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ブルーインパルス感謝の“航空ショー”は誰の発案?航空自衛隊の「ブルーインパルス」6機が29日、新型コロナウイルス対応に当たる医療従事者への感謝と敬意を示そうと、東京都心上空に白いスモークでラインを描いた。好意的な受け止めが広がる一方、防衛省は誰の発案で、いつ決まったのか明らかにしていない。約20分にわたった異例の“航空ショー”について、省内からも説明を求める声が上がっている。~記者会見では歯切れの悪かった河野氏だが、ツイッターでは一転、飛行経路の地図を示し「入間基地を離陸しました」「二周目、開始」などと逐一投稿した。終了時には「ブルーインパルス、帰投します。ありがとうございます!」と結んだ。こうした姿勢に、省内では「はしゃぎすぎだ。自分の宣伝に利用したと言われても仕方がない」との指摘も。自衛隊幹部は「ブルーインパルスの飛行が、どうして医療従事者への感謝になるのか」と冷ややかに語った。東京上空は航路が過密状態でブルーインパルスが飛行する余裕はなく、1964年の東京五輪開会式など限られた機会にしか実現していない。~新型コロナの影響で羽田空港の発着便が減少しているとはいえ、政府関係者は「相当な調整が必要だったはずだが、一気に決まった」と打ち明ける。防衛省幹部は「公表直前まで知らされなかった」とこぼした。別の防衛省幹部は「政治利用ではないかとの批判を警戒しているのだろうが、誰がどう決めたのか説明しないと臆測が広がりかねない」と話した。---米国が同じことをやったから日本も!ということなのでしょう。最初の発案が誰かは知りませんけど、安倍が直々に「やりたい」と言ったのでしょうね。私の知り合いの中でも結構はしゃいでいる人もいて、それに水をかけるつもりはありませんし、ブルーインパルスの飛行に興味を持った人、感動した人を否定したり文句を言う気もまったくありません。好きなものは人それぞれですから。ただ、私自身の偽らざる思いを書けば、まず基本的には、まったく関心がないというのが第一です。私は飛行機が好きですが、「医療関係者への感謝」と称して行われた飛行には、何の興味も抱けませんでした。そもそも、事前にはそういう話に気が付いていなかったのです。報道は目にしていたはずですが、興味がないので見落としていた。第二に、それが何で「医療関係者への感謝」になるのか、私には皆目見当がつかない。「感謝」の対象である医療関係者だって、私と同じで、そんなもん、忙しくて見ているヒマもなかっただろうし、病院の上空を飛行機に飛んでもらって、騒音をまき散らしてもらって(長時間ではないけれど)、嬉しいものかねえ?感謝という名目で自衛隊をアピールしているだけじゃね?としか思えません。これに関しては、引用記事によると、防衛省内でさえ省内では「(河野太郎大臣は)はしゃぎすぎだ。自分の宣伝に利用したと言われても仕方がない」との指摘も。自衛隊幹部は「ブルーインパルスの飛行が、どうして医療従事者への感謝になるのか」と冷ややかに語った。だそうで。第三に、今は新型コロナ騒動で民間航空機も欠航が相次いでいるからこんなことができたのでしょうが、それにしても、過密な東京上空でこれをやるのは、相当の無理があったんじゃないか、ということ。これも、引用記事に指摘されています。事故がなくてよかったですけど、万が一の事態を避けるために、当日民間航空機の飛行は相当制限されたんじゃないかな。今は乗客もガラガラだろうから、問題として顕在化することはなかっただろうけど。第四に、今回結果的に事故はなく済みましたが、過去にはブルーインパルスは何回も事故を起こしています。観客の前での「本番」飛行での事故は1回だけですが、訓練中の事故は他に何回か起きており、パイロット8名が亡くなっています。過去60年間の累計とはいえ、6機だけの部隊ということを考えると相当多いです。現に、カナダでは、同じく「医療機関への感謝」という目的で飛行していたカナダ空軍のアクロバット飛行チームが墜落事故を起こしています。そんなことが日本で起こらなくてよかったですが。今回はいわゆるアクロバット飛行は行わず、単に編隊飛行を行っただけとは言うものの、その編隊飛行は大変な密集体型であり(飛行機が密!)、民間航空機なら確実にニアミス扱いです。一瞬の操縦ミスが即接触事故につながるという意味では、あのような密集編隊での飛行自体がアクロバットだと言えなくもありません。それを大都市の上空でやるのはどうなのかな、ということは思います。それらのことを考えると、基本的にはブルーインパルスの飛行に興味はないけれど、少なくとも好意的に見る材料はないなと思います。ただ、「許せない!!」と叫ぶほどのものでも(私にとっては)ありませんが。ただし、繰り返しますが、「見た」「好きだ」「感動した」という人を否定する気はありません。蓼食う虫は好き好き、ではありませんが、好きな人が好きなのに文句を言っても始まりません。と書くのは、立憲民主党のある議員がこの飛行をツイッターで好意的に取り上げているらしいのですが、そのことが、反戦平和主義を標榜するとあるFBグループで非難の対象になっていたからです。どうしてそう狭くなっちゃうかねえ。今回の飛行自体はともかく、それに対する反応に対して非難しても仕方がないじゃないですか。そこの部分は意見が違う、で流すことが、どうしてできないのかなって思ってしまうのです。自分の主張とちょっとでも相いれないものはすべて非難の対象にするような「純化路線」では、物事は何も変わらない。仲間がどんどん減っていくだけだよ、と思う。
2020.05.31
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トランプ大統領、WHO脱退を宣言 香港優遇も廃止へトランプ米大統領は反政府活動を禁止する「国家安全法」を香港に導入すると決定した中国への対抗措置として、香港を優遇してきた特別措置の廃止手続きを始めると表明した。新型コロナウイルスへの対応を批判してきたWHOについても「中国寄り」の姿勢に改善がないとして、関係を断絶して脱退を宣言した。トランプ氏は香港への国家安全法の導入決定について「香港の高度な自治が失われた。中国は『一国二制度』を『一国一制度』に変えた」などと断定。米国が1997年の香港返還後も関税やビザ発給などで中国本土より優遇してきた措置を見直す手続きに入ると明らかにした。さらに「香港の自治侵害に直接、間接に関与した中国と香港の当局者」に制裁を科す方針も表明。米国から中国企業の締め出し強化を示唆し、米大学による研究を守るため「安全保障上の脅威」があると見なした中国人大学院生らの入国を拒否する考えを示した。新型ウイルスを巡っても「中国による隠蔽」で「感染拡大が引き起こされ、米国で十万人以上が死亡し、世界中で深刻な経済的な損害が生まれている」と非難。WHOは「中国が完全に支配している」と指摘し、WHOへの資金拠出を他の国際公衆衛生活動に振り向けると表明した。 ---世界のどこの国であろうと、政治的自由への干渉と迫害には大反対であり、したがって中国の国家安全法にも私は大反対です。ただ、それはそれとして、中国にとって、香港の一国二制度という状態は、本音から言えば許容し難いものであろうこともまた、容易に想像できることです。何故なら、本来は紛れもなく中国の領土であった香港をイギリスに奪われた挙句、それを取り戻すためにどうしても取らざるを得なかった苦肉の策だったからです。それこそ、植民地主義の遺物の最たるもの、と言えなくもない。当のイギリスや米国自身が、もし自国の領土の一部に「1国2制度」を要求されて、それを唯々諾々と受け入れるはずがないことは明白です。とはいえ、一国二制度を解消するのに、非民主的な方に統一するのはやはり大いに問題ありです。民主的な法に統一する形で解消してほしい、と思います。それはともかく、中国がこれまで香港の高度な自治を受け入れてきたのは、そうしなければイギリスとの返還交渉がまとまるはずもない、という計算ももちろんあったでしょう。しかしそれだけではなかったはずです。香港の特別な地位を保証することによる経済的メリットも大きかったから、それをなくしてしまうことは中国にとっても望ましいことではない、という理由もあったはずです。1997年当時は、中国はまだまだ貧しく、香港との経済的格差は圧倒的でしたから。しかし、その後中国は急激に経済発展を遂げ、新型コロナ騒動の前は世界を中国人観光客が闊歩する状況となっていたのは周知のことです。今でも香港の一人当たりGDPは中国全体の5倍ですが、1997年当時は35倍もの開きがあったことから考えれば、その差は急激に縮まっています。