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9月27日は金曜日だが、東京での会議があった。やたらと話の長いお役人がいて予想を1時間ほどオーバーした会議となった。急いで飛び乗った新幹線だったが、金デモが終了する午後7時を過ぎてしまっても仙台には列車は着かないのだった。場合によっては間に合うかもしれないとバッグにカメラを突っ込んで家を出たのだが、カメラ1台分の重さでけっこうエネルギーを無駄使いしただけだった。 翌日の朝にスマホのスケジュール表を覗いたら、昨日の金デモの記入はなくて、明日29日に日曜昼デモがあると記されていた。がっくりもしたが、ほっともしたのだった。肴町公園から一番町へ。(2019/9/29 15:14~15:32) 定刻より少し遅れて肴町公園の北西の角について樹々の間から窺うと脱原発カーは見えるものの参加者はぱらぱらとしか見えない。日曜昼デモはいつも少ないからなあ、などと思いながら公園の柵に沿って歩いて行くと木陰によっている参加者が見え出した。25人ほど集まっている。 もう9月も終わりだというのに、日が差せば仙台にもその程度に暑さは残っているのである。残暑とはいえ、今年は残り過ぎのような………。 福島事故の東電旧幹部の責任を問う裁判の地裁判決や福島第1原発の汚染水処理についてのニュースなどに続いて、関西電力が高浜原発の立地自治体である高浜町に投入した資金のうち3億円余りが関電幹部にキックバックされていたことが国税当局の調べで明らかになったニュースがあった。 たぶんそんなことに触れてフリースピーチが続いていたようだったが、私が着いた頃には前に出る人がいなくなって、指名されて最後に私が話すことになった。少し慌てたが、福島第1原発の汚染水の話をした。 一番町。(2019/9/29 15:35~15:36) 汚染水の処理について原子力規制委員会を含めた原発を推進したい政府関係者ないし自民党(政府)支持者は、主として2点について発信している。一つは、「トリチウムを含む処理水は薄めて海に放流するしかない(したい)」というものである。放射線問題に関してほぼ完ぺきに無知な前環境相に至っては、「海に放流して海水で薄めればいい」などという無茶なことを発言している。これは放射能濃度に関する法規制を完全に無視していてまったくの問題外である。 もう一つはもっぱら政府応援団らしき人からの主張だが「世界の原発はどこでもトリチウム水を放流している(だから、福島第1原発の処理水も流していい)」というものだ。世界中の原発がトリチウム水を環境(海か川)に流しているのは事実である。日本では周辺監視区域外の水中の濃度を1立方cmあたり60Bq(1リットル当たり60,000Bq) 以下という規制のもとに放流されていて、たとえば事故前の東電福島第1原発では年間では1.4~2.0兆ベクレルほど太平洋に流していた。 このトリチウム水(処理水)というのは、正常に運転されている原子炉の1次、2次冷却水に使用されたものであって、核燃料や核分裂生成物とは決して接触していない水である。原子炉内で中性子によって生成したトリチウムを含む水で、厳密に言えば放射化された構造材からの不純物を含むが原則的には放射性核種はトリチウムだけ(のはず)である。 しかし、福島第1原発から出ている「処理水」は核燃料がメルトダウンしたり使用済み核燃料保管プールが水素爆発した原子炉由来のものである。融け落ちた核燃料に直接接触した水で、核燃料のウラニウムやプルトニウムばかりではなく、ありとあらゆる核分裂生成物の放射性核種を含む汚染水である。この世で考えられるかぎり最悪の「放射能汚染水」である。 東電は、この汚染水を「多核種除去設備(advanced liquid processing system、ALPS)」で放射性核種を除去してトリチウム以外はほとんど取り除いていると宣伝しているが、じっさいにALPS処理水を測定するとヨウ素129、ストロンチウム90が告知濃度限度(基準値)を超えて残留していたことが明らかになっている。トリチウム以外の核種が除去できていないのであれば、それは立派な「汚染水」である。「処理水」、「処理水」といくら連呼してごまかそうとしても、言葉の力では「汚染水」は「処理水」にならないのである。そんな魔法はないのだ。 現在、東電福島第1原発の汚染水に含まれているトリチウムはおよそ1,000兆ベクレルに達していると言われている。事故以前に放出していた量の500~700年分に相当する。たとえ、東電が言うようにトリチウムだけ含む「処理水」だと仮定しても、数百年かけて放流するならまだしも短期間で放出すことは想像を絶するほどの無謀な行いであることは誰にでも分かることだ。広瀬通り。(2019/9/29 15:36~15:40)晩翠通り。(2019/9/29 15:46~15:47) 東電は事故が起きてから東芝製のALPSを使用していたが、その性能の悪さは多くの専門家が指摘していた。その後、日立製のALPSでも処理するようになった。