今年3月に同法違反(買収)の罪で起訴された。広島地検は公設第2秘書について、案里氏が失職する連座制適用対象の「組織的選挙運動管理者」に当たるとして「百日裁判」を申請。広島地裁は懲役1年6月、執行猶予5年の有罪判決を言い渡した。懲役刑は連座制の適用対象で、案里氏が失職する可能性が濃厚となっている。(要旨)---逮捕自体は時間の問題と見られていましたし、当然、何でこんなに時間がかかったのだ、という思いもあります(証拠固めにはそれなりの時間を要するのでしょうが)。それにも関わらず、河井夫婦は「党に迷惑をかけた」として自民党を離党したのみで、議員辞職はしないそうです。あきれた物言いと思わざるを得ません。「党に迷惑をかけた」とは、具体的に何を指しているのでしょうか?河井夫妻は「やましい政治活動はしていない」と言い張っており、それなら自民党に迷惑などかけていないはずでしょう。そうではなく、やましいことはしていないが無形の迷惑をかけた、ということなら、「党に迷惑をかけた」その何倍も選挙民、国民に迷惑をかけたんじゃないでしょうか?そこに責任を取る気はなく、自民党に対してだけ責任を取るつもりだ、ということがよく分かります。いずれにしても、本人たちは今日明日にも逮捕され、議員も失職し、おそらく有罪になるのでしょう。それなりの報いを受けることになる、と言えそうです。だけど、問題はそれだけではありません。引用記事にもあるように、自民党は案里議員の選挙運動に、1億5千万円もの資金を提供したと報じられています。関係者によると、この額はあまりに異常だということです。自民党の他の候補者には1500万円の資金提供というので、えこひいきの度が過ぎることは言うまでもありません。しかし、問題はそこではありません。選挙においてかけてよい費用には上限が定められており(法定費用)、その上限はこの選挙の場合4700万円で、しかも河井議員が実際にかけたと報告した費用は2405万円と報じられています。つまり、自民党は、法定費用の3倍の選挙資金を提供したわけです。いくら何でも法定費用の上限を認識しなかったはずがないので、法定費用を越える選挙費用を使うことを黙認、どころか推奨していたと言われてもしょうがないでしょう。河井夫妻が悪いことは言うまでもないけれど、それだけが全てではない、ということです。法定費用の上限を遙かに越える1億5千万円を、どのような使途に充てる考えで、このお金を渡したのか、それを決めたのは誰か、そのあたりの説明をする責任が、自民党にはあるはずです。トカゲの尻尾切りのごとく、離党したからもう自民党の議員じゃありません、悪いのは河井夫妻です、で済ますつもりですか?
2020.06.18
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陸上イージス、計画を停止 河野防衛相「コスト鑑みて」河野防衛相は15日、陸上配備型迎撃ミサイルシステム「イージス・アショア」の配備計画を停止すると表明した。安倍首相の了承を先週得たうえで、配備を予定していた秋田県と山口県の知事にも15日、電話で報告した。防衛省内で記者団に明らかにした。政府は2017年12月、陸上イージスの導入を決定、昨年5月、陸上自衛隊の新屋演習場(秋田市)とむつみ演習場(山口県萩市)を「適地」とした。その後、新屋配備を断念し、東日本の新たな配備先を検討していた。河野氏は今回の配備計画停止の理由について、山口配備に必要な措置を講じるうえで「相当のコストと期間を要することが判明した」と説明した。山口配備をめぐって懸案になっていたのが、「ブースター」の落下だった。防衛省は、レーダーや発射装置と民家などの間に約700mの緩衝地帯を設け、迎撃ミサイルが飛ぶ経路を制御することで、ブースターを演習場内に落下させると説明。「安全に配備・運用できる」としてきた。これに対して河野氏は、米側との協議の結果、確実に演習場内に落下させるためにはシステム全体の大幅な改修が必要で、相当のコストと時間を要することが判明したと明らかにした。「コストと期間に鑑みて、イージス・アショアを配備するプロセスを停止し、国家安全保障会議に防衛省として報告をして議論をいただいて、その後の対応を考えていきたいと思う」と語った。(要旨)---「停止」という言い方に若干の危惧はありますが(停止して議論して、やっぱり導入する、という可能性もあり得なくはないので)、ともかくもイージスアショア導入が白紙撤回されたことは、喜ばしいことです。河野防衛相の、外相になって以降の行動には私は強い批判があり、まったく支持はしません。しかし、この決定に限っては正しい。イージスアショアについては、過去に記事で取り上げたことがあります。 イージスアショア 日本を守らないイージスアショアしかし、上記の記事を書いた当時は、「ブースターが落ちてくる」という話は知りませんでした。イージスアショアに対する反対が特に強かったのは秋田の新屋演習場ですが、その新屋演習場は海に面しているため、海に向かって発射すれば周囲の人家にブースターが落下するリスクは、比較的小さかった(皆無ではないと思うし、船に落下するリスクはありますが)ため、それほど大きな論点とはなっていなかったからです。