それに、近年の香港の経済成長は、むしろ中国本土の経済成長に引っ張られてのものと言ってもよさそうです。つまり、香港の経済的な地位は相対的に地盤沈下してきており、中国が高度な自治を保障するメリットもなくなってきている、という現実もあるのでしょう。で、トランプは中国への「対抗措置」として香港への優遇措置を撤廃するそうなのですが、それって本当に「対抗措置」なんでしょうか?むしろ、私には「香港は見捨てる宣言」にしか見えません。だって、前述のとおり、中国が香港に特別な地位を認めてきたのは、あけすけな言い方をすれば香港に利用価値があったからです。トランプが香港への優遇措置を撤廃すれば、むしろなおさら中国にとっては香港を特別扱いすることのメリットが失われるだけのことになるんじゃないでしょうか。で、もう一つのWHO脱退という話も、ひどいなと思います。確かに、WHOにも、あるいは中国の保健衛生政策にも間違いは多々あるでしょうし、改めるべき点も多々あるでしょう。しかし、だからWHOから脱退してしまえ、ひいてはWHOなど潰してしまえ、というやり方が、世界の、あるいは米国の保健衛生環境の向上につながる可能性はどう考えてもありません。米国がいくら大国でも、自国だけの努力で世界的に流行する感染症の国内への侵入を押さえることなどできないのは、今回の新型コロナ騒動からも明らかです。トランプはWHOから脱退を言い出しただけで、それに代わって新たに自国主導の国際的保健衛生組織を作るつもりなのかどうかは定かではありません。しかし、作ったとしても、数えるほどの国が参加しただけの国際組織で実際上の能力が発揮できるはずもありません。しかも、主導するのがトランプです。「新型コロナ対策には漂白剤を注射!」などという見識の持ち主、保健衛生に金をかける気など全然ない大統領が音頭を取って、マトモな国際的保健衛生組織ができるわけがないのは言うまでもありません。日本が米国に追随してWHOを脱退するなどという愚行を行うことがないように注視していく必要がありそうです。
2020.05.30
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フォルクローレファン以外は「誰?」でしょうけど、ボリビアを代表するケーナ奏者であり、楽器製作者でもあるアドリアン・ビジャヌエバが5月26日、滞在先のイギリスで亡くなったとの知らせがもたらされました。71歳でした。新型コロナウィルスに罹患していた、とのことです。ボリビアの伝説的グループ「ルミリャフタ」の創設メンバーであり、その後「カリャワヤ」のメンバーとして数回来日もしています。30年前、イギリスのBBCに出演したルミリャフタ(アドリアンは左から2人目)同じくルミリャフタの「イスカンワヤ」。メンバーの名前はクレジットされていませんが、このケーナの吹き方はアドリアンで間違いない。じつは、わが相棒が、このグループのファンで、コンサートを見るためだけに米国のワシントンDCまで行ってきた、というくらいの熱の入れようでした。まだ結婚する前の話ですけど。その後参加した「カリャワヤ」の演奏よりブエラ・コラソン(心よ空を舞え)そして、アドリアン製作のケーナが我が家に3本あります。遺品になってしまいました。黒いケーナは黒檀製(本物の黒檀ではないです。グラナディラか、なにか他の黒い木材)で、頭部管が分離式というものです。白い方はもっとレアかも。牛骨つなぎ合わせで、吹き口には銀のリングがはめられています。ずっしりと重い。茶色のは、種類は知りませんが木製です。私のものは茶色のケーナだけで、白と黒は私のではなく相棒のものですが、この太さと肉厚、とても相棒には吹けず、私が使っています。と言っても、どうも吹き方の癖の違いで私が吹くと音程が怪しいところがあるので、あまり使ったことはないですが。相棒の持っている2本はやや肉厚で、初心者が音を出すのはちょっと難しいかも。私の茶色いケーナは、3本の中では比較的肉厚が薄く、この中では比較的音が出しやすそうです。茶色のケーナは、一昨年、福岡さんが亡くなった少しあとに臨時営業した「アンデスの家ボリビア」で購入したものです。購入したケーナがアドリアン製作であったことは、まったく覚えていませんでしたが、よーく見ると、うっすらと小さく、「Adrian V. La Paz Bolivia」と掘り込みされていました。この笛は、自分で選んだだけあって私が吹いても音程はそんなに怪しくありません頭部管分離式のケーナ。我が家にある50本以上のケーナの中で、こんな仕組みはこの1本だけです。ボリビアのケーナ奏者の多くは笛製作者でもありますが、アドリアンが特異なのは、笛だけではなくチャランゴの制作者でもあることです。アドリアンの製作したチャランゴは持っていませんが・・・・・。ともかくご冥福をお祈りしたいと思います。
2020.05.28
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9月入学「受験が公平に」「未就学児はデメリットだけ」 渦巻く賛否「いろんな人の声聞いて」新型コロナウイルス感染拡大による休校で生じた学習の遅れや学校間格差の解消策として浮上した9月入学案に対し、京都新聞社の双方向型報道「読者に応える」のLINEに、賛否とともに数多くの意見が寄せられた。受験生や未就学の子どもがいる親、教員など、それぞれの立場で受け止め方は大きく異なる。(以下略)---以前にコメント欄でちょっとだけこの件に触れたことがありますけれど、基本的に私は9月入学に変更することには反対です。それこそ、役所の会計年度も9月から8月までに変更する、つまり社会のすべての年度の区切りを変更するならそれと合わせて9月入学にするのもありでしょう。しかし、役所の会計年度は現状のまま、学校の入学だけ9月に変更しても、就職はどうするんでしょうか?民間企業は学校の卒業に合わせて新卒採用も9月に変更するところが出てくるでしょうが、すべてが直ちにとはなりません。時間がかかるし、できない企業もあるでしょう。まして、役所は会計年度が変更にならない限り、人の採用だけを9月にするのは無理です。そうすると、結局9月入学にして8月に卒業しても、就職できるのは翌年4月、という人が相当の割合で出てくることになります。それでいいのでしょうか。もちろん、個人単位で見れば、8月に高校か大学を卒業して4月に就職するまでの空白期間を使って、人生に有意義なさまざまなことをする人、出来る人は大勢いるでしょう。でも、社会全体として考えれば、卒業と同時に7か月間無職で放置される人が何十万人か出てくる、という状況は非常に問題があります。つまり、学校を9月入学にするには、社会全体(その中核は役所)の会計年度もセットで9月新年度に変更することが必須になります。でも、そのために役所の会計年度も9月新年度に変更しますか?いや、できますか?できないですよ。5か月分だけの予算(または17か月分の予算)を1年だけ策定する、その労力はすさまじく大きく、また予算の立て方、執行の仕方を失敗するリスク、その影響もすさまじく大きい。そんなことに労力とリスクをつぎ込むことが妥当かどうか、という話にならざるを得ません。それに、コロナで休校が続いたから9月入学、ということなら、秋冬にはコロナ第2波が確実視される中、9月入学に変えた後でまた休校に追い込まれたらどうなるんでしょうか。また授業日数が足りなくなる、そうしたらもう一度4月入学に戻すのでしょうか?入学時期をそんなにコロコロ変更できるわけもありません。授業日数が足りなくなる点については、別の方策で解決するしかないのです。学校を9月入学にすることの利が一つもない、とは言いません。利は多少はあるでしょう。しかし、そのために払う代償が、あまりに大きく、とても割が合う話ではありません。その場限りの思い付きを深く検証しないまま、話が大きくなっているような気がしてなりません。それはともかくとして、やっと緊急事態宣言が解除されました。子どもの学校、早く始まってくれないかなあ。いろいろと限界なんですが……。しばらく分散登校とかって話が出ているようですが、正直これ以上授業日数を減らすのはやめてほしいです。
2020.05.26