日立製は東芝のものより性能が良いと言われているが、日立製にも曰くがありそうな話になっている。 4年前の古いニュースだが、2015年7月13日の『産経ニュース』(電子版)に「ピュロライトAG、日立GEニュークリア・エナジーに対し10億2千7百万米ドルの損害賠償を請求する訴訟を提起」という記事があった。 ピュロライトは放射能汚染水から62種の放射性物質の全てを除去する技術を確立したとするアメリカの企業で、日立GEニュークリア・エナジと独占的パートナーシップ契約を締結していたが、日立GENEは2013年に福島第一原発の汚染水処理を受注してから、ピュロライトが開発し独占的に保有する技術を無断で使用してきたとして、2014年11月7日に東京地裁に訴訟を起こしたというニュースである。 残念ながら、私はこの訴訟の経過や結果を知らないのだが、ピュロライトの主張が正しければ、日立はピュロライトの技術的サポートなしにALPSを製作・運転してきた可能性がある。東芝製であれ日立製であれALPSの処理能力の信頼性が疑わしくなるようなニュースではあった。青葉通り。(2019/9/29 15:52~16:08) 勘違いのせいで金デモを1回儲けたような気分のままデモは終わった。義母の介護にかける時間がすっかり消えてしまって、毎日の時間のやり過ごし方が大きく変わった。ほとんどやること(やるべきこと)がなくなったような気がするのだが、何かをやる気にもならないのだ。 そうなると、金曜日の夕方に毎週行われるデモに定期的に参加するというのは、日常の時間を律するのに有用ではないかと思えるのだ。まったく主体的な思考法でないのだが、やる気が出てこないときにはそんなことが大事に思えてくる。だから、葬儀や何やらで金デモを3回も休んでしまったことを今頃になってとても惜しい気がするのだ。 勘違いであれなんであれ、金デモ参加を1回儲けたことをよしとして、夜道を気分良く歩いて帰って来たのだった。読書や絵画鑑賞のブログかわたれどきの頁繰り(小野寺秀也)日々のささやかなことのブログヌードルランチ、ときどき花と犬(小野寺秀也) 小野寺秀也のホームページブリコラージュ@川内川前叢茅辺
2019.09.29
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47年ものあいだ母として一緒に暮らしてきた義母が8月27日に亡くなり、30日の前夜式、31日の告別式を終えた。葬儀の後、一週間ほどはぼんやりと過ごして、なんとか現実に帰還しようというころに発熱が始まり、また一週間ほどを無為に過ごした。 萎えてしまった気力に発熱が加わったものの、本を読むことはできた。どんな本を読んでも文字列がすっと入ってくるように楽に読めたのだが、気が付くとその文字列たちはすーっとどこかへ流れ出ていって消えてしまい何も残らないのだった。 茂吉の『赤光』から三首 [1]。我(わ)が母よ死にたまひゆく我(わ)が母よ我(わ)を生まし乳(ち)足(た)らひし母よいのちある人あつまりて我が母のいのち死(し)行(ゆ)くを見たり死ゆくを赤光(しやくくわう)のなかに浮びて棺(くわん)ひとつ行き遥(はる)けかり野は涯ならん元鍛冶丁公園から一番町へ。(2019/9/20 18:14~18:33) 金デモには三週続けて参加できなかった。その三週間の間に仙台はすっかり涼しくなった。朝晩は長袖が必要で、さて夕方の金デモには半袖か長袖かと迷うのだった。結局、Tシャツに薄手のブルゾンという中途半端な格好で家を出た。 葬儀の時以外はあまり人に会わずに過ごしたせいか、元鍛冶丁公園に集まっていた35人のデモ人が大集団のように見えてしまい、驚いたのか戸惑ったのか、一瞬クラっとしたが、気づけばいつもの風景なのだった。 集会で口々に語られるスピーチは、やはり昨日の裁判への憤りと悔しさに満ちていた。東京電力福島第1原発事故を引き起こして、業務上過失致死傷罪で強制起訴されていた東電の元会長ら3被告に対し、東京地裁は無罪とする判決を言い渡したのである。 訴因の一つは、原発事故で避難を強いることによって双葉病院の入院患者44人を死に至らしめたことがある。何よりも、16万人以上の人々が自宅も故郷も捨てて避難するしかなかった原発事故で、営利を目的とする一私企業がその営利のために稼働し、事故に至らしめたことに「責任がない」ということをいかなる人間性が認めることができるというのか。単なる営利目的の行為で16万人以上の人間を犠牲にすることが許されるなどということはありうるはずがない。一番町(1)。(2019/9/20 18:36~18:38) 19日の裁判については今のところ、新聞やテレビなどの報道(もっぱらネットを通じてみているのだが)や福島原発刑事訴訟支援団など関係者の報告などを見ているだけだが、そのなかで『NHK NEWS WEB』の「詳報 東電刑事裁判「原発事故の真相は」」というネット記事はやや詳しく裁判の経過を報じていた。 判決文全文をまだ読んでいないので、あまり確定的に言うことはできないが、少なくとも「司法判断」と呼べるような判決ではないということは確からしい。