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物語を作ったりするときに、擬人化という手法がある。動物が人間のようにしゃべったりするあれだ。そして中には身体の一部がしゃべり出したりするものがある。手がしゃべったり、足がしゃべったり、そして中にはアソコがしゃべったりするわけだ。『まったくもう、この俺を小便をする為だけの道具と思ってるんじゃないだろうな。いったいいつになったら本来の使い方をしてくれるっていうんだ?』……なんてね。 もしかして、『小便ばかりさせられるこんなチン生に疲れました。探さないで下さい』という書き置きを残して家出(?)なんかしちゃったりして。もちろん本体の人間のほうは慌てるね。『僕のちんこを探してください』なんて張り紙をするなんてこともあるかもしれない。張り紙を貼っている所を友達、しかも女友達なんかに見られてからかわれたりするのも萌えるかもしれないなあ。 いっぽうの家出したちんこのほうも、お腹が空いて誰かの体にくっついたりしてね。『ちょっと栄養分けてください』なんて言って……。でも既にその人には自分のちんこが有るから、体の変なところにくっついたりして。うーん。やはり女の人の体にくっつくのが自然かな。後天的なふたなり少女というのもいいねえ。『もう、じゅうぶん栄養はとったでしょ。早く離れてよ』と、言いつつ、自分の体にくっついたちんこの快感におぼれていくのも萌えそうだ。 それで、『ご主人様の愛は私から離れてしまった……』なんて悲観して、ま○このほうが家出しちゃって……。なんて続くと、一本話が出来てしまうな。ついでにその男女が元々知りあいで、ま○こはちんこが家出してしまった男(?)のつるつるの股間にくっついたりして、更にその後、その男女がお互いの現状に気がついて、部分交換状態でコトに及ぶ展開になれば完璧かな。 うーん、何を書いているのだ。私は。
Mar 31, 2004
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とても不思議と言えば、夏にミンミンと鳴くセミが不思議だ。セミは一生のうち6年を地中で過ごし、地上に出てわずか1週間の内に交尾と産卵を終えて死んでしまう。そしてその子供が今度成虫のセミとなり子供を産むのは6年後だ。 ということは、今年のセミと来年のセミは時間的に隔離されていてお互いに交尾をすることはあり得ないはずであり、それなのに同じ種類のセミとして存在するということは、交尾という方法以外に遺伝子が伝達されているということになる。 つまりウィルス進化説の格好の事例になると思うのだが、少なくともウィルス進化の傍証としてセミを持ち出した事例を私は知らない。うーん、もしかしてウィルス進化説以外の説明が出来るのかな? 中学生の頃からの疑問なのです。
Mar 29, 2004
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インスタントと言えば、ラーメンにコーヒー、そしてレトルトのカレーなどが思い浮かぶ。スーパーなどの棚を覗いて見れば、インスタント食品が多々並んでいる。 料理はインスタントではなく、自分の手で作るべきだという意見もあり、一見もっともに聞こえる。しかしどこからどこまで作れば完全な手料理なのだろう。 たとえばレトルトのカレーは確かにインスタントだが、それ以外の方法で作るカレーはインスタントではないのだろうか? 私たちの多くは、カレーのルーを買ってきてカレーを作るが、そのルーはインスタントとは言わないのだろうか? そもそも魚や肉だって切り身を買ってきて食べているが、生きた家畜や魚を殺してから解体し、肉をとることに比べたら、それはインスタントと言っても良いのではないだろうか。 詭弁のように聞こえるが、もしも世の中から食品に限らずインスタント的なものを排除したら、現代の社会は成り立たなくなるのではないだろうか。 ……というわけで、インスタントの焼きそばを時々無性に食べたくなる私なのだが、きっとおそらくそれは不自然でもなんでもないのですよ。
Mar 27, 2004
