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国産旅客機の開発凍結 三菱重、コロナで需要減 日の丸ジェット撤退の危機三菱重工業は30日、国産初の小型ジェット旅客機「スペースジェット」(旧MRJ)の開発を凍結すると発表した。開発が遅れていた上、新型コロナウイルスの流行で旅客需要が急減。世界的に航空業界が苦境に陥る中、当分の間は開発しても発注が見込めないと判断した。「日の丸ジェット」の実現は一段と遠のき、撤退の危機に直面している。三菱重工の泉沢清次社長は同日、2021~23年度の事業計画を発表し、スペースジェットの開発について「いったん立ち止まる」と表明した。運航に必要な国土交通省からの型式証明取得に向けた作業は続け、将来の再開に備える。ただ、今後3年間の開発費は19年度の6分の1の計約200億円に圧縮。新たな飛行試験も見合わせるため、型式証明取得は早くて24年度以降となり、量産と納入も先送りとなる。再開のめどについて泉沢氏は「需要の回復状況次第だ」と説明した。需要次第では撤退に追い込まれる可能性もある。---何だか、恐れていたことが現実になってしまいました。MRJ採算が取れるのかどうか、心配になってくる4年前、私はMRJ(スペースジェット)の採算が取れるかどうか心配していたわけですが、まさか採算云々以前に形式証明を取って営業飛行に就航することすらできないまま凍結に至るとは、この記事を書いた当時としては予想の斜め上を行く展開と言わざるを得ません。すでに初飛行から5年が経過しようとしている飛行機です。機体規模などからライバルと目されたカナダ・ボンバルディアのCRJ-100は、初飛行が1991年5月、翌年7月に形式証明を取って11月から就航しています。同じくブラジルのエンブラエルE-Jetシリーズの元祖ERJ-145も、初飛行の翌年からエアラインへの引き渡しが始まっています。そこから考えて、初飛行から5年経ってまだ形式証明が取れず、いつ取れるかも見当が付かず、納入延期が続いている飛行機なんて、もはや商用機としてまったく商品価値を失っているでしょう。記事には型式証明取得は早くて24年度以降とありますが、形式証明を取って量産を始めても、新たに購入しようという航空会社はまずないでしょう。それどころか、すでに得ていた発注(4年前に書いた記事の時点で確定発注が243機、オプション180機、購入権24機、合計447機で、それでも採算ラインには遠く及ばない状態でした)もどんどん取り消されているはずです。Wikipediaによれば今年2月、つまりまだ新型コロナの影響が本格化していなかった時点で、発注数は300機余りまで減っていたようです。新型コロナ騒動以前に、いつ納品されるか見当もつかない飛行機では、何の予定も立てられないですから。三菱は、「いったん立ち止まる」と言い、撤退とは言っていないですが、再開は難しいでしょう。再開してもいつ形式証明が取れるか分からず、赤字がどんどん膨れるだけですから。そもそも最初の計画では2011年初飛行と言っていたので、初飛行の時点ですでに最初の予定から4年遅れていました。それでも4年遅れで初飛行はできましたが、民間旅客機としては生命線のFAA(米連邦航空局)形式証明取得が、ここまで難関になるとは思いませんでした。いや、おそらく形式証明取得が難関なのではなく、そこに臨んだ三菱が著しくダメだった、ということなのでしょう。開発したけれどあまり売れなかった、というのはまだしも運の良しあしがという言い方もできるでしょう。でも、開発したけれど形式証明が取れなかった、というのではそれ以前の問題です。何が原因でそういう事態に陥ったのかは知りませんが、旅客機製造メーカーとしては決定的な能力不足、としか言いようがないでしょう。そんな能力不足のメーカーに期待して税金をつぎ込んでしまった政府の見識にも問題大ありです。
2020.10.30
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社民、解党合流断念を伝える 党内の反発で、立民幹事長に社民党の吉田忠智幹事長は27日、立憲民主党の福山哲郎幹事長と国会内で会談し、解党による立民との合流は党内の反発で断念したと伝えた。国会議員や地方組織が個別に党を離れて合流を希望した場合の受け入れを要請したとみられる。社民は22日の常任幹事会で、解党合流の代替案として、希望する所属議員らの離党を認めるかどうかを問う議案を11月14日の臨時党大会で諮ると決定。国会議員では、福島瑞穂党首を除く3人が合流に肯定的な立場を取っている。---旧社会党の時代には、私は社会党をあまり支持していませんでしたが、21世紀に入って以降は、2回に1回くらいは社民党に票を投じてきました。私に支持政党はありませんが、でももっとも近い政党は社民党かなと思ってきました。その私がこういうのもなんですが、社民党の「立ち位置」主義主張の大枠は大いに支持しますけれど、社民党という政党組織を何が何でも存続させなければならない、とは思いません。政策を実現することが目的か組織を維持することが目的か、ということです。私は、福島みずほさんは好きですが、そしてそう思っている人が一定数いるから当選を重ねているのでしょうが、人柄はともかく政治的資質という意味では疑問符がいっぱいつきます。本人自身は、社民党唯一にして最後の国会議員となり、次の選挙で落選しても悔いはないのかも知れませんが、それでは社民党の目指していたものは何も残らないのではないかと思ってしまいます。それよりは、主張の近い(もちろん同じではないにしても)政党と合流する方が、政策の実現性という意味で、まだマシではないかと思ってしまいます。政治家といえども人ですから、身の処し方はそれぞれ個人の判断なので、福島さんがそうしたいというならそうするしかありませんが、次の選挙(少なくとも1年以内に衆議院の任期は切れます)で福島さんひとりの社民党に票を投じるかというと、それはしないかな、と思います。
2020.10.29
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核兵器禁止条約、来年1月発効 ホンジュラス批准し50カ国・地域に 国際規範で核軍縮迫る史上初めて核兵器を全面禁止する核兵器禁止条約を批准した国・地域が24日、発効に必要な50に達した。中米ホンジュラスが新たに批准した。90日後の来年1月22日に発効する。米露などの核保有国や米国の「核の傘」に依存する日本などは参加しておらず、実効性の確保が課題になるが、核兵器を非人道兵器とする国際規範が誕生することで核軍縮を迫る圧力になることが期待される。現在の核拡散防止条約は、米露英仏中の5大国に核保有を認めている。例外を認めない核禁条約には5大国が真っ向から反対し、核兵器を保有するイスラエルやインド、パキスタン、北朝鮮も参加していない。日本や韓国、NATOの加盟国など核保有国の「核の傘」に依存する国々も批准しておらず、これらの非締約国には法的な順守義務はない。条約は2017年7月、国連加盟の6割を超える122カ国・地域の賛成多数で採択された。核兵器の開発や保有、使用だけでなく、核抑止力の根幹である威嚇も禁止している。2年に1回の締約国会議で、具体的な禁止事項や廃棄の検証方法などを話し合う。最初の締約国会議は発効から1年以内に開かれ、オーストリアでの開催が有力視されている。日本は核軍縮の進展に向けて核保有国と非核保有国の「橋渡し役」を担うと表明してきた。だが、核禁条約をめぐっては「現実の安全保障を踏まえていない」として、17年3月に始まった交渉会議にも参加しなかった。締約国会議は非締約国もオブザーバー参加が認められている。---批准国が50ヶ国を越えて核兵器禁止条約が発効しました。残念ながら核保有国は参加していない条約なので、今すぐ実効性はありませんが、それでも国際社会が核兵器保有を容認しない、ということを条約という公的な形で示すことには意義が大きいと私は思います。批准国は50ヶ国ですが、引用記事にあるように条約制定時には国連加盟国の6割以上が賛成しており、今後も署名済みの各国が次々と批准していくはずです。現時点では、核兵器禁止条約に実効性はないでしょう。でも、核兵器の完全廃絶はすぐにはできなくても、核実験の規制、禁止、国外での核兵器(戦術核)の運用の縮小廃止、様々な核軍縮などは、核兵器の縮減を求める国際世論がなければ実現しなかったでしょう。核兵器完全廃絶の道は厳しくても、過去保有国の行動に様々な掣肘を加える、その限りでは、批准国が増えていけば、それなりの効き目はある条約と思います。しかし日本はこの条約に参加するつもりはない、ということです。NATO各国も加盟していないので、日本だけがどう、ということではありませんし、過去民主党政権もこの政策を転換することはできませんでした。でも、唯一の被爆国、という立場、米国のみならず中国やロシアの核兵器も禁止する内容であることを考え合わせると、残念な対応と思わざるを得ません。対立するすべての核保有国の核保有を禁じたくない、言い換えれば仮想敵国(があるとして)の核保有を容認しても我が国の親分(米国)の核保有を掣肘したくない、お互いに非核兵器だけでやり合うのは嫌だ、ということになります。日本は唯一の被爆国であり、平和国家であるはずなのに、核廃絶という行動には徹頭徹尾後ろ向きなのは残念な限りです。もっとも、政権の本音としては被爆国も平和国家もアピールしたくないのかもしれませんが。