裁判における争点の一つは10mを越える津波の予測可能性だった。東電は、政府の「長期評価」をもとに15mの津波の可能性を予想していたが、「長期評価」そのものの信頼性が低いとして対策を講じなかった。判決はそのことをそのまま認めた。つまり、日本政府が出した「長期評価」の信頼性は低いのでそれに基づかなかった東電に責任はないとしたのである。 そうであるならば、原子力政策を司るはずの日本政府が信頼できない「長期評価」を出していたことが原発事故の最大要因で、責任は東電よりも日本政府にあるということになるはずである。だが、当然ながら東京地裁の永渕健一裁判長は政府の責任に触れることはない。 永渕裁判長の思考パターンで顕著なのは、原発の稼働そのものを絶対的に認めてしまっているらしいところにある。国民の生活にエネルギーが必要で、それが電力によって担われるということを認めるにしても、それが原子力、水力、火力、風力、太陽光のいずれかによるかは相対的で任意の判断による。原発が絶対に必要だという論理的な必然性はまったくない。 一連の報道を要約すると、永渕裁判長はどうも津波対策のために原発を停止するなんてとんでもないと考えているらしいのである。信頼のおけない日本政府の「長期評価」などをもとに原発の運転を休止してまで津波対策なんかする必要はないと主張しているとしか思えないのである。 もうこれは、司法でも何でもない。原発の必要性を強引に主張している経産省の下っ端役人とまったく同じである。巷間、日本には三権分立はないとか司法は死んだとか言われているが、ここまで裁判官が行政の下請けに陥っているのを見ればさもありなんと思うしかない。 一番町(2)。(2019/9/20 18:40~18:45) 判決の中でもう一点注目すべきことがある。判決は、「法令上の規制等の在り方は、絶対的安全性の確保までを前提としてはいなかった」と主張しているが、そうであれば、絶対的安全性がないことを前提に政府は原子力政策を進め、東電は原発を建設し運転していたことになる。 しかし、「原発は絶対に安全だ」と政府も電力会社も大々的に広宣し、立地自治体を説き伏せ、各地に原発を建設してきたことは、日本の国民ならだれでも知っている。つまりは、官民一体となって国民を相手に詐欺を働いたということになる。 つまり、この裁判の判決を私なりに要約すると、日本の原発の津波対策はもともと政府の「長期評価」がいい加減で信頼できないために東電ばかりではなくどの電力会社も政府に倣っていい加減に災害対策をやって来たのだし、ましてや原発にはもともと絶対的な安全はなかったのだから、東電福島第1原発の事故に対して東電幹部に特段の責任を求めることはできない、ということになる。みんなででたらめをやればその中の誰かの責任は問えない、という司法判断がもはや日本では普通に行われているのだ。青葉通り。(2019/9/20 18:47~18:54) 久しぶりのデモは終わった。義母の葬儀などでだいぶ消耗していたのだが、何ごともなくデモの写真も撮り終えた。 この消耗には葬儀以前の余分な神経の消費があった。義母の死の三週間ほど前に、「肺癌・結核市民検診」の結果が届き、8月27日に精密検査を受けるようにとの通知だった。まったく自覚症状はなかったものの、義母の介護のことを考えると事態は深刻だということに気づいた。 義母の介護はもはや妻一人ではまったく不可能で、私と二人でなんとかという状態だった。なにかの病気で一人が抜けると、自宅での介護は無理ということになってしまう。もし私が肺癌または肺結核だったとしたら、義母の介護をどうするかで私たちは窮してしまうことになる。115歳の義母を今さら施設に預けるのは「終わり」のようでどうして納得しにくいのである。 もし私が結核なら入院は避けられないだろう。それに比べれば、肺癌であれば入院を避けて介護を続けられる可能性はあるだろう。自覚症状はないのだから末期癌の可能性は低いだろうから、義母より少し先まで生き延びられて介護できるのではないか、などとぐだぐだ考えていた。これでは神経を消耗するばかりで、すべては精密検査を受けてからと心を定めるようにしていたのだが、精密検査の当日の朝、義母が亡くなった。病人の世話にはなりたくないよ、という義母の意思が働いたかのように問題の多くは一瞬に溶解した。 さて、義母の死の10日ほど後に予約し直して、肺のCTスキャンによる検査を受けた。結果は、何の異常も見られないということだった。結果を喜んでは見たのだが、こんなことで消耗させられたのかと思うと少なからずがっかりして、そのことでまたいくぶん消耗したのだった。[1] 塚本邦雄『茂吉秀歌 『赤光』百首』(文芸春秋、1977年)pp. 72, 74, 166。読書や絵画鑑賞のブログかわたれどきの頁繰り(小野寺秀也)日々のささやかなことのブログヌードルランチ、ときどき花と犬(小野寺秀也) 小野寺秀也のホームページブリコラージュ@川内川前叢茅辺
2019.09.20
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