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月曜日から火曜日にかけて小中時代の同級会で1泊の外出だった。中学卒業以来会ったことのなかった一人の同級生からもらった電話がきっかけで急遽設定された同級会だった。仙台在住の一人が会場設定をし、私が案内状の送付や出欠の取りまとめをしてなんとか開催でき、きっかけとなった同級生は愛知県から車を長駆して松島までやって来た。 いつものように同級会のカメラマンは私で、水曜日と木曜日に写真の整理と印刷をして、集合写真を含めて一人4枚ずつの写真を全員に郵送した。これで同級会のことはほぼ完了である。 金曜日は昼食会を兼ねた会議があって、夕方にはさらにもう一つ別の団体の会議があった。これで夕方に金デモがあったら、一日に三度も自宅と街を往復することになるのだったが、金デモは二日後の日曜昼デモに移されていた。 土曜日は地区の防災会議である。40人近くの参加者を集めたうえで災害時の細かな役割分担まで決めるというのは、けっこうたいへんなのだった。しかも、こうして決めた対策が本当に役に立つかどうかは、災害が起きなければなかなか検証しにくいというのが悩ましいのである。 日曜は午後からの脱原発デモだけで、すこしのんびりとした気分になった。月曜から土曜まではいつもはやらないことばかりだったが、脱原発デモは毎週のことなので気分はとても楽なのである。肴町公園から一番町へ。(2019/5/26 14:57~15:08) どこかで五月としては観測史上の最高気温を記録したというニュースが流れていて、仙台でも32℃になるという予報だった。高齢の義母の部屋の温度をときどき見に行って、昼すぎに28℃を越えたので今年初めてクーラーにスイッチを入れた。夏場の義母の部屋の温度は、28℃前後を目安にしているのである。 きのう、暑さ対策の一つで集会に椅子を用意してはどうかという金デモのグループメールが飛び交っていたが、じっさいに木陰に椅子が用意されていて集会は始まっていた。 日曜であることや暑さの予報もあって参加者が少なくだろうと思っていたが、先週と同じくらいの人がいる。暑いことは暑いのだが、風が吹くとそれはやはり5月の風で、ことさら心地よく感じる。 デモの途中で数えたら参加者は25人になっていた。一番町。(2019/5/26 15:10~15:13) 日銀仙台支店裏の細道から一番町に出ると、出店がずらっと並んでいる。いつもは真ん中を歩くのだが、左側をすり抜けるようにデモは進む。出店の列が終わるともう広瀬通りで、あっという間に一番町のコースは終わってしまう。 夜のデモであれば、明るい一番町で写真を撮りためなければと焦ってしまうのだが、今日は晴天の昼デモで、どちらかと言えば一番町が一番光量が少ないのである。広瀬通り。(2019/5/26 15:13~15:17) 「原発稼働後、約6倍に増加」という気になるタイトルの記事をSNSで見つけた。『壱岐新報』という長崎県壱岐市で毎週金曜日発刊の新聞の電子版の記事である。全文を転載しておく。 内容については他言を要しない。放射線によって生起されると科学的に予想されつづけて来た晩発性障害が起きていると考えるしかない。これは、普通に運転していた原発によるものであって、けっして原発事故などによるものではない。壱岐市で起きていることが、ほかの原発隣接市町村でも起きている可能性は高い。 玄海原子力発電所と原発周辺自治体との白血病死亡率増加について、原発と白血病発症についての因果関係を調べている魚住昭三弁護士(長崎市)と、市防災士会の辻樹夫会長が公表した資料から、本市における白血病死亡率の詳細な推移がわかった。資料は昭和44年から始まるデータを記載し、5年ごとの白血病死亡率をまとめたもの。対10万人数の白血病死亡率は、玄海原発稼働前と後とでは6から7倍に増加しているという驚愕の数値が並ぶ。