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撮影日と撮影場所は非公開です。この日はシギ類オールスター勢ぞろいでした。その場で識別できず、他のバードウォッチャーさんに教えていただきました。タカブシギです。3年前に撮影したことがあのますが、それ以来です。左下キアシシギ、右上はアオアシシギアオアシシギイソシギまたタカブシギ再びタシギタシギタカブシギ。観察窓の目前まで来ました。定番のチュウシャクシギハマシギキアシシギこの日は、シギの個体数はさほど多かったわけではありませんが、ハマシギ、アオアシシギ、キアシシギ、タカブシギ、チュウシャクシギ、イソシギ、タシギの7種類ものシギが登場しました。他にコチドリもいたので、「シギ・チドリ類」としては8種類もいました。また別の場所です。バンゴールデンウィーク中でしたが、留鳥のカルガモは別にして、カモ類はもうほとんど残っていませんでした。唯一いたのがオナガガモのオス。飛べないのかな・・・・。しかし、もう1種類、コガモも残っていました。コガモは雄雌のカップルだったので、まさか2羽とも飛べないとは考えにくく、まだ北に旅立っていないだけでしょう。キビタキもいました。以下、鳥じゃないですけとアヤメ、ハナショウブ、カキツバタ、鳥と違って、花はいつも分からなくなってしまうのですが、これはカキツバタですね。これもカキツバタ。キショウブ。これはアヤメ属のどれかを品種改良した園芸種かと思っていたら、調べたところそうではなくて外来種なんですね。知りませんでした。
2020.05.24
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例によって撮影日と撮影場所は当面非公開ですが、2週間以上前の撮影です。そして、やっと5月の写真に突入です。とある海岸にて、何かが海の中で泳いでおりました。オオタカです。どうしたんだろうか、溺れたのか?いいえ、そんなことはありませんでした。水浴び、というわけでもありません。そういえば、直前に鳥の悲鳴のような鳴き声を聞いたような気もします。やがて、護岸に上がってきます。私と、他に散歩途中らしき方が近くにいましたが、まったくお構いなしに上陸。ちょっと分かりにくいですが、獲物をつかんでいるのが分かります。鳥をとらえて、水の中に押し込んで絞めていたのです。いや、この姿を見て、鳥は確かに恐竜の子孫だ、と感覚的に納得しましたよ。ずっと逆光だったので、順光になるように撮影位置を変えました。距離は、2週間以上(実際はもっと)前なのでいささか記憶があいまいですが、5mそこそこだったと思います。警戒心の強さは人一倍の猛禽類が、この距離で逃げないとは思いませんでしたが、獲物に対する執着でしょう。獲物はシギじゃないかと思いますが(チュウシャクシギ?)よくわかりません。もちろん、こんな至近距離での遭遇は初めてのことです。獲物をつかんで飛び去りました。時間的にはこれより前に撮影していますが、同日同じ場所です。キビタキ(オス)キビタキ。声はすれども姿が見えず、あちこち探しまわって、やっと見つけました。キビタキ。手前の枝がどうしても邪魔・・・・・。キビタキ。さえずるときは、気嚢をこんなに膨らませて、まんまるになるのですね。鳥の肺は人(哺乳類)の肺よりずっと小さく、しかも膨らんだり縮んだりしません。その代わり、肺の前後に前気嚢と後気嚢が全部で7~9個あり、吸った空気は後気嚢→肺→前気嚢と進んで吐き出されます。哺乳類の肺は空気を吸う、そこから酸素を取り込むという二つの機能を兼ねますが、鳥は空気を吸うのは気嚢、肺は酸素を取り込むだけと機能が分かれています。哺乳類の肺は行き止まりなので、肺に古い空気が残っているところに新しい空気を吸う、息を吸うときしか酸素を取り込めないので、酸素を取り込む能力は高くありません。鳥の呼吸システムは、古い空気が完全に新しい空気に押し出されること、息を吸うときも吐くときも後気嚢から前気嚢への空気の流れが生じて酸素を取り込めることから、哺乳類よりはるかに高効率の呼吸ができます。そのため、非常に薄い空気でも耐えられます。ヒマラヤの8000m峰の上を飛んで超える渡り鳥がいるのは有名な話です。8000mどころか、高度1万メートル超の成層圏で旅客機からの目撃情報や、バードストライクも報告されています。それを可能にしているのが、この気嚢という呼吸システムなのです。また、まんまるになったキビタキ。鳥の高度な呼吸システムもまた、近年の研究では鳥の祖先恐竜から受け継いだものという説が有力です。恐竜の進化の初期段階は、ペルム紀末期の大量絶滅後であり、地球の酸素濃度がそれ以前より大幅に低下し、優れた呼吸システムの獲得が生存と繁栄を左右したのです。逆に、我々哺乳類の遠い遠い祖先筋にあたる「単弓類」はペルム紀には大繁栄していましたが、ペルム紀末期の大量絶滅でほぼ絶滅寸前に追い込まれます。我々と同じ、あまり効率の高くない呼吸システムが、酸素濃度の急減した環境下では不利だったことも大きな要因の一つだったことは想像に難くありません。それでも、ほんの数種類、絶滅を免れたものがいたから、こんにち我々がこうして地球上に存在しているわけですが。キビタキキビタキ。これは、上記一連の写真とは別個体です。先のキビタキからは50mくらい離れていたでしょうか。すぐ近くでラジオで音楽を流している人がいたので、さえずりを聞くのは厳しかったですが。
2020.05.23
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ドサクサ紛れの検察庁法の改正案によって検察幹部の役職定年の延長規定を押し込もうとしていた問題は、とうとう安倍政権が法案成立を断念する、という結果となりました。とりあえずは望ましい結果となりましたが、そのことが悔しくて仕方がない人たちもいるようです。【阿比留瑠比の極言御免】支持者の利益損ねた立民なるほど確かにそうだと膝を打った。検察官の定年を65歳に引き上げる検察庁法改正案の今国会での成立が見送られたことに対して、自民党の世耕弘成参院幹事長は19日の記者会見でこう述べた。「逆に立ち止まって考え直すいい時間ができた。これだけ(新型コロナウイルス感染拡大によって)経済が苦しく、雇用環境が厳しくなっている中で、国家公務員や地方公務員だけが給料も下がらないまま5年も定年延長されていいのか」検察庁法改正案は、国家公務員法改正案と一体化した「束ね法案」である。野党はこの2つの切り離しや、検察幹部の定年特例延長部分の廃止を主張していたが、これらは混然一体となっており、「いったん撤回して組み直さないと無理」(法務省幹部)なのが実態だった。---有料制の会員記事だそうで、産経に金を払う気はしないので、その先に何が書いてあるかは知りませんが、だいたい言いたいことの予想は付きます。検察庁法の改正が断念されて、その巻添えで国家公務員の65歳への定年延長も白紙に戻ったから、立憲民主党の「支持層」である公務員の不利益になった、立憲民主党は支持層を敵に回した、ザマーミロ、ということです。底の浅い理屈としか言いようがありません。そもそもの入り口で、「公務員なら誰でも65歳まで定年延長してほしいと願っている」という前提自体が、果たしてどうなんでしょうか?この問題って、結構当事者でも意見は割れると思います。それぞれの個人的利害が、人によって千差万別だから。私自身の個人的都合に基づく個人的な意見としては、65歳までフルタイム残業付責任付で仕事をするのは、勘弁してほしいです。仕事をしたくないわけではないけれど(年金がもらえる年齢まで無収入で厳しい)、でもフルタイムは嫌です。60歳以降、一応短時間勤務の選択肢は設けられるものの、「フルタイムが前提」みたいな流れになるのは怖いですし、「退職」という節目のゴールが60歳から65歳に延ばされるのは、絶望感しか感じません。だから、今回の騒動で公務員の定年延長がいったん頓挫したことは、内心ホッとしている部分があります。が、私の個人的な事情はともかく、65歳への定年延長自体は、社会の流れ全般から見て、止めようがないのかな、今回は頓挫しても数年後には通るのかな、と思います。そんな中、「逆に立ち止まって考え直すいい時間ができた。これだけ経済が苦しく、雇用環境が厳しくなっている中で、国家公務員や地方公務員だけが給料も下がらないまま5年も定年延長されていいのか」という世耕の言い方には唖然とします。だって、君たち自分らで法案提出したんでしょ?国会への法案提出は3月13日だから、すでに新型コロナ騒動が非常に深刻化し、株価が暴落していた時期です。本心は抱き合わせの検察幹部の役職定年骨抜き化を通すため、抱き合わせの他の法案にどこまで教務があったのかは知らないけれど、とにかく、先週まではこの法案を通そうと猛烈な強硬策を取っていたんでしょ?自分たちが出した法案という自覚を欠いた、この他人事的言い分はいったい何なのでしょうか。もし本当にそのように思っているのなら、「誤った法案を提出してしまい申し訳ありません」が、当事者としてまず言うべきことでしょう。そして、「国家公務員や地方公務員だけが給料も下がらないまま5年も定年延長され」って、なに言っているの?国家公務員法等の一部を改正する法律案の概要3.60歳に達した職員の給与~当分の間、職員の俸給月額は、職員が60歳に達した日後の最初の4月1日(特定日)以後、その者に適用される俸給表の職務の級及び号俸に応じた額に7割を乗じて得た額とする。60歳以降給料を3割減らすことになっています。ほんと、これ自分たちが出した法案でしょ?出した当事者が法案の中身を知らないのか、知っていて意図的にデマを流したのか、どっちなんでしょうか。「これらは混然一体となっており、いったん撤回して組み直さないと無理」というのも、私にはよくわかりません。何故なら、昨年秋にまとめられた最初の法案では、検察幹部の役職定年に定年延長規定はなかったそうです。それが、黒川の定年延長問題が取り沙汰されている間に、いつの間にかそのような規定が付け足されていたわけです。そのようなふざけた規定だけを取り除くのは、そもそも最初はそういう法案になるはずだったのだから、さして難しいこととは思えません。いずれにしても、世耕の言い分は滅茶苦茶にもほどがあり、それを無批判に報じて、それどころか野党攻撃の材料に利用する阿比留の論旨のクズっぷりは、いつもながらどうしようもありません。