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死後の世界は有るか無いか? 私自身は、死後の世界は有るかもしれないし無いかもしれない。ということで、ハッキリ言えば分からないという答えしか出てこない。 以前は死後の世界というものを完全に有るものとして考えていて、中学時代は毎晩寝る時には、今日こそ幽体離脱をしてやろうと考えながら眠りについたりしていたし、その手の死後の世界に関する本を読んだりもした。大学時代には、とある宗教団体に入会して約2年の間だが、熱心に活動していたりもした。また宗教団体を辞めてからも、死後の世界は有るという前提で生きてきたし、死後の世界が無いとはとても思えなかった。 ところが最近はどうも違う。世間一般で考えられているような、天国や極楽、そして地獄というような形での死後の世界というのは無いのではないかという考えが強くなってきた。肉体を離れて精神がそれ自体のみで、それまでと同じような状態のままで存在出来るのかという点につき、どうも懐疑的なってきたのだ。 人間には精神がある。それは間違いない。しかしそれは脳というハードウェアが存在して初めて活動が出来るものであり、自我もまた脳とそれを支える肉体が存在していないと発生しないのではないかと思えてきたのだ。 普通死後の世界というと、生前と変わらぬ姿の幽体があの世で活動するというイメージが強い。しかし最近は、人間の精神もまたコンピューターのプログラムのようなものであれば、ハードウェアを離れてもソフトウェアは記録媒体の中に存在し得るが、それ単体では活動は出来ないように、人間の精神(それを魂と言い換えても良いが)は、仮に死後も存在したとしても活動は出来ないのではないかと思うのだ。 まあ、関心の無い人にはどうでも良い話だが、人間は誰でもいつかは死ぬわけであるし、時々は考えても良いだろう。個人的には小説や漫画に出てくるような死後の世界が実在していると楽しくて良いのだが、真面目に考えれば考えるほど、そんな都合の良い死後の世界はありえないと思えてならない。 現在の私のイメージは、死後の世界はあるとは思うが、生前の精神は次に生まれ変わるまで不活性化されて、いわば凍結されたような状態になるのではないだろうかというものだ。私自身は霊感はまったく無いほうなので、あくまでも私の勝手なイメージなのであるが……。 というわけで私は、死後の世界はあると思うが、昔の宗教家や世間一般の人がイメージするような死後の世界は無いと思う。まあ、結局は死んでみないと本当のところはわからないと思うが、知りたくもあり知りたくも無しである。
Mar 25, 2004
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立ったままで2時間も仕事の話をすると、終わった時にドッと疲れる。身体の筋肉が綿かスポンジのようになり反応しなくなる。話をするだけなんだから、肉体労働に比べたらそんなにも疲れないだろうと思われるかもしれないが、そんなことはない。2時間、真剣に話をするととても疲れるのだ。しかも立ちっぱなしだとてきめんだ。 そう考えると、デパートや何かの店で立ちっぱなしで接客の仕事をしている人はすごい。2時間立って話すだけでも疲れるのに、1日中立ってお客さんの相手をするのはとても疲れる仕事だと思う。経験はないけどね……。 まあそれはそれとして、私は仕事で話をしていると、自分でも驚くほど良く喋ることが出来る。それまで考えてもいなかった話をすることも出来る。しかしそれを後で原稿に落として保存しておこうと思っても、パソコンに向かって座ると、自分でもさっきは何を話したのか思いだせないことが多い。まるで夢の中で思いついたすごいアイディアを起きてからメモに書きとめようとしたら何も覚えてなかったかのようだ。……確実に起きていただけ私のケースのほうがたちは悪いが。 人間、立っていると血の巡りが良くなって普段よりも頭の回転が良くなるのかもしれない。もしもそうでなければ、単純に本番にならないとその気にならないのが私なのかも。 それにしても普段考えてないようなことでも話すことが出来るって、それって『くちからでまかせ』って言わないか?