しかし、山口のむつみ演習場は内陸なので、どの方向に撃っても、地上のどこかにブースターが落ちてくる。それは周囲の住民にとってはとんでもない話に決まっています。ただ、ブースターが地上に落ちてくるなんてことは最初から分かっていたことのはずであり、それにもかかわらず配備地点を内陸にしようとした、その計画のずさんさはあまりにひどいと言わざるを得ません。もっとも、河野大臣がイージスアショアの導入を白紙撤回した理由は、ブースターの問題だけではないのかもしれません。自民党国防族議員の話として、「河野氏は予算の問題として陸上イージスを無駄と思っていた節がある」との説が報じられています。事実なら、それもまた正しい認識であろうと思いますが。実際のところ、イージスシステムのSM3ミサイルは1発40億円もするといいます。100発揃えたら4000億円というすさまじいお値段になります。海上自衛隊のイージス護衛艦は1隻で最大80発程度のSM3ミサイルを搭載できますが、実際には8発しか搭載していない、というのです。そりゃあ、こんな値段では、とてもミサイル射出セルを全部埋める数なんて搭載できないでしょうね。おそらく、米海軍のイージス艦だって、とても満載になんかできないでしょう。米海軍は100隻近いイージス艦(スプールアンス級駆逐艦とタイコンデロガ級巡洋艦)を持っており、各艦80発ずつSM3ミサイルを搭載すれば合計8000発近い数になります。一発40億なら32兆円です。40億が輸出価格で、米軍購入価格がそれより安いとしても、総額20兆円を大きく下回ることはないでしょう。世界一の軍事大国米国といえども、海軍の総予算は日本円にして22兆円ほどですから、さすがにそんなものは買えない。日本では、イージス艦は現在7隻就役しており、来年3月には8隻目も就役します。さらに、陸上固定で移動させることができないイージスシステムを増設する意味があるとは、とても思えません。それに、これも以前に指摘しましたが、秋田と山口という配備場所は、おそらく中国か北朝鮮のミサイルからグアムとハワイを守るための選定場所であって、日本を守ることが主目的にはなっていません。米軍を守るためのミサイルを、日本が金を払い、日本の住民が危険性を背負って配備する、こんなバカバカしい話はありません。結局のところ、イージスアショアに限った話ではなく、オスプレイその他みんなそうですが、米国製の超高価な兵器を爆買いするのは、「防衛のため」というのが表向きの理由ですが、本当はそうではない、「米国様のご機嫌伺い」にすぎません。本当に日本にとって必要か、という冷静な分析がなされたとはとても思えません。そのような、ほとんど脊髄反射的とも言える高価な買い物に待ったをかけた意味は、小さくないと思います。この勢いで、辺野古基地建設も中止したら、本当に見直すのですが、そこまではできないんだろうなあ。
2020.06.16
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リニア着工へ6月中にもトップ会談 JR東海と静岡県 平行線なら27年開業困難リニア中央新幹線の着工をめぐり、JR東海の金子慎社長と静岡県の川勝平太知事が6月中にもトップ会談に臨む見通しとなった。環境問題を理由に準備工事に難色を示す県とJRの溝は深い。会談が平行線のまま終われば2027年のリニア開業は困難となり、総工費約9兆円の国家的プロジェクトは軌道修正を余儀なくされる。知事は16日に周辺自治体の首長とテレビ会議を行い、地元の意見をまとめた上で会談に臨む方向。JR側は27年開業には6月中の開催・合意が必要と主張している。東京・名古屋・大阪を最高時速500km/hで結ぶリニア建設の難関工事、3000mル級の山脈を貫く南アルプストンネルの静岡工区(8.9km)は昨年5月、準備段階で県の了解が得られず中断した。地元自治体がトンネル掘削工事による大井川の流量低下などを懸念しており、県とJR側の協議は手詰まり状態に陥っている。開業から半世紀余が経過した東海道新幹線を補完し、日本の大動脈を超高速で結ぶリニア計画。開業予定が狂えば、約9兆円を見込む総工費はさらに膨らむ可能性がある。---リニア中央新幹線については、ずいぶん昔に何回か記事を書いたことがあります。狭い日本、そんなに急いでどこへ行くリニアモーターカーが嫌いで何が悪い?上記の記事を書いた時点では、まだリニア新幹線には公費を投入せず、全額JR東海の自己資金だけで建設するという話になっていました。しかし、その後2016年に、リニア新幹線の建設費に公費を投入することになりました。当初の約束は覆されたわけです(そうなるだろうなとは思っていましたが)。記事を書いた当時は、リニア新幹線にはまったく賛成ではないが、建設費を全額JR東海が出すなら、反対とまではいわない(好きに作れば?)というのが私の考えでした。しかし、公費を投入するとなったら話は別で、リニア中央新幹線の建設には反対です。MRJ(スペースジェット)と同様、大コケする可能性が否定できないし、そうでなくても大きな利益にはつながらないことは確実だからです。東海道新幹線は、事前には批判が根強かったものの、開業したら予想外の大成功を収めました。