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白だしが冷蔵庫にあるのを見逃さなかった僕。それなら、チカちゃんが送ってくれた新鮮な青森産ガーリックを使って白だしパスタを作ってみよう! と、急に思い立ったわけです。いわゆる スープスパゲティーみたいなものをイメージしながらタマネギとガーリックを薄く切り、一緒に炒めます。今日は二人分だけを作るので気が楽ですね。そうしてできあがったのがこちら・・・あっ、あれ?スープはどこへ?しまった、飛んじゃった・・・準備したスープ(白だし)が少な過ぎたのですが、途中から気分を変えて、和風スパゲティーにしました。いいの、これで。まあ、こんなことがよくあるので、平常心が大切です。でも、美味しいわ。ガーリックだな、やっぱり。
August 31, 2012

このユカリちゃん、めっちゃかわいい。感動やー!と書いた続きですが、今、少し遅い3時のおやつの時間を利用して、待ち受け画面をユカリちゃんに設定してみたのですが・・・・マモルしか見えへん。 アカンやん。 昨夜は 最終水曜日。大西ユカリショー。来年12月で 100回になります。この件は、また時間のあるときに 改めて。
August 30, 2012

> フレンチの奇才が ここにも。 と、前回 大絶賛したのは6月でした。そのフレンチレストランに再びやってきたのですが、これは8月初めの話です。こちらは「魚介類をフィーチャーした冷製トマトのスープ 夏野菜を添えて」と勝手に名付けた 夏のスターターにはもってこいの一品。一歩間違えば 各々の食材が喧嘩を始めそうな組み合わせなのですが、何食わぬ顔で、外連味のない味に仕上げています。「綺麗な味に仕上げましたねえ。」と言うと、「まあ、一応 プロなんで。」と、見た目は照れそうにもない感じの彼なのに いつも意外と控えめで、しかし、本当は かなり考え、試行錯誤をして一皿を作っているんです。これ、何だったかなあ?? メモなどを一切取らない性格なので、1ヶ月したらほとんど忘れています(食べた甲斐のない人間です)が、ナイフで 割って(切って)みると・・・その風貌と色艶からすれば「鴨のガランティーヌ」でしょうね。サラダ仕立ての側面もあって、野菜の上からは ヴィネグレット。皿の上には この店の定番、バジルソース。パテやテリーヌと違い、皮で包んで蒸し (煮) たものをガランティーヌと呼びますが、この店でファルスされた(詰められた)中身はとてもシンプルで、彩りとか見た目に惑わされ、余計な食材を入れてしまうシェフが多い中、そのような誘惑に負けない芯の強さを持ったシェフであります。ワインは ボルドーの中から お手頃なものを。そいえば、ちょうど今頃「改装中」かもしれません。グランメゾンは目指さず、もっと仕事がやりやすいような形態に店を変え、テーブルには クロスを敷いて、昼のメニューを改める。と話されていました。曰く、「固定化されたイメージを変えたい」と。1回目(試作)の改装図面を広げて見せてくれたのですが、まるで 子供が 大きなプラモデルをつくように、嬉しそうな表情をされていましたね。そして、メインは いつもの「豚足、フォアグラ、塩漬け豚肉のガレット」今回で4度目です。セルクル型で丸く仕上げたスペシャリテ。僕もこの1週間後に、真似て調理してみたのですが・・・ (つづく)
August 29, 2012

2006年撮影ノッティング・ヒル (Notting Hill) と言えば、ウエストロンドンのオシャレな高級住宅街で、「ノッティングヒルの恋人」が撮影された所としても有名ですが、ラドブローク・グローブ駅へ向かって歩いて行くと、アフリカ系・カリブ系合わせて約7%ほどの黒人が住む街 ポートベローに入りいます。 こちらは 僕がロンドンにいた 24年前の Noting Hill Carnival ですが、当時「ノッティングヒル カーニバルに行く」と言うと、世話になっていた家族に「危ないのでやめなさい。スリや、強盗に遭う。」と、本気で止められたものでした。怖さがわからないので、Brixton へも頻繁に出かけていたのですが、風貌が街に同化して、このあたりのアジア系住民と思われていたのか、怖い目に遭ったことはほとんどありませんでした。そんな日が、まるで昨日のようです。その ノッティングヒル カーニバルが 昨日も盛大に行われたようですね。最近 過去のカセットテープを少しずつ整理しているのですが、24年間にロンドンで 録音したRanking Miss P の Culture Rock (Radio1FM )を車で聞いています。あ〜、行きたいなあ。英ロンドン西部の高級住宅街ノッティングヒルで27日、欧州最大規模のストリートフェスティバル「ノッティングヒル・カーニバル」が最高潮を迎えた。このカーニバルは、カリブ諸島から移住してきた人々の祭りとして始まったが、1964年から大規模なものとなっている。 2日間行われた祭典の最終日は、雨もぱらつくあいにくの空模様だったが、ダンサーたちはきらびやかな衣装を身にまとい、ラテンのリズムに乗って情熱的な踊りを披露。見物客から大きな歓声を浴びていた。
August 28, 2012

取引先の ジュリーから 今朝メールが入ってきました。Koji,Look at what I cooked today for my daughters lunch at school. It is called "chicken puchero". Chicken is sautéed in garlic, onions, tomato sauce with potatotes, carrots, banana used for cooking (we call it saba), baguio beans, red pepper, cabbage and hotdog or chorizo garnishing. It is a complete meal and good to eat with very hot rice. I always cook early in the morning for our breakfast and my daughters' lunch at school. You can taste it next time you visit.なんて発音するんでしょう? プチェロ でいいのかな?Puchero で調べると、見つかりました。何でもネットで見つかルなんて すごいですね。なんて、おっさんみたいな言い方ですが、確かに・・・珍しいのは、バナナ(banana)を入れるという点です。どんな味がするのでしょうか。ちなみに、フィリピンと言うことで、本来は スペイン・アンダルシア地方の料理のようです。「今度来たときに食べさせてあげる。 You can taste it next time you visit.」と、まるで僕が ご飯につられて、注文書片手にのこのこと会いに行くような、そんな言い方ですが・・・あたってます。来月行こう。(Spanish meat and chickpea stew)Puchero is a meat and chickpea stew from the Andalusia region of Spain. Pork, sausages and often chicken are slow-simmered with hearty vegetables and garbanzo beans. Puchero was originally a wintertime peasant dish eaten over several days, first with rice, then with noodles, then with the remainder incorporated into other dishes.
August 27, 2012

僕は週に2〜3回、この「モーニング野菜バーガー」を食べるのですが、珈琲とセットで 360円という安さです。しかも、こちらの・・・「モス野菜バーガー オーロラソース仕立て」320円よりも軽く仕上がっているのが 好きですね。・・・と、こんなどうでもいい内容の話を6月末からず〜っと書きたくてしょうがなかったのですが、その モスバーガーのお手洗いに 「天使と悪魔は仲がいい、云々かんぬん・・・」という、まるで 相田みつを を真似たような、誰でも適当に書ける「言葉」が飾ってあるのですが、あろうことか、一国の総理が新首相になったとき、「どじょうがさ・・・」なんて、マジで 相田みつをの文を例に出したときにはモスバーガーのトイレを思い出して 腰が抜けそうでした。だめだこりゃ・・・ ってね。橋本市長のコスプレプレーよりも かっこわるいわ。その 官僚の操り総理 ですが、「ちかいうちに・・・」って言ったんだから早く解散してほしい。「政治空白を作るのは いいことではない・・・」なんていう逃げ口上を 多くの民主党議員はよく使うけど、今でも十分「空白」だよ。わからないのか、そんなことくらい。はあ・・・、相田さん、何か気の利いたこと言ってよ。
August 26, 2012

娘(僕にとっての姪)の出産予定日が 24日だったため、父(僕にとっての兄)の写真展へ行くことができなかった姪の圭子ですが、本日 25日、無事に男子誕生となりました。めっちゃ かわいいです。たまりません。早く孫がほしくなりますね。
August 25, 2012

〜 韓国ソウル旅行の話の途中ですが、〜一般のフィリピン人には なかなか日本入国のビザが下りず、日本に関しての情報は意外に持ち合わせてないものですから、サブカルチャーや日常の出来事も含め、日本文化を紹介する画像を送ってあげると、特に女性には喜んでくれます。というわけで、今日は、取引先の Julie に「セブンイレブンのお弁当」画像を送りました。コンビニ弁当は 塩・醤油辛く 僕は苦手なのですが、ここ2日ほど凝っています。前々回の出張の際、彼女が自宅でつくった料理をわざわざオフィスまで持ってきてくれたのですが、その時に パチンコの話をしたので、帰国してからパチンコ屋の店内の画像(無くしました)を送ったり、8月初旬の花火の写真や、最近は 淀屋橋(中之島)からの風景を送ったり、朝の大阪市内へ向かう通勤客の風景とか・・・これ、なんだかおかしいと思わない?と Julie に聞くと、1)みんな携帯を見てる(マニラでも同じ)2)女性ばかり(マニラにも同様の車両があるらしい)3)日本の女性はみんなスリム(確かに、フィリピン人は「チャビー」だ)と、ずばり正解でした。ちなみに、「チャビー」とは 小太り(で、かわいい)のことで、フィリピン人男性の多くは、スリムな女性よりも、チャビーを好みます。
August 24, 2012

upcycle (Upcycling) Upcycling is the process of converting waste materials or useless products into new materials or products of better quality or a higher environmental value.(ウィキの日本版「アップサイクル」はまだないようです)こちらの商品は、フィリピンの古民家等を解体した際に出る廃材( 主に、床材を中心に壁や屋根裏などだそうですが ) を再利用(リサイクル)しアップサイクル商品として生まれ変わらせたエコロジカルな商品。ちょっと良い写真が撮れたような気がして・・・
August 23, 2012