Mar 23, 2004
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最近、なんだか全然まったく小説が書け無いなあ……。と不思議だった。キーボードにはそれなりに向かってポチポチとやっているのに。しかし理解してしまった。最近、日記に力入れすぎてて、小説書く時間が圧迫されているっ! もしかしてそうかなあ、と感じていたのだが、よぉ~く考えてみたら、やっぱりそうだった。 というわけで、今日を最後に【しりとり日記】は終了です。……そして、あさってから【しりとり隔日記】が始まりますっ! ドンドン、パフパフッ! いや、マジで。 で、今後の予定ですが、現在、妖精的日常生活の第14話のプロットを作っている最中なので、それが完成するまでは、【しりとり隔日記】を書きます。そしてプロットが完成したら、日記を使って小説を毎日(1行だろうと2行だろうと)書いていくということにします。 ま、とりあえずですが。
Mar 21, 2004
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色気を感じるところということで、女性の意見としては男性の引き締まった尻があるという。私としては男性の引き締まった尻にはまったく色気を感じないのだが、まあそれは女性の意見としてはそういうことなんだろう。 で、あたりまえだが私としては女性の丸い尻のほうに色気を感じるわけで、どちらかというと小さなお尻の女性よりもある程度大きなお尻のほうが好きだ。スカートをはいた女性の尻が丸みを見せているのはいい。 同じような感覚で、ウェストが引き締まっていて細いウェストから急激に大きくなるお尻への曲線にとても色気を感じてしまう。 ……なのに最近の若い娘は妙に痩せた小さなお尻の娘が多くてちょっと悲しい。
Mar 20, 2004
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今でもあるのかどうかは知らないが、私が子供の頃のデパート屋上のゲームコーナーの一角に、コイン式の綿菓子製造器というものがあった。100円を入れると機械の中心部に米粒くらいの大きさの砂糖、ザラメが入り、機械が回転するにつれて砂糖が糸状になって吹き出してくるのを、割り箸でうまく絡め取ると綿菓子の出来上がりだ。 この綿菓子作り、今でもやってみたいのだけど、どこかに無いかな……。
Mar 19, 2004
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スペースコロニーの内側というのは不思議な世界だ。天井にも大地がある。地球上では経験出来ない景観である。生きているうちにそのような光景を見てみたいが、私が生きているうちにはそのようなスペースコロニーが建設されることはないだろうなあ。 そういえば、地球空洞説というのをご存知だろうか。地球の内部は空洞になっていて、中心部には小さな太陽が輝いているというのだ。もちろん現実にそんなことかあるわけないのだが、空想力を刺激される。 私が初めて自分で買った文庫本が、創元推理社から発行されていたSF小説の「ペルシダー・シリーズ」であった。これは地球の内部は空洞で、そこには地性を持った翼竜が原始人状態の人間を支配しており、地底探査機でアメリカのコネチカット州から地面を掘り進んでペルシダーにやってきたアメリカ人2人の冒険を描いたものだ。 もう捨ててしまったけど、私にとりエドガー・ライス・バロウズは、火星シリーズでもターザン・シリーズでもなく、地底世界ペルシダーシリーズなのだ。 内部の世界というものに引かれるのは、私に胎内回帰願望でもあるのかな……。
Mar 18, 2004
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ネットで政治の話をするのは色々な意味でトラブルの元だから、あまり感心出来る話では無いのだが、他にネタも思いつかなかったので、今日の日記は小泉首相でいってしまおう。 さて、小泉首相だが、なかなか支持率が落ちない。落ちそうになった時に北朝鮮訪問があり、北朝鮮が拉致を認めたことが、めぐりめぐって今の高支持率につながっているという意見が多い。 北朝鮮が日本に取っての現実的な脅威であるという認識が日本人全体に共通して出来あがったこと。そしてその北朝鮮とテロ問題、イラク問題が、私達の意識の中でなんとなくリンクしていることが、以前であれば内閣が倒れてもおかしくないような事件が起きても小泉首相の支持率が落ちない理由だというのだ。 つまりイラクに自衛隊を出したりしてアメリカ追随の政策ばかりをしているけど、日本に取ってより現実的な脅威である北朝鮮のことを考えたら、アメリカの政策に同調せざるを得ない。