2020.05.21
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今回も撮影日、撮影場所は非公開です。撮影日は本日より2週間以上前のいつか、です。場所は、知っている人が見れば一発でわかるでしょうが。チュウシャクシギ。チュウシャクシギ。カニをゲットしました。チュウシャクシギ。またまたカニをゲットしました。このときチュウシャクシギは2羽いて、これは上記2枚の写真とは別個体です。「焼酎一杯グイーッ」って鳴き声がしたので、探したらセンダイムシクイがいました。センダイムシクイ。朝から晩まで「焼酎一杯グイーッ」とさえずり続ける、日本一飲んべの鳥(嘘)センダイムシクイ。本当のところを言うと、さえずりは「焼酎一杯グイーッ」というよりは、「チロチロチロビーーッ」と書く方が本物に近い気はします。セイタカシギ。以前に東京港野鳥公園で2回遭遇しましたが、この場所では初めて。さほど背が高いように見えませんが、それはこの場所の水深が多分そこそこ深いから。セイタカシギ。浅瀬に来ると、この脚線美が。セイタカシギ。東京近辺では、習志野の谷津干潟には1年中生息しているようです。東京港野鳥公園でも3年ほど前に繁殖したことがあります。名前はセイタカシギだし、見た目もシギっぽいですが、実は系統的にはシギではなくチドリに近い系統のようです。更に広くは、シギもチドリも(更にはカモメも)みんなチドリ目ではあるのですが。セイタカシギ。足が長い分、餌をとるときはほぼ逆立ち。奥はアオアシシギ。アオアシシギもかなり足の長い鳥ですが、セイタカシギには及びません。アオアシシギ観察窓の目の前にタシギが来た。タシギ。狩猟鳥で、すごく美味しいらしいですよ、食べたことはありませんが。タシギ。キアシシギ。シメ。北海道では繁殖しますが、本州以南では冬鳥です(東北地方でわずかに繁殖)。そろそろ北に帰るのでしょう。
2020.05.19
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月内解除へ自粛継続を 2次補正「日本経済守る規模」 西村再生相西村康稔経済再生担当相は17日の記者会見で、新型コロナウイルスの感染拡大を抑えるため引き続き緊急事態宣言の対象とした8都道府県について、「(感染の)第2波は来ると思わなければならない。気を緩めずさまざまな自粛をお願いしたい」と述べ、5月中の宣言解除の着実な実現に向け、改めて協力を呼び掛けた。安倍晋三首相は同日午後、西村氏らと首相官邸で会談し、新型コロナ対策の状況について協議。8都道府県の繁華街では緊急事態宣言が続いているにもかかわらず、人の流れが戻ってきていることが報告された。西村氏は記者会見で、21日にも宣言解除の可否を再判断するに当たり、感染者の推移と併せてPCR検査の整備状況を注視する考えを示し、「専門家の意見を聞き適切に判断したい」と語った。宣言を解除した39県についても「経済活動をいっぺんに元に戻すことは避けてもらいたい」と要請。解除された県同士での移動や、接客を伴う飲食店の営業再開なども、月内は「慎重に対応してほしい」と求めた。(以下略)---学校の休校は3月初めから、このままいけば今月いっぱいの3か月に及び、緊急事態宣言も、4月7日から、8都道府県に関してはどうも今月一杯までの2か月近くに及ぼうとしています。みんなもううんざりしきっているんじゃないでしょうか。わたしはそうです。既報のとおり、私は外出自粛する気はありませんけど、それでもかなり気を使った外出しかしていないし、2月24日に目下のところ最後のグループ練習をして以降、職場と家族以外は知人友人とは一切会わない生活が続いています。演奏仲間とも高校時代の仲間とも、誰ともまったくあっていません。4月に一度だけ、あるグループでZOOM飲み会というのをやりましたけど、それだけでも涙が出るくらいに懐かしかったですよ。それでも私は家族があって一人暮らしではないだけ、まだマシですけど。「自粛」の意義について、細部に関しては思うところはいっぱいありますが、あえて細かいところは文句を言いません。ただ、いくら自粛生活が大事だと言われても、人間の忍耐力には限界がある。人間が人間である限り気の緩みは絶対にあるのです。「気を緩めるな」と口で言うのは簡単ですが、そんなことを言ったって、出来ないものはできないんですよ。「寝るな」「起きるな」と言っているのと同じで、それが仮に倫理的には正しかったとしても、出来ないものはできないのです。感染の第2派は来るとのことですが、そりゃもちろん来るでしょう。どの程度の深刻さなのかは私には予想もつきませんが、もはや新型コロナウィルスの根絶は不可能な状態ですから、どう頑張ったところで第2波は来るに決まっています。自粛の徹底で新型コロナの蔓延を食い止めたとしても、それによって新型コロナを壊滅させられない以上、自粛を緩めれば、いずれ新型コロナは勢いを盛り返すに決まっています。でも、それを言ったら自粛の解除なんて未来永劫不可能になります。しかし、今のような自粛体制を何年も続けるなんてことはできるはずがないのです。たとえ「自粛を緩めれば新型コロナが再流行する」と分かっていても、どこかのタイミングで割り切らなくては、社会と経済が維持不可能になってしまいます。とはいえ、ともかく今回仮に終息できたとしても、第2波がいつかは必ず来るであろうことは覚悟しておいたほうが良いのだと思います。自粛解除した途端に来るのか、何か月もあとに来るのかは分かりません(個人的には、夏場はいったん落ち着いて、秋冬に再び、という話に説得力を感じますが)が、来ない、ということは考えにくい。歴史を紐解けば、スペイン風邪の際は、第2波が一番死亡率が高かったと言われます。それにしても、新型コロナによる医療崩壊の危機がよく言われます。すでにギリギリの状態だとも言います。実際、それを裏付ける話は私も個人的にいろいろな方面から聞いています。ところが、現在日本の新型コロナウィルスによる感染者は1万6千人あまり、死者は750人ほどにすぎないのです。いや、過ぎないという言い方は語弊があるし、未確認の感染者数はこの数値の数十倍に達するでしょう。ただ、ともかく把握されていない感染者は医者にかかっていないか、かかっても受診だけで、基本的には入院はしていないでしょう。つまり、1万6千人がこの感染症で入院しただけで医療のリソースが破綻に瀕するくらい、日本の医療体制は余裕がまったくない、ということです。言い換えれば、自転車操業ということです。ここ十数年、「増大する医療費の財政負担」ということばかりが叫ばれ、医療のリソースは削減され続けてきました。損して得取れ、一文惜しみの百知らず、ではありませんが、結局目先の財政的都合での医療費圧縮の代償が、こういう時に大きく跳ね返ってくるのかな、と思います。日本だけに限った話ではないでしょうが。このことを教訓として、今後は医療費縮減という方向性を転換すべきでしょう。
2020.05.17