2020.10.27
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10月は、週末に悪天候のことが多く、ヒタキ類の秋の渡りにフラれ続けて、珍しい鳥にほとんど遭遇できない月前半でした。10月3日 葛西臨海公園カワセミです。超低空の至近距離をミサゴが飛びました。こんな近くて大きくミサゴが撮影できたのは初めて、なのですが、なぜかピンボケ写真を連発して、鮮明な写真はわずかでした。ミサゴまたミサゴ。風切り羽がいくつか抜けているので容易にわかりますが、先ほどの2枚とは別個体です。この日はミサゴが2羽いました。ミサゴの2羽目。過去には葛西臨海公園でミサゴが4羽同時に飛んでいたことがあります。小さな猛禽、モズ。10月4日東京港野鳥公園 天気は今ひとつでしたがカケスが飛んでいました。カケスまたまたミサゴミサゴ。子どもの頃は、ミサゴは東京では滅多に見られない鳥だったと記憶していますが、近年は東京湾沿いでは秋冬春にはほとんどいつでも見られる鳥になっています。ノビタキのメス。9月はヒタキ類の秋の渡りにフラれ続け、秋シーズン初めて、やっと遭遇したヒタキです。ノビタキ10月18日にもまた東京港野鳥公園へ。しかし天気が悪く、鳥にはフラれ続けました。ヒタキ類の何か。おそらくエゾビタキかコサメビタキだと思うのですが、黒くつぶれたシルエットらになってしまい、種の同定はとても不可能です。そして、ともかくも撮影できたヒタキ類の写真は、この時だけという惨状です。そして、10月24日葛西臨海公園やっと、マトモにヒタキの写真が撮れました。キビタキのメスです。キビタキ。キビタキは一般に、開けたところに出てきたり木のてっぺんに止まることは少なく、森の中やぶの中にいることが多いようです。春は、それでもオスのさえずの美声によって所在が分かるのですが(オスだけ)、秋はさえずらないので探し出すのは結構大変です。そういうわけで、春~夏の時期はさえずりによってキビタキの所在が分かることが多いので、オスはよく撮影しますが、さえずらないメスはあまり撮影したことがありません。なので今回はメスの撮影に専念。キビタキ。実は、少し離れたところにキビタキのオスもいたのですが、群がるカメラマンの数はメスよりずっと多かった(笑)。この日はこの後予定があって時間がなかったため、オスの写真はあきらめました。キビタキ(メス)そういえば、5月頃、撮影日も撮影場所も非公開でキビタキのオスの写真をアップしましたが、今だから公開しますが、あれは5月のゴールデンウィーク中の葛西臨海公園、2羽撮影しましたが、そのうちの1羽は今回の撮影場所から10mほどの場所でした。
2020.10.25
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公文書管理の重要性、記述を削除 菅首相、著書改訂版で菅義偉首相が野党時代の2012年に刊行した単行本「政治家の覚悟」(文芸春秋)を改訂した新書が20日、発売された。「政府があらゆる記録を克明に残すのは当然」などと公文書管理の重要性を訴える記述があった章が削除され、官房長官時代のインタビューが追加収録された。菅氏が官房長官を務めた安倍政権では、森友、加計学園や「桜を見る会」の問題を巡り、公文書のずさんな管理が批判されていた。加藤勝信官房長官は20日の記者会見で、改訂版で公文書管理の重要性を削除したことに関し「政治家として出版された著書で、政府の立場でコメントするのは差し控えたい」と述べるにとどめた。---少し前に学術会議の任命拒否問題で、菅首相の器が小さい、ということを書いたことがありますが、この話もまた、いかにも小物感が満載過ぎてさすがに萎えます。野党の時と与党になってからでは言っていることが違う、それ自体はどこの党でも多かれ少なかれ、あることではあるでしょう。旧民主党なんかも、野党の時に言っていた政策のうち、与党になって実現できたものはほとんどなかったわけですし。ただ、だからと言って、野党時代に書いたり言ったりしたことをなかったことにしようというのは、どういうことなのかな、と思います。しかも、いくらなかったことにしようとしても、実際にはそんなことはできやしないのです。「頭隠して尻隠さず」というやつで、みっともなさが際立ちます。むしろ、こんなコソコソ隠すようなことをしない方が、大きな問題にはならなかったでしょうに。で、あえて著書から削除したということは、「政府にとって都合の悪い記録は克明に残さず闇に葬った方がよい」と公言したも同然ということになります。あるいは、別の言い方をすると野党という立場の時は「政府があらゆる記録を克明に残すのは当然」と考えていたが、与党になったら考えが180度変わりました、ということです。良し悪しはともかく、いや、もちろん悪いことに決まっていると私は思いますが、これが権力の中枢にいる人間の感覚なのだろうなと思ってしまいます。菅は、たまたま露骨にわかりやすい形でそれを表してしまったけれど、きっとみんなそうなのでしょう。つまり、権力の中枢に位置するものに、権力の自浄作用とか節度とか、そういうものを期待しちゃいけない、ということなのでしょう。都合の悪い記録はなきものにしたい、批判など聞く耳を持つ必要はない、そういう感性でなければ権力の中枢になどとぼり詰めてはいけないのでしょう。そういう政治家の本性を見事に白日の下にさらしてくれた、という意味では、菅の行為にも意味はあるかもしれません。「俺たちは小物だ、ということを教えてくれたありがとう」ということです。どうせ、その小物たちが次の選挙でもそれなりの票を集めて政権を維持するのだろうと考えると、何とも夢も希望もない話ですけどね。
2020.10.24
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ボリビア、反米左派政権復活へ アルセ氏が大統領当選見通し南米ボリビアで、国民から一度は「ノー」を突き付けられた反米左派政権が1年ぶりに復活する見通しだ。公式発表はまだないが、18日実施の大統領選挙で、昨年11月まで14年近く反米左派政権を率いたエボ・モラレス前大統領の後継候補ルイス・アルセ元経済・財務相が、出口調査で有効票の5割以上を獲得。中道の対抗馬カルロス・メサ元大統領を約20ポイント上回った。アルセ氏は19日、「国民の分別と信頼によりわれわれは民主主義と希望を取り戻した」と勝利宣言。メサ氏は「(出口調査の)結果は第1回投票で勝者が決まったことをはっきり示しており、われわれはそれを認める」と敗北を事実上容認した。---「大統領選」と言えば世界的には今は米大統領選一色ですが、ボリビアでも大統領選を行っておりました。昨年11月、エボ・モラレス前大統領が、自らが制定した憲法の「3選」禁止規定(実質的には4選)を無視して強引に出馬し、当選したものの、選挙不正を指摘されて抗議行動が激化、辞任して亡命を余儀なくされました。権力は腐敗する(ボリビアの政変)ボリビアの憲法によると、大統領が辞任した場合は、当然副大統領が大統領になるわけですが、副大統領も辞任すると、上院議長→下院議長と大統領に昇格します。ところが、この全員がエボとともに辞任してしまったため、大統領不在となってしまいました。ここで登場したのが、上院副議長のヘアニネ・アニェス議員。上院副議長が大統領に昇格できる規定はないようですが、一方的に「暫定大統領」に名乗りを上げて、しかも議会ではエボ派の前与党MAS(社会主義運動)の議員が欠席して、大統領指名に必要な定足数を満たしていなかったのに、「暫定大統領」に指名されてしまいました。最終的に裁判で、この大統領就任は有効とされたものの、どう見ても正統的な大統領就任とは言えず、あくまでも暫定、次の大統領選までの「つなぎ」の大統領でしかなかったわけです。ところが、この暫定大統領がなんだかんだと1年近くその座に居座る異常事態となります。このヘアニネ・アニェス、私は勝手に「ボリビアの杉田水脈」と名付けています(無役の一議員対暫定とはいえ大統領ですから、杉田水脈が日本のヘアニネ・アニェスというべきでしょうか)。またはボリビアの女トランプ。