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「はい、じゃあまずはこれで尿検査をしてきてください」 克哉のクラスに健康診断の順番がやってきた。まずは男子生徒の全員が保健室に並ぶ。そしてそこで待っていたのは、中津木総合病院から派遣されてきた看護婦、遠子のこの言葉だった。「細長い紙の半分に薬品が塗ってありますから、その部分に尿をかけてください」 尿検査用紙を手に持ち、説明する遠子。「すいませ~ん。失敗するといけないので、余分に2~3枚もらってもいいですか?」 手を上げて質問したのは、堀田修司である。「ええと、それは良いですけど、この部分に尿をかければ良いだけですから、失敗することなんかありませんよ」 いままでこのような質問を受けたことな無かったのであろう。遠子は修司の質問の意味をはかりかねている。「いえ、ですからアソコが女の子の状態で尿検査をするのは初めてだから、うまくかけられないこともあるんじゃないかと思うんですよ。つまり、狙いが外れてうまくかからなかったらいけないので、やり直し用に、2~3枚予備が欲しいんですけど」 当然でしょ? という態度で、いたってまじめに答える修司。とても前回と前々回の変身に伴い、『魔法少女やお嫁さんになりたかったんだよ~』と、叫んでいた人間と同一人物とは思えない。「う~ん、おちんちんなんかなくても、尿検査は問題なく出来ますから安心してください。でもまあ、どうしても心配なら余分に検査用紙をあげますけど、あんまり意味はないですよ」 元々から女である遠子には、変身現象によりアソコだけ女の子になった男の子の気持ちを想像するのは難しい。多分難しい。きっと難しいかもしれない。「あのさ、堀田君。実際に失敗するかしないかはおいといて、もしも失敗しちゃったとしてもすぐにやり直すことは出来ないと思うんだけど」 修司と遠子のやりとりを、やはりアソコが女の子になっているという同じ立場ゆえに興味深く聞いていた克哉は、やんわりと修司に話しかけた。「どうして?」 分かっていない修司。まあ、分かっていたのなら今のような質問は出ないはずなので当然と言えば当然な反応である。「だって、失敗するってことはおしこを出し切っちゃうってことだよね。やり直そうとしても、そんな状態じゃもうおしっこなんか出てこないよ」 克哉としては、なるべく修司を傷つけないように事実のみを話す。(バカよね) 克哉にしか聞こえない声で、奈里佳がぼそりとつぶやく。まあ、克哉としても異論は無い。(アソコが女の子になって、気が動転しているんだよ。きっと……) 自分でもまったく信じていないことを理由にして、奈里佳に対して修司の弁護をする克哉。口調が棒読みであるのが愛嬌(?)である。「あぁッ! そうかッ!!」 あからさまにショックを受ける修司。ホントにバカだったらしい。まったく気がついていなかったのは明白である。修司は一言叫んまま口を大きく開けて手をだらんと垂らし、そのままの姿勢で固まっている。「何を騒いでいるのかと思えば、そんなくだらないことでうるさくしないで欲しいわね」 カーテンで仕切られた保健室の一角から顔を出して話かけてきたのは、保健室の主、真美先生である。「そんなくだらないことって、僕にとっては大問題ですよ」 恥ずかしいところを見られてしまったので、自己正当化の為に強気な姿勢をとる修司。顔を赤くしているのとはうらはらに、胸をそらせて大いばりである。「世の中の女性はおちんちんなんかなくてもちゃんとおしっこをしているし、尿検査も問題なくしているんだから、あなたに出来ないはずはないでしょ?」 いちいち相手にしていられませんと、ちょっと強気な真美先生。その真美先生に対して言い返そうと修司が大きく息を吸い込んだ時、またしてもカーテンの向こうからのぞく顔が現われた。「あの、もしかするとこのタイプの尿検査は、和式よりも洋式トイレのほうがやりやすいかもしれませんよ。どうしても不安だったら、洋式のトイレを使ってみたらどうですか?」 何故か焦っているような雰囲気を漂わせ、両手をせわしなく動かしながらそう提案したのは美根子だった。
Dec 27, 2004
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「なあ、克哉。まだアソコは女の子のままなんだろ?」 夏美と花井恵里・32歳独身♪の押し問答に終始したホームルームが終わると、1時間目の授業が始まるまでに存在するわずかな空き時間を利用して、例によって佐藤雄高が克哉の元にやってきた。「うん、そうだけど。どうかしの?」 部分的に女の子に変身しているのが自分だけというわけではないと分かってから、けっこう気が楽になっている克哉は気軽に返事を返す。「いや、だからさ。この機会に女の子なひとりエッチでも体験したのかな~と、ちょっと聞いてみたかったりしてさ」 食欲や睡眠欲よりも、もしかすると性欲のほうが強かったりするかもしれないまだ若い中学生男子。その代表のような雄高は、ストレートに克哉に質問する。「ふぇ?」 あまりにもあっけらかんとした雰囲気で質問されたものだから、克哉は一瞬何を言われたのか理解出来ず、間抜けな返事をしてしまう。「だから、今、克哉のアソコは女の子のままなんだろ? こんな良い機会はないんだから、ひとりエッチのひとつやふたつやみっつやいつつぐらい、やっちゃってもおかしくないんじゃないかと、そしてその気持ち良さはどうだったんだ? と、聞いてるんだけど。