たった2泊の旅でしたが、妻と 大学・高校生の子供二人、それに母も同行した とても愉快で充実した3日間でした。このような機会を与えてくれた兄に対して素直に感謝です。それでは、最後の晩餐へと向かいましょう。仁寺洞のメイン通りから派生した素敵な路地を見つけました。雰囲気の良いレストランが並んでいますね。今でこそ 韓流ブームとかで、韓国料理もキムチやビビンバだけではなく、サムギョプサルやら、タッカルビやらと、日本に居ながらにして何でも食べることができるようになりましたが、一昔前、韓国にやってくる観光客が お目当てにする料理といえば「プルコギ」でした。そして、韓国の庶民が 気軽に一杯やるのは「ヤンニョムチキン」。大概はオモニが一人で切り盛りする小さな店で、有名なのは テキサスチキン だったかな。でも、今は めっきり少なくなりました。ところが「ヤンニョムチキン」のみならず、プルコギ(プルゴギと濁る表記もあります)の店までも少なくなり、今では ソウルやプサンでさえ、探すのが大変です。昔は流通も発達していなかったので、牛肉は薄めに切ってタレに漬け、そこそこ保存もできるようにしていたプルゴギが主流だったような気がします。今は 新鮮な牛肉が手に入るようになったので、高級な霜降り肉を その味がダイレクトに味わえる 網焼きにして食べるいわゆる「焼き肉」が一般化したのでしょう。なので、大阪の鶴橋でも プルコギよりは、肉の高級さを謳った専門店が人気です。専門ではないので "感" で言ってるだけですが。で、僕はといえば、昔懐かしい ブルゴギ が食べたいのです!!というわけで、ようやく 見つけました。本当に食べたい鉄板焼きではないけれど、まあ いいでしょう。店の構えは素敵です。そして、店内もこのように素敵です。そして待つこと 15分。来ました、まずは チジミです。みんなで つまみながら「プルゴギ石鍋」、「韓国式肋骨ステーキ」を待ちます。来ました、韓国式肋骨ステーキ です。肉の塊だった・・・なかなか 生々しいワイルドな味です。ブルゴギは まだでしょうか? なんて思っていたら・・・一気に食べてこの状態。なくなっちゃった。撮影の暇がありませんでした。これにて 最後の晩餐は、終了。ホテルに戻って荷造りをし、帰国です。韓国は楽しい。 カムサハムニダです。
August 22, 2012

>「味(あじ)そチゲ」、ではなくて「味噌チゲ」ですね。味噌の「噌」なんて字は韓国にはないですもんね。「やさいや にくなどのみそにこみ」今度は「みそ」とひらがなですが、「などの」っていう表現が可愛いです。次は笑えますよ。「あっしてかためるまえのみずけのおおいとうふ」 可愛い!ほぼ製法の説明になってますね。つまり、「圧して、固める前の、水気の多い、豆腐」圧して固めると「水気の少ない」とうふになるわけだ。どんなものだろう?「水気がなくなり」乾燥したら「高野豆腐」ですね。いずれにしても「水気の多い」という表現が最高です。次は シンプル。「めんたい、しるのみ」え〜! 汁だけですか? 具は? 明太子も汁だけですか? と聞きたくなる感じですが、写真を見ると本当に美味しそうですね。でもここは やめて、もう少し歩きましょう。
August 21, 2012

写真展を見終わったのですが、せっかくなので、国立民族博物館 の常設展も少し楽しみましょう。ということで、キムチコーナーなのですが、今回の食事では美味しいキムチを食べることができませんでした。若者、特に女性の間では口臭が気になるということでキムチ離れが進んでいると聞いたことがあります。また、寝かせる時間を惜しむのか 十分に発酵してなくて、美味しいキムチを日本で食べることが難しいというのに、ソウルでも見つけにくくなっています。たまたまかもしれませんが・・・その点、プサンはまだ良いですね。さて、さらに中へ進むと、朝鮮のお膳。こちらは筆をしたためる際の デスクといった感じですね。我が家にも 父が生前韓国から持ち帰った 食卓用の丸い十二角形の物がありますが、展示物はなかなか立派です。これも良いデザインですね。 こちらは衣類のコーナー。韓国のチマチョゴリといえば 我々には少しケバケバしい色に思えるのですが、古来はこのように淡くて落ち着いた色調だったようです。韓流映画やテレビを見ないので知らないのですが、時代劇なんかでは 綺麗な色使いなのでしょう。壁に吊されたかごも美しい。では、このあたりで外へ出てみましょう。画像では わかりにくいでしょうが、トーテンポールのようなものの一つには「天下大将軍」と書かれてあります。解説を読むのが怖いので見るだけで・・・館内を出た昼前には すでに玄関は人だかり。この後、5〜6分歩いて メインゲートまで。さらに壁伝いに10分歩いて「光化門」へと戻ります。これで「景福宮」とは "さよなら" 。ホテルに戻って インサドン へ行きましょう。
August 21, 2012

さらに進むと、小さなシアタールームがあります。5分ほどの上映内容ですが、42年間に渡って韓国を撮り続けてきた兄の軌跡(歩いてきた道)を振り返る企画です。こちらは チャガルチ市場のある港から山の斜面に立つ住宅を見据えた場所ですね。韓国の中で、僕はここ(チャガルチ市場)が一番好きな場所なのですが、その場所、つまり 当時兄が撮影したであろう場所を民族博物館の人たちと1年かけて再訪問したときの様子です。こちらは 学芸員の方でしょう。検証するために 手に持っているのは「KARABITO」展の際のカタログのようです。「KARABITO」展については、別の方が詳しく書いてくださっているので → そちら に譲ります。さらに進むと、今度は 小寺の中を再現したコーナーです。さすがに 国立博物館。アイデアと企画能力、そして 予算がありますね。中には 鐘の音が小さく鳴り響いていて 修行にやって来た雰囲気に浸ることができます。 親子で煩悩を振り払ってるのでしょうか?といった内容です。このほかにも、弟の僕でさえ知らなかったことや、初めて見る写真で一杯。冒頭に書いたように、韓国民族の歴史や良さを伝える展示内容ですので今までの写真展とは やや視点が異なり、とても興味深く仕上がっています。最後に 来館者の方々がスティックメモに感想を書いて貼って行かれます。この展覧会が終わる頃には メモで壁面が埋め尽くされることでしょう。10月18日まで開催しているそうなので、景福宮まで行かれたら 是非少し足を伸ばしてみてください。さあ、フライトまでにはまだ少し時間があるので、もう一度 明洞へ行って 今度こそ石焼きビビンバを食べよう!
August 21, 2012

中央ホールを右へ曲がると写真展の入り口になります。展示写真を 写真に撮ってもしょうがないので写真については HP でご覧ください。→ こちら です。 そこで 今日は、企画展示コーナーをご紹介したいのですが、その前に 今回の展覧会がどのような趣旨で開催されているかということの説明です。通常なら写真の芸術性を鑑賞するはずなのですが、こちらは「韓国国立民族博物館」であって、展示内容については、博物館の学芸員の方々が民族の歴史や、写真家である兄が いかなる経緯で 韓国をとり続けてきたかといったことも重要な要素となります。というわけで、まずは 藤本巧の名前の由来から始まります。こちらは 兄が生まれた際、父が兄に送った書籍で、「君の名は、浅川巧 が原典である。」と告げています。この浅川巧という人物については、WIKI よいりも今年6月に公開された 高橋判明監督の作品「白磁の人」に詳しく書かれていますので、 こちら をご覧ください。そして、ソウル市忘憂里(マンウリ)にある 浅川巧のお墓参りに父と兄が行った際の記念撮影の様子です。父は ちょうど今の僕くらいの年ですね。韓国の文化を守ってくれた人物・浅川巧との関係で兄を描いています。そして こちらの方が 美術評論家昔度輪先生からの手紙。僕も何度か日本でお目にかかっているはずですが、まだ小さかったため はっきりとした記憶にはなく、にこやかなんだけど、怒り出したかと思うと急に爆発する方で、僕の韓国人のイメージは 昔先生の影響が強いようです。さて、ここからは 少しずつ軽くなります。兄のパスポートが 年代順に何冊も飾られています。こんなに何度も韓国を訪れた日本人がいるのだという説明なのでしょう。見慣れた顔のはずですが・・・意外と ハンサムかもしれません。撮影の旅の記録の一つでしょう。娘・圭子に宛てた手紙です。このように書かれています。 ぜんりゃく、けいこちゃん ぱぱ は いま かんこくでこどもたちの しゃしんをとっています。まいにち、おりこうにしていますか、おねしょ、なおりましたか、ともちゃん・ゆかちゃん ばかりと あそばずあおきくんや ともくん とも なかよくしなさいよ。 あしたは そうる に いきます。とうきょう のように、たかいたてものやたくさんのひとがいて まちの みちにはいぬ の うんこでは なく き の はが おちています。としのいった おじさん おばさんが まいにちおおきな ほおきで そうじしていますが とっても とっても ユキ のようにつもります。いっそのこと そのままにしてこのは の うえで スキー をしたほうが たのしいと おもいましたけいこも そう おもうでしょ。 また てがみ かきます さようなら パパよりけいこちゃん へ娘の圭子(けいこ)は、写真展初日が ちょうど出産予定日になっていたため母親とともに日本に残っていました。韓国旅行を終えて帰国した 翌々日に 元気な男の子を出産しています。兄の初孫になります。また、同じような手紙を・・・ぜんりゃくおじいちゃん は いま・・・ って、書くのでしょうね。
August 21, 2012