と書けば、ボリビアのことを知らなくても、だいたい想像がつくかと思います。いかにも白人、顔立ちは美人だとは思いますが、極右、インディヘナ(先住民)に対する差別発言を度々繰り返す極右女性議員です。余談ですが、杉田とは同い年で誕生日も2ヶ月しか違いません。そのアニェスは暫定大統領の座にしがみつく間に、なんとか次の大統領選に自らも出馬しようと画策しましたが、支持率が低迷して(政権内の腐敗もひどいものがあったようです)、結局出馬辞退に追い込まれます。そりゃそうです。彼女の地盤の東部熱帯低地では、白人が多いので一定の支持があるのでしょうが、ボリビア全体で見れば人口の過半数が先住民なのですから、先住民から選挙権を剥奪でもしない限り、ボリビア全体では絶対勝てるはずがありません。やっと行われた大統領選は、エボの後任である社会主義運動のルイス・アルセ対、エボの前のゴニ(ゴンサロ・サンチェス・デ・ロサダ)政権で副大統領を務め、その国外逃亡後には暫定大統領大統領であったカルロス・メサの対決となりました。まあ、まともな組み合わせの対決といえるでしょう。2人とも、ボリビアにおいては第一級のインテリです。カルロス・メサも、反エボ政権ではありますが、極右とはほど遠い、今の日本なら充分リベラル派で通用する人物です。勝ったのはルイス・アルセ前経済・財務相です。引用記事にあるように、エボの後継者なのですが、エボ政権の経済政策、財政政策を取り仕切っていたのはこの人なのです。ボリビアは小国なので、その経済発展は世界的にはあまり目立ちませんが、かつては南米の最貧国と言われたボリビアは、エボ政権の元で「ボリビアの奇跡」と言ってもよい経済発展を遂げました。今は中進国一歩手前まで来ています。しかも、原油価格の下落から同じ反米左派のベネズエラが経済破綻状態になっても、ボリビアはさほどの危機には陥らずに済んでいます。見た目急進左派に見えて、実は意外に穏当で無理のない経済政策だったおかげですが、それはほとんどこの人の手腕によっています。ルイス・アルセは、Wikipediaスペイン語版によると、1963年ラパスで両親とも教師の中流家庭に生まれ、サン・アンドレス大学に学んだあと1987年ボリビア中央銀行に勤務、のち英国ウォーリツク大に留学、帰国後は引き続きボリビア中央銀行にて、 Gerencia de Operaciones Internacionales(国際業務担当役員??でしょうか)として勤務・・・・・・、どこにも社会主義との接点が見つかりません。中卒で農民運動からの叩き上げのエボとも、およそ住む世界が違いそうに見えます。でも、そういう人を味方に付ける力も、政策を実行し、政権を維持する力だったのでしょう。ただし、中流家庭の出と言っても、ルイス・アルセの写真を見れば歴然ですが、白人ではない、先住民か、先住民色の強いメスティソ(白人と先住民の混血)です。背広を着てネクタイを締めている写真では、日本人か中国人と言われても分からないような(笑)しかし、ここまでの経緯を見ると、だったら前回大統領選で、最初からルイス・アルセを候補に据えればよかったじゃないか、と。エボは石もて追われて亡命に追い込まれたけれど、1年もたたずに後継者は得票率5割越えで大差で当選、ということは、エボ支持派でも、エボ本人の「3選(実質は4選)には愛想を尽かした、という人が多かった、ということでしょう。何も自分で作った憲法を自分で破って、無理に出馬なんかしなければ、すんなり政権委譲でき、エボも亡命に追い込まれることもなかっただろうに、やっぱりそこは冷静な判断ができなかったんでしょうかねえ。どうしても、俗物な側面はあった、ということなのでしょう。人間は聖人君子じゃないですから仕方がないですけど。とは言え、これでエボの亡命生活も、遠からず終わるでしょう。
2020.10.21
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“トランプ劣勢”? 世論調査は信頼できるのか投票まで2週間余りとなったアメリカ大統領選挙。トランプ大統領が新型コロナウイルスに感染するなど終盤も波乱の展開が続いている。世論調査ではトランプ大統領は野党・民主党のバイデン前副大統領にリードされている。ただ、4年前の大統領選挙では民主党のクリントン氏が各種世論調査で終始リードしていたにもかかわらず、実際に勝ったのはトランプ氏だった。今回は世論調査を信頼できるのだろうか。~アメリカ世論調査協会がいわば「失敗報告書」を発表していると聞き、まずはその執筆者にあたってみることにした。執筆者の1人、ウィスコンシン州のマルケット大学のチャールズ・フランクリン教授が取材に応じてくれた。失敗の理由は何か。単刀直入な私の最初の質問には、意外な答えが返ってきた。「少なくとも全国レベルの世論調査は極めて正確でした。誤っていたのは州レベル、特に勝敗を決した激戦州の世論調査だったのです」アメリカの世論調査は全米を対象にしたものと、州レベルで行われるものとがある。確かに全米の選挙直前の世論調査はクリントン氏が3ポイントリード、これに対し開票結果は有権者の総得票数でクリントン氏が2ポイントリードで、その差わずか1ポイント。かなり正確に情勢を反映していたと言える。 ---全開2016年の米大統領選では、ヒラリー・クリントンが「大敗を喫した」と評されます。事前の世論調査は、ほとんどがヒラリー・クリントンの優位を伝えていたので、ヒラリーだけでなく、マスメディアの世論調査もトランプに「負けた」と評されます。確かに、「選挙の勝敗」に関してはそのとおりです。でも「世論調査」としてはどうでしょうか。引用記事にも指摘されていますが、ヒラリーが「大敗を喫した」というのは、選挙人の獲得数においてです。総得票数はそんなに差はなかった・・・・・・どころではありません。総得票はヒラリーの方が多いのです。よく知られているように、米国の大統領選は、世界のほとんどの国の大統領選とは違い、単純に総得票の多い候補が勝つという仕組みになっていません。州ごとに割り振られた選挙人をどちらが多く獲得するかで決まります。そして、選挙人は、その州で1票でも得票の多かった側に全員が割り振られます。小選挙区制と同様の仕組みです。その結果、敗北する州は大差で負け、勝つ州は僅差で勝つと、総得票の少ない側が勝利する場合があります。そういう例は過去何回かあり、ヒラリー敗北の前は2000年の子ブッシュ対アル・ゴアの大統領選で同じ事態が起こりました(ただし、得票差は1ポイントに満たない僅差)。したがって、全米レベルではトランプ信者が多数派だったわけではないし、世論調査は世論をかなり正確に反映したものだったわけです。ただ、「接戦州」と言われるいくつかの州で結果を読み違えたことで、「世論調査」としては正しくても「選挙予測」としては大外れになってしまったわけです。そういうことも含めての大統領選挙なので、選挙戦術としてヒラリーは失敗し、トランプは巧みだった、ということができます。こんな民意を反映しない選挙システムでいいのか?とは思いますが、それを決める権利があるのは米国民であって、そこに外国人である私が口をはさんでも仕方のないところではあります。選挙の結果が世論調査と正反対だったことから、いわゆる「隠れトランプ」と言われる、世論調査には本当の支持候補を言わないトランプ支持者の存在がにわかにクローズアップされました。確かに、隠れトランプが存在したこと自体は間違いないようです。しかし、それが世論調査の精度を左右するほどの割合を占めたのかというと疑問があります。世論調査の結果と実際の得票率の差が1ポイントしかなかった、ということは、「隠れトランプ」の割合はは全米規模では1パーセント程度ということになります。その程度は誤差の範囲です。ただし、接戦州と言われるところでは選挙結果予測に影響をおよぼしたかもしれません。これもまた、世論調査としては無視できる誤差程度だが選挙予測としては無視できないものだった、と言えるのかもしれません。いずれにしても、前回はトランプの選挙戦術が巧みだったけれど、逆に言えば、巧みな戦術でかろうじてもぎ取った薄氷の勝利だったわけです。今回はどうでしょうか。選挙戦術の巧拙がどうあれ、トランプがこの4年間進めてきた政治、言動、コロナ対策、それらがあまりに拙劣の極みです。各マスメディアの世論調査も前回の失敗から対策を講じているというので、今回は世論調査が選挙結果予測を外す可能性は、前回よりはかなり低いのではないかと思いますが、果たしてどうなるでしょうか。
2020.10.19