小泉首相の政策に完全に満足しているわけでもないけど、現状、まあしょうがないかということである。 しかし本当にそうだろうか? たしかにきっかけは北朝鮮問題があったことは否定はしない。しかし既にその段階は過ぎているような気がしてならないのだ。 もしかして日本人は、戦争に勝ちたがっているのではないのか? 第2次世界大戦に負けたことは、純粋に軍事的に負けただけではなく、思想・文化の面も含めてすべてにおいて負けたという感覚が強い。個人に当てはめればすべてにおいて負けるということは、全人格を否定されたに等しい。戦後の日本人が心のどこかに深い傷を負ったということは事実としてあると思う。 個人の場合でもそうだが、心の傷を直すためには心の傷をつけられたことと同じだけのパワーが必要だ。戦争で傷ついたのなら、それを直すのも戦争であるわけだ。……経済戦争ではしょせん代替物でしかない。 つまり、日本人は心のどこか深いところで、『今度は誰にも否定出来ない大義のもとで勝てる戦争に参加し、そして勝ちたい』と思っているのではないかと私は感じるのだ。 現在、スペインの列車爆破テロがスペイン政権を倒したという状況があるが、実行をしたとされるテロ組織は日本も標的にしてるらしい。もしも同様のテロが日本で起きた場合、小泉首相の支持率は急低化して政権交代が起きるだろうか? どうもそうはならないような気がするのだ。 テロを受けた日本国民は、テロの標的とならない為に政策の転換を求めるのではなく、『テロ許すまじ』と決意を固めて、アメリカが主張するところの対テロ戦争に本格的な参戦をするという可能性が高いような気がしてならないのだ。 十分な思考のもとではなく、日本人がなんとなく抱えている第2次世界大戦のトラウマを解消する為だけに、【大義ある勝てる戦争】に参加するのではないだろうか? おそらく、日本国内で本格的なテロが起こったとき、日本という国家が第2次世界大戦後初めて体験する大きな分岐点を迎えるような気がする。 その大きな分岐点を迎える時の首相が小泉首相という人物であるということは、はたして幸福なことなのか不幸なことなのかということが問題である。
Mar 17, 2004
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チ○コという器官の本来の目的は生殖の為であるが、チ○コという生殖器官というものは、その本来の目的で使用されるということはなかなかに無い。チ○コは生殖目的ではなく小用をたす目的で使用されることが圧倒的に多いのだが、それは本来の目的での使用方法ではない。そもそもチ○コなんかなくても小用はたせる。チ○コが無くては困ると感ずるのは、衣服で肉体を覆ってしまった人間だけのことであり、裸で生活している動物、しかも四本足で歩いている動物にしてみたら、生殖の時以外には別に無くてもかまわないのがチ○コだろう。 そういえば、鯨やイルカ等の鯨類や、アシカやオットセイ等の海獣類のチ○コは、普段は体内に収納されていて、本来の目的である生殖に使用するときだけ体内から出てくるわけであるが、そのような映像を見るととても便利そうである。なぜ陸上哺乳類にはあのような仕組みがそなわっていないのだろう? もしも人間のチ○コが自由自在に収納可能な具合に出来ていたら、おもしろいだろうに……。あ、もちろん玉のほうも体内に収納されていて、いざという時にはチ○コだけが体内からせり出してくるわけね。 うーん、考えてみれば、爬虫類も鳥類も昆虫類でさえ、チ○コを持つ動物はみんな体内収納型になっているのに、哺乳類のチ○コだけが、鯨類や海獣類を除いて、普段から出しっぱなしになっているというのは何かおかしいような気がしてきた。哺乳類の先祖のどの段階で、チ○コを出しっぱなしにするという選択をした進化をしたのだろうか? あまりこういうことを研究している学者もいないとは思うが、一度機会があれば質問してみたい事柄である。
Mar 16, 2004
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よく足の長さを指して、リーチが長いとか短いとか言うが、私は間違い無くリーチが短いほうである。リーチが短いことに関しては自信がある。もう断言しても良い。私の足は短い。しかし、逆に手は長い。手のほうのリーチは長いのだ。 足が短く手が長い。つまるところ類人猿な体型であるわけで、ご先祖様にとても良く似ているということだ。 それはそれとして、最近の子供はどうしてああも足が長いのだろうか? この父親と母親の短い足コンビから、どうしてこんなにも足の長い娘が生まれるわけ? 遺伝子って絶対じゃなかったの? まあ、息子のほうがバランスとって足が短いからいいか……。良くないってばっ!