>兄は、今から 43年前の1969年、>彼自身が19才の頃から韓国に渡り 当時の人や風景をカメラに収めてきました。という説明は、3年前に プサンにある 仁濟大学(Inje University)で開催された写真展「KARABITO」にも書いてありますので、→ こちら をご覧ください。さて、写真展の初日です。日本人が撮影してきた韓国の記録なんて 誰が見に来るんだろうか・・・?と思っていたのですが、開館直後から行列ができ、すぐに中央ホールは人だかり。観光のコースになっているようですね。韓国人が 自らの民族の歴史を学ぶだけではなく、この制服を見てもわかるように 日本の修学旅行生たちなのでしょう、団体で来館しているようでした。中国やタイからのお客さんも多いようです。さらに、こちらには かわいいお客様。何だかわかんないけど「 僕らの民族の歴史を見に来たよ。」って感じですね。このように 来館者は後を絶ちません。これは、写真展が単独で行われているのではなく、国立民族博物館自体に集客能力があるからで、キムチの歴史から住居の変遷に至るまで、建物の内外を含め、韓民族の歴史を大がかりな規模で楽しく展示してあります。常設展に来る人だけで、1日に 7,000人を超えるそうです。今年8月に発表された「世界の美術館&博物館の来館者数ランキング」では、パリの「ルーヴル美術館」が1位。2位は ニューヨークの「メトロポリタン美術館」で、ロンドンの「大英博物館」が3位と続きます。そして、日本最古の博物館である「東京国立博物館」が 22位なのにたいし、今回の会場である ソウルの「国立民族博物館」は 16位となっています。韓国の人口は 日本の約半分であることを考えると、如何に韓国の人は「民族」という概念を大切にしているかということがわかりますね。では、ふたたび 中を覗いてみましょう。 つづく
August 21, 2012

> 景福宮 から 国立民族博物館 へ の続きです。画像:韓国観光旅行ガイド ソウルナビ「国立民俗博物館」から上の画像は、韓国 国立民俗博物館中央ホールで、右奥の暗く見える入り口が 今回行われる予定の「藤本巧写真展」の会場です。テープカットは この前で行われます。式典の初めに 来賓の方々と館長さんのご挨拶があり、最後に兄の挨拶となります。写真には写っていない後方には多くの招待客の人たちが立って式典を見つめています。韓国は儒教の国なので、年配の方に前の席を譲っていくのです。そして、テープカットへ。一番左に写るのが 博物館の館長、そしてその横が 兄。一番右は 僕ですね。半分しか写ってないけど・・・さあ、ではさっそく 中に入りましょう。一言、「 広い。」学芸員の方が 写真が撮影された時代背景と民族の歴史を交えて説明をしてくださるのですが、参加者が多すぎて我々家族はついて行けません。また、この後 すぐにパーティーになるようで、我々はセンターホールへと呼び戻されます。こちらがパーティーの様子ですね。立食のビュッフェスタイルで、乾杯の後に始まりました。こちらは 花や記念品をいただいた兄に設けられた特別な席ですね。その一つに かわいい 盛りつけがあったので撮影しています。こうやって改めて眺めると、韓国っぽいですね。4時から始まった式典ですが、終わる6時頃にはお腹いっぱい。この後 再び館長室でお茶をいただきながら歓談。そして、本日の行事は すべて終了です。今 日韓の間では、一つの島を巡りもめている最中ですが、韓国の歴史を撮り続けてきた「島根県」出身の日本人である兄と、その家族である我々には最上級のもてなしで、こうした民間レベルの交流ではとても仲の良い両国に思われます。そこで、色々と親切にしてくださった方々のお礼に、韓国語で「韓流婦人拳」をリリースした 大西ユカリさんの CD をプレゼント。このアルバムの詳細は こちら です。写真展は 明日の初日に改めて来館し、ゆっくりと見る予定です。
August 21, 2012

景福宮の「光化門」をくぐると、興礼門が見えます。今日は あいにくの雨ですが、衛兵交代の儀式も見ず、左の門から外に出て、直接 国立民族博物館 へと向かいます。こちらは正門ですが、明日からの写真展を控えて 今日は休館日となっています。横には 大きなポスターがあって、なんとなく、写真展であることが伝わってきます。ぽっか〜ん ですね。では、除幕式の開かれる館内へ入りましょう。ところが、博物館までが さらに長いんです。故宮内にもポスター(垂れ幕)が 随所にあって気持ちが高ぶります。実の兄ですからね。で、ようやく石畳のある博物館前にやってきました。左右に見える建屋の両方ともが 博物館になります。民族博物館ですので、韓国の歴史的な流れや伝統的な生活様式など具体的な要素がくわしく説明・展示されていて、見応え十分な内容になっています。僕は キムチ のところで見入ってしまいましたけど。
August 21, 2012

ソウルの街が綺麗に近代化したとは言え、やっぱり おばちゃんがいいね。何といっても派手だ。一瞬、鶴橋に戻ったのかと勘違いします。(するわけないって・・・)さて、地下鉄「明洞駅」を地上に出ると、ユニクロ が現れるのですが、ここは 紛れもない韓国ソウルの明洞です。その並びには、まだ大阪にはない(2013年春に道頓堀にオープン予定の)FOREVER 21。母と娘が入りたいというので少し中で休憩です。母は おなかを壊してトイレへ行きたいらしく、娘は もちろんお買い物ですが、節約家の二人は何も買わず、トイレを利用しただけ。賑やかな 明洞ですが、20年前と あまり変わっていないような気がします。さて、買い物なんかより、石焼きビビンバを食べに行きましょう。 明洞の大通りを少し外れたこの路地の奥が「全州中央会館」。わかりにくい場所にあるのですが、路地の前に「石焼きビビンバ」と書かれた たすき掛けのおじさんが立っているので見逃すことはありません。この店は、ガイドブックのトップを飾るほど有名な 石焼きビビンバの店で、うわ〜、強烈に旨そうですね。そして、品良く眺めていると、お決まりの オモニが「アニアニー!」とやってきて、グルグルにかき回してくれます。ほらね。それと、石焼きビビンバに負けず劣らず、冷麺が美味しい。左の冷麺が何だっけ? ガイドブックを見ないと思い出せないのですが、茶そばのような冷麺です。水(ムル)系ですね。これには お酢をたっぷりと入れていただきます。 旨い!さらに、輪をかけて美味しいのが、コチュジャンの冷麺。たまりません。僕は、今回のソウル旅行のすべての食事の中で この冷麺が一番美味しかったですね。そして、このように・・・グルグルに掻き回されて、真っ赤っか。ごちそうさまでした。ほんとに、上手いわ。さて、2時を少し過ぎたところなので、そろそろホテルに戻って正装に着替え、明日の写真展 初日の前の除幕式(パーティー)に急ぎましょう。
August 21, 2012

ホテル1階に小さなカフェがあるのですが、そのテラス席で、母と娘(孫)がなかよく チキン・テリヤキ・サンドを食べています。この席とその周辺には お隣のサムスンの社員らしき人たちが頭(アイデア)のリフレッシュを兼ねて常に休憩されているようです。カフェの店内には 本棚もあって、なかなか いい雰囲気。その中に、「ケーキ作りの本」があったので覗いてみたのですが、ああ、やっぱりね・・・・思ったとおり、使用されている ケーキプレートは 1990年頃に作られた エムの代表作「ガディプレート」でした。まあ、他にも色々と思うところのある本棚ですが、この件は また後日にでも。
August 20, 2012

韓国・ソウルは 梅雨に入ったようで、少しですが 毎日雨が降っています。まだ飲み足りない僕は 雨の中を歩いてバーを探したのですが見つからず、しょうがないので ホテルに戻り、1階のイタリアレストランでビールを少し。それにしても ソウルは変わりましたね。初めてこの地を踏んだのは28年ほど前なのですが、キムチとプルコギに飽きたので「パスタが食べたい。」と取引先のベエさんに わがままを言って ソウルの中心部にあるオフィス街のレストランへ連れて行ってもらったのですが、出てきたトマトベースのパスタは、日本の「喫茶と軽食」の店などで見かけたことのあるブヨブヨにのびた「ナポリタン」風のもの。4年前でも ケーキ屋で売られているのはケバケバしい チクロが入っていそうなものでしたが、今はこの画像のイタリアンのように とてもおしゃれです。隣が SAMSUN(の何らかの部門)の大きなビルなので、社員が遅くまで仕事をした後、一杯飲みに来るのでしょう。ところが、この変化したソウルの街を歩いていると、心なしか落ち着きません。数年前、上海の街を歩いたときと同じような気がします。メディアでは 韓国社会の歪みが報じられていますが、この国の明と暗の落差が 僕に違和感を感じさせるのでしょう。1年半前のプサン旅行の際には、日本の衰退を、韓国を通してしつこく書いたのですが、今は逆に、韓国自体が ターニングポイントにさしかかったといった感じで、この1〜2年で 歪みが限界に達するような気がします。
August 20, 2012

初日は 兄の案内でホテル近くで夕飯です。僕は プルコギ(韓国式スキヤキ風焼き肉)を食べたかったのですが、妻の「サムギョプサルを食べたい!」という鶴の一声で、ガイドブックに載っていない地元の人が行く店へ。これです。品良く焼いてると、「アニアニー(ちゃうちゃう)」と店主がやって来て、ガバガバと大胆に肉を乗せ始め、鉄板の上は一気に肉だらけ。それから、牛骨のスープ(だったかな?)が運ばれて来て、〆に、ビビンバ。ところが、韓国料理は詳しくないものだから、運ばれて来たのは 期待したものではなく、日本では既に禁止されている生肉。そうか、皆がよく食べているのは「石焼ビビンバ」というやつだった。お腹をこわさないだろうか・・・眺めていると、また店主(2代目)がやって来て、どばっと ご飯を入れたかと思うと、グリグリとかき混ぜてくれて 出来上がり。普段は綺麗に食べるほうですが、食べ終わりはこのように。ごちそうさまでした〜。カムサハムニダ。
August 20, 2012

ホテルの後方が 仁寺洞(インサドン)地区になるのですが、こちらはギャラリー、レストラン等が立ち並ぶとても素敵な地域です。伝統工芸の店だけではなく、雑貨店も多く、学校を改装したようなショップが入るショッピングエリアも素敵です。スターバックスがホテルの1階に入っていたのですが、移転したようなので、ホテルの前にいた警備のお兄さんに聞くと、申し訳なさそうに「いや〜、知りません。」みたいなことをハングルで答えてくれました。この周辺の警備をしているわりには詳しくないんだと思ったら、同じ制服の警備員さんがいっぱいいて、よく見ると、「日本大使館」です。ホテルの前に 日本大使館があるということは、日本大使館は「景福宮」の近くであり、「青瓦台」(大統領府)の近くでもあって、ということは・・・このお兄ちゃんたち、あっ、大使館を警護している警察だあ。気軽に話しかけたけど、そりゃ、スタバがどこにあるかなんて知らないよね。こりゃまた、失礼致しました。
August 20, 2012