……ぶっちゃけ、どうだった?」 まるで、『宿題やってきたか?』という朝の教室の中でごくあたりまえのようにかわされる会話のような口調で質問する雄高に、克哉は目を丸くする。「そんなことするわけないでしょッ!」 慌てて否定する克哉。顔は酒でも飲んだかのように真っ赤になっている。「なんだ。おもしろくない。こういう機会は滅多に無いんだし、とりあえず触って確かめてみるっていうのが男として正しい態度だと思うぞ」 今の克哉はどちらかと言えば女の子と言ったほうが正しいのだが、雄高はそんなことを気にせずに自己主張をしている。(雄高君の言うように、ひとりエッチをしちゃえば良かったのに。行動や思考に禁止規定を設けるのは、結晶化への第一歩になっちゃったりもするんだから、遠慮せずにしちゃえばいいのよ。ホント、気持ちいいわよ~♪) 克哉の頭の中で響く奈里佳の声が、克哉を誘惑する。(奈里佳が頭の中にいる状態で、そんなこと出来るわけないって言ってるでしょッ!) 反論する克哉。しかし奈里佳はイメージの中でにやりと笑った。(へぇ~♪ 私がいなければやっちゃっていたんだ♪) 奈里佳の言葉によって図星を突かれたのか、克哉は独り百面相状態である。「どしたの? どこか具合でも悪いの? ……あッ! もしかして生理!?」 克哉の独り百面相を見た雄高は、最初は不審に思い、そしてしばらく考え込んだ末に、驚いたッ! という感情もあらわに大きく叫んだのだった。「ちっが~うッ! もう、雄高のバカッ!」 なんだかバカと言うその口調も可愛いなあと、言われたほうの雄高はそう思っていたりする。幸せな人生を送ることが出来る性格のようだ。まあ、克哉の口調はホントに可愛かったりするのも事実だった。「う~ん、もったいない。でも、まあ今日の健康診断でそういう検査もやるんだろ?」 一転してまじめになる雄高。つられて克哉の口調もトーンダウンする。「まさか学校の健康診断でそんなことまではしないでしょ。もう、雄高ったら脅かすんだら……」 アハハと乾いた笑いで応じる克哉。「ま、そんなこともあるかもしれないってことさ。でもいいよなあ。女の子の快感ってすごいらしいから、今晩にでもやってみるといいんじゃないか?」 雄高君、思春期の青少年を通り越して一気に親父に突入状態かもしれません「うん、分かったよ。でも、ホントに今日の健康診断ってどんなことをやるのかな……」 雄高にある程度譲歩しないとこの場はおさまりそうになかったのでそう言った克哉だったが、何故かその脳裏には、昨日、診断だと言いながら克哉の女の子なアソコを触診(?)しまくっていた真美先生の顔が浮かぶのだった。(まさかね……。だって今日は病院から看護婦さんも来ているっていうし、大丈夫だよね) しかし読者の皆様の予想通り、全然大丈夫ではなかったのである。はてさて……。
Dec 20, 2004
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(まあ普通の人が魔法少女やお嫁さんに変身したり、男の子が女の子に変身したりすれば、だれでも興味をしめすんじゃない? 特にあの娘は、世の中に自分に理解出来ないことが存在するってことが嫌みたいだし。まあ、気にすることでも無いわよ) どうでもいいという感じで奈里佳は答える。(でも、島村さんに気を付けろって言ったのは奈里佳だよ。島村さんってフューチャー美夏と同じで、魔法を妨害する力があるんでしょ?) 克哉は奈里佳に指摘をする。(そうだけど、問題が起きる前からピリピリする必要は無いわよ。あの娘は人の迷惑を考えずに健康診断の取材をしたいと言っているわけなんだけど、そのこと自体は私たちの目的に照らし合わせればむしろプラスになるわけだし、放置しておいて問題ないってことよ) ゆっくりとやや間延びした返答をする奈里佳。その奈里佳の喋り方を聞いて、克哉はピンときた。(奈里佳、今、裏でクルルと話してるんでしょ?) 克哉の心の可能性である奈里佳自身の知識量は克哉とまったく同じであるので、奈里佳が克哉の知らないことや判断を言っている時、その知識や判断はクルルからもたらされているのだ。(あははは、バレちゃった? まあ、クルルが言うにはこの世界の結晶化を防ぐには未来の可能性を広げることが大事で、その為には『世の中には今までの固定観念では計り知れないことがあるんだなあ』ということが常識になったほうがいいんだって) 悪びれずにあっけらかんとした態度の奈里佳。(つまり島村さんが健康診断を取材して記事にしてその内容が広まれば広まるほど、世界の結晶化を防ぐことが出来ると……) 既に何度も説明されたことであるので、克哉の飲み込みは早い。(そうそう、そのとお~り♪ 全然心配することなんてないのよ) 精神的にVサインをする奈里佳。見えないけど笑顔がまぶしい。(なんだか僕たちのやっていることって、世界を結晶化と崩壊の危機から救うってことだけど、表面的にはただ騒ぎを起こしてるだけのような気がする) 克哉は先日、奈里佳に変身と変心した記憶をふまえて克哉の心で判断した結論を口にする。(ま、ぶっちゃけその通りなんだけど、それがちゃんと世界を救うことになるんだから、それでい~じゃない♪) あくまでも能天気な奈里佳である。そうこうする間にも、花井恵里・32歳独身♪と夏美の交渉は最終局面を迎えていた。「ではすべてを匿名にして記事にしますから、取材を認めてくださいッ!」 