だからリニアモーターカーも、というのは甘い考えと言わざるを得ません。新幹線が大成功を収めたのは、高度経済成長期で交通需要が激増する時期だったからです。しかし今は違います。人口縮小期の今、これから東京大阪間の交通需要が激増するなんて考えられません。つまり、限られたパイを他の交通手段と奪い合いをするしかないわけです。しかし、現状東京大阪間のシェアは新幹線が圧倒的です。つまり、同じJR東海の運行する東海道新幹線からリニア新幹線に乗客が移行するだけで、他者の運航する飛行機や高速バスから乗客を奪える余地はあまりない。9兆円も投資して、元が取れるかどうかは大いに疑問の余地があります。静岡県の立場から見れば、明らかに、県全体としてリニア中央新幹線によるメリットは何もありません。県の領域の北端(南アルプスの稜線の真下)をかするだけで、静岡県の住民が利用できる余地がまったくないからです。逆に静岡県にとってのデメリットは、まず、以前から問題になっており、引用記事にも指摘されているように、静岡県の水ガメである大井川の真下にトンネルができて、そこに地下水が流失することによる流量低下の問題があります。それに、前述のとおり、リニア中央新幹線は東海道新幹線から乗客を奪うだけなので、必然的に新幹線の乗客が減り、当然列車の本数も減ることになります。それは、静岡の住民にとってはデメリットでしかありません。もっとも、短期的に見れば、静岡県内に停車しない「のぞみ」が中心に削減され、静岡県内に停車する「ひかり」「こだま」はあまり削減されない可能性が高いので、そのデメリットは最小限に食い止められるかもしれません。でも、長期的に見れば、その状態がいつまで続くかは分かりません。日本の東西を結ぶ大動脈が他県に移ることは、静岡県にとって得にはならないでしょう。要するに、静岡県から見れば、リニア中央新幹線が着工できず完成できなくても、困ることは何一つない、というか完成しない方がよいわけです。だから、妥協しなければならない必然性が基本的にはない。佐賀県にとっての長崎新幹線と同じような状態です。で、私自身は静岡県とは特に縁のない人間ですが、私にとってもリニア新幹線のメリットは何もありません。東京駅から乗れる東海道新幹線の方が、品川で乗り換えが必要なリニア新幹線より便利です。所要時間は早くなるというものの、現状「のぞみ」で2時間半しかかからないものを、1時間20分短縮するのと引き換えに乗り換えが増えると言われても魅力は感じません。しかも、全区間の9割近くがトンネルで、残りの1割余りも騒音対策のため防護壁で囲まれて景色は見えないというのでは、実質的に全区間地下鉄と同然です。よっぽど切羽詰まった理由でもなければ、乗りたいと思いません。個人の損得や好みはとりあえず措くとしても、総工費9兆円というのも、本当にそれで収まる保証はありません。というか、最初全額JR東海の自己資金で建設すると言っていたのがなし崩し的に公費投入となった経緯から考えて、今後総工費はさらに膨らむと考える方が自然です。加えて、新型コロナ騒動で交通運輸業界は急激に経営状態が悪化しており、JR東海も同様のはずです。それらを考え合わせると、公費負担3兆円というのも、それで収まるとは限らない。際限なく公費負担が膨れ上がる可能性は高いと思わざるを得ません。そして、それに見合う経済的効果が得られるとも思えません。そんなことに公費を投入すべきではないし、公費を投入しなければできないような事業だったら、中止すべきです。
2020.06.14
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5月の鳥写真の4回目です。オオヨシキリ。葦原などで、あっちでもこっちでも「ギョギョシギョギョシ」と鳴いている、仰々しい鳥です。声は派手ですが色合いは地味。葦原の中にいるので、なかなかうまく撮影できません。この時は数が多かったのでたくさん撮れましたが。夏鳥です。一度だけ、都心の日比谷公園で、姿は見つけられませんでしたが声を聞いたことがあります。渡りの途中で立ち寄っただけだと思いますが。このときは、とにかく数が多くて、ちょっと歩くとすぐにオオヨシキリにぶつかるのです。でも、見つけるのは意外に大変で、トリミングなしでアップできるほどの至近距離にも寄ってきませんでした。オオヨシキリオオヨシキリホオジロコチドリタテハチョウの仲間、ということはすぐわかりますが、蝶々はあまり詳しくないので、最初はキタテハかなと思ったのですが、写真を見比べると明らかに違います。色々調べた結果、どうやらツマグロヒョウモンのようです。ヤマガラシマヘビでしょうね。カナヘビでしょう。オオルリ。また遭遇しましたが(ただし、先日の三頭山の写真よりこちらの方が前に撮影しています)またまた遠いです。オオルリオオルリコガラちょっと毛並みがボサボサ。コガラ。何かの虫を捕まえています。
2020.06.13