韓国は1年半ぶりで、ソウルは4年ぶりなのですが、金浦空港は 十数年ぶりで、以前の記憶はほとんどありません。お昼ご飯でも食べれば思い出すかな?というわけで、この時期の ランチとなれば 冷麺でしょう。それと、おでん(おでんは韓国で使われている日本語)うどん。大阪のフレンチ、ラ・べカス では「おでんカレー」を通信販売していますが、こちらでは、うどんの具が「おでん」です。それに、手羽先の辛い味付けのもの。と、食べたのですが・・・だめだ、過去の記憶が蘇ってきませんでした。当たり前田のクラッカーか・・・
August 20, 2012
アップル裸に…サムスンが法廷で引き出した「真実」 2012/8/27 7:00 日本経済新聞 電子版* この記事は会員限定のため、登録が必要です。米アップルと韓国サムスン電子がスマートフォン(高機能携帯電話=スマホ)などの特許やデザインを巡って争った訴訟で、米カリフォルニア北部地区連邦裁判所の陪審が24日、サムスンがアップルの一部特許を侵害したとの評決を言い渡した。ひとまず軍配はアップル側に上がったが、サムスンが一方的に打撃を受けたと断じるのはまだ早い。斬新な商品で市場を切り開く「パイオニア(開拓者)」アップルと、その影を踏み外すまいと猛追する「フォロワー(追随者)」のサムスン。両社は裁判で一歩も譲らず、ベールに包まれたアップルの裏側もさらけ出された。世界のスマートフォン(高機能携帯電話=スマホ)市場で半分以上のシェアを分け合う「IT(情報技術)2強」は今回の法廷闘争で互いに何を得て、何を失ったのか。路面電車が走り抜け、近くの空港に降りる飛行機が真上をかすめるカリフォルニア州サンノゼ市、南1番街280番地。街路樹が並ぶ通りに面したロバート・F・ペッカム連邦ビルの5階で、世界が注目する「世紀の特許訴訟」は21日に結審、24日に評決が下った。7月30日に10人の陪審員(その後1人減って9人に)を選んで始まった裁判の評決ではアップルの損害を10億5000万ドルと認定、サムスンに支払いを命じた。これを踏まえて判事が製品販売の差し止めも含めた最終的な判決を下す。特許を侵害した製品の米国内での販売が差し止められる可能性が高まっている。■特許訴訟、2つの争点スマホ市場をけん引してきたアップルが、急成長するサムスンを「iPhone(アイフォーン)をコピーした」と訴えた今回の訴訟の争点は、大きく2つあった。まずアップルが主張する知財権は、果たして本当にアップルのものかというのが第1点。2点目はサムスンが、アップルの製品を本当にコピーしたかどうかだ。「サムスン側弁護団の処罰と、アップル勝訴を即時認める判決を求める!」法廷は本格審理に入る前からヒートアップした。公判2日目の7月31日、アップルの弁護団はサムスンが米メディアの一部に開示した「証拠」に激怒した。サムスン側が法廷に提出し、担当するルーシー・H・コー判事が却下したはずの情報が新聞などに載ったからだ。問題の「証拠」には、アップルのデザイン部門トップ、ジョナサン・アイブ氏が、松下電器産業(現パナソニック)出身でアップル入りした日本人デザイナー、西堀晋氏に「ソニーが『iPhone』を作るとしたら、どうなるか見せてくれ」と言って作らせたとされるデザイン写真などが含まれていた。サムスンはこれをもとに「iPhoneがソニー製品のデザインの影響を受けている」と法廷で主張し、アップル製品が独自性にあふれているとは必ずしも言えないことを論証するつもりだった。サムスン自身は審理のなかで「iPhoneの成功に刺激されて、スマホを開発した」と打ち明けたうえで、「アップルもソニーの影響を受けていた」と実際に指摘した。他社製品を参考にしたという意味では、アップルもサムスンと大差がないというわけだ。「サムスン側の対応で、裁判の手続きや公平性が損なわれた」。アップル側はこう主張したが、判事は要求を却下。サムスンが求める正式な証拠としての採用も退けたうえで、ようやく本格的な審理が始まった。その後の審理でも、両弁護団は一歩も引かず、互いに異議申し立て書を連発した。たまりかねたコー判事は双方を「非常識だ」と批判。「弁護士の話はもう結構。(証拠となる)紙を出しなさい」と一喝する場面もあった。証人が立つ段階に入ると、法廷内の熱気は一段と高まった。アップル側の証人として大物幹部が次々に登場したからだ。これまで公になることがなかったiPhone開発の舞台裏や、アップルCEO(最高経営責任者)だった故スティーブ・ジョブズ氏の肉声が次々と明かされた。「第1のおきては『この開発チームのことを決して口外しないこと』。向こう数年間は夜や週末も犠牲になるだろうとメンバーに通告した」。iPhone開発を主導したスコット・フォーストール上級副社長は8月3日、こう証言した。同氏は現在、iPhoneやタブレット(多機能携帯端末)「iPad」を動かす基本ソフト「iOS」の担当部門トップをつとめ、ジョブズ時代から製品発表のステージに立ってきたスター幹部の筆頭格だ。「携帯電話のソフトを作ってほしい。だが、社外から人を集めるのはダメだ」。2004年、ジョブズ氏は「iOS」の開発をフォーストール氏に委ねる際、こうクギを刺したという。「プロジェクト・パープル」と名付けられた「iPhone」開発プロジェクトはジョブズ氏の意向を踏まえ、職場に監視カメラを設置。チームのメンバーでさえ入室に5回も6回も機械にカードを通さなければならないほど、セキュリティーを厳しくした。メンバーが夜な夜な殴り合う秘密クラブを描いた人気映画になぞらえて、入り口には「ファイト・クラブ」の表札がかかった。ジョブズ氏は徹底した秘密主義のもとで携帯端末を開発し、世間を驚かせようとしていたわけだ。iPhoneやiPadにコンセプトや外観が似た商品をサムスンが発売するのを見て、「コピーキャット」と罵った理由を陪審員たちも理解したはずだ。■「ジョブズ神話」崩す法廷戦術しかし、サムスン側はすかさず反撃に出る。インターネット分野担当のアップル上級副社長、エディー・キュー氏がかつて送ったメールを入手し、証拠として提出したのだ。オリジナリティーを主張するアップルとしては、世間にさらしたくない内容がそこには書かれていた。「サムスンのタブレットを使ってみて、7型の需要はあると思った。我々(アップル)も7型を作るべきだ。スティーブにも何度も話をして、彼も前向きだった」画面サイズが7型前後の小型のタブレットはジョブズ氏が「DOA(病院到着時に死亡した状態)だ」と酷評したことになっている。だが、今回発覚したメールによって、現状の9.7型iPadより一回り小さなモデルが近いうちに加わるという噂が、にわかに信ぴょう性を帯びてきた。アップルは7型投入計画の有無について沈黙を守っている。ただ、法廷内ではそうはいかない。問題のメールを受信した一人、フォーストール氏は証言を求められ、「(送り主の)キュー氏がある時期、サムスンのタブレットを使っていたことは事実だ」と認めざるをえなかった。アップルはしたたかなサムスン側が掘り出した一通のメールで、故ジョブズ氏がもっとも外部に漏れるのを嫌っていた製品戦略を巡るヒントを引き出された格好だ。「実は、自動車の生産を検討していました」。何の弾みか、3日に出廷したマーケティング担当のフィル・シラー上級副社長も、アップルの事業戦略に関わる驚くべき証言をした。「携帯プレーヤー『iPod』の成功で新しい分野に挑戦する機運が高まり、車を作ろう、カメラを作ろう、となった」。アップルの取締役を務める米衣料品大手Jクルーのミラード・ドレクスラー会長はイベントで「スティーブ(・ジョブズ氏)の夢は『iCar(アイカー)を作ることだった』」と話したことがあるが、それは本当だったのだ。 続く
August 19, 2012
続きサムスン側弁護団は、執拗にアップルの秘密を暴き、独自性や先進性に彩られたジョブズ神話に疑義を投げかける法廷戦術を続ける。ソニーに続く攻撃の材料に使われたのは、三菱電機だった。8月13日から始まったサムスン側弁論。アップルがiPhoneなどの画面を操作する革新的な技術としてアピールした「マルチタッチ」について、サムスンは「三菱電機が先に開発したものだ」と主張した。サムスン側は三菱電機の北米開発拠点「MERL」(マサチューセッツ州)が2001年に開発した「ダイヤモンド・タッチ」技術に関わった担当者を証言台に立たせた。「ダイヤモンド・タッチ」は、テーブル状の画面の上で、ペンやキーボードを使わずに指で直接、文字や線を書いたり、2本の指で表示しているものを拡大したりできる。試作機を大学や研究機関に公開し、販売もしたという。担当者は「2003年にアップル本社でも『ダイヤモンド・タッチ』を説明した」と証言。これを受けてアップルは質問にまわり、三菱がアップル本社に当時持ち込んだ「ダイヤモンド・タッチ」に、画面に表示されたものを指で拡大する機能があったかどうか疑問が残ると強調した。ただ、iPhone開発が04年に始まったことを考えると、三菱の技術をアップルが取り込んだかもしれないという印象を陪審員らが持った可能性もある。法廷で繰り広げられた激しい応酬を受け、コー判事は15日、アップルとサムスン双方の弁護士に語りかけた。「今が和解の時です」。この裁判の結果が「両社にリスクをもたらす可能性がある」と考えた判事は、陪審員が評決を下す前に、和解の可能性を探るよう提案したのだ。両社はすでに公判前に2回にわたって首脳同士が会談。判事の勧告により電話でも協議したが、結局折り合えなかった。「つぶしてやる」。アップルを対サムスン訴訟に駆り立てたのは、生前のジョブズ氏が07年以来、抱き続けていた「怒り」だった。この年の11月、米グーグルが携帯電話用の無償OS「アンドロイド」を発表。ジョブズ氏は盟友と信じてグーグルのエリック・シュミット会長(当時CEO)を社外取締役に受け入れていただけに「裏切られた」と強く悔やんだ。彼の強烈な怒りの矛先は最終的に、アンドロイドを搭載したスマホを売り出したサムスンにも向けられたのだ。しかし、李健熙(イ・ゴンヒ)会長という老練なカリスマが率いるサムスン電子は、ジョブズの怒りを受け止め、自社のエネルギーに変えようとする、しぶとい集団だった。「かえって我々の宣伝になるんじゃないですか」。11年4月。アップルから提訴された2週間後、サムスン電子の役員は笑顔を見せた。あちこちの事業部からも同じような趣旨の発言が漏れ伝わってくる。サムスンと取引がある日本メーカーの幹部は当時、「天下のアップルに訴えられて、そんな余裕を持てるはずないだろう」と耳を疑った。しかし、サムスンは巨大な競争相手にもたじろがない。背景には、多くの主力事業を米国や日本メーカーの後追いで育て、成功につなげたことから来る信念がある。「我々は得意分野に資源を集中して世界市場を狙うファストフォロワー(迅速な追随者)だった」。半導体や液晶パネルを草創期から育て、CEOも務めた李潤雨(イ・ユンウ)常任顧問はこう言ったことがある。サムスンは三洋電機や日本電気(NEC)との合弁を通じて技術を導入し、東芝からはNAND型フラッシュメモリーの技術開示を受けた。薄型テレビやパネルも日本勢より後発だが、今や世界最大手にのし上がった。たとえライバル企業の商品でも、優れていれば「良いモノは良い」と素早く割り切り、直ちに開発に取りかかる。後発事業を短期間で離陸させ、あっという間にシェアを奪うスピードを支えるのは、内部に強い電子部品部門を抱える事業の構造だ。工場などの資産を持たないアップルは4~6月期に純利益が88億2400万ドル(約6900億円)となり、両社の収益力の差はいまだ大きい。だが、サムスンには内製部品を使い、アップルの端末更新の間隙を突く形で新モデルを次々に投入するスピード感がある。たとえばスマホの「ギャラクシー」では消費者の目に直接触れ、特徴としてアピールしやすいパネルに、いち早く有機EL(エレクトロ・ルミネッセンス)を搭載。パネルの大きさも機種を追うごとに大型化し、一貫して3.5型のiPhoneとの違いを打ち出した。サムスンは2010年6月に「ギャラクシーS」でスマホに本格参入。今年5月に投入した「ギャラクシーS3」は4.8型の大画面が売りで、2カ月で1000万台を売るヒット商品となった。本格参入からたった2年だが、世界販売台数では4~6月期まで2四半期連続でアップルを抑え、首位に立っている。スマホのマーケティングを担当する李英熙(イ・ヨンヒ)専務は「素早く意思決定し、(発売の)最後の瞬間に至るまで仕様を変更する大胆さ」で勝負をかけるという。アップルに販売台数で追いついたことで、サムスンはたとえ後発でもやり方次第で互角に戦えるという自信をいっそう深めた。12年4~6月期の連結営業利益は前年同期比79%増の6兆7241億ウォン(約4600億円)と四半期ベースの過去最高を更新。スマホをけん引役としてIT機器部門だけで4兆1900億ウォンと全体の6割を稼ぎだす。こうなると、アップルとしてもサムスンを「模倣者」と呼び続けるだけでは済まなくなる。サムスンは純然たる脅威であり、法廷闘争のみならず、商品開発でも全力で対抗していく必要がある。9月とされる次期iPhoneの発表が、アップルにとってきわめて重要な節目となる。今回の米国裁判の評決は、サムスンに多額の損賠賠償を要求。ダメージとなったのは確かだ。だが、対象は旧型製品。販売が差し止められれば、一部の在庫がたまる事態は避けられないが、致命傷とはならない見通しだ。むしろ、法廷での厳しいやり取りが毎日のように報道された結果、サムスンの知名度は世界的に上昇した。「アップルと対峙して競争する存在」であるという印象が世界中の消費者に植え付けられた点は見逃せない。通常の感覚なら、巨人アップルと法廷で争うには相応の覚悟が必要になる。しかし、自らを「追随者」と認め、ユーザーもそう見なしているサムスンが法廷対決を避ける理由は乏しかった。たとえ「コピーキャット」呼ばわりされても、真に受ける必要はない。「失うものがない」のがサムスンの強みだ。法廷では「オリジナリティー」や「先進性」というアップルのイメージを揺さぶる一点に注力。細かな証拠や証人を並べ立ててアップルにしたたかに立ち回った。その結果、ベールに包まれていたアップルの商品戦略や、サムスンの商品をジョブズ氏らが意識している様子など、重要な「秘密」を引き出すことに成功した。アップルの幹部も次々に登場した法廷は、サムスンにとって最大のライバルの力量を肌身で確かめる貴重な場にもなったはずだ。かたや、アップルは暴露合戦に持ち込むサムスン側のペースに引きずり込まれた印象が否めない。アップル関係者からは「スティーブが生きていたら、こんな状況は望まなかったはずだ」との怨嗟(えんさ)の声もあがる。「争ったのは賠償金の額や特許の問題ではなく、価値観だ。盗むことは許されない」。24日の評決後、アップルは様々なリスクを承知であえてサムスンとの法廷闘争に打って出た狙いを声明で改めて訴えた。対するサムスンは「この評決はアップルの勝利ではない。米国の消費者の損失だ」とコメントした。依然としてカリスマが君臨するサムスンは、今後も「ファストフォロワー」として絶妙な距離感でアップルの動向を追いかける。他方、ジョブズ氏亡き後に時価総額で世界トップに上り詰めたアップルは、チームワークでサムスンの挑戦を受けて立つ立場になった。あまりにも対照的な立場にあるIT2強が折り合えるはずはなく、法廷と市場で二正面作戦が今後も続くことになる。(ソウル=尾島島雄、シリコンバレー=岡田信行)
August 19, 2012