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先日、チリが生んだ偉大なフォルクロリス(フォルクローレ音楽家)、ビオレータ・パラの記事を書きました。ビオレータ・パラのことを書けば、ビクトル・ハラにも触れないわけにはいかないでしょう。チリが生んだもう一人の偉大な歌い手、悲劇の最期でも知られるビクトル・ハラは、1932年、チリ南部のチジャン近郊のサン・イグナシオという村で農民の子として生まれます。ビオレータ・パラも、チジャン近郊の生まれですから、二人は同郷ということになります(ビオレータの方が15歳年上)。やがて、10代で家族ともども首都サンティアゴに出たところも、ビオレータ・パラの経歴と似ています。彼がまず頭角を現したのは、音楽家としてではなく演劇人としてでした。10代でパントマイム劇団に入り、兵役の後チリ大学演劇学部に入学します。その後舞台俳優、演出家として名を成す一方で、20代でビオレータ・パラと知り合い、チリの民謡(フォルクローレ)にも傾倒していくようになります。彼は最後まで演劇と音楽の二足の草鞋を履き続けましたが、音楽家としての知名度が決定的に上がったのは、おそらく1969年、チリ・カトリック大学で開かれた「新しい歌」コンクールで優勝した時以降でしょう。「新しい歌」Nueva cancionは、隣国アルゼンチンで1960年代初めに提唱された歌を通じた社会変革運動です。先に紹介したビオレータ・パラが、チリにおけるその創始者だったと言ってよいでしょう。その動きがビオレータの死後更に大きなうねりとなり、コンクールまで開かれるようになった、その最初のの優勝者がビクトル・ハラだったわけです。ビクトル・ハラも代表曲と呼べる曲がいくつもありますが、そのなかで1曲だけを選べと言われたら、この時演奏した曲La Pregaria a un labrador(耕す者への祈り)を挙げます。バックコーラスは、これもチリの「新しい歌」を代表するグループであるキラパジュンです。なお、残念ながら1960年代のチリでステレオ録音の音楽がほとんどなく、ビオレータ・パラもそうですが、ビクトル・ハラもモノラル録音(それに白黒映像)しか残っていません。技術水準的には、当時のチリにステレオ録音の機材がなかったはずはないと思うのですが。ビクトル・ハラは、自分では「美声じゃない」と歌っているのですが、モノラル録音のせいで損をしている部分はあるけれど、結構声はいいと私は思います。ただ、私がビクトル・ハラの曲に心を揺さぶられるのは、歌声よりもコード進行。コード進行で人の琴線を揺さぶるということを心得ている曲が多いなと思います。Cuando voy al trabajo(仕事に向かうときに)ビクトル・ハラはチリ共産党員でした。その共産党を含む左派連合「人民連合」が推す社会党のサルバドル・アジェンデが大統領に当選したのは1970年のことです。しかし、その前後から右派勢力とそれを支援する米国による様々な圧迫、妨害工作によって、チリは騒乱状態に陥っていきます。1973年7月17日、隣国ペルーの首都リマでコンサートを開いている映像がYouTubeにあります。元々ビクトル・ハラは楽しい曲、コミカルな曲も数多く作っているのですが、この頃になると、アジェンデ政権の命運と自分自身の命運を重ね合わせたのか、悲壮な曲調の歌が多くなっていきます。奥さんのジョーン・ハラが書いた「ビクトル・ハラ終りなき歌」には、むかし図書館で借りて読んだ遠い記憶ですが、確か、この頃作っていた曲の歌詞を見て、ジョーンが「遺言を書いていると思った」というような記述があったように記憶しています。(まったく余談ですが、ジョーン・ハラはビクトルの5歳年上で×1のイギリス人舞踏家です)この映像から2か月も経たない9月11日、陸軍総司令官ピノチェトのクーデターによってアジェンデ政権は倒壊、左派文化人の代表格と見なされたビクトル・ハラも逮捕され、チリ・スタジアムに収容されていた9月16日、同じ場所に監禁されていた多くの市民を励まそうと、「人民連合」のキャンペーンソング「ベンセレーモス」を歌っていたところを射殺されて40歳の生涯を閉じます。あるいは、演劇家でもあるビクトル・ハラは、自分の死すらも、後世の人々という観客に対して、見事に演出しきった、という言い方もできるかもしれません。だから、ビクトル・ハラはそのあまりにも悲劇的な死によって、逆に多くの音楽家の心の中に生き続けることになりました。El derecho de vivir en paz 平和に生きる権利日本では、ソウル・フラワー・ユニオンがカバーしているので、ビクトル・ハラの曲の中ではこれが一番有名かもしれません。元々はベトナム戦争に対する反戦歌です。映像は、昨年10月、地下鉄など公共料金値上げに端を発した、「チリ史上最大規模」と言われるデモの際のものです。この大合唱は、何度見ても、私の心は熱くなってしまうのです。Manifiesto 宣言ビクトル・ハラの生前最後に作った曲の一つです。この演奏はチリとアルゼンチンの合作、両国のトップクラスの歌い手、日本で言えば紅白歌合戦に何回も出ているような人がずらりと並んでいます。民主党(日本の)が「マニフェスト」という言葉を使い始めたとき、個人的にはこの曲のことが頭にあって、「その言葉はあまり安易に使ってほしくないなあ」「汚すようなことにはならないでほしいな」と思った記憶があります。一般名詞ですから、そんなことを言っても仕方がないんですけど。Vientos del pueblo 民衆の風スペインの詩人ミゲル・エルナンデスの詩に曲を付けたもの。ミゲル・エルナンデスはスペイン内戦時、共和派を支持し、フランコが勝利した後も国外亡命しなかったため逮捕され、死刑は免れたものの、監獄の劣悪な環境の中で1942年に31歳で獄死しました。これも「宣言」と同じくビクトル・ハラ生前最後に製作したアルバムに収められた曲です。演奏は「インティ・イジマニ」。個人的には私がビクトル・ハラの曲で一番最初に参ってしまったのが、この曲のこのグループのアレンジなのです。ジョーン・ハラが「遺言を書いている」と記したのは、先の「宣言」かこの曲のどちらかだったと思います。どちらも悲壮な覚悟を感じざるを得ない歌詞です。クーデターの際に殺された著名な音楽家はビクトル・ハラだけですが、先に紹介したビオレータ・パラの息子アンヘル・パラは逮捕されて強制収容所に放り込まれ、拷問で精神に変調をきたした状態で釈放されて国外追放されています。その姉のイサベル・パラ、先に紹介したキラパジュンとインティ・イジマニ、更にイジャプなど、亡命を余儀なくされた音楽家は数多くいます。その話は、またそのうちに機会があれば。
2020.10.17
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中曽根氏に「弔意表明」文科省が教委などに通知 合同葬17日に行われる中曽根康弘元首相の内閣・自民党合同葬儀を巡り、弔意表明について知らせる通知を、文部科学省が国立大学や都道府県教育委員会などに送っていたことがわかった。総務省が都道府県知事と市区町村長に対し、葬儀中に黙禱するようお願いする文書を7日付で出していたことも判明した。政府は2日の閣議で、各府省で弔旗を掲揚して葬儀中に黙禱することを了解し、加藤勝信官房長官が萩生田光一文科相と武田良太総務相に、関係者らに周知するよう通知していた。文科省は国立大や文科省の機関、日本私立学校振興・共済事業団、公立学校共済組合などの各トップに「この趣旨に沿ってよろしくお取り計らいください」とする文書を送った。都道府県教委に対しては、弔意表明について「参考までにお知らせします」とし、さらに市区町村教委への参考周知を依頼した。いずれの文書にも、明治天皇の葬儀で使われた弔旗の揚げ方を図で示した「閣令」や、黙禱時刻が午後2時10分であることを知らせる文書が添えられている。---どこかの役所にも、国から巡り巡ってこんな通知がやったきたようですよ。ゴテゴテと何枚も連なっている通知の1ページ目ですけどね、引用記事にある「総務省が都道府県知事と市区町村長に対し、葬儀中に黙禱するようお願いする文書を7日付で出していたことも判明」の現物です。首相を退陣して30年以上も経過した人が死んで、「内閣・自民党合同葬」をする、それは好きにすればよろしいでしょう。しかし、そこに莫大な公費を投入すること、都道府県市区町村や学校にまで「弔意」を強要する(通知だから、絶対的な義務を課すというわけではないにしても)こと、そもそも「自民党」という党派名称が葬儀主体である葬儀に合わせて政府機関や地方公共団体、学校が「弔意を表せ」という言い分自体が、私には信じがたいものです。過去にも首相経験者が死ぬ度に同様の例はあるようですが、全員ではありません。1987年に死んだ岸信介の内閣・自民党合同葬儀においては、学校に弔意表明についてという通知が出されているようですが、2007年の行われた宮沢元首相の内閣・自民党の合同葬では、このような通知は出されていないと報じられています。また、自民党以外の首相経験者についてはどうでしょうか。羽田元首相が亡くなった時は、政府、内閣としての葬儀はしていないようです。省庁、自治体、学校への弔意の強要もしていないでしょう。つまり、首相経験者が亡くなったら内閣葬(自民党出身ではない人に「自民党葬」は、そりゃないでしょうが)を行い、各方面に弔意を強要するというのは、確固たる前例ではない、ということです。安倍政権菅政権とも、学術会議会員任命拒否問題に代表されるように、都合の悪い前例は簡単に破るのに、都合の良い前例は踏襲する、まあご都合主義の極みです。自民党以外の首相経験者(細川以降)のうち、羽田以外はまだご存命ですが、相当ご高齢で、こういうことがそう先の話ではないと思われる方のいます。そのとき果たしてどうするんでしょうね。おおいに興味があります。余談ですが、「大正元年閣令第1号」は仰天しました。21世紀の今の行政の根拠法令として、100年以上も前の古文書が出てくるとはねえ。