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実は、フェイスブックで友達に「ぜひやってほしい」とお願いされた曲があるので、やってみました。が、実は結構難しかった。ギターが下手なのはいつものことですが、ギター抜きでは演奏にならないので、下手は目を瞑ってください。しかし、チャランゴに関しては弾いている自分が「これは使い物にならん」とあきらめました。なのでチャランゴは抜きです。曲はTiticaca チチカカ、有名なアンデスの湖の名前から取られています。富士山より高い海抜3800mに、琵琶湖の10倍の広さの面積8000平方キロ(最大水深も琵琶湖の2.5倍)という巨大な湖のだから、世界は広いのです。サンポーニャは前半を二人一組で掛け合いで吹くコンテスタード奏法、後半を普通に一人で吹く奏法での二重奏にしました。「普通に一人で吹く」と書きましたが、実はサンポーニャ(シーク)の奏法としては本来はコンテスタード奏法が「普通」であり、一人で吹くのは「普通ではない」奏法です。サンポーニャという楽器はいわゆるパンフルート(パンパイプ)一種類です。世界各地に同じ仕組みの笛があります(ルーマニアのナイが有名。また仕組み上はパイプオルガンもパンパイプの一種です。もはや人間の息によってではなく機械の力で風をパイプに送っていますが)。ただし、アンデスの「サンポーニャ」は、管を「ドミソ」の列と「レファラ」の列の2列に分けて、元々はそれを二人の奏者が持って、掛け合いで吹いていたのです。それを一人の奏者が重ねともって吹く奏法が発明されたのは1960年代のことで、まだ50年くらいの歴史しかありません。サンカ(一般サイズより1オクターブ低いサンポーニャ)。2列になっているのが分かりやすいマルタ(一般サイズのサンポーニャ。右側は半音だけを集めた「半音管」。これをつけると3列になりますが、つけるとちょっと吹きにくいので、私は半音を吹かなければならない曲以外は外しています)2列をバラしたところ二人一組で吹くのは、一見すると曲芸のようで難易度が高そうに思えますが、実際にはアンデスの伝統的な曲調なら、一人で吹くよりこちらの奏法の方がはるかに吹きやすいのです。だから、現在でも、商業音楽としてのいわゆるフォルクローレ以外の分野では、コンテスタード奏法の方が主流と思われます。ただし、二人で呼吸を合わせて吹けば思ったよりずっと簡単ですが、一人でやるのは難易度高いです、というか、これを一人でやろうとする人は普通はいませんが。何しろ、暗号を二つ重ねるとメロディになる、という仕掛けなので、バラバラにしたら訳の分からない暗号です。相手の奏者と呼吸を合わせるのが絶対条件なのに、呼吸を合わせる相手がいないのではどうにもなりません。実は、今回の録音も、最初に一人で吹いた完全メロディーを録音して、それを聞きながら吹いています。そうでなかったら、こんな「暗号」はとても吹けません。しかし、そろそろひとり多重録音ではなく、仲間と一緒に演奏したいなー。
2020.05.16
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「コロナ女」「追放」山梨の感染女性、やまぬデマと中傷新型コロナウイルスに感染していることが判明したにもかかわらず、山梨県から東京都まで移動した女性に対し、ネット上で激しい中傷が巻き起こった。県は重大な人権侵害として、保護対策に着手。識者は「自粛生活が続くストレスで、投稿者から冷静さが失われている」とみる。「コロナ女」「テロリスト」「日本から追放」。ネット上には中傷の書き込みがあふれている。女性とされる名前や写真、「実家を特定した」といった根拠不明の情報をまとめたサイトや動画がいくつもある。県によると、女性は4月29日に山梨県の実家に帰省。同僚の感染が判明したことから5月1日にPCR検査を受けた。同日夜に東京に戻り、2日に陽性と判明したとされていた。だが県への情報提供で、実際には女性は2日午前、陽性判定を知りつつ新宿行きの高速バスに乗ったことが判明。県がこれを公表し報道されると、女性に対する非難の嵐が起きた。周辺に関するデマも広がった。女性の勤務先として、都内の飲食店の名も挙がり、店はホームページで「当社関係各位に感染者は確認されていない。風評被害に関しては、法的措置も視野に厳正に対応していく」とした。高校の同級生は、女性が帰省後に参加したバーベキューに同席していたというデマを流された。勤務先のアパレルショップには「コロナの人がいるんですよね」と問い合わせが相次ぎ、ネットには「スタッフ教育がなっていない」「謝罪しろ」という書き込みもあった。店長は「デマでここまで中傷されるのは耐えられない。これ以上続けば損害賠償請求も辞さない覚悟でいる」と話す。感染者の幼なじみの女性もバーベキューに参加していたというデマに悩まされた。勤務先の病院に「院内感染したらどうするのか」という電話まであった。感染した女性に連絡すると、SNSをやめ、ネットは見ないようにしていると苦しい胸の内を明かしたという。山梨県警は感染者の女性に対する中傷について、立件も視野に情報収集をしている。(以下略)---この、感染した女性の行動が問題あるかないかと言えば、問題はあるでしょう。ただ、それに対するネット上の反応は、異常としか言いようがありません。そもそも、その名前とか実家とか勤務先とか、ネット上に転がっている根拠不明の情報は事実なのだろうか、という疑問は、真っ先にもってしかるべきものだと思います。実際、引用記事によれば、「勤務先」なるものと、「バーベキューに参加した友達」なるものはガセだったわけでしょう。これもまた「愛国無罪」と同じで、主観的正義感にかられて、デマに踊らされて無関係な人に迷惑をかけまくって、しかも、そのことに対する反省はないのです。(引用記事のコメント欄を見れば、そのことが明らかでしょう)以前にも、あおり運転によって死亡事故を起こした男(この事件自体はまったく酷いものでしたが)の勤務先と称するデマをネットに書き込んで、罰金刑を喰らった馬鹿者がいました。今回も状況は変わらないようです。人はなぜ、こうも安易に一線を踏み越えてしまうのか。ある人物の行動に対して批判的な意見を表明するのは、自由でしょう。しかしそのことと、明らかにされていない個人情報を暴いたり、それに基づいて直接的暴力(私人に対する電話や直接訪問によるクレーマー、威嚇行為、貼り紙などは、肉体的ではなくても暴力と呼ぶべきものと思います)をふるうことの間には、大きな一線があります。正義は我にあり、と考えるのは自由ですし、私も基本的には、「正義は我にあり」と考えて当ブログに意見を書いています。ただ、正義に名の下に暴力を振るうことは、やはり越えてはならない大きな一線であろうと思うのです。ましてガセネタに基づいて無関係の他人を攻撃するなど、言語道断です。昔から、この種の「思いこみ正義感の発露」による「社会的制裁」はたくさんあったのでしょう。ただ、かつては、そのような行動に参加可能な人は限られていた。攻撃対象を直接知る人、近隣地域住民しか、情報に触れる機会がなかったからです。しかし今は、ネットを介して日本中(日本語を解せば世界中)に個人情報が拡散可能で、「社会的制裁」に参加可能になってしまっています。ネット上で何らかの意見を表明する人が全人口の1割いたとして、そのうちの1%が「思いこみ正義感」で行動しているとしたら、そのような人物の存在は全体の0.1%にすぎないのですが、それを実数にすると10万人にもなります。日本の端から端でも、直接訪問以外のあらゆる手で攻撃に参加できてしまうわけですから、その破壊力たるや、すさまじいものがあります。しかし、結果として、本人の主観では正義感の発露なのかもしれませんが、やっていることは陰湿この上ない。しかも、結果としてこのような行為は新型コロナの感染状況実態把握の妨げになることは確実です。だって、新型コロナ感染と分かれば、それまでの行動を身ぐるみ調べられて、何か後ろめたいところでもあろうものなら袋叩きにあいかねないわけです。で、新型コロナ感染が分かっお、特効薬があるわけでなし、治療法は特にない。重症化して生きるか死ぬかの瀬戸際ならともかく、軽症者は新型コロナと分かって、損になることはあっても得になることは何一つない、ならば黙っていよう、PCR検査なんか受けないでおこう、となるに決まっています。そうやって、ひょっとしたら新型コロナかもしれない人が潜在化して実態が掴めなくなることが、より望ましい、結果として、「正義中毒」の人たちの行動はそういうことにつながっています。とはいえ、どうあがいても、こういう正義中毒の輩は一定数存在するのは避けがたい現実です。そういう中で、山梨県がこの女性の行動や属性について詳細に発表したことは、問題だったのではないか、と思います。それは、結果としてハイエナの群に生身の人間を投げ込む行為に等しかったのではないか、と言わざるを得ません。容易に個人を特定し得るような情報を発表してはいけなかったと言わざるを得ないでしょう。
2020.05.14