夏美は、健康診断の直接取材を求めて花井恵里・32歳独身♪に詰め寄っている。「ダメです。取材は認められません。匿名にしても誰のことなのかすぐに分かっちゃうじゃないですか。報道の自由は大事だと思いますが、個人のプライバシーを守ることのほうがもっと大事です。それに単なる健康診断じゃないんですよ。集団変身現象の後遺症検査なんですから色々と問題があるんです。というわけで健康診断そのものへの取材はあきらめてください。良いですね。島村さん」 花井恵里・32歳独身♪も、頑として譲らない。「分かりました。では、個人的にOKしてくれた人だけから取材することにします」 夏美もおとなしく引き下がったが、渋々とした表情からすると、とても納得したようには見えなかった。(あの娘も、もう少し融通を利かせればいいのにね。許可なんか事前に求めたりしないでとにかく取材しちゃってから事後承諾ッ! それで万事解決するのに) いいかげんなことを言う奈里佳。(ホントにそれで良いの? なんだか違うような気が……) 今ひとつ奈里佳ほど吹っ切れた考え方が出来ない克哉。(いいのよ。ルールを守ることも大事かもしれないけど、ルールを疑ってみることはもっと大事なのよ) 奈里佳は、花井恵里・32歳独身が先ほど言ったセリフをまねてうそぶくのだった。
Dec 19, 2004
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第10章 健康に敏感♪ 「というわけで今日の健康診断は、まず学年順、クラス順に行ないます。最初に男子、次に女子の順番で行ないますけど、集団変身現象の後遺症の状態がひどいと判定された人は、中津木総合病院でもう一度詳しく再検査をすることになっています」 朝のホームルームの時間、花井恵里・32歳独身♪が、配布したプリントを読み上げながら説明をしている。「ひどいというのは、日常生活に影響が出るレベルということらしいのですが、本人が気にする気にしないという精神的な面も強いですから、気になるようだったら遠慮無く自己申告してください。費用の点は、学術調査の観点から全て公費だそうですから安心してくださいということです。何か質問はありますか?」 読み上げていたプリントから目を離し、クラスの中を見渡す花井恵里・32歳独身♪「はいッ!」 すかさず手を上げる夏美。まっすぐピンと右手を上げているだけではなく、背筋もまっすぐに伸びており、これを優等生の態度と言わずして何を優等生と言えばいいのかというぐらいの姿勢である。「はい、夏美さん。何でしょう?」 先日、ウェディング快人ヘイアーンに変身して結晶化現象を解除されたことにより、気持ちに余裕が出ているのだろう。花井恵里・32歳独身♪は、夏美の気迫に押されることなく、むしろおっとりとした応答をする。「新聞部の部員として聞きたいんですが、この健康診断の模様を取材してはいけませんか? というか、集団変身現象のことならみんなすごく関心があると思うんです。ぜひ取材したいんです」 要約すると知りたいから取材させろということしか言っていない夏美である。とにかくそこまで一気に言うと、にらみつけるように花井恵里・32歳独身♪ をジッと見て視線をそらさない。「そのことなら校長先生のほうにも、新聞部から取材の申し込み許可があったと聞いています。確かその件に関しては許可を出すことは出来ないという返事を新聞部にしたはずですが、夏美さんは聞いていないのですか?」 今朝の職員会議で教えられたことを思い出しながら、花井恵里・32歳独身♪はハッキリと断言する。「ええ、聞いてますけど、そこを何とか先生の力で校長先生にお願いして許可をいただくというわけにはいきませんか?」 食い下がる夏美。最初からダメもとという気持ちなのだろう。簡単には引き下がらない。「やはり生徒のプライバシーの問題もありますから、いくらみんなの関心があることだとは言っても健康診断そのものを取材するということは許可できません。個人個人に直接許可をもらって、その人個人に直接取材するというなら別に構いませんけど」 やはり花井恵里・32歳独身♪の答えは変わらない。しかし夏美の意見もまた変わらなかった。「でもやはり、知る権利と報道の自由というものが……」 両者の言い分が平行線になってきた頃、そのやり取り聞きながら克哉は奈里佳と頭の中で話をしていた。(島村さんはどうしてあんなにも健康診断の取材にこだわるのかな?) 声を出さずに頭の中だけで奈里佳と会話することにも慣れてきた克哉はのんびりとした口調だ。
Dec 16, 2004
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「さあ、私には分からないけど……」 答えようのない質問を受けて文字通り答える言葉を無くした真美先生は、ただ首をかしげるばかリだったが、ふと、何かを思い出したかのように言葉を続けた。「でも、集団変身現象が何かっていうことなら、美根子ちゃん達のほうがよく知っているんじゃないの? 確か美根子ちゃんと遠子ちゃんの2人は、この件の専門家なんでしょ? 中津木総合病院の院長さんからの電話では、そういうことを言われたんだけど」 真美先生は、昨日かかってきたその電話の内容を説明するのだった。「院長先生ったら、そんなことを言ってただなんてッ!? 専門家だなんて全然違うのよ。正確には私たちは専門家というよりも体験者っていう感じかしら。