また原発周辺自治体も同様に、昭和50年の玄海原発1号機の稼働開始以降から死亡率増加を示す推移を示している。 各県保健部局が毎年発行している衛生統計年報(人口動態編)を引用した資料によれば、玄海原発1号機が稼働する以前の昭和44年から昭和52年までの期間は、本市における対10万人数の白血病死亡率は約3.6人と、同期間の全国平均3.5人とほぼ同じ数値となっている。 しかし昭和50年に玄海原発1号機が稼働を始め、その6年後の昭和56年に2号機が稼働開始、平成6年に3号機、平成9年に4号機が稼働を開始するに従い、白血病死亡率は増加の一途をたどっている。平成9年から平成23年までの期間は、全国平均5.7人に対して、本市は26.2人にも及ぶ。 玄海原発は白血病を誘発すると言われるトリチウムを放出する。放出量は全国にある他原発の中で最も多く、稼働開始から現在に至るまで大気中や海洋中に放出され続けている。トリチウムは放射能を含んでいると言われ、全ての原発や核燃料再処理施設では回収されず、自然環境に垂れ流しの状況から、世界中でも深刻な問題となっている。 本市は玄海原発の対岸にあり、島の周囲は海で囲まれているため、海洋に流されたトリチウムを周囲の海洋生物を介して、住民が食事などで摂取している可能性は高い。 一方で県北部の白血病率の高さは、ウイルス性による風土病とされている。特に長崎県はウイルスキャリアが多いことから、玄海原発1号機稼働開始前から発症の割合は全国平均よりも高い。昭和44年から49年の全国平均3.5人に対し、本市は3.9人とわずかな差であり、他の県北部自治体も同様の数値だ。しかし平成9年以降は全国平均から6倍近い明らかな差が生じている。 市防災士会の辻会長は「資料にまとめたデータは、各自治体が公表したもので改ざんする必要がない。相関関係の無視は許されない」と厳しい口調で語った。また「玄海原発の原子炉冷却海水は毎秒70㌧も壱岐水道に放出され、海水温度上昇により漁業にも影響がある」とし「市は九電に明確な調査と対応を要求すべき」と述べた。 現在のところ、白血病の数値は、ウイルス性の風土病との考えや、他国から放射性物質などの飛来による可能性を疑う考えがある。しかし専門機関による正確な調査は行われておらず、玄海原発と白血病の因果関係は不明のままだ。ただ各自治体公表の資料からは、原発との関連も否定できない。不透明感が残るなか、一刻も早い調査を行う段階にいる。晩翠通り。(2019/5/26 15:25~15:28)青葉通り。(2019/5/17 18:54~18:59) 暑い日と思い込んでいたが、デモの周りをけっこう急ぎ足で動いていたわりにはさほど汗もかかないですんだ。時おりの5月の風に助けられたようだ。人通りの少ない道を選んで、ゆっくりゆっくりと歩いて帰った。 帰宅して写真の整理を始めたのだが、デモが青葉通りに入ってからの写真がすべてブレブレで使い物にならない。データを見ると、晩翠通りが終わるころに絞り優先の設定がシャッター速度優先に変わってしまったらしい。無意識に切り替えスイッチをいじってしまったらしい。悪いことに、その時のシャッター速度が1/8秒の固定されていたのである。それに気付かないまま撮り続けた写真がみごとにブレブレなのは当然なのだった。ブレブレが芸術的に見える1枚がないかと思ったが、そんな奇蹟はまったく気配もないのである。50数枚を一気にdeleteした。こんな時にはじめてデジタルで良かったと思うのである。読書や絵画鑑賞のブログかわたれどきの頁繰り(小野寺秀也)日々のささやかなことのブログヌードルランチ、ときどき花と犬(小野寺秀也) 小野寺秀也のホームページブリコラージュ@川内川前叢茅辺
2019.05.26