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例によって、撮影日と撮影場所は当面非公開です。ただし、少なくとも2週間以上前の写真です。したがって、4月28日より前に撮影したものです。ウミアイサ。いつも海の上に浮かんでいるところしか見たことがありませんでしたが、初めて陸に上がっているところを撮影しました。水の上では普通のカモよりスマートな感じがしますが、陸に上がっていると特にスマートということはない、普通のカモです。写っているのは雌雄1羽ずつですが、メス(タイプ)はもう1羽いて、全部で3羽いました。更に・・・・・。上陸している3羽以外に、海上にも3羽いました。ウミアイサオオソリハシシギの群れが杭と網の上に止まっています。この日は風が強く、風にあおられると一斉に飛び立ちます。再びウミアイサ。オスが水に入ってしまい、メスタイプ2羽だけに。オオソリハシシギが2羽、その奥はダイゼンの群れ、手前右寄りはハマシギの群れ。ミヤコドリの群れ。ミユビシギ、左下が夏羽なりかけ、右上は冬羽。メダイチドリハマシギ。この日もいっぱい群れていました。キョウジョシギが2羽右手前はキョウジョシギ、左端の3羽はメダイチドリ。ハマシギミヤコドリが5羽、至近距離まで寄ってきました。メダイチドリ。数羽の群れはよく見ますが、この時は多くて、20羽くらいいました。メダイチドリカニをゲットしたミユビシギ。
2020.05.12
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検察庁法改正に抗議、ツイッターで200万超 著名人も検察官の定年を65歳に引き上げ、内閣の判断で検察幹部の「役職定年」を延長できるようにする法改正案を認めていいのか――。作家や漫画家、俳優、音楽家らが10日未明、疑義を唱える声をツイッター上で次々と上げた。「#(ハッシュタグ)検察庁法改正案に抗議します」の投稿が相次ぎ、その数は午前8時過ぎには約150万件、同10時過ぎには200万件を超えた。9日深夜から投稿数が急増したことについてジャーナリスト津田大介さんは、「深夜にこれほど伸びるのは見たことがない」と驚きを隠さない。「新型コロナウイルスへの政府の対応は緩慢な一方、『不要不急』にみえる定年延長の法改正は迅速に進む。一般になじみがなく、わかりにくい問題だったが、政府に注目が集まる今だからこそ気づかれることになった」と読み解く。自粛要請が続くなかでさまざまな情報を調べている人々が、著名人のツイートをきっかけに関心を持ち、大きなうねりになった可能性もあるという。内閣の判断で検察幹部の「役職定年」を延長できるようにする検察庁法改正案の委員会審議は今月8日、与党が強行する形で始まった。黒川弘務・東京高検検事長の定年延長問題を追及する野党側は、森雅子法相の出席が必須などと求めているが、与党は応じず、与党は週明けの委員会採決をめざすとみられる。---いやー、唖然とせざるを得ません。検察幹部の役職定年延長は、「不要不急」などというものではないと私は思います。「不要不急」は、「平時」ならやってもよいけれど、緊急時の今真っ先にやることではない、という意味ですが、黒川を検事総長にするための法改正など、今は言うまでもなく、平時においてもとんでもないことだからです。つまり、有害不要がより正しい。少し前に、ネトウヨの機関紙産経がこんな記事を出したことがあります。「国民一丸」阻む敵は誰か? 批判ばかりの左派野党にあぜん、不安あおるワイドショーには罰則を~これで多くの国民は腹をくくったのだ。権力と国民がいたずらに対立せず、危機には自然と一つになって冷静に立ち向かう。これが、わが国の特質の一つだが、なぜか相いれない人たちも国内にいる。一部野党のほか、緊急事態宣言の翌朝から昼のテレビのワイドショーもひどかった。~(元記事は既に削除されているので、リンクは省略します)お前らの偶像崇拝に都合の悪い報道は弾圧せよ、ということかいに一部引用この種の、「国難だから政権批判なんかせず国民一丸になれ」という言い分には非常に問題があります。ただ、百歩譲ってそのような言い分が成り立ち得るのは、最低限、「国難」に際して「誰がやってもこのくらいだろう」と思える程度の対応はとっている(神様じゃないんだから、何も「誰にもまねできない素晴らしい対応」なんて期待しません)ことと、公平無私の姿勢で事態に対応していること、です。「国難」に際して、忠実な僕に対する横紙破りの論功行賞を実現するための法改正、なんて、およそ公平無私の対極にあるような行動です。それなのに、「国民一丸になって」というのは、そんなことをやるような輩を批判するな、ということです。いや、私自身も、この騒動の途中までは、「どうせ誰がやっても、そんなに素晴らしい解決策なんか出来るわけがない」と思っていたので、普段の当ブログでの反安倍姿勢から見れば、かなり控えめな批判しかしてきませんでした。今も、そんなに素晴らしい解決策なんかあるわけがない、という考え自体は変わりません。しかし、まるで火事場泥棒のごとき、どさくさ紛れの「お友達」への利益誘導の法改正は別です。他の誰がかじ取りをしたとしても、これほどひどい私利私欲の行動を、こんなときにはとらないでしょう。これまでも、政府が国民に対して「外出自粛」を言っているときに(そのこと自体には、私はいろいろ異論がありますが)、当の首相の奥さんは平気で「不要不急」の外出をして、それに対する反省の弁もないこと、安倍自身もお友達との夜の酒席をギリギリまでやめようとしなかったことなど、およそ姿勢を疑わせる行動は多々ありました。その挙句がこれです。今度は法改正というこの上なく公的な政策において、お友だち優遇を強行しようというわけです。こんな輩、そしてその取り巻きと、「国民一丸」になって?お断りだ。としか言いようがありません。こんな時にこんな行動をとる為政者と「国民一丸になって」などと言える人間の神経を私は心の底から疑います。ほんと、一刻も早く政権から降りてほしい。
2020.05.10
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加藤厚労大臣 相談目安「我々から見れば誤解」発言にネット怒りの声「ふざけるな」「酷い」加藤厚生労働大臣が8日夜、記者会見し、新型コロナウイルスのPCR検査に向けた相談センターへの相談の目安とされてきた「37.5度以上の発熱が4日」について、見直しを明らかにした。厚生労働省が2月に公表したものでは、受診の目安について「37.5℃以上の発熱が4日以上続く」「強いだるさや息苦しさがある」などと示してきた。この日の会見では「目安ということが、相談とか、あるいは受診の一つの基準のように(とらえられた)。我々から見れば誤解でありますけれど…」と、あくまで基準ではなく目安のつもりだったと発言。「これについては幾度となく、通知を出させていただいたり、『そうではないんだ』ということを申し上げて、相談や受診に弾力的に対応していただいた」などと述べた。この加藤厚労相の発言に、ネット上では「許せない!」「ふざけるな」「嘘をつくな」「これは酷い。酷すぎる」「間違えたのは国民や現場のせい、とでも言いたげ」などと、怒りの声があふれている。---いやはや、いまさら何言ってんだと言わざるを得ませんね。そもそも、「目安」と「基準」にどういう違いがあるのでしょう。基本的には、体調が悪くて医者に行くも行かないも、あるいはどの程度体調が悪いと医者に行くかを判断するのも、本質的には本人の自由です。37.5度になっていない人が医者に行ってはいけない、などという決まりは、元々ない。したがって、「目安」だろうが「基準」だろうが実質的に意味の違いなどありません。ただ、これだけ「医療崩壊」が声高に叫ばれていする中で37.5度以上が4日以上という条件が示されれば、それに満たない人が医者に行くことは推奨されないのだなと、多くの人は判断します。幸い、「37.5度4日以上になっていないのに医者に行く馬鹿者がいる、医療崩壊を招く売国奴だ」みたいな攻撃は(私の知る範囲では)なかったように思いますが、一歩間違えれば「自粛警察」のそんな攻撃が始まっていても不思議はなかったと思います。ありていに言えば、そうなることを本気で避けよう、なんて気は全然なかっただろうと思いますよ。「誤解だ」と言っているけれど、実際は「誤解してくれた方がいろいろ楽で助かる」という暗黙の意図があって、誤解しやすい条件を明示したんだろ、ということです。問題の「目安」は、私の知る範囲では、2月17日付で厚労省から通知が出ています。それから2ヶ月半、「我々から見れば誤解」なら、あと2か月早く、「受診の目安」の内容を変更していなければおかしい。「幾度となく、通知を出させていただいたり、『そうではないんだ』ということを申し上げて」というけれど、そこに37.5度以上が4日以上という「目安」は撤回と書かれていたのでしょうか?多分、書いていないでしょう。それで誤解とか、ほんとカンベンしてくれよ、というしかありません。