魔法少女♪奈里佳とお嫁さん。その2回の集団変身現象を両方とも体験しているのは、病院内では私たち2人だけだけらしいから」 誤解を解こうと、慌てて否定する美根子。美根子は右手を顔の前で小さく左右に振っている。「でも、先輩。確か院長先生は、2回の変身現象を体験したからこそ、集団変身現象の後遺症が出ている人達のメンタルケアをするには最適だとかなんとか言ってましたか、その意味では専門家ということでいいんじゃないですか?」 気楽に答える遠子。「ええ、それは分かっているし、そのことについては頑張るつもりよ。でも、『集団変身現象って何?』っていう質問には答えようがないじゃない。それとも遠子ちゃんには分かるの?」 美根子は、質問の矛先を遠子に変えたの。それを見て真美先生も、遠子がどう答えるのか興味津々という顔をしている。「それはですね先輩、案外と世の中には本当に本物の魔法少女がいたってことなんじゃないでしょうか?」 真剣な顔をして言い切る遠子と、それを聞いている真美先生と美根子の周りには、白くて何も無い空間が広がり、壁にかかった時計の音だけがコチコチと響くのだった。「……ハッ! いけない。何か催眠術にかかってしまったような」 先に気を取りなおした真美先生が、両手で左右それぞれのほっぺたを軽くぴしゃりと叩いて気合を入れ直した。「遠子ちゃん、私たちもう大人なんだから、魔法少女を信じるのはやめたほうがいいんじゃないかしら。もちろん趣味に文句は言わないけど……」 教育担当者としての自覚からか、美根子は遠子にやんわりとクギを刺す。現実はどうであれ、医療関係者が神頼みをしたり、まじないや魔法を信じているなんてことは、特に患者の前では見せないようにするのが基本なのだ。理由はもちろん、そういったことを信じている医者を患者は信じられないからということに尽きる。……らしい。「でも、私たちが変身したのは事実ですよ。それに証拠のビデオや写真もたくさん撮られているし、これが幻覚なんかじゃないことはハッキリしてます。現代科学や医学でも分からないんですから、これはもう魔法ですよ。きっと魔法少女♪奈里佳は、魔法の国からやってきたプリンセスじゃないかと思うんですよね」 ここぞとばかリに自説を主張する遠子。どうやら魔法少女マニアだったようだ。「ま、それはそれとして、健康診断の打ち合わせでもしましょうか?」 どうフォローすれば良いのか困った真美先生が、職業意識を復活させた。「え、ええそうね。これがうちの病院で作った検査項目とマニュアルなんだけど、とりあえず目を通してくれる? ああ、ごめんなさいッ!」 美根子はバッグに入れていた書類を取り出そうとしたが、慌てて中身をこぼしてしまった。「だから美根子ちゃんは慌てちゃダメなのよ。落ち着いて動かなくっちゃ」 真美先生は、ころころと笑いながら美根子をたしなめる。そしてその横では、『魔法少女はいるのに~』と、恨めしそうにつぶやく遠子がいたが、誰も相手をする者はいない。何となくこれでいいのかという気がしなくもないが、健康診断の準備は着々と進ん行くのだった。 まあ、いくら綿密に健康診断をしたところで魔法のことは何も分からないだろうけど……。
Dec 14, 2004
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「ええ、もちろんそうですけど、それがどうかしましたか?」 もしかするとまた『ドジな先輩が教育担当で大変ね』とか言われるのだろうかと想像して、遠子は軽く身構える。しかし遠子の予想は良い意味で裏切られた。「美根子ちゃんって教えるの上手でしょ」 真美先生は遠子に同意を求める。「確かに手取り足取りって感じで、先輩の教えかたはものすごく上手いです」 我が意を得たりとばかりに身を乗り出す遠子。「美根子ちゃんって昔からそうなのよ。1から10までをとことん解説しながら教えてくれるのよね。でも逆に言えば、そこまで詳しく解説しながらじゃないと他人に教えることが出来ないの」 真美先生は、『わかる?』という問いかけを表情に込めて、遠子を見る。「そうなのよねえ。私って頭悪いから何でも基本的な所まで分解してみないと理解出来ないの。だから他人に教える時に1から10まで解説しちゃうのは、自分がそこまでしないと訳が分からなくなっちゃうからなのよ」 小さくため息をつきながら、美根子は真美先生が言ったことを肯定する。「先輩は頭良いですよ。だってあんなにもわかりやすく教えてくれるんですから」 話されている内容がよく分からなかった遠子は、そのまま反射的に返事をする。「美根子ちゃんは、時間をかけてゆっくりと手順を踏んで何かをすることは良いんだけど、制限時間内にこれをしなさいって言われると、途端にパニックを起こしてしまってドジを連発しちゃうのよ。小さな時からそうだったけど、やっぱり今でもそうなのよね」 嫌みな感じではなく、素直に友人のことを話しているという口調だったので、真美先生のその言葉を遠子は素直に聞くことが出来た。「ああ、それであんなにも教えるのが上手い先輩が、いつもその、ああいった結果になっちゃうのは、そういうことだったんですか!?」 今更ながらに美根子のドジの原因に気がついたという様子の遠子。真美先生と美根子の両者をかわるがわるに見ながらしきりに納得している。「落ち着いて仕事をしている時は大丈夫なの。でも、病院の仕事って婦長さんが言うように患者さんの命を預かる仕事でしょ? 