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「何もやってない人が政権を批判するのは卑怯だ」43年間拉致問題を放置した政治家とメディアに対する横田哲也さんの怒り横田めぐみさんの父、滋さんが43年間娘に会えず亡くなった。安倍首相は「申し訳ない思いで一杯だ」とコメントしたが、少し泣いているようだった。僕も記者のはしくれとして横田さんに申し訳なく思った。~結局2002年に当時の小泉首相が訪朝し金正日に謝罪させるまで25年間、我々日本人は拉致問題を放置していたのだ。本当に恥ずかしいことだ。そしてその後18年間我々は再び放置した。「バイキング」の中で東国原・元宮崎県知事が「(拉致に)結果的に進展はなく、政府の責任は極めて重い」と発言した時に、「拉致問題の進展がないことを安倍さんのせいにするのはおかしい」と思ったが、確かに進展はしておらず、いまだ帰ってこない肉親を待ち続ける家族の方々にはそういう気持ちもあるのだろうなと思い黙っていた。僕もこの拉致問題を30年ほどだが追いかけているので少しモヤモヤしていたら昨日、めぐみさんの弟の横田哲也さんの会見を聞いて驚いた。哲也さんは問題なのは「安倍政権」ではなく、「40年間何もしてこなかった政治家や、北朝鮮は拉致などしていないと言い続けたメディアである」と指摘した上で、「何もやってない人が政権批判をするのは卑怯だ」と非常に厳しい言葉で政治家やメディアを批判した。---横田滋さんが亡くなられた、ということです。謹んでご冥福をお祈りします。 私は、小泉純一郎という政治家を好きではないし評価もしないけれど、ともかく拉致被害者5人を帰国させるという快挙を成し遂げました。さらに言えば、その前に初めて北朝鮮の拉致問題を国会の場で公にしたのは北朝鮮や朝鮮総連(当時は中国とも)仲違いしていた共産党です。それに対して、安倍はいったい何を成し遂げたというのでしょうか。ところが、なぜか家族会は小泉のことは罵倒し、安倍はひたすらに持ち上げる。あえて言いますが、帰国した5人以外は、どう考えたって生きているはずがないのです。生きているはずがない被害者が帰ってくることもありません。したがって、安倍がこの問題について何も進展させられなかったのは仕方がない。というか当然です。生きていない人が生き返るはずがないんだから、安倍でなくたって、誰がやったって進展なんかするわけがない。だから、私も実現しなかったことが悪いとは思いません。明らかに実現なんかするはずがないことを、さもできるように言い続けてきたことが、安倍の責任の本質です。肉親が「拉致被害者は生きている」と思うのは仕方がないです。自分の娘が死んだなんて信じられない、認めたくない、生きているはずだ、そう信じるのは分かりますし、それを非難すべきこととは思いません。だけど、国家全体が、拉致被害者が生きているという、もはやあり得ない前提を基に政策を定めるのは間違っていると思うわけです。それでは、何事も絶対に解決するはずがありません。北朝鮮のやったことは欠片ほどの弁護の余地もない酷いことだし、拉致被害者やその家族にも同情します。しかし、そのことはそのこととして、安倍がやったこと言ったことはまったく評価できないし、彼らがこれまでずっと、そしてこの期に及んでなお安倍を同盟者として活動し、それに異論を唱える蓮池透氏を追放し、そういう路線上で今後も活動するなら、その部分には何のシンパシーも感じないと言わざるを得ません。
2020.06.11
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ブルーインパルスの“感謝飛行”で自衛隊不信を口にする人々の心理とは?新型コロナに対応する医療従事者に敬意と感謝を示すため、航空自衛隊のブルーインパルスが5月29日、都心上空を飛行した。~これを見た立憲民主党の蓮舫議員は29日にTwitterで、《美しいと思います。SNS拡散、空を見上げて感動した方々も沢山。航空自衛隊のご努力にも感謝です。(以下略)》小池百合子都知事も同じ日にTwitterで、《ブルーインパルスが都心上空を飛行し、医療従事者への敬意と感謝を示した。東京の大きな青空を見上げ、心を一つに。#医療従事者にエールを》多くの日本人は拍手喝采した。ところが、タレントのラサール石井は30日に、Twitterでこうつぶやいたのである。《私はブルーインパルスが飛んでいる写真に萌える人が多いのは、空のおかげだと思う。凄い飛行技術には脱帽しますが、青空なしで、戦闘機だけが飛ぶのではさほど心は動かない。沖縄の空を爆音と共に飛ぶ姿はかなり嫌です。戦闘機を「カッコいい」と思う事はある。その気持ちを誰かに利用されない事だ。》映画監督の想田和弘氏も29日に、Twitterでこう批判的した。《これにかかる費用はいくらになるのでしょうか。医療機関や従事者の方々に経済的支援を手厚くした方が、よほど敬意と感謝を示せるように思うのですが。》安倍政権を嫌う人には評判が悪いようなのだ。「医療関係者のためにブルーインパルスが東京上空を飛んだことで、国民の大多数は肯定的に受け止めていると思います。そんな中で批判的なことをおっしゃる方は、戦後の平和教育の影響でしょう」と語るのは、元航空自衛官で軍事ジャーナリストの潮匡人氏である。「日教組が中心となって行った戦後の平和教育を受けて育った人は、だいたい50代から60代の中高年です。当時は、憲法9条がいかに素晴らしいかを説き、戦争は絶対反対、自衛隊は憲法違反であると教え込まれました。