2020.05.09
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ネットに「自粛警察」投稿相次ぐ新型コロナウイルスを巡って自粛要請が長期化する中、インターネット上では感染した人をおとしめたり、繁華街を訪れた人などを非難したりする書き込みが相次いでいます。こうした行為はインターネット上で「自粛警察」と呼ばれていて、専門家は「差別を生じさせる許されない行為で、冷静に対応してほしい」と呼びかけています。このうち、都内の20代の女性が、感染がわかったあとに帰省先の山梨県から高速バスで都内に戻ったケースでは、インターネットの掲示板に女性の名前や家族の職業だとされる書き込みや、女性の行動を「人殺しと同じだ」などと人格を著しくおとしめる書き込みが投稿されています。また、感染者へのひぼう中傷以外にも、ツイッターなどのSNS上では公園や店舗に人が集まっている写真や動画を掲載し「自粛要請を無視している」などと非難する投稿が相次いでいます。このほか、営業を休止している都内のライブバーが、無観客でライブを実施しインターネットで配信したところ「自粛してください。次発見すれば、警察を呼びます」という張り紙が貼り付けられたケースもありました。こうした行為は自粛要請に応じているか監視し、取り締まるものだとして、インターネット上で「自粛警察」や「自粛ポリス」などと呼ばれています。(以下略)---自粛警察、自粛ポリスという言葉以外に、「正義中毒」という言葉もあるようです。当ブログは「自粛なんかしません」と公言して、外出を含む記事を書いていますが、それを直接非難するようなコメントはほぼありません。しかし、以前にもちょっと書いたように、Facebookの登山関係のグループでは、緊急事態宣言下の登山の是非について、大荒れに荒れて、結局「直近の」山行報告は禁止、ということになったようです。確かに、山でケガでもすれば、今でも崩壊状態の医療に余計な負担を強いることになる、往復の交通機関や、(単独行でなければ)同行者や山小屋で宿泊すれば、そこで「密」になるリスクはある、ということは言えます。だから、登山団体が一般論として「登山自粛を」と言わざるを得ない事情は理解します。ただ、呼びかける側の事情と受け取る側の事情は異なります。全体を俯瞰する立場では、個別の事情に斟酌したもの言いは難しいですが、受け取る側には百人百様の事情があります。3密も医療への負荷も避ける山登りは、できないわけではありません。自粛要請を素直に読んで従うもよし、その裏を考えて、個人の判断で3密や医療への負荷を避ける方策を考えるもよし、それはそれぞれの判断であろうとおもうわけです。「3密も医療への負荷も避ける」という目的のために、登山はすべて行わない、というのは一番分かりやすく手っ取り早い手段ですが、それ以外の手段がないわけではありません。ところが、「すべて自粛」以外の手段はすべて許せない、という方が少なからずいるわけです。中には山間部に住んでいて自宅の裏山に登って写真をアップしただけでも噛みついてきた人がいる、という話を聞くに及んで、暗澹たる気分にさせられます。山に限った話ではありませんが、他都道府県ナンバーの車に対する嫌がらせも頻発していると聞きます。それで、転居、単身赴任等でその県在住ながら他府県ナンバーの車に乗っている人まで巻き添え被害を食っているようです。また、営業自粛要請に応じないパチンコ店がある、ということで、その店名を各都県が公表しています。新型コロナ云々とは別次元の問題として、パチンコの「三店方式」というやつは、法のグレーゾーンを突いているものの、事実上のギャンブルであり、合法とは言えないと私は感じています。その限りではパチンコ店を擁護する気は毛頭ありません。ただ、昨今の新型コロナ騒動で、「自粛要請」に従う従わないという話は、それとはまったく関係ありません。私はパチンコをやらないので、中がどんな状況なのかは知る由もありませんが、おそらく日々乗っている通勤電車(ずいぶん空いてきましたが、それでも平日はそれなりに人が多く乗っている)より混んでいる、ということはないでしょうし、パチンコ店でとなりの人と話し込む、という情景もあまり想像し難いので、実質的な危険度がどれほど高いのかは、少々怪しいように思います。少なくとも平日の電車ほどではないだろうと考えると、危険性と取り上げられ方のバランスが取れているとはとても思えず、ある種のスケープゴートにされているようにしか思えません。結果として、営業しているパチンコ店が公表されたことで、むしろパチンコをしたいお客さんを誘引することになっています。しかも、引用記事にある「自粛警察」の一部が、営業を続けるパチンコ店の店先に集まって、拡声器で営業への批判を叫ぶなんて事態まで招いてしまっているそうです。先の他県ナンバー車への嫌がらせもそうですが、その行動自体が「不要不急の外出」そのものなんじゃないでしょうかね?きっと、本人の主観では、「正義の行動だから」不要不急の外出ではない、ということになるにでしょう。でも、いかに考えてもその行動は矛盾に満ちており、ネトウヨにありがちな「愛国無罪」の亜流でしかありません。感染した女性の個人情報をばらまく行動も同様で、それって立派に違法行為じゃないのかね、と思います。無観客でライブ演奏を配信だけしたライブハウスに来して、「次にやったら警察に通報する」という貼り紙をした輩もいるそうです。(違法だと思うなら、そんな持って回ったことをせずに、いきなり警察呼べばいいのに。もっとも、実際には違法じゃないから警察も何もしないでしょうが)他にも、この種の「自粛警察」「正義中毒」の輩の、目に余りすぎる行動(主にネット上)は、枚挙にいとまがない。「自粛」「要請」という言葉の定義も分からないような人たちの暴走は、まったくいい加減にしてほしいものです。
2020.05.07
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新型コロナ騒動のため、今年は1月18日に「キラ・ウィルカ」で演奏し、2月24日に「ティエラ・クリオージャ」で練習し、それ以降練習の予定は(本番演奏は言うまでもなく)まったく立っておりません。個人練習はやっているのですが、合奏がまったくできない。なので、久しぶりに自宅で多重録音してみました。※5月9日追記 動画を入れ替えました。1曲目の「巡礼」はギターのコードを間違えていた部分だけを切り貼りで正しい音に直しましたが、多分注意深く聞けばどこで切り貼りしたかはわかるでしょう・・・・・。ギターは1年くらいまったく触っておらず、やっと1か月ほど前から再開した段階です。なのでリズムが不安定で演奏のレベルは高いとは言えないのはご容赦ください。騒動のあおりで、マンドリンをティエラ・クリオージャのメンバーに預け、ボンボ(太鼓)をキラ・ウィルカのメンバーに預けたまま、回収できない状態になっています。どちらも次の練習まで預かってもらうはずだったのですが、それっきり次の練習どころじゃない状態になってしまったので。どうせボンボは家の中では叩けないしねえ。La Peregrinacion 「巡礼」 アルゼンチンを代表する作曲家、アリエル・ラミレス(1921年-2010年)の1964年の作品。アルゼンチンではクリスマスソングの定番なので、この時期はやや季節外れですが。America Novia Mia 「わが恋人アメリカ大陸」 チリのグループinti-illimaniの代表曲の一つ。上記の「巡礼」もそうですが、この曲も20年前によく演奏していました。余談ですが、スペイン語では「アメリカ」はアメリカ合衆国のことではなく、広義には南北アメリカ全体を、狭義にはむしろラテンアメリカを指します。なので、ここで言う「アメリカ」はもちろんアメリカ合衆国の意味ではありません。ともかく、こんな手段でしか合奏ができない状態は早く何とかなってほしいものです。
2020.05.05