スターバックスコーヒー 神戸西舞子店で 明石海峡大橋を眺めながらゆっくりと時間を過ごしたあとは、お腹がすいた。普通のファミレスで、当たり前のハンバーグランチ。この店「ココス」で使用されている照明ですが、当社の製品が使用されています。少し古い照明器具ですが、セード(傘)の淵にポイントで使われている ホワイトゴールドの部品がそれ。これは、PVC(塩ビ)190ミクロンのベースの上に、アルミ蒸着PET 12ミクロンをラミネートしたテープで、さらにそのテープを プロファイル(押し出し)製品に自着させた後、リング状態になるよう両端を溶着し、更にゴールドテープで溶着部分を隠して出来上がり。現在、このテープは当社の市場シェアが 100% ですので、すべて 当社の製品となります。パパ、どんな仕事をしてるの? と、子供がまだ小さい時によく聞かれたのですが、本社(化成品部)では、このような説明しにくい製品を作っています。
August 18, 2012

昨夜の「報道ステーション」には 驚いた。というより、耳を疑った。とんでもないことを 恥も外聞も無く垂れ流す番組というのがこの番組に対する僕個人の認識なのですが、出演していた 高橋源一郎 という人の無責任な発言には 顎が外れました。曰く、「沖縄県が独立して琉球王国にもどれば、尖閣はもともと琉球王国の一部だから琉球領でいい。」よくもまあ こんな無責任なことをテレビで言うもんだ。中国は 日本の領土である尖閣諸島に上陸しているんですよ。問題がこじれそうなので、琉球を独立させてトラブルの原因を沖縄県に振ってしまおうという訳です。恐ろしい。要は「沖縄県民を見捨ててしまえ」と言ってるようなもので、それに対して、司会者の男性も「そうですよね〜。」だって。外れた顎を元に戻すのに5分かかったわ。今こうして書いていて、また怒りが込み上げて来た。沖縄県が琉球王国として独立することの議論を否定する気はないですが、今そのような事態になれば(なる訳ないけど)中国政府はどのような行動に出てくるかくらい わからないのだろうか?チベット・ウイグル等に住む人たちが、今も進行形で受けている迫害を(ニュースで見聞きする範囲だけでも)見れば一目瞭然ではないか。今すぐあり得る話でないにしても、この高橋という人物は、沖縄県民も、チベットの人たちと同じようになってもいいんじゃないかと言っている訳です。独立するということは、現在沖縄にある米軍基地は日本本土に移転しなければなりません。そうなれば、琉球王国はアメリカとの同盟を新たに組みなおすか、中国からの侵略に対しては 自国の軍隊を持って防衛にあたらなければならなりません。道州制に移行し、沖縄道として日本の中央官僚からの呪縛を解き、自主的発展の道を目指すのというのであれば話はわかるのですが、「面倒な問題なので、いっそのこと沖縄は独立してもらって・・・」なんて、この人って一体誰なんだ? 今後 沖縄の地は踏めないですね。この発言、もっとニュースになってもいいと思うんだけど。ダメだ、まだ腹が立ってきた。
August 17, 2012