2020.10.15
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投票直前の今、最も感染リスクが高いのはトランプ派集会(略)生活ということで言えば、まだまだリスクが残っている感覚があります。アメリカの場合はコロナ対策の問題が、政治的対立になっているからです。公共の空間でマスクを着けたり、ソーシャルディスタンスを確保する人は民主党支持で、反対に共和党支持者の中では感染対策に鈍感あるいは無頓着というように、政治的な姿勢がコロナ対策の姿勢になっているのです。もちろん、政治とは別のところで鈍感な人、敏感な人、感染症対策の基礎知識のある人、ない人はいますが、そのバラツキに政治的対立構図が重なってしまう、そこに現在のアメリカの問題があります。例えば、公園などですれ違う際に、ソーシャルディスタンスをお互いに意識して、歩道を少し外れて横の距離を確保する、その上でお互いに手を上げたりして挨拶をするような場合があります。こうした場合は、気持ちがいいものです。お互いが「相手もちゃんと気をつけている」と信じられるのが大きいわけです。反対に、マスク無しの自転車ツーリングのグループとか、大声で喋りながらのグループなどがソーシャルディスタンスを無視してすれ違ってくると、こちらが警戒して、多少気まずくても大きく距離を取らねばなりません。彼らは「気にしていない」グループであり、リスクは高いからです。店の選択も同様です。いつも入り口の辺りで愛国歌を流し、BBQ用の巨大な肉塊を安売りしているようなスーパーは、どうしても保守カルチャーの人が集まります。そうした店はやはりハイリスクと考えるしかありません。そう考えると、大統領選直前の現在、最もハイリスクな集団はトランプ派の集会になります。大統領は、担当医のお墨付きが出たとして各州を回る遊説に出ています。つい1週間前には発熱や血中酸素濃度低下を経験したのに、マスク無しで自分は免疫があるなどと自信満々で遊説を続けています。---今、日本で通勤電車に乗って、マスクをしない人はほぼいません。おそらく、99%はマスクをしています。私もそうです。少し前に、ホリエモンがマスクをせずに飲食店に入店しようとしたところ断られて騒動になったことがあります。ホリエモンもまた、いかにも保守的(という言い方は必ずしも適切ではないでしょうが、リベラル的価値観に敵対的、競争原理至上主義的とは言えます)な人物ではありますが、日本ではマスクをするしないが、政治的対立の争点になったりはしていません。ホリエモンのようなレアな例外をのぞき、右も左も公共の場ではマスクをすることが定着しています。ところが米国ではそうじゃない。マスクをするかしないかで民主党支持か共和党支持かが分かるというのだから、驚きです。それだけではなく様々な要因が絡み合ってのことでしょうが、日本の新型コロナ罹患者が約8万人、米国は800万人近く、という差の原因の一つになっていることは間違いないでしょう。もっとも、ここにはコロナ以前からの経緯も関係するように思います。もともと日本人はマスクにさほど心理的抵抗がなく、以前から電車内等では常時マスクをしている人が一定数存在しました。特に冬場はマスクをする人がかなり多かったように思います。私も、職場内で常時マスクの人はいましたし、私も風邪を引いて出勤するときはマスクをしていました。それ以外にも、いろいろな事情で、普段マスクをしないときでも、鞄にはマスクは入れていました。それに対して欧米人はコロナ以前はマスクをしない人が多かったことが指摘されています。価値観の差か、感覚の違いか、そのあたりは定かではありませんが、ともかくコロナ騒動が起こってからマスクをすることへの心理的抵抗が、日本人(おそらく中国や韓国も)では低く、欧米ではかなり高いことが推測されます。だから、極力マスクをしたくない人が日本よりずっと多い、のかもしれません。そうだとしても、こりゃ仕方がないだろうと私なんかは思ってしまうのです。私も、そろそろ経済活動をいろいろ元に戻していかない行けないだろうと思っている人間ではありますが、それはあくまでも「感染防止に一定の注意を払いながら」であり、マスクもいらないソーシャルディスタンス無視、などという話を是とする気はありません。こういう話は、本来政治的色彩を帯びるようなものではないはずだと思うのです。公衆衛生に右とか左ってあるんでしょうか。それが、マスクをするのは民主党支持者、しないのは共和党支持者という色分けになっているのは、共和党のトップであるトランプ大統領がコロナを軽視してマスクをしないせいか、あるいは逆にそういう人たちを支持基盤にしているからトランプもマスクをしないのか、いずれにしても「ムチャクチャ」としか言いようのない状況です。「コロナなんてしらねえ」と言って軽視していれば流行が収まる訳じゃないですからね。これでは、引用記事が言うように、トランプ派の集会が、もっとも感染リスクが高いイベント、ということになります。このところの状況から、さすがにトランプの支持率低下傾向が著しくなってきたようですが、果たしてどうなるのでしょうか。
2020.10.14
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いしだ壱成、生活保護不正受給報道に法的措置示唆俳優のいしだ壱成が、「週刊文春」に掲載された自身に関する記事について、「名誉毀損にあたる為、しかるべき手段を不本意ながら取らざるを得ないと思っています」と、法的措置をとることを示唆した。いしだは同誌10月15日号に「事務所を“クビ”いしだ壱成に『生活保護不正受給』疑惑」の見出しで掲載された記事に言及。「非常に残念な気持ちになりました。ジャーナリズムのカケラもない嘘記事、10%の真実に90%の嘘。文春さん、こんな記事を載せるようになってしまったのですか。改めて言います、とても残念です。嘘の記事を書かれた事以上に寂しく、残念です」とした。続けて「生活保護不正受給はしていません。去年一年間、まるまる鬱病で伏せっていて働くこともままならず、今年の春ころに鬱から立ち直れたものの生活資金が足りずにいたところを生活保護を受けようという周りの人の声もあり受給にいたりました。収入がある度、市役所にはしっかりと申告をしていました。市役所の方々は本当によくしてくださり、周りの友人や知人や温かい人たちに囲まれて収入が安定したため4か月で生活保護は停止させる事が出来ました。9月からは社会復帰し、自活しております」と説明。その上で、同誌の記事について「名誉毀損にあたる為、しかるべき手段を不本意ながら取らざるを得ないと思っています」とつづった。---そんな報道があったことも、生活保護受給の事実自体は認めていることも、まったく知らなかったので驚愕です。確かに俳優、芸能人なんて明日の収入の保証があるわけじゃないですから、いつそうならないとも限らないにしても、いしだほど知名度と長い芸能歴のある俳優でも、そうなってしまうことがあるんですね。稼働年齢層の人が生活保護を受給して最初の3~4か月が「分かれ道」で、そこまでに自立できない人は、その先エンドレスにずるずると脱却できない人が多いようです。だから、1年間うつ病で働けずに臥せっていた人が、受給後4か月で保護停止→おそらくその後廃止というのは、相当上手くいったパターンではないかと思います。(ただし、今後再び鬱の症状が悪化して、また・・・・・・という可能性は残りますが、今からその心配をしても始まりません)文春の該当記事を読んでいないので、具体的にどのような根拠で「不正受給」と書いているのか知りませんが、制度上、不正受給とは保護申請時に資産、収入を偽るか、受給中に収入を偽るか、しかありません。「収入がある度、市役所にはしっかりと申告をしていました。」という記述が事実なら、そこに不正はないでしょう。