そのため、当時の自衛隊員は肩身が狭く、『税金泥棒』と言われたものです」~「今回の飛行について税金のムダという声もありますが、ジェット燃料はハイオクガソリンと同じくらいの価格です。20分程度の飛行では大した額にはなりません」(同)~---ブルーインパルスの飛行については、少し前に記事を書きました。何故それが「医療関係者への感謝」になるのか分からないけれどブルーインパルスの飛行については基本的に私はまったく興味がなかった。しかし、それが何で医療関係者への感謝になるのか、全然意味不明。しかしブルーインパルスの飛行が好きな人がいることは別に否定はしない。・・・・・要約すると、私の意見はそんなところです。まあ、ブルーインパルスの飛行をあまり(というか、まったく)好意的に見てはいません。ただ、私は左翼(あるいは元左翼かも)だけど、自衛隊そのものは嫌いではありませんし、個人の好き嫌いはともかく、他人の好き嫌いに口をはさむのはどうかと思うわけです。立憲民主党のある議員※がブルーインパルスの飛行を「かっこよかった」と書いたことに、左派の一部から批判が出たのを見て、「そんなことを批判してもなあ」という感想を抱かざるを得ませんでした。自分が嫌いなものを他の人も嫌わなければならない義務なんかないですから。※なお、蓮舫がブルーインパルスの飛行を称賛したことは、この記事を書いた後で知りました。私が書いたのは、須藤元気議員のことです。ところが、今度は反対のベクトルで同じことを書かなければならないようです。今度は、週刊新潮が「多くの日本人は拍手喝采した」ブルーインパルスの飛行に批判的な日本人がいることが許せないらしいのです。潮のような極右文化人がもっとも忌避する立憲民主党の議員が2人、ブルーインパルスの飛行を好意的に評価している時点で、「安倍政権を嫌う人には評判が悪い」「平和教育のせい」という評価は怪しいというしかありません。要するに、自分にとって都合の悪い意見、都合の悪い流れは誰かのせいにしたい、ということでしょう。いずれにしても、ブルーインパルスの飛行に反対だから爆弾を仕掛けました、というなら批判されるのも当然ですが、嫌いなものを嫌いというのは好みの問題です。嫌いなものを嫌いと言って、何が悪いんですか?としか言いようがない。ちなみに、「今回の飛行について税金のムダという声もありますが、ジェット燃料はハイオクガソリンと同じくらいの価格です。20分程度の飛行では大した額にはなりません」というのは、説明として嘘ではないけれど、正しくもない(誤解を招きやすい)ものです。確かに、ジェット燃料(ケロシン=ほぼ灯油)の単価はそう高いものではありません。しかし、ジェット練習機の燃費は、自動車とは比較にならないくらい悪い。T4練習機の燃料搭載量は不明ですが、空虚重量が3,840kgで最大離陸重量が7,500kgとのことなので、パイロットとその装備品を除けば、3.5トン以上の燃料を積めます(増加タンクを含めて)。ところが、その燃料で航続距離は900海里、1600km余というのだから、2時間しか飛べないのです。しかも、これはもっとも燃費のかからない飛行の場合の最大距離です。今回の飛行は、高度は知りませんが相当の低空を飛んでいるはず(高度1万メートルでは地上から見えない)なので、それだけで相当余計に燃料を喰います。集団での密集飛行も、燃料を喰う要因のはずで、更に、燃料タンクの相当部分には、燃料ではなくスモーク用のオイルを積んでいたはずです。その値段は知りませんが、特殊用途だけに、ジェット燃料より高いんじゃないかなあ。いろいと考えると、今回の飛行は、時間は20分でも、おそらく機内燃料はほぼ空っぽに近くなったにではないかと思いますし、松島基地から入間まで往復する燃料も全部ひっくるめて、6機が消費した燃料(松島基地からの往復とスモーク用オイルも含む)は20トンは下らない。ひょっとすると30トンくらいかもしれません。単価が仮にリッター100円としても、200万円から300万円。今回の飛行にかかった費用は360万円と報じられていますが、その半分以上は燃料代ではないかと思います。もちろん、防衛予算全体、コロナ対策に要する費用全体から見れば微々たるものですが、それにしても「ハイオクガソリン」という言葉から連想される自動車の燃料代とは、桁が二つくらい違います。
2020.06.09
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緊急事態宣言が解除されましたが、5月に撮影した分の鳥写真は引き続き、当面の間撮影日と場所は非公開とします。ムナグロの群れ。ムナグロは、三番瀬と葛西臨海公園で何回か見たことがありますが、実は本来は海辺ではなく川や水田など淡水系に渡来することが多いようです。ムナグロ。近縁のダイゼンとそっくりですが、ダイゼンは海辺に多く、一方ムナグロは前述のとおり、あまり海辺には来ません。見た目では黄色みが強いのがムナグロ、黄色みがないのがダイゼン。ムナグロムナグロチュウシャクシギもいました。チュウシャクシギは干潟に多いシギですが、水田など淡水系にも来るんですねえ。