このユカリちゃん、めっちゃかわいい。感動やー!というわけで、久しぶりのユカリちゃんの話です。ユカリのあ〜せやせや。 イルグガ〜 (08.14 Tuesday) からの引用です。せやから、私は私の考えがあっても「言えへん派」 や。でも今日はちょいと言おう。っていうか書こう。国それぞれ、歴史の事とかの刷り込まれ方も違うんや から考え方も違って当たり前田のクラッカーやしなあ。かというて、考え方、指針を持つという事も大事やか ら、何でもエエんと違て、それぞれあってエエと思うね や。韓国で、知らん韓国のオッサンが『独島はワシらのもんじゃ』言うて絡まれた時、友達の韓国のヤングマンがかばってくれた事もあっ た。こーゆー記事見るとなー。韓国ドラマ見てもオモロなくなるやんか。どないしてくれんねん、イルグガ〜〜〜!!まあ、エエように解釈したら、考えるきっかけを貰っ た。韓流婦人たちも、考えるときが来たんかなあ。という訳で、みんな頭をかかえています。明々後日から、韓国の「景福宮」内にある「国立民俗博物館」で兄の写真展が開催されます。その開催パーティーに出席する為、家族5名でソウル行く予定なのですが、その前に、こんなんやめてよ。って言いたい。泣きそうになります。というのも、1年前にも開催の予定があったのですが、反日感情が高まったため中止になっています。こちらは 博物館の方が作ってくれた CG だそうですが、無事に開催されるのでしょうか。
August 17, 2012

左手に フィッシュダンスホール が見えます。すっかり以前の輝きを失って、今は Cafe Fish と言うそうです。若宮で高速を降り、須磨海岸の前をのろのろ運転で通り過ぎ、ランチタイムをどこで過ごそうかと考えながら、ゆっくりと車を走らせます。もし今も健在なら「ウェザーリポート」に入ろうと話していたのですが、もうとっくに無くなっているようです。舞子までやって来たのですが、このあたりが今回の目的の風景。今日はとても天気がよくて、海の水面がキラキラと輝いています。ただ、舞子を過ぎると そろそろ戻らなければなりません。このまま走れば明石になってしまう・・・と思っていたら、スターバックスを発見。ランチの前に少し休憩しよう。景色も綺麗そうだし。2階に上がると、大きな窓から入り込む陽の光が眩しい。おまけに、映画館のように 椅子が前(窓の方)を向いています。お〜! これはすごいじゃないか。明石海峡大橋です。こんなに素晴らしい風景なのに それ程混んでいません。他府県からやって来た者にとって、ここは穴場ですよ。20分ほど休憩した後は、窓から最後のワンショット。じゃあ、帰ろう。
August 16, 2012

阪神高速を20分ほど走ると 西宮〜芦屋あたりの山が見えてきます。更に15分ほど走ると、左手、ホテルオークラの隣に神戸ポートタワーが姿を現します。大学生の娘に、あれがポートタワーだけど知ってる? って聞くと、「へ〜、知らなかった。意外とちいさいのね。」って。まあ、スカイツリーよりも低いけど綺麗じゃないか。と思っていたら・・・「あっ、あれのこと?」って、彼女が見ていたのは・・・前方の電波塔みたいなものだった。さすがに天然な娘だ。大学生ですよ。ホント参った。まだまだ、でも ゆっくりと走ります。
August 16, 2012

ここ数ヶ月の間 週末のお買い物にしか乗っていなかった車。毎月の車庫代がもったいない。おまけに、車検(等で 約16万円)が近づいてきたので 思い切って手放そう。たとえ安くても、売れたら 少しは会社の利益の足しになるだろう。と決心して、愛車「トリビュート 3.0ℓ」を 泣きながら車買い取り業者に持って行ったところ、なんと、査定は「ゼロ円」。どっひゃ〜! なのですが、そりゃそうだ。僕だって、3リッター車を持て余しているくらいなので、今どき、燃費6Kmという贅沢なガソリン車を買う人なんていないよね。300万円以上したんだけど・・・「手放したほうがお得ですよ。」と何度もささやかれたのですが、断ると「じゃあ 10万円で。」だって・・・まあ、そんなもんか。逆に、査定ゼロを言い渡されたトリビュートが可哀想になり、今まで以上に可愛くなって、とことん面倒をみてやろうという気になってます。明日は トリビュートで、須磨海岸まで あてのないドライブに行くつもりです。
August 15, 2012

ジーンズも貯まる。ここ 20年間ほどの間に 太ったり痩せたりを繰り返しているのですが、痩せると ウエストの小さなジーパンを買いたくなるんですね。ところが、1ヶ月もすると またリバウンドして・・・ その繰り返し。これも捨てます。ダメ。もう痩せない。痩せれない。でも、頑張る。こちらは捨てません。大切にしまい過ぎて 手を通してなかった化繊のオープンシャツ。クリーニングに出したままクローゼットの中で数年を過ごしていたのですが、ガンガン着ています。着たらクリーンングには出さず、家で洗濯してもらいます。アイロンはあてません。くたくたになってシワになった状態で着るのがいい。シワがあるほうが 肌への密着面積も少なくて涼しいんです。道理でしょ。ただ、この発想の源は クリーニング代の節約です。正確に言えば、既に支払ったクリーニング代のもとを取ろうと言うもの。最後に、JALファーストクラス、BA、ルフトハンザ等のアメニティーグッズ を捨てよう。搭乗の度にもらうため どんどん貯まって箱に一杯。JALなら資生堂、BA(英国航空)ならボディーショップの化粧品がついてくるのですが、数十年ぶりに開けてみると、カラカラに乾いています。もはやゴミ。働き盛り、伸び盛りだった頃の小さくも自分にとっては「栄光」だった過去の記憶を捨てよう。「行き詰まりの人生」 〜 2012年・夏、人生に行き詰まったオヤジの生と死をかけた壮絶な戦いが始まる。〜という意味が、徐々に露(あらわ)になっていきます。
August 15, 2012

昨日 破棄したプレーヤーですが、始めに ドゥルッティーコラムをかけた時は 何となく動いていたのに、イエスに替えた途端に止ってしまった・・・ベルト駆動ではなく、ダイレクトドライブのプレーヤーなので、モーター自体が だだをこねたようです。ここまで必死でお膳立てをして、プレーヤーの前に正座してレコードに針を落としたのに 動かね〜でやんの。しょうがないんで、小学校からの友人に「プレーヤー貸して」ってメールしたら「あげるわ」って。彼も先日レコードを全て売ったらしく、プレーヤーがあってもしょうがないんだって。なるほど。みんな 過去を捨ててるんだ。そして、それがこれ。プレーヤーのカバー(ふた)がない本格的なヤツです。ところが、針を落とすと ブチッ! って、針が折れてやんの・・・ どいつもこいつもダメだな。まるで「よ〜い、どん! で、ひっくり返る奴みたいだ。」しょうがないんで、僕の「グレースの針」と交換です。なつかし〜ねえ。ところが、針の重さ設定がわかんない・・・なあいいや、ってんで、適当にかけてみるんだけど 音が左からしか聞こえて来ない。(あ、ここで言っときますけど、オチないよ。ダラダラとこんな話が続きます。)なんだよ、おっかしいなあ・・・カセットやら、CDやらと接続を変えて分かったのがアンプの故障。なんだよ、ホント、致命的じゃないか。アンプ?だめだこりゃ。というわけで、どうしても聞きたかった イエス「こわれもの」から Roundabout だけを左のスピーカーで聞いて本日終了。なんだよ、ホント。レコードは ひとまず中止して、VHS ビデオテープ から片付けよう。ちなみに、今 ユーチューブを調べたら、Yes - Roundabout - 1971(著作権上、多分消されるけど、今なら聞けます。)僕のステレオよりいい音だ・・・こちらは、ライブ。ジョン・アンダーソン、ビル・ブラッフォード、リック・ウェイクマン、スティーヴ・ハウ、クリス・スクワイア という黄金時代のものではないでしょうか。閲覧回数 2,487,735回。しかも、3日前にもコメントがあるとは さすがにイエスだ。青春が蘇る。これは やばい。
August 15, 2012

Mac はパソコンじゃない。その意味がよく分かる。もう古くなった何世代も前の機種ですが、捨てる というより 別れる という表現が Mac には似合いますね。機械ごみ収集のおじさんに連れられて、僕の愛した SONY のプレーヤーと一緒に遠くへ行きました。過去の記憶も一緒に捨てています。
August 14, 2012

そして、昨日の様子ですが、ぐちゃぐちゃ。お盆休みは、ぐちゃくちゃです。玄関にも 荷物がはみ出して、6月頃はまだ ましで・・・こんな感じで ビールが飲めたんだけど。
August 14, 2012

よし、これで人生やり直そう。から色々とやっています。一応。と、ここまで書いておいて、2ヶ月間 手が止っていましたが・・・自慢の VHS ビデオデッキ。かなり高品質ものだったのに、25年近く使ってないとダメですね。画像はめちゃくちゃで、最終的にテープが絡んで壊れちゃいました。しょうがないので、中古 VTR デッキを 2000円で買ってきて見た テープが、また古いんだ。芸能人ゴルフ大会 in ハワイ 見たいな番組で、どうしてこんなのを録画したのか謎なのですが、恐らく中森明菜だったのでしょう。それより凄いのが、まあ君に ビデオの内容を話したところ、「あ、あれでしょ! あたし、知ってる! 見た見た!」って。内容を覚えてるんだ。さすがだ。この頃の 明菜ちゃんは絶頂期で、これは、ブロンズ BLONDE(1987年6月3日)が発売された当時です。名曲ですね。肌艶もよく、マッチがそばにいて、精神的にも安定していた頃だ。誰にも、こういうときがある。なんて、思いながら 一つずつ記憶を捨てていっています。
August 14, 2012