Mar 15, 2004
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サンライズが作った巨大ロボットアニメである。話の筋も何もかもほとんどを忘れてしまったのだが、何故か奇妙に覚えているシーンがある。敵方の宇宙人に囚われた地球人たちは、逃亡阻止用に爆弾を身体に仕掛けられている。みんなはそれを知っているから無気力になっているのだが、1人黙々と作業をしている人がいた。コンピューター技師である。彼は逃げ出すと自動的に爆発する装置を改造して自分の思うようなタイミングで自爆出来るようにしたのだ。そして自分自身に仕掛けられた爆弾を利用して宇宙人の施設を破壊する。(確かこんなシーンだった) そのコンピューター技師のやり方はともかく置くとして、当時は宇宙人のコンピューターといっても基本の動き方は地球のコンピューターと一緒だろうから、基本を理解している地球人のコンピューター技師なら、宇宙人のコンピューターだって大丈夫だよね。と、思っていたのですが……。その後のコンピューターの進化の様子を見ると、もうなんと言いますか全然分かってませんでしたね。当時の私。ちなみに中学生でした。 あ、そうそう、今日はホワイトデー。バレンタインデーもホワイトデーも休日なんですね。今年は。うーん、恋する若人には良かったのか悪かったのか?
Mar 14, 2004
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いよいよもっとも身近な野鳥であるカラスからも鳥インフルエンザが検出されてしまった。鶏に対してワクチンを使用するかどうかという話が出ていたが、野鳥であるカラスにはワクチンの接種も無理だろうし、いよいよこれからが正念場かという気がしなくもない。 問題は、この鳥インフルエンザウィルスが人間にも感染するようなタイプに変化するかどうかということなのだが、少なくとも現時点のウィルスには人間への感染力はほとんどない。しかしウィルスはとんでもない早さで突然変異を起こして進化するので、油断はならない。 インフルエンザというのは怖い病気だったんだなと改めて思う。単に風邪の親玉ぐらいに思っていたのだが、風邪とインフルエンザではウィルスの種類がまったく違うようなのだ。 それにしても、70度以上に加熱するとウィルスは完全に死滅するというのに、それでも鶏肉を食べることを敬遠する人がいるのはちょっとあれですね。狂牛病でもそうだけど、それにより人間が発症して死ぬ確率は、食べ過ぎて糖尿病になって死ぬ確率よりもはるかに少ないのに……。 とりあえず私は牛肉も鶏肉も敬遠せずに食べますよ。
Mar 13, 2004
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銀河英雄伝説(作:田中芳樹)に出てくる民主主義を基本とする同盟と敵対する帝国側の主人公、【ラインハルト・フォン・ローエングラム】のことである。彼はもっとも理想的な独裁政治をする人物として描かれている。確かにもっとも理想的な政治形態としては、名君による独裁政治というのはありだろう。作中におけるラインハルトは、これでもかというぐらいに名君であり、非の打ち所が無い。同盟の民主主義が堕落しきっている最悪の状態であることを考えると、民主主義より独裁政治のほうがマシに思えるぐらいの描かれ方だ。 現実の政治においても、【この人に任せておけば大丈夫】という人物がいれば、私も迷わずその人に投票するだろうことを思えば、まこと、民主主義政治と独裁政治は紙一重であると思う。 銀河英雄伝説におけるラインハルトは、誰もが名君と認めるだけの実績をあげるのであるが、だからこそ危険な存在であると同盟側の主人公であるヤン・ウェンリーは言うのだが、それは結局のところ、民衆が自分の手で責任を取ろうという考えを無くしてしまうからであるという。『彼に任せておけば安心』ということで、民衆が政治に目覚めず、無責任なままでいるという状況が作られてしまうということに、理想的な独裁政治の罪があるというのだ。 ひるがえって見れば、現在の日本の政治状況は、理想的とは言いがたいが、独裁的な雰囲気が漂っているような気がしてならない。私自身としては小泉政権を支持しているのだが……。問題は小泉政権ではなく、それに対抗出来る魅力を持った存在がいないということに尽きる。なんでこんなにも政界には魅力的な人材に乏しいのだろう。