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途中のコンビニで原付バイクの税金を納めてから肴町公園に向かった。コンビニで費やした時間だけ遅刻して公園に着いたのだが、参加者がいつもより少ない。デモに出発してからの集計では20人ということで、集会での私の目算から増えていない。季節がよくなって今日は「デモ日和」となったのだが、好天好日はデモばかりではなく他のことをやるにもいいということらしい。 良いことか悪いことかよくわからないが、デモ参加者の多寡はあまり気にならなくなった。2012年7月20日から始まった金デモはもう300回を越えた。長い長い脱原発の道程になっているが、長い道であれば広い道も隘路もあるのだ。脱原発が実現するまでデモを止めなければ、いずれ成果が見えだしてくるのは当然の論理的帰結である。成果が見え始めたら広い道が必要になるほど人は集まる。それまで道を途切らせなければいいのだ。そう思う。肴町公園から一番町へ。(2019/5/17 18:17~18:38) 今日もゆっくりと暮れていく仙台の街を楽しむデモである。紙幣の表裏がどうだとか、十二単は女房の正装だとか、どう処理していいかわからないスピーチもあったが、20人のデモは時間通りに肴町公園を出発した。 しばらくぶりの肴町公園出発で、デモのコースは肴町公園から細道を東に進んで一番町に出る。一番町をわずかな距離を北進して広瀬通りに左折する。広瀬通りを晩翠通りまで西進し、晩翠通りから青葉通りに出て仙台駅方向に向かい、他のコースのときと同じように仙都会館前で解散となる。一番町。(2019/5/17 18:39~18:40) デモの途中で市民に呼びかける今日のメッセージの一つは次のようなものだった。 5月15日、角田市の仙南クリーンセンターで放射性廃棄物の本焼却を開始しました。これに対し、地元住民は、組合に中止を申し入れるとともに、センター前で反対を訴えました。申し入れでは次のように訴えています。<今回の本焼却は、住民の健康を害し、生活を脅かすものであり、かつ住民の反対を無視して決定されたものであり到底容認できません。 これに対して強く抗議し、子どもや住民の健康を守る立場から、本焼却を直ちに中止することを求めます。> 一方で、大崎市でも、一時中断していた試験焼却を6月10日に再開すると明らかにしています。大崎でも、住民が裁判に訴え、中止を求めています。 私たちは、こうした仙南や大崎の住民とともに、あくまで放射能の拡散につながる焼却に反対し、安全保管の方針をとることを強く訴えていきましょう! こうした地方自治体や地方公共団体の動きは、放射線障害や安全な放射線取扱についての十分な知識を持たないまま国や県からの偽情報による強制という側面もあるだろう。しかし、地方自治体・団体と言えども住民の生命・健康を守る義務こそあれ、損ねる権利などはけっしてない。たとえそれが無知に基づいていたとしても将来的な責任を逃れることはできない。 上からの指示・命令だからと言って責任を逃れることができないという考えは、先の大戦の責任を問う形で世界中に厳然と認められてきた。無知に基づいた行為と言えども免罪されるわけではない。 低レベル放射線による晩発性障害がじわじわと発生することは避けられない(それは、東電1F事故以前には放射線を取り扱う者にとって常識に近いものだった)。晩発性障害の発生を政治的に隠蔽しようとする動きはあるだろうが、隠蔽が成功しおおせるという歴史を想像することは難しい。事実と科学的検証が必ず隠蔽を覆すだろう。科学の歴史は後戻りしないのである。広瀬通り。(2019/5/17 18:41~18:44) 夕暮れはじわじわと進んでいくが、一番町に入るとそこはトンネルのようなものでで、いったん途切れた夕暮れは広瀬通りにでてふたたびデモを包む。晩翠通り。(2019/5/17 18:47~18:52) 広瀬通りから晩鮨通りに左折するデモの写真は、夕暮れの空を背景にデモ人は列をなす影にしか映らない。神ならぬ者らやさしも夕映えの鬱金の中の黒き人々 小島ゆかり [1] 影となった〈神ならぬデモ人〉の味わいも悪くないのだが、記録性が大切なのでRAWファイルの編集ソフトで「シャドウ」を効かせて人物を判別できるように修正した。