これまでの あらすじ。>たいつくぼうしが泣いている June 1, 2012あ~、退屈。 何だろう? 不景気? 金欠? ただの歳?あ~ つまんないな~。>超たいくつな金曜日の夜つまらない時というものは、とことんつまらない。何もする気が起きなくて・・・実は、何故に、これほどまでに、人生に行き詰まってしまったかという真剣な話です。>何故に、こんなにつまらない。 June 2, 2012不景気(不安) と 家庭環境 が原因による落ち込んだ気分だ。最近 寝苦しい、それに 健康不安、おまけに 不景気、それに 輪をかけて 家庭崩壊(いや、してないけどね)による 気分の悪さ・・・書斎も片付いてなくて、イライラ・・・散らかり放題。これじゃ 駄目だ。そして 決めた。妻と別れよう。これが 解 だ。実行に移すのは 即 だ。何ごともスピードだ。>そして 決めた。解決策は分けること。そのことを妻に話したところ快諾してくれて、今片付け始めたというわけです。二十数年間 ずっと同じ部屋に寝て来たのですが、今夜 別れることにしました。ついでに 部屋も徹底的に片付け自分のベッドルームに逃げ込み、くつろぎながら仕事をしよう!これで「家に帰りたくない症候群」も解決するだろう。古い VTR やカセット。書類 や 手紙を、これまでの人性をひとつ一つ思い出すかのようにチェックしてゆき、捨ててゆく。よし、これで人生やり直そう。さあ、これで いつまで気分をキープできるでしょうか・・・・>人生 行き詰まりの解決は、別れ と 片付け。先ず、服の入れ替え。何だか 気分が変わってきたよ。 と、ここまで書いていたのですが、あれ以降、古い VTR やカセット。書類 や 手紙を、これまでの人性をひとつ一つ思い出すかのようにチェックしてゆき、捨ててゆく 作業を行いながら、このように、片付けの記録も残したのですが・・・、フレンチ、江戸前すし、おかまバー通い と、すっかり 本来の下世話な姿に戻ってきつつあって、更にその続きを お盆休みにやっています。そして、昨夜のようすですが、(今夜 書こう)
August 13, 2012
外出中の友人が 時間を持て余していたのだろう、メールをくれたので、それに対するアンサーブログを iPhoneを意識して書こう。先日一緒に飲んだ際に「奇跡的感性の出会い」という言葉を残してくれた彼だ。実は 一緒に飲んだ後、新幹線の中で また牛丼を食べるという恐ろしい奴なのですが、帰宅途中の車内(映画で言えば、既にエンドロールの時間帯)から送ってくれたメールが興味深いので、著作権を無視して引用させてもらうと、>愛情とは相手や事象に対する興味や執着のこと。興味がないと話が続かないよね。結局、全ては自己に帰結するものであって、愛も同様に 自分自身の興味、あるいは、自分自身への興味であるというのはそのとおりだとおもう。それに対し「しかし、それだけでは説明しきれないことがある」というのは、考えがまだ浅いのだけど、僕は まさしく、その「まだ浅い」状態から抜け出そうとする途中くらいにいる。でも、自分自身の興味に対する(猪子的に言えば)アウトプットの対象が何であれ、それを社会の中の関係性で見つめなおして 悪でなければ それでいいと思うんだ。そしてそれが 文化や進化につながれば、それなりに悪いことではなくて、ヒトの営みの一部だと思う。ところで、>興味がないと話が続かないよね。というのは どういう意味? オレ、あったま悪いからわからない。>奇跡的感性の出会いについてもそうだけど、視点がすごくクールで、時として フローズンクールに感じることもあるけど、夫婦の関係も 愛というより(そう呼んでも もちろん良いんだけど)自らの感性が喜ぶ興味だよね。貴君夫婦は 美男美女だからかえって説明しづらいかもしれないけど、我が家に当てはめれば とても説明し易くて、この名言を夫婦で話し合った時にも、「次ぎ生まれたら、今度こそ吉高由里子みたいな可愛い奥さんもらいたいし、(あたしも武田真治がいい。)頭もよくて、家事も完璧な人なんていいよね。(あたしは口うるさくない人がいい。)」となって、じゃあ、二人を引き止めているものは一体何なんだ? といえば、子供でもなければ 世間体であるはずもない。要するに、この程度の顔で、この程度の頭と性格でも、生まれ変われば またお互いの伴侶として選ぶんだろう。というのが結論になるんだな。もちろん、次回も 奇跡が起きればという話だけど。だから「夫婦の関係は家族愛なるものではない」というのにもうなずける。もうひとつ、>親から見たら子供は誰だってスペシャルだけど社会では結構普通なんだよね。>自分の子には社会的・客観的・一般的評価を求めながら、>そうなったら絶対物足りないし、つまらないと思う。(次に来る一文も凄いんだけど、話の方向性が変わって また深くなるので別の機会に。)そう。ここが苦しいところなんだ。妙な子供を持つと気苦労が多いね。大物なのか、タダのグウタラなのか・・・?物足りなくても良いから、僕は「社会的・客観的・一般的評価」が並の息子でいいと思う。あれ、だめ? オレ、ウソついてる?
August 12, 2012

シンポジウムの席で携帯をいじっている 猪子寿之彼を知ったのは「朝まで生テレビ」なんですが、何を話しているのか分かりにくい 薄いやつだな・・・なんて思っていたのですが、友人の勧めがあって、たまたま予約されていた「情熱大陸」を観たところ確かに面白い。今から4年前 (2008年) の7月18日。仕事のブログで、「モードに手を出すな。」 と、興奮して書いたことがあったのですが、役人が 民間の営みごとに手を出してうまくいったためしなど戦後の一時期を除いて一度もないはずだ。若い力や、既得権益がない在野人(民間人)は、常に 既得権益者からの嫌がらせや規制に邪魔をされながら頑張ってきた。役人による余計な手出し(保護や規制)がなければもっと自由に 若い文化が育つことがいっぱいあるに違いない。さて、情熱大陸 で、おもしろかったところを幾つか。シンポジウムの内容が気に入らない猪子に関して、ナレーションでは、>不機嫌さの理由は、文化を安易にお金に換えようとする議論の内容にあった。と解説をしたうえで、急に話し出したと思ったら内容は、>いままで政府(役人)や、ある意味 世間からも 無視されつつも成熟してきた文化に、突然 政府が気付いて(育てようとしているんだけど)、それらが育ってきた背景を無視して(逆に)育たないような法律ができてきたり、規制ができたりして、ここまで成熟してきた文化を育たないようにしているっていうのが事実だと思うんです。というもの。まあ、僕のお好みの意見なので、手の平を返したように急に評価をあげたというわけです。他に面白かったのは:「アートを仕事にするには何をやれば良いですか?」なんて、僕なら「今まで何を聞いてたんだ、帰れ!」と言い出してしまうようなトンチンカンな質問にもきちんと答えてあげていたのが意外でしたね。良い人なんだ。また、台湾に出品する作品に関して「これはアート作品なんですか?」と質問され、>うん。これは「アート作品」として出す。と言ったうえで、>産業としてアウトプット先がないんだけど、未来のヒントがあるかもしれないようなものを『アート』っていうことにしようと決めてて・・・って、この「決めてて」っていうのが面白いですね。ディレクターがさらに質問した:「これって、売りもんですか?(販売目的がないなら)赤字ですよね。」という質問に、>いや、赤字っていうか、お金がただなくなっただけ。なんていう几帳面な回答をするなんて、やっぱり本質は真面目なんだろうなあ、なんて思いましたね。久々に肩の力が抜けた、面白い情熱大陸でした。
August 11, 2012

仕事で、アップサイクル のウッドチェアー「ちょいがけ椅子」なんてのをフィリピンから輸入しています。upcycle (Upcycling) Upcycling is the process of converting waste materials or useless products into new materials or products of better quality or a higher environmental value.(ウィキの日本版「アップサイクル」はまだないようです)こちら一連の商品は、フィリピンの古民家等を解体した際に出る廃材( 床材を中心に壁や屋根裏などだそうですが、) を再利用(リサイクル)し、アップサイクル商品として生まれ変わらせたものです。リサイクルウッド(要は廃材)なので、色や年代もまちまちならば、色目も全て異なっていて、一つとして同じ物がない点がヨーロッパを中心に人気のようです。なので、商品もラフな仕上げをおこない、自然な感じが出しているところが個人的には気に入っています。また、その他にも良い点と言えば、何十年も使われてきたものなので、充分に乾燥しているということ。また、住宅にも耐えうる材質の木なので、マホガニー等、結構いい材質が使われている点です。久しぶりの仕事内容でした。
August 10, 2012

久しぶりでに 吹奏楽の話題です。息子の高校は クラブ活動が2年で終わり、3年からは受験に集中するのが慣習になっているようです。それでも 意外とどのクラブも ある程度の成績を残せるのは、学生自身が、2年間をどう利用し、どのような目標を掲げるかといったスケジューリングを話し合い、きちんと組んでいるからだそうです。こいつら、僕よりエラいわ。ただ、2年生だけだと人数が足らないので吹奏楽を初めて まだ4ヶ月くらいの1年生もコンクールに出場しますので、表現力などに関しては どうしても弱さが残ります。奈良県から関西大会へ進めるのは 3校なので、息子の高校がその3校に入るのは並大抵のことではないのですが、それでも、2・3年生が中心の他校に混じって「金賞」をいただくというのは大したものだと思います。よくできました。みんな清々しい顔をしています。
August 10, 2012

昨日、マニラ、ブラカン(ブリキのオーナメント工場が集中)、パンパンガ(家具工場が集中)の取引先に出帆の件で電話をしたのですが、誰も出ません。マニラ事務所のマリオに「調べてくれないかと」メールしたところこれらの地域は豪雨で 学校や会社は休みになっているとのこと。ユーチューブで調べてみると・・・確かに、上の映像がアップされていました。ここは 、いつも書いている Roxas Boulevard(ロハス大通り)です。信じられない光景ですね。晴れた日はどうかと言えば、このような綺麗なとおりで、こちらは、3週間前のマニラ出張の際に撮影したものです。この時も 雨期の中の台風が襲っていた時で、外はひどい雨だったのですが、マニラ湾の海水(波)が 大通りにまで打ち上げられるなんて想像が付きません。昨日の段階ではまだ 日本のニュースでは取り上げられてなかったのですが、今朝の 産経ニュース で、ようやく報じられています。気になるのは、> マニラ首都圏では河川が氾濫しスラム街など6割が水につかり、というくだりです。ただでさえ衛生状態の良くない地域で下半身まで浸かるような洪水になれば疾病の増加も考えられ、体力のない 赤ちゃんや子供が耐えきられるかどうか。当店の発注した商品が無事かどうかなんて、どうでもいいようなレベルです。
August 10, 2012