Mar 12, 2004
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私はイモムシ・毛虫の類は大嫌いだ。なんといっても気持悪い。手も足も無い(ホントはあるらしいけど……)のにうにょうにょと動くし、ぶよぶよしているし、とにかく生理的に受け付けない。見ているだけでもうダメだ。しかし怪獣のモスラの幼虫は巨大なイモムシであるわけだが、あれは別に気持悪くない。皮が硬そうな色(茶色)をしているからかもしれない。 まあフィクションの産物であるからと言えばそれまでなのだが、モスラの幼虫になら触ることが出来そうだ。……イモムシには触りたくないけど。 それはそうと、昔、何かの漫画のあとがきっぽいページに、ソフトビニール製のモスラの幼虫人形は、【適度にでこぼこしていて、ちょうどよい大きさなので気持が良い……】 と、書いてあった。ちなみにその漫画家は女性だった。……いったいどうすればモスラの幼虫人形が気持良いのだろう? 分かっているけど、詳しく説明して欲しい気がする私だった。
Mar 11, 2004
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世の中にはトンデモ本というものがある。科学的な主張をしているように見えて、実際は現実からかけ離れたとんでもないことを主張している内容の本のことであるが、まあだいたいにおいては、『う~ん、確かにトンデモ系だね……』と、私も思わずそう評価してしまうものが大半だ。しかし中には、『もしかしてそういうこともあるかもしれないな~』と、思わなくもないものもある。 コンノケンイチ氏の著作は、実際に買ったものは1冊しかなくて、その本も既に人にあげてしまったので、どんな題名の本だったか忘れたのだが、【重力は物質による引力によるものではなく、物質が空間を押し広げることによって生じる空間の斥力によるものだ】という主張にはなるほどと思ったものだ。 それによると、高密度の物質は、低密度の物質よりもより空間を押し広げるので、高密度の物質の周辺は重力が強い。したがって地球の中心に近づけば近づくほど、重力が強くなるということだった。 地球の場合は内部の核は超高温でありそこに近づくことは出来ないが、月の場合は内部の核まで冷えきっているので、核まで至れば高密度の核の近辺では地球上の表面重力と同じ1Gの重力領域があるはずだというのだ。 私自身としては、月面探査が本格的に行われ、月の内部に実際に地下都市が作られるようになった暁には、その主張が正しいかどうかが分かるだろうと期待している。 個人的にはコンノケンイチ氏の主張が正しいことが証明されるのを期待している。だって、もしもその主張が本当なら、人間は地球より小さな惑星や衛星に移住しても、星の核近くまで掘り進めれば、その星に1Gの領域を見つけることが出来るから、宇宙進出も楽になると思うからだ。 まあ、私が生きているうちには証明も否定もされないことがらだろうから、そんなトンデモ本の内容にちょっとばかし夢を見ていても許されるかな? と思っている。 結局のところ、トンデモな主張だとは自分でも思うけど、信じたいということなんだよね。
Mar 10, 2004