当たり前のことだが、西の空を背景にすれば人は影になり、東の空を背景にすれば人物は鮮明に浮き上がる。青葉通り。(2019/5/17 18:54~18:59) 晩翠通りから青葉通りに曲がると大きく成長した欅並木が道の上を覆っていて、コースの中でもっとも暗いところだ。ほかの季節では暗すぎていい写真を撮るのが難しいのだが、今日は夕暮れらしい写真になった。 西空を背景とすれば欅並木も黒々と翳っていて、同じ並木を西から眺めると青葉若葉の緑にはまだ鮮やかさが残っている。青葉照り青葉は翳るひともとの見たるかぎりの〈青〉ぞかなしき 坂井修一 [2] [1] 小島ゆかり《歌集 水陽炎》『現代短歌全集 第十七巻』(筑摩書房、2002年)p. 349。[2] 坂井修一《歌集 ラビュリントスの日々》『現代短歌全集 第十七巻』(筑摩書房、2002年)p. 328。読書や絵画鑑賞のブログかわたれどきの頁繰り(小野寺秀也)日々のささやかなことのブログヌードルランチ、ときどき花と犬(小野寺秀也) 小野寺秀也のホームページブリコラージュ@川内川前叢茅辺
2019.05.17
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ほぼ一か月ぶりの金デモ参加となった。4月12日の金デモの二日後、義母が誤嚥性肺炎で救急搬送されて入院した。この二年ほど、健康に過ごしていたので少し油断があったようで、以前の誤嚥性肺炎より症状が重いとの判断でかなりあたふたして、その週の金デモ(4月19日)のことは頭からまるっきり消えてしまっていた。 連休に入った4月28日には月一回の日曜昼デモがあったのだが、そのことに気づいたのは義母のベッドの脇でひと休みしていたときで、もうデモの終わりかけの時刻だった。義母の入院中には、いつものように妻が病院泊まり込みで付き添いをする。妻の食事を病院まで運ぶのが日課になっていて、その時間帯が日曜昼デモの時間帯に重なっていた。気分は「非常事態」なので、デモのことは思い浮かべる余裕がなかったのである。 以前の誤嚥性肺炎のときの倍ほどの入院を終えて、義母が退院したのは4月30日だった。その三日後くらいから発熱が始まった私は、一週間近く横になっている時間が多い日々だった。仕事をしていたころからよくある発熱で、疲労が重なって微熱と体がだるいのが続くのである。人生で一番忙しかった60歳のころには一ヶ月ほど微熱が続いたこともあった。 微熱も体のだるさもほぼ完全に回復したものの、何となく体がふわふわとしているようで、心もとない足取りながら錦町公園の金デモ集会に向かった。錦町公園から定禅寺通りを。(2019/5/10 18:20~18:34) 5月10日の午後6時過ぎはまだ十分に明るく、錦町公園の若葉は輝いているようにすら見える。そう思えたのは、たぶん脱原発デモの集会に一か月ぶりに参加したためだろう。暮れ残ってはいるが十分に夕暮れそのものだった一か月前の集会と比べれば格段の明るさなのである。 いつものようにいくぶん遅刻して錦町公園に着くと、廃炉作業が続く福島第1原発などの現場作業に外国人労働者を受けいれるとした東京電力を批判するスピーチが行われていた。現在ですら放射線作業に従事する労働者の安全管理を十分に行えていない東電が外国人労働者の放射線被曝防止ができるはずがないという厳しい批判である。 放射線を被曝しながら原発で働く労働者の実態は、東電1F事故のずっと前から「原発ジプシー」として語られてきた。事故後には、急遽集められた下請け労働者の過酷な作業のこともしばしば報告されている。 実習に名を借りた安易な外国人労働者の受け入れが、過酷な強制労働まがいの実態だったことが明らかになった現在、4月から新制度になったとはいえ、日本の最も過酷な労働現場である福島1Fで外国人労働者がその人権が守られつつ放射能汚染環境下で働けると想像するのはとても難しい。 