初めてフィリピン(マニラ)の土を踏んでから17年、ストリートチルドレン(路上生活者)の生活支援を考え続けてきたのですが、現在 支援の中心は、年会費や寄付などを通じ、京都にある アクセス という NPO に任せています。今日は、そのアクセスが 以前から行こなっている 書き損じハガキ収集キャンペーン の案内です。こちらの URL で詳細をご覧いただけます。会員で有る無しにかかわらず寄付を受け付けていますので、眠っているハガキがあれば、今さら郵便局に持って行って小銭を手にするよりも、そのままの状態でアクセスまで送ってあげて下さい。スッキリしますよ。僕も 40枚程用意できました。
August 9, 2012

鴨の胸肉のポアレイタリアンがすっかり市民権を得て、ミナミを歩けば 数メートルごとに大小の店が並びます。ところが 料理の見た目は 綺麗なのですが、味は いま一歩 〜 いま二歩くらいのところが多く、僕はもう、イタリアンは お手上げ状態です。かと思えば、数年前から スペイン バール が大流行りで、こちらは 立ち飲み形式からカウンターが中心の比較的小さめの店が多く、単価が安くて 若いサラリーマンを中心にウケているようです。ところが 僕の知る限りでは オイルの使用量が多く、食べ終わると胃に応えます。味も 残念ながら美味しいという程のものではありません。まあ、日本で言うところの「居酒屋」ですからね。ところが最近 流行り出しているのが 立ち喰いフレンチ。立ち喰いとは、あまり良い表現ではないですが、イギリスのパブのように 立って食べる(スタンディング)形式か、スツールに腰掛ける形式の 手軽さと、何よりも価格がウケているようです。上の画像は 友人が送ってくれたもので、2枚目の画像の「牛ヒレ肉のステーキ フォアグラのソテー トリュフソース(だと思う)」は、1,100円 なんだって・・・ ビックリ! ブックオフの元社長がやってる店じゃないでしょうか。以前 テレビで チラッと見た記憶があります。これなら凄いわ。それに、ロブションで働いていた スーシェフ(NO.2 シェフ)考案のスペシャリテだそうです。この料理なら、件のイタリアン や、バールのようなことにはならないと思う。ただ、一流が作らないと、フレンチも誤解されないどろうか。って、そこが少し心配ですけどね。
August 8, 2012

つづき ですが、演目は 今の2分割を 3分割にし、前期・中期・後期の三交代制にします。拘束時間が長くなりますが、職員たちは、我々が当たり前のようにやっている「シフト制」にすればいいでしょう。間違ってもお給料を上げる必要はありません。技芸員たちは「芸」に携わる人たちです。拘束時間や労働時間といった考えは当てはまりません。お給料は、もっと正当な理由で2〜3割程度上げないといけないのではないと僕は考えていますが、この件はまた別の機会に。観る側の 観劇料については、この際、少し割高になってもいいでしょう。また、これがベストだとも思わないので、アイデアを出し合い、実際に試して検証すればいい。今回の席は、出語り床の前です。とは言え、公演時間4時間にも それなりの良さがあります。最近は 幕間の「お弁当」。これが楽しみで、ビールなどを少しひっかけて 後半の演目を観るといった楽しみもそのひとつ。15分刻みに CM が入るような TV で慣らされてきた子供たち(我々もそうですが)は、長時間の映画や芝居に耐えられなくなっていて、2時間を超える映画でも「長くてダレる」などと言い出す人もいるくらい。そんな輩に 文楽4時間 というのは無理でしょうね。もちろん、当日席が空いていれば一演目だけを 割安のチケットで観ることも今は出来ます。まだまだ 客の立場に立った運営の方法がありそうです。
August 7, 2012

摂州合邦辻(せっしゅうがっぽうがつじ)合邦庵室の段伊勢音頭恋寝刃(いせおんどこいのねたば)古市油屋の段・奥庭十人斬りの段契情倭荘子(けいせいやまとぞうし)蝶の道行全三段 4時間半の公演です。昨日は「曾根崎心中」を レイトショー(6時半開演)を観たのですが、改めて 1週間前に観た「第二部」を思い起こすと、当たり前のように感じていた 4時間半 という公演が、現代では長いのではないかと感じました。ここで、結論を先に言っておきます。現在の文楽公演は、 午前11時から3時半(第一部)と、午後4時から8時半(第二部)の 一日2回公演なのですが、これを、午前 10時から 12時までの「第一部」。この後 昼休みを2時間とります。午後 2時から 5時までの「第二部」。この後 夕休みを1時間とり、午後 6時から 9時までの「第三部」に変更するという案です。僕は 立場を利用して「ちょっと出かけて来る」とひとこと言い残し、3時半から仕事を休んで 文楽劇場へ向かうのですが、一般企業(お役所)にお勤めの方が 平日劇場に向かうというのは無理でしょうね。(一部と二部は、公演期間中の前後半で入れ替えられます)なので、どうしても 客の入りは休日に集中してしまい、平日は空席が目立ちます。今時、サマーレイトショーなどと、午後6時を「レイトショー」なんて言うのも 随分と時代錯誤な話ですからね。映画のレイトショーは 終わるのが 11時過ぎですからね。芸の伝統は残しても、公演時間の慣習までも 残す必要はないでしょう。一旦休もう・・・つづく、
August 7, 2012

産経ニュース先日の 南アフリカ戦とは打って変わって 緊張感のある試合でした。日本全国 睡眠不足じゃないかな?「なでしこ」という愛称がピッタリの戦いで、後半、特に最後の20分あたり、からは 実によく耐えた 見応えのある 試合でした。ところで、今から 27年前、アフリカ難民救済を目的とした「LIVE AID」という巨大なコンサートが開かれたのですが、その場所が、昨日 なでしこ達が戦った「ウェンブリー・スタジアム」。僕は、26年前(1988年)に 同スタジアムで Pink Floyd のライブを見ています。話は逸れて、それとなく 自慢に移行しています。巨大な 豚(ピッグ)の風船 がスタジアムの上空を飛ぶコンサートで新しい曲を引っさげてのコンサートではなく、件の「ピッグ」や「ウォール」など 過去の名曲(?)が中心だったことに少なからずショックを受けたのを覚えています。それでも 二十歳そこそこの イタリア、スペインの学生達は毎晩 部屋で Pink Floyd の LP をかけて興奮していたのですが、これもまた不思議な光景でしたね。意味わかるかなあ・・・?また同年、シャーデー のライブも ウェンブリーで行われたのですが、こちらは スタジアム ではなくて アリーナだったような気がします。コンサートの帰り、右派指向の兄ちゃんに電車の中で「 アジア人は来るな!」と絡まれたことをも覚えています。ゴミを車内で投げつけられたのですが、仲間の一人が「やめろよ!」と制してくれたのもイギリス。まあ、強烈な国ですが、もう記憶が定かではないくらい 過去の話になったなあ。LIVE AID の出演者:ステイタス・クオーザ・スタイル・カウンシル(ポール・ウェラー)今でも一番好きなミュージシャンブームタウン・ラッツアダム・アント(アダム & ジ・アンツ)ウルトラヴォックス スパンダー・バレエエルヴィス・コステロ(桜井和寿?)ニック・カーショウ シャーデー スティング(ポリス)フィル・コリンズ(ジェネシス)ハワード・ジョーンズブライアン・フェリー(ロキシーミュージック) デヴィッド・ギルモア(ピンクフロイド)ポール・ヤングアリソン・モイエ(ヤズー)U2ダイアー・ストレイツクイーンデヴィッド・ボウイザ・フーエルトン・ジョン キキ・ディーワム!フレディ・マーキュリー&ブライアン・メイポール・マッカートニーなんと、エレクトリックポップの多いことか。そういえば、こんあ時代もあったなあ・・・
August 7, 2012

決して美人じゃないけど、逸材だった。不器用だし、表現力にも乏しかった。ファースト・デイトの最後の部分 ♪ だからあ〜 ♪ の際に見せる幼児性を残した口元が印象的で、芸能界の中では 圧倒的に希有な存在として地味に輝いていたんだけど、その存在を証明するかのように死んでいった。ちなみに、大学生にもなって初めて入会したのが彼女のファンクラブなるものだった。実際 当時僕が聞いていた音楽はブリティッシュロックで、パンクロックから、レゲエ、ツートーン (スカ) へと興味がシフトしていった頃だったように思う。こういう歌手はもう出てこないだろうなあ。
August 6, 2012

久しぶりでに 吹奏楽の話題です。息子の高校は クラブ活動が2年で終わり、3年からは受験に集中するのが慣習になっているようです。それでも 意外とどのクラブも ある程度の成績を残せるのは、学生自身が、2年間をどう利用し、どのような目標を掲げるかといったスケジューリングを話し合い、きちんと組んでいるからだそうです。こいつら、僕よりエラいわ。ただ、2年生だけだと人数が足らないので吹奏楽を初めて まだ4ヶ月くらいの1年生もコンクールに出場しますので、表現力などに関しては どうしても弱さが残ります。奈良県から関西大会へ進めるのは 3校なので、息子の高校がその3校に入るのは並大抵のことではないのですが、それでも、2・3年生が中心の他校に混じって「金賞」をいただくというのは大したものだと思います。よくできました。みんな清々しい顔をしています。
August 5, 2012

毎年恒例の 花火大会です。といっても、我が家にみんなが集まり、近所の花火を観ながら食事をするというもので、2009年から続く妻とその友人たちのイベントです。ただ最近 奥様方はお疲れのようで、持ち寄っていた 自家製料理は、ボランティアが コストコまで買い出しに行っているようです。日が暮れてきましたね。あと 2〜30分で始まりそうです。そうそう、今回の収穫は「ごぼうチップス」。少し甘みがあっておいしい。さあ、外はすっかり暗くなってきました。あっ、始まったようですよ。今年も ほら、テラスで 最年少の母 が喜んでいます。ドラえもんやら、キティーちゃんやら、今年も盛りだくさん。本格的な夏の始まりです。
August 4, 2012
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