1分1秒を争う時だってあるじゃない。そう考えるとどうしても慌てちゃって……」 下を向き、背中を丸めて小さくなる美根子。どうやら自分で言ってて落ち込んできたらしい。「ま、医療に携わるものとしては何とかしたい弱点よね。でも、今回のことはちょうどいい機会じゃない。健康診断なら1分1秒を争うだなんてことはないし、この仕事をきっちりこなして自信がつけば、少しずつかもしれないけど慌てることも少なくなってくるんじゃないの?」 美根子のことを良く知っている真美先生は、遠慮の無い言葉で美根子を励ます。「そうだッ! きっと院長先生もそう思ってこの仕事を私たちに割り振ってくださったんですよ♪」 前向きな考えの遠子はパンッと手を打ち、にこやかに叫ぶ。「私たちって……。もしかして遠子ちゃんもドジッ娘なの?」 わざとらしく右手を口にあて目を大きく開いて、遠子に尋ねる真美先生。目がマジだ。「違いますよ~。ただ私の場合は、物覚えが悪いだけです」 胸を張って答える遠子。しかしその胸は巨乳な美根子の胸に比べると、あまりにも奥ゆかしく慎ましやかであった。「な、なるほど……」 それはそれで問題があるようなと思った真美先生だったが、何だか何を言っても遠子には無駄なような気がして口を開くのをやめた。「それはそうと、真美ちゃん。集団変身現象って、いったい何なのかしらね?」 このまま話を続けていても、いかに自分がドジなのかという話にしか発展しかねないと思った美根子は、会話が瞬間的にストップした機を逃さず、本来の仕事の話へと話題を誘導した。
Dec 12, 2004
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「いつも何を考えているのか分からないと思ってましたけど、院長先生もちゃんと見てくださっていたんですね。先輩が患者さんたちに一番好かれているっていうこともご存知でしたし」 普段は院長のことをあまりよく思っていなかった遠子であったが、さっきのことで、評価が180度変わってしまったらしい。「そうね。せっかく信頼して頂いたんですもの。頑張らなくっちゃッ!」 美根子も大張り切りだ。「そうですよね。頑張りましょう。先輩ッ!」 遠子も既にのりのりで応えるのだった。はてさて、明日の健康診断はどうなることやら。 そしてその頃、院長室では婦長に内線電話をかける院長がいた。「ああ、もしもし、私だ。今、ふたりをそちらに帰した。後はうち合わせ通り、彼女らを通常の勤務から外して、全面的に市からの依頼に応えるように言ってやってくれ」 先ほどまで浮かべていた笑顔を跡形もなく消して、苦虫を噛み潰したような顔をしている。「……そうだ。あんなドジで失敗ばかりしているような看護婦を病院に残しておいたら、いつ医療事故を起こされるか分かったもんじゃないからな。いいようにおだてて適当な仕事を割り振って病院からは遠ざけておくに限る。君もそう思うだろ?」 院長は電話の向こうにいる婦長に同意を求めた。「……まったくだ。患者の命を預かる仕事をしているという自覚が足らないんだよ。彼女達には。……ああ、そうだ。ではよろしくな」 電話の向こうの雰囲気から、婦長がいるナースステーションに美根子と遠子が着いたらしいことを察した院長は、受話器をおろすのだった。「集団変身現象だなんてオカルトな事件が現実に起こるのはいいとして、それを医学的に解明するなんて出来るわけないじゃないか。まったく、市のお偉いさんも無理なことを言ってくれる。まあ、どうせ無理な仕事ならあの猫の手以下のドジ看護婦にやらせて、何か失敗でもしてくれれば問題なく彼女を辞めさせることが出来るのだが……」 院長は暗い希望を口にした。その瞬間、院長は人の命を預かる医者ではなく、平気で従業員を解雇する経営者の顔になっていたのだが、それを見たものは誰もいなかった。。 翌日、美根子と遠子の2人は中津木総合病院にて合流すると、そのまま克哉達が通う城南中学へと向かった。まずは校長に挨拶をした。そしてそのまま保健室へと足を運ぶのだった。「おはようございます。真美ちゃん、いる?」 やけに馴れ馴れしい態度で保健室のドアをくぐる美根子。「おはよう。美根子ちゃん。お久しぶりね」 対する保健室の主、真美先生もくだけた返事を返す。「おはようございます。中津木総合病院から来ました犬飼遠子です。……て、先輩達ってお知り合いだったんですか?」 とりあえずまともな挨拶をした遠子だったが、美根子と真美ちゃんと呼ばれた養護教諭の様子を見て、とうとう好奇心が抑えられなくなってきたらしい。「ああ、ごめんね。こちら、高谷真美さん。ご覧の通り城南中学校の養護教諭をしているんだけど、私とは幼稚園から高校までいっしょに通った仲なのよ」 美根子に紹介されたのを受けて、遠子に対して軽く頭を下げる真美先生。「よろしくね。犬飼さん。それとも遠子ちゃんって呼んだほうがいいかしら?」 笑顔を浮かべながら、真美先生は遠子に右手を差し出す。「犬飼でも良いですけど、この3人だけのときは遠子と呼んでください。そのほうが嬉しいです」 差し出された真美先生の手を、両手で軽く握り返す遠子。そこはかとなく百合の花の香りが漂いかけたような気もするが、それは気のせいである。「分かったわ。遠子ちゃん。それにしても、あなたの教育担当は美根子ちゃんなんですって?」 真美先生は、微妙な興味をにじませつつ質問した。
Dec 9, 2004