また、このような著名人の場合、福祉事務所はかなり念入りに資産調査をするはずで、開始時に未申告の資産を隠し持っていた可能性も低いんじゃないかと思います。というか、問題の記事を読んでいないので推測しかできませんが、まだ45歳の有名俳優が生活保護受給ということで、「働けるのに働かない→不正受給だ!」みたいな短絡的思考で記事かいたりしてませんかね?大丈夫なのかな。生活保護法第2条と4条3項から、生活保護制度のイロハのイの字は「困窮に至った経緯は問わない」です。働けるのに働かずに怠けて保護を受けたとしても、それは不正じゃないのです。もちろん、福祉事務所はそういう輩には厳しい対応はするでしょう。最終的には生活保護は打ち切られることになります。でも、そうなったとしても、保護を受けていたこと自体は不正受給にはならないし、したがってその間の保護費は返還の対象になりません。もちろん、それ以前に、そもそもいしだが「働けるのに働かなかった」とは思えないんですけどね。いしだほどのの著名人が生活保護を受ければ、その事実が発覚するリスク、そうなった場合の芸能界という人気商売での不利益の巨大さは容易に想像できます。その程度の損得勘定もできずに、目先の保護費おそらく月20万円くらいに目が眩むような頭の悪い人間が、芸能界で二十何年も生き延びてこられたわけがない。とはいえ、こんな著名人を担当することになったケースワーカーも査察指導員も、気が重かっただろうなとは思います。やっぱり、稼働年齢層(18歳以上65歳までをそう呼びます)に保護をかけるのは、福祉事務所的には本音ではやりたくないのだと聞きます。知人の福祉事務所関係者も、稼働年齢層の申請を受けるのはものすごーーーーく気が重いと言っていたことがありました。高齢者でも人柄、行動に問題がある人、途方に暮れるような状況に置かれている人はいますけど、稼働年齢層だと、その比率がはるかに高いからです。ありていに言えば、生活保護法上の決まり(福祉事務所からの指示)を守らない守れない人が多いと。虐待が絡んでいたりしたら、もう最悪です。でも、いしだの場合は、そうではなかったようです。
2020.10.12
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先日、うちの子が17歳になったので、この曲を思い出してしまいました。"Volver a los 17" 「17歳に戻れたら」。歌はアルゼンチンとブラジルのそれぞれトップクラスの歌い手であるメルセデス・ソーサとミルトン・ナシメント。作者は、チリの偉大なフォルクロリス(フォルクローレ音楽家)ビオレータ・パラです。その最後のアルバムとなった、その名も「Las últimas composiciones(最後のアルバム)」に収録されている曲です。このレコードの発表は1966年11月、その3か月後に彼女は、自ら命を絶ってしまいます。ビオレータ・パラは1917年10月、チリ南部の町チジャン近くで生まれ、ほどなくチジャンに移ったようです。手元にあるビオレータ・パラの伝記「歌っておくれ、ビオレッタ-証言で綴るチリ・フォルクローレ歌手の生涯」(神泉社)によれば(同書には、おそらく証言者の記憶の曖昧さから、エピソードの日時があまり記載されていませんが)、ビオレータの父親は教員だったものの、彼女が幼い頃に政治的弾圧で職を追われ、その後は働かずに酒を飲んでギターを弾くばかりの生活で、数年後におそらく結核で亡くなっています。一家は極貧生活で、家族ぐるみで地元のサーカスに加入、ビオレータはそこで歌を披露したのが、音楽家としての経歴の始まりだったようです。ビオレータ・パラの17歳は1934年から5年にかけてということになりますが、その少し前に、大学生となって学生寮に入っていた一家の長男ニカノール・パラを頼って首都サンティアゴに出たようです。ニカノールは大学を出て教員となり、後年には詩人として名を成します。(余談ですが、彼は南米で最古の歴史があるチリ大学を出ています。この時代にそんな家庭環境からチリ大学に入るのだから、とてつもなく優秀な人物だったのでしょう)しかし妹ビオレータは、学業を放棄してしまい、姉イルダと二人で酒場で歌うドサ周り生活で生計を立てます。彼女は、南北に細長いチリ全土のドサ周り生活を通じて、膨大なチリの民謡を体得していき、やがてチリ・フォルクローレの生き字引となっていきます。しかし、その一方でビオレータの生涯は、後年、名を知られるようになってからも、とにかく「貧困」の二文字がずっとついて回る生活でした。本書のエピソードからも、とにかく気性のすさまじく激しい女性で、最初に読んだ時には「激しい人だな」としか分かりませんでしたが、今になって改めて考えてみると、どう見てもサイコパス、境界性人格障害か、それに類する精神疾患があったのだと思います。とにかく、溢れるばかりの才能と、おおよそ常識とはかけ離れた行動が同居していた人です。そのこともまた、貧困生活の一因となってしまったのでしょう。歴史に残る彼女の曲の多くは、「17歳に戻れたら」を含めて、前述の「最後のアルバム」に収録されています。ルンルンは北へ去った Run run se fue pa'l norte「ルンルン」とは、彼女の自殺の大きな原因となったと言われるスイス出身のケーナ奏者ヒルベルト・ファブレのこととされます。一時期同棲関係にありましたが、結局関係は破綻し、ファブレはチリの北隣、ボリビアに移り、ビオレータも彼を追ってボリビアに行ったものの、結局関係を取り戻すことはできなかったようです。天使のリン Rin del angelito「リン」というのはチリの民謡の一形式ですが、これは死んでしまったわが子をしのんで作った曲です。ただし、死んでしまったわが子というのは、実はまだ乳飲み子の時に、彼女に海外公演の話が舞い込んできて、それに舞い上がった彼女は、子どもを夫に押し付けて公演に行ってしまったのです。そして帰国したら子どもは亡くなっていた。今なら立派に幼児虐待です。そのことが原因でその夫とは離婚しています。人生よありがとう Gracias a la vida多分、ビオレータの代表曲を1曲挙げろと言われれば、この曲しかないだろうと思います。歌はやはりメルセデス・ソーサです。ではビオレータ・パラ自身の歌声詩人たちのクエッカ Cueca de los poetasクエッカは、以前にも紹介したことがありますが、ペルーのサマクエッカ(現在はマリネーラと呼ばれる)がボリビア、アルゼンチン、チリに伝播したもので、チリの国民的舞踊ともいわれます。そして、このレコードジャケットで彼女が手にしている楽器こそがチャランゴです。今でこそチャランゴはチリでも非常に一般的な楽器となっていますが、元々チャランゴはボリビアの楽器であり、ボリビアとチリは歴史的に関係がよくない(現在も正式な国交関係がない)ため、1960年代当時はチリではほとんど知られておらず、ビオレータがチャランゴをチリに紹介した、最初期の人物にあたるようです。オマケです。彼女の自殺の原因となったと言われるスイス出身のケーナ奏者ヒルベルト・ファブレ(フランス語圏出身なので、本来の読みは違うはずです、ジルベルト・ファーブルでしょうか)は、ボリビアに渡ったのち、現在ボリビア・フォルクローレの始祖と言われるグループ「ロス・ハイラス」のケーナ奏者として活躍しました。追いはぎのよそ者 Gringo bandoreroケーナ、ヒルベルト・ファブレ、ギター、アルフレド・ドミンゲス、歌エドガル・ヤヨ・ホフレ、そしてチャランゴが「チャランゴの神様」ことエルネスト・カブールもう一つおまけで、ビオレータ・パラの生涯は映画化されているようです。知りませんでした。未見です。Violeta se fue a los Cielos「ビオレータは天に去っていった」
2020.10.10