オオルリキビタキは近距離から撮影できるチャンスが何度もあるのですが、オオルリはこれまでに、たった一度しかそういうチャンスがなく、いつもはるか遠方からしか撮影できません。エナガキビタキ。林間のあまり高くない枝に止まっていることが多く、いつも声はすれども姿が見えず、探すのに苦労します。ただ、そんなに遠方ではなく、かなり近距離で見つかることが多いです。キビタキカラスアゲハシャガの花キジのオスキジ。キジ。「ケン!ケーン!!」と大きな声で鳴いて羽をバタバタバタっと。これが彼らの「さえずり」なのでしょう。あっちでもこっちでも「ケンケーン!」と声がします。人呼んで、「キジも鳴かずば撃たれまい。」いや、撃ちませんけどね。ヒバリ。トリミングですが、かなり近くまで寄ってきました。ヒバリは飛びながらさえずることが多い鳥ですが、地上にいる時もさえずることがあるんですね。ヒバリヒバリ(ヒバリ科)、タヒバリとビンズイ(セキレイ科)、ホオジロ類各種のメス、みんな模様がよく似ています。分類上はけっこう離れた種類ですが、きっと共通祖先はみんなこんな模様だったのだろうな、と。ヒバリ5月の鳥写真はまだあります。
2020.06.07
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奥多摩の三頭山に行ってきました。久々に、おおっぴらに山登りの報告ができる状態になります。武蔵五日市からバスで都民の森に向かいます。先週末から都民の森は開園が再開し、都民の森行のバスも運行再開したばかりです。都民の森は、奥多摩の標高1000m地点にあります。バスは数馬からぐんぐん登っていきます。この辺りは、東京であって東京ではないような場所です。何しろ桧原村、伊豆七島を除く東京都の本土の中では、唯一の村です。平成の大合併でも合併しませんでした。都民の森に到着。武蔵五日市から1時間以上かかりました。三頭山は1500m級なので、ここから標高差たった500mで登れます。実は、今日は鳥の写真をメインにするつもりで登ったため、一眼レフには100-400mmを付けていました。ところが、小鳥の声はすれども、すでに葉が茂っているため姿はなかなかとらえることができません。止まってじっくり粘ればよかったのですが、午後の天気予報はあまりよくなかったので、往路は鳥撮影より「標高1500mに登る」を優先してしまいました。だって、この間1000mを超える場所には行けていなかったので。100-400mmでは、鳥以外の写真はなかなか撮れないため、今回は写真が少ないです。山頂でやっとレンズを取り替えました。やはり、鳥撮影と山登りは似た領域でありながら、なかなか両立しません。三頭山という名前のとおり、山頂は東・中央・西の3つに分かれています。まず東峰が1527m中央峰が最高峰で1531m。しかし、ここが最高地点にもかかわらず、山頂があまり広くないせいか、人はほとんどいません。そして西峰1524m。3つの中で一番低いにもかかわらず、山頂が広いせいか、ここが事実上三頭山全体の山頂扱いになっています。人も、ここが一番多いです。雨には降られませんでしたが、視界はありません。ただ、事前の予報では午後には雨が降りそうでしたが、実際にはしばらくもちそうな感じです。往路は鞘口峠経由、復路は反対側を下山し、途中で避難小屋に立ち寄ります。避難小屋は、都民の森への下山路からごくわずかに外れるため、人はほとんど通りません。なので・・・・お決まりの笛吹きです。もっとも、吹いているうちに2組、4人の方が通りましたが。みっちりと10曲以上吹いたらお昼になったので、ここで昼食。どうやらすぐには雨雲が来そうにないことが分かったので、下山は鳥を見ながら。と、思ったのですが、さえずりは聞こえるのですが、どうしても姿が見えないのです。やっと見つけたコガラ。都民の森まで戻って来たところで、はるか遠方ですがオオルリ。駐車場にてキセキレイ。結局、歩いている間は雨にあいませんでした。帰路、電車の中で雨に降られましたが。天気も鳥もイマイチだったとはいえ、久しぶりの、堂々と行ける山登り、楽しかったです。
2020.06.06
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抗議デモ「国内のテロ行為」 トランプ氏 軍派遣に言及アメリカの黒人男性死亡事件をきっかけに発生した抗議デモでは、一部が暴徒化し、略奪行為も起こっている。トランプ大統領は、「国内のテロ行為だ」と非難した。アメリカで、白人警察官が黒人男性を押さえつけ死亡させた事件をきっかけに発生した全米各地での抗議デモ。夜間の外出禁止令が出ているニューヨークなどで続いているデモは、一部が暴徒化し、店舗などからの略奪行為にも及んだ。1日に演説したトランプ大統領は、「国内のテロ行為だ」と非難した。アメリカのトランプ大統領「国内に拡大している暴動と無法状態を終わらせる。今をもって終わりだ」また、トランプ大統領は、各州の知事に州兵を動員するよう求め、拒否すれば軍を派遣すると強調した。 ---問題となった黒人男性は、偽造紙幣を使ったとの疑いで警察に拘束された際、手錠をかけられた状態で数人の警官にのしかかられて窒息死した、とのことです。