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「それは知っています。私も変身させられましたから」 院長に対して、自分も集団変身事件の当事者だということを告白する美根子。「ああ、そのことなら知っているよ。確か遠子君も変身したと聞いているが……」 舌なめずりするような表情をしながら、露骨に興味津々の感情をあらわにする院長。「えッ、遠子ちゃんも変身してたの?」 軽い驚きを込めて遠子に質問する美根子。院長の目の前だという状況を忘れているかのようだ。「はい。今回のお嫁さんにも変身しましたけど、前回の危ない女王様風の魔法少女にも変身しました。あの、でもそれが何か?」 院長と美根子の質問に対して簡単に答える遠子。「ああ、それも知っている。この中津木総合病院は、今までに2回あった集団変身事件が起こった地域の外縁に立地しているからなのか、関係者の中で変身現象を体験したことがある者は意外と少数派なのだよ。その中でも、2回とも変身した経験を持っているのは、少なくとも私が知っている限りでは、君たち2人だけだったというわけだ」 面白いことを話しているつもりなのか、『くっくっく』と軽く笑いながら話す院長。「先輩も、2回とも変身していたんですか?」 今までそのことを知らなかったのか、遠子は美根子に問いかける。「ええ、まさか私と遠子ちゃんの2人だけが病院の中で2回とも変身していただなんて知らなかったけど」 驚く、美根子。同じ境遇だったのかと、改めて美根子と遠子はお互いに見つめ合った。「さて、というわけでだ。じつは今度行われる健康診断は、身体の調子を診るものじゃない。重要なのか心のケアだ……。と、市のお偉いさんが言ってきたわけだ」 院長はそこで言葉を区切ると、机の上に置かれた葉巻入れから葉巻を一本取り出し、それに火をつけた。普段は患者に禁煙を勧める医者が禁煙出来ないとは、医者の不養生とはよく言ったものである。「市のお偉いさん。……ですか」 話がどこに向かっているのか分からず、美根子は生返事を返す。となりの遠子も同様にとまどっている様子だ。「ああ、市のお偉いさんだ。我が病院に取っては大事なお方だ」 そして葉巻の煙をぷかりと吐き出す。「そのお偉いさんが困っているんだよ。『早く集団変身現象を何とかしてくれ。市民から苦情がきて困ってる』ってね」 吐き出すようにそう言うと、そのままの勢いでまだ吸い始めたばかりの葉巻を灰皿に押しつける。まったくもったいないことをするおじさんである。「苦情と言っても、変身の原因は魔法少女♪奈里佳っていう娘ですよ。市は関係ないじゃないですか」 呆れたように言う遠子。「変身した人の中には何故だかは知らないが、それまでの性格とはまったく違った行動を取る人が一定割合でいるらしい。本人達に言わせれば『本当の自分を取り戻した』ということなんだが、まわりの人間にしてみたら人が変わってしまったようで不安ということだ。市が苦情を言われる筋合いは何も無いのだが、じゃあそれ以外のどこに苦情を言えばいいのか分からないということで、市に苦情が殺到しているんだよ。『早く何とかしろ』ってね」 話を区切り、こめかみを指で揉む院長。「あの、それで、それが今回の話にどう繋がるんでしょう?」 ますますわけが分からなくなる美根子と遠子だった。美根子が発言する横では、遠子がうんうんとうなずいている。「市民からの苦情がある限り、市としては何らかの対策をしないといけない。しかし集団変身事件なんていう現代の科学を越えた状況に対処出来るわけが無かろう。出来るとしたらちゃんと対策をしているというポーズと、心理面のフォローぐらいだ。というわけでポーズとしての健康診断ということなんだよ。この城南中学校における健康診断は。ま、市のほうもそのへんの所は分かっているようだがね」 暗い笑みを浮かべる院長。「しかし身体に対する健康診断がポーズであるからこそ、メンタルケアの面では専門家を出してくれという依頼があったという訳なんだが……。こんなことに専門家がいるわけがない。というわけで津谷君に犬飼君、私が何を言いたいか分かるだろう」 2人を見つめる院長。空気が重い。美根子と遠子は黙っている。「我が中津木総合病院において2度の変身現象を経験した君たち2人ほど、この仕事の適任者はいないのだよ。特に津谷くんは患者さんから最も好かれているそうじゃないか。メンタルケアの面でそれは重要な能力だ。得難い力だ。期待しているんだよ。だから私を助けると思ってこの仕事をやってくれないかね?」 普段、叱られることには慣れていた美根子と遠子だったが、そうであるからこそ誉められることには慣れていない。2人は院長の言葉に踊らされ、院長室を出る頃にはすっかり舞い上がっていた。
Dec 6, 2004