集会が終わるころにはすっかり夕暮れらしくなった。30人のデモは錦町公園を出発して、定禅寺通りを西進して一番町に向かう。一番町(1)。(2019/5/10 18:43~18:45) 新学期が始まって一ヶ月、一番町の広瀬通り角は黒山の人だかりである。おそらくは新入生の歓迎会などの待ち合わせだろう。みんな、珍しそうに30人の脱原発デモを見ている。 彼らのほとんどが新入生だとしたら、かなりの若者が初めて脱原発デモを見た可能性が高い。その評価や感想はどうであれ、たった30人のデモにしては、今日は格段に効果的なデモンストレーションになったに違いない。一番町(2)。(2019/5/10 18:46~18:52) 原発の新規制基準でテロ対策拠点として義務づけられている「特定重大事故等対処施設」(特定施設)を巡り、原子力規制委員会は24日、「原子炉の工事計画の認可から5年」とした設置期限の延長を認めないことを決めた。関西電力、四国電力、九州電力の計6原発12基は期限を1~3年ほど超過する見通しで、再稼働済みの5原発9基については施設が完成しなければ運転停止となる。 こんなニュース(4月24日付け毎日新聞電子版)が流れた。「特定重大事故等対処施設」(特定施設)とはテロなどで原子炉が冷却不能になった場合に遠隔操作で冷却を維持できる施設で、原子炉建屋から100メートル以上離れた場所に建てられる、飛行機の衝突にも耐えられる堅牢な建物を意味する。 再稼働した原発が運転停止を命じられる可能性が出てきたということだが、ニュースには次のような記述もある。 特定施設はテロなどで原子炉が冷却不能になった場合、遠隔操作で冷却を継続する施設。東京電力福島第1原発事故を踏まえ、当初は2013年の新規制基準施行から一律で5年以内を期限としていた。 しかし審査の長期化で規制委が15年、期限を変更。原発ごとに「工事計画の認可から5年」に先延ばしされていた。 つまり、規制委員会が新規制基準を勝手に緩和して、基準を満たさなくても再稼働を認めてきた経緯から考えて、規制委員会が基準を厳密に守るポーズを示しただけという可能性もあって、単純に喜べるニュースかどうかは疑わしい。 トレンドかメジャーか知らないが、最近は「やってる感」だけで日本の政治や社会を回すということが流行っているが、規制委員会も「やってる感」的な運営を行っているだけもしれないのだ。9原発の特定施設(またはそれだと言い募ることのできる施設)建設の目途が立って、内々で打合せ済みなのかもしれない。そういうことが一切なくても、「お約束とは異なる新しい方針」などと言い募ってそのまま再稼働を容認するということは、今の自公政権(とその管轄下にある規制委員会)なら何の不思議もない。青葉通り。(2019/5/10 18:56~19:05) まだ十分に明るい時間からすっかり暗くなる時間帯に街を歩くというのは、なぜか気分がいい。いつかブログに「そんな時間帯のデモがいい」というようなことを書いた記憶がある。 問題は、そんな素敵な時間帯の雰囲気を切り出すだけのカメラの腕が私にはないということである。デモの写真をフェイスブックやツィッター、そしてこのブログに投稿しているが、そんな空気感を伝えられないのが残念である。それをきちんと伝えられたら、「素敵な夕暮れの街の素敵なデモにどうぞ!」と言ってみたいと思っているのだが、可能性はほとんどないようだ。 さて、発熱の後遺症でふらふらしていた体もデモが終わるころにはすっかり治まって、帰り足はとても軽快である。これもデモの効用である(と思いたい)。読書や絵画鑑賞のブログかわたれどきの頁繰り(小野寺秀也)日々のささやかなことのブログヌードルランチ、ときどき花と犬(小野寺秀也) 小野寺秀也のホームページブリコラージュ@川内川前叢茅辺
2019.05.10
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