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トランプ氏が大統領執務室に戻る-コロナ症状なしと主治医トランプ米大統領は7日、ホワイトハウスの大統領執務室に戻り、新型コロナウイルス危機対応の経済対策に関する協議や最新のハリケーン情報について報告を受けた。これに先立ち、大統領の主治医はトランプ氏の新型コロナウイルス感染症の症状が出なくなってから24時間余りが経過したと説明した。トランプ氏は入院先で3日間コロナ治療を受けた後、5日に退院した。米疾病対策センターは軽度から中等度のコロナ患者について、最初の症状が現れてから最低10日間は隔離するよう勧告している。しかしトランプ氏は退院翌日の6日から、一部のスタッフの反対にもかかわらず執務室に戻ると主張していたという。事情に詳しい関係者1人によると、大統領と共に執務室に入っているのは、メドウズ大統領首席補佐官とソーシャルメディア担当ディレクターを務めるダン・スカビノ氏に限られている。大統領に近寄る人は完全な防護具を身に着けるという。---トランプ感染の報には、「ああ、やっぱり」と思いましたが、わずか3日で退院は仰天しました。実際の頃、退院時には階段を普通に歩いて登ったりしていたので、本人の症状はある程度軽快していたのだとは思います。ただ、入院中に一時かなり重篤化して酸素吸入を受けていたことが報じられています。現時点では症状が軽快していても、今後再び重篤化する可能性も否定しきれないようです。3日で退院も驚きましたが、その前のこの行動にも仰天しました。入院中のトランプ氏が「サプライズ外出」 車内から支持者に手を振る新型コロナウイルスに感染し、首都ワシントン近郊の陸軍病院に入院中のドナルド・トランプ米大統領が4日、突如、病院の外に姿を現した。マスク姿のトランプ氏は車内から、周辺に集った支持者に対して手を振り、拍手をして応えた。トランプ氏はツイッターに、「街頭にいる愛国者たちにちょっとしたサプライズをしたい」と投稿していた。---いやいや、もはや何でもありだなと思ってしまいます。絶句です。多くの医療関係者がこの行動を(3日で退院したことも)非難しています。密閉された車内で、さすがのマスク嫌いのトランプもマスクを着用しており、同乗者も防護服らしきものを着ていますが、よく見ると、顔は、マスクと、はっきりは分かりませんがおそらくゴーグルは着用しているようですが、それ以外の肌はむき出しに見えます。同乗者はおそらくこれから一定期間隔離生活に入らざるを得ないでしょうし、ことによるとその中から発症者も出るかもしれません。さすがにこの一連の行動によって、トランプの支持率は低下したようです。ただ、対立候補のバイデンに対するネガティブキャンペーンも熾烈を極め、コアなトランプ支持層は、さほど影響を受けていないようにも思えます。むしろ、トランプは熱心な支持者へのアピールとして、こういうことをやっているのでしょう。もちろん、コアな支持層だけを囲い込んでも選挙で勝てるものではないでしょう。ここまでのところ、支持率ではバイデンが一貫して優位に立っています。ただ、前回大統領選では、支持率では一貫してヒラリーが優位に立っていたのに、ふたを開けたらトランプの勝利だったことから、世論調査の信頼性、「トランプ支持」と公言することをためらい、口ではヒラリー支持あるいは支持なしと言いながらその実トランプに投票した「隠れトランプ支持者」の存在が取り沙汰されました。その前回の経緯から考えれば、もちろんバイデンが支持率で優位だからバイデンが勝つ、とはいえません。もっとも、前回と今回では状況は異なります。前回はトランプは共和党の中でさえ異端の存在で、ましてや米国全体の中では「キワモノ」的な扱いがありました。しかし今は、どんなに人物であろうと、とにかく大統領の地位にいます。共和党は、この4年間ですっかりトランプになびき、今はトランプが主流派で昔の主流派は少数派です。コアなトランプ支持者の存在も顕在化し、世論調査で「トランプ支持」と回答することへの心理的抵抗は、4年前よりはかなり減っているでしょう。もちろん、今もゼロではないだろうし、逆に、積極的に世論調査を妨害しようとウソの回答を行う者もいるでしょうから※、世論調査の結果が完全に正しいとも言い切れません。だから、どちらが勝つか私には分かりません。※日本においても、別に世論調査を妨害する意図ではないでしょうが、どこの党の支持者は選挙での投票先を答えない割合が比較的高い、ということが経験則的に知られており、だから各マスコミの当落予測も、アンケートは行うものの、それをそのままではなく様々に補正して使用されています。ただ、今回の選挙結果を左右するのは、ひょっとすると郵便投票かもしれません。今アメリカで大騒動の郵便投票を巡るバトルとは?「投票する権利を破壊」とテイラースウィフトもトランプ大統領を痛烈批判新型コロナへの感染対策として郵便投票を利用する有権者が急増すると見られていますが、両陣営及びその支持層の新型コロナに対する捉え方の深刻度の温度差から、もっぱらバイデンへの投票者で郵便投票利用者が多く、トランプ支持者には少ないことが推定されています。このため、トランプはことあるごとに郵便投票制度をやり玉に挙げ、ついには郵政公社長官に自身の支持者を送り込む挙に出て、以降郵便サービスを縮小しているというのです。トランプ自身がインタビューでそう公言している状態ですから、事態は相当深刻です。郵便システムという社会的インフラの根幹の一つを、選挙の都合で機能不全に追い込むとは、正気の沙汰とは思えませんが、これによって郵便投票が期日までに郵送されない、というような事態に至って、それによって当選者が定められた場合、これをまともな「民主選挙」と呼べるのかどうか、怪しい事態となります。当然、そんなことになれば民主党陣営が唯々諾々と従うはずもなく、死力を尽くして抵抗するでしょうから、米国の政治は大混乱に陥ることは確実です。そんな事態にはならないことを期待するしかありませんが、あり得ない未来図ではないところが恐ろしい、と言わざるを得ません。
2020.10.08
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主張】日本学術会議 人事を機に抜本改革せよ学問の自由の侵害には当たらない。科学者で構成する政府機関「日本学術会議」が推薦した新会員候補の一部について、政府が任命を見送った一件だ。~襟をただすべきは学術会議の方である。学術会議は平成29年、科学者は軍事的研究を行わないとする声明を出した。昭和25、42年の声明を継承したものだ。声明は、「軍事研究を行えば、政府による研究者の活動への介入が強まる懸念がある」などとしている。防衛省創設の研究助成制度も批判し、技術的優位を確保する日本の取り組みを阻害しかねない内容だ。声明の作成過程では、自衛隊の合憲性に疑義が出るなど、浮世離れした意見が続出した。欧米諸国のような先進民主主義国でも、防衛当局と産業界が協力して先端技術を開発するのは当たり前のことだ。軍事研究を行わないとする一方で、海外から集めた先端技術の軍事利用を図る中国から、多数の科学者を受け入れている事実には目を伏せたままだ。学術会議は、活動内容などを抜本的に改革すべきである。---産経の「主張」(社説)、予想通りの内容なので、大部分は内容を省略しましたが、現政権の代弁機関なので、現政権どうして学術会議会員候補の一部を任命しないという挙に出たのか、ある意味で分かりやすい解説になっています。つまり、学術会議が2017年に、科学者は軍事的研究を行わないとする声明を出したことが気に入らず、軍事研究に協力させるためにこういう圧力をかけた、ということなのでしょう。軍事的安全保障研究に関する声明学術会議が何を決議したにしても、民間企業は、発注を受ければ軍事(防衛)研究は行ってきたし、これからもするのでしょう。そこは止められないし、止める必要もないものと私は理解します。しかし、同声明がもっぱら念頭に置いているのは「大学等の研究機関における軍事的安全保障研究」です。大学は、研究機関であると同時に教育機関でもあります。自衛隊が違憲であるとか解散すべきであるとは私は思わないけれど、少なくとも教育機関が軍事(自衛隊)からお金をもらって研究を行うことは、きわめて慎重であるべきというのは当然のことだと私は思います。言うまでもなく、2017年の声明は無から生まれたものではなく、1950年と67年に出された声明を受け継ぐものです。1950年 声明「戦争を目的とする科学研究には絶対従わない決意の表明(声明)」日本学術会議は、1949年1月、その創立にあたって、これまで日本の科学者がとりきたった態度について強く反省するとともに、科学文化国家、世界平和の礎たらしめようとする固い決意を内外に表明した。われわれは、文化国家の建設者として、はたまた世界平和の使として、再び戦争の惨禍が到来せざるよう切望するとともに、さきの声明を実現し、科学者としての節操を守るためにも、戦争を目的とする科学の研究には、今後絶対に従わないというわれわれの固い決意を表明する。これは、明らかに憲法第9条の精神を科学の分野に反映させたものだと言えるでしょう。太平洋戦争敗戦から5年という時代背景を考えれば、科学者がこのような声明を発したのは当然のことであり、悲惨な戦争(それに協力してしまった科学者)に対する切実な反省の念に立脚していることは明らかです。それから70年も経ち、戦争の惨禍は遠い遠い時代の話になってしまったとはいえ、戦争が悲惨な被害をもたらすという事実には何ら変わりがありません。時代背景は変わったとはいえ、この当時の科学者の自責の念と決意は、普遍的な価値のあるものと思います。憲法第9条の存在がありながら、それを科学の分野に反映させる声明を学術会議という公的機関が発することは「怪しからん」という人たちは、もちろん憲法第9条も変えるべきだと言っているわけですが、憲法という本丸はなかなか変えられないから、こういう周辺部から攻め立てているのでしょう。その攻撃の仕方は、筋違いという観を抱かざるをえません。筋違いと言えば、そもそも、今回任命されなかった6人は、言うまでもなく2017年の声明とは無関係です。これから学術会議の会員になる(ことができなかった)人たちなのですから、当然です。声明に対して批判があるなら、それを言うのは良いでしょう(私は賛成しないけど)。しかし、2017年の声明がけしからんから任命拒否、というのは、江戸の敵を長崎で討っているとしか思えません。