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「先輩……」 情けなさそうな声を出す遠子。その顔は、『ちょっと泣きそうかも?』という感じである。「遠子ちゃん……」 呼ばれた美根子は、さらに情けない声で応える。院長室に呼ばれるということがいったい何を表しているのか、今までの経験で十分過ぎるほど学習していたのだ。しかしまあ、なんとも嫌な経験ばかり積んだものである。「私たち、何かしちゃったんでしょうか? 院長室に呼びだされるほどの失敗をした記憶は何もないんですけど」 まだ経験値が低い遠子は、思い当たることがないと美根子に同意を求める。遠子にしてみれば自分の頑張りを評価されこそすれ、非難されるべき点は何も無いと思い込みたいらしい。まあ、幸せな娘である。「そうねえ、昨日のあのことかしら? それとも……。う~ん、全然分からない」 一方の美根子は、思い当たることがいっぱいありすぎてわけがわからなくなって来ているらしい。「と、とにかく院長室に行ってみましょう。先輩ッ! 話はそれからですよッ!!」遠子は不安な気持ちを打ち消そうとするかのように、大きな声を出している。しかし声がちょっと裏返っているのが、その試みが成功していないことを物語っていた。「そ、そうね。まだ怒られるって決まってるわけじゃないし♪」 その可能性は極めて小さいだろうなあという予想を、あえて無視する美根子。「そうそう、患者さんの誰かが誉めてくれたっていう話かもしれないし♪」 応じる遠子。まあ、夢を見るの自由である。 こうして2人は沸き上がる不安を無理矢理押さえつつ、いったいなんだろね~? と、話し合いながら院長室へと続く廊下を歩くのだった。コンコンコンッ 院長室と廊下を隔てる1枚のドアを、軽く叩く美根子。ノックをするその手は震えている。「……入りたまえ」 中から院長の声が聞こえる。感情がこもっていない平板な声だけに、何を考えてここに呼ばれたのかという判断が出来ない美根子と遠子だった。緊張したまま美根子はドアのノブに手をかけると、ゆっくりとそれを右に回した。「失礼します。津谷美根子、犬飼遠子の両名入ります」 部屋の奥に座る院長の姿を認めると、美根子はうわずった声で入室の挨拶をする。もう看護婦になって何年も経っているのだが、いまだに院長の前に出ると緊張してしまう。むしろまだ働きだして1年にも満たない遠子のほうがリラックスしているぐらいだ。これが若さ故なんとやらというやつなのだろうか。「急な話で悪いのだが、2人には城南中学の健康診断の手伝いをしてもらいたい」 院長が座る机の前に並んだ2人に対して発せられた言葉は、美根子のドジを叱責するいつも言葉ではなく、意外な仕事の依頼だった。「健康診断……、ですか?」 てっきり叱られるものだと思いこんでいた美根子は拍子の抜けたような返事しか出来なかった。「確か城南中学校の健康診断は先月終わったばかりじゃないですか。それなのにまたやるんですか?」 城南中学校の健康診断で胸部レントゲン撮影をする為に、レントゲン車が出動したことを覚えていた遠子が院長に質問する。それにしても質問の仕方がなっていない。やはり若さ故の……。「もちろん普通なら終わったばかりの健康診断をまたやるわけがない。しかし知ってるだろ? 君たちも。例のほら、集団変身事件のことを……」 ちょっとだけむっとしたのも事実だが、遠子の遠慮のない質問に答える院長。今はなぜか遠子の口の聞き方に文句をつけるつもりは無いらしい。なにか考えがあるのだろうか?
Dec 5, 2004
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「先輩、ダメですよ。やめちゃダメです。先輩はこの病院に必要な人なんですから。もしも私が患者さんだったとしても、やっぱり先輩に看護してもらいたいと思いますもの。だってほら、例えば婦長さんみたいにいくら技術がよくても無愛想じゃ、患者さんの気持ちも暗くなっちゃいますよね。お願いごとだってしづらいです。でも、先輩みたいな看護婦さんに看護してもらえたなら気持ちも明るくなれますし、何かとお願いごともしやすいと思うんです。これって大事なことなんじゃないでしょうか?」 落ち込んでいる美根子を精一杯はげます、先輩思いの遠子。熱がこもってきているのか、しだいに声が普通の大きさから段々と廊下に響くほどの大きさになってきている。意外と言うかやっぱりというか、この娘もドジっ娘ナースの美根子と組まされるだけあって、それなりのドジなのかもしれない。「そうかしら?」 その言葉を信じたいけど本音では信じられないという懐疑的な表情を浮かべつつ、小さな子供がお母さんに質問するような、どこか甘えた感じがする問いかけをする美根子。やや上目づかいの表情とダイナマイトなバストがアンバランスだ。「そうですよ。絶対です♪ だからがんばりましょう!」 身体のやや横側で左右の腕を曲げて、小さくファイトポーズを取る遠子。「うん、もう少しがんばってみようかな……」 そして遠子を見ながら小さくうなず美根子。どうやら丸く収まったようである。ふたりの間に、ほんわかとした空気が流れる。しかし次の瞬間、その空気は乾いた冷たい『パチパチパチ』という拍手の音によって壊されてしまった。「「婦長!」」 音のする方向に振り向いたふたりは、その視線の先に婦長の姿を見つけ、驚きの声をあげた。そこに立っていた婦長は普段は見せないニコリとした笑顔を見せていたのだ。しかしその笑顔は氷の微笑みだった。「いやあ、ためになるお話を聞かせて頂きました。仕事を辞めたくなった同僚をはげまし、元気づけ、仕事に対する前向きな活力を引き出す。まことに立派です。しかしこれは立場が逆なのではないかと思いますが……。そうは思いませんか、美根子さん?」 さらに笑顔を凍りつかせながら、美根子に話しかける婦長。対する美根子は、冷たい汗をたらりと垂らしているが、口からは『あうあう……』という意味不明の言葉しか出てこない。「それから、遠子さん。私達の仕事はなんですか? 患者さんの命を預かる仕事ですよ。