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小説というか物語のパターンとして、あることで困っている町を流浪の旅人が訪ねて、その問題を解決して去っていくというものがある。日本人なら大抵の人が知っているであろう『水戸黄門』もこのパターンに入る。 ふと思いついたが、アニメのポケモンももしかするとこのパターンに収まるのでは無いだろうか。それにアニメならタイムボカンシリーズも多くの魔女っ子ものも、このパターンになるね。 ということはやはり「流浪の旅人」パターンの物語というのは作り易い構造をしているのかもしれない。妖精が毎回誰かの元を訪ねて、問題を解決していく……。何だかどこかで読んだような気がするのは、決して気のせいじゃ無いとして、そのようなパターンのものも、何か面白い設定を考えついたら、そのアイディアだけで結構、話がいくつも書けるんじゃないだろうか。 ……そう言えば、少年少女文庫(リンク参照)にある「華代ちゃんシリーズ」も広い意味ではこのパターンだ。もっとも彼女の場合は、問題を解決するんじゃなくて、問題をこじらせてるようなきがするけど。
Mar 9, 2004
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何かを決めるとき、結構どっちでもいいけど何となくこっち。という感覚で決めている。最終的に何かの理由があって決める場合でもごく些細なことが多い。結果が分かってから決めるというケースは無いのが現実だから、適当で良いのだ。と、思う。 しかしそれで本当に良いのかと言えば、実は違う。やはり色々と考えた上に決断を下さないといけない。だが、考えすぎて決断の時期を逃すと取り返しがつかないので、やはりここはひとつ適当に決めるということも大事なのである。 うーん、結局何が言いたいかと言うと、決める前にはよく考える。でも考えすぎては決まらないので、ある程度考えてみたらもう後は適当に雰囲気で決めてもよし。但し最初から雰囲気で決めると公開するので、ある程度は考えてから決めるのが大事。 ……やはり眠い時に文章を書くと支離滅裂だな。
Mar 8, 2004
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楽天での日記の題材を【しりとり】で決めていこうとした理由は、単純にそれならネタも続くだろうということだった。しかしここまで続けてくると、なんとなくネタの枯渇感というものが出てくる。完全にネタが尽きるまでにはまだかなりかかるのだろうが、いつかネタが無くなるのは間違いがない。 それにしても、最後に【ん】がつく言葉を使えないのがつらい。【ん】がついたら、その直前の文字を基準にしてしりとりを続けるというルールなら簡単だったのに……。でも制約があるからこそ、こういうものは面白いという理屈は分かる。だからもう少し頑張ってみるか。 というわけで明日は『き』からだね。
Mar 7, 2004
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今となっては本当に有ったことなのか、それとも夢だったのか幻だったのか分からないのだが、月のウサギを見たことがある。「月野うさぎ(セー○ームーン)」ではなく、「月のウサギ」である。 子供の頃、母の実家にて、夜に外に出てみた。満月だった。目を凝らしてその月を見てみると、白いまん丸の月の中で二匹のウサギが交互に動き、餅をついていた。ウサギは真っ赤な色をしていて、まるで赤い色をした影のようだった。 子供心に、これは幻だ。現実に見えているわけじゃないはずだ。と思い、色々と位置を変えて月を眺めていたが、やっぱり月のウサギは消えずに餅をつき続けている。人に話してもあまり本気にされないのだが、数少ない私の神秘体験である。
Mar 6, 2004
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わき毛というのは不思議だ。俗に、人間の毛は大事なところに生えているという。髪の毛は当然に人体の中で一番大事な頭(脳)を守る為に生えている。まつ毛やまゆ毛は、目を守る役目を果たしている。大事な箇所を守っているのだ。そして陰毛は当然に大事なところを守っている。……守り切れていない気がするけど。 そこへ行くと、わき毛はなんで生えているのだろうか? わき毛の生えている目的は何? 不思議である。いや、別にその不思議が分かったとしてもなんにもならないのだけど、そういう疑問って持ったことありませんか? ……そういえば新たな疑問。髭(ひげ)って何のために生えているんだろう?