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「コロナ対策 1年以上」 感染者ゼロ当面困難 専門家会議、提言案新型コロナウイルス感染症対策について議論する政府の専門家会議の提言案は「当面は新規感染者数がゼロにはならず、1年以上、何らかの形で持続的な対策が必要になる」と指摘。一定期間の対策の必要性を念頭に、学校は感染リスクを低減した上で再開し、学習機会保障の重要性を示した。提言案は、緊急事態宣言下で、爆発的な患者急増を逃れ新規感染者数が減少傾向に転じたものの、「3月中旬の新規感染者数の水準を下回っておらず、医療現場の逼迫も続いている」と分析。厳しい行動制限を解除すると感染者数の拡大が再燃し、「市民の行動変容の努力や成果が水泡に帰してしまう恐れがある。一定水準まで下がらない限り、厳しい行動制限を続けなければならない」とした。新型コロナウイルス感染症とともに生きていくことを前提に、今後は感染状況から引き続き厳しい行動制限が必要な地域と、新規感染者数が限定的で「厳しい行動制限」を一定程度緩められる地域とが混在していくとした。これとは別に、全ての地域で感染リスクの高い「密集」「密閉」「密接」の「三つの密」を徹底的に避けることを提言。手洗いや身体的距離の確保等基本的な感染症対策の継続が不可欠とした。クラスターが発生しているライブハウスや接待を伴う飲食店、ジムなどは引き続き避けるよう求めている。(要旨・以下略)---2日3日は晴天だったので、例年のゴールデンウィークなら確実に山に行っていたはずですが、こんなご時世なので家にいます。(ただし、近隣に外出はしはています。写真はすぐにはアップしませんが)「1年以上、何らかの形で持続的な対策が必要になる」という、その「持続的な対策」な対策がマスクをしましょう手を洗いましょうという程度の話ならよいのですが、引用記事を読むと「厳しい行動制限」、「3密」を避ける「ライブハウスや接待を伴う飲食店、ジムなどは引き続き避ける」というものです。今更の話しながら、人間とは、文字どおり「人と人の間」と書くわけです。他者との関係性なしに生きていくことはできません。「3密」が悪と言いますが、他者との関係性に3密は避けて通れないものです。「3つの密を避けよう」という政府広報動画がヤフーのトップページにも載っています。3つの密を避けよう!冷静に考えれば、この動画で紹介されているのはごく普通の飲み会の風景でしかありません。別に飲み会に限らず、このレベルの人との接触は、「人間」としての社会生活上、不可避のものというしかありません。それを、ここまでおよそ1か月以上にわたって「避けろ」と言われて、それにほぼ全国民が従ってきたわけです。私は外出自粛なんかしませんが、そうは言っても「3密」を避けて人の少ない場所にしか出かけていません。グループ練習もなければ人前での演奏の機会もない。飲み会もなければ、山も登れない旅行も行けない。世間を見回してもお店もスーパー、食品系小売り以外はほとんど休業、仕事は在宅勤務(わたしはあまりできていないけど)で通勤電車ガラガラ、子どもの学校休校は2か月続いてさらに延長されそう。音楽をはじめとしてエンターテイメント業界、旅行、交通運輸航空(除物流)、外食、宿泊その他諸々の業界が窒息寸前です。要するに「人間」としての社会生活と不可分の他者との接触を避ける異常事態が1か月以上続いているわけです。言ってみれば、戦時体制(人間対人間の本物の戦争とは違うけれど)のようなものです。こんなことを更に1年も続けられますか?単純に経済面だけを見ても、今の状態を1年どころかあと半年続けたって、破滅的な事態になります。いや、すでに破滅的な事態になっているけれど、今はまだ個人の生活も社会も、これまでの貯蓄と惰性で維持されているだけです。福祉事務所関係の知人によると、まだ生活保護の相談自体は増えていないそうですが(リーマンショックの時もそうでした。仕事を失って即生活保護になるのは、そうでなくても元々自転車操業状態だった人だけで、多少なりとも貯蓄があった人がそれを使い果たして生活保護に至るには、何か月かのタイムラグがあります)、その前段階と言える生活困窮者支援制度の住宅費支援(家賃補助)はすでに相談が急増していると聞いています。医療崩壊が言われていますけど、このままいけば経済崩壊です。そうなったとき、収入を失って生活を破壊される人の数は、新型コロナの死者よりはるかに多い、ということになるのではないかと思います。「厳しい行動制限を解除すると間もなく感染者数の拡大が再燃し、市民の行動変容の努力や成果が水泡に帰してしまう恐れがある。」というのは、どうも太平洋戦争の突入の際の、「今『満蒙』を手放しては10万の英霊に申し訳が立たない」という理屈と同根のものを感じてしまいます。そういって戦争に突入した日本は、300万人の「英霊」を作ることになったわけです。
2020.05.04
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トランプ大統領 新型コロナの責任追及 対中関税引き上げ検討トランプ米大統領は、新型コロナウイルスの感染拡大を巡り、中国の責任を追及する姿勢を強める中、「中国には不満がある」として関税の引き上げを検討する考えを示しました。トランプ政権は新型コロナウイルスの世界的な感染拡大を招いた責任は中国にあるという主張を強めていて、トランプ大統領はウイルスの発生源は中国、湖北省の武漢にある研究所の可能性があるという見方を示しています。トランプ大統領は対中関税引上げなどの制裁を科す可能性を問われ「われわれは中国には不満がある。世界はひどい状況でアメリカとして声をあげるべきことは多くあり、それはもちろん1つの選択肢だ」と述べ、中国への関税の引き上げも検討する考えを示しました。中国に対してはポンペイオ国務長官も「世界的な感染拡大を防ぐことができなかった責任を問う必要がある」と述べていて、メディアは政権幹部の話として制裁や賠償金の請求も検討していると伝えています。アメリカではトランプ大統領の初期の対応や発言への批判が根強い一方、トランプ大統領は、中国とともにWHOも「中国寄りだ」と攻撃していて、自身への批判の矛先を中国などに向けるねらいもあるとみられます。---先の記事でも指摘したように、中国が今回の事態の初期段階において、感染拡大防止のための対策を講じるよりも、事態の隠蔽に力を注いだことは、否定しようのない事実です。その点において中国が批判されるのは、仕方のない面もあるでしょう。ただ、その落ち度によって、最初に極めて大きな被害を受けたのは他ならぬ中国自身です。そして、ひとたび深刻な事態を認識すると、「それはちょっとやりすぎ」とも思えるような強力な封じ込め策を実行して、どこの国よりも早く鎮静化に成功したこともまた事実です。いずれにしても、感染症というものの性質上、そのコントロールは困難を極めるものです。だからこそ感染症は脅威なのです。容易にコントロールできるものなら、社会的にはたいした脅威になりませんから。それについて「どこの国の責任」と言い募ることは、不毛としか言いようがありません。そういう言い方をするなら、100年前のスペイン風邪の感染拡大の「責任」は米国にある、ということになるし(スペイン風邪の起源については諸説あるものの、少なくとも最初は米国で流行が始まり、それが第一次世界大戦への米国の参戦に伴ってヨーロッパに持ち込まれて世界規模に拡大したことはほぼ間違いありません)、11年前の新型インフルエンザ感染拡大の「責任」もメキシコにある(新型インフルエンザはメキシコで発生して、またメキシコ政府は有効な封じ込め策を講じられなかった)、ということになります。おそらく今後も人類の歴史が続く限り、感染症との戦いは続くでしょう。しかし、どこでどのような感染症が発生、再興するか、事前に予測できる人はいません。新型インフルエンザと言えば、東南アジアか中国南部でH5N1亜型鳥インフルエンザからヒト-ヒト感染する事態がずっと懸念されてきました。ところがおよそ予想外のH1N1亜型からメキシコで新型インフルエンザが発生したのが11年前です。結果として、危険性は従来の季節性インフルエンザと大差なく済みましたが、それも単なる僥倖に過ぎません。人類の歴史には、いたるところに感染症という地雷が埋まっていて、その地雷の威力がどの程度なのかは、爆発してみないと分かりません。しかも、これまでの人類の歴史は、この地雷の探知と除去に失敗し続けてきた歴史なのです。そのような状況の中で、感染症拡大についての検証が重要であることは言うまでもありません。しかし、生物兵器だの、何とか研究所から漏れ出しただのというヨタ話は、科学的な検証の妨害にしかならないものです。また前述のようにおよそ「負けてばっかり」が常態の感染症との戦いなのに、それを指弾、攻撃することを優先させたら、検証への協力など期待できず、これまた検証の足を引っ張ることになるだけです。引用記事にも指摘されていますが、トランプは自国における感染拡大阻止に失敗したことに対する批判へのスケープゴートとして、中国を非難攻撃しているだけです。それも、事実に基づく非難ではなく、ヨタ話をよりどころにしているのだから始末に負えません。
2020.05.02
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