ドジでも明るくて患者さんに好かれていれば良いだなんて心得違いもいいところじゃないのですか?」 ほこ先を美根子から遠子に移すと、言葉で作られた刃を放つ婦長。静かなもの言いだけに逆に迫力が感じられる。「でも、婦長ッ! 患者さんの立場に立てば、明るく気持ちよく入院生活を送ってもらうことは大事だと思いますッ!!」 若さ故の理想論からくる情熱に突き動かされるままに、婦長に反論する遠子だった。「お黙りなさいッ! 患者さんの命を守る。第一に考えるべきはそれしかありません。まったく、教育担当が教育担当なら、教育されるほうも教育されるほうね。やっぱりネコはネコでしかないことがよく分かりました。やる気が無いならさっさと辞めてくれてもいいのよ。猫さん」 氷の冷たさを持つものであっても、まがりなりにも笑顔だったその表情は今は無い。婦長の顔にあるのは紛れもなく憤怒の表情だ。「先輩は猫なんかじゃありませんッ!」 黙っていなさいというジェスチャーをする美根子の制止をあえて無視して、遠子は更に婦長に抗議する。「ものの役に立たない人手なんか、猫の手と一緒です。猫の手しか持ってない猫の手ナースですッ!」 そこまで言うと、これ以上の反論を許さないつもりなのか、くるりと身体の向きを変えて去っていこうとする婦長だったが、数歩歩いたところで足を止め、身体と首をちょっとだけねじって美根子と遠子を振り返る。「あ、そうそう。あなたがた2人に院長先生からの伝言です。緊急の用事が無いのだったら、すぐに院長室に来て欲しいそうですよ。いったいどんな御用事かしらね?」 去って行く婦長を見送る2人の胸には暗い気持ちが広がってきて、どちらからともなく美根子と遠子はお互いを見つめ合うのだった。
Dec 2, 2004
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第9章 猫の手ナース※あらかじめお断りしておきますが、この作品中ではこだわりとして【看護婦】という言葉を使っています。もちろん今では看護婦という言葉よりも、男性の【看護士】と女性の【看護婦】の双方を意味を持つ【看護師】という言葉を使ったほうが良いということは重々承知していますが、ここはあえて【看護婦】という言葉が持つ【幻想】や【ロマンス】を大事にしたいと思います。ガチャーンッ! カラカラカラカラ…… 盛大な音が廊下に響く。ここは中津木総合病院のナースステーション前である。「先輩、どうしてこんな何もないところで転ぶことが出来るんですか?」 毎度のことながらとは思うのだが、あきれはててしまったのは、ちょっとくたびれかかった生地ながらもまぶしいくらいに輝いている白衣を着たまだ若い看護婦である。「看護婦さん、また転んでるのかい? 足の悪い俺でも転ばないのに、大変だね。もしかして上についているおもりが重すぎるんじゃないのかい?」 たまたま通りかかった入院患者が声をかける。そう、今転んだ看護婦のバストは、病院のナース服ではなく、キャバレーのナース服のほうが絶対に似あうと誰もが思うほど立派な大きさだったのだ。「すみません。すみません」 誰に対して謝っているのか、それとも口癖になっているのか、胸の大きな看護婦は『すみません』を連発しながら、運んでいた器具を拾い集める。「ま、がんばれよ」 ははは、と笑いながらその入院患者は軽く足を引きながらトイレへと歩いていった。「先輩って色々ありますけど、とにかく患者さんには好かれていますよね。いいなあ、そういうの。それに大きいし、胸も……」 器具を拾うのを手伝いながら、ちょっとうらやましそうにつぶやく若い看護婦。「こんな先輩が教育担当でごめんね。犬飼(いぬかい)さん」 若い看護婦、犬飼遠子(いぬかい・とおこ)に謝りながらも、視線はまだ廊下に散らばっている器具がないかを探っている。彼女の名前は津谷美根子(つや・みねこ)。看護婦らしからぬプロポーション(?)に恵まれた彼女は、なんというかとにかくこう……、ドジであった。「いいえ、そんなことないですよ。先輩って失敗も多くて、つまりその、ええと」 言葉を選ぼうとしているが、思っていることをうまく言いかえることが出来ないらしい。その様子を見ていた美根子は助け船をだした。「失敗も多くてドジ、と言いたいのよね。ハッキリ言ってくれて良いわよ。だって自分でもそう思うんですもの。私、どうしてこんなにドジなのかしら」 ため息をつく美根子。やぼったい黒縁めがねのレンズがなぜか曇っている。蒸発した涙であろうか?「違います、違いますッ! 私が言いたいのは先輩がドジだとかということなんかじゃなくて……、ええい、もうッ! 確かに先輩はドジです。それは認めます。でも、違うんです。私、知ってるんですよ。ドジだけど患者さんの中で一番人気があるのは美根子先輩だってッ!! みんな言ってますよ。美根子先輩を見ていると元気が沸いてくるって……」 若い看護婦、遠子は先輩に対して失礼なことを言っていることに気がついているのか気がついていないのか、ドジ、ドジと連発しながら美根子を誉め、慰めるのだった。「いくら患者さんに人気が有っても、ドジばっかりでみんなにも患者さんにも迷惑かけてるし、私、このまま看護婦を続けていてもいいのかな。なんて思うのよ、最近」 美根子はどこか寂しそうな笑顔を浮かべて、後輩にそう言うのだった。
Dec 1, 2004
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