Mar 5, 2004
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オレンジの皮と違って、ミカンの皮は薄くて手で剥くことが出来る。……それはいい。元々果物というのは、動物によって食べられることによりその種子を遠くまで運んでもらう為にあるのだから、食べやすくなっているのは理にかなっている。それよりも何故、わざわざ食べにくくしているのだろう。オレンジは……。と、ここまで書いて気がついた。 ミカンの皮は剥きやすくて食べやすいから、木からミカンを採ったその場で食べられてしまう可能性があり、当然、その種も木の周辺にしか無いのではないか? 対してオレンジの皮は厚くて食べにくいので、その場では食べられず、その巣まで運ばれてから食べられる可能性があり、というわけで結果的に遠くまで種子が運ばれるのかっ!? ……と、考えてみたけど結論は出ない。あたりまえである。 まあそれはそれとして、私はミカンの皮を剥くとき、中の薄皮の筋も取って食べます。薄皮ごと食べた方が何となく栄養ありそうだけど、皮を剥いた方がおいしそうですし。
Mar 4, 2004
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ずる休みというと、なんとなく悪いことのようなイメージがあるが、はたしてそうだうか? 確かに仮病とかでずる休みをするのは、嘘をついているわけだし、悪いことと言って言えなくもない。しかし何も病気は身体だけに出てくるものではなくて、心も病気になるわけで、【ずる休みをしたいと思うほどに心が病んでいた】と考えれば、特に仮病とは言えないのではないだろうか。まあ、判断が分かれる所だとは思うけど。 それはそれとして、ずる休みに関して私の経験としては次のようなものがある。その時の私は風邪で普通に休んでいて、翌日には既に治ったにも関わらず、まだ体調がすぐれませんと言って余分に休んだのだ。それもまた一種のずる休みであると思うのだが、ずる休みをしている時の1日は、何か特別な感じがして輝いているような気がしたものだ。普通の休日とは違った何か特別な日。普通にしていては得られない1日。だからこそ輝いているのかもしれない。しかし逆に言えば、毎日のようにずる休みを繰り返していては、そんな感覚は味わえないわけで……。 というわけでみなさん、ずる休みはこっそりとたまにしましょう。あまりおおっぴらにすると色々とあるからね。
Mar 3, 2004
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20世紀は油で戦争をしたが、21世紀は水で戦争をするだろうと言われている。たぶんそうだろうなあ、と思う。江戸時代の水争いの地球規模版が起きるのだろう。中国あたり、どんどんと砂漠化が進んでいるということなので、まずは中国大陸にてその手の争いが起きるのかもしれない。 それはそうと、小学生だった頃は、学校では水道の水をそのまま飲んでいた。喉が乾いたらまず水を飲むという感じだった。ところが何時の頃からか、喉が乾いても水道の水を直接飲むことは無くなってしまった。お金が有るから飲み物を買うということも有るのだが、水道の水自体がまずくなってきているような気がするのだ。なんかこう、水はもう喉が乾いた時の最終手段という感じになってしまった。 ちょっとぜいたくかもしれない。でもまずいのはしょうがない。名古屋の水道水は、大都市の水としてはおいしいほうだと言うけどね……。
Mar 2, 2004
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「分ければ資源、捨てればゴミ」という標語がある。名古屋では、燃えるゴミ、燃えないゴミ、プラスチック資源ゴミ、紙資源ゴミ、アルミ缶、スチール缶、ビン。等々と分別してゴミを出さないとダメなのだ。しかし思うのだが、資源ゴミってホントに資源? ちゃんとリサイクル出来てるのかな? いっそのこと、容器は全部ビンと紙にして、プラスチックとかビニールは使わないようにするぐらいじゃないとリサイクルもうまくいかないのじゃないかな。 いや、けっしてゴミの分別が面倒くさいだなんて……。ちょっとだけそういう気持ちがないわけではないんだけど。ははは。
Mar 1, 2004
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