2020.10.06
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9月の鳥写真 第2弾ですが、実は珍しい系の鳥はまったく撮影できていません。9月20日葛西臨海公園最近、いつ行ってもここにカワセミがいます。そして、カワセミがいるところ必ずカメラマンがいます。私が子どもの頃、カワセミは東京23区内からはほぼ姿を消し、「珍鳥」化していたのが、再び東京に姿を現し始めた、くらいの時期でした。今は、葛西臨海公園、明治神宮/代々木公園、新宿御苑、哲学堂公園、日比谷公園、東京港野鳥公園、石神井公園・・・・・・23区内でも水辺のある大きめの公園なら、ほぼどこにでもいる鳥になりました。ゴイサギの幼鳥(ホシゴイ)なんか、上目遣いでこっちを見ています。帰路に着こうとする直前、ゴミ箱の近くでハシブトカラスが何かを漁っていました。誰かが捨てたか落としたかした唐揚げです。私が近寄ると、「ボク、こんなものに興味ないもん」とでも言いたげに、ハシブトくんはいったん唐揚げから離れます。が、絶対そんなはずはあるまいと思い。いったん背を向けて視線を外してから再びハシブトの方を見直すとああ、やっぱり。しかも1個では飽き足らず2個目も行きます。ハグハグハグ人間が唐揚げを2個まとめて食べるのは結構大変ですが、鳥は一飲みですからね。この状態で飛び去って行きました。カラスが人間の捨てた(か落としたか)食べ物を漁っているのはあまり好ましい状況ではありませんが、ちょっとユーモラスだったので撮ってしまいました。9月27日、また葛西臨海公園コゲラ。言わずと知れた日本最小のキツツキです。これも、昔は東京の市街地にはいなかったと思いますが、やはり私が小学生の頃、明治神宮などで観察され始めたと記憶しています。カワセミと同様、完全な市街地にはおらず、大きな公園などでないといませんが、ともかく都内の公園ではまったく珍しい鳥ではなくなりました。コゲラ。9月の後半は、ヒタキ類の渡りを期待していたのですが、まったく遭遇できませんでした。
2020.10.04
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日本学術会議推薦の6人、任命されず 菅首相に任命権1日付で菅義偉首相に任命された日本学術会議の新しい会員について、同会議が推薦した候補者6人が含まれていないことが、会議関係者への取材で分かった。会員の任命は首相が行うが、同会議が推薦した候補者が任命されなかったのは初めて。任命されなかった学者からは「学問の自由への乱暴な介入だ」と批判が出ている。会議の会員は210人。任期は6年で3年ごとに半数が交代する。日本学術会議法によると、会員は会議が候補者を選考して首相に推薦し、推薦に基づいて首相が任命する。事務局によると、推薦した候補者が任命されなかった例は過去にないという。同会議は1日、新会員99人を発表した。複数の関係者によると、会議は8月末、政府に105人を推薦したが、うち6人が任命されなかった。事前に問い合わせたところ、政府からは「間違いや事務ミスではない」と返答があったという。任命されなかった大学教授の1人は、安保法制や共謀罪法に反対の立場をとってきた。今回の措置について「学問の自由を保障する憲法に違反する乱暴な介入だ」と批判した。一方、加藤勝信官房長官は1日の会見で「直ちに学問の自由の侵害ということにはつながらないと考えている」と述べた。---やはり菅内閣は第三次安倍内閣そのもの、と言うしかありません。日本学術会議は、「政府から独立して職務を行う「特別の機関」として設立され」たものです。(日本学術会議ホームページより)「政府から独立した立場」にもかかわらず、その会員の選考基準は学術的業績に基づくのではなく、政府に批判的ではないかどうか、ということになったら、もはやそれは「学術会議」ではなく「政府礼賛会議」でしかありません。位置付けとして、学術会議とは、政府の学術、文化的政策についてのチェック機関、第三者評価機関に相当するものと思いますが、チェック機関がチェック対象に対して批判的な視点を持たずに、いったい何をチェックできるのでしょうか。そして、そのような会議に何か意味があるのでしょうか。そもそも、学術会議が推薦した候補を任命しないということは、過去の国会答弁において明確に否定されています。菅総理による日本学術会議の委員の任命拒絶は違法の可能性参議院-文教委員会-8号 昭和58年5月12日政府委員(手塚康夫君) 前回の高木先生の御質問に対するお答えでも申し上げましたように、私どもは、実質的に総理大臣の任命で会員の任命を左右するということは考えておりません。確かに誤解を受けるのは、推薦制という言葉とそれから総理大臣の任命という言葉は結びついているものですから、中身をなかなか御理解できない方は、何か多数推薦されたうちから総理大臣がいい人を選ぶのじゃないか、そういう印象を与えているのじゃないかという感じが最近私もしてまいったのですが、仕組みをよく見ていただけばわかりますように、研連から出していただくのはちょうど二百十名ぴったりを出していただくということにしているわけでございます。それでそれを私の方に上げてまいりましたら、それを形式的に任命行為を行う。この点は、従来の場合には選挙によっていたために任命というのが必要がなかったのですが、こういう形の場合には形式的にはやむを得ません。そういうことで任命制を置いておりますが、これが実質的なものだというふうには私ども理解しておりません。粕谷照美君 たった一人の国立大学の学長とは違う、セットで二百十人だから、そのうちの一人はいけませんとか、二人はいけませんというようなことはないという説明になるのですか。セットで二百十人全部を任命するということになるのですか。説明員(高岡完治君) そういうことではございませんで、この条文の読み方といたしまして、推薦に基づいて、ぎりぎりした法解釈論として申し上げれば、その文言を解釈すれば、その中身が二百人であれ、あるいは一人であれ、形式的な任命行為になると、こういうことでございます。粕谷照美君 法解釈では絶対に大丈夫だと、こう理解してよろしゅうございますね。説明員(高岡完治君) 繰り返しになりますけれども、法律案審査の段階におきまして、内閣法制局の担当参事官と十分その点は私ども詰めたところでございます。 ---推薦された候補者から首相が気に入らない人物を排除して任命する行為は、この政府解釈と明らかに矛盾します。構図としては、今年はじめに黒川東京高検検事長の定年を延長したときと同じです。過去に国会答弁(検事長の定年延長に関しては答弁の予定原稿である想定問答)で明確に否定しているにもかかわらず、条文には明記されていないのを盾にとって強行してしまう、これを恣意的と呼ばずしてなんと呼ぶのでしょう。法律の条文には基本的なことしか書いておらず、具体的な解釈や運用までは書いていないことが多いのです。それだけに、法解釈を時の為政者の都合で勝手に変えれば、「なんでもあり」で法の規定が意味をなさなくなります。それでは法治国家とは言えません。もともと、安倍のえこひいき、恣意的行政運営、官僚に対する「忖度」の強要、それらを実務的に差配したのは菅官房長官ですから、本人が首相になって、その手口が変わるはずもありません。それにしても、検察にしても学術会議にしても、政府(首相の意向)からは独立していることが求められる組織の人事にまで介入して、意のままにしないと気が済まない、というわけです。ある友人がいみじくも言っていました。「器が小さい」と。まったくそのとおりだなと思います。それで、もしも野党が政権を取って、保守的思想の持ち主の学者を任命から外したりしたら、多分間違いなく怒り狂うんだと思いますよ、自分たちのやったことを棚に上げて。もちろん、現実の民主党政権は、そんなことはやりませんでしたけど。ほんと、主義主張は違っても、聞くべき意見は聞く、ということもできない、いや、しようとしない、まったく器の小さな政権です。
2020.10.02
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