逮捕容疑であった偽造紙幣使用の疑いは、それが本当に偽造紙幣だったのか、また亡くなった方が偽造紙幣だと認識していたのかについての続報はありません。仮にそれらの容疑が事実で、偽造紙幣と認識して使っていたとしても、死刑に相当するほどの罪ではないし、手錠をかけられて抵抗できない状態で殺害する、いかなる正当性もありません。現に、圧死に関与した警官は免職となって逮捕されています。ともかく、この件が契機となって全米で激しい抗議デモが起こっています。そして、その一部が残念ながら暴徒化してしまっている、ということですが、ただし、それはごく一部であって、大半は平和的なデモに終始しています。そして、デモを支持するあるいは理解を示す側の著名人、政治家の多くは、そのような暴動化を憂慮し、対立を激化させず養和を求めるメッセージを発信しています。ところが、デモを非難し攻撃する側、その筆頭がトランプ大統領であるわけですが、彼等はひたすら対立をあおるような言動を繰り返しています。確かに略奪や暴動は許されざることです。しかし、火のないところに煙は立たず、理由があるからそういうことが起こるわけです。その理由から目を背けて、略奪や暴動という現象だけに、力には力を、みたいな対応をとることは愚の骨頂と言わざるを得ないでしょう。そもそもの発端は、前述のとおり、警察の暴力によって黒人男性が殺害されたことから始まっているわけですが、それ以降も警察はデモに対して激しい暴力を振るっていることが各所で目撃されています。デモに対してのみならず、取材するマスコミに対しても警察が度々暴力を振るっていることが報道されています。米抗議デモ、取材班への暴力相次ぐ トランプ氏のメディア批判が一因との声も抗議デモの現場で発生した報道の自由に反する事案は192件。うち131件で記者らに対する暴力があり、さらにそのうち108件は警察による暴力だった。また記者らの逮捕は31件、ゴム弾の使用は46件、機材の損傷は30件、催涙ガスの使用は30件、ペッパースプレーの使用は17件あったという。---デモ隊の略奪や暴行ばかりがクローズアップされますが、これを見る限り警察の方が、はるかに激しい暴力を働いていることは歴然としているのです。現状でもそんな状態で、更にデモ隊に対して軍を投入すれば、「お前らと話し合う余地なんかない、叩き潰してやる」というメッセージそのものです。さすがの米国でも、今回のこの件でそのような対応を取ることは、実際にデモが発生している各州知事が拒否しています。そりゃそうでしょう。仮に軍隊を投入してデモを圧殺しても、そこにはさらに巨大な不満と怒りが蓄積され、より大きな暴動を招きかねないことは歴然としているからです。日本の安倍なども同じと思いますが、トランプも支持者しか見ていない。賛成派も反対派もいる、多様な意見のある一国のトップ、ではなく、自分の支持者だけの色に染まった国のトップ、という意識しかないのでしょう。だから、反対派との融和とか、異論に耳を傾けるとか、そういう意識は最初からない。人間は感情の生き物です。徴発されれば暴発する、それは人間の対応として失格ではあります。ただ、一定以上の人数が集会に参加すれば、挑発されたらすぐ激発してしまう人が存在することは、避けがたいことです。腹の中に不平不満がたまれば溜まるほど、そういう人の割合が増えていくこともまた、不可避です。したがって、彼らを激発させないためには激発させないような対応を取るこつが不可欠です。人質を取って立てこもる犯罪者に対応するときですら、普通は犯人をなだめたり説得しようとするものです。「てめえなんか早く逮捕されて死刑になれよ、バーカ」などとは、普通は言わない。そんなことを言えば、激発を誘発することになりかねないからです。もちろん、挑発されて激発して人質に手を賭けたら、その犯人は悪い。それは当然ですが、犯人を激発させた警察の対応も、極めて重大な問題がある、ということに当然なります。トランプが今やっている、やろうとしていることは、そういうことです。まあ、トランプにはそういう対応を取るための「配慮」とか「融和の精神」は元々ないのかもしれません。挑発されたら感情の赴くままに激発する暴徒と同じで、感情を抑える、ということは能力的にできないのでしょう。そのような人間が世界一の大国の大統領を務めている、ということがこのような事態につながっているということなのでしょう。暴動過激化の背景に、「アンティーファ」という組織があり、トランプはそれを敵視して「テロ組織に指定する」と息まいています。アンティーファというのは、「アンティファシスト」の略、つまり反ファシストということですが、日本で言えば「しばき隊」に相当するような、右派、保守派、差別主義者の示威活動に対する「カウンター」つまり対抗的示威活動を行っているようです。日本の「しばき隊」もそうですが、アンティーファも、統一的な組織や指導者がいるわけではなく、自然発生的な組織であり、一部過激なメンバーがいるものの、大半は平和的活動に終始しているようです。要するに、ごく一部の暴動を極大視して、危険を煽っているだけ、ということです。有り体に言えば、トランプのここまでのやり方が、敵対者を過激化させてきた、ということにすぎません。
2020.06.04
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「総理の“お言葉”伝えるべき」発言の三原じゅん子議員、ネット中傷対策検討PT座長に就任Netflixやフジテレビなどが放送する『テラスハウス』に出演していた木村花さんが急逝したことを受け、SNSなどインターネット上での誹謗中傷の規制を強化する議論が過熱している。自民党もネット上の中傷や権利侵害への対策を検討するPTを発足した。ところが、このPTの座長に就任したのは、これまでネット上のさまざまな発言で物議を醸してきた同党参議院議員の三原じゅん子氏だった。規制論議は、「自由な批評や批判、風刺」と「誹謗中傷」を線引きするという非常にセンシティブなテーマを抱えており、今回の政府与党の采配にネット上はざわついている。三原氏「批判と誹謗中傷は違う」三原氏は25日、自身の公式Twitterアカウントに次のように投稿した。「政治家として #批判(物事に検討を加え、判定・評価する事)は甘んじて受け止めますが、#誹謗中傷(他人への悪口、罵声等により名誉を毀損する事)は違います。付け加えるなら法的場面では誹謗中傷そのものではなくその結果としての名誉毀損、侮辱、信用毀損、業務妨害が罪に問われることになります。」そして26日には、次のように投稿した。「何度も書いていますが、批判と誹謗中傷の違いを皆さんにまず理解して頂く事が大切。まして政治批判とは検討を加え判定・評価する事です。何の問題も無い。ご安心を。しかし、政治家であれ著名人であれ、批判でなく口汚い言葉での人格否定や人権侵害は許されるものでは無いですよね」つまり「政治家であるかぎり、批判は受け入れる。ただし、法的場面での誹謗中傷は罰する」という主旨だ。だが今、議論の焦点になっているのは「何が誹謗中傷にあたるのか」「批判とは何か」という法律的な定義や規制を、誰が、どのように決めるのかという点だ。(以下略)---「政治家であれ著名人であれ、批判でなく口汚い言葉での人格否定や人権侵害は許されるものでは無い」のだそうですが、では三原じゅん子自身の発言、野党に対して「恥を知れ」「愚か者」は「口汚い言葉での人格否定」ではないのか?産経新聞が菅直人元首相に対して投げつけた「完全に乾ききっても雨が降れば蘇生するネムリユスリカの幼虫、セ氏150度でも零下150度でも生き延びるクマムシ、切り刻んだ分だけ個体数を増やして再生するプラナリア…。そんな驚異の生き物たちと比べても、生命力で負けてはいない。そう、民主党の菅直人元首相のことである。」などという言葉(いまもその記事は現存している)、鳩山由紀夫に対する「ルーピー」、それらは誹謗中傷ではないのか。(これらは一例であって、民主党政権時代、鳩山、菅両首相は、サンドバックのようにボコボコに批判されまくっていました。今の安倍に対する批判なんか、目じゃないくらいに。三原自身はそれらを、腹の中では「許されざる発言」とは思っていないのでしょう。その反面、野党側からの自民党に対する厳しい非難に対しては「批判でなく口汚い言葉での人格否定や人権侵害」だと思っているのであろうことが容易に想像できるので、このような言い訳にも批判が集まるわけです。何しろ引用記事タイトルにあるように、総理の「お言葉」を伝えるべき、などと公言してしまう人物です。自民党がいかに強力与党であろうとも、そしてその自民党内でいかに安倍が絶対的存在だろうと、自民党の外、正解の外では、そんなことは「知ったこっちゃない」のです。にもかかわらず、自民党の中の価値観を外に持ち出して「お言葉」を伝えろ、なんて言う人に、公平とかバランスなどというものは、元からあるはずもありません。ちなみに、上記に挙げたような「愚か者」だの「クマムシにも負けない」だの「ルーピー」だのは、私は暴言であるとは思います。したがってそれらの発言を批判はしますが、取締りや損害賠償の対象にするとなったら、それには絶対反対です。何しろ、私自身にしたって、民主党政権時代にはずいぶん失望を味わい、そこまで酷い言葉ではないけれど批判もずいぶん書きましたから。そもそも、政治家、特に首相や政権中枢にいる人間は、その政策一つで多くの日本国民の生活(時と場合によっては生死も)を左右できる権限を持っています。それだけに、その言動には責任が伴います。したがって、批判の言葉が多少荒くなったり、罵倒が混ざるのは「仕方がない」と言わざるを得ません。「ルーピー」であれ「アレ首相」であれ、その発言に対して賛否はあれど、非難されること自体は甘受するしかないのです。しかし、芸能人は、どれほど知名度が高くても、何らかの権限を持っているわけではありませんから、その言動には必ずしも責任は伴いません。権力と結びついて特別な発言力を保持しているような場合は別でしょうが。したがって、この問題について単なる著名人一般と政治家(を含め、権力の中枢にある者)を一緒くたにして「政治家であれ著名人であれ、批判でなく口汚い言葉での人格否定や人権侵害は許されるものではばい」と言うこと自体に問題があると私は考えます。
2020.06.02
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